シナリオ詳細
夏だ! 祭りだ! ~テレーゼの誕生日~
オープニング
●
カツンと、溶けて落ちた氷がグラスの中で音を立てる。
「…………暑い」
瞳から感情を失った少女がでろりと床に倒れこんでぽつり。
起き上がり、周囲を見る。部屋にある窓からは暖かい風がねっとりと身体と部屋を包み、押し込むような圧迫感さえ与える。
少女は起き上がると部屋の扉を開け、きょろきょろと廊下を見渡し、再び部屋に戻ると、スカートをバッ――と持ち上げた。
「あづぃぃぃぃぃぃ」
貴族として、いやもはや女性としてあまりにも酷い行動をしながら、ごろりと床に倒れこむ。
「お嬢様、そのお姿はあまりにも人として見るに堪えませんよ」
不意にそんな声、テレーゼはそれを聞くと身体を跳ねるようにして立ち上がった。その直後、扉から女性が一人、入ってくる。
「おや、適当に申しましたが、的を射たことをしてしまいましたか?」
一瞥と共に、女性は静かにそう告げた。
「な、何のことでしょう。それより、どうしたのです?」
動悸のする内心を悟られぬよう意識的に心掛けて、テレーゼは問い返す。
「はい、実は……お金がありません。具体的に言うと、来月分の傭兵団への給金や、家臣団への賃金はもちろん、一文も」
「遂に、無くなりましたか」
動揺さえ失せて、少女はすぅっと遠くを見る目をして呟いた。
「はい。傭兵とはいえ軍を動かしてやりあいましたし、お嬢様がおっしゃったとおり、近隣諸村落への支援も行いましたから」
「でも正直、一番大きかったのはあれでしょう?」
「はい。間違いなくあれです。減税もですが、お家騒動の後始末は終わってません」
「どうしましょう……どこかからぽんとお金落ちてこないでしょうか」
毎日考えてもあまりいい案は浮かばなかった。
減税が悪などとは言わない。寧ろ、民衆にとっては良い事だろうし、多くの貴族にとっても痛くもないことだ。
ただ、敢えて言うならば。そう――運がなかった。
出征、近隣支援、軍事力の調達、ありとあらゆるお金の支払いで、ただでさえお家騒動で無意味に消えていた家の金庫は、あっという間に空になった。
それでも、出来る限り他所は頼れない。特に近隣の貴族などに頼ればあっという間に食い物にされるだろう。
「一つ、思いついた案があります。焼け石に水かもしれませんが」
女性が恐る恐るといった具合でこちらをうかがうようにして言う。
「なんでしょう?」
「はい。お祭りを開くのございます」
「は? なぜ? それ以前に何を理由に?」
「税収そのものが下がらざるを得ないのであれば、集まるお金の母数を増やすしかありませんから」
「それはまぁ、そうでしょうけれど」
「なので、大体的に宣伝をして、人々を多く集め、祭りで集めたお金を使って対象になるお金を増やすのでございます」
「でも、何を名目に?」
少女がきょとんとしてそう問うと、女性は静かに、真剣なまなざしでテレーゼを見つめなおす。
「まず一つは、避暑でございます。まだ暑さは過ぎ去っておりませんから。それに……ちょうどお嬢様も誕生日でしょう?」
「あー、そういえば、そろそろですか」
「ええ。なのでここはひとつ、領主の誕生日という体で誕生日会という名の祭りを催すのです」
「うーん……分かりました。気が乗りませんけどそうしましょう」
悩まし気に唸ったテレーゼはやがて頷いて女性に肯定の意を示した。
●
ますます強くなる気温により、ある者はげっそりと、ある者はそれに劣らず熱く、ある者はケロっとしながらオフィスに現れると、イレギュラーズ達はふと、その広告を見て足を止める。
「夏祭りにご招待いたします。屋台などを用意して、皆様の避暑に一つ絡ませていただけければと思います」
そんな出だしで始まる広告に、ある者は首を傾げ、ある者は目を輝かせ、またある者は遥か故郷を思い出してなつかしさに笑みをこぼす。
「また、領主はこの度、誕生日を迎えることができました。これも皆様の一助があったこともあります。是非とも、楽しんでいただきたく思い、この度、ここに広告をお出しいたしました……か」
広告の文面を読み終えた一人は、そうぽつりと呟いた。
「何はともあれ、面白そうだ行ってみるか」
- 夏だ! 祭りだ! ~テレーゼの誕生日~完了
- GM名春野紅葉
