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シナリオ詳細

<終焉のクロニクル>昏き海の果て

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 仄暗い深淵の闇の中、微かに灯るクリスタルの粒子が空間に舞う。
 剣が弾かれる音が聞こえ、荒い息遣いが聞こえた。
 一人の騎士が巨大なクリスタルの前で戦っている。
『聡剣』ディムナ・グレスターは血だらけになりながら目の前の怪物に刃を向けた。
 その背にあるのは巨大なクリスタルだった。
 虹色に反射するクリスタルの中にはジュリエット・フォーサイス(p3p008823)の姿が見える。
 眠り姫のように固いクリスタルの中に封じられていた。
 ディムナの視線の先には『咎の黒眼』オーグロブが座っている。
 終焉獣を椅子にして肩で息をするディムナを見下ろしていた。

 天義国の北『滅堕神殿マダグレス』でヴィーザルの闇神『悪鬼』バロルグを神逐し、オーグロブに痛手を負わせたイレギュラーズは勝利を収めた。されど、オーグロブは去り際に指揮の要であるギルバートを狙い、それを庇ったジュリエットとディムナを闇の領域へと道連れにした。
 ジュリエットはクリスタルの中へ封じられ、ディムナはその前で剣を振っていた。
 オーグロブはディムナを弄んでいるのだ。死なない程度に攻撃と回復を繰り返している。
 それでも、その余興に乗ることが生き残るただ一つの道であった。
 時間を稼ぐことが、ディムナに残された光であったのだ。

「君は僕の親友のお嫁さんなんだ。二人の未来は僕が護らなきゃならない」
 息も絶え絶えにディムナは言葉を紡ぐ。
「それに君が死んだら、僕の好きな人が悲しんでしまうんだ。
 マリアンヌ、君の大切な主は僕が必ず護るよ」
 ジュリエットと一緒にやってきた彼女は、聡明で強く笑顔が素敵なひとだった。

「――輝神フィンよ、どうか我に加護を与えたまえ!」
 大切な人達が、笑顔で居られるように。道を開く力を。
 ディムナは自らが信仰する神に祈る。光輝く魔法陣がディムナの頭上に現れた。
「はははっ! 傑作だ。そのような祈りなど、何処にも届かぬわ!
 だが、こと此処において諦めぬ意志の強さは面白い。我がお前のその願いを叶えてやろう」
 愉悦の笑みを浮かべたオーグロブは指先を上げ、ディムナの魔術陣に手を加える。
 優しい光を帯びていた陣が、赤黒く染まった。
 その魔術陣はディムナの背後にあるクリスタルを覆う。
「なに、を!」
「狂乱と愉悦を、な……」

 ――――
 ――

 希望ヶ浜、燈堂家の地下から繋がる昏き道で、幼児姿の白鋼斬影が眉を寄せる。
 昏き道の奥で蠢く『終焉獣』とその背にある『黒い穴』が見えたからだ。
「……とうとう此方にも繋がってしまいましたか」
 白鋼斬影――キリが眉を寄せて袴を握り締める。

『封呪』無限廻廊は蛇神繰切を封じているものであった。
 しかし、葛城春泥やイレギュラーズが導き出した答えは繰切を封印出来る程の力は無いというもの。
 ――何かを隠しているのだと、春泥は結論づけた。
 その答えが、とうとうやって来てしまった。

「我に依代たり得る力はもう無いのだがな……」
 幼児姿のキリを抱えた『繰切』クロウ・クルァク(p3n000252)は面倒くさそうに溜息を吐く。
 イレギュラーズが『繰切』の神逐を行っていなければ、オーグロブは依代の力を得る為に『燈堂家』へ現れていたのかもしれない。因果を断ち切ったのはあの日、共に戦ってくれたイレギュラーズたちだ。
 繰切は傍らのアーマデル・アル・アマル(p3p008599)へ視線を向ける。
「お主、壺を持って来ているだろう。それを得ようと始祖殿は此処の地下へ穴を開けたのだ」
 アーマデルは抱え込んだ壺をぎゅっと握り締める。
 彼が預かっている壺は元々オーグロブが力を得る為に作ったものなのだという。
 中に溜った毒は有害で、それをクロウ・クルァクは封じていた。
「……すまない」
「いや、謝る事はないよ。他の場所に開く方が困ってしまうからね。ここで良かった。何たって私達は祓い屋なのだから。戦う事には慣れているんだよ」
『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は妖刀を携えアーマデルに微笑む。
 その後ろには燈堂の三妖と門下生の姿があった。

「あの穴は直々の招待なのでしょうね」
 ボディ・ダクレ(p3p008384)は遠くに見える『黒い穴』を見つめる。
 闇の領域へと繋がる抜け道とも言うべきもの。湧き出す終焉獣は各国に開いたワーム・ホールよりは緩やかであった。
「おそらくな。始祖殿のやりそうなことだ。我でもそうするからな」
 繰切は己がそうであるのならば、系譜の祖は同じ考えであるだろうと口の端を上げる。

「明煌さんは、どうする? 左腕本調子じゃないでしょう?」
 暁月は隣の『煌浄殿の主』深道 明煌 (p3n000277)へ視線を向ける。
「ジュリエットちゃんが、行方不明なんやろ? 心配やし」
 彼女がオーグロブに攫われたという情報は明煌たちにも届いていた。
「おや、ジュリエットちゃんと仲良しなんだ」
「真珠が懐いてた。だから、ジュリエットちゃんは友達、やし」
 明煌が心を許した者にしか懐かない白灯の蝶がジュリエットには懐いていた。
 友達を助けるのに理由など要らない。それに明煌達には心強い仲間がいる。
「ジェックちゃんも……」
「もちろん、行くよ」
 ジェック・アーロン(p3p004755)の言葉に、明煌は「ありがと」と応える。
「龍成は行くのですか?」
 ボディの言葉に『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は頷いた。
「ああ、お前が行くなら一緒、だろ?」
 闇の領域は何が起るか分からない。それでも共に行きたいと龍成はボディに告げる。
「行きましょう。僕達でも何か出来ることがあるはずです」
『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)はニル(p3p009185)の手を掴んだ。
 ニルの左手の薬指にはベスビアナイトがあしらわれた指輪が光る。テアドールの指にはシトリンが煌めいていた。お互いを守る絆の輝きだ。

 暁月は『掃除屋』燈堂 廻 (p3n000160)へと振り返る。
「廻はどうしたい?」
「僕、明煌さんと暁月さんと一緒に世界をみて回りたいです!」
 けれど、まだこの世界は危機に瀕している。自分だけが安全な場所で居るわけにはいかない。
「僕はこの命をみんなに救ってもらいました。今度は僕が皆の力になりたい!」
 力強い廻の声に暁月は「分かった」と頷く。彼の命は何があっても護り抜くのだと暁月は誓った。

 明煌は振り返り自分の元へ集まった煌浄殿の呪物たちを見遣る。
 右手を上げて、その力を示すように言霊を込めた。
「シジュウ、コウゲツ、セイヤ、他のみんなも頼んだぞ――これは『命令』だ。絶対に外へ出すな」
 燈堂家の地下から終焉獣を出してはならない。
 呪物達に下された『命令』は絶対的な強制力を持つ。
「仰せのままに――」
 傅いた呪物達は『楽しげに』終焉獣へと走り出した。


 地下の境界の向こう側、黒い穴を抜けたその先は『闇の領域』である。
 終焉獣を退け、地面と呼べるものを辿っていた一行は、目の前に広がる黒い海に行く手を阻まれていた。
「これは……海か?」
 恋屍・愛無(p3p007296)は水面に指先を着けて舐め取る。
 塩の味はしない。けれど、奇妙な味があった。
「これ以上進めない? 泳げばいけるでしょうか?」
 ニルの問いにテアドールは考え込む。何処に続くか分からないものを泳ぎ続けることは難しい。
「どうしましょう」
 廻が地面に手をついて水面を覗き込む。

 その瞬間、強い風が吹いた。
「――前へ進むことを諦めるな!!」
 風と共に漆黒の翼を広げ、現れたのは『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)だ。
 同時にギギギと木の鳴る音が聞こえ、波をかき分ける船が現れる。
 その船体には終焉獣が取り憑いていた。
「こんなとこで止まってる場合じゃねえだろ!」
 甲板へ上がろうとする終焉獣を銃で撃ち落とすのは『赤髭王』バルバロッサ(p3n000137)とその右腕であるローレンスである。
 遮那は船の周りに蠢く終焉獣を刀で切り裂いた。しかし、見逃した一匹が船上に飛び乗る。
 そこへ、待ち構えて居た鹿ノ子(p3p007279)が終焉獣を白く美しい刀で両断した。
「助かるぞ鹿ノ子」
「任せてください! 遮那さん!」
 鹿ノ子の元へ降り立った遮那は、琥珀の瞳を細め彼女の頼もしさを実感する。

 粗方敵を倒したバルバロッサは船を岸へと寄せた。
「バルバロッサさん!」
「おう、久し振りだな! 廻よぉ! あー、前より痩せたんじゃねえのか? ちゃんとくってんのか!?」
 明煌に抱えられ甲板へと降ろして貰った廻はバルバロッサの元へ駆け寄る。
 筋肉隆々の海賊であるバルバロッサは身体の弱い廻の憧れであった。

 波をかき分け娘の名を冠したアルセリア号は力強く進む。
「うおおおおおおお!」
 遠くから聞こえてくるのは何者かの雄叫びだった。
 徐々に近づいてくるそれは終焉獣を蹴散らしならがら水面を走ってくる。
「とう!」
 水面から飛び上がった『黒顎拳士』アンドリュー・アームストロング(p3n000213)が着地したのは、飛行型のゴーレムの背中だった。
 フローライトアミーカとクロスクランチの二体のゴーレムの背には『レビカナンの精霊』マイヤ・セニア(p3n000285)とルーファウス、モアサナイトが乗っていた。彼らを追いかけるように星の城の兵士達も飛行型ゴーレムに搭乗している。
「アルヤン! いまよ!」
「わかったっす!!」
 マイヤの隣にいたアルヤン 不連続面(p3p009220)はゴーレムの背から終焉獣を撃ち貫く。

 アルセリア号の左方から向かってくるのは海賊船だ。
 北の海を制するノルダインの船。顔を見せたのは『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン(p3n000305)と『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)だった。
 アルエットの隣には鶫 四音(p3p000375)が寄り添い、優しい微笑みを浮かべる。
 ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)はアルエット達が海へ落ちぬよう後ろから見守っていた。
 ベルノ達の船には『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)の姿も見える。
 ギルバートは思い詰めた表情で進路を向いていた。
「此処に来て落ち込んでしまうようなら、殴っていたところだ」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はギルバートの肩に手を置く。
「まさか。俺はジュリエットとディムナを信じている。二人は必ず生きていると」
 ギルバートの瞳に昏い悲しみはない。ただ、オーグロブへの怒りが見て取れた。
「メソメソと落ち込んでいやがるよりは、よっぽどマシな顔だ。それでいい」
 ルカ・ガンビーノ(p3p007268)はギルバートの背を叩いて激励する。
 以前のギルバートであれば深く傷付き心を閉ざしていたかもしれない。
 リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)は「よかった」と胸を撫で下ろす。
 ギルバートは大丈夫であろう。次に懸念すべきは『雷神』ルー、『月と狩りと獣の女神』ユーディアのことだ。彼らはオーグロブの影響を受けやすい。されど、貴重な戦力でもあった。
 それにアルセリア号から飛び乗ってきた繰切と幼児姿の白鋼斬影の事も気掛かりである。
「久しいな。我が子らよ」
「お父様!」
 繰切へと抱きつくユーディアと、気まずそうなルーにヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は緊張した面持ちで見守る。親子の再会というのは何が起ってもおかしくない。身に覚えがあるとヨハンナは自身の経験に思い馳せる。
 ルーは眉を顰める。久方ぶりの父は、光神の力を持ってすれば吹き飛ぶような弱さになっていたからだ。
「神逐されたというのは本当らしいな父よ。それで神が名乗れるのか?」
「ああ、別に神を名乗らなくとも我は我であるからな。共に在りたいと願う者も居る。それで構わないと思っているぞ」
 腕に抱いている白鋼斬影を愛おしそうに持ち上げる繰切。
「ああ、そうだ。ルーよ、お前の『祖父』は執念深く、簡単にくたばるような男では無い。まあ、だからこそ『封印』を選んだのだろうからな。バロルグはお前の血の中にも居るぞ」
「……」
 ルーは忌々しげに顔を顰める。闇神たるバロルグの気配は完全に失われてはいない。
 消滅する訳がないと光神たるルーが一番よく分かっている。感じるのはオーグロブへの怒りだ。
 何が起きてもおかしくはないだろう。

