シナリオ詳細
籠めた願いは"泡沫"か?
オープニング
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ぷかりと浮かんだ鮮色のシャボン玉を、小さな子供が追いかける。
そうと触れれば、割れるはずのそれはゆるゆると子供の腕に収まり、燥いだその子を見やる誰もが小さく笑んだ。
――おとうさんと、おかあさんと、それからぼくと。
――みんながいっしょに、わらって、ずっとずっとすごせますように。
祈るような囁きをシャボン玉に向けた子供は、そうして真剣な表情で何処かへと走り去っていく。
それは子供だけではない。若い恋人たち、或いは家族、また老人さえも。
種族も、性別も、年齢も問わず、彼らはみな一つのシャボン玉をその手に抱えて、ある方向へと向かっていくのだ。
……それは海洋のとある町。雨期を控えた今この季節にだけ、ひっそりと行われる小さな催し。
『色泡祭』の便りは、ある日唐突に彼女からもたらされた。
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「色泡祭は、町の神官様から貰ったシャボン玉にお願いをするお祭りなのです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)からお祭りの誘いとのことで集められた特異運命座標たちは、その言葉の先を促す。
「町の東端で貰ったシャボン玉を抱えて、西端のゴール地点まで届けること。ルールはそれだけです。
それができた人のお願いは、遠からず叶うという言い伝えが為されているのですよ」
「逆に、その『色泡』が途中で割れれば、願いは叶わないってことでは……ないよな?」
悪意は無かろうが、少しだけ意地悪な質問に、ユリーカはふるふると頭を振る。
「町の西端までの順路にも神官さんが居て、その方にお願いすれば新しいシャボン玉をもらえるのです。
その場合は、『その願いはあなた一人では荷が重いから、所々で周囲の助けを借りながら叶えなさい』って意味らしいのです」
なるほど、小さな町のお祭りとしてはよくできている。
然りと頷いた特異運命座標の前に、ユリーカは綺麗な空色のシャボン玉をどこからともなく取り出した。
「これが町の神官様に貰えるシャボン玉なのです。
普通のものとは違って、風船並みの強度と、ちょっとした重量があるので、軽くつつくだけで割れたり、風に飛ばされたりということは殆ど無いはずです」
ならばこの泡が割れる心配はあまりないわけだ。そう考えた彼らに、ユリーカはちらっと笑いながら否定の意を返した。
「残念ながら、このお祭りは決まって小さな雨が降る日に行われるので……。
神官様の魔法で少しだけ補強されても、元が石鹸水でできたシャボン玉は、時間とともに雨水を吸って膨らみながら厚みを無くしていくのですよ」
もちろん、それを避けるために傘を持ち込むことは自由だが、意地っ張りな人は「そんな生半な覚悟ではない」と雨を浴びながらゴールに向けて歩いたりもするのだとか。
「お願いも、どうゴールに向かうかも、誰かと一緒に行くのかも。
全部はみなさんの自由なのです。どうぞ、素敵な一日が送れますように!」
笑って手を振る情報屋に、対面の彼らもまた、微笑みながらその町へと足を向ける。
――何気ない一日が、少しだけ楽しみの色を帯びる、そんな予感がした。
- 籠めた願いは"泡沫"か?完了
- GM名田辺正彦
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年06月16日 22時10分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 30 人
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参加者一覧(30人)
リプレイ
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しとしとと降る雨が、彼らの体を濡らしていく。
