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シナリオ詳細

<貪る蛇とフォークロア>静かなること林の如く、動かざるは山のごとし

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●すげ替えた首の有様
 その町は、あまり変わっていなかった。
 剣呑とした傭兵が町の内部を監督するように歩いている。
 その一方で周囲を歩く人々の様子は『傭兵がいることも日常のうちになった』ように穏やかなもの。
 突如として鉄帝への大規模侵攻を開始したノーザン・キングス系の集団、傭兵連盟『ニーズヘッグ』によってその町が勢力圏に組み入れられてから、3ヶ月ほど。
 極寒の大陸北部にて領域を獲得した彼らは、現時点で新たな動きは見せていない。
 それは鉄帝国ゼシュテルにもある大きな弱点――寒冷期での軍事侵攻の困難さを彼らニーズヘッグも抱えているが故だろう。
「いいねえ。その町には2つも商会が入ってるってことか? ふぅん?」
 度の高そうな酒をロックで煽ったのは傭兵風の男だ。
 傲岸不遜を絵に描いたように笑った男の名をヴァルデマール。
 かつては戦争屋と名乗り、ラサにて戦争専門の傭兵として戦場にいた男、そして今はニーズヘッグの母体となる傭兵団の1つを率いる――事実上の大将首である。
 そんな男が興味を持ったのは、ニーズヘッグが勢力圏の端にある小さな町のこと。
 鉄帝国との境界線上に存在するその町はかつては砦であり、イレギュラーズ側が接触を持った町でもある。
「鉄帝方面からくる、名前も知らねえ2つの商会か……へぇ。そりゃあいい。特にうちと付き合いがいいのはどっちだ?」
 ヴァルデマールの問いに、町長は恐る恐ると言った様子で1人の名前を出した。

●楔は健在にして
 ラサの南東、海に面した港町。対岸に遥か覇竜領域を窺うその地に小さな商会がある。
 ラダ・ジグリ(p3p000271)が自分の家――ジグリ家から独立する形で作ったものだ。
 今まで培ってきた人脈と個人の経験と資金を糧に新たな挑戦として始めた独立独歩。
「会長、お手紙です」
「ありがとう……これは」
 自分の商会の印章が捺印されたその手紙を開けば、そこには鉄帝の北東部に開いている支部を任せてある人物からの手紙が1枚。
 正確に言えば、ローレットの仕事の一環で商人としての立場を利用して食い込んだというべきであり、商会として存在しているわけでもないのだが、ともかく。
(傭兵連盟ニーズヘッグからの武器の注文か……それも、金額の交渉ありだと?)
 それは殆ど直感的な物だった。
(多分、これは私を呼んでいるな? 敵は何をするつもりだ? ……いや、それは後回しで良いか。ひと先ずはローレットへ連絡を入れよう)
「悪いが少し出てくるよ」
 きっと、これは敵が動き出した証拠だろうから。

 ――ユージヌイ。
 それがこの町の名前であるという事を、レイリー=シュタイン(p3p007270)は町人たちから聞いていた。
「大丈夫だろうか? もっと何か必要であれば外から買ってくることもできるよ」
 そう言ったレイリーの言葉を、町人はそこまでしてもらうわけには行かない、と首を振って返す。
「そうか? それならいいんだけど……」
 その町人が立ち去るのを手を振って返して、ほっと一息を入れた。
「そういえば、ラダさんの下へ町長が手紙を届けたみたいデスネ。
 さっき、此処で知り合った町の人が言ってたよ!」
 そう言って声を上げたのはひょっこりと顔を見せたリュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)である。
 同じようにこの町へ度々潜伏しているリュカシスは、既に町人との関係性――特に同じ年ごろや子供達との関係性を構築しつつある。
「……何か、起きようとしてるってこと?」
「分かりません。少なくとも、まだ表でなにこれする段階ではないのかもですが!」

 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はあの後、歩き巫女として傭兵連盟が平定した地域を渡り歩いていた。
 その最中に見つけたのはある町だった。
 それはユージヌイと同じようにニーズヘッグへの抵抗をしないことで生き延びた小さな町。
(ここの連中、多分何かしらの屈辱を抱えてるみたいね)
 数ヶ月の探索の結果、イーリンは次に楔を打つのならここがいいと判断していた。
 森林地帯の中にある町の住民はシルヴァンスを思わせる。
 それを考えると彼らの不満はこの町を守る者達だろうか。
(見た感じ、この町の周りを守ってるのは、ハイエスタの人間種たちが殆ど。民衆との軋轢が生まれてないのは、多分、指揮官の傭兵の腕が立つからね)
 事実、兵士と住民の間のいざこざをそっと傭兵が割って入って捌くのを時折目にしている。


「なるほど、それで私達をというわけですか」
 別の席で紅茶を飲み余韻を噛みしめていたアリシス・シーアルジア(p3p000397)は聞こえてきたイルザの話に頷いて、視線をそこにいる魔女に向けた。
「ええ、そういうことよ。ふふ、このお紅茶、美味しいわね。やっぱりルシアちゃんのギフト素敵よ」
 かちゃりとティーカップを置いた魔女はそう言ってギフトを使って即席のお茶会を開いたルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)に礼を述べた。
 ルシアはこの魔女――ヴィルトーチカと出会った際にギフトで即席のお茶会を開いたが、それを気に入ったらしいヴィルトーチカにお願いされて今日もお茶会を開いていた。
「どういたしましてなのでして! でも、どういうことなのですよ?」
 ルシア自身、何かあるかもしれないと次のために聞き逃さないようにしていた。
「シーアルジアさんからもらった術式を解析したわ。
 詳しいことは行ってからにした方が良いでしょうけれど、あの術式をこのままにしていては拙いわ」
「あの術式とは、ニーズヘッグを封じていたものっスか? たしかに半壊してるようなものっス」
 キャナル・リルガール(p3p008601)は最も近くで魔物ニーズヘッグの封印を見た者のひとりである。
「あの蛇が一体どういうものなのかは知らないがよくなさそうだ」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も封印を見た者だ。
「その辺りも、あそこで説明しましょう。
 でも現時点でニーズヘッグが気づいていないのなら、それはきっと、あの蛇が『冬眠』してるからよ」
 そう言って魔女ヴィルトーチカは再び紅茶を飲んだ。
「……あれで寝てたんっスか?」
 目が合った時のことを思い出しながら、キャナルの背筋に寒いものが走った。
「寝てる割にはあそこでは元気よく動き回っていたけど」
 疑問を呈する八田 悠(p3p000687)は戦場で地響きや這いずり回る音を聞いている。
「そうですわ! あそこでの揺れは眠っているとは思えませんでした」
 続けるようにシャルロッテ・ナックル(p3p009744)が言えば、ヴィルトーチカはあいまいに笑う。
「そうね。正確には眠りはしないのよ。だからこそ厄介なのよね。
 それでも、あの蛇は冬場――もっと言うと寒いところに限っては極端に弱くなる。
 だからこそ、冬場であろうと夏場であろうと寒い鉄帝の山奥に封じられるのよ」
「……目覚めたら、大変」
 シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)が言葉少なに言えば、ヴィルトーチカは曖昧な笑みのままにもう一口紅茶を飲んで。
「もう一つの特徴は……現場でお話ししましょうか」
 ヴィルトーチカが静かに立ち上がった。

●春風が吹く前に
「というわけで――皆、あいつらが動いていないうちに、僕らの方でも準備を進めよう。
 どこかの世界のどこかの国では、戦争とは戦う前に勝負を決するべきだ、みたいなことを言うらしいしね」
 集められたイレギュラーズの前で、イルザが君達に声をかける。
「鉄帝に仇なす者を許してはおけません」
 そういうオリーブ・ローレル(p3p004352)が静かに闘志を燃やしている。
 他にも多くのイレギュラーズがこの場に参加していた。
「それじゃあ、行こうか、皆。ニーズヘッグの再封印以外は急ぐこともないだろうけど、
 ここでどれだけ詰めれるかが相手が動き出した時に有利になれるかどうかだしね」
 朗らかに、それでいて真剣にイルザは笑う。

GMコメント

 こんばんは、お久しぶりでございます、春野紅葉です。
 長編シリーズ第二弾、魔獣の再封印と、敵の内部情報を暴くことが主体となります。


●オーダー
【1】ニーズヘッグの再封印を成功させる
【2】傭兵連盟領域内部の調査・状況を進行させる

●プレイング書式について
 出来るだけ下記のような書式でお願いします。
 プレイングの1行目に向かう場所(下記A~C)※1
 プレイングの2行目に同行者やタグがあれば
 プレイングの3行目から本文を書いてください。

※1
 プレイングのキャパも考えますと、
 出来る限り場所選択は1か所をおすすめします。

例:

【疾風】
突っ込んでぶん殴るよ!

