シナリオ詳細
<グラオ・クローネ2018>White Cotton Candy
オープニング
●Sweeter than sweets
ふたりだけの。甘いひととき。
アジュール・ブルーの空を見ることが出来ないというのはどんな気分なのだろうか。
そっと白い指先を伸ばした『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は窓越しに見える色彩豊かな世界を愛おしげに撫でた。
グラオ・クローネのお伽噺に出てくる『最初の少女』が見ていた世界はくすんだ灰色の情景。
光さえも無かった少女の為に大樹ファルカウは願った。少女に光を。温もりをと。
「きっとそこには、ミルキー・ローズの愛があったのでしょうね」
ディープエメラルドの髪を揺らして振り返ったプルーはイレギュラーズに視線を向ける。
艶やかな色香を纏った魔女の後ろには豪奢な調度品や美術品が並んでいた。
ここはいつものギルドの酒場ではない。とある婦人の邸宅であった。
幻想王都の市場を抜け、ルミネル広場と呼ばれる場所へと続くストリートをラドクリフ通りと呼ぶ。
この時世には減りつつある中間層の活気に溢れた商店街であるのだが、アクセサリ店の脇道はいくらかの小奇麗な邸宅が並ぶ場所に繋がっているのだから面白い。
そんな邸宅の一軒。窓際で紅茶を楽しんでいる婦人の名をルシンダと呼んだ。
今年で四十八歳になる婦人は中々に不思議な人物で、趣味がマジックアイテムの収集と来たものである。
そもそもそんなものを集める事自体が珍しい訳ではあるが、不思議の理由はなんといっても価値にある。
いかにこの場所の住人が、庶民としてはいくらか裕福だからといって、そんな代物をおいそれと手に入れることなど出来ようはずがないのだ。
ともあれ本人は、そういった物をあっけらかんと見せびらかすタイプだ。これがまた自慢するでも勿体ぶるでもなく、話好きの笑い上戸で調子が良いものだから、意外にも悪い噂は聞かない。
まあ、得な性格をしているのであろう。
そんなこんなで近所では、代々宮中で文官を務める名門貴族ストロベリーフィールズ家の愛人と囁かれていたりもするのだが。
それはさておき。
「ふふ、今日はゆっくりしてもらおうと思って……」
プルーに案内されて招かれたのは、件のルシンダ婦人の邸宅である。
美しい意匠が彫られた扉に向けて手を広げたプルーは青い瞳で微笑んだ。
開かれた扉の向こうには、ゆったりとした空間が広がっている。
最初に目に付くのはふわふわと浮かぶ綿あめの様な柔らかそうな物体。吹き抜けのフロアの至る所、宙に浮かんでいるものもある。
「まあ、いらっしゃい。イレギュラーズの皆さん」
両腕を広げて屈託のない笑顔を向けるのは、この邸宅の主ルシンダであった。
婦人に促されて広場の中に入れば煌めくシャンデリアに照らされた料理の数々が並んでいる。
小さめにカッティングされた一口ケーキにフルーツの盛り合わせ。厚切りの温かなローストビーフはグレービーソースに浸り、ホースラディッシュが添えられて。
軽く焼き上げられた白パンには新鮮な野菜とターキーを挟んで。ライ麦パンにはスモークドサーモンと玉ねぎのスライス。こちらはレモンとケーパーも挟まれている。
勿論チョコレイトファウンテンも完備。
美味しそうな料理ばかり並んでいるが、一番気になるのはやはり、あのふわふわ。
「ふふ、気になるかしら? あの綿あめみたいなのはアーティファクトよ」
ルシンダがおもちゃを楽しむ子供の様な純粋さでイレギュラーズに語りかける。
定員は二人。大人数で乗ると積載オーバーで綿あめが形を保てなくなるらしい。ルシンダは愛おしそうに綿あめの一つに抱きつき笑顔を向けた。
「空の散歩も出来るのよ」
吹き抜けのフロアを出て、外の庭園や上空でゆったりとした時間を過ごすのも良いだろう。
ただし、邸宅から離れすぎると綿あめが消えてしまうのであまり遠くへは行くことは出来ない。
「大切な人と過ごす時間も必要よね」
