PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<貪る蛇とフォークロア>侵略するは烈火の如く

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●武器を食む者達
 ヴィーザル地方北西部――ノーザンキングスの勢力圏の端の方、対鉄帝国前線のほど近くにその町はあった。
 雪化粧に覆われた町の中、点在する酒場の全てが、この日は満席だった。
 いや――それどころか、入りきれない者達が、店の外、道にまで出てどんちゃん騒ぎを繰り返す。
 関わり合い持たぬように、町人は皆、門を堅く閉ざし、外を出歩く者は彼ら以外には存在しない。
 もしも存在したとして、それは己の不幸を呼ぶことにしかなるまい。

 ――そんな中でも、一層と物々しい雰囲気を立てる店があった。
「おいてめえ、今、腕が当たったぞ、ごら! 謝れや!」
 巨人を思わせるがっしりとした体躯の男が、酒臭い息を吐きながら自分へぶつかった飛行種へとメンチを切る。
「おや、図体のデカいわりに貧弱ですね それとも飲んだくれが何かできるって?」
 そう言う飛行種の息も、相当に酒気を帯びていて――いや、それはこの場にいる者達、全てに対して言えることか。
 今にも喧嘩になりそうな2人の装いは、まるで異なっている。
 がっしりした男の方は恐らくはこの地方の出身などではなかろう。
 対して、飛行種の方はシルヴァンスであろうか。
 装いの細かい部分に冬の森への対策が見られている。
 片や別の場所を見れば、そこで粛々とエイルをあおるのは、屈強な女である。
 つい今しがた粉をかけてきた男を腕一本でねじ伏せ、屈服させる様は堂々として彼女がただの女でないことを思わせる。
「これから紛いなりにも手を取り合おうという相手を、喧嘩ならともかく侮辱していいのか?
 良かったな、私がハイエスタを祖とする戦士で。さもなくば、この場で首を刎ねたぞ」
 冷徹に見下ろした女に解放された男が「冗談じゃねえか」と悪態つく。
「そりゃあ良かった。こっちも冗談だよ。本気なら腕を折ってる」
「け、そうかよ」
 再びエイルを浴びるように傾けて飲み始めた女の横で、捻じ伏せられていた男も同じものを頼みだす。
 また別の所では、露出が多めのドレスを着た魔女風の美女が、踊り子を思わせる褐色の美女と緩やかにワインを傾けているのも見える。
 その有様は、まさに混沌というべきか。
 種族も、部族も、境遇も、職業も、挙句の果てには、恐らくは祖国さえも異なる。
 『ここに集っていることすらが既に不思議と言って過言ではない』――そんな状況。
「よう、あんたら――楽しんでるようで何よりだなぁ」
 遅れて扉を開き、姿を見せたのは、ラサの傭兵を思わせる装束を着た男が2人組。
「おうおう! 確か、ヴァルデマールとか言ってた旦那じゃねえか!
 随分と遅かったな、おい!」
「へへ、こう見えて、今日は主催なんでね――ちぃとばかし、あんた等のお仲間のとこにも顔出してやってたのさ」
「そりゃあ済まなかったな!」
 からりと笑ったのは、身体に複数の傷を刻む、歴戦を思わせる男。
「――それにしても」
 続いて声をかけたのは、線の細い、豹か何かを思わせる獣種の女。
「我々に手を組むように言った理由はなんだったのです?」
「分かってんだろ――あんた等もよ」
 その瞬間、ヴァルデマールの雰囲気が変わる。
 ゾッとする濃密な気配と、溢れ出る威圧感に、宴に浮かれる彼らの表情もかたくなる。
「ここに流れてからこっち、散々見てきたってもんだ。
 どいつもこいつも、連合王国だなんだと気前のいいことだけ言いやがって。
 ――結局まともに手ェ組んで戦のひとつもできやしねえ」
 ぎろりと、中にいる全員を睨み据えるヴァルデマールに、文字通り喧嘩を売られた中の全員が殺気立つ。
「敵は統一された軍規、受け継がれながら進化し続けてきた最適解の戦術が、骨の髄まで染み込んだ鉄帝軍だぜ?
 そりゃあ舐められるのも当たり前って話だ。知ってるよな、あんたらも自分達がなんて言われてるか。
 『併呑しても負担となるが放置するにも国防の問題となる』だ。
 挙句の果てには『演習場』だの、『出世コースに無い左遷』だのとまで言われてら。
 笑える話ったぁこのことだ。否定のしようもありゃしねえ」
 鼻で笑い、現実を突きつけて。男は静かに睥睨する。
「別によ、てめェらが互いを信じられなかろうが、気に食わなかろうが。
 てめぇの役割しゃんとすりゃあ良い話なわけだ。
 ――そのための連合だ、そのための王国だと思ってたがよ。
 いつまでたっても国家モドキ(おあそび)のまんま」
 そうして、ヴァルデマールの双眸が殺意と狂気にぎらつきはじめる。
 ほんの一瞬、目の色がひとのソレから蛇のような縦筋に変質したようにも見えたが――それを理解した者はない。
「だからだよ、俺達だ。俺達の手で――もう一度、ちぃたぁ手ぇ組んで戦の一つもやってやろうって話だ!
 さあ、飲もうぜ。てめぇら……俺ら『ニーズヘッグ』の――命知らずの戦争って奴の前祝いといこうや!」
 不敵に笑い、言い放ったその言葉に、それまで殺気立っていた者達が、おう、と大声を上げた。
 そこかしこで、持っていたグラスが掲げられ、もう一度の乾杯の音頭が酒場の中に響き渡る。

●クラスノグラードの悲劇
 クラスノグラード――
 それは鉄帝の北、ヴィーザル地方からやや鉄帝国の内陸部よりに存在する城塞都市の一つ。
 かつて東から来る敵の軍勢に対抗するための前線の一つとして築かれた城塞であり、赤色の城壁が美しい観光名所でもある。
 そんな城も、現在はノーザンキングスの建国によって前線の支援を行なう第二拠点の1つとして再利用されている。

「伝令! 伝令! ノーザンキングス軍によって、前線の砦が突破されました!」
「なに!? 前線の軍は何をしている!?」
 声を荒げたクラスノグラードの守将を務める男の顔は、驚愕に揺れている。
「分かりません! 現在、状況を確認していますが、恐らくは捕虜になったか、逃亡したか……」
 伝令の答えに、歯ぎしりする中で、扉を開けてまた1人の伝令が姿を見せる。
「伝令! 東方より軍勢の姿を確認!」
「良かった、無事か――」
「いえ! 相手は見たこともない旗を掲げています――敵襲です!」
「なっ! ……速すぎる……行軍を止めてないのか!?」
 信じられないことを聞いたと腰を抜かしそうになっているその時だった。

 ――――ドォォン――――

 重い、何かが吹き飛ぶ音が部屋の中に響き渡る。
 咄嗟に音の聞こえた方角を見れば、窓の向こう、城門の方角が土埃を上げている。
 仰天する男の眼でも、しっかりと把握できたのは、堅牢であるはずの城門を粉砕した敵がこちらに雪崩れ込む様だった。

●風雲急を告げる
 その日、ゼシュテル鉄帝国が帝都『スチールグラード』に存在するローレットの支部は、慌ただしくイレギュラーズの招集を始めていた。
 ――奇しくも、とも言えようか。
 練達において行われている『ROO』の内側における鉄帝国を模した国――鋼鉄にザーバ軍閥とヴィーザルの連合軍が牙を剥いたのとほぼ同時期。
 現実世界においても、同じようなことが起きていた。
 鉄帝国の北東部、対ヴィーザル戦線の城塞群をノーザン・キングスの手のものと思しき軍勢が蹂躙した。
 慢心していた鉄帝軍は、抜群の連携を見せた敵を前に瞬く間に2つの砦と3つの城塞を攻め取られた。
 その軍勢のうち一部は南に進んで鉄帝側の町を攻撃し、もう片方はそのまま西に向かって、先史文明時代の遺跡を掘り起こしているという。
 自らを傭兵連盟『ニーズヘッグ』と名乗った彼らは『稼ぎ場所を求めてラサからノーザンキングスへ流れた傭兵』と、『ハイエスタ、シルヴァンスの一部』が手を組んだ組織であるという。