●フィールドA:ユージヌイ
 レイリー=シュタイン(p3p007270)さん、ラダ・ジグリ(p3p000271)さん、リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)さんらの手でイレギュラーズが介入しやすい環境のできた町。
 民衆はニーズヘッグによる侵攻に対して無抵抗を選ぶことで生き延びましたが、その屈辱を忘れていません。
 このフィールドではラダさんが敵の大将首と直接交渉の席に着くことができる他、町の人々との更なる交流が可能です。

●フィールドA:エネミー
・『蛇眼魔将』ヴァルデマール
 傭兵連盟『ニーズヘッグ』の首魁と思われる男です。
 かつては『戦争屋』と名乗る戦争専門の傭兵団で団長を務めていたと言います。
 異様な威圧感と貪欲さが滲んでいます。
 対多戦闘技術に非常に長けた人物で蛇腹剣の類を武器とします。
 現時点で【出血】系列、【毒】系列のBS持ちであることが判明しております。
 当シナリオにおいてはあくまで『商人同士の交渉』の名分でユージヌイにいます。

・傭兵連盟『ニーズヘッグ』×5
 ノーザン・キングス系の勢力です。
 情報によれば、ラサ傭兵商会連合より戦争を求めて流れてきた傭兵団と一部のハイエスタ、シルヴァンス系の部族が手を組んだ連合軍です。
 フィールドAでは全員がラサの傭兵です。全員が刀剣類と鉄砲を装備しています。

●フィールドA:個別状況およびできること
・ラダさん
 ラダさんは当シナリオに置いて敵から『得意先の商人』として交渉の場にあげられます。
 当シナリオに置いてラダさんは『交渉の席に着くか否か』を選択して構いません。
 なお、ヴァルデマールはラダさんが『<Sandman>彼の地に緑を(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2062)』にて自分と交戦したことをじきに思い出すでしょう。
 向かうと危険な可能性もありますが、互いに商人としての交渉を続けようとするならば重要な情報を獲得できる可能性が極めて高いです。
 交渉以外(ヴァルデマール討伐or撃退)を考える場合、ユージヌイはイレギュラーズの拠点であると判断されるなど、不測の事態が予測されます。
 なお、交渉の席に着かない場合はその時点で『得意先の商人』というカードは使えなくなります。

・その他参加者
 ラダさんには危険が付きまとう可能性が高いです。護衛として別のイレギュラーズが同行しても構いません。
 その場合、護衛は6~7人程度にしておくことをおすすめします。それ以上であれば『交渉以外の目的』と気取られる可能性があります。
 それ以外の町人との交流には制限はありません。

●フィールドB:チェルノムス遺跡
 山の麓に存在する超古代文明系の遺跡です。
 前段において傭兵連盟の攻撃により魔獣・ニーズヘッグを封じる封印術式が半壊しています。
 中は山岳をくり抜いて作った神殿のような形式で、最奥に存在する祭壇に封印術式があります。
 壁面には機械で出来た騎士のような存在がずらりと並んでいます。

●フィールドB:個別状況及びできること
 アリシス・シーアルジア(p3p000397)さん、キャナル・リルガール(p3p008601)さん、
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)さん、ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)さん、
 シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)さん、八田 悠(p3p000687)さんは
 他に行く場所を選択しない場合、フィールドBでヴィルトーチカに同行しているものとします。

・その他参加者
 フィールドBでは大蛇ニーズヘッグの再封印防衛のための戦闘の他、
 ヴィルトーチカが持っているニーズヘッグについての情報を教えてもらえます。
 騙す必要などもないので、彼女の語る情報は信用できます。

●フィールドB:エネミー
・鈍銀騎士×10
 鈍い銀色の鎧をまとった騎士風の兵器です。
 銀色の鎧といいますが、どちらかというと鎧状になった皮膚というべきであり、
 その下には機械的配線と動力機関があるのみです。
 斧槍、長剣、メイス、大弓、クロスボウなどなど。
 多種多様な武器を持ち、どの個体も武器の他に大きな盾を持ちます。

 ヴィルトーチカが術式の操作を始めると一斉にイレギュラーズとヴィルトーチカに襲い掛かってきます。
 基本的には生命体中心に攻撃しますが、余波や外れた一部の攻撃が封印に当たる可能性もあります。
 特に弓とクロスボウから放たれる矢はその可能性が高くなるでしょう。

●フィールドC:ベロゴルスク
 ユージヌイ同様に無抵抗を選択して生き延びた町です。
 現在、平穏に暮らしてこそいますが町を巡回するニーズヘッグ兵はハイエスタ系であり、シルヴァンス系で構成される町人達にとっては屈辱を感じている様子。
 町の人々に『剣を取って立ち向かえば勝てない敵じゃない』と証明できれば、町の人々はイレギュラーズ側についてくれるかもしれません。
 現在、ちょうどいいことに町の近くに魔物がいます。これを討伐したり、町の中で人々と交流して信頼関係を築きましょう。
 味方は多いに越したことがありません。

●フィールドC:個別状況及びできること
 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)さんは他の場所へ選択しない限り、この町での活動になります。
 歩き巫女としてこの町に一足早く訪れた貴女は現時点である程度は町の人々に信頼を受けています。
 これ以上を目指すには言葉を尽くすか実績を得ると良いでしょう。

・その他参加者
 イーリンさん含め、自らの身分をローレットであると示せばこの町の人々は皆さんに期待を寄せてくれます。
 それぞれのアプローチにより味方を増やしましょう。外に出て魔物を倒すもよし、みんなでニーズヘッグを打ち破るもよし。
 前段シナリオに参加されなかった方には特におすすめです。

●フィールドC:エネミー
・雪銀の牙熊×????
 身長3~4mの大型の熊の魔物。雪のような美しい白っぽい銀色の毛並みに長い牙が特徴。
 HPと物攻、反応に秀でており、HPで受けながら暴れまわります。

・傭兵連盟『ニーズヘッグ』×13(うちハイエスタ×10、傭兵3)
 ノーザン・キングス系の勢力です。
 情報によれば、ラサ傭兵商会連合より戦争を求めて流れてきた傭兵団と一部のハイエスタ、シルヴァンス系の部族が手を組んだ連合軍です。
 フィールドCではハイエスタ系の魔術師と戦士と傭兵の混合部隊です。クレイモアを持った戦士が6人と魔術師が4人。
 傭兵の方は長剣を佩いており、どちらかというと指揮官と参謀らしき立場の様子。
 恐らくは住民とハイエスタ系の構成員が軋轢を生まないようにするための潤滑油的存在です。
 戦闘になる場合、勝てば町の心証はイレギュラーズ側に大きく傾きますが、決起の時まで皆さんで守らなくてはならなくなります。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <貪る蛇とフォークロア>静かなること林の如く、動かざるは山のごとし完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月05日 22時05分
  • 参加人数20/20人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
あたしの夢を連れて行ってね
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
レイリー=シュタイン(p3p007270)
騎兵隊一番槍
シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)
魂の護り手
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
キャナル・リルガール(p3p008601)
EAMD職員
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
シャルロッテ・ナックル(p3p009744)
ラド・バウB級闘士
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星
ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)
凶狼
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者
アルハ・オーグ・アルハット(p3p010355)
名高きアルハットの裔