プルーは窓から見える青い空を見上げて瞳を閉じる。
常に危険と隣合わせの冒険者だからこそ。明日も隣に相手がいるとは限らない。手の届かぬ場所へふと消えてしまうかもしれないのだ。
そういった過去が彼女もあったのだろうか。プルーの真意は見えないけれど。
「だから……」
このひとときだけは。甘さに浸ってみるのもいいのかもしれない。
- <グラオ・クローネ2018>White Cotton Candy完了
- GM名もみじ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年02月25日 21時30分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
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参加者一覧(50人)
リプレイ
●Banquet
緩やかなピアノの音色と共に宴は幕を開ける。
ホリゾン・ブルーの寒空とは裏腹にルシンダ婦人の邸宅は陽気でどこか朗らかだった。
集まった特異運命座標は思い思いの甘いひとときに心を踊らせながら、広場へと歩を進める。
「この時期にはどこも同じような催しを開くんだな」
黒羽はローストビーフとサンドイッチをお皿に取りながら、街中に溢れるグラオ・クローネの趣きに黒曜石の瞳を細めた。黒羽が手に取ったのはテラローザの色を抱くカカオ・フィズ。一口含めば爽やかで甘酸っぱい響きが舌を転がる。
黒羽が視線を上げた先、目があったのはルーニカだ。ゆっくりと近づいてくる彼女に首を傾げる黒羽。
甘いチョコを用意してきた彼女だったが、誰に渡すか決められなくて。
目を瞑って最初に目があった人に渡そうと心に留めた。それが黒羽であったのだ。
猛烈に突撃してくるルーニカの手にはチョコが握られている。
「はは、道行く君にプレゼント、なんちゃって」
出会いは唐突に訪れるものである。これをきっかけに仲良くなれれば良いとルーニカは笑顔を向けた。
そのやり取りの後ろでは一口ケーキを皿いっぱいに盛っているMashaの姿があった。
「一人……一人です!!」
寂しさを紛らわせる為、次々と口にケーキを頬張れば、意外と美味しいケーキに少しだけ心が和らぐ気がする。
「次です!」
Mashaがおかわりをしにケーキコーナーへ向かうと、リリーがよたよたとお皿にケーキを乗せていた。
「取りましょうか」
「ありがとー!」
元気な声を上げた少女は近くのテーブルにケーキごと運んで貰う。一口ケーキもリリーにとっては一抱えもある大きなご馳走だ。
「いっただっきまーす!」
勢い良く齧りつく。
その微笑ましい様子をグレイはワインを傾けながら見つめていた。
(僕は――)
ずっと昔。大切なものを全て置いて来た自分にとって、あたたかな風情は眺めるぐらいが丁度いい。ワインを一口含んで頬杖を付いた。
ふわふわの白いケープ、黒のうさ耳。ニーソも黒でピンクのリボン。
ミニスカートのワンピースは肌面積が多いだろうか。
普段はその顔を這う火傷の痕も今日は綺麗にしてもらい、Bloodは精一杯のおめかしをしてメテオラを待っている。
「渡、せ……たら、いい……な」
呟く少女が顔を上げるとメテオラの姿が見えた。普段とは全く違う装いのBloodに青年は息を飲む。
「どういうことだブラッド」
ミニスカにふわふわケープにうさ耳とか可愛すぎると頬を染めるメテオラ。
「その……可愛いと思うぞ?」
同じく顔を赤くしたBloodがチョコを差し出す。
「ハッ、ピー……グラ、ウ……ク、ロー……ネ……これ、あげ……る」
君だけへの特別なプレゼントだと呟いた少女に、脳が追いついていないメテオラ。
辛うじて作ってきたミルクチョコのブラウニーを手渡して、ゆっくりと息を吐いた。
「マスター、一番おいしいものをください」
儚く笑うノインはその美貌も相まって、洒落た邸宅に似つかわしい華がある。
