特設イベント
Phantom Night
●パンプキンパレイドⅦ
本当に死体になったのか、今もカラスで鳥目なだけか、雰囲気に飲まれたのか。
真相は本人にも判らないが、思考はとろけて濁ったまま『死体のように』歩く――
そんな夕陽は自身に『悪戯』をした骨の腕に「これでいいや」とばかりに齧りついた。
「なるほど、随分と大きな迷路だね!」
「これは大きいですね、どのくらい歩いたんでしょう」
レンジ―の言葉にシアンが相槌を打つ。
空間が物理法則を無視している事は間違いない。
夢幻の迷路は、無限の迷路。
迷路とは読んで字の如く――人を迷わせる為にあるものだ。
ましてやそれが不定形の夢の中ならば、ましてやそれがイカれた帽子屋の招待ならば――不思議を知るアリスだって難儀する。
「ううん、さっきから同じ場所をぐるぐる回っている気がするよ――ところで」
「はい」
「シアン。君って分裂で増えるのかい?」
「気が付いたら増えていました、迷路の悪戯でしょうか――しかし」
「うん?」
「そちらも、増えています」
不可思議な事件は山ほどに起きる。
迷路は行く程に果ては無く、これは答えのある迷路なのだろうかと――疑念さえも沸いてくる程に。
「少し怖いですが……シキさんとなら……脱出できると信じています」
自身の服の裾をぎゅっと掴む瑠璃にシキは大きく頷いた。
「どんな悪戯が待ってるかわからないけどな、瑠璃と一緒なら絶対大丈夫さ。それにもし瑠璃が危なくなったら、私が守るよ」
クラシックロリータの姫ともふもふの騎士は無事の踏破を誓い合う。
延々と続く捻くれた道。上下左右すら分からなくなるような不定形。
もしかしたらあの『ぐちゃぐちゃな』マッドハッターの心象風景と言ってもいいかも知れないこの世界――
悪戯は可愛いものから、ちょっと驚く程のものまで、ひっきりなしに挑戦者を襲ってくる。
「とにかく直感で道を選んで進んでいくのみ!
行き止まりに当たってもトライ&エラー! それが唯一のソリューションなのよ! ソリューションの意味知らないけど!」
気勢を上げたレンゲが不意に壁から生えた腕に吹き飛ばされた。
「ちょっと!? 今の腹パン結構痛かったわよ!? イタズラってレベル超えてる気がするんだけど!?」
吹き飛んだ魔女っ子はどうも超合金のように頑丈らしい。
「ぴぃぃぃ!!!」
薔薇を突付き、キャンディを拾って――全力で『迷子を楽しんでいた』9が(ここでは)追ってくるチキンに悲鳴を上げている。
「ええ、何て言うかイライラするわね……」
長く続く迷路にぶつぶつと呟いたのは包帯のみの姿――仮装要らず――のAmonetだ。
「言っておくけど、私は清楚!」
カメラ目線でそう言った清楚な彼女が一重目の包帯を剥ぎ取られたのはついさっきの出来事だ。
剥ぎ取ったのは何だったか、あれは、そう、舌を出したピエロの顔だった。ただの、顔。
おかしな世界はあくまでおかしい。
「壁伝いに、又は床や地面の色を、所々変えてわかりやすくしましょう。
手のひら位の矢印型に、通った所は青、間違っていたところは赤に塗るわ……あれ?」
さっきと、道が変わったような――彩音はブンブンと首を振った。
たった今つけた印が――赤から青に変わった瞬間を見て、ぶんぶんぶんぶんと首を振った。
同時刻。
「……此処、さっきも通った気がするな。いやしかし、道順は確かに違った筈で……ん?」
薔薇の生け垣がその姿を変える瞬間をJ・Dは確かに目撃していた。
迷路は人を惑わすもの。ただし、ここの迷路は――もう少し積極的に『仕掛けて来る』。
「なに!? 余をどこへ連れて行くのだ!? 降ろせ! おろして! 余計迷うではないか~!」
ドップラー効果を残しながら、腰掛けた白いベンチに運ばれていくレグルスが愉快である。
「迷路だね」『ええ。彼も楽しそうだわ』
「……ここはどこだろ?」『迷子……?』
「彼女も不安そうだね」『そうね。でも目印を付けて来たのに……』
