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シナリオ詳細

<月眩ターリク>褪月の祭祀

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●博士
 アカデミア――それはラサのある遺跡の一部に『博士』プスケ・ピオニー・ブリューゲル、この私が開いた私塾だ。
 元の世界では錬金術師やマッドサイエンティストに分類されていたが、その評価は甘んじて受け入れよう。
 混沌世界に転移後、直ぐに異界の知識が織り交ぜられた此の地で研究を行なうにはよい拠点を見付けたとは思わないか?

 『死者蘇生』『人体錬成』『不老不死』――それから、コレも追加しよう。『反転』からの回復・回帰。

 この男が、そんな錬金術師の夢を抱いたのは当たり前のことだった。
 非人道的だと言われても、構わぬほどの実験をした。
 生徒の娘をキマイラに変えた。弟子と共に人間のコピー生命体を作ろうとした。
 それだけではない。偶然であった『ファルベリヒト』、大精霊の力を借りた。『混沌肯定』は厄介だが出来る事は多かった。
 素直で可愛いジナイーダを『利用』する為の障害はさっさと排除した。
 何時もナイト気取りで傍に居たリュシアンは、用事がある日だった。だからこそ、あの子の居ない日を選んだのだ。
 世話焼きだったブルーベルは、奴隷商人が現れればジナイーダを逃がすことが分かって居た。其の儘、彼女は消えた。
 驚いたのは二人共が『反転』した事だ。魔種というものは興味深い。何方も、自らの感情が原動力であるからだ。
 心の動きとは切り離せぬものだ。故に、自らの心が僅かにでも揺れ動いたときに、それは強大な力になるのだろう。
 イレギュラーズと呼ばれた『我々』が奇跡(PPP)を起こすことと何ら変わりはない?
 ああ――私も『旅人』なのでね。
 どうやら君達は魔種から許に戻る事ができないか考えているのだろう? なら、僕が戻す実験をすれば文句は言わないだろう。
 興味があるのだ。
 ……元に戻るかも知れない。かも知れない、ばかりでは何も進まぬ事を理解はしているはずだ。
 ――魔種は世界を破滅させるだとかで淘汰される存在だ。人体実験を行ったところで誰も文句を言わせやしないさ。
 多少の犠牲は付き物だ。

 君達が望んだんだ。
 平和で誰も悲しむことのない、不条理な別れのない世界を、ね?