 慌ただしさの中、1人だけ落ち着いた様子を見せる女性が君達の方に視線を向ける。
「こんばんは。初めましての人も多そうだから先に自己紹介をしようかな。
 僕はラサで傭兵をしてるイルザ。『ニーズヘッグ』を組織した傭兵を追ってきたんだ。よろしく。
 生まれ故郷に第二の故郷ともいえるラサの厄介者どもに荒らされるのは流石に見過ごせない。
 ってことで、ラサと鉄帝のパイプ役を買って出たんだ」
 これから少しの間、君達とよく顔を合わせることになる――とイルザは自己紹介を終わらせて。
 ここからが本題、とばかりに切り替えたイルザは、鉄帝北部の地図を広げて、駒を配置して、駒を動かし。
 直線の駒が通り過ぎた場所に×印を記していく。
 やがて駒は二手に別れ、向かう先はそれぞれ1つのマル印。
「鉄帝軍の前線を突破したニーズヘッグの軍勢は堂々と西に進み、今は古代遺跡のチェルノムス遺跡と、ベロリェフスコエを探ってるみたいなんだ。
 多分、なにか良からぬものがあるんじゃないかな?」

「今、鉄帝軍は軍備を再編して反撃のための準備を進めてるけど、それを待ってる間に敵がいま進めてることは終わってしまうはず。
 ふざけたこと始めた傭兵崩れを一緒に倒してほしい。
 だから、今回のお仕事は、鉄帝と――あとそれからラサからの、皆への正式な依頼ってことになる」
 緩やかに彼女は一旦締めくくると、小さくため息を吐いて。
「まあでも、全くもって道理だとは思うんだけどね。
 連合を組んだところで、どうせ仲が悪くて一枚岩になることすら敵わない。
 だったらいっそ自分達の長所を生かして、各々の動きを適切にこなすだけの方が良いっていうのは。
 今回の敵は、それが出来るようになった連合軍だ。気を引き締めていかないと拙いだろうね。
 ヴィーザル戦線はたしかに泡沫戦線ではあったけど、『南部戦線よりも苛烈に戦争が継続している最前線』だから……
 こっちとの戦を知ってる相手が『ちゃんと手を組んだら』強いのは当然。
 これまでの泡沫戦線らしい『適当にやってもなんとかなる』が通じなくなったって考えていいと思うよ」
 最後にそう、イルザは告げた。
「……まあ、それでも。幻想王国に迷惑かけたと思ったら、今度は鉄帝国に迷惑かけることになるとは。
 同じ国に住まう者として、流石にちょっと恐れ入るよ」
 呆れた様子でイルザは再び溜め息を吐いた。

GMコメント

 皆様こんばんは。春野紅葉です。
 長編&EXでお送りしてまいります。
 基本は鉄帝をメインに進んでいくことになります<貪る蛇とフォークロア>、よろしくお願いします。

●オーダー
【1】敵軍の情報収集
【2】ベロリェスコエを救援する。
【3】チェルノムス遺跡を奪還する。

●プレイング書式について
 出来るだけ下記のような書式でお願いします。
 プレイングの1行目に向かう場所(下記A~C)※1
 プレイングの2行目に同行者やタグがあれば
 プレイングの3行目から本文を書いてください。

※1
 プレイングのキャパも考えますと、
 出来る限り場所選択は1か所をおすすめします。

例:

【疾風】
突っ込んでぶん殴るよ!

●フィールド共通:エネミー
・傭兵連盟『ニーズヘッグ』
 ノーザン・キングス系の勢力です。
 情報によれば、ラサ傭兵商会連合より戦争を求めて流れてきた傭兵団と一部のハイエスタ、シルヴァンス系の部族が手を組んだ連合軍です。
 ノーザン系の弱点であった『あまり仲の良くない連合』部分を傭兵団が潤滑油的に主導しているとのこと。

●フィールドA:敵の情報収集
 ニーズヘッグによって奪い取られた拠点に潜入します。
 敵に占領された町がどうなるかのモデルケース的存在です。
 交流することで占領された人々の信頼を得ることができるかもしれません。
 比較的危険はないと思われます。

●フィールドA:エネミー&NPC
・傭兵連盟『ニーズヘッグ』×10
 駐留している敵軍にあたります。
 戦闘能力を有しており、潜入者の撃退に当たります。

・民衆×2~30
 占領された民衆です。
 ハイエスタ系の人々で、どうにも自主的に降伏しているように見えます。

●フィールドB:ベロリェフスコエ救援作戦
 針葉樹林に作られたハイエスタ系の魔術師が住まう工房が集まった村。
 ニーズヘッグの一部隊が分岐してここを襲撃中です。
 恐らくはCへの援軍をけん制する目的があるものと推察されています。

●フィールドB:エネミー
・傭兵連盟『ニーズヘッグ』×10
 ハイエスタの戦士とシルヴァンス、傭兵による前衛、
 ハイエスタの魔術師(魔女)とシルヴァンス、傭兵による後衛で構成される部隊です。
 1人1人が自身の仕事に集中しており、連携の取れた軍勢です。

●フィールドC:チェルノムス遺跡を奪還する。
 山の麓に存在する超古代文明系の遺跡のようです。
 遺跡には既に敵の軍勢が突入しています。
 現時点では遺跡の内部に存在する物を奪われていませんが、それも時間の問題です。
 この中では最も危険です。

●フィールドC:エネミー
・『???』ヴァルデマール
 傭兵連盟『ニーズヘッグ』の首魁と思われる男です。
 かつては『戦争屋』と名乗る戦争専門の傭兵団で団長を務めていたと言います。
 異様な威圧感と貪欲さの滲んでいます。
 対多戦闘技術に非常に長けた人物で蛇腹剣の類を武器とします。

・傭兵連盟『ニーズヘッグ』×20
 過半数が傭兵とハイエスタ系の魔女で占められています。
 15人ほどが遺物の発掘とその解析を行っています。
 残りの5人はヴァルデマールの取り巻きをしています。

●フィールドC:友軍NPC
・『壊穿の黒鎗』イルザ
 鉄帝生まれ、ラサ育ちのラサの傭兵です。
 『ニーズヘッグ』の前身の一つである『戦争屋』が鉄帝に流れたことを知り、自ら鉄帝への情報提供者として名乗り出ました。
 青みがかった黒髪をした人間種の女性です。穂先を魔力で延長させる特殊な槍を振るいます。
 物神両面に加えて反応が高めのパワーファイターです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <貪る蛇とフォークロア>侵略するは烈火の如く完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月20日 22時05分
  • 参加人数20/20人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
シラス(p3p004421)
超える者
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)
魂の護り手
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
キャナル・リルガール(p3p008601)
EAMD職員
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
シャルロッテ・ナックル(p3p009744)
ラド・バウB級闘士
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星
アザミ・フォン・ムスペルヘイム(p3p010208)

