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シナリオ詳細

<黄泉桎梏>穢雨の帳

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 豊穣郷カムイグラとは黄泉津と呼ばれた地に存在する独自の文化権を有する国家である。
 絶望の青のその向こう側に存在する小国には八百万(ヤオヨロズ)と呼ばれし精霊種と鬼人種が大部分を占め暮らしていた。
 その他の種と言えば、『神隠し(バグ)』で『外』より召喚された者が子を成した事等で少数存在している程度であるそうだ。
 また、この国家には神霊と呼ばれる黄泉津の大精霊が存在していた。
 信心深き豊穣郷の民達によって、健やかなる神霊達は歴代の元首に加護を与えた。特に黄泉津瑞神の名を有する第一の娘の加護は絶対的であり、その者の加護を受けた物が元首となるとも決まっていた。
 黄泉津瑞神の加護を有する人間を生神とし崇め奉る豊穣郷。
 その地が『特異運命座標』によって認識されていなかったならばどうなったか。

「簡単な答えよ。お前達は滅びたでしょう」
 聖女ルルは神託を降すが如く、そう言った。女が立っているのは此岸ノ辺。
 つまりは混沌における空中神殿より別たれた力を受け取る豊穣郷の要でもある場所だ。
「……」
 視線だけを動かした『巫女』のつづりは唇を引き結んだ。
 此岸ノ辺は通称をけがれの地と呼ばれている。豊穣郷では人々の抱く怨嗟や嘆きを『けがれ』として神々が受け入れ、瘴気を払い除けるとされていた。そのけがれを濯ぐのがこの場所で、そのけがれ祓いを担うのが彼女である。
「お前は一人で『けがれの巫女』の力を全うできなかった。
 忌まわしき双子。忌むべき獄人が双子として生まれたからこそ、お前は決して神霊のけがれを濯ぐ事は出来なかった。
 そうして黄泉津瑞神はけがれの本体となり、この黄泉津を滅ぼすに至るのよ」
「……もう、そんな未来はない」
「ええ、そうでしょう。だって、特異運命座標という者達が勝手なことをしたのだもの。だから、戻して上げる」
 つづりは唇を噛み締めた。幸いなことに、双子の片割れ、そそぎは希望ヶ浜に留学中だ。
 自分がもしも此処で命を落としたって、そそぎが――
「練達にも我らが神のご意志の遂行者が向かっているわ。……妹、無事だと良いわね」
 つづりの眸が見開かれる。大丈夫、きっと、きっと大丈夫だ。
「クスクス――美談になどに挿げ替えたって現実は変わらないわ。
 天香長胤は妻の蛍を殺害されたことで、獄人の差別を続けた? その前に無数の獄人があの男に殺害されていた事も忘れて、可哀想な男に飾り立てたものね。
 八百万は獄人を穢らわしい忌むべき生き物だと認識して居たでしょう。何をしたって良いって、酷い目にだって遭ったでしょう?
 その全てを天香家が許諾し、この国を牛耳っていたあの男が先導していたのにね」
 ルルは笑う。つづりは憔悴した様子で彼女を見た。
 ああ、確かに――天香家は『獄人の差別』を行なうべきだと掲げていた。天香長胤が『妻とその弟』を家に入れてから、多少の空気が和らいだとは聞いたが、それでも『妻となったからには天香の家の者だと彼女に対して意趣返し』を行なう者は存在したという。
(……恨むのは、わかる。セイメイだって、お父さんを、長胤様に処刑されたって言ってた。獄人だから……
 けど、それはもう終わった。賀澄が歩み寄るためにって、ずっと、神使とこの国をよくしてくれてる……)
 つづりは震えながらルルを睨め付けた。天義の聖女はころっと表情を変えた。
「ねえ、メチャクチャ睨むの辞めなさいよ。今日の私、かなり聖女度高かったでしょ?!
 まあ、こういう台詞って苦手だから全部ツロに用意させたんだけど。
 もうっ、サマエルとか居ないの!? マスティマでもいいわよ!? ちょっと、手伝いなさいよ!」
 苛立った様子のルルはやれやれと肩を竦めてから立ち上がった。
「と、り、あ、え、ず――見ていてあげる。今日の私は観客よ。素敵な未来がありますように」