●夜の祭祀
 それは死と再生を司る儀式である。古宮カーマルーマでは古より行なわれ来たまじないの一種だ。
 そのまじないによって作り上げられた『月の王国』は奇妙な気配を宿していた。
 大精霊『カーマルーマ』は死と再生を司るとされていた。その精霊の姿が近頃は見られないのだ。
「――まあ、当たり前のはなしだね」
『博士』の言葉に「博士(せんせい)の中にいるのでしょう?」と朗らかに微笑みかけたのは敵意をも削ぐ笑みを浮かべた『偽命体』のジナイーダであった。
 勿忘草を散らす可愛らしい少女がにこりと微笑めば、その笑みに絆されたようにベルトゥルフが嘆息する。
 どうにも、彼女がいるだけで場の空気が乱れて仕方がないのだ。ベルトゥルフの握る剣、ブリードが「ギャギャギャ」と笑う。
「ジナイーダにしてやられてんなァ!」
「……何もされてないが」
「戦意を削いで、敵意を削いで、友好的存在だと思わせるガキなんて脅威だろうが、なァ、ケルズの坊ちゃん」
 魔剣、とそう呼ばれた狂気の旅人ブリードはベルトゥルフの肉体と感覚が接合されている。つまりは、二人で一つの状態なのだ。
 それ故にブリードの狂気はベルトゥルフを苛む。その苛立ちに、苦しみに、魔種としての『狂気』に、立ち向かい鎮めるのがジナイーダの特異的な空気であったのは確かである。
 外方を向いたケルズ=クァドラータは10歳前後の幼い外見をして居た。数多の物語の観測者、記録(レコード)を行ない、決して介入をしない少年は此度の状況を静観していたのだろう。そんな彼が前線に来た理由にブリードは心当たりがある。
「辛いねェ~~~。ベルトゥルフちゃんは幼馴染みが来て? ケルズちゃんは妹が居た、と。因縁だねぇ~」
「……妹は規則に違反している。それで記録者を名乗るのならば、始末しなくてはならない」
 目を伏せたケルズに「覚悟決まってんねェ!」とブリードが声を上げた。ベルトゥルフがその声音に表情を顰めたのは仕方がない話である。どうにも、彼等は性格のそりが合わない――が、一心同体になったのだから、最早底は諦めるしか無さそうだ。
「喧嘩は駄目よ」
「してない、ジナイーダ」
「なら良いよ! ええっと、博士の中のカーマルーマは夜の祭祀をしろっていってるのよね?」
「そうだよ、ジナイーダ」
 にこやかに、和やかに。ジナイーダは微笑みかける。
 夜の祭祀――それは大精霊カーマルーマの安寧の為に行なわれていた。
 だが、原罪の大精霊は博士の内部に存在し、狂気に駆られている。
「死と再生の大精霊の力は溢れかえっている。苦しいだろうからねえ、その力を使って『偽命体』を沢山作ろうではないか。
 それからね、烙印も『たくさん』付与してくれたから――祭祀を行なう意義が出来た。我慢させた甲斐があったよ」
 博士は腹を撫で付けた。腹の中で怒る『カーマルーマ』は自らの力が爆発し掛かっていたのだろう。
 精霊は自らの力を滞りなく使用することで場を鎮める事が出来るのだろう。それ故に夜の祭祀を利用し、この異空間に余った力を解放してきたのだが博士がその邪魔をした。
「カーマルーマちゃんを我慢させてどうするの?」
「一気にその力を使用して烙印を『進める』んだよ、ジナイーダ。
 今まではカーマルーマを腹の中に収めていたからね。部分的にでも『カーマルーマ』を出せば、烙印の効果は一気に、イレギュラーズを襲うだろう」
 愉快だねと博士は微笑んだ。
 烙印とは、偽の反転状態である。つまり、擬似的に魔種を作り出す行為なのだ。
 そこに狂気に侵された旅人の力を添える。
 リリスティーネ・ヴィンシュタインは非常に良いモデルケースだった。
 彼女は狂って居る。
 彼女は呪われている。
 貴種、純血の娘。しかして、彼女は真の王たる『始祖』には足りず、永遠に藻掻き苦しむ娘でしかない。
 燻り続ける女の底にある感情は狂気の源だった。博士はそれを利用したのだ。
 吸血鬼であるという女の血と、カーマルーマの力を混ぜる。そして――……ああ、此処から先はショッキングだから言わないでおこうか――を混ぜ込んでから作り上げた紅血晶。
 狂気と妄執のかたまり。大精霊の力を与え、『少しだけ借り受けた彼女の力』も添えた。彼女……ルクレツィアは話の分かる娘だった。
 全てを混ぜて作り上げた烙印と、紅血晶。それは徐々に、徐々に狂気へと居たる道筋なのだ。
「イレギュラーズならば強大な魔種になるだろう。
 身内が反転したならば、彼等は元に戻そうと尽力するだろう? 底に感情的な作用が、奇跡を起こしたならば素晴らしい出来になる」
「戻せるのかしら?」
「戻せるかは分からない、けれど、実験しなくては分からないだろう?」
「うん。私も、リュシアンを元に戻してあげたいわ?」
 悪気なく微笑んだジナイーダは「ベルトゥルフのこともよ」と手を握りしめる。
「幼馴染みさんと仲直りできるように手伝うね」
「……アイツは選ばれた存在だ。どうせ――」
「大丈夫よ。幼馴染みさんも一度反転させて、一緒に戻れば良いのよ。上手くいくかは分からないけど、ええっと……『実験には犠牲が付き物』らしいから!」