リプレイ

●潜む者たち
 吹きすさぶ風は防寒具さえ貫かんばかりの冷気を押し付けている。
 白く靄がかったような空に綺麗な陽光が浮かんでいてなお、地上は雪景色に覆われている。
 本格的な冬には及ばぬものの、極寒の鉄帝国でなお北部という事もあってその冷気はすさまじいものがある。
 目的の町はニーズヘッグによって占領された砦の中で最も鉄帝寄りにある。
 木々と接舷に覆われた中に、壁に囲われた形で作られていた。
(ひとまず潜入は出来たから、まずは……)
 リリーは3羽の烏を空に見送りながら、脳裏に小さな不凍港にいる知り合いを思い出していた。
 彼らはなかなか良い関係を取り持てている。――とはいえ、彼らのような良い人が全てとはいかぬのが現状だ。
(それにしても、まさかシルヴァンスまでいるなんて……もう、こうなったらとことん調べるしかないねっ)
 気持ちを入れなおしたリリーは物陰にて気配を押し殺す。
 3羽分の視界を知覚しつつ、その子らを屋根の上に着地させた時だった。。
 ハッと我に返ると、いつの間にかリリーに身体をくっ付ける猫の姿があった。
 気配遮断の効果か、気付いてなかったらしい猫は、リリーの動きに反応して飛びあがる。
 サイベリアンだろうか、モフモフの毛とどっしりとした体格が迫力がある。
『ニャアア!!』
 リリーを見てびっくりしたのか、身体をこちらに向けた猫はそのままどこかへと走り出さんとして。
「あ、待って……!」
 思わず漏らしたリリーの声に、恐る恐ると言った感じでこちらを見た。
「ごめんね……ええっと、野良猫さん……?」
『ナァーオ』
 猫は同意とも否定ともとれる鳴き声を上げて、前足で顔をくしくしして舐めている。
『ンナァ』
 欠伸を一つ。そのままリリーを見上げるにゃんこは、首をかしげている。
 その時だった。
「おーい」
 その声に釣られるようにして、顔を上げた猫は、そのまま声の方へと歩いていく。
 思わず続いたリリーは、物陰から出て、青年とぶつかりかけた。
「あぁ、ここにいたのか……おっと、ごめんよ」
 猫を抱き上げた青年が、続けて出てきたリリーとぶつかりかけて謝罪してくれる。
「ごめんなさい……実はその、迷子になってて……あの、案内をしてもらっていいですか?」
 そう言って迷子を装ったリリーはその町人から情報を聞き出した。

(傭兵が働き口の為に戦地を移動するのは普通の事だろう。
 それ自体を否定はしないが……)
 行商人を装う『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)は町の入り口で立ち止まっていた。
「何者だ」
 物々しく銃を構える傭兵らしき男が2人。
「行商をやってる。この時期だ、少しでも物資があったら良いんじゃないか?」
 事前にコネを用いて探った所、まだこの一帯では商人の規制などは行われていないらしい。
 問題は『ジグリ』がどう反応されるか、だった。
 ジグリ商会とくれば、ラサでは覚えある商家の一つ。
 彼らが『ラサから流れてきた傭兵』ならば『敵に見られるか、味方にみられるか』の2つに一つ
 もちろん、敵に見られても問題ないように武器は隠し持っているとはいえ、出来れば無血で行きたかった。
「傭兵さん」
 町の中からした声にラダが視線を上げると、そこには『白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)の姿がある。
「彼女は私の知り合いです。私が保障しましょう」
 商人風の衣装に身を包み、見事に変装を遂げている。
 一見するとそうだとは分かりづらかったが、見れば見るほど彼女に違いない。
「……ふむ、貴方の知り合いですか。分かりました、ひと先ずはお入りください」
 驚くほどすんなりと銃を下げた男が横に別れて立つ。
「ありがとう。後で商品を見る時に少しばかり安くしておくよ」
 その間を、ラダはゆっくりと商品と共に歩き出して、すれ違いざまにそれだけ告げた。
「……良かった、ひとまずは入れたみたいで」
 町の中に入って少し、レイリーはラダへ小声で話しかける。
「あぁ、助かったよ。先に入ってたんだな」
「うん。慣れない調査だけど、意外とうまく入れたんだ。
 ……ひとまず、町長に会おう。行商でも許可を貰わないと駄目らしいから」
 ラダが不思議そうに見てくるのを感じながら、レイリーは此方に歩いてくる人を見て立ち止まった。
「商人さん、こんにちは」
「ええ、こんにちは。困ったことはありますか?」
「おかげさまで。昨日、売っていただいた調味料、いいものでした。
 今日はたまたまお見かけしたもので……そちらの方は?」
「それは良かった。こっちは私の知り合いの商人です。
 彼女も商機に目ざといもので」
 ラダを軽く紹介すれば、町人は納得したように頷いてから手を振って去っていった。
 その姿が見えなくなってから、レイリーは小さく安堵の息を漏らす。
(……町の人からは信頼を得れたけど、結局、傭兵連盟『ニーズヘッグ』が何を目的にしてるのかはよく分からないわ)
 少し考えながら、ラダを案内して町長の下へと歩いていった。

●誇りは潰え
「お時間を戴きありがとうございます!」
 町長の家へと訪れたラダの耳に、そんな声が聞こえてきた。
 そちらを見やれば、袖の長い上着を着込む褐色の少年――『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)の姿がある。
 普段よりもあどけなく感じるのは彼が学生という立場をイメージした装いのおかげだろうか。
 相対している男性は50代ほどだろうか。
 堂々とした体躯をしているが、遠目にはどことなく覇気のような物を感じさせなかった。
「あ、こんにちは!」
 リュカシスはあくまで学生として、姿を見せた2人へと挨拶をするように言えば、2人の方も汲んでくれたのか、挨拶を交わすに留めた。
 町長と2人が話始めたのをぼんやりと舞っていると、ラダがリュカシスに手招きをする。
「町長、私達が後から来たんだ。この子の用事があるならそっちを優先してほしい」
「えぇ……よろしいのでしたら」
 腕を組んで考えた様子を見せる町長が頷いてみせれば、リュカシスは敢えて目を輝かせて。
「ありがとうございます!」
 ぺこりと頭を下げた。
 さて、場所を改めた3人は町長の邸宅に入ると、応接間のような場所に通された。
「そちらにいる人達も外にいる自警団と同じところの人達ですか?」
 リュカシスが示したのは、町長の背後と応接間の入り口に控えている合計4人の男達。
 装いが明らかに町に住んでいる者達とは違っていることをみるに、彼らも『ニーズヘッグ』などと名乗っている者達だろう。
(……町長さんを守ってるようにも見えるけど、多分……違うよね)
 立ち位置を見るに、寧ろ町長の行動を制限しているように見える。
「……えぇ、まぁ」
 何かを濁したような声で町長が頷く。
「……これでいいか?」
 リュカシスが怪訝に思っていると、何かを記入したらしいラダが町長に紙を手渡した。
「…………はい、間違いございません」
 こくりと頷いて、取り出した別の紙に何かを書き記してから再びラダへ手渡していた。
「これにて手続きは終了です」
「そういえば、君はこの町の事を聞きに来たんだってな。
 私も聞きたいんだが、良いか?」
 問いかけてきたラダに頷いた後、リュカシスはそのまま町長にも問いかければ。
「ええ、そちらがよろしいのでしたら……」
 早速リュカシスはノートを開いた。
「えっと、じゃあ早速! まずはこの町の成り立ちから! お願いシマス!」
「この町の成り立ちですか……別段と面白いものではありませんよ。
 ずっと昔に、高山民族のハイエスタの一部がこの辺りを切り開いて都市国家を作り、
 最終的には鉄帝国に組み込まれていきました」
「それじゃあ、この町のヒーローって誰ですか? そう言った人がいるなら、その人にもお話を聞きたいです!」
 町長の話を興味深げに聞き終え、メモを取り終えたリュカシスは次の質問を問いかける――が。
「ヒーロー……ですか」
 町長の表情が曇りだす。
「そのような人物は、この町にはいませんよ。我々は、雷神の誇りを捨てたのですから」
 苦笑した町長は、静かに口を噤んだ。
「それって、どういう……」
 続きを聞こうとした時、町長の後ろにいる傭兵がカチャリと金属音を立てた。
 詳細はともかく、町長には言えないことがあることがあるらしい。
 リュカシスは何となく察してから、傭兵の方を少しびっくりしたように見やれば、傭兵は静かに町長へ視線を向ける。