時刻は正午丁度。そう大きくもない海洋の町に、その日ばかりは少しだけ多くの人が歩く姿が見受けられた。
それもそのはず。今日はこの町が年に一度だけ開催する、密やかなお祭りが行われる日なのだから。
「――が欲しい」
町の東端、一人の神官から赤色のシャボン玉を貰ったメルが、額をそれに当てて何事かを呟いた。
「……触れても割れないなんて、まるであたしの周りに浮いてるシャボン玉みたいだね……♪」
与えられたそれと、自身のギフトとの符合に彼女は微笑みながら、よしっと片手に抱えたシャボン玉をもう片方の手で雨から庇いつつ、町の西端へと駆け始めた。
……例え途中でこの『願い』が弾けても、諦めはしないと誓いながら。
色泡祭。それは町の東端にある神官からもらった特殊なシャボン玉を、西端の神官まで届ける、ただそれだけの祭り。
それに様々な願いを込める人々を、眺める者は応援し、或いは知り合いをちょっぴりからかったりと、参加する者、そうでない者、何れも忙しなくはしゃいでいる。
「……これ全部、誰かの願い事なんだよな」
呆然とした表情で、街中を行き交う無数のシャボン玉を見て、風牙が呟く。
或いは、奇跡のような、なんて。
ガラじゃないや。そう考えた風牙はしかし、暫しその光景を見続けた後、神官に頼んで緑色のシャボン玉を貰いに行った。
籠めた願いは世界平和。お遊びだ、叶うわけない。そんなことはとっくにわかっているけど……だけど。
「それでも、きっと」
――その思いもまた、誰もが抱いている想いに違いないと、思いながら。
「……あ」
そうして先を行った風牙を、正確には彼が抱えるシャボン玉を見て、パステルグリーン色をしたシャボン玉を抱えるマギーは小さく笑んだ。
似通った色のシャボン玉を持つ彼女の願いは『一人前』。その裏でこっそり恋愛に関するお願いを諦めていたのは本人だけの秘密として。
「頑張っていっしょにゴール目指しましょうね!」
雨具を着込んで準備万端。叶える願い、そしてこのお祭り自体を楽しむことを胸に秘めて、彼女もゴールへの一歩目を歩み始める。
「……これが噂の『色泡祭』か」
祭りの楽しみは、何もメインイベントだけではない。
街路を往く縁は、番傘を肩にかけつつシャボン玉を運ぶ傍ら、道中の露天から良い酒を飲めそうな場所を見繕っている。
一昔前の自分なら、其方を優先していただろう。叶える願いなどもう無いと嘯きながら。
けれど、今は願いが出来てしまった。こんな脆い泡沫を、大切に抱えてしまう程度には。
それは、唯一つ。彼へと向けた願いではなく。
――――俺が死んでも、いつか、俺を思い出して笑ってくれ。
黒と、青。夜明けの海を指した色の泡は、其処に陽の光を見出すのか。
同じく、露店を巡りながらシャボン玉を運ぶエイヴァンから、ぱちんと言う軽い音がする。
「む」
傘を差すより、機動力でゴールに辿り着く。
そう考えていた彼だが、途中途中で食べ歩きに足を止めてはその作戦も上手くいかない。
途中の神官に青色のシャボン玉を作って貰いつつ、彼は道中でシャボン玉が割れるという意味を思い出す。
「……簡単に叶うとは、思っていないさ」
22年前に消えたアキアン。自身の父親を、その痕跡を見つけるという願いの為に、彼は出店の焼き菓子を齧りつつ順路を素早く駆けていく。
自身の小柄な身体をすっぽりと覆う傘を差して、マリナは神官の前に立っていた。
「……母親が見つかりますように、です」
神官に、叶えたい願いはと聞かれ、そう答えるマリナ。
今は忙しない海洋の、けれどいつか、すべてが片付いた後にはと。緊張した面持ちで。
それと同時に、シャボン玉の色を言い忘れていた彼女が、どうしようかと困っていた時。
――では、貴方にはこの色を。
ペールライラック。家庭を意味する色のシャボン玉を貰った彼女は、歩くよりも前に、それを暫し見つめていた。
「おっと」
佇むマリナへと軽く手を振りつつ、道を歩く行人はフード付きの外套姿だ。
見かけた知り合いは凡そ六名ほどか。剣を冠した二つ名を持つ仲間たちに軽く会釈する彼の手にもまた、ライトグリーンのシャボン玉が。
