PandoraPartyProject

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交ざりゆく糸

 深まる秋の夕暮れが障子を通り越して畳を照らす。
 黄昏時の色合いは明暗濃く、長くなる影に何処か物悲しさを覚えた。
 そんな侘しさも暁月と居れば感じる事など無かったというのに。

 部屋の中に差し込む夕陽から『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)は傍らの青年へ視線を落す。
「暁月さんはお茶が好きなんです。ほら、このほうじ茶とか結構飲んでましたよ」
 雑誌の茶葉特集を指差した『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)はアメジストの瞳を細めた。

 廻はこの煌浄殿で預かっている青年だ。見た目は少年にしか見えないがこれでも成人している。
 数年前、明煌の甥である『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)が記憶喪失だった廻を拾ったのだ。
 春頃に燈堂家で起った戦いの最中、葛城春泥によって廻は『泥の器』にされてしまった。
 その穢れを祓う為に療養として廻はこの煌浄殿へ預けられている。
 預かったばかりの頃は怯え泣いてばかりだったが、今では少し慣れてきたと明煌は感じていた。

「ふぅん……」
「あとはそうですね、学校ではキリっとしてるんですけど」
 自分が知らない暁月の姿を想像する明煌。
「帰って来ると、少しだけふにゃってなります……それと」
 嬉しそうに話す廻に心がざわめく。自分が知らない暁月を廻は知っていてそれを楽しげに話すのだ。
 明煌にとってはそれが無性に腹立たしかった。
「……もういい」
「え? ぁ、えっとごめんなさい。明煌さんが喜ぶかなと思って」
「はぁ? 暁月との思い出自慢か?」
「……そんな言い方、無いじゃないですか」
 舌打ちする明煌に廻もムっとして言い返した。
 あからさまに不機嫌な廻の表情が余計に明煌の感情を揺さぶる。お互いに苛立ちが募った。
「お前と暁月の思い出話聞かされて、こっちは不愉快なの。わかる? なあ、何でお前との思い出はあって俺には無いの? おかしいだろ」
 明煌の物言いに廻は眉を寄せる。明煌の襟を掴んで怒りを露わにする。
「じゃあ、今からでも遊びに行ったらいいしゃないですか!! それだけの事でしょ!
 何をメソメソ……子供みたいに! それで、僕に八つ当たりするんですか!」
「それが出来るんやったらやっとるわ!!」


 怒号と共に明煌は廻を押し飛ばした。壁柱に勢い良く頭を打つけた廻は痛みに転がる。
「痛ぁ! あーもう、腹立てきた! 今日は海晴さんのとこに泊ります!
 明煌さんの馬鹿!! もう、知らない! うぅぅーっ!」
 泣きながら部屋を出て行く廻に明煌は、ばつが悪そうな表情を浮かべた。

 ――――
 ――

(どうして、明煌さんは……いつも!)
 頬から落ちる涙を拭い、しゃくりあげる廻。
 走っていた足はゆっくりになり、やがて止まる。
 泣き腫らした目を二ノ社に居る海晴達に見られると余計な心配をさせてしまうだろう。
「ちょっと散歩しよう……」
 秋の冷たい風がとぼとぼと歩く廻の頬を攫っていった。
「はぁ……」
 溜息を吐いた廻は先程の喧嘩を思い出す。
「言い過ぎたかな……明煌さんも理不尽だけど、僕も同じようにイライラしちゃった。
 暁月さんと話してるときはこんな事無いのに

 廻は胸に手を当てて明煌と暁月の違いに考えを巡らせる。
 無意識の内に拾ってくれた保護者である暁月には逆らえないと思っていて、逆に明煌には対等で居てくれるという甘えがあったのかもしれない。

「はぁ……、謝らなきゃ」
 きっと明煌は寂しかったのだ。
 廻の口から紡がれる楽しい思い出は、明煌が知らない暁月の話だ。
 自分もそこに居たかったという純粋な思い。それを苛立ちとしてしか表現できない。
 十歳以上離れているはずなのに、まるで同年代の子供同士の喧嘩のようだと廻は苦笑いをする。
 そんな廻とて、あんなに激しい喧嘩をするのは初めてなのだ。温厚な性格の廻が明煌相手には、理不尽を受ければ苛立ちを覚える。精神的に対等とだからこそ起るすれ違い。明煌も廻も大人になりきれていないのだろう。