 町長の下を離されたイレギュラーズ3人は、ラダのスペースを伝えられた後、レイリーの拠点へと訪れていた。
「この町の人達はどうなってるんデショウ?」
 盗聴器などの類がないことを確認した後、まずそう言ったのはリュカシスだ。
「分からない……少なくとも、私が調べたところで分かったのは、この町の人達はかなり自由が保障されてるってことだけど」
「行商なんかも、町長の許可さえ得られれば自由に入ったり商売できたりする辺り、情報統制も厳しくなさそうだな」
 レイリーの言葉にラダが続ける。
「……ひとまず、私は明日、傭兵と接触してみることにするよ。
 レイリーは町人からの意見が集まってくるだろうし、怪しまれないために分担するのは良いんじゃないか?」
「ボクは明日も町の中で話を聞いてみマス。
 フィールドワークの予定ですし、町の中にいても怪しまれないと思うので」
 3人が情報を合わせていると、こん、こん、と扉がノックされる。
 少しばかり下の方から聞こえたその音にレイリーが扉を開ければ、『マスターファミリアー』リトル・リリー(p3p000955)が姿を見せた。
「リリーも情報を共有した方が良いかと思って……」
 監視カメラ的に利用していた烏の視界から他の3人を見つけて入ってきたと前置きをして、リリーは集めた情報を提示し始める。
「ここの町にいる人達は皆、ニーズヘッグに『降伏したから生き残った人達』なんだって。
 リリーが会った人は、戦いたかったみたいなんだけど……
 ある日、別の町から傷だらけの男の人が来たんだって。
 その人は、別の町から逃げてきたんだけど、その人によると、ニーズヘッグの人は言ったらしいんだ」

 ――逃げるがいい。そんでもって、逃げた先の奴らに伝えとけ。
 ――『抵抗せず降伏すれば』は危害を加えない。
 ――だが、もし一人でも抵抗するようなら『そこに住んでる全員皆殺しにしてやる』ってな。
 ――アンタだけは生かした。それは、アンタをメッセンジャーにするためだ。
 ――ほら、分かったら逃げろ。それとも、やっぱりころしてやろうか。

「邪眼の男に言われたメッセンジャーは、それで逃げたらしいんだ。
 そのメッセンジャーの人の言う通り、近くの村がニーズヘッグに抵抗して皆殺しにあって、焼き払われたって。
 だからもう、降伏するしかなかった――って」
「だからあの時、町長は……」
 苦虫を潰したような、何かを後悔するような町長の顔は。
 この町に英雄はいない――は。
「抵抗をしないって選択をしたからデスネ」

●ベロリェスコエ救援戦Ⅰ
 針葉樹が感覚を開けながら天へと伸びている。
 それらの奥地にて、その村はひっそりと存在していた。
 レンガ造りの工房がいくつも立ち並ぶその村では悲鳴こそあまり聞こえないが、爆発音や炸裂音、怒号が響いている。
「これ以上私達の工房を荒らすなら容赦はしない――」
 イレギュラーズが村へと突入したのとほぼ同時、6人の耳に凛と響く声がした。
 体の前に魔方陣を構築して、雷を集束――直線上を焼きはらう砲撃を放つ1人の女。
 一目見た感じはかなり若そうだが、魔術師とくれば外見通りの年齢とは限らないか。
 村人たちの反撃に一瞬ながらニーズヘッグがたじろいだその一瞬、飛び出したのは『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)だ。
 気づいた魔術師らしき男の鳩尾を掌底で撃ち抜き、バランスを崩したところをアッパーカットで思いっきり打ち上げた。
「な、なに!?」
 男が空へと打ち上げられたことで気づいたらしい稲妻をぶち抜いた女が、驚いたように声を上げた。
(随分と搦手を用意してきました……攻め方が変わったということでしょうか)
 落ちてきた男の鳩尾をもう一度ぶん殴って、一息。
(……ですが、陽動とは言いつつ、放置したら工房から何か持っていくのかもしれませんね。
 どう転んでも損にはなりにくそうな手は傭兵式でしょうか)
 鳩尾を抑えながら立ち上がった男へ向け、迅は跳びこむ準備を整える。
「ぐぅ……どこの何者だ」
「ローレットよ! 住民は速やかに家の中に避難しなさい!」
 触媒らしき杖を構える男へ、迅が告げる前に姿を見せた『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が言い放つ。
「そういうことです。こちらがだれか分かれば、あとはおおよそ分かりますよね?」
 迅が拳を緩めず毅然と告げれば、魔術師は険しい表情を浮かべた。
 一方、自分達の正体を告げたイーリンは、戦旗を翻して敵の方へと突貫していく。
(陽動だけが本当に目的かしら? ……遺跡近くの工房を持つ連中、となるともしかすると彼らは何かしらの情報を持ってるのかも……)
 思考を止めぬイーリンが戦旗に魔力を籠めれば、旗に闇色の月の模様が描かれ、鮮やかに照らし付ける。
 闇色の月はニーズヘッグらしき混成部隊の後方を照らし、呑み込んでいく。
「……なるほど、な! 仕事を果たすぞ!」
 それは敵の後衛――後ろから奇襲を遂げたイレギュラーズから見れば前衛の一人。
 モフモフした防寒着の下に見える肌は日焼けしたように褐色だった。
 恐らくは、傭兵か。
「ルシアたちが助けに来たのですよ! 巻き込まれないよう避難してほしいのでして!」
 続くように姿を見せた『にじいろ一番星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)は、敵の側面辺りを意識して移動すると、愛用のライフルを構える。
「一発目、ずどーん! でして!」
 うねる用に銃口へ集束する破滅的な高密度の魔力。
 ルシアが適度なタイミングで引き金を引けば、閃光を瞬かせて戦場を苛烈なる魔力の奔流が駆け抜けた。
 それは傭兵と魔術師のいる後衛を薙ぎ払うように輝き、余韻を残しながら消えていく。
「ローレット! 感謝するわ。アンタたち、工房に鍵かけて立て籠もんなさい!」
 先程、稲妻をぶち抜いた女がそう叫べば、村人らしき魔術師達が次々に自身の工房へと閉じこもっていく。
「……後は任せるわ」
 それだけ言って、女も自身の工房らしき場所へと入っていった。
(陽動、襲村、見過嫌。他箇所仲間信。此処、絶守)
 ある工房の物陰へ隠れながら、『新たな可能性』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)は真っすぐに敵を見る。
(此処、射撃可)
 引き絞った大弓、その弦には不可視の矢が構築されつつある。
 風が集束して魔力を以って形作られた一本の矢は、シャノが手を離した刹那に真っすぐに戦場を走り抜ける。
 撃ちだされた魔力の矢は、不可視のままに隙だらけの虎のような獣種の背中を撃ち抜いた。
 獣の直感か、回避行動をとった虎の獣種だったが、それでも腹部辺りに炸裂する。
 交戦の始まった戦場を、影から見るのはもうひとり――アザミ・フォン・ムスペルヘイム(p3p010208)もだ。
(陽動で襲われている村を見過ごすのは……駄目だな……
 むしろ、その程度の理由で失われる命があるなんて……あってはならない)
 何がどうであれ『ついで』などというそんな理由で潰される。
 それはアザミにとっては過去を思い出させる不快感を持っていた。
 杖を握る手に力が入る。
「――燃えろ」
 自分そっくりの式を前において、物陰から放つは炎の弾丸。
 悪夢をもたらす紫炎。
 文字通りの銃弾が如く戦場を疾駆したそれは、一番近くにいた魔女の横腹に食い込んだ。
 あらぬ方向からの弾丸に、撃たれた場所を抑えた魔女は、そのまま視線をこちらに向けて。
「そこ――ね」
 翳された掌辺りに浮かんだ魔方陣から、炎の弾丸が放たれ、瞬く間に式を吹き飛ばした。
「良いね、アンタたちからだ。それでいいね、傭兵!」
 そう叫ぶのは、クレイモアを構えたイレギュラーズから見て奥にいる女。
 同意を得たのだろう、剣士風の男女2人組が迅の方へ近づいてくる。
 そのクレイモアがスパークを迸らせていく。
「……いいでしょう、お相手します」
 迅が相対するように構えるのとほぼ同時、シルヴァンスらしき獣種が飛び出していく。
 向かう先はルシアに撃ち抜かれ、追撃とばかりにシャノに撃ち抜かれたことでボロボロの獣種へ。
 傭兵達も動き出して、後衛にいた者がまっすぐ走り出して銃撃を始め、弾幕の終わりと共に前衛だった者が突っ込んで行く。
(連携されるだけでこうも厄介になるとは、こちらも連携しなければ立場は逆になるかもしれませんね)
 眉間にしわを寄せる『陽色に沈む』金枝 繁茂(p3p008917)は、それらの動きを見ながら自身の最適化を行使する。
(……ですが、敵に成したい目的があるように、私にも守りたい仲間がいるのです)
 そのまま符を握り締めた。それを媒介に起こすは幻想の鐘の音。
 連撃を受けた迅の傷を瞬く間にいやす幻影の鐘の優しき音色。
 符をも一枚消費して同じような音色をイーリンへと奏でてその傷を癒させながら、繁茂は戦場全体の把握に何とか務めていく。

