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シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>血煙が降る

完了

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 遠くから誰かの叫び声が聞こえる。鋭い刃物同士がぶつかり合う音と銃声。
 程なくして爆撃音が弾け、怒号が空気を震わせた。
 聖都フォン・ルーベルグ近郊に設けられたグランヴィル小隊作戦本部まで戦闘の音が聞こえてくる。
 眉を寄せた『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)は焦れったい思いで拳を握った。

 ティナリスは士官としてグランヴィル小隊に配属されている。
 つまり、グランヴィル小隊の隊長である。
『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)や実質的なリーダーであるライアン・ロブルスに命令を下す指揮官であるのだ。だから作戦本部に居なければならない。
 それは自分だけ安全な場所に居て、仲間と共に戦えない焦れったさをティナリスに与えていた。

「落ち着きなさい、ティナリス」
 優しく包み込むような『司祭』リゴール・モルトンの声が聞こえ振り返る。
「リゴール先生……」
「焦りは戦場の流れを見誤ることにつながってしまうからね」
 厳格なリゴールの言葉は導く者の声だ。弱った心にそっと手を差し伸べてくれるような優しさ。
 ティナリスは心を落ち着けようと深呼吸をする。その時。
「――報告です!」
 作戦本部に転がりこんできた伝令が、告げる言葉にティナリスは目を見開く。
「戦線が崩れた!? いけません、私も前に出ます!!」
「ティナリス!」
 居ても立ってもいられず、ティナリスは制止を振り切り戦場へと駆け出した。

 ――――
 ――

 血煙の匂いとはこんなにも逃げ出したい気持ちになるのかとティナリスは顔を歪める。
 聖都近郊の町ハウエルの白壁にはおびただしい程の赤い血が散っていた。
 ハウエルにワールドイーターと影の天使の集団が押し寄せたと聞き、グランヴィル小隊はその討伐にあたっていたのだ。何とか住民達を避難させた時にはグランヴィル小隊の隊員数名の命は喪われていた。
 その報告をティナリスは作戦本部で聞いたのだ。更に追い打ちを掛けるようにリーダーであるライアンや精鋭たちの負傷を受け、共に戦わねばと正義感が勝ってしまった。

 目の前に広がるのは心優しき正義感を挫く惨状だった。
 原型を留めぬほど切り裂かれているのは、花を宿したウォーカーだった人だろう。
 他にも動かぬ亡骸が点在している。心臓がどくどくと鼓動を打った。死の匂いが濃かった。

「ティナリス……?」
 聞き慣れた声に振り返ればロニが困惑したような怒ったような表情で見つめている。
「ロニさん! 無事だったんですね!」
 駆け寄ったティナリスの胸ぐらを掴み上げるロニ。
「お前!」
 普段は優しい先輩である彼がここまでティナリスに剥き出しの感情を向けることはなかった。
 それ程までに追い詰まった状況なのだ。
「お前、何やってんだこんな所で! お前は指揮官なんだろうが、前線に出て来てどうする!!」
 ロニの言うことは尤もだろう。指揮官は後方に控え、末端に指示を与えなければならない。
「しかし、皆を助けなければ……」
 ティナリスの優しい正義感にロニは激昂する。

「うるせえ! いい加減にしろ! お前がそうやって危ない所にのこのこ出て来たら、誰かがお前を守らなくちゃいけなくなるだろ! それだけ戦力が減るってことだぞ。お前は最後まで立ってなきゃいけないんだ。それが役目だ。後方からの鷹の目なんだよお前は。グランヴィル小隊を全滅させてえのか!!」

「……っ!」
 ロニの剣幕にティナリスは息を飲んだ。
 急に腹の奥が冷えて、申し訳無さが足下から這い上がってくる。嫌な恐怖が心臓を掴む。
「とにかく、撤退だ」
「でも、ライアンさんさんが」
 ティナリスの視線の先にはライアンがうつ伏せで倒れていた。その地面には血溜まりが出来ている。
「……っ、もう手遅れだ」
 まだ辛うじて呼吸はしているが助ける術は持っていなかった。
 ティナリスからは見えないが建物の影にニコラとジュリアも倒れていた。

「そんな……嘘、です」
 驚愕に目を見開くティナリス。現実を否定するように左右に首を振る。
「回復をすればまだ間に合います!」
 駆け寄ろうとするティナリスの身体をロニは腕で押さえる。
 ティナリスの神聖魔術で回復をすれば或いは助かるのかもしれない。されど、戦場の真ん中で回復に集中することは不可能であった。敵は直ぐ傍でこちらを探している。
 それよりも優先すべきことがあった。ライアンならそうするとロニは歯を食いしばる。
「俺達は生き残らなきゃならない。だから……」

 ロニの瞳に影の天使が映り込む。
 ティナリスに振り下ろされる大鎌をロニは背で受け止めた。
 肉が裂ける音が体内から響く。声にならない声が喉から漏れた。
「ぐっ、」
「ロニさん!?」
 敵に振り向いて至近距離から銃弾を浴びせたロニはティナリスに向き直る。
「無事か? ああ、よかった」
 言いながらティナリスへと倒れ込んだロニは痛みに顔を歪ませた。
「一人で帰れるか? 俺は、ここで撤退を援護する……」
 ロニの背中は肉が抉れ、傷は内蔵まで到達しているようだった。

 イレギュラーズであれば、難なく突破できるような戦場であるのだろう。
 されど、彼らはパンドラ持った英雄ではない。ただの、人間だった。
 ライアンも、ニコラもジュリアも動く様子は無い。
 出来ることと言えば、仲間を撤退させてやることだけ。
 ロニはわざと影の天使の注意を引きつけるため、広場を走り出す。
「――はやく行け!!」
 遠ざかっていくロニの声に、ティナリスは歯を食いしばり立ち上がった。

 ティナリスの背を一瞥したロニは敵を一体倒した後、物陰に隠れ肩で息をしながら広場に横たわるライアンを見遣る。
 ライアンとロニは幼馴染みで今では相棒のような存在だ。信頼しているし、信頼されている。
 だからこそ、もう助からないのならこれ以上苦しんでほしくないと思ってしまう。
 引き金に震える指をかけるロニ。
「ニコラとジュリア送ったら、すぐ追いかけるから心配するなよ……」
 自分の怪我も到底助かるものではないから。
「ライアン……」
 ぽたりと、涙が地面に落ちた。


 ――私のせいで、ロニさんまでも。
 唇を噛んだティナリスはロニの願いを受けて一人撤退していた。
 影の天使を避けるように隠れながら戦場を抜け出すのだ。

「ぇ、う……、おかあさ、ん」
 ティナリスの耳に届いたのは小さな子供の啜り泣く声だ。
 同時に脳内に浮かぶのはロニの剣幕。ティナリスを思ってくれた言葉。

 ――俺達は生き残らなきゃならない。

 ティナリスを失えば指揮が乱れ戦況に影響を及ぼす。何より『後輩』であるティナリスの命をこの場で失わせるわけにはいかないという意志が見えた。けれど、それでも。
「ロニさん、ごめんなさい。やっぱり私、泣いてる子を見捨てるなんて出来ないです」
 聞こえてくる泣き声を辿って子供の元へ走り込むティナリス。
 見れば攻撃を受けて死んでしまった母親の胸元で小さな子供が泣いていた。
「もう大丈夫」
「……う、う」
 ティナリスを掴んだ幼子は、自分の置かれている状況を本能的に理解したのかもしれない。
 大声を出そうものなら見つかってしまうだろう。
 泣き止もうと必死にティナリスの胸に顔を埋めている。

