シナリオ詳細
<希譚>語べ部に非ず
オープニング
●『音呂木 非夜乃』
音呂木という名には特徴がありましてねえ。
『言』に『一』を組み合わせたものを音と書くらしいんですわ。まあ、日が立つで朝日が昇るなんちゃって、そんな事も言いますわな。
呂もおなじく『口』が二個も挟まれる。それを最後に木で終ると。木ィ、言うんはその形だけ見ればそれそのものですわ。
そも、神木がありますわな。それを見立ててるというのもええかもしれません。
漢字はどうでしょう? 十に八やろか。十八。とわ、永久(とわ)か。そりゃあけったいな名前やな。言霊とは言うたもんで。
音呂木ってのは元より、言霊に関する立場であった事には違いはありません。
そしたら葛籠は? 葛籠ってのは其の儘の言葉ですわ。籠……まあ、箱ですわ。箱っていうのは『何かを仕舞う場所』でしょう?
なら、誰が語って、誰が、仕舞うんでしょうなあ。うちらが『そう』やと思ってはりました?
それは大いに違うわ。誰が始めた物語やろうか。この『希望ヶ浜怪異譚』ってのは――
「非夜乃ちゃん」
呼び掛けた葛籠うつしよを前にして音呂木ひよのは唇を引き結ぶ。
夜に非ず。
年齢も不詳、始めから『希望ヶ浜学園』の先輩として姿を見せた彼女。
音呂木神社の巫女であることだけは分かるが、プライヴェートは余りに明かさない。
希望ヶ浜怪異譚とは何か。
うつしよはこう言った。『誰が始めたんでしょ』と。
イレギュラーズははた、と思い返して頂きたい。
そもそも、語り部が居なければ『真性怪異』に等とどの様にして出会えるか。
水夜子は信頼できない語り部だ。何故か、それは彼女が全容を知らないからである。
ならば? 音呂木神社の巫女であり、訳知り顔で飄々と動き回るひよのはどうだろうか。
真性怪異に嫌われて、その神域に入り込む事の出来ない『巫女』。
帰り道を示すと言いながら怪異との逢瀬をセッティングしていたのは。紛れもなく。
「ひよのさん」
呼び掛ける笹木 花丸(p3p008689)を真っ直ぐ見詰めてからひよのは一歩後退した。
「パイセン……?」
ああ、今ほど『貴女がサボるタイプでよかった』と思う事は無いでしょう、茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)さん。
ひよのはじりじりと後退してから唇を震わせる。
「うつしよ――」
それから。
それから、彼女が姿を消した。否、『隠れた』と言うべきだろうか。
●希望ヶ浜怪異譚
「書物によれば、音呂木(おとろぎ)とは神社境内に存在している神木からとされているそうです。
『神々が神木を目指してお通りなさった』という意味合いで御路木(また、神木が天の世界に繋がっているとされお通りなさるという意味で『戸路来』)と呼ばれていたらしいですよ。それが転じ『御途路来』となり、現在の漢字が当て嵌められた、と」
澄原邸。本来ならば澄原 晴陽の居所ではあるが、病院業務が故に病院近くにマンションを一室借りた従姉に変わって澄原 水夜子が拠点としている場所である。
住民である筈の従兄――龍成も燈堂家に居候状態であるため、実質的に水夜子の『城』である。
aPhoneを一瞥し、父親からの定期的な連絡を横目で確認してから水夜子は広げた資料に向き直る。
「希望ヶ浜怪異譚。――通称を『希譚』と呼ぶそれは都市伝説を蒐集した書であると言われています。
これらは音呂木神社に蒐集され、厳重に管理されていますが……確かに……」
「ね? 我々がいないと、気付かなかったでしょう」
「ええ……どうしているんですか」
眉を揺り上げた水夜子に葛籠とこよがにこりと微笑んだ。イレギュラーズと共に現状確認が為に音呂木神社から場所を移したというのに。
にこにこと微笑んだとこよに水夜子は「とこよ先輩がいるって事は……」と呟いた。
「うちも居るわけですわ、ねえ、とこよ」
「まあね。うつしよ。ぼくたちも『安全に帰りたい』だけですから」
一方は希望ヶ浜大学の民俗学部の青年。水夜子の先輩に当たる葛籠とこよ。
もう一方はその双子の噺家をしている怪談語り部、葛籠うつしよ。
どちらも、希望ヶ浜怪異譚で度々その名を目にする作家『葛籠神璽』と同じ姓を有している。だが、彼等は「ひよのこそ正当な血筋の人間だ」と言った。ひよのがイレギュラーズを巻込まなければ、怪異譚にも様々な真性怪異にも出会うことは無かったはずだ、と。
「ひよのちゃんからすればぼくたちって嫌な存在なんですよね。
なんたって、言霊に対して縛られない上に、ひよのちゃんが『失敗』したら止める立場ですから」
「ああ、そう。そうなんよね。ひよのちゃんが『ダメ』だったらうちらが代りにならなあかん。ああ、いややなあ」
くすくすと笑うとこよとうつしよに水夜子は「失敗? ダメ?」と問うた。
「まあ、色々とねえ。
……希望ヶ浜怪異譚で怪談を蒐集していた作家は寧ろ『怪異を作り出す』方に躍起やったと思いますわ。
そりゃ、言葉を残し、誰かがそれがあると信じれば神様は作り出される。八百万の神々を信仰するこの国ならではでしょう」
「葛籠神璽という男は、そうやって怪異をさも『存在する』ように書いたのではないかとぼくらは考えて居ます。
それがね、どうやって力を帯びるか。皆のように『多数の目』に触れさせて、歪な信仰を神様という箱に入れて、再度、封印しなおすんだ」
怪異とは、神様とは、目にも見えぬ存在を『改めて定義して其れ等を封印し直す』事で管理する。
まるで、神様と呼ぶべき存在を管理しているかのような言い草だ。
それを音呂木神社が成しているというならば水夜子は「そういうこともあるのでしょうね」と納得することだろう。
「……その、失敗やダメというのは『神様を管理できる力があるかどうか』という事で良いですね?」
「さあ。まあ、それでいこうか」
「そうだとして、ひよのちゃんはどうだったんでしょうね。
ひよのちゃんは巫女なのに、神様のお告げを『破って』まで何かをしようとしてたとしたら? 神様は、どうするでしょう」
当然、怒ることだろう。
水夜子はいまいち『聞きたい答えをくれない』2人を見詰めながら肩を竦めた。
「それで――『無事に帰る』とは?」
「よくぞ聞いてくれました! さ、さ、扉を開けて」
ぐいぐいと水夜子の背を押したうつしよがにんまりと笑う。
澄原邸の外には異界が広がっていた。
悍ましい景色そのものだ。
夕焼け空に染まった道は行き止まりが多く、標識が無数に建てられている。
水夜子は「え?」と呟いてから一歩だけ足を踏み出し――背後で扉が閉まる音がした。
「飲まれてしまったみたいですなあ、みゃーこちゃん。うちらも同じや。
さ、帰り道を探しましょか。『皆が語った怪異』も『皆が経験した物語』も、神様はまだ全て平らげてはらへんものね。
この間に出てしまわな……どうやって人間は人間の意識を保ってられるんでしょ」
●澄原水夜子
澄原水夜子と言う娘は歪な精神性を有している。
澄原の家に生まれたが、所詮は『親戚』と呼ぶ立場である。父には「彼女を支えなさい」と常に従姉の名を上げられていた。
才女として持て囃された彼女は常に学ぶ姿勢を崩さず、水夜子から見ても『努力の人』であった。それと同時に『私にはなれっこない存在』であったのは確かだ。
彼女の近くで俯いている『弟』の方が寧ろ親近感はあった。日の当たる場所で姉と比べられる彼が不憫だが、近しい親戚であっても彼が居るからこそ水夜子がとやかく他者に言われることはなかった。
(晴陽姉さんがもしも、実の姉なら私は仲良くはなれっこないだろうな)
それだけ完璧な人だった。あの人の手伝いをしろと言い付けられ、教育されてきた水夜子は「この人をどう支えろというのだ」と幼い頃から思い続けていた。
ああ、そうだ。女だったから悪かったのだ。
もしも、自分が男だったなら。きっとあの人の隣に立つようにと教育されただろう。
婚約者として名を上げられた『可哀想な夜善お兄さん』は全く以て気にしてなかったが、もしも、自分がその立場だったら何れだけ苦しかったか――それだけ、澄原水夜子は澄原晴陽という女には敵いっ子なかったのだ。
(寧ろ、龍君と私は似ているのかも知れませんね。利用価値がなくなったガラクタだったのかも。
……私の反抗期は未だ未だずっと続いている。父が、従姉が『私の役割』として怪異を追うことを与えてくれたのなら――)
いっそ、それらに殺されてしまえば己の存在は必要なものだったとでも教えてくれるのだろうか。
実にバカみたいな話だ。
教育熱心な父におっとりとしたお嬢様育ちの母。兄弟と呼べる存在は居らず、従姉兄の背中ばかりを追い掛けて過すことを強いられた幼少時代。
だからこそ、夜妖という非日常を前にしたときの自分は『それらから逃れられるような気がして』自由だった。
――ああ、姉さん。私ってね、姉さんのことが大好きだけど、大嫌いなんです。
私って、誰にでも好かれて、誰にでも愛されて、誰とでも仲良く出来る女の子じゃなきゃ『利用価値』がないんですよ。
姉さんみたいに人を拒絶していたのに理解しようと手を伸ばすことも出来ないし。
龍くんみたいに欲しがり屋さんにだってなれないし。
……打算で近付いたくせに2人を大切に思っちゃった私はね、それでも『澄原』から逃げたかったのでしょうね。
いっそ、『怪異に取り殺されたって』良いくらい。それに焦がれていたの。
あーあ、怪異に囲まれて暮らしている。羨ましいな、ひよのさん。
「ぃ――――、」
水夜子の唇が震えた。目の前には父の幻影があった。
「ど――して」
かたかたと歯列が鳴った。貴方がいるような場所ではないでしょう?
これが『この空間が見せている幻影』だというならば趣味が悪い。
「違う。私は、もっと、呪われていたいのに。怪異がいい。あれなら現実から離れさせてくれる。だから――」
水夜子は一歩後退してから振り向いた。
「ひよ、の……さん?」
其処に立っているように見えた音呂木の巫女の姿は直ぐに掻き消えた。
鈴の音がする。蹲ってから水夜子は胃の中身を吐出した。ああ、馬鹿みたい。
『選ばれなかったら、何者にもなれないことくらい、ずっとずっと、ずっと昔から知ってたくせに――
- <希譚>語べ部に非ず完了
- [注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月30日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
鳥の囀りは遠く異国を思わせる。吹く風の冷たさに誰ぞかの笑い声が孕まれているかのようだった。
誰そ彼刻には気をつけて。
何者かに出会ってしまうかも知れないから――
澄原と聞けば希望ヶ浜では澄原病院を思い浮かべるものが多く居るだろう。
特定機能病院として指定されたその場所は数多くの患者を収容し、高度な医療を提供している。この希望ヶ浜という『作られた箱庭』においての医療を担っているのだ。故にその一家の有する不動産は数多く、その一つが澄原 水夜子(p3n000214)が拠点として使用する邸宅だ。
洋式の豪邸と呼ぶべきだろうか。決して利便性を追求したとは思えない広々としたエントランスからは二階へと向かう階段が存在している。
通常ならばダイニングとして使用されて居るであろう場所は資料が乱雑に積まれ、本棚や資料棚が運び込まれ会議室の様相を呈していた。
つまり、希望ヶ浜怪異譚の蒐集で水夜子に呼び出された場合はこのダイニングに入る事が多く、資料が置かれていないこじんまりとしたテーブルスペースが食事に使用されているのである。
『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)にとっては慣れ親しんだ場所だ。彼女はああ見えて非常に大雑把な所がある。常に多くの資料に囲まれて書に埋もれて過ごすような所があるのだ。それが彼女の内面をよく表しているように思えた。
外交を好み明るく、常に人を化かすような態度をとるが本質的には彼女は非常に内向的で気弱な人種なのだ。乱雑に積まれた書物の中が彼女にとってのシェルターであり、唯一の憩いのように思えてならなかった。複数のイレギュラーズを屋敷に呼び出し資料を共有したのち、葛籠双子と共に外の様子を見に行った彼女は待てど暮らせど帰って来ない。
「ぶははははっ! どこここー!
