シナリオ詳細
<祓い屋・外伝>待雪草が咲いて
オープニング
●
早朝の東雲色の空は怖いぐらいに美しく、同時に寂しいと感じてしまう。
空っぽの自分達がこのまま何処かに消えてしまうのではないかと、恐怖を覚えてしまうのだ。
真と実。
それが自分達に与えられた名前。
夜妖憑きになって元の人格と記憶を失ってしまったらしい。
だから自分達が知っているのは、煌浄殿の中だけ。
自分達は『あまね』の代わり。
でも、それでもいい。『廻』は優しくて自分達の親みたいなものだから。
「おはようございます、真(まこと)」
「ああ、起きたか実(みのる)……早く着替えろ廻の朝ご飯用意しないと」
気怠げな赤茶の髪をした実が目を擦りながら布団から這い出る。
既に着替えていた真は溜息を吐いて薄茶の髪を掻き上げた。
煌浄殿の神域、本殿と呼ばれる場所――つまり『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)の住まいは排他的で他人を寄せ付けない空気を纏っている。
真と実も最初の頃はこの本殿での生活は重苦しかったのだ。
二人は着替えを住ませ、明煌と『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の寝室の前へとやってくる。
慣れて来たとはいえ、『主人』の寝室へと入るには少しだけ勇気が必要だった。
「失礼します」
起こさないぐらいの小声で断りを入れた真は、そっと襖を開ける。
そこには掛け布団を二枚使って丸まっている明煌が見えた。
勿論、一枚は廻の掛け布団だ。寝ているうちに持って行かれたのだろう。
廻はというと寒さに耐えきれず二枚の掛け布団の間に挟まっていた。
布団と明煌と廻のミルフィーユ構造だ。
「今日は一段とすごいな」
「ふふ……猫が団子になってるみたいですね」
真と実は廻を布団の間から引きずり出して部屋を出る。
明煌は起こさない。というか起こしても起きないのだ。特に朝は。
「うー……」
廻も朝が弱いから寝ぼけ眼で抱えられたままお風呂に入れられ着替えさせられる。
「寝かせてあげたいのは山々なんですけど……」
「花蜜飲まないと体調崩すからな……いただきます」
「いただきます」
三人で一緒にご飯を食べる頃には、廻も目を覚ますのだ。
「あー……」
不機嫌そうな顔で居間へ顔を出した明煌に視線を上げる廻。
「あれ、どうしたんですか? まだ午前中ですよ?」
「仕事ある」
呪物回収が午前中からあるということは比較的遠くへ行くらしい。
面倒くさそうな顔をした明煌の眉間を、廻はぐりぐりと押さえた。
「なんやねん」
「……お菓子食べます?」
小袋から出したチョコパイを、割と強引に明煌の口の中へと入れる廻に、真と実は内心ハラハラとしてしまう。最初の頃であればそのまま払い飛ばされてもおかしくない。
「他のは?」
「ブルーベリーのやつとホワイトチョコのやつですね」
小袋から出して廻は明煌の口に次々と放り込んだ。
最初の頃は仲が良くなかった二人も、今では気兼ねない関係になっているようで真と実は安心する。
――――
――
「おや、『今日も』明煌は不在なんだね?」
ニッっと口の端を上げた葛城春泥は自分の家のように勝手に本殿へと入ってくる。
「ええ……」
葛城春泥は真と実を『拾ってくれた』恩人だ。深道の相談役で明煌の母の養母。
つまり、明煌に取っては『祖母』にあたる人ではあるが、真と実は彼女が苦手だった。
なぜなら春泥は明煌の不在の時に限って本殿へとやってくる。
そして、いつも必ず泥の器の様子を見るといって廻を部屋の中に閉じ込めるのだ。
「やめてください、痛いです、痛い……」
「大丈夫、心配しなくても様子を見たらすぐ戻してあげるからさ。ここまで癒着してると戻さないと死んじゃうしね……もうこれはお前の身体の一部のようなものさ」
廻の悲痛な叫び声が聞こえてきても、真と実には何も出来ない。
入ってはならないと春泥に言いつけられているし、実際に開けようとしても戸は開かないのだ。
春泥が様子を見終えて部屋から出てくる頃には、声も掠れてしまった廻がぐったりと横たわっている。
それだけではない。
「あ……えっと、あれ? もしかしてまた葛城先生来てた、のかな」
廻は春泥と会っている間の記憶を抜かれるらしい。
あんなに泣き叫んでいるのに、何も覚えていないのだ。
それでもその恐怖は身体に刻まれる。泥の器の様子を見ているのは本当だろうけど、わざと苦痛になるようにしているに違いない。
「あ、れ?」
立ち上がろうとした廻がバランスを崩して横向きに倒れる。
「大丈夫ですか!?」
慌てて廻を支えた実は心配そうに顔を覗き込んだ。
そこには不思議そうな顔をした廻の表情が見える。その顔が悲しげに変化した。
「――足が、左脚が動かない」
●
白い帽子を被った『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)が顔を上げる。
「廻さん、どうでしょうか?」
テアドールはソファに座っている廻の左脚を床に降ろした。
ゆっくりと回して動くことを確認する廻。
真と実に両側から支えられ、そっと立ち上がる。
テアドールは動かなくなった廻の左脚の補助具を煌浄殿二ノ社の社務所まで持って来てくれたのだ。
「大丈夫そうです。歩けます。すごいですね」
今まで動かなかった左脚が普段と変わらない状態で歩く事ができるようになった。
「僕の研究所はそういったものも扱っているんですよ。魔術と科学技術を応用したものなので着けているのも分かりません」
廻の脚を見れば、補助具が定着したのか見た目も普通の脚と同じに見える。
「ありがとうございます! これで暁月さんや明煌さん、皆にもチョコが作れます」
「走ったり、階段を上り下りしたりするのは気を付けてくださいね。圧が掛かると安全装置が働いて外れる仕組みになっているので」
柔らかな微笑みを向けるテアドールへ「ありがとうございます」と廻が抱きついた。
「あれ、テアドール様?」
目をまん丸にしたニル(p3p009185)が白い大きな犬(シジュウ)に乗ってやってくる。
「ニルさん?」
「どうしてここに?」
シジュウから飛び降りてテアドールの手をぎゅっと握ったニルは思わぬ所で見つけた友人に嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。
「僕の左脚が動かなくなって、相談したら補助具を持って来てくれたんです」
「ええ!? 廻様大丈夫なのですか?」
笑みから一転ニルは慌てた様子で廻を見つめる。
「あわ、わ? 廻さま?」
二ノ社の社務所へ案内されてきたメイメイ・ルー(p3p004460)が「左脚が動かなくなった」という廻の言葉を耳にして、焦ったように眉を下げて駆け寄って来た。
「大丈夫なのかい?」
その後ろにはヴェルグリーズ(p3p008566)が心配そうな表情を浮かべる。
「はい、テアドールさんのお陰で動くようになったので、問題ないですよ、心配かけちゃってごめんなさい。……それで、丁度よかった。皆さんでこれからお菓子作りしませんか?」
「お菓子作り?」
のっしのしと社務所へ入ってきたギュスターブくん(p3p010699)が嬉しそうに目を輝かせた。
「え、お菓子って!?」
白い二匹の犬から大男の姿になったシジュウが廻を抱き上げる。天井に打ち付けられる後頭部。危ないと真と実が廻を奪い返しソファへ座らせる。
いつの間にか胡桃夜ミアン、詩乃もソファへ座っていた。その後ろには実方眞哉が保護者のように立っている。本当の保護者である深道海晴は子供達の話し合いを見守っていた。何故なら廻がお菓子作りを始めると呪物達が押し寄せる事が分かっているから。
「話しは聞かせてもらったよ! このルカ君がみんなに伝えておいたから!」
煌浄殿の情報網たるルカが得意げに胸を張る。こうなればもうどんどん呪物達が集まってくる。
「あ、お菓子作りするの? 僕もいいかな?」
「タツミちゃんもやろうやろう、あ……ムサシちゃんも呼んだらくるかな?」
「楽しみですねぇ」
「はやく、はやく!」
「もう……準備とかあるんですからお待ちなさい」
タツミに沖田 小次郎、ナガレにシンシャ、ヤナギが二ノ社の社務所を訪れた。
「何で連れてくるのさー」
「せっかくだから、みんなで作った方が美味しいし」
「ふふ、そうですねぇ」
その後ろには頬を膨らませたヒジリを連れたコキヒとカオルが居る。
「先に準備をしましょうか」
「手伝いますよ」
皆の様子を微笑ましく見守り台所に入っていくのはチアキとヤツカだ。
「おやおや、みんな元気だねぇ……ははぁ、お菓子作り。花蜜も入れたら元気になるかな?」
「いいじゃん、コウゲツの花蜜飲んだら廻も元気になるし。こっそり入れちゃえ」
くすりと微笑んだコウゲツの悪戯に樋ノ上セイヤが面白そうに同意する。
「また明煌に怒られるぞ」
「シルベが内緒にしてくれれば、大丈夫だよ」
唇に人差し指を当てたコウゲツの視線の先にはどこか明煌に似ている三蛇のシルベが立って居た。
「……とういうことだ、明煌」
「後で面倒になるんは止めろ」
「はぁい、じゃあ面倒にならない程度ならいいんだね」
コウゲツの悪戯は時折度が過ぎることがある。
セイヤもコウゲツも(シジュウも)他の呪物たちとは違って力が強い分、扱いを間違えると後々面倒になるのだ。全部禁止にするより少しだけ許してやる方が機嫌がいい。
騒がしい二ノ社の社務所から出て来た明煌は、辺りに咲いた花を見遣る。
黄色い半透明の蝋梅には雫が光っていた。その隣の梅の蕾は少し膨らんで来ている。
少し低い位置には赤い椿が大輪を咲かせていた。その下には待雪草の白い花が下向きに咲いている。
待雪草の隣の白い花は水仙だろうか。遠くで見回りをしているのは八千代とモリトだ。
「明煌?」
ふと、呼ぶ声が聞こえて振り向く。其処には見慣れた顔と見慣れぬ翼があった。
ジェック・アーロン(p3p004755)の背に在る白い翼をじっと見つめる明煌。
「……そういうの、流行ってるの?」
彼女達の間では背中に羽根を付けるのが流行っているのかもしれないと明煌は考えた。
そういう流行には疎いから。聞いてみた方が早いし彼女なら答えてくれると思うから。
ジェックは少し微笑んで、紅い双眸で明煌を見上げた。
- <祓い屋・外伝>待雪草が咲いて完了
- GM名もみじ
- 種別長編EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月15日 22時05分
- 参加人数35/35人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 35 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(35人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●
未だ冬の寒さが身を縛る二月の初旬。
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の頬を撫でる風もまだ冷たかった。
「此処が煌浄殿か」
己の領地にある『ジンジャ』に似た建物にレイチェルは感心する。
煌浄殿の敷地は広く油断すれば迷子になりそうな所も含めてだ。
周藤日向に案内されて訪れたのは二ノ社の書庫。
繰切や泥の器、深道三家についてのことを調べたいと思ったからだ。レイチェルが視線を上げれば『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)の姿が見える。
「おお、チックも来てたのか。廻達と一緒じゃねえンだな」
「あ……ちょっぴり、内緒で気になる事……あって」
数冊の本を手にしたチックはレイチェルに微笑む。二人とも同じく『泥の器』が気になっているのだ。
「少しでも深く知れたら。廻の体……良くする方法、わかるかなって……そしたら、廻……前みたいに元気になる、よね」
「ああ……その為には知識を仕入れねーとな」
こくりと頷いたチックは手にした資料へ目を落す。『器』という言葉がどうしても気になるのだ。
「『泥の器』が『神の杯』になるんなら……何の神を降ろすつもりだ?」
レイチェルは資料を紐解きながら言葉を零す。繰切や獏馬、様々な神や夜妖。この書庫には豊富な文献が多くあった。まだ知らぬ知識をレイチェルは貪欲に取得する。
「繰切は神様だよね……」
「そうだな」
ヴィーザルの地を追われた蛇神。砂の都を経てこの地に至った流浪の神。
それを神の杯となった廻に降ろせば、人の身に余るだろう。現時点では成し得ないと考えるのが妥当。
だからこそ、レイチェルもチックも此処へ足を運んだのだ。
「繰切は二柱の神が合わさったものだ。もし、これを分かつ方法があれば、まだ廻が助かる可能性は高くなるかもしれねぇ……神を降ろす前提ならな」
「クロウ・クルァクと……白鋼斬影に、分ける?」
「その方法が分かればいいんだが……まだ、何か掴めていないものがある」
暗闇の中で仄暗く光る希望に縋るような。覚えのある感覚にレイチェルは溜息を吐く。
「すまん、少し外の空気吸ってくる」
「うん……」
書庫から外へ出たレイチェルは煌浄殿の敷地をゆっくりと歩いた。
小さく花を付ける草木を見遣り、その向こうに見える銀髪の少年に視線を上げる。
少女にも見える中性的な出で立ち、人ならざる者――呪物であろう。
同じ銀髪に親近感を覚えレイチェルは呪物に声を掛けた。
「……と、すまん! 初めて此処に来たんだが。息抜きに散歩してる内に迷子になっちまってなァ。もし良ければ案内して貰えないだろうか?」
「うん、いいよ」
「俺はレイチェル。お前の名は?」
「僕はコキヒ。深い緋色と書いてコキヒ。よろしくね、レイチェル」
引き寄せられるように蝋梅の木の下にやってきたレイチェルとコキヒ。
「蝋梅はさ、めーちゃんの生まれた日の花なんだ」
「めーちゃん?」
大切な人の誕生花。大好きな花。彼女の誕生日プレゼントにも蝋梅の花を贈った。
「俺の生命力を対価に、永劫に美しい姿のままで彼女を護る『御守り』。此処の蝋梅の花も綺麗だからさ、今度はめーちゃんと一緒に見たいな」
――自分はどうすればいいのか。
『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は眉を寄せ溜息を吐く。
拳を握りまた放す。先程からこれを繰り返していた。
『泥の器』と浄化という概念を変えて、廻とこれからの人々の救いを齎すという想い。それは正しいのかと問わずにはいられない。
「……いいえ」
首を振ったマリエッタは意を決して緑色の双眸を上げる。
真実を求め続けるしかない。迷っても、探し続けるのだ、自分は。
――助けてあげたい、力になってあげたい……心の内が、己の罪の想いがそう叫んでいるのだから。
「マリエッタさん、ご機嫌よう」
「チアキさん……今日はよろしくお願いします」
二ノ社の書庫までチアキがマリエッタを案内する。そこへ手を振って近づいて来るのは『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)だ。
「少しいいか? 引き止めて悪いな。俺は國定という者だ」
いつきな臭いことになるか分からない現状で、天川は早い内に出来るだけ多く情報を集めたいと思い煌浄殿へとやってきた。初動の動きは今後を左右する、刑事時代に培った経験則だ。
「お前さん達呪物に興味があってな。もし良ければお前さん本人の話か……知り合いの話でも聞かせてくれねぇか? 話せる範囲で構わない」
チアキは天川を見上げ「大丈夫ですよ」と微笑む。
「では、書庫へ参りましょうか。貴方がたが求める答えへの道筋も見えてくるでしょう」
天川が求める、危険な呪物の能力や対策に使えそうな資料もあるだろう。
「ただ、量も多いので手分けした方がいいですね」
天川とマリエッタ、チアキは二ノ社の書庫へと足を踏み入れる。
其処には書架が詰まった本棚が何列にも渡って広がっていた。
「なるほどな。こりゃ骨が折れる作業だ。刑事時代を思い出すぜ……」