けれど、こういう場所は落ち着かないと内心は感じていた。素敵だとは思うのだが、どうも平和的な空間は不得手である。
「ああ、マスターここはお持ち帰りもできますか?」
ここに来た理由。疲れていたのもあるけれど、何より時計塔の主人に美味しいものを食べさせてやりたいから。手土産にチョコレートを――もちろん、とっておきの物。
ノインの愛情表現は繊細なのだろう。
主人の事が大好きだと告げる青年はどこか儚く笑みを浮かべていた。
ノインの後ろをシエラが栗色の髪を揺らし歩いて行く。手にはシャーリー・テンプルを持ってルシンダの元へ。綿あめのアーティファクトを眺めながら誰かと乗れればと、はにかむ少女に婦人は笑みを零した。
シエラは婦人にちょっぴり近づいて小声で言葉を紡ぐ。
「噂で聞いたんですけど、ストロベリーフィールズ家の方と素敵な関係ってほんとですか!」
「あら……ふふ、どうかしらね?」
くすくすと笑い曖昧な答えを返す婦人にシリウス・グリーンの瞳を輝かせてシエラが身を乗り出す。
「恋の秘訣を教えて下さいー! 是非!」
「そうねぇ」
微笑んだ唇はどんな言葉を紡いだのだろうか。
「色々な料理があって勉強になりますワ」
「うむ、余のメイドであるなら余と同等かそれ以上の腕前はみにつけるのであるぞ」
アムルの声に主人であるルクスリアが頷く。
皿の上にはパンに挟んだローストビーフ、一口ケーキとアイスも添えて。
隠し味には何を使っているのだろうとアムルが食みながら確かめる。この味を勉強すれば目の前の主人に美味しい料理が振る舞えるのだから、意欲も湧くというものである。
「ところでリア様お代わりはどうされますか?」
空になった皿を見ながらアルムが聞けばルクスリアは目を細めた。視線の先はアルムの皿。
「余に食べさせる権利をやろうぞ」
尊大に不敵に笑みを浮かべる主人に、仕方がないと肩を竦めるメイド。主人の口元へ甘いチョコケーキを寄せる。
「はイ、あーん?」
「あーんっ」
ホロホロと蕩けるチョコの生地もそうだが、見目麗しい従者に食べさせて貰うのは至福のひと時。
これは礼だと、彼女の頬へ自身の唇を宛てがって――
チョコレートファウンテンにブルートルマリンの瞳を輝かせるジルは、早速マシュマロや苺をコーティングしていた。ぺろりと平らげて次のお菓子に手を伸ばす。
口に含んだ所で隣を見れば同じく無心にチョコを潜らせる絵里の姿が映った。
絵里は後に語る。ジルを一目見た瞬間に察した。彼は戦士であると。
鋭い視線が交差する。次の一手を打ったのはどちらからであろうか。
無言で食べ続ける両者。甲乙付け難い一戦。火花がチリリと弾け合う。
「お嬢さん、良い食べっぷりっすね」
先陣を切るのはジル。咀嚼しながら振り返る絵里。
「僕はジルっす。よかったら、お名前聞いても良いっすか?」
お腹を擦りながら小首を傾げる彼に笑顔で返事をした少女。
「はい、私の名前は絵里って言います。よろしくお願いします!」
オッドアイがジルを見上げる。
激しい戦いの結果は――口にするのは野暮というものだろう。
つぷりとフルーツにフォークを指してクリストローゼの瞳をルシフェルへ向けたレウルィア。
「やっぱり乗ってみたかっただろうか」
ルシフェルの問いに首を横に振る少女。綿あめは気になるけれど、目の前の友人との食事も楽しいから。
綿あめを盗ってこようかと笑う彼。
「だめ、だと思います……です」
代わりに少女は苺指したフォークを差し出す。
レウルィアが使っていたそれをそのまま差し出され目を瞬かせるルシフェル。
間接的で、男女なあれこれ、気になるお年頃。しどろもどろの説明に何かを察した少女。
「あ……衛生面に悪い、ですよね。すみません……です」
「レウルィアに汚いものなんてない!! 驚きの白さに一片の汚れなど! 逆に俺が汚いし!」
苺をフォークから取って口に運ぶルシフェル。汚い所なんて無いと少女は言葉を紡いだ。
「美味しいよ、キミと一緒ならなんでも」