ここが澄原邸ってなら今なら澄原雛菊ちゃんのお部屋を覗けるのでは? だめか! ガハハ!」
楽しげに笑う『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)に雛菊――つまりは『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は首を振った。
「此処には住んでいません」
「あり?」
「晴陽先生も病院近くのマンションに居を移しておられますし、龍成も燈堂邸です」
つまり、此処に住むのは水夜子だけである。広く幾つかの洋室があるが覗いて見れども伽藍堂。一室のみ澄原 晴陽の手書きで『過去資料』などと書かれた衣装ケースが幾つか転がっていたがそれっきりだ。
「それにしてもみゃーこはまだか?」
家主である水夜子がここまで戻らぬのは不思議なことだと『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)は窓の外を見遣った。何ら変哲がない。
ただ、窓の外に人影が見えたのだ。
「ぬおおお―――――!?」
勢い良く窓に飛び付いたのは『無銘クズ』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)である。突如のジョーイの叫び声に天川が思わず仰け反る。
「ひ、ひよの殿!?」
その声に反応したのは『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)と『約束』越智内 定(p3p009033)であった。
「ひよのさん!?」
「えっ、居たの!?」
二人は慌てた様子で窓に駆け寄るが、彼女の影は見えなかった。
ジョーイや花丸、定が慌てたのには訳がある。音呂木・ひよの(p3n000167)は忽然と姿を消したのだ。
「パイセン、外に居るんじゃね」
秋奈は何となく呟いた。花丸も頷く。定も妙な予感がしていたのだ。ある意味、安全が確保されたのはこの邸宅内部だけではないかと思えるほどの。
「……外、出てみる?」
「そうだね。もしもひよの殿が『外』に居て、それが俺達の知る『外』でなかったとしても。
あの人はいつでも俺達を待っていてくれたし。……ただ、一つだけ心配なことがあるんだ。一番に心配なんだよ。
ひよの殿がこのまま何処かに行ってしまうような気がしてならないから」
『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は鈴を手にしてからそう呟いた。ホールに存在する窓の向こうには当たり前の様子で澄原邸の庭が存在して居る。
「うん……ひよの、確かに見えたよ……いたとおもった」
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は確かめるように窓に手を掛け、鍵を開け――出ようとした、が、ゴチンと何かに頭がぶつかった。
「!? えっ!? 待っっっ、えっ!?」
リュコスがぐるんと振り返る。「待って」と繰り返してから窓を指差したリュコスに『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は「へえ、興味深いねえ」と呟きながら窓の外に広がる景色を『叩いた』
「出られない」
「えっ――――!? でも、ひよの居たし、動いて……。
ひよのはどこかに行っちゃうし、お屋敷の様子はおかしいし! どうなってるのーー!?出られないよー!」
大慌てを行なうリュコスとは対照的に「実に興味深いな」と『空間』を叩くゼフィラ。
「閉じ込められた、と言うべきかな」と空間が遮断された屋敷内を見回してから『結切』古木・文(p3p001262)は呟いた。
「だが、出入り口から先程みゃーこは出て行った。なら?」
僅かにだが『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)の好奇心がそそられた。どうにも扉を開きたくなってしまったのだ。
斯うしたときに好奇心がそそられるというのは実によくあることだとラダも文も知っている。
怪異とは人の手を介さなくてはならないのだ。ある種の伝染病めいたところがある。噂話が根幹と成り得ること、人の信仰が形を作ること、諸説有りけり等と語りながらそれらが全て『ベース』を作り様々な怪異を産み出すことを知っている。
そうした怪異との接触には人間の側の行動が起因することが多いのだ。
ならば、斯うした場合の好奇心とは『誘われている』と認識するべきだ。
「外……」
呟く『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は真っ先に隣に立っていたはずの『魔女の騎士』散々・未散(p3p008200)を見た。
その体には桜の痣がある。それは熱を帯び、肉を盛り上がらせるように存在感を強めていたか。
「参りましょう」
「未散君!?」
「呼ばれていますよ、声が聞こえますでしょうとも」
振り返った未散の顔には笑みが浮かんでいた。なんとも、『笑顔を貼り付けた』とはこういうことを言うのだろうか。
アレクシアはごくりと唾を飲んでから「開けようか」とそう言った。
誘われたからには、応じたからには行かねばならぬ。何故ならば、怪異がその首に手を掛けたのと同義だからだ。
「ああ――……こういうのを誰そ彼時と言うのでしょうか。
知っているようで、知らない希望ヶ浜。いや。そもそもここはどこなのでしょう」
右を、左を。上を、下を。そうやって見て見ても違和感が首を擡げて見返してくるだけだ。『航空猟兵』綾辻・愛奈(p3p010320)は「はて」と呟いた。
「再現性東京の……夜妖には何度か遭遇しましたが、まあアレらはある種人間味のある下世話っぽさがありましたが……アレは拙い。
真性怪異とやらは我々なぞ歯牙にもかけていないのでしょうが……ともあれ帰らなければ。
振り返らない。持ち帰らない。判り合わない。……あとは食事をしない、でしょうか。
この世界によもつへぐいの概念があるかは判りませんが、警戒するに越したことはないでしょう」
当たり前の様に理解出来た概念と共に、探し求めねばならないと感じたのは水夜子だった。彼女こそが個々で一番に頼りになると愛奈は認識していたのだ。
「みゃーちゃんさんを探さなくては……」
空へと上がれば、街は奇怪なほどに整っており、空気は清冽であった。まるでそこだけ取り残されたとでもいうように。
「ああ、みゃーこ先輩を助け出さねばならないな」
『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は頷いた。嘗ての己はどれ程に何かを怖れて生きてきただろうかとブランシュは考えた。
自分の使える物が効かず、理解さえ及ばないから子を拒絶していたが怪異を怖れる必要性をブランシュは感じなかった。
怖くなどない。真性怪異に剣が届かなくとも切り返すことができるなら。最速で逃げ切ることも出来よう。
(そう。遣るのは人捜しだ。アリエ様も、若宮で振り返った男もいるだろう。
……だけど俺にはもう、戻る道は無いんだ。強くない者は、死ぬしかあるまい)
反芻させた言葉と共に背後から聞こえるすべてを無視する。耳を鎖せば恐れる事など何もない。
そうだ。所詮は心象ではないか。悍ましささえも遠ざければ何れは救いが訪れるはずなのだから。
「不思議な空間……ですね」
『無情なる御伽話』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)は周囲を見回した。夕焼け空は瞼をも焦がすように燦々たる色をしていた。
「……けれど、だからなんだというのでしょう。
出口を探せばいいだけのこと。出口がないなら空間をぶち壊せばいいだけのこと」
ミザリィは怪異を見てきた。怪異に携わってきた。怪異を追い求めてきた。だが、それらは不可思議であれど理解出来ない物であれど、恐怖ではない。
世界で一番に怖いのは――『私自身』なのだから。
●
外へと踏み出す前に。「貴様、資料を持ってきてくれ給え」なんて――『可愛い女の子』にお願いをしていたのは『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)であった。
「いや『可愛い女の子』ってアタシ? えっなんでアタシ呼んだの???」
「貴様、怪異だ」
「夜妖退治だから??? 夜妖なんてレベルじゃねぇのよこれ!!! 目が回りそうよ……」
ロジャーズの傍に立っていたのは火々神・くとかであった。澄原邸へと足を踏み入れ、そして一緒に外に出たのである。
そう、簡単に言えばくとかは巻込まれた側であり、ロジャーズが巻込んだ側なのだ。
「どうして!! なんで!! アンタが先生とか意味がわからないのよ!!!!!」
ぎゃあがあと叫ぶくとかに「私は『せんせー』故『生徒』が迷子にならないようにな」と頷いた。
「じゃあ巻込まないでよ!」
「『生徒』が迷子なのでな。何処かで蹲って居るであろう誰かさんと、鈴の音を頼りに行かねばならないだろう!
ほら、解るだろうか。夏も過ぎたというのにこの暑さ、蝉時雨にも似た雑音。目眩がしてくるのも仕方ないだろうよ!」
「もう秋なのよ!!!!!」
くとかは「ああ、もう」と頭を抱えて蹲った。それでも、ここで大人しく何てしていられない。
「進むなら進みましょう。他の皆もね。聞いて!
良い? 絶対に返事はしない事、振り返らない事、応えない事、これに尽きるわ。
アタシはアンタの為を言ってんじゃなくて、生徒の事を思ってんのよ。わかる? 他の生徒も巻き添えよ?」
びしりと指差すくとかにオラボナは「ふむ」とだけ呟いた。
「まあ、それは仕方ないのでしょうね。もう巻き添えとも言えるし……」
周囲を見回してから『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は「それでも此処は不思議な空間だし、異質だわ」と呟いた。
「今まで怪異による異世界には何度も引き摺り込まれた事がある。けれど、ここは異質な中でも異質だって思えてしまったわ。
夜妖の数もそうだけれど、覚えのある気配が幾つも……。
音呂木と関係があるのは間違いないでしょうし、抜け出すにしても幾らか情報は持ち帰りたいわね……水夜子さんの方は大丈夫かしら」
懐かしい気配がするというのがなんとも異質そのものだ。そんな異質な『懐かしさ』が最も危ういとも『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は知っている。
「異界から帰るコツは水夜子殿の言う約束通り、そことの縁を結ばぬ事、元の居場所との縁を見失わぬ事。
ただ、居続けるだけでも縁は緩やかに縒り合されるもの……薄暗い部屋で気づかぬままに、真白の糸と生糸を混ぜて撚り合わせるが如くに」
そうやって全ての縁が縒り合わされてしまえば帰り道を見失う。此れまで帰れていたのはひよのとの縁が存在して居たからだろうか。
「どこもここも怪しいし、近づくにはリスクもあるが、動かず立ち止まっていてはじわじわと呑まれて行くだけ。
まあ、好奇心は猫を殺すが、箱を開けてみるまでは猫が生きているか死んでいるかは分からない。つまり箱を開けられるまではセーフという事だ」
楽観的に声を弾ませるアーマデルに『闇之雲』武器商人(p3p001107)は笑みを含めながらも押せるように袖口で口元を覆った。
「こうして"隣人"達の庭を歩くというのも新鮮だよね。
『ここがどこなのか』を誰も知らない。でも、みんなが『知っている』痕跡がたくさん、たくさんあるね――みんな。みんなっていうのは、イレギュラーズ達の」
くるりと振り返った武器商人の背後には過知 観音子が立っていた。
「やあ、こんにちは」
「ええ、こんにちは」
ふわりと髪を揺らした彼女は神出鬼没。彼女の存在こそ武器商人の痕跡の一つではあったのか。
「いやしかし、ここはそうだね、『箱庭』みたいだ。ああ、いや、どちらかと言うと『標本箱』とか『コレクションボックス』みたいに感じるかなァ。
この『箱』がカミサマに奉納された賽銭箱の中なのか、我(アタシ)たちの記憶から組み上げたものなのか。
はたまた葛籠神璽の神域なのか、それはまあはっきりとはしないけど。語られている以上はどちらも同じだろうし」
「葛籠神璽ってなにかしら?」
観音子に武器商人は「さあねえ」と囁いた。『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)は「水夜子さんを探しましょう」と周囲を見回した、が、ああ、どうにも景色が歪んでみるのだ。
「しかし……迷い込ませる側ではなく自分が迷い込む側になるとは思いませんでした。
怪異を作り出す……まるで自分が生まれるところを知るような心地ですね。
しかしここはすごいですね、あっちこっちに触ってくれとばかりに怪しい要素がたくさんあります、一つぐらい拾ってもいいですかね?」
揶揄うような声音が弾んだ。リズミカルに跳ねたそれを拾い集めることもせず『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は「どうでしょうか、ダメでしょうか」と単調なステップで歩き出す。
この空間は心地良い。母の胎内で微睡むようなぬくもりが満ち溢れている気がしてならないのだ。
それはある種の怪異としての本能だったのか。『異世界で現れた怪異』であろうともこの地に親近感を抱いたならば恐怖など何処にもあるまいに。
「これは、なんだろうな。音呂木の神様の領域……なのか? しかし、どうして、こう、急に?