 ――ギルバートさん、ギルバートさん。
 遠く愛しき人の声が聞こえる。ギルバートは当たりを見渡し声が聞こえる方へ視線を上げた。
 闇の領域の中儚く揺らぐ虹色の光。
 それが誰なのか、ギルバートには一瞬で分かった。
 虹色の光を優しく包み込むギルバート。
「ジュリエット……!」
 愛しき人の名を呼ぶギルバートの元へルーがやってくる。
「この娘は魂だけの存在になっている。仮死状態と言えば分かりやすいか? はやく肉体を取り戻さないと完全なる死を迎えるぞ」
「そんな……! どうにかならないのですか雷神ルーよ」
 焦るギルバートへ「落ち着け」と返すルー。
「一時的に魂にカタチを与える。だが、気を付けろ。肉体が滅べば魂も砕け散る。魂が灰となれば肉体もやがて腐りゆく……まあ、オーグロブを倒す事が出来なければどのみち全滅だがな」
 虹色の光が集束し人の形を取る。光の中から現れたジュリエットを抱きしめるギルバート。
「ジュリエット……!」
「ギルバートさん」
 束の間の抱擁を追えたジュリエットは顔を上げてギルバートの腕を掴む。
「ギルバートさん聞いて下さい、ディムナさんが危ないのです。私の肉体が封じられているクリスタルを守る為にオーグロブと戦っています。早く助けてあげてください」
 一瞬で決着がつくものをオーグロブは暇つぶしとしてディムナを弄んでいるというのだ。

「……前方に巨大な終焉獣を発見しました!」
 一斉に進行方向を向いたイレギュラーズは巨大な終焉獣の姿を見つける。
 その終焉獣の奥には同じように巨大な門が見えた。
「あの奥がおそらくオーグロブが居る場所だろうな」
『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)は終焉獣と巨大な門を注視する。
 巨大な終焉獣だけではない。無数の小さな終焉獣がイレギュラーズ達に向かってきていた。
「このままじゃ囲まれるぞ」
 ロニの声に「ガハハハハッ!」と笑い声を上げたのはバルバロッサだ。
「上等だ! 野郎共、準備はいいか!」
「ぅおおおォォォ――ッ!!
 雄叫びを上げた海賊達は迫り来る終焉獣の群れを迎え撃つ。
 群れを前進し、巨大な終焉獣の元まで船を走らせる。
 それが自分達の役目であるとバルバロッサたちは叫んだ。
 アンドリューが拳一つで終焉獣の群れへと突撃すれば、援護するようにマイヤが光の階段を走らせた。
 ルーファウスは紅き焔を敵の軍勢を焼き払い、モアサナイトは光の加護で仲間を癒す。
 星の城の兵士たちは強い連携で終焉獣と戦っていた。

「先に、行け――!!」
 ベルノの声が響き渡る。黒い海が終わり船を降りた一行は次々に現れる終焉獣と対峙していた。
 自分を庇い、怪我を追ったベルノへアルエットは駆け寄る。
「いいから、お前は先に行け! カナリー!」
 足を止めるなと『父』は言うのだ。
 娘であるアルエットに生きていてほしいから。勝利を得てほしいから。
 今の状況では、勝利しなければどのみち全滅だ。
 ならば、先に進めとベルノは叫ぶ。
「わかったわ! 行ってくる! だから、待っててねパパ!」
 翼を広げたアルエットの背をベルノは見遣り、頼もしくなったと口角を上げた。

 仄暗い闇の領域に一筋の閃光が駆け抜ける。
 それは巨大な終焉獣の胴を貫き、溶解させた。
「……ったく、人間ってすぐ無茶するよね。嫌になる。ねえ、小さなキラキラ。死んでない? ついでにお尻狙ってきたやつも」
 巨大な羽ばたきと共に舞い降りたのは『白翼竜』フェザークレス(p3n000328)だ。
 ニルとアーマデルに長い首を向けて大丈夫そうだと溜息を吐く。
「押さえとくから、お前達は先に行って。戦う方が分かりやすいからね」
「フェザークレス様。ありがとうございます」
 テアドールの手を取ったニルは迂回しながら門を目指した。

 巨大な終焉獣を目の前に『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)は息を吸い込む。
 深呼吸をして青い瞳を目の前の強敵に向けた。
「道を開きます!」
 手にしているグランヴィル家に伝わる聖剣『ランジール』を起点に魔法陣を描くティナリス。
 聖剣が輝きその剣尖が巨大な終焉獣に向く。
「それは代々伝わる家宝じゃないのか!?」
 目を見開いたロニが問えば、ティナリスは「構いません」と返す。
「グランヴィル家に伝わる聖剣、それに連なる聖遺物。今使わず、いつ使うのです!!」
 ティナリスの魔法陣から出現した剣や槍が周りの地面に突き刺さる。
 それを引き抜いたティナリスは目の前に立ちはだかる巨大な終焉獣に照準を合わせた。

「神聖、砲撃――グランヴィルグレイス!!!!」

 言い放ったティナリスの傍で聖遺物が塩に変わる。その度に巨大な終焉獣が押され後退する。
 一撃放つ毎に、聖遺物は塩と化した。それでも前へ進めと咆哮する。
 水天宮 妙見子(p3p010644)は眩い砲撃に目を奪われた。
 誰しもが、懸命に生きようとしている。戦っている。自分も何かしなければならないと奮い立った。


 仲間の奮闘に押され、巨大な門の前まで辿り着いた一行。
 閉ざされた門に明煌は拳を叩きつける。微動だにしない門は力で押しても意味の無いものだのだろう。
「明煌さん、暁月さん……僕も皆の力になりたい。
 助けてもらってばかりだから、今度は僕が皆の力になりたいんです」
 廻はアーマデルの持つ残穢の毒壺に手を翳す。
 この壺は巨大な門を開ける鍵だ。オーグロブはこの中の毒を欲している。
「今の僕ならこの毒を飲むことが出来るでしょう? キリ様」
「はい。神の杯となった貴方なら、問題無く飲み干せるでしょう。壺を殻にすれば、それは皆を守る力となります。アーマデルさん、繰切の巫女である貴方にその力を託します」
「承知した」
 こくりと頷いたアーマデルは廻へ壺を手渡した。
 廻は蓋を開け中の毒を飲み干す。毒が無くなった壺は、沢山の人々の祈りが集束した聖遺物だ。
 毒を内包した廻が巨大な門に手を置けば、地響きと共に動く。

 開かれた大きな扉の向こう側、紅い焔が真っ黒な空間に浮かび上がった。
 ガシャンと剣が落ちる音が響き渡る。ディムナがオーグロブの攻撃を受け、その場に倒れ込んだ。
 血塗れのディムナの向こうには、クリスタルに封じられたジュリエットが見える。
「ああ、ようやく来たか。待ちくたびれたぞ……」
 ディムナを掴み上げて宙へ放り投げるオーグロブ。血を撒きながらディムナは宙を舞う。
 彼を受け止めたのはベネディクトだ。その瞳には強い怒りが滲む。
 ディムナは瀕死の重傷であった、今すぐ回復を施さなければすぐに死んでしまうだろう。
 それでもディムナは『生きよう』と必死に抗っていた。
 虚ろな瞳でディムナは言葉を発する。
 ――魔眼に気を付けろ、と。
 息も絶え絶えに聡剣の騎士は告げた。

「――オーグロブ、貴様は絶対に許さない!」
 叫ぶようにギルバートが剣を抜いた。
 オーグロブの顔が愉悦に歪む。

 昏き城で、最後の戦いが始まった――

GMコメント

 もみじです。オーグロブとの最終決戦です。
 長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
 悔いの無いように、思いをぶつけましょう!

●目的
・オーグロブの撃破

●ロケーション
 闇の領域にあるオーグロブの城です。
 真っ黒な空間に紅い焔が浮かんでいます。

●敵
○『咎の黒眼』オーグロブ
 岩のような肌と逞しい肉体を持つBad End 8のひとりです。
 封じられし悪逆。咎の壺。世界を愛し、世界を憎む、暴虐の獣。
 長い年月を掛け、各地に己が復活する為の依代を造り上げていました。

 神々の系譜、その祖。
 オーグロブの血毒から闇神『悪鬼』バロルグが生まれ、バロルグから『蛇神』クロウ・クルァクが、クロウ・クルァクから『雷神』ルーと『月と狩りと獣の女神』ユーディア、白銀と灰斗が生じました。

 ファウ・レムルの街で復活を遂げ、天義の北『滅堕神殿』マダグレスに居ましたが闇の領域に逃げました。 前回の戦闘で片腕を失っており、バロルグや人間の魂も吸収出来なかったので万全の態勢ではありません。 倒すとしたら今が絶好のチャンスです。

 しかし、強さは凄まじいです。
 油断は禁物ですのでお気を付けください。

●NPC
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 イレギュラーズにとても友好的です。

○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
 ベルノの養子であり、トビアスの妹。
 母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
 本当のアルエットの代わりにその名を借りています。
 彼女は戦乙女です。前線で剣を持って戦います。

○『雷神』ルー、『月と狩りと獣の女神』ユーディア
 悪鬼バロルグの血を受け継いだ大精霊の兄妹です。
 彼らの父神クロウ・クルァクは祓い屋の繰切と大体同一です。
 つまり、バロルグの孫、オーグロブの曾孫です。
 彼らにもオーグロブの悪影響が少なからず出ています。
 非常に優秀な戦力ですが、オーグロブに吸収されてしまう危険があります。
 ですが、此処でオーグロブを討たねばと参戦します。

 ルーは己の中に流れる『バロルグ』の血を強く感じています。
 バロルグのオーグロブへの怒りに満ちた執念深い気配を感じます。

○ヴィーザル地方の戦士たち×20
 ヘルムスデリーやサヴィルウスから戦える者が20人ほど参戦しています。
 騎士語りに出て来た人々です。

○残穢の毒壺
 ハージェスでアーマデルさんがクロウ・クルァクから貰った残穢の毒壺。
 廻が毒を飲み、その悪影響を抑えています。
 壺自体に強い力があります。使えば仲間を守る加護となるでしょう。

○遊色のクリスタル
 美しく輝くクリスタルです。中にはジュリエットさんが封じられています。
 オーグロブを倒す事で解き放つことが出来ます。

○その他のNPC
 途中の戦場で戦っているNPCも追いかけてきます。
 大切なNPCと最終決戦を戦い抜きましょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●『パンドラ』の加護
 このフィールドでは『イクリプス全身』の姿にキャラクターが変化することが可能です。
 影の領域内部に存在するだけでPC当人の『パンドラ』は消費されていきますが、敵に対抗するための非常に強力な力を得ることが可能です。

  • <終焉のクロニクル>昏き海の果て完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2024年04月26日 22時10分
  • 参加人数20/20人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
アルヤン 不連続面(p3p009220)
未来を結ぶ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

サポートNPC一覧(16人)

アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
バルバロッサ(p3n000137)
赤髭王
燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
天香・遮那(p3n000179)
琥珀薫風
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
翠迅の騎士
アンドリュー・アームストロング(p3n000213)
黒顎拳士
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔
テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
繰切(p3n000252)
蛇神
深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主
マイヤ・セニア(p3n000285)
レビカナンの精霊
ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
青の尖晶
ベルノ・シグバルソン(p3n000305)
獰猛なる獣
ロニ・スタークラフト(p3n000317)
星の弾丸
フェザークレス(p3n000328)
白翼竜

