特設イベント
Phantom Night
●パンプキンパレイドⅥ
「……迷路めんどぃ」
悪戯のリアクションも面倒だと琴音は小さく欠伸を噛み砕く。仄かに回った酔いは何時もの如く心を高揚させるようで。
水がかかって酔いが醒めたらパーティー会場に行くことさえも諦めてしまいそうだから、気を付けるわぁ、とのんびりとした口調で彼女は言う。
吸血姫は血ではなく酒を吸いたいものねぇ、と僅かに肩を竦めて見せた。
ダウナーな琴音とは対照的にマッチョデビルは今日も絶好調だ。ストロンガンは己の筋肉を信ずるがままに体当たりで一直線だと茨へと飛び込んだ。
「――痛ェ!」
だが、筋肉を信じるストロンガンが此処で止まるわけもなく。両腕に力を込めて筋肉の導きに従うまでだ。
筋肉が嘘を言う事はないだろうが正しいとは限らない。もしも駄目なら笑ってごまかすだけだとストロンガンは大口開いた。
「僕は経験豊富だからね。迷路なんて余裕余裕さ」
そうは言いながらも白いライオン――サフィールは最後尾でおっかなびっくりとした足取りで歩いている。内心は怯え全開なのだがそれを口にするのも野暮だろう。
生前の姿にドレスを纏いホロウは羽目を外しすぎて威厳が損なわれることを畏れてんん、と小さく咳ばらいを漏らす。
彼女の怯えは威厳を失う事だが、内心はと言えば味覚の存在に感激しすぎて今すぐにでも踊りだしたい気持ちなのだ。
前線を進むジークは大鎌で壁に傷付けながら通ってきた道をしっかり記録し続けている。右に添えばきっと出口に辿り着けると彼は信じている――が。
「!? あわわわ、助けてっ!」
ジークにぴったりと着いていたサフィールはジークと共に穴へと落ちてゆく。びく、と肩を揺らして慌てるサフィールにジークは「慌てるでない」と優雅に窘めた。
「で、でも」
「大丈夫? ふふ、それから聞いてくれる? 私は魔女のメリル、それからこっちは――執拗に私を追い掛けてくる困ったさん!」
浮かんでいたことで罠を避ける事は出来たが全力で走り続けるローストチキンは可愛いヒトデさんをロックオンしていたようだ。
ゆっくりと手を差し出す暇もなく逃げなくちゃと量産型星型チョコレート――時々ヒトデ型なのは愛嬌だ。ちなみにアタリである――をばら撒き続けるメアリはあわあわと声を上げる。
大騒ぎのメアリ達が去ったのだと安心し食べ物をゆっくりと口に含んだホロウが瞳を輝かせていれば……。
「バアッ!」
「――――!!!?」
全身に血糊を付けたミイラ男は悪戯っ子のように笑い掛ける。包帯を振り回し襲い掛からんとするB級映画顔負けの演技にホロウは大袈裟に肩を竦めた。
「失礼しましたホロウさんがあまりにも面白……いえ、寂しそうだったので」
「ホロウは本当にポンコツですね」
なんて、小さく笑ったルクスリアにホロウの頬に赤みがさしてゆく。そもそもに置いてホロウに威厳があったのかをルクスリアは知らない。なかったのかもしれないが、ポンコツであるからこそホロウなのだともルクスリアは考えている。
穴から戻ってきたジークが再度最前線を進まんとゆっくりと壁のしるしの位置へと戻ったのを確認し魔王城予定地の面々は皆、迷路攻略に勤しむのだった。
「行進せよ! 出口に辿り着くまで!」
きらりと輝く薔薇。優雅に進むカタリナは聴こえる悲鳴が耳を劈く感覚におっと、と息を飲む。美しい茨と薔薇の迷路の中、彼は何時も通りに芝居ががったポーズを決める。
「うーん、中々にロマンス迷路じゃないか。薔薇とはまた私に相応しい」
「気を付けて、悪戯になんて絶対屈しない! キュウビちゃんこっちに! カタリナも薔薇に気を取られな……!」
聖堂騎士のようにカタリナとキュウビを護って見せるとレインは振り向くがスカートを悪戯蝙蝠に持ち上げられて絶叫を響かせる。
宵色の空に叫び声――ホラーの中でも薔薇は美しく輝くものだとカタリナは緩やかに微笑んだ。
(私に任せて……! 一瞬で――一瞬で――……)
一瞬では出れなかったよ。キュウビはキョンシーのようにだらりと垂れた袖口できゅ、と頬の汚れを拭いた。
悪戯っ子なんだから、と蝙蝠をつんと突けばその悪戯はキュウビにも降り掛かる。すゝめ病弱同盟、悪戯には屈せずゴールへと!
