シナリオ詳細
<くれなゐに恋う>幕間 導くもの、灯すもの
オープニング
●喪失
愛しい人が亡くなった。
悲しくて、苦しくて。
溢れる涙は止まらなかった。
恋しくて、切なくて。
ただ、あなたを想っていた。
その間にも太陽と月はぐるぐる巡った。
ああ、今日もあなたの居ない世界に日が昇る。
●モザイクな心
月の王宮での一件から数日たった頃、フードを被った少女がローレット・ラサ支部へと訪った。
砂よけのフードを後ろに落とせば、覗くのは白い髪とチョコレート色の肌。
「こんにちは、イレギュラーズの皆様。アタシはサマーァ・アル・アラク。アルアラク商会に連なる者です」
アルアラク商会の孫娘として先日のお礼をと頭を下げたサマーァ・アル・アラク(p3n000320)は、それからと続けた。
「今日からはローレットの冒険者にもなります。……先輩たち、よろしくね」
勝ち気のルビーダイヤモンドの瞳は光を宿しており、知った顔を見つけるとニッコリと笑った。
「サマーァちゃん、その姿……っ」
「あ、フラン。似合う? お姉ちゃんの服なの」
衣服を摘んで見せるサマーァの姿に、フラン・ヴィラネル(p3p006816)が眉を寄せた。
「……サマーァ様……」
ハンナ・シャロン(p3p007137)も痛ましげに眉を寄せ、やっとサマーァはアッと気がついた。
「待って待って、そんな顔しないで。アタシ、悲しいからそうしてるとかじゃないから」
姉を亡くした事で、アルアラク商会の後継者がサマーァになったこと。
そして商会の商人を纏めるためにもそれなりの姿勢が必要なこと。
今はまだ勉強することが山程あるから、憧れの姿を真似て形から入っていること。
「アタシ、全然後ろ向きじゃないよ」
「……そうか」
「あっ、アルヴァ。アルヴァもありがとう」
決して憎しみに囚われない。アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)との約束はちゃんと守っているよとサマーァが明るく笑う。
「お姉ちゃんのことで悲しくならないかって言うと嘘になるよ。でもね、アタシはいつか『お姉ちゃんと会える』から」
死者は生き返らない。けれどもサマーァの近しい血族の風習では、死は天国で故人と再会できるまでの一時の別れに過ぎない。再会した時に会えなかった間のことを話さないといけないから、クヨクヨなんてしていられないよとサマーァが拳を握った。
「流石はサマーァ殿。シャムス殿の妹御であられるな」
「うん!」
「お前の姉ちゃんも見てくれていると思うよ」
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)と新道 風牙(p3p005012)に「でしょー」っと笑って返したサマーァは、アタシの近況はこれくらいかなっと一度話を締めくくる。
「サマーァ様」
「あ、うん」
もうお話はよろしくて?
少し外で待って貰っていた、獣種の少女が顔を覗かせる。入って入ってと手招けば、ローレット内に甘い香りが広がった。
「ごきげんよう、ローレットの皆様」
獣種の少女――アラーイス・アル・ニール(p3n000321)は、「一番多くお会いした方ですと、五度目ましてでしょうか?」と首を傾げた。二度はローレットで、サンドバザールで、そして彼女の店で。
「今日はね、挨拶と」
「お誘いに参りましたの」
言葉を引き継いだアラーイスへ「ね」とサマーァが笑った。
「タルキッシュランプって知っている?」
「たるきっしゅ……?」
「伝統的なモザイクランプなのですよ」
首を傾げたあなたへ、アラーイスが微笑み答える。
モザイクランプとは菱形の硝子片を柄となるようにランプシェードに貼り付けた、カラフルな見た目のランプのことだ。
「わたくしは硝子職人とも懇意にさせて頂いておりますので、ランプ作成が可能な工房とも付き合いがありますの」
アラーイスと付き合いのある硝子職人は香水瓶を主に作っているが、それ以外も当然作っている。
「アラ、作成もできるの?」
ハァイと手を振ったジルーシャ・グレイ(p3p002246)へ柔らかに笑みを返したアラーイスが「ええ」と顎を引く。
「自分だけのランプ……それから、自分で作成したランプを贈り物に……なんて、素敵だと思いません?」
ちらりと視線が向かうのは、耳をピルピルと震わせたメイメイ・ルー(p3p004460)の元。『誰か』のイメージのランプでも、自分イメージのランプでも、どちらも良いだろう。
「工房にはたくさんのランプが置いてあるから、勿論購入だって出来るよ」
そこは建物がふたつあり、工房と店舗を有しているのだとサマーァが説明した。
たくさん並ぶモザイクランプは、点灯していても点灯していなくとも美しい。購入しなくとも見て回るだけでも楽しいはずだよと告げたサマーァは、お世話になったみんなに楽しくなれるようなお礼がしたいのだ。
「ラサではよくある物だけど、他国の人や旅人も多いローレットの人たちは持ってない人もいるんじゃないかなって思って」
だから、どうかな?
サマーァが髪を揺らし、あなたを見た。
「アタシたちとランプ工房へ行ってみない?」
- <くれなゐに恋う>幕間 導くもの、灯すもの完了
- GM名壱花
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年06月23日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC1人)参加者一覧(30人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●一等星を探して
ランプの明かりを楽しむためか、店舗は奥に行けば行くほど暗く、洞窟の中へと踏み入れたよう。入り口付近には明かりの灯っていないランプが並び、奥へと向かうたびに灯るランプが増えていく。
明かりを切り分けるように、また優しく覆うように天井からは薄布が弛みながら垂れ下がり――上ばかりを見つめ過ぎていてはいけない。コツンと爪先で硬質な音が鳴ったなら、床へ置かれたランプに足が触れた証。気をつけてと店員兼職人にやんわりと注意され、「ごめんなさい」と『刹那一願』観音打 至東(p3p008495は素直に謝った。
(バーガンディが一番好きなんですけど)
そういうランプがあればいいとは思うものの、暗いトーンの色は『明かり』という特性上難しい。ガラスがその色だとしても映し出される色は、もっとずっと明るくなるのだから。
(ここはひとつ色々の『色』に目覚めるもの悪くないでしょう)
彩りに溢れたランプの明るさと、その他の暗さのアンバランスさ。まるでお祭りの日の夜のような気分を味わいながら、至東はランプを見て回った。
(深い青色に星や月をのは……)
星の黄色と赤、三日月のフレーム。具体的なイメージを元にぶらぶらと『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)はランプを探した。
深い青となると、やはり暗くて。なかなか目には止まりづらいし、明かりとしての役割から離れてしまうから、個数も少ないのだろう。暗い色を取り入れているものの多くは、どうしても周囲が白等の明るい色が多い。
「夜をイメージしたランプはあるデスか?」
「それなら、こちらかな」
店員が勧めてくれるのは青と水色が交互に並ぶもの。けれども明かりを灯せば、その空間は青へと飲まれた。
――改めてよろしくな、サマーァ。困った時は遠慮せず頼ってくれ。
とは言ったものの、と『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)はひとり眉を寄せていた。
弱音を吐きたくはないし、前を走るイレギュラーズで在りたい。
けれどもアルヴァの身体は段々と『削れて』いく。
既に五体満足ではなく、パンドラも擦り切れて、正直いつ駆けられなくなるかも解らない。
手作りの贈り物をしようにも――片手で出来る事は限られる。
「大人の女性に好まれやすいランプってどんなのだろうか?」
「まあ。恋人への贈り物ですか?」
頬に手を当てたアラーイスが、三角の耳をピンと立てた。蜜色の瞳がきらりと輝いて、続きを促してくる。
「……好きって言う勇気がないんだ。言った瞬間、消えっちまう気がして」
「まあまあまあ。お相手はどんな方なのでしょう?」
「俺よりずっと大人びていて」
「ええ」
「いつも俺を心配して、叱ってくれて」
「あら、うふふ」
「こう、俺が全然素直になれないというか……」
「まあ! それでアルヴァ様はお困りと!」
(ってあれ、何か恋バナみたいになってないか?)
