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シナリオ詳細

<伝承の帳>崩落のレーガーリス

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 主は真実、正しい存在である。わたしたちが罪を犯したとき、主は必ず見て居る。
 救済の光は天より雪ぎ、全てをきよめてくださることだろう。
 疑うことは、罪である。すなわち、疑わず願うことこそがわたしたちに与えられた使命である。
 願いなさい。祈りなさい。わたしたちの未来を開く光の再来を待ちなさい。
 それは波となり、全てを覆い尽くす。
 わたしたちがあるがままに生きて行く為に、主は全てを導いて下さるのだ。

         ――――聖ロマスの書 『天による叫び』

 教科書を読んでみよう。
 天義とは、神と呼ぶべき世界の意思、高位存在、聖なるかなをとても尊ぶ国家だ。
 その在り方に疑問を抱くこととなったのは冠位魔種の襲来によるものであっただろう。
 だが、冠位魔種を最初に退けた国である天義はその在り方を大きく変え、新たな路を進み始めたとされている。
「……ここが、テセラ・ニバスの……」
 呆然と見上げるイル・フロッタは侵食都市『リンバス・シティ』内部から神の国に渡った。
 聖剣の導く先に存在したアリスティーデ大聖堂は空中神殿の役割を果たしていたのだ。ローレットが本来あった場所に辿り着き、帳を目指す。
 神の国に点在する帳は徐々に地へと迫って行く事だろう。
「……王城、か」
 イルは渋い表情をした。侵食された地がどうなるかはテセラ・ニバスを見れば明らかだ。
 遂行者達が『降ろす』事で、現実に神の国を定着させてしまうならば――それはこの国に大きな変化をもたらすだろう。
 天義から、混沌全土へ。各地を蹂躙するように『触媒』はばら撒かれている。
 天より光が降り注ぎ世界が変貌するのはどれ程に恐ろしいことであろうか。
 黒衣を翻したイルは「行こう」とイレギュラーズを振り返った。
「勿論だよ」
 微笑んだのはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)であった。騎士団として情報収集に当たる叔母にヴァークライトの家門を任せ、スティアは各地での対処に当たっている。
 聖職者である彼女が黒を纏うのは決意の表れ。神の代理人としての姿である。
「王城を狙ったという事は、益々誰の仕業か分かりましたよ。そんな直ぐに王手を掛けたいのは! そう! 『第二次ルルバトル』です」
 胸を張った夢見 ルル家(p3p000016)にイルは「聖女ルルか、やりそうだな」と頷く。
 遂行者の一人、『神託の乙女(シヴュラ)』と呼ばれた聖女ルル――カロル・ルゥーロルゥーが幻想に訪れているのであろう。
 彼女との直接対決になる可能性は高いだろう。
「すまない、案内役を頼んでしまって」
「いや、大丈夫だ」
 首を振ったシラス(p3p004421)の隣でセララ(p3p000273)は「王城に急ごう!」と走り出す。
 幻想王国で最も名の知られるシラスと、カロル達と相対した経験もあるセララが居れば直ぐに対処できるという期待をイルは抱いている。
「……王城で誰も迷い混んでいないと良いが……」
「そうだった。現実から迷い混む可能性があるんだな……誰もいないと良いが……」
「フォルデルマンは多分大丈夫かも知れない……?」
 顔を見合わせるシラスとセララにイルは嫌な予感をさせながら王城へと急いだ。
 王様が危険なことをしようとすると真っ先に止める側近の騎士――シャルロッテ・ド・レーヌ。
 彼女のような手合いが斯うした事件には巻込まれやすいのだ。そういう体質とでも言うべきだろうか。
(……何もなければ、良いのだが――)


 玉座に座っていた聖女ルルは目の前に立っていた女を睨め付けた。
「迷子? ……ああ、側近の騎士ってあなたなのね。レーヌのお嬢様だったっけ?
 斯う見えても詳しいのよ、だって、行くなら国の弱いところを責めなさいって言われたもの!」
 からからと笑ったルルを前にシャルロッテが困惑したような表情を向ける。それはそのはずだろう、何が起っているかを彼女は理解し切れては居ない。
「まず、王城を手に入れるでしょ。そしたら、次は傷物のバラを狙うのも良いわね。
 あ、古代の呪いのような女をもう一度呼び起こすのはどう? ついでに貴女と王の幼馴染みも呼び寄せてあげましょうか。確か名前はベルナール・フォン・ミーミルン――」
「何者ですか」
 鋭い声音を発するシャルロッテが剣を引き抜いた。王の近衛騎士としての矜持もある。此処で易々と屈するわけには行くまい。
「私は、聖女。聖女ルル。此処は私達の領域。それから、土足で踏み込んだのはアンタよ、レーヌのお嬢様」
 立ち上がったルルの背後に巨大な鋏が顕れる。周辺に巻き付いていくのは赤い糸。
「其処に座ってなさい。どうせすぐにお迎えが来るわ。まあ、お迎えが死んじゃったら申し訳ないけど」
 くすくすと笑うルルは足音が聞こえていることに気付いて居た。
 イレギュラーズが来ている。彼等がここまで辿り着けば、愉快なパーティーの始まりだ。
 ――さっさと、世界滅びてしまえば良いのにな。
 そんなことばかりを考えて居た女はイレギュラーズの一向にイルの姿を見付けてげんなりとした。
「ミュラトールの聖遺物奪い損ねたのよね。あの娘は持ってないし、何処に行ったのかしら。墓穴?」
 カロルは聖遺物を蒐集する『癖』がある。
 ミュラトールとはイルの母方の実家だ。騎士を輩出しているが、イルの母は体が弱く聖職者を志した。
 当時の天義では余り認められたことではないが、イルの母レアは『かけおち』をしたという。その結果、母はミュラトールの敷居は二度とは跨がせて貰えていない。
「ミュラトールの出来損ない。聖遺物も持ってないならここまで来ないでよ」
「出来損ないとは失礼な! また逢いましたね!」
「うわ、忍者の方のルル」
 ルル家を指差したカロルは「はいはい」とセララやスティア、シラスを見てから首を振った。
「ちょっとだけ遊びましょ。ルール一つだけ決めさせて貰うわね。『核が壊れたら私は帰る』」
「か、帰るのか……!?」
「当たり前でしょ。なんで付き合わなきゃいけないのよ。まだまだやることはあるもの。
 ルール守ってくれるなら帳の定着度をストップしてあげる。遊び終るまでの時間だけどね」
 ルルと戦っている間にも現実に侵食していく可能性はある。ならば――その条件を呑んだ方が良いだろう。
「護ってよ、約束」
 ルルは笑ってから――一歩踏み出した。

