シナリオ詳細
<祓い屋・外伝>煌浄殿の主
オープニング
●
アスファルトと灰色のビルの中を車が走る。
行き交う人々が少しずつ冬の装いを纏い出す十一月の終わり。
車の中から外を見つめる『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は数度瞼を瞬かせた。
赤信号で止まった車。
『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)は後部座席に手を伸ばしブランケットを廻の膝の上に置いた。
「今から山の方行くから、掛けとけ」
「ありがとうございます」
地上の灰色のビルを抜けて少しずつ住宅同士の距離が離れていく。
視界には樹木の割合が増えて青空が近くなってきた。そうするとドア越しに冷気が車内へと浸透してくるのに気付く。廻はブランケットが温かいと目を細めた。
ぐねぐねとした山道を車で走り、町並みが山の裾に見える頃、美しい門構えの旅館に到着する。
温かな車内から、ドアを開けた瞬間に入って来る深緑の空気は肌寒い程に新鮮だ。
「ふわぁ……、すごい高級そうな旅館ですね」
駐車場から正面玄関へと歩いて来た廻はロビーの設えに目を瞠る。
しっとりとした柱木の作りと、柔らかな白い壁。足裏に感じる絨毯の弾力に廻は緊張した。
この洗練された高級な旅館が今日泊まるお宿ということだ。
「何をきょろきょろしてるんだ?」
「い、いえ!」
チェックインを済ませた明煌が怪訝そうな顔を向けるのに、廻は旅行バッグのショルダーをぎゅっと握り締めて首をぶんぶんと横に振った。
案内された部屋の中に入れば、畳の香りが広がる。
広い居間と窓際には低いテーブルと椅子が置かれ障子が僅かに開いていた。
荷物を降ろした廻は障子を開けて「わぁ!」と声を上げる。
「明煌さん来てください! すごく景色が良いです!」
廻の背後に立った明煌も小さく感嘆の声を零した。
山の上にある旅館から眺める景色は、日常と切り離された特別感を与える。
少しドキドキして嬉しくて。高揚していると廻は明煌へと向き直った。
「あの、明煌さん……首輪外してほしいんですけど、だめですかね?」
赤い首輪を触りながら廻が視線を上げる。
「は? 何で?」
廻の顔を覗き込む明煌は訝しげな表情を浮かべた。
明煌の険しい視線に気圧されつつ、廻は少しずつ言葉を紡ぐ。
「温泉だから目立つし……暁月さんとかシルキィさんに心配を掛けたくないと思いまして」
白い肌に赤い縄の首輪は否が応でも悪目立ちするだろう。
暁月に要らぬ心配を掛けさせるのは明煌とて望む所では無い。
「……分かった」
廻をその場でくるんと反転させた明煌は首輪の結び目を解く。
首から重みが消えて、ひんやりとした空気が廻の首筋に広がった。
「擦れて赤くなってるのも治しとくか。暁月が心配するから」
温かな治癒の力が明煌の掌から伝わってくる。
「ありがとうございます」
「どっか行くなよ……」
この首輪を外したということは、今の廻は煌浄殿の呪物では無い。
明煌には廻を服従させる力が無くなったということだ。
廻の右腕を強く掴む明煌。
置いて行かれる不安というものは、幼き日の明煌の心の奥深くに刺さったまま――
「大丈夫ですよ。お宿を出る時にはまた着けますから」
右腕を掴んでいる明煌の手を優しく包み込む廻。
●
橙色の葉っぱがひらりと落ちてお湯に浮かぶ。
お湯の流れに沿ってゆっくりと揺蕩いながら露天風呂の隅へと移動する紅葉。
明日には上弦に達する月が水面に反射していた。
「久し振りだね、こうして廻と一緒に温泉に入りながら酒を飲むなんて」
「そうですね。色々あって忙しかったですから」
桶に徳利を乗せて廻は『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)に笑顔を向けた。
御猪口から流れる日本酒が舌に広がって心地よい味に廻はご機嫌だ。
「程々にしなよ」
「ふふ……まだ夜は長いですからね」
明煌達が呪物回収へ行っている間に暁月と廻は一回目の露天風呂を楽しんでいた。
着いていこうとした暁月と廻の申し出を、明煌は断固として拒否したのだ。
呪物回収は見られたくないのだと二人は諦めた。だから、一足先に湯を楽しんでいる。
「明煌さん帰って来たら、皆でご飯一緒に食べましょうね。どんな料理が出てくるか楽しみですね」
「そうだね。楽しみだ……」
こんなにも平和で心穏やかで。足に触れる湯の温かさに暁月はほっと息を吐いた。
――――
――
「こんな宿が貸切なんて、すごいであります!」
旅館のロビーで目を輝かせるムサシ・セルブライト(p3p010126)の騒々しさに明煌は懐からグミを取り出して少年の口の中に入れる。体温で少し柔らかくなったタイヤ形のヤツである。
沈黙したムサシの代わりにニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)が「なんで貸し切りなんだ?」と明煌へ問いかけた。
「この近くの日本庭園で夜妖が出る。それを呪物として回収するのがここに来た目的なんだ」
「ただの旅行じゃなかったのにゃ……!?」
杜里 ちぐさ(p3p010035)はぷるぷると震え自らの尻尾を掴んだ。
「まあ、そンなこったろうと思ったぜ」
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は腰に手を当て呆れた表情を浮かべる。
「しかし、こんなにも人数が必要なのでしょうか?」
ロビーに集まったイレギュラーズを見渡した久住・舞花(p3p005056)は隣のサクラ(p3p005004)と一緒に首を傾げた。舞花の問いかけに明煌は不機嫌そうに眉を寄せる。
明煌の代わりに説明を買ってでたのは煌浄殿に住んでいる実方眞哉だ。
「この近くの日本庭園の一番奥に呪物が居る。そいつらは臆病で中々人前に姿を現さない。でも、長い時間を掛けてその呪物達が集まって日本庭園を迷宮に変えてしまったんだ」
「一つ一つは小さくて無害でも、集まって強力な力を得ちまったって訳か」
國定 天川(p3p010201)の問いかけに眞哉の隣に居た胡桃夜ミアンが「そう」と頷く。
「その小さい呪物達は他の夜妖が寄ってくると逃げ惑って収集がつかなくなるんだ」
眞哉の説明に「それは大変だねえ」とギュスターブくん(p3p010699)がロビーのソファーに腰掛けた。
「夜妖が寄ってこないようにするにはどうすればいいんだ?」
眞田(p3p008414)の視線に眞哉は一瞬言葉に詰まる。
「……会話を途切れさせないように、行って帰って来る」
気まずそうに視線を逸らした眞哉と明煌を見上げたジェック・アーロン(p3p004755)は「なるほど」と納得したように目を瞬かせる。
「それは……明煌と眞哉では厳しいね」
「ジェックちゃん中々言うじゃないか? ムサシが言ってたらタイヤ追加してた所だ」
「冤罪であります!! それよりこのグミえげつない味なのですが!?」
ムサシの口の中に入っているタイヤのグミはハロウィンでギュスターブくんが明煌にあげたものだ。往々にしてお菓子というものは循環するものである。
「だから、私達が集められたのね」
アーリア・スピリッツ(p3p004400)はロビーのイレギュラーズを見渡してから明煌へと視線を上げた。
「まあ、そう……眞哉と会話続かないし」
「……」
明煌も眞哉も口下手であるのだろう。チック・シュテル(p3p000932)は焦りながら拳を握る。
「が、頑張る……よ。お話、できるように」
チックの後ですみれ(p3p009752)とラズワルド(p3p000622)が不服そうな顔をした。依頼であれば仕方の無いことだが『深道明煌』という存在が未だ味方であるとは思えないからだ。
「そういえば燈堂家の蔵書で読んだことがあります。夜道でしりとりをしながら帰るおまじない」
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は『泥の器』の事を調べている最中にそのような本を見つけたと思い出していた。
「不思議ですね。どういう魔術なのでしょうか?」
「一種の結界のようなものだな」
首を傾げたジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)にアーマデル・アル・アマル(p3p008599)が応える。そういった魔除けのおまじないは世界中何処にでもあるものだ。
「会話を途切れさせないようにするのが重要なのだろう」
「何だかすごいねぇ……ちょっとわくわくしてきたよぉ。お留守番の廻くんにお土産話いっぱいしようね」
恋屍・愛無(p3p007296)の肩にシルキィ(p3p008115)が手を置く。
「それでどのような呪物がいるのでしょうか」
日車・迅(p3p007500)の言葉にベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)も気になると明煌に顔を向ける。
「色々なのが居る。猫みたいなのとか妖精や座敷童みたいなのも。兎に角いっぱいいるから、相性が良いのを回収してくれればいい」
「お、おばけもいる……?」
身体を震わせたリュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)に「いるよ」と軽く応える明煌。
「では、呪物回収を無事に終わらせれば、温泉宿でゆっくりできますかね」
メイメイ・ルー(p3p004460)は勇気を振り絞って明煌へと問いかける。
「うん、怪我しないように気を付けてね」
意外と優しい言葉が返ってきたのにメイメイは驚いた。
明煌の目にはメイメイは幼子だと認識されているのだろう。
「集まったようですし向かいましょうか」
先陣を切ってロビーから玄関へ向かうボディ・ダクレ(p3p008384)をチェレンチィ(p3p008318)が追いかける。外に出れば、真っ暗な闇夜。もうすぐ上弦の月を頼りに進むのだ。
「――じゃあ、何から話そうか?」
途切れない会話を続けて、黒闇の中から這い寄る夜妖を退けて。
- <祓い屋・外伝>煌浄殿の主完了
- GM名もみじ
- 種別長編EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年01月08日 22時05分
- 参加人数40/40人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 40 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(40人)
サポートNPC一覧(4人)
リプレイ
●
秋深まる十一月の終わり。本格的に冷たくなった風が宵闇の向こうから吹いてくる。
閑静な旅館の佇まいとは裏腹に、『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)の元気な声が辺りに響き渡った。
「こ、このグミ……! 自分を退け得る力があると言うんでありますか……!?
必殺付き!? えっお菓子に攻撃スキルとかあるんであります!? 怖ッ!?」
耳に残るムサシの声に眉を寄せた『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)は少年の頭をガッと掴む。
「いいや!それでも! 自分は負けないでありますよ!! 必ずやグミの恐怖を超えて呪物を回収してみせるでありますとも! だからそのグミは仕舞ってください!!! マジで危険でありますから!!」
ぐるぐると振り回されながらムサシは必死に抵抗を続けた。
呪物回収は会話を途切れさせなければいい。
「なら! 色々とお話しましょうね! ファントムナイトの時体調が良くなかったって聞いたでありますけど今はもう大丈夫なんでありますか?」
「……廻、あいつ絶対泣かす」
苛立ちを隠そうともせず眉を寄せる明煌に「友達みたいでありますね!」とムサシが目を輝かせる。
「煌浄殿の生活ってどんな……」
「そんな、グミほしいんか? なあ、ムサシ?」
ヘッドロックでムサシを捕えた明煌は懐からグミの小袋を取り出す。
「あああそのグミは仕舞ってくださいであります!! ま、捲し立てたのは謝るでありますから!!!!」
二人のやり取りに微笑むのは『ドラネコ配達便の恩返し』ユーフォニー(p3p010323)だ。
「ふふ、明煌さん、初めまして。飛び入り参加ですが今日はよろしくお願いします……!」
「よろしくね、ユーフォニーちゃん」
ユーフォニーは挨拶の勢いのまま明煌へ『呪物』との接し方のコツを聞いてみる。
「接し方? んー、こうガっと掴んだらいい」
「えっ?」
「……え?」
抽象的すぎて首を傾げるユーフォニーに、明煌も困惑しながら手で掴む仕草をする。
「明煌、それじゃあ伝わらないかも」
つんと明煌の裾を引っ張ったのは煌浄殿の呪物である胡桃夜ミアンだ。ユーフォニーの友達のドラネコを優しく包むように持ち上げたミアンは「こうするんだよ」と顔を上げた。
「なるほど、ありがとうございます! とても可愛いので写真を撮ってもいいですか?」
「……う、うん」
照れたように頷くミアンとドラネコをaPhoneに収めるユーフォニー。
「ほら見て下さい! 可愛く撮れましたよ。他にもいっぱい写真があるんです」
ユーフォニーはミアンと明煌にaPhoneの写真を見せる。
「可愛いね」
「はい! みんな可愛くて大好きです!」
清々しいユーフォニーの笑顔に眩しさを覚えた明煌は『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)の元へ歩み寄った。
「……ふふ」
「何」
「いや、ロビーでの話しを思い出して……確かに明煌も眞哉も喋る方じゃないもんね」
「……」
気まずそうに視線を逸らした明煌の視界に実方眞哉が映り込む。眞哉も視線に気付き顔を背けた。
「アタシが喋るからさ、返事してよ。それなら話しやすいでしょ?」
ジェックの問いかけに「わかった」と短く応える明煌。
「うんうん。明煌とはこの間の……学園祭ぶりだね、元気にしてた?」
「まあまあ、元気かな」
「あっ、お化け屋敷の話はナシで! 分かった!?」
「呪物回収ってめちゃくちゃお化けっぽいものやけど……」
「いや、こういう依頼なら全然平気だから!!!」
意外と返事をしてくれる明煌を見つめ『頑張っている』のだと察するジェック。
「立派な、お庭です、ね……呪物の影響がなくても、迷子になってしまいそう……」
迷宮となっている日本庭園を見渡した『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)は不安げに眉を下げる。会話はあまり得意ではないが、此処へ来たからには頑張らねばなるまいと拳を握った。
「明煌さまは、好きな食べ物とかありますか?」
「お菓子とか好きだよ。メイメイちゃんは何が好き?」
「わたしは、あまいお菓子は何でも大好き、です。えへへ」
メイメイと明煌の朗らかな空気に話しかけても大丈夫だと『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は声を掛ける。
「お久しぶり……明煌」
「ああ、チック君かこの前は大変だったね」
本家深道での戦いの際、チックは灰斗を守る事で精一杯で明煌と禄に会話も出来なかったから。
「今回はお仕事……手伝う、出来るみたいで。ちょっと、嬉しい。明煌や皆が、ゆっくりする時間……少しでも多く作れる様に。頑張る、よ」
チックとて上手に喋れる訳ではないけれど。明煌達の呪物回収を『お手伝い』できるのが嬉しいのだ。
「楽しそうな雰囲気を出していたら、怖がりな子達も自分から出てきたくなるんじゃないかな。
天岩戸作戦、みたいな。賑やかに楽しい感じで……ほらほら、皆も笑って?」
ジェックの言葉に眞哉が不器用な笑顔を見せる。それが面白くてミアンがくすりと笑った。
「その子が眞哉の大切な子かな」
「ああ……胡桃夜ミアンだ」
「ミアン、アタシはジェック。よろしくね?」
「よろしく、ジェック……ところで、眞哉の大切な子って?」
首を傾げるミアンと、声にならない声で顔を赤くする眞哉を、交互に見つめるジェック。何だか甘酸っぱい感じがする。人ではないミアンは眞哉の好意をまだ完全に理解していないのだろう。
「最初のトークテーマは……そうだな。皆の出会い、で行こう」
ジェックの言葉に「出会い?」と振り向く眞哉。
「眞哉はどうやって明煌と会ったの? なんで煌浄殿でバイトをしようと?」
「あー、深道って母方の親戚なんだよ。んで、まあ色々あって家族も死んじまったから海晴さんとこに来てバイトしてた。そん時に煌浄殿の主ってことで明煌さんと会った」
「あれ? じゃあ眞哉は明煌と血が繋がってるの?」
「どっかで繋がってるはずだけど、詳しくは分かんねーんだよな。母親も教えてくれなかったし」
肩を竦める眞哉は己の生い立ちを気にしている様子も無い。ならば此方も殊更に悲しむ必要も無いだろうとジェックは彼の隣へ視線を向ける。
「ミアンはどこで眞哉と?」
「再現性山梨。私暴れてた。暴走。怖かった。でも、眞哉と明煌が助けてくれた。二人とも優しい。今は怖いコトされない……安心ね」
眞哉の手をぎゅっと握るミアンにジェックは笑みを零した。
「じゃあ、明煌はどうして煌浄殿に?」
「……ええと……それは」
言いづらい内容と会話を途切れさせてはならない決まりの狭間で明煌が揺れるのを感じたジェックは「大丈夫だよ」と袖を引いた。
「じゃあ、次に質問したい人!」
「えと。明煌や眞哉、ミアンは……好きなものって、ある?」
ジェックとチックの気配りに明煌は少し息を吐いた。
「食べ物でも……そうでない、ものでも。あと、甘い物……苦手じゃない? 今度……煌浄殿に行く時。深道や呪物の人達に……お土産、持って行こうかなって考えてる……から。参考に」
チックの「お土産」という言葉に目を輝かせるミアン。煌浄殿からあまり出られないミアンは外からやってくるお土産が大好きなのだ。
「お菓子は好きだよ。あとは呪物たちはお酒も好きだね」
明煌はチックへと視線を向け、僅かに口角を上げた。
宵闇に紛れ三日月の笑みを浮かべる『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は面白そうな物語の気配に赤い瞳を細める。
「近くの人とおしゃべりをすればいい。しりとりとかですかね?」
「なるほど、とにかくお喋りをしながら進むと。承知いたしました!」
四音の隣にいた『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)が拳を突き出して返事をする。
「どちらかというと拳で語る方が得意ではありますが今回は呪物を迎えに来たのですから拳は封印ですね。いい子が見つかると良いのですが!」
「確かに、どんな子がいるのか想像するのもたのしいですね?」
さて、と迅は明煌へと視線を向けた。此処はやはり飯の話しがしやすいだろうか。
「冬ですし……温かいものが美味しい季節になりましたね。故郷ですと鍋とかになりますが、ここは他にも美味しいものがいっぱいで素敵です。ところで明煌殿は何がお好きですか」
「鍋? 鶏団子とかかな。春菊は食べたくない」
コンビニで肉まんやおでんを手軽に食べられる事に感動したと迅は笑う。
「最近は揚げたてカレーパンが売っていますね。たぶん普通に売っているものと味は変わらないと思いますが何か温かいというだけでちょっと美味しい気がしませんかしますよね」
「確かに……」
「ところで明煌殿は何がお好きですか。『冬と言えばこれ!』みたいなものがありますかねありますよね。やはりはご飯はいいですね最高ですよ。一人で食べるのも良いですが、誰かと食べるご飯は特に良いです」