「此岸ノ辺が?」
 豊穣郷の政(まつりごと)は八つの省庁が管轄している。それらを『八扇』と呼んでいる。
 その一枚、中務省の長である中務卿、建葉・晴明は眼前に坐する霞帝に問うた。
「ああ。帳が降ろされた。各地でも確認されている。これから暫くは襲撃が続くであろう」
「吾らも何かあれば出陣はする――が、その前につづりだ。此岸ノ辺にはあの子が居る。
 何かが起こっているならば、あの子を保護せねばならんだろう。別って居るな、晴明」
 霞帝の傍に居た黄龍は確かめるような声音でそう言った。中務卿という立場ではあるが諸国遊学にも出る事の多い彼は天義での一件を理解している。
 遂行者とは、豊穣郷を本来は存在してはならないと消し去るつもりなのだという。
 歴史に語られぬ裏側、本来ならば天香長胤は霞帝を眠りの呪いに付けたまま『巫女姫』と共にこの国を滅ぼしたと言う。
 無論、獄人の差別は引き続き行なわれ更に激化していくことだろう。妻を殺されたからだと長胤は声高に言うが、行なわれるのはそれ故に獄人という存在には何をしても良いという政治的な虐殺である。
「……その様な未来、許せる訳などありますまい」
「ああ。その様な未来ならばつづりやそそぎだけではなく、お前も殺されていたのだろうかな、晴明」
 霞帝の問い掛けに晴明は頷いた。己も獄人だ。白眼視されながらも父の代りに中務卿を務めてきたが、そうともなればその珠の緒も短かったであろう。
「……つづりを救いに参りましょう」
「ああ」
 晴明は唇を噛んだ。
 母の顔を覚えていないほどに幼い内に別れ、父は中務卿であった晴明は、『父親を長胤に処刑されている』。
 その理由も獄人である癖に口答えをするというのが大部分であり、謂れなき罪を背負わされたという。
 幼い晴明を保護するべく霞帝は中務卿に彼を据え、連れ歩いた。神霊達が彼を好いていると言えばその処罰の手も及ばぬからだ。
 あの様な事が正史だというのか。憎たらしいと晴明は唇を噛む。冷静を掻いていると自覚してから晴明は嘆息した。

 此岸ノ辺には帳が降りている、その内部に彼女がいる。
 双子巫女、その片割れつづり――
 彼女の傍には聖女ルルが居るだろう。彼女に危機があればつづりを殺されてしまう可能性がある。
 晴明はふと、霞帝の言葉を思い出した。
「どうやら、来ている遂行者の娘はローレットとも幾度か交戦経験があるらしい。
 交渉相手には出来るようで、今は彼女も此処で戦う意志はないだろうとの事だ。大凡、傷付けないし逃亡を見逃す代わりにつづりに手を出すなとでも言えば暫くの安全は担保されるだろう」
 ……随分と間抜け――いや、幼い相手なのだと晴明は認識した。
 だが、それだけでつづりの安全が担保されるならば。
 一先ずは神使に声を掛け、彼女を救わねばならない。
(――あの子は、家族だ。これ以上、家族を喪ってなど堪るものか)

GMコメント

 よろしくおねがいします。

●成功条件
 核たる『忌』の撃破

●失敗条件
 巫女つづりの死亡

●此岸ノ辺
 豊穣郷カムイグラの此岸ノ辺に降りた帳の内部。
 つづりを『遂行者』カロル(聖女ルル)が捕縛しています。
 彼岸花が咲き誇っており、異様な空間です。非常に重苦しい空気を感じます。
 けがれによるものなのでしょう。
 この空間では『現在存在するバッドステータスからランダムに2つ』付与されます。(BS回復可、抵抗判定も可能。無効系を保有している場合、無効化は出来ます)
 ※瑞兆の獣は自身と、配下の忌、聖女ルルに『加護』を与えているためこのバッドステータスの効果はエネミーには発揮されないようです。

●エネミー
・『忌』瑞兆の獣
 巨大なワールドイーターです。その姿は黄泉津瑞神にも酷似しています。
 どうやら核となるワールドイーターです。此岸ノ辺を走り回り、その身に呪詛を宿しています。
 加護としてダメージの反射能力などを有しているそうです。堅牢であることは分かりますが、その他の情報は不明です。

・忌獣 20体
 豊穣郷では獄人の迫害などにより呪詛が横行していました。酷い目に遭わせてきた八百万を呪おうキャンペーン。
 呪詛ではあやかしをとっ捕まえて夜半の時に切り刻み、そのあやかしの恨みを呪術として利用する方式が使われています。
 呪詛は『忌』と呼ばれるモンスターとなり、暴れ回ります。
 どうやら、行き場をなくし瑞兆の獣の為に動き回っているようです。恨み言ばかりを話しますが、言葉が通じているわけではなさそうです。

・『影の天使』 5体
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在――でしたがディテールが上がり『影で出来た天使』の姿をして居ます。
 カロルの自衛の為のエネミーのようですが……。

・『遂行者』カロル・ルゥーロルゥー
 聖女ルルと呼ばれる少女です。甘い桃色の髪に、金色の眸の少女。
 『神託の乙女(シビュラ)』とも呼ばれ、遂行者の中でも特に強い力を有していることが推察されます。
 見て居るだけです。これまでの接敵で判明していますが、めちゃくちゃお喋りです。めちゃくちゃ気易く話します。口が悪いです。
 かなり話す方ですので、交渉相手にし甲斐はあります。

●保護対象『つづり』
 双子巫女と呼ばれる此岸ノ辺の『けがれの巫女』。かたわれのそそぎは練達に留学しているため一人で巫女を全うしています。
 独り立ちできたのはイレギュラーズ(神使)のお陰でもあります。皆さんのおかげで一人で頑張っています。
 が、現在は聖女ルルに確保されています。めちゃくちゃ話して、なんならお菓子もくれるルルには困っていますが現在の身柄は安全のようです。
 どうやら忌が暴れ始め、力を付けて帳を定着するまでの人質のようです。

●同行NPC
 ・『中務卿』建葉・晴明
 豊穣郷の中務卿。つづりの事は妹のように可愛がっています。
 刀を駆使しての戦闘が可能です。其れなりには戦います。指示があればお願いします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <黄泉桎梏>穢雨の帳完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年07月10日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