GMコメント

●成功条件
『核』の破壊

●『神の国』王城
 神の国に於ける、幻想王国の王城です。
 現実の王城の上空には不可思議な光が降りています、が、ルルが条件を守ってくれるならば、と現在は侵食をストップさせています。
 周辺は荒れており、玉座の間もお世辞にも綺麗とは言えません。戦争か何かが起った後のようにも見えます。
 ルルは玉座周辺に立っています。障害物は、荒れているためそこそこ存在しているようですが……。

●『核』
 玉座に何故か腰掛けているフォルデルマン人形です。
 カロルの『舌』に刻まれている聖痕が人形に刻まれています。

●『遂行者』カロル・ルゥーロルゥー
 聖女ルルと呼ばれる少女です。甘い桃色の髪に、金色の眸の少女。
 『神託の乙女(シビュラ)』とも呼ばれ、遂行者の中でも特に強い力を有していることが推察されます。
 巨大な鋏と紅色の糸が顕現しています。どの様な戦い方をするのかも不明です。注意を行なって戦って下さい。

●『影の天使』 15体
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在――でしたがディテールが上がり『影で出来た天使』の姿をして居ます。

●ワールドイーター 3体
 なんということでしょう! 人間の形をしています。ですが、自我は無さそうです。
 あくまでも形を借り受けているだけなのでしょう。悪趣味ですね。
『ベルナール・フォン・ミーミルンド(魔術を用いて戦うほか、剣で戦います)』
『フレイスネフィラ(魔術を用いて戦います。とても体が大きく堅牢です)』
『チェネレントラ(ネクロマンサーです。死霊を召喚します)』
 →チェネレントラは初期30体の死霊を、3Tに1度、5体の死霊を召喚してきます。

●味方NPC
 ・シャルロッテ・ド・レーヌ
 フォルデルマン王の幼馴染みにして近衛騎士。
 剣術で戦いますが、先んじて迷い混んだときにワールドイーターに一撃喰らって負傷しています。

 ・イル・フロッタ
 天義の騎士。騎士の名門ミュラトール家の血が流れてる旅人のハーフ。家門に認められるべく邁進中。
 騎士として剣で戦います。イレギュラーズの皆さんを尊敬しています。指示があれば従います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <伝承の帳>崩落のレーガーリス完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
セララ(p3p000273)
魔法騎士
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾

サポートNPC一覧(1人)

