PandoraPartyProject

特設イベント

Phantom Night


●パンプキンパレイドI
 宵闇色に染め上げられた魔法道具(マジック)をぐるりと飛んだ蝙蝠達が見下ろした。
 橙の彩に染まったフェアリーテイルの文字の下、茨がぐるりと囲った門が来訪者たちを歓迎している。
 曰く――少女(アリス)を迎え入れるために赤の女王が誂えたとっておき、なのだそうだ。
 事実を問うなど不埒も不埒、女王の癇に障ったならばその首を刎ねられてしまうかもしれない!
 饒舌な帽子屋は狂ったようにははは、ははは、と笑いながら特異運命座標(アリス)達を特別な夜へと招き入れた。
「んー……迷路、クリアで、ごはん……」
 ぱちりと瞬くうえ男は迷宮の向こう側、タダ飯が待って居る夢の如き空間を思い浮かべて口元に笑みを浮かべる。のっぺりとした白い顔にはジャック・オー・ランタンの模様を描いて。
(面倒……うー……養われたい……でも、タダ飯食べたい……)
 ぽやぽやとしたうえ男は入口でめんどくさいなあとごろり。彼こそが足止めの罠になる事など知らず……。
 緑の頭巾をかぶって、楽し気にふわりと揺れるメンダコ君と共にドラゴンになり切ってMendaはメンダコ型クッキーを配り歩く。
「えーと、Dr.マッドハッターとファン。まずは貴方達から、トリックオアトリート、なのですよ」
「おやおや、これは可愛い竜種さんじゃあないか。私からは甘いキャンディを。そうだ、甘言の如く私が口にする一片の言ノ葉の如き味わいさ」
「ちょっと……また訳の分からないことを」
 嗜めるようなファンの声にも構わずマッドハッターはMendaに対してやけに饒舌に語る。ぱちくりと瞬くMendaはクッキーを一つ手渡して茨の迷路へと足を踏み入れた。
「へえ、迷路か。どう抜けるか」
 ある英雄は森育ちであったそうだ。アルブムは野山を駆けた誰かの記憶をたどるように茨の迷路を行く。ヴァンパイアのマントをひらりと揺らし、色違いの瞳には僅かに楽し気な色を映しこんだ。先ずはそうだ、情報交換が大事ではないだろうか?
「ポウッ!」
 するん、とアルブムの前へと滑り込んだピーター・パン。その身をスピンさせながらマイキーが求めたのはDr.マッドハッター。
「さぁ、迎えに来たよボクのティンカーーー、ベル! 今こそ、約束されし勝利のネバーランドへ旅立とう!」
 華麗なるウォーキング技術を手にしたマイキーに「私がティンカーベルかい? それは可愛らしくなったものだ!」とDrは狂ったように笑い出した。ある意味で地獄絵図の光景にアルブムはゆっくりと目を伏せて他を当たろうと決意させられたのだった……。
「今日のお告げで、神様が言ってました! 道に迷ったら、困難な道にこそ飛び込めと!」
 ピュティアは今日もオリュンポスの聖女として信じる神の言に従い動く。鳩の着ぐるみを身に纏った聖女の前に存在するのは――
 ――誰かが作成した落とし穴だった。
 勿論、ピュティアにとってそこが『正解』であるわけがない。穴に落ちればどこかに通じるかもしれないが、不思議の国のアリスよろしく別の世界にでも到達できれば面白い……しかし、彼女の中ではそれがあくまで『迷路』を抜けるための答え。
「……ハッ!?あんなところに穴が………流石神様です!」
 疑う由無く飛び込んで、その後に響くのは鈍音。
「!?」
 びく、と肩を揺らしたメランコリア。同胞の一人と同じ白いドレス姿の彼女の耳に届いたのは不思議な――それも鈍く響く様な――音だった。
「……迷った……帰れない」
『振り向けば入口が見えるが?』
 唇を噤む。オルクスの表情は僅かに固い。成程、入り口から真直ぐに進んだ彼女は未だ悪戯にすら到達していないのだ。
