シナリオ詳細
<グラオ・クローネ2018>我ら嫉妬組!
オープニング
●一にして全、あるいは全にして一
「諸君、我々はなにゆえに孤独なのだろうか」
グラオ・クローネの日。ローレットギルドの前にて、たまにギルドへ依頼を持ち掛けてくる一人の男性貴族が、演説じみた嘆きを垂れ流していた。
通りかかったギルド員――殆どが男性――が、その演説を前に重苦しい顔をしている。
グラオ・クローネとは、深緑の大樹ファルカウと共に生きたと言われる『最初の少女』の物語である。
五感を満足に持たなかった一人の少女が、深緑の中に佇むファルカウと共に生きた証。
アルティオ=エルムに住まう幻想種、ルドラ・ヘスは深緑の大魔導士たる大樹ファルカウの巫女により識らされたその古き言い伝えは、我々イレギュラーズ全体へと早々に広がった。
その美談は、孤独でも純粋で直向きな感情を持ち続けた彼女に対して敬意を表するものであろうし、それに肖ってチョコレートを用意する者達も、なんと健全で微笑ましいものであろうか。
しかしながら、チョコレートを渡し渡される境遇でない……恋愛に対して縁の無い者は、肩身狭い思いをしなければならないのも事実である。
イイヤ、何も妬ましい訳ではない。ただ単に羨ましいのだ。我々も孤独である事が、何より悲しいのだ。だからこそ、その古き言い伝えに感銘を受け、それを彼らは模範している。何も咎められる事はないし、むしろ人々にとって正しい姿であろう。
だからこそ、大義名分があって無念を晴らす矛先というものが無い。ただ己が気持ちをぶつける為の野蛮で、後ろめたい行為である。
「ならば、私が与えよう」
力強く、そう言葉にして目の前に金貨をばら撒いた。これは依頼だ。何もやましい事はない。諸君らの秩序は、私が身を以てして証明しよう。我々は一(孤独)ではない、全(レギオン)である。
「彼女の物語によれば、孤独というものは悲しいものでしかない。ならば諸君らも我々『嫉妬組』として共に大義の道を歩もうではないか!!!! そうであれば孤独にあらず!!!!!!!」
声を張り上げ、己が意見を主張する。馬鹿笑いをしながら、紅白餅の様に依頼料の輝かしい金貨をばらまく。
そのサマから、いつもは公明正大な依頼を持ち掛けてくる男性貴族が今回は妙に個人的な動機で依頼を持ち掛けて来ている様に思えてならなかった。
●馬鹿騒ぎ
「要はクラウドブルーな悪戯ごっこよね、これ」
正式な手続きを踏んで依頼の概要を聞いた『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3p000004)は微妙な表情をした。
ギルドの表があまりにも騒がしいと思って聞いてみれば、自分の領地で公然とイチャつき、マナーの悪い行為を憚らない男女達の仲をぶち壊して欲しいとの事である。
他者と仲睦まじく過ごすべき日にこういう事を考えるのだから、孤独な男性の考える事は分からない。孤独の少女が考える事はあぁも美しいというのに。
若干哀れんだ様に溜息をつく彼女であったが、依頼という体ならばわざわざ叱り付けて諌める行為も野暮なのかもしれない。悪戯する対象がマナーの悪い男女に限定されてるし……。
むしろ鬱憤を晴らす場を設けて彼らのガス抜きをするのも一つの手か。これ以上変に暴走されても敵わない。
色彩の魔女は咳払いをしてから、依頼の詳細を男性貴族に問い始めた。
「……それで、私達に求められる活動は何なの。カーニバルレッドに染まった嫉妬組のリーダーさん?」
- <グラオ・クローネ2018>我ら嫉妬組!完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年03月06日 23時55分
- 参加人数42/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 42 人