何かを――間違えてしまったのか? いいや、そんな筈は。……ない、よな。自信が、何一つ、持てない」
頭を悩ませる『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)。この反応こそが『正常』である筈なのだ。
大前提は無事に帰ることなのだが、どうしたってこの状況はノーヒントに等しいではないか。何がトリガーであったのかを青年はまだ知らない。
「ダメ元だが、タムケノカミを探すか……?」
呟いたカイトは「本来なら『みち』を示す存在である筈だから。『正しく動いてる』なら、それが最速のハズだ」とそう言った。
「……ただ。今回ばっかりは正しく動いている気がしない。だから、これは博打だ」
ダメならば死ぬ気で逃げ延びなくてはならない。こんな場所だから『死んでしまう』可能性は十分にあろう。
「ここはどこ」
私は茄子子。
自己認識は完璧だと『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)は息を吐く。解らないことが解れば良い。『私』は何も忘れて何ていないのだ。
自己の認識。それはミザリィにとっては最も曖昧なものだっただろうか。
混沌では誰にも見せては居ない本来の姿。足元の影がそれを形作った気がしてミザリィは慌てて影に全てを覆い隠した。
――暴食の巨狼。
ミザリィは引き攣った表情を隠せずに居た。影が全てを表している。何もかもを白日の下に晒すのだ。
夕暮は気をつけなくてはならない。影が逃げ出してしまわぬように。
狼は何者も喰らい尽くすのだ。実の兄さえも食らわんとした『悪食』。
(母様――どうして私を人狼として作ったのですか。
母様――どんな思いで私に名前を付けたのですか)
暴食の気持ちが痛いほどに分かって仕舞う。抑えるように胸に手を遣った。
己の名は、己を表しているのだろうか。本当に『Misery』であらばよかった。己が惨めなだけで済むならば狼は退治を為れてハッピーエンドで物語は結ばれる。
けれど、真名が持つ意味は無情。誰かを巻込む可能性が酷く、酷く恐ろしかったのだ。ああ、影が――蠢いている。
●
右を見ても左を見ても。何処を見たって可笑しな空間なのだ。
猫又と言えばある種日本妖怪の『代表格』でもあるのだが、『見習い情報屋』杜里 ちぐさ(p3p010035)はこの世界に「異質なのにゃ……」と呟いた。
情報屋たるもの危機の中に飛び込むことはままあることではあるが、この中では嫌な予感がしてならないのだ。
「このイヤな予感……これが、黒幕で、そいつを倒したら解決……しそうなのに、僕の猫又の勘が『やめとくにゃ!』って言ってる気がするのにゃ……」
「正しいかもしれません」
こくりと頷いた『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)にちぐさがぱちくりと瞬いた。
「なんだかよくわからないところ、ここにいちゃいけない気がします。
ニルはとこよ様たちが言うこと、よくわかりません。ひよの先輩が言うことも。でも、ここはこわくてたいへんなばしょです」
ちぐさは「あ、ひよの。ひよのを探すにゃ?」と問う。
「はい。ひよの先輩はわるいひとなんかじゃないです。やさしくていいひとです。ニルにたくさんのこと、教えてくれました。
いっしょにごはんも食べました。だから、ニルはひよの先輩のところに行きたいです。
ひよの先輩がかなしかったりくるしかったりするなら。いっしょにごはんを食べたいから」
「……! そうにゃ。ご飯を食べると美味しくって幸せになるにゃ!」
ちぐさも憧れの情報屋と共に食事をすると元気いっぱいになったのだ。ニルは「おにぎり、持って行くのです」と懐にアルミホイルに包んだおにぎりを抱えていた。
猫のココアと一緒のニルをまじまじと見てから「猫、可愛いにゃ!」とちぐさがぱあと明るい笑みを浮かべる。
「実際『イヤな予感』の方向に行こうとすると足が震えるのにゃ。
こんなんじゃ倒すなんて無理そうだし、安全に助かる方法を考えるにゃ。
とにかく、水夜子かひよのを探すにゃ、それが一番にゃ」
うんうんと頷いてからちぐさはじいと標識を眺めた。出口やら安全やら書いてあるがちぐはぐで危うく見える。
あの非常口と書いてあるものも近付くことを厭う程だ。
「みゃこちの言ったこと、前2つはおけまるだが……最後のは保証できないな! その保証書は去年までだぜ」
何時も通りの秋奈の姿で、何時も通りの明菜の顔をして、何時も通り楽しそうに笑うのだ。
太陽みたいに明るい彼女はうつしよととこよが気になると言いながら「テーマパークだぜ」と笑っている。
その背中を見送ってから『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は危うさを感じていた。
「禁忌に一つ付け加えるぞ。『名を聞かれても絶対に答えるな』でないと奪われる」
そう告げたがいまいちピンときていないような顔をして居る者も多かったのだ。
「……ここはカミサマの食事処ってわけか。そんでひよのさんもここにいる。
そもそも何故ここにいる? 本来なら俺たちが取り込まれるはずだった。
それは俺たちが被害者として怪異を維持する役割も担ってたからではないだろうか?
彼女は語部だ。なら語ったものを維持するために。食事を提供する料理人のように。
カミサマのお告げを破ったその代償に。ここにいるのではないだろうか」
「もしくはそのものを捧げなくてはならなかった、とか如何でしょう」
『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)に「えっ、生け贄的なですか!?」と『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)が叫んだ。
「ええ。そも、この場所は何か。語った怪異、経験した物語を平らげる……仮に神がいたといしてそのようなモノを頂くというのはどうなのでしょう?
ですが、思い返せばそういう事がなかった訳ではありませんね。人々の語り継いだ事などが実際に起こったりした事はありましたし……。
神の食事は供物や贄とも呼ぶ事があります。
食べている間は具現化、もしくは現世に現れる等しているのでしょうか?
もう少し踏み込むと巫女を通して聞いている、もしくは何かの儀式の場で聞いているという所でしょうか? ならば――」
「はっ、そうですね。ひよのさんが巫女ですしね」
怖いと呟いてからしにゃこは「とりま笹木さんについて行きます。一番に行くのが笹木さんの役目ならしにゃはその足元を固めるのが役目です!」としにゃこは胸を張った。
「ぬわあああ―――! ひよのどのー! どこでありますかー!?
くっ……ひよの殿の悩みに気づけぬとは……吾輩一生の不覚! 何としてもひよの殿を探し出して力になるでありますぞー!」
頭を抱えるジョーイは鈴の音を探してみせると花丸達を振り返った。
「見るからにやばたにえんな怪異もいるでありますし、隠密行動深追い厳禁でありますぞー!」
深追い厳禁だとそう告げたジョーイに「確かに、やばそうとしか言いようがありません」とボディは頷いた。
「理由は何であれ、入ったならでるしかありません。
一先ずは『駅』に向かってみようかと思います。百物語を切っ掛けに異界に来たのなら、恐らく此処は音呂木と関わりがある場。
そして音呂木と縁が深いタムケノカミは『旅人の安全を護り、旅の安全を祈るみちの神』。
……ならば、電車で遠くへ『旅へ出かける』ための施設である駅は、何かがあるのでは?」
ボディは線路を伝い異界を脱出する事が出来るかも知れないと好奇心を前面に押し出した様子でそう言った。
「駅といやあ」
「はい。石神の怪異が思い浮かびます」
あのアナウンスが何処からか聞こえる気がしてボディとニコラスは顔を見合わせたのであった。
リュティスは「あまり真性怪異に干渉はしたくありませんね」と仲間達を振り返る。
「神の領域と思われる場所で戦うのは無駄に思えますから……。
それにしても、語部会でひよの様が最後に聞いた話はなんだったのでしょうか?
順番に食べられているとすれば最後に聞いた話に酷似する場所と出口が繋がっていると考えるのが自然ですから……」
「そもそ、最後に話したのは誰だっただろう。うつしよさんかな」
文の言葉にリュティスはぴくりと眉を動かした。それならば、最後の話は『音呂木ひよの』が何かではないか。
怪異の気配がもうすぐ傍にまで迫ってきているのだろうか。蔵掃除のお土産として手にしていたのは現世への頼る綱か。
(……こうしたものは、窮地を脱することが出来るでしょうがあくまでも個人的な話であり、全員となれば神が好むか否かでしょうか)
文からすれば怪異とは、恐ろしい存在ではあったが今はその感情が薄れてしまっている。ある種、危機感を喪ったと言うべきなのだろうか。
彼に自覚がなくとも恐怖心が薄れ、面白いのだと探究心に満ち溢れてきた時点で男の精神性は歪んでしまったのかも知れない。
だが、最優先はロジャーズと同じだ。生徒と共にこの空間を抜け出すこと、だ。
「うん。何をするにも『ひよのさん』かな。
真性怪異へ案内されたと言えばそうなんだけど、実際は此方から嬉々として怪異譚に頭を突っ込んでいったようなものだからねぇ。だから、何かあったとしてもひよのさんの所為じゃないよね」
「もちもち。まあ、聞いてって欲しいんだけどね」
秋奈はそれぞれが探索に向かうイレギュラーズへと向けて微笑んだ。
――この時のために今までやってきた。見習いだなんて言われたって彼女のやっていたことは解る。
「今回だけは私ちゃんが『音呂木の巫女』だ」
――だから、「帰ってきて。『おかえり』と言わせて上げて下さいね。」
●
「Uhh……何はともあれ一人はやだ……じゃなくて、同じく異空間に閉じ込められた人が心配だ……。
何だか見覚えのある、怖い思いをした時のあれこれが見えたような気がするし……」
ぶるぶると震えるリュコスに「大丈夫か」と問い掛けたのはニコラスであった。
「うん……みやこを探さなくちゃ……。あぶないことになっている予感がするし、早く見つけだしたいんだ」
この空間はどうしても何かが後ろ髪を引くのだ。リュコスは恐ろしい何かが背後で迫ってくる気配がする。
一人だとそれに答えてしまいそうになるのだ。置いていかないでと手を引く気配も、どうしてお前がと糾弾する声も。
何もかもが、悍ましいというのに。心惹かれる気配がする。
「リュコスさま?」
ニルに問われてからリュコスがふるふると首を振った。「なんにもないよ」と告げたは良いが手首に残った気配がぎりぎりと痛い。
猫のココアと共に進むニルはひよのの居そうな場所に行きたいとココアに『おねがい』をして居た。
杖をぎゅうと握り締めていたが、靄が強くなってきてからニルはぴたりと足を止めた。ココアが警戒している気配がある。
ここから先は――進んでよかったのだっけ?