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃

リプレイ


 ただ一つの器であった我々に、生命を流し込む所業こそを人は神と呼ぶのだろう――

 伽藍とした玉座には一人の女が腰掛けていた。パールの散った桃色の髪は波打ち広がっている。切り揃えられた前髪の下で長い睫が揺れていた。
 黄金色の眸はアリスティーデ大聖堂に飾られた聖冠を思わせる鮮やかさ。ヴェールを被った娘はひらひらと手を振った。
 カロル・ルゥーロルゥー――それが彼女の名前である。
 遂行者と呼ばれる者達が身に纏う白地のコートを肩に、愛らしいワンピースを身に纏い膝に人形を乗せた彼女はさも詰らなさそうである。
「よく逃げずに現れましたね聖女ルル! さぁ、第二次ルルバトルです!」
「……いや、どっちかってとノコノコ来たのはそっちじゃない? 拙者ルル」
 指差すカロルに『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)は「前回は拙者の勝利でしたから、ルルと名乗るべきは拙者の方!」と胸を張った。
 ルル家と『聖女ルル』。彼女が本来の名を使用することを避け、ルルと名乗ったことより勃発した謎の勝負は二回目に及ぶ。
「初めまして、『神託の乙女』のルルさん。ほしがりさんで口が悪い、第一次ルルバト……っと、やめておきましょ」
「あら、雑談は嫌いじゃないわよ? 『アリア』」
 ぴくりと『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の肩が跳ねた。彼女が何を知っているのかは定かではない。
 だが、此処で彼女の軽口に乗せられてはならない。アーリアは彼女の前では敢て、『大人』として接することに決めて居た。口が悪く、子供っぽい会話を楽しむ娘だ。何らかの『ぼろ』を出す可能性はある。隙あらばと、狙い突くつもりであったのだ。
 神妙な表情を見せるアーリアの傍で『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は「アーリアさん……」と呟いてからカロルに向き直る。
「イルちゃんを出来損ないって言ったことは謝って貰うからね! 偽物の聖女になんて負けないよ。頑張ろうね、イルちゃん!」
「あ、ああ」
 こくこくと頷いた『凜なる刃』イル・フロッタ(p3n000094)を見遣ってからカロルは心ここに在らずと言った様子で「ごめーんね」とさも適当であるかのように答えた。余りにも雑な返答にスティアは「それじゃ許さないよ!」と声を張る。
「随分な反応をするのですね。『聖女』
 ……ここ最近の天義の騒々しさは貴方達が原因でしたか。苦労人な顔見知りが困っていますからね。少し痛い目を見て頂きましょうかね」
 嘆息する『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は真っ向から聖女ルルと呼ばれる娘を見詰めていた。玉座にフォルデルマンを思わせるぬいぐるみを置いてから立ち上がった彼女は「寧ろ、黙ってみていればさっさと終ると思うのにねえ」と首を傾げる。
「黙ってなど見て居られるものですか。どれ程の被害を齎すのか想像も易いでしょうに」
「逆なのよ、全て。私達はあるべき姿に戻そうとしている。あなたが抗ったからこそ、惨劇だと呼んでいるだけでしょう?
 苦しみだって一瞬で終れば良い。悲しみだって一瞬で過ぎ去れば良い。
 疑うことは、罪である。すなわち、疑わず願うことこそがわたしたちに与えられた使命である――お分かり?」
 朗々と聖句を読み解く聖女の姿に『星の瞬き』シュテルン(p3p006791)の肩がぴくりと動いた。
 聖ロマスの書『天による叫び』の一説だ。
 ――願いなさい。祈りなさい。わたしたちの未来を開く光の再来を待ちなさい。
 それは、神(あるじ)の全能性を説く言葉であり、聖ロマスが罪とはなんであるかを民衆に諭すが為に発した論ともされている。
「分かるわけ、ないよ」
 呟いてから『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は敢て鮮やかな笑顔を浮かべて見せた。花咲くように浮かべた笑みは何時だって『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)が傍に居るからこそのものだ。
「はーい、それじゃ遊びましょ! 遊びと殺し合いを同時に楽しめるなんて随分太っ腹だね! アハッ!」
「やだ、殺し『合い』は望んじゃいないわよ。勝手に死んで」
 随分な言い草だと感じながらも美咲は敢て言葉にはしなかた。幾つか、現場を渡り歩いてきた結果の主観では美咲は脅威と認識されていないように感じている。
(それはそうかも。一寸目が良いだけの只人に過ぎない! だって相手は『傲慢』だ。なら『私達なんかを脅威に見做すはずがない』んだ)
 それに、と前を向けば幻想の勇者と名高い『竜剣』シラス(p3p004421)や『魔法騎士』セララ(p3p000273)の姿もある。天義でも名の知られるスティアやアーリアだっている。そして『ルル家が聖女ルルを煽り続けている』事である意味で視線は其方に釘付けだ。
 この状況を活かすならば聖女ルルの意識の外から領域に踏み込むしかない。自らの存在を希薄にして踏み込むならば最初から発見されていてはならないのだ。『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌ(p3n000072)には直ぐに察して居た。
 彼女は美咲の姿がカロルからは見えないようにと気を配ったのか、敢て声を張り上げる。
「……貴女が聖教国の敬虔たる神の徒である事は把握しました。しかし、此処は勇者王の国レガド・イルシオン。
 此度の侵略行為を聖教国の教皇も我が勇者王の末裔たる幻想王も許すことは致しません。何故の行いですか」
「は? お前が滅びてないからだろ、黙ってろ女」
 やけに噛み付くように言ったカロルの背後に糸と鋏が浮かび上がった。鮮やかな赤い糸は恋人を繋ぐ愛らしいモチーフにも思える。
 浮かび上がった巨大な鋏はカロルが手を伸ばせば片刃ずつに分かたれてその手の内に収まった。
「お人形に、糸と鋏……まるで児戯の様だなんて言ったら、怒るのでしょうか」
「可愛いねって意味なら怒らないわ。そうじゃないなら地べたに這い蹲って赦しを乞いなさい」
 その言葉のひとひらだけでも、愉快で堪らないと言ったかのように唇に笑みを含ませてから『魔女の騎士』散々・未散(p3p008200)は一礼する。
「嗚呼、ええ、初めましての方にとんだ御無礼を失礼致しました――ちるちる、みちるです。以後、お見知り置きを」
「ふうん。その名前好きよ」
 ああ、そうでしょうともと未散は唇を吊り上げ微笑んだ。さあ、楽しい前口上はお終いに――
「我々は神の遂行者である。汝らを導く為の光にして、導きの徒である」
 カロルは朗々と告げたから地を叩いた。故に、世界よ、崩壊を知れ。