「……大丈夫」
 それは子供に言い聞かせる言葉であったが。
 己を奮い立たせるものでもあった。
 影の天使の気配が、近づいてきていた――


 グランヴィル小隊の作戦本部は慌ただしく人が行き交い、怒号さえも聞こえていた。
 聖都近郊の町ハウエルを襲撃したワールドイーターと影の天使から町の住人を逃がすという任務は概ね達成されてはいたが、戦線が崩れたという報告が上がったからだ。
「何ですって? ティナリスが戦場に出たのですか!?」
 驚嘆の声を上げたのはロレッタ・ディ・バレスという少女である。
 彼女もグランヴィル小隊の騎士であり、幼い頃からのティナリスの友人でもあった。
 戦場に出ていたロレッタはグランヴィル小隊の窮地にライアンによって救援要請を任されたのだ。
 これはロレッタだけが戦場から『逃がされた』ということ。

「落ち着いてロレッタ君」
「ケルルさん……」
 泣きそうな顔のロレッタの肩をそっと抱きしめるケルル。
 安全な場所に居ると思って居た友人が、勝手に戦場へと出たというのだ。しかもリーダーが窮地になるような激しい戦場だ。気が気では無いと震えるロレッタ。

「私達でよければ手伝うよ」
 ロレッタとケルルの元へ歩み寄ったのはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だ。
「え、スティアちゃん?」
 思わぬ声にケルルは瞳を上げる。
 幼い頃はよく遊んで居た小さな女の子が自分より大きくなって現れたのだ。
「任せて! 私達はこれでも強いんだよ!」
 スティアの言葉にケルルは目を細める。
「人手は多い方がいいだろうからね」
 マルク・シリング(p3p001309)は柔和な笑みで安心させるように二人を見つめた。
「助かります!」
 ぺこりと頭を下げたロレッタとケルルの瞳にはさっきまでの絶望が消え、希望が輝いている。

「戦況はどのようになっていますか?」
 リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はロレッタへと視線を向けた。
「はい。住人の殆どは避難が完了しています。ただ、数人逃げ遅れていると情報が入っています」
 素早く答えるロレッタにジルーシャ・グレイ(p3p002246)は感心する。
 ティナリスと年齢も変わらない少女だというのにしっかりしている。
「場所は分かるかい?」
 逃げ遅れた人が大体何処にいるか分かればとヴェルグリーズ(p3p008566)は頷いた。
「広間の近くだと聞いています。そこにはグランヴィル小隊の人達も戦っていて……」
「厳しい状況なのか……」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の問いにロレッタは視線を落す。
「回復をしていたジュリアさんが集中的に狙われ、それを庇ったニコラさんが倒れてしまって」
 ロレッタは悔しそうに拳を握り締めた。
「ライアン殿とロニ殿も危険ということか。一刻も早く助けてやらねばな」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の言葉にニル(p3p009185)はこくりと頷く。
「ティナリス様も心配ですね」
「ええ、まだ帰って来てないということは、何処かで動けなくなっている可能性もあります」
 ニルの横で眉を下げるのは水天宮 妙見子(p3p010644)だ。

「わぁお、大変そうだね正純さん。僕も手伝う? 何も出来ないけど」
 小金井・正純(p3p008000)の隣にやってきたのは自称情報屋の青年グレイである。
「あなた戦えるのですか?」
 怪訝そうな顔を向けた正純に首を傾げるグレイ。
「どうだろう? あんま自身ないかも。でも、危なくなったら正純さん助けてくれるでしょ」
「……いえ、あなたには伝令役をお願いしたいです。やはり戦場は危険ですからね」
「そっか、分かったよ。気を付けてね正純さん帰って来たら……お金ちょっと貸してほしいし」
 相変わらずなグレイの態度に正純は溜息を吐いた。

 リゴールはアラン――グドルフ・ボイデル(p3p000694)の隣へ並ぶ。
「……グドルフ。報告によればワールドイーターは旅人を執拗に狙っているらしい」
 旅人を執拗に狙うという敵にグドルフは唸るように返す。
「嫌な予感がしやがるぜ」
 踵を返したグドルフは、仲間と共に戦場へ向かった。

GMコメント

 もみじです。ティナリスたちを救出しましょう。

●目的
・ティナリスの救出
・ロニの救出
・グランヴィル小隊の救出、又は遺体の回収
・敵の撃退

●ロケーション
 聖都フォン・ルーベルグ近郊の町ハウエル。
 白壁の建物と石畳があり、美しく舗装された小さな町です。
 殆どの村人は避難していますが逃げ遅れた人が数人います。
 グランヴィル小隊の隊員数名の遺体が各地に点在しています。

 敵は仲間を殺したグランヴィル小隊(ロニ達)と、動き回るティナリスを追っています。

●敵
○ワールドイーター『白毒』×1
 全身を真っ白な色で覆われたワールドイーターです。
 見た目は人間の頭の部分が異形になったもの。
 縦に割れた大きな口からは白い霧の毒を吐きます。
 また、翼を鋭利な刃に変え飛ばしてきます。

 何らかの意図があるのか種族がウォーカーの場合執拗に狙ってきます。
 会話が出来るのかは不明です。

○影の天使×20体(広場)、5体(路地)
 全身を真っ黒な色で覆われた影の天使です。
 おおよそ人の形に羽が生えているように見えます。
 戦場となる広場や路地に散らばっています。
 逃げ遅れた人やグランヴィル小隊の瀕死者を攻撃しようとしています。
 攻撃されると反撃しようとして意識がそちらへうつります。

●NPC
○『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
 天義貴族グランヴィル家の娘であり、神学校を主席入学し、主席のまま飛び級で卒業した才媛。
 当時の学園最強の剣士にして、学園最優の神聖魔術師であり、勉学のトップでした。
 自分の身は自分で守れる程度の実力があります。
 性格はとても真面目です。些か真面目すぎる所があります。

 今は路地で子供を守って負傷しています。

○『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)
 聖都の騎士団グランヴィル小隊に所属する聖騎士。
 元々はアストリアの部下の聖銃士でした。
 年下(未成年)に見られることが多いがこれでも25歳を過ぎている。童顔。
 ティナリスより年上で先輩だが立場上は部下である。

 今は重傷を負い辛うじて生きている状態です。広場に居ます。

○ライアン・ロブルス
 天義聖騎士団グランヴィル小隊の騎士。
 四年前の戦いで生き残ったグランヴィル小隊の一人。
 大部分を失ったグランヴィル小隊にとって貴重な戦力である。
 神聖魔術、剣術共に優れた才能を持つ。
 グランヴィル小隊の実質的なリーダーのような存在である。

 今は仲間を守って瀕死の状態です。動く事が出来ません。広場に居ます。

○ニコラ・マイルズ
 天義聖騎士団グランヴィル小隊の騎士。
 細剣で敵を突く手数の多い戦い方をする身軽な騎士。
 神聖魔術にも長けており、最前線では重宝される戦力を持つ。
 ロニと同じくティナリスより年上であるが、部下に相当する。

 ジュリアを庇い重傷を負いました。
 今は前線で戦い瀕死の状態です。動く事ができません。広場に居ます。

○ジュリア・フォン・クレヴァンス
 天義聖騎士団グランヴィル小隊の騎士。
 四年前の戦いで生き残ったグランヴィル小隊の一人。
 神聖魔術や剣術にも優れ、優しく包み込むような笑顔から『聖母』と呼ばれている。

 疲弊した所を集中的に狙われました。己の神聖力の全てで近くの仲間に障壁を張りました。
 グランヴィル小隊が辛うじて生きて居るのはこの障壁のお陰です。
 今は前線で瀕死の状態です。動く事ができません。広場に居ます。

○ケルル・オリオール
 天義聖騎士団グランヴィル小隊所属の騎士。
 幼い見た目をしているがティナリスやロニの先輩にあたる。
 四年前の戦いで生き残ったグランヴィル小隊の一人。