アラーイスは尾を揺らしながらなるほどなんてうんうんと頷いている。
「んだよ」
「いいえ、なんでもありませんわ。先日買い求めた香水と同じ方でございましょう?」
「……う」
アルヴァは言葉を詰まらせてしまうが、こういった時のアラーイスは非情に頼れる存在だ。でしたらと、彼女は大人っぽくも愛らしいランプを選ぶだろう。
「あっ、アルヴァ。いいの見つかった?」
「今日は呼んでくれてサンキューな。ま、いいリフレッシュになったぜ」
「そっか、良かった」
明るく笑うサマーァに、思うところはたくさんある。けれども言葉にはせず、ひとつだけの手をサマーァの頭へと置いてくしゃくしゃにしてやった。
●わたしだけの
「さ! まー! ぁ! ちゃーん!」
「わー!? わっ、なに、えっ、あ、フラン!?」
ドーンっとタックルしてきた『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)にぎゅうぎゅうされて、サマーァは目を丸くした。
「フラン、手……」
「うん! えっへへ、後遺症なし! あたしはちょー元気だよ!」
よかったと零したサマーァの瞳が瞬時に潤んだ。
「今日はそういうのナシナシ! 皆と楽しく過ごそうね!」
「ぐえっ」
強くぎゅうっとすれば「手加減して下さい先輩……」と細い悲鳴が上がった。
「フラン、サマーァが潰れてしまうよ」
「ウィリアム……!」
「やあ、サマーァ。眩しいくらいに明るいね」
「アタシはいつだってお姉ちゃんが照らしてくれるからね!」
フランにぎゅうぎゅうされているサマーァへと近寄った『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)が声を掛ければ、パッとサマーァが笑う。思えば彼にも沢山世話になった。サマーァにとってもお兄さん的存在だ。会えて嬉しくない訳がない。
末娘のライラもすぐにサマーァへと近寄って、挨拶をし終えたら皆で作ろうという流れとなった。
「お誘いありがとうございます、アラーイスさん」
サマーァは囲まれてしまっているからとそっとアラーイスへと先に挨拶したのは『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)。
「まあ、美しい羽の方。ごきげんよう」
「先日は良い香りの香水をありがとうございました」
眠れないという悩みへの提案も嬉しかったと目尻を下げれば、お役に立ててよかったですとアラーイスが微笑んだ。
「効果はありまして?」
「ええ。今でも使っていますし、前より安心して眠りにつけています」
「幸せな眠りへの助けが出来て光栄でございます」
すかさず「手持ちが無くなる前に是非また当店へ」と誘う商売人の逞しさにチェレンチィは肩の力を抜いた笑みを浮かべていた。
「何にしようかなー。フリークライは何にするか決まった?」
「ン。イメージスルノハ 主」
体の大きな『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は、皆の邪魔にならないようにと自分から作業スペースのすみっこへといってくれている。だからサマーァは「皆は作業しててー」と賑やかな輪から抜け出し、彼の元へと向かった。
「主さん……フリークライがお墓を守ってる人のことだよね?」
聞いても良い?
ランプの灯りのような穏やかな声が問うてくる。
「主 スゴイ科学者。細カイ作業 得意ダッタ」
「科学者ってことは、フリークライのお父さんかお母さん?」
「ン。ソウ カモ? フリック ヨク解ラナイ」
フリークライの手は大きくて、主のような器用さはない。でも、細かい作業は嫌いじゃない。サマーァがフリークライの指では難しいかなとピンセットを手渡せば、まるで『わたしたちも手伝いましょうか?』と言わんばかりに小鳥が鳴いた。
瞳をチカチカと光らせて、フリークライはサマーァを見る。
サマーァは笑顔を浮かべているが、悲しみはまだ彼女の中に残っていることを察していた。
「思イ出 悲シイダケニシナイ。大好キナヒト 想ウ 辛イダケニシナイ。ソレガ 死 護ルトイウコト。死者 護ルトイウコト」
「うん」
知っているという表情をする少女は既に、少女の中での答えを見つけている。
「サマーァ。君ハ今モ シャムス 護ッテル」
「うん。ありがとう、フリークライ」
サマーァは少しの間、フリークライを手伝った。
「僕はこちら側に」
ガラス片の載る作業台を前にして、『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は自然な動きで『ただの人のように』リンディス=クァドラータ(p3p007979)の『喪われた腕側』の椅子を引いた。勿論此処まで来るまでの間も、彼の位置はそちら側。リンディスが不便を感じないようにと自然に気配りを出来るのがマルクという男である。
「何の形にしようか」
「そうですね……」
リンディスの片手がガラス片を摘み、紙の上に形のような物を並べていく。ランプは読書部屋に置こうと思うからスタンド型。では柄は……と考えると、なかなか難しい。
ふたりの指先は、ラサでの記憶を辿るようにガラス片の上を彷徨う。
たった数ヶ月で、ラサでは沢山の出来事と――犠牲が出た。
(シャムスさんは、本当にああするしか無かったのか)
(もっと早く、博士を止められていればこんなに犠牲になる人たちはいなかったのかもしれません)
もっと救えたかもしれない。
もっと違う道があったのかもしれない。
(……兄さまもあんなに苦しめなくて済んだのに)
つい気持ちが沈んでしまい『かもしれない』ばかりを考えてしまうが、全て詮無きことだ。それらはもう過ぎたことで、後悔というものは歩んだ道にしか抱かない。
「……腕は、戻らなかったんだね」
「腕は……そうですね、ちょっと寂しいですけれど」
眼前で散った結晶化したリンディスの腕の映像は、目を閉じればすぐに浮かんでくる。其れほどまでにマルクには衝撃的な瞬間だった。烙印を消す薬で戻ってくれれば或いはと、不可能に近い願いと知りながら祈ったけれど、現実はハッピーエンドで終わる物語ではない。
「……けれど、きっとこれでいいのです」
「そう……」
リンディスには覚悟あってのことだ。受け入れている。けれどマルクには苦さだけがいつまでも胸に満ちる。守りたいものを守れなかったという現実は、あまりにも辛い。
「……私は、もう記録は出来なくなりました。ですけれど、兄さまはきっと記録者として世界を歩んでいくと思います」
「僕は君が、記録者に戻れないとは思わない。だって、誰もが自分の物語を持っているのだから」
ぺたり、ぺたり。ガラス片を摘み、ランプシェードへと貼っていく。
世界が物語だというのなら、きっと世界は様々な物語を蒐集した一冊の大きな本なのだろう。
けれどもそうならば。このランプのように作り上げることができるはずだ。
ひとつひとつのガラス片が物語で、集まり、ともに煌めく。
誰かの物語がまた誰かの物語を照らすのだ。
「一緒に探そう。リンディスさんには、僕の物語も見届けてほしいから」
「"この世界に生きる、リンディス"として。良かったらマルクさんも、探すのを手伝ってくださると嬉しいです」
笑みを向ければ「勿論」と優しい笑みが返って。
接着剤が乾くのを待って明かりをともしたのなら、これもまたふたりのひとつの物語となるだろう。
「今日は贈り物でなくてよろしかったのでしょうか?」
「えっ、と……」
自分のを作るのだとスタンド式を選んだ『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)に、アラーイスが真っ直ぐに切り込んできた。
「ま、まずは自分の物を、作ってみようかな、と」
「『まず』という事は『後から本番がある』ということですわね?」
「あわわわわアラーイスさま……っ」
耳をプルプル、突き出した両手をパタパタ、顔を真っ赤。けれどもメイメイは「……はい」と蚊の鳴くような声で肯定をした。嘘は苦手。それに、吐いたところでアラーイスにはバレてしまうだろう。
