シナリオ詳細
再現性東京202X:マジ卍祭2022
オープニング
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そこはまるで――《東京》であった。
再現性東京――それは練達に存在する『適応できなかった者』の過ごす場所だ。
考えても見て欲しい。何の因果か、神の悪戯か。特異運命座標として突然、ファンタジー世界に召喚された者達が居たのだ。スマートフォンに表示された時刻を確認し、タップで目覚ましを止める。テレビから流れるコメンテーターの声を聞きながらぼんやりと食パンを齧って毎日のルーティンを熟すのだ。自動車の走る音を聞きながら、定期券を改札に翳してスマートフォンを操作しながらエスカレーターを昇る。電子音で到着のベルを鳴らした電車に乗り込んで流れる車窓を眺めるだけの毎日。味気ない毎日。それでも、尊かった日常。
突如として、英雄の如くその名を呼ばれ戦うために武器を取らされた者達。彼らは元の世界に戻りたいと懇願した。
それ故に、地球と呼ばれる、それも日本と呼ばれる場所より訪れた者達は練達の中に一つの区画を作った。
再現性東京<アデプト・トーキョー>はその中に様々な街を内包する。世紀末の予言が聞こえる1999街を始めとした時代考証もおざなりな、日本人――それに興味を持った者―――が作った自分たちの故郷。
ならば『故郷を再現するため』『日常を謳歌するため』に『学生として』欠かせないイベントが存在した。
それこそが、学園祭である。
希望ヶ浜学園では例年9月に文化祭を10月に体育祭を行っていた。
そう、2020年度に『折角なら盛り上げるために名前を付けよう』と特異運命座標に公募した結果!
紅爆祭、軌跡祭 『Road to glory』、光明祭、みんな大好きフェス!、爆肉舞闘祭、タイガーVDM祭り、銀杏祭、暁光祭、希掲祭などなどの候補を退け、希望ヶ浜学園の文化祭・体育祭は『マジ卍祭り』と名付けられたのだった―――!!!
「……で、今年は体育祭と文化祭が合同になった、と」
「台風が多かったからね。マジ卍台風が来たなら仕方がないと言うことらしい」
校内の見回りを行って居た燈堂 暁月に音呂木・ひよのは成程、と小さく頷いた。ぐったりした表情の普久原 ほむらは暁月の姿を見付け「あー、せんせ、すんません、その……」と身を竦めながらやってくる。どうやら、マジ卍祭実行委員を押し付けられて雑務の真っ最中のようである。
「体育祭と文化祭が合同という事は、体育祭のイベント事は全て内包されるのか」
プログラム一覧を確認しながら備品調達を行なうクロエ=クローズに「やること多すぎじゃないっすか!?」と佐熊 凛桜が非難めいた声を上げる。
「だから外部生達もお手伝いに呼ばれてるのよね? 食券配る代わりにって!」
くすくすと笑う退紅 万葉の側ではハルジオンが「んしょ。んしょ」と必死に荷物を運んでいる。
「……ほら、貸せ」
「見て。面白山高原先輩。龍成君が優しいわ。ね? 真心ちゃん」
にんまりと微笑んだ万葉に澄原 龍成が「食券が欲しいんだよ」と唇を尖らせた。暁月に引き連れられて手伝いにやって来たのだろう。
龍成はポケットの中で通知音を鳴らしたaPhoneを見てなんとも居心地の悪い表情を浮かべた。
「どうしました?」
「……何もねえって」
「あ、分かりました。お姉さんですね」
「晴陽ちゃんかい?」
「ひよのも暁月も黙ってろ!」
●
――当日、逢えますか?
恋人かよと思わず(龍成が)叫び出したくなるメッセージを送りつけていたのは真顔でaPhoneと睨めっこしている澄原 晴陽その人だった。
送るように囃し立てたのは龍成と晴陽の従妹である澄原 水夜子である。何時も通りの悪戯めいた笑顔を浮かべている。
「はるちゃん、送ったの?」
「送りました。メッセージの本文は蕃茄にも見て貰ったとおりです」
「うん、言いたいことはばっちりだったと蕃茄も思う」
晴陽の膝の上で菓子を食べていたのは元・真性怪異の『カケラ』である蕃茄だ。
マジ卍祭に行きたいと言い出したのは蕃茄であった。曰く、「校長先生って人が居ないなら蕃茄が希望ヶ浜学園の臨時神になる」との事だ。
「神にはなれませんよ」「校長先生は何時も何処かに行くでしょう」と好き勝手言われた校長、無名偲・無意式は現在行方知らずである。
「うそ。蕃茄、クレープが食べたい」
「良いですよ。龍くんから食券奪い取って食べましょうね」
不憫な目に遭いそうな龍成を思い浮かべてから晴陽はaPhoneの通知に思わず唇を緩めた。
――気が向いたら、だなんて。少しだけ一緒に居てくれそうな弟が可愛くて堪らないのだ。
●
――当日。
「あれ、なじみさんだ」
「本当だ! こんにちは、なじみさんもマジ卍祭ですか?」
互いが選んだ服を着て、希望ヶ浜学園に向かっていた月原・亮とリリファ・ローレンツに声を掛けられて、綾敷・なじみは「わあ」と驚いたように瞬いた。
赤い伊達眼鏡に秋色のスカートのなじみは何か悩むように駅の売店の菓子と睨めっこしており、亮とリリファにまるで気付いて居なかったのだ。
「亮くんとリリファちゃんだ。おやっほー」
「「おやっほー」」
ひらひらと手挙げて挨拶をしたなじみに亮とリリファは同じように返す。何をしていたのかという問い掛けにはひよのへの差し入れとして菓子を買っていこうと考えていたらしい。
「よく考えれば希望ヶ浜学園の中でも色々買えるんだよね。イレギュラーズの皆は食券を貰えて羨ましいぜ」
「ああ、なじみさんは希望ヶ浜学園生じゃないですもんね! まだ。
大学は希望ヶ浜学園なら、来年からは食券ゲットじゃないですか!」
「……そうなればいいなあ」
ショルダーバックには英単語帳が入っているのだろう。ぎゅ、と確かめるように握りしめてからなじみは困ったように笑った。
「ちゃんと大学生になれたらお祝いしてくれるかい?」
「? 勿論。俺よりなじみさんのが真面目だろうしなれるって」
「そーですよ、月原さんなんてちょっと『えっちなお宝』ばっかり見て、もががが」
リリファの口を押さえて「見てねぇよ」と騒ぐ亮になじみはくすくすと笑った。二人から見ても今日のなじみは少しばかりテンションが低い。
「なじみさん?」
「どうかしました?」
何時も、悪戯めいて笑って。人を揶揄っては煙に巻いて。そんな彼女は「ちょっと疲れてるみたい。勉強しすぎだぜ」と笑った。
「さ、行こうよ二人とも。イレギュラーズの皆も来てるかな。ぱぁーっと遊ぼうぜ!」
●
「明煌さん、合同祭いきませんか? 暁月さんの先生姿が見れますよ」
燈堂 廻の提案に深道 明煌は『暁月先生』に興味を持った。甥が学生達を相手にしている場面に興味を持ったからだ。
だが、明煌は人混みを好まない。それでも暁月が『先生』をしているというならば――
やってきた希望ヶ浜学園の入り口で雑踏を目に為て早速、明煌は目眩がするようだった。
「……暁月先輩?」
「姉さん?」
良く似た人が居たと晴陽は廻が連れていた明煌を一瞥してから首を捻る。当然ながら暁月の叔父まで晴陽や水夜子が知っているわけがない。
「居た。普通に入って来たらよかっただろ」
「迷うではないですか。ここなら見付けて下さるかと」
「そうですよ。龍くん。可愛いキャラとかいたら姉さんは迷子です」
唇を尖らせる水夜子にふんぞりかえって見えた晴陽を見てから龍成は頭痛がした気がした。晴陽と手を繋いでいた蕃茄は「ひよのを探してくる」と食券を龍成から数枚奪い取ってから我が物顔で学内へと走り去っていく。
「転ぶなよ」と声を掛けた後、龍成が廻の背中を見付け――明煌に気付いてからあからさまに表情を変えた。何とも言い難い表情である。
「あの暁月先輩に似ている方を知っているんですか?」
「……さあ」
龍成は行くぞ、と晴陽の腕を掴み歩き出す。
その一方――
「暁月先生に似てる人だ!」「え、先生の何ですか!?」と学生達に群がられた明煌は最初は愛想笑いをしていたが、徐々に表情を失って虚無顔になって廻に引き摺られながら校内へと向かうのであった。
- 再現性東京202X:マジ卍祭2022完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年11月25日 22時05分
- 参加人数55/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 55 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(55人)
リプレイ
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マジ卍祭がやって来た。
「ついに来た、マジ卍祭り!」
彼方はにっこりとした笑顔で和風ソングに会わせて激しいダンスとセクシーな歌声を披露する。
(あっ、間奏のところでちょっと転んじゃった……けど、転んだことを利用してアクロバットにリカバリーしていくよ!