●ベロリェスコエ救援戦Ⅱ
 初手の奇襲の成功のあと、イレギュラーズは体勢を立て直したニーズヘッグの敵軍と激闘を繰り広げた。
 熱を帯びた手甲がシャノの身体を切り裂いた。
 雄叫びを上げる狼らしき獣種は、明確にシャノの事を視認している。
「やってくれたな」
 輝くパンドラの光の収まる頃、シャノは再び後方へと走り抜けた。文字通り飛ぶように後退して、振り向きざまに矢を放つ。
 雷鳴を帯びた魔力矢が真っすぐに走り抜ける。
 撃ちだされた魔力矢は、閃光を爆ぜる。
 けれどその閃光は本体に非ず。
 閃光の矢を躱した獣種の肉体を、本命の矢が貫いた。
「囲ったら勝てると思ったか?
 敵に教えてやろう。自分達がどんな存在を敵に回したかを……な」
 アザミは地震を囲う敵を笑う。
 2人の獣種と傭兵が1人。
 杖に魔力を帯びてる。
 それは炎が杖を通じて変質を起こせば、生み出されるは雷霆。
 くるりと振り回して、杖の先を足元へ打ち込んだ瞬間――まるで蛇のように、鎖型の稲妻が3人を絡めとり、激しく焼き付ける。
「死なないようにきをつけるのですよ!」
 射線を定めたルシアは高らかに声を上げると、ライフルの銃口に再び魔力を籠めていく。
 狙うはアザミを囲っていた3人の敵。
 狙いを絞り――ずどん。
 衝撃がルシアの小柄な体を大きく痺れさせながらも、放たれた極大の魔力は、真っすぐに戦場を突っ切って、傭兵と獣種の片方を撃ち抜いた。
 強烈な火力に、がくりと2人が身体を落とす。
 幸いにして、まだ倒れてはいないようだが――次で倒れるのは明確だった。
「深追いはしないで!」
 繁茂はパンドラの光を放つ仲間へと声をかけた。
 冥玻七支鉦から符をもう一枚取り出すと、仲間へとそれを投擲する。
 放たれた符は仲間の身体に張り付くと、淡い輝きを放つ。
 幻想福音は、パンドラ回復を果たしたばかりの仲間の傷を大きく癒していく。
 そのままもう一つ放った符が淡い輝きを放つと、白い輝きがその身体を包み込んだ。
 それは疲労を吹き飛ばす女神の口づけ。
 美しき女神の祝福を思わせる温かさは、疲労を取り除いていく。
「終わらせます――眠っていてもらいましょう」
「――やってみるがいい」
 迅は拳を握り締めた。
 相対するハイエスタの女は、クレイモアを構えた。
 ほんの一瞬の体重移動――その瞬間、迅は一気に肉薄した。
 剣の守りを潜り抜け、懐へ。
 がら空きの顎めがけて叩きつけたアッパーカット。
 身動きを崩す女の懐へ取り付いて、首を決める。
 女の意識が刈り取れる――その寸前、跳びこんできたもう1人が間に割って入る。
「かはっ……く、くぅ……」
 たたらを踏む女が一度後退する。
「御大層に傭兵から寒村くんだりまで来てご苦労なことね。
 陽動ならもうこれで十分でしょ、さっさと引き上げたほうがいいんじゃない?」
 紫苑散り付く髪を流しながら、イーリンは旗に魔力を籠めていく。
 極大の魔力がやがて剣を形作る頃、イーリンはそう問いかけた。
「……なるほどたしかに、それをこれ以上受けるのは拙い。
 お言葉に甘えましょうか、これで十分です」
 肩を竦めた傭兵が、銃を構え――引き金を弾いた。
 それはイーリンの頬を掠めるように飛んでいく。
 否な予感がして振り返れば、『仲間と戦っている傭兵の脳天を弾丸が貫いていた』。
「退きますよ、マディナ隊。獣臭い奴らはおいていきます。
 大丈夫ですよ――彼らはあの男を殺さない」
 そんな声を聞いて再び男を見れば、男は既にマディナというであろうハイエスタ達を連れて走り出していた。

●封呪の森
「……もう傷はなさそうですね」
 繁茂は捕縛した4人のシルヴァンスと1人のハイエスタに治療を施していた。
 捕縛された者には死者はない。
「……何のつもりです?」
 シルヴァンスの一人、ひょろりと長い豹らしき男が視線を向けてくる。
 こいつがシルヴァンス共のリーダーなのだろう。
「すぐに死なれては困ります」
「……ぁあ、そういうことですか」
 静かに答えれば、相手からも短い言葉だけが返ってきた。
「もう安心なのですよ!」
「助かったわ。ありがとう、お嬢ちゃん。それに、そちらのイレギュラーズの方々も」
 ルシアの言葉にそう言ったのは村に来た時に雷でニーズヘッグへ抗戦していた女だった。
 最初の事を考えると、この女が恐らくは村長ないしはそれに相当する立場なのだろうか。
「お疲れと思うので、お茶会しながらお話を聞かせてほしいのでして!」
「まぁ、ふふ。ええ、構わないわ。
 何人いてもあれでしょうし、聞きたい内容によっては私が全部答えましょう。
 ここでは一番色々知ってるでしょうし」
 そう言うと、彼女はルシアの手渡したお茶をそっと受け取る。
「ええっと……何を聞くのがいいんでして……難しいのですよ……」
「ん、自もいい?」
「ええ、構わないわ」
 シャノの問いかけに、女はゆっくりとお茶を飲みながら答える。
「ここ、襲撃受けた理由。心当たり、ない?」
「さぁ……知らないわねえ……まあ、ここは魔術師の工房だもの狙いたい奴や狙いたいことなんか山ほどあるでしょう」
 ごまかしているというより、純粋に分からない――もとい、ある意味ではありすぎるような、そんな感じだった。
「工房の集まりと聞いた、何作ってるか気になる」
「そりゃあ……色々よ。というか、作ってるというよりも研究してる、の方が正しいのでしょうけど」
「……あとはチェルノムス遺跡、伝説とか無いか」
 その単語を聞いた瞬間、女の手が止まる。
「どこでその名前を聞いたのかしら?」
 分かりやすく動揺を押し殺した声だった。
「チェルノムス遺跡っていうところが襲われてるんでして!
 それで、ここはそこへの牽制と思われるって言われてたのでして!」
 ルシアが主張するように手を上げて言えば、女はそっとティーカップを置いた。
「……そういうこと。ええ、知ってるわよ、その遺跡の名前。
 さっき、理由は知らないって言ったけれど、撤回しましょう。
 そこが狙われたのなら、理由はある――というか、だとしたらいったい誰がバラしたのかしら」
 女は不思議そうに首を傾げた。
「……何か隠してる事があるなら言った方が身の為よ?」
 話を遠巻きに聞いていたアザミの言葉に、女は少しばかり肩をすくめて。
「隠す気はないわ。単純に、あんなものを取りに来たなんて思ってなかっただけ」
 そう言うと、女は自分の工房へ入っていく。
 着いていこうと試みるも、扉の前でバチリと音を立てて弾かれた。
 結界の類が張られているらしい。驚いていると直ぐに女が戻ってくる。
「はい、これね」
 それは丸められた1つの羊皮紙だった。
 女はそれの封を取って、ぱん、と拡げ。
「こ、これは……なんでして?」
「……難しい文字が色々書いてある」
「これがチェルノムスと何の関係があるんだ?」
 そこに記されているのは、難解な文字か何かの羅列だった。
 崩れないバベルがあってもさっぱりと理解できない辺り、単純に知識がないからなのだろう。
「チェルノムスに眠ってる先史古代文明の遺物を分析するのに必要な術式よ。
 より正確にいうと、『兵器に施されている封印が正常に作用しているかどうか』を分析するものね」
「嫌な予感、あたる。その遺物、動いたら平和を乱す?」
「ええ、乱すでしょうね。だからこそ封印されているのだし」
 シャノの問いに、女はさらりと即答する。
「あの……その術式を使えば何か出来るのですか?」
 ハイセンスでその話を横耳にしつつ周囲の警戒をしていた迅は思わず問う。
 狙う以上は『何かができる』と考えるのが妥当ではあるが。
「これはね、正常に動いている封印を確認するもの、なのよ。
言い方を変えると『封印のほころびが分かる』わけ。
 これは最悪の場合の話だけど、腕のいい魔術師がいれば『この術式を応用して兵器を操作できる可能性もある』わ」
「なに、それ。牽制どころか大本命じゃない!」
 女の口からさらっと出た台詞に、イーリンは思わず唖然とする。
「そうかしら?」
「それがあれば、兵器を自由に扱えるってわけでしょう? これが本命じゃなくて何なのよ!」
「ええ、そうね。でもそれは腕のいい魔術師がいたら可能性が出てくるってぐらいの話。
 適当に封印を弄って破壊して目覚めさせた方がよっぽど楽だし確実だもの――」
「それは……」
 女の言葉はたしかにそうだ。
 そんなもの、『出来たらいいな』ぐらいの話に過ぎない。
 つまりは、ここは本命ではない。
(……ここを襲ったのは、彼女の言った通り、『都合のいいモノを回収できる』かもしれない――と。
 あと一つ……『多くのイレギュラーズが遺跡に行って自分達の目的を邪魔されないため』ってこと……?)
 自分の推論に自信が持てないのは、イマイチ条件が足らないからだろうか。

