PandoraPartyProject
冥王の公演
悪意あるその闇は何処までも執拗だった。
総ゆる手を以って罪ない誰かを絡め取ろうと蠢いて、懲りる事も無い触手を伸ばす。
己の手は決して汚さず。よりセンセーショナルに、よりエゴイストに。
右往左往する誰かを嘲り笑っては、悪辣な愉悦を満たさんとするのみであった。
「――巨匠(マエストロ)、準備は宜しくて?」
幻想の晴れない闇に響いた鈴なる問いは美しい女の声色をしていた。
その醜悪かつ悪辣な本質を裏切るような可憐な美貌に笑みを乗せた女の名はルクレツィア。
色欲の七罪を冠し、数多の騒乱を引き起こしてきた正真正銘の性悪だった。
「時は満ちた。後は『公演』を始めるのみだ」
水を向けられた正装の男は冠位の言葉にも物怖じする事は無く小さく頷くだけだった。
年の頃は四、五十程に見える。コンサートに臨む音楽家の正装を纏った彼は言葉を続ける。
「英雄幻想、クオリア、今満ちる器の全てが揃う。
この英雄幻奏が神曲を紡いだならば、終局なる救済はすぐそこに在る」
――ほろびのうたがきこえる。
ざわざわと囁く魔性の気配にルクレツィアは満面の笑みで頷いた。
あのパウルが詰めの甘さでやり損ねたParadise Lost、展開のあやで『逃した』双竜宝冠……
幻想なる玩具はこれまでルクレツィアを渋面にさせるだけだったが、今度こそはそうはゆくまい。
「――御身は聞いてゆかれるか?」
「勿論」
「ならば、御身は最高の観客成り得るかね?」
「手を出すな、と言わんばかりですわね」
気難しい巨匠の遠回しな要求に、しかしルクレツィアは華やかに笑うばかりだった。
「善処はいたしますわ。しかし、巨匠(マエストロ)。
憤懣やるかたないのは確かですが、ローレットを甘く見ない事です。
実に面倒な奴等ですのよ。ひょっとしたら――いいえ、確実に貴方が思う以上に」
芸術家肌の巨匠は何時だって『煉獄』の完成しか見ていない。
その厄介極まる目的意識は彼の存在を一層強力な魔種として際立たせてはいるのだが、神に愛された彼等の奇跡は幾分安い。
忠告するルクレツィアはこの上退屈な結末を見たくはなかった。
『故にこの公演だけは絶大なまでに絶対に、確実な成功を見据える必要がある』。
「……」
「御心配なさらずとも、冥王の公演に水を差す心算はございませんわよ。
しかし、私は冠位。貴方の今の主でもある。必要な露払い位はお許しなさいな」
ルクレツィアがそう言うと闇の中に新たにもう一人が現れた。
青い独特の衣装を纏った鋭利な老人である。その手には一振りの槍を携えていた。
「……彼は?」
「正真正銘の人間で――まあ、色々な経緯はあったのだけれど。公演を手伝ってくれる事になりましたの」
ルクレツィアの脳裏に『その時』の事が過ぎった。
(……本当に、私。調子が悪かったりするのかしら?)
思ってもいないそれは自覚しての皮肉である。
ルクレツィアが潜んで幻想の風景を『愉しむ』のは今に始まった話では無いが……
あの死牡丹梅泉に場所を『当て』られたのに続き、この風月に見つかったのは冠位にとっても信じられないような出来事だった。明らかに彼等の鋭敏さは異常そのものの領域にある。それは間違いなくルクレツィア側の問題とするには実際の所、無理がある。
――そこな魔性よ。して、此方の望みを叶える心算はあるか?
(望み、ねぇ……?)
人間と手を組む理由は無いが、この老人は余りにも面白い。
色欲は男女のそれを司る七罪だ。だが、解釈を広げれば『情』の悪魔でもある。
『情』を何より重視するルクレツィアにとって、老人の提供せんとする物語は余りに愉快だ。
人間は不思議なものだ。『そんなもの』を欲しがって『こんな事』をしたがるなんて!
「――此方を風月という。此方は此方の望みで動くが、露払いには使えよう。
然らば、短い付き合いとは思うが、暫し宜しくお頼みいたしたい」
閑話休題。自身に視線を注ぐ巨匠に老人は告げる。
「では、御老体。宜しく願おう」
風月の言葉に巨匠は一つ頷いた。
(芸術を理解しない、迷惑なスポンサー殿もたまには面白い配剤をするものだ)
彼の言葉に情愛と、それを超える別の何かを見出したからだった。
煉獄の調べ、英雄幻奏(レプ=レギア)の『反転』に添える感情(はな)は多いに越した事は無い。
「話は纏まりましたわね。私自身はあくまでオブザーバー。
『本公演には』積極的には手出しをしない事はお約束します。
しかし、貴方の主役は認めますが、公演の失敗は許しません。いいですわね、巨匠(マエストロ)」
『本公演には』。
巨匠はヒステリックなスポンサーがそう我慢強くない事を知っていた。
だがその反面、彼女が安全地帯から事を進めたがる癖を持っている事も知っている。
「いいこと? 必ず私に『聴きたい音楽を聴かせなさい』。
悪辣で救いが無い、悲鳴と嗚咽に満ちた地の底からの『神曲』を!」
(まぁ、妥協するならその辺りが精々か)
良しとする。
幾ばくの興奮からか、甲高い声でそう言うルクレツィアの藪蛇を突くのも面倒臭い。
――我が仇名すイノリが、この空を深き底に堕とすまで。
詩歌めいてそう応じた巨匠の名をダンテ・クォーツという。
彼こそが誰よりも愛深く、溺れて堕ちたリア・クォーツ (p3p004937)の父親である――
※何か不吉な予感がします……
※天義において、遂行者陣営との戦いが続いています――。
※双竜宝冠事件が一定の結末を迎えたようです!
※クリスマスピンナップ2023の募集が始まりました!
※プーレルジールで合流したマナセとアイオンの前に魔王イルドゼギアが現れました――!
※プーレルジールで奇跡の可能性を引き上げるためのクエストが発生しました!
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