本棚の書架を一つ引っ張り出した天川はパラパラと数ページめくり、閉じて元の場所へ戻す。
「チアキさん、泥の器の浄化についてはどの辺りでしょう」
「それは俺も気になるな」
「……こっち、だよ」
本棚の向こう側から声がして、チックの頭がひょこりと現れた。
「チックさんいらっしゃったんですね」
こくりと頷いたチックはマリエッタに本棚の書架を指差す。まだ数冊しか読み込めていないから、誰かが来てくれた事はチックにとって有り難かった。
「浄化という工程の苦しみから、命を保ったまま救う方法は無いのでしょうかチアキさん。
私一人では限界が見えました。貴女のできる範囲でいいんです。この祓い屋の歴史を変える……悪。
手伝ってくれませんか?」
チアキはマリエッタの言葉に静かに微笑む。
「そうですね。殺さないとなれば『完成』させるか。難しいですが『移す』でしょうか」
「移せるんですか!?」
勢い良く振り返ったマリエッタはチアキの肩を掴んだ。
「命を大切にするならお勧めはしませんが」
マリエッタがチアキが指差す本を取り出す。
「その呪いを掛けた者が手順を踏めば移す事が出来るだろう。ただ、『器』の適性が無ければ移せず。失敗すれば元の器へ跳ね返り、新たに掛けられた者にも悪影響が出ると書かれていますね。器の適性ですか……」
問題は呪いを掛けた『葛城春泥』がそれを許容するか。器の適性がある者がいるか。
「適性は廻さんと深く縁があり、浄化を耐えうる者でなければならないでしょう」
チアキの言葉にチックとマリエッタ、天川は考え込む。
廻に近しい存在という点では何人か居るだろう。『陽だまりの白』シルキィ(p3p008115)に『暴食の黒』恋屍・愛無(p3p007296)、『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)、『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)、それに保護者である『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)だ。
「廻の近くに居て……浄化に耐えられる、ぐらい強い?」
「強さは単純な戦闘能力だけではないようですね。呪物や怪異に親和性が高い共存者と記されています」
呪物や怪異に親和性が高いという観点からであれば、夜妖憑きである愛無、明煌、暁月の三人が上がる。
されど、煌浄殿の主である明煌は浄化を行う側の人間だ。
また、春泥の性格からして愛無に移す気があるなら既にアプローチがあってもおかしくない。
それをしないのは、彼女が『したくない』から。術者側からの拒否だ。
ならば、残る可能性は――
「……暁月か?」
天川の低い声が書庫の中に響く。
マリエッタの望んだ一縷の望みであり、僅かな可能性だ。
だが、成し得ぬ事を望むのならば大きな代償を払わなければならない。
――暁月か廻か。
それを試すにはリスクが大きすぎる。今が『最善』の道筋だとも思えてくる。されど。
「他の方法を探します」
眉を寄せたマリエッタは書物へと視線を落す。今は見つからなくとも、その糸口は必ずあるはずだから。
外の空気を吸うと書庫を出たマリエッタとチアキ。
振り返ったマリエッタは真剣な表情で鏡の呪物を見つめる。これはマリエッタ自身の挑戦だ。
「……私自身を見直すべき、と思うんです。だから、今度は貴女の鏡を見せてほしい。そこに映る私はどんな姿で、何を求めているのか。それを知りたいんです」
チアキが翳す鏡の中。映し出されるのは『未来を願う』ユーフォニー(p3p010323)と他の姉妹たち。
マリエッタの大切な人たちだ。光の中に照らされる姉妹達の中にはマリエッタ自身もいる。
されど、マリエッタの背は真っ黒な闇の中に消えていた。暗闇の中に光る金のヘリオドールの瞳。
(やっぱり、居るんですね……そこに)
この身を支配する楔。血濡れた魔女の呪い。
マリエッタはエメラルドの双眸で鏡の中の魔女を見つめた。
久々に様子を見に来たのはいいものの。状況が良くなっているのか悪くなっているのか。
バイザーの奥から煌浄殿を見渡した『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は悩ましげな表情を浮かべる。
「今は例のあいつも不在っぽいし………まぁ、今のうちに出来ること進めますかねぇ」
カイトが気になるのは煌浄殿の来歴と廻のような事例が過去あったのかということ。
書庫へと足を踏み入れたカイトは先客のイレギュラーズを見つけ、ほっと胸を撫で下ろす。
チックやマリエッタ、天川が既に入手した情報を元にカイトは更なる書架を求めた。
「器を綺麗にしたら何しそうかって考えたら一般的な論理だと『何かを詰める』よな。ひょっとして、綺麗な器を作る為……だったり? 考え過ぎじゃなきゃ良いんだが」
泥の器から神の杯へ。其処へ詰めるとすれば。
「神を降ろす、か」
カイトは書架を見つめながら至る答えを呟いた。
煌浄殿は普通の神社のように見える。深道にとっての呪物を封じている場所。それは、行く宛の無い呪物達の揺り籠でもあるのだろう。
「だからこそ懸念点が『この良い場所を使ってなんかしようとしてる奴がいる』ってことで……」
暁月の周りの問題は緩やかに解決して欲しいとカイトは思う。
この煌浄殿の『御主人』の事を考えるとなるべく平穏に終わらせたいのだ。
見た目の割に、人慣れしていない明煌の顔を思い浮かべる。
「共感は……なんか出来ちまうんだよなぁ」
「案内役もすっかり板についてご立派に……」
周藤日向のしっかりした姿にほろりと目頭が熱くなる『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)。
「それにしても、その眼帯。怪我はしてないのですよね?」
「うん、格好いいでしょ!」
明煌とお揃いの黒い眼帯を誇らしげに触れる日向。
「それならまあ良いでしょう。視界の狭まりに転ばぬようお気をつけて」
すみれは日向の隣に立ち「そういえば」と振り向く。出会った頃より随分と伸びた日向の背。
「去年の約束、日向様は覚えていますでしょうか。もし宜しければまたあの桜の下で、私と会っていただけますか?」
「もちろんだよ、すみれが会いたいって思ってくれたなら僕はいつでも駆けつけるよ」
満面の笑みで日向はすみれの手を握った。
「あまりゆっくりここに来ることもなかったから、一度散歩してみたかったのよ」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の言葉に、シンシャは「確かに」と頷く。
「暁月くんも誘おうと思ったのに、お仕事だからって断られちゃった! でも一人じゃ迷ったら大変だもの、ご案内してちょうだいな!」
任せてと言わんばかりに笑顔を見せるシンシャ。
アーリアとシンシャは庭園をゆっくりと歩く。前から歩いて来るのはシジュウだ。
「あ、この前の人間……! 何しに来たんだ? お菓子持ってる?」
「何か変な匂いする? 前と違う。お菓子持ってる?」
白い二匹の犬の姿をしたシジュウはアーリアの周りをぐるぐると走る。
「こらシジュウ、お客様が困ってるよ」
「いいわよぉ。でも、ごめんね。今はお菓子持って無いのよ」
しょんぼりとした顔をしたシジュウは地面にゴロンと寝そべった。
彼らは思ったよりも自由にこの煌浄殿で暮らしているらしい。
「ね、皆は明煌さんのこと好き?」
アーリアはシジュウの白い毛並みを撫でながら問いかける。
「好き!!!!」
「めちゃ好き!!」
明煌の事を想い飛び上がったシジュウは嬉しそうに尻尾を振った。
アーリアの隣でシンシャも「僕も明煌大好きだよ」と微笑む。
「――そう、みんな彼のことが好きなのねぇ」
彼らの好きな人を目の前で『信用できない』と言える程、アーリアは人でなしでは無かったし、傷つけたい訳でもなかった。こうして慕われていたり、暁月の事を話せば子供みたいな顔をしていたり。知らない部分がまだ多いけれど、悪い人、ではないのかもしれない。それでも、やっぱり少しだけ『信用できない』。
何故、明煌は暁月に右目を渡したのだろう。事件が起ったからといって十二にも満たない子供が自分の眼を渡せるのだろうか。
「明煌さん、暁月さんのこととかよく話してなぁい?」
アーリアはシンシャへ振り向く。
「んー……そんなに話さないよ。明煌は基本ムスってしてて話さないし。廻が来てからだもん、ちょっと話すようになったの。でも、暁月は明煌にとって大事なんだ。暁月が置いていったゲームとか教科書とか仕舞ってあるよ。でも、暁月には内緒。言ったら明煌泣いちゃうかも!」
明煌から暁月への執着は、家庭の色々な事で複雑な気持ちが絡まっているからなのだろうとアーリアは思っていた。けれど、そうではない。そんな『大人の難しい事情』なんかではない。
「――もしかして、明煌さんは暁月さんのことを」
「好きだよ。すごく大好きで、眩しいんだって。明煌はいつも暁月の為に何かしようとしてる。でも、自分の傍から居なくなったから本当は嫌われてるって思ってる。臆病で神経質でやんなっちゃうでしょ。でもね、僕達は明煌の呪物だ。明煌の嫌がる事は出来ないから、背中は押してあげられない。見守ってあげるしか出来ないのが少し悔しいかな」
人の摂理で動かぬ呪物が指標とするものは、『主がそれを好きか嫌いか』という純粋なもの。
今の明煌にとって暁月への想いは隠しておきたい、絶対に『本人に知られたくない』ものなのだろう。
焦がれてはならない人へ寄せる慕情は、忘れたいと願う程に、強く身を苛むものだ。
「くしゅんっ……!」
誰かが噂をしてるのだろうか。明煌はくしゃみを一つして、近づいて来る気配に振り向いた。
「約束、守ってもらいに来ちゃった。鈴を鳴らすまでもなかったね?」
「ジェックちゃん、いらっしゃい……」
『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)の背中に付いた白い翼をまじまじと見つめる明煌。
後ろに回ってみても特に消える様子は無い。こういうのが最近の子供の流行だろうか。
「明煌が子供の頃は流行ってたの? 翼つけるの」
「いや……ゲームしてたかな暁月と」
「そうなんだ。まあ、流行りでつけたわけじゃないんだ、残念ながら。なんかね、生えてきちゃった」
「…………」
「前々から痛んでたから何かと思ったんだけど……ちゃんとくっついてるんだよ。触ってみる?」
「えっ」
伸ばし掛けた手を明煌は引っ込めた。
明煌にとってはジェックが『人では無い』という事実が、少しだけ嬉しかったのだ。
自分と近しい故の親しみ。人間という枠の中で人では無い者達へ寄っている同じような生き物。
特に再現性東京を始めとする現代日本を模した地域においては、それは貴重な存在だった。
「冗談だよ、冗談。……明煌と話したい人は沢山いるだろうから、アタシは暫く花の間を探索してるよ。廻や呪物の様子も見て来なきゃでしょ? アタシはここにいるし、疲れたら『アタシが呼んでるから』って言い訳にしていいよ」
「うん。……ごめん。迷ったら鈴鳴らして」
年下の女の子に気を使われたのが気恥ずかしく、かといって気の利いた会話もできなくて。明煌はむず痒い思いを抱えながら二ノ社へ向かう。
あれだけの事があってこれ程に平穏が続いているのは、嵐の前の静けさなのだろうか。
もう少し踏み込んだ話しを聞くべきかと『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は二ノ社を訪れた。
葛城春泥について複数の視点から見た話しを聞いておきたかったのだ。
「ある程度は彼女と関わりを持ちうる立場で、けれど基本的には然程関わりは無さそうな立場……」
視線を上げれば二ノ社の管理人、深道海晴の姿が見える。
「少しお尋ねしたいのですが、葛城さんは本家でどのような活動をされてるのでしょうか」
「先生? まあ先生は相談役でもあるし医療の心得があるから、何かと頼りにされているな。佐智子さんの養母だし。煌浄殿の先々代の内縁だからな。まあ、破天荒な人だから嫌ってる人も多い」
何を考えているかは分からないと海晴は溜息を吐く。
「それに、最近先生が来ると廻が高熱を出すんだ。真や実に聞いても分からないし廻も覚えてないらしい。困ったもんだよ。明煌が居ない時に限って来てるからな。廻の足も動かんくなってたし、面倒事は勘弁してほしいわ。お嬢ちゃんもあの人には近づかん方がええで?」
大仰に肩を落した海晴に舞花は考えを巡らせる。春泥は煌浄殿にも当然のように足を踏み入れ何かを画策していると見て間違いない。やはり気を付けなければと舞花は眉を寄せる。
二ノ社へ訪れた『アーカーシュのDJ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は玄関で靴を脱ぎながら視線を落す。ハッピーエンドと啖呵は切った。されど一人じゃ何もできないと知っている。
だからヤツェクは此処へやってきた。
以前、繰切に聞いた事がある。葛城春泥は何者なのかと。繰切は知らぬと答えた。遙か過去に封じられた繰切にとって外の事など知る由もなかった。
ならば、泥の器の浄化には、心身の不調が伴うのかと。それは『然り』である。呪いを解くことが安易に成し得る筈もなかろうと繰切は言った。
ヤツェクはそれを思い出しながら海晴達の元を訪れた。
「……俺は今ここで起きていることに違和感を感じている。どうにかして思い詰めてる明煌を大人として救ってやりたいんだ。どうかおれの秘密のダチになっちゃくれないか」
「まあ、話しは聞くよ」
海晴は机の上に茶を置く。その隣には胡桃夜ミアンが和菓子を添えた。実方眞哉もミアンの傍に控える。
「さて、明煌は廻を使って、繰切を『どうにかしよう』と思っているんじゃないだろうか」
「それは深道の悲願でもあるな」
先の戦いで英霊巳道を失った代わりに、彼らはイレギュラーズという新たな『光』を得た。その一端をヤツェクも担っている。
「表面的には矛盾はないが暁月を家に縛っているのが繰切の存在であると思うと、予想外のやばい事態がまた起き……やばい事態を特等席で望んでいるのが、葛城春泥……だろうな。破滅を望んでいるのか、うまい汁吸うのが目的かは知らんが」
「まあ、確かに先生なら何を望んでいても不思議ではない。破天荒な人だから」
何度も迷惑を被ってきたと海晴は溜息を吐く。
「気になるのは深道佐智子の生んだ、病死した明煌のすぐ上の子。生きていた場合、そもそも悲劇は開始していない」
「悲劇って?」
きょとんとしたミアンはヤツェクへ顔を上げる。
「……いや、そうだな『明煌のきょうだい』について教えてくれるか?」
海晴は紙に佐智子とその夫深道貴昭の名を記す。その下へ数人の名前を書き込んだ。
「長男は暁月達の父晃一、次男が日向達の父晶司……」
それに続く兄弟の名前を書いて、末の子明煌の前に『昭護』と書いた。
昭護は病気で亡くなったとヤツェク自身が佐智子から聞いている。
そこに春泥との関わりはあったのだろうか。そもそもどういう風に春泥は信頼を勝ち得たのか、彼女が来る前の深道と繰切の関係についてヤツェクは問いかける。
「葛城先生は佐智子さんの養母だ。んで、先々代の煌浄殿の主輝一朗の内縁だ。つまり血は繋がってないが親族の枠に居る人、深道の古参、古株ってとこだな……だから先生が来る前も、そんな変わらないんじゃねえかな。どちらかというと変わったのはお前さん達が来てからだよ。もう、前の深道には戻れない」
古い考えに固執していた深道の人々を『動かした』のだ。
それは変革であり、以前の長く続いた安寧との決別だった。
「私は、明煌の呪物だから……明煌が救われたいと思ったらそうする」
「俺もミアンと同じだ」
呪物達が主である明煌を想う気持ちは、『人』にとって歪に見えるかもしれない。
故に純粋であるのだとヤツェクは思った。
「あんたが明煌の為に何かしたいって思いは伝わってきた。ありがとな。まあ、何かあれば連絡するよ」
差し出された海晴の手をヤツェクは確りと握った。
「僕は知りたいのだ。人間を。そして僕を捨てた『母親』が何を望み。何をしようとしているかを」