 戦場後方で住民の避難や後方支援に専念しています。要請がない限り戦いません。

○ロレッタ・ディ・バレス
 天義聖騎士団グランヴィル小隊所属の騎士であり、ティナリスの友人。
 神学校時代は生徒会長のティナリスの傍らで副会長を務めていた。
 グランヴィル家と交流の深いバレス家の次女。
 か弱そうな見た目をしているが、ティナリスと肩を並べる事が出来る程の神聖魔術と剣技の腕前。

 戦場後方で住民の避難や後方支援に専念しています。
 今すぐティナリスの元へ駆けつけたい気持ちはありますが、要請がない限り戦いません。

○グレイ
 黒髪赤瞳の美しい見た目の青年。少年のようにも見えるし成人男性にも見える。
 気さくな性格とだらしのない恰好で猫のような印象を受ける。
 自称、情報屋であるのだが、いつもお金に困っている様子だ。
 後方支援、情報伝達に徹しています。戦場には出ません。

○リゴール・モルトン
 天義の司祭。真面目で信心深く、孤児院出身ながら現在の立場に登りつめた苦労人。
 その立場からアーデルハイト神学校で教鞭を執ることもある。
 ティナリスやその父母、叔父、ロニ達を含むグランヴィル小隊の面々はアーデルハイト神学校で彼に教えられたことがある。
 後方支援、情報伝達に徹しています。戦場には出ません。

○ティナリスが抱えている子供
 女の子です。直ぐ傍に母親の亡骸があります。

○グランヴィル小隊の隊員
 四名の小隊員が回復などの支援を行います。
 また、戦場となる小さな町にはグランヴィル小隊の隊員の遺体が数体あります。



●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。

【1】広場
 町の広場にはロニ、ライアン、ニコラ、ジュリアが瀕死の重傷で倒れています。
 逃げ遅れた町の人が3人居ます。老婆と怪我をした青年と意識を失った女性です。
 敵はとどめを刺そうとしています。このままでは全員死んでしまうでしょう。

 広場には激しい戦闘の痕がみられます。
 数名のグランヴィル小隊員の遺体があります。住民を守って殉教しました。

 広場なので敵の数が多いです。
・ワールドイーター×1
・影の天使×20体

・ロニ(重傷)
・ライアン(瀕死)
・ニコラ(瀕死)
・ジュリア(瀕死)
・老婆(無傷だが動きが遅い)
・怪我をした青年(足を怪我している)
・意識を失った女性(頭部を怪我している)
・グランヴィル小隊の遺体

【2】路地
 広場から少し離れた路地にティナリスがいます。
 腕の中には子供を抱えています。傍らには母親の亡骸があります。
 子供を守って負傷していますが、命に別状はありません。
 ですが、敵が集まってきているようです。

・敵(影の天使)×5体
・ティナリス(怪我)
・子供(無事)
・母親の遺体

  • <アンゲリオンの跫音>血煙が降る完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年08月25日 22時15分
  • 参加人数15/15人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(15人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

サポートNPC一覧(2人)

ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
青の尖晶
ロニ・スタークラフト(p3n000317)
星の弾丸

リプレイ


 騒然とした作戦本部の中で『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は顔色の悪い少女――ロレッタ・ディ・バレスの腕を掴む。
「ロレッタさん……騎士ロレッタ」
 リースリットの呼びかけに心を乱していたロレッタの表情が切り替わった。
「はい……」
 落ち着かなければならないとロレッタは深呼吸をしてリースリットに振り返る。
「貴女はこのまま本陣で治療と統制を。ティナリスさんの腹心として、貴女が適任です。
 大丈夫。ティナリスさん達は必ず連れ戻します……出来ますね?」
 先程までは打って変わって凜とした瞳が返って来た。頷いたロレッタは直ぐさま情報収集に取りかかる。
 そんなロレッタにファミリアーの鳥を預けた『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は大丈夫だと諭す様に頷いた。
「一刻を争うからこそ、正確な情報と適切な行動選択が重要だ」
「はい」
 ロレッタの肩をぽんと叩いたマルクはその足で作戦本部から飛び出す。
 残りのファミリアーを飛ばし上空からグランヴィル小隊を見つけ出すためだ。

『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)も続けて作戦本部から外へ出る。
 聖都近郊の街で大規模な襲撃が起きたのだ。数十人という村の規模ではない。何百という人が街から外へ避難している。グランヴィル小隊が駆けつけ無ければ、被害は更に拡大していたであろう。
 誰かの命が奪われる前に動きたかったと思えど、それに囚われているだけでは進めない。
 これ以上の犠牲が出ないよう、全力を尽くすのみ。
「広場以外にも逃げ遅れた者がいる可能性もある。事が済めば合流する」
「はい。分かりました」
 ベネディクトの言葉にロレッタが頷く。

 ――――
 ――

 血の匂いが立籠めるハウエルの広場で、『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)は肩で息をしながら照準を合わせる。
 狙う先は、グランヴィル小隊の仲間であり親友のライアン・ロブルスだ。
 瀕死の建物の陰に倒れている。全身に広がる傷の痛みで手元が揺れた。
 それでも、早くライアンを楽にさせてやりたかった。
 引き金に手を掛け、頭を狙うロニ。
「ライアン……」
 歯を食いしばり、親友の死後の旅路を祈った。

『――諦めるな! すぐに僕達が駆け付ける!』
「……っ!?」
 頭の中に響いた声にロニは息を飲む。マルクがハイテレパスで語りかけてきたのだ。
 ロニにとっては見知らぬ声。
 されど、それは救いの手を差し伸べる神様のように思えた。
『頼む……!』
 短く返したロニはライアンに向けていた照準を収め大きく息を吐く。

 ――少しでも多くの人を救うために。
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)とマルクは戦場となっているハウエルの街へ天馬のような加速装置で一足先に到着していた。
「ティナリスちゃんやケルルちゃんの力にもなりたいしね。今できる事を全力でやらなきゃ!」
 後から来るであろう仲間のためにも生命の危機に瀕した人達を捜索しなければならない。
「精霊さんに聞いてみよう」
 スティアは周囲に漂う精霊に生存者の居場所を問いかける。
 それに平行してマルクは上空のファミリアーからの情報を見逃さないように集中する。

「居た! この先の広場!」
「ああ」
 スティアの声にマルクは頷き街の広場へと駆けつけた。
 傷の重症度が高いライアンとニコラ・マイルズ、ジュリア・フォン・クレヴァンスを包むようにスティアの手から零れた花弁が広がる。重ねてマルクの奏でる福音がライアンの傷を癒した。
 急速に回復したライアンは目を見開き、状況を把握しようと視線を巡らせる。
 そんな彼にマルクはハイテレパスで「動くな」と短く指示した。
 今重傷のライアンが大きく動けば、敵の集中攻撃に遭うだろう。今は味方を回復したことによりスティアへと敵の注意が引きつけられているのだから尚更だ。
 スティアへ向けてゆっくりと近づく影の天使の間に『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の堕天の輝きが弾ける。
「共に戦った事のある皆さんがこんな酷い目に……こんなことを、人を殺戮して、満足ですか神の国!」
 身を灼く呪いに影の天使はシフォリィへグルンと首を向けた。
「全部は救えないかもしれません、それでも、ここで戦った皆さんの戦いを無駄にすることなんて、できませんから!」
 シフォリィは自身の隣に並ぶ『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)へ視線を送る。
 自分は軍人でも何でも無い。だからこそティナリスの救いたいのに救えない焦りも不安も理解出来ると正純は胸の内に抱く。されど、ティナリスはグランヴィル小隊の指揮官だ。情に流されて迂闊な行動はしてはならないのだろう。ならば自分達が彼女の代わりに、『彼女の大切』を助ければいいだけのこと。
「――お任せ下さい」
 頼られるというのは、そこに居ても良いと安心できるのだと正純は弓を握る。
 視線を広場へと向ければ激しい戦いの跡が見えた。至る所に血がこびりついている。なればこそ。
「彼らの奮闘を無駄にはできません」
 正純の番えた矢が空へと放たれれば、黒泥となりて闇の翼を持つ者達へと降り注ぐ。
「その黒い羽根を、この場に止めましょう」
 広がる泥は影の天使どもの翼を覆い、敵の動きが緩慢になった。
 シフォリィが放った堕天の輝きと正純の黒泥の矢が合わさり、敵は攻撃を放つこともできないままその場に縛り付けられる。