「遊びのルールを一方だけが決めるなんて不公平、勿論ルールは守るから、貴女も一つ守ってよ。終わりまで、お喋りに付き合って頂戴な!」
「ええ、構わないわ?」
 手を叩いて微笑んだカロルにアーリアは頷いた。早速踏み込んだのはセララである。
 姿を見せたのは無数の『人形』であった。その奥に腰掛けた人形が余りにも友人の物に似ていたから――セララは表情を歪める。
「その人形、フォルデルマンに似ているよね。作ったの?」
「さあ、どうかしら」
 くすくすと笑ったカロルにセララが唇を尖らせた。フォルデルマンはセララにとって大切な友人だ。勿論、花の騎士として名高いシャルロッテもである。
「今日のボクはプンプンセララだよ。怒っちゃったからね! ボクの大切な人達を傷つけるなら許さないんだから!」
「ああ。シャルロッテがやられたら困る。他の誰が国王陛下(あのワカメ)の世話をするってんだよ!」
 可愛らしく怒るセララとは対照的に『ダメ国王』として名高いフォルデルマンのこれからを憂慮するシラス。
 カロルは一度玉座を見てから「あそこに王様座らせて、そっちを殺して遣った方がこの国のためなの気のせいかしらね」と問うた。
「それは……」
「だ、駄目だよ! フォルデルマンでも良いところはあるんだ! ちょっと、政治のこととか、国のこととか分かってないけど、心優しくって面白い人なんだから!」
 ぐ、と黙り込んだシャルロッテの言葉に被さるようにセララは慌ててフォローを入れた。カロルはあからさまに表情を歪めてから「いやあ」と呟く。
「ねえ、拙者ルル。この国よく滅びなかったわね」
「拙者に言われましても……ってか、メチャクチャ気易く話しかけますね!?」
 まるで友人のように話しかけてくる『遂行者』にルル家は驚愕を隠せやしない。後方で眺めて居るだけだからこその軽口なのだろうが、ルル家の前には無数の死霊がずんずんと歩いていた。
 チェネレントラ、とは何か。それは遂行者達の言う『幻想王国が滅びるべきであった』キーパーソンだ。サーカスとよばれた冠位色欲の最初の手、魔種という存在が大きく認知された切っ掛けを前にルル家は死霊達を打ち払う。
「数が多いね……! ネクロマンサーって、どうして何時もこんなにややこしいんだろう……!」
 スティアが思わずぼやいたのは死霊使いとして冠位強欲の存在が頭に過ったからであった。本体までの道を塞ぐというのは即ち、術者が近接戦に適さないからに過ぎない。
 キヒヒ、と笑い声を漏したワールドイーターチェネレントラの前を塞ぐ思慮達を引き寄せるヒィロは「鬱陶しい奴ばっかり!」と呟いた。
 無垢なる殺意をその身に宿し、大地を蹴った。夜空を切り拓き、『彼女』の道を開くが為に。直接的に彼女の声が聞こえた。
 ――影を借りるわよ。
 その言葉にだけ従えば良い。導きの光のような、美咲の声を手繰り寄せる。ヒィロにとっては成すべき事は只の一つだけだった。
 あなたの声が聞こえるならば、ボクは何だって為せる。分かり易い程に『行く先』が照らされると知っている――現実を切り拓く。
 溢れ出る闘志を浴びせかけ、勇猛果敢に駆け抜ける。死から、餓えから、悪意から遁れたその身の果てで、ただ一つを受け入れるかのように。
「こっちだよ!」
 ヒィロの呼ぶ声と、彼女の傍に隠れた美咲。其方へ視線を送りながらシャルロッテの傷を癒やす。「ご無事で良かったです、助太刀に参じました」と恭しく告げるシラスにシャルロッテは「此方こそ、申し訳ありません」と目を伏せた。
「一体どのような状況であったか……お聞きしても?」
「……王城上空に帳が降りたのです。まだ全てを覆っているわけではございません。
 ですから王には近衛が幾人か着いて退避頂き、私は先行偵察に参りました。幻想国内は『あの様な』状況ですから」
 シャルロッテのその言葉にシラスとセララは渋い表情を浮かべた。『あの様な』という言葉の指す先は直ぐに理解出来たからだ。
 駆け抜けるようにしてやってきた未散は影の天使を眼前に戦いを最適化させるまじないをその身に宿す。
 たまゆらの響きをさせた刃を構えた娘は「黄金の竜はさぞ、驚くことでしょう」と静かな声音で告げた。
「あ、そうそう。本当は『幻想なんて後回しでも良かった』んだけどね?」
「……どう言う意味?」
 セララが顔を上げる。無数の影の天使達を一手に引き受ける星穹はちら、とカロルを見遣った。その適当な言い草には腹が立つ。
(……ああ、どうしてこの様に悪辣であれるのか。
 きっと何処かで誰かの為に苦しんでいる人がいる、きっと何処かで誰かの為に傷ついている人がいる)
 唇を噛み締めた。銀の髪に、穏やかな瞳を有した青年は苦しみ足掻きながらも国を護る為に戦っている。
 血のにおいを濃く漂わせる星穹の背後にはシュテルンが立っている。渋い表情を見せた彼女とて、聖女と名乗った女の在り方に異を唱えたか。
(ずっと逃げてばかりだった。ただただ嫌な予感がすると言うだけで。
 シュテ……私はこの『盾』を捨ててこの悪意と向き合う。それがこの記憶に一番近い鍵だと言うならば……)
 今までは少女は幼さばかりを前面に見せていた。それでも、カロルに対して異を唱え睨め付けるように見遣れたならば――変化だ。
「……は、なんか皆、睨んでくるんだけど。
 まあいいわ。だって、『あれだけちゃんと出来る』んならこの国なんて放置しておいても良かったわよね。だから、私なのかも知れないけど」
「ルルが来たからって理由があるの?」
 不思議そうな表情を見せたセララにシラスは小さく頷いてから「まあ、深く考えなさそうだもんな」と鼻を鳴らして嘲って見せた。
「ツロみたいな事言わないでよね! 頭来た、お前覚えたからな。名前、なんだ、言え!」
「シラス」
「この小魚!」
 勢い良く罵ってきたカロルにシラスはやれやれと肩を竦めた。言わんとすることは理解出来た。
 彼女は所謂使いっ走りだ。遂行者達の利用する神の国は『冠位傲慢』の権能に過ぎない筈だ。だが、その標的に幻想を定めなくても良かったというのは――成程、『冠位色欲』が確り動いているからか。
「まあ、良いわ。冠位色欲(いもうと)の面倒を見て差し上げるなんて、我らが主は何て慈悲深いのか」
 うっとりと笑ったカロルの言葉の端から滲む。どうやら『双竜宝冠』の動きに彼女の主が満足しているという事だろう。だからこそ、此処で幻想の陥落を失敗しても問題は無いと言う事か。
「……本当に……」
 シュテルンは唇を震わせてからぎゅ、と噛み締めた。盾(おさなさ)を捨て去った娘は、シュテ、と自身を呼びながら過ごしていた子供染みた姿を捨て去った。
 カロル・ルゥーロルゥーと名乗った遂行者。彼女の様子を注意深く警戒し、彼女自身の動きに気を配れば仲間達を支え続けられるはずだ。
 許されざる悪意を胸にしていた彼女が手をパチパチと叩き「さ、もっと足掻いていて。ゲームよ」と微笑んだ。

