PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<spinning wheel>幻惑ドルミーレ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


  ――女王様に心配な事があるなら、なんだってするよ。
 妖精郷に危険が及びそうなら、生命を賭けてでもみんなを守る! だからどうか、お願いします!

 そう宣言した『押し掛け弟子』――アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の発言にイルス・フォル・リエーネは頭を悩ませた。元から勢いは十分な彼女ではあったが、命まで賭けるというのだから師として何と言葉にすべきであろうか。
 友人のフランツェル・ロア・ヘクセンハウスに言わせれば「なんだかんだでイルスは弟子を気に入っている」とでも言われるのかも知れない。
 彼女達の妖精女王への説得の甲斐があり、妖精を危機から護るという約束で大迷宮ヘイムダリオンの『回り道』が可能となった。
 ダンジョン内には仕掛けもあるが、モンスターも存在している。
 妖精女王が聞いた話では魔種ブルーベルは『イレギュラーズを阻むための準備』をしているらしい。魔物達は妖精郷の内部にまでは『今は』入り込まないが近い将来どうなるかは分からない。
「深緑に居る友人の安否を確認しておきたいと考えている。
 リュミエ様の補佐をしていた筈だが、彼女は霊樹と深い関係で、今回の一件で大きく影響を受けている可能性もあるんだ」
 イルスは弟子とフランツェルを振り返る。
 フランツェルは「クエルね」と頷いた。
 クエル・チア・レテートは霊樹『レテート』の守人である。彼女は霊樹とその命運を共にする巫女として知られている。
 巫女見習いであったクエルの親代わりがリュミエであり、その縁からかクエルはリュミエの事を母と慕っているそうだ。
 レテートの衰えと共にその外見も老齢の者と変化したクエルは『レテート』に起きた変化をその身にも転じているはずだ。
「クエルならレテートと深く繋がっているから現状が分かるかも知れないわ。
 R.O.Oの大樹の嘆きと同様ならば、レテートからも『それ』が発生して森を護ろうとしているのかも知れないし――」
「ああ、魔種などの何らかの影響を受けているならばそれも彼女が感じた異変で理解出来る。出来るだけ彼女を早くに保護しておきたいが……」
 居場所は霊樹レテートの傍ではないかとイルスは言った。彼女に辿り着くためにはヘイムダリオンを越え、アンテローゼ大聖堂を拠点としなくては難しいか。
「それじゃあ、師匠とフランさんはクエルさんの安否を確認するために迷宮を越えるんだね」
「そうしようと思う。出来れば手伝いは多い方が良いが……」
 ちら、とイルスが視線を遣ったのは妖精達の言葉に耳を傾けていた新道 風牙(p3p005012)であった。


 大迷宮ヘイムダリオン――それは内部も大きく変化を続けている場所である。
 踏み入る度にダンジョンは大きく変化をし、冒険者を惑わす事があるそうだ。
 踏み入れれば、燃え盛る森がそこにあった。風牙は「趣味が悪いダンジョン」と呟く。そう呟くしかなかったのは此処が『火を好まない』迷宮森林だからだ。
 木々を愛し、尊び、それらと共存する幻想種であるイルスとアレクシアの顔色は悪くなる。
「大丈夫?」
 問うたフランツェルにアレクシアは唇を震わせた。
「に――」
 真っ青な顔をして、アレクシアが一歩後ずさる。足が震え、指先から力が抜けていく。
 押し掛け弟子の様子にイルスは「どうしたんだ」と問うた。風牙はアレクシアを支えて正面をまじまじと見遣る。
 魔種、だろうか。沿うとしか思えぬ存在は所々が透けて見える。
 ……魔種を『幻影』として映し出したのだろう。ならば、彼は迷宮森林を『危機に陥れた魔種』の一派か。
「どうした?」
 風牙の問いかけにアレクシアの唇が震えた。慄くかのように、少女は引きつった声を漏した。

「兄さん――……」

 イルスは知っている。アレクシアに兄は居ない。だが、アレクシアの人格を形成するのに大いに影響を与えた冒険者がいた。
 困っている人は見捨てられず、無鉄砲と言われようと救いの手を差し伸べる。
 幼いアレクシアに冒険譚を聞かせ、憧れの『兄』となったライアム・レッドモンド。
「まさか……ライアムかい、アレクシア」
 イルスの困惑の滲んだ声にアレクシアはこくりと頷いた。引きつった喉が音を否定する。それがそうであるとは信じたくはないとアレクシアは首を振った。

 だって――だって、『兄さん』は今だって何処かで楽しく冒険をしていて。
 立派な魔法使いになった。兄さんみたいに沢山の人を救ったと、そう自慢したかった。
 あの日に読んだ絵本みたいに、皆を救える天使様になれたのだと、そう――