リプレイ


●鉄牛の誘い
「やっぱアンタすげえや! いったいどこにそんな力があるってんだい?」
「ふふふ! 力仕事ならお任せください!」
 少しばかり照れたように笑った『無敵豪腕鉄火砲』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)に、町人は我が子を見るような眼を向ける。
 知り合った子供達との交流を進め、徐々に大人達からも信頼を受けつつあるリュカシスは、その間に口が硬そうな人を探っている。
(こうやって交流して集める人はあまり頼りになりそうにないデスネ)
 むむっ、と内心で思うことはそれだった。
(よく考えたら、こうやって近づいてくるってことはそれだけ警戒して用心してないってことデスネ!)
 けれど、そうやって人々に溶け込む努力を進めることで、リュカシスは遂に望んでいた人々との接点を持ちつつあった。
「……貴方達がこの町の元々の警備隊の人達デスネ」
 町の中、静まり返った家の中に踏み込めば、そこには10人ほどの男女がいた。
 屈強な身体に、鬱屈としながらも意志が強そうな表情。
「アンタは?」
 顔を上げたのは中でも歴戦を思わせる戦士だった。
「ローレットの者デス!」
「……ローレット、たしかラド・バウでも名を馳せる者もいるというギルドか。
 そんな奴が何をしに?」
「実はユージヌイと同じようにニーズヘッグに誇りを奪われた町があるらしいのデス」
「……そういうこともあるだろうな」
 男は小さく頷いて、しかし悲し気に笑う。
 抵抗しなければ生かす――そんな傷だらけのメッセンジャーから実際に滅んだ町や村の話を聞けば、抵抗しない選択を取る町があるのは当然のことだ。
「……確認ですが、貴方達は戦いたかったのデスネ?」
 真っすぐに彼らを見つめて問えば、暫しの沈黙。
 それは警戒から来るものだ。
「ニーズヘッグの支配は争いしか産まないので鉄帝から出て行って欲しい。
 その為にイレギュラーズがその町に力を貸そうとしています」
「そうなのか……しかし、我々にそんな力が残っているのだろうか?」
「町長は雷神の誇りを捨てたと言っていたけれど、生きる事を選んだ決断は誇り。
 この町には自分と同じように潜入して行動しているイレギュラーズがいます。
 彼らを頼ってクダサイ。どうか希望を捨てないで」
「希望……希望か……ありがとう」
 こくりとその男が頷いた。
「俺達だって、好きでこんな屈辱を耐えてるわけじゃない」
 そういう男の瞳には、少しばかり生気が戻っている気がした。

●蛇駓会談
 商人としての装いを纏う『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は、以前にも来たことのある町長の邸宅を歩いていた。
 先導する傭兵は静かに歩くばかりで、隙が見当たらない。
「……しかし、ヴァルデマールか。……戦いが趣味と言っていたな」
 交渉相手の名前とニーズヘッグの前身の傭兵団の1つ。
 それらを改めて思い起こせば、1人、過去に会った覚えがある。
(まさか、これほどのことをしでかすとは……)
「ご安心下さいまし。私達3人であれば、何があっても切り抜けられますわ。
 真意も見えませんけれど、この街を会談の場所に選んだという事は、始末するつもりではないのでしょう。
 『商談』とやらが本当に武器だけなのかは分からないけれど、ね」
 黙考するラダに『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が告げれば。
「ええ、何かあったら私が護るわ。だから、交渉はお願いね」
 続けるように『白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)も言う。
 商人としてもこの町に潜入しているレイリーは、念のために変装をしている。
「あぁ、もちろんだ」
 短く、たしかに頷いたラダと共に、3人はいよいよと扉を開く。
 ラダとレイリーは来たことのある応接間。
 その中に、初めて見る男が1人。
「おっ、来たか」
 背もたれに悠然ともたれ掛かっていた男――は、こちらの存在に気付くとゆっくり立ち上がった。
 ポーカーフェイスを崩さず近づいて、ラダは向かいの席へ。
「2年ぶりだが、私の事は覚えているだろうか?」
 向き合うや、ラダは自ら問いかけた。
「はん? どっかで会ったか? いや、アンタ……へぇ」
 不思議そうな顔をしてラダの方を少しばかり見つめた後、得心を言ったように呟いた。
「なるほどね。アンタ、商いもやってんのか」
「あぁ。思うところがあろうと今日はラサの商人と傭兵として、話をしよう」
「はっ! そりゃあいい。ラサ人はそうじゃなけりゃな」
 言いながら座るよう促しつつ自らも腰を掛ける。
「さて……あんたもラサの傭兵だ。この辺りは慣れずに寒くないか?」
「へへっ、まぁでもちょっとずつ慣れてきてるわな」
 ひとまずはと世間話を声にすれば、ヴァルデマールが軽く笑って頷く。
「そうか。良ければ防寒具の類も用意してやろうかと思ったんだが」
 ラダは小さく頷いて見せれば、ヴァルデマールが肩を竦めつつ言った。
「せっかくだし、それも買わせてもらっとこう。
 慣れてねえ連中やらもいるかもしれねえからな」
「分かった。それも用意しよう。
 しかし、単に戦場が欲しかったのなら、鳳圏に介入すればよかったんじゃないか?」
「……あーあのちっこい東のか。
 そういや、アンタらはあれが滅び去るのにも手を貸したって?
 俺としちゃあ、ああいう連中は苦手でね」
「意外だな、あんた戦争が趣味なんじゃないか?」
「俺はよ、戦場のあの狂おしいほどのいかれたところが好きなんだ。
 やれ忠誠だ、やれ祖国だなんてしがらみにゃ耐えきれん」
「……そういうものか」
「そういうもんさ。それより、だ。商人としてのアンタに頼みたいのは簡単なもんだ」
「ああ、何でも言ってみてくれ。望むならいつどこに、何を、どれだけ望むのか。
 もちろん、それなりに金はもらうが」
「ははっ! そう来なくちゃあ、うちの同胞じゃねえってもんだ」
 そう言って、ヴァルデマールは『春の雪解けまでに』と前置きして、望む物を語り始めた。
 話にでた防寒具に始まり、食事、弾薬、その他、こまごまとした当たり障りのないものが続き。
「――それから、あと1つ」
 そう言った刹那、ヴァルデマールの双眸が縦に割れた。
 蛇のような雰囲気を持ったその眼が露わになり、彼の髪が蛇のように踊りだす。
 ラダはポーカーフェイスの下で驚きつつも真っすぐ敵を見た。
「――あんたらローレットとの戦場と開戦の時期を春にしたい」
「――はっ?」
(――こちらとの、戦争をする時期を?)
 静かに聞いていたヴァレーリヤは思わずレイリーの方に目配らせした。
 何のためらいも無く、それは宣戦布告だった。
 いや、あるいはここでそれを契約させることで動きを封じようとするかのような。
「分かってると思うが、ここで戦争するってのに冬場にやるってのは面白くねぇ。
 やっても消化不良になっちまうばかりだ。こっちとしては、それを約束しときたい。
 ――あんたらとしても、それまでにしときたい準備だってあんだろ」
 不敵に笑うヴァルデマールの双眸が蛇のそれに変わったあたりから、不快な感覚が3人を包みつつあった。
(……この感じ、まさか)
 レイリーは感じるそれに覚えがある。
 ――いや、正しく言うなら3人ともその感覚は覚えがある。
 歴戦のイレギュラーズたる3人は、だからこそそれを何度も肌に感じてきたものだ。
「……貴方、魔種ですわね?」
 思わずだ。思わず、ヴァレーリヤは声に出す。
 蛇の双眸がこちらを見る。脳裏に響く誘うような声は、間違いなく魔種のもの。
 蛇眼が覗いてから聞こえ始めたことを見るに、普段は本性をカモフラージュする能力があるのだろう。
 あるいは、一種の強烈な自己催眠なのやもしれないが。
「あぁ、そうさ。あんたらだって分かってるだろうが、
 この状況で本気でやり合ってこっちが負けるこたぁねえ。――どうする?」
「元よりこちらとの開戦を望む時期に落とし込む気でしたのね」
 ヴァレーリヤの問いかけにヴァルデマールが肩をすくめる。
「まさか。これを教えてやんのは実際の戦場にするつもりだったんだぜ?
 ったく。この眼は俺の感情の昂りに応じて勝手に出ちまう。
 使いづれぇったらありゃあしねえ」
「魔種なら、その契約をわざわざ組んでやる必要もないわ。
 こちらがそれを聞く理由は何?」
 レイリーが思わず口を出せば、ヴァルデマールは傲慢不遜に、或いは不敵に笑った。
「――俺は別に『勢力圏内にいやがる全ての奴らを殺し尽くして戦争を始めてもいいんだぜ』?
 あんた等だって、流石に事前の動きなしに一気には難しいだろ?
 まさか、たった3人でここで俺に勝つのは無理じゃねえの?」
「――ここの、いや。貴方達の占領した領域全てが人質ってこと」
 レイリーは思わず声に漏らす。無理矢理にならば動けよう。
 だが、相手は魔種だ。そして、敵には戦力が多い。
 一部したことのある以上、一方的な蹂躙、或いは虐殺が起こる可能性は否定できない。
「俺としてもそうはしたくねえ。それじゃあ流石につまらねぇしな。
 だからよ、春までどっちも休憩と行こうぜ」
 肩をすくめるヴァルデマールは3人が返答をしないのを見てから、ゆっくりと立ち上がる。
「――とはいえ、悪いな、このまま何もせずに帰すと
 それはそれでハイエスタだのシルヴァンスだのが文句を言ってくるだろうしな」
 いうや、ヴァルデマールが剣を払った。
「――くっ!」
 刹那に飛び込んだレイリーの槍が蛇腹剣と絡み合う。
 魔種だけあり、軽く振り払われた剣でさえ尋常じゃない重さだった。
「――へぇ、おもしれえじゃねえか。
 変装ってわけじゃねえな? ギフトかそれ」
 様変わりしたレイリーのヴァイスドラッヘ衣装をみて、驚きつつも楽しげに笑う。
「そう簡単にやらせないわ」
 顔を上げて見やる。
 不敵に笑う相手の属性は、恐らくは傲慢――いや、違う。
 聞こえてくる原罪の呼び声に掻き立てられるような気のする感情は、怒りだ。
「だろうよ。護衛が簡単に死んじゃあ護衛の意味もねえ」
「ひとまずは退きますわよ!」
 入ってきた扉まで移動したヴァレーリヤが扉を開く。
 その向こう側には、扉を囲うようにして4人ほどの傭兵。
「――死にたくなければ退きなさい!」
 メイスから煌々と輝いた炎が直線を薙ぎ払う。
 そこをヴァレーリヤとラダが、最後にレイリーが走り出す。
 邸宅の中を着てきた道を戻るように突っ切っていく。
 振り返れば、そこには走ってくる追手が見える。
「追い付かれたら私が殿をするわ! その時は私に任せて!
「あぁ、殿は任せるよ」
 言いつつ、走るラダは前から2人の傭兵が近づいてくる姿をみた。
 放った弾丸が片方に炸裂して爆風と奇妙な音を立てる。
 その隙を縫うようにして駆け抜けていく。
 そのまま速度を緩めず邸宅の入り口まで走れば、そこにも傭兵が待っていた。
 銃口を向ける傭兵達へ、ヴァレーリヤがメイスから溢れる炎を叩きつける。
 溢れ出した炎が傭兵を包み込んだあたりで、3人は扉を開いて外へ出た。
「リット、来なさい!」
 レイリーが呼べばどこからともなく姿を見せた愛馬。
 2人を乗せ、走り出す。
 追手は――なかった。