 月の王宮より離れた場所に祭祀場アル=アラクが存在していた。
 夜の祭祀が行なわれるというその場所に、魔種リュシアンはやって来た。イレギュラーズと共に、この場への招待状が在ったからだ。
「こんにちは」
「ジナ……イーダ……?」
 引き攣った声を漏したリュシアンにジナイーダは「リュシアン」と微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。お友達との再会にはしゃいじゃった。
 こんにちは、もう一度会ったなら、二度目ましてだし、はじめましての子も居るかな? ジナイーダです。
 私は博士と一緒に夜の祭祀を執り行うことになりました! えっと……烙印を持ってる人は、いる?」
 こてんと首を傾げたジナイーダはまじまじとイレギュラーズを見てからぱあと表情を明るくした。
「『烙印』! 一緒だね、一緒。これから『仲良くして行く為の儀式』だから。見ててね」
 その言葉だけでも良く分かる。
 この儀式を止めなくては――『烙印』の進行速度が上がっていく事は確かだろう。
「えっと、どうして武器を構えるの?」
 それにしても、少女を前にすると敵意や戦意が失せてしまう。妙な特殊能力を有しているのだろうか。
「皆とずっとずっと一緒に居るための事なのに……悲しいなあ……」
 ジナイーダは『悪意も』『敵意も』なく『そうあるために作られた』ように言葉を紡ぎ悲しむように目を細めた。

「邪魔するなら、死んで欲しいなあ」

 少女の言葉に、リュシアンは息をゴクリと飲んでから唇を震わせた。戦慄いた唇が、音を上手くは紡げやしない。
「は?」
 思わず、漏れた言葉。その目には薄暗い怒りが宿る。
「ジナイーダ、何を言って……」
「リュシアンも烙印をあげる! これから一緒だよ」
 にんまりと微笑んだジナイーダを見詰めたリュシアンは彼女の背後に確かにその人影を見た。

 ――プスケ・ピオニー・ブリューゲル。

『博士』と呼ばれたその人が、其処に立っている――!

GMコメント

夏あかねです。

●成功条件
 ・『夜の祭祀』成立阻止
 ・『博士』及び『ベルトゥルフ』の撤退

●『夜の祭祀』
 満月が美しい夜です。祭祀場アル=アラク(偽)です。本来は『古宮カーマルーマ』に存在していますが、月の王国内に作り上げられたようです。
 大地には大仰な『血』の魔法陣が描かれており、中央には水晶が存在しています。
 水晶は徐々に赤く濁っており、コレを護る為にエネミー達が配置されているようです。
 主にジナイーダやベルトゥルフが防衛に当たります。どうやら水晶破壊こそが儀式の成立阻止に繋がるようです。

●『博士』プスケ・ピオニー・ブリューゲル
 ピオニーまたは『博士』と呼ばれている旅人。マッドサイエンティスト。
 様々な大精霊達の力を取り込んだり、冠位魔種色欲の手を借りたり、色々と悪事を働いてきました。大体博士のせいです。
 魔種ブルーベル、魔種リュシアン、ジナイーダ、魔種タータリクス、葛城春泥、ヨハネ=ベルンハルトの『先生』でもあります。
 本人の思想はOPをご確認下さい。簡単に言うと目的のためには犠牲も問わないマッドサイエンティストです。
 戦闘能力などは不明です。その腹の中に大精霊『カーマルーマ』がいるようです。

●『偽命体』ジナイーダ
 ほんわかとした少女です。魔種ブルーベルやリュシアンの友人の姿をしています。
 敵意や戦意をさく本人の性質がより強く発露している為か、フィールド上では敵意や戦意を削がれやすくなります(稀に命中を極端に下げる等、何らかのトラブルを起こすようです)
 作られた存在であるため腕がひしゃげようと、脚がもげようとも自由自在に動きます。
 その背後から無数に花弁が舞い散り、花弁が自由自在にイレギュラーズを傷付けます。
 本人に悪気はなく、そうあるがだけです。問うても「?」と首を傾げます。