「……アレクシア」
 男の声に、アレクシアは叫び出したくなった。
「『おいで』」
「いけない、アレクシア」
 イルスが首を振る。ああ、あれは幻影か。だが、其れにしては精巧すぎる『魔種』の片鱗。
 冒険者として優秀で在った男はどのようにして反転したのかは分からない。
『救えなかったことに絶望』でもしたのだろうか――風牙は唇を噛みしめて「越えるんだろ」と絞り出した。
 此処を越えるならば、あの幻影を倒さなくてはならない。
 アレクシアの『憧れの人』の幻影であれど。本当に彼が『迷宮森林』で待ち受けているとしても。

●『それはまだ知らない話』
 クエル・チア・レテートは霊樹レテートの巫女である。
 老齢の姿をした幻想種はレテートの傍で一人の青年と出会った。佇む姿から、それが『普通』ではないことを霊樹が叫んでいる。

「どうかなさいましたか」

 柔らかに告げたクエルはレテートと命運を共にする。レテートを護らなければならないと警鐘を響かせる全身に鞭を打つようにその青年に問いかけた。
「お名前は?」
「ライアム……ライアム・レッドモンド……。僕は『また、護れなかった』んだね――」
 そこからクエルの意識は遠離った。
 最後に見たのは男の困ったような笑顔と、レテートが恐れるように伸ばした『嘆き』の気配。

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 ダンジョンクリア

●大迷宮ヘイムダリオン 『失意の業火』
 ヘイムダリオン内に姿を顕現させたダンジョンです。鮮やかな焔が立ち上る空間です。
 ちりちりと燃えるような気配をさせ、朽ちていく木々が圧迫感を与え続けます。
 どうやらこのステージは『誰かの心』を反映して作られているようです。炎は実態を持っているのか、触れると熱くフィールドの建築物は崩れる可能性もありそうです。

●幻影『ライアム・レッドモンド』
 アレクシアさんが兄と慕っていた青年――でしたが、魔種であるようです。実態ではなく幻影として顕現しています。
 その戦闘能力も幻影であるために魔種そのものではなさそうです。弱体化しているのでしょうが、腕の立つ冒険者であったことには変わりありません。
 彼がどのようにして反転したかは現時点では分かりませんが、何らかの悲しみを背負っていそうです。
 肉体を用いた白兵戦も得意であり、幻想種特有の魔力を利用した神秘と併せたオールラウンダーな能力。
 アレクシアさんが幼い頃は冒険者として名前は其れなりに知られていたそうです。消息不明でした。

●精霊『焔の氷精』 10体
 相反する要素をその身に有した氷の精霊です。炎のような色彩をしており、寒々しい空気を与えてきます。
 それらはライアムを護るように戦い、一定ダメージに至った瞬間に弾けて分裂を行います。一気に倒しきった方が良さそうですね。

●大樹の嘆き?『レテート』
 白い巨大な虎の姿をしたモンスターです。幻影です。
 何故か、ライアムに付き従っているようです。ライアムを護るように立ち回ります。

●参考:クエル・チア・レテート
 霊樹レテートの巫女。リュミエ・フル・フォーレを母と慕う老齢の姿の幻想種です。
 どうやらレテートに何らかの異変があったのでしょう。イルスは彼女の保護を急ぎたいようです。

●NPC
 ・イルス・フォル・リオーネ
 ・フランツェル・ロア・ヘクセンハウス
 皆さんの補佐を行います。イルスは戦闘は本業ではないと言い周囲の観察に徹しています。フランツェルはイルスを護っているようです。
 ライアムを倒せばダンジョンをクリア出来そうだと二人は推測しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●備考
 本シナリオは運営都合上、納品日を延長させて頂く場合が御座います。

  • <spinning wheel>幻惑ドルミーレ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月07日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

リプレイ


 ――識りとうございます。

 削ぎ落とさずに、朽ちさせずに。
 月さえ識らぬ言葉(やくそく)をまだ、伝えてはいないのだから。

「アレクシアさま」
 呼ぶ。
 幻影に『呼ぶ』力があるのかは識らず、たったひとつの声で呼び戻せるわけもなく。
 それでも、大きな聲を張り上げて彼女の名を呼べば良い。
「さあ、アレクシアさま、お手を。
 今日はぼくがあなたの騎士だ。あなたの名を呼べというならば、ぼくが聲を張り上げましょう」
 焔に焦がれぬように、煙に巻かれぬように。
 あなたの未来が、灰にならぬように。
『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)は『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の手を握りしめた。