まあ、これもサービスショットってことで、いいかな?)
アイドルライブとして続くアイドル研究会。その次は――メインステージに鎮座していたのはナハトラーベ。所謂『希望ヶ浜の暴食天使』である。
台風一過。祭には絶好の好天に恵まれた本日。台風さえも跳ね返す最高の祭の最中に、少女は大量の食事を頬張り続ける。
『ドカ食い気絶部』の部活動をアピールする彼女は部活動に関しては詳しくなかった。だが、食糧に対しては人一倍敏感だったのだ。
屋台で食べ歩きしていた彼女を誘った部員達は食べ続ける少女に「これでドカ食い気絶部の名が知らしめられますね!」と大騒ぎしている。
そんな喧噪を一瞥しながら「お祭りって空気そのものがわくわくしていて、いるだけで楽しくなっちゃうわよね」と喜び振り向いたのはジルーシャ。
「ええ、そうね。空気が華やいでいるわ」
「……なーんて、もちろん『いるだけ』なんて勿体ないことしないわよ!
さ、行きましょ、プルーちゃん♪ 気になる出し物はあるかしら?」
手を差し伸べたジルーシャにプルーは「お化け屋敷ってどうかしら? スモーキーグレイな気配がするの」と告げる。
手許の地図ばかりを見ている彼女の傍でたじろいだジルーシャは「ほ、ほら、混んでいそうよ」と上擦った声を出す。
「ガラスの作品展ですって。どれも綺麗ねー……あ、そういえば手、繋いだままだったわね」
「構わないわ。逸れないようにしなくちゃいけないものね?」
「ええ。そうね。……フフ、何だかこうしていると、本当にここの生徒になったみたい。
先生もいいけれど……プルーちゃんと一緒に授業を受けるのも、きっと楽しそうだわ♪」
ふと、プルーは「学生服って似合うかしらね、何だか浮かれたサン・オレンジな気分だったかもしれないけれど」と呟いて。
ウキウキとした様子の晴陽がぴたりと立ち止まった頃に龍成は「姉さん」と呼びかけた。
「姉さん? ……え、何食べるの? そのファンシーなのを二人で?」
こくこくと頷いた晴陽が見詰めていたのはチベットスナギツネのパフェだ。それを、二人で。
ごゆっくりと笑いかけて水夜子は何処かに行ってしまったし残された姉弟二人で、チベットスナギツネと見つめ合う。
恥ずかしいが、嬉しそうな姉の姿に龍成は「まあいいけどさ」と呟いた。
「姉さん最近は仕事順調なン?」
「ええ。その……龍成は勉強は?」
姉の事だ。滞りないと答えることは分かって居る。優秀な姉だと疎んだことのあった龍成に晴陽は慣れない様子で話を続けた。
「俺はまあ、医者の方の勉強もしてるよ。そっち目指してるし、なれるの大分先だろうけど。
勉強しだして、やっぱ姉さんはすげえなって改めて思ったよ」
「――! いえ……龍成なら私よりも立派な医者になれます。もしも、その時は病院も譲りましょう」
「いきなり飛躍すんなよ。でも、姉さんみたいな医者になれるように、俺も頑張るわ」
そこまで言ってから龍成はパフェが空になったことに気づき、立ち上がる。
「んじゃ、廻達の様子も見てくるわ。何かあったら携帯鳴らして」
「はい。ふふ、有り難うございます」
うきうきとした晴陽に龍成はここまで楽しそうな姉は久々に見たと感じていた。
「あ、あの……お久しぶりです。
ええと、あのときの、傷の手当のお礼を……出来ていなかったと思いまして……ありがとうございました」
「いいえ、私もお手伝いして頂き有り難うございます」
にこりと微笑んだ水夜子にミザリィは目線を右往左往させた。マジ卍祭に彼女がいるならば、と逢いに来たのだが――
「……ごめんなさい、私、このマジ卍祭りとやらは初めてで。
そもそもマジ卍の意味もよく分かっていないのですけれど……」
「マジ卍は意味も分からなくて良いかと思います。一緒に何か回りましょう?」
「はい。水夜子は、なにか、好きな食べ物はありますか?
私は特に好き嫌いはありませんが……『ゆるキャラパフェ』とやらは気になります。
ゆるキャラとはいったいどんなキャラなんでしょう……?」
見に行きましょうかと誘う水夜子にミザリィは頷いた。地図を手に案内するという水夜子にミザリィは「その」と声を掛ける。
「もしよければ、あのときのお礼に、チケットを1枚お譲りしますよ。
それとも、なにか、えーと、”しぇあ”して食べましょうか?」
「では、シェアで。何が良いでしょうね。パフェを食べに行くなら……そのあとはお口直しに何か探しに行きましょうか」
●
――ま、まさか来て下さるなんて。
心ここにあらずと言った様子の妙見子はぼんやりとした表情で晴明を眺めていた。
「……どうかしたのだろうか」
「……ごめんなさい……なんでもないのです……。あ、晴明様が気になってたハンバーガー、売ってるみたいですよ」
怪訝そうに困惑を顔に貼り付けていた晴明に首を振ってから妙見子はそそくさと「買って来ます」と歩き出す。
大きなハンバーガーを二つ購入し、「食べましょう」と提案する妙見子ははた、と気付いた。
「晴明様食べ方わかりますか? この包み紙をはがして……ガブっと食べるんですよ?」
「ああ。実は再現性東京の視察へと来たことがあった。その際に学んだのだ」
堂々と慣れない様子でハンバーガーを食べる晴明を一瞥して、妙見子はは、と気付く。
(もぐもぐしてらっしゃる……かわいい……あっ)
口許にソースが、と言い出せないままどうしようかとまごついた妙見子の言葉よりも先に手が出た。
「……ああ、着いていたか。すまない。はしたないところを」
「あ、い、いえ、す、すみません……! 失礼なことを……以後気をつけますね」
申し訳なさそうに肩を竦めた晴明に妙見子も流石に目を逸らして、嫌われませんようにとハンバーガーを一口囓った。
面と向かって会話をするのは緊張して――つい、目線を逸らしてしまう妙見子なのであった。
下調べもバッチリ。情報屋見習い猫又は今日という日のために喫茶スペースに関しても調べ済みだ。
今日はエスコート役なのだとペリドットの祈りを身に着けてちぐさは胸を張る。
大好きなショウとのお祭りを楽しみにやってきたのだ。間違えてパパ、なんて呼ぶのは今日はやめておくのである。
「ショウ、来てくれて嬉しいのにゃ!
『アクセサリ同好会』の自作アクセサリの販売を見に行くにゃ。早く行かないといいの売り切れちゃうのにゃ!」
「ああ、そうだね。MPが上がりそうなものも探しておかなくちゃ」
意気揚々と歩くちぐさを追掛けてショウは彼に似合う何かがあるだろうかと考えた。慕ってくれる可愛い猫の張り切る様子は愛らしいのである。
「わあ。ピカピカいっぱいにゃ!
かわいいのからカッコイイのまで……ショウ、どういうのが好きにゃ?
僕はあの十字架モチーフのシルバーリングとか似合うと思うにゃ」
「君は?」
「僕にゃ? ……い、今はショウが気に入ったの教えてにゃ!」
ショウが選んだのは『神秘防御が上がりそう』という謎な理由で選ばれたシルバーのネックレスだ。
十字架には翼のような意匠が刻まれている。
「確かにそれ、カッコイイにゃ! じゃあ、僕からショウにプレゼントするにゃ!