迅の問いかけに遠い日の『冷たいまんじゅう』を思い出す。暁月が正月に帰省した時に分けてくれた冷たくなったお土産の饅頭。暁月と半分にした饅頭。
「饅頭、とか」
「お饅頭ですか? いいですね。好き嫌いが多いとちょっと大変かもしれませんが、そういう時は家族や友達と食べられるものを交換したり押し付け合ったりする攻防戦がとてもイイと思います」
「交換……」
迅の言葉に様々な思い出が浮かび上がっては消えていく。
『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は旅館の設えを思い返し口角を上げた。
「仕事とはいえあーんな立派な宿に泊まれるってぇのは役得じゃねぇか。最高だな!」
しかし、会話を途切れさせないように庭園の奥まで進むとなると、明煌ほどでは無いが難しいものがあるだろう。
「……ま、やるだけやってみるさ。どうしようもなくなったら、たけのこニョッキだとかしりとりすりゃいいしな! んで、明煌さんよ」
「うん」
「どうして呪物は怯えてるんだ? 知らねぇから怖いのか。それとも……」
踏み出すことで変わる自分を恐れてるのかと問いかけるニコラスの視線。
「そうだな。何かに脅かされるのは誰だって怖いよね。知らないものに触れるのは、怖い」
踏み出すのも知るのも、勇気が要ると明煌は僅かに瞳を伏せた。
「よーし、それじゃあ呪物回収頑張ろっか! 言った通り、廻君へのお土産話も用意しなきゃねぇ~」
ふわりとした笑顔を零す『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)に何処か廻を思い出す明煌。
暁月からの預り物が大切にしている女の子だと思うと何だかむず痒い。
「皆で一緒ならあんまり心配はなさそうかなぁ……えへへ」
「まあ、大丈夫だよシルキィちゃん」
話題は何が良いだろうかと考えて、シルキィは閃いたように頭の触覚を立てる。
「ええと、じゃあねぇ……皆の『好きな飲み物』ってなんだろう?」
食べ物という大きな括りだと色々迷ってしまうから、飲み物に絞ると会話に繋がりやすいとシルキィは考えたのだ。
「ちなみにわたしは『カフェオレ』。暖かくしたコーヒーにミルクとお砂糖を入れると、とってもホッとする味になるんだよねぇ。希望ヶ浜なら何処でも買えるし、お家でも簡単に淹れられるのがポイントかなぁ」
「カフェオレは香りがいいよね。廻もよく飲んでるよ。シルキィちゃんの影響かな? 俺は日本酒が好きだけど最近はほうじ茶もよく飲むかな」
廻から『暁月はほうじ茶が好き』という情報を仕入れてから飲むようになったのだ。
「それにしても、呪物たちが怯えて閉じこもるなんて、そんなことがあるのですね。意外と繊細な性質が多いのでしょうか、呪物とは」
シルキィの向こうから『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)の声が聞こえてくる。
「そうだねぇ……シルキィちゃんやボディちゃんみたいに可愛くて守ってあげないといけない」
「私は……そんなに弱く無いですし、龍成も守れますし」
ぽつりと零れたボディの言葉に「確かに」と明煌は口の端を上げた。
「龍成君も廻もか弱い。そっちの方が守ってあげないとあかんか」
以前は内面の話しに踏み込み過ぎたとボディは考え、今回は廻の様子を聞こうと思っていたのだ。
「あの、明煌様。お尋ねしたいことがあります……廻様、どこかほっそりされた印象なのでちゃんと仲良くやれているのでしょうか」
「仲良くは正直よく分からないかな。あいつ最初の頃よりズケズケ物言うようなったし、喧嘩するし」
「廻様が? 喧嘩をするのですか?」
あの温厚な廻が明煌とは喧嘩をするのだという。けれど、嫌っているとは違うのだろう。どちらかというと龍成とのやり取りよりも更に親交を深めている。それがボディには不思議なことに思えた。
『スカーレットの闇纏い』眞田(p3p008414)は仲間が話している声を聞きながら、明煌と眞哉を見遣る。
自分達が大勢必要なな程、あの二人には会話を続ける事が難しいらしい。
(……うーん、やっぱり深道さんって底知れない感じが強いんだよな……先生に似てるからか親しみやすいんだけど、どこか目が怖い)
会話は相づちを打ったり質問していれば間は持つはずなのだが。明煌は人当たりもそう悪く無い。以前の祭りの時なんかは普通に楽しかった覚えがある。
「深道さんは、趣味とか好きな音楽とかあるかな?」
「んー、ゲームとかはやるけど」
「お、いいね! ゲームするんだ。どんなの?」
大手のゲーム会社が出しているハードは全部持っているらしい。最近では廻と一緒にする為に揃えているという情報を得た眞田。
「すごいゲーム好きじゃん」
「暁月と一緒にしてたから……」
モンスターを交換したり、対戦したり。遠い思い出の中は煌めいていて――
「おバケこわい……」
ぷるぷると震える『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は明煌の羽織を掴む。
もう片方の手にはaPhoneを握り、燈堂の屋敷から出られない白銀や繰切の為に。色々な物を写真に収める構えだ。
「でもでも、話しつづければ会わなくなるってのはいいね! 別のこと考えてたらコワくないからね!」
ヤケになって声を上げるリュコスの背後から木々の揺れる音がする。
「ひぇ!?」
「大丈夫、風で揺れただけだよ」
子供にするみたいにリュコスの頭を撫でた明煌。そんな彼を放っておけない感じがするとリュコスは考えを巡らせる。燈堂に関わる人達はそんな危うい人ばかりで。
呪物と聞いて最初は文字通り『物』の事だと思っていたリュコス。けれど、『呪われた人』である廻も呪物扱いされたり、ぱっと見は生き物と変わらない呪物があるのも意外だった。
「だからコージョーデンの明煌おじさんに! ジュブツたちについてくわしく教えてほしいな! あとコワくないのかも!」
「おじ……」
アラサーともなれば小さな子供に『おじさん』と言われるのも無理は無い。
「呪物達は、素直だから……怖く無いよ」
良くも悪くも純粋で素直。明煌にとっては『人間』と居るよりも心地よいのだろう。
「じゃあ、繰切は? キラい?」
「……本人に会ったことは無いけど、まあ深道の人間で好きな奴はいないよ。『悪』であると教えられて育つからね」
「会ってみたい?」
リュコスの言葉に「そうだね、その時は……」と遠くを見つめる明煌。
「ねえ、明煌おじさん、その目いたくない?」
「痛くないよ。小さい頃に暁月にあげちゃったから。今は何にも無いよ」
リュコスの少し後を歩く『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)は明煌の大きな背中を見上げる。
明煌は廻を元気にしてくれる人だ。そんな彼の仕事をニルも手伝いたいと思ったのだ。
「呪物さんたちは、ニルたちがこわくて、隠れるために迷宮にしちゃったのですか?」
「うん、怖がりなんだ」
何処か気配はするけれど姿は見えない小さき者たち。
「ニルたちはこわくないですよ。悪いことしないですよ。
だから、迷宮を作るのはやめて、一緒に行きましょう?」
ニルの声に反応して奥へと走って行く夜妖。
「まだ奥に行かないとですね」
『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)は様子を伺うように明煌の後ろ姿を見遣る。
明煌達が廻に悪い事をしていないか色々調べた結果……性格が悪そうで愛が歪んでいそうな気がするけれども。まあ、とりあえず今は大丈夫なのだろうときゐこは判断した。
きゐこが思っていたよりも明煌の周りには人が集まっている。彼らが良い楔となる事を願い。
明煌本人にも聞きたい事があったのだとフードの下から覗き込んだ。
あとは個人的に使い魔が欲しいのだ。もし夜妖を仲間に出来れば一石二鳥。
「終わったら最近寒いし温泉にでも行きたいわね……あ! 報告もかねて黒曜も誘おうかしらね~」
「黒曜って、暁月のとこの?」
「そう。ちょっと温泉後に友達とゲームコーナーで卓球とかやってみたかったのよねぇ……明煌さんも暁月さんと一緒にしてみない?」
楽しげなきゐこの誘いに「暁月がしたいって言うなら」と返す明煌。
そんな二人のやり取りを『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は微笑ましく見つめる。
「しりとりは確かに会話がつながりますし・・・…ふふ、皆さんで一緒に進みましょう。困ったらいくつか物語をお話しできますから、明煌さんも、しりとりが恥ずかしかったら言ってくださいね」
「え……いや、別に恥ずかしくないけど」
改めて言われると何だかむず痒いものがあると明煌はマリエッタに視線を向けた。
一応仕事だから真面目にやらねばならないがと『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は小さな夜妖の気配に通路の街路樹へ顔を向ける。
「呪物とか夜妖とか人と相容れなさそうな存在でも、仲良く出来るならしたいなー……って思うし」
話しによればこの奥にいる呪物たちとは仲良くなれそうだから。楽しみだと昼顔は口角を上げる。
「会話し続ける、かぁ……」
引きこもってばかりの昼顔は会話を続けるのは苦手だ。友人ならまだしも明煌は顔も怖いし何を考えて居るかも分からない。とりあえず相づちを打てばいいのだろうか。
マリエッタの言うようにしりとりの方が無難だろうか。元の世界で母もしりとりで行う防御術があると言っていた。
「繋げる文字を声に出せば一応、会話は成り立つかなー……って思うし」
古式ゆかしい日本にそっくりだと『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)は広い庭園を見渡す。
呪い、夜妖……人やモノの強い想念。
オカルトの類はサッパリだけれど、人間の思考とて所詮電気信号に過ぎないのだ。
同じような仕組みが他にあり、物体に意思が宿ったところで不思議は無い。
其れ等を何者かたらしめるのは『何者で在ろう』とする意思だ。
意思があるのならば、一個の命であると英司は考える。
「そんならよ……作れねぇか。後継を」
己の死後を託したいと願うのだ。最も自分の思考の近くにあったこの仮面に。
「仮面を呪物にして俺の意思を継ぐ存在をつくれやしないか」
怪人Hとは、英司が演じる『悪人を殺害する事で、虐げられた者の涙を拭う』顔の無いシリアルキラーだ。
夜妖になったりマスクを呪物とする事で己の肉体が滅んでも怪人Hという抑止力を残せないかとかんがえているのだと英司は語る。
「俺がしてきたのは正義でも、偽善ですらない。最後には自分も殺すべきだと思ってる」
「誰かがそれを信じるなら……この街では怪人Hは生き続けるだろうね。
でも、それは他の『誰か』が想像した怪人Hだ。『君の意思』を継ぐものにはなり得ないんじゃないかな。英司では無くなった時点で、それは違うものだろう?」
そうかと返答をした英司は会話を途切れさせまいと次の質問を投げかける。
「なら、誰かを守る為のおまじないはどうだ?」
赤い結紐で作った鈴付きの腕輪に守護する効果をこめられるのか。
「その人を守りたいと願うならきっと想いは紡がれる」
英司にはその言葉自体が、誰かに向けたものに聞こえた。
――――
――
「この辺が一番奥かしら?」
どんな子がいるか楽しみだと陽気な声を零すのはきゐこだ。
「あら、あなた可愛いわね?」
きゐこの頭にぴょんと飛び乗ったのは、黒い毛並みの小さな犬。
少し目つきが悪い所が何処か黒曜を思わせた。
「一緒に来る? 大丈夫、悪いようにはしないわ」
微笑んだきゐこに黒い犬の夜妖は前足をトントンと頭に乗せる。
「よく知らない人が近づいてきて不安かもしれませんが」
一緒に美味しいものを食べればそんな気持ちも何処かへ飛んで行くと迅はくるりと振り返った。
「だからそこに隠れている君も、僕と美味しいものを食べに行きませんか?」
手を伸ばした先、迅の手をおそるおそる取ったのは狐耳の生えた幼児だ。
「うん……」
「何がいいですかねぇ? 稲荷寿司とかでしょうか? 美味しいですよ!」
狐耳の幼児を抱き上げた迅は高い高いと笑みを零す。
呪物はどう保護すればいいのか、ボディは困ったように辺りを見渡した。
「優しく、とはどういう風に行えば。抱き寄せれば良いのですか?」
「そうだね。そっと手を伸ばしてごらん?」
ボディは言われたように夜妖が隠れているであろう茂みに手を伸ばす。
すると小さな木霊の夜妖がボディの手の中に入り込んだ。
「呪物ってこれ手で包めばいいんすか?」
眞田も隣で同じように掌の上に木霊を乗せている。
「うん、そっとね。おいで~って」
「おいで、怖くないよ~」
ゆっくりと木霊を掌で包んだ眞田は明煌へと運んだ。
「廻君と一緒のとこに行くのかな。きっとすぐ仲良くなれるよ」
木霊の頭を優しく撫でた眞田は赤茶の瞳を細める。
「お前さんの名前は?」
ニコラスは敵意がない事を示す為、石畳の上に座り込んだ。
「ユイ」
「そうか、俺はニコラス。よろしくなユイ」
怖がりながらもニコラスに興味津々なユイは彼の身体を登り始める。見た目は小さな猫耳の子供によじ登られている青年の図だ。
「なあ、ユイ。お前は煌浄殿に行きたいか? それとも俺と付いてくるか? それか一人旅もいいぞ?」
「……一緒がいい。ニコラスと一緒」
「そうか。なら一緒に行こうぜ」
ニコラスはユイを抱え上げ、その頬を優しく摘まんだ。
最初は怖がられていたシルキィも、根気よく話しかけた甲斐があってようやく夜妖が姿を見せる。
「えっと、キミは……もしかして、湯呑み?」
目の前に現れた湯飲み。飲み物の話しをしていたのはこの予兆だったのだろうか。
「わたし達はキミ達を傷つけたりしないよぉ、約束する。だから……まずは名前から聞いても良いかなぁ」
「コロ……」
小さな声で名前を告げた湯飲みの夜妖を、シルキィはそっと手で包み込んだ。
「とと、本来の目的も忘れずに、でありますね!」
振り向いたムサシの背を押す明煌。
呪物には敵意や悪意は無い。だからこそ傷つけずにほごしたいのだ。
「……ホントに呪物、色んな種類があるというか」
ムサシはとことこ歩いていたフィギュア人形を掴む。二頭身のミニフィギュアだ。
「……このフィギュアみたいな子も呪物なんでありますね?」
「そうだね。なんかムサシに似てるんじゃない?」
黒髪の少年の形をしたミニフィギュアを掲げるムサシ。
「確かに似ているのであります! 連れ帰っても大丈夫なんであります……?」
首を傾げたムサシに明煌は大丈夫だと頷いた。
「上手く回収してあげられるといいんですが……」
マリエッタはリュコスと共に辺りを見渡す。どんな姿をしているのだろう。子供だろうか。
「あ、いた……怖がってるのかな?」
リュコスは小さな動物の姿をした夜妖へと近づく。耳と尻尾を見せて仲間だと示すのだ。
「こっちにおいで、大丈夫だよ」
「ぴ……」
その小さな夜妖の隣には子供の姿も見えた。
「大丈夫ですよ。怖くありません」
そっと小さな夜妖の頭を撫でたマリエッタはリュコスと共に彼らを抱きしめる。
「よしよし。こわかったね」
「もう心配要りませんよ。ところで……煌浄殿から抜け出した子はいませんよね?」
マリエッタが振り返れば、集められた小さな夜妖によじ登られている明煌がいた。
暗がりにひらりと舞い上がったリボンをチックは追いかける。
「まって……」
きっと怯えているのだろう。逃げ惑うリボンにチックは歌を紡ぐ。
旋律に乗せて大丈夫だと語りかけるのだ。
「……怖がらなくても、大丈夫。ねぇ、君も……おれと一緒に、行こう?」
ひらりとチックの頬を撫でたリボンは手の中にすっぽりと収まった。
「この子は、連れて帰る……したい。この子にも、暖かい時間……教えてあげたい、思うから」
手のひらの上に乗った組紐をジェックはルビーの瞳でじっと見つめる。
赤と白、それから金色の糸が使われた綺麗な組紐だ。
「この間さ、青い蝶の夜妖に出会って、名前を付けたんだ」
「へえ、そうなんだ青い蝶……」
明煌は頭の中に浮かんだ幼い頃の風景を思い出す。一面の青と暁月のはしゃぐ声。
「ねえ、明煌なら、この子にどんな名前を付ける?」
「紬かな」
ツムギ。重ねられた糸が巡り、主(ジェック)を優しく包むものとなれ。
そんな意味が込められた名前だ。
「渋い眼帯だ。相棒が俺のせいでそうなっちまった日を思い出すよ」
明煌の黒い眼帯を見遣り英司が呟く。横目で英司に視線を返した明煌は「成程」と頷いた。
「へえ。だからさっきの御守りの事を聞いてきたんだ?」
人の心の機微には疎いくせに、こういう所だけは鋭い感覚を持っているのは流石、呪物を統べる者。
恐怖は未知から来る。だから呪物達にも、先ずは己が誰であるのかを示す英司。
意思のあるものは一つの命として尊重する。
だが、同時に平等な目線で加害するのが英司のスタンスだ。
「よう! 自己紹介しよう。俺はH。見ての通り怪しい人さ。誰かを泣かせるヤツらのケツをひっぱたくのが三度の飯より好きでね、アンタらの中にそういうやついる?いるならお仕置きだ!」
英司の言葉にぷるぷると震えながら首を振る呪物たち。
「違うなら、お友達さ。安心しな」
英司は呪物に手を差し出し、その頭を優しく撫でた。
此処にはどんな呪物がいるのかと四音は首を傾げる。
「私は可愛い子が好きですね。ほら、座敷童って居るじゃないですか。あんな感じの可愛らしい少女とかが居てくれると嬉しいですね。優しく抱きしめて連れ帰りたくなってしまいます……おや?」
木の陰に隠れた桃色の着物を着た小さな女の子。正しく座敷童だ。
こちらを伺うように覗く瞳が愛らしい。
「大丈夫ですよ、私はあなたの身体を傷つけたりなんてしませんから。
お友達になって、一緒に遊びましょう。ね? あなたの名前を教えてくれませんか?」
自分を『みさき』と名乗った座敷童を四音は優しく抱き上げ微笑んだ。
「痛……っ」
ニルの声が庭園に響く。呪物が嫌がってニルの手を引っ掻いたのだ。
「大丈夫ですよ。怖くありません」
優しい声で語りかけるニルに子猫の姿の呪物がペロリとニルの傷口を舐める。
「ふふ……」
呪物達は同じ仲間が居る煌浄殿へ行く方がいいのだろうかと考えて。
「ニルのおうちは再現性東京じゃないけど、それでもよかったら一緒に行きませんか?」
柔らかなニルの声に子猫はすりすりと身体を擦りつける。
わすれるのは寂しい。わすれられるのは悲しい。そんな気持ちが伝わってくる。
「ニルも忘れてしまうのはいやです、思い出せないのはかなしいです。ニルは、あなたを忘れないから」
だから傍に居て欲しい。ニルの無自覚な願いがこの呪物を引き寄せたのだろう。
メイメイの耳に微かに聞こえた小さな音。
屈み込んだメイメイの手に包まれるころんとした鈴。
ちりんと震える鈴の音に、メイメイは笑みを零す。
「ああ、あなたはそういう姿、だったのです、ね。さあ、一緒に、帰りましょう。もう大丈夫です、よ」
見つけてあげられてよかったと振り返ったメイメイに明煌は柔らかな微笑みを浮かべた。
臆病でさみしがり屋で、誰かに見つけて貰いたくて。
「迷子になっていたのはこの子たちの方なのかもしれません、ね。わたしにも、よく似ています」
メイメイはこの呪物に『小鈴』という名を与えた。
昼顔は指先から流れる血を見つめ「大丈夫」と闇に投げかける。
「君は何に怯えているの? 自分の力が怖いなら僕が全てを受け止める
大丈夫だよ、誰も傷つけさせないから」
それでも闇の中から出てこない呪物に昼顔は根気よく語りかけた。
「他人が自分を害すると思ってしまうの? 大丈夫だよ、此処にいる人達は君達を害さない。敵すら分かり合おうと手を掴み取った者達だ」