「可愛い天使のミアは……皆を――」
くるりと振り返ったミアはゆっくりとゆっくりとルルリアと由貴の背後へと回り込む。今日のミアはバックにいっぱいのお菓子を詰め込んだ可愛らしい天使だ。
ヘンゼルとグレーテルよろしくお菓子を目印に置いていくがそれを鼠たちがちょろちょろと拾い上げ続けている。
由貴は何となくでも嫌な気配を漂わせる道をあえて選び『楽しい迷路』を全力で遊ぶのだと決めていた。
「ミアさん?」
「ううん、ゆっきーがんばろう!」
天使の様な悪魔の笑みには気付かぬままに由貴は不思議そうに瞬いた。トレジャーハンタールルリアは悪魔のコスプレで天使の様な笑みを浮かべて楽し気に歩き続ける。
迷路には隠された道がある。それが定石だと壁をとんとんと幾度も叩きスイッチを探す彼女にミアがにぃと笑った。
(この先にはミアの罠が仕掛けてあって二人がかかるのを楽しみにしてるの――!)
真っ赤なフードを身に纏う亡霊――表情がうかがえない事もありHoodが少年であるのか少女であるのかは分からない。
イベントの趣旨が分かっていない事もあるのだろう。迷路を抜けるという行動をとるわけでもなく「あああ」と呻き声を上げて参加者たちへと近寄っていく。
ちょっとしたホラーではあるが、その様子に柔らかに微笑んだのはまろう。
神は言いました。迷った人は道案内して差し上げなさい――と。たとえ亡霊であれど手を差し伸べるのは神からの言葉だからだ。
そんなまろうの姿はどこかおどろおどろしい。泣く子も安心させられるような微笑に困った人へと何時だって差し伸べられるように手は沢山。早馬の如く駆けつけられるように足も多数あり、全てを見渡せるように顔と瞳も数を揃えている。
その姿はまろうの思い描く神そのものなのかもしれないが、神の神託に従い差し伸べられた手にHoodはゆっくりと首を傾げるのだった。
「うむ、迷った!」
デイジーはしっかりと必勝法を心得ていた。まろうの後ろをゆっくりと歩きながらデイジーはは、と顔を上げる。
魔女帽の先に飾られた南瓜が揺れる。パンプキンカラーのドレスを持ち上げて、デイジーは「あ、あれは」と声を震わせた。
「さっき逃した空飛ぶケーキセット! 待て、今度こそ喰らってやるのじゃ!」
それからもう一度同じセリフを言うのだ。うむ、迷った、と。
「どこぞの童話を彩る脇役にでもなった気分だな」
南瓜頭のジャック・オー・ランタンは楽し気な足取りで歩み続ける。ネストの小さな悪戯はトランプ兵達と共に白いバラを赤く塗り替える事から始まった。
悪戯も罠もなんだって楽しい。南瓜がぼろぼろであれど気にはならない。出口に着けば一旦引き返してもう一度この迷路を堪能していたい。
飛び交うケーキセットを見送って、鼠たちの行進へと着いていく。宵の向こうには何があるのだろうか?
若葉の色のドレスを纏いニーニアは行った事のない道を探してふらふらと漂った。
「次はこっちに行こうかな?」
先ほどは痛い目にあった、と彼女は額を擦る。出口だ、と顔を上げて喜び勇んで飛び込んだ先に会ったのは透明な壁。びたん、と大きな音立ててぶつかったものだからその音も色々なところに響いてしまった事だろう。
安心させた所に意地悪な仕掛けがたくさん詰まっているのだ。これ以上は迷わないぞと振り向けば――ビタンッ!