リプレイ


 揺蕩う昏き霧が足下を駆け抜ければ、毒を孕んだ邪悪な気配が首を擡げる。
 開かれた巨大な扉の中、広大な空間を囲む紅い焔がイレギュラーズの瞳に映り込んだ。
『聡剣』ディムナ・グレスターを宙に投げた『咎の黒眼』オーグロブは、右往左往する人々を見下ろす。
 それはまるで箱庭を眺める上位存在の眼差しだ。
 イレギュラーズを対等だとは思っていない者の目。冷たく、蔑むような視線だ。

「ディムナさん……っ!」
 心痛な表情を浮かべディムナへと駆け寄る『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は彼の手をしっかりと握りしめる。自分を守る為にディムナは瀕死の重傷を負っていた。生きて居たのはオーグロブの気まぐれでしかない。
「知って居ますか? マリアンヌはしっかりしているけれど、寂しがりなんですよ……」
 血だらけのディムナにジュリエットは声を掛け続ける。
 意識を手放してしまえば、そのまま死んでしまうかもしれないからだ。
「死なないで下さい、きっとマリアンヌも貴方の帰りを待っていると思います。必ず帰りましょう」
「あ、ぁ……よか、た」
 霞んだ視界にジュリエットの姿を見つけ、ディムナは安堵する。
「ここまで頑張った君を、絶対に死なせないから……!」
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はディムナを癒やしの光で包み込んだ。
 祝音の強力な回復でディムナの血は止まり傷口が再生する。
 ディムナの顔に血の気が戻るのを見て祝音はほっと胸を撫で下ろした。
 ヘルムスデリーの騎士『氷獅』ヴィルヘルム・ヴァイスは祝音たちからディムナを引き受け、入口の扉の傍へ寝かせる。その隣には辛うじて立って居る『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の姿があった。
『約束の力』メイメイ・ルー(p3p004460)が心配そうな顔で『弟分』を支える。
「めぇ……廻さまにしか出来ない事、とはいえ……もう、また心配になってしまうじゃないです、か」
「ごめんなさい。でも、皆と一緒に頑張らなくちゃって思ったんです」
 オーグロブが毒で満たされた廻のことを狙う可能性は十分ある。
 警戒すべきだとメイメイは廻の手を握る。
「ですから、わたしは廻さまを守ります。良いです、ね?」
 姉のようなメイメイの頼もしい声に廻は「はい!」と元気よく返事をした。
「オーグロブさまの力は、世界のあちらこちらに根を広げ、繋がっていたのです、ね」
 ヴィーザルの闇神『悪鬼』バロルグ、ハージェスの遺跡に封じられていた残穢の毒壺、燈堂の地下に奉じられていた『蛇神』繰切、果てはプーレルジールの暗黒卿にまでその魔の手は及んでいた。
 広く広く伸ばされた手。
「……それはわたし達も、同じ。繋がったから、此処に居るのです。
 この愛すべき世界を、好き勝手にはさせません……!」
 メイメイは決意を持って声を張り上げる。
「神代は過ぎ、もはやヒトの時代」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が蛇腹剣を抜いて、玉座へと座るオーグロブへ視線を上げた。イレギュラーズが滾らせる思いを楽しむように、オーグロブの口が歪む。
 アーマデルはその纏わり付くような視線を肌で感じ背筋を震わせた。
「ヒトをモノとしか思わないロートルにでかい面されるのも、これきりにしたいものだな……」
 ライアン・ロブルス、『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)、『白翼竜』フェザークレス(p3n000328)へ振り向いたアーマデルは無事に戻ると強い意志を示す。
「出会いと別れ……はあまりなかったが。撚り合わせた糸のうち、最後のこの場に立ち会うのがイシュミル、あんたか。あれが霊喰らいでなければ……」
『冬夜の裔』──師兄に頼ったかもしれないとアーマデルはイシュミルへと顔を向けた。
「いつまでも師に頼らず、ひとりで立て」という巡りなのかもしれないとアーマデルは意を固める。
「あんたは廻殿達と共に在って、回復などの後方援護を頼む」
 イシュミルはアーマデルへ「わかった」と頷いた。
「……故郷で魔眼を持ち、神霊含む生物の構造に詳しいあんたなら、オーグロブの魔眼について何か気づいたことがあれば警告してくれるか」
「ああ、何かあれば知らせるよ。けれど、あれは相当に危険なものだから気を付けて」

「私個人としてはアルエットさんに危険なことをして欲しくはないんですが」
『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)の手を握った『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は赤い瞳を細める。
「まあ事ここに及んではそうも言っていられませんね」
 何よりアルエットの勇ましい心の輝きを傍で見たいと思うのだ。
「……ここが正念場ってな。ありったけをアイツらにぶつけてやるぜ!!」
 アルエット達の後ろでは『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)が声を張る。
 振り向いたアルエットにジェラルドは歯を見せて笑った。
 オーグロブに一矢報いる為、彼女達を守る為、ジェラルドは大剣を構える。
「神は人に『そう在れかし』と望まれ、そう振る舞う。少なくとも俺が邂逅した神々はそうだった。
 ──オーグロブ、お前はどうなンだろな? 神々の系譜の始祖よ」
 この世界の神の在り方を『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は知っていた。
 信仰による力とその願いを叶えんとする神の在り方。人が居なければ神もまた存在しえないのだというのならば。始祖たるオーグロブは人の滅びと共に消えゆくのだろうか。
 ぐっと握った拳をオーグロブへと突き出す『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。
「オレはお前をぶん殴るよ! 実力差がある相手を倒さずに生殺しにするなんて戦士のカザカミには当然としてカザシモにだって置いておけないね!」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は玉座に座るオーグロブへ視線を上げる。
「アレが『大元』か──流石に、強大な圧を感じる。中々に戦い甲斐がありそうだ。
 そう思わないか? 繰切よ」
「始祖殿を見て戦い甲斐があると言ってのけるお主の気の強さには感心するぞ。
 だが、まあ戦わずして勝つことなど有り得ぬからなぁ。存分に暴れるが良いぞ」
 退く事など出来ぬ戦いが始まろうというのだ。汰磨羈ほどの剛毅な心が無ければ乗り越えられぬというものだろう。
『想光を紡ぐ』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)は仲間から迸る覚悟を感じ取る。
 紛れもなく、これは終わりの戦いなのだ。
「どうか皆様におかれましては思いの丈を全てぶつけられますように。
 わたくしは、その想いを抱く全ての人ために微力ながらお力添え致すものです」
 群青の尾を揺らし『瑠璃星の煌めき』水天宮 妙見子(p3p010644)は顔を上げた。
 視線の先、神々の祖……オーグロブを見遣る。
 神としてそうあれと望まれてしまったが故にオーグロブはこのようになってしまったのか。
 同じ『神』として同情すら感じてしまうと妙見子は瞳を揺らす。
「……しかし、私は人の子のために戦うことを選んだ身です」
 妙見子の隣には『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)の姿があった。
 自分に出来る事はティナリス達の未来を、護って、紡いで、語り継ぐこと。
「さあ、行きましょうティナリス様」
 彼女達の此からの旅路に光がもたらされんことを祈るのだ。
『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)も、自分達が繋いだ道があったことを感じていた。
 紡いだ絆、救った過去と未来。其れ等が後押ししてくれるように、ここに形を成した。
「その結末は大団円じゃないとね。さあ、いこうか、明煌。最後の戦いを始めに」
「うん、行こう」
 ジェックの傍には『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)が並び立つ。

『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)はヒリつく空気に息を飲んだ。
 特異運命座標の戦いとはこれ程までに過酷であるのだと身に染みるようであった。
 己自身が運命を帯びていない身なれど、此処に立って居られるのは『琥珀のとなり』鹿ノ子(p3p007279)のお陰であるのだろう。今でも神々の始祖たるオーグロブの前に立っているだけで折れそうになる。弱さを実感する。
「行きましょう、遮那さん!」
 されど、力強い鹿ノ子の声が遮那の昏い気持ちを吹き飛ばした。
 鮮烈なる花火のような彼女に、幾度助けられただろう。
 差し伸べられた手をぎゅっと握り締めた遮那は「応!」と返す。
 その背には使い魔の望が飛び乗った。
「さぁ、最終決戦ですよ望くん! 行きましょう!」
 鹿ノ子は使い魔をわしゃわしゃと撫でくりまわす。
「望くんは、戦場を駆けることになるやも知れませんが、危なくなった場合は逃げてくださいね!
 そして遮那さんが酷いダメージを負ったときは遮那さんを連れて逃げてください!
 頼みましたよ、坊くん!」
 鹿ノ子の言葉に使い魔はキリリとした表情で頷いた。
「粘液やら魔眼やら、ますますキャラが被ってる! なんて奴だ! ぼっこぼこにしてやる!」
 一頻り吠えた『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は入口に集まっているディムナ達を見遣った。
 ディムナが気を失う直前に伝えたオーグロブの魔眼の情報は、愛無達にとって有意なものであるだろう。
 複数の能力を兼ね備えている前提で動いた方がいいと愛無は仲間達に知らせる。
「『余興』にしろ彼が生きている事、そして奴の特徴的な無数の目。単に虚仮脅しの技のみという事はあるまい。そう思うだろう? しゅう君」
 愛無は自身に憑いている夜妖(むすこ)の名を呼んだ。
「そうだね。愛無の見立ては間違ってないと思う。あれだけ目がついてるんだもの。何かあって然るべきだよね。怪物というものは名がそのまま力となることが多いんだ」
 獏馬であれば夢を駆ける馬であるように。
「……よし。平常運転だな。相手が神代の魔種だろうと関係ない。為すべき事を為す」

『願い紡ぎ』ニル(p3p009185)はオーグロブに見覚えがあった。
 プーレルジールで『暗黒卿』オルキットを貶めていた腕がオーグロブのものであったからだ。
 オルキットを侵食しジュエリアを黒い水晶に変えた元凶である。
「今も『かなしい』ことをたくさんしているひと。ニルは、ゆるせません!」
『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)と繋いだ手をぎゅっと握り絞めるニル。
「テアドールがまもってくれるからニルは前に進めます。
 テアドールが傷つかないよう、ニルもテアドールをまもります」
「はい。一緒にいきましょう」
 二人で居ればどんな苦難だって乗り越えていけるはずだから。
 繰切達、神々の始祖たるオーグロブを『アイのカタチ』ボディ・ダクレ(p3p008384)は見据える。
 オーグロブから感じる悍ましいほどの圧は神威と呼ぶべきなのだろう。
 されど、とボディは首を振った。
「龍成、貴方がいるなら、私は無敵です」
 隣にいる『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)が居てくれるのならば、自分はどこまでだって強くなれる。
「それは頼もしいぜ。なら、絶対に生きて帰るぞ」
 二人だけの時間はまだまだこれからなのだ。未来を勝ち取る為に戦わねばならないと此処に居る全員が強く願っていた。