確かに呪物が怯える気持ちも分かる。けれどこんな所で何かに怯えて閉じこもるよりも、それ以上の価値のあるものが世の中には沢山ある。
煌浄殿に住むでも、自分と一緒に来るでも構わない。
「君が好きに選んで良いから、……だから此処から一緒に出ない?」
昼顔の言葉に闇が揺れる。
ざわざわと輪郭を収束する黒い闇はやがて小さな少年の姿になった。
視線を合わせた昼顔は優しく少年を抱きしめ背中をぽんぽんと叩く。
「僕は星影昼顔。ねぇ君の事、教えて貰っても良い?」
「……ごめんなさい。怪我させてしまって。僕はサクマ」
鍵の夜妖だと語った少年は昼顔にぎゅっと抱きついた。
ユーフォニーの目の前を一瞬通り過ぎたのは愛らしい幼子だ。
恥ずかしがり屋な幼子の見た目をしている。羽根が生えた妖精ともいえるだろう。
頭にルクリアの柔らかな香りの花が咲いている。
「ユーフォニーです、初めまして。あなたのお名前は何ですか?」
「ぴぇ……」
ぷるぷると身体を震わせる幼子に優しく語りかけるユーフォニー。
「怯えなくても大丈夫です、私たちは味方です。こんな迷宮を作れるなんてすごいですね。こわいことがあったんですか?」
ユーフォニーの問いかけにこくりと頷いた幼子。
「名前、ルクリア……」
「ルクリアさんですね、ふふ可愛らしい名前です。良ければお話ししてみませんか? 力になれることがあるかもしれないですし、話すことで落ち着く時もありますから」
ルクリアの頭をそっと撫でるユーフォニー。大人しく撫でられているという事はもう怯えていない。
「もし良ければ……私と一緒に来ませんか? この世界にはこわいものも多いです。でもそれ以上に、心が惹かれるものもたくさんあるんです。一緒に探しに行きませんか?」
ユーフォニーはルクリアを抱き上げ目線を合わせる。
「こわいものからは護ります。きっと絶対、大丈夫です」
「うん……」
頼もしいユーフォニーの言葉にルクリアも安心したように微笑んだ。
●
迷宮の庭園から帰ってきた明煌達を出迎えたのはワニの姿をしたギュスターブくん(p3p010699)だ。
「おかえり、ぼく、ギュスターブくん。呪物の回収はうまくいったかな?」
ギュスターブくんがロビーのソファから立ち上がると沈んでいたクッションが膨らむ。
「ぼくはきちんとロビーでお留守番してたから、褒めてくれていいよお~」
「ただいま……えらい」
ミアンがギュスターブくんのお腹を優しく撫でた。
「よっし、じゃあユイも食べるか。美味しいぞ」
「おいしい?」
猫耳の子供を抱えたニコラスも食事が用意されている座敷へと向かう。
「わぁ! 凄い京都の高級旅館に泊まるなんて凄い楽しみだよ! 明煌さんお誘いありがとう!」
広い座敷の中に『命を抱いて』山本 雄斗(p3p009723)の元気な声が響き渡った。
「今日の僕はヒーローではなく廻さんの後輩の雄斗なので!」
雄斗は『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の背後に回り肩に手を置く。
「廻さん、久しぶりの外だから何かあればどんどんこの後輩をパシって旅行楽しみましょう」
「わわ……、ありがとうございます雄斗さん」
席についた雄斗と廻は順番に運ばれてくる料理を見つめ目を輝かせる。
「くぅ、流石の高級旅館ご飯も段違いに美味しい。廻さんこの茶碗蒸し凄い滑らかな舌触りで美味しいよ」
「本当ですね。とっても美味しい」
廻の笑みの向かい、ニコラスの膝の上に乗ったユイも美味しそうに茶碗蒸しを頬張っていた。
「美味いか? 全然怖くねえだろ?」
「うん……おいしいね。こわくない」
猫耳をぴょこぴょこさせるユイの口元をニコラスが優しく拭く。
「騒げや騒げ。踊れや歌え。怯えなんざ、恐れなんざ吹き飛ばせってな」
「うんうん、やっぱり温泉に来たなら食事と風呂を楽しまないとなっ」
ニコラスの言葉に『タコ助の母』岩倉・鈴音(p3p006119)も頷いた。
この再現性の街は鈴音の元いた世界に似ている。ならば、ご飯がどのようなものか見極めなければならないのだと本能が告げている。
「まず、りんごジュース飲まんといかんな」
コース料理というものは量が少なめで数が多いのだろうか。
「まあ見様見真似で食べてみるか! 完食目指なくてはな! 牛肉やらサシミとかいう魚の肉はまあ分かる。この茶碗蒸しってなんだ!? プリンか? プリンだな!? これは、旨塩味のプリン……!」
茶碗蒸しを持ち上げた鈴音は一口食んでは目を輝かせた。
「廻、久し振りにゃ!」
「ちぐささん、おひさしぶりです」
明煌と同じような眼帯姿で廻の元へやってきたのは『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)だ。
「僕はずっと廻とお酒飲めるの楽しみにしてたのにゃ。一緒に飲むにゃ!」
こう見えてもちぐさは103歳の猫又なのだ。ようやく手紙の約束が果たせると、腰に巻き付いたちぐさの頭を「楽しみですね」と緩くなでる廻。
「……でも廻、海で会った時より細くなってる気がするし、あんまりごはん食べてないにゃ?」
「そうですねぇ……あんまり」
普通の食事が取れない分を栄養価の高い呪物(コウゲツ)の花蜜で補っているらしい。
けれど、食べないでお酒を飲むのも良く無い。
「食べやすいの……茶碗蒸しとかだけでもゆっくりたべるにゃ。熱いから気を付けるにゃ」
「はい。茶碗蒸しなら食べれそうです……ふぅふぅ」
改めて乾杯をしてお酒を煽るちぐさ。本当はもう少しペースを上げたい所だが廻が飲み過ぎないようにゆっくりと楽しむのだ。
「なんだか廻とお酒飲むと心までぽかぽかするにゃー。僕だけじゃなく、たくさんの友達が廻のこと大好きにゃ。煌浄殿、心配だけど元気で帰ってきてにゃ」
「はい。僕もちぐささんと一緒にいるとぽかぽかします」
頬を寄せてぎゅうと抱きついたちぐさを廻もしっかりと受け止める。
「温泉宿! 日々の疲れを癒やしてお肌に良いこといっぱいするの!」
『特異運命座標』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は隣の『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)へ笑顔を向ける。
先ずは美味しいご飯を食べなければ始まらない。
「先付けからみんな綺麗ねえ! よーちゃんには山桃あげるぅ、綺麗だから!」
「あーん」
メリーノが差し出した山桃のワイン煮を口に含むレイチェル。
「甘いのならよーちゃんも飲める?ザクロのこれならいいんじゃない?」
ザクロのお酒だけじゃ物足りないかと日本酒も追加するメリーノ。
少し頭の芯が熱くなってきた気がするレイチェルは、隣のメリーノが明煌に手を振るのを見つめる。
レイチェルは明煌が暁月達と上手くやれているか心配なのだ。お節介かもしれないが姉の性分というやつなのだ。
「あ、明煌ちゃんを見つけた! お話してみたかったの! これあげるわぁ、茶碗蒸しの銀杏と三つ葉! 遠慮しないで、あげるあげる!」
「え……」
メリーノによって茶碗蒸しに乗せられた銀杏と三つ葉を怪訝な顔で見下ろした明煌は、そっと廻の茶碗蒸しに写した。
(すまん、明煌。きっとそれも、めーちゃんの気持ちなんだ。悪気はないンよ……でも廻の茶碗に入れるのはどうかと思うンだ)
「ところで龍成ちゃん、うまいことやってるの?」
「そうだぞ、仲良くしてンのか?」
「お前ら、揃って何だよ。別に喧嘩とかしてねーし」
酔っ払ったレイチェルと素面のメリーノに囲まれ、『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は照れ隠しを含んだ面倒くさそうな顔で答える。
「あ! ワニちゃん! ねえねえ触っても良い? お背中とお口! お口あけて! おっきい!」
「わ~! ねっとりした触り方をされてる!」
龍成の向こうに見えたギュスターブくんを捕まえたメリーノは口の中に顔を突っ込む。
しばらくメリーノにされるがままだったギュスターブくんは明煌の隣にやってきた。
「それにしても綺麗なご飯だねえ、見たことない食べ物が沢山あるよお」
真横の圧迫感で畳が沈みそうだと明煌は感じる。
「……ぼく、ご覧の通りかわいいんだけど体大きいからご飯足りるかなあ」
ギュスターブくんが明煌の御盆を見ると、茶碗蒸しに銀杏と三つ葉が入っている。
廻から戻って来たものだ。ギュスターブくんはそれを横目に残された刺身を指差す。
「おじさん、それ食べないの? ぼくがもらっていい?」
「こっちは食べるし」
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は「ふむ……」と目の前に広がる光景をかみしめた。
「これが再現性京都における高級なお宿、そのお料理ですか」
静かに料理を口に含むチェレンチィの隣で灰斗と神々廻絶空刀(空)が楽しげにはしゃいでいた。
「何これ……すごい綺麗」
「でも、もうちょっと欲しいな」
育ち盛りの灰斗と空にはコース料理は物足りなく感じるのだろう。
「空と灰斗殿は初めて見るものも多いだろう? 色々食べてみるといい、何事も経験だからね」
「おかわりできるのか?」
次の料理はまだかとそわそわする空と灰斗に『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)とチェレンチィも目を細める。
「全部食べ終えたら、頼もうね」
「分かった!」
目をキラキラとさせる子供達にヴェルグリーズは思い出話が沢山出来たと安心した。
「俺も実はこんなに本格的なコースはあまり経験がなくてね」
「父上もそうなのか? 俺も初めてがいっぱいで、なんかぱちぱちする!」
「僕も、すごい『楽しい』がいっぱいで……」
美味しいご飯に旅館の設え、空も灰斗も初めての事ばかりで、何だか煌めいて見える。
普段はあまり感情を表すタイプではない空がこんなにも楽しげに遊んでいるのがヴェルグリーズは嬉しかった。最近は母親代わりの星穹が長らく不在にしているから寂しそうにしていたのだ。
美味しそうにご飯を頬張る灰斗を見つめるチェレンチィ。
「このお酒も美味しいですねぇ。灰斗さん……いえ、余所余所しいのはもう止めましょう。灰斗も、空さんと一緒にご飯を食べられて楽しそうですし、連れてきて良かった」
和風の味付けも食べやすく美味しい。たまにはこうして大勢で食べるのも悪く無いとチェレンチィはザクロ酒のグラスを揺らした。
「夏のお祭り以降ですね、深道さん」
「やあ、ジュリエットちゃん。久しぶり」
明煌へと微笑みを向ける『シロツメクサの花冠』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)は先日のエスコートに感謝を述べる。
「……所で、あの時言ってらした縄は冗談なんですよね?」
ジュリエットの言葉に「どうかな」と廻を見遣る明煌。
「ふふ、学園祭で暁月さんともご一緒したんですが、深道さんとお祭りに行ったと言ったら、羨ましいと言われましたよ。最近会えるようになって嬉しいとも」
「へえ……」
きっかけがあれば暁月も明煌と遊びたいと思っているのではないか。そう告げるジュリエットにお世辞かもしれないと視線を落す明煌。
こうして大勢の人と料理を分かち合うことは素敵だとジュリエットは思う。
「同じ釜の飯の仲? ……と言うのですよね? 深道さん」
仲良くなれそうなのは間違いない。だから、この美味しいザクロ酒も進んでしまうというもの。
「お料理もどれも美味しいです。特に茶碗蒸しと言うのは本当に美味しいです」
一口食べてはザクロ酒を含むジュリエット。白い肌に朱が差す。
「……あら。深道さん、好き嫌いはらめですよ?」
丸大根を箸で掴んだジュリエットは明煌の口元に運ぶ。
「せっかく作って頂いたものなんですから、ほら、あーんしてくらさい?」
「うん、ありがとう。でも危ないから戻そうか」
目の据わったジュリエットの丸大根をお皿に戻させ、明煌は代わりに水を持たせた。
「美味しいですのに……」
冷たい水が口の中に広がり、頬の熱さを自覚するジュリエット。酔うというのはふわふわで心地良い。
後に倒れないように、明煌は赤い縄でジュリエットを支えた。
深道日向の首に巻き付く管狐のハルを見つめ、『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)は笑みを零す。
日向とハルが二人で一緒に居るためには栄養を沢山とらなければならない。
それに日向は成長期だからきっとハルが居なくともいっぱい食べるのだろう。
「おかわりってあるかな?」
「はい、ありますよ」
茶碗山盛りのご飯を渡され、満面の笑みを向ける日向。
すみれは日向が夢中になって料理を食べているのを見計らい、明煌たちの元へ歩み寄る。
「……あら、明煌様。もうグラスが空きそうではないですか」
「え、ああ……ありがとう」
少し警戒したような表情を浮かべる明煌のグラスへすみれは日本酒を注いだ。
すみれとて、日向に血で『許し』を書いた明煌を警戒している。
何度も酌まれる酒の応酬の裏に只ならぬ気配を感じ、隣にいた廻はぷるぷると震えた。
呪物は酒を好む。其れ等を日常的に相手している明煌はかなり酒に強い。
「もっとどうですか?」
「うん、それで何が聞きたいのかな、すみれちゃんは」
「面白い話しとか。明煌様の……本性など知りたいですね」
「ふうん? じゃあ対価に何をくれるんかな。まさかタダなんて……言わんよなぁ、すみれちゃん?」
挑発するような悪い笑顔ですみれを見上げる明煌。すみれも負けじと柔らかな笑みを浮かべる。
あまり働いていない気がするのにこんな歓待を受けていいものかと『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)は不安げに旅館の座敷へと足を踏みいれる。
「よぉ暁月! 龍成! 元気だったか? 最近どうだ? 忙しくしてるのか?」
「おっさんこそ元気かよ」
龍成の背をバシバシと叩いた天川は『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の前に腰を下ろした。
「お疲れさん。乾杯だ」
「乾杯」
「ざくろの酒ってのは初めて飲んだが悪くないな。まぁ贅沢を言えばちっと甘いな」
確かにと微笑んだ暁月は、傍らの日本酒を御猪口に注いで天川へ渡した。
「そっちはどう?」
「俺も最近は忙しくしてるぜ。まぁ色々と問題が出て来ちまったからな……。
少なくとも晴陽先生は危険に晒さないように対策は打っておきたい。
お前さんに力を借りることもあるかもしれん。そん時ゃよろしく頼むぜ」
「もちろん、可愛い後輩の為なら何だってするよ。助けてくれた君の為にもね」
暁月にとって晴陽は『守るべき後輩』である。恩人である天川の頼みも重なれば手を貸さないという選択肢は無いのだ。
「とまぁ堅苦しい話はこの辺にして、ほれ! 二人共もっと飲め! しっかしまぁ先付、前菜から良いもん出すなぁ。最近は忙しくてな……。自炊もするがコンビニ弁当で済ますことも多いからありがてぇな」
「そうなの? うちに食べにおいでよ。子供達も居るから天川一人増えたってそんなに変わんないからさ」
「時間が合えばそのうちお邪魔するかな」
天川は料理が好きな男である。料理の素材や調理方法も出されたものの中から考察する。
「うまかったな。ごちそうさん。暁月はどの料理が気に入った? 俺は断トツで海老芋含め煮だな! 自分でこの味を再現できねぇもんかね。帰ったら挑戦してみるか……」
「ああ、海老芋含め煮美味しかったね」
お品書きを見ながら味を思い出している暁月と龍成を見つめ天川は立ち上がった。
「わりぃ。一服してくる。龍成! お前さんは彼女大事にしろよ!」
「いや、彼女とかじゃねーし」
エメラルドの瞳が暁月とその隣の明煌を写す。
柘榴の赤と日本酒の透明で僅かに艶を増した髪を『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は緩く指に巻き付け離した。酔っているからという言い訳があれば、少しの意地悪は許されるだろうか。
暁月の事が嫌いなのか、何かを隠しているのか定かでは無い明煌をアーリアは見つめる。
アーリアと暁月の『思い出』を語る時、彼から何が出てくるのだろうか。
「……出会ったのは希望ヶ浜の学園ねぇ。新任の私の事案内してくれたんだけど、その時に女の子の生徒からいっぱい声をかけられていて大変だったわね?」
「ええ、そうだったけ?」
恥ずかしそうに眉を下げる暁月の隣の明煌はアーリアの話しに耳を傾けていた。
「廻くんのおうちの人って聞いた時は驚いたけれど、学園祭ではメイド服の廻くんがもう大慌てだしそれを見たこの人も楽しそうで! 段々燈堂にも遊びに行くようになって、台風の日に初めて戦う姿を見たのよね」
戦う姿という言葉に明煌は目を瞬かせ「へぇ」と相づちを打つ。
一度目のシャイネンハナトは寝ている廻にプレゼントを置いて、二度目は潰れるまで飲み倒して。
龍成や『しゅう』や『あまね』のこと、本当に沢山のことがあった。
「過去に何があったかは聞いていたけど、覗き見ちゃった時はどうしようかと思ったわ……で、挙句の果てに暴走して敵対するんだもの! ほんっと、私が身体張って止めなかったらどうなってたことか! 暁月くんってば、もう心配させないでほしいわ――ね、明煌さんもそう思わない?」
「その節は大変お世話になりました」
ぺこりと頭を下げる暁月を明煌は横目で見遣る。『大人の対応』『大人の会話』、自分の知らない暁月の姿に黒い感情が胸に広がった。その反応を見ているアーリアの瞳が胸に突き刺さる。揶揄いであるのか牽制であるのか明煌には分からなかったが、無性に腹立たしかった。そんな自分も嫌だった。
このままでは、机を蹴り飛ばしそうだから、明煌は拳を握って視線を逸らす。
アーリアは『暁月が大切にしている人』なのだろう。羨ましいと思う反面、それを己が傷つけていい道理は明煌には無かった。傷つけてはいけない。
「……ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」
「え、酔った? 大丈夫明煌さん?」
明煌が立ち上がった瞬間、懐から零れたライター。
これからどうなるのか、アーリアは不安と期待を混ぜた表情でそれを見つめていた。
――――
――
喫煙所に立ち尽くす明煌に僅かに目を見開く天川。
「お? お前さん、喫煙所で突っ立って何してんだ?」
「……ライター落した」
恐らく座敷に座っている時に零したのだろう。戻ればあるが、今は戻りたい気分ではなかった。
「あぁ……。火を忘れたのか、意外だな……。可愛げもあるじゃねぇか。ほれ! 火なら貸してやるよ」
明煌がケースから取り出した煙草の先に天川はライターの火を近づける。
「ありがとう」
灰皿を挟んで並ぶ天川と明煌の周りに紫煙が揺らいだ。
「ふぅ……。浮かねぇ顔してるな。それはいつもか。なんかあったのか? お友達って間柄じゃねぇが、話くらいは聞いてやれるぜ?」
一口煙草を吸ったあと、明煌は上に向けて煙を吐く。
「暁月との楽しそうな思い出話を聞かされて……嫌になって」
アーリアから聞かされた『暁月の知らない思い出』は楽しそうで『羨ましくて』たまらなかった。自分は其処に居なかったのだと突きつけられるもの。そして、この逃避も子供の駄々のようで自分自身が嫌になる。分かってはいるのだ。だから、心を落ち着ける為に煙草を吸いに来た。ライターを持っている天川が喫煙所に来てくれて正直助かったのだ。
「まあ、後で酒でも飲もうぜ……気が向いたらでいいからよ」
煙草を吸い終わり去って行く天川の背を見遣り、思った程嫌われて居るわけでは無いのだろうかと首を傾げる明煌。人の心というものは複雑で難しい。