●魔将は笑う。
「流石にこれぐらいは突破してもらわねえとなぁ」
 ゆっくりと邸宅の玄関へ姿を見せたヴァルデマールが笑って見ていた。
「さてと……あっこの商人がイレギュラーズってことは、何人かは潜んでそうだなぁ」
 蛇の目を露わに邸宅の中へ入ったヴァルデマールは、どこか愉し気に笑っている。
「……火種はしっかり巻かれてる見てぇだし、こりゃあ、その日が愉しみだ」
 獰猛な笑みを浮かべた蛇の目が暗がりでは輝いていた。

●眠れる獅子は居らず
(事前に情報は聞いてたけどみんな暗い顔してるね。
 仕方ないことだと思うけどそんな顔してると心も沈んでしまうよ。
 みんなに勇気をもってもらう為にも全力で頑張らないとね!)
 持ち込んだ楽器を背負い、町人の様子を見た『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)は人目に付きそうな広場で座ると、楽器を鳴らしながら歌い始める。
 聞き慣れぬ調子の音楽に魅入られるように人々が続々と集まってきた。
「さあさあ! みんな寄っては聴いてどうか楽しんでいってね!」
 少年は少年らしく笑顔を向けた。
 演奏を続け、ある程度の曲を終わらせた辺りで、顔を上げる。
「ねえ、ボクの曲どうだった? 感想を教えてほしいな☆」
「元気が出る歌だったよ、ありがとう」
「アンコール良いか?」
「うん、いいよ! それじゃあ次は――」
 また別の曲、また別の曲と続けていく。
 それらが終わった頃、帳は一つ呼吸を入れる。
「……実はボクね、ローレットに所属してるんだ。
 ローレットの人達はとっても強い人達が沢山いるんだよ!」
「聞いた覚えがあるぞ! 鉄帝軍を退けたこともあるとかな!」
「俺は南の方にある国々を救ってるって話を聞いたことがある!」
「マジか、ローレットってすげえな!」
 男達が口々に言い始める。
 それを聞きながら、帳は笑って。
「でもローレットの人達だけじゃこの状況はきっと解決できないと思う。
 だからね、みんなに少しだけでも勇気を持って欲しいんだ。
 今はまだ時期尚早だけどね、必ず大きなことが起きる時期がくる。
 その時にちょっとだけでも力を貸してくれるとありがたいな」
「なんだそれ……よくわからないけど……」
 きょとんとする者、その発言を聞いてそっと立ち去る者、遠巻きに見ていたのにどこかへ消えた者。
 色々な者が見受けられる。
「きっと、すぐに分かるよ!」
 笑って言えば、不思議そうにするばかりだった。
(――まるで大鍋のごとし、であるな)
 町の中の様子は『名高きアルハットの裔』アルハ・オーグ・アルハット(p3p010355)に言わせればそうであった。
(混ぜ方を知らぬ者が混ぜれば、それまでの全てが台無しになってしまう恐れがある。
 そしてわらわは、もちろん知らぬ者だ♪ ド新参だからな!)
 取りあえずは変化で竜的特徴を隠していた。
 実際のところ、別にあっても旅人と言っておけば通じた説も無くはないが、悪目立ちだけは避ける目的があった。
 ついでに借りてきた衣装を着込んで町娘と言った雰囲気を醸してみた。
(雰囲気に溶け込めておろ?)
 ひとまず、誰にも違和感を持たれてはいないようで安堵しつつ、周囲を見渡してみる。
「ごきげんよう皆、また手伝いに来たわよ」
 素敵なシスター服を着た『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の姿に人々の声が上がる。
「おぉ! あんたか、また来たんだなぁ……いつも思うが寒くないのか?」
「シスター服のおねーさんだ!」
「シスターさん、もう一枚着られた方が……」
 老若男女を問わず、イーリンを見た町人の様子は友好的なものだ。
 随分と刺激が強い衣装ゆえ、子供達の教育に悪そうでもあるのは内緒だが。
「聞いてくれよ、シスター。
 近頃牙熊って魔物がここの近くにいてよ。
 俺達で何とかなる敵なんだが、あいつら倒そうともしやがらねえ」
「まぁまぁ、彼らも仕事なのよ。許してやって頂戴」
 愚痴をこぼしてきたのは獣種の男。
 パワードスーツに身を包んだ男は、話によればここの元々の警備隊長だったか。
「ディートリントだったかしら? 折角だし、そんなに言うなら私達で行ってみる?」
「えっ!? 私達って、シスターも行くのか!? あんた戦えるのか!?」
 驚く様子の男――ディートリントだが、自分の衣装を思えばそう思われるのもおかしくないか。
「ええ、こう見えても私達は歴戦なのよ?」
 笑ってやれば、男はますます驚いた様子を見せた。
 そんな師匠をちらっと横目に見つつ、『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はひとまずは他人として対処していた。
 ぶかぶかの白衣は駆け出しを思わせるが、医術士としての経験値はある。
「まだまだ駆け出しですが、診療しますよ」
 そう言って柔らかく笑って声を掛けていけば。
「た、助けてくれ!」
 そんな声に突き当たる。
 顔を上げてそちらを見れば、血を垂らす男の獣種が見える。
「大丈夫ですか!」
 駆け寄り、ひと先ずは幻想福音をかけてやってから、クールダンジュに入っている道具と薬で手当てをすます。
「あぁ、ありがとう……すまねえ、あれ? あんた、初めて見る顔だな?」
「今日、ここに来たばかりです。まだ駆け出しですけど……」
「なるほどねえ……その割には随分と腕がいいね。ありがとうよ!」
 そう言って、男は肩を振り回し、いたたっと小さく呟いた。
「駄目ですよ! 安静にしてください。死なせませんから」
「はは、すまねえ……」
 急いで抑え込めば、男は乾いた笑いを見せる。
「それより、その傷は……?」
「あぁ、こいつぁ牙熊って魔物のせいだ」
 そう言って男はため息を吐いた。
「あいつら、群れで近くに来ててよ。奇襲こそ回避したがこのざまさ」
 自嘲するように男が笑う。よく見れば、この獣種、戦士風の装いをしている。
「……なるほど」
 ちらりとイーリンの方を見てみれば、彼女は彼女で活動中の様子。
「実は、私はイレギュラーズです。
 ししょ……あっちのシスターもそうなのですが」
「なっ、イレギュラーズっていやぁ、あの……?」
「どのかは知らないですけど、多分、そのイレギュラーズです」
「なるほど……なぁ。道理で、あの人も……」
 そう言って男が笑う。
「頼む、牙熊の退治を、手伝ってくれ」
「それは良いですが、貴方は休んでくださいね!」
「お、おう……」
 少しばかりしょんぼりして尻尾と耳をぺたんとしつつも。
「貴方の命は一つなんですから! 回復した後で一緒に戦いましょう!」
 そう続けてやれば、少し嬉しそうに立ち去って行った。
(『ニーズヘッグ』とかよくわかんねーけど、
 シルヴァンスの同胞が困ってるなら力になるのがヘルちゃん達ニヴルヘイムの流儀なのだ!)
 巫女風の衣装を身にまとった『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)はライブの準備中だ。
「歌って踊れる悪狼巫女系アイドルのヘルちゃんなのだ! よろしくなのだ!」
 興味をそそられたらしき町人達へ声をかけて、ヘルミーネはそのままライブを開始する。
 キレのあるダンスと並々ならぬカリスマ性をもって観客たちを沸かせていく。
 いつの間にか10人、20人規模に膨れ上がりつつある観客たちを踊りでもって魅了する。
「この町で何かできることがないかと思って、ローレットから来たんだ。よろしく」
 町人へと自己紹介しつつ『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は周りを見渡す。
(ノーザン・キングスの傭兵連盟……あぁ、あの時の依頼の繋がりか。
 さて、うーん……まず俺自身が現状を理解しないとだな?)
「困ったことがあれば手伝うよ」
 そうイズマが問えば、町人達は少しばかり考えてから顔を上げる。
「実はここ数日、牙熊という熊の魔物が出没しているんです。
 ここの戦士たちは傭兵連盟の連中がそれを討伐に行かないってんで気が立ってまして」
「そうよね。昨日も怪我を負った仲間がいて……
 どうしてこんな目に合う前に追い払わなかったんだって言う奴もいたね」
「そうなのか……うん、それは確かに危険かもしれない。良かったら俺達が討伐してくるよ。
 もしもその戦士たちってのが良かったら、一緒に来るといいって声をかけてきてくれないか?」
「まぁ、勇ましい」
「良いですよ。少し待っててください」
 頷きあう町人達がどこかへ消えていく。
「旅の墓守をしている。寄る辺ない屍を埋葬し、過去を記録するために訪れた」
 剣を担ぎ、『葬送の剣と共に』リースヒース(p3p009207)がそう言えば、町人達はざわついた様子を見せる。
「此処の墓はどこにある?」
「こっちですが……」
 町人の案内を受けて墓場を訪れたリースヒースは早速霊魂疎通を試みる。
 近頃に死んだ霊はいないが、先祖の霊らしき声はぽつぽつと存在しているようだった。
 彼らへとそっと声をかけていく。
(このままで良いか、代々の土地を奪われて悔しくないか)
 先祖の霊たちへの言の葉をゆっくり告げる。
(彼らに子孫知人の夢枕に起ち、異邦人の話を聞け、と伝えて欲しい)
 それらの説得が功を奏するのかは、今のところは分からない。