当日じゃなくてごめんだけど、僕からの誕生日プレゼントにゃ!」
驚いたような顔をして――「いや。とても嬉しいよ」とショウはちぐさに頷いたのだった。
「あっ、ひよの先輩何か手伝えることはないですか? ……何か笑顔が怖いんですけどアー!」
丁度良いところにと言いたげにひよにに捕まった雄斗はあれよあれよのうちに猫耳メイドの姿に早変わりである。
「うぅ、ひよの先輩酷い」
「可愛いですよ」
「……知り合いに見つかりせんように」
がっくりと肩を落とした雄斗はそれでも確りとメイド喫茶の店番をしている。
学園の広さに困惑をして居たジョシュアは蕃茄を探して右往左往。此程広いとは思って居なかったのだ。
「ジョシュア」
「…………蕃茄様? あぁ、よかった。お久しぶりです。元気にしていましたか?」
呼びかけられ振り向いた先には蕃茄が立っている。ひよのに貰ったのであろうクレープを手に蕃茄は立っていた。
「元気だった。ジョシュアは?」
「元気です。もしよかったら一緒に見て回りませんか? 屋台とか面白そうな場所とか。
勉強をする場所、くらいしか学校の事を知りませんでしたから、蕃茄様と見られたら冒険みたいで楽しそうです」
「うん、行こう」
手を引っ張って走り出そうとした蕃茄にジョシュアは「あ、蕃茄様」と呼びかける。
「廊下は走ってはいけないそうです」
「わかった。蕃茄は歩く」
ぴしりと背筋を伸ばした蕃茄にジョシュアは「はい」と大きく頷いた。
●
「もらったチケットを使って、みんなで屋台廻りに行くよぉ! 廻君に愛無ちゃん、今日はお付き合いありがとうねぇ〜!」
にんまり笑顔のシルキィは所狭しと並んだ屋台を眺めてから、何れを選ぼうかなと考えた。折角ならばシェアしやすい物が良い。
誘われやって来た愛無にとってシルキィと廻は家族のような者だ。息子と妹? 娘と弟? 定義などどうでも良いが、二人が幸せならばそれで良いとさえ思える。
愛無にとっての日常の象徴は嬉しそうにたこ焼きを購入しているのだ。廻がいるだけで華やぐ笑顔。それだけで微笑ましくて堪らないのだ。
「シェアしやすいもの。ベビーカステラか? 僕がアレが好きだ。あとはポテトか?フライドポテト。最近はチーズとかかけたりするのだろう?」
悩ましげな愛無に「ベビーカステラ好き!」とシルキィは微笑んだ。
「熱っ……!」
口の中を火傷してしまったと慌てる廻ははふはふとしながらたこ焼きを食べ、微笑んだ。
「ふたりとも、あーん……へへっ何だかお家に居る時みたいで嬉しいです」
「あーん、えへへ……」
頬を赤くしたシルキィは廻のその言葉に思わず目頭が熱くなった。色々なことがあるからこそ、祭の時は全部忘れていたい。
けがれを治して燈堂に戻れば、こんな日常がまた戻ってくるだろうか。
「廻君と愛無ちゃんといられる、あっという間だけどずっと続いて欲しいような時間。
えへへ……だからわたし、とっても楽しいよぉ。やっぱりマジ卍祭り、最高だねぇ?」
「……そうですね。僕もシルキィさんや愛無さんと居る時間が幸せです。
シルキィさんと会ったのが丁度2年前のマジ卍祭りでしたね。懐かしいなぁ」
メイド服を着せられたのは恥ずかしかった。それでも『二年の月日』が過ぎ去って、こうして思い出が増えていくのが愛おしくて堪らないのだ。
「チョコバナナにクレープ、色々な屋台に目移りしてしまいますね。暁月さん、お顔が明るくなりましたね。良かった」
微笑むジュリエットに暁月は「漸く休憩なんだ」と頷いた。それをなくしても彼は最近は何処か明るくなったようにも感じられる。
「暁月さん。ゆるキャラではありませんが、チベットスナギツネの可愛いパフェが!
私、今日はお腹いっぱいにパフェを食べようと思ってるんです。暁月さんも一緒にどうですか?」
「チベットスナギツネ? そんな奇妙な顔をしたパフェがあるんだねぇ。いいよ、一緒にたべようか」
購入するジュリエットに差し出されて暁月はチベットスナギツネと見つめ合っていた。
「……しかしこの顔何だか食べづらいな」
無の表情のチベットスナギツネ。見つめ合う暁の傍でジュリエットは微笑ましそうに見詰め遣る。
「ふふ、明煌さんにも縁日の時にご一緒してもらったんですよ?
優しい方だとは思うのですが、ちょっと怖い冗談も言う方でした。それから、白く光る綺麗な蝶を連れていましたよ」
「へえ、明煌さんと縁日に行ったのかい。ちょっと羨ましいな。ずっと会えて無かったからね。
白い蝶……もしかして真珠かな。懐かしいなあ。明煌さんの夜妖でね、ヒラヒラその辺を舞ってるんだよ」
綺麗だよと微笑んだ暁月にジュリエットは聞いてみたかった言葉を絞り出した。
「暁月さんは今の明煌さんをどう思われてるんですか?」
「え? どうって、最近また会うようになって嬉しいよ。燈堂に来てから中々会えなかったからね。
昔みたいに、また遊べたらいいな。ほら、大人になるとさ、そういうの難しくなるから……まだちょっと気まずい時あるけどね」
「ゆるキャラ……なんて言葉を聞いてしまったら、イルミナが手に入れない訳にはいかないッスよね」
きらりと瞳を輝かせたイルミナはゆるキャラパフェに向かって突進して行く。
「ふっふっふ……『ゆるキャラパフェ』、是非とも食べたいッス!
えっと、暁さんも誘って……
……いや、今回はイルミナが独り占め!後で感想をたーっぷり聞かせて羨ましがる姿を見たいッス!」
勢い良く屋台に飛び込んでいくイルミナは学園祭の屋台と侮れぬ出来映えのパフェに納得と感動を覚えていた。
「キャラクターの魅力だけに頼ることなく、しっかりとパフェ自体の美味しさも追求しようという気概が感じ取れるッス。
このパフェを作った人はきっと並々ならぬスイーツ好き……! ちょっとおすすめパーラーとか聞きたいッスねこれ!」
シェフを呼んでくれと言いたげな彼女の元に、製造者が屹度顔を出してくれることだろう。
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「明煌さんだ!!! えっ体調の方は大丈夫なんでありますか!? すごい人気でありますね!!!」
ずいずいと人混みに割り込んでいったムサシに連れ出された明煌は生きた心地がして居なかった――
「こんにちは、みんな、あと目付きの悪いおじさん。
こっちの姿でははじめましてかなあ? 折角だから一緒にまわろうよ」
にんまりと微笑んだのはギュスターブくん。生徒に囲まれていたところをジェックとムサシに救出された明煌はほっとしたように胸を撫で下ろす。
「人が沢山いるねえ、こんな風に皆がワイワイしてる輪に入れるなんて、昔河に住んでた頃には無かったから嬉しいんだよねえ」
「まあ……」
人の多さに辟易していた明煌にムサシは「ファントムナイトで部屋から出てこないって聞いていたので心配したでありますけど元気でよかったであります!」と溌剌と微笑みかけた。
「は? ファントムナイトの話誰がしてた? 廻?」
顔色を変えた明煌。『いらん事』を言った彼の今後は気になるが、さて。
「おじさんも皆とのおしゃべりを楽しんでる?
向こうのよく似たお兄さんは、女子生徒さん達に客引きされて連れてかれてたよ、人気の先生なんだねえ」
パペットをぎゅむぎゅむしたギュスターブくんは人が楽しそうならば自分も楽しいと微笑む。『似たお兄さん』とは暁月の事だろう。
「……まあ、暁月は可愛いし」
素直に褒める明煌にジェックは「お腹も空いてくるけれど、メインのお化け屋敷をこなしてから色々食べよう」と提案した。
お化け屋敷は教室に暗幕を張ったものなのだろうが其れなりにおどろおどろしい雰囲気が出ている。
「混む前に行っちゃお、並ぶのヤでしょ?
なんか皆怖いのは平気そう……アタシも別に?悪霊を相手に戦うこともあるし? 余裕だけど? ほら、いけるでしょ?」
「まあ、並ぶくらいなら他のとこ行くし」
そんな明煌をつれていざ出発と飛び込んだ一行は余りの出来の良さに戦慄していた。
「メインはお化け屋敷!!! ……えっお化け屋敷!?!?!?
いやいやいやいやいや自分ヒーローで保安官でありますから全然怖いものないでありますよ???