 一方で、蒼い修道服のコルは別々の入口を選んだ同胞達に「構う事はないわ」と涼しい表情で迷路を進んでゆく。どうせ、出口は1つ。出た先の悪戯心溢れるパーティー会場で彼女たちとも出会える筈だ。
 ふと、彼女を横切った何かが居る。ローストチキンだ。熱い窯で焼かれて慌てて飛び出して来た風貌のそれにぱちくり、と彼女は瞬いた。
「活きがいい……?」
『すでに調理はされているがな』
 コルは会場の食事もああやって走り回っているのだろうかと想像し僅かに心が弾む感覚を覚える。勿論、ローストチキンが逃げようと『美味しく食べれる』のは当たり前だ。
「うふふ、今回も楽しみですね」
 食事の事を考えるならばストマクスとて心躍っている。茨の迷路に悪戯の様に設置されたキャンディを迷うことなくぱくりと口に含み、彼女の頬が綻んだ。
「キャンディにクッキーも。美味しいですね」
『少しは食べるのを躊躇うべきではないか?』
 ――案外、憑代たる彼女たちが個性的なもので、常識人と呼べるのは中の人たちなのかもしれないのだ。
「これは突っ切ればいいんだな?」
 普段着姿――と言っても、同胞のである――のコルヌの言葉は迷路という概念を潰すかの如きものだが、これも一つの可能性だ。
 余談ではあるが特異運命座標というものは『可能性』を蒐集するという事だ。バタフライエフェクト、瞬き一つで世界を変えてしまうかもしれない、君たちはある意味で異端であり異端である事こそが世界からの祝福と呼べるだろう。
 なればこそ、コルヌは全てに投じることなく『ゴール』を目指して走り出したに過ぎない。
「ゴールはあっちだな?」
『これは迷路なんだがな?』
 彼女にとってこれは競争なのだろう。Dr.マッドハッターが齎した密やかな楽しみに先ずは『普通』でない可能性を蒐集せしめよう。
 歩むトランプ兵達は何れも同じ方向を向いている。ああ、だってそうだ。赤の女王に爪先向ければそれだけで叫声が聞こえてくるかもしれない。
 首を刎ねておしまい! だなんて、そんな冗談でもない事を言われてしまえばトランプ兵たちも迷路を飾った薔薇と同じ色になってしまう。
「ふふっ、これが可愛い悪戯なのかしら?」
 ひらりと交わしながらレーグラは格闘家をモチーフにした衣服に身を包む。愉快そうで何よりだと告げる寄生者に彼女は「簡単にはつかまってはあげられないわ」と蠱惑的に唇を歪めた。
「こういうのも偶にはいいわね。嗚呼けれど、偶にだけよ? 日常に変わってしまうと、それは愉快でもなんでもないのだから」
「そんなこと言ってる場合か?」
 ブラキウムはその快活な性格とは裏腹に礼服に身を包む。フェアリーテイルの魔法は少し違った彼女たちを見せてくれるようだ。
 コルヌ宜しく、このメンバーで誰が一番に出口に到着するのかを競い合うつもりであったブラキウムの言葉に曖昧にレーグラは笑った。
 お構いなしに進むブラキウムを遮るのは蔦や植物。どれもかれもハロウィーンの魔法に浮れ踊るように跳ねている。
「菓子でも持ってくるべきだったか?」
『招かれたのだから貰う立場だと思うが……』
 頬を掻いたブラキウムは如何したものかと腕組みをしたまま立ち止まる。その中に見慣れた布地を見つけ彼女はふと首を傾いだ。
「あら、奇遇ね?」
 首を傾げたアーラはくるりと視界を逆さに向けて。悪戯は時にトリッキーだ。ぐるりとその身を囲った蔓が見事に彼女を釣り上げている。だらりとドレスは垂れ落ちているが彼女は穏やかそのものだ。
「自然物も悪くないものね」
『……これでもか?』
 アリスだったならば叫びをあげている事だろうが、自由自在に動く蔓と楽し気に笑い続ける蔦達に当のアーラはご満悦だ。