ご飯が一段落したチェレンチィは少しだけ静かな場所を探して喫煙所へとやってきた。
先客は明煌がひとりだけ。流れ往く紫煙を追えば遠くに夜景が見えた。
「ふぅ……」
明煌が煙を吐いてチェレンチィに視線を向ける。お互い何を話せばいいか迷っているのが分かった。
「ご飯美味しかったね」
「ええ……灰斗も喜んでました」
空と灰斗がはしゃぐ声は明煌の耳にも届いていたから。
深道のお祭りの時は警戒していたチェレンチィも、明煌が色々な人と関わっているのを見て『悪い人』ではないのだと思い直したのだ。ゆっくりと煙草の煙を吐き出す音だけが宵闇に響いた。
『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は喫煙所までの道をゆっくり歩く。
ヤツェクにとって深道明煌は得体の知れない相手だ。現時点の『障害』であると。
廻を泥の器にしたのは葛城春泥だが、伝わってくる話をきくに執着しているようであった。
束縛する会いは往々にして不幸の元になる。相手を知るのは大事だ。愛ゆえに悪神であろうとした繰切のこともある。この間は料簡が狭かったとヤツェクは思考を巡らせる。
座敷から持って来た酒とつまみ。喫煙所にいるであろう明煌の元へヤツェクは歩み寄った。
ギターの音と共に現れたヤツェクを怪訝そうな顔で見つめる明煌。
「なあ、少し話しをしようじゃないか……」
「……」
無言で煙草の煙を噴かした明煌は灰皿に火を押しつけて消す。次に奥のベンチに腰掛けた明煌を見て聞く気はあるのだと判断したヤツェクは静かに語り出した。
「お前さんも知ってる繰切の話しだ」
繰切が愛ゆえに悪神であろうとしたのは、あまりにも人間臭い思いで。
「どん詰まりの物語をハッピーエンドに結びつけようとしたこと、二柱の「共にありたい」という最初の願いをかなえる為に、彼らのありかたを変えたおれの行いは馬鹿な事だろうか。お前さんは繰切にどうあって欲しいと願う?」
「……深道の子供は繰切を『悪神』だと育てられる。怖いものだし恐れるものだ。俺は呪物や人ではないものと接する事が多い。人間の方が余程怖くて悪辣だ……だから、信仰の形で繰切が変わるというのも理解出来るよ。でも、繰切が居る限り暁月は……」
燈堂の地に縛られたまま命を終えるのだろう。その選択を暁月がしたのだ。
「廻にはどうあってほしい? 泥の器である状態は問題だ。浄化も必要だ。だが、浄化の後、もし、神を降ろしたら、降りてきてしまったら。それは廻とは別の存在になってしまうんじゃないかね?」
「……」
泥の器は浄化されやがて神の杯となる。
その後、廻がどうなってしまうのか明煌にも予測出来ないことである。
「でも、浄化しないと死ぬし」
明煌が呪物回収のため数日不在にしたことがある。その間の浄化は行われず、廻の中に穢れが溢れた。
数日では命が危ぶまれる事は無いという春泥の言葉は正しい。
けれど、それは高熱と嘔吐の中、藻掻き苦しんでいようと『命』に別状は無いという意味だった。
浄化をしなければ長い間、苦しみ抜いて死ぬ。浄化を止める事は出来ないと明煌は首を振る。
「おれは、ハッピーエンド主義者だ。繰切の件も完全に解決したいし明煌も廻も暁月も幸せであってほしい。この話に噛んでいるのは、それが理由だし、いずれは繰切を自由にしたい。何であっても、縛られているのは悲しいことだから」
「俺も暁月を自由にしたい」
どんな犠牲を払っても、暁月を救いたいと願う。それはいけないことなのだろうか。
暁月は望んでいないのかもしれない。けれど、明煌は暁月が縛られることなく笑顔でいられるように願っている。願い続けている。
「おれの元いた世界の昔話にも、クロウ・クルァクがいた。同じ神話に、魔眼の将がいたが、アンタがそいつの役でないことを祈るよ。まあ、共通点は隻眼くらいだがね。だが、アンタがそういう役回りになったとしても、おれはアンタ含む皆を幸せな結末に持っていく。繰切をああ出来た詩人だぞ、おれは」
全員幸せにしてみせるとヤツェクは宣戦布告する。
「明煌見つけたにゃ!」
外廊下に愛らしい声が響き渡る。明煌と揃いの眼帯をしたちぐさが纏わり付いた。
(みんなというか、暁月と一緒じゃないにゃ。そっくりなのに仲悪いのかにゃ……?)
「あのね、ずっと言いたかったことがあるのにゃ夏祭りで初めて会った時、綿あめくれて、あと迷子にならないように手を繋いでくれてありがとうにゃ!」
あの時は廻が居なくなるとか春泥が怖いとか色々な事を考えてお礼が言えなかったから。
「廻をピカピカに治すの、頑張ってくれてるのもありがとにゃ……感謝の握手するにゃ!」
「うん」
ちぐさの小さな手を、明煌の大きな手が包み込む。
「眼帯どうしたの? 怪我した?」
「ううん、怪我はしてないにゃ。ちょっと色々あったにゃ」
明煌の真似をしていたとは答えられなかった。明煌が自分に悪い事を教えていると悪者扱いされてほしくはないから。寂しげな色を纏う明煌がちぐさは気になって仕方がない。自分も同じさみしがり屋だから。
「おや、こんな所に……寒くはないですか?」
明煌の元へやってきたのは薄い笑みを浮かべた四音だ。
「まあ、今さらですがご挨拶のようなものです。皆さん優しいですから色々と話されてると思いますので、私からは特に何も言う事はありませんが」
誰とでも仲良く楽しく過ごしたいのだと、拾い上げた『みさき』の頭を撫でる四音。
「皆さんには自分の大切なものを見失わず、迷わず進んで欲しいものですね。
もし、そういう願いや想いを歪める者がいれば、それこそ悪魔というべき存在なんでしょうね」
小さなみさきを抱き上げた四音は明煌へ視線を向ける。
「明煌さんもそんな奴に目をつけられたり、甘言に耳を傾けないよう気をつけてくださいね?
あ、余計なお世話でしたね。すいません、ふふふふ」
ペットであれ飼っていれば情が移る。この『みさき』も『廻』も――
明煌がどういった選択をするのか、四音は楽しみで仕方が無いと三日月の唇で微笑んだ。
冷たい風が吹く外廊下で、見慣れた白い髪を見つけ手にした煙草を懐に仕舞う明煌。
賑やかさや美味しい食事は楽しんだから、ジェックは静かな場所を探して此処までやってきたのだ。
きっと明煌も静かさを求め此処へ来た。
「疲れた顔してる」
「……まあ」
以前会った時より明煌の顔色が悪いような気がするのだ。気のせいだろうか。
じっと見つめるジェックに「なに?」と短く問う声がする。
「アタシと話してる時、話したくないことがあったら、答えなくっていいからね?」
「うん……」
人と会話をするということは明煌にとって労力の伴う行為だ。
話す事自体は嫌いでは無いが、『人の思惑』というものが理解出来ないから難しい。
「なんか明煌ってあんまり自己開示上手じゃなさそうだし。気になるから尋ねるんだけど、無理して聞き出したいわけじゃないし。……あ、勿論、話したいならいつでも聞くけどね」
「ジェックちゃんは『人』っぽくないからいいね」
「人をモンスターみたいに言うね?」
言葉の選び方が酷い感じに間違っているが言わんとしている事はなんとなくジェックには分かった。
「呪物みたいに素直っていうか、難しくないっていうか、楽っていうか、子供みたい?」
「大丈夫、分かった。分かったから」
明煌なりの『気兼ねない』を表現しようとしているのだろう。
「ふ……」
ジェックの耳に僅かに明煌の笑う声が聞こえ振り返れば、いつも通りの無表情が張り付いていた。
宵闇の冷たい風が吹く。お互い言葉も無いけれど、不思議と焦らない。その静寂が今は心地よかった。
●
途切れなく湧き上がる湯の音。白く立籠める湯気が視界を覆う。
「食べたらお風呂だー!」
鈴音の元気な声が女湯の露天風呂に響き渡った。
「混浴だと水着着なきゃならんのだぜ? どうやって体洗ってンだヨ。シャンプーとか石鹸いるだろー?」
スーパー銭湯しか無い世界から来たからと困ると鈴音は誰も居ない露天風呂を満喫する。
頭にタオルを乗せて心地よさが全身に染み渡れば、歌いたくもなるもの。
「いあ! いあ! はすたあ!! いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!!」
こういった風景には酒が似合うが。生憎鈴音はまだ未成年だ。
「元いた世界ではコーヒー牛乳とかラッシーとか飲んでたな。仁王だちでコーヒー牛乳一気飲みは一世風靡しているのだ!」
ごくごくとジュースを飲み干す鈴音。
「いやー再現性わーるどにはあまり縁がないのでな!」
露天風呂に現れたパンダ耳の黒くて大きな手をした夜妖(?)に鈴音は近づく。
「歓迎するぞっ。背中ぐらい洗って差し上げようンッフッフ いあ!いあ!」
「えー、何だい? この露天風呂はそういうサービスがあるのかな?」
こうしていると養女と一緒に風呂に入った事を思い出すと、葛城春泥は笑みを浮かべた。
「んじゃな!」
「ふふ、ありがとう」
元気よく風呂を飛び出して行った鈴音と入れ替わりで『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)が入って来る。
「人間は裸の付き合いで親交を深めるらしい。殴り合いの後にゃ夕陽に向かって走らなかったが」
話しでもしようかと、愛無は春泥と共に露天風呂へと浸った。
雫が肌を滑り、水面へと落ちる。その先に春泥の横顔が見えた。
「なあに? じっと見つめて。泡でも着いてた?」
「今の僕にゃ、あんた喰うのは難しそうだし。搦め手でいこうと思ってね」
愛無は『神』にあった事がある。その時は恐怖など覚えなかった。
「だがあんたは怖かった。何かを怖いと思ったのは団長とあんたくらいだ。知りたいのは、あんたが何者で何を企んでいるかって事だ。そこに僕の「恐怖」ってやつの答えがあるんじゃないかと思ってね」
しばらくの沈黙の後、春泥は遠くを見つめ口を開く。
「お前は……僕の細胞から作られている。謂わば『子』である訳だ。色々混ぜてあるからクローンではないけれど。本質的な意味でそれは『子』と定義していいものだろう。
僕はね、最強の生き物を作りたい。儚く死んでしまうような弱いものじゃなく、神様みたいに強く、何者にも負けないもの。……人間って弱いんだよ。本当にすぐ死んでしまう」
春泥は湯の中で己の腹に手を置く。其処にはもう子を宿す揺り籠は無い。
だからこそ渇望するのだ。強き者の母でありたいと。
「その為なら、僕は何だってしてみせるよ」
口角を上げた春泥は何処か寂しげな瞳で夜の月を見つめた。
「黒曜、見てみて! この子新しい使い魔なんだけど、ちょっと黒曜に似てると思わない?」
呪物回収から帰って来たきゐこは頭の上に乗った少し目つきの悪い小さな黒い犬に手を置く。
「そうか?」
「そうよ! この目つきの悪い所とか、毛並みとかそっくりじゃない!」
ふわりふわりと黒い犬の輪郭がほどけ、幼児の姿へと変化する。
「人間の形になったわ!?」
「まあ、主の姿を真似るのはよくあることだな……温泉行くんだろ? せっかくだから一緒に行くか? 混浴あるみたいだし。どっちかがそいつ溺れないように見といた方がいいだろ」
燈堂家は預かっている子供も多い。黒曜が手慣れているのはそういった事情もあるのだろう。
フードを取るのは少し恥ずかしいけれど。使い魔が居るなら仕方ない。きゐこは己の胸にそう言い聞かせ露天風呂へと向かう。
「温泉後は……そりゃぁ遊ぶわよねっ!!!! ほらほらっ! 前々からゲームコーナーにあったらこの台の奴で遊んでみたかったのよ! 相手してくれるわよね!!!!」
フードを取り戻したきゐこは楽しげに黒曜をゲームコーナーへと引き摺っていく。
もちろん、使い魔も一緒だ。風呂で話し合った結果名前は『黒豆』となったらしい。
「おま……卓球ってのは全力で球を打つ遊びじゃねえ! 黒豆も球を弾くな!」
黒曜の叫びときゐこと黒豆の楽しげな笑い声がゲームコーナーへ響いた。
ユーフォニーはルクリアを連れて家族風呂へとやってきた。
温まればルクリアの心も解れると思ったのだ。
呪物といっても様々な形があるのだろう。
ユーフォニーと仲良くなったルクリアは比較的人に似た姿をしている。
見た目は妖精の羽根が生えた幼子だ。
「お湯は温かくて気持ちが良いですよ。一緒に入りましょう。大丈夫、怖く無いです」
「ん……」
こくりと頷いたルクリアはユーフォニーと共に湯船へ浸かった。
じんわりと広がっていく温かさにルクリアが気持ちよさそうに目を細める。
「私、あなたのことをもっと知りたいです。仲良くなれたら嬉しいなって」
「えへへ……」
ユーフォニーの優しい気持ちに呼応するようにルクリアも笑みを浮かべた。
「その、初めに申しておきますと……」
「ん?」
部屋に戻ってきたボディの言葉に耳を傾ける龍成。
「私の肉体だと男湯女湯ともに不適切で、なら信頼できる人と入浴した方が適切かと思考しただけで。
決して、決して先日に晴陽先生から言われたことは関係していませんから。本当ですから。
……ですからその、家族風呂に入りませんか、龍成」
「いいけど、姉ちゃん何て言ってたんだ?」
「義妹になる人、と」
あの姉ですら『そういう』認識なのかと頭を抱える龍成。嫌なのではない。恥ずかしさというか、もどかしさが先立つのだ。ボディの情緒は成長途中である。周りが手助けすれば早く成熟するだろう。
けれど、龍成は親友の幼い心を見守りたいと思っている。ボディ自身の速度で歩いて欲しいから。
それはそれとして、龍成とて男である。色々な我慢の限界というものは存在する。
毎日がそのせめぎ合いであるのだが、それをボディに悟らせる訳にはいかないのだ。
ボディが安心して傍に居られる存在でありたいから。
「背中流しますね」
安心して傍に居られる存在でありたい。強く強く龍成は願っている。
此処は家族風呂。こじんまりとした風呂で龍成とボディ(雛菊姿)は二人きりだ。
「いや、えーっと」
「龍成の背中を洗えないかな、と。誘ったのは私ですから、これぐらいはさせていただきますよ」
手ぬぐいにボディソープを泡立てて、龍成の背中を痛くないように擦る。他人の身体を洗うというのは意外と力加減というものが難しい。ボディは背中を見つめ雛菊の姿と比べると大きいと感心する。逆に屍機の姿であれば龍成の方がすっぽりと腕の中に収まるサイズである。
視線を上げれば龍成の耳が赤い。ボディの頬も赤い。風呂に立籠める熱気のせいなのだろう。
背中を流したあとは湯船にゆったりと浸かる時間。
「去年のROOの冬も一緒に温泉に入りましたっけ」
当時は龍成との距離も開いていたが、今回はこじんまりとした風呂である。
密着せねば入る事が出来ない。仕方の無いことなのだ。
「ちょっと狭いか……燈堂の本邸の風呂の方が広いな」
「大丈夫です龍成。私たち以外は誰もいません、何をあっても分かりませんから」
二人で寄り添って湯船に浸かる。そわそわと胸に広がる鼓動を上回る湯の心地よさ。
「だからこうして、貴方の隣でゆっくり過ごすことを許してください。私にとって、此処が一番の場所なんですから。これから先も、此処にいさせて下さいね」
頭の後ろに回した手で、龍成はボディの髪を撫でた。
「お前の好きなようにすればいいよ。俺はお前の傍に居るから」
それが『親友』から他の呼び名へ変わるのだとしても――
混浴の露天風呂ではシルキィと廻がお湯を楽しんでいた。
「わたしはお酒がだめだけど、ノンアルのカクテル!」
「ふふ。気分は月見酒ですね」
二人で見上げる月と湯の温かさは、アルコールが入っていなくても酔いしれるもの。
触れあった肩にお互い笑みを零す。
「えへへ、廻君も酔っちゃってるかなぁ?」
「はぁい~」
「飲み過ぎには気を付けて、ゆっくり月を楽しもうねぇ。……だって、とっても月は綺麗だから」
ゆったりと湯船を楽しんだあとは、涼む為に外へ出てジュースでも飲もうかと出口へと向かう廻をシルキィは腕を掴んで引き留める。
「……ねぇ、廻君。お背中流しても良いかなぁ?」
「はい、全然大丈夫ですよ」
廻にとってシルキィとの時間は特別で。彼女が望むのならば何だって叶えてあげたいから。
「ずっと思ってはいたけれど……こうして見ると、やっぱり随分痩せちゃったんだねぇ」
筋肉が薄くなり、骨が浮いている廻の背中。病的という程ではないけれど、以前より痩せている。
「そうですね……最近はコウゲツさんがくれる花蜜を飲んでます」
食べると戻す事が多いから、呪物が作る栄養価の高い花蜜を飲んでいるのだという。
「廻君がまたいっぱいご飯を食べられるようになったら、わたし頑張って色々作るからねぇ。今のうちにリクエストしてくれても良いよぉ、なんて!」
「じゃあ、元気になって燈堂に帰ったら。シルキィさんのオムライス食べたいです」
シルキィが作ってくれるあたたかなオムライスはとっても美味しいだろうから。
「うん、分かったよ。約束だね」
「はい!」
本当は二人きりの家族風呂も考えたけれど、お風呂で二人きりになったら、きっと自分はのぼせてしまうから。だから、その先は……廻が帰って来てからにしよう。
細くなった背を撫でて、シルキィは瞳を伏せた。
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は廻にお風呂用アヒルを握らせる。
「風呂と言えば……アヒルだろう?」
「えへへ、可愛いですね。アヒル」
繰切は息災だが寂しそうだと廻に伝えるアーマデル。
「何か伝える事はあるだろうか?」
「そうですねぇ。クリスマスは帰れるみたいなんで、お土産渡しますねと」
お菓子と酒を渡したいと廻は微笑んだ。
「混浴は水着着用……つまり弾正の水着姿が全世界に……いけない、せんそうがおこるぞ」
いけないと首を振るアーマデルは『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)と共に男湯へ足を運ぶ。
「大丈夫か弾正、厄介なおっさんをホイホイしていないか弾正」
「アーマデルこそ、湯上りでマダムホイホイしないだろうか……俺が大事に守り通さねば!」
脱衣所でそんな会話をしながら、二人は湯場の扉を開けた。
「それにしても凄い施設だな、アーマデル」
高温風呂、電気風呂、スチームサウナと修行に適した施設が沢山あると弾正が唾を飲み込む。
「特に電気風呂というのは恐ろしい。水の中で電気を浴びるなんて自殺行為だと思うんだが、こいつを最初に発明した人はよほどの修行マニアに違いない」
「電気風呂? 本当に大丈夫なのかそれ?」
おそるおそる電気風呂へ足を浸けようとする弾正。
足先が水面へと触れた瞬間。
「……ぴか!!!!」
「うわ!?」
アーマデルの声に驚いて弾正が飛び退いた。
「……すまない、何故か言わねばならない気がしたんだ」
「ふふ、そんな所も可愛いぞ」
一緒に電気風呂へと入るアーマデルと弾正。
「出力センサーとやらに近づくほど、刺激が強くなってシビシビするのが面白い」
最初は擽ったいだけだった電気が次第に痛いような気になってくる。
「弾正の髪はぼりゅーみーだな、手入れは大変ではないか? 乾く前に巻くか? 俺はせいぜい寝癖が天を突く事があるくらいだ」
「アーマデルは電気を帯びると鼠になるのか。また一つ新しい魅力を発見したぞ、kawaii。寝起きの発芽米みたいな姿も凄くキュートだと思うのだが」
「廻さんなんならこの後輩が背中流しますよ」
「ありがとうございます」
雄斗は廻の背中を流しながら笑顔を向ける。
「廻さん何か不満が有れば言って下さいね、明煌さんのことはよく知らないけどビシッと後輩である僕が文句付けて上げますよ!」
雄斗の優しさに廻はあたたかい気持ちになって感謝を告げた。
「初対面が温泉ってどうかと思う?」
首を傾げる『愛のままに』キコ・ウシュ(p3p010780)は「否」と大きく首を振った。
「俺は裸の付き合いが出来て距離が深まると思う。それが景色も最高な露天風呂なら尚更ね!