サポートNPC一覧(2人)

つづり(p3n000177)
此岸ノ辺の双子巫女
建葉・晴明(p3n000180)
中務卿

リプレイ


 創造主は肉を下さった。創造主は骨を下さった。
 それは祝福である。わたしたちを肯定する為に、主は形を与えたのである。
 主はお造りになった全てに意味をお与えになったのだから。

               ――――使徒ハンナの手記 5節

 双眸を動かしてから、『此岸ノ辺の双子巫女』つづり(p3n000177)は緊張に身を固くした。
 天が降ろした『違和感』を真っ先に感じたのは彼女が巫女であったからに過ぎない。此岸ノ辺とは、即ち『神託の少女』の力をこの隔世と呼ぶべき黄泉津に届ける為の神域である。
 神域を守護することを定められた娘は世界の異変にもより早く反応した。この場に片割(いもうと)が居なくて良かったと心の底から感じたのも束の間、眼前には真白の衣をその身に纏った女が立っていた。
 それから、時間が経った。帳は世界を侵蝕し始めているが神使もこの異変には気付いた頃だろう。
 自らの身に危害が加えられるのではないかとつづりは警戒していたが言葉尻は強かったが、態度は軟化して見える『聖女』とそれとなく過ごせている可笑しな時間だけが流れていたのだった。
「あの……」
「あ、ルルで良いわよ。つづりだっけ? あんたも大変ね。
 役目に縛られるって最悪じゃない? 謂れもない事で糾弾されたり、奇跡を起こせと求められたり。出来るかっつーの。起きないから奇跡なんだわ」
 何故かつづりが戸棚から取り出した煎餅――『中務卿』建葉・晴明(p3n000180)が先日持ってきてくれたおやつだ――を囓っていたルルは「お茶美味しい」と嬉しそうに笑っている。
「あの……?」
「あ、つづりも座りなさい。ンな警戒しないでよ、私って結構良いヤツよ? まあ、ちょっと状況が変われば悪いおねーさんになるけど」
「悪い、おねえさんに?」
「まあ、そういう『使命』なの。分かって頂戴、あんたも『そう』でしょ」
 つづりは小さく頷いた。巫女である以上は彼女にとて信ずる神が存在しているのは確かだ。
 もしも、主神たる存在が牙を剥けというならば自身は何も顧みず聖女に刀でも構えて見せただろう。
「あ、悩んだ」
「……いえ、でも、分かるから」
「つづり、これも良い機会だから、刀でも学んどきなさいよ。私もね、色々学べって言われたものよ。
 使命を帯びるとか、立場があるとか、神に愛されるとか。最悪なの。そうやってね、人間って擦り切れて擦り切れて、気付いた頃には私じゃない誰かになる」
 女はそう呟いてから煎餅を口に放り込み立ち上がった。「来たわよ」と告げる彼女が指を鳴らせば『忌』達がさも『今までそうしていました』と言わんばかりに立ちはだかる。
「あんたと私はお友達ですらないけど、これも縁だから素敵な言葉を贈ってあげる。聞きなさい? 個人的なコメントだから!」
 聖女ルルの唇が動いた。つづりは目を見開いてから、小さく頷く。

 ――大切なさいね。使命を帯びた人間は、使い捨てられることが多いのだから。
   そうでないなら、あなたは屹度これからも生きていける。あなたの生きる道となる筈。

「つづり!」
 呼ぶ声に顔を上げてから唇がその名を呼んだ。結わえた榛の色。目を瞠るような鮮やかな緑眸。
 少年のように振る舞う、可愛らしいそのひと。『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)はその両眼を見開いて聖女ルルを見ていた。