「一株位……だめ、かしらね?」
 駄目だ、と返される事に彼女は僅かに唇を尖らせた。
「ッ……も、もう……ムリィ……」
 一方で、始まりから絶望を背負ったカウダは『望む姿』になれたものの、成程、自身にとっては過激すぎる程のアラビアンナイトの衣装を身に纏っていた。
 楽し気に踊ったシーツのお化けたちの許へと駆け寄って、助けてと涙目で懇願することになろうとは。この迷路でもあまりに奇想天外な事だ。無論、それも大歓迎だが。
『まさかお化けに助けられるとはな……』
 シーツお化けの格好を借りてそろそろと歩き出したカウダの顔面――正確にはシーツの正面――に向けて飛び込んだのはベリータルト。
「ひ……ッ」
 ばし、と鈍い音たてたそれに怯えた様に縮こまったカウダの許へと駆け寄って、タルトは「ふっふっふ」と小さな胸を張った。
「この時を待っていたわ! おとがめなし! 公式的にイタズラができるこのイベントをね!!!」
 タルトが両手に携えたのは生クリームたっぷりのお決まりのアレ。甘酸っぱいベリーを乗せて、生クリームたちは魔法の効果を帯びて楽し気に歌っている。
 ぶつけろ、ぶつけろと乞うようにぐ、と構えたタルトの発射の準備を整える。
「よぉっし♪ ボクのお菓子をくぅらえぇ―――!」
 飛び込む生クリームを裂けるようにトリーネはぐんぐんと前進した。彼女を追い掛けるように楽し気に奔るローストチキン達。シルクハットの紳士を気取っても、心は鶏なのだから。
「いやああああっ!?」
 トリーネの叫声が空を裂く。何が起ころうと魔法の空間だ。メルヘンチックな宵色の天蓋を突き破るが如き叫声は大地を轟かせ、天空を震わせる。
 キラキラと星の如く降り注いだ金平糖にもお構いなくトリーネは走り続ける。
 クックドゥドゥクドゥ、何故って? それはあんなにも美味しそうなローストチキンが追いかけてくるからさ!
「やめて、その美味しそうな姿を私にみせないでぇぇ!!」
 嗚呼、憐れや。彼女程ローストチキンに怯える者はいないだろうに……。
「!?」
 ローストチキンの大暴走に巻き込まれるように足を踏み入れて背に大きな翼を持ったフロウは走る足を止められない。
 クックドゥドゥクドゥ! 何故って? 走らなければ何が起こるかわからないからだ!
 空を飛ぶことが出来るならばそれはとても甘美な事だろう。いいや、仮装であろうと魔術的に『特異』な場所だから飛ぼうと思えば飛べたのかもしれない。
 しかしフロウはそうはしなかった。長い髪を振り乱し、走り猛るローストチキン達から逃げ続ける。
 未知とは怖いものだ。しかし、道さえできれば何てことない悪戯に過ぎない。
 麗しき哉、魔法の夜に恍惚と笑みを浮かべてジェームズは『私にも頭がある!』と大手を上げて喜んだ。
「頭が在るんだ! 足取りも軽やかになる物さ。Happy Halloween! Happy Halloween!
 おや、其処に迷える『小鳥』もキャンディ一つ差し出せばきっと怯える必要もなくなるはずさ」
 頭が有れどその涼し気な目元を覗き込むことは出来ない。口元だけは嗤って見える紳士は杖を弧釣りと叩き逃げ惑うフロウへと手を伸ばす。
 逃げ道はこちらだと誘うその声に救われて、差し出されたキャンディの甘味に胸を撫で下ろす。
 素っ頓狂な音を立て近寄るマーチングバンドは茨の壁に音をぐるりと反響させる。
「ふむ?」
 手にしたチューバは少女の身の丈に合うもので。案外楽しいのだとパティは涼し気に笑った。
 甘いキャンディの薫りに目元を緩めて、さあ、まだまだ音鳴らそう! 迷惑? いいえ、ダンスに軽やかな音色は必要でしょう!
 出口なんてお構いなしに、さあ、すゝめやすゝめ。軽やか哉、その音色よ!