●牙熊狩り
 イレギュラーズと手を組んだ町人達が、町の外へと出てから少し。
「わーはっはっはっ! 誇り高きシルヴァンスの同胞達に戦いというモノを教えちゃうのだ!」
 そう笑って、走り出したヘルミーネは、町人達を引き連れ、牙熊の方へと走り出す。
 圧倒的な高速で走り出したヘルミーネは、そのまま牙熊の1体を中心に、呪紐グレイプニールの力を発動させる。
 不可視の魔力紐が揺らめき動き、ヘルミーネの周囲にいた2匹の牙熊の身体を縛り上げた。
 拘束具を受けた2匹が悲鳴にも似た声を上げる。
「牙熊の生態については調べてあるよ。
 群れは40~50匹前後で構成されてるみたいだね。
 ちょくちょく仲間割れしてるみたいだし、群れの連携はボスの下で緩やかみたいだ」
 事前に調べることにして移動していた『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)は、町の外へ出てきた町人やイレギュラーズへそう説明する。
「狩りをするときは1、2匹に別れて獲物の数を増やそうとするみたいだよ」
「熊狩りなら任せておけ♡ ……やる気だけなら、な!」
 やる気満々のアルハだった。
(んー、とはいえ、実はわらわ、フリアノンではそういう狩りはおにいとおねえが担当だったゆえ、殆ど経験がないのであるが……)
「なので頼む! 先生方!」
 その眼はイーリンの方を向いている。
 その話を聞き終えたイーリンは自分が連れてきた者達の方へ振り返った。
 元々戦士の者達は問題なさそうだ。闘志に溢れている。
「聞いたわね? 総数は多そうだけど、こっちは数で押せば問題ないわ」
 イーリンが言えば反応したのは、戦士ではないがここに来た者達。
「貴方達もよく見てなさい」
 立ち上がって視線を前へ。そこには大型の熊がいる。
 雪のような白さに長い牙を生やしたそいつが、腕を振るう。
 巨体を踏まえれば、その膂力は尋常なものではないのはずだ。
「こっちを――向きなさい」
 魔眼が輝き、クマがその背中に傷を負う。
 こちらを向き、激昂ののちに吶喊。
「相手を見て、対応策を考え、取る。そして共有する」
 それを見据えながら、突撃を旗でいなせば。
 体勢を崩した熊が、滑ってこちらを振り返る。
「そして大事なことは口を噤むこと。あまり吼えると――」
 敢えて町人達の方へ向いて――振り返りざま一閃。
 熊の頭部が宙を舞った。
「こうなるわ? 雌伏の時に牙を研ぎなさい。
 その牙はいずれ熊さえ斃すわ」
 驚いた様子の彼らが、やがて震えるように声を上げた。
「師匠様の方は上手く言っているみたいですね」
 人々の声を聞きながら、ココロは一つ深呼吸する。
 目の前には、複数の牙熊が直立になって威嚇してきていた。
 大振りで振り抜かれた腕の薙ぎ払い、強烈な衝撃を貝殻状の魔術障壁が守ってくれる。
「大丈夫、皆さんもやればできるはずです……!」
 高めた魔力が揺蕩う海音と共鳴して青と紫の輝きを放つ。
 その輝きは魔術となって牙熊に反撃の傷を刻む。
「大丈夫、私が支えます!」
 牙熊へ攻めかかった町人へ、そう言えば、その者の耳には優しき福音の音が響き、やがて立ち上がった。
「――このぐらいの敵、楽勝ぐらいが評価も上がるよね」
 静かに言うЯ・E・Dは指先から光の糸を放つ。
 一気に跳んでいった糸は瞬く間に牙熊の2匹を絡めとる。
 藻掻く牙熊を真っすぐに見据えて、身体からあふれ出したオーラで漆黒のマスケット銃を取り出し。
 そのまま極大の魔砲をぶっ放す。
 外見上、獣種と取れなくもないЯ・E・Dの鮮やかな砲撃捌きに、後ろにいる町人達が沸き上がる。
「なるほど、流石に大きいな……!」
 その姿を認めたイズマは、一気に走り出した。
 3~4mの巨体が二足歩行で立ち上がり威嚇する様は流石に圧巻の一言だ。
「だけど、俺達はもっと手ごわい魔物と戦ってきたんだ――」
 踏み込むと同時に跳躍。
 熊の頭上より細剣を走らせる。
 音は楽章を描き、美しき旋律の太刀筋が牙熊の頭部を両断する。
 支援に徹していたリースヒースも動いた。
 葬送を告げる鐘の音を鳴らし、愛剣を振り上げた。
 鐘の音は美しく響き、振動は音の弾丸と化して牙熊へと炸裂する。
 炸裂した弾丸に、牙熊が大きく揺れる。
「今だ」
 静かに指示を出せば、複数のレーザーが牙熊へと炸裂していく。
「成功だ……眼が、耳が潰れれば動きは鈍る。その隙を逃がすな」
 冷静に指示を重ねながら、リースヒースは次の動きを見ていく。
 攻め立て、教導しつつ戦果を挙げていく先達を見ながら、アルハはそれらを吸収していた。
「なるほどなるほど、先生たちが引きつけてから、殴る!
 自分勝手には殴りに行かない! 血が騒ぐのはわかるが、殴る時に騒がない!
 つまりそういうことだな♪ 理解したぞ♡」
 そのまま、近くにいた牙熊めがけて肉薄する。
(くらえ邪熊よ、アルハット必殺奥義――逆再生ッ!)
 影を思わせる大鎌を握り締めて吶喊するや、思いっきり横に薙いだ。
 横一閃。けれどそこに傷はなく――けれど確かな当たりがある。
 内側へと呑み込まれた魔術は逆転現象を発生させ、牙熊を内側から削っていく。
「うむうむ、こんな感じかの? さあ、貴様らも……先生に続くわらわに続けー♡」
 アルハがそう言えば、後ろにいた町人達も声を殺して走り出し、牙熊へ攻撃を加えていく。
 別の牙熊めがけ、ヘルミーネが走り出す。
 上がり続ける速度はやがて時さえも置き去りにしていく。
 呪紐グレイプニールに力を籠め、飛び掛かれば、牙熊が驚いたように声を上げた。
「切り札は最後の最後に取っておくものなのだ! ――フェンリスヴォルフ!」
 まるで魔狼が牙をもって食らいつくし、飲み干すが如き幻視を齎せば、苛烈な牙は鮮烈の傷を牙熊に食い立てる。
「――次!」
 再びイズマは細剣に魔力を籠めた。スパークする雷電は音を立て、青白い輝きを放つ。
 稲妻は旋律を変え、凄絶なる一太刀の炸裂と共に、焼け切れた牙熊が後ろへ倒れていった。
「流石に量が多いな……その分、巨体と火力の割に守りが薄くて削りやすいけど」
 一息を吐いたイズマに続くように町人達が近くにいた牙熊を囲うようにしながら攻撃を加えていく。