 いずれは豊穣も狙われる。その片鱗はずっとあった。だからこそ、気がかりではあった――が、まさか『つづりが直接狙われる』とは、と風牙は感情を破裂させていた。
 此岸の辺へと向かうまでに、風牙は取り乱し一心不乱にその足を動かしていたのだ。
「クソが! ふざけやがってふざけやがって絶対許さねえぶっ殺してやる!! ああつづり、無事でいてくれ頼む神様どうかつづりを!!」
 その声を聞きながら『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は「つづり」と呟いた。
「遂行者……何を考えて居るのか分からないし、今までやって来たことを無かったことにされるのも随分腹立たしいわ。
 けど、それよりも。何よりもつづりに手を出したってのが許せない。急ぎましょう。あの子には思い入れがあるもの。無事に返して貰わなくちゃ」
 呟いたオデットに『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)が不安そうに傍らの晴明を眺めた。
 メイメイが見上げる晴明の表情は常と変わらぬように見える。だが、その眸は笑って等居ない。穏やかなひだまりのように心を温めてくれる彼の眸が昏い色をしている。
(……いけない。わたしも、冷静にならないと)
 すう、と息を吐いた。つづりは晴明にとって家族と呼ぶべき存在だ。獄人は家族を処刑されることも多いと耳にしていた。
 これ以上は晴明から何も奪わせたくはない。それがメイメイにとっての決意ともなる。
「メイメイ様」
 メイメイは呼び掛けられてからこくりと頷いた。『愛し人が為』水天宮 妙見子(p3p010644)の極めて怜悧な色を灯していた眸にも怒りが灯されている。
 腸が煮え繰りそうな心地であった。愛する豊穣の地に踏み入れた遂行者。苛立ちの儘に暴虐の徒と化すことは妙見子にとっても易い事だが――メイメイの不安そうな眸を見てから妙見子は僅かにでも落ち着きを取り戻すように息を吐いた。
「晴明様」
 呼ばれてから晴明が僅かに視線を送る。なんて冷たい色だろうか。
「晴明様、こっち向いて下さい」
 手を伸ばし頬に触れ、無理矢理に顔を動かした妙見子は「つづり様のこと心配ですよね、顔に書いていますよ」と母が子を叱るようにそう言った。
「貴方は一人じゃない。絶対に助け出しましょうね」
「そうです。……晴さま。大丈夫、つづりさまは、かならず……そちらは、お願いします、ね」
 晴明はぽかんと口を開いてから笑みを噛み砕き頷いた。中務卿という立場であると云うのに、イレギュラーズには教えられることが多いのだ。
「済まない。……共に参ろう。それに、妙に落ち着いてしまうのだ」
「ふむ、それは同感じゃな。中務卿」
 肘でこつりと風牙を突いて見せた『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は『自分よりも冷静でないものを見れば冷静さも保てよう』と笑った。
「そうでなくては我が逆上しておったかもしれんからのう。――ともあれ、落ち着け風牙よ。その顔ではつづりが怖がるぞ」
「……悪ぃ」
 ぽつりと呟いた風牙の手をぎゅっと握り締めてから『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は「大丈夫だよ!」と笑いかけた。
 わざわざカムイグラにまでやって来た遂行者。しかもつづりが――そう思えば焔も怒りを覚えた。屹度彼女は不安になって居るはずだ。急がなければ傷付けられる可能性だってある。
「けど、必ず助けられるよ。ボク達はそうやってきた」
「ああ」
 焔は硬く心に決める。つづりとそそぎ。二人にとって、新しく歩むべき道が定まったばかりなのだ。
 飛び込んだ此岸ノ辺で――
「つづりちゃん! 助けに来たよ! ……思ってたより元気そうだね?」
「あ、その……ルルと、お茶とおせんべ――もごもごもご」
 焔が拍子抜けしたように眺めたのはつづりに怯えた様子がなかったからだ。何事かを言おうとしたつづりの口を勢い良く防いでから「ご機嫌よう、悪しき歴史の者達よ!」と聖女ルル――カロル・ルゥーロルゥーはそれらしい言葉を吐出した。
「聖女ルル……! こんな場所にまで来たんだね。私達やこの国に棲まう人達の頑張りはなかったことにはさせないよ。今日も追い返してあげるんだから!」
「今日『も』って何よ、ヴァークライト!」