 大迷宮ヘイムダリオン――それは、妖精郷と呼ばれた精霊種の集落を古代遺跡を通じてアルティオ=エルムに繋ぐ路である。
 妖精の門(アーカンシェル)を直接繋げば、有象無象の軍勢が妖精郷をも侵略する可能性がある。
 故に、イレギュラーズはこの門ではなく廻り道を行うと決めていた。
 イルス・フォン・リエーネは霊樹『レテート』と命運を共にする友人クエル・チア・レテートの安否を確かめたいと告げた。
 霊樹は大樹ファルカウと縁深い。霊樹に寄り添い、老いや憂いをもその身に反映させるクエルならば、現状の深緑について何らかの情報を握っているはずだ、と。
 踏み入れたヘイムダリオン内部は伽藍堂とした遺跡でなければ、ファンシーな気配さえ遠い。
 まるで深緑の木々が戦火に見舞われたかのように燃える奇怪な光景。それを絶望と呼ばずして何と呼ぶべきか。
『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)は「酷いな」と呟いた。
(怯んでいる場合ではないか……辿り着くんだ、必ずファルカウに。助けなきゃならない人が居る、護らないと行けない場所がある)
 息を呑んだクロバの傍に立っていたのは小さな妖精、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)。
「深緑で焔……? ヘイムダリオンに焔が反映されづらいのは森じゃ、火の使用を忌避しているからじゃなかったのか?」
 愕然と見遣るサイズの言葉に「『魔種』が絡んでたら変化もあるんだな」と『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)が苦々しげに呟いた。
 魔種、と口にしたときアレクシアの肩が跳ねたのは――仕方が無い事だったのだろう。
「……のんびりと調査している場合でもないか。ヘイムダリオンを越えて、ファルカウに到達するために何とか進まなくっちゃな」
「ええ。ここを踏破できれば、事態が好転する兆しが見える……」
 頷きながらも『永訣を奏で』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は身をもつ積み込まんとする焔揺らめく空間に本能的な恐怖を感じていた。
 森が泣いている。
 長耳の乙女達は森の声と共に過ごす。森の嘆きと悲しみが、絶望の濁流となって襲い来る。
 身を、喉を焼きそうな熱に、木々達が泣き叫ぶ聲が思わず自身を怯ませたのだ。
「ッ――怯んでいては、何も出来ません。歩を進めましょう」
「……炎が燃え盛る森、誰かの心を映したもの、だとすれば……それは怒りか、憎しみか。
 いずれにせよ、今はレテートさんの救出が先です。早く迷宮を突破しなくては命に関わる可能性さえある。『幻影』を突破しましょう」
 これは現実ではないのだと『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は強調するように告げた。
 烟る空には星も煌めくことはない。星々の声さえ遠く、焼け落ちる木々の嘆きが弾ける音と共に鼓膜を揺する。
 幻影。
 そう、これはあくまで幻影なのだ。
「深緑の森で火の風景……これが目の前の方の心象風景というのなら、一体どのような感情を……。
 いえ、今はそれよりもこの先にあるレテートとクエル様が心配です。
 大樹の嘆きがなぜ目の前の幻影を――ライアムを守っているかわかりませんが……押し通らせていただきます!」
 名を告げれば、アレクシアの肩が跳ねた。『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は唇を噛みしめる。
 あれが幻影だというならばこの先に本当のライアムが居る可能性は十二分にある。
「アレクシア……」
 呼ぶ声音は優しくて。泣き出してしまいそうな程に愛おしさに溢れた響きであった。
「此処に居たんだね」
 焔の中に立っている青年らしからぬ穏やかな声音に『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は「あなたは」と呟いた。
 燃え滾るような想いを抱いたのは焔の中に立っている青年のものなのか。そして、その青年の周囲に舞い踊ったのは冷たい氷。
 氷は、何を意図した『心の風景』なのか。ペン先から滲むインクが惑いのように白紙の魔導書に疑問を連ねる。
「これは……そこにいる、幻影の貴方の心象なのでしょうか。
 魔種……幻影だとしてもそれでも届くこと、話すことは出来ないわけではないはず」
 アレクシアが、この焔に魅入られて連れ去られぬように。リンディスはそれでも尚、あの幻影とアレクシアが対話を行う事を望んでいた。
「兄さん」と。
 零した彼女の青褪めた表情だけでも、痛ましい。
『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)は紡ぐ言葉さえ存在しなかった。
 愛無とて経験したことがある。「そう」なった事がある。「そう」ならない未来には未だ届かず、新たな悲劇を生み出し続ける。
 それを識っている。故に、言葉(こえ)を掛けることさえ出来なかった。
 親しい者が、知った顔が、憧れた誰かが、魔種となる。性質を反転させる。