願いは掲げるもの。そう語る彼の手に収まった泡沫には、旅を続けられるように、なんて、ありふれた願い。
「……だが、俺にとっては一番重要だからな」
ありふれた日々を、ありふれたままに。その大切さを識っている彼だからこそ、この願いは籠められるのだ。
或いは、願いを叶えるよりも、それを支える側に回る者も居る。
「そら、屋根の多い所は人が多い。自分の傘をしっかり持って、大通りを歩きなさい」
ベルフラウがそう言って、参加する子供たちを引率する。
濡れるシャボン玉を嫌い、傘を差しながら軒下に入ろうとする子供たちを窘める彼女の表情は、それでも柔らかい。
やがて、一人二人と、割れることなくシャボン玉を届けた子供たちへと、彼女は諭すように語り掛けるのだ。
一人ではどうしようも無い時、今日のことを思い出してくれ、と。
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色泡は一人につき一つ。しかし、一つの願いを誰かと共有する人も、また。
「シャボン玉なのに強度と重さがあるって不思議だな。リゲルもシャボン玉越しだと違って見える」
「そうか? ……ふふ。また一つ、ポテトと新しい世界を目にすることが出来て嬉しいよ」
空色の大きなシャボン玉を二人で抱えるのは、リゲルとポテトの二人。
願うのは互いの幸せ。他方が幸福なら、もう他方はそれよりもっとと。
競うのではない。大切な人を想うからこその気持ちの昇華。それを、口にせずとも理解している二人は、ただ。
「……大好きだよ、私の愛しい旦那様」
不意に、ポテトの口づけがリゲルに落とされた。
「リゲルが一緒ならどんな困難だって乗り越えられる。だから、リゲルが大変な時は力になるから、遠慮なく言ってくれ」
少しだけ驚いた彼も、優しい微笑みを浮かべながら言葉を返す。
「ああ。ポテトとなら何度でも、何があっても前へと進むことができるはずさ!」
「うん、幸せを分かち合って、困難を助け合って、これから先も一緒に沢山思い出作っていこう」
――今日の思い出もまた、その一つになるだろうという確信を込めながら。
「わたしの願い事ですか?」
問い返したミディーセラに、アーリアはこくんと頷いた。
二人もまた、一つのシャボン玉を運ぶ一組。担う泡沫は混じらない灰と紫の二色、両者の髪の色そのものだ。
「ええ。……私はねぇ、みでぃーくんと何百年も一緒にいられること」
ほぼ不老の長命種である彼へと、定命の彼女が儚く笑んだ。
それが、呪いによるものと知りながらも、焦がれる彼女の願いは、きっと尊いもの。
或いは傷み、苦しみ、悶えることもあるかもしれない。それでも、とミディーセラは一言置いて、
「……それでも、アーリアさんの隣にいられたらいいですねえ……」
彼女の心を震わせる願い事を、誰ともなく呟く。
刹那、膨らんだ泡沫がぱちんと割れて。
「あら。……残念」
「わたしは気にしませんよ。また貰って……歩き始めればいいですもの。それに」
しとどに濡れるアーリアの艶姿が見られる幸福を思えば、なんて。
言いかけたミディーセラの視界を繊手で覆い、頬を赤らめたアーリアが、「……えっち」と呟いた。
色泡の祭りを二人で歩く。しかしそれが、想い人だからという理由だけではない。
「カンちゃん、濡れると体に毒だから傘に入って」
「しーちゃんも、濡れちゃダメだよ。……ほら、相合傘」
史之と睦月。幼馴染の二人はそれぞれのシャボン玉をもって、二人で一つの傘を共有しあいながら順路の中を歩いている。
――あまり身体が強い方じゃないから、大切にしなきゃいけないんだけど。
自身の傘を差しだしたかった史之も、むくれた睦月の表情に苦笑して、抵抗を諦めた。
守り人である彼が持つ色泡は透明な虹色。願い事は、敬愛する女王へと新大陸を見せること。
その為に、文字通り命すらかけてみせると――そう考える彼を、睦月は心配そうに見つめている。
史之は気づかない。睦月の持つシャボン玉が、彼を指し示す黒と、赤い流水紋が入ったものだということに。
(……どうか、しーちゃんとずっと一緒に居られますように)
それを、自らの力で叶えるほどの力を、何時かこの手にできますように、とも。
