PandoraPartyProject
少年期の終わり
時は流れる。
天義の地における、遂行者と名乗る者たちによる攻撃……。
それは、様々な地を、人を、想いを巻き込み、苛烈な渦となり、天義の地を揺るがし続けている。
袂を分かった、友がおり。
命を糧に、未来を託した友がいる。
星々は輝き、天義の地にて姿を変える。
地に動く星図。それは、敵と味方に分かれ、己の正義を謳う者たちによる衝突と、血戦を描いていた。
そして……。
ここにもまた、袂を分かった友を持つ者がいる。
天義聖騎士、セレスタン・オリオール。
遂行者、サマエルの――もう一人の自分の手を取り、理想の歴史という虚妄に消えた背教者。
彼の従者であった少年、ジル・フラヴィニーは、独り、天義の地に残された。
「嘘です!」
と、ジルは叫んだ。
もう、誰もいなくなった、オリオールの屋敷である。
先の戦いのうちに姿を消したセレスタン・オリオールは、イレギュラーズたちの報告によれば、遂行者へと堕ちた。それは間違いない事実である。
「せ、セレスタン様が、裏切りなどするはずがありません!」
「だが、確かな情報だ」
異端審問騎士が、そう告げた。今や、『柔らかくなった』天義の地において、久々ともいえる深刻な出動であった。
「無論、市井には情報を伏せているが。聖騎士が裏切ったなどと知られれば、かつてアドラステイアに向かった者たちのように、天義に不信を抱くものが現れる可能性も捨てきれんゆえに。
わかるか。聖騎士が裏切るとは、貴様の主がやったことは、そういうことだ」
「セレスタン様は、正しい方でした!」
ジルが叫んだ。
「じ、事情があるはずです! 騙されているとか、操られているとか……!
セレスタン様は、正しく、強い心を持った、騎士様なのですから……!」
ジルは、セレスタンにあこがれていた。魔の策略により聖盾を奪われ、周囲から唾棄され、それでもなお聖騎士として歩み続けていた彼に、憧れていたのだ。
だが、それゆえに、ジルはセレスタンの本当の心を理解することはできなかった。ジルのあこがれは、ある意味で、正しき人、という肖像の押し付けであった。それは、セレスタン・オリオールという人間を、最も傷つける周囲の無理解に間違いなかった。
異端審問騎士は、無感動な様子で、ジルに何かを放った。それは、皮装丁の日記帳であった。
「読むといい。正しき騎士とやらの真意が描かれている」
ジルは、少しだけ息を吸い込んだ。それから、主のプライベートを覗き見ることの罪悪感を少しの間覚えてから、それを抑え込んだ。意を決して、ページをめくる。
つらい、と、そこには書いてあった。
期待が。押し付けが。誰かの言葉が。
苦しい、と、そこには書いてあった。
キラキラとした瞳で、自分をよきものであると規定する、従者の言葉が。
あまりにも――赤裸々に、残酷に。
セレスタン・オリオールの、あまりにも弱い――人であるならば必ず持ち合わせているだろう、醜悪で、でも綺麗で、純粋で悲しい、本音というものが、そこには記されていた。
「僕、が」
ジルがつぶやいた。
「ぼく、は、セレスタン様の、重荷だった?」
「気にすることはない。所詮、惰弱な背教者の下らん言い訳に過ぎない。
人は、正しき道を歩むべきだ。道を踏み外したというのならば、そういう人間だったということだ」
異端審問騎士にとっては、そういう者に過ぎない。セレスタンは道をたがえたのだ。最悪のほうに。それは、彼が悪しきものであったからに違いない。
ここにきて、そのような『押し付け』をされていると知ったら、セレスタンは激怒するであろうか? いや、彼はそのようなことは気にしないだろう。なぜなら、彼はもう、理想の自分とともにあるのであるから。
「審問官、こいつは」
と、騎士の一人が言うのへ、審問騎士はかぶりを振った。
「この様子では、奴の情報など持ち合わせていまい。
もういいだろう。屋敷内をすべて洗え。少しでも敵の情報につながりそうなものは接収する」
そう言った後に、審問騎士はジルを見た。憐れみと、侮蔑の色が浮かんでいる。
「背教者に騙され、このざまか。
それに、聖盾のオリオールも今代でしまいだ。つくづく、有能なものだな。貴様の主は。
……存外、先の大戦で魔種に聖盾を奪われたなどというのも、言い訳かもしれん。
自ら、魔に聖盾を売り渡したのだろうさ」
それは、その審問騎士だけの考えではなかった。今日に至るまでに、ジルが街を歩いているだけで、そのような声が、視線が、あちこちから突き刺さっているのを感じていた。
間違っている。
間違っていた。
最初から全部間違っていた。
正しくなかったのだ。セレスタンなどという男は!
正しかったならば、聖盾などを奪われまい!
正しかったならば、裏切りなどをするまいて!
ああ、あの男は、最初から、間違っていたのだ――!
「う、ぐ」
ジルが、嗚咽した。胸の内を全部吐き出すように、でも、それをとどめて、口の端から漏れ出てしまうように、そのような、と息を。
「ぐ、……ふっ、ふえ……」
顔が熱かった。目の端にあっという間に涙の球がたまって、そのまますぐにたぱたぱと零れ始めた。審問騎士は情けないものを見るような目で、ジルを見た。
「騎士がこの程度で……」
それが『あるべき騎士』というものの押し付けであるのだということを、ジルは初めて理解した。そして、このような無自覚の悪意を、セレスタンがずっと受け続けていたのだと、この時ようやく理解した。
「ふぇ……え、ええ……」
それでも、涙は止まらなかった。ただ、敬愛すべき主を、自らが刺し続け、ついには殺してしまったのだという事実に、その胸は握りつぶされんばかりの鈍い重さを感じていた。
モラトリアムが終わる。
少年期が終わり、ジルは現実と向き合うこととなった。最悪の形で。
※天義において、遂行者陣営との戦いが続いています――。
※双竜宝冠事件が一定の結末を迎えたようです!
※クリスマスピンナップ2023の募集が始まりました!
※プーレルジールで合流したマナセとアイオンの前に魔王イルドゼギアが現れました――!
※プーレルジールで奇跡の可能性を引き上げるためのクエストが発生しました!
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