「あ、あの、アラーイスさまのお好きなお花はあります、か?」
ガラス片へと指を伸ばす前に、メイメイは尋ねてみる。今日の思い出に、アラーイスと自分の好きな花を並べたデザインにしたいのだ、と。
「わたくしは蓮を好いております」
アラーイスの指が額の花钿を指差す。自身のランプにもいれるのだろう、彼女の前にはピンク系のガラス片が多く集まっていた。
「メイメイ様は?」
「私は薔薇にしよう、かと……故郷に咲いているのです」
衣服にもよく入れるのだとスカートを摘んで見せれば、まあ素敵と声が返って。
けれど、「でも」と言葉が続いた。
「薔薇は難易度が高いかもしれませんわ」
「そう、ですよね。でも、がんばります!」
「わたくしもお手伝いしますね」
アラーイスはにっこりと笑み、ふたりは並んで作業に没頭した。
「雪の結晶型や……猫型が良いんじゃないか」
「……良いかも。ありがとう、銀路さん」
一緒に来た灰鉄 銀路に言われ、『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は嬉しげにみゃーっと鳴いた。見た目で誤解されやすい銀路は皆に紹介済みだから、彼がぶっきら棒な物言いをしたって祝音を案じる者は居ない。
簡略化した猫と、雪だるま、それから灰色のガラス片でステッキのような形。菱形のガラス片で作るにはどれも難しくて、四苦八苦。
「……同行者、俺で良かったのか?」
頑張って作っていれば、少し気遣うような……そんな声が傍らから聞こえて祝音は首を傾げた。
「銀路さん? ……うん、銀路さんと一緒に作りたかったから」
そうかと言葉を零す銀路は片手がボールで塞がっているから、祝音よりも作るペースがゆっくりだ。
彼が何故そんな問いをしてきたのか、実のところ祝音は気付いていた。
『再会した姉とじゃなくて良かったのか?』
銀路はそう問いたかったのだろう。
彼は、迷っている。
(……僕から離れるかを……)
隣り合って一緒に作るこの時間がもっと続いて欲しくて、祝音の手の動きはゆっくりにした。片手で作業する銀路と同じくらいのペースだから、きっとちょうどいい。
「出来、た」
それでもその時間は、完成という形で終わりを迎える。
そこからは最後の仕上げ。台座の真鍮に文字は書けないから、頑張ってヨレヨレの文字をナイフで刻む。『祝音・猫乃見・来探』って書きたかったけど、何とか刻めたのは『祝音』のみ。けれど、銀路が付けてくれた大切な名前。
「この先何があっても、記憶を全部思い出しても……僕は、祝音だよ」
本来の名を知ったとしても、祝音はずっと、祝音。
あなたが願いを籠めて付けてくれた名前が僕の名前。
「……ありがとう、祝音」
祝音の大好きな『お兄ちゃん』が声を震わせたから、祝音はみゃーと笑った。
「なんだ、でけえのは作れねえのか」
そんな声を上げたのは、『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)。
事前に告げられているとは思うが、作成できるのは皆同じサイズのパンプキン型だ。
「まあ太陽みたいなやつにするか」
故人を思って作る予定の牡丹は手元に赤や赤茶のガラス片を集めていく。これで花模様を作って、それから――
「あー、日傘の要素もほしいな」
日傘は何色にしようか。指が彷徨った。
「白だな」
青空に映えるような白がいい。残りの部分は青と水色のビーズで埋めようか。
(サマーァらはどうしてるかねえ?)
作業スペースにいるはずだと視線を動かせば、遠くの席で作成しているのが見えた。真剣な顔で、他のイレギュラーズたちと時折話しながら作業をしている。近くに居る人達の中では器用な様子だが、デザインは少し悩んでいたようだ。
(おせっかい焼くようなガラじゃあねえしな)
大丈夫そうならいいと視線を逸らして、その隣。
(あれは確か……あー、フラン。そうだ、フランだ)
明るい満面の笑顔でサマーァと話したり笑い合っている姿は『大丈夫』そうだ。
(死は一時の別れに過ぎない、か)
ガラス片をランプシェードにくっつけながら、サマーァの言葉を思い出す。
(そうだな。アイツも先立った奴らに会えてるといいな……)
存外、同じ時期に旅立った者たちは天国で会えてるかもな。
そんなことを思った。
指先は白いガラス片を掴み、故人がいつも差していた日傘に似るようにと並べた。出来は……上々だろう。
モモの顔も思い出す。
シャムスの顔も、泣きじゃくっていた『シャファク』の顔も。
(皆、天国で幸せに暮らせていたら良い)
最後のビーズを付け終えて、いつの間にかランプは完成していた。
後は接着剤が乾くのを待てばいいだけだが……。
「さあってと! 帰ってランプを吊るそうかね!」
随分と広くなってしまった部屋に早く飾りたくて、牡丹は工房を後にした。
「アラーイスさまは、流石にお上手です、ね」
「ええ。わたくし荒事は苦手ですが、こういったものは得手でございまして」
「あの、……少し、お手手に触れでも良いですか?」
魔法の手みたいだからご利益を、なんて願えばアラーイスが驚いた顔となる。
「まあ。メイメイ様ってば……今のはとてもよろしいかと」
「……え?」
「好いた方の手に触れる口実にぴったりでしょう?」
「は、わっ、えっと、その、そういうつもりでは……!」
「よいのですわ、どうぞわたくしの手で練習なさって」
慌てに慌てたメイメイのランプの出来は……思いの外歪んでしまったかも知れない。
(アルニール商会の狼さん、きらきらとして女の子らしくて憧れちゃうな)
可愛い装飾も沢山付けて、シルクの薄布を柔らかに纏い、今は穏やかな瞳を手元のランプへと注いでいる。
「隣、いいかな?」
「ええ、どうぞ」
零す声とて柔らかい。アラーイスの――メイメイとは反対側の隣へと座り、『無尽虎爪』ソア(p3p007025)も持ってきたランプキットを広げた。
ちらり、とアラーイスの手元を見る。薔薇色の指先が丁寧にひとつずつガラス片を摘んで、ランプシェードを生まれ変わらせていく。とても器用で、ソアは魔法のようだと思った。何もなかったところに、どんどんと花が作られていくのだ。
「あの、アラーイスさん」
「はい」
指を止め、アラーイスの蜜色にソアが映る。
「可愛いランプの作りかたを教えてください」
ぺこりと頭を下げたソアは、自身の現状を説明した。
烙印の後遺症が残っており、稀に夜になると血が欲しくなってしまう。そのため、眺めいて気持ちが落ち着くようなランプが欲しいのだ、と。
「愛らしいものは心を慰めてくださいますものね」
わかりましたわと微笑んで、アラーイスがソアの眼前の紙へと幾つかガラス片を載せていく。
「わたくしはこういった形にしているのですが、同じ柄はいかがでしょう?」
アラーイスはピンク色の蓮にしているが、違う色で作ったって良い。見本は眼の前にあるのだから、無から作るよりは作りやすいはずだ。
「真似していい、の?」
「ええ。お揃いは嬉しいです」
時折尋ねながら作業を進めながらリラックス出来る小物はないかと尋ねれば、「でしたらアラーイス商会へお越しくださいな」と商売人のとびきりの笑顔で微笑まれた。
「皆で過ごす部屋に飾る用にしようか」
そう提案した『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)へ、ファゴットが良いねと笑った。
「それなら猫や星型に見えるようにガラスをつけたいなぁ」
「良いね、賛成ー!」
星はよっつ入れたいね、とヨゾラは微笑む。
水色、青色、赤色、黄色。色違いのお星様はできればよっつ。
「後は猫を……あれ? スペースが足りないかも?」
「クマも入るスペースはない?」
「それなら猫とクマはビーズで作ろうか?」
1cm程もある菱形のガラス片では並べられる量が決まっている。細かかったり丸みのあるものはビーズで作ったほうがいい。
「クマはファーゴットさん」
「僕だよー!」
「それから猫は白と黄色、それから水色」
小さなクマと猫たちをピンセットでビーズを摘んでくっつけたら、残りは藍色と水色のビーズを混ぜて星空を作る。色というものは原則的に黒へと近付くほど光を通さないから、藍色が多すぎるとランプとしての機能が果たせなくなるかもしれないから。
