シナリオ詳細
火種の行方
オープニング
エールリヒ森林伯カールの不用意な勇み足は、天義にて政府の現行の改革路線を批判する保守強硬派貴族にとって、手痛い一撃となっていた。もう少し慎重に事を運んでいれば不正義への融和を良しとする者たちを追い落とす準備も整っただろうに、カールが外聞のために庶子の娘の動向を気にした結果ローレットに喧嘩を売るなどという愚かしい真似をしたことが、結局はカールの立場を危うくしたばかりか、巡り巡って保守派による武力行使計画の発覚に繋がったのである。
もっとも、事件を裏で手を引いていたとして教皇シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世に召喚されたナイトメア家当主モーリスは、決して計画の存在を認めはしなかったが。
「自分は些事に気を取られエールリヒ森林伯としての本懐を忘れた当主に対し、爵位に恥じぬよう実力を磨き、綱紀を粛正せよと促しただけのこと。それを『今すぐ政府転覆を実行せよ』の意味として誤解されてしまうなどとは、自分としてもカールに不快しか感じぬばかりだ」
いかなる嘘をも暴き立てる聖騎士団長レオパル・ド・ティゲールのギフト『天眼』も、モーリスの言葉に反応はしなかった。確かにモーリスはエールリヒ森林伯という爵位を『先祖がエールリヒの森に住まう異端者ども――幻想種たち――と戦い屈服させたことを示す称号』と見做しており、その力と責務がたとえ天義という国の内部と戦う場合であっても揮われるべきだと信じている。また、にもかかわらず当代の当主カールが口先で旧き正義を謳うばかりで、その聖なる責務を忘れていると見做していたのも偽らざる本音だ。さらに、彼がシェアキムら改革派を討とうとしているのがそこまで火急の話ではないことも決して嘘ではない。では、今すぐでなければどうだ……と重ねて訊いたとしても、「必要が生じれば、それがたとえ教皇だとしても討つのがナイトメア家の責務だと考えている」など一般論に帰されてしまえば決して嘘たりえぬのである。不正義を苛烈なまでに憎む保守派の急先鋒とも呼ぶべきモーリスにとっては、嘘などという不正義を排除しつつも自らの真意を歪めることは身に染みつくほどの癖であったがゆえに。
しかしながら同時に、彼が何らかの形で保守強硬派らを取り纏めているらしいこともまた、客観的事実ではあった。もっとも下手を打ったのはカールばかりで、他はモーリスの主張する「不正義を断罪するナイトメア家が志を同じくする者たちと連絡し合うのは当然のこと」の範疇で収まっている――あるいはそのように装っており、追及のしうる範囲にはないのだが。
ただし、レオパルが気にかけているのはモーリスの活動が、天義国内に留まらず他国にまで広がっていることだった。確かに神への信仰に国境はない。天義国内にも神よりもその使徒としての幻想の国祖たる勇者を強く信仰する者があるように、逆もまた同じ。一方で天義政府がナイトメア家の動向を探ろうと思うなら、国内であれば容易でも、国外のとなるといかに聖騎士団長といえども荷が重いと言えた。
「やはり、ここはローレットに頼るのが確実か」
モーリスが退出した後の玉座の間にて、レオパルはちらりと教皇へと視線を遣る。
目配せを返した教皇シェアキム。するとレオパルは一礼し、玉座の間を辞して人を呼んだ。
それは、新たな依頼の始まりであった。国家重鎮でも――いや国家重鎮だからこそ容易に越えられぬ国境という壁を越えうる、ローレットの特異運命座標たちへと向けた。
- 火種の行方完了
- GM名るう
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年02月17日 22時02分
- 参加人数31/30人
- 相談9日
- 参加費50RC
参加者 : 31 人
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参加者一覧(31人)
リプレイ
●使者を追って
森の中の閑静な街道を、『帰ってきた放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)は這っていた。誰かを尾行するには向かない偉丈夫が独り、地に練達製と思しき小型ライトを当てて目を凝らす。その姿は稀に現れる通行人たちを不気味がらせるが、一方で当のバクルド自身は満足げですらあった。
「こりゃ間違いねえな。足跡はこっちに続いてる」
しばらく歩く間に色はほぼ消えてしまったが、彼の蛍光塗料入りの泥は今も彼に使者の足跡を示してくれている。
さて、先の奴らが上手くやってくれりゃいいんだが――そこでバクルドは立ち上がり、腕を組むと道の先に目を遣った。しばらく進んだところで森が途切れ、若い小麦の苗が青々と地を這う畑の間を進むようになった街道を。
すなわちそれはこの道が、追跡者の姿を隠してくれない領域に到達したことを意味しているとも言えた。
(しかし……スケさんには関係ありませんぞ?)