ただちょっと危険があるかもでありますから入る前に変身して……駄目……? よし!!!! 密集体型で行きましょう!!!!!」
「ムサシお前、怖いんか。ヒーローやのに」
団子状になって固まって動く一行。頬を掻いた明煌にびくりと肩を跳ねさせてジェックが隠れる。
「……ヒッ。お、おっきい音がするとビックリするね。
中暗いし、逸れないように皆で手を繋ごっか! ね! 嫌なら服の端でもいいから! 早く!!! ……!?」
「怖かったらぼくの口の中に…今日は入れないね、みんなコートの中に隠れてもいいよお~」
ほのぼのとしていたギュスターブくんは気にしていないが腰にあったガスマスクを着用しジェックは慄いていた。
勿論、明煌は気付いて居る。悲鳴こそ聞こえないが息を呑む音に、恐怖に震える気配がひしひしと感じられ――
「ジェックちゃん、もしかして怖かった?」
「こ、怖くなんてなかったし……別に……全然……」
よしよしと頭を撫でてくれる明煌にジェックは「全然……」と繰り返したのだった。
大規模な祭ともなればハメを外す者は出てくる。見回りをしなくてはと歩くグレイシアの袖をくい、とルアナは引っ張った。
「おじさま! 見回りついていきたいけどたこやきもたべたい!」
「ふむ、それなら先にたこ焼きを買って、周りながら摘まむとしよう」
見回りと言えどもハレの日だ。ルアナが食べたいとアピールするように、楽しむことは悪くはない。
何よりも教員のグレイシアと違い学生のルアナを其れに付き合わすのも些か可哀想だ。
OKが出た事に喜んでルアナはメニューをまじまじと眺め――
「じゃあえっと、チーズたっぷりのやつと、ふつうのやつと、ネギだくと……どうしよ」
全部食べたいとか細い声で呟いたルアナにグレイシアは「選べないのであれば、4種セットの様な物があると良さそうだが」と覗き込んだ。
「じゃあお店の人に聞いてみて、セットあるならそれにしよ! あーんしてあげたいけど……」
「自分の分は自分で食べると良い……たこ焼きは、人から食べさせてもらう様な物でも無い」
あーんして、としたかったがそれはそれで熱すぎて火傷を誘発するだけなのかもしれなかった。
「里長だからってずっと気を張っていないといけないのはしんどいだろうし……。
――ということで今日は目一杯遊ぶよ! え、いつも遊んでるって? 気の所為だよね?」
「ううん、スティア。きっと気のせいではないわ! ないけど、遊びましょうね」
るんるんとした琉珂にスティアは頷いた。いつだって彼女は楽しげなのだ。
「何やらゆるキャラパフェっていうの食べれるみたいだから探してみるね。
ちょっとぶさ可愛い感じのイメージがあるけど楽しみだな~食べるのが勿体なくなりそう!」
「本当ね。どこかしら? あっちかしら」
「あ、あったよ。これ……うーん、食べづらいかも!?
琉珂ちゃんは躊躇せずにがぶっていっちゃうのかな? それとも躊躇しちゃうのかな?」
どう? と問うたスティアが手にしていたのはぼてっとした印象を受けるキャラクターのパフェであった。
「私は頑張って可愛さを維持しながら食べてみるね」
「え、できるの?」
「琉珂ちゃん、目玉から剔った!?
あっ、失敗した。うーうーん、崩れた以上、美味しく食べてあげるのがせめてもの手向け!」
何故か眼から剔っていた琉珂は「獲物を仕留めるために必要だから」と尖った牙を覗かせていた。
●
「希望ヶ浜学園、マジ卍祭り……今年も楽しそうだね。絶対、入学するから……!
編入生ではなく中学一年生で新入生としての入学を目指す祝音に「人が多い……」と火鈴は不安げに呟く。
「け、けど、祝音と過ごしたいから頑張るね。火は出さないように我慢するわ!」
やる気十分の火鈴と共に祝音が目指すのは『ゆるキャラパフェ』である。色々なゆるキャラを揃えてあるのだろう。ちょっぴり不細工な猫のパフェも当然準備されていた。
「可愛い。みゃー」
「本当ね。食べるの勿体ないかも」
二人は顔を見合わせてパフェを食べながらもう一枚のチケットを眺める。
「もう1個のチケットで…たい焼き! これにしましょう!」
「じゃあ、僕もそうしようかな……つぶあんもこしあんも好き。みゃー」
たいやきとパフェを食べながら火鈴は瞳をキラリと輝かせた。やっぱり学園は楽しいから。
「一人は怖いもの、祝音。制服を着て一緒に通って頂戴? クラスメイトって言うのになりたいわ!」
「うん、一緒に通おう。クラスメイト……になれるかはわからないけど、部活とかなら」
来年の四月、と呟いて火鈴は急いで『社会勉強』を進めなくっちゃとやる気を漲らせたのだった。
ニルに引っ張り出されたナヴァンはやれやれと周囲を見回した。教師のような格好をして居るためか何度か先生と呼びかけられることもある。
「ニルは去年はともだちと一緒に回ったのです。
はじめての文化祭。屋台の焼きソバも、綿飴とか、チュロスも、とってもとってもたのしくて、おいしくて。だからナヴァン様にも!」
うきうきとしたニルにナヴァンは「そうか」と頷いた。
彼は食事には余り興味もないがニルがオススメしてくるものは美味しそうに見えてくる謎の魔法が掛かっている。
辿り着いた教室で猫耳メイドの人のがナヴァンの姿を認め「あ」と呟いた。ナヴァンも一瞬反応が遅れたが会釈を返す。
ニルが世話になっているという認識で会釈をする彼にニルは嬉しいと頬を緩めてからひよのに手を振った。
おいしいと、たのしいと、うれしいが溢れていて。幸せなのだ。
「ぬぁにぃ?! ひよの殿が猫耳メイド喫茶の店員をやってるでありますってー?!
そ、そげな情報きいたらいかんわけにはいかんとですばい! というわけでやってきたであります! 猫耳メイド喫茶!」
「……」
真顔でジョーイの相手をしているのはひよのであった。「ぬふー」と笑ったジョーイは敢て此処では迷惑を掛けないためにクールを装っていた、らしい。
ここで騒げばひよのの猫耳メイド姿が見られなくなるのだから!
「ひよの殿! オムライスに美味しくなーれのサービス頼んでもいいでありますか?!」
「では、いきますよ。せーの」
「ぬおお! ひよの殿がもえもえきゅん……これはいっぱいチップをはらうしかないですな!」
叫ぶジョーイの声が木霊する。ひよのは「お客様ご乱心です」とくるりと振り向いたのだった。
「昨今、色々と思う所が多いが。それらの事はすぱっと忘れ、思い切り気晴らししようじゃないか。
そうして余裕を作っておいた方が、いざという時の対応力も上がるしな」
汰磨羈の提案に「流石はたまきちさん」と水夜子は微笑んだ。タピオカドリンクを確保して、次はゆるキャラパフェの店舗に向かう。
チケットは二枚だけ。それだけでは足りないのではとめんだこがま口を取り出す水夜子に汰磨羈は首を振った。
「チケットを使いきったら、その後は全て私の奢りだ。遠慮はするなよ? かの刀工を紹介してくれた礼の一環だと思ってくれ」
「あら、なら甘えちゃいましょうか」
にんまりと笑った水夜子に汰磨羈が提案したのはひよののいる猫耳メイドカフェへの突入だ。
二人の姿を見付けてげんなり顔のひよのに「折角だから一緒にチェキはどうだ」と汰磨羈は揶揄い声を掛ける。
「可愛く撮るならOKですけど」
迷惑にならない程度にひよのと捕まえて揶揄いながらも水夜子の様子を確認する。
(何かしら抱え込んでるように見える彼女の力になってやりたい所だが……不躾に土足で踏み込むと、逆効果にしかならぬだろうか)
頬杖を付いた汰磨羈は出来れば水夜子から話してくれる時を待ちたいが――その為には友人関係をもっと深めねばならないか。
「ところで。このゆるキャラパフェ、何故にたぬきがモチーフなのだ?」
「汰磨羈さんがいらっしゃったからです」
参ったかと言いたげなひよのに水夜子と汰磨羈は顔を見合わせて笑った。
●
龍成と一緒に――とは考えていたがボディは彼が晴陽と一緒に回っているのを確認し、誘うのを控えた。
折角の姉弟水入らずだ。自身は何時でも逢えるからとその様子を伺っていた。ふと、晴陽に気付けば龍成は廻の元へと向かった後だったのだろうか。
「お久しぶりです。龍成、どんな様子でしたか?」
「……ええ、とても良い子になってました」
嬉しそうな晴陽にボディは頷く。彼女の前でしか見られない龍成というのもあるのだろうか。そうした表情は、少し羨ましくもある。
ボディはふと、手にしていた紙袋から個包装された『ゆるキャラ焼き』を取り出した。ボディから見て何とも珍妙なデザインだが――
「良いのですか」
実に欲しそうに晴陽が見てくることには驚いた
「人と一緒に食事をすると楽しいということは学んでます」
「はい。是非一緒に食べましょう。……義妹になるのかとも思っておりますし……交友を深めておかねばいけませんよね?」
突拍子もない言葉にボディが固まったのは仕方が無い事であったのかもしれない。
同胞とこうして祭を巡る機会。それはどれ程に久方振りだろうかとジェラルドは傍らの琉珂と瑞希を見遣った。
瑞希はフリアノンでのお料理教室で琉珂とは交友があるらしい。覇竜から遠く離れたこの地で、同胞同士での交友はどれ程嬉しいことであろうか。
友達になれたからと張り切って屋台を巡る計画を立ててきた瑞希は「色々あって目移りしちゃうね」と周囲を見回した。
「琉珂さんやジェラルドさんは何が食べてみたい?」
「俺はどうすっかな〜肉系はあるかね、串焼きとか、フライドチキンとか? 歩きながら食べれるヤツなら皆で屋台廻れるよな?」
パンフレットと睨めっこしていた琉珂は「瑞希さんは何に興味ある?」と決めきれませんでしたと顔に書いて伺うように問い掛ける。
「そう、だなあ……ね。これ。ゆるキャラパフェ『宇宙ビーバー』デラックスだって! 大きなパフェ! これなら皆で食べれそう」
「わあ、美味しそう!」
きらりと目を輝かせる琉珂が「中のアイスクリーム頼めるみたいよ」と瑞希の手を引いて屋台へと突進して行く。
その様子をからからと笑って眺めていたジェラルドは「油っぽいもんばっかり食べてりゃ甘味も欲しくなるってんだ」と頷いて。
「ね。一緒に食べてくれる……? 友達と、こうやって遊ぶのって、すごく、楽しみにしてて」
「うん? 練達ではそういう食べ方なのか?まぁダチだしな、いいぜ? 俺もしてやろーか? なんてな?」
揶揄うように笑ったジェラルドに「してちょうだいな!」と琉珂があんぐりと口を開ける。
瑞希は小さく笑ってから「あーん」と差し出した。練達だとこうして友人と食べるのだと聞いたという瑞希に習って琉珂は「美味しい」と頬を緩める。
ジェラルドにもくれるのと視線を送る里長に「いいぜ」とスプーンを差し出しながら、ふと、青年が思い浮かべたのは金糸雀の娘だ。
(ダチで食う時はこう食べんのかーなるほどなぁー。アイツにもやってみるか?)