 猫が毛を逆立てるようにカロルは『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)を指差した。口から手が外されたつづりは『何故か恨めない性格をしているように思えた敵の聖女』の傍らにのんびりと腰を下ろす。
「あんた、確かに座って良いわよっていったけど、時と場所を考えなさいよ」
「あの……あとで、おせんべい、包む?」
「あ、悪いわね。って違うわよ。ああ、もう、良いわ。早くなさい、この子を殺されたくなければね!」
『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は出来の悪い『誘拐ショー』でも見ているかのような心地でカロルとつづりを見ていた。
(しかし……カロル、いえ、聖女ルルは『人間らしすぎる』位ではありますね……)
 アリシスの視線に気付いたか、ルルは自身の後方に巨大な鋏を造り上げる。魔力の奔流を感じ取ってからアリシスは身構えた。
「移動手段があるとはいえ、大陸各地への襲撃だけでなく遥か海を越えた先にまで……
 慌ただしいものです。随分と勤勉なのですね、遂行者というものは」
「ええ。それが神のご意志であらば」
「神の遂行者。蒙昧を導く光、導きの徒……神の使徒とは斯くあるべし、という所ですか。
 尤も。世界の全てを否定しようというのですから、その程度の勤勉さでは全く足りないのかもしれませんけれど」
 カロルはふ、と唇を吊り上げてから「進みなさい」と声を掛けた。影の天使達に連れられて踏み出す忌は、黄泉津に存在した呪詛が形を為したもの。
『豊穣の守り人』鹿ノ子(p3p007279)にも、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)にもそれは見覚えがあったものだろう。
「鹿ノ子殿」
「お任せ下さい。……どうぞ肩にでも。気休めですが、監視の代わりです」
 自身へと晴明が向けた信頼が天香家に連なる者への者だと気付いてから鹿ノ子はより強く黄泉津を守り抜かねばならないと決意を固くする。
 呪詛は、夜半に妖の身を刻みながら念じるものであるらしい。蓄積された妖の恨みが形をなし、人を呪うのだ。双眸へと映す忌まわしき呪い――それが、愛しい琥珀の生きる国に元来存在したものであることを感じればこそ、苦い思いが沸き上がる。
「根の国の呪術……また厄介なものを。察するに、元の素材は獄人ですかの」
 そう呟いたのは支佐手であった。八百万である支佐手は獄人等を処刑したことがある。この国に根付く差別意識は獄人と呼ぶ鬼人種達に人権を与えないというものである。その恨みが形を為したものであることは聡明な支佐手とて気付いて居たが――
「一昔前ならいざ知らず、この時代になんちゅうことをーーいや、『あるべき姿』に戻そうとしているからこそ、か。
 わしが言えた義理ではありませんが、斯様な真似を許すわけにゃいきません。宮様のため、大恩ある陛下と刑部卿のために、ここで終わらせましょう」
『宮様』はお優しく聡明であらせられた。しかし、その均衡が崩れたのも獄人と八百万の対立故である。それ故に、今だその心に燻る物があるが――今は、そればかりを気にしてはならない。
 護るべきけがれの巫女も、前を進む中務卿も『獄人』だ。
「晴明様! 皆様! お任せを致しました!
 この水天宮 妙見子はつづり様を帰して頂けるならプライドなんて捨てて土下座の一つくらい安いものです」
 それだけは叫んでおきたいと声を発する妙見子へと何故か反応したカロルは「土下座したとき、その尾っぽって重たいの?」と的外れなことを問うた。
「……ルルって、ちょっとおばかさんなのかなって思うけど、その方が話しやすいね。
 ルルと話したいことがあるんだ。良いかな? 目の前にまで向かわせて貰っても?」
 交渉を行なっておいた方が良い。つづりが彼女の手の内では安心して戦う事も出来まい。スティアが問えばルルは「武装を解除なさい」と告げた。
 つづりの手を握り、ぐっと引き寄せる。それが彼女の為せる保身であることは良く分かった。スティアは晴明と風牙に頷く。
「さて、ようこそ、カムイグラは此岸ノ辺へ。『聖女ルル』。ご来訪いただき光栄だ」
「ご機嫌よう。良いわね、聖女として扱ってくれるだけで嬉しくなっちゃう。お話、しましょうか」
 カロルは風牙にも『話すならば、武装を解除しろ』と視線を送った。つづりへの気持は溢れるばかり、だが、それを押せるようににっこりと笑った風牙はつづりに安心しろと視線を送ってから、武器から手を離した。