何故なら気配を消してしまえば、そこに誰かがいると疑われさえしなければ『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)の存在に気づく者などいないのだ。もっとも……“たったそれだけ”で済んだという事実こそ、真にヴェルミリオが欲していた情報であるのだが。
(むむ、不用意に泥を踏み、殺した気配に騙される。これでは単独で使者にするには心許ない注意力ですぞ? と、いうことは……)
(……すなわち、“本命”が別途いるってことかしら?)
少し離れた教会の鐘楼で、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)も思索した。優秀ではあるかもしれないけれどそれ止まりの使者に、貴族同士の伝令なんて大役を任せるかしら? 見たところ、護衛が辺りに隠れている様子もないようだった。ものものしい護衛が耳目を集めるのは嫌なのだろうけど、そのせいで伝令が辿り着かなければ本末転倒以外の何物でもない。だが、この二律背反を解消する方法なんて単純ものだ――その名も、数撃ちゃ当たる戦法だ。
事実、イーリンの下に時を置いて別の使者が発ったという情報がもたらされたのは、それからしばらく経ってのことだった。
「流石にこれ以上は変装してもバレそうな気がしたからね」
後にそう語る『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)曰く、後から出立した使者は辺りをそれとなく警戒する能力にも長けていそうだったとか。敢えて気配を殺しきることなく、偶然通りかかった一般人を装って監視するのにも、おそらくは限界があることだろう――元の世界では伝令役も尾行役もこなす秘密工作員であった以上、モカに引き際を間違える選択肢などない。
そして……元の世界での経験という意味でなら、『死にながら息をする』百合草 瑠々(p3p010340)に関しても。
「いいよ。そういうのなら少しは心得がある」
ストーカーがどうやって獲物に忍び寄るのかはよく知っていた。しかも、今回は複数人による追跡というオーダーだ……そういう時、一人ひとりの接触は最小限にしながら情報だけはいつの間にか交換する手口は嫌というほど身に沁みてる。だけど、あれほど苦しめられた経験が逆に生きるだなんて……。
(人生、何が起きるかわかんねえもんだな)
だからこの先起こるかもしれない出来事に対しても、存分に用心しておかないと。そう――たとえば『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)のように。
「おめえさ、森番でねだろな? おめえさが何言おっと、おらは熊ん子ば撃つだ」
美咲扮する村人の勢いに、さしもの使者も閉口して立ち去る以外のことはできなかった。街道が再び森の中に入った後に、森の間から覗いていた視線。主人が天義政府に目をつけられていることは承知していたゆえに、当然、彼は誰かが妨害なり監視なりをしてくるだろうと警戒していたはずだ。
だというのに彼が視線を嫌がる素振りを見せてやったなら……監視者はあろうことか自ら飛び出してきて、捲し立てたのが『危険な“穴持たず”を仕留めないといけないので、邪魔者は去れ』と主張する村人だったと明かしてみせたというわけだ。
違和感の正体が明かされてしまえば、人はそこで疑うのを止めるもの。いや、もしかしたら使者は今も美咲のことを疑っていたかもしれなかったが、だとしてもこの時点ですぐに次が控えていたことにまでは流石に想定できるまい。
(こちらの世界でも“鳥追いの行”をすることになるとは、懐かしいですね)
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)が追うべき人物の人相は、既に瑠々により伝えられていたのだから。あとは、使者が足を止めている間に距離を詰め、監視範囲に収めてやるだけだ。もしも使者が想定以上に長くその場に留まっていたとしても問題はない……その時は絡繰貂人形にしばしの監視を任せ、自分はそのまま行き過ぎた上で上着を変えて、“別人に化け”てやればいいだけなのだから。
(ではこの先は)
(ああ、もちろん)
互いに町に入り込んだところで、瑠璃はそれ以上追うのを止めてマルク・シリング(p3p001309)へとバトンタッチした。十分に距離を取っていた彼の存在を使者はまだ知らない。いわんや、彼の操る使い魔たちをや。
もっとも使者が十分に目聡かったなら、常に一羽の鳥が街の中を旋回していることに気付いたに違いなかった。だが……彼がその鳥の目を避けるため、猥雑な屋根の下へと身を寄せたとしたら? どうしてそこに真の追跡者――開けておらぬ場所だからこそ馴染める鼠の使い魔が、これ幸いと彼を監視しないと言えるだろうか?