彼女が喜ぶかは分からないが――少なくとも目の前の里長は嬉しい嬉しいと笑みを浮かべている。
「今日は楽しかったぜ二人共! 久々に腹ァいっぱい食べた気がするしよ。知見も得たし……たまには遊ぶのもいいな!」
「また二人とも私と遊んでね?」
嬉しそうな琉珂に美羽好きは「勿論!」と頷いて。
●
――さて。もう一つの僕の守るべき幸せにも向かうとしよう。彼女に何か奢るのは僕のライフワークゆえに。
その気持ちで声を掛けたのは水夜子。愛無にとって水夜子に『餌付け』をするのがライフワークなのだそうだ。
「苺のクレープとかどうだろ?
水夜子君は苺が好きだったよな。好きな色は水色」
「あら、素敵」
よくご存じですね、と微笑んだ水夜子に愛無は頷いた。ただ、その程度だけ。その程度だけだが少しでも彼女の事が知れたとも思う。
「解らない事のが遥かに多いが。最近は君が本当に人間かも解らなくなってきたが。
不思議な事だらけ。だから知りたい。だから喰いたい。ちゃんと我慢はするけどね」
「ねえ、愛無さん。もしも私を食べる機会が来たらちゃーんと骨の髄までしゃぶってくださいね」
「いきなりだな」
「言ってみただけ」
揶揄う彼女に愛無は肩を竦めた。
つい先日まで私もここに通ってたけど今は卒業生としての立場!
そう胸を張ったサクラは「晴陽ちゃんも高校はここだったの? 晴陽ちゃんの制服姿、見てみたかったなぁ」と問い掛けた。
「そうですね、私も暁月先輩も高校は此方です」
「きっとめちゃくちゃ綺麗で可愛かったんだろうなぁ。今度私の制服着てみない? 駄目?」
「……27になって女子高生制服は痛々しいのでは……」
不安げな晴陽が冗談に乗ってくれたことにサクラはくすりと笑った。「ないです」なんて反応を想定していたけれど――
「今日は機嫌良さそうだね。龍成くんと会えたのがそんなに嬉しかった?」
「ええ。とても嬉しかったです」
もっと互いに声を掛け合い、食事に行けば良いというのに。どちらも素直じゃないのだ。
不器用を極めた姉弟たち。それが可愛いのだとサクラは思いながらぎゅっと晴陽の腕に抱き着いた。
「弟もいいけど、ここに可愛い妹もいるんだからちゃーんと可愛がってよね?」
「ええ。可愛い妹も一緒に回らねばなりませんね」
「美味しい?」
蕃茄がクレープを頬張る様子を眺めながら茄子子はそう問い掛けた。ツナサラダのクレープを選んだ茄子子とは対照的に生クリームを盛りだくさんにした蕃茄の顔はクリーム塗れである。
「とってあげるね」
クリームを拭ってやってから茄子子は柔らかに微笑んだ。
「あ、胡瓜の一本漬け売ってる。ほんとに何でもあるじゃんね。
こないだの秋祭りでは置いてなかったし、これも食べようか。蕃茄も食べたいって言ってたもんね」
「うん。蕃茄食べる。ナチュカが好きな奴」
「そう。これね。会長これ好きなんだよね」
胡瓜の一本漬けに刺さった割り箸を握りしめ蕃茄が自信満々に「瓜!」と胸を張る。そんな様子も愛らしくて「えらいえらい」と褒めた。
「そういえば、蕃茄は校長の代わりをしに来たんだっけ。偉いねぇ」
「えらい。蕃茄はとってもえらい。校長の替わり、うそだけど」
「あれ、うそだっけ。まぁなんでもいいや。今年は校長のステージ見れると思ったのになぁ。残念」
「……蕃茄、ステージする?」
少し対抗意識を燃やした蕃茄に茄子子は「何する?」と揶揄うように問い掛けたのだった。
●
「リューカ、いっぱい食べたんでしょ? じゃあ今度は動く番よねっ」
屋台で鱈腹『おいしいもの』を食べてきた琉珂をがしりと掴んだのは鈴花だった。その傍ではにんまり笑顔のユウェルが立っている。
「まじまんじ! 屋台を回ったりとかも楽しそうだけど体育祭? っていうのがおもしろそー! 身体を動かすのは大得意だもん!」
「はいはい翼も角も尻尾もしまわなきゃね、この街ではそういうのびっくりされちゃうらしいもの。準備運動するわよ。着替えてね」
お揃いのジャージを着用した鈴花とユウェルにずるずると引き摺られるようにして誘われていく琉珂は「そんなあ」と叫んだ。
参加するのは借り物競走だ。一番にチャレンジするのはユウェルからである。スタートラインに立ったユウェルを確認しながら鈴花はつんつんと琉珂を引っ張った。
「ねえリュカ。あの子ちゃんと出来るかしら!?
途中で何持ってくるか忘れてどっか行っちゃわないかしら! ……なんかアタシら保護者みたいになってない?」
「ママみたいね」
「ママじゃないわよ。ていうかなんかあの子猛スピードで走ってくるんだけど!?」
「ええっ!?」
鈴花と琉珂に向けて猪突猛進としか言えぬ勢いで飛び込んでくるのはユウェルその人である。
彼女が引いたのは――そう、『好きな人』。簡単だと心躍らせて二人の手を引っ手繰って走り出したのだ。
「へ!? なに! 早い早い!! ――ぜぇ、はぁ、何だったのよお題……」
肩で息をする鈴花に聞かれずともユウェルはにんまり笑顔で手をばしりと挙げた。
「はーい! 大好きな人を借りてきました! おかーさんも大好きだけど二人もおんなじくらい大好きだからおっけーなはず!」
「え? そ、そう、ふん! ……ありがとね、ゆえ 褒めてあげるわ!」
「私も大好きよ、ユウェル!」
そんなお題であったのならば走り出しても仕方がない。攻めること何てないと琉珂はユウェルをぎゅっと抱き締めて嬉しそうに微笑んだ。
「これが体育祭……! みゃーこ先輩! みゃーこ先輩!
面白い物が沢山あるですよ! こんなに面白い物があるのなら水鉄砲バトルで勝負ですよ! 負けたらクレープ奢りですよ!」
「ええ、構いませんよ。いいんですか? ブランシュさんにデラックスクレープを奢らせてしまって」
にんまりと笑った水夜子にブランシュは「大人げないことをしても許されるって事ですね!」といじわるな笑みを浮かべた。
「なんと、ブランシュの回避は300です。当てられますか?」
「あら、私の為に止まってて下さるのでは?」
会話の最中だというのに唐突に飛んでくる水風船。ブランシュは障害物の後ろに隠れ、空中でぐるぐると動きながら水風船を撒き散らした。
「始めるか、ブランシュの自爆ショーを……これぞサーカス作戦ですよ! みゃーこ先輩覚悟ー! これがレオンさん倒した水鉄砲捌きですよ!」
「可愛い先輩になんてことを!」
叫びながら水夜子は『飛び入り参加のダークホースの姿に気づき隠れた。
疾く壱和は靱やかにスナイパーライフルを手に狙いを定めた。
「こりゃ参加して引っ搔き回すっきゃないナ。むっふっふー」
猫の目をきらりと輝かせて壱和は障害物の多い区域へと直行して行く。立ち回りはゲームで学んだのだ。そう、ゲームは優秀な教材なのだ。
遮蔽物に身を隠し、息を潜める。
「っと、敵さん来た来タ。その不用心さが命取りー! 先ずは1体!