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年08月30日 22時00分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
リプレイ
●
「誕生日おめでとう。それと、余り無理はしないようにな?」
開会式を終えて割と露骨に渋々と領主の館に帰る主催者に声をかけ、ラベンダーのポプリとカンナの花束を渡したポテトとリゲルはカフェに訪れていた。
「私は限定メニューとアイスティーにするが、リゲルは何にする?」
「俺は紅茶とスイカのパフェにしようかな」
頼んだ商品が運ばれてくるとまずはポテトがアイスの乗ったケーキをぱくり。
「これが限定メニューか。うん、美味しい。リゲルもはい、あーん」
一口を掬って笑顔でそれを出しだす。
「あ、あーんか」
リゲルはそれに照れつつも偶にはいいかとぱくりと一口。
「美味しいな。限定というのが惜しいくらいだ。ポテトもお裾分けだ!」
反撃に赤くなって戸惑いがちになりながら、ポテトも一口ぱくり。
「これも、美味しい」
それに舌鼓を打ってほおを緩ませる。
「ポテトも24日が誕生日だな、おめでとう!希望の光がポテトの傍にあらんことを!」
微笑むと、リゲルはペリドットのネックレスが入った小箱を手渡した。
「忘れていた……覚えていてくれて有難う。プレゼントも嬉しい。でも、私にとっての希望の光はリゲルだ」
そう言って嬉しそうに笑って、そのネックレスを首にかける。二人は幸せそうに微笑みあった。
「オラァァァ!!屋台の景品は俺んだー!!」
両手に銃(コルクが出る奴)を持ち、射的の屋台で雄叫びをあげるのは、アランだ。
祭りの喧騒に負けずと告げれば、目玉商品のゲーム機を狙う。
不在証明的に使えるのかはさておき、なんか格好良さげじゃね? 何に使うのか分からんけど的なテンションで出しているらしい。
それはともかく、アランは金銭面は未だ苦しく、なんとか稼ごうという魂胆だ。
「うおっしゃぁぁぁあ!!」
狙いすまして、ゲーム機の箱に目掛けてコルクをぶちまけていくGA、当の箱は、全く動かない。確かに当たっているのに、落ちる気配はまるでない。
「おい、親父!! これ金具でもしこんで――」
文句を言おうと銃を置いた隣、他の祭りの参加者が撃ったコルクにより箱は静かに落ちていった。
「なっ!?」
コテンと床に落ちた小さな箱を、アランが呆然と見つめた。
「大当たりぃ!」
店長の親父がそう言って鐘らしきものをかき鳴らす。
「あの……親父、これ何に使うんだ?」
「知らん」
「いらないのだが……」
「いらないなら俺にくれねえか!」
かぶりつくようにアランは客に告げる。
「お、おう……別にいいが」
ゲーム機を受け取ったアランはテンション高く歓喜の声を上げた。
零はカフェや遊戯系の屋台を見ながら、そのどこに行くのも楽しそうだと心を躍らせていた。祭りを楽しむため、今日は比較的お金も貯めてきた。
「でもどうせなら安めの値段でどうにか値引きできないのだろうか……いや無理か……。
でも折角だし……射的にチャレンジしてみっか!」
悩み悩み抜いて、目に付いた射的の屋台に顔を出す。
「……なんだこれ、料理の写真……だよな」
「やあ、坊主。やってくかい? 撃ち抜いた料理をあげるよ。これは五発、こっちは2発、こっちは3発てな具合さ」
壮年の女性が零をみとめると笑って言う。
「ごくり……」
銃を手に取る。吸盤付きの弾丸を銃に込め、狙いを定める。いつもギフトで作ったパンを食べている身としては、ここで当てたいという気持ちが強い。狙うは、持ち弾全発を打ち込んで貰えるらしいステーキだ。
「ふぅ……」
手元に置かれたのは、値段相応にやや小さめなステーキ。恐らくは本来なら十倍の値段でも納得できるほどの美味しそうなそれを、ぱくりと一口。
「旨い……」
じゅわぁと滴る肉汁に頬が緩まざるを得なかった。
平均的な人々から頭二つ三つほど上を行く巨躯の男が、町の中を闊歩していた。祭りらしく浴衣服に身を包んだゴリョウは楽しそうに町の中を歩き、目に付いた飲食店の商品を美味しく頂いていた。
「ぶはははッ! 次だッ!」
「お客さん……今のでうちのメニューは全部ですが……」
「何!? そうか、旨かったぜ!」