互いの願いは、その裡は、未ださらけ出される時を知らずにいるまま。
「ファーレルは何か願い事は思いつくのか?」
「そうですね、あるといえばあります」
同様に。
傍らに居りながら、恋人ではない。リースリットとベネディクトは、何気ない巡り合わせからこの祭りを二人で訪れていた。
「簡単には割れない様子だが」と、無色のシャボン玉をしげしげ眺めるベネディクトに、苦笑交じりのリースリットが傘を差しだし、互いに同じ道を歩き始める。
「尤も、毎年シャイネンナハトで祈っている事と同じですけど」
「そうか、俺は――」
家族と、故郷の人々の幸福と平穏を、碧色のシャボン玉に籠めたリースリットに、ベネディクトは一瞬、沈黙した。
彼にも、叶えたい願いはあった。ただ、それを願う時は、もう過ぎ去ってしまったけれど。
嘗ての世界の友人を、恩師を。或いはこの世界で出会った戦友の命を、取り戻したいなどと、到底。
「──俺は、そうだな。領主代行を無事にこなせますように、とでもしておこうか」
浮かべた笑みは、あまりにも不器用で。
それに、言葉を返しかけたリースリットは、それをぐっと抑え込んだ。
「叶うと良いな、俺達の願いも。そして、此処に居る皆の願いも」
「はい。そうですね……」
――その会話の裏で、リースリットが密やかな、もう一つの願いを抱いたことに、黒衣の騎士は気づいただろうか。
雨。『流れる水を渡れない』筈のエリザベートは、その弱点を己がギフトによって補いつつ、愛するユーリエと祭りの中を歩く。
「それでも、やっぱり心配だから」
そう言うユーリエが自分の傘を恋人に差し出すのは、きっと、相合傘を楽しみたいといういじらしい乙女心もあって。
傘と、二対の羽と。双方で雨から覆い隠されたシャボン玉は、何があっても自分を、相手を守り切るという、確かな決意にも似ていて。
「……そういえば、ユーリエの願い事は?」
薄い銀のシャボン玉を撫でながら、エリザベートが呟けば、
「勿論、私とえりちゃんの愛をずーっと育みあって、幸せな時間が続きますように、だよ!」
透き通った赤に、ひと際濃い一条の流線を走らせたシャボン玉を持つユーリエが、それを彼女のシャボン玉に重ねる。
「私は貴方と生涯を過ごすことを、幸せに想ってますよ、ユーリエ」
「……うん!」
――二人の視界に映ったのは、銀色のセカイを裂く、赤い流星が覗くシャボン玉。
エリザベートのブレイズリング。永久の愛を誓う、二人だけが交わした証のそれだった。
「足元気をつけてゆっくり歩くといい。シャボン玉ばかり見て転ばないようにな」
「はーい……誠吾さん誠吾さん、左右にお店があるのです」
「どうしろと」
大きな傘の、その下で。
誠吾とソフィリアの二人が、あちらこちらに目移りしながら(主にソフィリアの方が)、少しばかり危うくも順路を歩いている。
別段『そういう関係』でも無いにしろ、こういうお祭りを前に情緒は無いのか。そう思って頭を抱える誠吾に対して、しかし傍らの彼女の方は何時もと変わらぬ笑顔のままで。
「勿論、シャボン玉届けたら、一緒にご飯食べるですよ!」
「はいはい。無事に届けてからの帰りならな」
薄紅と、水色と。
交わらぬ対照色のシャボン玉を互いに抱える二人の願いは、きっとすれ違うそれ。
「元の世界へ」と彼は願い、
「もっと一緒に遊べますよう」と彼女は願う。
何方の願いが先に叶うにしても、それでも、今だけは――ただ。
昼最中、雨が降るセカイにおいても、やはりほの暗い場所は何処にでもあって。
「それにしても、驚いたよ。まさかご令嬢が必要悪の教会に所属とは」
「私にとっても意外です。貴方に見つかってしまうとは」
路地裏から、表通りを見渡せる露店の一角。祭りに興じる人々を見やるカイトは、二人分のティーポットをトモエと分け合い、カップに紅茶を淹れている。
張り出した露店の屋根の下。少しばかり熱い紅茶に舌を慣らしたトモエは、ポツリと。
「貴方には、大切なものがありますか?」
「まるで無いかのような言いようで。……ええ、皮肉と分かってますよ。
もちろん俺にも大事なものはありますよ。国とか、ね」