まあ、推しの裸見たいからってだけなんだけど。そういう訳で愛しのハニー事明煌君に会いに行こうかな。明煌君の肉体美じっくり鑑賞しないとね」
というわけでウシュは露天風呂の扉を勢い良く開け放つ。
「やぁ、初めましてハニー!」
「え……」
突然見知らぬ男に呼び止められ、困惑した表情を浮かべる明煌。
「……なんて、冗談だよ。そんな顔しないでくれないかなぁ。俺はキコ・ウシュ。ウシュが名前だから名前で呼んでくれると嬉しいなあ!」
「はぁ……」
初対面のウシュの勢いにどうしたらいいかと隣の廻へと顔を向ける。廻はふんわりと笑みを浮かべて二人のやり取りを見守っていた。
「裸の付き合いで親睦でもと思ってね。と言っても聞きたい事と言えばお見合いの質問集の様なものになってしまうんだけれど。まあ、それも大事だよね。好きなもの……食べ物でも趣味でも何でもいいから明煌君の事知りたいなあ」
「ええと、食べ物? お菓子とか酒とかは好きだけど」
この返答で合っているか、明煌の対人経験値では判断つかない。
「……あんまり長居すると他に君とお喋りしたい子達にも迷惑かな。俺はそろそろ上がるね。あ、そうだ。俺のプレゼントは気に入ってくれた? いつか着てる姿見せてね!」
嵐の様に言葉を乗せて、入って来た時の勢いのまま、ウシュは露天風呂を出て行った。
「お風呂だーーーーーーーーー!!!!!」
今度は『聞き慣れた』嵐のような奴が来たと明煌は頭を抱える。
「ムサシ、お前……静かにせんかい」
頬をUの字に掴まれたムサシは、ストップと手を広げた。
「ムムぁ! はぁ、ハァ……これが命の洗濯。こういう大きなお風呂に入ったことはあまりなくて……ついテンションが上がってしまったであります。……まず『かけ湯』なるものをするんでありますよね!
……ところで、かけ湯ってなんでありますか……?」
ムサシの言葉にくすりと微笑んだのは煌浄殿から来ていたタツミだ。その隣には同じ所から来ましたみたいな顔をした沖田 小次郎も居る。
「ムサシちゃん、かけ湯っていうのは、湯船に浸かる前に身体を清めるものだよ。こうやって」
桶が並んだ小さい風呂のような場所から湯を掬って身体に掛ける小次郎。
「なるほど! ならタツミさんにも掛けるのであります! ささ、滑りやすくなっているので手を」
「ありがとう、ムサシ」
ゆったりとタツミが湯船に浸かる傍ら、ムサシと小次郎は電気風呂の前で立ち尽くす。
「電気……風呂……? 水に電気を流して大丈夫なんでありますか……?」
「ごくり……ムサシちゃん試練の時かもしれないよ」
「まあ、大丈夫だから入ってみなよ」
明煌はムサシと小次郎の背を勢い良く押した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!」
響き渡るムサシの声。その隣では小次郎が心良さそうに目を瞑った。
明煌が廻と暁月の元を離れて居る間に『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は二人の元へとやってくる。
「温泉、温かくて気持ちいい。風景も……空も、綺麗だね」
「はい。綺麗ですね」
「紅葉がひらひら……猫さんならじゃれるかな。みゃー」
手を伸ばし落ちてくる紅葉を一枚受け取る祝音。真剣な表情で暁月と廻に顔を向ける。
「……深道明煌は、廻さんや暁月さんからみてどんな人?」
祝音は明煌の事を警戒していた。何故なら、会う度に廻が弱っているからだ。原因は泥の器が廻の中にあるからなのだろう。けれど、他の要因だって十分に考えられる。
「僕から見たら……すごく不器用な人ですね。言葉とか足らないこと多いし。でも優しい所もあります。それに明煌さんは僕と対等でいてくれる気がするから」
「対等って?」
暁月の問いかけに廻は眉を下げる。
「僕は暁月さんに拾われた恩があるから、暁月さんの言う事は素直に受入れられるんですけど。そもそも暁月さんはすごく優しいし僕に伝わるように説明とかもしてくれるし。でも明煌さんはそうじゃない。説明不足だったり理不尽だったりで……僕もむきになって子供の喧嘩みたいになっちゃう」
温厚な廻が喧嘩するなんて意外だと暁月も祝音も驚く。
「でもね、僕が熱を出したら夜の間とかも看病してくれるし、一緒に食べるためにわざわざお菓子を取っておいて分けてくれるんです。不器用だけど優しい。一緒にゲームとかもしますしね」
「私は昔しか知らないから、今の明煌さんは廻の方が詳しいね」
暁月も廻も明煌の事を信頼している。祝音はそう確信した。信頼は出来なくても少しだけなら信じてみてもいいのかもしれない。廻の泥の器を浄化して燈堂家に帰してくれる、暁月との約束、その一点を。
戻って来た明煌へ祝音は「暁月と廻の事をどう思っているか」と問いかける。
「……甥とその養子だね。可愛い大事な親族だよ」
言葉の裏に複雑な感情があるのだろう。それを祝音や暁月に吐露するのは明煌には出来なかった。
「そうだね、あの……『葛城春泥』には気を付けて」
春泥のせいで廻は泥の器になり、暁月は死ぬかも知れなかったのだから。
冬の寒い時期に湯に浸かりながら酒を飲む。何度も繰り返した『日常』の一コマだ。
「燈堂君のもあるよ。一緒に呑まない?」
眞田は廻の元へ桶を持ってやってくる。その中には日本酒の徳利が入っていた。
「飲みます~!」
湯船の中から上半身を出した廻が、嬉しそうに笑みを零す。
二人で月を見ながら酒を煽れば、楽しい気分を分かち合えるようで。
眞田はふと視界に入った廻の腕を持ち上げる。
「……燈堂君、痩せた? や、こんな細かったかなって」
最近あまり会えてなかったからだろうか、以前よりも筋肉が薄くなっているように思えた。
「ちゃんとご飯食ってる? もう戻したりとかしてないよね?
あんまりにも華奢だから俺お母さんみたいになったじゃん」
「う……ええと、その。穢れの影響で戻す事が多くなって。最近は呪物から貰う花蜜を飲んで栄養を補っているんです。だから、細くなっちゃって。で、でも浄化終わったら元に戻るから心配無いという話しなので」
体調的なものは日に日に『悪く』なっているように見える。
されど、浄化を行わなければ穢れが溜り、高熱と嘔吐で苦しい思いをするのだという。
隠すように『大丈夫だ』と言わないということは、廻自身が『大丈夫ではない』と自覚しているからなのだろう。何だか胸騒ぎがする。
眞田にはそれが『最悪の結果』を遅らせているようにしか見えなかった。
「そうだ、背中洗ってあげようか。単に俺が洗いたいだけとも言うけど。なーんか燈堂君って世話焼きたくなるんだよね。意外としっかりしてたりするんだけど、でも危なっかしい所があるじゃん」
「そ、そうなんですかねぇ……ご心配をお掛けしてすみません」
会わないうちに何か変わった所が無いか眞田は無意識にさがしてしまう。他にも何か『言えずにいる』ことがあるのではないか。
泥の器であろうとも。眞田にとっては変わりようの無い唯一無二の友達で。
「廻君は廻君なんだけどな……」
「眞田さん?」
振り向いた廻の背中に、眞田はそっとお湯を流した。
『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)は廻の奥にいる明煌を警戒しながら廻の隣へ座る。まだ明煌の事を信用した訳では無いのだ。濡れるのは嫌だけれど、廻と月見酒の機会など逃す手は無いと耳と尻尾を消して複雑そうな顔で桶の日本酒を揺らす。傷のある左手には廻から貰ったベルトを御守り代わりに巻いていた。
「お酌してあげるねぇ。まぁ、廻くんは体調次第では程々でストップだけどねぇ」
廻と一緒に飲むのは夏以来なのだ、積もる話もあるだろう。何よりも廻の音を聞くだけで心地よかった。
こんなにも痩せてしまって月よりも紅葉よりも目が離せない。
「ちゃんと食べてる?」
「ええと、あんまり……食べると戻しちゃって。で、でもコウゲツさんの花蜜は栄養価が高くて、それは飲めるので何とか大丈夫ですよ。心配かけてごめんなさい」
ふにふにと頬を摘まむラズワルドに眉を下げる廻。泥の器の影響なのか高熱と嘔吐は日常的に起るのだと廻はラズワルドに語る。
「……あと、この間はワインも仕込んでー……そうだ、繰切サマの梅酒。あれからどう味が変わったか試してみたくなぁい? きっと美味しくなってると思うよ~?
「わあ! 飲みたいです! 持って来てるんですか?」
「もちろん……ほらここに」
桶の中の壺に入った酒を持ち上げるラズワルド。廻の御猪口に注いだあとは暁月と明煌にも渡す。
「あー……暁月さんと飲むのはハジメテだっけー? はい、かんばぁい」
「はい、乾杯」
今日は暁月よりも気になる相手が居るから邪険にするのはやめておいて。
ラズワルドは明煌へと視線を向けた。
「明煌さん、でイイのかなぁ? 廻くんがお世話になってまぁす」
「うん、よろしくね」
「……ふぅん。見た目より全然似てないんだねぇ」
何処か見透かすようなラズワルドの視線から逃げるように明煌は顔を背ける。
「廻くんって煌浄殿ではどんな風にすごしてるのかな? 浄化しないとどうなるの?」
話す内に酔いが回ってきたラズワルドは廻に撓垂れ掛かった。
「浄化しないと熱出して吐いて苦しむんだよね。可哀想じゃない。大切な預り物だし。浄化が止まらなければ比較的穏やかに過ごせるからさ。まあ、身体弱いから熱はすぐ出すけど」
梅酒を飲みながら明煌はラズワルドの問いに答える。呪物回収で数日不在にしたときに、穢れが溢れて大変だったと明煌は語った。
浄化は行わなければならないのだろう。されど、ラズワルドは何か嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
「明煌殿は以前空の件で深道に伺って以来かな」
温かな湯船に浸かったヴェルグリーズは明煌と暁月を交互に見つめ笑みを零す。
「その時も思ったけれど二人は本当によく似ているね、やはり血かな?」
「そうだねぇ。私の父も祖父も似てるから血だろうね。まあ、本当に昔は兄弟みたいに扱われていたよ。学校に行っても弟って思われてたり。いつも一緒だったしねぇ」
苗字が同じで名前も似ているなら兄弟と思う方が自然である。
「仲が良かったんだ」
ヴェルグリーズの問いかけにこくりと頷いた暁月。
「暁月殿が燈堂にいってからはあまり連絡は取っていなかったのかい?」
「そうなんだ。私も燈堂に来て忙しくしていたから。でも、一回お正月に会ったよね」
「……うん」
お正月の話しを振られ、一瞬明煌が動揺したのをヴェルグリーズは見逃さなかった。
「その時は、明煌さんはもう私より随分大きくなってて。身長も手の大きさも大人みたいでさ。こう、手を比べたらさ第一関節にも届かなかったんだよね。あれはショックだったな。明煌さんが知らない間に大人になってる! ってね。声も低くなってたし。私はまだ今の廻ぐらいしか身長なかったから」
子供の頃の三歳の差は大きい。
「暁月殿とはたまに酒を酌み交わしているんだ。よければ廻殿が回復したら廻殿も入れて4人で乾杯でもしたいものだね」
「いいね。明煌さんも廻も一緒に飲もう。すごく楽しみだな」
笑みを零す暁月の向こう側で明煌が少し寂しげな表情を浮かべる。
「そういえば……廻殿の状況は今どうなんだい? 解呪の状況はどの程度のものなのかな。少し痩せたようにも見受けられるし……心配だよ」
「浄化は進んでる。ただ、最近は廻の体調をみてゆっくりになってる。だから、帰るのも遅れてる」
穢れの影響で高熱と嘔吐が度々出るのだ。普通の食事は出来ず、呪物の花蜜で栄養を補っている。
「僕がもうちょっと丈夫だったら」
「大丈夫だよ、廻。ゆっくり治していこう。葛城先生も浄化を続ければ泥の器が無くなると言っていたんだろう? 今はそれを信じるしかない。ちょっと何を考えてるのか分からない人だけど……明煌さんは先生の考えは分かるのかな。私より長く接してるだろう?」
「いや、そんな分からない」
葛城春泥は、明煌の母(深道佐智子)の養母にあたる人物だ。つまり明煌の祖母なのだが、彼女の考えていることの全容を把握するのは些か難しい。
「そういえば……暁月殿とは期せずして待つ者同士になってしまったね。待つしかできない状況というのは本当にもどかしいし辛いものだ。また空を連れて燈堂へ遊びに行ってもかまわないかな」
「もちろんだよ。いつでも遊びにおいで」
「ありがとう。空も燈堂へ行くと知り合いがたくさんいて楽しそうな顔をするからね。少しでも寂しさを感じないようにしてあげたいんだ」
遠くの方で空と灰斗の「ワニだ!!!!」というはしゃぐ声が聞こえた。
「わ~広いお風呂だねえ、大きい水場に入れるの、久しぶりだよお」
「ワニ!!」
「おっきい!」
灰斗と空に囲まれたギュスターブくんは二人を背中に乗せて湯船を泳ぐ。
「前あんまり見えないからぶつからないように舵とりしてね」
「任せて! あ、前方に廻発見!」「発見!」
廻の元へとやってきたギュスターブくんは「小さいおにいさんは飲酒運転になるからだめだよお~」と鼻先をくっつけた。
「なんかおにいさんは見た目より滅茶苦茶軽いから乗ってるだけ、とかなら疲れないから乗せてあげるけどねえ。大丈夫かな?」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」
灰斗と空と廻を乗せたギュスターブくんは広い湯船の中を泳ぎ回る。
「あっちで茹で上がってるおじさんもあんまり食べてなかったけど、おにいさんも小食だよね。無理して食べろとは言わないけど、空腹にお酒は体に悪いからやめときなよ~」
「はぁい……」
「ぼくはお風呂上りにラムネ? っていうの、買うんだあ。なんでも瓶にはいってて、しゅわしゅわするって聞いたから楽しみだよ」
ラムネは開け方にコツがあると灰斗が手でジェスシャーをする。炭酸だから振ったらあぶないと空が付け加えるのに、ギュスターブくんは何だか難しい飲み物なのだと応えた。
ギュスターブくんは風呂上がりにラムネを手にする。
灰斗達が言っていたのは『こう振る』だっただろうか。背中に乗っている彼らがどんな動きをしていたのかは余り見えていなかった。
「あっ……落しちゃった」
拾い上げたラムネと暫く格闘していたギュスターブくんは、売店へとやってきた暁月に視線を上げる。
「こんばんは、さわやかなほうのお兄さん。これお風呂上がりに買ったんだ、ラムネ。開け方分からなかったからお兄さんにあげるね。昔からこの辺で売ってたものなら、お兄さんの方が詳しいよね」
「おや? あけてあげようか?」
暁月の申し出にギュスターブくんは首を横に振った。
「ううん。ビー玉取れたら、目付き悪い方のおじさんに自慢してみなよ。売店でじーっと見てたから、たぶん欲しかったんだと思うよ」
「そっか……じゃあ、明煌さんと廻の分買って一緒に飲もうかな。こっちは有り難く頂戴するね」
手を振って明煌達の部屋へ向かう暁月を見送るギュスターブくん。
落して振ったラムネは見事に噴き出して、暁月の浴衣をビタビタにしたらしい。
「お部屋の中に温泉があるって素敵ねえ」
メリーノは徳利三本を手に露天風呂付きの個室へと戻ってくる。
「お外が冷たくて温泉は温かくて幸せ。お酒も美味しくて幸せ」
幸せそうにメリーノが酒を飲むから、レイチェルも釣られて御猪口を煽った。
一緒の味を知りたかったのもある。けれど、頬を赤くしたレイチェルは御猪口一つで泥酔してしまう。
「ああやっぱりダメだった、すっかり酔っぱらいちゃんねぇ。まあいいわあ! 髪の毛やってあげる!」
「ん~、気持ちいい」
他人に髪の毛を洗われるのは心地よいものだ。それが気心の知れた相手なら尚更。
喉が渇いたとレイチェルは酔った頭でぼんやりと思った。
この乾きは本能だ。浅ましい獣としての本能。心地よい酔いはレイチェルの理性をぐずぐずに溶かす。
大切なメリーノの、白くて柔らかな首筋へ鋭い牙を突き立てた。
口の中に広がるメリーノの甘美な赤色、とろりとした甘さを本能が求めている。
自分の首筋に牙を突き立てたレイチェルの髪を撫でて、メリーノはその指先を彼女の頬に添えた。
「これはわたしも噛んでいいってこと?」
レイチェルの唇を指先で撫でて、メリーノは口を開ける。
酒で柔らかくなったレイチェル舌を追いかけて、絡みつく血の赤色の中で己も歯を突き立てた。
お互いの血と血が混ざって溶け合い、唇の端からワインみたいな赤色が頬に伝う。
メリーノが身体を離せば、唇の端が切れているのに気がついた。
噛みついた表紙にレイチェルの牙が触れたのだろう。舌先で舐め取れば口の中に鉄の味が広がる。
視線をあげれば視点の定まらないレイチェルが見えた。
とん、と肩をおすと、重力に従ってそのまま後に倒れる。
メリーノは指先でレイチェルの唇に触れた。赤く染まった血を掬い上げ唇に伸ばす。
もう片方の手で相手の目元を覆った。掌に睫の先の触れる感触で瞳が閉じられたのがわかった。
「Fais de beaux reves」
耳元で囁けば、穏やかな寝息が聞こえてくる。
血の契りは飢えと引き換えに、白い首筋から流れる甘美なる美酒に復讐鬼は酔いしれたのだ。
●
石畳の上をゆっくりと歩く『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は、再現性京都の町並みを眺める。
「……確かに、雰囲気はとても京都という感じがする」
学生の頃に修学旅行で来た事があるけれど、本当に重要な文化財以外は多くが近代的な建物に変わっていたから……そういった意味でもこの再現性京都は『とても似て』いた。懐かしさに目を細めた舞花は隣の龍成へと視線を上げる。