 ――ちょっとだけ遊びましょ。ルール一つだけ決めさせて貰うわね。『核が壊れたら私は帰る』
   ルール守ってくれるなら帳の定着度をストップしてあげる。遊び終るまでの時間だけどね。

 彼女がその言葉を護っているのは実に幼い子供の様に思えてならなかった。
 星穹が見れば、カロルという娘は外見こそは大人びているが性質は幼子のようである。実に天真爛漫で表情のころころと変わる少女でしかない。
(本当に、実に幼い方……)
 星穹は後方で支援を行なってくれるシュテルンに気を配りながらもカロルを眺め遣った。鋭い雷が天より響く。
 スティアと、ヒィロ――それからその後方から狙いを定める美咲を視界に収めながら星穹の唇が緩やかに吊り上がった。
「聖女だなんて笑ってしまう。案外黒の方がお似合いな、腹黒そうな笑みですもの。
 どうやって遂行者や致命者……そうした存在が選ばれるのはさえ、聞きたいもですね?」
 その心の内側を見透かそうとする星穹にカロルの眸が向いた。今のうちだとスティアやヒィロが周辺に存在してる敵対対象を相手取る。
 前線を押し上げるべくチェネレントラへと肉薄したルル家は「何も喋らないから遣りづらいですね!」とチェネレントラを見詰めていた。
「代わりに私がお喋りして上げる。『知らない』わよ。
 だって、私はそうあるように生まれたんだもの。私は遂行者であるが為に私である。私があるのは私であるが為、お分かり?」
「……理解不能ですが」
 星穹はつい、とカロルを見遣った。本当に理解鳴らない言葉ではある。『カロルがカロルであるために、カロルである』とは何か。
「貴女! ほら、貴女! 本名があるでしょ!
 そっちはルル取られても本名になれば良いですけど拙者なんて家になるんですよ! 家って! 夢見家ですよ! 大名ですか!」
 思わず横槍を入れるように口を挟んだルル家にカロルはぱちくりと瞬いてから腹を抱えて笑った。
「きゃはははははははは!」
 笑い声が響き渡ったことに一同は一瞬だけの隙が生まれた――がワールドイーターの動きも鈍ったのでお互い様か。
 チェネレントラの周辺の死霊を薙ぎ払ったアーリアは「ああ、もう!」と唇を尖らせた。ルル家が『ルルバトル』を開くために、チェネレントラを打開しなくてはならないが、巨大なフレイスネフィラが横槍を入れてくる。
 美しく微笑んでいるベルナールの剣を受け止めたシラスは「射線を遮る図体だな」とフレイスネフィラを眺めて毒吐いた。
「フレイスネフィラ、ボクが相手だよ!」
 眼前のフレイスネフィラを見上げて、セラフィムの真白い燐光を揺らめかせたセララは全力全『壊』の勢いで聖剣技を放つ。
 しかし流石にその図体だけ合って強大か。フレイスネフィラの元々の『能力』まで再現されていなかったのは幸運か。
「カロル、面白いならワールドイーターなんて使わずに戦おうよ!」
「やだあ。でも、フフッ、おもしろ……大名ルル! 気に入ったわ、大名って呼んで上げる!」
「呼ばなくて良いですが!? いや可愛いでしょカロル! 普通に! カロルが嫌なら愛称でキャロとかでも良いでしょ!」
 大名は嫌だと拒絶するルル家に「カロルという名前はお嫌いですか?」と未散は問い掛けた。
 ベルナールの剣を退けるまでは出来る。未散とシラスで相対している彼の太刀筋は美しすぎるほどだった。魔術がセララを含め無数に光を放てども、シュテルンが全般を見て支えてくれている。仄かな安心感を抱きながら、僅かな焦燥。
(倒しきらねば――時間ばかりが経過してしまう)
 チェネレントラを狙うルル家やアーリアの前でフレイスネフィラがその堅牢な巨体を盾にしてくるのはある種、予想も出来た事だ。『チェネレントラの本体が弱い』と気付かれてしまったからには後方でネチネチと攻撃を重ねるカロルがそうした対策をとるのは分かり易い。
 だからこそ――だ。
 いち早くフレイスネフィラを打倒した方が良い。膝を付いたベルナールの銀髪が美しく広がった。もう一度の死を眼前にするのは、シャルロッテとて心地悪いか。
 彼女が息を呑んだことにシラスは気付く。そして、思い出す。ベルナール・フォン・ミーミルンドはシャルロッテ・ド・レーヌにとっても『幼馴染み』だ。
「……どうぞ、ひと思いに!」
 シャルロッテの声にシラスは唇を噛んだ。
「一度眠った者を借り物の姿とは言え、呼び起こす様な真似をするのは……全く以て度し難い」
「幻想にとっては縁があるからじゃない」
 カロルはさも当然のように言ってみせる。未散の肩がピクリと揺らいだ。いち早くフレイスネフィラの元に駆け付けねばならない。
 セララが相手取るフレイスネフィラはのっぺりとした影を落としているようにも見えた。まだ、此処から打倒の眼は存在している。
「……『る』の数なら負けて無いです。チル様、とかるーちゃんと呼ばれたりするので、其の辺りは親近感を感じつつあるのですが」
「あら、だから?」
「けれど、度し難いからこそ、仲良くは出来ないかも知れません。ぼくは、葬儀屋ですので」
 静かに告げる未散に「るーちゃんは仕事熱心なのね。私もそうよ」と友人であるかのようにカロルは返した。
 仕事熱心だからこそ、人の死など『利用してしまえ』とでも言うかの如く。