皿を机の上に積み上げて店主の言葉に頷くと、嬉しそうに告げると、代金をおいて、次の店や屋台へと渡り歩いていく。
「わー♪いろんな屋台とかあるね! カフェで限定メニューもあるみたいだし、限定メニュー全制覇目指してがんばるぞー! おー!」
そう元気よく拳を突き上げたのはミルキィは、異世界の見習いパティシエであった彼女は、いつか異世界で食したお菓子の味を超えるために、異世界を旅し続けていた。
それゆえに、甘いもの、特に限定の文字のある物を優先的に食べ進めていた。
「こんにちは、それも限定メニューなのかな?」
ミルキィはその調子で食べ進めていくうち、ふと銀髪赤眼の少女を目にとめてそう問いかけた。問いかけられたフローラは頷いて食べていた料理のメニュー名を告げた。
「もしよければ、私も一緒にいいかな」
「ええ、構いませんよ。偶には戦いから離れて楽しむのも良いと思いますし」
二人は別の限定メニューも頼んで穏やかな昼時を過ごしていく。
「折角、だ。げんていめにゅーというのを頂きたい、な」
ミルキィがそんな声を聴いてそちらを向くと、同じようなイレギュラーズらしい人物を目にとめる。
「こんにちは、貴女もよければ一緒に食べませんか?」
「せっかくの祭り、だ。同席させてもらおう」
運ばれてきたそれぞれの限定メニューに舌鼓を打ちながら、三人はひと夏の歓談を楽しんだ。
とあるカフェの一角のテーブルで水風船や戦利品を見て、シラスは冷たいジュースを頼み終えてから、ぐぐっと身体を伸ばす。
「ああ、楽しかった! ここんとこ何だか疲れちゃってさ、パーッと遊びたかったんだ!」
ハッと気づいて向かい合って座る恋人の様子を眺める。病弱の毛がある彼女を無理をさせてしまってなかったかと不安な一方、何となくいたずら心も生まれてくる。
「あっ待ってて、飲み物とってくるよ」
対するアレクシアはシラスが立ち上がって席を外すのを見て、視線を水風船に向け、つんつんとつつく。
自分の身体の病弱さに少し気落ちしていると、唐突に首筋に伝わる冷たい感覚に、身体をぶるり。
「あはは、ごめんごめん」
じとりと視線を向ければ、シラスが笑いながらグラスに注がれたお水を差しだしてくる。
「むー……いつか仕返ししてやる……でもありがとう」
「そうそう、このカフェ限定メニューがあるんだって! ちょっと気にならない?折角だから食べてようよ 1人で食べたらお腹一杯になりそうなら2人で分ける感じで!」
「いいよ、そうしようか」
「はい、それでしたらちょうどカップル用の商品が一つ……」
そう言って、店員がおすすめの商品を示す。美味しそうな写真につられてそれを頼み、この後のことを相談しながら、先に頼んでいたジュースが来たりしつつ、二人はそのカフェを楽しんだ。
そわそわとした様子を見せながら屋台に視線を巡らせるノースポールの様子を見ながら、ルチアーノは微笑みを浮かべる。
「ポーは好奇心が旺盛な小鳥みたいで可愛いね」
なんて口に出してみたりしつつ、大切な恋人と手をつないで町の中を散策していた。
そんな時、ノースポールはふと見つけた射的の屋台を目にとめて。
「ねえ、ルーク。射的、教えて! やってみたかったんだよね~。えっと、弾はここで……ん? どう持つのかな?」
嬉しそうに対するノースポールは適当にコルクを込めて構えを取る。
「ライフルは、まずは構え方が大事だよ。得物を安定させて、的を狙うんだ」
そっと背中越しに近づいて、真剣に教えていく。
「背筋を伸ばしすぎないで、前屈みに……ストックは肩に付けると安定するよ。もうちょっと、脇は締めようか」
ノースポールは、教えのことなど半分ぐらい頭に入ってきてなかった。教えられている状況ゆえに仕方ないとはいえ、寄り添うような恋人の声というのは、あまりにも心臓に悪い。緊張しながら構えを取る。
「どうかな!?」
近くにあった大きな犬のぬいぐるみを狙ってみる。確かな一撃は人形に当たるも、落ちるところまではいかなかった。
「うん、上手だね! お見事だよ!」
そう言って頷いているルチアーノは、真っすぐにノースポールの狙った人形を見つめて少し頷く。
「先生のお手本も見てみたいなっ」
「お手本? そうだね……」
そういうと、ルチアーノは後方に下がって、片手で銃を真っ直ぐ構え狙いを定め――ドン!