「……グラニィタ」
「はぁい」
 側に控えさせたグラニィタ=カフェ=コレットは彼女の言わんとすることに気付いて居た。
 あれだけあけすけに振る舞ってみせるカロルだが、何か『予想外の出来事』があればつづりを返さないという可能性もある。その時には、自身が気を惹いて彼女につづりを救出させるつもりだ。
 それだけの覚悟と、信頼を彼女へと抱いている。その背中で告げるクレマァダにグラニィタは目を伏せてからその身を隠した。
 聖女ルルと向き合うのはスティアと風牙、そして晴明だった。その肩には鹿ノ子の『おまもり』も同行している。
 風牙は己の心を諭されぬように――そう、幾らルルが対話を重んじていたとしても、いくらルルが『つづりに手出ししていない』としても、有用な存在だと見做されるとどの様に動くかは分かりやしない――息を吐いた。
「社の巫女とご歓談いただいているところ、大変申し訳ない。しばしの間害獣駆除のために御前を騒がしくします。ご容赦を」
「ええ」
「『巫女と共に、何事もなくご歓談を続けられる限り』、獣も、人も、貴女を害することはありません。どうぞご安心を」
「ええ」
 にんまりと微笑んだ風牙にカロルは頷いた。それだけか、と問い掛けるような視線を受け止めてからスティアは一歩踏み出した。
「私達はつづりさんの安全を保証してくれるならそれでいい。その代りの条件はちゃんと準備してるから。
 一つ、ルルが撤退するなら私達はそれを見逃す。一つ、ルルには危害を加えない。たったそれだけだよ。けど――」
 スティアは風牙が浮かべた笑顔とは対照的に『聖女らしからぬ』微笑みを浮かべて見せた。
「――もし、約束を守ってくれないなら風牙さんが地の果てまで追掛けるかも。宥めるの結構大変だったんだけどなあ」
 カロルは風牙をまじまじと眺める。唇をつんと尖らせた彼女は「ふうん?」と呟いてから頷いた。
「ねえ、ルルちゃんはさ、帳が定着して、ここを書き換えるまでの時間が欲しいんだよね?
 じゃあ、定着するまでは待てないけど、ある程度力をつけるまでは何もしない……っていうのも付け加えたらどうかな?
 帳を定着させられる可能性は高くなるし、これなら妥協出来ない?」
「あはは! そんなに大事なのね。良いわよ。私って良い子だから。
『象徴を大事にしているならば』それで良いわ。何だか、意地悪する気分じゃないもの」
 焔はほっと胸を撫で下ろした。カロルはスティアの提示した条件で満足したという事だろう。
 カロルは腰を下ろした。境内に座る白を纏う娘の姿は些か不似合いなものであるようにも思えたが、つづりは途惑いながら同じように腰を下ろす者だから風牙は虚を突かれる。
(……つづり?)
 視線を送る。つづりは小さく頷いた。あの時からの成長を感じる。怯えてばかりの幼い娘ではない――彼女は、真にこの地を護る巫女なのだ。
「やれやれ、この場所での戦闘は久しぶりだ。ま、あのときと同じようにするだけだ。同じように、な」
 風牙はより決意を固くした。嘗て、そそぎを助けたように。今回も必ずと。安心しろと言い聞かせようとした視線の先の彼女を見て安堵したのは自らの方だったのかも知れない。
「神の意志なんて馬鹿らしいと思うのだけど、それで誰が得をするのかしら、いるかもわからない神ってこと?」
 オデットの問い掛けにルルは「あら、気になるのね」と手を叩き合わせた。
「居るか分からない神ではないわ。神は存在して居る。御座すからこそ、私達はそのご意志を『遂行』するの」
 カロルの微笑みにオデットは「居る」と呟いた。鹿ノ子は「冠位傲慢」と呟いた。傲慢であるが故に、その存在は神であるとも称されたか。
「何がいいのかわからなくて結構真面目に混乱するのよね。あるべき姿に戻して、滅んで、ハイおしまいってこと?
 それの何処が良いの? 良さとか正しさがわからないからしっかり見せてもらいたいところだわ」
「それは勘違いとも言えるのよ。前提をお話ししなくてはならないわ。
 本来の創造主が我らを作り給うたのは世界を統治する為である。故に、意志を有して我らは斯くあるべきと語るのだ」
 カロルの言葉を耳にしながら、オデットは忌獣をも巻込むように周囲を漆黒に塗り替え行く。
 聖女らしく語らうカロルの言葉に耳を傾けながらアリシスは複数を薙ぎ払い、視線をくべた。影の天使はルルを護るように周辺に固まっている。
(どうやら、ルルも此方に必要以上の介入はしない、か――。条件提示は彼女にとって良き提案だったか。
 どうにも、聖女ルルは我々との直接対決を求めていないように感じる。まだ、その時では無いと言う事……?)
 アリシスの視線が揺らぐ。眼前より襲い来る忌は怨念をその身に纏い牙を剥く。それらは特異運命座標とカロルの間の約束は意味など無いかのように暴れ回るだけなのだ。
「人が人たらしめられるのはどうして? 意志があるから? 感情を有するから?
 何もない人間の形をしたそれは、人間とは言えないでしょう? けれど、本来の創造主は七つの欲望を罪とした。我らは廃棄された楽園の忌み子だった。
 ――だからこそ、楽園は『新たなる統治者』を求めた。身勝手な行いでしょう。感情を削ぎ落とし、傀儡となす為に」
「何を言って居るのじゃ?」
 クレマァダはカロルを眺める。語る女をまじまじと眺めるしか無かった。彼女が語るのは創造神話か、それとも、只の戯言か。
「そして傀儡は暴走を始める。本来は神域より出る事の無かった海の巫女を外へと引き摺り出した。そうでしょう、コン=モスカの祭司長?
 召喚されるはずのなかった貴方方は呼び出されてしまった。哀れにも、片道切符にされたのよ。違うかしら。旅人(ウォーカー)よ」
 カロルの瞳に怪しい色が宿された。そうか――彼女は。
「カロルさま……わたしは特異運命座標です。そう在るべくして、此処に在るの、です。それを、否定するのですか?」
「ええ。貴方方は本来は『呼び出されずに済んだはずだった』。異なる歴史は貴方達が現れたから――だって、そうならなければ、この世界は破滅に飲み込まれ終るはずだった!」
 メイメイはぐ、と息を呑んだ。豊穣に辿り着いたことも、晴明に出会ったことも、全部全部、無かったことだと告げる女に納得は行かないと唇を噛み締める。
「……貴女がどうして聖女って呼ばれてるのか考えていたんだけど……冠位の権能によって頌歌の冠から産み出されたのが理由だったりする?
 だから元の持ち主と同じように聖女って呼ばれてるし、その聖遺物の能力を使えるのかなって思った感じ」
 元の持ち主を写し取ったのか。いや、それをそのままではなく歪めたのだろうとスティアはそう言った。
「こんな聖女がいたら嫌だ」とぼやいた聖職者にカロルは目を丸くしてから「ぶっ飛ばすわよ、ヴァークライト」と唇を尖らせた。
「半分は正解、けど、半分は不正解」
「成程。概ねは納得しました。
『カロル・ルゥーロルゥーという故人を象ったアークの器』。それに宿った人格が貴女ですか?
 致命者に近しく、ワールドイーターにも近しい……けれどどちらでもない『そうあるように作られた』者。
『そうあるように作られた』命が宿す意思において、与えられた『あるべき』から受ける影響とはどの様な感覚なのか。純粋に興味はありますね」
 アリシスはカロルを眺めた。カロル・ルゥーロルゥーという存在を象ったアークの器――その器こそが『頌歌の冠』と呼ばれた聖遺物か。
 ならば、半分正解というのはその人格はオリジナル。姿と、そしてその聖女であったというすべてだけを得た『頌歌の冠』が初めて得た人格がルル。
 だからこそ、彼女は頑なにカロルと呼ばれる事を是とせずルルと名乗ったか。本来のカロルに同化できなかった紛い物。
 ――その内部には『カロル・ルゥーロルゥーの感情』も持ち合わせて居るとでも言う様な。
「恨み言よ。私は、おまえたちが呼び出されなければ、世界を救うなどと戯言を垂れなければ、産まれなかった。
 産み出されなかった。もう二度とは目覚めなくて済んだのに。……まあ、いいの。終れば全て、お終いでしょう。さあ、遂行しましょうか」
 カロルの唇が揺れ動いて、笑みを形作った。遠吠えが響き渡る。
 神逐(かんやらい)の刻よ、来たれり――本来の豊穣へち戻すが如く。