 それは、この世界では――決別を意味しているのだから。


「兄さん……本当に、兄さんなの……? だって、兄さんが……魔種にだなんて……」
 声音が震えたのは、仕方が無い。一歩、後退するアレクシアの背が師へとぶつかった。
「アレクシア」と呼んだ彼の声に滲んだ不安が、己が危うい場所に一人立っている事を告げるかのようで尚更に、恐怖に肌が粟立った。
 ばちん、と大仰な音を立てて炎が弾ける。燃える木は黒く、其れ等から弾かれた破片が足下に散らばった。
 消火活動が僅かにでも行われたのか、足下にはそれらしき水たまりと泥濘が点在している。
 ……痛ましい。シフォリィの『魂の片隅』が苦しげに声を上げた気がした。

 ――いいんです。私には大切な仲間が居ます。私は皆さんを信じていますから。
 それに冬の王にはマナセさんのターリア・フルールがありますし、回復はフェネストさんも居ます。

 己の『夢』の話。遠い、遠い、過去の自分の魂のかたち。
 彼女は幻想種で、故郷を思いながら異邦の地で犠牲になった。『彼女』が嘆いている。悲しんでいる。森の苦しみを、感じたくはなかったと。
(……大樹の嘆き……森の防衛機構、でしたか。
 魔種を護る理由は分かりません。この木々に『何があったのか』も。攻撃する事さえ、気が引ける……)
 フルーレ・ド・ノアールネージュ、そう名付けた剣を握る指先に震えが走った。
 シフォリィの惑いはクラリーチェも痛いほどに分かる。其れは屹度、アレクシアもだ。
 幻想種はこの『幻影の焔に覆われた木々』の嘆きを痛いほどに感じているはずだからだ。
「先ずは氷精を叩いてしまいましょう。数が多いというのは、それだけで相手に有利に働きます。……『彼』が動く前に」
 鳴らすは永訣。苦しむ魂を導く為の葬送の響き。
 クラリーチェの言葉に頷いて未散は躍るように前線へと飛び込んだ。目にも止まらぬ早さで布陣を作り上げれば良い。
「アレクシアさま、いきましょう」
 前を行く未散の背中が告げてくれる。
 例え、望む言葉が得られなくて悲嘆に暮れようと、名を呼ぶ聲が、其の音色が優しくて叫びたく成ろうが。
 泣きたくなるほどに優しい響きが、躯を包み込もうとも。桜の下で手を握ってくれた彼女に返す言葉は一つだったのだから。
「うん」
 頷くアレクシアの腕でクロランサスが光った。魔力を制御し安定を求めたブレスレットに満ち溢れたのは仲間を失わないという想い。
 此処で惑えば――誰かが死ぬかも知れないという不安は鮮やかに桃の花弁を舞い踊らせ、アレクシアへと加護を与える。
「ここは通さない! 私の相手をしてもらうんだから……! 相手が兄さんだろうと、幻には負けはしないよ!」
 アレクシアはライアムだけを見ていた。ライアムの行く手を遮るように飛び込むアレクシアに滲んだ惑いは突如とした再会によるもの。
「アレクシアさん、しっかりしろよ!
 何を為すにしても、まずはここを越えてからだ! 幻影なんかに時間取られてる暇はないぜ!」
 鼓舞する風牙は「ザコは任せろ」と叫んだ。
「雑魚。確かに雑魚だ。メインディッシュとは呼べやしないが、それの相手は任せよう。
 代わりに周囲に気を配らなくても良いほどに、此方が制圧してしまえば良い。そうしてこの遺跡をクリアするだけだ」
 愛無は淡々と告げ、口腔から大音量で咆哮を響かせた。物理的な衝撃波と転じた其れは、精神と肉体をも破壊する大音量。
 木々の弾ける音も、炎滾る音さえも、遮るように響かせた逸れに氷精は惑うように揺れ動く。
 ゆらぐ、ふれる、ゆめをみる。非力であろうとも刀は魔力を手繰るために握りしめる。誰ぞを守る為ならば、うつつのあわいにゆめをみる。
 胡蝶の様に密やかに幻想を見せる訳もなく、未散の刃は魔力糸を繋ぎ合わせて氷精を絡め取る。
「分裂をするときは、どのように声を荒げ、苦しみ藻掻くので御座いましょう。
 これも……躯を別つほどの狂騒で躍る、我らの運命。恨みっこなど、ないのですよ」
「恨むのであれば、この地に立ったことを恨んで下さい」
 ひらりと躍るように。高みを目指した刃の波動は乙女の躯を前線へと押し上げた。
 オプスキュリテ・グラッセ。
 夜闇纏う刃を叩きつけたのは花吹雪の如き極小の炎乱。
 それは、未だ動く事が叶わなかった白き虎『レテート』を越えて、ライアムへと叩きつけられる。
 琴、と音色の如くぶつかり合った刃。苦く噛みしめたシフォリィが一歩後退すれば、周囲を包む見込むのは眩き光。
「申し訳ありませんが、退いていただく他に貴方方の選択肢はないのですよ」
 鐘の音色が厳かに響く。邪悪を滅する聖なる光の下を潜り抜けた風牙は精霊一体の懐へと飛び込んで、地を焼き焦がす火の如く槍を叩きつけた。
 地を壁に。勢いの儘に気を爆発させて敵を貫く。
 氷の気配に罅が入れば、続くクロバの太刀が研ぎ澄ました軌道で一閃を放つ。続き、ガンブレードは弾けるように猛き気配を叩きつけた。
 荒れ狂う雷の如く、氷の精霊は罅割れ霧散する。
「増えられちゃ困るんでな」
 唇吊り上げ笑った青年の背後、己の戦いを最適化するサイズは妖精の魔術を疑似再現し氷の魔力で身を包む。
 本体(じぶん)を握りしめ、全てを拒絶する冬の中で見定めたのはレテート――『大樹の嘆き』であろうと想定された霊樹と同じなの白き虎。
「……大樹の嘆きって、深緑の防衛機構なんだろう?
 其れが何故、深緑の中で静かに暮らす妖精達の郷(くに)へ繋がる通路に出るんだ」
 妖精女王が門を閉ざし、開くことさえ厭うたのは斯うした状況を回避するためであったのだろうか。
 呻いたサイズにレテートは応えはしない。ぐるぐると喉を鳴らして地を踏み締めて、只、イレギュラーズを敵対者として睨め付けるだけだ。