悪戯は何時だってそこにある。
紫苑のキャンディのような頭に変化して、ジルは只今真っ逆さま。
頭の重さに耐えきれないと脚をばたばたと揺れ動かした。悪戯風も相俟って体はふらふらと揺れ続ける。
「やめてやめて頭押さないで絶対に押さないでくださいっすアーーーーーーッ?!」
風にころころと転がされ、そのまま体は揺れ動く。嗚呼、こんなに大きな頭じゃ起き上がる事も叶わない!
●アリスのお茶会Ⅵ
「おばけだぞー、……なんてね。
今日こそ僕のギフトが役に立つってものじゃない?
……というワケで……トリックオアトリート?」
一口サイズのお菓子を作り出す――ヘンゼルのギフト(Peche Mignon)はまさにこの日の為にあるような力だった。
これには群がるトランプ兵も大喜び。悪戯をする暇も与えない、八面六臂の大活躍だ。
「えりちゃん、えりちゃん! 見て見て!
吸血鬼のコスプレしたんだよ~! これでえりちゃんとお揃いだね!」
余りにも屈託の無い――好意100%を感じさせるユーリエの声にエリザベートの反応は一拍だけ遅れてしまった。
「……まぁ、眷属化しつつあるのでユーリエ自身吸血鬼もどきみたいな状態ですけどね……」
飲めや歌えや食べろや青春――無礼講のパーティというのは誰にも楽しいものだ。
吸血鬼ルックの美少女達も、それ以外も変わらない。
「パーティーだー♪ 思いっきり食べるよー♪」
宣言した猫耳ミイラの桜は、
「そして悪戯しちゃう……って、僕に悪戯しないでもいいんだよ!?」
周囲で光った目に戦慄し、慌てて言葉の後半を付け足した。
「ローストチキン、ぜったい捕まえてやるわよー!」
「ん……わーい……美味しそうな料理がいっぱい……ローストチキン……まてー……zzz……」
セクシーな小悪魔を思わせる姿格好に変わったギギエッタが気合を入れる一方で、眠そうな様子は何時もと変わらず、吸血鬼ルックのシオンがのんびりとチキンを追っている。
「トリックオアトリート、か。平和だと良いのだが」
その一方でそんな風に呟いたオクトは実に早々に平和ではなくなろうとしていた。
「ま、待てお前達! な、何をするぅ!?」
まるで即落ち二コマか、紙面の足りない薄い本の如き高速で――(聞きたいかどうかは別として)イイ声を上げた彼は、
「ん……そーだ……吸血鬼だし……さそりんの事も食べちゃおう……とりっくあんどいーと……zzz……」
「あ、断っておきますけれど。お菓子下さっても悪戯は致しますのよ? だってそういう日でしょう今日という日は♪」
チキンから目標を変更したらしいシオンにガブリとやられ、艷然としなを作って身をすり寄せたメルトアイにややこしく体を撫で回されている。
「らめぇぇぇっ!!」
キャラ崩壊の断末魔はさて置いて。
「わー……色々、動き回ってる。すごい。元気」
「つーか、なんでこの食器動いてるん? 食べ物まで動いてんの意味ワカンナイ……けど、楽しそーじゃん! よし、リヴ、あーしらも踊ろ!」
「え……踊る、の? でも僕、踊った事ない……よ?」
面々は元より『特異運命座標』なる数奇に魅入られた位である。オリヴァーもマリネも実に順応は早かった。
「迷路もそうだったけど……これは退屈しないで済みそうね。
さて、何をするのが面白いかしらね。適当な食器でも捕まえて一緒に歌ってみる?」
ガチャガチャと怯えた姿を見せた食器達にルルクリィは「くくっ、冗談よ」と鳩の声色のように笑う。