「イングヒルトさん」
マルクが力を貸しに来てくれた『流転する槍媛』イングヒルトに頼むのは、ただ一つのことだ。
「皆に、伝えてほしい。使者は――この街の領主、バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインのところへ確かに向かった、と」
●青髭の企み
旅人嫌いの『青髭』バスチアン。そのお膝元で動かなけりゃならないなんてほど『UQ外伝』キドー(p3p000244)を窮屈に感じさせることなどそうなかっただろう。何せキドーはゴブリンだ。自分は討伐されるべき魔物でないと証すため、自分は旅人だと説明する必要があったことなど何度あっただろうか。
「ま、変装はしとくがよ。領民まで残らず旅人嫌いじゃねえって期待を信じるっきゃねェ……」
実際、蓋を開けてみたならば、その期待は案外できるものらしかった。確かに、旅人に与してバスチアンの怒りを買わないために、知らんぷりする者たちも少なくはない。だが多くの領民は領主様の旅人嫌いにも困ったものだと苦笑いするだけで、むしろ旅人たちに同情的ですらある。
「ここだけの話……バスチアン様は前の奥様が旅人の方と浮気してらしたのに激怒なされたそうなのよ」
井戸端会議中のおばちゃんたちは、声を潜めてそんな噂をキドーに囁いてくれた。
「斬り殺した奥様と浮気相手を地下室にぶら下げて、毎夜、新しい奥様との子作りも忘れてそれを眺めながら憎き旅人の血を滅ぼそうと決意なさってるそうよ……前の奥様との間に生まれたシルヴィお嬢様が不憫だわ!」
「あらやだアナタ、そんな不気味な噂信じてらっしゃるの? 旦那様があの性格だから、単に愛想を尽かして逃げてしまっただけに違いないわ? そうなのよ……バスチアン様は怒らせたら怖いの何の! ゴブリンちゃんも早めに立ち去ったほうがいいわ!」
その噂が本当だとすれば……彼には『新世界』での活動を最優先にする強い動機があるのであろう。
「でしたら……まさかとは思うけれど、オンネリネンの子供たちがここを拠点としている何かの証拠がきっとあるはずでございますわ」
想像し、新参の商人を装って市場で聞き込みを続ける『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)。そうするとちらほら聞こえてくる中に、ミハエル・スーニアの名前がある――彼も『新世界』を後援する商人だ。彼が極秘に扱う商品のひとつが『旅人の奴隷』。彼がアドラステイアのみならずこの領地にも出入りしているのだとなると……ナイトメア家がバスチアンとアドラステイアの関係に気付いていないとはとても考えられるまい。なにせ、ミハエルは食糧やら何やらを秘密裏にバスチアンに卸してさえいるようなのだから。
それらの物資のゆく先は――ロレイン(p3p006293)の調査によれば武闘派で知られるバスチアンの軍事教練施設のひとつであった。
「そこから子供ばかりらしき部隊が訓練する声が聞こえるっていうのね?」
教練所近辺で聞き込んだ彼女へと、近所の人々はそう教えてくれた。次いで衛兵たちにも聞いてみたものの、彼らは職務への忠実さゆえか秘密の口止め料への忠誠ゆえか中で誰が何をしているのかまでは教えてくれない……ただ、声がオンネリネンの子供たちのものであろうことは想像に難くない。
「旅人の貴族だっている中で、密かに反旅人の兵力を集めているだなんて度胸があるわね……」
それは挟み撃ちの目論見か、はたまた単なる陽動か……。
「……ああ。そいつらが『オンネリネン』と呼ばれてたのは間違いのない話だぜ」
「ありがとね。ちょいと大きいけど気にせず貰ってやっておくれよ」
『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の弾いた大粒の銀貨が、物乞いの足元の木椀に違わず収まった。
少年傭兵団なんて代物、目立っているだろうとは思っていたが、表向きはただの志願者ということになってる彼らの呼称までこうも簡単に出てくるとは。真っ当なシスターなら慈善事業としてですら立ち寄りたがらぬだろう路地裏の情報網のしたたかさというものに、彼女は秘かにほくそ笑む。
そういえば、ここがあのオッサンの本拠地なんだったっけ。そんなところでオンネリネンは何を企んでいるのだろうか――そうコルネリアが思案していた頃、『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が広場で踊り、野次馬たちを集めてやれば、出るわ出る。鍛錬を終えた少年傭兵たちが、どこどこの店に入っていった、誰々が誘って一緒に遊んだ、そんな話を口々に話してくれる地元の子供たちによる証言が。
「本当なの?」
「へぇ。少年傭兵なんて聞いて最初はビビってましたが、あっしらも見てましたさぁ。ああして見れば存外普通の子供たちじゃあねえですかい」
近くの出店で鼻を伸ばしていた主人に水を向ければ、そんな答えまで返ってきて。でも、それだけじゃ結局バスチアンとやらが何を企んでいるのかは判らない……その辺り、そろそろ『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)のほうは掴んでるのかしら?