「廻……」
「明煌さん?」
 迎えに来てくれたのだと廻は振り返る。
 されど、其処には誰も居ない。辺りは真っ暗で『来た道』も消えていた。
「廻……、こっちだ、廻」
 呼んでいるのは、明煌の声だが。明らかに人ではないものだ。
 怖気が廻の背筋を走り身体が震え出す。
「ぁ、」
 声から逃げようと踵を返した瞬間、黒くて長い生き物が廻の身体を持ち上げた。
 視界の端に見えたのは大きくて黒い花だ。食虫植物のような鋭い牙がある。
 ギリギリと身体中が締め付けられ骨が軋んだ。
 あの呪物に食われたら只では済まないことが本能的に分かる。危険だと脳内に警告が響いた。
「やだ! やだ……っ! 助けて、暁月さん。助けて明煌さん!」
 近づいて来る牙にもうだめだと廻は思った。自分は死んでしまうのだと。
 目を瞑り痛みが身体を貫くのを待つ。
 されど、いくら待っても痛みは訪れず、その代わりに温もりが廻の身体を包み込んでいた。
 目開くと眉を顰めた明煌の顔。その背には呪物の鋭い牙が突き刺さっている。
「明煌さん……!?」
「あー……、くそ痛い。腹減ってるなら、俺のやるからそんな怒るなや。ちょっと斬っただけやろ」
 その言葉は襲いかかっている呪物へ向けたものだ。いつの間にか廻はこの呪物のテリトリーへ入り込んでしまったらしい。
 舌打ちした明煌は廻を抱え呪物の傍から離れる。
 明煌の背中には大きな傷が刻まれ着物が真っ赤に染まっていた。

 ――――
 ――

 薄暗い寝室の中に仄かに光る白灯の蝶が心配そうに明煌の周りを飛んでいる。
 廻を庇って呪物に生命力を吸われた明煌の意識は朦朧としていた。
 背中の大きな傷はコウゲツの花蜜でも廻の回復でも塞がらなかった。
 呪物の呪いと明煌の生命力の減少が原因だろうと海晴は言った。
 本殿で寝かせておくのが一番の回復方法なのだという。

「……くな」
 意識を朦朧とさせている明煌の頭を膝の上に置く廻。
「行くな……おいて、ない、で。暁月」
 無意識の中、暗闇に手を伸ばした明煌。その手は廻の首輪を掴む。
 この赤い首輪は服従の証だ。煌浄殿の主である明煌が廻を支配できるものだ。
 何処にも行くなと言えば、逃げられない呪縛が掛かる。
「おいて、いく、な」
「大丈夫。置いて行きませんよ。ここに居ますよ」
 朦朧とした意識の中、明煌は廻のぬくもりに縋った。


「えー、今度は廻が熱出したの?」
 ルカの元気で良く通る声が煌浄殿二ノ社に集まった呪物たちの耳に届く。
 明煌の傷が癒えた頃、看病で張り詰めていた廻が高熱を出しているらしい。
「廻、明煌のことすごい心配してたからね」
 看病の最中、二ノ社に出て来た廻が不安そうに泣いていたのをコウゲツは知っている。
「僕達も何か手伝いに行った方が良いかな?」
 タツミが心配そうに眉を下げる傍らに、沖田 小次郎の姿も見えた。
「そうだねえ、明煌さんと違って廻くんは体力無さそうだしね。熱冷ましシートと水分補給とかは大丈夫なんだよね?」
 小次郎の問いかけに深道海晴が頷く。
「まあ、そういうのは二ノ社から明煌が持って行ったが……かなり熱出してるなら心配だな」
「ん……心配。お薬いる?」
 胡桃夜ミアンが海晴に解熱剤を差し出す。その後には詩乃がぬいぐるみを抱え右往左往していた。
 転びそうになった詩乃を実方眞哉が抱え起こす。
「廻なんて放っておいたらいいでしょ」
 フンっとそっぽを向いたヒジリのやきもちに、ナガレが優しい笑みを浮かべた。