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参加者一覧(42人)
リプレイ
●GET SHIT
「あぁ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」
「ああジュリエット。キミが名前さえ捨てるのなら、僕はキミを幸せにしよう」
噴水が目立つ広場の昼下がり。一組の年若い男女が戯曲のワンシーンを真似て色恋に興じていた。無論、彼はロミオでもなければ彼女はジュリエットでもない。
それよりも重大な問題は、雰囲気作りの一環として立ち入り厳禁であるはずの花壇を土足で踏み荒らし、先刻からその熱烈な恋模様を広場へ集まる者達に見せつけている事だ。
「ママー、あれ何やってるのー?」
五歳にも満たぬであろう女の子が、男女のやり取りに不思議そうに質問した。母親は目を逸らして誤魔化すしかない状態である。
悪意を以てしてその様な行為に及んでいるなら注意もし易いものだが、当人達にとっては悪気が無いつもりなのだからタチが悪い。
「さぁ、ジュリエット。その鳥籠からボクの胸に飛び込んでおいで!」
彼女を抱き留めようと大きく腕を広げるロミオ。しかし気づけば周囲には霧が立ち込めていた。先程まで晴天だったというのに。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
「っしゃァオッラァ! しっとスチィイイム!!!」
ロミオに抱き留められたのは額に『しっと』と書かれたお手製の覆面で顔を隠し上半身裸の出で立ちのロア……もとい謎の漢だったのである。
「いやぁァァァァアア!!?」
その光景を見た男女の悲鳴が二重に響く。
「漢の燃え滾るハートが、御ふざけなワケが無ェ。我ら一心同体、しっと組!」
「俺が! 俺たちが! 正義だ!」
男女がベンチに逃げ隠れようとしたが、触腕使いであるヴェムノが仕掛けた威嚇音を発するトラップに引っかかり恐怖に慄く。
「アンケートお願いしまーす!」
「神様、お願いです! この糸を! 切らせてください! ええい!」
そうして植木鉢や鎌などといった異質な頭部を持ったネストやクレッシェントを同時に目撃したりで、阿鼻叫喚の状態であった。
この世のものとは思えぬ奇声。男の恐怖に満ちた絶叫。女の絹を裂く様な悲鳴。傍目から見れば、魔物かナニカを召喚した儀式の顛末にしか見えない。
「ママー、あれ何やってるの……?」
「みちゃいけません……」
先の母は光景に堪えかねて子の耳を塞ぎながら視線を余所に向けさせている。
後日、カップルのいちゃつきによって花壇が踏み荒らされる事はなくなった。花壇で霧が立ち込めた時は覆面男がミストを噴出させているとか、奇声を発する虫が住み着いているとか、植木鉢や鎌の頭部を持った男達がヘドバンしながらアンケートを求めてくるとの怪談話が出来たが。
「なんだか、花壇の方が騒がしいわね?」
「そうねぇ。どっかのカップルが騒いでいるのかしら。ふふ、今日は男女の蜜月だから仕方ないわよね」
着飾った二人の女性が、近くの商店で買った高そうなチョコレートをお互いに見せながら、恋人との待ち合わせ場所に向かいながら惚気話の自慢をし合っていた。
とは言っても、相手の話など聞いちゃいない。自慢出来れば良いのだから。好きな相手を想える事は、それだけでも幸せなのだ。
自慢に夢中になりすぎるあまり他人とぶつかりそうになっても、別にやめる気配も無かった。
ぶつかりそうになった人から顔を顰められても気にせずに、幸福に満ちた面持ちで意中の男性との待ち合わせ場所へと向かう。
しかし待ち合わせの場所に辿り着き、その光景を目にした途端。表情が歪む。
「勧善懲悪超絶美少女天使らむね姫様のダンスステージですよ☆ 見ていってくださいね!!」
「わぁーい! らむねちゃーん!!」
想い人の男性達は広場の真ん中に設置されたステージで歌って踊る、イヤに露出度の高いビキニ姿のアイドルに見とれて黄色い声をあげていた。