「何だか、壁が動いてないかい?」『生きた迷路ね!とっても凄いわ!』
「迷子!」『迷子!』
と、何故か楽しそうにレオンは快哉を上げている。
「あー……」
オーク姿のスギが頭をぼりぼりと掻いて嘆息した。
楽しみながら、結構いい所までは来た気がするのだが……
いや、めげない。めげては終わらない。踏破は叶わない。
(迷子になって出られない……なんて無様な姿を晒さないようにしないと。二人の前だし)
そう強く決意したクリスの両手はそれぞれニクセとボルツと繋がっている。
「……あれ、二人とも僕の手を繋ぐなんてどうしたんだい? 珍しいね。
甘えたくなったのか、怖くなったのかな。ふふ、大丈夫だよ。僕がいるから」
余裕めいたクリスはそう言ったが、
(クリスはこの前ふと目を離した隙に迷子になってたから、今回はニクセと脇を固めて確り見てないとな)
(そうだね、今回は)
アイコンタクトで通じ合ったボルツとニクセは別の思惑を持っていたようだ。
しかしながら、繋いだ手は大きく、温かく――実はそちらも満更では無かったりもする。
「迷路っすね……いや、平均よりは早く抜けられると思ってたんすけど……
その、聞いてもいいですか? どうしたんすか?」
「……い、いや、走るローストチキンをー、ちょっとそのー、出来心で箒でつついて遊んでたら……
なんか凄いいっぱいのローストチキンさん達が画面外(?)から来て袋叩きに……」
千波の言葉にBernhardの顔が引き攣った。
どうやら入り口で感じた不吉な予感は気の所為でもなんでもなかったらしい。
見た目は立派な(?)吸血鬼の眷属たるBernhardに気弱の色が覗いている。
「……何だかな」
呟いたウェールは迷路の途中、或る獣人の少年に出会った。
もう会えない我が子に似た――そんな雰囲気を持つ少年に。
分かっていた。この迷子は、犠牲者をより惑わせる為の罠なのだ。
しかし――
(何だかな)
ウェールは少年と一緒に居てやるか、とそう考えた。差し出したハッカ飴を嬉しそうに受け取る少年は――一時の幻なのだとしても、彼に悪い気をさせなかった。
「あー、なんだか落ち着かない……」
飛び出して来た南瓜をキャッチして、撫でた幸奈はつい「美味しそうだな」と呟いた。
呟かれた南瓜はと言えば食われてなるものかとばかりに彼女の腕の中から跳ねて逃げる。
「落ち着かない!」
何が起きるか分からない。さもありなんである。
恐らくはここ以外にも、この迷宮のあらゆる場所で――特異運命座標(アリス)達は弄ばれているのだろう。
少しの意地悪と、それなりの笑いと、ちょっとしたホラーと、稀にほっとして、結構洒落にならないマッドハッターの悪戯達に!
「にししっ、この爪と牙は飾りじゃないんだぜ! 驚きたいヤツからかかってこーい!
……って、何してんだ?」
吸血鬼の扮装で周囲を挑発するジョゼの向こうで頭をガンガンと壁に打ち付けていたラデリが溜息を吐く。
「見えないんだよ」
「見えないって」
「包帯のせいで」
ミイラ男宜しく全身にグルグルと包帯を巻き付けたラデリの失敗は目元まで隠してしまった事だった。
仕方ない、と包帯を外した彼の顔は真っ赤な――
「トマト!?」
よりにもよって同行者に弱点を突かれたジョゼが飛び上がる。
一番を狙う彼等は前途多難で……同時に彼等だけで何か面白い感じになっていた。
「普通、逆なんじゃ、ないか」
「ほら、もっと早ぅ走ってーな!」
赤ずきんの格好をした狼(ヨキ)に狼らしい扮装をしたクーが乗っている。
あべこべなコンビが目指しているのも勿論、迷路のクリアである。追いかけてくるお菓子の群達から逃げながら――匂いを頼りに選択肢を潰していく。
見た目によらず――といっては失礼だが――戦略的な二人は、丁々発止とやり取りを続けていた。
「保存食、が、食われに来た。ハロウィンも、悪くない、な」
「ゴールしたら幾らでも食べられるて!」
――いや、ちょっと待て?