余裕余裕w これはマジで優勝狙えるかもナー! ニャッハッハwww」
大笑いをした壱和に気付いたのは――
「って、に゛ャ゛ー!?!? ま、まさか真上から水が飛んでくるとは思わなんダ……」
見事上から水を被って失格……なのである。
ゼッケンは青色の奈々美は「ひぃ……な、なんであたしが水鉄砲バトル参加しなきゃなんないのよぉ……?」と身を縮め困らせていた。
「え? 何ですって……? 制服が濡れた奈々美が見たい? ふ、ふざけんじゃないわよクソマスコット……!」
クソマスコットこと魔法生物バンピアは可愛い顔で恐ろしいことを求めてくるのだ。
「とにかくビショ濡れになるのはイヤだから物陰に隠れて濡れないようにしなきゃ……すみっこでじっとしてれば大丈夫そうよね……。
……ってクソマスコットわざわざ敵を呼んでるんじゃないわよ……!
ち、近づかれないようにとにかく逃げてなんとかしなきゃ……うぅ……」
「いやー今年こそはしにゃこ祭りになると思ったんですけどねー今年もマジ卍でした!
来年こそはしにゃこ祭りにします! 楽しみにしててください!」
他人を壁にしながら水風船をぽいぽいと投げ続ける卑怯な美少女――こと、しにゃこ。
「やーい! この時期だと寒いだろー! 風邪引けー!!
あれ? そして、これはいつのまにか囲まれてますね! なんか味方にも睨まれてる気がします!
皆さんあまりにもしにゃが可愛すぎて水も滴るいい女にしたいんですね!」
いやあ、と照れたように笑ったしにゃこに勢い良く投げ付けられたのは水風船。
「……ぶっへ! いやちょっと待ってください! 狙うのは顔じゃなくてゼッケン……ぶぇ! 鼻に水が入ります! 顔はやめてください!」
「ウォーミングアップに丁度良いかも」
「笹木さん居ました!?」
水鉄砲ってもう秋だぜ、と定は首を傾いだ。
「濡れたら寒いぜ?」
「大丈夫だよ! バトルロワイヤル形式って言っても協力したらいけないってルールはないしねっ!
最後の方までは皆と協力して他の参戦者をバンバン倒していくよっ!」
花丸は赤いゼッケンを手に「バーニング!」と叫んだ。休憩時間のひよのも「全員皆殺しです。支援します」と恐ろしい言葉を吐出している。
「わあ、花丸ちゃんはいつでも元気だな。おーけーおーけー、分かったよ僕はひよのさんと後ろから二人を支援するぜ」
「花丸ちゃんは前衛で行くから援護は任せたからね、ひよのさんっ!
ジョーさんもなじみさんにイイトコ見せるチャンスだよっ! 前いかない?」
「前に出ないのかって? ……なじみさんがもう飛び出しちゃってるからね!」
「ホントだ!」
走り出したなじみが楽しげに勢い良く敵陣へと突進していく。花丸は追掛けながら水鉄砲を構えていた。
単発式スナイパーライフルを覗いた定へとひよのは「なじみ見えます?」と問う。
「ああ、えーとって見てないよ! 見てないってば!!! ひよのさん揶揄わないで!!!
うわっ! そんな事言ってたらやられちゃった! 3人とも、ごめん後は任せああもう聞いてない! 頑張れ!!!」
四人で楽しく協力プレイ。但し最後は敵になるのだ。楽しげな女子三人を見送ってから定は「こっちよ」と呼んだアーリアの元へと駆け寄った。
「……ジョーくん、見てたわよ? よそ見して思いっきり水被ってるの!」
「アーリアせんせ?タオルありがえ? 何の話ッスカ。ボクチョットヨクワカンナイッスネ。ッス」
「あとで画像は送っておくから」
aPhoneで激戦の様子をばっちり撮影したのだとアーリアは微笑む。秋も深いというのに水鉄砲バトルで精を出す若者にアーリアは完敗だと手を挙げた。
いつもの四人が楽しげである様子を見ているだけでも嬉しいのだと先生は眼を細めて一行を見守っている。
「アーリアせんせ、濡れたー!」
「ふふ、本当ね。勉強、困ったときは何でも聞いてね? なーんでも先生に任せてね」
わしゃわしゃとなじみの髪を拭きながらアーリアが微笑めばなじみは「うーん、英語とか」ともにょもにょと言葉を紡ぐ。
受験生である彼女にとっても頼りになる『先生』なのだ。定は「なじみさんって結構勉強苦手なんだな」と揶揄い笑う。
――見詰めているだけで、花丸はほう、と息を吐いた。
「それに皆でお祭りなんてしてると外の事がまるで噓みたい。
……ねっ、ひよのさん。また来年もこうして皆でお祭り……きっと出来るよね?」
花丸の問い掛けにひよのは目を丸くする。変わらないモノなんてない。なじみも、ひよのも、抱えた事情がある。
勿論花丸だってそうだ。アーリアも、定も。皆が、何かを抱えている。
「……それでも私は皆で過ごす明日が欲しいんだ。だから頑張るね、私。
――このお話はおしまい。最後までお祭り楽しもうねっ!」
「花丸さん」
ひよのは花丸の背中へと声を掛けた。もし、全てが済んだら希望ヶ浜の外に旅行に行きたい。
皆が辿った冒険の奇跡を一緒に、追掛けてみたいとそう、呟いた。
●
院生という立場ではあるが半分は教師とも言える立場である。繁茂は祭りの準備に追われて居たが――
「毎年の事ながら山の様に大量の巻や花火を準備するのはもちろん管理するのも骨が折れます。
……でも学生のみんながあんなに喜んでくれるのならやってよかったと言えますね」
はあ、と息を吐いた。ふとした瞬間に『あの人』が何処かに居ないのかを探してしまったが、何処にも影は見えなかった。
一体何処に居るのか。一体何処に行けば良いのか。酒を呷りながらキャンプファイヤーを眺めて考えやる。
ふと、火花の向こうに『あの人』が見えた気がして――
「ここで落ち込んでたら笑われちゃいますね。大丈夫。必ず迎えに行きます」
「燃えろ、燃えろ、生ける炎!
そんな詩的な戯れだったのか、否か、兎も角として、購入した唐揚げやりんご飴、焼きそばやその他にホイップクリームを添える」
いや、注ぐのだとオラボナは笑った。ホイップクリームこそが絶対的な蠢動、蠕動、正義的な食物なのだと宣言する彼女の傍で萌黄は眼をぐるぐるにしていた。
「理解出来るな、貴様。理解出来ない? 故に、今、私と共にポコチャカ坐しているのだよ。
ほら、折角『外出許可』を貰えたのだ、少しは悦ぶべきだと思うが?