●『魔種』ベルトゥルフ&ブリード
 傭兵団『宵の狼』の団長であったベルトゥルフと『魔剣』と呼ばれた狂気の旅人ブリードです。
 博士に二人で一つの一心同体にされており、離れることが出来ません。ブリードの強い狂気の影響をベルトゥルフは受けているようです。
 ベルトゥルフはルカ・ガンビーノ(p3p007268)さんの幼馴染みであり、彼がクラブガンビーノの跡取りだったことやイレギュラーズに選ばれた事を気に病んでいたそうですが……。
 ブリードは思う存分暴れ倒します。悪辣な存在であるためベルトゥルフの肉体を使って、兎に角、人を傷付け甚振ることを目的とするようです。

●『旅人』ケルズ=クァドラータ
 外見年齢10歳前後の少年です。リンディス=クァドラータ(p3p007979)さんの兄。
 他者に介入することを赦さず、観測することが指名であるとし、イレギュラーズとして数多に活動してきたリンディスさんを『処分』する事を考えて居ます。
 リンディスさんの処分のために『特例事項行使』を行ない、戦闘行動に出ます。後衛。深追い、状況が大きく変化するようなアクションはしません。

●偽命体(ムーンチャイルド) 数不明
 博士が現在進行形で夜の祭祀で産み出しています。カーマルーマの力を帯びてやや強化されています。
 有象無象としか呼べませんが人間とは余り呼び掛けることの出来ないモンスターです。夜の祭祀の成立が中止されれば供給がストップされます。

●リュシアン
 魔種ブルーベルの幼馴染み。初恋の人で、もう一人の幼馴染み『ジナイーダ』を自身が師事していた『博士』と妖精郷を襲った魔種『タータリクス』によりキマイラへと変貌させられた事が切欠で反転。
 現在は『色欲の冠位魔種』の使いっ走りであり彼女との取引で様々な反転を引き起しています。
 イレギュラーズとの直接対決は望みませんが邪魔する者には容赦はしません。わりと直情的。近接攻撃が得意で俊敏です。
 ……ジナイーダが烙印を付与しました。ジナイーダ相手には戦えません。戸惑ってしまう。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