「成程、まるで地獄の再現の様な光景だ」
 夥しい終焉獣を掻き分けオーグロブの居城へ至った『戦輝刃』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は、その道程と目の前の光景を地獄であると称した。
 自分達は此より神を討ち、勝利しなければならない。ならば。
「──臆するな、戦友達よ」
 ベネディクトの声にヘルムスデリーの騎士達は顔を上げる。
「真に負けられぬ戦いだ、それ故に覚悟と共に足を踏み入れよう。
 我らが負ければ家族が、友が、無辜の民達が、世界が蹂躙されよう」
 親や家族、子供達に恋人。騎士達の胸に大切な人々の顔が浮かび上がった。同時に彼らが無残に殺される姿が脳裏に過る。騎士達はぐっと唇を噛みしめた。
「だが、その様な事は決して俺達が許しはしない。
 特異運命座標の名の下に、神を倒し、絶望を退け、希望を皆と共に仰ぐ事を此処に誓おう!」
「おおぉぉ!!」
 自分達を鼓舞するベネディクトの声に応えるように意志を固める騎士達。
 ベネディクトは横たわるディムナの傍に膝を付いた。
「ディムナ、屈せず最後まで良く戦ってくれた──後は俺達に任せておけ」
 固く閉じられた瞼が僅かに開き、像を結ばないもののディムナはベネディクトを見遣る。
 小さく開かれた唇が辛うじて「頼む」と動いた。
『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)は怒りに瞳を赤く染める『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)の隣に立った。
 親友を瀕死の重傷に貶められたギルバートの怒りは尤もだろう。されど、やはり怒りと憎しみを以てオーグロブに相対するのは悪手のようなきがするのだ。それでも、ギルバートの心を抑えることは難しい。
 リースリットはギルバートの歯止めにならんと並び立つ。
「……ギルバートさん、援護致します。単騎での突出は、なさらないでください」
 自身の怒りを鎮めるように大きく息を吐いたギルバートはリースリットに振り返った。
 その背を『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が強く叩く。
「いい加減神様って奴にはウンザリだ。今神経尖ってるのはギルバートだが俺も他人事じゃねえ」
 神々の系譜、その始祖たる神を討とうというのだ。其れだけでは無い、世界の運命をもねじ伏せようというのだ。こんな所でつまずいている訳にはいかなかった。
 ルカはヴィーザルの戦士達へ向き直り、自分に続けと合図を送る。
 無駄死にすることが目的ではない。生き残り、後へ繋ぐことが重要なのだ。
「行くぜギルバート。カミサマ気取りの馬鹿野郎に目に物見せてやるぞ!」
「ああ!」
 イレギュラーズの雄叫びにオーグロブは口の端を上げた。


 世界が終わりを迎えようとしている。
 そんな荒唐無稽な未来など許される筈も無い。
『未来を結ぶ』アルヤン 不連続面(p3p009220)はコードの先を『レビカナンの精霊』マイヤ・セニア(p3n000285)の身体に巻き付ける。
 まだ、マイヤとやりたいことが沢山あるのだ。これからは色々な場所に行ってみたいと願ったマイヤのためにも全身全霊を掛けてオーグロブを止めなければならない。
「マイヤ、自分の後ろに。マイヤは自分が守るっすから」
 アルヤンがマイヤを守るなら、同じようにその背を預けてほしい。
「自分一人で背負うだなんて殊勝なこと、自分できないっすから。自分はマイヤと一緒に戦いたいっす。じゃあ行くっすよ! 二人で!」
「ええ! 二人で一緒にいきましょう!」
 光の架け橋が戦場を突抜ける。それに乗ってアルヤンが先んじて前に出た。
 本当は一体一で手合わせしてみたい所ではあるが、そうも言っていられないのは理解している。
 だから、アルヤンは仲間へと繋ぐ一撃を解き放った。
「アルヤン 不連続面、推して参るっす」
 静かな声が戦場に響くのと同時にヨハンナとアーマデルが追従する。
 ヨハンナの瞳が色を増す。オーグロブの魔眼は危険なものであるとディムナが伝えてくれた。
 ならば、それを解析することがきっと戦闘の鍵になると踏んだのだ。
「神を理解するってのは、難しいンだがな」
 繰切を読み解こうとした仲間が侵食を受けたことがある。
 その始祖たるオーグロブでは、如何ほどのダメージを負うか計り知れない。
 されど、ヨハンナは動じることはなかった。此処で命を張らねば未来はないのだから。
 ヨハンナの瞳に映る色彩はオーグロブの異様なオーラであった。
 一度の解析では魔眼の特性を朧気にしか把握出来ないのだろう。
 何度も……それこそ仲間と協力して得られるものなのである。
「そンなけ分かれば上等だ」試行回数を重ねるのみであるとヨハンナは口角を上げる。
 アーマデルは蛇腹剣を左右にくねらせ、オーグロブに叩きつけた。だが、手応えは薄い。
 皮膚に触れる寸前で黒い泥が衝撃を吸収したのだ。
「やはり攻防共に一筋縄では行かないか……まあ、分かってはいたが」
 アーマデルの攻撃はダメージを出すことではない。いかに状態異常を重ねられるかが肝要なのだ。
「全く効かない訳では無い」
 前回の戦いから学んだこと。オーグロブとて無敵ではないのだ。
 緻密な攻撃を重ね続ければ勝利は見えてくるはず。
「この一撃はいつか繋がる」
 だから臆すること無く、アーマデルは蛇腹剣を走らせる。
 息を吸い込んだ汰磨羈は腰に差した太刀を抜いた。
 身に纏う霊気が彼女の美しさに色彩を足す。
「さて、大一番の開始だ。派手にお見舞いする準備は出来ているか?」
 横目で視線を向けた汰磨羈に繰切は「ああ」と応えた。同時に汰磨羈へと護りの術を掛ける。
 神逐で随分と力を落してしまった身であれど、人々に少しばかりの護りを与えることは出来るのだ。
 身を低くした汰磨羈は戦場を駆けオーグロブの眼前に舞い踊る。
 太刀一閃。
 真横に引かれた剣尖がオーグロブの脛を裂いた。一瞬の後に泥に覆われた傷口が再生する。
 これも想定の範疇である。攻撃が全く通らぬのであれば他の方法を試すしかないが、傷を負わせることが可能であればあとは叩きつけるのみ。

「問題があるとすれば……」
 汰磨羈は同じ前衛のアーマデルを見遣る。
「魔眼か。人型の神にはそうである理由がある。それは故に魔眼の位置にも影響する筈……」
 二人はオーグロブを見上げた。どす黒い表皮の至る所に魔力の流れが迸っている。
 ぎょろりとした頭部の眼が汰磨羈とアーマデルを見下ろした。
 どれが魔眼か未だ分からないが、そうでなくとも眼を合わせれば恐怖が足下から這い上がってくる。
 ディムナの言葉も気になるとリースリットは口にした。
 遊ばれていたとはいえ、ディムナの息がまだある以上は即座の致死性ではないのだろう。
「拘束か、弱体か、毒か……何れにせよ、厄介なものであるのは確実」
 前回戦った時は頭部と腕の甲にあった目が、今はその数を増やしている。
「であるなら、奪った片腕の側はより死角となる可能性が高いか」
 リースリットはオーグロブの右方へ回り込んだ。魔力の流れはやはり歪で滞っているように思える。
 同じく愛無には腐ったような匂いに感じただろう。強弱を敏感に感じ取る愛無の嗅覚は、そこが弱点と見出した。本能的な勘はこと戦いにおいて重要な判断基準となる。
 マグタレーナも魔眼に意識を集中させていた。彼女のアプローチは研ぎ澄まされた音を拾うこと。
 魔眼自体は音を発しないのかもしれないけれど、オーグロブの動きに違いが見られるだろう。
 そこの生ずる音を逃すまいとマグタレーナは耳を傾ける。
 仲間の剣檄と怒号の合間に聞こえるオーグロブの動き。人の姿をしたものならば、類するものの動く音は逃さないと注意を向けた。

「オーグロブは毒だ。世界の癌だ。病だ。なら、俺の右眼にも映るだろう?」
 ヨハンナは汰磨羈へと目配せした。ヨハンナ一人では全てを解き明かせないのならば、仲間の力を借りればより深く探る事ができる。されど、それはリスクでもあった。侵食が軽いものであるなどと楽観視できない部類の敵であることに間違いは無い。どうすると汰磨羈はヨハンナに問う。
 答えは「進め」だ。
 進むこと以外、道は無いのだから退くことなど、どだい無理な話である。
「ディムナが死に瀕しながらも警告した程だ。まず間違いなく、えげつない代物だろうよ……!」
 汰磨羈はヨハンナの右眼に術式を掛ける。より『見通せる』ようにその霊力を持って重ねる。
 ヨハンナはそれを以てオーグロブを見据えた。
 黒く澱んだ泥の中に浮かび上がるのは禍々しい色を持った眼だ。
 それはオーグロブの身体を移ろい、その所在を不確かなものにしている。
 禍々しい色の眼がヨハンナを見据えた。
「……ッ!」
 同時にヨハンナの右眼から『血毒』が侵入する。白目が黒く変化し眼球に激痛が走った。
 接続を切ったヨハンナがその場に崩れ落ちる。
 代償は相当なものであったが、その分の情報は確かに得られた。
 それは愛無が匂いによって感じていたものと、マグタレーナが音で聞き取っていたものの裏付けである。
 ヨハンナ一人だけでは掴みきれなかった魔眼の在処を汰磨羈の術式を右眼に駆けることにより補強した。
 だからこそ、得ることができたのだ。
「は、っぁ……はぁ……」
 右眼を押さえ蹲るヨハンナに祝音が駆け寄った。
「ヨハンナさん大丈夫? 僕がいま回復するから!」
 オーグロブを倒す為にも自分が出来ることをするのだと祝音は手を広げる。
 祝音の指先から柔らかな光が広がり、ヨハンナの傷を癒した。
 ヨハンナの右眼を侵食していた『血毒』は引いて元の美しい瞳に戻る。
「すまねえ……」
「ううん、皆を癒すのが僕の役目だから。何か分かった?」
「ああ……オーグロブの魔眼は身体中を動き回ってる。だが、おそらくその力を使う時には止まらなきゃなンねえだろうな」
 ヨハンナの言葉にジェックは「なるほどね」とライフルを構えた。
「じゃあ、潰せばいいよね。数が多くても、色んな所にあっても関係無い」
 そのための手数、そのための技だとジェックはオーグロブの『眼』を撃ち貫く。
 ディムナが言った魔眼とオーグロブの身体に生えている目は同じであると、同時に違うものでもあるのだろう。不確かで不定形。けれど、全ての眼を潰せば自ずと出現できる場所は限られてくるのが道理だ。
「何度再生したって、こっちも何度だって潰してあげる」
 ジェックの弾丸が突抜けたその眼を明煌が血刀で斬りつける。
 再生が追いつかない程破壊し尽くせば、それは正しい道であると証明できる。
 可能性は口を開けてるだけじゃ落ちてきてくれやしない。
 自らが掴みに行かなければならないのだから。

 オーグロブの昏き魔術が戦場を覆い尽くす。
 それは波となって何度もイレギュラーズに叩きつけられた。
 障壁を張っていたテアドールも肩で息をする。
 膨大なオーグロブの魔力を受けきれず、テアドールの障壁が崩れた。
 黒い波がテアドールに襲いかかる。それを杖ではね除けたのはニルだ。
「大丈夫ですか? テアドール!」
「ええ、問題ありません。障壁を張り続けますのでニルは気にせず攻撃を行ってください」
 頷いたニルはオーグロブに向き直り杖を握る。
 ありったけの魔力を込めてその杖の先に祈りを込めた。
「……力を貸してね、『おねえちゃん』!」
 杖の先に嵌められたアメトリンが輝きを増す。
 眩い光を解き放つ先はオーグロブの死角、欠損した右腕側だ。
 散りばめられた光の渦がオーグロブの右腹へ彗星の如く放たれる。
 オーグロブの波状攻撃は入口の廻たちにも届きつつあった。
 メイメイと祝音はディムナ達を守るように布陣する。
 広い戦場の高い場所ではメイメイが放った鷹が見下ろしていた。
 戦況の把握と魔眼の直視を避ける意図もある。
「廻さま、大丈夫ですか?」
 毒を飲んだ廻を気遣うメイメイは、彼に癒やしの光を届ける。
「……メイメイさんには多分バレてると思うので。苦しいです、けど。『大丈夫』です」
 それが廻が『出来ること』だから。この戦場で共に戦うことだから。
「苦しくても大丈夫です。それに、苦しいだけじゃない。皆が居てくれるから怖く無いんです」
 神路結弦であった時も燈堂廻になったあとも苦しみと絶望は孤独の底にあった。
 たった一人で耐え忍んできた。だからこそ、未来を掴む為の苦しみは乗り越えられると確信している。
 メイメイの癒やしの風も、廻に勇気を与えているのだ。
 あの昏く澱んだ神降ろしの時とは違う瞳の輝きにメイメイは鼓舞されるようだった。