「わっ、凄い! 遠い位置から、あんな小さな的に当てるなんて……」
目を輝かせて言うノースポールに対して微笑みながら、その次に小さな白い花の指輪を狙い撃つと、それをそのままノースポールへとプレゼント。
少女は嬉しそうにぴょんぴょんはねながら喜び、青年は優しい笑みを浮かべた。
お昼時、町の一角でぐるると盛大な音がなる。
高らかに鳴ったその音を奏でたマリスはじっと隣にいる少女を見つめ。
「メーデーメーデー、私のお腹が飢えを訴えているのです」
「ふぇ…あ、テラちゃんお腹空いてるのですね??」
お腹辺りを軽くさすりながら言うマリスに鈴音はポンと手を叩く。
「折角屋台が沢山ですから、一杯食べましょう♪」
にぱっと笑ってマリスを連れてかき氷、焼き鳥・焼きそば、いろんな屋台を食べ歩く。
「あ、テラちゃん焼きそばも召し上がれ~♪」
鈴音がマリスの口へ焼きそばを差し出すとマリスもぱくりと一口。
「焼いた鳥さんも美味しいですね~」
もきゅもきゅと食べる鈴音の横でマリスはいつものように平静といった様子のままで頷く。
「動物性タンパク質、良いエネルギー」
連れられるまま近くの屋台で適当に買い食いを続けていると、ふと足を止めた。
鈴音は徐に射的前で止まったテラの後ろでじっと見つめながら待機する。
「角度調整、姿勢固定……角狙い」
お金を払ってスタートすると、じっと集中。景品の大きなぬいぐるみを狙い放たれた弾丸は綺麗に吸い込まれるように導かれ、ぬいぐるみをことりと落とす。
「今日1日分のお礼……になるかどうかは微妙ですが」
「ふにゃ♪可愛いのですぅ!鈴、こういうの大好きですにゃ♪」
ぱぁと目を輝かせる鈴音にマリスも狙って良かったと頷いて。
「いつも良い世界勉強になるのです、感謝感謝」
「鈴もテラちゃんと居るととっても勉強になりますのよ」
嬉しそうに尻尾をゆらゆらさせ、獣人の少女と機械の少女は祭りの喧騒を渡りゆく。
●
せっかくの誕生日がお祭りなのだから、政務だけでなくテレーゼ嬢にも楽しんで貰わなければ。そう気合を入れているのはクリスティアンだった。
手の空いた人を集めて開くのはお茶会だ。選び抜いた茶葉を使ってそのお茶会でもてなそうと準備も整えた。
「お茶会にようこそ、テレーゼ嬢」
何やら貴族然とした風情を装った少女を席へ導く。
「さあ、どうぞお席へ…」
「ありがとうございます」
椅子をそっと引くと、緩やかに礼を返され、テレーゼがそっと座る。
「今は政務を忘れ、楽しい時間を過ごしておくれ」
そう言って、紅茶を差し出すと、再びテレーゼから礼を言われ、どこまでも貴族らしい優美な動作で紅茶の香りを嗜み、一口。
「ぁっぃ……んんっ、美味しいです。これはどちらのでしょう?」
ぽつりと小さな声で熱いと述べたことは敢えて無視して、クリスティアンは紅茶のことを誇らしげに語る。
「あなたが領主様のテレーゼちゃん…かしら? はじめまして、おばさんはレスト・リゾートというのよ。広告を見て遊びに来たのだけれど…、良かったら、これをどうぞ~」
せっかくだからと遊びに来たレストは、ひょっこりと現れると、バースデーカードの添えられた花束を抱えたリスのぬいぐるみをテレーゼに差し出した。
「んふふ~。お誕生日おめでとう~」
「初めまして。ありがとうございます」
目を大きく開いて嬉しそうに笑うテレーゼに頷いて、レストはやや後ろに下がる。
会うのを楽しみにしていた相手に会って満足げなレストもそのまま会話を楽しんでいく。
「テレーゼさん、誕生日おめでとう! 今日はみんなでお祝いして楽しんじゃいましょうね。わたしからはお祝いの歌をプレゼントするわね」