嗚呼、私ならば貴様の化け物じみた言の葉、咀嚼出来るのだよ。おかわりだ、腹が減っては踊る事も難しい。
レンガ造りの建築物から解放された心地は如何だ、貴様。赤城? 嗚呼、奴ならば今頃『修行中』なのだよ。
私が手取り足取り教えるのも『ここまで』かと思ってな。素敵な招待状を叩き付けたのだよ。
顔色が悪いのは常の如くだが、しかし。先生方に感謝し給えよ」
「ゆいは? ゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆい」
繰り返す萌黄にオラボナは笑った。ただ、冒涜的なまでに笑って笑い続けるだけだった。
焔を眺めながらシークは屋台で購入したタピオカショコラテやスイーツを楽しんでいた。
「こういうの体重とかニキビとかそういうの気にせずお腹いっぱい食べてみたかったんだよねえ。
……キャンプファイヤーをバックに食べ物の写真でも撮っておこうかな」
きっと『映え』るだけではない。シークの瞳に映り込んだ焔は揺らぎ美しい。キャンプファイヤーだけの写真も撮っておこう。
マジ卍祭の名前は正直に言えば『美しくない』とも感じていた。それでも、美味しい者と食べて楽しめるのならば、それは最高のお祭りなのだ。
「あ、花火があるの? 俺もやってみようかな、花火してる所撮ってもらお」
「よければ撮ってあげるわよ」
にんまりと笑ったフランツェルに「よろしく」とシークは緩く頷いた。
「……ただ燃えている火を眺めているだけなのに、どうしてこうも落ち着くのかしらね」
ノアはまじまじとキャンプファイヤーを眺める。鉄帝で見た火はこんなにも落ち着くものではなかった。
不法占拠する賊を混乱させ、こちらにとって有利に話を進めるためのものだった。それにあの焔の出先は――
煌々と燃える焔と飛び散る火の粉。ぱち、ぱち、弾ける音が聞こえれば木枯らしめいた風が焔を一層に煽る。
燃え盛った其れを眺めてからノアは悴んだ指先を眺めた。
「……もうすぐ冬、か。今年は厳しい寒さになるってゼノから聞いたっけなぁ。
誰かを陥れるためじゃなく、誰かを温めるための炎を灯していきたいわね、その煙が何を招いても追い払えるように、もっと強くならなきゃ……!」
キャンプファイヤーから離れた場所で腰掛けていた晴陽に温かな飲み物と食べ物を差し出して天川は気さくに声を掛けた。
「よぉ。晴陽先生。祭はどうだった……ああ、これ使ってくれ」
ブサカワキャラクターの遠足用レジャーシートを敷いてから天川は「汚れるだろ」と声を掛けた。
龍成と話せた事は彼女にとって喜ばしいことであったのだろう。弟とは、と声を掛ければ自慢げに頷く。
「こうしていると学生時代を思い出すな。俺は当時家の古流剣術と剣道にのめり込んでてな。修行ばかりで甘ずっぱい青春なんてのはなかったな。
……晴陽先生はどうだった? きっと利発な子だったんだろうな」
「いえ、心咲が何時も引っ張っていってくれました。私は勉強ばかりでしたから……」
学生時代のことを思い出し話す晴陽に「そうか、心咲嬢が居たらさぞ盛り上がったのだろうな」と頷いた。
「……と、少し冷えるか? ほら、掛けておくといい。タバコの匂いは毎回気を遣って取ってるから大丈夫だとは思うぜ」
「有り難うございます」
コートを肩に掛けてから天川はキャンプファイヤーを眺める晴陽の横顔を眺めていた。
「学生時代ってのは帰って来ないが、気分だけでも学生時代を味わうってのは悪くないかもしれんな。何かやりたかったことはあるか?」
「そう、ですね。心咲が『来年の文化祭は写真を撮ろう』と。来年はなかったのですけれど」
肩を竦めた晴陽に天川は「ジョー達でも見付けるか。龍成も」と立ち上がった。
――はるちゃん、一緒に写真を撮ろうよ。あかつっきー先輩やしおりん先輩と、思い出でさ!
笑って手を引いてくれた親友に彼を重ねた気がして晴陽は「写真」とだけ呟いた。
●
一日中仕事に奔走していたロトは最後のキャンプファイヤーを見守り、遠巻きに生徒が和気藹々と楽しむ様子を眺めていた。
「先生」
茄子子の手を引いて、差し入れをしたかったのだと現れたのは蕃茄だ。寒い夜に持ち込まれたのは胡瓜の一本漬けだった。
「おいしい」
「ああ、ありがとう。蕃茄ちゃん」
頷いて、ロトは誰を見守っていれば良いのだろうかと考えては居たがその一人である蕃茄が意気揚々とやって来てくれたのだからこれはこれで良し。
祭と言えば真性怪異、だが、目の前の『怪異の欠片』は「校長先生の替わりは蕃茄」と言うのが可笑しくて「異常有りませんでした」と優しく声を掛けておこう。
(皆が楽しそうに過ごす今日を護る事は校長先生も望むだろう。
裏方仕事が増えるから早く帰って来て欲しいけれど……あの人の事だ、この街にとって大事な事をしてるんだろう)
フォークダンスだとニコラスは水夜子に手を差し伸べた。
「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら……身体動かす方が愉快だろうよ。
遠回しに見てる奴らも参加したくなるくらい楽しげに笑って踊って騒ごうぜ。こういうのはノった方が面白いってな」
「エスコートして下さるんですか?」
「勿論」
花火の音を背景に、楽しげにニコラスは踊る。目の前の水夜子もくすくすと笑っていた。
終わる瞬間は寂しいものだが最後まで。
――今日という日の花を摘め。それがニコラスの生き方だから。
「……んで来年もまた今日みたいにバカみたいに騒ごうぜ」
「ええ、何時だって馬鹿騒ぎして、楽しかったと笑いましょうね?」
「ギルオスさんが私くらいの年の頃は、こういう場所で勉強していたの?」
始めて踏み入れた学校。ハリエットが見回せば教室に並んだ机。子供達の学び舎は、何処か珍しくて。
「学校か――そうだね。もう随分昔のように感じるけれど、まぁ似たようなモノには通っていた……と言えるかなぁ」
ギルオスは顎に手をやり思考する。一定の人数と一緒に一緒に学ぶ場所に居たのは確かだと過去に思いを馳せた。
「そっか。私は学校に通えなかった。でも、勉強とか教えて貰って、ちょっとはできるようになったんだよね…感謝してるよ。『先生』」
「……先生?」
驚いたような顔をして、ギルオスはハリエットを見遣った。教団近くの彼を眺め、適当な椅子に腰掛けたハリエットは先生と生徒とはこの様なものなのだろうかと考える。
「ギルオスさんが先生だったら人気出るだろうな。面倒見いいし、教え方は丁寧だし」
頬杖を付いて想像し笑ったハリエットにギルオスは目を丸くしてから笑った。
「ははは、僕が教師か。柄じゃない気もするけどね……そうまで褒めてくれるとこそばゆいな。誉めても何も出ないよ――ははっ」
何となく目を逸らしたギルオスに「褒め殺しじゃないよ? 本当にそう思っている」と告げてから首を傾げる。
彼が照れたのだろうかとまじまじと見詰めたハリエットにギルオスは「ほら、キャンプファイヤーしてるじゃないか」と告げた。
「ギルオスさん、顔が赤――」
「あぁ綺麗だな――顔が紅いのはキャンプファイヤーの灯りさ、きっとね!」
キャンプファイヤーの火は暖かいが流石に夜風は冷たかった。温かい飲み物を差し入れに竜真は晴陽を誘う。
「龍成とは久しぶりにゆっくり話せたか?」
「ええ、まさか龍成から……」
弟と過ごせたことを喜ぶように目を伏せた晴陽。彼を一番に心配していたのは姉である晴陽だ。龍成から晴陽に会いに行くと告げて居たのは――大きな進歩、と言えるのだろうか。実り有ればよかったと笑みを浮かべた竜真は窓辺まで歩いてからくるりと振り返った。
竜真とキャンプファイヤーを見詰める晴陽の紫色の瞳が見える。
違う、離したかったのはこれではない。どくりと心臓が音を立てた。言うことの聞かない感情を吐露するように唇を震わせる。
「晴陽さんには以前言ったよな。確信できたら伝えるって」
勇気がなかった。確信はしていたのに。竜真は一度俯いた。何かを察したように晴陽の表情が不安げに揺れる。
「……男として俺を見てほしい───浅蔵竜真は、晴陽さんのことが好きだ。出会ったあの冬から」
じっと晴陽を見詰める竜真に晴陽は目を逸らした。弟のようだ、と告げた気持ちは今も変わらず、其れが変化することに酷く恐れるようでもある。
「もちろん貴方は、俺をそうは見ていないと思う。だから貴方と同じ時間をもっと過ごさせてほしい。
……その間に俺をそう見ることができたなら、良い返事を」
「ごめんなさい」
静かに目を伏せて晴陽はそれだけを返した。
「私は、その……弟としか、貴方を見て居らず……どう、していいのか……ごめんなさい」
晴陽は静かにその言葉だけを返してから、その場を後にした。動揺したまま、aPhoneに表示されたのは弟の名前だった。
●
「良かった……ひとが、沢山で、やっと見つけられました。晴明さま、良かったら、今からご一緒していただけます、か?」
「ああ」
音楽が聞こえてきたからとメイメイは晴明の手を引いて、少しばかり早足で「こちら、です」と声を弾ませる。
「えっと、行先は、グラウンド、です。キャンプファイヤーを囲んで、その、踊るんです。
あっ、何のことか、わかりません、よね。フォークダンスといって……えと、踊り方……は。
あ、えっと……前に踊ってもらったことがあります、ので、エスコートは任せて、ください……!」