 祝音は扉の外に仲間達が集まっているのを感じ取る。
 扉に手を掛けて入ってきたのは『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン(p3n000305)だ。息子のトビアス・ベルノソンに連れられて険しい顔をしていた。その背には大きな傷がある。
「ベルノさん! 大丈夫!?」
 祝音は直ぐさまベルノに回復を施す。血の気が失せていたベルノ顔に色が戻った。
「こっちはどうなってる?」
 ベルノの問いに祝音は眉を寄せる。そもそもオーグロブとは倒せる相手なのか。
 不安は常に付き纏っていた。誰かを死なせたくないと願う祝音にとって、死の色が濃いこの空間は息苦しさを覚えるほどなのだ。それでもまだ誰も死んではいない。
「お前達が頑張ってんのに、おちおちくたばっても居られねえよな」
「まだ安静にしたほうが……」
 祝音の声にベルノは首を振る。安心させるようにその小さな頭を撫でた。
「絶対死なせねえんだろ? だったら俺達は前だけを向いて戦える。お前さんも頼もしい戦士だ」
 仲間を回復することで戦う力を与える祝音の存在は心強いものであった。
「うん、廻さん達もルーさん達も、絶対誰も死なせない……!」
 毒を飲んだ廻も、オーグロブに吸収されてしまうかもしれないルー達も祝音に取っては等しく助けるべき仲間なのだ。
「共に行こう、今度こそ。ノルダインは神さえ討つ勇猛果敢な戦士だ!」
 ヨハンナは追いついてきたベルノへと声を掛ける。
「おう! 行くぜ! 俺達は戦う為に此処にいるんだからなぁ!」
 雄叫びを上げながらベルノは戦場へ駆け出した。
「生きてくれ。カナリーの為にも──死ぬんじゃねぇぞ。生きてナンボだ」
 ヨハンナはベルノへと願いを込める。

「我は星、導きの北辰なれば、聖都の騎士にどうか星の加護があらんことを!」
 妙見子はグランヴィル小隊へと声を張り上げる。
「おお!」
 彼女の言葉は祝福となりて小隊の士気を向上させた。
 ティナリスはオーグロブの前に立っても怯まない妙見子の背を見つめ憧れる。
 妙見子のようになりたいとティナリスは思い馳せた。
 聖母のように優しく、戦乙女の如く勇猛なその背を心に焼き付ける。
 きっと母も妙見子のように強く戦場で生き抜いたのだろう。
 妙見子の鉄扇が振り落とされたのと同時に、戦場に星の瞬きが散らばった。
 弾ける星はオーグロブの頭上に降り注ぐ。灼熱の彗星はオーグロブの障壁を突抜け右腹部に穴を開けた。
 その攻撃に続くようにティナリスは神聖魔術をオーグロブへ解き放つ。
 奇跡を描いて飛来する魔術をオーグロブは弾き返した。

「どんな時もずっと一緒にいるって約束したでしょう?」
 四音は前衛で戦うアルエットのすぐ傍で回復を届ける。
 皆と一緒に自分も戦いたいと願うアルエットの意志を尊重したのだ。
「皆さんの命を癒し守るのが私の使命。この言葉もそれなりに繰り返し言って来たものですが、いよいよ長きに渡る物語の終焉も近づいてきたかと思うと感慨深いものがあります。
 全てを賭して決戦に挑む。その結果が勝利で終わることを私も願います」
 思い返せば本当に色々なことがあったと四音は物語のページを捲るように記憶を巡らせる。
 元気で明るい少女が悲しむ姿を楽しみにしていた。無垢な笑顔が堕ちていく様を悦んでいた。
 毟られた翼をそっと撫でたことだってある。アルエットの悲涙は極上の雫だった。
 それが、その涙を止めてあげたいと思う様になったのは何時の頃からだったろうか。
 彼女が織りなす物語を『読み進めて』いただけなのに。
 隣に居たいと、傍で支えたいと思ってしまった。むず痒い情動が四音の中にも芽吹いてしまった。
 独占欲嫉妬心、深い愛情と強い衝動。それは物語の中のものであったはずなのに。
 こんなにも四音の心の中を感情が駆け巡っている。

「雷神ルーよ、その加護。許されるのであれば我が剣となりて、仲間達の導となる事を願いたい」
 ベネディクトはルーの元へ歩み寄り、再び光神の加護を希う。
「良かろう。我が力を黒狼の騎士へ授ける。
 ――黒狼の声轟く時、幾千万の英霊達が其方の元へ集う。
   其方の剣は後に続く者の指標となるだろう。
   心せよ、光神の剣は大空突抜ける閃光。一度振えば、地を揺るがす。
   悪逆に牙を剥け! 喰らい付き光の剣を突き立てよ!」
 ルーの言葉はベネディクトに授ける祝福だ。雷神の加護を帯びた剣が昏い空間に光輝く。
 ベネディクトはその剣を以てオーグロブへ肉薄した。
 厚い障壁を破砕して突き進む刃は敵の脚部の筋肉を切断する。
 噴き出した血が昏い地面へと飛び散った。
「あてにしてるぜ女神様!」
「ええ、任せなさい!」
 ベネディクトの左方から飛び出たのはルカだ。
 ルカへと伸びる攻撃の手を遮るように月光が戦場を覆う。
 それは女神ユーディアの魔法。闇夜に浮かぶ月明かりの鮮烈なる光であった。
 ユーディアの魔光の中からルカの剣尖がオーグロブへと突き入れられる。
 吹き上がるオーグロブの血はユーディアの加護によって払われた。
 だからこそ、ルカは違和感に気づけたのだ。
 ユーディアの加護により血が浄化された。つまり、血そのものが呪いを帯びている。
 前回も地面に広がった血から腕が伸びてきた。
「おい、ベネディクト……!」
「ああ……皆足下の血に気をつけろ何か来るぞ!」
 ベネディクトとルカがその場を飛び退いた瞬間に地面の血溜まりから終焉獣が這い出てくる。
 オーグロブだけでも苦戦しているというのに終焉獣まで出てくるとなれば、より死の気配が近くなる。
 それを感じ取ったサヴィルウスの戦士が奮い立たせるように歯をむき出しにした。
 群がる終焉獣を大袈裟に振り払うのはその内側に恐怖があるからだ。
 恐れから精彩を欠き、戦士達の傷が増えていく。
「狼狽えるんじゃねえ! これは不測の事態なんかじゃねえ! 想定内だろうが!」
 ルカの声に戦士達がはっと我に返る。
「そうです。私達が居ますから体勢を立て直して対処すれば問題ありませんよ」
 妙見子の包み込む様な声にグランヴィル小隊の面々も士気を取り戻した。
「ここから先は一歩も進ませません!」
 彼女の声は戦場全体に勇気を与える。
(……オーグロブに吸収なんて、させない!)
 後衛から魔法を放つルーとユーディアの傍で祝音は戦場全体を見渡し、的確に回復を施す。
 終焉獣が現れてから格段に負傷者の数が増えていた。
 それでも祝音の回復のお陰もあり体勢を立て直し、持ちこたえている。
 祝音にとって仲間が戦いに出られる状態であるのは誉れであった。
「誰も倒れさせない……僕等が絶対癒すから!」
 命の灯火は消させやしないと強き祈りで仲間を守るのだ。
「ほら、もう大丈夫! 終焉獣なんか今までいっぱい倒してきたでしょ? いつも通りやればいいんだよ」
 イグナートの励ましも加わり、サヴィルウスの戦士たちも冷静さを取り戻す。
 同時に戦士達から激しい闘気が沸き起こった。
 自分達がイレギュラーズを支えなければならないという気迫だ。
 彼らがオーグロブの戦いに集中できるように自分達もしっかりしなければと意志を固める。
 そんな戦士達を見てイグナートも拳を握り締めた。
「そう、ここにいる全員で倒すんだ!」
「オオォォー!!」
 戦士達の雄叫びが戦場に響き渡った。

「ギルバートさんはヘルムスデリーの騎士達へ指示をお願いします」
 ジュリエットはギルバートの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「特に危険な仲間は下がって回復を受けて下さい、補助は攻撃役にお願い致します」
「ああ、了解した。俺達は終焉獣を受け持とう」
 騎士達へ指示をするため踵を返したギルバートの背を追いかけたくなる衝動に駆られ、ジュリエットは指先をぎゅっと握り締めた。肉体と精神が分離している状態のジュリエットは心の動きに敏感になっている。
 大切な人を喪う恐怖は身を竦ませてしまう。それでも、彼と歩む未来の為に自身を奮い立たせるのだ。
 ジュリエットはヴィルヘルムの元へ駆け寄りそっと耳元で囁く。
「ヴィルヘルムさん、ギルバートさんが無茶をしないか見てくれませんか? ギルバートさんが危ない時は一緒に回復が受けられる所へ彼を連れて下がって下さい」
 視線を寄越したヴィルヘルムは「分かった」と短く応えた。
 ジュリエットは深呼吸をしてオーグロブへ向き直る。
 パンドラの加護を身に宿し、未来の為の道を切り開かんとするのだ。
 振りかざす杖の先から術式が広がる。
 オーグロブに降り注ぐ状態異常の数々は殆どが効き目が薄いだろう。
 それでも、回数を重ねることに意味があり勝機を掴み取る事ができる。
「私達はそうして何度も可能性を掴み取ってきましたから」
 正面から効かぬのなら、と失った右腕の死角からジュリエットは攻撃を放つ。
 一つでも多くオーグロブの眼を潰すことが重要であった。
 闘気を纏ったイグナートはオーグロブの動きを鋭い洞察眼で見極める。
 仲間が掛けてくれた僅かな状態異常の具合を観察し、効きやすいであろう場所へ拳を叩き込んだ。
「詳しい話はアーマデルを始めようとするミンナに教えてもらった!
 魔眼ってヤツが自由になるとヤッカイらしいじゃないか!」
 ヨハンナ達が命がけで解析してくれた所によると、身体中を魔眼が動き回っているようだった。
「だったら、オレもいっぱい動き回ってあげるよ! そしたら眼を回さないかな?」
 昏い戦場でイグナートの明るい声は仲間の助けとなる。
 イグナートが元気よく動き回っている姿は仲間を鼓舞するのだ。
「……ん?」
 オーグロブの背後に回り表皮をよく観察していたイグナートが違和感に気付く。
 真後ろに居るはずなのに、行動を読まれている気配があるのだ。
 敵の背中の中腹がぶくぶくと泡立ち、皮膚が真横に割れてぎょろりとした眼が浮かび上がる。
「なんだって! 背中に目が!?」
 咄嗟に飛び退いたイグナートは身体中が重くなるのを感じた。一瞬だけ魔眼を浴びたのだ。
「これが、魔眼?」
 呪いや呪縛、身体を内側から侵食される感覚に歯を食いしばる。
 肉体を鍛え上げているイグナートだからこそ、辛うじて意識を保つ事ができている。
「ヤッカイだね……普通の人じゃ耐えられないよ」
 けれど、イグナートのお陰で分かったことがあった。
 腕と頭部だけでなく身体の一部分にも魔眼が現れるということ。
「でも、現れる時には表皮が泡立つから見つけやすいね!」
 一旦、マグタレーナの元まで下がったイグナートは仲間に情報を伝える。
 もし魔眼を浴びたのがイグナートで無かったのならば被害はもっと深刻であっただろう。
「やはり束縛と侵食ですか?」
 マグタレーナの問いにイグナートは頷く。
「身体が動かなくなって、内側からシンショクされる感じだよ。回復で治るかな?」
「やってみます。わたくしはイグナートさんの回復に集中しますので祝音さんと四音さん、妙見子さんは皆さんの回復をお願いいたします」
 こちらは任されたと三人は応える。戦場において回復を過不足無く行き渡らせる連携は重要なものだ。
 マグタレーナはイグナートに向き直り、彼の身体に癒しの光を降り注ぐ。
 通常の傷は癒され身体は軽くなったけれど、内側からの侵食が抜けないようである。
「であれば……」
 マグタレーナは意を決して祈りを込める。
 パンドラの加護をその身に宿したマグタレーナから光が溢れた。
 聖母のように優しく清らかな光輝がイグナートを包み込む。
 それは、魔眼の侵食を打ち消すもの。
「やった! シンショクが無くなった! これで戦えるよ。ありがとうマグタレーナ!」
 勢い良く飛び上がったイグナートは呼吸を整えた瞬間、戦場へと舞い戻った。
 パンドラの加護は無限に使えるわけではない。
 されど、魔眼への対抗策が在るという安心感は仲間に勇気を与える。