ニルは引き攣った声を漏して蹲った。
――ニル。
――ニル。
呼ぶ声がする。はた、と目を覚ませば真っ白な部屋が存在して居た。目が醒めた。検査の時間だ。
『彼』は呼ばれてベッドに横たわる。何も解らないまま連れて行かれる。肌を引き裂かれる。血はでない。作り物の肉体は痛みを叫ばない。
『彼』は理不尽にも胎内を掻き混ぜられコアを弄られた。怖い、怖いと泣き叫んでも止まらない。漸く痛覚が追い付いた。苦しいと叫ぶ。
止まることは無い。意識が途切れるまでずっとずっと、白衣を着たその人は――ミニミス――ニルの――
「ニル? ニル!」
呼ぶリュコスの声にニルがはっと息を呑んでから首を振った。
「こ、こ……」
「Uhh……こ、ここは、ほら、こわいところ……大丈夫……?」
「はい……」
何かを見ていた。かたかたと手が震え始める。見てはならない物を見てしまった。夕暮の空で烏が鳴く。
烏の鳴き声は不安定に空を裂いてから、消え失せる。ああ、何て悍ましい――
「異界……というべきかなんというか。空間を容易く作り出す力はやっぱり恐ろしい相手ではあるね。
さて……未散君、今回は独りで残ったりしちゃダメだからね。一緒に帰るんだよ!」
アレクシアは帰還を要請した。帰る帰れないはさて置いて『帰りたい』という意志だけは持っていて貰わねばならないのだ。
「はて」と言う顔をした未散に咳払いを一つ。何時だって明るい深緑の魔女は騎士にたじたじなのだ。
「大丈夫ですよ。最悪、あなたさまだけでも帰しますから」
「そうじゃなくて! 一緒に! 帰るんだよ!」
「……はて」
もう一度未散はぱちくりと瞬いた。さて、隣の温もりは心地良くて眠たくなる。嘘だ、こんな所で眠るわけがない。
先ずを以て定義しよう。『ぼく』を『未散』とするならば『あなた』はそう、『アレクシア』だ。
蒼い義手を「あたたかいね」と掴んでくれる可笑しなこの掌は、いつだって温かい。貴女の方が暖かいとは言いやしないが。
「何処行きますか」
「調べたいことがあるんだ」
「ええ、ええ、屹度参るところは一緒でしょう」
タムケノカミ。その名を口にすることはなく、アレクシアは未散のもう片方の手を掴んで輪を作った。
こうすれば『見やすい』のだ。彼女は――あさはその中央に立っている。姿はあの『村』で見た姿と同じ。黒髪に着物を着用している――かと思えばパンクファッションだった。
「あれ」
「おや、あさ様。ぼくたちとお揃いになられましたか」
頷くあさにアレクシアは頬を掻いた。ギターを背負った未散と良く似た現代的な格好をした『憑き物』は可愛らしい妹のようだったからだ。
「君もいつぞやみたいに勝手に呪いを引き受けたりしちゃあダメだからね!」
「ええ、ええ、無理などしてはなりませんよ。あさ様。
――ぼくは怖がられていますが、存外あなたさまの事を大切に思っているのですよ。贄だからともう誰かの肩代わりなんてしなくて良いのだ」
あさは未散を見上げてから唇をはくはくと動かした。声などない、が、伝えたい詞はようく解る。嗚呼、成程。
お前が言うなとでも言ったのか。
ブランシュはすれ違い様に未散を見てぞうと背筋に嫌な気配が走った。彼女の傍に幾つかの花弁が舞い散っているのが見えた。
それがこの空間全てを拒絶しているようだったからだ。
「にゃ……?」
ぱちくりと瞬いたちぐさは「あ、外と連絡すれば助かるにゃ?」と電話ボックスを見付けて駆け寄った。
「にゃ! あの透明の箱、昔の電話にゃ!テレビで見たことあるにゃ!
あの電話を使って誰かに助けを求めるのにゃ! なんか音が鳴ってるけどどうすればいいのにゃ?」
「鳴って居る……?」
いやいや、危ないだろうそれはと言い掛けてから定は唇を引き結んだ。本当に危ないのかそれが外からの連絡なのか定かではない。
「ジョーさん、とりません!?」
「え、じゃあ僕次行くけど、ダメだったらしにゃこさんね」
「えっ、しにゃは安全に出たいんですがー!?」
騒ぐ定としにゃこを振り返ってから花丸はどうしたものかと公衆電話を見遣り――ちぐさが電話ボックスに入ったことに気付いた。
「取っ手みたいなのを取る……のかにゃ?
あ……でもよく考えたら僕、澄原のお家とか助けてくれそうな人の電話番号知らないのにゃ……。
……そもそも、冷静に考えたらなんで公共の電話から呼出音みたいなのが鳴ってるにゃ?」
――普通鳴らない?
こそりと振り向いたちぐさに花丸が戻ってお出でとジェスチャーをした。慌てて離脱するちぐさの目には涙が浮かんでいる。
ネックレスとイヤリングを付けている。彼が危ないと伝えてくれている気がしたのだ。
「もしもし」
さらっと出た定は『それが何を意味する怪異があるか』の選択を行えていたのだろう。何不自由ないような顔をして首を振った。
「何もないにゃ? はあ、安心か、にゃ……」
――――
「にゃ?」
ぴたりとちぐさが足を止めた。
「今、ショウの声が――」
「聞こえたでありますか!? 居たらビックリ!」
勢い良くジョーイが飛び込んできたのであった。
「さて、と。音呂木には恩義があるが、今は先に葛籠の2人とみゃーこを探さねば。……ただその前に試したいことがある」
静かにラダは行った。「タムケノカミに接触してみたい」と。ゼフィラ自身も「同意ではあるな」と頷いた。
「以前は有柄島の調査で意見交換をさせてもらったし、この手の事件に巻き込まれているなら手を貸したいが水夜子君捜しの手前にでもね。
音呂木から旅立つ者を見守って居た存在ならば音呂木の者から送り出された水夜子君も見守る対象だろうか」
ゼフィラは何気なくそう言った。ふと、顔を上げれば路地の陰に何者かの姿が見える。
「あれは――」
百物語でひよのに聞かせた子育て幽霊か。それがそこに鎮座していた初めて『これがそういうもの』だと認識した。
物語を捧げる。語り部会。その意味合いを翌々理解しただろう。
「手向けられた物語の集積場……とでも言おうか。しかし、タムケノカミ。
成程、『旅人』と縁の深そうな名だ……ただ、手向けは死者へ贈られる事が多く、神仏への供え物をあらわす事もあるのは少し気になるが。
神霊とはそういうものだろうか。
ヒトが可能性の糸を撚り、編み上げるように、神霊のいくらかはヒトが編んだ可能性を衣として纏う。その色模様はヒトの数だけとりどりにあるのだろう」
そういえば、とアーマデルはふと物思う。
これまでの『夜妖』いいや、『真性怪異』とは皆がそうしたものだったのではないか。
人が縒り合わせた可能性によって産み出された怪異たち。実に分かり易い人造の脅威だ。
「……影が」
鏡禍がはたと顔を上げた。『故郷を歩く』ような気持ちでこの中を進んでいたが、ひよのらしき影を見かけたと少し歩調を速めた。
彼女は何かに奮闘しているのか。それとも彼女が神隠しに遭ったのか。後者であれば寧ろ神への嫁入りのような気がしてならないが――
「この空間は霊魂に声を掛けるのは……あまり得策では無さそうですね。
話に聞いた音呂木神社の神木とか、神が通った道ということで道になってるかもしれません。そちらへ向かいましょうか」
鏡可はすたすたと歩いて行くが、はたと足を止めた。
眼前には柔らかな金色の髪をした娘が立っている。寓話めいた格好をした彼女は御伽噺を寄せ集めた口伝の存在だ。
所謂鏡禍と同じ生まれである。
「ヒュッ――」と息を呑んだのは鏡禍が彼女に対して忌避を感じているからだ。
「あ、あ」
姿を見るだけで怖れが走る。声を聞けば体が竦む。『こんな場所に居るわけがないのだ』
けれど、幻であろうとも決して姿を見たくはない。何よりも恐ろしい物を見たときに人間は逃げ出すよりも先に声が出なくなり立ち竦むらしい。
振り向いてくれるなと願うように鏡禍は硬直しながらそれが立ち去るのを待っていた。
●
「駅は案外簡単にと言うべきなのでしょうが、ちぐはぐですね」
ボディが呟けば、此の辺りは鈴の音がするとジョーイが不思議そうに周囲を見回す。
「駅なのに改札がないでありますな」
「はい。線路や階段、地下通路はありますが、肝心の改札や券売機はありません」
「あんまり改札に纏わる怪談がないから、なーんて!」
からからと笑ったジョーイに「そうかもしれない」と言わんばかりにボディは振り返る。そうだ、この内部では『イレギュラーズの最も印象的な事』や『怪異に纏わる経験』が具現化しているように思えるのだ。
それは詰まり、語られた怪談や口伝をこの場が取り込んでいる証拠でもある。ニコラスの言った『怪異の食事処』そのものだ。
「……道中もでしたが怪異が多い気がします。今まで見かけたような夜妖もいますし……まるで怪異の情報の吹き溜まりです」
「あまり襲ってきませんな」
「恐らくトリガーがあるのかと」
怪異に『逢う』にはそれなりの状況が必要だ。相手はけだものではなく怪異なのだから。
例えば駅構内で落ちていた定期券を拾った『だけ』なのに。例えば駅構内で曰く付きの階段を上った『だけ』など。
そうした事を調べる為にありとあらゆる怪異の『スイッチ』を押し続けるボディを見かけてからリュティスは「如何ですか」と問うた。
「生身では危険だと思い式神に線路向こうへと行かせましたが、電車に纏わる怪異とは多すぎて何が出るかも解りません」
「そも、繋がっているのでしょうか」
「それも不安視するべきでしょう。何せ、怪異の集積をし物語を縒り合わせたような場所ですから」
水の音がする。滴り落ちる雨の気配か。
「……あれは……蛇、巫女……滝壺の……?」
ぞろぞろとそれは歩いて遣ってくる。滴る水の気配を感じてからラダがごくりと生唾を飲んだ。
そうだ。封ずるというのは蓋をするだけだ。救われた訳ではあるまい。ならば、彼女達は今も変わらずあの地に縛り付けられているのだろうか。
(音呂木の鈴を沈めていれば彼女等の脱出口を作れたろうかと今になって思う。……だが全ては後の祭りだ。
余計な手出しはしない方が良い。余分な手出しはより怪異をつけあがらせるだけなのだ)
ラダはふと、もう一度繰返すように言葉を反芻した。
葛籠の意味、音呂木への態度、神を封じる箱、失敗した時の代わりーー真性怪異は体を欲しがると聞いている。
タムケノカミに聞く言葉だけは疾うに決まっていたのだけれど。
未散はアレクシアと共に歩む。
だが、あの手この手を駆使して見れば寧ろ引付けてしまうのではないかとも未散は感じていた。
桜は自分自身の事であれば危険などとは言わないが、この気配は飲まれぬように頼らねばならぬではないか。
「ほら……ああ、まあ」
彼女との手が離れて閉まったことは悔しいが。
「ほら矢張り、『櫻(あなたさま)』は道を阻むのですね。
此の処を暫しの間、厳の斎庭と祝ひ定め、正しき作法は知らねども僕が存在懸けて捧げんとす。
暫し御心に留め給へ、櫻が根へと攫ふ前に未だ現世を咲く姿
未だ散らざる此の僕の思ひ想ひて願ひたる
徒し事とぞ捨てられず何卒聞き届け給へ畏み畏み申し上ぐ――」
言ノ葉とは酷く歪な言葉になるのだ。ああ、ここまで想われているならば悪い気はしないけれど――
(ぼくは彼女に■しているから)
だから嫁ぐなれば全てが終わった満開の桜の下にて恋ひ願ってくれないか。
乙女の囁きなど遠く「未散くん!?」と遠くから聞こえた声に、桜がざあと履けて行く。
アレクシアと、それから。茄子子だ。
「……ねえ、あの……」
茄子子は未散の傍へとふらつくように近付いた。信じられないとでも言う様に目を見開いた。
未散とアレクシアにはそれは桜の花びらにしか見えないが茄子子には確かに形を持って見えていたのだ。
「蕃茄……?」
誘われるように茄子子は花弁の前に膝をついた。
「ホンモノ……?」
いや、違う。お母さんは解るのだ。ホンモノのようで、そうではない。気配がする。気配はするけれど、曖昧だ。
「……どこに、行くの?」
茄子子はゆっくりと立ち上がった。握り締めていたぬいぐるみを取り落とした。
道ばたに落ちていた人形を拾って発狂しかけた『良い思い出』が唐突に忘れ去られる。水夜子が持ち帰らなければ大丈夫だと入っていたけれど――ああ、これが『ダメ』なのか。
「蕃茄」
ゆっくりと茄子子は立ち上がった。あの時は綿を握っていたのだったか。臓物をぶちぶちと千切るような行いだったか。
それもダメなのだろうか。
「蕃茄……」
何度も名を呼んだ。それだけが『縁の糸』のように茄子子をうつつと繋いで居る。
怪異と友達になりに行く茄子子は蕃茄が居る以上は深追いする気は無かった。己を忘れてしまうことは恐ろしい。だからこそ、忘れないように振る舞わねばならないのだから。
歩いて行く茄子子を追掛けてアレクシアと未散もついて行くことを選んだ。茄子子が誘われるように向かう先は――屹度『出口』に繋がっている気がしたのだ。
蕃茄から感じた桜の気配は紛れもなく未散が有するものと同じだったから。
●
「けど、あれ。どうして。こんなところに。 お前が。ここから、でなきゃ、いけないのに。どうして」
定まらぬ言葉と共にカイトは唇を戦慄かせた。違う、そんなんじゃない。
間違っていたって見た目は『同じ』ではないのだ。俺と、俺達と、お前は。言い聞かせているのに、頭は、嫌な咆哮にばかり言葉の線を結ぶ。
「ああ、そうやってまた出来もしないのに続けているのかね」
――違う。
「それだから、なりそこないなのだよ」
――今の俺はそんなんじゃない。
「お前は、そこから抜け出すことなど出来ない」
――だから、俺を、何も見ずに、否定しないで。『とうさん』
引き攣った声を漏したカイトの腕をぱしりと掴んだのはボディだった。
「何か、見ましたか」と。首を振ったカイトの傍ではロジャーズが笑っていた。
「パーリーピーポーとやらを探しに貌を晒したら、果て、私は別の貌にでも出遭ったのか?