理想の騎士を気取る気も無い。ただ、それでも。
例え国王相手であろうが、ただ一人から受けた命をこなす程度には、と。
「そういう其方は?」
「家族よ。当たり前じゃない」
トモエもまた同じ。ただ一つのありふれたものを、守りたいだけなのだと。
「……ああ、それと。ロストレインの一族の皆様も、大事ですからね?」
「それはどうも」
肩をすくめたカイトに対して、トモエは年相応の微笑をもって返答した。
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「こういうお祭りって、むしろ天義っぽい感じがするよね」
そう呟くサクラの言葉に、確かにと頷いたスティア。
「でも、そういう催しを別の国でやれるっていうのも……面白いかな?」
「ええ。人の夢だから儚い、とは言いますけれど」
自身の歌をリズムにして、皆の歩調を合わせるリンディスは、その最中に言葉を返す。
「それを、こうして守る人々の、私たちの姿の賢明さこそに、ヒトの本質も垣間見える気がして」
「うん。雨の日に、願いに見立てたシャボン玉を運ぶ祭り、か……まるで、人生の隠喩だね」
身体を風よけに、傘を雨除けにしつつ呟くマルクに対して、アカツキも何のとばかりに意気高らかに言う。
「何の! どんなに困難でも妾、やるからには頑張ってゴールするのじゃ!」
総勢五名、このお祭りの中では唯一チームとして参加する【宿り木】の面々は、既にゴール手前までその往路を終えていた。
陣形を組んで、行きがけの露店で買ったり、或いは持ち寄った傘を重ねて雨からシャボン玉を守り、吹く風にはその身を盾にして。
誰かのシャボン玉が膨らめば、それを守るように皆の傘を集中させて。行軍は焦らないように。五人の力を合わせれば、弾けやすい泡沫もまた、強固な鉄のごとく不変のそれとなる。
「……皆様、お疲れさまでした。それぞれの願い事をお聞かせ願えますか?」
軈て、辿り着いたのは神官の前。
町の西端に立つ、シャボン玉を受け取る係の神官は、柔和な笑顔で彼らに願い事を聞く。
「天義の復興。傷ついた彼の国に、再び笑顔を」
サクラが毅然とした笑みで言う。
「私も。もっと皆が笑顔で暮らせるように!」
スティアが終点に辿り着いた喜びを隠せぬままに追随し、
「うーむ、妾は……皆の安全祈願じゃな。大きな戦いを経ても、大きな怪我なく皆が戦いから戻って来れますように」
アカツキが首をひねりつつ応えれば、
「この先も、たくさんの本や物語に出会えますよう。……雨の中でも、僅かな光に照らされて様々に光り輝くシャボンのように」
リンディスが、淀みなく自分の願いを神官に述べる。
「誰かの願いに、寄り添えますように。その願いを叶える力になれますように」
そして、最後。マルクの言葉までを聞き遂げた神官は、笑顔のままに、それぞれのシャボン玉に手を当てれば。
「その願いが、遠からず叶うことを祝して」
――刹那、両手に抱える程度の大きさだったシャボン玉は、幾百もの小さい粒となって、輝きながら空に昇っていく。
「……やった!」
成功を喜んだのは、誰かの声でありながら、きっと、皆の声でもあって。
互いにハイタッチをして喜びを交わしつつ、彼らは少しだけ空を眺めていた。
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浮かんだシャボン玉は、果たして幾つか。
徐々にその明るさを落としていく曇天の中で、また一つ、シャボン玉が宙に細かく放たれた。
「……この光景を、君にも見せたいな」
雨に打たれる自身を気にもせず、ライセルがぽつりと言う。
空に消えゆくブルーグリーンのシャボン玉。神官の祝福を受けた、愛する人の瞳の色は、唯一人、ライセルの心の中にだけ、ひときわ強く焼き付いた。
ずっと、傍に。
片思いの相手に希う思い。それは距離や、関係の話だけではなく、互いの命のすれ違いも含めて。
「ねえ、ラクリマ」
だから、君が好きだよという思いを、せめて今だけは口にする。
それそのものを願いにはできないのなら、せめて、と。
何時からだろう。雨が、ほんの少し嫌いになったのは。