「見聞きしてきた『オンネリネンの子供たち』の様子とは、随分と違うように思えますね……」
コルネリアやヴィリスの調査と自分の聞き込みの結果を総合すると、正純にはどうにもそんな印象が感じられるのだった。
イコルと魔女狩りによって洗脳された聖銃士、人質と甘言によって従わされているオンネリネンの子供たち。しかしここにいるのはそのどちらとも違い、厳しい訓練こそ課されてはいるがもう少し自然体であるようにさえ思えてくる。もちろんそれは全員ではないのだろうし、“そう装えるように訓練する”ことこそバスチアンの目的であるのかもしれぬ……それでも彼女は期待せざるを得ないのだ。彼女の育ての親たるキーン・エルドラド神父が正純に悪態を吐きながらもアドラステイアの子供たちの保護を買って出てくれたように、バスチアンも彼のアドラステイアに対する思うところゆえ、子供たちに少しでも幸福に過ごしてほしいと願っているのかもしれない、と――おそらくは“旅人の血さえ入っていないならば”だろうが。
『10代の子どもの往診を頼まれたが、子供の特徴だけ書いてあって身元がわからないので探している』
そんな名目で実際の子供たちを探してみるのがキャラなる女医――を名乗る『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)だった。
(これまで会ったうちの誰かが見つかれば話は早いのだけど)
イレイサ、それから、大人だけれどマザー・ミシュリーヌ。けれどもココロがどれだけ情報を集めても、教練所の近くで透視してみても、見知った子供は見つけられない。それどころかローレットが出会ったどの子供の顔と見比べても、似た顔や遠目では区別しきれなかった子供くらいはあっても、「確かに出会った」と言える子供の姿はないように見える。
(ということはこの子たちは、新人、ということになる?)
だとすれば……バスチアンが彼らに――オンネリネンの子供たちの全てに、ではないだろうが――訓練を施していることは間違いなさそうに思える。
(メイヤちゃん……お父様……。一体、ナイトメア家は何を企んでるの? ボクは――私はどうすればよかったのさ……)
誰も覗く者のいない物陰で、ミリヤ・ナイトメアは両手で顔を覆った。けれども……その時ふとどこからか声が聞こえたような気がして、彼女ははたと顔を上げる。
『アイドルがそんな顔をしちゃダメっスよ!』
そうだ。彼女の言うとおり、アイドルはどんな悪意にも負けない笑顔をしてなくちゃ。
もう自分はミリヤなんて名ではなく、彼女の名とアイドルの心得を受け継いだ、『アイドルでばかりはいられない』ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)なのだから。
●いざヴァレンシュタイン邸へ
さて、バスチアンがオンネリネンの子供たちを訓練させていることは明らかとなった。では……それは具体的にはどのようなもので、如何なる形でナイトメア家と繋がるのだろうか。それを知るには特異運命座標らは、ヴァレンシュタイン邸の中の出来事を知ってやらねばなるまい。
そのためには……買い出しのメイドというものは、『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)にとっては随分と都合のいい相手であった。あたかもどこぞの貴族のお墨付きのある商人のように見せかけて、ちょいとばかりお高いお茶をダシに誘い込んでやる。傍目には枯れた老骨だって、気性の荒い主人に辟易しているレディにしばしの休息を与えることくらいはできる。
「だからって、他所様を城内に入れるだなんてできませんから」
「そこを何とか! 責められそうになった時にゃ、おれに脅されたって言ってくれてもかまわんさ」
そんな些細な縁を口実に拝み込んでくるヤツェク扮した商人に、ついにメイドも根負けする結果になった。悪いな、とはヤツェクも思うのだ。偽の御用商人証書の発行を手伝ってくれたオークランド夫人にも、目の前の哀れなメイドにも。けれども結果として得られたものがオンネリネンに関する各種の取引記録――誰をどれだけの期間預かることになったとか、ミハエルからどれだけ“実戦訓練用標的”を購入しただとか――流石に到底オンネリネンの訓練に使ったと思えるほどの数はないようだったが――だと知れば、きっと彼女らも赦してくれることだろう。