●いつか目指す約束
 あらかた牙熊を狩り終えたイレギュラーズは解体作業を行いつつ、あることを相談していた。
「決起の時が来たらわたし達がニーズヘッグを物理的に排除する。
 だから、今は表面上は従順に従っていて欲しい。
 それで、彼らの情報をわたし達に流してほしいんだ」
 Я・E・Dの説得は文字通り持てる全ての技能を用いての物だった。
「戦いでは情報が一番大事といってもいい。
 貴方達の情報でこの戦いの未来が変わるかもしれないんだ。
 どうか、わたし達を信じて、一緒に戦ってくれないかなぁ?」
 手段を与え、持ってない者には武器を与え、やれることを説く。
 その成果はまず間違いなく、彼らの心に根強く残りつつあった。
「そうだ、今はまだその時じゃないから、心に秘めておいてほしいが……
 チャンスは来る。そのために牙を研ぐんだ」
 続けるように、イズマが説く。
 狡知とも言われるシルヴァンスだけあってか、彼らの飲み込みは比較的早い。
 一方でリースヒースが語るは己が身を以って体験した戦場の物語だ。
「……故郷を自分達の手に取り戻す。そのためには今は耐えるのだ。
 立ち上がる炎は簡単に消えてはならぬが故……。
 簡単に消えてしまえば、ニーズヘッグを調子づかせる」
 語り終え、そのことを彼らに伝えれば、聞いていた者達の瞳に闘志が映っていた。
「そうそう、ディートリント。貴方にお願いがあるんだけど」
「シスター?」
 パワードスーツにライフルを着込んだその男が不思議そうにこちらを見てくる。
「この辺りの森の地図とか、獣道とか詳細に書いた物そのうち用意してくれない? 『きっと役に立つ』からね」
「なるほどな……そうなると古いんよりも一から書き直した奴の方がいいか」
「そうね、新しく作られたものとか、後はとっくにあっちが知ってる場所以外も
 見つけてほしいところね。頼めるかしら?」
「問題ない」
「じゃあ、お願い。火種は充分でしょ」
「……そうだな。アイツがいてくれたら一番なんだが」
「あいつって?」
「うちで一番の戦士だよ。ラド・バウへ行って、その後はどうなったか知れねえけど。
 あいつの母ちゃんも、あいつが戻ってくれたどんなにいいかつってたな」
「へえ、そんなのがいるのね……まぁ、いないなら仕方ないわ」
「あぁ、全くだ」