「ロニ殿、よく頑張ったな」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はスティアの回復によって動けるようになったロニへと声を掛ける。
「後は任せろ……とはちょっと言い難いがもう少し皆で頑張ろう。ライアン殿も、他の者も助けられるよう出来る限りを、いや、やれる限りを尽くそう」
「ああ……ありがとうアーマデル」
「イシュミル、ライアン殿やロニ殿を頼む。もしあんたが狙われたら俺を盾にしろ。俺は大丈夫、あんたよりは余程耐えられるさ」
「優先度を見極め対応……ああ、慣れているさ」
 アーマデルはロニをイシュミルへと預け自分は戦場で妙に目立つ個体へと視線を上げた。
 あれが影の天使を引き連れているワールドイーターだろう。
 異様に長い頭を真ん中で割くように歯が並んでいる。不気味な天使のような怪物だ。
 ワールドイーターは執拗に旅人を狙うと情報が入っている。
 ならば、アーマデルの取る行動は一つしかない。少年は注意を引きつけるため、ワールドイーターの前に身体を晒した。そうする事によってアーマデルに敵視が集まるだろう。
 ガバリと大きな口を開けたワールドイーターはアーマデルの身体に食らい付く。
「っ、ぐ……ッ!」
 肩口から胴にかけて皮膚を破り牙が内部へ突き刺さった。痛みだけではない。内側から侵食される毒の気配にアーマデルは歯を食いしばる。
「生憎とこの身は既に信仰に捧げられたものだ」
 いくら肉を食らおうとも魂の在り方は変えられないと少年はワールドイーターに剣を突き立てた。

『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は「ハッ」と惨状を鼻で笑う。
「聖騎士サマが聞いて呆れるね。どいつもこいつも使えねえぜ! このおれさまを小間使いにさせるんだ、たっぷりとカネはいただくぜ?」
 グドルフは山賊である。ならば此処へ参じたのは山賊があるが故の理由。それを周りにも知らしめる。
 その内に秘める優しさは山賊が持つべきものではないのだと悪態で覆い隠した。
 ライアンに狙いを定める影の天使へ斧を振り上げ斬撃を落す。
「そんな雑魚をボコって楽しいかい。おれさまなら、もうちっと歯応えを楽しんでもらえると思うがね?」
 グドルフの攻撃にライアンから意識を逸らす影の天使。
 上空から降り立つのは『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)だ
「──ロニ! おれ達、皆の事……助けに来た。ティナリスの所にも、助ける……しに行ってる人。いる。だから、大丈夫。ここからは、おれ達も……一緒に戦う」
 ロニの前に翼を広げたチックは広場に視線を向ける。
 建物の影に倒れているのがロニが以前話してくれたライアンだろう。親友で相棒だとロニは笑っていた。
「町の人達に、グランヴィル小隊の……皆の危機。
 ……彼らが命を懸けて、護ろうとする想い。絶対に失くす、させない……よ」
 負傷者を助けようにもまずは影の天使の注意を引きつけなければならない。
 チックは燈杖を掲げ、灰黒の濃霧を戦場へ広げる。それは影の天使を旋律で縛る風の乱舞。
「相手……するのは、こっち。これ以上、皆を傷つけさせない……よ」
 救える命を救うため、この剣を振るうのは当然であると『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は柄を握り締める。
「たとえすべては救えずとも、皆で協力して一人でも多くを救ってみせる。
 だからどうか、諦めないでほしい」
 ヴェルグリーズの言葉は地に伏したライアンやジュリアの耳にも届いただろう。
 ニコラへと振るわれる攻撃を剣で弾き、影の天使へと向き合うヴェルグリーズ。
 そのまま敵の注意を引きつけるように左方へ走り出す。それを追いかける影の天使達へ向かって剣舞の雨が降り注いだ。ヴェルグリーズへ反撃せんと影の天使が取り憑き、ぎりぎりと首を締め付ける。
 気道が塞がり肺の空気が行き場を無くして苦しさを覚えた。
 それでも、全ての敵から注意を引きつけなければならないのだ。
 無理の通し時だと剣を振り上げるヴェルグリーズ。
「か、はっ……」
 斬撃により影の天使が怯んだ隙にヴェルグリーズは飛び退いて距離を取った。

 自分は別段天義と所縁のある身ではないと『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)は僅かに瞳を伏せる。かつての天義であれば自分の存在を是とするかも分からない。
 それでも此度の事件は『ヒト』の生きた奇跡を否定し歪めるものだろう。
「だから、私は、歩ませていただきます。私がこの混沌で出会った縁を。
 私の、彼らの軌跡を、忘れないために。否定させないために」
 グリーフの隣に居る『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)も同意するように頷く。
「ニルはかなしいのはいやだから、これ以上かなしいことが増えないように……助けましょう」
 どうか、とニルとグリーフは路地へと向かわせたファミリアーへ意識を繋いだ。
(ティナリス様も、みなさまも……無事でいてください)
 願いを乗せてニルは結界を張り巡らせる。これ以上広場も街も壊されたくはないのだ。
 ニルとグリーフは負傷している一般人を先に担ぎ上げる。
 マルクとスティアのお陰で先んじてグランヴィル小隊の『生命の危機』は防がれているからだ。
「意識の無い人を最優先で頼む!」
 メイナードに素早く指示を飛ばすマルクは、混線した戦場においての優先順位を的確に把握していた。
 マルクの示す通り、情報の正確さは何より重要とされる。
 不安や恐怖から引き起こされる混乱は、何よりも厄介だからだ。
「ケルルちゃんは避難する人達の誘導をお願い。グランヴィル小隊の子達は私達に任せて! 成長した姿を見せてあげるから。それにティナリスちゃんは私の後輩でもある訳だしね」
「スティアちゃん……分かった。そっちは任せたよ」
 メイナードとケルルはマルクの指示に従い、ニル達から引き継いだ一般人を戦場の只中から引き上げる。

 グドルフは影の天使を蹴散らす合間に、もう一人の一般人の存在に気付いた。
 物陰で身を潜める青年はどうやら怪我をしているようだ。無闇に声を出さないあたりは正解だろう。
 グドルフは彼の元へ駆け寄り優しき祈り(ライトヒール)を唱える。
 それに気付いたのはスティアだっただろう。前衛である彼が何故癒やしの力が使えるのかと目を瞠る。
「……緊急事態だ。てめえらはそこに転がってる騎士どもを治してこい。こいつらはおれさまがやる」
「うん、任せたよ」
 残り滓のような信仰が与える奇跡は、歴戦の猛者ならばもはや誤差程度なのだろう。
 されど、力を持たない青年にはグドルフが救世主に見えたに違いない。
「……とっとと行きな。おれさまは、あのバケモン共をブチのめしてくるからよ」
「あ、ありがとうございます!!」
 傷が消えて動けるようになった青年はグドルフが指さす方向へ走り出す。
 青年が後方へ逃げていくのを確認したスティアはライアンの元へ走り込み、彼の肩を揺すった。
 こくりと頷いたライアンに肩を貸して立ち上がる。
「もう大丈夫だから安心していいよ、私に任せておいて」
「す、まない……仲間が、いるんだ」
 自分の重傷を置いて、仲間を案じるライアンにスティアは「大丈夫」だと背を支える腕に力を込めた。
 この身を盾にしても護り抜く。それがスティアにとっての――聖職者としての矜持なのだから。
 マルクはライアンが心配しているであろうニコラとジュリアの元へ駆けつける。
「もう大丈夫だ! 動ける人は後方へ! 動けない人は僕らが連れて行く!」
 そのマルクの声はグランヴィル小隊の人々を勇気づけた。