「なんで『嘆き』が魔種を護る動きをするのか、その時点でどうしようもなく不穏だが……
 巫女さん、無事でいてくれりゃいいが…助けるためにも、こんなとこで時間をかけるわけにはいかねえんだ!」
 大樹の嘆き。
 風牙が知るとおりの其れは森の防衛機構であった。何故、魔種ライアムを相手にするシフォリィとアレクシアを敵対者として認識しているのか。
 レテートと呼ばれたそれが本当に大樹の嘆きであるのかは分からない。
 イルスは言って居た。レテートの巫女であるクエルは風変わりな霊樹との関わり方をしていると。
 通常の幻想種は外見こそ若々しく、穏やかに年を取るらしい。リュミエを母代わりにしていたというクエルの外見は老年の女性であり、「母」と慕うリュミエの方が娘に思える程だという。
 それは霊樹レテートの老いをその身に反映しているからであるそうだ。レテートは老木、それも大樹ファルカウに寄り添い過した優しき霊樹(そんざい)だ。
 故に、霊樹レテートならばファルカウの実情を教えて呉れるはずだとイルスは踏んでいたのだろうが、ヘイムダリオン内部に『大樹の嘆き』として姿を現したというならば。
「ッ、魔種は森を害する相手だろう!? それに、お前の巫女さんはどうしたんだ! レテート!」
 ――グルル。
 喉を鳴らし、牙を剥きだしたレテートに風牙が唇を噛む。
「氷精は範囲攻撃を続けすぎてはならないか。各個撃破を頼む。その代わり此方は――」
 片手で扱える程度に軽量化されたチェーンソーを手にして愛無は声を張り上げる。レテートとライアムを相手にするシフォリィやアレクシアを援護するためだ。
 クラリーチェとアレクシアとの連携を意識し、最大火力での氷精を削り取るための作戦では負担も大きくなるとリンディスは支援役として立ち回る。
 己は編纂者。物語の守護者。
 故に、主人公(メイン)とはならずとも、誰かの物語を綴り続けることが至高。
 リンディスのサポートを受け、分裂の手前か身を揺らがした氷精へと打ち込まれたのは魔性の一撃。
 ――この祈り 明けの明星 まつろわぬ神に奉る。
 数多なる星々に祈りを込めて、天弓は星々の力を宿す。
 正純の金色の瞳は見えぬ星の姿を辿り、出来うる限り氷精を突破する為に星の力を借り受ける。
(……相手は幻影とは言え、魔種に霊樹より出でるモンスター……一筋縄ではいかず、本命はあちら側……)
 一瞥すれば、ライアムが地を踏み締めた。
 それは足止めの意味も成さぬのかも知れない。オールラウンダーである以上、ライアムの攻撃は縦横無尽に――そう、回復手であると認識されたリンディスを狙うことも辞さない。
「ッ、兄さん!」
 アレクシアはライアムを庇うレテートを睨め付け、生成した魔力塊の花を打ち出した。
 フェニカラム・ヴァルガーレ。
 不撓の意志、譲れぬ想い。彼の注意を引くために、己の身をも犠牲にするアレクシア・アトリー・アバークロンビーの在り方。
「あなたは本当に兄さんなの!? ならどうして私達を阻むの!?」
「迎えに来たんだよ。アレクシア」
 アレクシアの鮮やかな空色の瞳が見開かれた。
 戦慄いた指先に、驚愕と不安が滲む。瞳に差し込んだ深き惑いは海のようにその眸の色彩を変化させて。
「む、迎えに……」
「アレクシアさまを何処へと誘うおつもりですか」
 無茶だと言われようとも構わない。未散は氷精の相手をしながらもライアムに僅かな敵意を乗せる。
 それは王には似合わぬ感情だ。それは葬儀屋には似合わぬ感情だ。それでも、あやふやな自分のわがままは貫き通す。
「……何処へ?」
 悲しげな表情をしたライアムの前でレテートが牙を剥いた。受け止めたシフォリィが「話している最中でしょう!」と苛立ちを滲ませる。
 戦線を維持するように支援魔法を氷精へと放つイルスは「アレクシア、幻影の甘言だ!」と押し掛け弟子の無事を願うように叫ぶ。
「そう、何処へ。
 兄さんは、今のこの現状の深緑からは逃げ出さない! 兄さんなら、深緑の危機を見過ごすはずがない!
 絶対に助けに来るはずだもの! だから、あなたは……!」
 だから、偽物だ。
 そう言いたかった。言い切ろうとした喉につっかえたのはどうしようもない程に心が、思い出が告げる『彼が本物のライアムを此処に映し出した』という事だけ。
 ライアムは悲しげな目をしてから、アレクシアに狙い定めた。氷精の気配を背に感じる。
 ぴたりと寄り添うことも出来ずとも、近くに居る仲間達が自身を心配してくれる事を感じ取る。
「アレクシアさん……」
 苦しげに呟いたリンディスは彼と、彼女の行く末が苦しいものになるだろうかと息を呑んだ。
 彼の抱いた感情はサイズにとっては何の感慨もない。大迷宮ヘイムダリオンを突破し、深緑を救わねばその先で犠牲となる可能性のある妖精が居るのだ。
 どうして、彼が此処に居るのかは分からない。嫌な予感を感じながらサイズはレテートに相対する。繰り出した直死の一撃をも越えて、牙を剥き出した大樹の嘆きは侵入者としてイレギュラーズを警戒するか。
「ライアムさん。貴方はアレクシアさんを攻撃する様な存在だったのですか?
 貴方を兄と慕うアレクシアさんは、その様な方に憧れを見出すわけがない」
 彼女を深く知るわけではない。だが、アレクシアという少女が誰かのために身を挺する事を、クラリーチェは知っていた。
 停滞の澱に立つクラリーチェと、進むことを厭わぬアレクシアは対照的だ。
 彼女の歩の為に、鳴らす鐘はレテートの身を焼いた。
「それに……『大樹の嘆き』は防衛機構のような存在だったはず。
 ファルカウは、近づくもの全てを的とみなして嘆きを発動させたのでしょう。
 私達はファルカウを守るもの。貴方達の敵ではないとどうにか報せることができたならば、嘆きとの共闘が叶うかもしれませんが……」
 今は言葉は届きませんか、と苦しげに呟くクラリーチェに「くそ」と呻いたのはクロバであった。
 ファルカウを、この深き森を護ってみせるとリュミエ・フル・フォーレに約束したと云うのに、己は森の木々と戦わねばならぬのか。
「アレクシア――」
「ここで終わるのは違うだろう! このダンジョンを超える条件としておそらく立ちはだかるならどの道倒すことになるだろう。なら、やるだけだ!
 ここを越えれば『ライアム』本人と出会える可能性さえある! 森を、家族を救うために、ここで立ち止まるわけには行かないだろう!?」
 クロバはライアムの聲を遮るように叫んだ。氷精たちは数も多く体力も豊富だ。