星玲奈はテレーゼと一緒にお茶を飲みながら楽しいひとときを過ごしたいと思い、今回のお茶会に参加していた。
少女は得意の歌を紡ぎ、ゆったりとした詩に、一同は目を閉じて聞き入っていた。
「素敵なプレゼント、ありがとうございます」
声を綻ばせいうテレーゼに星玲奈はやって良かったと笑う。
お茶会に参加していたヨハンは機械の尾をふりふりと揺らがせていた。
「テレーゼさんはお忙しいんですっけ? 僕ギフトで電流まっさーじ!的なのできるですよ!」
「電気マッサージ……ですか?」
「はい! 激務であれば誰しも体の節々がこったり肉体疲労するもの。微弱な電流でばちばちして気持ちいいかもです!よ!」
「なるほど……それでしたら是非ともお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かりました!」
ばちばちと掌に帯電させて、簡易の電気マッサージを始める。
心地よさそうなテレーゼに手ごたえを感じて、ほんの少しヨハンは誇らしい気持ちになるのだった。
サブリナは人混みがきらいというのもあってお茶会に訪れていた。相手は貴族。なめられないようにと心掛ける。
「テレーゼ様、ここにくるまでに領民の方の暮らしを見させていただきました。皆、活気があって良いですね」
それは、かつての世界で彼女が、理想としながらも出来なかったことだ。
「そうですね、領民の人達はすごいです。私はまだ何もしていませんから、活気があるのであれば、それはあの人たちの力でしょう」
テレーゼは静かに、やや伏せ気味に目を細めて言う。
「そうでしょうか?」
「えぇ。私が実験を持ったのは、ニ、三ヶ月前ですから」
そう静かに言って、テレーゼが薄く微笑む。
サブリナはどことなく自分と似たものを感じ、テレーゼの手を取って、そっと自分が持ってきた宝石と『安物ですが何かあれば最後の手段としてお使いください』のメモを握らせた。
「誕生日、ね」
遼人はテレーゼと依頼で複数回あったことがある関係だ。相手に覚えられているかは分からないが、ノーブル・レバレッジでは協力もして貰った事もある。顔くらいは出しておこうと、お茶会に訪れていた。
正直、面倒くさいと思うこともあるが、この世界で生きていく以上、幻想という国において、伝手を消す理由はない。
「誕生日おめでとう。それと、いつかの協力にも感謝するよ」
一応、プレゼントに領内で買った白い日傘をテレーゼに手渡す。
「ありがとうございます。あれは私の家族のためでもありますから。お気になさらず」
領主らしい凛とした微笑みで告げたテレーゼに頷く。
「流石に領主になった今、ほいほい外出もできないだろうけど? ……ま、たまには息抜きもいいんじゃない?」
「ええ……本当に」
ころりと少女らしい表情を見せて、心底つらそうに呟いた。
談笑とか柄じゃないと、一通りの挨拶を済ませて遼人はその場を立ち去った。
「ああ、そうそう……一応、傭兵団にも挨拶して帰ろうか」
門に出る前にふと思い至って、そのまま近くのメイドに声をかけ、傭兵団の居るらしい屯所へと足を進めた。
「お誕生日おめでとう。それと、お茶会へのお招きありがとう」
テレーゼに近づいた竜胆に、テレーゼも感謝の言葉を述べる。
「それで今年の夏を無事に乗り越える事は出来そうかしら?」
花束を手渡しながら、より近づいてこっそり問えば、テレーゼの目が見開かれ、小さいながら乾いた笑みが漏れた。
これは花束よりも少しでもお金を落としていった方が彼女のためかと思案しつつ、近くの席へそっと腰かけた。
「それで? 話を聞かせて欲しいって聞いたのだけど、何を聞きたいのかしら? 今日は特別な日だし、大抵の事なら話させてもらうわよ」