青年は少女を安心させるように美味しいと笑顔を向ける。
「はい、わたしも、同じように思います……です」
儚く表情の緩急に乏しいレウルィアの目が僅かにふわりと細められた。
広場に用意されたバーカウンターでルーキスはガルフストリームのカクテルグラスに口づける。
「折角のタダ酒と食事なんだからのんびりしてればいいのよ」
彼女の隣にはルナールが少し憂いた顔で寄り添っていた。
「……タダ酒はともかく、食事は食べなれたルーキスが作ったヤツがいいな」
ジャックローズを一口。林檎の蒸留酒と柘榴の香りが鼻腔を擽る。自家製のグレナデンシロップというものはひどく手間の掛かる代物だが。これは中々。
「ちょっと疲れてきたー、休憩させて休憩」
ルーキスは彼の背中に凭れ掛かった。広場の賑やかさから離れて誰も居ないテラスへ。
彼女の唇が悪戯っぽく近づいて――
不意打ちの口づけにルナールは目を瞬かせる。
「んーご馳走様。あ、バラすなよ? 他所に騒がれるから」
楽しげなルーキスの顔に文句の一つも言えやしない。踵を返しデザートを取りに歩いて行く彼女の背を見つめるルナール。
「まぁ……」
こういった悪戯好きな所を含めて彼女の全てが好きなのだと、唇にそっと指を置いた。
「巡り合わせのチョコねぇ……」
流石の婦人でもそういった魔法具はまだ見たことが無かったのだろう。
「代わりにこれは如何かしら? 思い出という花言葉を持つ花なの」
シーナが手渡されたのは一輪の白い小さな花と普通の甘いチョコレイト。
小さな花は彼女の肌によく似ていて。これを持ってあの静かな村を訪ねよう。
渡したい相手はこの世にはもう居ないけれど、墓に供えるぐらいは出来るだろう。
「叶うならば、もう一度……」
彼女が大切な人の元に巡り合えることを祈るシーナ。
●White Cotton Candy
ふわり浮かぶ綿あめが中空をゆっくりと登っていく。シェンシーは窓から外へ。一人綿あめに乗って人の居ない空の旅へ。
この無辜なる混沌へ来てからというもの様々な場所へ行き、その情景を刻んできたけれど。
「異世界もここまで来ると言葉もないな」
小さく呟かれた言葉はまるで『誰か』に語りかける様で。
このなアジュール・ブルーの空を一緒に巡れたなら。
広い世界に人一倍憧れていた『あいつ』のことだから。もし、隣に居てくれたならきっとはしゃいでいたのだろう。
「……おぉ、浮いた」
バゲッドにケーキとお菓子を詰め込んで綿あめと共に舞い上がるメランコリアの身体。
『それで、これからどうするのだ』
コルの問いに少女は無言の返答を返す。つまり、確たる目的はなく。
景色がよく見える高度まで上昇しお菓子を食む。空腹が満たされ静かでふかふかの乗り心地。
「素晴らしい……寝よう」
『景色を楽しむという選択肢はないのか?』
コルの的確な問いに平穏な時間があれば良いと目を伏せる少女。
メランコリアが満足であれば、それはそれで構わないかと宿主の思いのままに委ねる。
樹理は綿あめの感触をゆったりと楽しんでいた。
最近は盗賊相手に盾を振り回す日々が続いていたから。たまにはのんびり過ごすのも悪くない。
ころんと綿あめに寝転んで『先生』の事を思い出す。
「元気にしてるといいな」
普段はお菓子なんて食べない先生が、この日だけはホットチョコレートを飲んでくれた。
今年はチョコを用意できないけれど。
いつかまた会えたなら。否、必ず会えると信じているから。
その時は――きっと、届けにいくよ。
「わぁ……!」
屋敷の中を浮かぶ魔法具に愛莉は心踊らせていた。
一人ゆったりとした時間を過ごす為、綿あめに飛び乗る少女。
決してぼっちとかではない。無いのだ。
綿に身を預け空を見上げる愛莉。灰色の王冠の言い伝えを思い返す。
大切な人を想う心が生んだ奇跡。自分も願えばこの世界で出会った人々に感謝を伝えられるのだろうか。
手を伸ばしてみるけれど、掴めるものはすり抜けていく空気のみ。
「帰ったら……皆さんにチョコ、配らないとですね!」