二人の女性は怒りに震え、一緒になって恋人達を睨み上げる。
刺す様な視線に気づいた男性二人は、しどろもどろと言い訳を立てようとする。
「違うんだ。決して、ボクは違う。ボクは色気よりも、キミの様な清楚で……」
その様に言い訳を重ねていたところで、ステージから降りてきた豊満な肉付きの女性――リカ・サキュバスにこれみよがしに後ろから抱きつかれ、思わず彼は息を呑んだ。
「はーいお兄さん。私と遊ばないかしら? 終わらない夜を教えてあげるわよ♪」
「はぁい! 喜んで!」
色気より清楚な方が好きではなかったのか。男はリカの言葉に二つ返事で了承し、目の前に居る恋人の怒りを買った。
彼女は離縁状代わりとばかりに腕に抱えていた袋を恋人であった男の頭へ力強く投げつける。
「見た目良ければ誰でも良いのね! サイッテー!!」
文字通り面食らった男は豆鉄砲を当てられた鳩の様にポカン、とした顔つきをする。
「ちょっとは人目気にしなさい、悪い女につかまっても知らないわよ?」
当の誘惑してきたリカにさえ諭されてやっとの事で正気に戻ったが。時既に遅く嗚呼無情、取り繕うべき相手は去った後だった。
もう一方の女性も、貴方もそうなのかと訴えかける様な目で恋人の男性を見つめていた。彼もまた誤魔化そうと、だらしなく伸びていた鼻の下を整えながら凛々しい顔で言い訳を述べる。
貴女を愛している。自分にとっては貴女が一番大切な存在だと。歯が浮く様な台詞を言い連ねた。
しかし、それを説いた彼女の視線は彼ではなく。ステージで歌う貴人風の男、ラクリマ・イースに注がれていた。
その容姿は儚く美しく、歌声も同様に――内容は男女の営みへの教戒じみたものだが、それでも女の心を惹くには十分だった。
取り残された男達は、愕然とするしかなかった。
「……分かるぜ。アンタも独りなんだろ?」
いつの間にか背後に立っていた複数のしっとマスク達が傷心の男二人を慰める。彼らはグッと歯噛みし、差し出されたマスクを被って声高らかに嫉妬の心を叫んだ。
「はいはーい、皆さーん! 盛り上がってますか―! 今日の天気は晴れのち濃霧! 一人は皆の為に、皆は一人の為に! ならば皆さんの傷も共有して貰わないと! その権利が皆さんにはあるのです! それ逝け精鋭達! 幸せに溺れて周りを顧みない方々にその痛みを叩き付けてやるのです!」
拗れた仲のカップルや、元々独り身の者達へ明るく語りかけている女の子が一人。
しっとマスク達が異様に増えたのは、この様に煽動する気象衛星システム『ひまわり30XX』の影があったのだとのちに噂されるが、真実は定かではない。
「な? アレ見てもまだここでイチャつく気になるか?」
阿鼻叫喚なカップルや新たに組まれたしっと組を指差しながら、残ったカップル達を淡々と諭すオークのゴリョウ。
至極、尤もだ。あぁいう事態に巻き込まれるなら安全圏でイチャついてた方が幾分もマシである。
「はい、皆さん拍手~。さてさて、この二人はどんな恥態を見せてくれるじゃろうかの~? さぁ応援開始じゃ~♪」
「ちゅーしないの?」
――イチャつこうにも、大量の老人を引き連れて世界樹が居たり、無垢な子供を装って見つめる美音部を前にして蜜月を過ごす度胸は流石に無い。例え敢行したとしても、囃し立てられて恥ずかしいだけなのが目に見えてる。
「此処は、幼子も多い。接吻とか、むつみあうのは、家でやった方が良い、と、俺は思う」
ゴリョウと一緒になってカップルの『説得』を行っている人狼のヨキ。
亜人二人の体躯はどうにも優れており、2m近い。その様な二人に諭されては、萎縮してしまうものだ。
此処は逆らわず家に帰ろう。最小限の被害に済んだカップル達は自ずとそう考えたのか、素直に家への帰り道を一緒に歩み始めた。
「何故、あんな残念そうにしているのか、分からない」
「恋人っつーのはそんなもんさ。ぶはは」