 アザミは女の話を聞き終えると、捕虜の前に立ちふさがる。
「私、炎の魔法が得意なのよ…それこそ死なない程度に焼いてあげられるわ。
 貴方はレア、ミディアム、ウェルダン、どれがお好き?」
「プロなのはわかるけどねぇ、私らも時間ないの。命とプライド、取り戻せるのはどっちかしら?」
 黄金の左腕に炎を灯しながら問うたアザミと、それに続けたイーリンの問いかけに、獣種は挙動不審にイレギュラーズを見渡す。
「知らん! 何を聞きたい! 言いたくても分からないモノは分からん!」
 怯えた様子を見せる。
 これが演技であればそう言う職に就けるだろう。
(……あぁ、なるほどね? そういうこと。『ハイエスタとシルヴァンスは扇動されてるだけなのね』)
 かちりと、最後のピースが嵌る音がした。

●鎮めの森
 森林に紛れるようにして、山の麓にせり出すようにそこはあった。
 入り口の警戒は、ほとんどないようにも見える。
 山からせり出した部分を見る限り、どことなく墓標のような雰囲気を滲ませている。
(混沌の大陸北部域にかつて存在していたと思われる古代文明の痕跡。
 あのギアバジリカも古代文明の遺物のようだから、
 同じ時代とは限らずとも何かしら危険な遺物が眠っている可能性は確かにある)
 戦史古代文明の兵器。イレギュラーズにとってはその代名詞ともいえるギアバジリカを思えば、あれほどの規模でなくとも、似たようなものはあってもおかしくはない。
 だが、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が気になる所はそこではない。
「……問題は、何かがあるとして高い確度の情報があっての計画的な侵攻に見えるという事」
「そうだね、どこで何があって知ったのかはさっぱり分からないけど、僕もあるのは確かだと思う」
 頷いたのは依頼人でもあるイルザである。
「まったく……EAMDを差し置いて超古代文明系の遺跡を調査しようだなんてね?
 まァー100歩譲ってソレはまぁ良しとするっス。
 一番の問題はそう、『そこのモン使って鉄帝にトンでもねぇことやらかそうとしてる』ってことだ!」
 胸を張って『EAMD職員』キャナル・リルガール(p3p008601)は怒りを見せる。
 その手には愛銃を構えて。
「うむ! ようは先に潜った相手の尻に齧りついてやればよいのであろう?
 入り口から攻め入って追い掛け回してくれるわ!」
 軽くストレッチしている『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は軽くジャンプして体を起こす。
(ノーザン・キングスと戦争屋、碌でもないのが手を組んだようですね。
 何を企んでいるのかは知りませんが、大事に至る前に叩き潰さなければなりません)
 武骨なる長剣を静かに抜いた『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)はまっすぐに遺跡の方を視線で射抜いて。
「……不発か」
 霊魂疎通で情報収集を試みた『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は少しばかり溜息を吐く。
 この付近の古い霊があれば、それから情報が得られないかと思っていた。
(しかし、解析するようなものが埋まっている、超古代文明系の遺跡……用途が気になるな。
 神殿、墳墓、学術系……さまざまだが)
 視線を上げれば、何となく、ぞわりと寒気がした。
 その理由は、今のところアーマデルには分からない。
「それじゃあ、そろそろ行こっか!」
 イルザが言ったのに頷くように、イレギュラーズは走り出した。