だって、明日も隣に相手が居るとは限らないのだから――
「時にサラよ」
小首を傾げ青い瞳を腰の短剣に向ける少女。その間にも綿あめは屋敷からどんどん遠ざかって行き。
「先ほどから……綿あめの端がどんどん消えているのだが」
ぴたりと静止した綿あめと短剣を交互に見つめる少女。ゆっくりと旋回して屋敷へ引き返す。
「ブローディアの契約者は防御に秀でるとは言うものの」
流石にこの高度から地上へ落ちれば怪我どころでは無いだろう。はらはらと少女の動向をみつつ。
己の刀身にアジュール・ブルーを写し込むブローディア。それは、美しい青い空の情景だった。
「はははっ! なんだこりゃ! ホントに飛んでるぜ! スッゲェな!」
レナードのはしゃぐ声にデイジーが不敵に微笑む。細い指先は綿あめを一摘み、口に入れた。
「……ふむ、甘い」
触れれば優しい感触を返す綿あめ。アーティファクトとは中々面白いと呟く声にレナードが頷く。
綿あめは窓から青く広がる空へ。
「よっしゃあ! どこまで高く行けるかギリギリまで挑戦してみるぜ!」
どんどんと高度を上げていく綿あめ。デイジーは傍らの男にディープ・パープルの瞳を向けた。
「妾はデイジー・クラークじゃ。親しみを込めてディーと呼ぶが良い」
「おう、俺はレナード・バニングスだ。よろしくな!」
異世界から来たという彼にデイジーはグラオ・クローネの事を聞いてみる。
語る言葉に耳を傾け、その情景を想像した。無辜なる混沌とは、また少し違った趣きに自然と少女の顔に笑みが溢れ――
「ほほ~」
婦人のコレクションに目を輝かせるユーリエ。
高いところは不得手なのでこうして邸宅の中を綿あめに乗って探索していた
飾られてある魔法具に目移りしながらそれらの使い方を注意深く探る。一つを手に取り。
「なるほど、このボタンを押せば……!」
大きな音と共に花が舞うアーティファクトだ。――パパパ、パンッ!
「わっ!?」
思っていた以上に大きな音が出て焦る少女。
ユーリエが駆け抜けて行くのを雪は窓の外から見つめていた。
振り返れば広い空が広がって、ゆったりとした時間が流れている。
しかして、不思議なものだと雪は手に触れる綿あめを撫ぜながら思っていた。
「べたつかない……?」
柔らかい感触がするだけで、砂糖菓子特有のベタつきは無い。
そして、口に食めば何故か甘い。香りも甘い。
謎が深まるという事はそこに求めるべき知識があると言うことだが。
「まぁ、今日は」
たまには深く考えない日があっても良いだろう。
そのふかふかの感触に身を委ねているのはノースポールも同じだった。
夢心地で空を行き交う恋人たちを優しく見守っている。
この時期のチョコと同じ、甘くて素敵な彼らを見つめる瞳は憧れを抱いて。
「……誰かに恋をするのって、どんな感覚なのかな?」
胸を締め付ける切ない恋慕。指に触れることさえ気恥ずかしい甘酸っぱい気持ち。狂おしく愛おしい。
人はそれを幸せと言うけれど、そんな気持ちまだ彼女には分からない。
今は、友人と遊ぶ日々に夢中で。漂う心を浮かぶ綿あめに重ねる。
●Sweeter than sweets
エンヴィの細い手を引くのはクラリーチェ。
「あちらをご覧ください」
指をなぞりその先にある綿あめを見つめるエンヴィのアクア・グリーンの瞳。
「雲……いえ、どちらかと言うと綿……かしら? ふわふわしてるわ……」
見たこともない魔法具に乗れるのかと少し不安げな表情を見せるエンヴィ。
安心させるように彼女の手をそっと握るクラリーチェ。
「……さ、お手をどうぞ」
エンヴィが乗りやすい様に手を添えて。
クラリーチェも乗り込めば、まるで白馬に跨る王子様とお姫様の様で。
「ではお姫様。こちらをどうぞ」
ほんのり頬を染めて、はにかむエンヴィにクラリーチェは美味しそうなチョコクッキーを差し出した。
いつもの教会。いつもの風景。そこに彼女の姿を浮かべ。感謝の気持ちを乗せて。
「お姫様を労うためにお招きしたのですよ」
「……それなら」