●超古の遺産Ⅰ
「先史文明時代の魔獣……兵器の類を封印しているのかと思えば、当時の厄災を封じていたとは」
 冷たき神殿造りの遺跡へ足を踏み入れた『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は、周囲を見渡せば、すぐに壁にある機械を目に止めた。
「つまり、これら古代の機械兵士は封印の守衛と言った所ですか」
 ふむ、と考えて告げれば、隣にいたヴィルトーチカはそうね、と小さく頷いて。
「半分は正解だけれど、それだけじゃないわ」
「と、言いますと?」
「それは……いえ、私がここまで来た仕事を片付けてからにしましょうか」
 答えようとしたヴィルトーチカがふるふると首を振って封印へと近づいていく。
「そういえば、ここに来る前にもう一つ特徴があるって言ってたね」
 念のためにヴィルトーチカの近くにいる予定の『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)が一緒に祭壇まで赴けば。
「ええ、あの魔獣は蛇に近い性質なのだけれど、先史古代文明時代には『神』として崇められていたこともあるの」
「そうなんだね。たしかに、こんな封印を施されるならそれもおかしくないかな」
 祭壇まで用意して、周囲には機械の兵器まで配置、随分と大仰な封印形式も納得がいくという物だ。
(成程、蛇なら確かに冬眠中は代謝が落ちて動きが鈍る。
 いや、ちょっとうっかり可愛い奴だなんてそんなこと思ったが)
 ――なんて思いながら横耳でヴィルトーチカの話を聞いていた『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は、その話に顔を上げる。
 益々どこぞで聞いた話だと思ったがゆえに。
「しかし、先史超古代文明時代のとなると、それほど永く冬眠に耐えられるとは……餌は必ずしも物理的な物とは限らないという事か」
 少しばかり考えて。
「ルシアはここに来ることは初めてだからよく分かってないけども、寝ているのに起きているという感じなのですよ?
 寝ぼけて上手く動けないのかなって思っているけど起きても困るのでして」
 周囲を見ていた『にじいろ一番星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)が言えば。
「そうね、まさにそんな感じかしら」
「だったらきっちり封をしてもう一回しっかり眠ってくれるようにしてほしいのですよ!」
「ええ、もちろん」
 ルシアの言葉にヴィルトーチカが微笑を浮かべる。
「再封印を始めたら動き始めるのなら動く前に武器を取り上げたり壊しておけばいいと思うのですけども……それじゃダメだったりするのでして?」
「それは……難しいわね。出来ないわけでもないけれど、そうしたら完全にコントロール外になっちゃうわ」
「コントロール外? ……というかそもそもこれ何ですよ?
 防衛用であれば前の依頼で侵入してきた人に襲わないのが謎でして。
 それに動き始めるきっかけが再封印を始めたら、ですよ……?」
「そうね~それは簡単なお話よ? 連中が使ってた術式には鈍銀騎士……あの壁にあるやつね。
 アレの『動きをシャットアウトする管理者権限』が組まれてたわ。
 私は今から『その管理者権限を奪り返さない』といけないの。
 でもそんなことをしてると封印が自壊する……そういう術式だったのよね」
 きょとんとしているルシアに対して、少し考えたヴィルトーチカが、噛み砕いて説明を始める。
「分かりやすく言うと、泥棒が扉の前にいる用心棒さんに見逃してもらいつつ、扉の鍵を開けようとしてたの。
 ついでに、扉の鍵を取り替える時に扉を支えてる部分を壊れやすくしてたって感じ?」
「それってとっても危ないのでして!」
「そうなのよね。とても困るわ」
 困っているように見えないのは、イレギュラーズを信頼しているのか、どうとでもなるという自信からだろうか。
「さてと、そろそろ始めましょうか。皆、準備は良いかしら?」
 イレギュラーズが頷いたのを確認したヴィルトーチカが祭壇に手を翳し、術式を起動する。
 ――刹那、壁際に鎮座していた機械が一斉に動き出す。
 半数は動きを止めているが、10体の機械は真っ赤なモノアイをイレギュラーズに向けた。
「中々固そうなヤツらだ」
 動き出した鈍銀騎士が武器を構え、イレギュラーズを敵と認識する――より遥かに速くアーマデルは動いている。
 騎士がクロスボウを構える以前に接近、そのまま剣を振り払う。
 鋭く走る剣閃は逡巡の時を持たず、大弓を持つ者と長剣を持つ者をも巻き込み翻弄する。
 刃が絡みつき、締め上げれば敵の動きが緩み始めた。
(しかし、眠っている物が仮にも『神』などと信奉されていたとすると、
 あのヴァルデマールと言う男の様子が些か気になりますね。
 まるで魔性に魅入られているかのように感じました)
 ここにはいない敵を振り返り思いながら、アリシスは戦乙女の槍を立てるように捧げ持つ。
 淡く輝いた光は未だ動きだす最中の騎士たちを鮮烈に照らし鷹と思えば、彼らの身体から光の蝶が旅立った。
 それは魔力や生命力に類するいわゆる『魂の欠片』である。
 ――そもそもとして機械にそれに類するものはなにかという話にはなるが、出た以上は何かがあるのだろう。
 美しき穂先へと蝶が誘われ、槍の中へ消えていく。
「普通に戦うなら厄介そうな大きな盾でも! これ(破式魔砲)は防げないのでして!」
 飛行しながら愛銃を構え、銃口へチャージする。
 輝くトゥインクルハイロゥが出力を上げ、充実した魔力は過剰分を少しばかり宙に散らせ、それをまたハイロゥが吸収。
 最高効率で充電された銃口より魔砲が放たれる。
 尋常ならざる高火力をもって放たれた砲撃は直線上を真っすぐに走り抜ける。
 大盾を構えた騎士の、その盾ごとを貫通する圧倒的破壊力。
 風穴が空き、或いはパーツのもげた機械がスパークを起こす。
 動き出したクロスボウと大弓の個体が各々の照準をイレギュラーズに向けんとしたその瞬間、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)の剣は走る。
「まずは一太刀――」
 堂々たる振り下ろし。遥かな竜をも穿つ崩落の斬撃。
 合わせるようにクロスボウ兵が盾を構えた。
 金属音を散らせた大盾を渾身の力をもって断ち割れば、そいつは膝から崩れ落ちた。
 倒すにはやや足らぬ、けれども深い一撃は致命傷にも等しい。
 露骨に鈍った騎士へ追撃とばかりに飛び込んだ影がある。
「うふふ、機械の騎士とは!」
 歓喜する『ラド・バウC級闘士』シャルロッテ・ナックル(p3p009744)である。
 そのまま騎士の懐辺りをがっしりと掴めば、そのまま可憐な笑顔で微笑みかける。
 放たれるパワーボムは浮かぶ笑みとはあまりにも不釣り合いな高火力の衝撃となり、中ほどからぼきりと音がして文字通りに真っ二つに折れた。
 その様子を見つつ、バク転しながら後方へと下がっていく。
「その強さ、『素敵』ですわね! ワタクシも負けてられませんわ!!」
 次の敵を探して、シャルロッテの瞳はめらめらと燃えている。
 残骸と化した敵から視線を外したオリーブの視野、迫る白刃が覗けば、合わせるように剣を動かした。
「相変わらず、重い……ですが、この程度ならば」
 勢いの殆どを殺して押し返し、体勢を立て直す。
 動き出した個体の殆どが一斉にアリシスの方へと進んでいく。
 そんな中でその動きをしなかったのは何もオリーブ付近の個体だけではない。
「実際、固いな……!」
 締め上げられながらも動く敵が盾ごと殴りつけてくるのを、アーマデルは危なげなく受け流す。
「怪物を打倒するのが英雄譚ではあるんだけど、そもそも起きないようにするのが一番だからねえ」
 悠は始まった戦いを見つつ、緩やかに語る。
 事前に書き加えた英雄叙事詩と魔人黙示録。仲間たちへの支援は現時点で十分だ。
(ニーズヘッグの事も聞きたいけど、流石に始まったばかりのタイミングで声をかけるのは迷惑だよねえ……)
 術式発動時まで余裕そうだった彼女の顔を見れば、酷く真剣な物。
 今声をかけるのは集中力を切らせることにしかなるまい。
 ――ならば。
「まあ、封印を護る戦いもいい題材ではあるんだろうね」
 護るための戦い、未来を約束するための戦いもまた、英雄の物語なのだろう。
「いやー見ちまったからには責任もって対処しないとスね!」
 アリシスへと向かっていった敵の攻撃を見ながら『EAMD職員』キャナル・リルガール(p3p008601)も言って、銃に弾丸を込める。
 拳銃に押し込むは対物ライフル用の弾丸。
 やや空中気味に銃口を向けて放つ弾丸は途中で炸裂し、散弾となって複数の騎士をその驟雨が内側へと捉えた。
 打ち込む弾丸から身体を庇おうと大盾を上に向けたことで、敵の体勢が崩れていく。
「防ぎながら、撃てない。そのまま、固まってて」
 身体に風穴の開いた個体へ銃口を構え『新たな可能性』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)が呟きざまに矢を放つ。
 輝く魔力矢が光となって真っすぐに伸びていく。
 それは盾を動かすことの出来ない個体へ走り、動力源であろう人で言う心臓辺りを真っすぐに貫いた。
 貫通と同時に術式が輝き、傷口に術式が開く。
 必中を期す災厄の弾丸を受けたその個体は、そのままバチバチと音を立てながら倒れた。