何時からだろう。雨を見て、彼の死を思い出すようになったのは。
……嗚呼、でも。
「今日は、幾らかソウでもないや。
キミも、そう思わナイ? マックスウェル」
半分こにした傘の中で。ジェックは、傍らの空間に向けて言葉を零す。
真っ赤なシャボン玉。それを抱える彼女は、神官の元に辿り着いた。
半分を開けた傘。その意図を組んだ神官は問うた。あなた『達』の願いは? と。
「……少しずつ薄れていくカレの声を、姿を、想い出を、ずっとずっとワスれずにいられますように」
頷き、祝福を受けて、宙に浮かぶシャボン玉――その中に。
誰かのものと混じったのだろうか。細かく分かれた赤いシャボンの中に、幾つか黄色がその目に映って。
「……馬鹿」
それが、彼に送られた誕生花の色と、余りにも似ていたから。
ジェックは傘の中に居ながら、その頬に再び、二筋の雨を落としたのだ。
そうして、祭りの終わる少し前に、また一人が辿り着いた。
時折、虹色を見せるシャボン玉を抱えた少女は、ハルアは、道中自分が息を切らしていたことに今気づいて、知らず笑ってしまった。
「もう。リラックスだよ」と。自分に言った彼女を、人々は微笑ましく見つめていて。
――願いはシンプル。『海洋の友達』が、家族と幸せに過ごせるように。
それが、鏡の魔種を指すなどとは思いもよらぬであろう。神官が祝福で空に挙げた色泡は、これで幾つ目か。見上げたハルアの視線の先には、いくつもの色で満たされた曇天が。
「……ああ、そっか」
叶った願いが、こうしてみんなの空を色で満たして。
途中で割れる『泡沫』とて、それは終わりではなく、何度でも浮かんではきっと叶えられるのだと、彼女は理解する。
「ボクは、これを見るのも楽しみにしていたんだね」
――また一つ、誰かの願いが、空を満たしていった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。
以下、シナリオ詳細。
●場所
『海洋』の外れの諸島部の中でも、『天義』寄りに位置する島の町です。規模はそれなり。
雨期を前にした現在に於いて行われるイベントは『色泡祭』と呼ばれ、海洋でも知る人ぞ知る程度の知名度です。
イベントの開始時間は正午少し前ですが、途中参加は可能。
終了時刻は夕刻過ぎまで。天候は傘を差さなくてもいい程度の小雨です。
先ず町の東端に居る神官から望む色のシャボン玉を貰い、順路を辿ったのちに西端に居る神官に渡し、祝福の言葉を頂くまでがお祭りの流れです。
また、貰ったシャボン玉に願い事を籠めて届ければ、その願いは近いうちに叶うという言い伝えがあります。
もし途中でシャボン玉が割れてしまっても、西端までの順路には他の神官が居り、その人にお願いすることで新しいシャボン玉を貰うことができます。
参加方法は自由。恋人や家族同士が互いの安寧を願って一つのシャボン玉を手にしたり、また別々の願いをどちらが先に叶えるかを競い合ったりも。(ただし、妨害行為はNG)
貰えるシャボン玉自体はゴム風船程度の強度と些少の重量を持ち、手にした時点では割れたり風に飛んだりといった心配はありません。
が、先にも言った通り町には小雨が降っているため、石鹸水でできたシャボン玉は時間とともに雨水を取り込んでは膨らみ、弾けやすくなります。
このあたりの対策を取るか、それとも割れたあと途中の神官に新しいシャボン玉を貰うことが前提で別にプレイングを割くかは参加者の皆様の自由です。
イベント中、スタートからゴールまでの順路には露店も幾つか建っているため、お祭りに参加せず買い食いや土産物探しに向かうのも良いでしょう。
●書式
プレイングの冒頭部に【希望するシャボン玉の色(無ければ不要です)】【一緒に参加する人のID(グループ参加の場合はグループ名で)】をお書きください。
複数名で参加される方などは、同時参加される方の名前やID等で文字数を取らないよう、上記の書式のみを共通させていただければ大丈夫です。
それでは、参加をお待ちしております。
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