王子様への返礼は色とりどりの一口ケーキ。チョコクッキーと並べてアジュール・ブルーの空の上。
ふわふわ揺られ二人だけのお茶会が始まる。
中空に浮かぶ綿あめに懐かしさを覚え目を細めたエルメス。この世界に来る前は色々持っていたけれど。
「まあ、まあ……お招き感謝いたしますわ、ルシンダさん」
「あら、ご丁寧にありがとう」
ミディーセラは軽く主人に挨拶をして。エルメスは雲みたいな魔法具に近づいて婦人に尋ねる。
「……食べれたりするのかしら」
「ええ、甘いわよ」
一摘みして二人で食べ合えば自然と笑みが溢れた。
空の散歩は彼女たちにとって珍しいものではない。いつもは箒に乗って気ままに飛んでいる。
「何だか新鮮だわ……誰かと一緒なのもね」
誰かと一緒に過ごす時間も悪くない。
地上で忙しなく動く人影に、世界の吐息を感じて胸をときめかせるエルメス。
ミディーセラはどう感じているのかと横を見れば、微笑みを浮かべていた。
子供みたいにはしゃぐ彼女を、愛らしく素敵だと思っていたのだろう。
ゆったりとした速度で空中散歩は続いていく。
「子供達が喜んで使いそうな物だな」
アレフは綿あめを珍しそうに見つめて隣のアリシスに空を飛んだ事があるのかと問う。
「空を飛ぶ術が存在しましたので、一応は。或いは文明の利器を用いて……ですけれど」
アリシスは一介の貴族が魔法具を所持している事に一抹の不安を覚える。慣れるにはまだ時間が掛かりそうではあるが。
「以前はこうやって空から見下ろした物だ。綺麗な物だな……」
世界法則によって失われたアレフの力。以前は子供達にせがまれて空を飛んでいたけれど。また今度という約束も果たせぬまま、此処に居る。
空から眺める景色が好きだったと零す彼は、今の身を別物の様に感じているのだろうかとアリシスは思い巡らせる。
「君は子供が好きか? アリシス」
「子供ですか。――そうですね、悪いものでは無かったと思います」
子供を育てた事があると言えば彼は驚くだろうか。血を分けた子供では無かったけれど。
アレフと同じ様に抱えて空を飛んだ記憶が瞼の裏に美しい花を咲かせる。
「はぁ……こんな所でお前と綿あめに乗るとはな」
「ふふ、滅多に経験出来るものではありませんから」
ため息を吐くアランに余裕のある笑みを返すルミ。呆れた表情を見せる彼の内心は好奇心に踊っている事を知っているからだ。
さりとて、落ち着いている様に見える彼女でさえ隠し持つ甘いチョコレイトを渡す機会を緊張しながら待っている。
「さてと、ちと上がんぞ。落ちねぇように気ィ付けろよ」
火照る身体には深緑の髪を撫でる冷たい風が心地よい。肩に伸ばされたアランの手に彼を見遣る。
普段ルミが彼に言っている鈍感や朴念仁という言葉のせいだろう。
正直な所モテる男や気障っぽい行動にアランは慣れていない。それなのに。
ぎこちないながらも積極的に触れてくれたアランに微笑みを浮かべるルミ。
回された手は力強く安心出来た。今なら渡せるだろうか。
この日を他の世界では何と呼んでいたか――確か。
「ハッピーバレンタイン」
差し出されるチョコレイトには感謝と愛を込めて。
前々から一緒に空を飛んでみたいと思っていたのだとQZは上機嫌に語る。そのはにかむ笑顔に、まろうも夢のようだと笑みを浮かべた。
「大丈夫?これくらいの高さなら平気?」
高度はかなり上がっていて、先程まで心躍らせていたまろうの表情が硬い。
普段地上の生活をしているまろうにとって、空の上は未知の領域。QZの手を縋る様に握る。
「す、すみません……大丈夫だとは思うのですが、つい……」
「ふふふ。平気だよ、私が傍にいるから」
優しく力強く握り返された指に安心してまろうは地平線の彼方を見上げた。
「ああ、なんて……きれい」
空と地が混ざる境界。出来るだけ同じ風景を目に焼き付けようとQZはまろうに自分の顔を寄せる。
ホリゾン・ブルーの地平。大切な人と共有出来る幸せ。
きっとこれから、何度も今日のこの風景を思い出すだろう。