愛無は二ノ社から少し離れた場所で振り返る。
「あぁ、失敬。今の僕の興味は、君達二人だ。真君と実君だったか?」
「どうもこんにちは実です。こっちが真です」
ぺこりと頭を下げた実と、愛無の様子を伺うようにじっと見つめてくる真。
彼らは人格と記憶を奪われた夜妖憑きだった。
「実際、君達が人間か如何かも怪しいものだが。僕の疑問は奪われた君達の人格と記憶がどうなったかという事さ。それを奪ったのは恐らくぱんだだろう」
二人に与えられた真実という名。如何にも春泥が好みそうな名前だ。
「ええと……」
実の仕草はどこか廻を思わせる。
「言い方を変えれば君達の役割は何なのか? という事さ。尤も君達二人から、それを聞こうとは思っていない。どうせ今は『別人』みたいな物だろう?」
廻のお世話係としてあまねの代わりに連れて来られた二人。空っぽだった真と実は廻を親として認識しているらしい。だから、実が廻に似るのも道理であろう。
「まあ、『君達が死んだらどうなるか』という事に興味はあるが……」
腕を人間の手から黒い触手へ変化させる愛無。
「ひぇ……」
「冗談だ。廻君が悲しむだろうしな」
廻も真と実を可愛がっているようだ。『あまねの代わりを殺して』しまえば、心身共に弱っている廻がどうなってしまうか想像もつかない。
「聞きたいのは君達とぱんだとの関係だよ。どうせ大した事は『残っていない』だろうが。アレの事だ。何か手掛かりは残してるかも知らん」
「そうですね、気付いたら真と一緒にぼうっとしてて先生が『人格と記憶を奪われた』って言ったんです。それで廻さんの所へ連れて行かれて……僕達は先生の命令に逆らえない。部屋に入ってくるなと言われたら身体が動かないんです。廻さんが泣き叫んでいても助ける事が出来ない……苦しいです」
本質的に春泥は寂しがり屋だ。性格が捩れているのは事実だが優しい一面もある。
「割り切ってしまえば楽ではあったのだろうに。実際、笑えるだろう? 君達もそう思わないかね?」
愛無の言葉に二人はどう返答したらいいか迷っているようだった。
「何にせよ、君達も舞台に立っている。それは何らかの役割があるという事さ。まあ、面白おかしく踊っていくしかないだろう。君らも僕も」
記憶と人格を奪われた者が同じ場所、同じ時間に複数出ることは偶然には出来すぎている。
しゅうとこの二人。何らかの共通項があるのかと愛無は真と実を見遣った。
本殿には入れて貰えないだろうが、静かな場所で二人と話すことができてよかった。
真と実と別れたあと、愛無はしゅうへと語りかける。
「久々の『実家』はどうだいしゅう君」
「あんまり覚えてないけど、懐かしい感じはするかな? それよりもさっきの子達……」
しゅうは真と実と何を話していたのかと問う。
「会話をしていたのは別にじゃれてた訳でもないんだ。彼らが『対』である事。それも恐らく鍵の一つではないかと思ってね。時に、しゅう君は、彼らに見覚えはあったりしないかね?」
「んー、どうかな覚えは無い」
春泥は深道や真性怪異に固執している。真と実も深道に何らかの関わりがある可能性が高いと愛無は考えを巡らせる。奪われたしゅうの記憶と人格の行方、彼らの『それ』と関係があるのではないか。
「まあ、二人合わせて真実なんてそれは呪いだよ。未完成でありつづける呪いだ」
しゅうは自分の中で眠るあまねを思い憂い顔を浮かべた。
『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は先日出会ったコノカを連れてのんびりと庭園を歩く。
「はぐれると困るのでしっかり手を繋いでおきましょう」
「うん」
狐耳のコノカは嬉しそうに迅の手を握っていた。
「もうすぐ梅も咲きそうですね」
「うめ、かわいいね」
小さな蕾を膨らませた梅の枝を指差すコノカ。その隣には水仙が植わっていた。
「あそこの大きな建物が二ノ社でしょうか」
「んー?」
迅が二ノ社の社務所に足を踏み入れると其処には『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)がまじまじと美しい扇を眺めていた。
「おや、ニコラスさんも来てたんですね」
「ああ。ユイと一緒にな」
猫耳の幼児を抱き上げたニコラス。ユイとコノカは「ひさしぶり」とお互い手を振り合う。
「そういえば、二人は同じ場所に居たんでしたね。兄弟みたいなものでしょうか」
くすりと微笑んだ迅は改めて美しい扇へ向き直った。
「これは梅の花でしょうか。さっき見たのと同じように水仙も咲いてますね……綺麗です」
「そうだろー!?」
突然目の前の扇から声が聞こえ、瞬く間に人の形を取る。
「え!?」
「俺はカオル。煌浄殿の呪物だ。お前たちは?」
美しいと言われ機嫌が良さそうなカオルは「迅とニコラスか」と笑みを零した。
悪い呪物では無さそうだと迅は胸を撫で下ろす。
「迅は珍しい恰好をしてるな? 軍服か……ふむふむ、しっかりした生地で良いな。でも、もう少し彩りがあった方がいいかもな。それでこっちのちっこいのは……」
捲し立てるように喋るカオルはコノカの服を見つめ首を振った。
迅はそれならばとコノカの肩を掴んでカオルの前に掲げる。
「なるほど。つまりうちのコノカを最高に可愛くしていただけるということですね! 今のままでもコノカは可愛いですが、服装については僕ではさっぱりなので、カオル殿のお力でぜひ。たすけて!」
「そうだな……迅に合わせるならピーコートとホットパンツ、オーバーニーがいいだろうな。夏は上をセーラーにすると可愛さも更に増すだろう……それで迅も」
「えっ僕ですか? いや僕についてはどうでも……」
迅の言葉に眉を吊り上げたカオルは斜めから手刀を入れる。
「あっ痛い! 分かりましたメモを取ります!!」
そんな二人のやり取りをニコラスは微笑ましく見つめた。
「にゃーん」
「あ、八千代さん! 迎えに来てくれたんだね」
一の鳥居で『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)を出迎えたのはハチワレ猫の八千代だ。
祝音と八千代は鳥居を潜り、石畳の上を歩いていく。
「道を外れないように……」
「ふふ、まあボクが居るから大丈夫だよ」
「そっか。あ、あのお花綺麗だね」
八千代の言葉にほんわりと笑顔を浮かべる祝音。
「ねえ、八千代さんここにはどんな呪物がいるのかな」
「色々いるよ。鏡や扇、そこの狛犬もそうだよ」
石畳の左右に狛犬の石像がある。これはシジュウという呪物の本体らしい。
「色々知りたいなら書庫にも行ってみる?」
「うん! 煌浄殿や呪物に関して調べ物しておきたいし」
てこてこと八千代と祝音は二ノ社の書庫まで向かう。
二ノ社の書庫へと足を踏み入れた祝音は中に誰も居ない事を確認する。
一つ書架を手に取り木の椅子に座って、呪物について読みふけった。
「泥の器は神の杯に成りて神を宿す、か……」
その傍には八千代が手を揃えて行儀良く座っている。
「あ、八千代さんって撫でたり抱っこしたりは大丈夫?」
「全然構わないよ。どうぞどうぞ」
祝音に抱きかかえられた八千代はごろごろと喉を鳴した。
「……ふふ、柔らかくてふかふかだね」
しばらくそうしてから、祝音は書庫を後にする。
二ノ社へ向かう途中、明煌はアーマデルと『残秋』冬越 弾正(p3p007105)の姿を見つけた。
本殿に近いこの場所は開放的でいて静かなので、外の者にとっては話しやすいだろう。
神域の中はやはり外の者にとっては閉塞感があるものだ。
「明煌殿、詳しく知らずに踏み込むべきではないとは思っている……だか、その上で」
アーマデルのジト眼が明煌を見上げる。
「……えと、そこ座る?」
明煌が指差したのは背もたれの無い和風のベンチだ。三人で腰を落ち着ける。
「ヒトは言葉を介さねば理解し合えない。言葉だけでは完全には伝わらない。押し込め、閉じ込められた想いは巡りて捩れ、縺れて廻る。断たねば解けぬ程に拗れ切る前に、紡ぎ直さねば」
思い詰めたように指を組んで訥々と話すアーマデル。
深刻そうなアーマデルの表情に明煌は少し躊躇い、それでも耳を傾ける。
その様子に弾正も心の中で応援していた。
「……俺は知らなかったとはいえ、直視しなかったことを後悔している。俺と弾正も最初からうまくやってた訳じゃない。譲れない信条からぶつかったり殺り合ったりもしたし、内に抱え込んだあれこれが原因で、異界(境界)では反転した弾正を斃した事もある」
「…………」
アーマデルの言葉に明煌は考え込む。
「あんたにもそうしろという訳じゃない……むしろ、そうならないよう、捩れた想いがあれば向き合うべきだと、俺は思う。あんたには茶化さず話を聞いてくれる人たちがいるのだろう? くっそ不味いスムージーを飲まなきゃ話を聞いてくれない保護者モドキみたいなのしかいない訳じゃないだろう?」
普段あまり喋らないアーマデルがこんなにも言葉と心を尽くし思いを伝えようとしている明煌へ弾正も興味が湧いてくる。
「力になれる事があれば、何でも言ってくれ。……と言っても、俺の様に失敗ばかりを積み重ねてきた男の助言というのは、頼りないかもしれないが」
明煌の背をバンバンと叩いた弾正は「確実に言える事は」と口角を上げる。
「大きな失敗を繰り返しても、案外ひとは生きていられる。『死ぬ事以外はかすり傷』というやつだな!
……もし明煌殿が、アーマデルのいう様に誰かとの関係性で悩みを抱えているのなら、素直な想いを伝えてみるのはどうだろうか。それで上手くいくなら万々歳だし。
ダメだった時は……そうだな。屋敷の一室埋め尽くすぐらいにお菓子を買い込んで、一緒に浴びるくらい食い尽くそう! 勿論、俺とアーマデルも参加するぞ」
「……そうかもしれないな」
どう答えたら『正解』なのか。明煌には分からなかった。
ずっとその『想い』に向き合ってきたつもりだったから。
伝えてしまえば、元には戻れない。これ以上、『嫌われてしまう』と思うと踏み出せない。
後ろめたさと後悔が闇の底から明煌を引き摺っている感覚。
それを伝えてぶつかり合えるアーマデルや弾正は明煌には眩しく思えた。
「これで俺の真面目な話は終わりだ。『俺の考えの押し付け』でしかないからな、やりたくなければそれで。あんたが選んでいい……これは『巧くやれなかった』俺の未練の欠片だ」
アーマデルや弾正が『励まして』くれているのは分かるのだ。それを否定し拒絶するつもりも無い。
ただ、自分の中に落とし込む事が明煌には難しくて。
「ありがとう、二人とも」
感謝を述べるしか出来ない自分が恥ずかしい。心の折り合いがすぐには付かないのがむず痒い。
「そういえば、『明煌殿用のお菓子がないと不機嫌になる』というのはルカ殿からのタレコミだったんだが、どんな物か今のうちに教えてはくれないだろうか?」
「え……、と。チョコケーキとかマカロンとか廻の作るお菓子とか好きだけど」
こういう些細な疑問も、本人の口から直接聞けると安心するのだと弾正は顔を綻ばせた。
●
「廻君、足が動かなくなったって……!」
二ノ社の社務所へと駆け込んで来たシルキィがキッチンに立つ廻の手を握る。
眉を下げて心配そうに見つめる瞳に涙が浮かんでいた。
「廻先輩左足大丈夫?」
「……左脚動かない……話、聞いた」
シルキィの隣には『命を抱いて』山本 雄斗(p3p009723)とチックの姿も見える。
「はい。大丈夫ですよ。テアドールさんに付けて貰った補助具でこの通りです!」
エプロンを付けた廻はその場でくるんと回って見せた。
「そっか、よかった。ありがとうねぇ、テアドール君」
傍で控えていた『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)にシルキィは笑顔を向ける。
「テアドールのお陰で何とか無事みたい、だけど。無理しちゃ駄目……だよ」
「心配かけたくないのは分かります。でも、きっと暁月さんや明煌さんも、そして僕も。何か言ってくれれば力になるから困ったことがあればこの後輩がお手伝いするので遠慮なく言って下さい」
『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)も廻の足が心配だと眉を下げる。
「廻様は座ってお料理できたらいいなって思います。無理はしちゃだめですよ?」
「ニル様の言うとおりです。廻様、ここに椅子がありますから」
廻の手を引いた『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)はダイニングチェアに彼を座らせた。
ボディは視線を落して廻の足に付いている補助具を見つめる。廻が大丈夫だと振る舞うのなら敢えて触れないが、浄化と銘打って実害があるのは眉を顰めずにはいられない。
「皆さんありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた廻の肩を雄斗はポンと叩く。
「じゃあ先ずはお菓子作りを手伝わせて下さい!」
「そうだね。……暗い話ばかり、だと。落ち込む……しちゃう、ね。お菓子を作る……する時間、通して。笑顔、いっぱいになると……いいな」
雄斗とチックの声に集まったイレギュラーズは早速お菓子作りの準備に取りかかった。
「お菓子作りの手伝いを申し出たけど僕料理出来ないんだよね、あはは」
雄斗は頬を掻いてダイニングチェアから立ち上がろうとする廻を支える。
「でも、道具の準備に追加の材料の買い出しとか出来る事はやるから何でも言ってね」
「助かります。ボールとか色々出しとかないといけないですしね」
戸棚から道具を出す廻の傍へやってきたのは『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)だ。
(……廻さま、『問題がない』のと、『大丈夫』かは別だと思うのですが……)
それは廻自身が十分感じていることであろう。今は楽しく過ごして気分転換をして貰いたいとメイメイは務めて笑顔で振る舞う。
「お菓子作り、頑張ります、ね。どんなものを作りましょう……!」
「そうですねぇ」
料理の本を廻とメイメイは見つめる。
「たくさん、あった方がきっと幸せです、ね。チョコもクッキーも作りましょう」
猫や犬、それにペンギンだろうか。色んな動物の型をメイメイはテーブルの上に広げる。
「賑やかでいいですね……あ、ふふー、小鈴さまもお手伝い、しますか?」
メイメイはキッチンを覗く呪物の小鈴を手招きして呼んだ。エプロンと三角巾をつけて小鈴と共に材料を混ぜる。伸ばしたクッキー生地に小鈴がポンポンと型を抜いていく姿、その小さな手で頑張る様子が可愛らしくて、メイメイは顔を綻ばせた。
「ポル~! 元気だった?」
以前の呪物回収で出会った『ポル』を連れて『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はキッチンへとやってくる。
「明煌おじさんも元気にしてるかな……」
きょろきょろとリュコスが辺りを見渡すが、まだ明煌は来ていないようだった。
「ふふ、そのうち甘い匂いに誘われて来ますよ」
廻がお菓子を作っているといつもつまみ食いをしにくるのだ。
「そういえば……もうじきグラオ・クローネなんでありますね。思えば暁月さんと出会ったのも去年の今くらいの時期なんでありますね……時が経つのが結構はやいというか……」
『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は去年の出来事を懐かしむ。
「もうすぐグラオ・クローネ……」
同じように去年の事を思い出すのはユーフォニーだ。
(去年この世界に来て初めてのイベントがグラオ・クローネでした。街行く人たちを見て、恋をするってどんな感じなんだろうとか、私にもそういうひとが出来るのかななんて考えたりしましたっけ……)
「ふふ、美味しいお菓子、作りましょうね! ルクリアさん♪」
この前出会った呪物へとユーフォニーは笑顔を向ける。
「自分、こうやって本格的にお菓子を作るというのは初めてで……」
ムサシは様子を見に来たタツミと沖田小次郎へ手招きをした。
「タツミさんと……あとついでに小次郎も一緒に作りましょう! 折角でありますし皆で作る方が楽しいでありますよ!」