仲の良い所を他人に見せる機会を仕損じたカップル達の後ろ姿を見送って、不思議そうにする人狼と妙にやり遂げた様子のオークであった。
●SHIT MONEY
「あ、コレ可愛い! ねぇ、彼は喜んでくれるかな?」
「すみませーん、このチョコ一つ下さい!」
年端も行かない女の子達が、互いに相談しながら品定めをしていた。グラオ・クローネという行事に肖って意中の男の子達に想いを告げる様としているのだ。
それを眺めていた店主や店員は密かにほくそ笑んでいた。その光景が微笑ましいからではない。彼女達の見る目が無いのを哀れんでいるからだ。
チョコレートというものは、菓子としては高価な部類に入る。好きな人に渡すプレゼントなら、尚更ちゃんとした代物を買おうとする。
しかし菓子職人でも無ければ見た目で味を見極めるというのは難しいものだ。だからこそ、賞味期限が切れた粗悪な材料でも装いだけ繕えばどうにでもなる。いっその事、不相応な値段も付けてしまえばそれが高級品だと誤解してくれる。
その様な結果、彼女達にどんな損失があろうが知った事ではないのだ。売り切ってしまえば看板を換えてまた同じ様な商売に勤しめば良い。今は悪魔が微笑む時代なんだ。
「ヒャッハー! 何じゃこりゃあ! やっぱ粗悪品じゃねーか!」
その思惑を裂く様に、世紀末じみた声が店の表から響いて来た。
何事かと店主達が表に飛び出てみれば、ローレットの集団が店から購入したてのチョコレートを貪っていたのである。
「くそまじ~!」
「このお店のチョコは価格に見合ってない作りです!」
「そうだそうだ! まるでグラぼっちのささくれだった心のようなチョコだ!」
口を拭いながら詰め寄るシエラと奥州。プレゼント向けのチョコレートとして売っていたのに、わざわざ店の目の前で食うとは。
「グラオ・クローネにかこつけて不当な利益をあげようなど! 『最初の少女』の想いを何だと思っているのだ!」
アレクシアも、これは文化に対する不敬であると力強く申し立てた。
それら不評の声を聞いて店内に居た女の子達は、怪訝そうにしながら店を立ち去って行くのである。もちろんチョコレートを買わずに。
「てめェっ……!」
儲ける絶好の機会を逃した店主は、怒りに任せてアレクシアに殴りかかろうとする。
しかしそれを見越していた儀礼用ナイフのブローディア――或いはそれを持ったサラが咄嗟に弾き返し、横に控えていた郷田がすかさず店主の顎にキレの良いアッパーを浴びせたのである。
「HAHAHA、ミーは理解ある男のつもりだが、すまないコイツも依頼なんだ。HAHAHA!」
「うむ、せっかくの祭だ。不正な商売で儲ける輩が蔓延るのも面白くないからな。……時にサラよ。お前が怒っているのはよもや自分が騙されたからではあるまいな?」
イレギュラーズと一般人であっては実力差があるのは元より、あまりにも数が多く多勢に無勢、即座にふん縛られる店主である。
「お、お前ら。何の根拠があってこんな! 領主様に訴え出てやるからな!!」
流石に実力行使は無謀と見るや、御上に訴え出ると言いのける店員。
それに対してビジネスマンスーツの男、瀬川が書類を突き付けた。
書類にはチョコレートの価格の目安表から、貴族からの正式な依頼の書類一式、いつの間に調べたのかこの店の仕入れ帳簿まで纏められてあった。
「弊社は、その『領主様』より監査および是正を任命された。貴社が不正な価格表示を行っているのは明白であり、依頼主に報告させて頂く」
貴族から貰った書類には、そうハッキリと。あまりに悪徳行為が酷い店は見せしめとしてブチ壊して下さいと、八つ当たりじみた恨みが籠められた文筆で書かれている。
「俺は嘘が大嫌ぇなんだ! 罰として店をぶっ壊してやるぜぇ!」
「HAHAHAHA!!」
これも一種の祭り騒ぎか。確たる不正を見たイレギュラーズ達は、物理的に店を解体し始めた。
「……うぅぅ……あぁ……」
『気にすることはない依頼だしな』