そして、それを何度も二人で語り合うだろう。
だって同じものを共有した記憶は褪せること無く彩られ続けるのだから。
恋人が喜びそうな魔法具の話を聞いてやって来たのはジェイク。傍らには幻の姿もある。
見るからにご機嫌な幻を見て安堵するジェイク。ここまで来た甲斐があったと言うものだ。
はしゃぐ彼女の身が落ちぬよう、膝の上に固定すれば驚いた顔をして見上げてくる。
「落ちたら危ねえからな。俺が支えるから暴れるんじゃねえぞ」
今度は幻の白い頬が紅く染まっていく。
こんなに密着するのは初めてだから。幻の心臓が早鐘を打つ。
「大丈夫だからな」
握られた手から彼の温もりが伝わって、胸の高鳴りと同時に安心感を幻に与えた。
二人を乗せた綿あめが向かう先は邸宅の庭園。
この時期はパンジーやデンドロビウムが美しい花を咲かせている。庭園の奥には紅い梅の花も見えた。
幻にはこの光景が光り輝く絵画の様な優美なものに見える。それも全て――
「貴方のせい」
彼女の全てを狂わせるジェイク。愛おしい存在。
青年はほんのり桃色に染まる幻の頬に、自分の指をそっと這わせた。
らむねは過ぎ去る風景に感嘆の声を上げた。
「おー、すごい、飛んでますねぇ……」
眼下に見える人影は小さく豆粒のみたいで。ゴミ屑の如くとらむねの世界では有名な台詞を叫ぶ。
「何をおっしゃっております、らむね姫」
不穏な言葉を発するらむねにタマモは眉を寄せて困った顔を作った。
しかして、この状況。二人きり空の上。夢にまで見たシチュエーション。
甘い言葉でらむねを口説く絶好の機会ではないかとタマモは思索に耽る。
「所で……」
らむねはタマモに振り返り、何か話があるのかと問う。
「……」
緊張で真っ白に弾ける思考。言葉が出てこない。
「もしかして、姫に恨みは無いがしねぇー! とか言い出さないですよね!?」
後ずさるらむねに落ちる危険を感じて手を差し出すタマモ。
「押さないでください! 押さないで!! フリじゃない!!」
「押しません! 押しませんから!!」
バタバタと騒ぎ立てる二人は綿あめの中に倒れ込んだ。
「ふぅ、焦りました……」
そんならむねを見つめるタマモ。胸に決意を秘め空を仰ぐ。
「ねーリヴ、乗ってみたくね? ふわふわだよ?」
マリネが新緑の髪を揺らし隣の幼馴染に提案すれば、いつも通りの口調で返事が来る。
「……ん。僕も、乗ってみたい。楽しそう」
「よっし決まり! キレーなおばちゃん、このわたがしひとつ貸して!」
「あらあら、はい。どうぞ」
オリヴァーとマリネを乗せた綿あめはゆっくりと上昇していく。
「なんか変な感じだね、すげー」
ふわふわの触り心地に二人は寝転びアジュール・ブルーの空を見上げた。
地上に広がる景色も普段とは違った趣きで楽しい。
「もこもこ……もこもこ……」
無表情ながらもオリヴァーの目は輝きを帯びている。
自分で飛ばなくても浮かんで居られるのは楽なのだろう。心地よい浮遊感に青年はいつしか夢見心地。
「ねーリヴ、綺麗だね……って寝てるし」
相変わらずマイペースな相棒の頬につんっと触れて。
マリネは暖かくなったオリヴァーの身体に身を寄せた。
「リゲル、折角だし乗ってみないか?」
傍らのポテトが期待を乗せたブライト・ゴールドの瞳で青年を見上げる。
愛くるしい少女にねだられて断れる筈もなく。リゲルは彼女の手を取り綿あめに飛び乗る。
ふわふわ揺れる綿あめは邸宅の上空へ浮かび、周りの景色も程よく見渡せる高度まで昇っていた。
「凄いな……」
普段よりはしゃいで居る彼女を見ていると自分まで心が弾む。勿論、ポテトが落ちないようにさり気なく支えるのも忘れてはいない。
「ふふ」
リゲルの小さな笑い声に振り向いて、自分がはしゃぎすぎてしまった事に気がつく。
「は、済まない」
微かに頬は朱を帯びて。
「いつだってはしゃいでいいんだぞ」
全身で味わう楽しみは、心を許した相手の前でしか出来ないことだから。
しばらく空の旅を楽しんだポテトはリゲルに凭れ掛かり船を漕ぐ。彼女の肩を抱いて愛おしげに呟く。