「でーきた!」
「……うん、こんな感じかな」
ヨゾラの声と、ウィリアムの声がちょうど重なった。
「アタシもできたよー」
「えっ、ちょっと待って。あたしまだ……!」
「もー、フランすぐおしゃべりしちゃったりで手が止まったりしてるんだもん。それでズレて誤魔化さそうとしてたとこ、アタシはちゃんと見てましたー」
「ぎゃー、見られてた!? わざわざ言わなくてもいいのにっ」
わあわあと言い合うフランとサマーァの姿に、一度顔を見合わせたヨゾラとウィリアムが元気だねと笑った。
「ボクもできました」
「チェレンチィさま、お上手です」
「ボクは売り物のをお手本にさせてもらいましたので」
「見たものを模せるというのは、それだけで技術ですわ」
微笑むアラーイスの手元にもピンクをメインにしたランプが完成している。
「アタシはねー、お姉ちゃんがお揃いの色って言ってくれたから目の色を入れたくて……こんな感じ」
アラーイス同様にピンクメインで、けれどもどちらかというと幾何学模様を描いたランプだ。
(やっぱり)
ヨゾラは心の中でそう思う。柄の詳しい説明はなかったけれど、きっとあのランプにはシャムスとの思い出が詰め込まれている。
僕はねと話しだすウィリアムのランプは、生命の樹と水の流れをイメージしたスタンド式。
「ウィリアムたちの故郷には大きな木があるんだよね?」
「そうだよ。皆が大切にしていて……このランプには『繁栄しますように』が籠められているんだ。ライラのは……何かすごいな」
末妹のランプの絵柄も解説しようとした兄は、口を閉ざした。
すごく器用すぎて芸術の域と言っても良い。全員から称賛の眼差しを受け、ライラははにかんだ。用途は部屋の吊り下げ式のメインランプとのことだから、ウィリアムの家を明るく照らしてくれることだろう。
「ボクのは解りますか?」
「チェレンチィさんのは空と雲、それから太陽だよね」
空という題材の、わかりやすい構図で作られたスタンドランプ。ヨゾラの言葉にそうですと顎を引いたチェレンチィがお香と一緒にベッドサイドに置つもりだと告げると、アラーイスが頬に手を当て微笑んだ。
「あたしは寝る前に自分の部屋の窓辺から夜空を見上げるのが好きだから壁掛けにしたよ」
「ラサっぽさと……これはお星様?」
「そう! 可愛いでしょ」
たくさん悩みながらフランが作ったのを知っているサマーァはうんと頷きながら、ビーズの赤がフランの水晶みたいだと思った。
(不謹慎かもだけど、アタシはフランの水晶、好きだった)
フランは傷つけないようにと我慢してくれていた。でもサマーァは一緒に泣いてくれるフランになら傷つけられたって全然気にしなかっただろう。溢れて水晶になる涙も、彼女の強い意志が形になったような強そうな腕も、全部、綺麗だって思ったんだ。
(言う余裕なんてなかったけど)
「そういえばサマーァちゃんの名前、『空』って意味なんだね。あたしね、明け方早起きした時とか、夜寝る前とか、空を眺めるのが大好きなの」
「うん。お母さんがね、アタシの好きな絵本を好きだったんだって」
姉のシャムスは太陽で、サマーァは空。双子の姉妹がいつでも明るく一緒にいられますようにと母は願っていた。
●燈火巡り
ランプ色づく彩なる海を魚が泳ぐ。ひいらり揺れる衣は極彩色の尾びれのようで、『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)はつい手を伸ばしてしまいたいような心地に誘われた。
けれどその手は既に『この手を貴女に』タイム(p3p007854)の手の内にあった。夏子は彼女に誘われるまま、ランプの海の中をともに泳ぐように歩を進めている。
ひらりゆらり揺れるのはタイムの衣だけではない。今日はふたりともラサ風のゆったりとした衣装に身を包み、楽しくて気が逸るのか足が早くなるタイムの手へきゅっと力を籠めて意識を向けさせた。はしゃぐ彼女も可愛いけれど、隣を歩いていたいじゃない?
「皆 作ってるねぇ」
作らないのと水を向けると、うぅ~んっと微妙なお声。
「作成するのは前回で懲りちゃったかな? ツチノコ」
「な、なによう。別に懲りた訳じゃないもん。あとツチノコじゃないもん」
頬を膨らませて怒った素振りを見せる彼女が、本当は怒っていないことを夏子は知っている。繋いだ手は、繋がれたままだ。
ずらりと並ぶらんぷたち、吊るされたランプたち。色とりどりのモザイク越しの明かりが幻想的で、まるでおとぎの国に迷い込んだかのよう。それだけで乙女の心は弾んでしまう。
「あ~こんな風に 吊るして並べてみても良いし 枕元に一基置くのも良さそうだなぁ…… 色もグラデーションとかで…… タイムちゃんはどんな運用考えてるのん」
「買うならやっぱりお部屋の枕灯かしら。雰囲気出そうだし」
「分かる~ん まあ枕灯がベターだよね」
暗くしたほうが人は眠りやすい。暗くした寝室に、ランプの優しい明かり。眠りにつく前に見るのも、ふと目覚めた時に視界に入るのも、穏やかな気持ちとしてくれることだろう。
(気分的に盛り上がりに一役買ったりでグフフィ~)
……夏子は別のことも考えているようだが。
「あ、サマーァさんだ」
視界に入った少女の姿に、タイムが言葉を零した。
先の紅血晶を巡る戦いで家族を亡くしたばかりだというのに、明るい笑顔を浮かべている少女。辛い気持ちはあるだろうに、前を向いて生きていく姿が眩しくて、タイムは瞳を眇めた。
「わたしね、時々考えるの。もし夏子さんが死んじゃったら、って」
わたしは彼女みたいに、在れるのかな?
「そう…… だねぇ」
荒事に首を突っ込む以上、絶対に無いとは言い切れず。実際に命を喪った者も五体満足でいられなくなった者だっている。
「夏子さんは? もしわたしが死んだら、やっぱり悲しい?」
言葉を連ねて尋ね、視線を落とす。
そうならいいなという気持ちを抱くのに、違う答えが返ってきたら怖い。
(あなたの心の中に、わたしはちゃんと住めているのかなぁ)
確かめるように、縋るように、わたしはここだよって繋いだ手に力を籠めた。
「その話はお互いトコトン 話し合ったハズでしょ~」
言葉にしてと、ぎゅっと握る。
「前よりもっと そうだよ」
「……今日買ったランプを眺めてわたしを思い浮かべてくれる?」
「何言っちゃってんの~ どこ行っても思い浮かぶよ 色んなトコ行ったじゃない コレからも色々な場所でさ…… ね~? ぐふふ~」
「そうだよね……って、もう、夏子さんってば!」
すぐそういうことばっかり言うんだから!
ぷっくりと頬を膨らませても、タイムはその手を離さない。
「けっ……呼ばれたから来てみりゃ、ランプ作りだなんだ、くだらねえ!」
礼のひとつでもよこすのならタダ酒やタダ飯にしろよと零すのは『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)。しかし、仕方がない。彼を誘ったサマーァはまだ十代の少女で、少女の中で思いついた『楽しいこと』に誘ったのだから。
(よりによって、こんな……よう)
辺りに溢れるのは着色された色ガラスを散りばめたランプたち。ガラスの向こう側の明かりがガラスの色を床へと落としている。それはまるで――ステンドグラスのようだった。
いつか見た、想像上の神の姿を模した大聖堂のステンドグラス。それは本当に美しく、心を奪われたものだ――
「ちっ」
浮かびかけた感傷を舌打ちでやり過ごす。飲食店ではない上に工房なのだから当たり前のことだが、建物内での飲食は厳禁だ。
「器用なもんだな、こっちは吊るすタイプか」
モザイクガラスが齎す明かりの中を『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)も歩いていた。
放浪する上で長持ちしにくいランプは普段手に取らないが、こうして見て回るとなかなかどうして面白い。明かりが織りなす鮮やかで、されど穏やかな色が床や壁を照らし、模様を描くさまは見ていて面白いし目を楽しませてくれる。
(義娘も喜ぶか?)