●アリスのお茶会I
 パーティー会場にまでも響き渡ったチューバの音色を楽しむ様に頭からすっぽりと布を被ったメジェド神――セララはリズミカルに腰を動かした。
「コレガ シンノ ダンスダ!」
 彼女の中でのメジェド神が片言キャラクターでるのは解らないが、ステップを踏み此処までも鮮烈に踊り続けるメジェドは居た事だろうか。
「それはいったい何の仮装ですですの? よろしければ教えてくださいな」
「カソウ ナラヌ シンジツナノダ!」
 フケイとか書いとけばそれっぽいシーンではある。
「そうなのですか」と母の故郷の伝承――雪女に扮したハヅキは口元に手を当てた。
 本来の彼女は女郎蜘蛛――和物妖怪の梯子である。
 まぁ、何時の世も布の下はシークレット乙女の秘密なのだ。中を覗く出ないと叱る声も何処からか聞こえてくる。
 同じように布を被り、驚かそうと息を潜めた舞香は宴会用の華散らしギフトによって正体は自ら明かしてしまうスタイルだ。
「わ、」
 どうしてバレてしまったのとぱちくりと瞬けば、彼女は悪戯っ子の様に表情を緩めて笑う。
「とりっくおあとりーと、! せんぱーなわたしはもら、うがわー、じゃなく、て、ね。あげる。がわー!!」
 お化けの小さな悪戯は初恋の甘酸っぱい味を添えたキャンディだ。
 白い翼は天使の装い。髪を一つにまとめてトートが追うのは走り回るローストチキン達。生前はさぞ楽し気に走っていたのだろうローストチキンを追うトートもまた楽し気で。
「待て~!」
 この世界は美味しいものに溢れている。混沌世界の美味しいの中でもこれは群を抜いて惨酷だ。
「頭から食べると惨酷、お尻から食べたらエッチ! ふふ、トランプ兵さん達もかわいい~!」
 へらりと笑ったトート。目指すはローストチキンだ――だが、その追いかけっこにも乱入者が存在していた。
「ヒャッハーー!」
 ロースト・チキンは気付けばローストチキンの仮装をしていた。勿論、彼は『ロースト・チキン』の名に反さずローストチキンだ。
 一番威勢のいいローストチキンとして走り回る彼の独壇場の気がするが、周りはローストチキンを食べんとする猛者たちばかり。
「ちょ、おまっ!? 俺は食い物じゃねーーー!」
 叫声が響き渡り文はぞ、としたように背筋を震わせた。食事につられて来たはいい物のドレスコードとして仮装を求められた文は慌ててテーブルクロスを被る。
 お化けの仮装だと言い張れば、シンデレラの魔法使いだって必要なく12時の鐘でお暇する必要だってなくなった。
 だが――このパーティーは狂っている。勿論、狂った帽子屋が主催する狂ったパーティーなのだから当たり前なのだが。
「……すげぇ御馳走だな」
 色々ややこしい事を考えるのは辞めて――風は至極ストレートに状況を捉える事にした。
 光景は奇妙奇天烈摩訶不思議。走り回るローストチキンは言うまでも無く、(PCの)ロースト・チキンも食われそうな今日この頃である。
「シュール過ぎ。しかも面白過ぎだろ、常識的に考えて……」
 圧倒的理不尽、圧倒的無軌道。ならばこそ、マッド・パーティ。
「盛り上がってるみたいだな」
 曰く『安直に』魔女の仮装をした桜花は狼人間姿の楓――ミニチュアサイズである――を肩に乗せ、小さく嘆息した。
 喧騒に自分から近付かず、まあ舐める程度に空気を楽しんでおこうかという腹積りだ。桜花から貰ったクッキーをもしゃもしゃと食べる楓はそんな彼に、
「桜花、パーティ、とても楽しいです」
 そんな風に声をかける。「ん」と短く応じた桜花もそれは満更でも無いようだった。
(――……こ、怖い……)
 幾ばくか安全圏寄りならば騒ぎも遠のこうが、真ん中にいてはそうもいくまい。文が怯えるのも当たり前。
 しかし、そんな様子を眺めながら会場の隅で只管にケーキを食べ続けるエーラは幸福を感じているようだ。
 シスター服姿の彼女はケーキを両手で鷲掴み、頬を赤く染めながら食べ続けている。
「ケーキ、美味しいですわね。くふふ………私は、悪い悪い魔女なの。次はその真っ赤に熟れたイチゴよ」
 シャルロットは絶叫するショートケーキ達を弄びながら苺を指先でつんと突く。だらりと垂れた長い袖は今は肘のあたりまで落ちている。
 黒と紫のロリータドレスに身を包んだ悪い魔女はケーキを食べているというよりも拷問しているといった風だ。
 薔薇の花を髪に咲かせ、毛先に向けて血色に染て、ルアミィは楽し気にパーティーを行く。紫苑に染まった瞳が捉えるのは楽し気に歌い踊る食器たち。
「わあぁ、綺麗な食器さん達に美味しそうなお料理がいっぱいなのです!」
 吸血鬼は新鮮な血が好きだけれどお料理だって大好きだ――でも、物足りないのはしかたがないでしょ?
「デザートに、貴方の血も頂きましょうかしら?」
 響く絶叫は心地よい。だって、それはお菓子の発する可笑しな声なのだから!