●超古の遺産Ⅱ
「――これで……大丈夫そうね」
 ヴィルトーチカが後ろで呟いたのを悠は確かに聞いた。
「んー……管理者権限を取り戻したっていう割には、あれまだ動いてるみたいだよ?」
「そいつらは倒してもらえればいいわよ。
 管理者権限が聞くのはああいうふうに壁に入ってる個体だけだから。
 動き出してしまったものはもう壊す以外ないのよねえ」
 悠の言葉にヴィルトーチカは申し訳なさそうに言って。
「なるほどね……そういえば、ヴィルトーチカさん、聞いても良いかな」
「ええ、何でもどうぞ」
 とりあえず天使の歌を発動して味方に癒しをもたらしながらも、後ろの魔女へ声を掛ければそんな答えが返ってくる。
「ニーズヘッグは他にも蛇っぽい性質があるのかな」
「そうねえ……蛇らしい蛇の要素はおおよそ持ってるらしいわね」
「ということは……眼は悪いんだね」
「ええ。多分ね?」
「そして、熱探知能力や嗅覚、あとは聴覚もある?」
「ええ……そうでしょうね」
「ということは、僕達がここにいることも、こういう会話も聞こえてたってことはないかな?」
「半壊してた時は聞こえてたでしょうね。
 この封印術式は、吸音、防音、あと耐震性のある部屋に閉じ込めておくような物なのよね」
「なるほど……術式で外界と完全に遮断するんだね」
 頷きながらも思う。もしもそれまでの話が本当なら、魔獣もそろそろ気づいていたのではないかと。
 それが冬眠しているような形であるが故気づいていないのなら――いいのだが。
 思案する悠の視線の先で、オリーブが動く。
「――気にせず倒せばいいというのは楽ですね!」
 眼前の剣士風の個体へ、踏み込んだ。
 跳ねるようにして大盾を弾き、放つ瞬天三段。
 連続する刺突の終わり、オリーブは間合いを整え、敵を見る。
「――『物』というのは話が早い。真っ二つにしてやります!」
 振り払い薙ぐように撃ち込むは鋼覇斬城閃。
 対城絶技たる一太刀は大盾を叩き割り、敵の身体を脳天に当たる部分から真っすぐに切り開いた。
「行きますわ、行きますわ行きますわ!」
 打ち込まれる矢を躱しながら、シャルロッテは真っすぐに走り抜ける。
 戦場を突っ切り、敵の眼前へ。
 踏み込みと同時、懐へと突撃をかます。
 そのまま、敵の胸倉――と思しき辺りをひっつかみ、足を払って叩きつけた。
 ぐしゃりと頭部辺りから聞こえてはならない破砕音と共に砕ければ、煙を上げながらだらりと崩れた。
「残りは……あと1体スね!」
 戦場を見たキャナルは最後の1体――斧槍を構える個体へ銃口を向ける。
 装填する弾丸はもちろんの対物ライフル用。
 放たれた弾丸は奈落への呼び声。
 放たれた2発の弾丸に対して、騎士は大盾を構える――が。
 放たれたうちの1発はそれにとっては予想だにしないタイミングから襲い掛かる。
 抉るように銃弾が足を撃ち抜き、捩じり取る。
 バランスを崩したその刹那、シャノが放つ別角度からの砲撃が炸裂する。
「盾、厄介。隙間、狙い撃つ」
 死にぞこない或いは壊れそこないの個体へ撃ち抜かれたのは見えざる悪意。
 魔弾はそれの頭部へと炸裂すれば、脳に相当しそうな機関を破壊、ばたりとその個体も倒れた。
「……敵、殲滅、完了」
 一息ついて顔を上げた。

●戦後のお茶会
「終わったのでしてー!」
 いうやルシアは早速ギフトを発動してお茶会の準備を始める。
「ありがとう、ルシアちゃん。今日も美味しそうね。
 そうね~終わったことだし、始めましょうか」
 言いつつ、ヴィルトーチカが何やら魔術を行使する。
「ふふ、一応、念のために私達だけにしか声が聞こえないようにしたわ。
 きっとその方が良いでしょう?」
 緩やかに笑うヴィルトーチカに、アーマデルはそっと近づいて。
「ヴィルトーチカ殿、よければクッキーのお裾分けだ」
「まぁ、ありがとう」
 そう言って受け取ったヴィルトーチカに手招きされて他の面も集まれば。
「さっそく、封印されてる蛇みたいなもの? について教えてほしいのでして!」
「そうね~その前に、まずはちょっとした昔話から良いかしら?」
「昔話でして?」
「ええ。私達の昔話よ」
 ヴィルトーチカが神妙な面持ちをして、そのまま微笑む。
「構いません。今回のことと関係があるのでしょう」
 オリーブが肯定するのに続けて、他の面々も頷けば、彼女は昔話を始めた。
「これはまだ鉄帝国が無かった、或いはあったとしてもまだ小国で会った頃。
 今の鉄帝の西部に小さな国があったの。その国はある時、隣国の侵略にあったわ。
 それは同盟国からの裏切りであり、奇襲であり、殺戮だった。
 国民たちは怒り狂い、剣を取って戦った。――でも、それが悪手だった。
 敵が信奉する『神様』は文字通りの意味で『怒りや嘆きの感情を喰らい、貯め込んで成長する怪物』だった。
 祖国を侵略された怒りから戦った彼らが気づいたころにはもう手遅れ。彼らは追い詰められた。
 ――そこでね、彼らは考えたの。
 『怒りも苛立ちも感じない兵士が、生命体を殺すよう設定された存在がいれば、対処できるんじゃないか?』って」
 そこまで言って、ヴィルトーチカは砕けて破砕された鈍銀騎士に視線を向けた。
「……なるほど、そういうことですか。
 あの兵器は、『封印の守衛であると同時に、封印から目覚めた魔獣への対応策』なのですね」
 アリシスが頷けば、ヴィルトーチカは微笑んで肯定の意を示す。
「人間を一から感情を失わせるのはあまりに非効率、強大な魔獣を相手にするには量産性も必要。
 ならば、そういう兵士を作るよりは、機械で作った方が圧倒的にコスパが良い……
 隣国を追い返して祖国を取り戻すためだけに産まれた兵器が、あれですか」
「しかし、怒りを喰らうというのは厄介ですね……」
 オリーブは思わずつぶやいた。
「その怒りとはどれほどのことをいうのでしょう?」
「さぁ……流石に分からないわ。それを検証するってことは、あれを封印から解かないといけないもの」
「それもそうですね……」
「言いかけてた、特徴が、その、怒りを食べる?」
 シャノの問いかけにヴィルトーチカは頷いた。
「人が利用、可能なの?」
 シャノはヴァルデマールがこの蛇を従えると言っていたという。
 こんな化け物が言うことを聞くなどある物なのか。
「分からないわね。けれど、前提として古代文明の人はあの魔獣を神として崇め、戦争に利用したわけだから、やりようはあるのでしょう」
 先史文明がどうやって利用したのかは分からない。
 けれど、前例がある以上は、何らかの方法はある――のかもしれないと。
「多分、あいつら、また来る。どうする」
「それが一番の問題ね……ひとまず、封印は掛けなおしてあるけれど、先に半壊に追い込んだことがあるってことはまたできるでしょう。
 ついでに貯め込んでいた怒りを発散できるようにも術は掛けてあるけれど、そっちは気休めだから」
 そう言って彼女は考え込んだ。
「……封印とはいつか破れるものだと、故郷では言われていた。
 そこにヒトが関わる以上、そういうものなのだと」
 アーマデルが言えば、ヴィルトーチカもしばしの沈黙ののちにそれを肯定する。
「正直なところ、どうにかする方法がないわけじゃないの」
「それは一体?」
「いえ、ただこれってすごく鉄帝っぽいというか……」
 何やら言い淀むヴィルトーチカだったが、その言い方で聡い者は何となくわかってしまうものだ。
「……あれ、倒す?」
「ええ、そういうこと」
「できる?」
「えぇ――貴方達が、鉄帝軍が、『自分の仲間や兵士達を殺されても怒らずに打ち勝つのだ、という気持ちだけで立ち向かうのなら』
 危険な戦いであることは確実だけれど、出来ない戦いではないでしょうね。それこそ、決戦になるでしょう」
 簡単そうであり、難しそうな返答だった。怒りは克己心の源にもなり得る感情だ。
 それを、するなというのは。
「ですが、寧ろそれこそ鉄帝魂といった感じがしますわね! ええ! 何も考えずぶん殴って勝てるのが一番ですわ!」
 すわ鉄帝人かと思わせることを言うのはシャルロッテである。
「ははぁ、となると、どっちにしろあいつとは戦うことになりそうなわけスか……」
 前回の事を思い出しつつ、キャナルはぶるりと震えるのだった。
「……ところで、あれのことを調べたいんスけど!」
 そう言ってキャナルは壊れた兵器の方を指さした。
「良いんじゃないかしら? 修理できそうな物であれば修理した方が良いでしょうけれど、不可能な奴は回収しても構わないわ」
「よっしゃー! これぞEAMDの本懐っス!」
「あー……なんだか聞いたことあるような無いような……古代兵器の発掘とかしてるところだったかしら?
 壊れてる奴ならいいけれど、くれぐれも回収には気を付けてね。
 下手したら回収する人が死ぬわよ?」
 そう言われても仕方あるまい。
 起動すればプログラムされた行動をする兵器だというのだから。
「しかし、騎士か兵器かと思えば、国を取り戻すために戦った騎士であり、国を取り戻すために作られた兵器だったのですわね。
 どおりで『素敵』な強さだったわけですわ!」
 破壊された或いは自分が破壊した兵器を見ながら、シャルロッテは思わずそう言っていた。


成否

成功

MVP

Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
MVPはЯ・E・Dさんの説得の熱量へ。

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