持ち歩かずにテントで吊るす照明用ならば、使えないこともない。
「この柄には何を表してるんだ?」
「それは蓮ですね」
職人も兼ねている店員に問えば柄の説明も貰え、違う色味もあるかと問えばランプの海で迷うこともない。勿論、自分で探し回ったっていい。きっと気に入りの一品が見つかることだろう。
「単純にここ自体が観光として十分成り立ってるってことでもあるのか」
そうひとりごちて、バクルドもまた、ランプの海を彷徨った。
彷徨った先で何に出会えるか。それもまた、旅の醍醐味だ。
「あれ? バクルドさんは作らない、の?」
近くを通りかかったサマーァがそう声を掛けるのに『さん』はいらねえぜと手を振って。ついでに細かい作業に適していない腕を見せる。
「まあこの腕じゃあな」
サマーァが少し瞳の大きさを変えるのを見て、ポンと頭部を優しく叩いてやる。
「頑張れよ」
「っ、うん! ありがと!」
良いもの見つけたら教えてねとサマーァは離れていった。
「なんでえ、嬢ちゃん。もうランプ作りはしめえか?」
「あっ、山賊のおじさん。来てくれたんだ?」
「おう、覚えてたか。そう、忘れんなよ。おれぁ最低最悪、極悪非道の山賊だ」
だから本来こんな場所は似合わない。
「あの時言ったハズだぜ。商人で食っていくなら、非情にならなきゃいけねえ時もある。自分の利益にならねえ奴なんか構うんじゃねえ」
「うん」
「本当に解ってんのか? 山賊なんざ、商人にとっちゃ憎むべき相手だぜ」
「解ってる。……アタシね、盗賊団で育ったから」
サマーァの両親は積荷目当ての盗賊に襲われ、その過程で亡くしている。そうしてそのまま盗賊団に育てられた――それが『シャファク』という少女だ。
商人が悪人とつるんでいてはいけない。どこに視線があるかは解らない。悪い噂は、ようやく前を向いて歩き出そうとしている少女の足枷にしかならない。
「今日はね、いっぱい人が居るから。誰がアタシの知り合いで、誰が『偶然』来たかだなんて、わからないでしょ?」
「ハ! ……んじゃ、もうこれっきりだ」
本音を零さず『山賊』としての態度を示すグドルフへ、サマーァは少しだけ強かな顔で笑って見せた。
「もう面倒事にゃあ巻き込んでくれるなよ。こう見えて、忙しいんでねェ!」
背を向けたグドルフへ、サマーァも其れ以上声を掛けない。
(――聡い子だ)
素直に届かせるつもりは無かった『激励』をしっかりと汲み取っている。
嗚呼、少女の往く道に幸多からんことを。
●あなたへ
(サマーァ、大丈夫だろうか)
イレギュラーズとしての後輩になったのは嬉しいが、それよりも案じる気持ちの方が強い。『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)がこっそりと顔を覗かせれば、サマーァは楽しそうにおしゃべりしていて元気そうだった。
「……割と元気そうだな」
「サマーァ様、前向きですね。フラン様もそうですけど、ああいう真っ直ぐなところ、私とてもすきです」
思わず漏れた声に、同じようにこっそりと覗っていた『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)が同意を示す。本当の元気では、まだないかもしれない。けれども強がれるくらいの元気があって、前へ向かおうとしている。其れがわかるから、ふたりは見守ろうと決めていた。
「あ! 風牙、ハンナー!」
ふたりに気がついたサマーァが手をブンブンと振って近寄ってきて、此処ら辺空いてるよと作業スペースを指し示す。
「ふたりはどんなの作るのかなぁ」
見ててもいい? とサマーァが尋ねるから、勿論と風牙が胸を叩いて。
私は……と言いかけたハンナは同行者がフラフラとはぐれている事に気がついて慌てて引っ張ってくる。
「私も作っちゃおうかしら?」
「わー、ハンナのお母さんだ。こんにちは」
「丁寧な挨拶をしなくても大丈夫ですよ、サマーァ様。私は……出来てからのお楽しみです」
「オレもそうだな。イレギュラーズの先輩は、ランプ作りのセンパイでもあるということを見せてやろうではないか! ハッハッハッハ!」
ふたりともやる気に溢れていて楽しそうだったから、サマーァも風牙の真似をして笑い――あまり似ていなくて指導が入ったせいか、涙が出るくらい爆笑していた。
「サマーァも作るんでしょう?」
「うん! 一応、一個はもう作ったんだよ。ちょっと待ってね、取ってくる」
どうしようかな、なんて考えながらの『煉獄の剣』朱華(p3p010458)の言葉に大きく頷いたサマーァは、他の人にぶつからないように早歩きで取りに行く。どうやら作りたての力作を見て欲しいらしい。
「元気そうだね。別れはいつだって寂しいものだから、そこで立ち止まってしまう人もいるけれど彼女にはその心配は必要なさそうだね、本当によかったよ」
その背中を見送っていれば、同じくデザインを悩んでいた『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が言葉を零した。付き合いは少しだけれど、不幸の瞬間に立ち会えばやっぱり案じてしまうものだ。依頼で気になることが多い時はあってもその後を知れることは滅多にないから、識ることが出来て嬉しいと穏やかな顔には書いてあった。
「じゃーん! 見て! アタシのランプ!」
まだ乾かし途中のランプを持ってきてサマーァが掲げた。ピンク色を多く使った、少女らしいランプだ。
「へぇ、上手に出来てるじゃない」
「ふふー、アタシはブレスレットとか作るの好きだから、結構得意みたい」
「ブレスレット?」
「うん、紐にビーズをスイスイ通してクルクルーって」
「よかったら今度はそっちの作り方を教えてもらえないかしら?」
朱華の声にいいよ! と明るく笑って、けれどもすぐに「あっ」と声を潜めた。
「……アタシ、あんまり教えるの上手じゃない、かも?」
「いいのよ、そんなの。私は教えてもらう身なんだし……私も何かを教えられたらいいんだけど、得意な事っていったら戦うこと位なのよね」
「はいはーい! アタシは強くなりたいから、教えて欲しいでーす!」
「いつでも力になるから、任せなさい」
「可愛い後輩のサマーァには頼りになる先輩がいっぱいだな」
「ランプ作りの先輩でもある風牙センパイ! 進捗はどうですかー?」
「まだ作り出したばっかだぞ!?」
あははとサマーァが明るく笑って、皆も楽しげに笑う。誰かが口を閉ざして眼の前のランプに集中し出せば、倣うように皆静まり、ランプ作りに勤しんだ。
それはまるで、夜空のようだとヴェルグリーズは思った。星たちが語らえばチカチカ輝き、ひっそりと静まれば夜のヴェールのみが辺りを包む。
(そうだな、決めた)
贈る相手はヴェルグリーズにとって、夜空に輝く一等星だ。
「ヴェルグリーズは青系?」
手元を覗き込んだサマーァが「暗い色よりも明るい色を多くした方がいいよ」と助言した。黒に近付くほど光を通さなくなる。濃い青をつかうなら、白や水色も多く取り入れて行くのがいいだろう。
ありがとうと告げて、ヴェルグリーズはガラス片へと手を伸ばす。青い夜空で輝かせるならば、星は白で作ろうか。一等大きく眩い一等星は白で、ひとつきりで寂しくならないように黄色と水色の星も添えて。
サマーァはランプ作りに精を出す皆を見て、明るく笑っていた。
そこに涙の影をひとつも見せず、皆と過ごす時間が楽しいと、全力で伝えるように。
(サマーァ殿……)
悲しくない、訳がない。きっとそれは誰もが知っていた。けれど彼女がそう振る舞うのなら、前を歩く先輩として気付かない振りをふるべきだと『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は瞳を一度閉ざした。明るい笑みの記憶を脳裏に焼き付けるように。
(んーむ、こりゃ大丈夫……なんでしょうか)
姉を亡くしたサマーァと、烙印の後遺症が残っていると思われる咲耶。ふたりを案じるように『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)はチラチラと覗っていた。
しかし、ずけずけと踏み入って傷を掘り返すような真似は野暮というもの。大切な主は外つ国の行灯は気に入ってくれるだろうかと、ランプ作りに精を出した。
「ガラス片とビーズから漏れる灯りが美しいねえ、クウハ」
ガラスとビーズを通して煌めく光は内なる炎でゆらゆらと。武器商人(p3p001107)の声に綺麗だなと返した『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)の声はとても穏やかだ。烙印の影響下から抜けたことが大きいのだろう。
「喉が渇いた時はいつでも言っておくれね、可愛い我の猫」
「……ずっと心配させてごめんな」
しかし後遺症として、僅かではあるが吸血衝動が残っている。それは一種の愛情表現としても今なお続いていた。
顎を引いたクウハに口元の笑みを濃くした武器商人が、ガラス片を引き寄せる。
今日は互いに贈りあおうと決めて、相手のイメージに合うものをと考えた。
「同じ色で統一してお揃いにするのはどうかな」
紫をメインにして、赤と銀で飾って……雨の雫みたいだし青も少し入れる?