兎も角、私が成せるのは、探索と、足を突っ込む程度くらいか、まったく夜妖どもは騒々しく、真性どもは何処までも自分勝手で我儘らしい」
すたすたと歩いて行くロジャーズを追掛けながら「アンタもね」とくとかは眉を吊り上げる。
「まさか、私を自分勝手で我儘な神ではないと認識しているのか? 何度でも謂うのだが、我こそが、汝、混沌の化身なのだよ」
「そういう事を言っているんじゃない……違う、ちょっとまって、目が回る。もうっ」
精神的な攻撃に恐ろしく強くて良かった。くとかはその時ばかりはそう思った。息を吐いてから頭を抑える。
「話をしましょう」とくとかは行ったが――ロジャーズは其の儘続けて行く。
「私は――嗚呼――一人称が物語だった頃から、奴の戯言を、第四の壁を通して認知している。
何だったか、確か『物語をもしも食べてしまったら、それはどうなるでしょうね。彼方の物を持って帰ってはいけませんよ。だって、付いてってしまいますから』だ。また随分と語り部とやらにお似合いなコメントではないか」
「どう言う話?」
「清掃作業に勤しんでいたと謂うのに、いつの間にか迷い込んでいた、と。
ヤグサハ、根之堅洲國での愉快なかくれんぼ、私は私として現を謳歌しているが、実際には『我』だった。
今此処で貴様等の仲間入りをしても、ひとつも変わらないのではないか、変貌するが故に! Nyahahahahahaha!」
「誰と話してるの!」
くとかは『まとも』な性質だ。それもどの様な存在であれども精神的に耐性を強く持ちすぎている。
やや流されやすくはあるが突っ込みタイプであるのは確かだ。そんな彼女だからだろう。
「さて」
「待って」
「さて」
「黙って!」
くとかは勢い良くロジャーズの腕を引っ張ってからかたかたと震え始めた。
今はダメだ、今はダメだ。何かが居る何だアレは。かたかたと震え始めたくとかは知らない存在を見た。
猿だ。猿の面を付けた人が人間らしからぬ動きで駆けずり回っている。それは――
「石神」
ヴェルグリーズはそう呟いた。名を呼んではならぬ。だが、それが何であるかを理解出来たのだ。
ヴェルグリーズにとって『希望ヶ浜怪異譚』というのは『石神地区に棲まう神様の話』から始まったのだ。
何処から可響く笑い声も、電車内で聞こえるアナウンスのような声音も、追憶の気配だってそうだ。
「あの時は……」
そう、あの時は――ちりんと鈴の音が聞こえてからヴェルグリーズはそれを追掛けた。
「可笑しいわね」とアルテミアは呟いた。覚えのある気配がずっと傍に居あるのだ。封印が解けたわけでもなく、神域でもなく、石神地区でもない。
いや、そもそも、ひよのは何と云っていたか。
(そういえば――いつかは解ける者だと言って居たかしら。ええ、封印は万全ではなかったら……?)
この空間に石神地区の怪異の気配がした。それを語るイレギュラーズが存在したから?
アルテミアはぞっとした。あれまでも『食らう』というならば止め処ないではないか。
ゆっくりと歩きながら花丸はaPhoneで不在着信になったひよのを探し求めていた。
「ひよのさんが神様のお告げを『破って』まで何かをしようとしてたとしたら……か。
とこよさんとうつしよさんのお話で少しは事情を知れたけど、まだ全ての事を知れたわけでもないんだよね」
「そうだね、それにしたってさ、これも迷ってるって言うのかな」
花丸の傍を歩く定がやれやれと肩を竦める。
「道に迷う事が多くて今じゃもう迷い慣れちゃったぜ。と言うか、あまり不安にならないんだよね。
何となくここにひよのさんが居そうな気がするのが大きいよ」
「確かにそうですよね! ひよのさんひょっこりしそう!」
うんうんと頷いたしにゃこに花丸は「そうだよね……」と呟いた。
――ねえ、ひよのさん。あの日、言ったよね。
ひよのさんが困っていたら、ひよのさんの所に真っ先に飛んでいくのは私の役目だって。きっと、今がその時だって、そう思うんだ。
鈴の音を辿るのだって、彼女を頼るのだってそう。
「……行こう。音が聞こえてるなら。んなに怖くて、恐ろしくても――その為にも、ひよのさん」
名前を呼んで欲しい。
花丸さんと、その声が聞こえただけで彼女の手を握る事が出来るから。
花丸がつい、と顔を上げた。
りん、と鈴鳴る音がする。
「あっち!」
「え、本当に?」
「本当だよ。目の前にどんな困難があっても花丸ちゃんにまるっとお任せ!」
走る花丸を追掛けて定は行く。やれやれと肩を竦めてから定は「仕方ないぜ」と笑った。
「彼女はいつも僕たちの帰り道を用意してくれていたし、待っていてもくれたからね。
ひよのさんが僕達に内緒にしてる事は多いのだろうけど。言えないのがネガティブな理由なんて決めつけは出来ないな」
「あ、良い事言いますねえ」
「は? 僕は何時も良い事を言うけど?」
走る彼等を見詰めてからラダは「鈴の音だ」と音を辿り、音をなぞる。
「逢坂、両槻、狭照屋でも帰り道は音呂木の鈴が導いていた。今回も彼女が源――だろう?」
ラダが傍らに立っていた。ヴェルグリーズはごくりと息を呑む。
――りん、鈴が鳴った。
振り返ってはならないと言われていてもヴェルグリーズは決めて居た。
『ただいま』と言う言葉は『たった今帰りました』という意味合いなのだ。縮まってそうは言ったが帰り着いたことを言葉で表しているのである。
ならば、ひよのとて帰着を告げなくてはならないのではないか。
眼前の『葛籠神璽』の言葉など、ある種遠く聞こえるようなものだった。
「……俺はね、ひよの殿に会えるなら振り向くし、音呂木の神様に対峙だってしてみせる。呪われる覚悟は出来てるよ」
彼女が言っていただろう。想い思われ、それこそが大事であると。
道標とは即ち縁の糸であるとも。
ヴェルグリーズはゆっくりと、地を踏み締めた。
「俺は絶対にひよの殿へただいまを告げて一緒に帰る」
故、鈴鳴る方へ。鈴鳴る方へ。
●
「やあ」
愛無はすたすたと歩いてさっさと葛籠うつしよととこよを見つけ出していた。
「この状況はひよの君が望んだ物ではあるまい。なら、あの二人の思惑か。これに『遊び』以上の思惑があるか解らんが。
神遊びというには余りに無粋。語り部というよりは騙り部だな。それにしても、この場所、蔵の『開かずの間』の先なのか?」
「開かずの間って何でそう言われるか知ってはる?」
愛無は「さて」と首を傾げる。先程ニコラスも言って居たが愛無にとっても見解は同じだ。これでは餌場と呼ぶほかにない。
禁忌があるからこそ人がそう決めた、とうつしよは言った。どれも彼もが人間が決めた神域であり、聖域である。
「そも、神奈備やら神体もそう。神宿らむ。それがそうであるなんて誰が決めることが出来たのだろうね」
とこよは言う。民俗学を紐解けば、特にけがれに関する者が多くある。けがれとは血や死に纏わる者だ。女というものは厄介でけがれを撒き散らすとも言われているらしい。だが、とこよからすればそれは酷くナンセンスだ。
だって――「誰もかれも母親から生まれているだろう? 命とは勝手に生まれてこないのだものね」との事だ。
「木々を割って、産まれただとか。雷が落ちて割れた大地が神を作ったでも構わないが母と呼ぶべき存在が神にも認識されることもありますよね。
じゃあ、我々の信じる音呂木の神とは自然発生したのか、否か。再現性東京という場に『神様なんて本来存在して居ないだろうに』ね」
とこよをまじまじと愛無は見た。
嗚呼、そう言われれば――そうだ。こんな人工の都に古くからの神様なんて存在してるか。
誰も知らない古代があるならさて置きここは誰かが作ったではないか。悪戯に、作り上げられた怪異の正体が『人間の言葉』だというならばそれは納得も出来ようか。
「……再現性都市の維が各家の目的なら音呂木は信仰の管理者として、葛籠の役割は何だ?
音呂木の監視と是正。「道」を違えた「モノ」を正すのが葛籠なのか?」
「おしゃべり、お得意なん?」
「水夜子君の安全のためにも引き出せる情報は引き出したい。正直、会話をしたいタイプじゃないが。いいだろう」
「好きなこのためってんならええよ」
手を叩いたうつしよは笑った。「葛籠は『容れ物』やいうたでしょう? うちら、贄みたいなもんやわ。双子なんて言うけったいなね」
「……はあ」
愛無はそれはそれは納得しやすい言葉が出て来た者だと双子を見た。一方は夜妖が憑いている。成程『容れ物』か。
夜妖憑きとは簡単に言ったが所詮は精霊の容れ物めいた存在だ。それは実に『分かり易い怪異の処理方法』めいている。
「さ、いきまひょ」
ころころと笑う女の背を愛無は追掛けた。
ああ、あの日の夕焼けはさぞ美しかったが今日の夕日が実に降らない。何せ、水夜子のかおりは酷く疎ましく悲しげだったからだ。
(こんな場所長居する意味もないな。何、彼女の笑顔が好きな僕が彼女の悲しむ場所を好むわけもない)
言ってしまえば――恋ってのは盲目なのだ。なんて。
「語部会という儀が失敗した……というわけではないのですね?