「お聞かせいただけるのなら、どんなものでもうれしいです。私、町の中へくり出したことはあっても、外の世界は政治がらみ以外で出たことが殆どとないのです」
「それなら――そうね」
どれか、聞いてもらいやすい話はないか。そう少しだけ考えて、思い当たるものを語って見せる。そのたびに、テレーゼの表情は面白そうに華やいだ。
「こんにちは、テレーゼ様」
「ええ。こんにちは……お祭りは楽しんでいただけてますか?」
「お祭りは楽しい催しですが、私はこういう、静かで落ち着く場が好みです」
そう返したLumiliaになるほどとテレーゼも頷く。
「せっかくですから、旅の話、旅の詩曲を奏でましょうか。未だ見ぬ世界のお話、未だ聞かぬ世界の詩曲。お気に召していただけたなら幸いです」
目を輝かせるテレーゼにLumiliaは優しくうなずいて、英雄の詩曲を奏で始めた。あくまで聞かせるだけの、命の削らない穏やかな詩を紡いでいく。
テレーゼはいつの間にか目を閉じ、そっと背もたれに身体を預けて聞き入っていた。Lumiliaはテレーゼの様子を鑑み、彼女のことを思う。
公務の合間はまるで息の詰まる鳥籠に居るような感覚だろう。必要なことではあるにしても、せめて籠の外に出られるときくらい、素直に笑って、楽しんで、翼を伸ばして、気の抜けた時間を過ごしてほしい。
気を楽に、少し大胆かもしれないが、友人と休養を楽しんでいるように思ってもらえればいい。そう考えながら、静かにフルートを奏で続けた。
「……ありがとうございました」
ほうと息を吐いて、テレーゼも目を開く。感傷的に笑みを浮かべた少女に、Lumiliaはたしかな手ごたえを感じた。
「まずは、お疲れさん。毎日書類や役人とばっか格闘してんじゃねえか?」
「ありがとうございます。えぇ……そうですね」
サンディの労りの言葉にテレーゼはほんの一瞬、の遠い目をみせる。
その様子を見ながら、サンディはよしと手を叩いて。
「俺にはてんで分からねぇが、きっと市場で叫んでモノ売ったり、あるいは魔物を倒したりするのとは違った苦労があるんだろうさ。その話、ちょっとだけ聞かせてくれねぇか? 貴族っていうのが、どういう事をしてる人間なのか。改めて知りたいだけなんだ」
「はぁ……なるほど?」
それを聞いて面白いのだろうかと首をかしげるテレーゼに対して、そうだと一言ついて。
「聞くだけって話もねぇよな。俺の方からも何か語ろうか。聞きたいのはあるかい? つい最近も海洋での魔物討伐とか色々行ってきたし」
「とりあえず全部聞きたいです!!」
途端に目を輝かせたテレーゼにやや圧されたような気持ちになりながらも、サンディは口を開いた。
●
打ち上げ花火なら知ってるが、打ち上げ魔法ってのは初めてだ」
せっかくだから酒を飲みながらのんびり眺めようと十夜は考えていた。
「注文はスカイブルーと……限定メニューってやつが気になるねぇ」
マスターの様子を眺めながら、夏の夜の中でカクテルを一口。
「おっ、こいつは旨い。限定じゃなかったら、毎日でも通いたかったんだが」
なんてマスター相手に軽口を言いながら、夜空を眺めていると、空に複数の光が伸びる。
天高くまで尾を引き伸びたソレは、やがていくつかぶつかり合い、大きく爆ぜた。
彩を重ねて球のように爆ぜて消えるその様は、確かに記憶の片隅にある花火のようで。
「っと……そういや、今日はここの領主様の誕生日だったか。なら、乾杯しねぇとな。あの嬢ちゃんに幸あれ――」
以前に出会ったことのある少女を思い浮かべ、近くにいた者と夜空に掲げたグラス同士を軽くぶつけ合い、カクテル越しの魔法ごと飲みほした。
「だれともきてないのにまいごになっちゃった!」