  • <月眩ターリク>褪月の祭祀完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

サイズ(p3p000319)
妖精■■として
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


 朗らかに笑う娘は、何時だって穏やかだった。その笑顔を見ているだけで力が抜けて行く感覚がする。
 微笑み、うっとりと笑った娘。榛の色の髪には勿忘草の花が咲いている。仕立ての良い服を着ているのは彼女が商家の出身だからだろうか。
「あの娘がジナイーダ……」
 呟いた『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は自らの傍に少年が立っていることを強く意識した。
 褐色の肌、柔らかな萌黄色の瞳の獣種の因子を有している少年。彼は決してまともな存在とは言い切れない。
 魔種だ。
 彼の目的はリュティスが向き合ったジナイーダ――ジナイーダ・ラティフィを殺した『博士』に復讐を行なう事だった。
 只の少年だった彼は力を欲した。狂った旅人には協力者が多かったからだ。その為に、何だってしてきた。呼び声は無数に。反転した者達が起こした事件が波紋を起こす。
 だが、事ここに来てから『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は想わずには居られないのだ。
 全ては『冠位色欲』の掌の上であったのだろう、と。
「リュシアン」
 優しい声色だった。愛おしそうに幼馴染みの名を呼んだジナイーダ。
 リュシアンと、リュティスにとって忘れ得ぬ『彼女』の親友。唯一無二とさえ呼ばれた陽だまりの娘。
 ブルーベルという娘は悪人ぶってはいたが悪人ではなかったとリュティスは考える。。ジナイーダを救う為に反転し、自らを救ってくれた主に忠誠を尽くして居たのだ。
 しかし、彼女はタータリクス・ウォーリン・アンチャイルズという男と共に妖精郷を蹂躙せんとした。
 ブルーベルの目的は妖精郷に眠る封珠を得る事であり、タータリクスの目的が妖精女王ファレノプシスの捕縛であった事は『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)も良く覚えて居る事だろう。
 つまり、妖精郷を襲った切欠であるタータリクスの人生の岐路にリュシアンが携わり、彼がタータリクスを『妖精郷に仕向けた』理由こそ、ジナイーダの死。そして――ジナイーダを死に追いやったのは『博士』ことプスケ・ピオニー・ブリューゲルなのだ。
 廻り廻り、これまでの事件ピースは嵌まる。だが、そう簡単な話ではなかったのだろう。
「リュシアンだ」
 ジナイーダがにんまりと笑う。リュシアンは震え、目を見開いたまま青ざめた表情をして居た。
 それはそうだろう、とリュティスは想う。どうして此程に酷い事が出来るのかは分からない。これは亡き友ブルーベルを冒涜するのと同義ではないか。
「リュシアンさん」
 押し止めるように『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は声を掛けた。
 リンディスを一瞥したリュシアンは唇をはくはくと揺れ動かす。その表情が全てを物語る。
 ああ、本当に――いつかブルーベルの記憶で見たジナイーダ。彼女は柔らかく優しげな雰囲気。穏やかで、陽だまりそのものではないか。
 護りたかった。救いたかった。だからこそ、反転までしたというのに――リュシアンは、目の前で微笑むジナイーダが紛い物であると識っている。
「タータリクスのアルベドは知っていますか。血液等を使い、基となる人物に極めて近しい性質を持つホムンクルス……。
 彼女はジナイーダを基にした、それをより発展させてある作品――そうですね、博士」
「君は詳しいのだね」
 問い掛けたアリシスの瞳は鋭さを帯びた。
 拍手をする『博士』がジナイーダの肩を叩いた。「せんせい」と甘い声音で呼んだジナイーダにリュシアンがカッと目を見開く。
「ジナイーダに触るな!」
「リュシアンさん!」
 慌て、リンディスがその名を呼んだ。リンディスの目的は耐え抜き、リュシアンを守り抜くことだ。
『魔種』である少年は利用価値がある。そう言い聞かせた。博士を倒す為ならば彼の手を借りた方が良い――この祭祀が終れば、彼の喉許に手が届くのだ。
「……リュシアン。確実に言える事は、彼女の魂は此処には無い。そしてブルーベルと共に今も貴方を見守っているだろう、という事です」
 アリシスに宥めるように告げられてからリュシアンは俯く。指先が震える。堪えるように立っていた少年は一先ず引き下がった。