 真白の壁に散らされた血痕にリースリットは眉を寄せる。
 大規模な襲撃がこの街で起きたのだ。
「一人の重みが何処までも軽い……」
 この規模の戦場を経験するのはティナリスは初めてなのだろう。
「仕方ないとはいえ……仲間が全滅して一人生き残る事に耐える覚悟は、まだ無理でしょうね」
 その覚悟が出来るのならば、前線に出てくることも無かっただろうとリースリットは瞳を伏せる。
「あぁ……どうしてこんな……」
 眉を下げ『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)は不安げな瞳を揺らした。
「ティナリス様……いえグランヴィル小隊の皆様は大丈夫なんですよね……?」
 心配するあまり、ティナリスが血に塗れているような最悪の状態が脳裏に過る。
 されど、と妙見子は首を振った。焦りと不安を出来るだけ抑え、今は急行せねばならない。
「……どうか無事でいて」
 そんな妙見子の背を『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は優しく叩く。
「大丈夫です。マルクさん達が広場に向かって、生き残ってる人も居るそうです」
 ファミリアーでの連絡網は上手く機能しているようだ。
 それぞれが飛ばした鳥たちが上空を旋回している。妙見子の不安が一気に拭える。
 広場の方を任せられるなら、こちらはティナリスを探し出すことに専念できる。
「行きましょう」
「はい!」
 妙見子の言葉にトールは力強く頷いた。

「ティナちゃんったら、一人で無茶して……!」
『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は心配からくる焦れったい思いに首を振る。
「……ううん、でも、そうね、アンタはそうするわよね」
 ティナリスは大切な人を喪う怖さを、悲しみを、誰より知ってるのだ。
「大丈夫よ、アタシたちが来たから。もう二度と、アンタにあんな顔――」
 雨の中ミルキィを抱きかかえていた時みたいな悲しい顔。辛そうな表情。
「――させたりしないから」

 ティナリスが広場に居ないのなら街中の何処かに居る筈だとリースリットは考える。
 怪我をしているのか、動けない状況で身を隠しているのかもしれない。
 リースリットとトールはティナリスの助けてほしいという思いを探れないかと神経を張り巡らせた。
 生存者に敵意を持つ影の天使の居場所を妙見子は感じ取る。
 ジルーシャが助けを求めた精霊達も広場から少し離れた路地を指し示した。

 ――――
 ――

 震える子供を背に隠し『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)は剣を敵に向ける。
 傷が増えていく度、焦りがにじみ出た。されど、ティナリスはうめき声一つ上げなかった。
 自分が恐怖に怯えれば、幼子は取り乱してしまう。
「大丈夫ですよ」
 優しく子供に言い聞かせる。自分に言い聞かせる。
 父――パーセヴァル・ド・グランヴィルならこのような窮地、難なく突破したであろう。
 自分はまだ未熟であると痛感する。強くなりたい。目の前の敵を倒し弱き者を守れる強さ。
 影の天使の剣がティナリスの肩に深々と突き刺さる。
「……」
 焼けるような痛みに歯を食いしばった。声が出そうになるのを必死で抑える。
 ティナリスに剣を突き刺したことで動きが止まった敵に、神聖魔術を解き放った。
 右上半身が爆ぜた影の天使は、それを物ともせず再びティナリスへ剣を振り下ろす。

 それでも、ティナリスは目を瞑ったりしなかった。
 剣を受け神聖魔術を放ってやるという気概が、青い瞳には宿っていた。
 ――諦めたりしない!! あの人達は決して諦めなかった!!
 天義の国を救ってくれた英雄達は、身を粉にして戦い抜いた。父も母もきっと諦めなかった。
「だから、私も諦めない!!」

 突然、目の前が紅き焔に覆われた。
 天義騎士団黒衣を纏ったリースリットが放った幻焔だ。
「――ティナリスさん、無事ですね。よく頑張りました」
 一瞬の事で理解が追いつかなかったが、ティナリスに振り下ろされた剣を受け止めたのはベネディクトだった。難なく剣を弾き返し、強制的に間合いを取らせる。
「お前達がこの襲撃を行ったのか──言葉を理解しているかは知らんが」
 ティナリスと子供を庇うように前に立ち、ベネディクトは敵を睨み付けた。
「加減はせん。生きて戻れるとは思わん事だ」
 地を蹴ったベネディクトは一気に間合いを詰め、影の天使を切り裂く。
 その一刀で呆気なくその身を弾けさせた影の天使。既にダメージが蓄積されていたのだろう。ティナリスが戦っていた証拠でもある。
 この状況で諦めていなかったとなれば、芯の強い子だとベネディクトは感心する。
 狭い路地では仲間を巻き込まずに範囲の広い攻撃を当てるのは難しい。
 そして、それは向こうも同じだろう。ベネディクトは剣を構え、一体の敵に狙いを定める。
 ベネディクトの刃は影の天使が反撃する間も与えぬほど、美しい残影を写し煌めいた。

「怪我をした女の子と小さな子どもを取り囲むなんて、天使のすることとは思えないわね。
 覚悟しなさいな――今のアタシは、すっごく機嫌が悪いわよ」
 ジルーシャは血塗れのティナリスを見つめ直ぐさま敵へと向き直る。
 竪琴から響く音色に乗せて、路地を覆う重く甘やかな香り。
 それは蛇の王を呼び寄せる危険な芳香だ。敵をぐるりと取り囲んだ巨大な蛇はその鋭い眼光で見る物を石へと変えてしまうだろう。
 普段は優しいジルーシャが怒りを伴って敵と対峙していることに、ティナリスは目を瞠る。
 やはり、彼も英雄(イレギュラーズ)なのだ。
「……なぜこんな無茶をティナリス様……いえお説教は後です! 今は戦線を離脱します、いいですね?」
 妙見子はティナリスが抱えていた子供を預かり、シャルール=サンドリヨン=ペロウが持って来た馬車へと乗せる。トールは傍らの母親の亡骸も一緒に中へと運んだ。
「子供と一緒に馬車へ! 急いで! 絶対に馬車から出ないで下さい!」
「いえ、私も戦います。戦わせて下さい」
 幼子の命を守ると己に課したのだ。ティナリスは途中で投げ出すわけには行かなかった。
 傷の痛みなど母親を亡くした子供の前では、些細なものであろうから。
「では、この子はわたくしが何があっても守りましょう。だからご心配なく」
 シャルールは馬車の前に立ち、ティナリス達へ笑顔を向けた。

 傷を負った極限状態だからなのだろう。
 リースリットやベネディクトたちの動きが今まで以上にはっきりと見えるようになった。
 剣を振るう時の制動、魔法を使うタイミング、どれを取っても隙が無く洗練された動き。
 トールや妙見子の力強い攻撃もティナリスにとっては良い刺激となった。
 死と隣り合わせの戦場から得られる経験は、訓練とは違った恐怖を伴うものであるが故なのだろう。
 生き残らねばという執着がティナリスを支配していた。
 それは消極的なものではなく。むしろ闘争心に火をつけるものであっただろう。