「昼寝してしまっていいんじゃないか?」
「うん……じゃぁ、ちょっとだけお休み……」
安心した様に全てを委ね、眠りに落ちる少女を青年は優しく抱きとめた。頭を優しく撫で、目を細める。
共に歩む時、世界は華やかに色づき――
ルーミニスに引っ張って来られたクロバの赤いマフラーが風に揺れる。
「落ちないように掴まってもいいわよ?」
悪戯な笑みを浮かべる彼女はぐんぐん上空へと舵を切っていた。屋敷や周辺の建物が小さく模型の様に見えて笑顔を零すルーミニス。
「クロバは何処に行きたいとか、夢とかってないのかしら?」
彼女の問いにクロバは首を振る。
「悪いがオレには夢なんて無い」
彼の心に存在するのは『誰か』と交わした約束。その残滓。
代わりにクロバは赤黒い目で彼女の夢を問う。
「アタシは……伝説とか冒険譚のような事をやるのが夢よ!」
竜と友に。誰も到達し得なかった未踏の地へ。語るは御伽噺の様。けれど、そのダンデライアン・ゴールドの瞳には大志を宿していた。
「分かった」
クロバの中で仄かな灯火が生まれる。
彼女の行く末を、夢が叶う瞬間をこの目で見てみたいと思ったのだ。
夢が無い彼が彼女に出来る出来る事。
「ふふ、達成する時は今日みたく一緒に居られるといいわね!」
この手で彼女の笑顔を護ること。
「”約束”だ、安心しろ。オレは、”死んでも”約束は守る男だからな」
いつかその日が訪れる事を願い――胸に刻む。
ふわふわの綿あめを前に本当に空に行けるのかとマルクは思案していた。しかし、後ろで待っているアンナの為にもここは先に乗ってエスコートするべきであろう。
綿あめの上から手を差し出し、アンナを引き上げる。
さわり心地は優しくなめらかだが、逆にそれが不安を誘う。
「行ける所まで上空に登ってみたいな」
マルクの提案にアンナも頷いた。翼を持つ人々が眺めている風景を見てみたい。そんな好奇心。
「……こんな風に空を散歩する日が来るなんて思わなかったわ」
小さくなっていく邸宅にアンナは弾む声を上げる。
少女の髪を攫う風は冷たい。マルクは用意してあった温かい紅茶をアンナの前に差し出した。
「どうぞ、アンナさん。淹れたてよりは、味が落ちるけど」
いつも通りの執事っぷりを発揮する彼にアンナは微笑みを浮かべ。
こっそり用意したチョコをマルクへと手渡した。
「わ、チョコだ。ありがとう、嬉しいよ」
「……まあ、エスコートのお礼にこれくらいは、ね」
大切な宝物を得たように胸に抱えるマルク。アンナは薄紅色に頬を染める。
綿あめはアジュール・ブルーの空に浮かび、甘いひとときを大切な人と過ごせる時間がゆったりと静かに過ぎていった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
気に入って頂けましたら幸いです。ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。バレンタインですが綿あめ食べたいです。
●目的
甘いひとときを楽しく過ごす。
●行動選択
【A】料理を頂く
○メニュー
軽めのものを中心に置いてあります。
・一口サイズのケーキやアイス
・サンドイッチにローストビーフ
・フルーツやお菓子も充実
・ジュースやカクテル等もあります
【B】綿あめに乗って空の散歩
○館の敷地内、上空など。あまり離れすぎると消えます。
ゆったりとお話したい時に最適。
【C】プレゼントを渡す
○用意したチョコを渡したりします。
ドキドキします。
●書式
一行目:選択肢
二行目:同行キャラのフルネームとID、もしくは【】でかこんだグループ名
三行目以降はプレイングをどうぞ。
書式については強制ではありませんが、書式通りに書いていただくとありがたいです。
●未成年の飲酒喫煙は禁止です。
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