むしろ献上した言の葉を頂いている最中……ということで合っていますか?」
「勿論」
ミザリィはうつしよの姿を見付けその傍らに立っていた。
「……それで、みゃーこの様子がおかしいのは何故です?」
当たり前の様に彼女は言うのだ。本性が映し出されてしまうのだから、仕方ないでしょうと。
「『葛籠さん』……ひよの先輩、どこにいるか知らない? このままじゃ私、私でいられなくなっちゃうよ」
「さあ、居るところが分かると言えば解りますけれどね」
うつしよについて行く秋奈はひよのを真似ていた。
とても感情的で人間らしい。彼女が巫女として佇む姿はよく見てきた。だからこそ真似ることが出来る。
うつしよはにこりと笑ってから「あちらにゆきましょうねえ」と囁いた。
希望ヶ浜学園に向かっていたのか、それとも鈴の音が導いたのかは定かではあるまいが。
ラダは『鈴の音』を辿ってそれと対峙していた。
寂れた社にぽつねんと『それ』が居た。名を、呼ばなくとも知っている。カイトが「タムケノカミ」と呟いたそれだけで良く分かる。
「あなたにとってここはどこであり、何であり、いつであるのか、何を求めさまようのか」
「……」
タムケノカミと呼ばれている怪異はその場に立っていた。ラダはまじまじと見詰める。
アーマデルは臆することなく問うたのだ。怪異とは役割がある存在も多い。彼に塔だけの余裕を与えたのは何であるか。
「行くものを見送るもの、それはすなわち残されるもの。手向けを贈るもの、それはすなわち与えるもの。
……ひよの殿はいつでも送り出す側で、おかえりと迎える側で。何故だろうな、縁は深くはないが、いま、それを思い出した」
呟くアーマデルにはっとした様子でヴェルグリーズが彼を見た。
「……そうだ。俺にとっての希譚はいつだってひよの殿にただいまを言いにいく話だった。
だから今回も鈴を鳴らして一人待つひよの殿の元へ辿り着いてから『ただいま』と一言告げて終わりにしないといけない話だけれど……」
そう。
答えとはは提示されていたのだ。
「俺にとってこの物語の始まりは、そうだ。今回と同じように異界に迷い込んだ仲間を連れて戻る依頼だった。
何人か呪われたと思われる人は出たけれど全員無事に戻ってこられた……それも最後にはひよの殿の鳴らす鈴に導かれて、だったね」
タムケノカミは未散を酷く怖れているようだった。その体にはある神性の『お手付き』がある。
「こんにちは、タムケノカミさま。旅の安全を祈る神様ならば、本来は悪い存在ではなかったのではないかしら?
道を守る神様ならば、少しばかり脇道に逸れてみれば、そこにいたりしないかな? なんて想ったら案の定ってかんじで」
アレクシアは寂れた社を見回してから肩を竦める。こんな風に空間を歪めて仕舞うだなんて何かをお怒りなのか。
それが音呂木に関することなのか、どうなのかわからない。アレクシアは今まで様々な怪異に出会ってきたがタムケノカミについて知りたいと考えて居た。
「歌を作ってあげたいんだけど、どうかな?」
怪異の対処が『改めて定義して其れ等を封印し直す』ならば詞で形を与えることは、役に立つかもしれない。
だからこそ敢て言葉でタムケノカミを定義したかったのだ。タムケノカミは何も言わずに静かにアレクシアを見て居るだけである。
「タムケノカミよ、現管理者はひよの。保険があの2人……ならお前が葛籠神璽かと」
タムケノカミに問うたラダは『相手が笑った』気がした。突如、その空間が歪む。
社があったかと思いきや、それはぱかりと大口を開き全てを飲み込んだ。
●
「此処まで生き延びられたのも仲間とひよのさんと、水夜子さんのお陰だもの。
彼女の心を動かすのは近しい人がしてくれる。あれだけ必死に探してくれる子たちがいるのだもの。きっと大丈夫。言霊です」
穏やかに微笑んだ文はこの籠の中で、何か知り得ることがあるのではないかと、そう考えながら一歩ずつ踏み出した。
「――と、想ったけど」
此れは予想していなかったなあと文が呟いたのは幾人ものイレギュラーズが『空』から振ってきたからだ。
「皆さん」
空から見詰めていた愛奈は驚いた様子で見詰めてから「みゃーちゃんさんを見付けました」と言った。
どうにも乗せ回は異形ばかりでシレンツィオのダガヌチを思い出して鳴らなかったのだ。あれらも巫女の無念の残滓だ。
同じく無念が形作ればこの様にして迫ってくるのかと、追手を遁れて愛無は漸く此処にやってきたのだ。
児童公園にはロッキング遊具のぶたとくじらが置かれていた。それはひとりでに揺らいでいる。
日よけのある砂場に取り残された砂場セットは悲壮感が漂い、滑り台が影を落とした。その影の先に少女が蹲っている。
「みゃーちゃんさん」
そっと近付いてから愛奈は穏やかな姉らしい声音で声を掛けた。反応はない。
「みゃーちゃんさん」
頬を撫でる。ゆっくりと顔を上げる水夜子の瞳は虚ろだ。
この公園は誰の思い出なのだろう。ブランシュは「みゃーこ先輩」と呼び掛けた――が、反応はないか。
肩を掴んで無理にでも支え起こした冬佳にびくりと水夜子の体が震えた。
この空間は自己意識が弱ければ自我を保てないのか。彼女がそれ程弱い人間であるとは思っては居なかったが――
「水夜子さん! ――しっかりなさい、みゃーこ!」
「冬――」
「みゃーこ、聞こえますか? よく聞きなさい」
冬佳は虚ろな瞳をしている水夜子を真っ向から捉えた。常ならば勝ち気であった紫苑は遠く、霞むレンズでなんとか先を見通したかのように人相の判別を行えても居ない。
だが聴覚だけはクリアだったのだろうか。声のひとつ、それだけでも聞き分けられればそれが誰であるかは解るのだ。
「みゃーこ、貴女には才能がある。神秘と対峙し暴き立てる者の才が。これまで私達が頼りにしてきた貴女の能力は、本物ですよ」
「いいえ」
「少なくとも、その方面においては間違いなく澄原先生より貴女の方が優れている」
「……いいえ」
その様子を眺めては愛無は『駄々っ子の幼子』を見ているような心地になったのだ。愛無の脳裏に浮かんだのは水夜子の父親だった。
彼女の自己の確立が曖昧であるのは恐らくは父の理想になるべく己をデコレーションし続けたせいだ。
冬佳はその上辺を見詰めていた者達が不器用であったことにも起因していると考えた。
(……先生もその能力を頼りにしているように見えるけれど。あの言葉の足りない人が確りそれを伝えられていれば、少しは違ったのだろうか?)
愛無に言わせれば水夜子にとっての日常の象徴は父親だ。
選ばれなかったのは、親子の関係性だ。愛憎か。文字にすれば単純だが実際は複雑だ。水夜子を理解するならば父の影を払わなければならないのだから酷く――厄介だ。
「私は……私ではいけないのです」
頭を抱える水夜子にニコラスははあと嘆息した。名を喪った己は果たして『ニコラス』であると言えるのか。
「『ニコラス』の真似事しているだけだとしても俺は『俺』だ……それでいいと思わせた理由の一つはお前なんだよ。
何かあったら助けてくれるって信じてる。そう俺に言ってくれた。だったらまぁいいかって。そう思っちまったんだよ。
……だから手を差し伸ばしてやりたいのさ」
「あら、愛の告白みたい」
「それでこそみゃーさんだな」
肩を竦めたニコラスに水夜子は重たい息を吐出した。どうにもその心は柔すぎて踏込みにくい。
「みゃーさん、あんたは誰に選ばれたいんだ?
誰にも選ばれないのなら、それが辛いのならお前が『お前』を選べばいいじゃねぇか。世間様に中指立ててこれが私だ。文句あるか! ってな」
「私は……屹度、父に認められたかっただけなのかも、しれません。
誰かの代りでもないような……私は、上手くやれているのかさえ、恐ろしかった」
水夜子は俯いた。言葉にするのも情けない遣る瀬なさ。ニコラスははん、と鼻を鳴らしてから肩を叩いた。
「それが難しいなら苦しいなら一緒に選んでやるさ。何者でもない水夜子じゃない。
お前は俺の仲間で怪異が好きで気づいたら突撃して明るい性格の仮面の裏にくっっそ面倒臭いもん抱えてる水夜子なんだってな。それでいいってよ」
「……良いんですか」
「いいも何も、そういうものだろ、みゃーさんって」
みゃーこと呼んで欲しいと。最初から近寄ってきて、甘やかな言葉で「私のことを好きになるでしょう」なんて囁くような大胆さ。
猪突猛進で定まることもない明るい精神性。ただ、それに隠されたこの『面倒さ』だって受け入れてこそだ。
「私なんていらな――」
「そんなことない。ぼくも、みやこを心配している人みんなみやこがいなくなっていいとか思っていない。だから寂しいこと言わないで……」
言葉を遮ってからリュコスは首を振ったのだ。
「水夜子という女の子は貴女ただ一人だけよ。明るく元気な前のめりで、ちょっと危なっかしい女の子が何者でもないなんて事は無いわ。
それが"仮面"だというなら、それもまたいいでしょう。そんな本性も含めてあなたは水夜子という女の子で、ほっとけない私の友達よ」
アルテミアはくるりと振り返った。ぽつりと立っていたうつしよを睨め付けたアルテミアに「おお、怖い」と彼女は困ったように笑う。
「よし、みゃーこ」
天川が膝を付いた。
「どうした? 何かあったか? お前さんも澄原だ。俺の知らない多くのものを背負わされているんだろう……。話したくないなら構わない」
水夜子はやけに真面目な顔をして居た天川を眺めた。表情はいたって真面目だ。だからこそ、次の言葉に「は?」と言ったのだ。
「だが俺もその内澄原になるかもしれない男だ。それにみゃーこのことは大事な助手であり家族みたいなもんだと思っている。
いつでも頼ってくれ。まずは一緒にここから脱出しよう。この状況に関する情報や予想はあるか?」
「待って下さい」
「ん?」
「澄原 天川になられるんですか」
「ああ」
あっけらかんと言う天川に水夜子は若干の混乱をしながら「ひ、ひよのさんを見付けましょう」とだけ言った。
「ほら斯うしたときも判断が出来る。
神秘、怪異の類は好きですか? それは誰かに好きになれと言われたから? ――違うでしょう。なら、それでいいのです」
「私は……ええ、怪異のことならば……」
冬佳は「ならばそれでよろしいでしょうね」と背をぽんと叩く。
家族の問題は家族と決着を付けねばならない。屹度、こんな事があったのだと告げれば彼女の父は慌てて飛んできて、彼女の従妹は不安げに抱き締めるのだろう。
実に想像の易い『家族の愛情』であろうとも、何ともまあ、人間とは厄介なもので。不器用にそれらを覆い隠してしまうのだ。
「あなたは自分の道を見付ける事が出来てはいる。後は、自分の選んだ道を生きる自分、を認められるかどうかです」
「ふふ……そうやって、どうにも、言葉を掛けられるだなんて思って居なかった」
掠れた言葉を吐出してから水夜子はふとブランシュを見た。
「……ブランシュ、さん?」
「ああ」
「あの私にしがみ付いて怖いと泣いていたブランシュさん?」
「……ああ」
「うそ……どうしたんですか……」
様変わりしたと呟いた水夜子にその調子ならば大丈夫だなとブランシュは肩を叩いた。
「元気は出ましたか。何があったのか、何を見たのかは聞きません。貴女が話してもいいと思う日までは」
ミザリィは伸びる影を足元に水夜子へと囁いた。光が強ければ強いほど、影もまた濃い物だ。
遁れ得ぬ影法師が揺らぐ。ミザリィはそっと手を差し伸べて。
「此処は危険です。逃げ道を探しましょう」
●
人が始めた物語ならば人の手で終るべきだ。そして、己の手で解決できてこそ物語は完結するのだとブランシュは知っている。
そも、これは怪談の一つだ。異界に迷い混む怪談なんてのはよくある。
扉を隔てた時点で分かり易い。そうした『潜る』物というのは別の場所に繋がっている可能性があるからだ。
「みゃーこ。みゃーこ、立てるか?」
「……うーん……気が抜けてしまって」
蹲ったままだった水夜子がそろそろと顔を上げた。まるで幼い子供だ。
「さ、帰るのです。だって、鉄帝の空で私達を護った彼女は、ここで私が果てる事を望まないでしょうから」
愛奈は穏やかに微笑み水夜子にハンカチを差し出した。「有り難うございます」と力無く笑う彼女の笑みは何時もの元の変わりない。
漸く調子を取り戻したのだろうか。愛奈は「どうしましょうか」と問うた。
「抱えます」
ひょいと姫抱きで水夜子を抱え上げたミザリィは「いいですね?」と問うた。
「あら、王子様」
「ふふ。……みゃーこ、貴女は誰にでも優しい。けれどその優しさが、私はとても嬉しかった。
私は主役になれないただの村人Aかも知れないけれど、それでも貴女を失いたくない」
「私だってなれっこないですよ」
主役に何てなれやしないからこんな所で俯いていたのだと水夜子は肩を竦めた。
そそくさと水夜子の傍に立ったリュティスは表情を変えないまま従者然として言った。
「話して楽になる事もあるかもしれませんし、よければお使い下さい。
命じて頂ければ誰にも話しません。従者の矜持をかけてでも」
「あら、主人の蔵がえですか?」
「いいえ、友人としての差配です。
私が言えることは貴女は貴女ですよ。何者にもならなくて良いと思います。
どうしようもなく苦しいならどこかに逃げますか?