●会敵
 入ってすぐにイレギュラーズが感じたのは、嫌な熱だった。
 どくん、どくん――と、心の臓が撃つような感覚。
 内部構造は、山をくり抜いて、何本もの柱で天井を支える――神殿のような。
 壁際には、機械仕掛けの甲冑がずらりと並んでいた。それらのサイズ感は人とほとんど変わらない。
 遥かな奥の方には祭壇があり、その前で15人の魔術師が手元の小さな術式でなにやら操作をしているようだ。
 よく見れば、祭壇の床に魔方陣が浮かんでいる。それを解析しているのだろう。
 ――そして。
「――おう、随分と待ってたんだぜ、英雄さん達よ」
 室内のど真ん中、男が立っていた。
 じゃらりと動いた剣が、自らの意志を持ったように動いている。
 濃密な気配は烈しく。
「HAHAHA、分かる、ミーには分かるぜ!
 そこのオマエが一番強い、オマエが頭だな?
 戦争屋だったか、なかなか良い異名じゃないか、気に入った!
 他の有象無象はどうでもいいんだ。期待してるから、全力でやってくれよ?
 もし名前負けしてるようなら、サクっとぶっ壊すだけだけどな、HAHAHA!
 さあ、無駄話はやめにして戦いを楽しもうぜ、戦争屋ぁ!!」
 取り巻く5人の傭兵に目もくれず、大笑した『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)は一気にヴァルデマールへ肉薄する。
 踏み込みとほぼ同時、直上へと走るアッパーカットを叩き込む。
 一切の遠慮のない拳がヴァルデマールの顎を捉えた時には次へと移行している。
 全体重を乗せたデンプシーロルは、しかし、見たとは思えぬ動きで躱された。
「いいねぇ――そうじゃねぇと楽しくねぇ!」
 ぎらつく瞳が貴道を射抜いている。
「その首貰い受ける!」
 それと間を置かず跳びこむように百合子は駆け抜けた。
 百合の如き美しき花を思わせる清楚な面立ちに、獰猛なる笑みを浮かべ、撃ちだすは白百合百裂拳。
 苛烈極まる連撃がヴァルデマールの身体を幾度にも渡って打ち据えた後、百合子は一気に後退していく。
「見つけました。早速叩き潰しましょう」
 続ける連撃はオリーブが手掛けるもの。
 迷いなく肉薄し、放たれるは覇竜穿撃。
 それは竜を穿ち、凄絶なる重みを押し付ける竜撃の一刀。
 竜をも断つ斬撃は、防御姿勢を取ったヴァルデマールの剣を打ち据え、そのまま肉体を切り裂いた。
「面白れぇ――暫く会ってない間に随分と腕のいい奴らになったな!」
 ぎらつくヴァルデマールの双眸が、妖しく輝いた気がした。
 そのまま、ヴァルデマールの剣が走り出す。
 一人でに動き出したかのような動きを見せた蛇腹剣は、まるで蛇のように蛇行しながら、連撃を撃った貴道とオリーブを切り刻む。
 そのままの腕を振り上げたヴァルデマールは、少しばかり前へ出ると腕を振り下ろし、真っすぐに伸びた蛇腹剣が後退した百合子にも一撃を撃ち込んだ。
「この遺跡を狙った理由……情報はハイエスタかシルヴァンスからですか。
 それとも、貴方自身が元から知って居たものですか?」
 戦乙女の槍の切っ先に魔力を籠め、それをヴァルデマールの周囲にいる取り巻きの傭兵へと叩きつけながら、アリシスは視線をヴァルデマールに向けて問う。
「貴方がここにいる以上、本命がここなのは間違いないはず。どうなのですか?」
「どこの誰だっていいじゃねえか――まぁ、でも。そりゃあ、そうだ。大本命に決まってるわな!」
 笑って、ヴァルデマールはそうとだけ返す。
「魔刻開放!」
 高らかに宣言した『閃電の勇者』ヨハン=レーム(p3p001117)は自らの力を開放したまま、寓喩偽典ヤルダバオトを開く。
 偽典を媒介にして集めた魔力を、傷を受けたばかりの前衛へともたらす。
 鮮やかなりし聖体頌歌が響き渡れば、神性を帯びた音色が仲間達の治癒能力を活性化させてその傷を癒していく。
「ヴァルデマール。なるほど情報通りの戦い方だ。
 失血死を狙うどころか、毒が仕込んであるとはな。それだけじゃなさそうだが」
 幸い、攻撃を受けた3人の内、2人は毒への耐性がある。
(さて、こっからじわじわとひっくり返してやる算段だが連合の心境や如何に?)
 敵との戦いはまだまだ始まったばかりだ。
「鉄帝を荒らして回ってくれるのは幻想国民としては拍手してやりたいのが本音だぜ。
 なんなら支援に回ってやってもいい位だ。――でも」
 幻想王国の『勇者』でもある『竜剣』シラス(p3p004421)は、掌を祭壇の方へ向けた。
「それはそれ、仕事は仕事だ。今日はきっちり遺跡を返してもらおうか」
 術式を通さず視線と共に座標を固定すれば、祭壇付近の様子が変わっていく。
 魔術師達の中央あたり、球体に形成された風の魔術は、四方を切り裂き削っていく。
「おお、すげえや……でも気を付けた方が良いと思うぜ?
 ――下手に傷つけりゃあ、眠ってるモンがいつも以上に怒っちまうかもしれねえぞ」
 シラスの攻撃を見る余裕があるらしいヴァルデマールが愉しげに笑う。
(……なんだ、この感覚は)
 アーマデルは全身を舐めるような感覚を覚えていた。
 入る時から感じていたソレは濃密な気配。
 目の前にいるヴァルデマール? 否。
 目の前にいる男とは、また違う。
 もっと奥、祭壇かと思えばそうでもない。
 もっと――もっと奥。
(……いや、今はまずは依頼を熟そう)
 絶えず感じる感覚を振り払い、一気に走り抜ける。
 祭壇へと近づくにつれてその感覚はどんどんと増していく。
 最適の射程で停止すると、こちらを無視して術式を操作する魔術師たち目掛けて剣を払う。
 払った剣は振動を起こして音色を刻み、その音色は術式操作に集中する魔術師達の背後から襲い掛かる。
 ――直後、大地が揺れた。
 ぱらぱらと天井が小さな土塊を零し、天井にはひびが入る。
(この手の類の相手に、次に繋がる要素を与えるのは嫌な予感しかしないんだよねえ)
 冬風にその水を思わせる青髪を流す『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)は、敵の目的に嫌な予感を覚えていた。
 ――故に、悠は単純な戦闘以外の事を目論んでいた。
 始まった戦闘は激しくも、回復を必要とはしなさそうだった。
「ヴァルデマールの話を踏まえると……君達にはその手を止めて貰わないといけないみたいだね」
 視線の先にはイレギュラーズの戦闘を無視して術式を用いて何やら行っている魔術師達の数人が、一斉に悠の方へ振り返る。
(こちらの戦いを整えることは、言い換えればあちらの戦いを乱すことだ
 ほんの少し音を混ぜてやればこの通り。綺麗な調べもいつの間にか不協和音さ)
 緩やかに笑ってみせれば、彼らには理解できない状況であろう。
 それは彼らへと干渉し、その在り方を改竄する攻勢防御である。
「おい、解析は後回しだ! あの女を殺せ!」
 傭兵が指示を飛ばし、魔術師達が腕を止めてこちらに向かってくる。
「大漁っスね! 一網打尽っす!」
 片方の銃を先頭で走ってくる傭兵に向けてまずは一発。
 放たれる弾丸は奈落への呼び声。
 静かに放たれた弾丸は、こちらに向かってくる傭兵の動きに合わせ、その腕辺りを撃ち抜いた。
 そのまま今度は近づいてくる魔術師たち目掛け、キャナルは愛銃を向け――引き金を弾いた。
 放たれる弾丸は空で無数に分裂し、文字通りの鋼の驟雨となって向かってくる傭兵と魔術師を貫いていく。
「うふふ、出ましたわねノーザン・キングスの皆さん。
 弱肉強食、国奪り大いに結構!
 ワタクシも強く在り、肉を食する為にあなた方を全身全霊でお相手しますわ!!!」
 向かってくる魔術師達に向けて『青白い令嬢』シャルロッテ・ナックル(p3p009744)はそう宣告すると共に、視線を後ろへ。
 みればまだこちらを無視して何やらあれこれしている奴がいるではないか!
「仕方ありません! あなたも参加なさって!」
 いうや、シャルロッテはどこからか拾ってきた石を握り締め、全力でぶん投げた。
 弾丸もかくやの速度ですっ飛んだ石は、術式の操作に集中していた魔術師の後頭部へ炸裂。
 想像を絶する衝撃を思わせることに、そのまま砕け散った。

●誇り高き魔術師達
 魔術師達は既に4人ほどが倒れている。
「手加減は出来ないから死ぬなよ――」
 ぐんと速度を上げたシラスは、殺到してくる魔術師の懐へと跳びこんだ。
 右手に魔力を籠め、手刀に本物の刀の如き切れ味を帯びさせる。
 深い踏み込みと同時に放たれた三連撃は、猪にように苛烈に。鹿のように美しく。
 蝶のように鮮やかに吸い込まれる。
 最後の一撃を心臓に撃ち込まれた魔術師は、そのまま倒れていった。
「おおよその物語において、蛇は大体悪役だよねえ。
 従ってそれを討つ僕たちこそが主人公であり、英雄なのさ」
 それは英雄をたたえる歌。
 悠の仕事はヒーラーへと変わりつつある。
 ちょうど時間切れになった魔術をかけなおして、次に奏でるは天使の歌。
 美しき天使の歌はヘイトコントロールの関係上、もっと多くの傷を受けた自身の傷を中心に強烈に回復する。
 些細な傷から深い傷まで、歌う天使の声は優しく仲間を癒し。
「最後まで立っていることこそが勝利の条件だよ。
 無理はしすぎないように」
 シャルロッテは戦場で立つ敵の数が半数ほどまで減っているのを確認すると、ふるふると震えだす。
「……ワタクシ、我慢出来ません! 本能のままに貴方と殴り合いたいですわぁ!!」
 叫ぶや否や、シャルロッテはヴァルデマールの下へと走り抜けた。
 そのまま勢いを殺すことなく吶喊、別方向を向いているヴァルデマールのふところへ飛び込む。
 そのまま、相手の胴体に両腕を回し、思いっきりパワーボムをかます。
 もちろん、そんなシャルロッテの表情はいっそ清々しいほどの満面の笑みだった。
 突如の攻撃に驚きつつも、敵はむしろ楽しげに笑っていた。