「も~、ムサシちゃんたらボクを『ついで』扱いするなんて、つれないなぁ!」
「チョコといえば……なら、元の世界で丁度この時期に母が作ってくれていたチョコのブラウニーを作るであります!アーカイブとかメモに残ってた……はず……!」
賑やかなキッチンを覗き込み目を細める『翠迅の守護』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)。
「それなら、私がお手伝いしますよ。丁度ブラウニーを作ろうと思っていたんです」
「なんと頼もしい! ええと作り方は確か。チョコとバターを湯煎して、丁度良く溶けてきたならそこに卵と砂糖を入れて混ぜて……型に流し込んでオーブンで二十分くらい焼き上げて……」
メモを取り出して手順を確認するムサシ。
「中にナッツやアーモンドを入れると食感も良いです。色んな型のクッキーを乗せたり、チョコペンでメッセージも書けるので楽しいですよ」
そこへジュリエットがアレンジレシピを伝えれば「おおお!」とムサシから感嘆の声が上がる。
「では私はチョコミントのガトーショコラを作ります」
ユーフォニーは腕を捲ってエプロンを掛ける。チョコの甘さとミントの爽やかさが言いチョイスだ。
「でもチョコミントが苦手なひともいますから……ミントは少し弱めにしましょう」
「良いと思う……おれも、ガトーショコラを作る……するよ。でも、チョコレートケーキを作るの、実は……今回が初めて」
チックの言葉にユーフォニーは「じゃあレシピを教えてあげますね」と微笑む。
「ドキドキする、けれど。きっと美味しいもの……出来る筈、だよね」
「はい♪ そういえば、ルクリアさんも花蜜は作れるんでしょうか」
ルクリアへエプロンを着けるユーフォニーはこてりと首を傾げた。
「私みたいに、栄養価がすごく高いのは作れないけど、普通の甘い蜜ならルクリアでも作れるよ」
いつの間にか現れたコウゲツがルクリアの頭を撫でる。
「じゃあ、廻さんが元気になるようにルクリアさんの花蜜入れましょうか」
こくりと頷いたルクリアはユーフォニーの隣で一生懸命お手伝いをする。
チックは廻を心配そうに見つめる真と実に視線を上げた。
「……真と実、だったかな。二人とも、良ければ一緒に作る……してみたいなって」
「えと、よろしくお願いします。何をお手伝いすればいいですかね?」
傍へやってきた真と実へチックはレシピを伝える。
「砂糖に卵……バターに小麦粉。それに、大事なチョコを材料に。量は……なるべく多く作れる様に」
調理道具を用意して、チック達はガトーショコラを作り始めた。
材料を混ぜて、チョコを溶かす。型に流し入れたらオーブンに入れて。
「焼けるまでの間に、クリームやフルーツのトッピング……準備する」
チックの言葉に真と実も頷いて準備に取りかかる。
「やほー! 会長だよー!」
キッチンの中に『純白の矜持』楊枝 茄子子(p3p008356)の声が響き渡る。
「会長実はお菓子作り得意なんだぜ。花嫁修業はばっちりだからね」
廻の左脚は皆が心配するだろうから、自分は気晴らしになるようにといつも通り喋りまくる茄子子。
早速お菓子作りを始めた茄子子の手には軽量スプーンが握られている。中身は――
「あやば、これ塩だ」
「ええ!? 大丈夫なんですか」
「……まぁ大丈夫大丈夫! 料理は臨機応変が肝要!」
茄子子の言葉にくすりと微笑む廻。彼が笑ってくれるなら茄子子は道化にだってなれる。
あとは、と茄子子はキッチンで子供達を見守るコウゲツへの隣へやってくる。
コウゲツは栄養価の高い花蜜で廻が痩せ細らないようにしてくれているのだ。友達としてお礼が言いたいと茄子子は金木犀の呪物へ笑顔を向けた。
「キミがコウゲツくんか! 廻くんの栄養源だって聞いてるよ!」
「ふふ、君は元気だねぇ。茄子子ちゃんだっけ」
「そうだよ! ところでコウゲツくんの蜜ってどんな味なの? ちょっと舐めてみていい?」
「構わないよ。ちょっと待ってね」
味も気になるが妖力的なものが入っていたりするのだろうか。
コウゲツの手の平に現れた金木犀から茄子子の指先に花蜜が一雫落される。
それを茄子子は躊躇わずに口の中に入れた。
「うん! 甘いね! それに身体がぽかぽかするよ!」
「そうだね元気になるよ。茄子子ちゃんには不要だったかもしれないけど、廻はもっと濃いの飲ませてる」
「もお、コウゲツさんだめですよ。茄子子さんに花蜜飲ませちゃ……大丈夫ですか? 動けます?」
コウゲツの花蜜の濃さや効能は彼自身が自在に決められるらしい。身体が温まる程度だったり、泥酔したように動けなくしたりも出来る。よく廻も悪戯をされているので、心配そうに茄子子を覗き込んだ。
「うん、大丈夫だよ! 弱い(?)やつだったみたい。もう消えちゃった」
ほっとしたように眉を下げた廻に「大丈夫大丈夫!」と茄子子は朗らかに笑う。
リュコスもポルと一緒にチョコ作りに挑戦する。
チョコどころか料理も全くしたことがないリュコスが何故、此処へ来たかというと。
バレンタインにチョコを渡す好きな人は『友達』でもいい。
だから、大好きな友達に友チョコを渡したいのだ。
むん、と三角巾を結んだリュコスは隣のポルを見つめる。
「初心者だけど一人じゃなくてポルも一緒だもんね。ちなみにポルのチョコ作り経験は?」
リュコスの問いかけにポルは首を振った。
「……ない! そっかぁ! よし! きっとだいじょうぶ!」
そんなリュコスとポルのやり取りを微笑ましく見つめる廻。
「『いちたすいちはむげんだい』って聞いたから!」
リュコスの隣ではジュリエットがブラウニーに視線を落す。
「……今年は去年より、気持ちを込めて作りたいですね」
ジュリエットは左指に輝く指輪を見つめ、頬を赤く染めた。
「甘めにしたものと、ビター風味も分けて作りましょうか」
暁月の好みを聞きそびれていたから、とりあえずビター風味を用意するジュリエット。
「ギルバートさんの分は甘めにしましょう」
大切な人の好みが分かっているのが何だか嬉しくて自然と顔がほころぶ。
――こんな幸福は、この世界に来るまで知らなかった……人を好きになって感じる喜びや悲しみの感情を
一つ一つ、知る度に。また知らない事が増えて。彼と共に知っていけるのが嬉しくて。
そんな事を想いながら。いつの間にか『love』とチョコペンで書いたブラウニーが暁月の分に紛れ込む。
「あ、シルキィさん可愛いですね」
「えへへ、今日は割烹着スタイルだよぉ。丈が長めで、お料理にもお菓子作りにもピッタリなんだ」
普段あまり見ない割烹着姿のシルキィに廻はふわりと微笑む。
「何を作るんですか?」
「今日はね、プチチョコタルト~」
クーベルチュールのチョコと、熱した生クリームを混ぜて、タルトの型に流し込み冷やして固めるのだ。
「沢山作れて美味しいし、アラザンとかでトッピングすれば見た目も楽しいんだよぉ~」
「そうなんですね! 完成が楽しみです」
しばらくプチチョコタルトをシルキィと廻は一緒に作る。
廻が他のお菓子作りで離れた時間でシルキィは秘密のチョコを作り上げる。
「ひとつだけ……」
これは廻に渡すための会心の一粒なのだ。
沢山は食べられない廻の為に、一粒に全てを込める。
「あれ? シルキィさん何を作ってるんですか?」
帰って来た廻が首を傾げ近づいて来た。
「ふふふ、ひみつだよぉ! とっておきだからねぇ」
「おお、それは期待が高まりますね。楽しみです!」
幸い何を作っているかは見られなかった。これは廻に渡す時まで内緒なのだ。
「んふふ、こないだ作り方教わったばっかなんだよねぇ」
ラズワルドは廻の負担にならないように長い尻尾を腰に絡ませる。
「わぁ、色々作るんですね。楽しみです」
「採ってきた覇竜ミカンのドライフルーツとお酒を使った、お酒に合うやつを作っちゃうよー」
材料の洋酒をちびりと飲みながらラズワルドはチョコ作りに取りかかった。
「トリュフはガナッシュに洋酒、変わり種で日本酒や梅酒を混ぜて形を整えて。チョコバーは溶かしたチョコに生クリームとオレンジリキュールを混ぜ、オーブンシートへ。それで、刻んだドライフルーツとナッツを散らし、固まったら温めた包丁でカット」
ラズワルドは廻と共に手際よくお菓子を作る。
「じゃーん。こちら刻んだドライフルーツをブランデーに一晩漬けたものでーす」
「三分クッキング!」
チョコパウンドケーキには少し事前の準備が必要だったらしい。
「バターに砂糖、溶かしたチョコ、卵を混ぜる。小麦粉とココアパウダー、ベーキングパウダー、洋酒漬けのフルーツをさっくり混ぜる」
「ふふ……」
ラズワルドの隣で廻は楽しくなって自然と笑みがこぼれた。
廻は誰の為にお菓子を作るのだろうか。煌浄殿や燈堂家の人々だろうか。
ボディはそんな事を考えながら廻の横でボウルの中のチョコを見つめていた。
去年も手作りだったから、今年も手作りにしたいと思い。色々なチョコ菓子に挑戦するボディ。
「いっぱい作りましたね」
「はい。でもどれを選んでいいものやら……廻様はどれが良いと思いますか? 龍成の友達ですし好みが分かるかなと思いまして……あ、そのハートの形以外でお願いします。それは勢いで作って、その、渡すの想像すると私の回路が変に焼けると言いますか、その。とにかくそれ以外で、絶対に」
「分かりました。じゃあ、この丸いトリュフにしましょう。ころんとしてて可愛いです。あ、お花の形もいいですね。ボディさんみたいで可愛いです」
朗らかに微笑む廻の三角巾には、キラキラのラメが入ったウサギの髪留めが幾つもついていた。
「廻様も可愛いですよ」
「ああ、これですか? ミアンと詩乃に着けられちゃって。お料理しない日は爪にも可愛いの塗られたり、ふわふわのシュシュで結ばれたりします」
大人しい廻は子供達にとって着飾るのに丁度良いのかもしれない。
『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)はテアドールの傍へとやってくる。
「あ、星穹さんお久しぶりです」
「空のこと、ありがとうございました。そ、それはともかく、すみません、匿って頂けますか?」
小首を傾げるテアドールは「どうしました?」と微笑んだ。
「……ヴェルグリーズと空に、会いたくないのです。仲は変わらず良い筈ですが、……しばらく腕のメンテナンスに来ていない時期が、あったでしょう? その期間に……彼と色々あり、キスをしてしまいまして」
キスという言葉にテアドールは己の唇に指先を当てる。
「……私、彼とどんな顔で話せば良いのでしょうか。彼の顔をみてチョコレートを渡すなんて、できそうになくって……」
「今の貴女はとても愛らしいと思います。そんな星穹さんだからこそヴェルグリーズさんはキスされたんではないでしょうか。微笑ましくて好感を覚えます。頑張ってください!」
テアドールに励まされ照れた様にその場を後にする星穹。
星穹は料理が得意と聞き及んでいたヤナギを見つけ声を掛ける。
彼には聞きたい事が色々とあるのだ。
「私は星穹、と申します。差し支えなければ、料理の指南を頂ければと思うのですが……」
「おや、こんにちは。息子さんへの手料理ですか?」
微笑むヤナギへ星穹は勢い良くこくこくと頷いた。
「ええ、ええ。息子の為です、ご明察ですね。義手だからと言ってぐちゃぐちゃの玉子焼きばかりなんて……情けないではありませんか」
空のため。聞こえは良いが、本当は空に会わせる顔がないだけなのだ。
幸せになってもらいたいのに、どうすればいいか星穹には検討もつかなかった。
ヴェルグリーズに押しつけて逃げているなんて……本当に情けないと肩を落す星穹。
「差し支えなければ、無限廻廊や呪物というものについても、教えて頂くことはできませんか?」
神々廻絶空刀や呪物に関して自分は知識がなさ過ぎると星穹は憂う。
「それに、無限廻廊は暁月様から託して頂いた分霊でもありますし。……実は、私の鞘の息遣いが聞こえるような気がしていて。だから知りたいのです。知ることは、私の責任でもありますから」
「私が話せる範囲なら構いませんよ。無限廻廊……その力の源である白鋼斬影とは血族に当たるでしょうか。色々省いて分かりやすくいうと『親子』です。白銀は長兄ですね。灰斗は末弟のようなものです。異父兄弟なのでクロウ・クルァクとの繋がりは私には在りませんが。あ、シルベとシンシャも兄弟ですよ」
それで、と包丁で野菜を切りながらヤナギは「呪物」について語る。
「空のことですよね。妖刀無限廻廊の分霊。食事は空が欲しいと思っているなら『必要』でしょう。本来的には刀ですから元の姿であれば不要でしょうが、人として形を保つ上では食事は要ります。エネルギーを取るという意味あいも勿論ありますが、『人と同じことをする』のが重要なんですよ」
「味は感じているのでしょうか?」
「そうですね。人と同じであることが重要でしょうから味覚はあると思いますよ。私もそうですし。人の形を保つのって意外と大変で、人と接してないとボロが出ちゃうんですよね」
口を開けたヤナギは蛇の割れ舌を少しだけ出してすぐ仕舞った。
「本体の呪物が壊れてしまうとどうなるのでしょう」
「修復出来ない程壊れたら、存在は出来なくなりますね。人間でいう死です。でも、修復できるうちは本体で眠っていると思います。その間は力は殆ど無いに等しい状態になりますね」
人間のことは嫌いではないのかと星穹が零す。
「……何故、あの子は私を親と慕うのか、解らない。ヴェルグリーズは剣だから、空とは凄く相性がいいでしょうけれど。私は何も持たないの。ただのひとつも……何も」
「そうなのですか? さきほど鞘の息遣いが聞こえると言っていたではありませんか。貴女の中で眠って居るその子は、きっともうすぐ産声を上げますよ。心配しなくとも貴女は空とその子の親です。
生まれたばかりのその子にとっては貴女こそが世界の全てでしょう。その命、しっかりと紡いで、手を放さずにいてください」
優しく諭す母のようにヤナギは星穹へ微笑みを浮かべた。
ニルはテアドールと一緒に泡立て器を手にクリームをかき混ぜる。
「はわ、ほっぺにクリーム飛んでますよ。ニルが取ってあげますね」
「ありがとうございます」
テアドールの頬についたクリームをすくって微笑むニル。
お菓子に込めるのは『おいしくなぁれ』のおまじないと『元気になぁれ』もたっぷりと。
廻が作るだけでなく沢山食べられますようにと願いを込めて。
ニルはずっと、廻はすぐ良くなると思っていたのだ。だから、今回目に見える形で弱っているのを見てとても驚いた。廻には暁月が居て燈堂の家族が居て。しんどいのも帰れないのもきっと辛くて寂しいのだろう。
廻の苦しみを肩代わりできたなら……
ニルは怪我も直ぐ治るし、寝なくても食べなくても元気なのだ。
だから何か少しでも廻が元気になれるようなことは無いかとニルは探す。
今はおまじないしか出来ないけれど、きっとおいしくなるはずだ。
「明煌様、お菓子は何が好きですか?」
「チョコは大体好きかな。マカロンとか、マフィンとかクッキーも好き。廻が作るお菓子も」
ニルは明煌が好きなものを頑張って作ろうと思っていた。
なぜなら明煌は廻を治してくれるからだ。
「たくさんたくさん、よろしくお願いしますを込めました。味見もしてもらえたらうれしいです。どうですか『おいしい』ですか……?」
ニルが差し出したチョコクッキーを一口食べて「おいしいよ」と伝う明煌。
「真様や実様、煌浄殿のみなさまもあとで一緒に食べましょう」
「おれのは!! チョコ! 明煌も食べてた!」
大きな巨体がニルを持ち上げる。呪物のシジュウがキッチンへ現れたのだ。
「あ、シジュウ様、チョコはだめです。犬さんはチョコはだめって聞きました」
「いまは犬じゃないのに……」
「あとでチョコじゃないお菓子をあげますね。ココアにも、ね」
待ては出来るとキッチンから飛び出していったシジュウを見送ってニルはくすりと微笑んだ。
作ったお菓子は今度暁月達にも届けようと分けてラッピングする。
「そっか、もうすぐバレンタインか」
『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は「僕には全く縁のないイベントだけど色んな人達と一緒に楽しむのは良い事だよね?」とテアドールを見遣る。