 不可逆に抗う狂気。月の王国について気になることは多いが、此度のオーダーは『夜の祭祀』を成立させない事だ。つまり、夜の祭祀が成立してしまえば、『烙印』の状況が進行してしまう可能性があるということだ。
「……目的、聞いたよ」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の唇が震える。天義に生きる聖女にとって有り得ざる倫理観を博士は抱いている。
 理解不能だ。どうしようもない程に悍ましい行いでしかないのだ。濁った水晶が夜の気配を帯びる。古宮カーマルーマは生と死を司り、再生をも想わせる。夜、とは詰まり『死』を意味しているのだろう。
 死と意味する夜の『祭祀』を達成させ、蓄積した力で朝を迎え入れる。そうして大精霊カーマルーマは生と死を司るとされているのだ。
 決して、太陽の上がることのない砂の海でスティアは博士を睨め付ける。
「擬似的に魔種を作り出すなんて何を考えて居るの!」
「君達のためだよ」
「ッ――例えそれが魔種から戻す為の研究の一環だとしても認める訳にいかない!
 晶人となってしまった人だって、烙印で苦しんでる人だっているんだ。これ以上、犠牲者を増やさせない!」
 かっと頬に熱が上がったのはさも当たり前の様に『博士』が告げたからだろうか。腕は子供のものだろうか。胴体は女、足は獣。間違えて組み立てられた玩具を想わせる肉体を有した『博士』は「おやおや」と肩を竦める。
 ああ、そうだ。『魔種から戻る』というのは実に興味深い話ではある。『闇之雲』武器商人(p3p001107)とて興味が無いわけではない。
 複数の魔種の問題を先送りにしている。反転とは死を意味すると考えられていた。決して戻れぬ足枷、自らの力を解放する代わりに滅びに身を委ねている。それから――戻る?
 実に興味深い話ではあるが。
「それはそれとして我(アタシ)の猫に妙な烙印を付けた原因だ。元に戻す方法を聞き出した上で殺す」
「済まない。まだ研究の最中なんだ。結論をお聞かせできるまで、もう少々お時間を頂いても?」
 穏やかに微笑む『博士』。その言葉の裏には「君も研究に参加すると良い」と孕んでいるかのようだ。武器商人は旅人である。故に反転という純種に存在する特有の現象は起こり得ない。だが、目の前の歪の存在のように『狂気』に陥ることは出来よう。
「成果のための多少の犠牲……? 烙印も偽命体もキマイラも全部『多少』? 実験材料を増やしてる時点で、許せるわけがないだろう……?」
「……潔癖だね」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の拳が震えた。ああ、理解出来ない。イズマの怒りを寸分も理解してやくれない目の前の存在が同じ生物であることが信じられない。
「この烙印も……よりにもよって鋼の上に刻まれて、黙ってられるか! 何としても儀式を止めなければならないな!」
「あはは」
『博士』が手を叩いて笑い始めた。何が可笑しいと言わんとしたイズマの目の前を可愛らしい少女が走り抜ける。ジナイーダだ。
「ねえ、何が楽しいの?」
「ああ、彼ったら自分勝手だと思わないかい? 世界平和か自分の倫理観か分からないが、自分の基準を私に押し付けるんだ。
 その上、烙印の位置にまで文句を、うふふ。ごめんね、君が狂いきってしまえばそんな苦しみもなかっただろうに。早く儀式を進めるよ」
「なっ――!」
 馬鹿にしたことを言うとイズマが鋭い視線を博士にやった。敢て煽るような言葉を口にするのは『博士』の悪い癖なのだろう。
 リュシアンにも覚えがある。そうやって人の感情を逆撫でて感情的な動きを彼は利用する。感情にも力が存在している、特に『精霊』などはそうした影響を受けやすい者も居る――だからこそ、なのだろうが。
「アイツを殺そう」
 苛立ったリュシアンにイズマは「落ち着いてくれ」と諫めた。しかし、リュシアンは止ることは無い。
 今は協力者の位置づけのイレギュラーズを馬鹿にして、万人の倫理観を否定し、自らの狂気を肯定する者をどうして野放しに――
「おい」
『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は頭をガリガリと掻いてから己を落ち着けて息を吐いた。
「リュシアン、博士をぶっ殺すんだろ。気を取り直せ。……怒りは目的を喪うだろ。標的はちゃんと定めろ。それすら出来ねえならすっこんでろ」
「出来る。お前に言われなくったって」
 魔種の少年は息を吐いてから勿忘草色の石を飾った短剣を構えた。深く息を吐く、少年の瞳に殺意が漲った。
「ベルトゥルフちゃーーん! 幼馴染みかっこよくね?」
「うるせェ」
『剣』の声にベルトゥルフは低く拒絶を示した。その姿を見るだけでルカは『変わってしまった幼馴染み』を実感してしまう。
「……博士を倒すのを手伝うって言ったが……悪ぃが今日は無理そうだ」
「だってよォ! まァ、ベルトゥルフちゃんが正気で居られるかァッ! はァッ! これからに掛かってます~~!
 幼馴染みちゃん、見てるゥ? 狂気の魔剣ブリーーーードが! 引っ付いてまぁ~~す!」
「うるせェ」