「龍成君は、『京都』に来た事はありますか?」
「ああ、小学校の時の『修学旅行』であるぜ」
やはり此方でも修学旅行があるのだろう。自分と同じだと舞花は微笑み、後から着いてくる明煌と暁月へ振り向いた。
「この辺りは、お二人共揃って来た事もあったりするのですか?」
「あるよー、私は9歳ぐらいまで京都にいたから。ねえ、明煌さんも一緒に来たよね、ここ」
「……うん」
思ったよりも素直に答える明煌を見つめ、舞花は彼に『害意』が無さそうだと安心する。むしろ、暁月との距離を測りかねているような表情が覗えた。疎遠になった切欠はあれど決定的な仲違いをしたわけではないのかもしれない。けれど、迷って悩んでいるのが見える。明煌は形容し難い複雑な性格をしているのだろう。
「よっしゃ間に合った!!」
通りの向こうから『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が手を振って近づいて来る。
「……あれ?」
目を瞬かせる廻に確認すると、皆が旅館に泊まったのは昨日であり、呪物回収も終わっていた。
「会長何しに来たんだろ。まぁいっか。久しぶりに廻くんに会えたしね。ほんと久しぶりだな。結婚式出席出来なかったからなぁ」
煌浄殿に預けられる時だから夏以来ということだろう。
「会長も温泉入りに……じゃないや呪物回収に行く予定だったんだけど間に合わなかったや。なんか最近忙しくてさ」
「僕も呪物回収お留守番だったんですよね」
「あ、廻くんも呪物回収行ってないんだ。じゃあ会長とおそろだ。やったね」
お菓子を選ぶ廻の横へ並んだ茄子子は「京都の和菓子は美味しい」と小袋を手に取る。
「会長練り切りと緑茶のセット好きなんだよね。甘いのと苦いのがあれでいいよね」
隣を見れば一人では食べきれない量のお菓子を抱えた廻がいた。
「廻くんそんなに買ってどうするの? 会長半分持つよ? いいのいいの。会長1人分しか買って無いしさ。会長もなかなかか弱い自信あるけど、廻くん会長より細く見えるよ。ちゃんとご飯食べてる?」
実際の所、廻は殆ど食べられていない。目に見えて痩せているのが分かる。
呪物(コウゲツ)が生成する栄養価の高い『花蜜』を飲んで補っているようだ。
「……でさ。どうなの。泥の器。なんかこう、すごいやばいみたいなこと聞いたんだけどさ」
茄子子の言葉に困ったように頷く廻。
「会長もすごいやばい無茶してかみさま(若宮 蕃茄)を降ろしたことあるからさ。その辛さがちょっとだけ分かるんだよ」
「え、大丈夫なんですか?」
「うんうん、もう大丈夫! 辛いこととか、困ったことがあったら言ってよね。会長いつでも首突っ込んだり手出したりするからさ。ね」
茄子子の優しさに廻は眉を下げて微笑む。
「……ちょっとは弱音吐けよ。“私”はキミを仲のいい友達だと思ってるんだぜ?」
「ありがとうございます、茄子子さん。こうして買い物してるだけでも楽しいですよ」
折角の友達なのだ、辛い事は分かち合いたい。それが友達だと聞いたから、茄子子の為にも廻は弱音を吐き出すべきなのだと肩を突いた。己には言えない事が沢山あるというのに、廻にはそれを強要するのはエゴイストだと自覚する。近づけば対比するように己のエゴを実感してしまう。廻は『いい子』だから。
それでも、廻の……友達の力になりたいと思ってしまうのだ。
●
呪物回収もとい温泉宿の旅を終えて数日、メイメイは『小鈴』を抱え煌浄殿へと足を踏み入れた。
他にもイレギュラーズが訪れていると案内役の周藤日向が教えてくれる。
メイメイは二ノ社の前に居た明煌を見つけ歩み寄った。
「温泉宿では、お世話になりまし、た」
「やあ、メイメイちゃん……小鈴を預けにきたのかい?」
明煌の問いかけにメイメイはこくりと頷く。
「ここにはたくさんの、呪物がいらっしゃるのです、よね。だから、この子が、寂しくないように」
「うん、じゃあ預かるよ。他の呪物達にも案内するように言っとくから、会いに来てあげてね」
再会の約束をしてメイメイは明煌へ小鈴を渡した。
メイメイは明煌を注視する。本当は優しい人なのだろうか。初めの印象は底知れない怖さがあったというのに呪物に対する柔らかな表情を見ると分からなくなってくるのだ。
沢山話せば彼の事を知れるだろうか。どんな人なのかを知ろうと一歩踏み出す。臆病なメイメイにとってそれは勇気がいることだ。けれど、その勇気はきっと胸の中にあるから。友達になりたいと願うのだ。
メイメイと小鈴、それと日向に案内されてきたリュコスへお菓子を渡す明煌。
「お菓子もらったわーい」
「あんまり離れるなよ。迷子になると面倒だからな」
「はい! 明煌おじさんとぼくの目、おそろいだね! めかくし」
左右反対ではあるが、リュコスも明煌も片目を隠している。屈託のない子供の笑顔を向けるリュコスの頭を撫でて「そうだね」と明煌は目を細めた。
「じゃあ、この子のことおねがいします! またようすをみにくるから……ね」
リュコスの手から明煌へと渡った呪物はお菓子を頬張りながら手を振る。
「この前、セイヤに会った時……『一緒に遊ぼう』って言われた。……凄く心配、だけど」
約束を叶えるのは大事なことだとチックはセイヤの呪物殿を訪れる。
「お邪魔します……セイヤ。チック、だよ。遊びに来た……けど」
「おお、チックじゃん。ちょうど良かった。廻で遊んでたんだ」
長い髪を揺らし出迎えたセイヤにクッキーを差し出すチック。
中に誘われ、足を踏み入れるとそこは『セイヤの部屋』だ。畳の上にラグが敷かれ、可愛いぬいぐるみや玩具が転がっている。その真ん中に廻が猫耳と可愛い衣装を着せられ座っていた。
「ミィ、ミィッ!」
「あはは、恥ずかしいの? 大丈夫だよ。いつも遊んでるじゃん」
大きなクマのぬいぐるみの影に隠れた廻はチックにこの姿を見られるのを恥ずかしがった。
「はーい、お客さん来てるから挨拶しましょうねえ」
クマのぬいぐるみから廻を引き剥がしたセイヤは軽々と抱えチックの前に降ろす。
「ミ、ミィ……」
顔を真っ赤にした廻はチックにぺこりとお辞儀をした。この部屋では廻はセイヤに逆らえない。
「遊ぶ、する時は。怪我とか痛いの、駄目……だからね、セイヤ。
お互いに楽しい……思える事、大事。片方が困る、悲しいしたら……何か、違うと思う」
「えっ、廻困ってたの? そうなんか……顔真っ赤にして嬉しそうにミィミィ鳴くから楽しんでるのかと思ってた。えー、じゃあどうする? チックと何して遊ぶ?」
「……例えば、んと。かくれんぼとか……面白そうかなって。どう……?」
「お、いいね! かくれんぼしようぜ」
屈託の無い笑顔を浮かべるセイヤは、チックの手を引いて呪物殿から飛び出した。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は日向に案内されて呪物殿をいくつか回る。
彼は曰く付きのものや呪われたもの、何かが宿ったものが好きなのだ。
そんな品を多く取り扱って傍に置いていたから、親しみを覚えるのだと日向に語る。
「なるほど。実に居心地が良さそうだ。此処のコ達は丁寧に、大切にされてるんだねぇ……」
多くの呪物達に慕われる煌浄殿の主に武器商人は興味を持った。
「コンニチハ、深道の旦那。……煌浄殿の主」
武器商人は長い前髪の隙間から明煌を見遣る。左目は執着の強そうな赤い色だ。
「いいね、赤は好き。この世で最も優しい色。人間は赤に生かされている」
「こんにちは……」
明煌は武器商人が『人』なのか『人ならざる者』なのかよく分からなかった。おそらく、人の枠に収まるものではあるが、輪郭が曖昧で不確かだ。
「此処のコ達は、好き?」
「そうだね。長く一緒に居るから……」
案外素直に答えるのは武器商人が『人ならざる者』に近しいと感じ取ったからだろう。
「呪物達が慕うのもなんとなくわかるね。可愛いくて好ましい。甘いお菓子はお好き?」
「うん」
明煌の隣で穏やかに微笑むのはナガレだ。
「今日はとても賑やかですね。初めまして、銀の髪の魔性の強いお方。私はナガレです。貴方はヒトなのですかね? 呪物にも見えるような?」
「ははあ、なるほど。可愛いね。煙管はたまーにウチの煙管(コ)たちに『請われて』嗜むけれど。このコもやっぱりそういう欲求あるのかな」
煙管に生まれたからには大切に使って貰うことは嬉しいだろう。
「その子たちもお喋りなんですか?」
「ああ、いや。別に喋らないよ、ウチの煙管(コ)たちは。視えるだけ」
呪物といえどその姿形、在り方は様々なのだろう。それは人間も同じことだ。
「此処は好き?」
「はい。とても楽しいです」
「そう、深道の旦那が大好きなんだねぇ」
武器商人は柔らかな笑みでナガレの髪を撫でた。
「ここで明煌さんと廻さんは過ごしているんですよね」
チェレンチィは煌浄殿の敷地を見渡し、迷いそうだと頬を掻く。
「おや、あそこに誰か……長い青髪の方」
この煌浄殿に居るということは呪物なのだろうか。チェレンチィはおそるおそる近づく。
「こんにちは、お客さん。私はこの煌浄殿の枷……ヤツカです」
「チェレンチィです、よろしくお願いします」
ヤツカは自分がこの煌浄殿の呪物を封じる存在なのだと紡いだ。
興味深そうに話しを聞いていたチェレンチィの頬をそっと撫でるヤツカ。
「貴方が煌浄殿に来たので、少し出て来ました」
「え? どういうことですか?」
囚われる事は理不尽であるが、自己を守る甘美なものでもあるのだとヤツカは語る。
「貴方は囚われていたことがあるでしょう? 私は貴方を優しく包み込むことができる。どうですか?」
「……確かにありますが、決して甘美ではありませんし再び囚われたいなんて有り得ません!」
チェレンチィの脳裏に『奴』の顔が浮かぶ。子供を攫ってきては呪いで自由を奪い、チェレンチィも閉じ込められた。言葉にするのも嫌なほどの苦しみがチェレンチィを覆う。
「……あんな思い二度としたくありません……!」
ちりちりと痛む首の呪痕へ手を当てるチェレンチィ。その背をやんわりとヤツカの手が支えた。
前回は巳道相手に一生懸命戦っていたから煌浄殿について知識を得る事はできなかったと昼顔は辺りの風景を見ながら考える。
「……また此処で何か起きる気がするし。道案内、宜しくね日向氏?」
「まかせて!」
上機嫌な日向に微笑む昼顔はこの場所が呪物を収めておくところなのだと意識を巡らせる。
「呪物って単語を聞くと恐ろしい印象を受けるけど、此処に居るのはそんなモノばかりじゃないよね。寧ろ、良いモノばかりというか……」
「表に出てくる子たちは友好的だからね。危ない奴は出てこられないようになってる」
「そうなんだ……」
ふと、視線を上げれば長い黒髪の少女が目の前に現れる。
「あ、ヒジリ!」
「日向、其方のかたは?」
鈴のような声が響くのかと思って居たら、低めの声が昼顔の耳に届いた。どうやら少女ではなく美しい美少年であるらしい。赤い瞳が昼顔を射貫く。
「初めまして……えっと男で良いんだよね?」
ヒジリとは初めてあうのにどうしてか気になってしまう。
「君は一体、誰……?」
「僕はこの煌浄殿の呪物だよ。ふふ、君は何だか初めて会った気がしないね」
美しい笑みと共に、ヒジリの指先が昼顔の頬に触れた。
回収した呪物を連れてマリエッタは煌浄殿の地を踏む。
泥の器に関して調べたいと正直に話した所で、おそらく明煌は教えてはくれないだろう。
「お喋りが得意な方では無さそうですし、ともあれ、いける場所を巡って散歩してみましょう」
呪物達の話しを聞くのも悪く無いだろう。
目の前に現れた少女に驚きマリエッタの口から小さな悲鳴が上がる。
「ひゃ! わ、えっと……」
「こんにちは、私はチアキ。貴方のお名前をお伺いしても?」
「マリエッタです。よろしくお願いします」
チアキと名乗った少女の手を取ったマリエッタ。
「もし泥の器に関して、深く知っていること……私の知らないことがあれば教えてほしいのです」
今まで紡がれてきたこの泥の器の浄化、その儀式。誰かが苦しまないといけない手段をどうにかする方法を探りたいのだとマリエッタはチアキに訴えかける。
「……きっと、彼らにとってはとっても悪いことをすることになると思うのですが、手を、貸してくれはしませんか?」
「手を貸す事は構いません。けれど、泥の器は浄化しなければ穢れが溢れてしまうもの。
一度掛けられた呪いは手順を踏まなければ暴発してしまう。
そうですね、廻さんを今すぐ殺せば誰かが苦しむ事は無くなりますが、実行しますか?」
マリエッタの願いは『誰かが苦しまないこと』であった。チアキはその解を一番的確な方法で示した。
呪物は素直で純粋である。それ故に『人』道的な観点を持って居ない場合がある。
マリエッタは呪物に関する認識を改めた。やはり人とは異なる生き物なのだ。
「……いえ、廻さんを殺すのは今はまだ止めておきましょう」
「そうですか……私は鏡の呪物なのですが、覗かれますか? 何か見えるかもしれませんよ」
チアキが手にした鏡に光が反射する。それが何とも不気味で怖気が走る様な気がする。
「ええと、遠慮しておきますね。貴方のその鏡は……なんだか、私も見るのはどうにも、憚られる気がするんです」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は教えられた道を通って煌浄殿の二ノ社までやってくる。
サクラには兄は居るが弟や妹は居ない。だから詩乃の事を妹のように可愛がっているのだ。
「詩乃~! 会いたかったよぉ~! 元気だった?」
「うん……」
詩乃を見つけるやいなや、サクラは少女を抱き上げ頬ずりをする。
「修行は大丈夫? いじわるな明煌おじさんにいじめられてない?」
「おい」
「もしいじめられたら言ってね! おじさんの右目に新しい眼球をねじ込んであげるからね!」
サクラの言葉にくすくすと笑う詩乃。その後には明煌が眉を寄せて佇んでいた。
明煌を見ても詩乃が怯えて嫌がっている様子は無い。思ったよりも悪くされていないようだ。引っ込み思案な詩乃の性格では図体の大きな明煌を怖がるのは本能的なものなのかもしれない。きちんと面倒は見てくれているのだろう。
「今度来る時はおじさんにもお菓子ぐらいは持ってきてあげようかな」
「おじさん……」
この所、煌浄殿意外の人と接する機会が多くなり『おじさん』と呼ばれる事が増えた明煌。
何だか小さな棘が胸に刺さるようだと悲しくなる。
そんな明煌を他所に、サクラは詩乃と仲良くしてくれているミアンに挨拶をする。
「いつも詩乃と仲良くしてくれてありがとうね! お菓子食べる?」
「ん……」
普段は和菓子ばかり出て来そうな煌浄殿だから、洋菓子を持ってきたと箱を差し出すサクラ。
「ケーキとかタルトとか。たくさん食べてね!」
「ありがとう、サクラ」
小さな口で微笑んだミアンは嬉しそうにお土産の箱を掲げる。
「折角なので詩乃の普段の修行してるところを見せて貰おうかな」
「は、はい……っ」
緊張ぎみに応える詩乃。サクラは契約上詩乃の主である。本人自身は姉や家族としての認識だが、普段離れてくらしている詩乃は『修行の成果』を見せるのは緊張する。
「ちゃんと力の使い方を知らないと、いざって時に困るかも知れないからね」
こくこくと頷いた詩乃は腕に這わせた白蛇を刀に変えた。
それを振り上げ、上段から振り下ろす。
サクラから見ればまだまだであるが、この幼さでこれだけ振ることができれば普通の大人ぐらいであれば怯ませることができるだろう。その間に逃げる事もできる。
「明煌さんにも詩乃の力の使い方を教えて貰いたいな。呪物と全く同じではないだろうけど、近しいところはあるだろうし……というわけでばっちり教えてね! 折角だから明煌さんと模擬戦をしてもいいよ!」
「え……」
「いま、すごく面倒くさそうな顔したでしょ。だめだよ、詩乃も見てるんだから。
私はラド・バウA級闘士までいったんだから! 結構強いよ!」
仕方が無いと明煌は血刀を着物の裾から出して構える。
「私には超カッコよくて超強いセンセーがいるから明煌さんはお師匠様かな?」
その代わり刀の扱いは暁月さんにも負けないと思うとサクラはにんまりと笑みを浮かべた。
「暁月の方が強くて格好いいし……」
ぼそりと呟いた明煌へ、何か言ったかと顔を覗き込むサクラ。
「そういえば暁月さんと遊びたいけど自分じゃ誘えないとか、恋する乙女みたいな事言ってるらしいね」
「は? そんなんちゃうし」
不機嫌そうに視線を逸らした明煌の横顔を、サクラはまじまじと見つめる。
「これからも暁月さんと遊びたくなったらセッティングしようか?」
「いや、もう……そういうのいいから」
「でも明煌さんごちゃごちゃめんどくさい事言いそうだからいきなり呼んだ方が良いね!」
「サクラ! おまえほんま……」
人の柔らかい部分へ押し入ってくる性格は苦手だと、明煌は血刀を振り抜いた。
「なんという事だ。俺とこんなに音楽性が合う呪物がいるなんて……!」
弾正は案内された二ノ社の社務所でルカの歌に聞き入る。
「ルカ殿の歌は、音の精霊種である俺にもとても心地いい。よかったら、一曲聞いてレコードを出力してくれないだろうか。自分の声は普段からいつでも聞けるものだが、機械を通した自分の声は、全然別物に聞こえたりする時もあるからな」
「いいよお! お安いご用だよ!」
楽しげにルカと弾正が話している部屋の隅で、アーマデルがジトっとした目で二人を見つめる。
(弾正、距離が近いぞ、そいつと)
(距離が近い)
(距離が! 近い!)