そんな大胆な潜入が上手くいった裏には、『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)の動きも関わっていたに違いないだろう。さまざまな出来事が立て続けに起こった時期に、ふらっと現れた肖像画家ベルナルド。かの『束縛の聖女』アネモネ・バードケージの養父の紹介状を携えて現れた人物がわざわざ訪ねてきたとあったなら、バスチアンとて火種の気配を察せずにはおれるまい。
「旦那様は、こちらの部屋を使われよと仰せです」
召使いが充てがったのは画家が急な日差しによる温度変化に苦しめられる心配のない部屋……と言えば聞こえはいいが、実際には碌な窓すらない脱出の困難な部屋だった。そして彼の部屋の前には常に、御用聞きとして衛兵が立っている。大方何かしらの潜入調査を目論んでいるのだろうが、断ってどこかで好き放題動かれてしまうよりは、手元に置いて常に監視しておいたほうが都合がいいということなのだろう。
まあ、そうやって警備の目がベルナルドに向くのなら、それはそれで他が動きやすくなってはいるのだった。ヤツェクもその恩恵に与った一人であったし、『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)もまた同じ。警戒が“人”にばかり向くのなら、その足元を使い魔の鼠たちが比較的自在に動き回れる……あとは屋敷内の構造を把握して、バスチアンが使者と会合する場を見つけて耳をそばだてるだけだ。二匹を部屋の対極に配置してやれば、聞き逃しは少しでも少なくなるはずだ。
「それにしても鼠たち、怯えて地下にだけは向かおうとしてくれねえんだよな……そこに一体何があるっていうんだ? まあ、執務室は地下にあるわけじゃねえし、調べる必要ないっちゃあないんだが……」
「――ああ、解ったって。全部終わったら新しく仕入れた酒を味見させてやるよ」
誰もおらぬ虚空に囁きかける『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の姿を、屋敷の中で見咎める者はいない。何故ならここは床下だから。虚空――実際にはそこにいる使霊の導きで、彼女は今目的の部屋の真下に陣取っている。
その場所でじっと息を潜めている間、酒呑み巫女の霊は意気揚々と地下へと潜っていった。多くの旅人とその血を引く罪人たちが、盗みなり不貞なりといった本来の罪に加え、“無辜なる混沌を汚染した罪”なる罪状で命を奪われた処刑場へと。
だがそちらの罪を裁くのは今でなくていい。何故ならちょうど旅の汚れを落としてきた使者が執務室を訪れて、互いに牽制しあうような口ぶりで報告と交渉が始まったからだ。
「……なるほど。彼らの会話内容からすると、天義の体制派を共通の敵とする保守派とアドラステイアは、今のアドラステイアの遣り口まではあまり是認していないバスチアンという中立に近い立場の人物を利用して繋がっていた、という形でしょうか?」
嘆かわしいことだと『永訣を奏で』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)。どちらも歪んだ信仰ではあるものの、片や戦力、片や外貨に目が眩み、その歪んだ信仰をさらに歪めてしまうとは。いや……『目が眩み』という表現は必ずしも正しくはないのかもしれない。それらは双方の総意というよりも、窓口たるナイトメア家とバスチアンだけが上手く誤魔化しているという口ぶりだから。
「そうだね……バスチアンさんがこの領地でやっているのは、いわば傭兵団ロンダリングみたいな話なのかな?」
それは『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)に抜け目のなさを感じさせる遣り口だった。オンネリネンの子供たちから、教練を通じて多少はアドラステイアの恐るべき毒を抜く。それは『新世界』は後援していてもアドラステイアの遣り方自体は嫌っている様子だったバスチアンにとっても多少は胸のすく思いではあっただろうが、他方、同時に彼はオンネリネンに対する義理立ても果たすことができるのだから。もしも子供たちをアドラステイアとは無関係な傭兵団に仕立て上げることができるなら、オンネリネンは決して相容れぬはずの天義保守派という顧客の獲得に繋がる。それはアドラステイアにとっては宿敵を瓦解させるための、獅子身中の虫となってくれることだろう……その時!
(二人とも!)
『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が深刻そうに二人を呼んだ。
(聞き耳用の穴を塞いで掃除するフリをして! 誰かが部屋に近付いてくるよ……!)