 路地に居た五体の敵を倒しきったベネディクトはティナリスへと振り返る。
「ティナリス、大丈夫か。怪我は……」
「はい。今回復しますから問題ありません」
 まずは自分の傷を癒し、それからベネディクトたちの傷を癒すティナリス。
 回復手の体力が一番重要だと戦いの中で学んだのだろう。
「他の者達の所には他の皆が向かっている、叶う限りの人を助け出す為に」
「……!」
 ベネディクトの言葉にティナリスは勢い良く顔を上げる。
 心配していない訳がなかった。グランヴィル小隊の安否を。
「広場にも仲間を先行させ、ロレッタさんは本陣に残しました。彼女ならティナリスさんの代わりもある程度務まりましょう」
 リースリットが優しく声を掛ければティナリスの目頭が熱くなる。けれど、ここで泣いてしまってはだめだとティナリスは首を振った。
「ロレッタが……ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げたティナリスに「まだ、ここからです」とトールが背を押す。
「行こう。まだ、すべき事があるかも知れんからな」
 ベネディクトの声にティナリスは「はい!」と元気よく応えた。
 経験を積ませる意味でもティナリスを連れていくことに同意するとリースリットは頷く。
 子供共々本部へ帰すにしても、広場からの離脱者と行動を共にした方がいいだろう。
 個別で送り届けるにしても護衛は必要だとリースリットは考える。ならば、一度広場へ行き、敵を殲滅してから安全に全員で戻った方が良いのかもしれない。

 茶太郎とシャルールが先導する馬車の中、妙見子は子供に寄り添うティナリスを優しく抱きしめる。


 ぐらりと、視界が傾ぐのをアーマデルは感じていた。パンドラの箱は既に開け放たれている。
 普段は前に出るよりも遊撃に回ることの方が多かったから、強敵の前に立ち続けるのがこんなにも大変であったのかと眉を寄せた。スティアやグリーフの回復が無ければこの身はとうに引き裂かれていただろう。
「しつ、こいぞ……」
 腹を突抜けるワールドイーターの鋭い爪に力が込められ、内臓が悲鳴を上げる。
 身体の中を割く痛みは外傷の非では無い。
「がっ、あ……」
 靴裏をワールドイーターの肩に乗せたアーマデルは勢い良く蹴りつけ、その反動で間合いを取った。
「大丈夫ですか」
「ああ……」
 口から零れる血を拭ってアーマデルはグリーフの背を見上げる。
「これ以上は危険ですので……」
 グリーフはアーマデルを庇うようにワールドイーターの前に立った。
 邪魔だと言わんばかりに敵は巨大な口をガバリと開ける。
「ただ啄まれ。墨で塗りつぶされ、消却されて消え失せるのを待つほど、無力な身ではありませんから」
 グリーフの硬質な肌へワールドイーターの牙が突き刺さった。それでもグリーフは顔色一つ変えず、その場に立ち続ける。グリーフが前に立つ事によってスティアからアーマデルに回復が行き届く。
「アーマデルさん大丈夫? グリーフさんもいける?」
「ええ。大丈夫です。そうやわではありません」
 スティアの問いかけにグリーフは問題無いと答える。高い体力に、防御力、簡易修復もあるのだ。簡単に倒れたりはしない。誰かの傷を補い合う、仲間との連携を一層感じる瞬間であった。
 旅人(ウォーカー)を執拗に狙う性質は何なのだろうとグリーフは思考を走らせた。
「……何者かが意図的にウォーカーを狙っている?」
 グリーフの呟きを聞いて、グドルフの胸に嫌な靄が掛かる。その意味すら理解できないけれど、知ってしまえばもっと嫌な気持ちになりそうでグドルフは考えるのを止めた。今は斧を振り目の前の敵を倒すことだけに集中するべきなのだから。

 アーマデルの重傷は想定内であるとマルクは状況を的確に把握する。
 そして、既にティナリスを連れた妙見子達が此方へ向かっていることは分かっている。
 最初にその情報網を敷いたマルクは慧眼であっただろう。作戦本部のロレッタも安心してティナリスの代わりを務められるはずだ。
 シフォリィと正純が連携し敵の動きを封じてくれた事も戦況を優位に進められた要因だろう。
「頼もしいよ、二人とも」
 マルクはシフォリィと正純に心強いと感謝を述べる。
 シフォリィの視界には敵の他に広場で亡くなった人達が映り込んだ。
 絶命したまま、何を伝えることも出来ず、ただ静かにその場へ横たわっている。
 悲しみも苦しみも無く、瓦礫と同じように動かない。それが無性に心をかき乱す。
 戦闘中は心を切り離さねば、焦りで手元が狂ってしまいそうだ。
「……弔いは終わってからにします。まずは敵を殲滅してからです!」
 そう言い聞かせねば、きっと立ち止まってしまうから。シフォリィは剣を影の天使へ向ける。
 正純と連携をする事により、敵の攻撃を防ぐことができる。
 シフォリィは正純の対面へ走り込み剣を走らせた。
 まだ影の天使の数が多いと判断した正純は、万が一に備え攻撃範囲を広く取る。
 打ち上がる矢が魔力を纏い、辺りを黒泥の沼に変えた。
 そこへ降り注ぐは天星の輝きだ。眩く鋭い輝矢が泥に沈む影の天使を撃ち貫く。
「――――!」
 一瞬の悲鳴を上げて影の天使は輪郭を散らした。崩れゆく身体に恨めしそうな瞳を正純へと向ける。
「祈りは正しく生きた人達に向けられるもの。貴方達はそれを奪った。なら、手向けの言葉を縋ることすら烏滸がましい。何も持たず、祈られず、願われず――ただ『無』となりなさい」
 広場に散りゆく影の天使が空気に霧散した。

 ――――
 ――

 馬車の車輪の音が広場へと近づいて来る。
 開け放たれたドアから一番に飛び出してきたのは妙見子だ。
「アーマデル様! あとは私とトール様にお任せください……皆さんを頼みますね」
 戦場に現れた妙見子とトール、二人は旅人だ。重傷のアーマデルからワールドイーターの意識を向けさせるように妙見子とトールは二人がかりで敵の前に立ちはだかる。
「貴方には分かるでしょう。私は旅人ですよ。殺したいのでしょう。さあ、おいでくださいな」
 ワールドイーターの意識を自分に向けさせるため、妙見子は微笑みを浮かべた。
 それはワールドイーターにとって逆鱗に触れる物だろう。
 怒りが瘴気となってワールドイーターの身体から吹き上がる。
 妙見子へ向けられる牙と飛び散る血にティナリスは声を上げそうになる。
「大丈夫ですよ、ティナリス様。妙見子はこうみえて頑丈なんですから」
「そうです! ここからは私と妙見子さんで抑えます! 一気に押し返しましょう!」
「……はいっ!!」
 この戦場では防御力の高い妙見子やトールに任せた方が戦況は優位になる。
 情動に動かされず、状況を判断することをティナリスは学んだだろう。
 あとはどう動くかだ。
 イレギュラーズの方が攻撃力や防御力が上となれば、敵の相手は彼らに任せた方がいいだろう。
 ティナリスは自分の背後にある馬車を守る事を選んだ。共に戦うことは出来る。けれど、彼らが存分に戦えるよう負傷者を守ることもまた重要だとティナリスは判断したのだ。
「その決意、間違っていませんわ。真の美しさとは心技体が伴ってこそ。
 ドレスが穢れるくらい厭いませんわ。私も全身全霊で与えられた使命を美しく全うしましょう」
 ティナリスの隣に立ったシャルールがウィンクをしてみせる。
「それに、わたくしの友人であるトールさんが必ず護ってくださいますわ!」
 馬車に危険が及ぶならトールは何があっても駆けつけるだろう。
 ジルーシャだってそうだ。馬車に近い敵へ狙いを定め、蛇王を呼び寄せる香りを纏わせる。
 動きが鈍くなった敵に重ねられるのはベネディクトの槍だ。
 狭い路地では扱えなかった槍を広場でなら存分に振るう事が出来る。
 戦場を無尽に駆け抜けるリースリットやベネディクト達の背を、ティナリスは確りと見つめた。