「ほれ、こっちじゃ。憎いんじゃろう、おんしらを虐げた八百万が。
 おんしらの仇は、ここに居る! 恨みを晴らすんでありゃ、今を置いて他にないぞ!」
 堂々と支佐手はそう叫んだ。火明の剣をその手に握る。神の化身ともされた蛇はするりと姿を現し剣へとその身を委ねる。
 雷は、天の叫び。守給(まもりたまえ)と唇に乗せれば、その信仰に応えるが如く坐す神の怒りが下る。
「ところで、あれはカロルさまがお創りに?」
 メイメイにとって、不愉快であったのはそれが瑞神を模していたからだ。不愉快だと眉を顰めるメイメイの祈りは風となり薫る。
 常磐を結わえたその蜻蛉玉を揺らがせて唇を震わせた。瑞神を模したのはこの地で一番に強いけがれを内包していたからだろう。
「……恨みの連鎖は、もうおしまい、です……! 瑞様だって、こんな事、望んではいらっしゃらない……!」
「しかし、黄泉津の主神をそうしたのは我々であるのは確かなこと」
 呟く支佐手にメイメイが渋い表情を見せた。そうだ、八百万と獄人の禍根がこうして神をも苦しめた。雁字搦めになり、土地を滅ぼし再誕を求めた神の慟哭が耳を突く。
「ッ――来なさい瑞兆の獣! 九尾の狐が相手になりましょう!」
 妙見子は叫んだ。脚が竦む。あれが、『黄泉津瑞神』を、この黄泉津に根付いた信仰の形であると耳にしたときに感じてならなかったのだ。
 神は信仰で姿を変える。喪い、恨みを覚えれば自らだって『ああなる』時が来るかも知れない。心が震えた。
(いいえ、……『彼女』と相対せねばならない。私は……ッ)
 妙見子は瑞兆の獣と、そう呼ばれた忌を受け止める。
「任せるぞ!」
「オッケーだよ!」
 スティアがひらひらと手を振れば風牙は頷き、妙見子が向き合う瑞兆の獣へとその脚を進める。霊鳥の羽ばたきが全てを薙ぎ払うが如く。
 朱に染まった運命をも斬り伏せる彗星の如き火。風牙が振り返れば焔は頷いた。スティアが引付けてくれている間に、全てを薙ぎ払えば良い。
 炎神の血統たる娘は友人を護るが為にその剣のうをん僅かながらにでも再現する。神の炎よ、全てを浄化せよと願うが如く。
 華やかな衣をその身に纏い、移ろう花々の如く、炎はその身に僅かに宿した神威を振り上げた。
(つづりちゃんを護る為――!)
 オデットは仲間達を支え続ける。黄泉津瑞神に似ているからに声を掛ける事が出来るのではないか――そう考えたが恨み嫉みによってその姿を害された瑞兆の獣の声音はぞうと地を這うようにオデットの脳を揺さ振った。
「本当に酷い。これが、瑞神の在るべき姿だというの? 神逐だって、望んだものではなかったでしょう……!」
「誰もが望み通りにはならないということなのでしょうが……ええ、受け入れるには余りにも歪でしかない」
 アリシスの渋い表情にオデットは頷いた。ああ、だって、豊穣は自身等が守り抜いた土地なのだ。支佐手が言う様に『この地に本来存在したもの』だったのだろう。
 その禍根は拭い去ることは出来ず、人間が意志を持ち感情を有し欲望を存在させたからこそ、神霊をも斯うして害したとしても。
(私達はそれさえも、拭い去れたはずだもの――!)
 睨め付けたオデットの眸に応えるように、鹿ノ子は地を踏み締めた。花を散らすように、舞うように。
 艶やかな一閃は只の一度では終らない。二、三と重ね絢爛なる吹雪と鳴り続ける。
 スティアの元からすり抜けた一匹へと相手取る。鋭く叩き着ける刃は韋駄天の如く疾く駆けた鹿ノ子の刃の前に倒された。
「晴さま……!」
 呼ぶメイメイに「メイメイ、安心して呉れ。俺は大丈夫だ」と晴明が返す。頷いたメイメイの薫風の気配。
 後押しされるように 妙見子は獣と相対した。
 決意は胸にあった。破壊の衝動へその身を委ねることはないように。
 この場の全てを受け止めるだけの奇跡が欲しかった。それに耐えうるだけの体が欲しい、体が砕けたって良い。
 妙見子の決意を前にして、カロルの唇が揺れ動く。
「馬鹿な子ね」
 顔を上げた妙見子と鹿ノ子はカロルの浮かべた悲痛な笑みにはっと息を呑んだ。それは嘲るのではない、どこか、困ったような、慈しむような笑みをしている。
「今じゃないわ。おまえは、愚かに命を捨てるつもりなの?
 愛しい人を護るというならば、来るべき終焉に備えなさい。私如きで、簡単に奇跡に何て頼るもんじゃないわ」
「……何を言って居るのですか、聖女ルル」
 妙見子はただ、真っ向からカロルを見詰めた。その眸がかち合えば聖女は『それらしい顔』を作ってから笑う。
「おまえが此処で死んだとて私に手出しをしないなら、おまえの大切な者は耐えず危機に晒される。
 命を惜しむのはばかものよ。けれど、惜しまなさすぎるのも愚かになる。おまえは――どうしたい?」
「……貴女などに言われなくとも!」
 妙見子は叫んだ。ああ、そうだ――彼は、まだ此処から先を生きて行く。
 鹿ノ子と同じように、愛を胸に只、この地を護ると誓わねばならないのだから。
「鹿ノ子様!」
「信じていますよ、妙見子さん! 僕もいます! 愛する豊穣のために、絶対に諦めないでください!」
 ――ああ、皆よ。どうか、どうか、彼方より流れ着いたあの煌めく星に力を貸して欲しい。
 豊穣に棲まう人を愛するならば、護りきれと告げる遂行者の言葉の通り、世界は何時か未曾有の危機に晒される。
 挫けることなく、鼓舞を送る鹿ノ子に背を押され、ぐしりと滲んだ血を拭った。
 反論するのは風牙の鋭い声音だった。来るべき未来など、此処には必要ない。
「滅びる運命? あるべき未来?
 笑わせんな。 オレ達の未来はオレ達が決める! この先もな!」
「どうだか!」
 カロルの声音にクレマァダはぎろりと睨め付ける。これも有り得たかも知れない未来。ああ、分かる。
 ならば、そそぎは?
 ――そそぎは、どうなったのか。
 あの日のことが脳裏に過る。双子。忌むべき存在。そればかりが過ぎ去ってからクレマァダは歯噛みした。
「くそ。何が本来あり得た世界じゃ。都合の良いことばかりさえずりおって。
 貴様らはイレギュラーズの行いで全ては良く収まっているような言い方をするが……ならば我の姉を返せ。
 たら、ればの話をするのならば、犠牲になって散っていった我らの仲間の命とて、本来ならば散らずに済んだものなのじゃろう?
 それは都合よく見なかったふりをするのじゃろう、どうせ」
「ええ。だって、『おまえの姉は、召喚されなければそんな場所に踏込まなかった』ではないの?
 それはおまえたちの所為ではないの。私達は滅海竜に手出しなどしない。おまえたちが勝手に手出しをした物ではない!」
 カロルはさも当然であるかのようにそう言った。クレマァダは唇を噛み締める。
 正しい世界。それは何か。『豊穣郷は見つかる筈がなかった』『地図にはないはずだった』というのは、絶望の海を越えていないという事か。
 クレマァダは祭司長の儘であるべきだった、と。カタラァナは唄を歌い過ごすべきだった。特異運命座標になど――
「下らぬ! そんなざまでよく正しい世界などと囀る。
 我らも貴様らも同じものじゃ。己の為したかった未来を掴み取らんとするただのヒトじゃ。それを、己ばかり正しいように宣うのが気に入らん」
 クレマァダが吼えた。カロルは応えない。動かない。
 カロルを視線の端に捕えたまま、妙見子が相対する獣へと支佐手は一撃を投ずる。
 己は八百万だ。この黄泉津に生きる者である。
 宮様の為。
 嗚呼、確かに。『神使』が踏み入れなければ八百万にとっての平穏は約束された。だが、それが黄泉津の良き未来と呼べるものか。
 支佐手は呪詛をも全て払い除けるが如く、浄き一刀を以てその全てを振り払った。