死んでも良いと思えるくらいならなんだってできるでしょう?
――生きていても死んでるのと変わらないのであれば逃げたって一緒のはずですから」
囁くリュティスにミザリィの腕に抱かれながら愛奈と愛無の背中を見ていた水夜子ははたと、問うた。
「もしも、私が一緒に逃げてっていったら、逃げてくれますか?」
なんて――それも戯言だけれど。
「出なくちゃならねぇが……どうするか」
天川は水夜子だけは死守すると決めて居た。何かがあれば婚約者が悲しむことも解る。愛らしく笑う水夜子は実の娘のようにも感じていた。
彼女を護る為に夜妖と戦うことも吝かではないのだがこの奇妙すぎる空間にはどうにも忌避感を覚えるのだ。
「なんなんだここは。まじでどこか分からんな。いや、見知っているはずなんだが、知っているようで知らない不思議な感覚だな。
……俺に出来ることは足で稼ぐことだけだ。捜査の基本だな。まぁ任せておけ。気になる方角は?」
天川は希望ヶ浜に『帰る』ならば鈴の音を辿るという仲間達の方針を水夜子も同意したことから『音探し』を徹底していた。
彼曰く、探偵にはぴったりな仕事である。規則性や目的などは余り存在していないがその風景の雰囲気を見れば音呂木神社の周辺だ。
花丸などは「これって、ひよのさんと歩いたことある道に似ている」と言うほどである。
「……似ている。確かにそうだな、音呂木神社の近くだ」
天川はおとがいを撫でてから悩ましげに呟いた。似ているからこそどうにも離れがたさが感じられて仕方がないのだ。
致命的な危機を避けるのは直感頼りにはなるが、それでも幾人かと纏まって動けば危機の察知は可能だ。
「ああ、うつしよの方ととこよの旦那。それから水夜子の方だね。一緒に居たんだァ。
水夜子の方は顔色悪いね。よしよし、別に体調悪くてしんどくしてても悪く思ったりしないよ」
「いえ、何て言うか……」
のろのろと立ち上がった水夜子は「案外、皆さん私のこと大事にしちゃってますねえ」と呟く。そう言うときこそ『彼女』らしい。
「ああ。余計なお世話だろうが水夜子君。君は自身が思うより愛されていると思うよ。
もちろん僕もその一人さ。そして、その中には、君のぱぴーも含まれてるんじゃないかな」
「あら、独占欲は?」
ぱちりと愛無は瞬いて見せた。何とも厄介なのは夜妖などではなくて彼女なのだろうか。安全確保は十分だ。
愛無的には予想以上に水夜子に『らぶあんどぴーす』な人間が揃ってしまったとも思えてならないのだが。
「無事に帰ったらクレープ奢るよ。苺の奴」
愛無と共に立ち上がった水夜子に「さあ、水夜子の方」と武器商人は呼び掛ける。
「みゃーこちゃんでいいですよ。武器商人さん。可愛いあだ名つけあいます?」
「ふふ。我(アタシ)に調査でも任せちゃいなよぉ。いっそのこと神木の調査でもしてみるかい?」
「神木……」
呟いてから文は「のろい。呪いとは何だろうね。もうすでに僕たちも誰かに、何かに、呪われていたりするのかな」と呟いた。
「呪い?」とアルテミアは問う。今はその言葉が妙に引っ掛かったからだ。
「そう。強い感情。執着。欲。人間ならそういったものが呪いになると思うけれど、神の呪いは何が根本にあるのだろう?
……よく聞くのは禁忌を破ると呪われる、という話。
規則を破るのはいけないことだけど、そうしないと物語は始まらない」
名前の会田気風とは何処にやったかなと探す文の様子を傍らで見詰めていた未散は笑っていた。
「ええ、規則を破るだけではないのですよ。ねえ」
そっと肩口に手を遣った未散を叱るように眉を吊り上げたアレクシアが其処には立っている。
「この空間、どう思う?
……真性怪異を改めて定義して其れ等を封印し直し管理するのだとしたら、神社の近辺にはこれまで希譚で関わった怪異の色が濃く出ているかもしれないわよね。
なんせそれが事実だとしたら、音呂木の神は<希譚>の怪異より上位と定義され、言霊(かたり)としてそれらの力を扱える可能性だってあり得る」
余りこの状況を見誤って起きたくはないと呟くアルテミアに未散は方が明後日の方向へと勢いよくギターを振り下ろした。
がしゃん。
驚いたようにアルテミアとアレクシアが目を見開く。
「にゅふふ、一度此れ、やってみたかったんです。かみさまにも物理(ロック)は効くのですね」
スイングしたギターの弦が幾つも飛び出している。驚いた様子でアレクシアは未散のギターを見詰めていた。
「えっ、あ――何か居る!」
アレクシアは慌てた様に未散とあさの手を掴む。アルテミアはじりじりと高地足、その場に何かが立っている気がして後ろ髪ばかりを引かれていた。
ああ、けれど。
少しだけ、彼女に見えたのだ。
音呂木ひよのに良く似ている人影に――
●
「ひよのさん!」
花丸が駆け寄っていく。
リュコスは最初から何も信じられていない。ひよのが実は悪巧みをしている? それがバレて姿を消した?
そんなことはないと想っている。全てが怪異のせいならそれでいい。知っている人が居なくなるのは酷く寂しいことだからだ。
「ひよの……」
走って行く花丸の背を見詰めながらリュコスは息を呑んだ。
「うおおおおおんんんんひよの殿おおおおお」
飛び付かん勢いで進むジョーイは「無事でありますか!?」とひよのの手を握り締める。
「ひよの殿が隠れた理由についてなど気になるですが、そこはひよの殿が話す気になってから聞くであります。
今はただ、ひよの殿によりそってあげたい、それだけであります。
うつしよ殿が何と言おうと、吾輩はひよの殿が我々を助けるために頑張ってくれたのを知ってるであります。だから何があろうと吾輩はひよの殿の味方をさせてもらうでありますぞ! ……ひよの殿?」
お返事はと問うたジョーイがきょろりと顔を覗いた。
ごくりと小さく息を呑むニルは「ひよの先輩……?」と問う。
はた、とひよのは何かに気付いたように「ああ、どうかしましたか」と問うた。
「あ、いえ……あの。ひよの先輩はわるいひとではないから。
先輩のやろうとしていること……やりたいこと、ニルは、お手伝いしたいです」
「有り難うございます。でも、貴女を巻込みたくはありません」
「巻込みたくないって」
花丸は眉を顰めた。やれやれと言わんばかりに定は肩を竦めて歩み出る。
「全くさ、公衆電話があったし出てみたら意味不明な電話だったんだぜ? でも、思い出には浸れたよ。
思えばさ、電話と言えばなじみさんと出会ったのも電話に纏わるものだった。怪人アンサー。覚えてる?」
「……ええ」
ひよのが小さく頷いた。定は『これはひよのなのか』と疑うように言葉を続けて行く。
「ひよのさんが廻くんじゃなくこっちに依頼を振ってくれたから彼女に会えたんだ。
だからさ、君を連れて帰らないとなじみさんにも怒られちゃうんだよね。
この物語を誰が始めたのかだって? その人に感謝したいくらいだぜ。
僕が今こうしているのはその人のお陰なんだからさ。それにしても僕らの大事な人達はなんだってこう、一人で居なくなりがちなんだ!」
酷いぜと大仰な仕草で行ってみた定はじらりとひよのを睨め付けて見せた。
「言いたくても言えない事だってある、寧ろそっちの方が多いくらいだ。
要はさ、秘密が多いから信用出来ないって気持ちより、一緒に居た時間の分だけ信用出来るって気持ちの方が全然デカいんだ。
だからここまで来たんだぜ、友達が困ってるなら助けなきゃだ。
それに、これから旅行に行く度花丸ちゃんとなじみさん。2人の荷物を僕が用意しなきゃいけないのなんて勘弁だからね!」
「自分でも用意できるよ!」
「信頼してない」
定は首を振った。花丸がむっとした表情を見せる。
「でも、私を呼ぶ声が聞こえたよ」
ひよのはにこりとも笑わない。それでも、彼女だと云う事が解る。
その体に『誰が入っていたって』彼女は彼女なのだ。
「走ってきた、ここまで」
「そーーですよ! 一番に来たのは笹木さんですけどしにゃもいるの忘れないでくださいね! 愉快な仲間達もいますよ!
勉強教えてって言った時になんだかんだ有耶無耶にしたのはこういう事だったんですか!?
なんかあるんだったらしにゃもお助けしますからね!
今更ですよ! アチコチに首突っ込むのは! 今回もなんとかなりますよ! 多分ね! 無事帰れたら今度こそ教えてもらいます!」
拗ねたしにゃこは「怖かった話が具現化するって聞いて数学や歴史が襲いかかってくるんじゃないかってヒヤヒヤしたんですから!」と地団駄を踏む。
愉快な仲間達ですぞとピースをするジョーイと共にひよのに詰め寄ったしにゃこは「聞いてます?」とひよのの頬を突いた。
「ひよのさんが秘密ばかり抱えていることも知っている。……けど、ソレでもいいって思うんだ」
花丸はゆっくりとひよのに近付いてからその両手を握り締めた。
「私にとってひよのさんは不器用で、案外寂しがり屋で、結構やんちゃで、それでいて、とっても大切なお友達。
助けて欲しいって言えなくても、もし声が届かなかったとしても、今もあの日交わした言葉はこの胸に残っているから。
……だけど、もしひよのさんが抱えているものを少しでも話してくれて、それが私に協力出来る事なら……手を貸したいかな」
傷だらけでも良いと笑ってくれるあなたが好きだった。
一番の友達だよと笑いかけてずっと傍に居られることが出来たら何れだけ幸せだろう。
だから、帰ろうよ。
花丸の言葉にひよのの体が揺れる。睫が揺らぎ、瞳に色彩が戻り行く。
「パイセン帰ろうぜ。鈴持ってきたんよ鈴!
効果無くなってっけど、真心とか超こもってっから! 私ちゃんを叱ってくれー!」
秋奈は鈴をちりんと鳴らした。は、と目を見開いてからひよのは「嗚呼、皆さん……すみません……」と呟いた。
「どうして――こんな所まで……」
巻込んだのは誰だったか。俯いてからひよのは呟いた。
「うつしよ、あなたが連れて来たのですか」
「そろそろ潮時でしょ? ひよのちゃん」
色々と。そう囁いたうつしよにひよのは頭を抑えてから「帰りましょう、一先ずは」とそれだけを返した。
●
「うつしよさん。仮にひよのさんが失敗してたらどうやって代わりをするつもりなのかね?」
「そうですねえ、しゃあないから実力行使とかどないでっしゃろ。幸いとこよは『お友達』がおりますもの」
ニコラスはとこよを――蜘蛛の気配を見た。女郎蜘蛛。怪異の箱になった『双子の片割れ』が食らうつもりなのだろうか。
「どう言う意味だよ」
「その通りやないの。怒らんといて。……出てきたものは『しまっておく』ためにうちらがおるんやろう?」
死を意味する常世には夜妖が、生を象徴したうつしよの肉体はまだ『何も入っていない』――つまり。ニコラスは「救えねえ」と呟いた。
「そういえばうつしよの方にとこよの方。"此処"に居ると思う?『葛籠 神璽』。
いやね、音呂木の方が巫女で、音呂木の方が『葛籠神璽の正当な血筋』で、葛籠神璽が『葛籠 神璽』を仕込んだのであれば。
神降ろしには十分な条件が揃っていると思ってさ。そういうのって大好きだろう、モノガタリは」
武器商人の問い掛けに「可笑しな事をおっしゃる」と笑ったのはうつしよだったか。「そうそう」と頷いたのはとこよか。
「最初からずっと、居たでしょう?」
「そう。最初からずっとね」
武器商人は何を云うのかと双子を見詰めていた。それは文も、冬佳とて同じだ。
「それでは、一つお聞きしても?