 戦場の片隅に下がったアーマデルはロニの姿を見つける。
 その傍らにはライアンが苦しげ息を吐きながらも辺りの警戒をしていた。
 シャルールが引いて来た馬車にはニコラとジュリア、それに一般人が乗せられている。
 馬車を守るように茶太郎とメイナードが布陣していた。マルクとスティアが急行したお陰でグランヴィル小隊の瀕死者の命は途切れることなく続いている。
 あとはこの戦場を切り抜け、治療に当たれば回復するだろう。
「グランヴィル小隊各位、今は生存者を纏めてこの状況を切り抜ける事が最優先です」
 リースリットの言葉にロニとライアンは「了解」と頷く。

 別動隊の仲間が無事合流してくれたことにチックは胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「はい」
 傍らのニルもチックと同じ気持ちだ。
 ティナリスやグランヴィル小隊、一般人も全員生きている。
 その事実はニルとチックに勇気を与えた。
「あとは、敵を倒す……だけ」
「はい! あと一息です。頑張りましょう!」
 ニルは杖を掲げ近づいてくる影の天使へ全力の魔力を打つける。
 ぶるぶると震えた影の天使は膨張し、内側から弾け飛んだ。
 剣を手にしたヴェルグリーズは地を蹴って影の天使へと飛躍する。
 刃を上手く躱した影の天使の行動は、これまでの戦いから予想がついていた。
 ヴェルグリーズは避けるであろう場所目がけ剣を横薙ぎに払う。
「――!」
 グキリと確かな手応えがヴェルグリーズの剣柄に響いた。
 そのままヴェルグリーズは影の天使の胴を真っ二つに引き裂く。
 残るはワールドイーターのみ。ヴェルグリーズは影の天使を裂いたあと、直ぐさまワールドイーターへと走り込んだ。

「おれさまの縄張りで散々暴れまくりやがって。覚悟はできてんだろうな」
 斧を突き出したグドルフはワールドイーターを睨み付ける。
「てめえのボスが神だろうが預言者だろうが知ったこっちゃねえがな」
 グドルフは怒りを斧刃に込めて叩きつけた。
 理不尽が。
 悪意の煮凝りのようなこの存在が。
「──この俺の前で、好き勝手するのが許せねえんだよッ!!」
 戦場に響き渡るグドルフの声は、誰かを救えなかった絶望の嘆きを孕む。
 怒りを力に変え、振るわれる刃とその雄々しき背をティナリスはじっと見つめた。
「――――!!!!」
 反抗するように雄叫びを上げる上げるワールドイーターへヴェルグリーズの剣が走り、チックの旋律が響き渡る。ニルは杖から溢れる魔力の奔流を注ぎ、マルクが的確にダメージを積み重ねた。
 ワールドイーターを押さえ込んだ妙見子とトールの連携のお陰で、イレギュラーズへの被害は少なくなっている。ならばと、回復手であるスティアはワールドイーターへと追撃を下す。
 アーマデルの蛇腹剣がうねる合間を、ベネディクトの槍が走った。
 戦場に風が吹き荒れ、リースリットの剣に集約する。放たれる刃がワールドイーターの腕を切り裂いた。
 地面に転がった腕は光の粒子となって消える。
 身体を捻り振り向きざまに槍を突き刺したベネディクトはシフォリィへと視線を送った。

「あなたが奪った命は、もう戻って来ません。これ以上犠牲者を増やさない為にも、ここで決着を着けましょう。あなたはもうどこにも逃げられません!」
 シフォリィは舞うように剣を走らせる。
 一度では止まらぬ剣舞は何度もワールドイーターの身体を引き裂いた。
 命の危険を感じシフォリィから距離を取るワールドイーターに狙いを定めるのは正純だ。
「逃げられるなど思わないことです」
 正純の引く弓が鳴る。ギリリとしなる弓と弦は、美しい弦音を響かせ離たれる。
 薄明を切る一筋の流星は、何よりも明るく瞬くだろう。
 戦場を走った美しき夜の残り香は、捕食者の命を喰らう殲滅の光だ。

 迸った矢と共に白き残光を散らすワールドイーター。
 最後の足掻きとばかりに、妙見子へと手を伸ばし届かぬまま消え失せた。


 静かになった戦場に残ったのは、血に濡れた白い壁と起きる事の無い亡骸だ。
 ニルやグリーフは手分けして遺体の捜索にあたる。
 ヴェルグリーズもまだ生存者は居ないかと街中を探し歩いた。
 犠牲になったグランヴィル小隊の青年を見つけヴェルグリーズはそっと担ぎ上げる。
 彼らはヴェルグリーズたちが駆けつける前にワールドイーターと戦い散った人達なのだろう。
 この青年が居たから逃げおおせた人が必ず居るはずだ。
 何より彼らがいなければ自分達が到着する前にこの町は滅びていただろう
 背中に乗る重みは生きている人と変わらないというのに、もう動く事は無いのだと感傷が過る。
 もし、これが子供達や大切な人だったのならきっと此処まで冷静で居られない。容易に想像出来る。
 剣であった自分は随分と『人の心』を感じるようになったとヴェルグリーズは眉を下げた。
「こんなことを起こした黒幕をいずれ俺達の手で倒すよ。だから、安心してほしい」
 物言わぬ青年に、ヴェルグリーズは誓いを立てる。彼の名は『モートン・エドワーズ』といった。

 ニコラとジュリアを乗せた馬車を見送ってロニとライアンは広場に残っていた。
 シーツの上に乗せられ、並べられているのは亡くなったグランヴィル小隊と街の人達だ。
 ヴェルグリーズはモートンをその隣に寝かせる。
「ああ、彼で最後だ……ありがとう」
 ライアンはヴェルグリーズに礼を言って深い溜息を吐いた。
 チックは殉教したグランヴィル小隊の名前を一人ずつ聞いて、彼らの身体を綺麗になるように修復措置を施す。
「モートンの隣は、ジェーン・スコット、その隣がレオナ・グレコ、こっちはダニエル・ベイカー、その隣はルルカ・コスタだ」
 チックにとっては初めて会う人達の名前。けれどライアンやロニにとっては衣食住を共にする仲間だ。
「……どうか彼らの眠りが、安らかなものである様に」
 祈りを捧げるチックの隣でグリーフも膝を付く。
 グリーフは彼らの生前を知らない。けれど、ライアンやロニ、ティナリスを守り、彼らの亡骸を守り。
 繋がりを、成した事を刻まなければならないと胸に秘める。
 そうやって誰かが記憶しなければ、誤った歴史として消去され無かったことにされてしまうから。
 あるいは新たな致命者や遂行者になってしまうかもしれない。
「彼らに、安らかな安寧が訪れることを。彼らを弔う生者が、喪失と向き合い、いつか、前を向けるよう。私は願い、刻みます」
 グリーフの言葉にニルも頷く。遺体や遺品はきちんと連れて帰りたいからだ。
 誰かにとっての大切な人なのだから。
「……せめて、ちゃんと帰らせてあげたいです
 みなさまのおかげで、助かったひともたくさんいるはずなのです。
 かなしいけれど……かなしいけれど、ちゃんと、みなさまのこと、ニルはおぼえています」

「ありがとう。皆も喜んでる……モートンなんて、泣き上戸だったから今頃おいおい泣いてるはずだ。もちろん嬉し泣きだぞ。ジェーンは食いしん坊で、甘い物が好きなんだ。頑張ったご褒美にあとでケーキでも買ってかえらないとだな」
 ライアンがグランヴィル小隊の一人一人の頭を撫でながら目を細める。
「レオナは本が好きだったから、この前欲しがってた本を買って帰ろう。ダニエルの作る料理は美味かったんだよ。調味料を探してたな……何というんだったか」
「ローリエが切れたって言ってましたねダニエルさん」
 ライアンの傍に膝を付いたティナリスは涙を零しながら答える。
「そうだった。ルルカはいつも笑顔で優しい子だった。ケルルと同じ部屋だから二人で『ケルルカ』なんて呼んだりしてたんだ……皆、よく頑張ってくれた。お前達の勇姿は決して忘れない」
 一筋の涙を零したライアンはそこで意識を手放した。それをロニがしっかりと支える。
 精神力の限界だったのだろう。ロニはライアンを担ぎ上げ、戻って来た馬車に乗せた。
 トールはロニからライアンを受け取り、「お疲れ様でした」と目を細める。