「一人で作るのもなんだし誰か……テアドール氏も居るんだ……久しぶりに顔を見たな」
ROOで出会ったテアドールは今の彼とは別人である。
思い返せば複雑な想いを抱くから誘う勇気は無いけれど、楽しそうで良かったと思うのだ。
ならば煌浄殿の呪物である『ヒジリ』を誘おうか。
「彼の事、全然知らないけれど……妙な親近感があったから関わってみたいなと思ってたし……何か綺麗好きな印象あるから、料理するか分からないけれど」
「何か、呼ばれたような気がしたけど」
「わ!? ヒジリ氏居たの?」
美しい黒髪と赤い瞳をした美少女と見紛う美しい少年が昼顔の傍に寄る。
「あ、サクマも来てたんだ。いらっしゃい」
ヒジリはサクマをつんと指先でつついて微笑んだ。
「色んな人と関わって、色んな事に触れて、怖く無い大丈夫って思って欲しいんだ」
「まあ……今日は人間も呪物もいっぱいだからね」
それがきっとあの日、サクマを連れ出した昼顔がやるべき事だと思うから。
「じゃあクッキーを作ろうか。チョコも色々用意したし抹茶パウダーもあるよ」
「「おー」」
ヒジリもサクマも呪物である。人間の料理が作れるか判断が付かないから、まずは簡単なクッキーから挑戦しようと思うのだ。それに量を多めに作っておきたい。
「後でさ、一緒に食べたいし。それに他にもお菓子を作っている人達が居るみたいだから、その人達と作ったお菓子を交換するっていうのも楽しいと思わない?」
「楽しそうだね」
「まあ、良いんじゃない?」
わいわいと、昼顔とヒジリ、サクマはクッキーを作る。
ユーフォニーやチックのガトーショコラが焼き上がり、ムサシとジュリエットが作ったブラウニーも良い香りをさせている。
「( ・◡・*)ヨシ!!!!」
ムサシは一瞬オレンジ色の何かが通り過ぎたような気がして振り返る。だが何も居ない。
「焼けたら皆でトッピングする時間。作るの、初めての人でも。飾り付けは簡単で……楽しいと思う」
チックは均等にガトーショコラを切り分ける。そこへリュコスが苺のトッピングを乗せ、ユーフォニーはミントを飾った。
ラズワルドはチョコパウンドケーキをオーブンから取り出して更にブランデーを塗る。
「ホントは一晩置いた方がイイんだって。半分取っといて後から食べてねぇ?」
メイメイは味見用に型が崩れてしまったものを器に積んでおく。
そうするとキッチンを覗き込む大きな影(つまみ食いをしにきた明煌)にも対応出来るというわけだ。
「このお菓子を食べたければ僕を倒すか廻先輩に許可を取って手を洗ってから出直して来て下さい!」
キッチンの入口で雄斗と明煌の攻防戦が開始されて。
「ふふ……明煌さま、味見はこちらからどうぞ?」
微笑んだメイメイは形の崩れたクッキーを明煌に差し出すのだ。
「甘いもの、お好きなんですか?」
茄子子はつまみ食いに来た明煌を少し警戒するように声を掛ける。実はこれが初対面なのだ。
「うん、好きだね甘いの」
答える明煌はメイメイのクッキーを一つ頬張る。
そういえば、再現性京都で廻が大量の甘い物を買い込んでいたと茄子子は思い出した。
「ま、甘いもの好きな人に悪い人は居ないからね。会長甘いもの好きだけど。いや会長いい子だし」
「あ……明煌これ完成したから、おすそわけ……してあげる、ね」
チックはガトーショコラを明煌の手の上に乗せる。
「そういえば……セイヤって、再現性東京の人達みたいな服……着てるけど。どのくらい前から、生きる……してたりするのかな、なんて」
チックからガトーショコラを受け取った明煌は、「100年ぐらいだと思う」と答えた。
「おや深道様、どうされました? ……拙作ですがいただきます?」
明煌を見つけたボディは彼の前に完成したチョコをそっと置く。
その様子を横目で見つめるジュリエット。どうやら明煌はビターより甘い方が好きなようだ。
「深道さん、つまみ食いはダメですよ? ちゃんと貴方の分もご用意しますから」
「う……」
「お手伝いなら歓迎致します。ふふ。ブラウニーに粉砂糖を上からふりかける簡単なものですよ?」
しかめっ面をしながらジュリエットの隣に立つ明煌。
キッチンで茶色いブラウニーに粉砂糖を掛けている明煌の姿は違和感が拭えないと廻は思い、それでも少し楽しくて自然と笑顔が零れてしまう。
●
炬燵で皆がわいわいと楽しんでいる間、ニルとテアドールは二人きり、静かな二ノ社の庭園へ来ていた。
「テアドール様、ニルはもっともっとテアドール様といろんなところにおでかけしてみたいです」
「はい。僕も色々な所へ行きたいです」
「たのしいことたくさんしてみたいです。ニルは……テアドール様と、ともだちになりたいです」
ニルの言葉にテアドールは驚いたような表情を見せる。
そして、俯いて顔を真っ赤にした。恥ずかしそうに頬を両手で包むテアドールを覗き込むニル。
「あ、あの……僕ニルさんのこと友達だって、勝手に思ってました」
「あ……えっと、大丈夫です。ニルのともだちです」
何だかテアドールが顔を赤くしているのが移ったのかニルも頬を染める。
ともだちになりたいと自分から誰かに言うのはニルも初めてなのだ。
そわそわとドキドキが一緒に訪れてニルの心を満たす。
「ニルはちぐさたちに、ともだちは名前を呼び捨てにすると教わりました。テアドールって……呼んでもいいですか?」
「はい。テアドールと呼んで下さい」
「ニルは、ニルって呼んでほしいです」
テアドールが「ニル」と拙く呼ぶのに、何だか心がぽかぽかするのだ。
「神域や本殿も気になるけど、せっかくお菓子を作ったから食べてもらいたいよねぇ」
二ノ社の社務所に顔を出した『闇之雲』武器商人(p3p001107)は手を振って明煌の元へやってくる。
「グラオ・クローネ……バレンタインが近いからね、最近よく練習してたガトーショコラを作ったんだ。甘い物好きって言ってたし、深道の……此処だと複数いるか。明煌の旦那にあげる。ナガレも食べるかい?」
武器商人は明煌の前にガトーショコラを置いた。その隣ではナガレが優しく微笑む。
「食べたことある? ガトーショコラ。しっとり濃厚な食感で美味しいよ」
「ええ、ありますよ。明煌様が甘い物好きですし」
ナガレは武器商人からガトーショコラを貰い、その甘さに目を細める。
「美味しい」
ぼそりと呟いた明煌に武器商人は笑みを浮かべた。
「そうか。明煌の旦那が気に入ってくれてよかったよ。そうだ聞いてもいいかい?」
武器商人のガトーショコラを食べながら明煌は頷く。
「普段の呪物達はどんな風に暮らしているんだい? 結構自由にさせているのかな?」
「うん。人を害さないのは煌浄殿の中なら自由にさせてる。他に行くとこ無いし……」
積極的に人に害を成す悪鬼の類いは本殿の方に封じられているらしい。
「そうなんだねぇ。じゃあ明煌の旦那から見た呪物達の話も聞いてみたい」
「ナガレは……この前廻をぐるぐるさせてた。だから、怒った……そのあと大変だったし」
「ふふ、廻様を少し惑わせて遊んだんです。どうなるのかなー? って。そしたら思いのほか効き過ぎたみたいで。ふにゃふにゃになってしまいまして……明煌様に怒られました」
ナガレは煙管の夜妖だ。人を惑わせる紫煙を纏う。明煌が気に入っている廻を惑わせばどうなるか試してみたくなったのだろう。結果、泥酔したように一人では立てなくなった。視点は定まらずぐるぐるとしていて、力も入らない。文字通りふにゃふにゃになってしまったのだ。
三日程そのままで、明煌は少し心配したのだろう。
「なるほどねぇ……それは大変だった(楽しそうだ)ねぇ」
くつくつと笑う武器商人に明煌は小さく溜息を吐いた。
「良かったら、互いに作ったお菓子を幾つか交換しない?」
昼顔の提案に武器商人は「じゃあガトーショコラをあげようね」と笑みを零す。
「ヒジリ氏は呪物らしいけどどんな呪物なの?」
「僕? 半月型の『和櫛』だよ」
手のひらに和櫛を出現させたヒジリは「こんなの」と差し出した。
「へえ、綺麗だね」
「そうでしょ? 誰かの髪を綺麗にするんだから僕自身も美しくないとね」
昼顔は頷いて、サクマへと視線を向ける。
「サクマ氏は鍵の夜妖って話だけど、どんな事が出来るの?」
「箱とかに鍵を掛けられるよ」
仕舞っておきたい大切なものを守ってくれる夜妖なのだろう。
「じゃあ、ヒジリ氏好きな人はいるの?」
「明煌」
「即答だね。よっぽど好きなんだ」
「勿論。ここの呪物はみんな明煌が好きだよ。でも僕は愛してるから。……ほんと廻はずるい。僕も明煌と一緒に寝たいし! 廻だけ! 一緒の部屋で寝てる!」
立ち上がったヒジリはソファに座っていた廻の頭を両手で挟み込んで左右に振る。
「えー、何ですか? また明煌さんに怒られますよぉー」
「煩い。力入れて無いから大丈夫だし!」
煌浄殿で過ごす内に以前より廻への態度が軟化したようで、明煌も一瞥してお菓子に向き直った。
「廻さんお久しぶり、調子はどう?」
「あ、イシュミルさんお久しぶりです」
ぺこりと頭を下げた廻の頭を撫でるイシュミル。彼はこう見えて医学に詳しい。
廻の状態も気になっていたのだろう。
「……薬も強すぎれば毒になる。何事も加減が大事なのさ」
そういえばとアーマデルに振り返るイシュミル。
「保護者モドキって私の事だよね?」
先程明煌とアーマデル達が話しているのをきいていたのだろう。
「え……」
「そっかぁ、そう思ってるんだキミは、傷付くなあ。まあ、アーマデルは特定の方向に尖った御仁にふらふら近づいていくから心配なんだよ。……ヒトは似た軌道を描いて廻るものだからね」
イシュミルの言葉は参考になると弾正は頷く。
「特定の方向に尖った御仁……それがアーマデルの好みのタイプという訳か。好きな人には何度でもときめいて貰いたい物だ。俺も赤い光の輪や楔ではなくて、ゲーミングに輝くぐらい個性を磨いた方がいいだろうか。どう思う? ルカ殿。呪物も精霊種も、根源が同じ音ならさほど違いはないと思っていたのだが…そういえばルカ殿は食べ物を食べられるのだろうか?」
「うん、人間の食べ物は好きだよ!」
「今日は皆でお菓子を食べてまったりできると思っていたから、うっかり沢山、料理してしまったんだ…ずんだ餅を。枝豆と餡のマリアージュ、ぜひ試してみて欲しい」
美味しそうだと喜ぶルカは一口食んで顔を綻ばせる。
「ほうじ茶も合わせると最強だ。炬燵から永遠に出たくなくなるぐらい多幸感が得られるぞ。そうでなくとも俺は、アーマデルとずっとぬくぬくしていたいが」
弾正の隣で蛇鱗せんべいをそっと出すアーマデル。
「大丈夫光らないしちゃんと美味しい。……イシュミル、あんたが手を延ばした菓子は皿に戻すな、それもだぞ。戻すな! あんた前科ありすぎなんだよ! 愛情はあくまでもスパイス。愛情しか籠ってないのは劇物。そんなやばいものを弾正に食べさせる訳にはいかない……!」
アーマデルは死守した安全なお菓子を弾正に寄越す。
「手作りでなくてすまない」
「美味しくいただこう。胃薬だって持参済みだから、何が来ても平気だぞ?」
和やかに笑う弾正に僅かに頬を染めるアーマデル。
「……これは前美味しかったヤツだからテアドール殿や廻殿も大丈夫だと思う」
照れ隠しのようにアーマデルは廻達へお菓子を勧めた。
「はー。温かい。やはり冬はコタツですね。そしてミカンと廻殿のお菓子。最高ですね!」
「ふふ……そう言って貰えると作った甲斐がありました」
迅はお菓子を一つ摘まんで、自分とコノカの口に放り込む。
「コノカさんは可愛いですね」
「そうでしょう! もうこの柔らかなほっぺと、ふわふわの毛並み。最高なんです!」
コノカの頭を撫でた廻に迅は目を輝かせた。
「これ、好き」
「ああ。チョコクッキーですね。簡単ですよ。今度、迅さんに作って貰ってもいいかも」
「おお! それは良いですね。後でレシピを教えてください」
クッキーを手に美味しそうに笑みを零すコノカをぎゅっと抱きしめた。
「これ会長が作ったやつ! 美味い。やっぱり自分で作ったのが一番美味しいよね」
「本当ですね茄子子さんのやつ美味しい」
一口頬張り笑みを零す廻。
「廻くんのも会長程じゃないけどまぁ美味しいよ」
「本当ですか? よかったぁ」
優しく微笑む廻へ茄子子は「で、」と詰め寄る。
「廻くんは好きな人居るの?」
「えっ! それは、えっと……好きな人って」
「いいじゃん会長に教えてよー」
肩を揺さぶる茄子子に廻は「秘密です」と唇に指先を当てた。
「んん、金木犀の匂い……香水?」
やや不機嫌そうに廻のうなじに鼻先を付けるラズワルド。
「ああ、コウゲツさんの花蜜ですね。ずっとそれしか取ってないので、甘い香りがするみたいです。シジュウさんが言うには肌も甘くなってるみたいです。それで最近、真珠(白灯の蝶)が寄ってくるんですよね」
ラズワルドはどういうことだと廻のうなじをぺろりと舐める。
「ひゃ!」
「確かにほんのり甘いかも? これ、少しもらっちゃダメかなぁ?」
「おや、私の花蜜が欲しいのかい? 搾りたてをあげるよ」
いつの間にか現れたコウゲツが小瓶に花蜜を詰めてくれる。見上げたラズワルドにコウゲツはウィンクしてみせる。
「大丈夫なんですか? コウゲツさん」
「えー、大丈夫大丈夫。ちょっと身体がぽかぽかするだけだよ。流石に動けなくなる程強いのは出さないよ。明煌に怒られるしねぇ……あ、何だったら君、暁月に渡してくれる? 強いの出すから……」
暁月の名前を出した瞬間、赤い縄がぐるぐるとコウゲツに巻き付き、視界から消えた。
ラズワルドは不機嫌そうに廻を抱き込み、自分の匂いをすり込む。首筋の赤い縄と歯形が見えて自分のものだと主張するようにガブリと上から噛みついた。猫のマーキングである。
「ほら、廻くん。あーん」
「あーん」
もぐもぐと一緒に作ったお菓子を食べる廻とラズワルド。
ジュリエットは明煌に包みを二つ渡す。
「蝶の飾りを付けたのは深道さんのです。もう一つの赤いリボンの分は暁月さんにお渡ししてくださいね」
「え? 何で?」
怪訝そうな顔でジュリエットを見つめる明煌。
「暫くお会いしてなかったのでしょう? 感謝の気持ちを表すのは良い機会だと思いますよ? それに暁月さんは良い人ですもの。喜んで下さると思います」
手にした包みを見つめ眉を明煌は顰める。ここで要らないと言えるほど人でなしでは無かった。
出来ればジュリエットから暁月に渡して欲しい所だが。
「あっ私からと言うのはダメですからね?」
「うっ……」
「……思っていましたが、暁月さんは他人にお世辞なんて言う人ではないです。素直に好意は受け取るべきですよ? 大切な人がいらっしゃるなら、尚更そう言う機微は身につけておくべきだと思います」
ジュリエットの言葉に一層険しい表情を浮かべる明煌。
「何、それ誰から聞いたん?」
「え? コウゲツさんからお聞きしました……恋をして愚かになるのは、皆同じですよ……」
明煌の顔に朱が散り、その場から勢い良く飛び出す。
「あら、ら?」
口元に手を置いたジュリエットの耳に遠くからコウゲツの叫び声が聞こえたような気がした。
「真珠さんの分もありますよ。コウゲツさんの蜜を分けて頂いてチョコレートドリンクにしました」
ジュリエットの肩にふわりと乗る白灯の蝶。見れば廻のうなじにも何匹か止まっている。
「……もしかして吸ってるのでしょうか?」
廻からは金木犀の香りがして、仄かに甘いらしい。
花と間違えて蜜を吸うように啜っているのかもしれない。
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は甘い香りに誘われて二ノ社の社務所へやってくる。
「なるほど、グラオ・クローネ用に皆さん頑張ってお菓子を作ったんですね」
「あ、チェレンチィさんもどうぞ」
手招きする廻に顔を綻ばせるチェレンチィ。
「え、ボクも頂いていいんですか? それなら、甘過ぎないものを……クッキーを頂きますね。ありがとうございます」
チェレンチィは炬燵のじんわりとした温かさに頬を緩める。
「この炬燵というものは暖かくて大変良いものですねぇ……! こんなにぬくぬく気持ちいいと出たくなくなってしまいます」
「ふふ、何時までも居ていいんですよ?」