「トリックオアトリート! 其処の道行くお兄さん、お姉さん。哀れな狼女にお菓子を恵んでくれませんか?」
 エマは黒いマントを揺らし「がおがお」と両手を上げる。お菓子も言いけれど、お肉だって美味しい。紫の毛並みの言い尻尾がたしたしと揺れている。
 えひひと笑った彼女の『気弱』さが獣の強さに隠されて、嗚呼、何処か違った彼女のようで。
「お菓子なのね? はいっ! トリックオアトリートなの~」
 ふわりと笑った葉月は膝丈のシスター服に身を包み大きな緑色の瞳を細めて笑った。
 普通の人間にも混ざってしまいそうな儚げな存在はジャック・オー・ランタンを模ったクッキーをバスケットから取り出してエマへと差し出した。
「ふふ~、このお菓子を食べて幸せになってほしいの~」
 けれど渡すだけではないのです。お菓子を配っている人には甘いチョコレイトを貰いに行こう。葉月はきょろりと周囲を見回して、トリックオアトリートと魔法の呪文を口にした。
 黒豹の耳を揺らし、只管に食事を続けるエリオットは鼻を鳴らす。丸い瞳は菓子を求め、踊り歌った食器たちから叫ぶケーキを手渡された。
「へえ! ココじゃあ食器までもがお喋りできるの。子供の頃に聞いた『付喪神』みたいじゃあないか」
 猟師の仮装に身を包んだてふは折角だからと食器たちへと一つ会釈する。この夜の魔法たちは付喪神とは違った存在だがそうやって話せるだけでも楽しいのだ。
「いつもいつもお仕事してくれてありがとうねぇ」
 てふの言葉に食器たちは楽し気にふふふと笑う。従者の様に遜り『お使いくださいませ』と朗々と歌い上げる声は心地よい。
「すっごく楽しそう! 食器さん、もしよかったら絵のモデルになってくれません!?」
 カラフルなパレットに魔女箒を模した絵筆を手にしてセンカは鮮やかな桃色の瞳をきらりと輝かす。花を飾った魔女帽が動きで揺れる。
 瞳をきらりと輝かせたセンカに食器たちはどうぞどうぞとひらひら踊る。
 幻想的な世界にキャンディを思わせる魔法使いは描いたものを具現化することが出来るのかしら、と首を傾いだ。この世界は魔法の世界――どんなことだって叶ってしまう不思議な妖精の悪戯。
 けれどヴィルヘルミーネの『お歌』は少し難しい。世界が与えた贈り物を捻じ曲げる程に悪戯は野暮じゃない。
 ファーで飾ったローブを揺らし、キャンディを指先でひらりと動かしたセイレーンは澄んだ髪を揺らして「すてきな歌なのですぅ」と手を打ち合わす。
「どうすれば歌が上手くなるのですか?」
『さぁ? さぁ? 世界の贈り物は私達には分からないわ♪』
 むう、と唇を少しだけ尖らせてヴィルヘルミーネは陸に上がった人魚の様に不慣れな足を踏ん張った。一緒に歌いたいけれど、パーティー会場が混乱してしまうかもしれないから。
 今はお口にチャックをするのです――その代わり、踊り手ならば困らない。
 九つの尾を揺らし、ちりりんと鈴鳴らす。フランは白磁の肩を鮮やかな布地から覗かせて「今宵の祭り(はろうぃん)はこうも楽しい物であるか」と唇に蠱惑的な笑みを浮かべる。
「踊りならば妾の十八番。化け狐のこぴょいばかりの舞を見て賜ふ」
 こんこん、と狐の鳴き真似をして、重たい着物を引き摺って下駄がかんかんころろと音鳴った。
 石造りの帽子をかぶり無貌の笑みで食器と踊る。オラボナは狂い狂いと道化師の如く廻り続けた。ダンスフロアと呼ぶには余りにもお粗末だが、そんなものこんな場所には必要ない。
 ――だって、この世界が『狂っている』のだから!
 帽子屋の笑みさえ聞こえて来そうな今宵の場所でオラボナはジャック・オー・ランタンの彫像を作り出す。燃える様な三つの瞳を愉快に笑わせ、混沌を赦し賜う幻想譚に心は僅かに踊った。
 柘榴の如き瞳を細め、薔薇の花束を抱えた藤は死骸の身を動かす札を携えたが如く、チャイナドレスに身を包む。クリームを一口舐めれば舌鼓。
 鮮やかなカクテルを求めれば踊るグラスが彼女の唇にキスをした。
『踊りましょう踊りましょう、謳いましょう謡いましょう』
 トリックオアトリート、トリックオアトリート、食器たちに声をかけられれば溢れるほどの飴玉を差し出して、その唇はこういうのだ。
「こんなに面白いことが起こるなら、混沌も存外悪くない! 今日はなんて楽しい夜だろう!」
 悪魔の仮装に身を包みキコが発するのは悪魔の音楽。ドレスコードは仮装だから、他に可笑しなことは何一つない!