おろおろとその様子を伺う、インヴィディア。呪具のカウダは、これも気にするな云うが。彼女からしてみれば喧騒を目の前にして穏やかではないのだろう。
『しかし、見事な混乱だな。嫉妬の面目躍如といえよう。はっはっは』
ファミリアで呼び寄せた小動物で、有らん限り店を荒らすカウダ。その様子は事が思い通りに進んで、何処か愉快そうだった。
店員達は店が壊されるのを見るに堪えかねて、暴力をもってして抵抗しようとするが、店主と同様に赤子の手を捻る様に取り押さえられるのである。
「不当な商売、天が見逃しても、天より上より来るこの宇宙警察忍者夢見ルル家は見逃しませぬ!」
「人呼んで炎の勇者、あこぎな真似は許さない!」
ルル家とチャロロ、二人のヒーロー(?)が名乗り口上を挙げながら、悪徳を働いていた店員達をすべからくお縄につかせる。
それにしても、と。チャロロはまだ口にしていなかった手元のチョコを見た。
「悪徳業者の粗悪なチョコか……これ食べちゃっていいの? 天然のカカオが使ってあれば、元の世界の合成チョコよりおいしいのかな……」
「拙者にはチョコの細かい味はわかりませぬ。一つだけ、この店の名誉のために言っておきましょう」
それを見て、ルル家は畏まった様子で感想を述べようとする。好奇心旺盛なチャロロは、耳を傾けた。
「トカゲよりは美味い!!」
「あはは……」
言い換えれば、とても食えたものではないという事か。チャロロも、その様に納得した。
かくしてこの様に悪徳業者達は捕まって行くのであるが、しかしこうなると何処でプレゼントを手に入れようかと購入を控えた女の子達は迷っていた。
「不味いチョコを高く売りつけるよりもさ、美味いチョコを作って夢中にさせた方が何倍も効果的だと思うぜ」
奥州は、店主達へ諭すに言いながら懐からチョコレートを取り出して、その女の子達を含めた皆に配る。
「うちのオーナーシェフが作ったチョコ、食べてみろよ。マジうまだろ?」
その様に、彼は快活な笑みを浮かべた。試食して口に合ったのか、恋する彼女達が『しおから亭』にチョコレートを購入しに行くのは後日談。
場所は変わって、店内。表で騒ぎが起こっているのを良い事に、悠々と裏口から侵入した者達が三名。
「えひひっ。依頼とあらば喜んで、大義名分のもとやっちゃいましょう!」
依頼を理由として盗みを働くこそどろエマ。店内を漁ってみれば、なかなかアコギな商売をしていたのか。金目のものばかり見つかった。
「ひひ、大量大量……お金はいただくとして。チョコレートはどうしますかね」
金目のモノは哀れみ程度残しておくとして。さて、チョコレートの方はどうした物か。表の騒ぎからしてみれば大層味が悪いとの事である。
そんなに酷いのだろうかと、エマは試しに一つ取り出して舐めてみる。
「まァ、粗雑な材料だからって食べられない程じゃ――ごほ!?」
舌を触れさせただけだというのに、そのチョコレートは思わず咳き込んでしまう程に辛い。
「くく……っ、我ながらゲスイ作戦だぜ」
「記憶までぶっ飛ぶ味ですぜ!」
困惑しながら周囲を見回せば、一緒になって忍び込んでいたトートと刀根が、チョコレートを大量に取り替えて居る最中だった。
「灰はチョコレート女子から貰った?」
「え? 女性からチョコ? 貰いましたけど彼女は友人ですよ、からかわないで下さいよ、へへ。嬉しかったのは事実ですよ、ええ!」
「!? マジか。ふーん、意外とお前も隅におけないじゃん。このこの」
トートは茶化す様に笑みを浮かべながら、指先で刀根の脇腹を突いていた。
「友チョコってのは確かに良いですな。トート殿からのもマジで旨かったですよ」
「友チョコは至高の存在だぜ!」
凛々しい顔で仲睦まじく悪巧みを働いている二人に対して、どう言葉にしたものかエマも逡巡していたところ、表口が蹴破られて、靄――もとい霧を駆け割って複数人が踏み入ってきた。
表で解体仕事を行っていた仲間達だろうか?