(テセラ・ニバス。アリスティーデ大聖堂――ティルスさんが、アーノルドくんと出会った場所にこんな形で来ることになるなんて、ね。
 此処にあったという『頌歌の冠』は、何処に行ってしまったのかしら?)
 そうぼんやりと考えたアーリアはカロルに『アリア』と呼ばれようとも、それがアドレから聞いた名のであろうと考えて居た。
 美咲やヒィロが『アドレがティルスに呼び掛けた名前』に気付いて居ようとも、アーリアは未だ気付いてやいない。
 彼に対して、全ての違和感を感じようともそれがそうだと本能が認めたがらないのだ。
「カロル・ルゥーロルゥー、いい名前じゃない。尤も、女なら名前を捨てたくなることの一度や二度あるでしょうけど」
「アリアも、変えたのよね?」
「……まあ」
 アーリアはまじまじとカロルを見た。ああ、彼女の言葉は何てこと無いほどに『無意味』の連続だ。
 ヒィロが一瞬その体を引いたとき、背後から美咲が飛び出した。きらり、と眩く瞳が輝いた。
 切り刻む、ただの一撃だ。その瞳に込めた力は、彼女と共に歩む未来ばかりを見詰めている。
 チェネレントラのその身を打ち倒す。周囲から波のように消えていった死霊の群に気付いたようにフレイスネフィラの咆哮が響いた。
「それにしたって傲慢の主に、預言書だか預言者だかの言葉に、世界を滅ぼそうなんて、センスがないわねぇ。
 ……元の歴史が何よ、世界は続くから美味しいお酒も飲めて――懐かしささえ覚えるような人に出会えたんだわ」
「アリア、屹度後悔するわよ」
 どう言う意味なのか、分からない。預言者とは誰か。それをアーリアは『まだ』知る由がないのだ。
 自身等が、此処で折れてはならないと星穹は強く認識していた。
「……この騒動を一刻も早く収束させる手掛かりはどこにあるの?
 貴女が聖女でも悪女でも私には関係ないけれど、聖遺物を奪ったり誰かに迷惑をかけるのは頂けないわ」
 星穹はフレイスネフィラへと影の茨を放った。鮮やかなるそれはぐるりとフレイスネフィラへと巻き付いて行く。
「何分私には二人分の過去の記憶が掛かっていましてね。
 丁度貴方達のせいで頭を悩ませていたところなんですよ。その舌の聖痕も、何か意味があるのかしら」
 ベルナールとチェネレントラを打ち倒し、影の天使達は粗方の対処が終った。残るはおしゃべりな聖女と、巨大なワールドイーターだ。
 だが――フレイスネフィラのその巨大さ故の被害は大きい。傷等だけのセララがぐい、と滲んだ血を拭ったことを確認しシラスは乱れた息を只した。
「ああ、そうだな。教えて貰おうか」
 静かに問うたシラスは出し惜しみしなかった。シャルロッテの表情を見て居れば、彼女の辛さも感じられる。だからこそ、直ぐにでも対処をしなくては。
「チャームポイントよ」
「……」
「……」
 ヒィロと美咲が黙りこくった。最早、美咲の姿はカロルに認知されている。此処からずっと隠れていたって意味は無い。
 真っ向から戦うならば、的は多いに越したことはない。『ヒィロのことは殺せそう』と認識するように残る影の天使の攻撃は苛烈になる。
(この祝福が、皆を癒す事が出来たなら……皆が少しでも前に進めるように……私、頑張る!)
 シュテルンは祈るように指先を組み合わせた。星穹やスティアを支える事が自身の出来る事だった。
 そも、彼女は天義のことを毛嫌いしている。両親を喪った娘の記憶は未だ靄の中である。
 断片的な記憶を頼りに生きていた彼女の眼にカロルという娘はどの様に映ったか。『天義の使徒』として振る舞う彼女の在り方は、シュテルンにとっては許せるものではない。
 影の天使を真っ向から見据えるシュテルンの前を黒い影が走り抜けた。
「ヒィロに目が行くのは当然だし、私の自慢でもあるけど……不躾な接触の代価は、命で払え」
「大事な物は箱にでもしまっておきなさいよ」
 カロルにそう呼び掛けられて、美咲は眉を顰めた。しかし、そんな言葉に対して何ら感慨も浮かべぬようにヒィロが笑う。
「いっぱい遊べていっぱい殺せて、とーっても楽しい時間だね! アハッ」
「何だか、相棒は『楽しそう』で良かったわね」
「ええ、そこが良いところなの」
 美咲に「そう、私にはあんまり分からないけど」とカロルは呟いた。赤い糸が周囲へと伸びて行く。一歩後退するカロルの代わりにフレイスネフィラが前へ前へと飛び出した。
「聖遺物を集めて何をしようとしているの? ……いや、新しい聖遺物を作り出す為に集めているのかな? 帳を降ろして侵食する為に。
 それとは別に聖遺物の所有者だった人達を召喚できるのかな? ここにいる人達のように。どう?」
 問うたスティアに「何だ、賢いのねヴァークライト」とカロルはぱちくりと瞬いた。
 前者は正解だという事か。そして、後者に関しては半分世界で半分不正解とでも言った様子である。
「聖遺物。そう呼ばれているかには神の影響も深いわね。だからこそ、我らは主の力を借りているだけじゃない。