問う武器商人に、ああとクウハは返して。
「こういうランプは魔除けの模様を入れるのが定番なんだってな」
魔法陣と言った複雑な物をそれなりの大きさのガラス片で描くのは難しいから、花を入れようと告げた。入れる花は決まっている。紫陽花と彼岸花。紫陽花が武器商人で、彼岸花がクウハ。けれどどちらもやはりガラス片で象るのは難しい。
「うーん。紫陽花はよっつ置けばそれっぽくなるけど、彼岸花がな……」
ダイヤ型のガラス片を手に悩むクウハを見て、武器商人がまた小さく笑っていた。
(――いつまでも一緒にいられるように)
離れていても、会えなくても、心を照らしてくれるように。
もし互いを忘れる事があったら思い出せるように。
まじないは湿度と粘度を混ぜれば呪いとなる。
置いてくれるのは寝室だろうかと考えながら、クウハは花咲くランプを作り上げていった。
「あ」
「仲睦まじいね」
「だな」
ふと顔を上げたタイミングで遠くの席から手が振られている事に気がついた。『ずっと、キミの傍に』フーガ・リリオ(p3p010595)と『ずっと、あなたの傍に』佐倉・望乃(p3p010720)のふたりだ。心配掛けたという気持ちのあるクウハは後からラサの菓子でも買って贈ろうと思った。
「おふたりも楽しそうでしたね」
「そうだね」
俺たちも楽しもうとフーガが笑って、望乃は満面の笑みで頷いた。
「ふふ。でも私、もう出来てしまいましたよ」
「え、もう? ちょっと待って、おいらはもうちょっと」
遅れた理由が、望乃が作っているランプが気になって覗き見していたーだなんて、言えない。でもね、聞いてくださいよ。真剣な表情でガラス片とにらめっこする奥さんの顔。可愛くない訳がないでしょ? 絵柄だって気になるでしょ? 仕方がないんです!
「あ、サマーァさんもいらっしゃいました」
違う席で彼女もランプ作りを頑張っているようだ。元気そうな姿を見つけて望乃が目を細めれば「えっどこだい」とフーガが顔を上げ、彼の手元のランプの歩みはのんびりだ。
「元気そう、ですね」
「そうだな。天国にいる姉ちゃんも、きっと安心するだろうぜ」
「ええ。きっとお姉さんは誇りに思っています」
望乃は『お姉ちゃん』だから、姉の立場の気持ちがわかる。
フーガは『お兄ちゃん』だけど、元の世界に妹が居る身のため同様だ。
「ところでフーガ?」
「ん?」
「ランプは出来ました?」
「あ゛」
完成を楽しみにしているんですよと望乃が頬を膨らませながらチラリとフーガを見るが、彼の手元は見ない。完成までのお楽しみなのだから。
一緒に作りたいと声を掛けた『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)に対し、雨泽はいつも通りの笑みと普段よりも弾む声で「いいよ」と応じた。
安堵と喜びが胸いっぱいに広がって、こっちで作ろうとチックは空いている作業スペースへと先導する。彼が楽しそうだとチックも嬉しくなって、いつもより少し気が逸ってしまうのは気のせいだろうか。
「自分用?」
それとも僕にくれるの?
言葉にせず、告げる視線。
「雨泽に作る……したい」
「わかった。それじゃあ僕はチックにあげるのを作るね。……用途は?」
「家に飾る……するつもり」
自室でも玄関先でも。どこに飾っても毎日目に入って、きっと楽しくなれるから。
「雨泽は?」
「僕は持ち運べるのがいいな」
「持ち歩く……して、くれる?」
「うん。夜歩きが楽しくなりそう」
定宿を作らないからと告げる横顔を見てから、チックはガラス片へと指を伸ばした。
「お誘いアリガト、アラーイスちゃん!」
「ごきげんよう、ジルーシャ様」
腰を少し屈めて笑みを浮かべた『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)にアラーイスがにこりと笑って応じた。
ジルーシャの指先は、ガラス片の上を彷徨っている。何色を使ってどんな柄を――と悩んでいるのだろう。
「贈り物でしょうか?」
「ええ、そうなの。ただアタシの好みに寄っちゃわないか、ちょっと不安で」
「贈るお相手が喜ぶものが一番、ですものね」
微笑ましげに蜜色を蕩けさせるアラーイスに、ジルーシャは頬に手を当てて「そうなのよ!」と返す。それだけでもきっと、アラーイスの瞳には微笑ましく映ることだろう。
「どなたへか、お尋ねしても?」
「ええ、勿論。――アタシの、好きな人」
まあと声を弾ませたアラーイスへ、ジルーシャは言葉を連ねた。
その人は美しいマラカイトグリーンの揺れる髪を持ち、サファイアブルーの瞳からは目が離せなくて、それからルビーレッドのドレスがよく似合っている女性(ひと)。
「……フフ、内緒にしておいてね?」
「勿論ですわ」
なので、もっとお話を聞かせて下さいます?