「魔眼は束縛と侵食がある、と……解除できるとはいえ出来るだけ避けた方がいいですね」
 リースリットは仲間と連携し魔眼の実態をより深く探る。
「強力な能力であると同時に、眼であるなら、魔眼は特に効果的な急所でもある……」
 生物としての道理は神祖とて同じであるだろう。
「身体中から浮かび上がるのは厄介ですが、その予兆はあるのだとしたら対処もしやすいでしょう」
 まずは腕と頭部の目を潰せば自ずと魔眼の発現場所は限られてくる。
 リースリットは魔力を纏わせた細剣をオーグロブへと走らせた。
 裂かれた表皮から血が溢れ出す、その血から終焉獣が這い出てくる。
 オーグロブを傷つければ傷つけるほど終焉獣はその数を増していった。
 このままでは、いずれ数で押し切られてしまうのではないか……そんな不安がギルバートの胸に過る。
 不安は太刀筋を曇らせるもの。
 僅かに精彩を欠いたギルバートの剣を感じ取ったリースリットは、彼のつけた傷口に攻撃を重ねた。
「ギルバートさん……今は迷っている時ではありません。
 ヘルムスデリーの騎士達やサヴィルウスの戦士達を――私達を信じてください。
 未来を共に歩みたいと思える人が出来た貴方なら前を向けるはずです」
 リースリットにもその気持ちが分かるから。必ず帰らなければならない理由がある。
「ああ、俺が不安がっていてはいけないな」
 不安は慎重さの現れでもある。戦況を読み不測の事態に備えることは重要であれど、不安で剣が鈍るようなことがあってはならないのだから。

「最初はアルエットの助けになりてぇだけで来た道の先に、とんでもねぇ敵が居たもんだぜ」
 ジェラルドは大太刀を構えオーグロブを見上げる。その眼光は鋭く、まるで獣のようであった。
「ビビっちゃいねぇさ、俺達は特異運命座標だぜ?
 だったらそれらしく……オーグロブ、てめぇをぶっ倒すまで!」
 振り上げられた刃がオーグロブの右腹部へ叩き込まれる。
 ジェラルドの太刀筋に重ねるようにアルエットも剣を振った。
 金色の髪がジェラルドの視界の端に揺れる。
 それは昏い戦場にあっても光輝くもの。守るべき大切な『雛鳥』であったはずのもの。
 出来る事なら比較的安全な後方で、回復に徹して欲しい所ではある。
 されど、アルエットは戦乙女である。戦う事を至上として育てられた戦士であるのだ。
「アンタも前線で戦うってんなら止めらんねぇよ、俺は。
 ベルノ達に託された思いもある……アンタに悔いは残して欲しくないのさ!」
「ジェラルドさん……」
 彼の思いをアルエットは受け止める。
「アンタの背中は俺が守ってやるよ。
 丈夫さには多少なりともね、どんなにやられても何度だって立ち上がってみせるさ!
 だって俺は不滅の太陽だからな……なんてな?」
「頼りにしてるわ! ジェラルドさん!」
 アルエットはジェラルドに微笑みを浮かべる。彼が居てくれるなら心強いと勇気が湧いてくるのだ。

 剣檄が鹿ノ子の耳に響く。
 戦いの残響は研ぎ澄まされた感覚により一層弾けるのだ。
 背中に感じる遮那のぬくもりに安堵する。こうして背を預けられるのが嬉しかった。
「鹿ノ子よ、思えば遠くまで来たものよな」
「そうですね。あの夏の日から……本当に遠くまで」
 無邪気に笑う少年だった遮那はもう何処にも居ない気がしていたのに。
 鹿ノ子の傍でオーグロブに立ち向かう横顔は、何処か楽しげだった。
 跡継ぎとして執務室に押し込められている時とは違う、本能のままに猛々しく戦っている。
 射干玉の翼を広げオーグロブに肉薄するその様は、大空を自由に飛ぶ鳥のようだった。
 荒々しく太刀を振い、歯を剥き出しにして追い縋る遮那の背後から鹿ノ子が飛び上がる。
「絶対に負けぬ! 前に進むことを諦めない!」
 イレギュラーズでは無い遮那はこの場に居るだけで呪いに掛かっているような状態になる。
 それでも、鹿ノ子と共に戦いたいと戦場を駆けるのだ。
「愛する人を護れずして、何が男か――! 何が当主か――!
 天香も継いで、鹿ノ子を娶り、子や孫の行く末を見るまで私は死なぬぞ!」
「……遮那さん!?」
 遮那の口からとんでもない言葉が飛び出し目を見開く鹿ノ子。
 色々と大事なものを飛ばしているような気がするけれど、遮那の瞳は偽りのないものだ。
 本気でそんな風に思っているからこそ、その言葉を口にした。
 嬉しさと困惑。けれど、それは心の底から湧き上がる勇気の礎となる。
「鹿ノ子ゆくぞ! 必ず、オーグロブを倒すのだ!」
「はい! 遮那さん!」

 ボディは龍成へ目配せをする。
 オーグロブへ駆けるボディへ追従し、同じ場所へとナイフを突き立てるのだ。
 そして直ぐさまその場を離れる。
「絶対に魔眼の真正面には立たないでください。相手が相手です」
「ああ、かなり厄介だからなアレは」
 傷つける度に血が溢れ終焉獣が這い出てくる。魔眼の対処もしなければならない。
 注意すべき所は山積みであった。
 ボディは自身に付いたオーグロブの血を拭い、頭部の目に向けて投げつける。
 瞬き一つでその血は取り払われたそれ自体は何の効果も無いものかもしれない。
 されど、その一瞬の隙をついてアルヤンの術式が戦場を突抜けた。
 瞬きの分だけ生み出された死角に、好機を見出したのだ。
「アルヤン、やったわ! 目を一つ潰したわよ!」
「そうっすね。まだまだいくっすよ」


 マグタレーナは戦場を見渡し、嫌な予感に眉を寄せる。
 一進一退の攻防を繰り広げる仲間たちよりも、徐々に終焉獣の数が増えてきているのだ。
 犇めく軍勢を相手取るうちに魔眼を直視してしまう者が増えるのは道理であろう。
 流れ往く汗を拭い、マグタレーナはパンドラの加護で仲間を癒す。

 ――じわりと、闇の気配が強くなった。

「はやり動くか?」
 汰磨羈はヨハンナにそう問いかける。
「ああ、こちらの動きを感じ取って魔眼は動く」
 ティナリスの神聖砲撃を打ち込んだ後、オーグロブは瞬時に魔眼を移動させている。
 されど、防御なりで魔力を使う瞬間だけは魔眼は止まるのだろう。
「正確に狙うのは至難だな」
「はい。汰磨羈さんのおっしゃる通り難しいです。でも諦めたくありません」
 ティナリスの真摯な眼差しに汰磨羈は目を細める。
「よく言った。では我々はオーグロブの魔眼を潰す道を開こう。あれを潰さねばどうにもならんからな」
 されど、それは仲間に負担を強いるものだ。特に後衛側への侵食が懸念される。
 メイメイはそれを感じ取り「大丈夫です!」と声を張り上げた。
「万一の時はこの身を以て廻さまをかばいに行きます……!」
「メイメイさん!?」
「ふふ、わたしは丈夫です、から。だから、どうか……」
 魔眼を封じる為の道を走ってほしいとメイメイは願う。
「大丈夫。廻たちは私が守っているからね」
『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は終焉獣に妖刀を振った。
 ジェックは前衛の明煌の背を見つめる。
 後衛からの射撃を得意とするジェックと明煌では同じ場所に立つことは出来ないけれど。
 明煌が傷付けばそれ以上に心に傷を負う人がいることを、もう分かって居るはずだから。
「無理はしないって信じてるよ。そうでしょ、明煌?」
 微かに名前が呼ばれた事を感じ取り、視線を寄越す明煌。
 言葉が届かぬとも、きっと通じ合える。
「それでこそ──アタシも無茶が効く」
 明煌の斬りつけた傷口へジェックは正確に弾丸を命中させた。

 ボディはオーグロブの攻撃の合間に纏わり付く終焉獣を蹴散らす。
「流石に数が多いですね」
「大丈夫か、ボディ……こんな所でくたばんなよ」
「龍成こそ無理だと思ったら直ぐに退いてくださいよ」
 退くといっても既に終焉獣はボディと龍成を囲んでいた。
 戦士たちも奮闘してくれているが、入口に集まっている廻達にまで終焉獣の群れは侵入している。
 メイメイや祝音が護りを固めていなければ命も危ぶまれていた所だ。
「……なあ、ボディ。帰ったら何する? とりあえず美味いもん食って。いっぱい寝て。
 それから引っ越しの準備もしねーとか。いい加減世話になりっぱなしじゃ恰好つかねーからな。
 ちゃんと姉ちゃんにも紹介したいし。俺の大切な人だって。そういうのって大事だろ?
 姉ちゃんも落ち着いたみたいだし、今度は俺らの番で、いいよな?
 ボディ、二人でいっぱい色んなとこ行こうな」
 言いながら、龍成はボディの目の前で終焉獣の爪に裂かれた。
 腹に大穴を開けて、其れでも終焉獣にナイフを突き刺す。
「龍成!」
 ボディは龍成を助ける為、終焉獣の頭蓋を掴み上げた。同時に龍成の肉も剥がれる。
「だ、いじょうぶだって。死なねえ、よ」
「まあ、そのぐらいでは人間は死なない。ましてや龍成君はイレギュラーズだし」
 ボディと龍成に襲いかかる終焉獣を喰い散らかすのは愛無だ。
 長い腕を伸ばし、叩きつけ。化け物のように終焉獣を蹂躙する。
「大丈夫かね、ふたりとも」
「おー、助かるぜ愛無」
 龍成はボディに支えられ、四音からの回復を受けた。