 私には私の力がある。聖遺物を媒介に、私はありとあらゆる物を『作り出す』事が出来る」
 正しく傲慢だ。創造など簡単に出来るわけがない。それを補うのが聖遺物――この世界に愛された品だという事か。
 聖女はその聖遺物の力を想起する力を有しているという事であろうか。
 フレイスネフィラを抑えるように星穹が構える。支えるスティアが「ルルバトルは終りそうだよ」とルル家に声を掛ければ、彼女は頷いた。
 カロルの赤い糸が無数に伸びる。片刃となった鋏が肉薄するシラスの拳とぶつかった。
 アーリア「案外武闘派なのかしら? 聖女って」とカロルを揶揄うように見遣る。
「どうかしら。ほらほら、ゲームも終盤よ」
 カロルに指差された先には人形が腰掛けていた。セララは「フォルデルマン!」と人形を指差した。
 ――人形は『王』そのものではないのだろう。だが、何らかの細工をしてあるかのように思える。
 感情を探知することも出来ないがカロルはにやにやと笑みを浮かべているかのようだ。
 フォルデルマンが玉座の間に居ないのはシャルロッテの言う通り本人はきちんと退避したと言うことだろうか。だが、妙な気分だ。
 自身の持ち得る力を駆使して警戒に当たるが――成程、『人形は本人でないが何か仕込んだ』か。
「ねえ、私こと凝視するのやめない? え、もしかして大名が私に絡むのって、ラブ……?」
「違いますが」
 舌に刻まれた聖痕。それを気にしての解析であったが、見られていると気付いたのだろうカロルがわざとらしく口元を覆い隠す。
 それが何であるかは分からない。少なくとも遂行者の躯には様々な聖痕が刻まれているのは確かだ。
「ねえ、フォルデルマン人形に何貸し込んだの? 人形なら聖遺物が核ってワケじゃないよね。聖痕が核になってる? 聖痕だけを消す、あるいは崩せば何とかなるかな?」
「秘密。そこまで考えてこそのゲームでしょ?」
 セララが表情を歪める。スティアは悩ましげに考えてから「うーん……不浄」と呟いた。
「ねえ、『世界を定着させる』事が目的なんでしょう? それで、人形に何か仕込んだなら……普通に人形を破壊したら王様に影響があったりするんじゃない?」
「それも秘密」
 カロルがつい、と唇を吊り上げる。シラスは性格の悪いカロルが何か企んでいるのではないかと睨め付けた。
「汚え笑顔をしやがって、何考えてやがる」
 無数の見えない糸を放ったシラスに「は、可愛い顔って言えよ」とカロルが苛立ったように告げる。
 その腕に絡みついた糸が紅一線。カロルは「可愛いって言えよ、小魚!」と考えて居た。何とも裏表のない娘である。
(王様……幻想の王様……優しい、王様……いろんな催しを開いてくれていた王様……とても、とても、心配……です)
 つきり、と心が痛んだシュテルンは感情を読み取れることが出来ない事に安堵しながらも唇を震わせた。
「……王様に、影響があるなら、教えて下さい」
 シュテルンが静かに問い掛ける。カロルは「ふーん」と呟いてから今だ暴れ回っているフレイスネフィラを眺めて笑っていた。
「……仕方在りません。一寸現実に影響があるそうですが、如何か歯を喰い縛って耐えて下さいましね、あなたさまは王でしょう!!
 ぼくは同時に葬儀屋でも御座いますが、王の魂を導くのはうるさ……賑やかでぼくには役不足だ」
「ねえ、やっぱり本物ここに置いて殺せって言った方が国のためじゃない!?」
 余りの言われように幻想王国が不憫になったとでも言うのか。カロルは驚愕したようにイレギュラーズ達を見回した。
「……本当に心は優しいんだよ!」
「アンタ、騙されてない!? 心配になってきたけど」
「騙されてないよ!」
 セララは首を振った。本当にフォルデルマンは――カインは心根が優しいのだ。
「あんたはどう思うの狐っ子」
「あ、お人形のこと? 王様とかボクはどーでもいいし。まぁ、上手にやれればいいねっておもう!」
 ああ、そうと呟いてからカロルは「まあ、いいわ。何だか面白かったし」と呟いた。
「るーちゃん、『敢て命に別状ない場所』を狙っているわね?」
「ええ。そうさせて頂こうかと」
 未散が人形の『聖痕』を狙う。脇腹だ。現実で王様の脇腹が抉れたら最悪、王族殺しの罪を背負うことになるのだろうか。
「未散!」
「ええ!」
 シラスに頷いた未散は『敢て』医療的にも万が一傷付いたとて問題が無いように時を配り、聖痕を抉った。
「わぁお」
 手を叩いたカロルは「思い切りが良くって感動しちゃった」と手を叩いた。
「……それで? 本当に影響はあるの?」
 美咲の問いかけへカロルは首を振る。
「いいえ、王様を作ってやろうかと思ったんだけど、難しかったわね。精々、ちょっとお腹痛いくらいじゃない?
 此処で戸惑ってたらその内に誰か一人でも消えない傷を負わしてやろうかと思ったのに。結構思いっきり良いんだもの、残念」
 カロルは手を叩いてから「ゲームは終わりね」と暴れ回っていたワールドイーターの首を鋏で切り落とした。