 ルカとの対話を遮るブリードにベルトゥルフが更に言葉を重ねた。彼は動かない。何時までも楽しそうな『博士』とジナイーダ、その様子を眺めるケルズを観察しているだけである。
「ふむ」
『博士』には大して興味は無いが、親の恩師、というと如何にも擽ったい。『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)は挨拶くらいはしておくかと向き直り。
「娘さんの命を僕に下さい」
 間違えた、とは思ったが。
「いいよ」
 と応えられたのならば、愛無は僅かながら呆けた表情を見せた。喰う心算ではあった事から、言葉のニュアンス的には違っていないだろうか。
 ああ、それに、エルレサと呼ばれた存在にジナイーダのようにオリジナルが存在するならば是非ともあってみたいものだ。
 少なくとも、彼女の特異な能力に絆されぬよう心構えはしておく必要があるだろうが。
「三者三様、それぞれが思うことがある、といった様子ね」
 鉄靴が地を蹴った。砂の海は少しだけバランスが取りづらく裳感じられるがプリマドンナの前では大した問題は無い。
 砂の海に月ばかりを飾った暗い空。闇に溶けるように跳ね上がって踊る『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)は唇に笑みを湛えた。
「なんて綺麗な月夜かしら。こんな日は踊りたくなるわよね。
 でもそれには儀式なんてやってる人たちに退いてもらわないと――折角の舞も台無しだわ?」
 それぞれの思惑が交錯している。其処に正しさがあるのかは分からないが、チケットも持たぬ観客達はどうにかしておかねばならない。
 プリマドンナの舞はそう安くもない。観客席の数が決まっているからこそ、その踊りに価値が与えられる。金銭的な意味を絡ませずとも喉から手が出るほどに魅力的な踊りだというだけで付帯価値もバッチリだ。
「無尽蔵に増えられても私の踊りは全員には『魅』せられないの。申し訳ないけれど、舞台の準備を整えさせて頂けるかしら?」
 ヴィリスが地を蹴った。はじまりの合図に答えるように前線へとは知るのはスティア。
 無垢なる想いをその胸に。スティアの周りに舞い踊った天使の羽根は練り上げた魔力構築によって生まれた僅かな残滓。
 自らの魔力放出の制御を課す魔導書から産み出されたのは意志の弾丸。真空を切り裂き、それはベルトゥルフへと届けられる。
「ごめんね、少しだけ相手になってくれるかな?」
「モチロン~~~!」
「……貴方、じゃないかもしれないけど」
 軽口を返したブリードにスティアが肩を竦めた。饒舌な『旅人』を手にしているベルトゥルフの瞳が血走っている。
 彼の人となりをスティアは詳しく知らないが、ルカとの様子を見る限り狂気の魔剣に魅入られているのは確かなようだ。
(この人がブリードを手にした理由があるなら……それも、紐解かなくっちゃならないのかも知れない。
 けど、今は水晶を破壊して『夜の祭祀』の成立を阻止しなくっちゃ――!)
 宙に浮き上がり水晶へと向けて魔砲を放たんとしたサイズの前出ににんまりと微笑むジナイーダが立っている。
 水晶と魔法陣を破壊しようとしたサイズの前で両手を広げた彼女は「みんな、よろしくね」と囁いた。偽命体達を蹂躙する鋭き魔力。
 水晶を庇い立つジナイーダがくすくすと笑う。腕が拉げたのを見てリュシアンが引き攣った声を上げた。
「リュシアン」
 甘い声音にリュシアンがごくりと唾を飲んだ。アリシスはよく分かって居る。此処にジナイーダが居る理由も、彼女を『用意』した理由だって。
 リュシアンは、必ずしや博士を殺しにやってくる。
 彼は、家の用事だと『二人』の側を離れた。
 ブルーベルがジナイーダを庇い、森へと逃げた。実験をしようと呼び出されたジナイーダはキマイラに変化した。
 段取りの良すぎるほどの悲劇。自身の力なさを悔み、それ以上の犠牲を出さないと決めた魔種の瞳に狂気が滲む。
「ジナイーダ……」
 かたからと、少年の指が震えた。彼女の手を取ってイレギュラーズを皆殺しにすればずっと、彼女と生きていられるのか。
 博士がなんだ?
 博士が『ジナイーダ』を連れて帰ってきてくれたではないか。
「リュシアンさん!」
 スティアが叫んだ。リュシアンがびくりと肩を揺らす。リンディスは彼の手をぎゅっと握った。
 ケルズの瞳が厳しくなったのは『規則違反を更に犯した』からだ。観測者が、誰かの物語に介入する等見逃せない。
 ケルズの足元からオオカミが産み出される。牙を剥きだし涎を垂らす。彼の狼はリンディスだけを見ていた。
「……戦いたくない相手とは無理に戦わなくても良いよ。
 それに私達もジナイーダさんを極力傷つけるつもりはないから! 邪魔をされたら困るから相応の対応はするけどね!」
 拳をしゅ、しゅ、と突き出すポーズを取ったスティアは眼前のベルトゥルフを引き寄せながら不浄の気を排除する。
「だから今自分のやるべきことをやって欲しいな。博士をぶん殴るんでしょ? それに私の分もお願いしないといけないしね」
 花びらを舞わせ、ただ、只管に魔力を高め続けるスティアは魔種と旅人を引き寄せながらも仲間達の支援を忘れてはいなかった。