 一つ一つの分裂手前の予備動作を愛無と未散が見定めたお陰もあり、出来うる限りの分裂をキャンセルし風牙とクロバ、正純で攻撃を重ね続けては居るが――
(……レテートとライアムの撃破に急がねば)
 滲む焦りを飲み込んでサイズは中距離より攻撃を続けていた。
 妖精郷アルヴィオンに辿り着くことが出来なくなり、不安ばかりではあった。
 だが、それも妖精郷の現在の主、妖精女王の意志による者だと知れば漸く安堵することが出来たのも確かだ。だが、彼女は遊びに出掛けているという妖精が危機に瀕しているとも言って居た。
「申し訳ないが、魔種であろうが霊樹であろうが、妖精が犠牲になることは見過ごせない。
 ここで足止めを喰らえば妖精が茨で命を落とすかも知れないんだ。……俺がするのは大迷宮ヘイムダリオンのRTA、それだけだ」
 大鎌(じぶん)から滲んだ対が、膨張した黒き顎を作り上げた。
 レテートが弾き返すように鋭い鉤爪を立てる。広範囲に届けられるのは衝撃波であったか。
 頬を切り裂かれた痛みにも構わずサイズはレテートを睨み付けた。
「回復します」
「……こちらも、援護を!」
 予備動作は出来る限り少なく、戦線維持を行うクラリーチェに頷いたリンディスは氷精を目視で数える。
 ……数は減っている。だが、ライアムの足止めをするアレクシアの負担も大きいだろう。
(どうか――どうか、此処で彼女を失いませんように)
 願うことしか出来ない。リンディスも知っていた。この世界で『反転』すると云うことは決別だ。
 正純はこの地でアレクシアを失えばどれ程の失意に塗れるかと考えずには居られなかった。
「ライアム・レッドモンド。貴方はアレクシアさんを迎えに来たと云いましたね。
 そして、彼女は動揺しながらも直ぐに手を取ってはくれなかった。貴方も動揺しましたか。幻影の焔が僅かに燃えた。……どうしてですか?」
 正純のアミュレットが光る。
 星々の煌めきを、氷精へと落とせ。そうして、その命をこの場から奪い去るのだ。
 時間へも干渉し、繰り返された星の怒りに続き、風牙の槍が深々と突き刺さる。クロバはライアムの動向を確認するように鋭く睨め付けた。
 ライアムはアレクシアを一瞥してから、悲しげに「ああ」と呟く。
 焔が揺らぐ。燃える家屋と木々が傾いだ。
「……僕は、護れなかったんだ。
 アレクシア、君は後悔なんてして欲しくない。聞こえるかい? この世界に、『絶対』なんてないんだよ――」
 救えないまま零れ落ちていく命の数に、彼は耐えきれなくなったのだろうか。
 数多を零して、数多を見過ごしてきたのはこの場の誰もが同じだ。
 シフォリィは「だから」と唇を震わせる。
「だから、こうして森と共に朽ちるとでも言うのですか!?」
 魂の奥底で、彼女が泣いている。故郷に帰りたくとも帰ることの出来なかった白銀花。
「森を救うが為の英雄になる事を諦め、失意の狭間で怠惰に現状を貪るだけなのですか!?」
 涙が溢れたのは――彼女の感情だったのだろうか。
 随分と感化されたものだとシフォリィは自嘲する。レテートを相手にしたときの惑いも、この感情も全て。
「……君を傷つけたくはないんだ。アレクシア。
 僕は沢山の人を失った。沢山の希望を失った。君もそうだろう?
 魔種は救えない――僕だって、仲良くなった一人の少女がいたよ。魔種だ。彼女は、イレギュラーズに討伐されたんだ!
『その命はこの世界を壊すものだから、相容れない』と!」
 悲痛な叫び声にアレクシアが唇を噛んだ。
 そうだ、救いたいと何度も藻掻いてきたというのに、この手は届かない。
「……」
 愛無は決別の意味を感じ取るように目を伏せ、レテートへと攻撃を重ねる。
「相容れないから? だから、諦めるのかよ!
 幻影しか殴れないのは腹が立つけど、それで全てを諦めて、どうなるんだ!」
 風牙が吼える。ライアムの悲しげな視線にリンディスは周囲の木々が倒れ行く光景を眺めていた。
「この森は深い眠りにつくだけだ。茨が閉ざし、暫しの眠りについて、緩やかに、穏やかに、時間を経ていく。
 もう誰も殺し合わなくて良いんだ。魔種だから、人間だから、別の存在だからと命を奪い合うこともない。
 魔種も、人も、動物も、森の木々達も、あの茨の中で眠り続ければそれで良い。そうして、『停滞(かわらない)』ままでいれば――」
「変わらないことは美点ではないでしょう?」
 苦しげに紡いだ正純にクラリーチェは言葉を出さぬまま頷いた。
「人は、変わらずには居られない。変わらないままでは腐り朽ちて行くでしょう。
 子供は大人になり、大人は何れ、土塊へと転じて行く。そうして流転し、日々を謳歌する。それを美しいと呼ぶのでは御座いましょう」
 未散の声音は雨を降らすように、幻影の木々を濡らした。
 だが、ライアムは悲しげに笑うだけだ。
 相容れぬ存在になった。正しく愛無の言う決別はのっぺりと影を伸ばしてその地に横たわっているかのように。
「貴方が魔種であり、私達と相容れないことも分って居ます。
 アレクシアさんのお兄様が『そうなった』事実が確かなのであれど……私は止まることは出来ません」
 身を翻し、白と黒のバトルドレスを揺らす。母のドレスを元にして、機動性を上げた美しき其れはひらりと揺らぐ。
 シフォリィの剣先がライアムに迫る。
 庇い立てるレテートの横面を掠め――溢れるのは血潮ではなく、黒き気配。
(……灰?)
 シフォリィの目がその一に釘付けとなった。所詮は、幻影か。
 ライアムもそうだがレテートとて、大樹の嘆きとして顕現しても幻影でしかないのだろうか。
「……此方の言葉も、何もかもが通じないなら押し通るだけだ」
 呟いたサイズが放つ大顎がばくりと口を開いてレテートに迫り行く。
 怯んだレテートの喉がぐうと鳴った隙をクロバは見逃さない。
「兄さん!」
 悲痛なるアレクシアの声に、彼女の膝が折れかける。ライアムの咄嗟の判断はアレクシアの左腕を確かに貫いた。
「アレクシアさん!」
 正純が声を上げ、愛無が反撃を仕掛けるようにレテートを斥ける。
 シフォリィの剣が閃き、降り注いだ風牙の槍一閃。
 リンディスの癒やしと援護によって突き動かされるいのちは、幻惑を打ち破らんとするかのようであった。
「――今です!」
 クラリーチェの言葉に、未散の意地が躍った。
 それは手からこぼれ落ちぬように。言葉を尽くし、望んで飛び出す『ぼく』の一歩。
「……無茶と笑ってくださいな。まぼろしにまけるのは、悔しいのだから」