 しんと静まり返ったその空間で影の天使を連れていたカロルがぱちぱちと手を叩く。
「お終いね?」
 その言葉を皮切りに槍を構えたまま風牙は作り物めいた笑みを浮かべて見せた。僅かな苛立ちを浮かべたクレマァダを見詰めてからカロルは「こわぁい」と唇を揺れ動かした。
「さて。聖女ルル。お帰りはあちらです。
 この度はご足労、ありがとうございます。次はこちらから伺わせていただくので――首洗って待ってろ」
「おまえの大切なつづりを殺されたくなければ最後まで口に気をつけなさい?」
 カロルの眸が怪しい色を灯した事に気付いて風牙は身構えた。
 メイメイはぎゅ、と手を組み合わせる。だが、剣呑な空気も直ぐに掻き消えてルルはゆっくりと歩き出す。
「ねえ、つづり――」
 ぽつりとルルが零した言葉につづりは目を瞠った。詰らなさそうに膝に頬杖を付いて眺めて居た遂行者は眼前の忌ばかりを見詰めて目を伏せる。
「ま、言っても詮無い事ね」
 立ち上がった彼女はすたすたとイレギュラーズの前へと歩み出た。手出しをしてはならない。赤い糸がつづりの側に漂っていることに気付く。
 あれだけ近くの距離に居たのだから、何かの細工を為されていたとて仕方が無い。
「ルル」
 つづりは呼び止めた。焔は戸惑ったように「つづりちゃん」と呼び掛ける。
「……おせんべい、持って帰ってもいいよ?」
「あら、どうも」
 くすくすと笑い、遂行者の姿は帳と共に消え失せる。
 その後、その場に残ったのは常の通りの此岸ノ辺と、呆然と立ち竦んでいるつづりの姿だった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

水天宮 妙見子(p3p010644)[重傷]
ともに最期まで

あとがき

 お疲れ様でした。
 神逐より時間が経過してつづりも随分と大人になったように思います。

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