「僕はその間に見回り行ってくるね」
「俺も……こういう時は変なのが入りやすいからな」
 八千代が立ち上がり、それに続いてモリトが席を立つ。八千代もモリトもこの煌浄殿を守る役目があるのだと己に架している。
「まあ、心配ですし様子を見に行くぐらいなら明煌さんも怒らないと思います」
 チアキは柔らかな笑みで呪物たちに提案する。
「じゃあお見舞いに新しく作ったぬいぐるみ持って行こうかな」
 コキヒの手には明煌と廻を模した手作りのぬいぐるみが抱えられていた。
「んじゃ、俺は新しい絵柄を見せに行こうか」
 扇の姿に戻ったカオルが扇面を開けば、紅葉に染まる山々の風景が描かれている。

 ――――
 ――

 わいわいと遠くから人の声が聞こえる。
「……うるさい」
 明煌は苛立ちを覚えながら目を覚ました。
 手を動かそうとして、何かに押さえられている感覚を覚え飛び起きる。
「な、んやこれ!?」
 胸の上に乗った廻と自分が縄でぐるぐる巻きになっているではないか。
 寝ている間、無意識に看病しなければならないという思いが、赤い縄――シルベを動かしたのだろう。
 ペットボトルや体温計、熱冷ましシートに薬が縄に巻き込まれていた。
 胸に乗っている廻から伝わってくる体温はまだ熱い。
「まだ、熱下がらんか……」
 溜息を吐いた明煌の耳に騒々しい足音が聞こえてくる。
「明煌ーーーー!!!!」
「は? 何で入って来た駄犬」
 障子を勢い良く開けて入ってきたシジュウが明煌の布団の前に伏せた。
「だって、だって! 明煌困ってる匂いしたから!!!!」
 普段は立ち入る事を制限されている呪物達が、明煌が困っているという『言い訳』をひっさげて本殿まで侵入してきたのだ。それだけ、廻が呪物達の中で『大切な仲間』になっているのだろう。
「明煌、困ってる? 縄切ろうか?」
 コキヒが大きな糸切りばさみを取り出して刃を鳴らす。
「やめろ、やめろ」
 明煌の影から出て来たシルベがコキヒの糸切りばさみを押し返した。

「廻の様子はどうでしょうか? 指冷たいかもしれませんが計ってみましょう」
 ヤツカが廻の首筋に手を当てる。
「う……?」
 冷たいヤツカの指先に廻が目を覚ました。
「あれ……、みんな?」
 普段は本殿に入れないはずの呪物達が明煌の寝室に集まっている。
「ほら、これをお飲み。廻が元気になるように調合した花蜜だから。明日には熱も引くよ」
 縄を解いて貰った廻はコウゲツの花蜜をこくりこくりと飲み干した。
 ヤナギは廻の額に乗った熱冷ましシートを新しいものに張り替える。

「それで、今回はどうして喧嘩したんだ?」
「は? 関係無いだろ」
 肩を突く樋ノ上セイヤの手を明煌は払った。
「えー、仲直りしなよお!」
「もう怒ってないよ明煌は。ね、そうでしょ?」
 ルカの言葉にシンシャが悪戯な笑みを零す。
「……煩いお前ら!!」
 明煌の剣幕に呪物がきゃぁきゃあと騒いで散った。

 見つめ合った明煌と廻。お互いが悪かったと思っているから。これは仲直りの為の儀式だ。
「ふふ……じゃあ、温泉いきましょ。暁月さんも一緒に」
 喧嘩の原因になった『暁月との思い出』と。
「他に誘う人はシルキィさんに愛無さん、アーリアさんとラズワルドさん、眞田さんにアーマデルさん。
 明煌さんは誰か誘いたい人居ますか? ジェックさんやムサシさん、ギュスターブくんさんとこの前の合同祭でお化け屋敷回ったんでしたっけ?」
「……回った」
 新しい『友人たちとの思い出』を作りに――

※明煌と暁月、廻たちと温泉に行きましょう――

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