●蛇眼魔将
「いいねぇ……いいねぇ。あぁ、ちくしょう。楽しすぎていけねぇ。
 ちょっぴり、本気出したくなっちまうじゃねぇか!」
 戦いは継続している。
 ヴァルデマールの実力はすさまじいものがある。
 相対する5人、それもイレギュラーズでも相当に腕のいい者達を相手にしているのにもかかわらず、その余裕は未だに崩せない。
「でもよ。ここで本気出すのはお門違いもいいところだ。もうちょっとだけ、遊ぼうぜ」
 その口調は明らかに手を抜いていることを示すものだが。
 ヴァルデマールの双眸が、不意に蛇のようなそれに変質する。
「いつまでその余裕が出せるか、見物だな!」
 いかにもな左右への重心移動から、貴道が繰り出したのは左。
 左腕をもって放つは栄光のジャブ。
 打ち込んだ拳はヴァルデマールに防がれつつも、その衝撃は確実にヴァルデマールを疲弊させていく。
 更に踏み込んで間合いを最適へ。
 流れるように紡がれるデンプシーロールが、蛇腹剣を短くつめたヴァルデマールの剣を翻弄し、幾度にも渡ってその身体へ重い一撃を打ち付ける。
 芯へと響く連撃の乱打が無限を思わせる軌跡を描き。
「これで――あばよ」
 最後の一撃は強かに正面から顔を撃つ。
 ぐらりと、ヴァルデマールの身体が大きく揺らぐ。
「良いなぁ、いい拳だぜ――だからよぉ」
 一瞬、貴道の動きが停止する。
 その直後、全身から血があふれだした。
 パンドラの光が放たれる。
 その刹那、ヴァルデマールが貴道の前から消えるのが分かった。
「よう、次はアンタでいいかい?
 ちょこまかとまぁ、動き回ってくれちゃってよ!」
「吾も傭兵働きした事があってな、鼠の様に走り回るのは慣れて居る。
 勝てば官軍――ともいうであろう!」
「はっ――そりゃあそうだ!」
 狂気に見た笑みを浮かべ合った。
 百合子は自身の身体のタガを外して、ただそれに賭けた。
 苛烈なる連撃を、撃ち込み続けていく。
 果たして、ヴァルデマールの身体のうち、百合子の拳が撃ちぬかなかった場所があろうか。
 それほどの連撃を打ち付けた百合子を、一条の雷が襲う。
「誇り高き雷神の末が何故よそ者におもねる!」
 思わず振り向きざま、打ち込んできた魔術師へと声を上げれば。
 しかし、魔術師からの返事はなかった。
 最後の気力を振り絞って、もう一度後退すれば。
 ヴァルデマールは追ってこなかった。
 その理由は、ヴァルデマールの前に立ちふさがったオリーブだ。
 踏み込みと同時、放つは瞬天三段。
 連続する三連突きは刹那にしてヴァルデマールの両の肩を打ち、腹部を貫く。
 三連撃がヴァルデマールの身体を縫い付ければ。
「貴方をこのまま自由にさせはしません」
 深呼吸と共に、踏み込みと同時に放つは城斬り。
 鉄帝が武技の斬撃は対人を超え、城を斬り穿つ超絶の斬撃。
 破城の全力を踏み込みと同時に叩きつけた。
 全霊を籠めた斬撃は圧倒的な質量を以ってヴァルデマールの身体を切り裂き、撃ち込まれた斬撃は守りすら許さない。
 街灯がパタパタと音を立てながら舞い上がり、収斂される魔力は規模を増していく。
 月の魔力を編まれた外套と、偽典の魔術書を同時に励起させていた。
 己が全霊――それを以って、聖体頌歌を奏でれば、ヨハンは真っすぐヴァルデマールを見た。
「ヴァルデマール君? キミは戦争屋だとか。
 戦のプロとしてそろそろ僕を危険視してくれても良いんだぜ?」
「そりゃあ、兵站ってのは潰した方が楽だけどよ。
 残念だが、今回はそれ以前だしな」
「……それにしても、『ニーズヘッグ』っていうのはずいぶんと信頼してるんだね?
 ――まるで洗脳のようだ」
 読唇術を以ってもまるで動かない敵の精神性は、そうとしか言えなかった。
 ヨハンの言葉に、ヴァルデマールはあいまいに笑う。
「――どうであれ、鉄騎種としてな、悪戯にこの地を荒らすお前らは絶対に許さん」
「そりゃあ良かった。だが、もうほとんどの奴らが倒れちまってる見てえだし、ここらで退くぜ」
 そう言って笑ったヴァルデマールは、生き残っているメンバーに声をかけ、そのまま出入口へと走り去っていった。
 負いたくとも、疲労感が強すぎて身体がこれ以上動かなかった。

●眠るモノ
「待て」
 撤退の構えを見せるヴァルデマールを見据え、アーマデルは声を上げた。
「あぁん? 折角、面白いところだったのに止めて帰ろうってんだ、何かようかよ?」
「ニーズヘッグは悪意と憎悪と復讐を抱く蛇、或いは竜だという。
 何故それを名乗る?」
 その瞬間、驚いたような表情を浮かべたヴァルデマールが、小さく笑った。
「おいおい、知らねえのか。いやまぁ、言ってなかったもんなぁ……
 アンタも言う通り、悪意と憎悪と復讐を抱く蛇だぜ! ――戦争にはぴったりなバケモンの名前と思わねえか?」
 愉快そうに――狂気に染まった笑みで男は笑った。
「あと、ついでに……てめえが動かすバケモンを名前に冠しときゃ、兵も自分達が動く理由を分かるってもんだろ?」
「――なに……」
 アーマデルは眼を見開いた。
 侵入者が去った後、キャナルは好奇心を抑えられなかった。
 いや、それこそが自分の『本懐』なのだから、どうしようもあるまい。
「めぼしいものとなると、やっぱりこの祭壇だよね?」
 術式による干渉を無くした祭壇は、何やら良く分からない文字列が並んでいる。
(……多分、知識があれば解けると思うっスけど、今は何も分からないっスね)
 祭壇へ最も近づいて、顔を上げた――瞬間、目の前で何かが動いた。
 呑み込まれるような感覚に気分が悪くなっていく。
 視線上げれば、『それ』と眼があった。
 ぎょろりとした、蛇の眼だった。
「大丈夫ですか?」
 アリシスがずっと祭壇の向こう側に視線を向けて動かなくなったキャナルの肩を叩くと、彼女は驚いたように跳ねた。
「しかし、こちらで解析するのは……難しそうですね。
 放置するのも良くはないでしょうが、対処のしようがない」
「魔術師達が使ってた術式と、祭壇の魔方陣が封印なことぐらいは分かるっスけど、下手にいじるのは」
「悪手でしょうね……下手に動かして封印が壊れてしまえば、奥のが表に出てしまう。
 ……ひとまずはあの術式を持ち帰るところからですね」
 アリシスは小さくため息を吐いた。
「戦争らしくなってきたな……」
 シラスは残されていた機材を集めて一息を入れた。
 後はこれを破棄するだけだ。
 ここに眠っている化け物がどういう化け物なのかは分からない。
 だが、発掘と言いつつ力づくて封印を破壊することが狙いだったであろうことは散らばる道具を見れば理解できる。
(こんなところにわざわざ封印してる怪物なら、よっぽど復活させたら駄目な怪物だろ……)
 どことなく、何かが動く音が聞こえる気もした。
「ひとまずは無くなっているものは無さそうですね……自分としてはあまりここにいたくはないのですが」
 壁際に鎮座する機械仕掛けの兵士達は、どことなく見覚えがある。
 戦いで疲弊する今、下手に衝撃を与えて周囲の機械仕掛けの兵士が動き出すことは避けたい。
「そうだね、ここにいても何もできないだろうし……帰ろうか」
 イルザの言葉に合わせて、イレギュラーズは一度、遺跡を後にしていった。

成否

成功

MVP

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
ひと先ずは一幕目が完結となります。

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