 静寂だけがその場を支配していく。この場を維持していた聖遺物が消滅した今、この帳は無に変えることだろう。
 それまでの間、カロルはイレギュラーズを眺めて居ることに決めたのだろうか。
「そもそもキャロちゃんはなんで世界滅ぼしたいんです?
 ルルは譲りませんが、キャロちゃんの事嫌いじゃないから出来ればやめてほしいんですけど……」
 ぴたりと足を止めたカロルはくるりと振り返ってから「嫌いじゃない、ねえ」と呟いた。
「まあ、私可愛いものね」
「……自分で言うところにはビックリするけど……」
 スティアがぽかんと口を開いた。カロルはと言えば表情を変えずに自らが一番可愛いと信じ込んでいるかのような尊大な仕草をとっている。
「私に理由を聞くのは辞めなさい。私にはそこの狐娘とキラキラお目々みたいな誰かを思うような気持もないし」
「き、キラキラお目々……」
 確かに美咲さんの目は綺麗だけどと呟くヒィロに「褒めたんじゃないわよ」とカロルが唇を尖らせる。武装を解除しないのはお互い様だが、今は手出しをする可能性もないならば情報を聞き出す事が先決だ。
「そこの血のにおいのする女みたいに、誰かのためにみたいなことも考えて無い」
「……血のにおいだなんて……」
 星穹が僅かに表情を歪めるがカロルは気にする素振りの一つも見せやしなかった。詰まる所、彼女には隊逸れた理由は無いと言う事か。
「……じゃあ、どうして?」
 問うアーリアに「アリアはどうして世界を護るの?」とカロルは問うた。どうして、と問われれば流石のアーリアとて、一瞬黙り込む。
「私が思うに、誰かのために護るとか、大切な人が居るからとか、そういうの後付けでしょ。
 ただ、この世界に生きているから自分の権利を主張しているだけ。私は、私。そう在るように生まれたから、そうしているだけ。大名には悪いけど」
「だから……」
 普通に大名と呼び掛けてきたカロルにルル家が渋い表情を見せた。
 そんな風に呼ぶから、憎めない。嫌いにもなれない――出会い方が違えば友人になれたかも、と思わずには居られない。
「とっとと貴女の主のところに帰りなさい。私達も無意味な殺人なんて好みじゃありませんので――今回得た情報がいつかきっと貴女を追い詰めるから」
 睨め付けた星穹にカロルはにんまりと笑みを返した。
「精々憎み合いましょうよ。世界が終ってしまうまで」
 にこりと微笑んだ娘が『あっかんべえ』と舌を見せる。崩壊していく帳の中で、手を振った彼女の『舌』に刻まれた聖痕だけがどうしようもなくその意識へとこびり付いた。

 ――ふと、アーリアは思い出す。アリスティーデ大聖堂の『頌歌の冠』
 セララが後ほどカロルの『聖痕』について見覚えがないかと天義上層部に確認しようとしたそれは、アリスティーデ大聖堂に嘗て存在した聖遺物に良く似ていたのではないか、と。
 それ以上の事は分からない。アーリアの記憶の端に存在したそれが正しいことであったと気付いたとて、その繋がりは、まだ――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

セララ(p3p000273)[重傷]
魔法騎士
ヒィロ=エヒト(p3p002503)[重傷]
瑠璃の刃
星穹(p3p008330)[重傷]
約束の瓊盾

あとがき

 お疲れ様でした。
 今回もよくお喋りをしました、聖女ルル。また皆さんとお会いできますように。

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