ふと、或る瞬間。参加者達の頭にある事実が過ぎった。
迷路は人を惑わすものだ。夢は人が頭の中で描くものだ。
都合良く書き換わり、各々にしつらえたように――思った(プレイング)通りのこの迷路は――二つと同じもののない迷宮は――もしかしたら、『参加者各々で別の形を持っているのではなかろうか』。
つまり、この迷路は夢そのもの。夢の迷宮を脱出するには――
――そう考えた瞬間、頭の中に星が散る。マンガかコメディのような、色とりどりの星だった。
●アリスのお茶会Ⅶ
「さぁさ皆様お立会。今宵の主役はぼく達全員、踊り明かすですよー!」
タンバリンを打ち鳴らし、クァレが声を張る。
ギフト(でんききゅう)で光に包まれ、飛んだり、跳ねたり。
クァレの小さな体が見事に人目を引いている。
混乱のパーティが徐々に姿を変えてきた時――それがこの旅一座の出番だった。
「此度の魔法の夜を彩る特別なショー。楽天家も厭世家も、手を取り合ってこのひと時をお楽しみください。
「ああ、お菓子を食べすぎは……! ……今日くらいならば、良しとしましょうか」
笛を吹き、今夜ばかりは内向的な性格を押し込めて――とんがり帽子に白い羽根の魔法使い風のシグラムが芝居掛かった。
「……ふふ、見惚れちゃった? 皆、今日はあたし達の魔法にかかって貰うわよ! 思う存分、楽しんでね☆」
赤ずきん姿のビアンカがばちんとウィンクをして、空からマシュマロが降ってくる。
『イッツ・ショータイム!』はこんな時に何より映えるイリュージョンのギフトだ。
「夜の……帳は……まだまだ……これから……楽しい……ハロウィンに……しよう……」
そう言ったヨタカがヴァイオリンで【感情の狂詩曲】を奏で、
「ああ、では、私も――」
その調べとセッションするかのように、セイレーンに扮した星玲奈が得意の歌声を響かせれば。場の雰囲気は一変した。
唯、騒がしいものから――パートナーの手を取ってみたくなるような、そんな社交のパーティに。
「エスコート、しても?」
淡く微笑んだタキシード姿のひまりは少しだけ冗談っぽく、魔法少女姿のリオに告げた。
手を引かれ、歩いて。騒ぎから少し離れ、不意に視線が絡み合う。
「トリックオアトリート?」
「……え?」
「お菓子ないなら……ほっぺにキスしちゃおうかな」
ごちそうさま。
「踊ってみます?」
「ん……?」
空に浮かぶ星の海。黒いドレスに銀河を思わせる瞬きが纏わりついている。
ラクタに手を差し出したのは、何処か寂しい笑顔を浮かべたリィズだった。
この一時に意味があるのか、リィズには未だ分からない。しかし――
「さて、ならば一曲踊ってみようか?」
――喧騒のパーティを寂しく終わるのも興ではない。
「折角やし、一曲踊ってみーへん?」
「そうね、折角だし踊ってみましょう」
「大丈夫大丈夫、うちがなんとかしたるさかい」
自身の手を取った水城の顔を見上げれば、秋葉の顔には僅かな朱色が差している。
「水城……和服でよく踊れるわね……」
「こん位なら、な」
僅かな照れを隠すようにそう言った秋葉に、水城は激しくはない――ゆったりとしたリズムで応じた。
成る程、踊り慣れない秋葉を水城は見事にリードしている。
「今日は、『オペラ座の怪人』がエスコートさせて頂きます」
「ふふ、シャロン君の怪人姿似合ってるね。エスコート楽しみにしてるよ?」
エスコートすると言うシャロンより、鼎の方が幾ばくか余裕があった。
不慣れな背伸びを微笑ましく見つめた彼女は、シャロンの『可愛い』所に目を細める。
「って……ああこうすればいいのだね」
「無理せずとも大丈夫だよ。肩肘張らずに自然体が一番」
自然と『リード役』を受け継いだ鼎は近い距離――耳元で囁くように言った。
――スマートなエスコートは、来年に期待してるしね?
「食器やチキンが動くなんて僕知らなかったよ。
ダンス……僕踊ったことないけどできるかな」
そんな風に呟いた緋呂斗の注意を引くように目の前に飛び跳ねた何かが居た。
「……ローストチキン……」
チキンはまるで彼に「踊ろうぜ」と誘いをかけているようである。
「いいね。いっそ、お喋りしながら踊ってみたいな――」
何て馬鹿馬鹿しい光景で、何て愉快な光景か。
――タノシイゼ――
そう、全て愉しい。
イカれた帽子屋のパーティーは取り留めもなく続いていく。
ファントムナイトの参加者全てが狂った魔法、夢幻(ゆめまぼろし)から醒めるまで。