視線に籠った強い念にルカが肩を振るわせた。
「どうしたんだアーマデル、そんな遠い場所にいないで一緒に話そう」
「……べつに。寂しくなんかないぞ」
頬を膨らませるアーマデルをひょいと持ち上げて弾正は己の隣に座らせる。
「ルカ殿はとても情報通で、面白いネタを持っているぞ。海晴殿も、どうぞ此方へ」
「海晴殿は演歌が上手そうな雰囲気を纏っている……もしかしたら若い者に流行りのポップスとか得意かもしれないが」
言葉と音、振り付けの組み合わせで行われる儀式という意味では、恐らく神事にも通じる部分があるのだろうとアーマデルは考える。
「俺の武器、蛇鞭剣は神事に用いられる神具で、『震わせて音を出す』楽器であり、声帯でもある。安寧と平穏を祈る曲は弦楽器と笛と小太鼓で奏で、破魔は擦弦楽器と銅鑼、蛇の噴気音を模した呼気を以て奏でる。それが故郷の神楽だ」
「へえ、アーマデルが語る神事と音楽の関係、とても興味深いな。いつかアーマデルの故郷の歌もマスターしてみたい。どんな歌か教えてくれないか?」
折角だから皆で歌おうと弾正が立ち上がる。
「歌は心だ。メロディーに添わせるもよし、好きなように歌うもよしだ」
アーマデルは海晴へと顔を向けた。
「海晴殿、折角だから一曲いってみないか。本気でなくてもいい、それはいざという時の為に伏せておいてくれて構わない。むしろ普通の歌で大丈夫だぞ、神楽の類はきっと、ここの平穏を揺らしてしまうだろう?」
アーマデルが望むのは弾正が戦う時に高らかに歌う、魂を震わせる歌。
弾正のように誰かの心を震わせる、そんな歌い方は出来ないけれど。
「……俺には、今でも、ヒトの気持ちというものは……よくわからないんだ」
「自分の心が分からないなら、感覚で歌えばいい」
アーマデルの呟きに弾正が肩を抱く。
「そこから案外、自分の気持ちに気づけるかもしれないぞ?」
にっかりと笑った顔がすぐ間近にあって、アーマデルは勇気づけられる。
誰かと一緒に歌うなんて、亡き親友の順慶とユニットを組んで以来だと弾正は目を細める。
「こんな風に誰かと楽しく歌えるようになったのは……アーマデル、君のおかげだ。君が心に気づけるまで、俺は諦めず一緒に手伝い続けよう」
弾正はアーマデルの手を取り、高らかに歌声を響かせた。
「……ここが明煌様のおうち? 今、廻様のいるところ?」
ニルは煌浄殿の敷地の中をぐるりと見渡す。燈堂家よりも広い煌浄殿は幾つもの呪物殿と、二ノ社、その奥の神域にある本殿で構成される。
「お、何かいる!」
「お菓子もってる?」
白い大きな犬が二匹ニルを取り囲んだ。狛犬のシジュウだ。
人の姿の時は多腕の大男だが、犬の時は白くて大きな二匹の犬となる。
「もふっもふっ」
「わふっわふっ」
「あはは、くすぐったいです」
廻にするようにニルの匂いを確かめるため身体をくんくんするシジュウ。
「雨水様たちも。ここのみなさまも、ニルはいいひとたちだなって思うのです」
シジュウの背に乗ってニルは煌浄殿の中を散歩する。
「みなさま明煌様が好きなのですね」
「好きだぞ! ここにいるみんな明煌のこと好き!」
「廻を泣かせたり怪我させたら怒るけど、お菓子くれるから優しいぞ!」
怪我をさせたという言葉に心配そうな表情を浮かべるニル。
「大丈夫! 怪我しても明煌がすく治すから。でも『けがれ』の熱とかは治せないって言ってた」
「廻いつも苦しそう~、だから元気な時にいっぱい遊ぶんだ! でもすぐ壊れるから注意しないといけないけど。この前もお菓子探してたら関節がボクって外れた。廻超泣いた。俺めちゃ怒られた」
力加減が難しいと真面目な声で語るシジュウ。悪気は全く無いのが逆に怖いとニルはハラハラする。
「明煌様はいい人なのですね」
「めちゃ好き!」
子供のようにはしゃぐシジュウにニルも安心した。
「……みんなでいっしょにいて、みんながみんなのことを好きなら。家族みたいな、ぽかぽかな場所。廻様がさみしくなんかならなさそうな場所ですね。早く元気になって帰ってきてほしいけど、ニルはとってもとってもほっとしました!」
「おー! やったぜ! ニルが嬉しいと俺も嬉しい!」
「ぐるぐるするー!」
その場でぐるぐると駆け出したシジュウは楽しそうな声で笑う。
皆が笑って楽しそうなのは、ご飯じゃなくても『おいしい』のだ。
明煌も暁月も廻もみんな笑顔で居られますように、ニルはそう強く祈った。
「日向さんも久しぶり……!」
「祝音さんいらっしゃい!」
愛らしい少年たちの声の傍で八千代が前足を揃えて大人しく待って居る。
「じゃあ、お散歩の案内はボクに任せて」
日向の代わりに八千代が案内してくれるらしい。普段の待ち合わせは一の鳥居の前だから中での散歩は初めてなのだ。少し緊張している祝音を安心させるため八千代は足に尻尾を巻き付ける。
「大丈夫、心配いらないよ」
「ありがとう、八千代さん……ねえ入っちゃいけない所や、煌浄殿での暮らしとかを、八千代さんが話せる範囲で聞きたいな。外の事も……僕が知ってる事を、話すよ」
「そうだねぇ……神域、明煌が住んでる本殿には勝手に入っちゃだめだよ。狭間に落ちて迷子になるから」
特に呪物でも血縁でもない『外』の者たちを拒むようになっているらしい。
「八千代さん……廻さんは、今は呪物として預けられてるけど、いずれ浄化を終え、燈堂家に帰る事になる。深道明煌も約束してると思う」
祝音の言葉にこくりと頷く八千代。
「だから……もし、明煌が約束を守ろうとしてるのに。他の何かに侵食・阻害されそうになったなら。明煌の事を……できれば廻さんも、守ってあげてほしい。それに……八千代さん自身も生き延びてね」
「分かったよ。できる限りのことはするよ。ボクも明煌に苦しんで欲しくない。廻もね」
祝音は不安に揺れる心を抑えるように廻と八千代の無事を願った。
敵情視察。ラズワルドは煌浄殿、二ノ社までの道を日向に案内されながら辺りを警戒していた。
日向を巻くにはどうしたらいいか……もしこの煌浄殿で何かあって駆けつけなければならないとき、地理と危険性は把握しておきたい。だからラズワルドは自ら案内役の日向の元から行方を眩ませた。
知らない場所を一人で歩くのは勇気が要る。匂いや音を頼りに煌浄殿の中を歩く。
「狭間に迷い込むってどんなだろーねぇ」
二ノ社の奥、本殿のある神域へ無理に立ち入ろうとすれば狭間へ迷い込む。
投げた石の波紋が大きくなって空間が歪んだ。
その歪みは迷い子であるラズワルドを一瞬で飲み込み――後には何も残らなかった。
神域を分ける三の鳥居の前で中を覗き込むのはアーリアだ。
案内してくれた日向はこの鳥居をくぐれない。それはアーリアとて同じ。
無理に入ろうとすると狭間へと落されるのだ。
「あれ、アーリアだ。どうしたの? 明煌呼んでこようか?」
「シンシャくん、丁度良かったわ。お願い出来るかしら、お話したいと思ってたのよ」
了解と勢い良く戻っていったシンシャに連れられて、明煌がしかめっ面でやってくる。
「ふふ、来ちゃった」
「…………」
長い熟考のあと、溜息を吐いた明煌はアーリアに手を差し出す。
「繋いでないと狭間に行くから」
「お邪魔します」
手を繋いで三の鳥居を潜ったアーリアは神域の中にある本殿へ視線を上げた。
燈堂の本邸よりも大きな建物は、明煌一人で住むには大きいように思える。
「あ、アーリアさん? いらっしゃい! お茶とお菓子用意しますね」
出迎えた廻が嬉しそうに台所へ消えて行った。その後を青年二人が追いかける。彼らは廻の世話をするために葛城春泥が用意した『人間』ということらしい。名前は真と実。その名の組み合わせは因果の呪いを感じさせるとアーリアは思った。
「……それで、用事は何?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よぉ、此処で何があろうと何も口外はしないわ! ええ、何も」
明煌の目がアーリアを見据える。警戒と疑念を孕んだ瞳。けれど、不思議と殺意や敵意は感じない。
暁月の大切な人というカードは明煌にとって強い拘束力があるのだ。
「教えてあげようと思って、暁月さんの好きなもの」
「えっ」
一瞬、子供のような純粋な眼差しと、そのあとで訪れる警戒心にアーリアはくすりと微笑んだ。
「煌浄殿……。やはりどんな所でどんな呪物さん達が居るのか、自分の目で判断するべきですよね」
明煌の人となりを知る為には、身近な存在で在る煌浄殿の呪物達に聞くのが一番だとジュリエットは判断したのだ。日向の案内と共に呪物殿をいくつか回る。
「でも、どなたに聞けば詳しくお聞きできるのでしょう?」
「多分セイヤとかコウゲツとかルカとかかなぁ? シジュウに聞いてもあんまり分からないかも」
手作りのクッキーを分ければ話しが聞けるだろうかと持って来たジュリエットだが。
「何か美味しそうな匂いがする!!!!」
「ええー! いいな! ボクも!」
「食べるーーー!」
「こらー! 駄目だよ、返しなさいー!」
一瞬にしてシジュウ達に手の中のクッキーを奪われ、それを追いかけた日向も何処かへ行ってしまった。
「あらら……全部持っていかれてしまいました……うーん。お話しが難しいです」
呆気に取られたジュリエットの鼻先に花の香りが届く。
「あら? どこからかお花の甘い香り……金木犀ですね。植えてらっしゃるのかし……ら」
大きな金木犀の木に近づいたジュリエットはいつの間にか目の前に居たコウゲツに目を見開く。
「……ギルっ」
驚き慌てて口元を覆ったジュリエットはコウゲツから一歩後ずさり、ぺこりとお辞儀をした。
「……初めまして、ジュリエットと申します」
「こんにちは、私はコウゲツ。明煌のお客様かな? 日向と一緒じゃないと迷子になってしまうよ?
ああ、この匂いは……シジュウ達が悪戯したんだね。仕方ない、二ノ社まで送ってあげよう」
手を差し出したコウゲツにジュリエットは指先を乗せる。きっと迷わぬように手を繋ぐのだろう。
ジュリエットはおずおずとコウゲツに訪ねる。
「あの、少しだけ深道さんの人となりのお話を聞きたいのですが」
「明煌? そうだねぇ……『人と成り』に関していえば、成ってないと思うよ。
つまりそう、人間の基準でいうところの不器用。呪物達と触れあう時間の方が遙かに多いからね。
人よりも呪物に近い。呪物と成ってしまえば楽になれるのにそれをしない。何故だか分かるかい?」
コウゲツの問いかけに首を振るジュリエット。
「あれはね、自分よりも大事な存在がいるんだ。その相手が『人』だから。
自分が望む夢は決して叶わないと知っているのに、その可能性を捨てきれず縋っている。
だから、人を脱しない。明煌が欲すれば『手に入れる事』は容易なんだ、でもそれをしない」
哀れで可愛い主だとコウゲツは優しく笑みを零した。
「やれやれ。僕は比較的人間に友好的なタイプの人外枠なのだが。随分と嫌われたモノだ。まったく酷いと思わないかね? 明煌君」
「お前、どうやって入ってきたんだ?」
明煌にとって愛無は母(深道佐智子)を危険に晒した人物である。その愛無が煌浄殿に入って来たのならば警戒するのも道理。明煌の影から出た赤い縄が愛無を取り巻くように蠢く。
「ま、此処なら『人の目』も比較的少なそうだし。僕とお喋りしないかね?」
「人の話を聞け。どうやって入って来た」
「……普通に日向君に案内してもらったよ?