もしも誰かに見咎められても誤魔化せるように、スティアたちはメイドになりすましている。新人が部屋の掃除を仰せつかっただけ。そんな言い訳は――幾らでも間諜が狙いたがっているだろうこの時期には不審感を募らせるだけでしかなく。
「だったら、メイド長にでも確認してみるか?」
しかし問答無用で人を呼ぶほど疑わしいとまで判断する材料にまではならなかったことが、見回りの衛兵の命取りになる!
「……いいや、おれさまが代わりに確認してやるよ」
不意に衛兵の後ろからかけられた声の正体を、彼は確かめることすらできなかった。太い腕で喉を潰されて、悲鳴すら上げることのできぬまま気を失った哀れな男。それを成し遂げたのは山賊だ。『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が、口元に下卑た笑みを浮かべて立っている!
「ち……コイツの服もおれさまにゃ着れねぇか。じゃ、そいつは適当にふん縛ってクローゼットにでも突っ込んどきな」
それだけ言い残すとグドルフは、再び盗聴を邪魔しそうな奴を探して器用にもその巨体の気配を消した。そんな騒ぎのせいでしばしの間スティアたちの盗聴は中断させられていたが……その間も別の場所では会談を聞き続けている耳がある。ジェイクの鼠も、床下のアーマデルもそのひとつだが、他にもまだまだ耳がある。数が多ければその分聞き逃しや勘違いも起こりにくいし――何より、万が一誰かが見つかってしまった場合にも、無事に逃げ果せる確率が上がる。
(これならサンディ君に私の頼れるところを見せつけられるねぇ)
執務室扉の前でご満悦の『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)だったが、決して耳をそばだてるのを忘れていたわけじゃなかった。聞こえた全てを記憶してしまい、後から書き起こす時にだけ意識を傾けてやることにすれば何も問題はない。たとえ、何が起こっても。常人には聞き取れぬほど小さな音で、上階から何かの騒ぎが伝わってきても。遥か遠くで誰かがしている乱痴気騒ぎに衛兵たちが怒鳴り込み、解散させようとしていても。
そう……乱痴気だ。執務室前なんていう堂々とした場所にシキが乗り込んだのに誰にも止められることがなかった理由は、グドルフが片っ端から衛兵を叩きのめしていたのも然ることながら、この騒ぎに人手が取られてしまったこともある。
「おらよっ、みんな飲め飲め飲み明かせ!」
『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)の音頭に従って、街の中の飲兵衛どもがエールを呷る。理由なんてのは何でもよくて、ただそこに酒を飲んで騒ぐ機会があるというだけで酔っ払いたちは喜んでついてくる。そこがバスチアンの居城のすぐ隣、すなわち騎士官舎や行政施設の集まる一角に陣取る広場であっても!
「こんな時に手間をかけさせるんじゃない!」
「『こんな時』って何の話だ? お疲れならそれこそ気分転換に一杯いくもんだ!」
ブライアンが侵入者を警戒するためにピリついている衛兵たちをこれ幸いと煽り倒している声が微かに聞こえていたので、これなら脱出の際に誰かを殺してでも通り抜ける必要なんてなさそうだなと安堵するシキ。彼女とて索敵に幻影による脱出支援にと力を揮うつもりだし、実際に戦闘するのが主に『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)の役割なのも確かだが……それでも、流さねばならない血が少しでも減ってくれるなら、それに越したことはない。
では、そのサンディのほうはといえば……こちらもシキを相手に頼ってくれてもいいぜと胸を張っていた。では結局どちらがどちらを頼ることになったのかと言えば……どちらかといえばサンディが頼る側になる羽目になっていたかもしれないが。
(まさか使者に鞄を通された部屋に置きっぱなしにされるとは思わなかったぜ)
畜生め、折角の鼠の使い魔が、そうとは知らずにいたから誰もいない部屋に置き去りだ。ただし、お蔭で収穫もあった。交渉の予行演習のつもりなのだろう、使者が饒舌な独り言を始めた中で……ひとつの気になる単語を録音できたのだから。
(『アリオト』の行方はどうなっているのか、だって? そいつの行方を知るためにモーリスはバスチアンと手を組んだってのか?)