日の落ちた町の中、リリーは思わず声を漏らした。祭りの喧騒の中、人の邪魔になってしまわないよう少しだけ道を外れて下がる。
「ど、どうしよう、これ……えーと、どっちいけば……」
きょろきょろと周囲を見渡せば、人気もやや少なくなり、表通りを外れたのか屋台もない。そんな時だった。背中に、光を感じて振り返る。
「わっ!? あ、あれがうちあげまほう?……きれい」
天に昇り、夜空を照らした幾つもの彩り豊かな魔法の花にそんな声を漏らす。
「……こんどは、だれかときたいなぁ」
またいつか、その時はお友達とか誘えたら、そんな感傷と共に、夜空を見上げながら、その方へと歩き出した。
暑い昼を避けたルーキスとルナールは、二人で夜のデートを楽しんでいた。不慣れな浴衣と下駄ということもあって、ルーキスはルナールに手を引かれ、酒場へと移動している。
「もうちょっと涼しくなったら旅行でもする?」
おつまみとお酒を貰って、適当な席を見つけて打ち上げの前の夜空を見上げながら、ルーキスはふと問いかけた。
「んー…?旅行。二人一緒なら何処でも行ってみたいなぁ」
「幻想以外に足を運んでみるのも良さそうだねぇ」
相談していると、不意に空に光が尾を引いて伸びていく。
「あれが、打ち上げ魔法だよね?」
花開いた魔法を見上げながら、お酒を一口。
「そうだろうなぁ……」
夏の終わりを感じさせる打ち上げ魔法を見ながら、二人は旅行の予定を立てていく。
「はじめまして、俺は秋宮・史之です。テレーゼさんとお呼びしても?」
「構いませんよ」
そう言って微笑んだテレーゼを伴って、史之は歩き出した。
「雲みたいなものを売っている? ああ、それは綿菓子というものです。食べてみたほうが早いかな。綿菓子ふたつくださいな。お代は俺が持ちます。気にしないで。なぜって今日はあなたの誕生日だから」
「ありがとうございます。お優しいのですね」
「せっかくのお祭り、しかも生誕祭といえばテレーゼさんが主役でしょう?」
微笑みながら言う史之にテレーゼも微笑みをかえす。息抜きができたようだと、史之はほっと胸を下す。
丁度その時、空を花が開いた。色とりどりの花を見上げ、祭りの夜は更けていった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
楽しんでいただければ幸いです。
GMコメント
お世話になっております。
春野紅葉です。
さて、この度、『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)が誕生日を迎えます。これからもよろしくお願いいたします。
さて、それはそれとして夏祭りの詳細にまいります。
迷子にならないよう、【】などでグループ名などを記して戴ければ幸いです。また、描写が薄くなってしまいかねないので、できるだけ1つのところを選んでプレイングを書いていただけると幸いです。
【1】屋台巡り(昼)
カフェでの限定メニューがいただけたり、射的などの遊戯系の屋台が行われます。
【2】屋台巡り(夜)
お酒が出るバーのようなところが限定メニューを出してくれたりしています。
夏の夜、しっとり楽しむもよし、騒ぎ楽しむも良しです。
また、打ち上げ花火ならぬ打ち上げ魔法が空を彩るようです。
【3】テレーゼとのお茶会
テレーゼは皆様の指定がない限り、基本的に開会式と閉会式の挨拶を除き、領主館で政務にいそしんでいます。
ただ、小休止に皆様とお茶会も開きたいとのこと。もしよかったらお話を聞かせてあげてください。
外へくり出しても構いません。
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