「ぁ……ヤツカさん」
隣に座った呪物のヤツカへ視線を上げるチェレンチィ。
「……先日は強い言葉を向けてしまってすみませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。気にしていません」
呪物を封じる役目を負ったヤツカだからこそ、囚われることは自分を守ることだと考えるのだろう。
そうして他の呪物を守っている。
「ボクは、先日言った通り囚われるのはもう嫌なので……同意は出来かねますが。それと、その時、背を支えてくれてありがとうございました」
ぎこちないチェレンチィの言葉に、ヤツカは静かに微笑む。
人と呪物では考えが全く異なるもの。
一旦落ち着いたチェレンチィはその考えに至り先日の事を謝りにきたのだ。
「優しい子ですね、あなたは。……もし揺り籠が必要になったらいつでも来ていいですからね」
「バスケットにワックスペーパーを敷いて、作ったタルトを沢山入れて……準備OK!!」
沢山あるからどんどん食べてとコタツの上に置いたのはシルキィだ。
「わぁ! 美味しそうです!」
「ふふふ、練習したからねぇ! それと、わたしも廻君のお菓子をもらっても良いかなぁ?」
「是非どうぞ!」
「絶対美味しいし嬉しいからねぇ……えへへ、楽しみ」
ふにゃりとシルキィと廻は微笑み合う。二人が並ぶと空気がふんわりと温かくなるのだ。
「そうだ、折角だしコロちゃんにも食べてもらいたいねぇ」
先日の呪物回収で迎え入れたコロを探すシルキィ。
湯飲みの形をした呪物がふわりと小さな幼児のかたちを取る。
「甘いのは大丈夫かなぁ? もし良ければ、まずはおひとつどうぞ!」
「うん。おいしい!」
もぐもぐと頬張るコロを撫でながらシルキィは隣の廻へと向き直った。
「わたし、廻君のことがすごく心配だよぉ。片足が動かなくなるなんて……」
「はい……僕も少しびっくりしてます」
シルキィがこんなにも不安なのだ。当の本人である廻が怯えていない筈が無い。
大丈夫だと笑顔を見せているが、これが廻の『強がり』なのだとシルキィは知っている。
「ゆっくり休んでね」
「はい。ありがとうございます」
これ以上は頑張っている廻にも、補助具を用意してくれたテアドールにも失礼になるだろう。
「いざという時が来たら、わたしはどんな事でも出来る。やってみせるから……」
「シルキィさん」
「えへへ、ちょっと真面目な話ししちゃった。一緒に食べよっかぁ」
この瞬間を楽しむ方がきっと廻にとっても幸せだと思うから。
シルキィは心からの笑顔で楽しいひとときを過ごした。
ボディは星の形のチョコを大切に保管し、残りを炬燵に持って来る。
「皆で食べると美味しいですね。ボディさんの作ったのもとっても美味しいですよ」
「そうですか」
廻がそう言ってくれるなら龍成に渡すチョコの味も安心だろう。素直に嬉しい。
去年はここまで不安にならなかった筈なのに。これは致命的なバグでどうにも進行が激しいようだ。
「……廻様、それに深道様。私の悩みを少しだけ、聞いて下さいませんか」
「はい。どうしたんですか?」
ボディに向き直った廻とお菓子を摘まみながら聞いている明煌へ視線を向ける。
「私には親しい人がいるのですが、その、以前から私に不可解なことがありまして。その人と一緒だと嬉しいのに妙に落ち着かなかったり、思考が支離滅裂になったり、終いには顔から火が出そうなほど恥を感じたり
さっきだってハートのチョコを何故か渋る始末で……とにかく通常の私じゃ無くなるんです」
「なるほど……」
「人間の貴方たちなら、私(機械)には分からないこの異常にも何かの解を出せませんか。私は……どうなっているのでしょうか」
明煌はボディに何も言うことが出来ない。他人にアドバイス出来る程、自分の中の気持ちを整理出来ていないのだ。無言のままの明煌を見かねて廻が「そうですねぇ」と切り出す。
「その異常は『嫌なもの』ですか? ボディさんがそれを不快に思ってなくて、絶対に嫌で取り除きたいと思っているのでなければ、そのまま受入れてしまっても良いんじゃないでしょうか」
ボディは胸に手を当てる。このエラーは『嫌なもの』なのだろうか。
分からない。考えた事もなかった。エラーであれば解消しなければならないと思っていた。
「ゆっくりとそのエラーについて『嫌かどうか』を考えてみるのも良いかもしれませんね」
「はい……」
こくりと頷いたボディは胸の疼きを確かめる様に瞳を閉じた。
リュコスは炬燵で一緒に温まっている明煌を見上げる。
「もしかして明煌おじさんは甘いものが好き?」
つまみ食いをしに来ていた明煌を見かけたからとリュコスが言うのに明煌は「うん」と応えた。
また一つ自分と似ている所を見つけ嬉しくなるリュコス。
「明煌おじさんが甘いものすきならもんだいなーし! これあげる!」
リュコスが明煌へと差し出したのはさっき作っていた友チョコである。
あたたかい炬燵のおかげでリュコスのふわふわの耳と尻尾が生えてくる。
「こんにちは、ぼくギュスターブくん。この炬燵っていうのは不便だねえ、ぼくの口元までしか暖められないよお」
巨体を炬燵にねじ込んだギュスターブくん(p3p010699)がもぞもぞと動く。
「顔を入れてると体が寒いねえ~」
その様子を怪訝な表情で見下ろす明煌。
「あ! この無駄に長い足は不愛想な上に、ぼくにお刺身をくれなかったドケチのおじさん」
鼻先を明煌の足がぐいぐいと押した。
「今日は皆がお菓子を作るって聞いたよ。もうすぐ好きな人にお菓子をあげる日なんだってさ、ロマンチックだねえ。ところでおじさんはそういうロマンチックな思い出とかないの?」
「…………」
無表情でお菓子を食む明煌へギュスターブくんはお構いなしに言葉を投げる。
「ときめきは大事だよお、ぼくは長いこと生きてきたからね、ワニ生の中で一番輝いてたのはやっぱり雌ワニに恋をしてた時だったよ。初恋の時のお話でいいからさあ、聞かせてよお」
明煌の着物の裾から伸びた赤い縄がギュスターブくんの顎をぐるぐる巻きにした。
「はっ、寝落ちしてる場合じゃなかった! 恋バナある? 何? 聞きたい!」
うつらうつらとしていたリュコスがバッと顔を上げる。
「好きはわかる。ぼくは好きなひとたくさんいるから」
けれど、「好き」と「恋をする」の違いはリュコスには分からなかった。
だから、気になるし色々な話しを聞きたいと思ったのだ。
みかんを頬張りながらリュコスは明煌へ顔を上げる。
「明煌おじさんは『恋バナ』、ある?」
「…………」
リュコスの純粋な問いに嘘が言えなくて「ずっと、好きな子が居る」と短く応える明煌。
「そのこに恋してるの?」
「……うーーーーん。どう表現したらいいのか、分からなくなちゃった」
少し悲しげな表情を浮かべる明煌が泣いているように思えてリュコスは明煌の左目を擦る。
「ないてる?」
「ううん。大丈夫」
明煌の恋バナを聞いても「好き」と「恋をする」の違いはリュコスには分からなかった。
少し不思議でおっかない雰囲気がある明煌だけれど。
「やさしい明煌おじさんのことぼくは好きだよ」
「……ありがとう」
ユーフォニーはルクリアと共に炬燵の中で温まっていた。
皆で作ったお菓子を分け合い、楽しい一時を過ごす。
少し落ち着いた頃に、明煌の元へやってきたユーフォニー。
「今日はお邪魔させてくださりありがとうございます」
「うん」
素っ気ない返事だが。明煌は口数が多くないと皆との会話を聞いていて知っている。
「突然なんですけど……私、最近思ったんです。全員救われる世界があったらいいのに、全員救われる数だけ世界があったらいいのにって」
「……そうだね」
正直に言えばユーフォニーは燈堂や深道のことを詳しくは分かって居ない。
関わりが浅い自分がこんなことを言うのも変だとは思うのだが。
「祓い屋のみなさんとその大切なひとたちも含めて全員、幸せになってほしいです。私の大切なひとたちの大切なひと……辿っていけば祓い屋のみなさんがいる、理由はそれだけです」
「君は、とても優しい人なんだね。優しくて強い人だ」
まるで柔らかく降り注ぐ陽光のようなユーフォニーの言葉。
明煌には眩しすぎる程の優しさだ。
こんなにも汚れていて『悪い』自分とは関わっていてはいけないと遠ざけてしまいたくなる。
「でも、この世界はひとつですから。もし誰かと誰かの幸せが相反してしまったら……そのときは思いっきりぶつかり合って、妥協の折衷案ではなく全員笑顔の最適解を見つけましょう。同じ意味かもしれませんけど、込められた心は全然違いますから。『大切』を辿って、私も力になれるならなります」
真っ直ぐなユーフォニーの思いに明煌の中の「後悔」が吹き上がる。
こんなにも正しく輝くユーフォニーの前では、ごめんなさいと泣き出したくなるのだ。
だって、自分は暁月の為だといって、春泥の実験に加担し、廻を傷つけたのだから。
許される筈も無い。悪い自分を許してほしくない。
「見当違いなことを言っていたらごめんなさい。みなさんの幸せな未来を、勝手に願ってます!」
「…………」
ユーフォニーに返す言葉が見つからなくて、明煌は苦い顔で視線を逸らした。
「さ゛む゛い゛であ゛り゛ま゛す゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」
ムサシはぶるぶると震えながらコタツへ潜り込む。
「練達のここならまだ寒さはマシになってると思ったらどこも寒さは厳しい……スーツを着てるときはまだ暖かいでありますけど素だとさむいいいい……炬燵から出られなくなるであります……」
足先からじんわりと温まっていく感覚にムサシは「極楽であります」と零す。
ムサシは隣でチョコを食べている明煌を見上げた。
初めて会った時に比べると明煌と自分達の距離が近くなっていると感じる。
廻に対する態度もそうだが、きっと明煌の『本当の姿』はぶっきらぼうだけど優しい人なのだろう。
「なに、じっと見てん?」
「明煌さんが楽しそうで……こんな楽しい日が、ずっと続いてほしいでありますね」
「…………」
ムサシの何気ない清き願いに、明煌は苦い顔をした。
「どうしたんでありますか?」
「何でもない……」
悲しげな明煌の表情が気になって、ムサシはコタツから出て行く彼をじっと見つめる。
ムサシは何か、胸の奥がざわつくと眉を寄せた。
●
レイチェルは喫煙所で明煌の姿を見つける。
「おう、そっちもヤニ切れか? 火、貸してやるよ」
「ありがとう」
魔術で己の指先に小さな火を灯したレイチェルは明煌の煙草へそれを向けた。
「あー……明煌。そのさ、暁月や廻とは上手くやれてるか? やれてるならいいんたけどよ。ほら、お前、不器用な感じだしなァ。ま、俺も人の事、言えんが。誕生日とかにはプレゼント、あげるんだぞ?」
「…………」
煙草を空へ吹かした明煌は何か言いたげに、それでも言葉を飲み込んで苦い顔をする。
何か『後悔』をしているのだろうかとレイチェルは横目で見遣った。
チェレンチィは落ち着ける場所を探して喫煙所へとやってくる。
「煌浄殿、ちゃんと喫煙所あるんですね」
「ん? ああ二ノ社で吸いたいときはね。本殿はどこでも吸えるけど。こっちは小さいの居るし」
意外とミアンや詩乃といった子供の前では吸わないらしい。
ふぅと顔を横に向けて煙を吐き出す明煌。
「お話してもいいですか? まあ、然程関わりのないボクの話に付き合う気も無いかもしれませんし、独り言だと思って下されば」
人と話すのは好きでは無さそうな明煌を横目で見遣る。どうやら聞く気はあるようだ。
「明煌さんは暁月さんのことをとても大切に思っていると聞きました」
否定も肯定もしづらくて明煌は返事の代わりに煙草の灰を灰皿に落す。
「ボクにもかつて大切に思う人が居ましたが、もう、居ないのです。だから、思うことしか出来ません。明煌さんも暁月さんもちゃんと生きていて、何でも出来ますから……本当に後悔しない道を選んで欲しくて。世の中に絶対は無く、死んでしまったら終わりですからね。……なんて。お節介でしたかねぇ」
「もう、後悔なんていっぱいだよ」
チェレンチィの言葉は明煌に染みただろう。だから『後悔』していると吐露した。
「どうしたら、いいんだろうね……」
泣きそうな苦い顔がチェレンチィの瞳に映り込んだ。
「明煌、少し話さねぇか?」
煙草を吸い終わって二ノ社の裏を歩いていた明煌は天川に呼び止められる。
「うん、そこ座る? 向こうと違って静かだし」
木製の長椅子に腰掛けた天川と明煌。話しを切り出したのは天川だ。
「今まで悪かったな。色々悪いことが重なりすぎて、お前さん達を信用できなかった。
他はどうかわからんが、少なくとも明煌、お前は廻も暁月も大事に思ってることは理解できた」
「天川……謝罪は要らないよ。俺は……悪い奴だから」
明煌の悔しげな横顔に「どうしたんだ?」と天川は問いかける。
「俺は許されるべきじゃない。信用に値しない」
暁月を大事に思えばこそ、春泥の実験に加担し廻を傷つけた。明煌はそれを後悔しているのだ。
動き出した泥の器の浄化を止める術が無い。
「そうか……なら余計に、暁月とゆっくり話してみたらどうだ? 自分一人で抱え込んで辛そうに見える。俺の経験上、話したいことを話しておかないと後悔することになるぜ。お前さんの抱えてるそれは、もう一人じゃどうする事も出来ない問題じゃねえのか?」
「…………」
天川の言うとおり、明煌一人ではどうする事も出来ない状況へ転がっているように思える。
葛城春泥は盤上で駒が踊る様をほくそ笑む人間だ。
「なんだ……。俺で良ければ話くらいは聞くぜ? まあ役に立つかは分からんがな……」
辛気くさい話しはこれぐらいにしてと天川は煙草を取り出す。
「あ、ここ吸っていいのか?」
「別にいいよ」
呪物についての情報を明煌から聞き出し、備えを万全にする天川。
「色々余計な話もしたが、仕事でもなんでもいつでも頼ってくれ」
「あ。明煌さんも甘いもの好きぃ? お酒は飲むよねぇ?」
ラズワルドは二ノ社から本殿へ向かう明煌へチョコを渡す。
「……やっぱまどろっこしいのやめよ。本殿いーれーてー、どうせこの前勝手に入ったこと気づかれてるんでしょ?」
以前、神域へ侵入しようとしたラズワルドは結界の狭間へ落ちたのだ。
「味方だっていうならイイコにしてるからさぁ」
「別にいいけど……何の用」
明煌と手を繋いで三の鳥居を潜るラズワルド。今度はきちんと通り抜けられた。
「悪意は無いよ、ただ廻くんを元の生活に戻らせてくれる人か見極めたいだけ」
「…………」
長い沈黙と苦い顔。そんな後悔を浮かべるのは止めてほしいとラズワルドは思ってしまう。
そんなのまるで……『廻がもう元には戻らない』みたいじゃないか、と。
「別に明煌の旦那のテリトリーを好き勝手荒らしたいわけでもないからね」
でも、静かな場所は嫌いじゃないと武器商人は三の鳥居を覗いた。
「此処には、とても危険な夜妖も封じられているという噂もあるらしいけど。居るとしたらどんなコなんだろうねぇ」
「…………色々」
武器商人を見遣り、明煌は指を折って数えるような仕草を取る。
「ねぇ、明煌の旦那。キミって、『怪異がどんなものか知っている?』。明確にそれら全てが敵ではなく、かといって、未だ明確に種族とも言い難い。そんな隣人(かれら)を、キミはどれほど知っている?」
「……純粋なもの。良くも悪くも。だから、安心する」
人間の心は分かりづらいと明煌は視線を落す。
自分は選ばれなかったのだ。深道を継ぐと思って居た暁月は燈堂へと去った。自分の前から居なくなってしまった。暁月の真意は分からないまま。
「静かだね、ここが、神域……煌浄殿の本殿……」
祝音は明煌に連れられて本殿へとやってくる。
廻達とわいわい楽しく過ごしたかったけれど、煌浄殿のことを知れるチャンスは逃したくなかった。
「えっと、あの人達は?」
「ああ、真と実だね。廻のお世話係だよ。俺が傍に居ない時も多いから彼らに廻のお世話を任せてる。廻は体調を悪くしてよく倒れるから……安全のためにもね」
真と実においでと手招きする明煌。
「初めまして……真さん、実さん。祝音って言います。みゃー」
祝音が知りたいのは廻のこと、葛城春泥のこと。
「記憶がない……誰かに、奪われた……?」