「いやいや! 頼もしいねえ、我が子!」
 最早『聞き慣れた』声が愛無の耳に届く。どうして此処に居るのだとか、鬱陶しいなどと言う気も失せてくる。パンダフードを被った葛城春泥がいつも通りの笑顔で手を振った。
 その隣にはヨハネ=ベルンハルトとレイチェル=ベルンシュタインの姿もある。胸元にはグレイスのペンダントが光っていた。
 ヨハンナは一瞬驚いた表情を浮かべヨハネたちの元へ駆け寄った。
「何でレイチェルを連れてきた。死ぬかもしれねえンだぞ!」
「ねえ、ヨハンナ。もし貴女が死ぬなら、私も死ぬわ。だから、絶対に死なないでね」
 それはレイチェルの呪いであり祝福だ。生きて帰るという強い祈りでもある。
「……分かった。頼んだぜ」
「ええ! もちろんよ!」
 今まで共に戦うことが無かったレイチェルとヨハンナが、手を取り合いオーグロブへ視線を上げた。
 ヨハンナの赤き焔に重なるレイチェルの祝福。
 欠けていた熱を取り戻した様にヨハンナの焔が輝きを帯びる。
「いくぜ、レイチェル」
「行きましょう、ヨハンナ」
 祝呪の焔はオーグロブの血から這い出た終焉獣を焼き尽くした。
「俺は復讐者、犠牲になった者全ての怒りを代弁する者――!」
 ヨハンナの声にヨハネは術式を組み上げる。
「……こちらも負けてられませんね。グレイス、春泥行きましょう」
「あはっ! 『先生』の所にいた時のこと思い出すねえ! どれだけ壊しても良いのは最高!」
 何時になく気分が高揚している春泥を見遣り、魔術を放つヨハネ。
 二人とも研究に明け暮れる日々を送るばかりだったから、『気兼ねなし』に全力を出し切る機会など訪れることはなかったのだ。二人とも『子供達』と戦った時は心を痛めながらだったから。
 感傷に浸っているヨハネの背後に終焉獣の腕が伸びる。
 それを魔術で吹き飛ばしたのはテアドールだった。
「何を呆けているのですか」
「ありがとうございます……大人になると後悔ばかりが増えていくんですよ。大切な人を得たあなたなら分かるのではないですか?」
 ヨハネの言葉にテアドールはニルを見つめる。もし、ニルを失うことになればヨハネのようになってしまうかもしれない。その可能性はニルを大切に想えば思う程、膨れ上がるばかりだった。
「貴方の事は許しませんけど、大切な人を離したくないという気持ちは分かるようになりました。だから、絶対に貴方も死んではいけません。貴方はグレイスさんやヨハンナさんたちの大切な人なのですから」
「ええ、全員で生きて帰りましょう」

 ――じわり、じわりと深く濃くなる闇の気配。

 あと一歩、あと一歩。一瞬でもオーグロブの動きを止めることができれば!
 ルーの中に生じた怒りにも似た切望。闇より生まれし光であるが故にその身は侵食される。

 リースリットはルーの焦りを感じ取っていた。
 この昏い闇の領域で闇神『悪鬼』バロルグの血を受け継ぐ者としての影響が出て来ているのだろう。
 おそらく暴走しかかっているに違いない。
 以前感じ取ったバロルグの気配が濃くなっているからだ。
 最悪の事態だとリースリットは眉を寄せる。
 魔眼が健在であり、終焉獣が増え続けているこの状況でルーがバロルグに支配されてしまえば、目を覆うような惨劇が繰り広げられることは免れない。
 ルーだけではない。ユーディアもまたバロルグの気配に攻撃の手を止めていた。
 ルカはユーディアの元へ走り、彼女の肩を掴む。
「しっかりしろ、お前みてぇな別嬪さんがあんな奴に食われるのは見たかねえなぁ!」
 ユーディアは月の女神である。ルーよりは闇に親和性が高い。
 ルカの声によって我に返ったユーディアは深呼吸を繰り返し冷静さを取り戻す。
 問題はルーの方だ。
 リースリットとベネディクトはルーの前に立ち、彼に声を掛け続けた。
「ルーよ、その血に流れる悪鬼の激情を押し留めるのは難しいかも知れん。
 だが、その怒りの濁流に飲み込まれてはいけない、あなたは雷神ルーだ。
 俺達と共に戦い、これから未来を築いていく──その場にあなたが居なくてどうする?」
「あ、ああ……」
 闇の慟哭が駆け巡るのか苦しげに息を吐くルー。
 それでも留まっているのはベネディクトたちが『信じて』いるから。

 ヨハンナと汰磨羈は繰切へと視線を向ける。
 多角的に状況を判断した上で、導き出される答えはバロルグの依代をルーではなく繰切へと変えること。
 渦巻く怒りの思念はオーグロブに向いている。
 であれば、これを利用しない手はないとヨハンナと汰磨羈は踏んだのだ。これは賭けである。
「繰切、頼めるか?」
 汰磨羈の問いに繰切は口角を上げた。
 繰切はルーの頭に手を置く。遙か昔はこうして頭を撫でてやったこともあった。
「ルーよ、お前は光に寄り過ぎているのだ。それでは親父殿(バロルグ)も窮屈であろう。
 良いぞ我が力を貸そうぞ。親父殿。
 ――バロルグが子、クロウ・クルァクの身をしばし使うがいい」
 繰切が言葉を発した瞬間、禍々しい瘴気を孕み戦場が怒りに満ちる。

「よくも、よくも、よくも――! 我の意志を踏み躙ってくれたな『オーグロブ』!
 許さん! 許さんぞ! 人間の信仰無くして我らは存在しえぬ。
 貴様の行いは集めた魂をも愚弄するもの。
 いくら澱みの中で汚泥に塗れようとも、在り方を変えようとも。
 決して魂を潰すようなことはならなかったのだ!」

 闇神として讃えられ悪鬼として在り方を変えてしまったバロルグが人々の魂を求めたのは、恐怖という信仰を集めんとしたものだ。だからこそ、怒りに満ちている。
 オーグロブの足下を巨大な蛇が這い回った。
 それはバロルグの怒りが蛇のカタチとなって現れたもの。
 逃がすまいとオーグロブの片足をギリギリと締め付けた。
「ぬう……!」
 苛立ちを覚えたようにオーグロブはずるずると足を引きずる。
「なるほど、動きを封じる手段としてバロルグを使う、と……」
 リースリットは片足を封じられたオーグロブを見遣り、次の手を打つ。
「フェザークレスさんお願い出来ますか」
 見上げる先は六竜が一翼フェザークレス。
「ボクを足止めに使おうっていうの?」
「ええ、オーグロブの動きをもう一歩封じてください」
 リースリットの強き意志にフェザークレスは歯を見せて笑う。
「いいね……そういう強かさ嫌いじゃないよ。ボクが抑えてる間にキラキラ達は上手くやってよね」
 翼を大きく広げたフェザークレスにニルは胸を締め付けられる。
「フェザークレス様の大きくて強い力が、ニルたちとおんなじ方を向いているの、ニルはうれしいです。一緒に戦えるのが、うれしいです。『かなしい』がなくなるように。カイヤ様たちともいっしょにおいしいごはんを食べられるように。頑張りましょうね!」
 オーグロブへ襲いかかったフェザークレスはその片足を封じる。
 終焉獣がフェザークレスへと群がり、その美しい翼が切り裂かれた。

 魔眼が移動出来る場所は限られてきている。
 アルヤンたちが一つずつ確実に潰していたからだ。
 妙見子は瑠璃の尾を広げる。
「彼の地で護国の九尾となり、人の身で竜と歩みを進めるなれば。
 破壊に塗れたこの神の地では、破壊神として相対しましょうオーグロブ」
 されど、ただ破壊する者としてではなく、と共にある神として相対する。
「ティナリス様、撃てますね」
 妙見子はティナリスと共に聖剣に手を重ねた。
 その指先からは緊張が伝わってくる。
「大丈夫、貴女なら」
 ティナリスは妙見子の瞳をじっと見つめた。
「私がずっとついてますから」
 聖剣『ランジール』をこの一撃に使う。
 それはグランヴィルが代々引き継いできた聖遺物を無くすということだ。
 ティナリスは青い瞳をオーグロブに向ける。妙見子と共に仲間が紡いでくれた道を突抜けるのだ。
「神聖、砲撃――……!!」
 グランヴィルグレイスは真っ直ぐに胸の中心にあった魔眼へと迸る。
 外郭が割れて魔眼が撃ち貫かれた。

 されど――
「な……っ!?」
 ティナリスは驚愕に震える。
 表層に現れた魔眼を撃ったはずなのに。
 その深部にあった『真の魔眼』が露出していた。
「この攻撃を持ってしても届かないのですか……!?」
 絶望がイレギュラーズを、戦場全体を覆っていた。

 どうして、どうして、どうして!
 ティナリスは自分を責める言葉を口に出しかける。

「アタシ達は竜とだって渡り合ったんだ。
 今更、少し図体がデカいくらい……なんてことないよ」
 ジェックがライフルを構える。
 昏い空間の中でオレンジ色の色彩が吹き荒んだ。
 ジェックの周りに奇跡の兆しが広がる。
「この戦いに、この世界の、明煌の暮らす場所の、存亡がかかっているんだ。
 折角手にした平和を、紡ぎ直した絆を、壊させるわけにはいかない」
 吹き上がった赤き焔の光彩はジェックの周りを包み込んだ。


「――――貫けぇええ!!!!」






 ジェックの放った弾丸は『真の魔眼』へ一直線に飛翔する。
 オーグロブの障壁を割り、奇跡の力で魔眼を撃ち貫いた。

「が、ぁ……!? な、んだと。魔眼が砕かれただと!?」
 瘴気を噴出したオーグロブは魔力の源を砕かれ怒りに震えていた。
「だが、魔眼無くとも、我の力は不滅である――!」
 魔眼が封じられたことでオーグロブが血毒をまき散らす。
 オーグロブの身体は赤い光さえも失い、紫色へと変色していた。
 本能が忌避すべきだと叫び出すような異形へとオーグロブは姿を変える。
 否と、諦めぬ者達がいる。
 この勝機を逃すものかと雄叫びを上げる!

 アーマデルはマントの中にあった残穢の壺を取り出す。
 きっと、この時の為にこの壺はここまでやってきたのだ。
 オーグロブから溢れ出る瘴気を浄化する。
 それがこの壺の――繰切の巫女たるアーマデルの役目だ。
「結構長い間、共に在ったから名残惜しいな」
 アーマデルは壺を掲げ祈りを込める。

「神々の系譜、その祖オーグロブよ。
 貴方達の時代はとうに終わりを迎えている。
 この壺が紡いだ年月がそれを表しているだろう。
 故に、この壺の役目も此処で終わりだ。これから先の未来は貴方の子らが紡いで行く」

 アーマデルが壺に力を込めればミシリと亀裂が入った。
 パリンと割れた壺から光が溢れ出し戦場を包み込む。
 オーグロブから溢れた瘴気は浄化され昏き闇に溶けた。

 マグタレーナのパンドラは魔眼の回復によって削られている。
 それでも彼女は回復を続けていたのだ。
 魔眼が無くなった今、彼女は攻撃に転じる。
 弓を構えオーグロブに狙いを定めた。手元の弓がぼやけ、焦点がオーグロブの中心に絞られた。
 研ぎ澄まされた集中は時に戦場の喧噪ですら無音にしてしまう。
 感じるのは弓を引く己自身のみ。
 自ら離すのではない。極限まで引き絞られた弦が自然と離れるのだ。
 小気味よい弦音を響かせマグタレーナの矢は戦場を走った。
 オーグロブの胴へと突き刺さったマグタレーナの矢を皮切りに一斉攻撃が仕掛けられる。
「人の心の輝き、とても素敵で惹かれますよね? よくわかります」
 四音はオーグロブへ視線を上げた。
「結局の所、私達のような人でなしは誰かに感情を向けられるのも楽しくてしかたないんですよね?」
 ふふふと微笑んだ四音にジェラルドはそこはかとない恐れを感じる。
「今が攻め時ですね。行きましょうアルエット! ドレスの時間です!」
「ええ、四音さん!」
 四音とアルエットは真っ白な花嫁衣装に身を包んだ。
「ふふふ、これは新たな門出を迎える時に着る衣装と聞きました。
 まさにこの戦いに相応しいものですね!
 どうしましたアルエット。なんだかちょっと困った顔をしてるような?」
「ううん、何でも無いわ」
「見せてあげましょう共に在ると誓った私達二人の力を!
 光に導かれ、四音とアルエットの魔法が花開く。白い花弁が昏い戦場に舞い上がった。
 それはオーグロブに触れた瞬間灼熱の炎となりて皮膚を焼く。
 オーグロブはアルエット達に向けて黒紫の魔術を放った。
 それを大太刀で弾き返したのはジェラルドだ。
「俺は何度だって言ってきただろ、好きだってさ。だから無意識にだってアンタを守っちまうんだぜ?」
「ジェラルドさん!」
 運命が味方してくれなくとも、愛する女の為なら何だってしてみせる。
 けれど自分が死ぬことで彼女の泣き顔は見たくないから。
「平和になった世界で笑い合えるように、数%の可能性であれ、貪欲に生きたいとも思っているのさ!」
 ジェラルドは其の儘の勢いで大太刀をオーグロブへ突き立てた。
 それは右脚部を損傷させるに値するもの。
 ジェックの弾丸は仲間が傷を負わせた場所を的確に射貫き、オーグロブの身体の深部へと潜り込む。
 身体の中で破裂する弾がダメージを重ねた。
 既に仲間達の体力も限界を超えている。前線で戦う明煌たちにも疲弊が見えた。
 けれど、負けるわけにはいかなかった。
 紡いできた過去が背を押してくれる。前を向けば未来の灯火が揺れているのだから。
 ジェックは強い眼差しで次弾を装填する。