 霞んだ世界に風牙が威嚇するようにライアムを睨め付ける。
「……レテートは、あの白虎はこの幻影が作り出しただけだった?
 それとも、本来のレテートもああやって白虎となって嘆いてるのか……? 巫女さんは無事なのか」
 膝を突いたライアムを前にして風牙が問いかければ、彼は曖昧に笑うのみだ。
「それも、行かなきゃ分からないのか」
 風牙の呟きに「進みましょう。何が待っていても」とシフォリィは続けた。
「内に秘めた激情、これがどのように意図していたか――大切な誰かを護れぬ後悔であるならば、酷くもの悲しい」
 正純の悲痛なる表情にリンディスは頷いた。
「ええ、誰だって……誰だって、そうなるかもしれない。
『魔種も人間だとするならば、私達は誰かの命を奪って生きている』のですから」
「それが、我々の世界を護る為には必要なのでしょう」
 クラリーチェを一瞥してから愛無は「それに心を痛める者ほど、深淵に陥るのだろうな」と返した。
「揺るぎない信念は強い。だが、それが不意に逸れてしまったときに人はどのようにして生きて行くのか。
 よすがを失えば、脆いのは生き物にとっては当たり前なのだろう。仕方在るまい」

 竦んだ脚から力が抜けたのかアレクシアがへたり込む。
「兄さん……」
 進まなくては救えない。それはクロバが、正純が、サイズが、シフォリィが、告げた言葉だ。
 それでも――それでも、シフォリィの言う通り、この先に本物のライアムが居たら……?