「おそらく、性格的に葛城先生が何かしたんだと思います。僕らは先生の命令に逆らえないですし。まあ、でもとりあえずは生きてますし。廻さんのお世話が忙しくてあんまり他の事を考えられないんですよね」
空っぽだった彼らの情緒をここまで育てたのは廻である。
ひな鳥の刷り込みのように廻を慕っている様子が覗えた。廻も『あまねの代わり』として用意された彼らに縋っている部分がある。
「廻さんの浄化って、大変?」
「そうですね。本殿の奥にある禊の蛇窟に入る時は一人では立てないぐらいになります。だから、僕達が迎えに行きます。浄化効果は大きいのですが心身共に消耗が激しいので、最近はあまり入りません。その代わり浄化のペースが緩やかになってますね。今は明煌さんが施す浄化が主体ですね」
廻の状態を聞いて拳をぎゅっと握り締める祝音。此処へ来たいと言ったのは己自身だから。
「……葛城春泥は、明煌がいない時にも煌浄殿に来る事がある?」
「はい。あります……僕達は先生が部屋に入るなと命令すると入れないんです。中で廻さんが苦痛に泣き叫んでいても助ける事ができない。それが辛いです」
悲しそうに眉を下げる実と真。
春泥は『泥の器』の様子を見るといって、わざと廻に苦痛を与えているのだろう。
その時の記憶を奪われ、左脚も動かなくなって廻の心身は弱っていくばかりだと二人は祝音に語る。
足下を撫でる八千代を見つめる祝音。
八千代や廻、明煌、ここの呪物や人々も悪しき者に害されないようにと願わずにはいられない。
「あの、わたしも本殿に連れて行っていただけません、か?」
メイメイの申し出に「いいよ」と応えた明煌は本殿へと少女を招く。
燈堂本邸よりもずっと広い武家屋敷。友人の廻が住んでいる場所が見たかったのもあるが。
「……わたしは、廻さまが心配です。大切な、お友達なので……失うのが、こわいです。苦しんで、欲しくないです」
メイメイの言葉に明煌は悲しげに眉を寄せた。
「もし、明煌さまご自身、なら、どうなさいます、か。大切なものを、守るには……救うには。どうしたら……良いのでしょう、ね。……ごめんなさい。そう言われても、困ります、よね」
「……俺も教えてほしい」
見上げた明煌の表情は後悔を滲ませて、今にも泣きそうだった。
神域の鳥居の前で佇む舞花に手を差し出す明煌。
無理に入るつもりは無かったと伝う舞花に、其処へ立ってられるのも落ち着かないと明煌は返す。
「聞きたい事があります。明煌さんから見た葛城春泥のこと」
暁月を呪物として確保するように示唆したのは明らかな意図がある。
「そもそも暁月さんの件は彼女の仕業でほぼ間違いないのだから、何食わぬ顔で、というやつです。明煌さん、暁月さん。そして『泥の器』にされた廻君……彼女の目的、その焦点が何処にあるのか」
「……あの人は俺から見ても変な人だ。冗談も多いし善人ではないよ。でも、俺は暁月を自由にしたい」
何れにせよ、舞花にはそう遠くないうちに何かが起る予感があった。
廻は間違いなく巻き込まれ、暁月も部外者ではない。
「暁月さんには自由に。そうですね、良い形で収まって欲しい……貴方にも、そう思います。明煌さん」
「……俺は、悪い奴だから。暁月が大切で、先生の実験に加担した。それで廻を傷つけた」
見上げた舞花から視線を逸らすように明煌はそっぽを向く。
一瞬見えた表情は『後悔』を浮かべていた。
明煌とアーリアは本殿への鳥居を潜る。
「呪物ちゃん達、かわいいけど少し落ち着かなくて」
静かに話せる場所が欲しかったとアーリアは微笑む。
「これ、少し早いけど」
お酒の入ったチョコを手渡せば、明煌は怪訝な表情を浮かべる。
「お世話になってるもの」
「……ありがとう」
中身は美味しそうなチョコだ。相手が誰であれ贈り物は素直に嬉しい。
「渡さないの? 好きな人へ、チョコ」
びくりと肩を跳ねさせた明煌をアーリアのエメラルドの瞳が射貫く。
「な、あいつ忙しいし」
「あら、誰とか言ってないわよ」
アーリアの言葉に明煌は酷く苦い顔をした。何を言っても墓穴を掘りそうで言葉が出てこない。
「そうだとして、私が止める理由もないし、口外もしない。
でもね――彼と、廻くんを危険に晒したら私は貴方を許さないわ」
そのアーリアの言葉は至極真っ当で、故に叩きつけられる。
現時点において、明煌は廻を危険に晒しているといっても過言では無い。
泥の器を浄化し神の杯を作る葛城春泥の『実験』に加担した。
暁月を救う為。他はどうでもよかった。廻が来たばかりの頃は玩具のように酷く扱った。
それを今、泣き出したい程に後悔している。廻やイレギュラーズと出会い暁月以外の大切を知ったから。
だからきっと、アーリアには絶対に許されない。
「……許さなくていいよ。君には俺を許してほしくない。俺は悪い奴だから、君には『暁月と廻の味方』でいてあげてほしい」
始まった呪いの浄化は途中で止まらない。だから、自分は罰せられるべきなのだ。
けれど、罪を犯してなお、必ず成し遂げなければならないものがある。
もし、成し遂げたなら――
「どういうこと?」
問いかけたアーリアの視界が一瞬暗闇に覆われる。
気付けば、本殿から二ノ社へと戻って来ていた。
「炬燵にずっと入ってたら鱗が乾燥しちゃった。おじさんちのお風呂かしてよ」
ギュスターブくんは明煌を連れてに本殿の風呂場へ押しかける。
「今日も楽しくなさそうな顔をしているね、でもこの間温泉でお兄さんと一緒に歩いてた時よりマシだね。
おじさんは、あのお兄さんの事嫌いなの?」
「……嫌いじゃない、けど。何でそんなこと」
聞くのかと横を向いてブツブツと零す明煌。
「そっか、嫌いじゃないんだ。楽しいお顔が難しいならさあ、ちゃんと楽しいって言った方がいいよ。お兄さん、困ってたよ」
ギュスターブくんの言葉に明煌は「暁月が?」と問いかける。
「あっぼく背中に手が届かないんだあ、ついでに洗ってくれていいよお!」
「いや、何で……てか暁月が困ってんの何で」
お湯を勢い良く掛けた明煌はギュスターブくんの真意がよく分からなかった。
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は詩乃と共に本殿を訪れる。あっさり本殿へと入れてくれた明煌にサクラは目を瞠る。二ノ社までよく来ているサクラは明煌の中では『よく見かける枠』に居るらしい。
「私さ、正直明煌さんの事信用してなかったんだよね。なんか胡散臭いし、感じ悪いし」
「開口一番すごい擦るな」
思わずツッコミを入れてしまった明煌はしかめっ面でサクラを見遣る。
だから詩乃を預けるのも不安で何度も様子を見に来ていた。
「でも今は違うよ。詩乃も怖がってはいるけど、でも明煌さんが悪人ではないって感じ取ってる」
「……」
ばつが悪そうに明煌は視線を逸らす。そういうのは詩乃が怖がるから止めて欲しいけれど。
「貴方は廻くんを助けてくれた。詩乃も助けてくれた。……本当に感謝してるんだよ、これでも」
信用してるし信頼もしてるというサクラに明煌は苦い顔をする。
「でも明煌さん、私達に隠してる事あるよね? あ、それを言えー! って訳じゃないよ。勿論明煌さんが言いたいなら聞くけど」
「隠し事してるヤツを信頼できる? 俺は善人じゃない。悪い奴だ……」
明煌の心が乱れるのがサクラにも分かる。何かを後悔している顔だ。
「私が言いたいのはね、明煌さんを苦しんだり困ったりしてるなら助けたいって事だよ。明煌さんが廻くんや詩乃を助けてくれたようにね。だから困ったら言ってね。絶対に助けになるから」
なぜ、そんなに善意を向けてくれるのだろうと明煌は思う。
自分はこんなにも悪い奴なのに。
暁月の為に、春泥の実験に加担し、廻を傷つけた。その深い『後悔』がサクラ達イレギュラーズと話す度に大きくなっていく。眩しい彼らの隣に立つ度、自分の闇が映し出された。
「誰かを助けたり守ったりする事に一生懸命だけど、明煌さんを助けたいって思ってる人もいるんだよ!
それはきっと私だけじゃないよ。明煌さんが今まで頑張ってきた事が、きっと貴方を助けてくれるよ」
明煌は顔を覆って首を振る。許されるべきじゃない。
こんなに真っ直ぐで眩しいサクラ達が、悪い事をしている自分を許していい筈が無い。
サクラは刀を抜き、胸元で刀身を天へ向ける。
「――ロウライトの名において誓う。
我、天義聖騎士、サクラ・ロウライトは汝、深道 明煌が苦境にある時、必ずや闇を祓い光を齎す」
刀身は陽光を跳ね返し、サクラの青き瞳が輝きを帯びる。
明煌にはそれが夢物語のように思えた。
暁月と同じように、光の下で生きる者たち。決して自分なんかが触れていいものじゃない。
「あ、でも無愛想はもうちょっと何とかした方が良いと思うな!」
そんな冗談でさえ、眩しくて。
本殿に招かれた『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は明煌へと手を振る。
縁側に座った明煌とヴェルグリーズはお茶のペットボトルのを開けた。
「用事は……」
「ああ……以前、空と会ってもらったことがあっただろう? 深道に初めて行った時のことだよ。あれからある程度時間も経ったし、空に何か変わったところが無いかとか。気を付けるところが無いか、明煌殿に聞いてみたいと思っていてね」
ヴェルグリーズの隣にふわりと神々廻絶空刀が現れる。
「テアドール殿とも会いたいと空が言っていたから連れてきているんだけど。よければ少し見てやってくれないかな」
「いいよ、おいで」
空を手招きした明煌は自分の前に少年を立たせた。
「というか、先ほどから星穹殿の姿が見当たらないんだけど。一緒に来て気付いたらいなくなっていたんだよね……どこに行ったのかな? 明煌殿見てない?」
「さっき二ノ社の社務所でヤナギと話してた気がするけど」
空の首筋を掴みながら明煌はヴェルグリーズに応える。緊張した様子の空にヴェルグリーズは少しだけハラハラしてしまう。
「うん、大丈夫だと思う。特に変わった所は無いよ」
「ありがとう、明煌叔父さん」
「……」
叔父さんという言葉に胸の奥がざわつく明煌。
テアドールと遊びたいという空を見送ってヴェルグリーズと明煌は再び縁側に腰掛ける。
「そういえば、以前温泉で話したことがあっただろう? その時、昔暁月殿と明煌殿が正月に会った時の話をした時に、キミの反応が少し引っかかっていてね……あれは何だったんだい?」
お茶を飲んでいた明煌の手が止まる。
「暁月殿は機嫌よく話していたから彼にはきっと思うところは無いんだろう。そうなると明煌殿、キミにとっては重要な話だったんじゃないかな?」
「…………」
無言のまま視線を落す明煌にヴェルグリーズは慌てて言葉を探す。
「いや、責めたいとか問い詰めたいとかそういうことじゃないんだ。ただ、少し尋常じゃない雰囲気だったから……単純に明煌殿を心配しているんだよ。俺でよければ話を聞くし、何なら暁月殿に取り成したっていい、一応親しい友人だからね。何かキミが苦しんでいることがあるなら、力になりたい、そう思ってる。もちろん無理にとは言わないけれど……一度考えてみてくれないかな?」
「……」
簡単に言葉に出来るなら、きっと暁月との関係も今と違う形になっていた。
置いて行かれた、選ばれなかった自分は嫌われてしまっているのではないか。それを確かめるのが怖い。
しかも、暁月を自由にする為に、春泥の実験に加担し、廻を傷つけている。
暁月と親しいヴェルグリーズから責められてもおかしくない状況だ。
罪を曝け出すのは勇気がいる。それでも、きっとヴェルグリーズは受け止めてくれるだろう。何せ暁月の親友なのだから。光の下に居る彼等に助けを求めれば……
否、そんな安易な許しを押しつけてはならない。
己が背負うと決めた罪を、優しいヴェルグリーズ達に背負わせてはならない。
「ごめん……」
今にも泣きそうな苦い後悔の顔で、明煌はヴェルグリーズに謝った。
日向は三の鳥居を越えられない。
つまり本殿なら日向に聞かれたくない話も出来るとすみれは明煌に耳打ちする。
「暇潰しがてら内緒話に付き合ってくださいません?」
本殿へと足を踏み入れたすみれは縁側へと腰掛けた。
「実は私には姿の似た知人がおりまして。臆病で穢れきり私が近づくのを恐れ。でも私を嫌いになれぬ愚かで捻くれた可愛い子なのですが。最近想い人ができたらしく中々会えず寂しいのですよね」
すみれは小首を傾げ「――あなたも、寂しくはありません?」と明煌へ問いかける。
「自分のみ相手を求め続けるというのは」
暗闇の中で決して届かぬ光に手を伸ばすようなもの。
見透かされたと感じ、すみれを赤い瞳で見据える明煌。
「まあそう睨まずに。これでも悩んでおりまして……相手と仲を深めたいのは勿論。日向様とは斯様な疎遠になりたくなくて」
一呼吸置いたすみれは、真っ直ぐに明煌を見つめる。
「ねえ、明煌様は……暁月様にどうされたいですか? どうしたいですか?」
すみれは本殿の空気がザラついたものに変わったと感じた。
明煌の心に呼応し、場の威圧感が増す。
「どう……って」
この男は今、何を思い浮かべたのだろうとすみれは目を細める。
眩しき太陽を己の手で穢す様だろうか。或いは、光が眩しすぎて届かぬと嘆く哀れな自分だろうか。
「鏡の向こうのような存在なら。きっと、それが相手にとっても嬉しいことだと思うのです。
私は……相手とのキスはとても嬉しかったので、やはり唇のその先まで重ねるべきでしょうか」
戸惑う様に明煌の視線が逸らされる。
明煌は想像をしてしまっただろうか。自分が暁月と唇を重ねる所を。その先を。
苛立つように背けられる明煌の身体。その背へすみれは言葉を重ねる。
「掴み奪い相手が自分に染まるのを望まねども、もし離れていってしまうのなら。いっそ殺して……」
明煌の脳裏に過る血に濡れた暁月の白い首筋。か細くなる呼吸を、唇と指で塞いで。
「相手の存在をなかったことにしてしまいたいと想うのはおかしなことでしょうか?」
終わりを迎えるその一瞬まで貪り、己の命もそこで潰えたなら。
「ねえ、明煌様。誰にも言いませんから――」
何度、そんな夢を見ただろう。
夢の中に出てくる暁月は、廻と同じ背丈のまま、明煌に縋って息絶える。
そのか細い声が耳に響いて離れない。
明煌は向き合えていないのだ『今の暁月』に。自分の知らぬ間に大人になった暁月に。
朝倉詩織が死んだ原因の獏馬を、暁月の元へやったのは明煌だ。そんなつもりでは無かったけれど結果的に死因となってしまった。それをもう暁月は知っているだろう。けれど、何も言ってこない。
怒っているのだろう。憎まれているのかもしれない。
ならば何故……優しい笑顔を向けてくれるのだろう。
あの頃の暁月は何処にも居なくて、『嘘つきの大人』の暁月に成ってしまっていたら。
それを確かめるのが、怖い。
「……もう、いいっ」
明煌の声が聞こえた瞬間、すみれの視界が真っ暗に染まり。
気付いた時には、二ノ社の前に佇んでいた。
「おや、追い出されてしまいましたか。でも……ふふ、良い顔でしたよ」
『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)は二ノ社で楽しそうに過ごしている廻を外から覗く。
「前よりもっと細く……ううん、なんていうか……廻の命が弱ってる感じがするのにゃ……病気なのに無理して浄化を続けてる、とか良くない感じがするのにゃ」
事情を知っていそうなのは明煌と葛城春泥だろうか。
されど、春泥は不在。ちぐさはほっと胸を撫で下ろし本殿へと向かった。
廻の前では話し辛い内容である。
その点、廻の『浄化』が行われている本殿は静かで話し込むには丁度良い。
「『浄化』って結局何してるかとか分かったら何が廻の命を削ってるのか詳しく分かるかもなのにゃ。さすがに泥団子作ってるのは違うって僕でも分かるのにゃ……でも確か普通の人は入っちゃダメな場所だったはずにゃ。うーん……明煌にお願いして、ダメなら他の場所でもいいにゃ」
そんなちぐさが三の鳥居の前でうろうろしているのを明煌が見つけ招き入れる。
ペットボトルのお茶を飲みながら、縁側へと腰掛けたちぐさと明煌。
最近お気に入りの明煌とお揃いの眼帯は外している。今は明煌にお願いする立場である。嘘の姿には誠意が無いとちぐさは判断したのだ。