「悪魔の歌う歌、聞いていってくれるよな」
「天使が歌うんだ! 聞いていってよね!」
 天使の仮装に身を包みお菓子を口いっぱいに詰め込んだエフは楽し気にキコの傍へと寄り添った。音を奏でるキコ似合わせて歌い始めるエフは天使の如き歌声で奏で続ける。
 それに合わせて食器たちが踊り狂い、頓珍漢なチューバの音色は遠く鈍音として響いてくるようで。
 黒い翼に身を包み怪しく笑った熊を抱えたノアは踊る食器たちにぺこりと頭を下げる。その仕草で兎の耳が揺れ、赤い瞳はぱちりと瞬いた。
「あなたたちは……楽しそうだね……僕と、少し話そ……」
 食器たちはこの夜だけの魔法。魔法仕掛けだからこそ――ああ、きっとここからは出られない。
 その運命を謳うように聞けばノアの赤い瞳はぱちりと瞬くしかなかった。
「くっくっく!! なんだここは!! 素晴らしい! これぞ黒き魔女これぞ黒き魔女達の宴!
 食べ物が走り回り叫喚するなぞ、誰か悪魔に魂でも売り渡したか? クク、折角の機会だ。その恩恵を大いに受けるとしよう!!
 そこのチキン、我が糧と成れ!」
 声を張り上げディエは死神の衣装に身を包み淡い色を発する鎌を振り上げる。刈り取る様にローストチキンを目掛ければ、ロースト・チキンの「違ェー!」という叫声が響き渡る。
「キャーッ、ローストチキンが走ってる!」
 ジルーシャは吸血鬼の仮装に身を包み肩を竦める。お化けとローストチキンに大きな違いがあるのかどうかはわからないが、少なくともローストチキンは普通は走らない。
「ジルさん、おいしそうです! あれは斬って良いものですか?」
「刀ではダメよ……!」
 楽し気なシキはパンプキンパイを口に含んで瞳をきらりと輝かせた下げた刀は何時もと同じ、けれど纏った宵色のマントはシキが魔法の夜に居ることを表すようで。
 刀はダメと首を振るジルーシャに「でしたら……」と机の上から見つけたフォークとナイフ。テーブルマナーなんてこの場所にはないけれど、刀ではなくナイフとフォークを使うのがマナーだろう。
「――破ッ!」
 ローストチキンを一閃。狩り立てほやほやのお味を二人で頂きましょう。
 食事の用意は自分たちで――走り回るローストチキンを狩るという意味で――こなすことが出来るが、それ以外にも様々な料理が並んでいた。
 メートヒェンはキュルキュルとキャタピラの音を立てながら両胸からロケット爆弾を文字通り発射寸前で止め、食器たちの許へと歩み寄った。
 歓迎されるのは十分理解されるが、客人としてもてなされるのは何処か慣れない。流れメイドを名乗るメートヒェンが給仕を手伝うと申し立てれば謳う食器たちは快諾したことだろう。
「おめぇ、久しぶりだなぁ! なんだ? 山賊稼業にでも徹してたのか?」
 場の片隅で見知った顔(グドルフ)と酒を酌み交わすオクトといえば、海賊だ。
 海賊が山賊を揶揄するのは中々何とも言えない話だが……彼等流に言わせればそれは結構違うものなのだろう。
 普段と人相の変わらないオクトの何処が仮装なのかと言えば――曰く、蛸髭が一本増えてんだ、とのこと。
 恐らく海洋学者でも気付くまい。
「ふう……」
 葡萄酒を手にしたマルベートは狼の如き衣服に身を包み、この喧騒の中に居た。
 未だ見ぬ土地に思いを馳せ、こうした『奇妙奇天烈な出会い』に舌鼓を打つ。ただ、それだけでも楽しいもので。
「さて、手ごろなローストチキンでも狩りましょうか」

<続く>

PAGETOPPAGEBOTTOM