 ――アレクシア、今日はこんな冒険をしたんだ。

 憧れた、彼の冒険譚。勇者の伝説のように誰かを救った彼は、大きな翼を広げ、皆の悲しみを摘み取る天使様のようだったから。

 ――アレクシア、世界は美しいね。

 彼の語る世界に踏み出したいと願った。血の繋がりが無くとも『兄さん』と笑いかけ、彼と共に冒険をする日々に焦がれた。
 R.O.O(べつのせかい)の自分が彼と血縁関係にあり、共に元気いっぱいに活動している様子を見て微笑ましくも感じた程だった。
 己の躯を蝕んだ病を今は遠く置き去りにして、両の足で立てるようになったのだから。
 何時か……何時か、出会えたら何と言おうかと考えてきたというのに。
「私は……なんて言えば良いんだろう……?」
 反転してしまった彼に、掛ける言葉が見つからない。
「……側に、います」
 アレクシアを抱き締める。未散は音を立てて崩れて行く家屋と共に掻き消える幻影を眺めていた。

 投げ入れた石ころはてん、てんと転がって行くだけだ。
 気付けば周囲を包んでいた焔は消え失せ、通常の遺跡としての冷たい空気だけが肌を包む。
「行こうか。これでダンジョンクリアだ。外に出られそうだし」
 掻き消えた幻影の向こう側はサイズも知る大迷宮ヘイムダリオンの光景が広がっている。
 敢えての回り道が妖精郷を護る役に立ったと思えばこそ、安堵せずには居られない。
「この道を進めばきっとファルカウにつながるのだろうか。大樹の嘆きや立ちはだかる魔種たち、道のりは遠く険しいが必ず……」
 呟くクロバは因縁をも草木に隠した迷宮森林を想い、嘆息するだけであった。

成否

成功

MVP

散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

状態異常

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
蒼穹の魔女
散々・未散(p3p008200)[重傷]
魔女の騎士

あとがき

 お疲れ様でした。
 霊樹レテートの事も気がかりですが……先ずは一先ずの勝利にお祝いを申し上げます。
 迷宮の先、アンテローゼ大聖堂を始点とした次のフェーズ。そこで彼は屹度待っていることでしょう。

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