「貴方から貰ったのも、先ほどの女性からのと同じくらいうれしかったですよ。えぇ」
「えへへ。貰ってくれてサンキューな! これからもよ――」
表口から入ってきた人物達が三人を取り囲んだ。それらは皆、額に『しっと』と書かれた覆面を被っている。
「お兄ちゃんの体中から、チョコレートの匂いがするよッ!!」
貴族服を着た覆面の青年が、刀根の持っていたチョコレートを見てその様に叫んだ。依頼主、何故此処に……。
「いや、これはそうではなく」
何やら誤解が生じているのを察して、三人も弁明しようとするが暴徒と化した彼らは聞く耳を持たず。
「えぇい、もはや正義だの何だの体裁なぞ知った事か! モノドモ、目につく限りのチョコレートを奪い尽くし、喰らうのだ!」
此処に至るまでに、当初掲げていた義憤を嫉妬心が上回ったのだろうか。貴族を陣頭としたしっと組は、店内にあったチョコレートを好き勝手に口に詰め込み始めたのである。
店の表に居たイレギュラーズも、仲間や一般市民に危害が及ぶ前に取り押さえてしまおうかという考えが頭を掠める。そんな事は露知らず、貴族の青年はその場にあったチョコレートを食べながら騒動を眺めつつ愉快そうに笑った。
「ふはは、他人から貰ったチョコも奪ったチョコも同じ味よ! ジーク・しっ……ごばぁ!!?」
火を吹かんばかりの声色を出しながら悶え、何やら倒れてしまったのだ。チョコレートを口にした他のしっと組も、同様に。
「……恐ろしや、デスチョコレート」
取り替えていたチョコレートの味を知っていた三人は、彼らに対して黙祷を捧げた。
●NO SHIT
「うむ、よく帰ったのである! 仕事の後は宴であるな、我らの依頼者殿が酒を用意してくれたのであるぞ! 沢山食べ、沢山飲み、明日への糧とするのであるぞ。このような祭り滅多に無いのだ、騒がねば損というものであろうよ」
「お疲れ様、大変だったみたいね?」
大変だったというか、大変な事になりかけたというか。
「おかえりー! おつかれさまー! チョコどうぞー!」
「チョコレートと酒ならたんまりとあるぜ! 争いなんざくだらねぇ! ほら、俺のパンを食えー!」
ともかくギルド近場の酒場にて。イレギュラーズは活動を終えた仲間達を労う為に酒盛りを開く事になった。
「しかしまぁ、こんな依頼が良く通ったものだな。ローレットならではというか、何というか」
「あぁ、私欲を断って善政を敷く貴公のその志は素晴らしい」
仙狸厄狩とラルフは、仲間に抱えられてきた依頼主の青年貴族を目の前に、提供された酒を口にしている。
「しかしこのお伽噺は面白い、人の絆と言うものは素晴らしい、あの少女も世界を感じられた時は嬉しかったでしょう。常々思うのですよ、嫉妬で事は成せず、孤独を深める物で在るとね」
「……わかった、わかった。私が悪かったから、そういじめないでくれ……」
凶行に走った途端に出鼻を挫かれ、彼もホトホト参っているのか。ラルフの言葉を聞いてかぶりをふる。
「くく。存分に活動して疲れただろう。そら、チョコでも食べるといい。酒とチョコは案外相性が良いぞ」
ラルフと仙狸厄狩は、それを見て喉を鳴らす様に笑った。
「こういった思い出も笑い話にしてしまえば寝覚めは悪くないものさ。それはそれで、なかなかいい肴になるんじゃないかい?」
グレイの言葉を聞いた青年貴族は、彼からチョコレートベースのワインを貰いながら面目無いと言いたげに目を逸らす。
「これで、私だって分からないです。どうですかセティアさん」
「……ふしぎ、……じげ?」
目を逸らした先にハーモニアとスカイウェザーの少女が、部屋の隅で人目を気にする様に話し合っていた。
どうにも片方は変装している様子が伺えるが、それを不思議そうに見ている内に、ハーモニアの少女の方から近づいて来て笑顔で何やら差し出した。
「はい、暖かいお茶をどうぞ。……あ、セティアさん。つまみぐいですか?」
どうやらお茶を差し入れて来てくれたらしい。青年貴族も、反射的にそれを受け取った。仲睦まじい様子の二人の少女を一瞥した後、周囲を見回す。
「しかし、なんですな。改めて思うのですが。ローレットの人達は、色々な方達がいらっしゃられる。年齢性別は元より、種族や出身まで一様に違う。なのに――」
元々その様な成り立ちだとは知っていたが、此処まで団欒とした関係とは知らなかった。傭兵の様なものだから、もっと殺伐とした集団と思っていたが。
青年貴族はその様子を見ていて、どうにもチクリと胸が痛んだ。嗚呼、成る程。自分は恋愛が妬ましいというより、孤独が嫌だと。仲の良い存在が居るのが羨ましいのだと、今更になって納得する。