こっそり、ひっそり。薔薇の下で秘密を囁き合う乙女たちのように、声を潜めて。
「……ね、アラーイスちゃんには、恋ってどんな色に見える?」
「わたくしは……淡い桃色であってほしい、そう思っていますわ」
「……そう」
見える色ではなく、希望を口にしたアラーイスへ追求はしない。
ジルーシャの指は『彼女』を想ってガラス片を選び、アラーイスの指がこんな形はいかがでしょうと白紙の上に並べた。
硝子が想いの色なら、その隙間を埋めるビーズはきっと恋の色。
明かりを灯した時、どんな色へと輝くのか――明かりに照らされた『ふたり』の顔をどんな色に染めるのか、楽しみだ。
今日はよろしくお願いしますと頭を下げた『あたたかな声』ニル(p3p009185)がランプシェードをふたつ用意していたから、「あら」とアラーイスが頬に手を当て「ニル様、でしたわね?」と声をかけた。
「おふたつ作られるのですか?」
「はい。ニルのとともだち用に、おそろいを。……おそろい、は嬉しいのです。ニルは、おそろい、すきです」
「僕もお揃いは好きだよ」
「アタシもー」
雨泽とサマーァが明るくそう言って、アラーイスは微笑んだ。
「アラーイス様のランプはとってもとっても素敵です」
「ふふ、ありがとうございます。ですがわたくし、早くは作れなくて」
「ていねいに、が素敵になるコツですか?」
「そうかもしれませんね」
「雨泽様はどんなのを作るのですか?」
「僕はチックと交換するんだ」
それなら猫さんの柄は入っていなさそうだとニルはそろりと覗き込んだ。
「チックのは色が沢山だね」
「はい。ニルのともだちは色とりどりなのです」
ベスビアナイトの緑と、シトリンの黄色。それから他の子たちのコアの色はビーズを並べて表わしていく。沢山の色を使うと、バランスが難しい。混ざってぐちゃぐちゃに見えてしまうようにはしたくない。
「ランプにかけるおまじないはありますか?」
「おまじない?」
「用途によって違うかもしれませんわね」
「ニルは夢のことはよくわかりませんが、眠っている間も『しあわせ』であってほしいです」
「寝室用のなら、『よく眠れますように』とか?」
「わたくしでしたら『好い夢を』でしょうか」
「雨泽様は?」
「僕? 僕は『ひとりの夜が寂しくないように』かな」
「雨泽様は、夜は『さみしい』ですか?」
「どうだろう? でもね」
雨泽の視線が手元の自分のランプと格闘しているサマーァへと向けられる。
――彼女の夜が寂しくないようにって願ってあげて。
ふたりからひとりになってしまったのだ。夜はとても寂しいだろう。
(キラキラの灯りで、ほっとできますように)
夜闇に灯る灯りは、きっと心を温めてくれるはずだから。
「……花を作りたいのでござるが」
「どんな感じ?」
上手に並べられずに眉を寄せながら咲耶が告げれば、紙の上に並べたピンクのガラス片をサマーァが動かした。
「ああ、そう。そうでござる。この花は桜と言って……」
「さくら?」
「知らぬでござるか? ならば春に豊穣へ遊楽に出るのがよろしかろう」
「豊穣かー、いってみたいなー」
「……と、いかん、場所がズレた」
「すぐなら大丈夫だよ!」
苦戦しながら貼り付けたガラス片をサマーァがピンセットでえいっとずらした。ガラス片で足りないところはビーズで補う器用さが、少し羨ましい。
(苦無ならば容易いのでござるが……)
「おや、支佐手殿。気分転換でござるか?」
心の内でうーんっと悩んでいたところで、作業スペースから立って歩いている支佐手の姿が視界に入った。ずっと手元を見て細かい作業は疲れるため、気分転換だろう。
「まあ、そのようなもんで。わしはどうにも向いちょらんようで……お二人共、上手いもんですの」
「いやいやいや! 良い師匠がいるからでござるよ。な! サマーァ殿」
「ふふーん、まぁね!」
二人の手元を覗き込んだ支佐手へカラカラと咲耶が笑い、サマーァはえへんと胸を張って見せる。支佐手の視線はすぐに手元から移ってふたりの表情や動きを中止した。
「気遣い忝ない」
「気付かれとりましたか」
「え、なぁに?」
ふたりの視線の意味を、サマーァだけ気付いていない。
「あっ、もしかして……大人な会話? アタシ邪魔だったら席外すよ!?」
「いやなに、元気だと伝えただけでござるよ」
「要らぬ心配をわしがしただけです」
「そうなの?」
「さて、わしはらんぷ作りを再開しますかの」
ひらりと手を振り、支佐手が戻っていく。
「サマーァ殿」
「なぁに?」
「困った時はいつでも拙者達を頼られよ。例え遠くに離れていてもいつでも拙者達の心はお主と共にある。その事は忘れぬ様に、な」
「うん? よくわからないけど、わかった!」
「はは、よくわからんでござるか」
でもちゃんと覚えておくねと告げたサマーァへ完成したランプを手渡すと、その目は丸くなった。
「えっ、アタシ用だったの!? ありがとう、咲耶!」
「でーきたっ」
「完成する、した?」
「チックもできた? 見せて?」
雨泽よりも早く作り終え、真剣な表情でピンセットでビーズを摘む横顔を眺めていたチックはうんと大きく頷いて。けれどもランプを前へと押し出す手は少しおずおずとしたものだった。
(気に入る……してくれる、かな)
料理をする時よりも緊張して、手が震えてガラス片が少し思った角度と違ってしまった。青と碧色、それから赤を少し。白や淡い黄色のビーズに……こっそりと隠し要素。
「あ、猫がいる」
「もう見つける、したの?」
「だってチック、猫だよ? 猫!」
何が『だって』なのかはわからないが、早速見つけて嬉しそうな声をあげた雨泽にチックは嬉しくなって笑む。喜んでくれたことがとても嬉しくて、それだけで幸せな心地となれた。
「猫と夜歩き、楽しみだよ」
「喜んでくれて……おれ、嬉しい」
僕のも見てと差し出されたランプに、チックは少しだけ泣きそうな気持ちとなるのだった。
嬉しくて、幸せで。きっと灯す度に、この日の思い出を。
「おいらは水色の海辺に薔薇色のお花のイメージだ。……どう? ちゃんと形になってるか?」
「私は海辺に咲く百合の花、のイメージで作ったのですが……ど、どうかしら?」
接着剤が乾いた頃、フーガと望乃も作ったランプを見せあった。このふたつのランプはふたりが借りている部屋に置くのだが――意図せず互いに相手のイメージで、そして双方とも海と花。考えが自然と似ていたことに気がついて、ふたりは同時に表情を綻ばせた。
「いつか語ってくれた、あなたの故郷の海を想像したんです」
「……おいらの故郷の海を? そうか……ふふ、ありがとう。いつでも思い出せそうだ」
形は少し崩れてしまったけれどと唇を尖らせて、これは金色のお日様の光がキラキラと注ぐ青い海で、ここが百合の花なんですよと望乃が解説を入れれば、フーガのまなうらに故郷の海が広がっていく。
遠く離れていても思い出させてくれるものを、最愛の妻が作ってくれた喜び。その喜びをなんとあらわしたら良いのだろう。
「お部屋で並べて灯すのが楽しみですね」
「ああ。おいらも、その瞬間がすごく楽しみだ」
部屋はきっと、海と花に染まって。
そうしてそこで眠りにつけば、優しい海色の夢が見られることだろう。
「できた! オリジナル風牙ランプ!!」
完成したランプを風牙が掲げれば「できた?」「うん、できた」とさざ波が起きる。全員の視線が手元のランプから移動して、隣や向かいのランプへと向かった。皆、どんなのを作ったのかな?