人間の姫のような扮装をした彼女は持ち前の嗜虐性をビジュアルからも強めている。
「ああ……トリック・オア・トリート。私に悪戯をさせなさい?」
「……お嬢様、それじゃ、トリックオアトリートになってないぜ?」
仮面姿の桔梗はそれに言葉を挟む。言うなればトリックオアトリックだ。
「あらそう?」と笑うルルクリィの一方で、
「あっ、その……トリックオアトリートですね……
その、僕はできれば悪戯じゃなく……えっと、その、お菓子でしたら、色々作ってきたので……その、よければ皆様もどうぞご自由に召し上がってください……」
吸血伯爵を思わせる衣装に身を包んだローリエは慌てたように応え、
「お菓子を、くれたら…望みを、聞きましょう。え……悪戯? えっと……それが、望みなら……」
酷く生真面目な返答をするのはウィリアだ。魔法のランプを靴にした魔神姿の彼女は――成る程。深読みすれば、今夜願いを叶える者という事か。いや、彼女生来の気質がそう言わせただけなのかも知れないが――待て待て、お菓子をくれて悪戯ではトリック『アンド』トリートでは無いか。
何にせよ、クレピュスキュルの面々も楽しんでいるようである。
「今日はお腹いっぱい食べるデスヨー!!! ん、これおいしいデスネ。シューもこれどうデスカ?」
叫声を上げるショートケーキに頬を蕩けさせるトレールにシューは「いいの……?」と首を傾げた。
どれにしようか目移りしてしまうと、自身をアピールし続ける皿達の上で各々の反応を見せる料理たちを視線で追ってシューは「じゃあ」とトレールに目配せした。
「はい、あーんデスヨー」
「……あ、あーん」
フォークで掬い上げればそれはぱくりとシューの口の中へ。甘いクリームと少し酸っぱい苺が何とも幸福感を刺激する。
シューの手元で楽し気に語り掛けてくるチョコレートケーキを掬い上げお返しとシューが挿し駄れば、トレールは嬉しそうに笑みを溢す。
赤ずきんを被ったセレンの傍らで狼さんは小さく笑う。侠はテーブルの前でどれにしようか選ぶセレンの背を見つめて小さく笑う。
「セレンはデザートメインだろ? だったらあっちのテーブルみたいだ」
その言葉にセレンはぱちり、と瞬く。侠の指し示す方向に並ぶ様々なデザートは賑やかに歌っているではないか。セレンがデザートを侠がメインディッシュをと分担し、彼が向かうのは走り回るローストチキンの許。
「お待たせ、です……。そっちのも少し下さいです」
「おっ、俺のも用意してくれたんだな。ありがとう。そっちはそんな量食べないだろ? 一番おいしい所をやるよ」
甘過ぎないデザートと甘さ重視を皿に取り分けて歌うティーポットから紅茶を貰い、さあ、今宵をもっと楽しもう。
「リュグナーさん、トリックオアトリートです!」
魔法の言葉を口にしてティミはふわりとドレスのフリルを揺らす。菓子類の準備を忘れていたと吸血鬼の風貌をしたリュグナーははたと彼女を見つめた。
じい、と見つめてくる丸い瞳は菓子を今か今かと待って居る。ああ、魔法の言葉を聞きそれに返せないものがどうなるかはリュグナーだって知っている。
「えっと、いたずらしてもいいですか?」
小さく頷くリュグナーの許へとふわりと飛び近寄るティミの指先が彼の頬をつんと突いた。長い髪を結ってみたりと小さな悪戯を少し重ねて。
「ティミ……後が楽しみだな?」
「後……?