「……おっ、おつかっ……」
そう思ってイレギュラーズを眺めていると、気遣いからなのか。一人の女性、インヴィディアがチョコレートの一つを青年貴族に押し付けた。
そうしてそれが呼び水となって、各々がチョコレートを渡し合う。
「不格好なもので良いのでしたら。さあ、どうぞ御召し上がれ」
「依頼、お疲れ様です。これ、私が作ったチョコレートですけど良かったら」
配られる大勢の中の一人であれ、女性からチョコレートを貰えるという事実に青年貴族も顔が綻ぶ。それも見た目麗しいとあれば――
「男のチョコで申し訳ねぇが、文句言うんじゃねぇぞ」
だらしない顔で微笑んでいる貴族に、苦笑しながらチョコレートを渡す銀城。どういう訳か、これさえも青年貴族にとってはトテモ嬉しかった。
「あぁ、今日は素晴らしい日だ。悩みの種も減ったし、君達に頼んで良かったよ。グラオ・クローネバンザ……苦ァッ!!!?」
皆から貰ったチョコレートのを齧り、青年貴族はまた悶える。
「……焦げたチョコレートは、まずかったかな?」
「やれ、若造の口には合わんなかったかのぅ。少しばかり元気になれるモトを入れすぎてしまったか」
チョコレートを食べて悶えゆく青年貴族を遠目に見つめ、そう口にする白銀とアレーティア。
「はっはっは、そこの君にも元気の魔法だー。なんちゃってさ。まぁ、あれも一つの記念になるさ」
だって、彼なんか幸せそうだよ。
ポジティブにそう判断したルーニカの見識が正しいのかどうかは、実際に青年貴族の様子を見れば分かるというものだ。
グラオ・クローネ、話の元に出てきたのは不格好で甘くない灰色の王冠。
孤独な者にとってはその灰色が輝かしく、甘く思えたに違いない。それを口に出来れば唯一の一はそうでなくなり、孤独は癒える。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
グラオ・クローネお疲れ様でした。初めてのイベントシナリオ、人数多くてシドロモドロ。
ともかく、青年貴族は一先ず満足して依頼(?)は無事に完了した様です。
彼は今後も良くも悪くも幻想の貴族らしく、気の赴くままに生きて行く事でしょう。
GMコメント
バレンタインデーとか私達にゃ関係無いよな。半額になったチョコレートを一人で貪る稗田です。
三枚目や恋愛運に恵まれないなど、その手のギャグに突っ走る人向けのシナリオがあっても良いじゃないか、と。
イヤナニモ私がバレンタインデーに縁無いからこんな依頼思いついたトカジャナイヨ。ウン。
なお、わざわざ男女カップルPCで来た場合、仲間にその恋愛模様を見せつけるのも存分に良いでショウ。まぁ仲間に誤認されるかもしれないケレど。
このシナリオはシーン別に描写が別れます。場面や行為を絞る事で、非常に描写され易くなるかと思われます。
一行掲示板においてどの場面に出るか宣言しておくのも仲間と連携を取る為の手段でありましょう。
【A】
商店街に近い、子供達も多い公における広場において、憚る事無く見せつける様にイチャつくカップル達が出没しているそうです。
男性貴族曰く、これは公共の場に相応しくない許されない行為だ。妨害をしなければ。
しかし傷害を与える行為、或いはそれに類する事は「ファルカウと生きた少女への敬意に反する」との事で、依頼上は容認されません。
正義の為に何とか体良く邪魔して下さい。お願いします。正義の為です。
【B】
広場近くに立ち並ぶ商店においてグラオ・クローネへ不当に肖り粗雑な品質のチョコレートを高値で売りつける行為が横行している様です。
我々はそれらについても、断罪が必要だと判断致しました。この際ですし、悪徳なヤツもぶち壊してしまいましょう。その方が大義名分が付きますから。
過度な傷害を与える行為、または関係の無い他の店への不当な妨害行為は容認されておりません。
【C】
安全圏。依頼から帰ってきたイレギュラーズの仲間を労ったりする場面です。領地外なので嫉妬活動は依頼上厳禁。
男性貴族から提供された酒を飲んだり仲間へ、チョコレートを配ったりして活動から帰ってきた仲間を慰めましょう。
未成年はお酒飲んじゃいけないからジュースで我慢してね。色彩の魔女さんから怒られちゃうよ。
最後に、嫉妬組の活動は公明正大に行われなければならない。イイネ?
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