ふんすとやる気十分なメイメイに晴明は頷いた。「メイメイ殿に任せておけば大丈夫だな」と笑う彼にこくりと頷いて。
ぎこちないダンスであっても、彼と共に躍ってみたかった。
晴明は不慣れなのだろう。「メイメイ殿」と何度も名を呼ぶ。その途惑いが可笑しくて。
「……大丈夫です、よ。わたし、いま、とても楽しいです……!」
心からそう感じていると微笑んで、メイメイの『ぽかぽか』は屹度焔の熱の所為なのだ。
「ああ。俺も楽しい。……その、貴殿が学園の衣服を着ていると、少し不思議だな」
「そう、ですか?」
「ああ。良く似合っている」
頷く彼にメイメイはぱちりと瞬いてから「ありがとうございます」と返した。折角だからこそ、最後は記念撮影で終わりたい。合い言葉は――「ふふ、マジ卍、です」
「こうやって一緒に踊るのも久々だな」
「一緒?」
心当たりがないと呟いた琉珂にあれはR.O.Oでの彼女だったかとルカは思い当たった。
「いや、ちょっとした勘違いだ」
「あ、誰かと間違えたの?」
頬を膨らます琉珂にルカは「違う違う」と首を振った。あの琉珂とこちらの琉珂はそっくりだが演算されたNPCである以上は別人だ。
女性をエスコートしようとしているというのに誰か別の女を思ったとなれば、失礼かとルカは肩を竦めて。
「悪かった、悪かったよ。……改めて、貴女をエスコートする栄誉を頂けますでしょうかお姫様」
「うふふ、宜しい」
冗談交じりに恭しく差し出した手をそっと取って琉珂は「私を見ていてね!」と声を弾ませた。
頭が痛い。玲瓏の魔力は、ヴェールのように少しばかり『影響』を抑えてくれていた。
だが、リアの目の前のシキとサンディの旋律は、耐えきれるものではない。
目の前で笑う大好きな親友。シキ。サンディ。笑う彼等が――声が――旋律が――
「リア?」
呼ばれてからリアは「何?」と問うた。
「あ、たべる?」
たこ焼きをもぐもぐと食べて居たシキは「こういうイベントのご飯って妙においしく感じるよねえ」と笑いかける。
言葉以上に『旋律の苦痛』がリアの頭をぎりぎりと締め付けた。
「ここんとこマジで激闘続きだったからな、たまにはのんびりするのも悪くねえ。
美味しいモンもいろいろあるし。せっかくだし俺もひとつもらおうかな! 美味しそうに食うよなシキ。いや実際うまいんだけど」
二人がたこ焼きを食べている様子を眺めてリアは笑いかける。
「今日は色々と遊んで楽しかったけど、やっぱりあたしは3人でゆっくり落ち着いた時間を過ごすのが好きよ。
もう、シキったら慌てて食べ過ぎ。ほら、口元汚れてるわよ、全く。
……ほら、サンディ折角だから、貴方が拭ってあげたらどうかしら? あたし達の兄貴分、なんでしょ??」
「それって兄貴分のヤツか?」
サンディの問い掛けにリアは「勿論」と頷いた。大人しく拭われたシキは楽しんでいるだろうかと様子を伺い、二人の名を呼んで。
「私ね、君たちのことが何より大事なんだ。混沌に降り立って一番最初に手にした私の宝物なんだ。だから、笑っててほしいんだ」
「宝物かぁ。そんな感じで言われるっての、昔じゃ考えもしなかったし。不思議なもんだよなぁ」
頬を掻いたサンディと照れ笑いのシキを見詰めながら――頭痛が酷くなった気がしてリアは眉を顰めた。
「…………あぁ、ごめんなさい。今日は色々と歩き回って疲れたみたい。
そうね、あたしにとってもあなた達と過ごした日常は宝物よ」
――あたしが……あなた達を嫌いになるはずなんて、ないもの。
だと、言うのに体は言うことを聞かない。リアは唇を震わせて重く息を吐いた。
「ごめんなさい、やっぱりちょっと体調が良く無いみたい。あたし、先に戻るわね。ふふ、あなた達は2人でごゆっくり〜」
少し様子が気に掛かるとサンディとシキは顔を見合わせた。最後の揶揄うような声音は、調子が戻っていたような気もするけれど。
「リア、どうしたんだろう。体調が良くないっていってたけど大丈夫かな」
「……なんだろうな……」
「なんだか最近心配なんだ……君が遠くに行ってしまうようで」
――その答えは分からない。旋律から感じた気配から逃げるようにリアはその場を後にした。
「一緒に踊ってくれるかい? なじみさん」
「勿論」
去年は、いや、いつだって彼女が一枚上手だった。定はそっと手を差し伸べて笑う。
クリスマス、正月。喧嘩した自分の誕生日。バイクでの『で』――おでかけ、だって楽しかった。
「来年も色んな所に行こうぜ」
手をぐっと引けばなじみと視線が交わった。掴んだ腕の細さが、頼りない。
「今年は色んな国を見てきたんだ。君にも見せたい景色がある」
「ほんとう?」
「本当。これは約束じゃない、決意表明だ。
来年も、その先も、君と共にいる……その為なら、どんな怖い事だって何とかするさ」
定くん。
笑って手を引いて、走って行く『僕の太陽』――君が立ち止まったら、手を引くのは僕の役目だろう?
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。とっても平和なマジ卍祭!
お楽しみいただけたのならば幸いです~。
GMコメント
マジ卍過ぎる希望ヶ浜のお祭りがやって来た!!
※ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
※行動は冒頭に【1】【2】【3】【4】でお知らせください。
●マジ卍祭り
ネーミングは特異運命座標による大喜利――いえ、公募で決定されました。文化祭&体育祭です。
幼稚舎から大学まである希望ヶ浜学園の一大イベントです。とても広く様々な催しが行われるために地域や近隣の方々も遊びに来るテーマパーク状態となっています。
高等学校グラウンドにはメインステージが設置され、ミスコンやコスプレコンテストが開催されているようです。
また、バンドや演劇などやメイド喫茶やお化け屋敷など校舎内での催し物等なども自由に行うor自由に見て回ることも出来ます。
学食による屋台では『チケット(一人2枚!)』を使用し、食べ歩きが出来る簡単な料理やタピオカドリンクが頂けますし、普通の屋台を見て回ることも出来ます。勿論、チケットを使い切っても現金利用も可能です。
総じて『こんなの有りそう!』が大体叶うので是非、こんなのしてみたい!を提案してみて下さいね。
【1】メインステージ
高等部のグラウンドに設置された簡易ステージです。メインステージとして様々なイベントが進行します。
此処ではバンドによるパフォーマンスと部活動アピールなどが行なわれています。
・バンド演奏参加
バンドのパフォーマンスを楽しめます。お友達同士で参加してみても良いかもしれませんね!
・部活動アピール
・『主張』コーナー
部活動をアピールするほか、マイクを通さずステージ上から叫ぶイベントが行なわれています。
告白や暴露をする生徒もいて大盛り上がりのようですね。
【2】屋台を見て回る
適当に屋台を確認して回ることが出来ます。メイド喫茶やお化け屋敷、各部活の展示や大型迷路もあります。
何でも1食引き換えられるチケットで『ゆるキャラパフェ』を探してみるのも良いかもしれませんね。おいしそう。
チョコバナナにポップコーン、イカ焼きにたこ焼き、タピオカドリンクや手打うどん……。様々な屋台を楽しむことが出来ます。
こんなのありそう! と言えば何でもあります。そう、なんでも!
また、グラウンドなどでは運動部のレクリエーションやチャレンジイベントが行われているみたいですよ。
ひよのさんは猫耳メイド喫茶の店員もしてるみたいです。
【3】体育祭プログラムに参加する
・水鉄砲バトル
ゼッケンは【赤】と【青】をご指定下さい。水鉄砲(バズーカやハンドガン)や水風船を投げ合って、ゼッケンが濡れると退場。
最後までグラウンドに立っていた人が勝利の競技です。障害物を使用して最後まで生き残れ! 今年はバトルロワイヤル形式です
・借り物競走
その名の通りの競技です。恋人や家族なんかの札もありますので、色々と借りてきましょう!
龍成、『お姉ちゃん』を借りておいで。姉さんが喜んでますよ。
【4】キャンプファイヤー
夜にグラウンドで囲う事ができます。踊るもの良し、遠巻きに眺めるもよし。
フォークダンスが行われるグラウンドを眺めながら屋台で購入した飲食物をのんびりと、どうでしょう。
キャンプファイヤーの火が眩しいのです。毎年先生方が大量に購入してくる季節外れの手持ち花火も楽しめるらしいですよ。
教室も開放されているのでのんびりとしたい方は教室もどうぞ。
●NPC
夏あかねコントロールNPCにつきましては、
・音呂木・ひよの(希望ヶ浜学園高校)
・綾敷・なじみ(外部生)
・澄原 水夜子(外部生)
・澄原 晴陽(澄原病院院長 ※弟が一寸構ってくれて嬉しい)
・蕃茄(冒険中)
・月原・亮、フランツェル・ロア・ヘクセンハウス、建葉・晴明、月ヶ瀬 庚、
珱・琉珂、陽田 遥、クレカ、プルー・ビビットカラー、ショウあたりならばご一緒できます。お気軽にお声かけ下さい。
※無名偲・無意式(希望ヶ浜学園校長)につきましては、行方不明中だそうです。
それでは、楽しんで!
宜しくお願いします!
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