悪戯に笑った彼にぱちりと大きな瞳を瞬かせる。その答えも後で――
「ケーキが悲鳴……。驚きましたが、もう大丈夫みたいですよ」
修道服に身を包んだクラリーチェは落ち着きを取り戻したケーキにほっと胸を撫で下ろす。まさか生き物では無かろうに叫ぶなど悪戯は凝った仕様なのだろう。
さすがに何時までも叫ばれていては食事をする気にもなれないとエンヴィは不安げに息をつく。
「心臓に悪いわ……いえ、今は悪魔だから……心臓を狩る側……?」
「こんなにかわいい悪魔さんですもの。喜んで心臓を狩られる方、いそうですね」
その言葉に頬が赤く染まっていく。小さく笑ったクラリーチェをちら、と見やってエンヴィは「そんなこと言うなんて、……妬ましいわ」と小さく呟いた。
何時も通りの言葉は少しの照れ隠し。だって――かわいいだなんて。
馬を装うペーションの肩に座り、気分は馬駆る王子様。はぐるま姫はチキンの並んだテーブルにいきましょうとペーションへと囁いた。
ちょこりと座った王子様にローストチキンを差し出してペーションは「どうぞ?」と柔らかに笑う。
「初めてのハロウィン、ご感想はいかがかな? 実は俺も初めてなんだけどね」
「来年は、わたしも『なりたい姿』ができるかしら」
はじめて同士。それから来年の事も考えられることが嬉しくて――はぐるま姫に「なれるさ」と返したペーションは只、只、笑う。
「君のなりたい姿、楽しみにしてる」
それはまた次の約束にもなるはずだから。こくりと頷いてはじめてのローストチキンを手に取った。
「これが外国での収穫祭……はろういん、ですか」
柳の下にその姿があったならば幽霊だと答える者は東方の国出身ならではだろう。牛王が纏うのは死者を思わせる白装束。
宵空の下、食器たちが騒ぎ立てる賑やかな祭りが開催されるというのは彼にとっても物珍しくて。夏祭りの縁日とはどこか違った西洋のテイストを感じさせる。
「ビーフステーキ、牛の肉を焼いた料理ですか……成程……」
ふと、皿に取り分けられた料理を口にして、見知らぬものだと牛王は瞬いた。これは何かと問い掛ければ皿達はビーフステーキよ、と楽し気に告げてくる。
(美味でしたが、知らなかったとはいえ同胞を食してしまった……)
ナイフとフォークの使い方はばっちり。テーブルマナーも大体覚えて使いやすい大きさのカトラリーが無い事に僅かに拗ねた様な態度を見せたレーゲンはグリュックにアーンしてもらうのだと小さく告げた。
氷色の魔女のローブに身を包んだグリュックの腕の中、使い魔の翼を背に生やしたレーゲンにエリックはローストチキンを差し出した。
「バイキング風の衣装なんだが、似合ってるか?」
「それなりッキュ」
がはは、と笑ったエリックとレーゲンを見比べてふわふわと浮いたアクセルはシーツお化けの姿に変化しこの奇妙なパーティーを楽しんでいた。
トランプ兵が訪れたならばハーブティ風味のキャンディを配るのだというアクセルの手元で中身が減っていくカップを不思議だとティーポットは何度も呟いていた。
「ふふ、楽しく悪戯させてもらうわね。トリックオアトリート!」
ジャック・オー・ランタンの頭に緑の外套。蝋の灯りをちらりと揺らしたアリソンはお菓子よりも悪戯を楽しみたいと悪戯っ子のように笑って見せる。
「私の『炎』で包んであげるわね! ふふ、安心して? ――燃えたりはしないわ」
唯、少し熱いだけ――なんて、そんな風に小さく笑って。
「おー。QZもピスクレアさんも、素敵な恰好。です。キラキラ、してます!」
華やいだ声でそう言ったのは海辺の止まり木でこのパーティに参加したン=ヤィン=イヴェだった。
「……えっ、だ、誰?」
「ん? ワタシ、仮装。変、です?ヒトっぽくない、です?」
彼女の視線の先には、戸惑う、何時もは無い白い大きな翼を携えたクィニーと――男性化したピスクレアの姿があった。
ン=ヤィンの姿はごく普通のドレス姿といった風だが、咄嗟の人物が出てこなかったのは普段とのギャップか。
「おー、ピーちゃんイケメンじゃん!」
一方で「どうも」と応じたピスクレアの方は普段と印象が余り変わらない。