音呂木は言の葉を、情報を取り込む性質を持つ神性なのは明らか、故に語部会のように神への奉納は物語を以て供される。
神へ奉納する物語。至上の供物は何か。恐らくは……他の神性。
神に至る程の深き信仰。そこまで成長した物語は、さぞや音呂木にとって価値あるものなのでは?」
冬佳にうつしよは「神性なんてもんはそうも簡単には生まれませんでしょうとも」と微笑んだ。
「尤も、其れ自体は別にいい。奉納する為の供物の養殖と収穫も含めて、神を祀るとはそういうものです。
問題を感じるのは別の事、この光景。この神域は、或いはひよのさんを逃がさないようにしているだけなのかもしれないけれど……」
冬佳はゆっくりと、問うた。
「見せた攻撃的な性質から垣間見える、取り込んだ物語を己がものにしている様。
……このまま供物の収穫を続けて行ったら、音呂木は一体何に成る? もしや、希望ヶ浜怪異譚は音呂木が何かに成る為に作られたのか?」
双子は答えない。ああ、でも、先程から気に掛かるのだ。
最初からずっと居たでしょう。その言葉。
まさかと引き攣った声を漏したのは花丸だった。握った手を強く強く、離れないようにと確かめる。
葛籠神璽は作家、エッセイスト、手記を残したと言われていた。だが、『彼』が何時の時代に生きたかは語られていない。
そもそも論から遡ろう。
うつしよととこよの言葉を見るに掛け違えた釦を正すことが重要だ。
民俗学者であったという葛籠神璽の書物を『その人が書いた』証拠は何処にあったのか。時に断片的な情報ばかりが齎されていた。
『神に至る』(著:葛籠 神璽)
私は神と言う存在に非常に懐疑的である。祭祀を意味する『示』、音符『申』を付した字で構築された『神』とは日本に於いて神霊であるとされる。そもそに於いて、私はこの目で見えぬ存在に対しては全てが懐疑的である。
だが、人というのは全ての事柄に対して何らかの理由を与えたくも為るのだ。人為の至らぬ事柄を祟りや呪いであると考え、霊力が強力に発現した結果であると理由を付与し続けた。また、崇高なる存在であるとする為に心の拠り所としても使用されることも多い。
だが、神とは? 目にも見えぬ存在を信じる事に対して懐疑的になる事は間違いでは無いだろう。
そんなことを『音呂木神社』の系譜の人間が疑問視するか。石神地区で彼の残していたエッセイの文字列は、実に神を愚弄する内容だったではないか。
ならば、神柱を蔑ろにしながらも、その神性を集めていたのは果たして。
「『言霊』だって。会長も言霊操って戦うタイプなんだよね。奇遇だなぁ。
でも、会長にはもう蕃茄っていう可愛い子も居るし、やりたいことももうすぐ叶いそうで、あんまり無茶も出来なくなっちゃったんだよね。だからさ。
また来るよ、とは言えないや。ごめんね」
「……茄子子さん」
秋奈の顔色は見えない。落ち着き払った秋奈の声音に茄子子は「ん?」と首を傾いだ。
「誰と話しているのですか」
「誰って――」
目の前には『ひよのしか居ない』のに。
「……ひよの、さん」
――最初から居た。花丸は確かめるように名を呼んだ。
そう、ずっと最初から彼女だけは物語に居た。
音呂木ひよの。
葛籠神璽の血を引いている、のではない。彼女自身が――
「……お話を、しましょうか」
世界がぐりんと回って急変した。微笑んだ女の手が花丸の掌から外れる。
「ひよッ――」
夜に非ず。夜妖<ヨル>に非ずんば、ならば、その怪異を何と称するか。巫女とは『巫(かんなぎ)』、口寄せを行なう存在であるとされている。
ならばこそ、神懸りを成すべき巫は。
「酷似した影が今回も存在するなら。それは――ひよのだったり、しないよな。
『ひよの』が『非夜乃』で。音呂木ひよのという少女を『夜妖のもの』としない為の言霊だったとしたら」
カイトはそろそろと声を掛けた。結界術が得意だと怪異を閉じ込めるために協力したこともある。
「……ひよのは。俺達はひよのの、何を知っているんだろうか。
本当は、何も、知らないんじゃないか? 過ごした時間は嘘では、ない、はず、だけど、さ」
――けれど、そうだ。何も知らないのかも知れない。
視界がまたも歪む。ぐにゃりと鉄を容易く捻じ曲げるように世界が反転し――
気付いた頃には外だった。
鳥の鳴く声が聞こえる。遠く聞こえる車のクラクション、街灯は少し頼りなさげにぱつぱつと音を立てている。
aPhoneの時間表記は正常で電波が立っていることも見て取れた。
「……ひよのさん」
花丸は眼前に立っていた女の名を呼んだ。「はい」と彼女は答えた。
「御路木が御途路来を経て音呂木となった――その裔はautologyとなるのだろうか」
ぽつりと、アーマデルの残した言葉に。
不敵な笑みを浮かべたのは。
ああ、果たして――誰だったのだろう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
夜が来ました。
明朝、お迎えに参ります。
GMコメント
どちら様もご興味在りましたら、一緒にお気軽に呪われましょう。
●希譚とは?
それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書です。
実在しているのかさえも『都市伝説』であるこの書には様々な物語が綴られています。
例えば、『石神地区に住まう神様の話』。例えば、『逢坂地区の離島の伝承』。
そうした一連の『都市伝説』を集約したシリーズとなります。
前後を知らなくともお楽しみ頂けますが、もしも気になるなあと言った場合は、各種報告書(リプレイ)や特設ページをごご覧下さいませ。雰囲気を更に感じて頂けるかと思います。
[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]
●音呂木神社
希望ヶ浜では良く知られる神社です。音呂木の神域は皆さんにとって決して悪いものではない……筈ですが、今日は様子が違います。
●希望ヶ浜市街?
澄原邸から出ようとするとどうやら道が可笑しいようです。行き止まりが多く、目的地である『希望ヶ浜学園』まで辿り着けません。
どうやら何らかの異世界に迷い混んでしまったようです。
水夜子はこういう時のお約束を口にしています。
一つ、何かに声を掛けられても決して振り返らない事。一つ、何かを持ち帰らないこと。一つ、……分かり合わないこと。
夜妖(ザコと呼びます)なども右往左往しているようです。それらは攻撃でなんとなかりそうですが。
どうにも『何ともならなさそうな』ものも動き回っています。本能的に危険を察知出来るでしょう。迷わず逃げてください。
このシナリオはある意味『ホラーハウスをどうやって抜け出すか』といったシナリオであります。
『タムケノカミ』が歩き回っています。何故かは分かりません。ひよのが居そうな気がします。何故かは分かりません。
分からないことが多い理由がただ一つございます。
『ここがどこなのか』を誰も分からないからです。この空間では気になることを為ても良いでしょう。とこよ&うつしよは水夜子と一緒に居ます。気になることがあれば話を聞いてみても良いでしょう。
希望ヶ浜なのでしょうか? 珍しく公衆電話があります。ずっと電話が鳴っているようですが……。
何か落ちています。これはなんでしょう。パズル? あれ、人形も落ちているな。
怪異のパラダイスです。駅も近くにあるようですが、近付きたくはありませんね。あ、あそこに誰かの定期券が落ちている。
●怪異
★『特に印象的だったシナリオ』『怖かった話』など、PCの印象に残っていた物語がこの中では歪な怪異として毀れ落ちて存在している事があります。プレイングではそうした物に触れてみるのも良いでしょう。
★タムケノカミ始め、『これまでの希望ヶ浜怪異譚』などの怪異の姿も見受けられる気がします。お嬢さんだ、アリエ様だ、蕃茄ちゃん……?
★『言霊』(怪異)が居るようです。あれは危険ですね。逃げましょう。
・タムケノカミ
再現性東京202X街『希望ヶ浜』地区に存在するとされている悪性怪異。
水夜子曰く「希望ヶ浜怪異譚にすこしばかり記載されている怪異の一種」
旅人の安全を護り、旅の安全を祈るが為に道端に存在しているとされたみちの神の一種であるとされ、正確な名前は判明していない。
葛籠 神璽曰くは音呂木家に縁が深く、『音呂木』より旅立つもの見守っていた存在であろうと考えられているらしい。
・真性怪異(用語説明)
人の手によって斃すことの出来ない存在。つまりは『神』や『幽霊』等の神霊的存在。人知及ばぬ者とされています。
神仏や霊魂などの超自然的存在のことを指し示し、特異運命座標の力を駆使したとて、その影響に対しては抗うことが出来ない存在のことです。
つまり、『逢った』なら逃げるが勝ち。大体は呪いという結果で未来に何らかの影響を及ぼします。触らぬ神に祟りなし。触り(調査)に行きます。
●NPC
・音呂木ひよの
音呂木神社の巫女。真性怪異に嫌われる為、他の怪異とは同居できないタイプです。
その理由も『音呂木の神様』の加護を持っているからだそうですが……。
イレギュラーズの『先輩』。実年齢は不詳。真性怪異及び悪性怪異の専門家。
神事の奉仕、及び神職の補佐役を担っていますが、希望ヶ浜学園の学生及びアドバイザーとしての立場が強いようです。
『この』希望ヶ浜市街ではひよのが居るような気がしますが……。
ほら、鈴の音がする――
・澄原水夜子
澄原病院のフィールドワーカー。明るく元気な前のめり系民俗学専攻ガール。
基本、怪異に突貫していきます。澄原と名乗っていますが晴陽/龍成の姉弟とは従姉の間柄になります。
父親に晴陽に取り入ってある程度良い地位において貰うようにと幼少期から厳しく躾けられました。言われるが儘に育ちました。ある意味で後ろ暗い過去やら、良いとは言えない生育環境で育っていますが彼女自身は明るく振る舞っています。
――そうじゃなきゃ、嫌われちゃうでしょ?
うつしよの悪戯で異世界空間に放り込まれています。今は何処かで蹲っているようですが……。
・真城 祀
水夜子の保護者なのかひょこりと顔を出しました。意気揚々とやって来ては水夜子の調査を邪魔しているようです。
・葛籠 うつしよ
怪談の噺家。とこよの双子の妹。音呂木の縁者を名乗っており、ひよのもそれを否定していません。
水夜子にとっても知り合いのようですが……。
「うちは別に敵やありません。だって、敵や味方なんてそんな分類、神様の前では大した意味さえ持ちません。
ひよのちゃんからすりゃ、うちは敵かもしれませんけどね。そんなん女の子のちょーっとした気紛れみたいなもんですやろ?」
カラカラと笑う彼女は、何か知っているようですが……。
・葛籠 とこよ
希望ヶ浜大学民俗学部に所属している青年。水夜子の先輩でうつしよの双子の兄です。
ひよのはとこよを嫌っている様子です。ですが、数年に一度だけ『音呂木神社』に入れるため、やって来ました。
夜妖憑きであり、つちぐもが憑いているのではないかと水夜子は推測しています。『希望ヶ浜怪異譚』についても詳しいようですが……。
・葛籠 神璽
希望ヶ浜怪異譚と呼ばれる都市伝説を蒐集した一冊の書です。その作家、エッセイスト。著書多数。
●Danger!
当シナリオには『そうそう無いはずですが』パンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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