僕は燈堂家で日向君と一緒に過ごしていたからね。普通に、仲良しさ」
舌打ちをした明煌は「後でお仕置きや」と小さく呟いた。
「まあ、明煌君にその気が無くても聞いて置いて損はないと思うけど。何にせよ僕が気になるのは如何して明煌君が葛城春泥に協力しているかという事だよ」
この煌浄殿の呪物であったとされる『獏馬』の事を切り出せば、多少の会話にはなるだろう。
明煌は獏馬が『燈堂の宿敵』になった原因が葛城春泥であることを知っているのだろうか。
知らなければ、それを話すことで明煌のリスクも増える。則ち、廻の危険も増すということ。
「家族だからね」
葛城春泥は明煌の母の養母。つまり祖母だ。嫌いでなければ『家族』の手助けをしても不思議では無い。
「君達の目的は繰切君かな? 利害の一致という事であれば、その辺に落ち着くのだろうが」
「…………」
問いかけに対する反応は無言だ。
明煌にとって愛無はまだ『敵』であるのだろう。警戒しているのが愛無にも分かった。
「あまね君は僕が預かっているけど、彼の夢石は如何したのかな。その記憶は君も見たのかな?」
「……そうか、あまねはお前が持ってるのか」
何処か安心したような声を出す明煌。一瞬だけ愛無を見遣り直ぐに視線を逸らす。
「廻の夢石は俺が持ってる。記憶も少し見た」
少し軟化した明煌の態度は、愛無が『悪意』を持っている訳ではないと認識を改めたからだろう。
もっとも、あまねが吐き出した夢石は『燈堂廻』として目覚めた瞬間からのもの。
それ以前の記憶は明煌にも分からなかった。
また、何度も見る気にはなれなかった。
そこには、『自分の知らない暁月』しか居なかったからだ。
「まぁ、何にせよ。君と僕は仲良くできると思うんだよ。僕は『人間』が嫌いじゃないし。君くらい人間臭い子もなかなか居ないからね。その辺で様子を伺ってる右に倣えしかできない『狗っころ』とは大違いだ。
まあ、何かあったら頼ってくれたまえ。失われたモノは帰って来ない。何を天秤に乗せるのか。後悔をしないようにね」
舞花は煌浄殿の中を明煌と共にゆっくりと歩く。
煌浄殿の歴史は、恐らく再現性東京と夜妖の歴史そのものなのだろう。
そして、それを司る深道本家……警戒していたものの、明煌を含め本家からは今の所害意を感じない。
ならば、首謀者は『彼女』で、深道一門は利用されているとみるべきだ。
何代も前から根を刺し、用意周到に広げている。一体何が目的なのか。
「暁月さんから何かあったとだけ聞いていましたが……いい意味で想像からかけ離れた方ですね、貴方は」
「あー……何やろ。喧嘩した訳じゃないんだけど、暁月的にはやっぱ『負い目』があるんだろうね」
右眼の眼帯に触れた明煌は寂しげに視線を落す。
「甥っこ助けるのは、当然やのに」
明煌の暁月への感情は決して悪いものでは無いのだろう。
ならば、本家への切り口として少し触れ、反応を確かめるのも手だと舞花は判断した。
「……先の燈堂での一件で、暁月さんは命を落としかけました。あの事について、『貴方は』どう思っていらっしゃるかお聞きしても?」
深道としては、本来言語道断な出来事だろう。
けれど、そこに『葛城春泥』の明かな悪意と作為による干渉があったのなら。
(……果たして、明煌さん個人は暁月さんの危機をどう思うのだろうか)
「あの時、暁月を救う方法はあったんだ。俺が『呪物』の回収を行えば事は速やかに収まった。でも、それは暁月を『人』では無いと定義してしまうもの。俺が動くというのは、そういうことなんだよ」
明煌とて一人では暴走状態の暁月を簡単には止められなかっただろう。
皆で死闘を尽くした末に暁月が負けて呪物として煌浄殿に収監される。
それを一欠片も望んだ事が無い、なんていうのは嘘になる。
煌浄殿の主は呪物に対して絶対権限を持つのだ。
暁月を呪物にしてしまえば『手に入れる事』が出来る。
「先生に言われたよ。暁月が暴走して危険だと、だから呪物として鎮めろって。でも断った。
俺は暁月には……自由でいて欲しい、笑顔でいてほしい、呪物にしたくなかった」
たとえ、自分の元から居なくなったとしても、その輝きが失われるのは嫌だから。
煌浄殿の主としての自分を自覚し、深道明煌としての自分に首輪を嵌める。
もし、望みが叶うのなら、本当の自由を暁月へ。
その為なら、何だって差し出すから――
だから。
深道明煌の罪は『分別』。
暁月(かみさま)とそれ以外を分ける、絶対的な楔である。
すみれは日向の『お仕事』を少し離れた場所で見守る。
この煌浄殿では全てが明煌の掌の上なのだ。有事に備え日向を守らねばならない。
そういえば、とすみれは隣の明煌を見上げた。
「……明煌様は、ファントムナイトをご存知ですか」
「知ってるけど」
警戒心を露わにした明煌の声色だが、すみれは言葉を紡ぐ事をやめない。
「彼は……日向様は、あなたの姿であの日私の前に現れました。曰く、『誰よりも強いから』だそうで」
意外だったとすみれは零す。
「勿論日向様が力の象徴にあなたを選んだこともですが、あなたが『誰よりも』強いというのが。
凶悪な夜妖が封じられ、奥に進めば戻れぬ煌浄殿で数々の呪物を一人で統べる。
燈堂、そして練達の一端を担うあの暁月様よりも、深道の誰よりも強い、なんて――」
すみれの痛烈な言葉の棘が明煌の心に突き刺さった。
それは日向から見た明煌の姿だ。本当の自分はもっと醜く弱い。
「…………俺は、強くない」
己の心の弱さを自分自身がよく知っている。
ファントムナイトだって暁月の姿になった自分を見られたくなくて自室に引きこもったのだから。
「出会った日にした質問の一つに、まだ答えていただけていませんでしたね」
日向を、彼の大切なものを護る為に、すみれは知らなければならない。
「あなたは――深道明煌とは、いったい何者なのですか?」
何があったのか。すみれの瞳はそう問いかける。
――――
――
「なあ、暁月……そっち行ったら怒られるで」
「大丈夫! 明煌さんおるし!」
幼い二人の声が煌浄殿の石畳に響いて消える。
暁月が八歳、明煌が十一歳。
やんちゃ盛りの幼い二人が『近づいてはならない』とされる煌浄殿へ遊びに行くことは、最早恒例行事となっていた。
「兄さんに怒られるで……」
「そんときは、一緒にごめんなさいすればええねん! 父さんも昔遊んだ、ゆうとったし!」
明煌の『兄さん』と暁月の『父さん』は同じ人物を指す。
「えー……また俺怒られんのー?」
暁月が悪戯をするたびに怒られるのは兄貴分の明煌だった。
それでも暁月に着いてくるのは、心配だったから、それに。
何だかんだ明煌自身も暁月との秘密の冒険が好きだったのだ。
暁月にとって明煌は一番の遊び相手で。明煌にとってもそれは同じで。
毎日が楽しくて煌めいていた。
「あれっ! この先どうだっけ」
「このまままっすぐだよ。しゃーないなあ、暁月は」
幾度も通った煌浄殿の道。
迷路みたいに入り組んでいるけど、不思議と迷子になる事はなかった。
何故なら、いつも『白灯の蝶』が帰るべき道を照らしてくれたから。
けれど、その日だけは白灯の蝶は違う方向を照らしていた。
いつもは真っ直ぐ行くはずなのに、違う道へと誘う灯り。
「真珠(白灯の蝶)あっち行ってへん? 本当に真っ直ぐやっけ?」
「真っ直ぐだよ」
この道はまっすぐ。そう教えてくれたのは『お婆ちゃん』だ。
血は繋がっていないけれど、何でも知っていて何時もパンダのフードを被ってる。
皆が祖母の事を『葛城先生』と呼ぶのは、内縁で本当の親族じゃないからだ。
でも、明煌は知識が豊富な祖母の事が比較的好きだった。
少し怖がる暁月の手を握り「大丈夫」だと兄貴風を吹かせる。
本当は兄弟の中で自分が一番年下なのに、暁月と居る時は『お兄ちゃん』で居られた。
暁月の手を引いて真っ直ぐ進む。
進んで、進んで……じっとりと絡みつく暗闇に唾を飲み込んだ。
「ねえ、明煌さん何か変だよ? 怖いよ、帰ろうよ……うわあ!?」
「暁月!?」
突然、暁月の叫び声が聞こえ、繋いでいた手が消える。
「ひい、なに!? やだ痛い!! 止めて目痛い!!」
声のする方へ顔を上げれば何か黒いものが暁月に纏わり付いていた。
うねうねと動くその黒いものは暁月の右眼に張り付いている。暁月はそれを必死に取ろうとしていた。
明煌は暁月に飛びついて、黒いものを引き剥がそうとする。
されど、子供の力ではどうすることもできない。
「なんやねんこれ!! 暁月、暁月!」
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!!!」
暁月の絶叫が響き渡る。
黒いものは暁月の右眼を奪い取り闇の中へ消えた。
痛みのショックで気を失った暁月の右眼にハンカチを押しつける。
どくどくと止まらない血に明煌は為す術もない。
「暁月、暁月……嫌や、死ぬな。死ぬな!」
自分があの時、白灯の蝶に教えられた通り道を折れていれば、暁月はこんな目に会わなかった。
「ごめん、暁月、ごめん……俺のせいや」
涙が溢れ出して、暁月の頬に落ちた。身体が震える程の後悔が明煌を襲う。
「……こんな所で何をやってるんだい明煌」
「あ、ぁ。……『お婆ちゃん』、どうしよう暁月が! 助けて、暁月を助けて!」
何処からとも無く現れた祖母『葛城春泥』に縋り付く明煌。
どうしようもなく困った時に大人が現れれば、子供は助けを求めてしまう。
明煌には暁月を抱える春泥が救世主に見えただろう。
「暁月の目、見えなくなる?」
「うん。もう無くなってるみたい」
「そんなの嫌だ。俺のせいなんだ。お婆ちゃん、助けて暁月を助けてよぉ!」
大丈夫だと明煌を抱きしめた春泥は、「その代わり」と耳元で囁く。
「明煌、お前の右目を渡せるかい? それで暁月の目は元通りになるよ。大丈夫、取る時は麻酔をするから痛くないよ。寝ている間に終わってしまう。その覚悟はお前にあるかい?」
右目が無くなるのは怖い。でも、其れより何より、――――『暁月が笑わなくなる方が怖い』のだ。
「俺の右目をあげる。だから、お願い暁月を治してお婆ちゃん」
「分かったよ……」
暁月と明煌を抱え上げた春泥は急いで煌浄殿の迷宮から飛び出す。
丁寧に蒔いた種が実る時を、春泥はじっと待っているのだ。
その懐に『■■■■■』を忍ばせて。
――――
――
明煌の右目は無事暁月に嵌り、屈託の無い笑顔は失われることは無かった。
これで、ずっと一緒に居られると思った。
自分の右目が無くなっても暁月が笑ってくれるなら、それで良かった。
暁月が深道の跡継ぎとなって、自分が煌浄殿の主として支える。
その道を信じて疑わなかった。
それなのに、暁月は自分の意思で燈堂へ行った。
家族(いもうと)を護る為。覚悟をして出て行ったと聞かされた。
つまり、自分は暁月の『家族』では無かったということだ。
暁月が大切なのは自分と共に深道を継ぐことじゃない。
――選ばれなかった。
自分は選ばれなかったのだ。
「なんで、なんで、なんで!!!! 暁月!!!!」
いくら叫んでも返してくれる人はもういない。
大嫌い、自分を選ばれなかった暁月なんて、大嫌いだ。
憎くて、悔しくて、辛くて。
自分ばかりが置いて行かれるような気がして嫌だった。
だから、正月に帰って来た暁月には会いたくなかったのだ。
口を開けば「お前なんか嫌い」だと言ってしまうかもしれないから。
逃げて隠れたのに、暁月は明煌を見つけて手を振った。
「あ、明煌さん!」
その瞬間、暁月の全身が輝いてみえた。
心の内側から湧き上がる感情に身体が震える。
嬉しい、会いたかった、抱きしめたい。唇を重ねたい。
ドクリと心臓が跳ねた。自分の内側から湧き上がる感情を否定する。
何を考えているのだろう。暁月は自分の甥で、幼い頃から一緒に居た弟のような存在だ。
その暁月に対して、抱きしめ唇を重ねたいなんて、思うはずがない。
違う。違う。それは違う! 絶対に違う!! 嫌だ!!
そんなのは――暁月(かみさま)に向けていいはずがないのだから。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
深道明煌という人物の一端を楽しんで頂けましたら幸いです。
MVPは最も明煌の心へ寄り添った方へ。
GMコメント
もみじです。明煌と愉快な呪物回収、お食事会と温泉とお出かけと煌浄殿を添えてです。
祓い屋の『外伝』となります。
本編の進行には関わらない交流メインのシナリオです。
優先は煌浄殿の関係者がいる方、明煌へのアプローチがあった方を中心に。
※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
●はじめに
・後述のパートごとに分れています。
・1つに絞った方がその場の描写は多くなります。
・パートの人数が偏ってても構いません。好きな所で好きな事をしましょう。
・迷子になるので【最大2つ】まででお願いします。
・【A】→【B】→【C】→【D】→【E】の時系列です。
------------------------------------------------------------
【A】呪物回収(イベント/または戦闘)
●目的
・呪物を回収する
●ロケーション
再現性京都です。
昔ながらの和風建築が多く、美しい町並みが広がっています。
夜です。灯りは明煌と眞哉が持っています。
日本庭園の中が迷宮になりました。
●出来る事
・会話を途切れさせないように奥まで行きます。(防御のおまじないです)
・途切れさせると別の夜妖がきてしまいますので注意です。(戦闘を回避し最奥まで行きましょう)
・一番奥にある呪物を回収しましょう。
●呪物
臆病な呪物が沢山います。
日本庭園の奥に集まり震えています。
その恐れが辺りを迷宮にしてしまったようです。
このパートを選んだ全員の前に呪物が出現します。
抵抗されるかもしれませんが、優しく諭し包み込んで回収しましょう。
明煌達と協力して捕まえても大丈夫です。
○ポイント
どんな呪物なのか決めても構いません。
子猫の姿だったり、小さな鈴、鞠や帯などかもしれません。
煌浄殿の呪物としてもいいですし、連れて帰っても構いません。
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【B】お食事会(イベント)
●目的
・お食事会を楽しむ
●ロケーション
再現性京都にある高級旅館の座敷です。貸し切りです。
丘の上にある隠れ家的な旅館ですので、ゆったりとできます。
広間の大きな窓からは夜景が見えます。
離れに続く外廊下は静かで夜風が少し吹いています。
こっそり話したい時に丁度良いでしょう。
●出来る事
明煌達と一緒にご飯を食べましょう。
お酒を飲んで(未成年はジュース)食べれば、仲良くなれるかもしれません。
お食事は和風のコースです。
食前酒(ざくろ酒/未成年は林檎ジュース)
先付け(あられ、長芋の萩和え、いくら、紫頭巾、あずき、車海老、すだち、花穂じそ、旨だし)
前菜(的穴子、山桃ワイン煮、千代口、鮎有馬煮)
刺身(造里盛り合わせ)
焼物(和牛ヒレステーキ)
温物(海老芋含め煮、丸大根、菊菜、湯葉、針柚子)
蒸物(茶碗蒸し)
食事(ご飯、味噌汁、香の物)
デザート(柚シャーベット)
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【C】温泉(イベント)
●目的
・温泉でゆっくりする
●ロケーション
再現性京都にある高級旅館の温泉です。貸し切りです。
丘の上にある隠れ家的な旅館ですので、ゆったりとできます。
女湯、男湯、混浴、家族風呂や個室についている露天風呂もあります。
混浴は脱衣所が別で水着を着て入るタイプです。
玉砂利の間に置かれた石の上を歩いて露天風呂へと行けます。
この季節は紅葉が美しいです。
●注意事項
※混浴は水着着用です。
※性別不明や無しの方は適宜お願いします。(ボディの方に合わせる、混浴や家族風呂など)
※お酒を飲むときはお水も一緒にとりましょう。
※再現性京都ですが、貸し切りなので姿が人間でなくても大丈夫です。
●出来ること
温泉に入れます。ゆったりとお湯に浸かるのは最高に幸せです。
湯船から溢れるお湯が足裏を流れていくのです。
○内湯(男湯、女湯)
高温風呂、低温風呂、電気風呂、水風呂、薬草風呂、花風呂、ミストサウナ、スチームサウナなど。
○露天風呂(男湯、女湯、混浴)
開放的な露天風呂。紅葉がひらひらと舞っています。
大きな露天風呂の他にも、壺湯や寝湯、水晶風呂などがあります。
お酒を飲みながら月見酒もいいですね。
○家族風呂
比較的こじんまりとした内風呂と露天風呂です。
ハーブの湯や洞窟風呂などもあります。
貸し切りなので、家族や夫婦でゆっくり温泉を楽しめます。
○個室風呂
内風呂と露天風呂がついている個室もあります。
高級なお部屋です。
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【D】お出かけ(イベント)
●目的
・お出かけを楽しむ
●ロケーション
旅館に泊った翌日、再現性京都の街を散歩できます。
純和風の町並みが美しく、石畳の街道が続いています。
川沿いを散歩してもいいですし、お土産屋を覗いてもいいでしょう。
和風の小物やお菓子を売っている店が並びます。
服屋もあります。
●出来る事
明煌達と再現性京都の街を散歩しましょう。
ゆったりとした時間を過ごす事ができます。
明煌は少し面倒くさそうに着いて来ます。
暁月は門下生たちにお土産を買うようです。
廻は明煌のためにお菓子を沢山買うようです。
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【E】煌浄殿を訪問(イベント)
●目的
・煌浄殿でお話をします
●ロケーション
再現性京都にある深道本家。
母屋から少し離れた場所にある『煌浄殿』です。
強力な夜妖等が封じられています。
一の鳥居、二の鳥居、二ノ社、二ノ社社務所、三の鳥居、本殿等があり、基本的に明煌の許しが無ければ立ち入る事は出来ません。
深道の者と一緒ならば、二ノ社までは出入りする事ができます。
(今回は案内役として周藤日向が同行します)
また、三の鳥居の中(神域/本殿)には立ち入る事は出来ません。
立ち入った場合、狭間に迷い込み戻れなくなるという噂です。
●出来る事
基本的に会話や交流がメインです。
『二ノ社』『社務所』:お茶菓子を食べながらゆっくりします。
『散歩』『呪物殿』:明煌や呪物達と散歩や会話ができます。
※愛無さんは前回深道の人々を危険に晒したのでとても警戒されています。ご注意ください。
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●NPC
○『煌浄殿の主』深道明煌
禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。
暁月とは過去に何かあったようですが、優しく穏やかな印象を受けます。
簡単な質問には答えてくれますが、あまり会った事が無い人には警戒し深くプライベートに踏み込んだ質問は誤魔化す事があります。
【A】呪物回収を行います。サポートもしてくれます。
【B】喫煙所に居ることもあります。
【C】基本男湯に居ます。暁月と廻と一緒であれば混浴にも居ます。
個別風呂や家族風呂にはいきません。
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。
煌浄殿の主、明煌とは双子のように瓜二つで、過去に色々あったようです。
【A】【E】には居ません。
【C】基本男湯に居ます。明煌と廻を混浴に連れて行くことも出来ます。
個別風呂や家族風呂にはいきません。
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
『泥の器』にされてしまい穢れた状態です。
浄化の影響で体力が無く、少し疲れやすくなっています。
皆に会えて嬉しそうですが、少し痩せたようです。
久しぶりの外でのお酒なのではしゃいでいます。
ご飯はあまり食べられないようです。
【A】には居ません。お留守番です。
【C】基本男湯に居ます。混浴にも居ます。仲が良ければ個別風呂や家族風呂でも大丈夫です。
○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)
元・獏馬の夜妖憑き。
『廻は暁月に呪いを掛けられている』と獏馬に吹き込まれ彼を救うために暗躍していた。
廻の意識を攫い、燈堂家に奇襲を掛けたが敗北。その後は燈堂家に居候する事になる。
【A】【E】には居ません。
【C】基本男湯に居ます。混浴にも居ます。仲が良ければ個別風呂や家族風呂でも大丈夫です。
○三蛇、白灯の蝶
明煌に憑いている夜妖です。
其れ其れ縄、釘、刀に変じ明煌の武器になります。
○胡桃夜ミアン、実方眞哉
煌浄殿の呪物たちです。
【A】で明煌の呪物回収に同行します。
イレギュラーズをサポートしてくれます。他の場所にも行けます。
○その他
・煌浄殿の関係者で外に出られそうな者は居ても大丈夫です。
(明煌の許可が下りるものとします)
・同じく燈堂家の関係者で外に出られそうな者は居ても大丈夫です。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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以下は物語をより楽しみたい方向け。
●希望ヶ浜とは
練達国にある現代日本を模した地域です。
あたかも東京を再現したような町並みや科学文明を有しています。
この街の人達はモンスター(夜妖)を許容しません。
なぜなら、現代日本にそのようなものは無いからです。
再現性東京202Xと呼ばれるシナリオが展開されます。
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないもの。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
●夜妖憑き
怪異(夜妖)に取り憑かれた人や物の総称です。
希望ヶ浜内で夜妖憑き問題が起きた際は、専門家として『祓い屋』が対応しています。
希望ヶ浜学園では祓い屋の見習い活動も実習の一つとしており、ローレットはこの形で依頼を受けることがあります。
●祓い屋とは
練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。
●前回は何があったの?
・暗躍していた葛城春泥に廻が『泥の器』にされてしまいました。
・廻が本家深道『煌浄殿』へ預けられました。(会えなくなりました)
・煌浄殿の主深道明煌と出会いました。
・明煌は暁月の叔父で佐智子の息子です。
●これまでのお話
燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou
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