「……単刀直入に、聞くにゃ。廻……今のままじゃ……死んじゃうのにゃ……?」
ちぐさの純粋な瞳に明煌は「うん」と短く応えた。
それは嘘偽りの無い言葉に思える。明煌は大人だから建前や言わない選択をするだろうが、人を傷つけたり騙したりする嘘は吐けない性格だとちぐさは感じていた。
「分かってるにゃ、そうならないように明煌が頑張ってくれてるんだよね?」
「違う。俺は、暁月を助けたくて、先生に加担して……廻を傷つけて……このままじゃ、廻が……」
顔を覆った明煌の頬にちぐさの指先が触れる。心の余裕が無くなっているのは明煌もちぐさも同じ。
廻を傷つけたことを後悔しているのだとちぐさにも分かった。
「ねえ……廻は、明煌にとっても友達だよね? 僕にとっても大事な友達だから……」
「うん」
最初は赤の他人であった廻がどうなっても構わなかった。
自分が罪を被って赤の他人の命を犠牲にしても良いと思っていた。
暁月の為なら何だって出来るとおもっていた。
「明煌、廻を助けてお願い……。僕が廻の代わりになれることとかあったらなんでもするにゃ。それで廻が助かるなら、本当になんでも、にゃ」
一度始まった泥の器の浄化は止める事はできない。止めれば廻が死んでしまう。
それを明煌が緩やかにしているのは事実だ。助けようと悩んでいるのだ。
「方法をさがすにゃ。何とかなるにゃ!」
そんな風にいつも前向きに居られるちぐさ達イレギュラーズが明煌にとっては眩しく思えた。
「お疲れ様、いっぱいお喋りしてたね」
振り向けば三の鳥居の外でジェックの紅い瞳が明煌を見上げていた。
みんなの話しが終わるまで彼女は待っていてくれたのだろう。
「ねえ、入っていい?」
悪戯な笑みで囁くジェックの手を取って本殿(自分のテリトリー)へと誘う明煌。
招いてもらったのはいいものの、遊び回りたい訳でも明煌を疲れさせたい訳でも無いジェック。
「そうだ、翼を動かす練習に使っても大丈夫?」
「うん?」
「道具や魔法に頼って飛ぶのには慣れてるけど、自分の体に何か増えるのは慣れてなくって……まだ全然思い通りには動かないし、違和感も結構あるんだけど」
くるりと背を向けたジェックはゆっくりと白い翼を動かす。
「力を入れるとちょっと動くの。だからさ、いずれ飛べるようにもなるかも」
「ああ……まだ飛べないのか」
「そうなんだ。皆を吃驚させたいから、ここでこっそり練習してもいい?」
どうぞと手を広げた明煌にジェックは顔を綻ばせた。
ジャンプしながら翼を動かす。地面に立ったまま広げられる所まで伸ばす。
そんな地道な練習を明煌は縁側に座って眺めた。
「いつかうまく動かせるようになったら、明煌の手を引いて一緒に飛んであげるね」
この間の双子星の時みたいにと眩しい笑顔を見せるジェックの名を呼んで。
躊躇うように、明煌は語り出す。
「ジェックちゃん、俺は暁月が大事なんだ」
明煌にとってそれを伝えるのは重い意味を持つ。誰かに秘めたる慕情を打ち明けるのは勇気がいる。
それでも彼女なら真っ直ぐに聞いてくれると思うから。
「暁月の為なら何でもする。そう思ってた……思ってたんだ。だから、俺、先生の実験に加担した……暁月が拾った何処の誰かも分からない子供(廻)なんか壊しても構わないって。暁月の為なら天秤に掛けるまでも無く赤の他人の命を差し出す約束をした。どんな罪を被っても良かった。暁月が救えるなら……って」
泥の器を仕掛け浄化し神の杯とする。その計画に手を貸した。
本当にその当時は廻なんてどうでもよかった。暁月だけが唯一無二だった。
暁月に大切にされてる廻への嫉妬もあったかもしれない。
「でも、今はそうじゃないんだね。明煌、すごく辛そうな顔してる。泣きそうだ」
始まった呪いの浄化。それを途中で止める事は廻の死に繋がる。
けれど、完成しても春泥の実験に使われてしまうのだ。
それを『どうにか回避したい』と思い悩む程には明煌は廻の事を大切な人の枠に入れてしまった。赤の他人では無くなってしまったのだ。
最初の頃は廻を酷く扱っていた。それこそ玩具のように。暁月の為に早く壊したかった。
――でも、今は悔いているのだ。
暁月が一番大切なのは変わらない。
けれど、廻やイレギュラーズと出会い、暁月以外の大切な存在を知ってしまったから。
「俺は取り返しのつかない、ことを……」
「ねえ、明煌。まだ神の杯は完成してないよね。だったら、可能性は残ってる。諦めないで。
私も一緒に探すから。暁月も廻も明煌も……全員が救われる方法はあるはずだから」
――葛城春泥による泥の器。其れは浄化により神の杯へと成る。
二柱を内包する蛇神を降ろすことは神の杯とて崩壊を余儀なくされるだろう。
されど、二柱を分かつ事が出来れば、神降ろしが流れる――廻の命が消える――恐れを抑制できる。
また、『完成』意外に浄化を解く方法は『移す』こと。
器の適正がある者を用意し、術者(葛城春泥)がそれを手順通りに行えば『可能性はある』だろう。
現時点で最も器の適性があるのは『燈堂暁月』である。
失敗すれば廻にはより歪んだ呪いが跳ね返り暁月にも悪影響があるが、道筋の一つとして掴んだのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
祓い屋外伝でした。
本編に向けて外伝周りを少し掘り下げています。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
GMコメント
もみじです。リクエストシナリオ頂いたので拡大してお届けします。
祓い屋の『外伝』となります。
本編の進行には関わらない交流メインのシナリオです。
優先は煌浄殿の関係者がいる方、明煌へのアプローチがあった方を中心に。
※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
●はじめに
・後述のパートごとに分れています。
・1つに絞った方がその場の描写は多くなります。
・パートの人数が偏ってても構いません。好きな所で好きな事をしましょう。
・迷子になるので【最大2つ】まででお願いします。
●ロケーション
○煌浄殿
再現性京都にある深道本家。
母屋から少し離れた場所にある『煌浄殿』です。
強力な夜妖等が封じられています。
一の鳥居、二の鳥居、二ノ社、二ノ社社務所、三の鳥居、本殿等があり、基本的に明煌の許しが無ければ立ち入る事は出来ません。
明煌と廻、三蛇、真と実、白灯の蝶が(神域/本殿)に住んでいます。
本殿には禊の蛇窟があります。
また、とても危険な夜妖も封じられているという噂です。
深道の者と一緒ならば、二ノ社までは出入りする事ができます。
(今回は案内役として周藤日向が同行します)
また、三の鳥居の中(神域/本殿)には明煌の案内無く立ち入る事は出来ません。
無理矢理立ち入った場合、狭間に迷い込み戻れなくなるという噂です。
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【A】煌浄殿を散策
●出来る事
二ノ社や呪物殿がある煌浄殿の敷地を散策する事が出来ます。
煌浄殿へ回収された呪物達が歩き回っています。
自由に歩き回る事を許されている呪物は、こちらから攻撃しない限りは安全です。
ただ、道を外れすぎると『自由でない呪物』の領域に入り込み攻撃を受けることがあります。
書物が置かれた書庫もあります。煌浄殿や呪物に関する調べ物にいいかもしれません。
四季折々の花も咲いているので、静かに散歩するのもいいでしょう。
日本庭園や広い神社のような佇まいです。
黄色い半透明の蝋梅には雫が光っています。その隣の梅の蕾は少し膨らんで来ています。
少し低い位置には赤い椿が大輪を咲かせ、その下には待雪草の白い花が下向きに咲いています。
待雪草の隣の白い花は水仙でしょう。
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【B】お菓子作り
●出来る事
もうすぐバレンタインなので二ノ社の社務所でお菓子作りをします。
廻がクッキーやチョコなどを作ります。
広い台所なので、呪物たちも手伝ったり覗きに来たりします。
明煌もこっそりつまみ食いをしに来ます。
テアドールもお手伝いに来ています。
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【C】炬燵でゆっくり、わいわい
●出来る事
作ったお菓子を二ノ社の社務所で食べることができます。
炬燵に入りながらお菓子やみかんを食べて、お話をしましょう。
呪物達も多く出入りしているので、わいわいと楽しいでしょう。
――恋バナに花を咲かせるのもいいでしょう。
わいわいと楽しく明煌や廻とお話したい方はこちらがオススメです。
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【D】神域/本殿に行く
●出来る事
明煌の案内があれば本殿へ行くことができます。
ただ、連れて行ってくれるかは気分次第です。
自分のテリトリーに他人を入れる事は苦手なのです。
本殿は静かな場所です。言い方を変えれば排外的です。
燈堂本邸のように明るく開けている場所ではありません。
明煌や廻と静かにお話をしたい方はどうぞ。
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【E】その他
●出来る事
他に出来そうなことがあればどうぞ。
喫煙所などがあります。
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●NPC
○『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)(みどうあきら)
禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。
暁月とは過去に何かあったようですが、優しく穏やかな印象を受けます。
簡単な質問には答えてくれますが、あまり会った事が無い人には警戒し深くプライベートに踏み込んだ質問は誤魔化す事があります。
お菓子をつまみ食いしたり、炬燵に入ったり煌浄殿の中なら何処でも居ます。
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
『泥の器』にされてしまい穢れた状態です。
浄化の影響で体力が無くなっているようです。疲れやすく熱をよく出します。
呪物が作る花蜜で栄養を補っています。
浄化の影響で左脚が動かなくなりましたが、テアドールに補助具をつけてもらいました。
明確に身体へ浄化の影響が出て来たので、少し落ち込んでいますが、
お菓子作りに集中することで少し気分が和らいでいるようです。
○『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)
ROOの事件、竜との戦いを経てイレギュラーズの皆さんの事がとても好きです。
今まで外に出られなかったので、色々な事を教えて欲しいと思っています。
一例:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7502
今回は、友人の廻の左脚が動かなくなったと聞いて、
魔術と科学技術を合わせた補助具を持って来ました。
お菓子作りに興味津々なので楽しみにしています。
○真と実
あまねの代わりと称して連れて来られた青年二人。
夜妖憑きだったが、人格と記憶を奪われてしまいました。
情緒を取り戻す為に廻の傍に付き人として預けられました。
浄化の儀式で心身共に疲労している廻のお世話をします。
廻を親のように慕っています。
○葛城春泥
深道の相談役で明煌の祖母にあたる人物。
廻を泥の器にした張本人。
様々な所で暗躍をしている怪しいひと。
※今回は不在となりますが記載します。
○三蛇
<標>シルベ、<楊>ヤナギ、<辰砂>シンシャ
明煌に憑いている三匹の蛇です。
其れ其れ縄、釘、刀に変じ明煌の武器になります。
明煌の身の回りの世話もします。
○白灯の蝶
幼い頃から明煌に憑いている夜妖です。
真珠という名前は明煌がつけました。
最近は甘い花蜜の味がする廻へ群がっている事が見られます。
○深道海晴(みどうかいせい)
明煌の従兄弟。先代の煌浄殿の主の息子。
元々は海晴が煌浄殿を継ぐはずでした。
現在は二ノ社の社務所に住み明煌の代わりに煌浄殿の雑務を担当しています。
○胡桃夜ミアン(くるみやみあん)、実方眞哉(さねかたしんや)
煌浄殿の呪物たちです。
明煌や海晴と共に呪物回収を行うため『外』へ出られる子たちです。
眞哉は明煌達とどこかで血が繋がっているようです。
○詩乃(しの)
白鋼斬影の妹。煌浄殿に預けられている、『巳道』の成れの果てです。
イレギュラーズと戦い力の殆どを失い精霊になりました。
巳道であった頃の記憶も曖昧で、童子のように振る舞います。
ミアンに懐いています。
○コウゲツ
金木犀の夜妖です。
廻に栄養価の高い花蜜を与えています。
彼が居なければ廻はもっと痩せ細っていたでしょう。
○シジュウ、樋ノ上セイヤ(ひのえせいや)
よく本殿へ入り込んで怒られている呪物二人です。
他の呪物は明煌の言う事をよく聞きますが、この二人は比較的自由に振る舞います。
特に廻で遊ぶのが面白いのか、ちょっかいをかけては明煌の怒りに触れています。
○ヤツカ
回収された呪物ではなく、煌浄殿の呪縛そのもの。
呪物に対して強い拘束力を持つが、本人はとても穏やかで優しい。
○ナガレ、ルカ、ヒジリ、コキヒ、チアキ、カオル、タツミ
煌浄殿に回収された呪物達。
それぞれ多種多様な見た目や性格をしています。
総じて、主である明煌の事を慕っています。
○八千代、モリト
煌浄殿を守護する夜妖たちです。
他の夜妖は回収されても比較的自由に振る舞っていますが、八千代とモリトは使命を持って煌浄殿を守っています。
○その他
回収された呪物が居ます。沖田 小次郎も居ます。
深道本家に居る関係者は訪れても問題ありません。
来る事が出来るもみじ所有のNPC(龍成など)や、関係者を連れてきても大丈夫です。
ただ、暁月は祓い屋の仕事があるので不在です。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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以下は物語をより楽しみたい方向け。
●希望ヶ浜とは
練達国にある現代日本を模した地域です。
あたかも東京を再現したような町並みや科学文明を有しています。
この街の人達はモンスター(夜妖)を許容しません。
なぜなら、現代日本にそのようなものは無いからです。
再現性東京202Xと呼ばれるシナリオが展開されます。
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないもの。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
●夜妖憑き
怪異(夜妖)に取り憑かれた人や物の総称です。
希望ヶ浜内で夜妖憑き問題が起きた際は、専門家として『祓い屋』が対応しています。
希望ヶ浜学園では祓い屋の見習い活動も実習の一つとしており、ローレットはこの形で依頼を受けることがあります。
●祓い屋とは
練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。
●前回は何があったの?
・暗躍していた葛城春泥に廻が『泥の器』にされてしまいました。
・廻が本家深道『煌浄殿』へ預けられました。(会えなくなりました)
・暁月の右目は明煌のものでした。
・明煌は暁月に複雑な思いを抱えているようです。
●これまでのお話
燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou
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