●得られた成果
実際の会談の中では幾つもの議題に埋もれて重要度を判断しきれなかったが、使者の予行演習を聞いた限りは、旅人を狙う『新世界』のネットワークを通じて『廉貞のアリオト』なる危険人物の行方を知ることにこそモーリスの最大の関心事があるようだった。
それが何者なのか、つけ加えれば誰にとっての“危険”なのかをサンディは知らない。しかしどうやら思索に耽っていられる時間は長くはないようだった……何故なら執務室のある方角から、唐突にものものしい物音と怒号が響いたからだ。
「使者殿! そちら側の鼠も殺しておかれよ! ……もっとも、今更手遅れかもしれんがな」
ようやく盗聴に気付いたバスチアンの手には、一匹の鼠を串刺しにしたサーベルが握られていた。この剣幕では早々に、使い魔を使わずに侵入していた者たちの存在も明るみに出るだろう。
「だったら会話は幽霊ちゃんにも聞いてもらったことだし、ヘルちゃんもちょっとだけ脱出支援してからとっととおさらばなのだ」
執務室で緊急招集のベルが鳴り、押っ取り刀で駆けつけてくる衛兵たちに、幽霊ちゃんたちの呪いの合唱をお見舞いしてから逃げてゆく『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)。アドラステイアも天義の内紛もどうだっていい。でも、どちらの標的にもローレットが含まれていると聞いたなら、仲間として正当防衛するくらいは当然のことなのだ、たぶん。
人手をブライアンの騒ぎやら何やらに割かれたせいで、時間差で到着する衛兵ら。そのせいで現場は渋滞を起こし、どこにどれだけ侵入者がいるのかすら判らなくなってきた。
「誰かー! 侵入者があっちに逃げたっす!」
「騙されるなよ! そいつこそが我々に変装した侵入者だ!」
「えーっ、どうしてバレたっすかー!?」
悲鳴を上げて逃げ出した『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)の後ろを、幾人もの兵士が追いかけていった。そりゃあいくらグドルフが昏倒させた衛兵の鎧を奪って誤魔化したところで、声が聞き慣れないものならバレて当然ってやつだ。
(……さて、今ので何人釣れたっすかね?)
しかしながらウルズはそう笑みを浮かべるのだ。
(別にあたしは足に自信があるから何人集めても大丈夫っす。これでフラーゴラ先輩が無事に脱出できるなら、陽動としての役割を十分に果たしたことになるっすね)
ウルズが時には自慢の足で翻弄し、時に口八丁で追っ手をペテンに掛けたことにより、ただでさえ混乱していた現場はますます混乱に拍車がかかる羽目になっていた。
「おのれローレット、味な真似を……! フン、いつかは戦場で捻じ伏せてやりたいものだな」
そんな配下たちを一喝して少しずつ状況掌握を取り戻しながら、苦笑いを浮かべるバスチアン。
そうだ。『いつかは』だ。今回はもう彼らに一矢報いる機会はないことだろう……逃げてゆく特異運命座標たちの動きを見るかぎり、あちらはどこをどう逃げればよいのかまでしっかりと脱出経路を暗記してしまっているらしい。
(でも、ローレットってバレちゃったなぁ)
意識して脱出経路を記憶していたのがしっかりと功を奏したにもかかわらず、『進撃のラッパ』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はちょっぴり残念そうだった。
(まあ、お師匠先生なら「そこは確実性とのトレードオフだわ」って言うだろうし、仕方ないね……)
事実、こちらはナイトメア家の目論見の一片だけでなく、使者の人相やらオンネリネンの動きの一部も明らかにしているわけだ。手持ちの情報が多ければ、こちらが何者かを知られることすらもが敵方への牽制になるだろう……ところで。
「折角ですので混乱に乗じて机の引き出しの中から抜き取ってきましたが……」
そっと広げたリフィヌディオル(p3p010339)の手の上に、一枚の羊皮紙がひとりでに舞い降りて広がった。
「これは……何かの調査の報告書のようですね。『アリオトは天義の旧来の価値観を憎悪する何者かにより庇護ないし後援されている可能性有』、ですか。今の天義ともアドラステイアとも違う、別の勢力が何かを企んでるのでしょうか?」
リフィヌディオルは少しばかり首を傾げて……それから、あたかもそこに何も邪魔するものなどないかのように、壁の中へと歩み去っていった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
以下に、皆様が得た情報と、それを分析なさった方々が出した結論をまとめておきます。
天義政府からすればもっと派手な結果が欲しかったところでしょうが、モーリスの思惑が明らかになったことはこれからの保守強硬派の動きを注視する際に役立つことでしょう。
●バスチアン領で起こっていること