 正純は広場に並べられた人々に祈りを捧げる。
「次生まれる時は、あなた方に星の祝福のあらんことを――」
 しばらく祈りの言葉を心の中で捧げたあと、顔を上げた正純の隣にグレイがやってきた。
 戦いが終わり駆けつけたのだろう。
「……普通に受け入れてましたけど、そもそもグレイさんはなぜこの戦場に?」
「え、僕ほら情報屋だし」
 あっけらかんと笑みを零すグレイの顔を見て、肩の力が抜ける正純。
「情報屋だとは聞いてましたが……」
 天義の、今回の事件を優先して調べているのだろうか。
 普段はだらしがないように見えるグレイが戦えるとも思えず、作戦本部へ残るように頼んだけれど。
 何か別の目的があるのだろうかと正純は考え込む。言いたくなったら言い出すことかとグレイに向き直れば正純の前に手が差し出される。
「ごめん、正純さんあとでお金貸してほしいんだけど」
「目的はそれですか……」
 盛大に溜息を吐いた正純にグレイは「だってぇ」と眉を下げる。
「美味しいケーキと本とローリエとお酒なんかも買いたいからさ」
 グレイは横たわるグランヴィル小隊を見つめそんな風に言ってみせた。

「指揮官は後方に……と思うのは当然の事ですが」
 リースリットはティナリスの傍へ寄り添いその背をそっと撫でた。
「部下を全員喪うというのも、指揮官にとって耐え難い事。
 何れが正解かと問えば、正解はありますが……難しい話です」
「はい……」
 高貴なる者、人の上に立つ者の資格と責任はあるのだとは思う。されど。
「自ら前線に立つティナリスさんの想い、私は必ずしも否定できない」
 何が正しいのか、それを考えることを放棄することはあってはならない。
 リースリットは若き輝きが曇らぬように祈るばかりである。

 スティアはティナリスの様子を見に来ていた。
 自分の失敗に落ち込んでいるのは目に見えて分かる。誰だって失敗は辛くあるものだ。
「大事なのは次はどうするかじゃないかな?」
「スティアさん……」
「この失敗を糧に成長すれば良いよ。それに後輩の失敗をフォローする為に先輩がいるんだしね!」
 屈託の無い笑顔が今のティナリスには染みる。同時に目頭が熱くなり涙が零れそうになった。
「ティナちゃん!」
「ジルーシャさん……」
 近づいてきたジルーシャに顔を上げれば、突然ティナリスの額に弾けた衝撃。デコピンだ。
「本当に……本っっっ当に、皆心配したんだから……!」
「ごめんなさい!」
 勢い良く頭を下げるティナリスの潔さにジルーシャは「ああ、もう……っ」と頭を抱える。
「……お願いだから、何でも一人で頑張ろうとしないで。
 アンタが大切な人たちを喪いたくないと思うように、アタシたちもアンタを喪いたくないの」
 そんな風に想ってくれているのかと、ティナリスの瞳からぼろりと涙が零れた。
 英雄であるイレギュラーズが、自分のことをこんなにも大事にしてくれている。
「…それでも、たった一人でも戦おうとした勇気には敬意を。アタシたちだって、一人で敵のいる中に飛び込むなんて身が竦むもの。よく頑張ったわねっ」
 頭に置かれたジルーシャの手が温かくて、ティナリスはぽろぽろと涙を零す。

「ティナリス、足は止めても良い。だが、誰かを助けたいと願うのであれば考えて、歩み続けるんだ」
「……っ、はい」
 涙を拭ってベネディクトへと顔を上げるティナリス。
 その青い瞳には強い輝きがあった。迷いはあるだろう、されど曇り無き眼だ。
 今回の襲撃でティナリスにどんな影響があるのかは分からない。
「奪われ続ける事が嫌なのならば抗わねばならない。強く在らねばならない。
 厳しい事を言っているのかも知れんが、踏ん張りどころだぞ」
 ベネディクトの言葉はティナリスを奮い立たせるものだ。
 両親の意思を継ぐのならば、上に立つ者の責任は果たさなければならない。

「ティナリス様、少しだけお説教です」
「は、はいっ」
 何を言われるのかと構えるティナリスに妙見子は何時になく真剣な表情を向ける。
 騎士とはいえ、ティナリスはまだ年端も行かぬ少女だ。
 何処にでもいるような普通の少女が剣を持って戦場に立っている。
 本当は彼女のような子供には戦場に立って欲しくない。
 でもそれは聖騎士ティナリスの意志を酷く貶めるものではないかと妙見子は思ってしまうのだ。
 だからあえて口には出さない。その代わりと妙見子はティナリスをぎゅうと抱きしめる。
「わ……」
 優しく包み込まれたティナリスはそれが妙見子の愛情なのだと分かった。
 言葉にせずとも、妙見子は自分のことを大切に想ってくれているのだと感じる。
 ――どうかまた明日も生きていられるように。

「……今まで私は、隠してきましたけど、、本当は神の国と共存できるんじゃないかなって思ってました。彼らは歴史を正すことを強いられ、生まれてきた者達だから」
 シフォリィは祈りを捧げたあと立ち上がり、ティナリスへと振り返る。
「でも、そのために、こんな殺戮を、誰かを護ろうとした人を傷つけてまで行う歴史の修正が、正しい事だなんて思えません!」
 首を左右に振ったシフォリィは青い瞳を上げた。
「ティナリスさんが、グランヴィル小隊の皆さんが傷ついて、幼い子まで遺されて……
 ここで倒れた皆の遺志を無駄にしません! 神の国を、倒します!」
「……はい!」
 シフォリィの強い意思に同意するようにティナリスも確りと頷く。

 遺体の回収と諸々の手配を終え、作戦本部の一室でリゴールとグドルフは一息ついた。
 他には誰も居ない二人だけの会話。
「聖騎士(かれら)は、おまえの教え子だったらしいな、リゴール……母校で教鞭をとる立場になったとは、驚いたよ」
「そうだな、私の他にもレプロブスなんかも駆り出されていたようだが」
 懐かしい名だとグドルフは呟く。
 レプロブスとリゴール、それに『アラン』はアーデルハイト神学校の同期だった。
 その頃は明日を恐れる事も、過去を嘆くことも無く、幸せな今だけがあった
 もし、『アラン』が『グドルフ』にならなければ三人でグランヴィル小隊の子供達に教鞭を執っていたかもしれない。
「おまえの教え子たちは、立派だったよ。
 ……若き彼らを救えなかった。無力だ、私は」
 グドルフの言葉にリゴールは何も返せなかった。その罪をグドルフが背負うならリゴールもまた負うべきものなのだから。
「私は必ず、より力を得る。……遂行者どもは、私達の先生を贄としようとした。
 ……必ず滅ぼす。この手で必ず……」
 静かな部屋にグドルフの声が反響する。重く決意を込めた声。
 このような言葉は司祭ともなれば何度だって聞いてきたはずなのに、リゴールはグドルフに告げる言葉が見つからなかった。
 何を言えばいいのだ。止めればいいのか。
 行くなという言葉なぞこの男の前には無きに等しいというのに。
「……リゴール。死ぬなよ」
 それはこちらの台詞だとリゴールは眉を寄せた。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
水天宮 妙見子(p3p010644)[重傷]
ともに最期まで
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
ココロズ・プリンス

あとがき

 お疲れ様でした。
 皆さんのおかげでグランヴィル小隊の瀕死者を救うことができました。
 素晴らしい熱意でした。ありがとうございました。

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