「これはオレをイメージしている!」
「風牙を?」
緑色を主とした不思議な柄……に、サマーァには見えた。
「風な感じ?」
「惜しい、スピードと破壊力! そしてこれはサマーァへプレゼントだ」
行く手にどんな闇が立ち込めようと払えるように。
そして、その光で足りなければ一緒に照らされるように。
「俺にしてはなかなかよく出来たんじゃないかな?」
「ヴェルグリーズのは、とっても素敵だね!」
「複雑な模様は作れない俺だけど、相棒が少しでも喜んでくれるといいな」
「きっと喜んでくれるよ!」
「そうですね、こんなに上手なのですから!」
「ハンナのはなぁに?」
「えっ」
実はハンナもヴェルグリーズと一緒で星が入っている。
だが、彼のと見比べると……なんかちょっと違う。
「えっと、これは鳥……です。ちょっと不格好ですが」
キラキラと輝く星と双子の鳥。これは鳥は幸せや喜びを運んでくる柄で、星は幸せを願う柄と職人から聞いたからだ。
(ひとつはシャハルで、ひとつは私ですが……そこまで伝えるのは恥ずかしいですね)
鳥たちは星を――幸せを運んでいる。
サマーァの幸せを願って、喜びを届けたいという気持ちを籠めた。
「はい、どうぞ。サマーァ様。良ければ受け取っていただけると嬉しいです」
「わっ、いいの? わー、嬉しい」
大切にするねと笑ったサマーァは「そういえばハンナのお母さんは?」と首を傾げた。
「母の方は見てはだめです」
覗くように傾けたサマーァの視界を遮るようにハンナが動く。
「あれは呪いの模様に違いないので近づいてはいけません」
「え?」
「この柄は邪視除けだって言ってんでしょーが!」
この豪快な母に細々とした作業を期待してはいけない。
サマーァへランプをプレゼントしようとするマルカと、阻止しようとするハンナでひと悶着あったが、最終的にウィリアムが末妹と回収しにきて騒ぎは収まった。
「ハンナの家族、素敵だね」
帰りしな、こっそりと耳打ちしてきた声に、ハンナは満面の笑みを浮かべた。
「そのうちよかったら、我が家にも遊びに来てくださいね」
少女たちは楽しげに、くすくすと笑いあっていた。
(サマーァ殿も大丈夫そうですの)
「支佐手、さっきから女子(おなご)ばかり見て何。やーらしー」
「んなっ!?」
咲耶とサマーァへ、チラチラと何度も視線を送ったり声を掛けにいったのがいけなかったのだろう。背後からこっそりと近寄ってきた雨泽に気が付かなかった。いつもならそんな失態、しないのに。
その結果。支佐手の身体は大いに跳ねた。跳ねて――完成間近だったランプが手から飛び出て、床へと落ちた。
「うおおおお! おんしは何ちゅう、もう少しで完成というところで……」
「あー、何かちょっと? ごめんね?」
ごめんで済んだら刑部はいらない。
「雨泽殿、責任を取って頂きます。わしが完成させるまで、帰しませんからの」
「ええ……僕、チックとニルと甘いの食べに行くつもりなんだけど」
「帰しませんからの!」
ずずいと詰め寄られた雨泽は「チックー、ニルー、ちょっと時間かかりそうー」と遠くの席へと声を投げるほか無かった。
――――
――
――太陽にも月にも、一番星にも。絶対に、手は届かない。
けれどそれは巡って、恩恵を生きとし生けるものに与え、植物も動物も、人も生きていく。
今日生まれるであろう沢山のランプたちは、きっと暖かに灯り、きっと温かに人を照らすのだろう。
(あたしも、見上げてほっとするような灯りみたいになりたい)
壁掛け式ランプは見上げるものだから。そう、ありたくて。
「ねえフラン。アタシたちもお菓子を食べに行かない?」
雨泽の声が聞こえたのだろう。作ったものと貰ったもの、沢山のランプを抱えたサマーァが首を傾げた。
「わ、いいね。いこういこう!」
「残ってる人何人居る? ねえ、皆ー!」
そうと決まれば行動は早い。サマーァは残っている人たちへと明るく元気に声を掛けた。
両手いっぱいの皆がくれた燈火は、しっかりと胸に。
この悲しみが完全に消えることはないかもしれない、けれど。
常にあたためてくれる灯りを、少女は知っている。
●月華
愛しい人が亡くなった。
悲しくて、苦しくて。
溢れる涙は止まらなかった。
恋しくて、切なくて。
ただ、あなたを想っていた。
その間にも太陽と月はぐるぐる巡った。
ああ、今日もあなたの居ない世界に月が昇る。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
たくさんのあたたかさを胸に灯し、世界はまた廻るのでしょう。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
紅血晶編お疲れ様でした。
アフター的なOPと、サマーァから遊びに行こうのお誘いです。
●シナリオについて
冠題がついておりますが、気にせずご参加いただけます。通常参加は文字量の多いイベシナ、サポート参加はいつものイベシナです。NPCさんも呼べます。
時系列的には出発日ぐらいの『とある日』です。
サマーァとアラーイスの誘いで、タルキッシュランプを購入したり作ることができます。もちろん見て回るだけでも大丈夫です!
●タルキッシュランプ
菱形状のガラス片とビーズで柄を作る伝統的なモザイクランプです。灯りをつけている時はもちろん、消灯時に美しくインテリアとしても最適です。
(イメージがわかない方は『トルコランプ』で画像検索をしてみてください。)
<タイプ>
吊り下げ式、スタンド式、壁掛け式の3種類があります。
・吊り下げ…天井に吊るしてお部屋のメインライトに
・スタンド…テーブルや寝室用。取っ手をつけて持ち運び用にも
(スタンド吊り下げ:テーブル等に置くタイプ)
・壁掛け……柱や壁に掛ける、玄関先や廊下のライトに
<形>
ランプシェードの形は、パンプキン型、ドーム型、坪型、六角形型、ナツメ型、シリンダー型、ひょうたん型……と様々ですが、『作成はパンプキン型』になります。
●作り方
1.白い紙の上に作りたい柄になるよう硝子を並べる。
2.シェードに接着剤をまんべんなく塗る。
3.紙の上に並べておいた硝子をくっつけていく。
4.空いている隙間を好きな色のビーズで埋めていく。
5.接着剤が乾いたら完成!
●NPC
お声がけがあれば反応いたします。
・アラーイス・アル・ニール(p3n000321)
狼の獣種の少女。アルニール商会の主。
今回の舞台となる工房と懇意にしています。
作成する際は高女子力な可愛いものが完成します。とても手先が器用です。
・サマーァ・アル・アラク(p3n000320)
ラサの商人の少女。みんなのおともだち。
最近、双子の姉を亡くし、仇も取りました。お葬式も済ませたので、元気に生きていこう! と前向きです。
祖父のお土産だったりお姉ちゃん用だったり、買ったり作ったりします。ランプはいくらあってもいいものですからね!
ビーズのブレスレット等の作成は得意ですが、ランプ作成はあまり上手ではないようです。ゆ、ゆがむ……!
・劉・雨泽(p3n000218)
えー、モザイクランプ? 欲しい!
楽しいイベントの気配に敏感なローレットの情報屋。情報屋の仕事をしろ。
作るのも買うのも好きですし、贈り物を見繕うのも好きです。
基本的に何でも器用にこなすので、ランプを作らせても上手に作ります。
●EXプレイング
開放してあります。
文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
可能な範囲でお応えいたします。
●サポート
イベシナ感覚でどうぞ。
同行者さんがいる場合は、お互いに【お相手の名前+ID】or【グループ名】を記載ください。一方通行の場合は描写されません。
シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。
●ご注意
公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為は厳禁です。
●プレイングについて
一行目:目的【1】~【5】
二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)
一緒に行動したい同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名(+人数の数字)】or【名前+ID】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。
例)一行目:【4】
二行目:【魔法のランプ!3】※3人行動
三行目:仲良しトリオでプレゼントを選びあうよ。
「相談掲示板で同行者募集が不得手……でも誰かと過ごしたい」な方は、お気軽に弊NPC雨泽にお声がけください。お相手いたします。
以下、選択肢機能です。
目的
あなたの目的はなんでしょう?
【1】《作成》自分用
自分用のオリジナルランプが欲しい!
【2】《作成》贈り物
オリジナルランプをお世話になっている人へのお土産用に作成したり、お友達とお互いイメージで作り合ったりしたい。
【3】《購入》自分用
プロが作った素敵な柄のランプに気に入るものがあった!
【4】《購入》贈り物
お世話になっている人へのお土産の購入。
お友達と、お互いに合いそうなものを選び合いたい!
【5】見て回りたい
購入したいというよりも、たくさんのランプを見て回って楽しみたい。
交流
基本的には同じ空間にいますが、誰かとだけ・ひとりっきりの描写等も可能です。
どの場合でも購入等の行動によってはモブNPCは出ることはあります。
【1】ソロ
ひとりでゆっくりと楽しみたい。
【2】ペアorグループ
ふたりっきりやお友達と。
【名前+ID】or【グループ名】をプレイング頭に。
一方通行の場合は適用されません。お忘れずに。
【3】マルチ
絡めそうな場合、参加者さんと交流。
同行している弊NPCは話しかけると反応します。
【4】NPCと交流
おすすめはしませんが、弊NPCとすごく交流したい方向け。
なるべくふたりきりの描写を心がけますが、購入や作成等、他の方の選択によってはふたりきりが難しい場合もあります。
交流したいNPCを指定してください。
・【N雨】【Nア】【Nサ】……あなたの文字数がNPCにもりもり削られます。
(サポート招待NPCさんとは【2】を選択してください。)
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