バスチアンはオンネリネンの子供たちに訓練を施し、彼らのアドラステイア由来の鬱屈とした雰囲気を取り払っている。これにより天義の保守派が子供たちを雇いやすくなっているものと推察される。
これにより子供たちはしばしの間恐怖から解放されている様子だが、バスチアンが本当に子供たちを助けようと思っているのか、恩を売って彼らをコントロールしようと目論んでいるのかは不明。両方かも。
●モーリスの動き
モーリスは『廉貞のアリオト』なる旅人の行方を追っており、『新世界』の旅人監視網を頼っている。その対価として、オンネリネンの子供たちの天義保守派への斡旋に協力している。
しかしアリオトの足取りは、彼女が何者かの庇護を受けているせいかほとんど掴めていないようだ。
●両者の関係
今のところ、両者は共闘しているというよりは、モーリスの個人的な目的を通じて利害が一致しているだけのように思われる。
ただし、両者の当面の敵が天義体制派であること自体は両者ともに承知していた。いつ共闘関係に移ってもおかしくはない状態ではある。
●その他
バスチアンの居城の地下牢には拷問死した旅人や旅人の血を引いた罪人の霊が多数いる。
もしも市井の噂が真実ならば、その中には浮気した前妻とその不倫相手の旅人もそこで獄死した。
GMコメント
些細な悪をも過剰に断罪したことがかつての『冥刻のエクリプス』事件に繋がったと考えて罪人に対しても一定の理解を示さんと考える天義革新派と、それすらも断罪が不十分だったせいだと考え続ける保守派の間の溝は、ひとまずは暴発することなく落ち着きつつあります。
しかしながら、モーリス・ナイトメアの水面下の行動は、いまだに不明瞭な部分が残ります……それを暴くことができなければ、保守強硬派が秘かに蓄える力は増してゆくばかりでしょう。
●目的
・ナイトメア家から幻想国内に向けて出立した使者の目的を探る
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)の推測が正しければ、使者はアドラステイアの関係者の下へと向かうでしょう(プレイヤー情報ですが、実際、相手はアドラステイアを後援する幻想貴族です)。
しかし、天義保守派はアドラステイアが拒絶した天義の信仰の在り方を色濃く残す存在ですし、保守派から見ればアドラステイアは神を否定し偽りの神を戴く不正義の権化です。決して相容れぬはずの両者がどのような形で手を取り合っているのかを説明できなければ、『目的を探』れたことにはなりません。というのも、単に連絡を取り合うくらいであれば、協力しているのか問い詰めているのか判らないからです。
参考:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えてください。
●取れる行動
概ね、以下の3パートのうちのいずれかになるものと思われます。これらに囚われない自由行動も可能ですが、効果的な結果を得る可能性は低くなるでしょう。
プレイングの1行目に選択パート、同行者がいる場合は2行目にグループ名をお書き添えください。
【使者追跡】
使者の向かう先を確認するパートです。使者に気づかれることなく追跡し、彼がどこに向かったのかの証拠を手に入れるのが本パートの目的です。
使者は一人旅ですが、生半可なモンスターや野盗くらいであれば逃げ切る程度の能力と、拷問や催眠等に対する高い耐性を持っています。力ずくで目的地を聞き出そうとしてもおそらくは無駄でしょう。
【身辺調査】
追跡が上手くゆけば、使者が『青髭』バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインなる幻想貴族の下へ向かったことが明らかになるでしょう(追跡に失敗していても、証拠はないもののそうだと推測するくらいはできるはずです)。
彼が大の旅人(ウォーカー)嫌いであることは知られており、また、アドラステイアの裏で暗躍する『新世界』なる闇組織も反旅人団体です。両者の関係を明らかにするのが本パートの目的です。
もしもバスチアンが本当に新世界の関係者であれば、領内に『オンネリネンの子供たち』の目撃情報があるかもしれません。
参考:https://rev1.reversion.jp/page/onnellinen_1
【会談盗聴】
モーリスは手紙の形でバスチアンとの遣り取りを残すのを嫌い、使者に全てを口述させているはずです。これを逆手に取って使者とバスチアンの会談を盗み聞きする、あるいはそれが上手くゆくように入念に準備するのが本パートの目的です。
もちろん、会談が行なわれるであろうバスチアンの執務室は厳重に警備されています。どのように忍び込むのかが重要になるでしょう。
●注意事項
本シナリオはイベントシナリオの仕様上VERYEASYとなっていますが、実質的な難易度はNORMAL~HARDです。通常のイベントシナリオよりも少しだけ多めに経験値とGoldが入手可能です。
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