滅茶苦茶な幻想、この夢の中では――仮装は大人しい方だ。何せ、そこかしこにはおかしなものがいっぱいなのだ。
走り回るチキンもその一つ――
「待てーっ!」
景気のいい声を上げながらフォークを片手にチキンを追跡しているのはショコラである。
気まぐれに浮遊するおばけは、どうもこの時ばかりは俗世(しょくよく)的である。
きっと間違いなく――苦労して得た獲物は彼女の頬を緩めるだろう。
「……よし。獲ってきて、ピーちゃん」
ピスクレアは「了解」とばかりに肩を竦めている。
全く、愉快としか言いようのない光景は何処までも続いていた。
しかし、おかしな帽子屋のおかしなパーティ、この特別な機会を『参考』にしようとするたくましい者もいる。
「ふふ、こういうところで食べた物もメニュー開発に役立つかもしれないからね」
珍しいものを選ぶかのように摘むルディが軽やかに笑っていた。
「ルーカスはどう? 楽しい? この料理全部美味しいねーっ!」
ミイラ男の扮装で、踊る食器といよいよはしゃぐギルに目で応えたルディは淡く微笑んだ。
ルディは特に仮装はしていないが、雰囲気を十分に楽しんでいるように見える。
似たような意図はそこかしこにあるものだ。
「美味しそうなものがあればと思ったんだけど……」
「あるにはあるんだけどな」
キャリー喫茶店のエクリアの言葉を傍らのマスター――パーセルが繋いだ。
商売はアイデアだし、コンセプトのある喫茶は流行るものだ。だからと勇んでマッド・パーティにやって来たは良いのだが……
「いや、普通に食器やら食い物やらに話しかけられると面食らうんだが。とりあえず食器たちに今まで変わった料理がなかったか聞いてみるか。
……いや、変わってない料理の方がねえな。こりゃ新メニューも振り出しかねえ……」
頬をポリポリと掻いたパーセルは半ば冗句めいて、半ば苦笑してそんな風に呟いた。
「お茶は如何?」とポットに尋ねられるのは、取り敢えず人生であまりした事のない経験だ。
それに加えて自身の人形を持ち込んで――ギフトの力で給仕をさせるニアライトが愉快な光景に拍車をかけていた。
食えば美味い料理も無い訳ではないのだろうが――嗚呼、あっちではチキンがピスクレアの手の先へ逃げている。
(嵐の船よりはマシ。嵐の船よりはマシ――)
達観したかのように自分に言い聞かせる、エリザベス・カラーばりのドレス姿の大男――フアンの向こうで、
「うーん、素早いね。でも、私の疾さなら――」
目をすっと細めたエクリアは別のチキンに狙いを定め、軽やかに地面を蹴る。
何かと忙しそうなマスターの分まで用意してあげようと、彼女は中々の気配り屋だ。
「こういう賑やかな食事もいいものですね」
笑うケーキにフォークを突き立てたナハイベルは次なるチキンを待ち伏せする構え。
「本日のタダ飯会場は此方!」
気炎を上げるラズワルドはまさに『走る鶏肉』なる物体に本能をしこたま刺激されていた。
誤解と偏見による『愛される姿』猫又花魁――折角の着物も台無しに、彼女の闘争はいよいよ次なるステージへ。
「うむむ、面妖な。よーし、そこな鶏肉! 逮捕でありますよー!」
その上、ケーナまで参戦して『捕り物』が始まり、
「前回は陛下オススメのチキンに何故かありつけてないんだ。
お前はこの間のとは別だろうが――逃げるチキンという点では同じだ。
分かるか。食わせてもらう、絶対にだ!」
トリトリを迫るトランプ兵を薙ぎ倒し、ここで会ったが一ヶ月ぶりと無双するヘレンローザに混乱は増すばかり。
「これどうやって作ってんだろうな……」
食費を浮かせようとタッパーを片手にした南瓜頭の黒羽が何ともしみじみと呟いた。
「ねえ其処の…食器さん。私に一曲、貴方が好きな歌を歌ってはくれないかしら?
飛び切りの舞(ギフト)をお見せするわ。私が居た日本という場所の伝統的な踊りよ。……余すことなく、見ていてね」
何処か艶っぽく切れ長の目を細めた都子にガチャガチャと周囲が沸いた。
何せこれは夢なのだ。ダンス・パートナーが、或いは観客が。白磁の食器に銀のスプーンでも、何の問題もないではないか。