「――合わせろベネディクト!」
「無論だ。行くぞ、オーグロブ!」
 ルカとベネディクトは連携してオーグロブへと斬りかかる。
 思えば何度もこうして背を預けていたとベネディクトは思い返した。
 月の女神と雷神の加護を宿した二人はオーグロブへ剣を走らせる。



「遮那さん、この戦いが終わったら、僕も天香家の離れに住んでもいいですか?」
 鹿ノ子はそんな風に遮那へと問いかける。
「豊穣の歴史、天香の成り立ち、それから貴族としての礼儀作法を学びたいのです。
 花嫁修業です! 僕は待っているだけの女ではないので!」
「住むのは離れで無くとも良い……そうだのう、帰ったら準備を進めるか」
 清き白を纏うその姿はきっと美しいと遮那は微笑む。
「往くぞ鹿ノ子、敵を討つのだ」
「はい! 遮那さん!」
 オーグロブの両側から遮那と鹿ノ子が太刀を振う。
 切り裂かれた傷口へ更に望が追撃を掛けた。

「わたしの精一杯を、オーグロブさまにぶつけましょう」
 メイメイは祈りを捧げ美しき姿と変幻する。
 これは大切な人を守りたいというメイメイの願いのカタチだ。
「たくさんの、人たちと出会って、わたしは此処に居るのです。
 世界って広いです、ね……本当、に」
 小さな村で一生を過ごすのだと思っていた。
 メイメイの世界は狭く閉じて緩やかだった。
 そんな優しい揺り籠の中で構わないと思っていたのだ。
 世界は色づいた。広く何処までも広がっていて。
 鮮烈で。息を吐く間も無いほどの思い出がメイメイの中を駆け巡る。
「……わたし達は、貴方よりもうんと強いのです、よ。オーグロブさま。
 負けません。絶対に……!!」
 繋いできた絆が力となる。メイメイの祈りの光が戦場に瞬いた。

「絶対に絶対に誰も倒れさせない。オーグロブ以外は誰も死なせない。
 皆は……皆は生きて帰るんだ! みゃー!」
 祝音もオーグロブの攻撃で傷付いた仲間を懸命に癒す。
 なりふり構わず攻撃を仕掛けてくるオーグロブに、仲間は沢山傷付いていた。
「皆が生きて帰る為に! 僕も、僕にできる事を……!」
 パンドラの加護により光の白子猫となった祝音は癒やしの光を降り注ぐ。
「僕が幸せになってほしい皆を癒し、皆を生かす――!」
 祝音の祈りは戦場で傷付いた人々の傷を塞ぎ、立ち上がる勇気を与えた。
 彼の頑張りに応えようと戦士達が立ち上がる。



「オレも負けてられないね!」
 戦士達に交ざって拳を振うのはイグナートだ。
「ミンナが命を懸けるショウブ所ならオレも命を懸ける!」
 力強い拳の一撃がオーグロブに叩き込まれる。
 それはオーグロブの骨をも砕く痛打であった。



「逆式風水の……扇風機の奥義、見せてあげるっす」
 アルヤンはマイヤを一歩後ろに控えさせ、オーグロブの背後に回り込む。
 魔術式を扇風機のファンに走らせ、絶対零度の氷の渦を巻き起こした。
「世界、滅びたら困るんすよ。自分はマイヤとずっと一緒に居るって決めてるっすから」
 重ねてオーグロブに叩きつけられる鮮烈なる魔法に戦場が過熱する。



「……オーグロブ、お前がどうしてそんなになったのかは知らねぇがよ」
 ヨハンナは赤き焔を纏いオーグロブを睨み付けた。
「誰かを弄ぶその在り方、俺には許せねぇ」
 ヨハンナの焔にヨハネの蒼き術式が加わる。
 重ねてレイチェルとグレイスの祝福が追従するように注がれた。
「我が憤怒、我が命尽きるその時まで燃え尽きる事はない!!!!」
 オーグロブが赤と蒼の焔に包み込まれる。



 真白の長い髪が爆風に靡いた。
 汰磨羈は刀を柄に納め静かに息を吐く。
 研ぎ澄まされた感覚に耳が痛くなった。
 妖気が汰磨羈の足下から立籠める。
 仲間が紡いだ痛手をより深く。傷を抉るように。
「とっておきの手札を切った以上、ここで確実に仕留めさせて貰う。──終いだ、オーグロブ!」
 汰磨羈は勢いよく刀を抜き、その速度のままオーグロブを斬りつける。
 吹き飛ばされた左腕が地面にごろりと転がった。

 アーマデルはパンドラの加護をその身に宿す。
 黒い髪は白く染まり、戦風に長くそよいだ。
 これは大切な人との撚り合わせた糸の影響だった。
「彼の要素を取り込んだ姿。故に彼の元へ帰る為に使う力」
 蛇腹剣を打ち付けアーマデルは前へ前へと突き進む。
「流れ、巡り、廻って捩れ、縺れて巡る。
 ――その巡りを絶やさぬ為に」

「オーグロブ。全ての元凶。此奴が居たから生まれたモノがある。此奴が居たから失われたモノがある」
 愛無は『似たような』カタチとなったオーグロブへ掴みかかる。
 似たようなといってもオーグロブは紫色の異形と化しているのだ。
 醜悪で忌むべき存在と成り果てている。もはや神々の系譜の祖とは呼べぬようなもの。
「だが「親」とは子のために先に立ち、道を切り開く者であるべきだ。僕も大概ろくでなしだが。
 少なくとも、そうありたいと思っている。お前の子を己の道具としか思わぬ所業。許すわけにはいかぬ」
 此まで受けた傷を愛無は力と成す。
 傷つけられた痛みを以て反撃の牙とするのだ。
 愛無はオーグロブに噛みつき、その肉を引きちぎる。
 口の中に広がる異物感に思わず吐き出した。
「まずい! まずい! まずい!」
 噛みついては千切り吐き捨てる。
 神を喰らう化け物の姿に、春泥は目を細めた。
 追い求めた子の姿が目の前にあるのだ。
 神をも凌駕する、愛しい我が子の姿に口角が上がる。

 妙見子はティナリスの傍に立った。
 もう、聖剣は残されていないけれど、それでもオーグロブに立ち向かうその背を押す。
「妙見子さん、もう一度勇気をくれませんか」
「ええ、もちろん。私はいつでも貴方の傍に居ますよ」
 ティナリスの手を妙見子が取る。
 聖剣ではない、何の変哲も無い剣をオーグロブに向けた。
 その剣に重なる手があった。黒衣を纏った手と聖職者の指先。
 振り向かずとも誰の手かは分かってしまった。
「お父様、お母様……ありがとうございます!」
 真っ直ぐにオーグロブを見据え、ティナリスと妙見子は神聖砲撃を解き放つ。

「オーグロブ、お前は何故暴威を振るう? 何が憎くて、世界を終わらせようとする?」
 ボディはオーグロブへ質問を投げかける。
 神々の祖がどんな願いを抱えているのかを知りたいと思ったのだ。
 相手をよく知らぬまま戦うのは嫌だから。知った所で戦いは止まらない。
 それでも知ろうという意志は大切だと思うから。
「我は人間を愛している」
「……は?」
「生きとし生けるものを愛している。生まれおち死ぬまでの時間を愛おしく思っている。
 されど人間は度し難い程に愚かで弱くすぐに死んでしまうのだ。楽しむ間もなく死んでしまう。
 もっと足掻け。運命に抗ってみせろ。なぜすぐに諦める。それは腹立たしいことだとは思わぬか?
 人間というものの可能性はそんなものではない筈だ。我が愛した人間はもっと強いはずなのだ。
 だから、憎い。腸が煮えくり返るようだ。どうだ、お前達は我の愛を受けるに足るか?」
 オーグロブの魔力が濃くなる。
 ボディはパンドラの加護を纏い仲間の前に立った。
「誰一人、闇に沈ませやしない! 生きて、帰るぞ!」
 オーグロブの魔法を受け止めたボディを龍成が抱き留める。

「ルカよ、お前はまだ本番の戦いがある。
 であれば、多少なりとも万全の状態でお前には戦いに向かって貰わねばならん」
 ベネディクトの声にルカは振り向いた。一瞬だけ嫌な予感に眉を寄せる。
「無論、俺も死ぬ心算は無い。だが、相手もまた神──故に俺も全力を出そう」
 ルーの加護を受けし剣をベネディクトは掲げた。
「オーグロブよ。俺達はあなたの示す滅びに従う事は出来ない!
 故に、あなたを倒し、大地として未来を寿ごう!」
「人も神も魔も力を合わせてんだ! テメェ如きに負けるかよ!」
 挟み込むようにルカとベネディクトはオーグロブに刃を向ける。
 オーグロブの胴体に二つの刃が食い込んだ。
「俺達を……舐めるんじゃねええええ!!!」
 剣をオーグロブに突き立てたまま二人は自分達に続けと吠える。

 ニルが壊れればテアドールはきっと悲しんでしまう。
 だからニルは絶対壊れない。
「テアドールも傷つかないでいて、まもらせて」
「大丈夫ですよ、ニルの傍にいます」
 テアドールから伝わる魔力はとてもあたたかい。
 二人の混じり合う魔力を杖に込めてニルはオーグロブへ魔力を解き放つ。
「これで――!」
 ニルの杖から放たれた魔力の奔流はオーグロブの身体を散り散りに吹き飛ばした。

 再生の兆しを止めるのはジュリエットだ。
 祈るようにギルバートと共にオーグロブに相対する。
「親愛なるヘルムスデリーの戦士達、そして決して折れぬ強き勇気の
 サヴィルウスの戦士達よ。貴方達と最後まで共に戦える事を誇りに思います。
 参りましょう、私達の勝利の為に!」
 ジュリエットの声に戦士達の願いが集まる。
 掲げられた杖に願いが灯れば、戦場全体を包み込む光の渦となった。
「例え神であろうとも命を弄ぶ貴方を許しません!!」

 リースリットは細剣を神々の祖、オーグロブに向ける。
「敢えて言いましょう、オーグロブ。
 貴方に憎悪は与えない。新たな闘争等望まない」
 最後に残った頭部目がけリースリットは走り出した。

「終わりにする為、全てを断ち切る為に
 今、貴方を討つ――!」

 リースリットの剣が眩い光に包まれオーグロブの身体を両断する。
 断末魔を残し闇に溶けていく神々の祖は、やがて小さな一雫となって地に落ちた。


成否

大成功

MVP

ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者

状態異常

鶫 四音(p3p000375)[重傷]
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
祝呪反魂
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)[重傷]
紅炎の勇者
メイメイ・ルー(p3p004460)[重傷]
祈りの守護者
ジェック・アーロン(p3p004755)[重傷]
冠位狙撃者
鹿ノ子(p3p007279)[重傷]
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)[重傷]
愛を知らぬ者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃
ボディ・ダクレ(p3p008384)[重傷]
アイのカタチ
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)[重傷]
翠迅の守護
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)[重傷]
祈光のシュネー
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)[重傷]
戦乙女の守護者
水天宮 妙見子(p3p010644)[重傷]
ともに最期まで

あとがき

 お疲れ様でした。長い戦いが終わりました。
 祓い屋、騎士語りに連なる神々の系譜の祖との戦いはこれで終わりとなります。
 ご参加ありがとうございました。

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