 そう容易に水晶の破壊はさせないつもりなのだろう。ジナイーダが偽命体を扇動し、自由に動き回る『博士』が目にも付く。
 天に位置するサイズは隙を狙いながらも博士へと声を掛けた。
「月の王国の転送陣は博士が作ったのか?
 作ったのなら何を燃料に動いてるか教えて欲しい、出来れば論文や研究資料があるなら欲しいね!」
「いいや、これはね。古宮カーマルーマに棲んでいる精霊の力なのさ。
 精霊を捕まえて、食べてしまったのだけれど、私、僕、俺、いや……私かな? 僕だったか、まあ、いいや。
 腹の中のカーマルーマの為に儀式をしてやったんだ。この場所は精霊の居所だったから。頂いてしまったご恩かな?」
 サイズはぽかりと口を開いた。『博士』は良いことをして居るかのように話しているが、それは余りに酷い事だ。
 大精霊である夜の精霊カーマルーマを捕食――と言うべきかは分からないが――し、利用し続けて居るのだ。
 ただし、サイズが『元』精霊女王であるファレノプシスを救いたいと考えるならば、『博士』の研究テーマにぴったりではあるのだ。
 死者蘇生、人体錬成、不老不死。
 不可逆とされた者を可能にする。錬金術師の夢。
「君も興味があるならどうかな? ああ、そのままでは頂けないね。
 ふむふむ、成程。君の愛しい人は二人居るのか。有り難いね。片方を殺すところからレッスン開始だ。まだ温かい内から死の経過観察をした方が良いからね」
 目の前の男は何を言って居るのだろうか。
 その言葉だけでどうしようもないことを理解する。『烙印』の吸血鬼と魔種はまるで違うというのに『反転』をどうやって克服するのかと、問いたかったが出てくる答えは決してロジカルとは言い切れないだろう。
 博士は人の死を何とも厭わない。あからさまに狂ってしまった倫理観の上で、その答えは単純だろう。
「反転時に発生する莫大なエネルギーを紐解くところから始めるんだ。急ぎ脚は、結果を損ねるよ、君」
 ――犠牲など、どうでも良いと言うことか。
 その刹那、天に居たサイズへと向けて『博士』の許から一筋の光が飛ばされる。長い腕が振り上げられ、咄嗟に身構えたアリシスは「やたらめったら攻撃を行なうものではありませんよ」と博士を窘めた。
「ああ、失礼?」
 サイズの腕が後方へと一瞬ぶれる。腕を落とすつもりであったか。ぎりと奥歯を噛み締めたサイズを眺め遣ってから『博士』は笑った。
「私の生徒を傷付けたのでね」
「……生徒?」
 サイズがジナイーダを見遣った。微笑む彼女が「生徒です!」と手を上げる。その様子を見るだけで良く分かる。ジナイーダを引き寄せるべく近付くアリシスはジナイーダに向き合った。
「貴方、記憶があるのですね」
「そうしてもらったの。リュシアンとベルに会ったときに分からなかったら、寂しいでしょう?」
 ベルという名を聞いて、リュティスの表情が歪む。ベルとはベルトゥルフの事ではない。ブルーベルの事だ。彼女の親友であり、家族で逢った少女。
(ああ……ジナイーダの人格も記憶も博士の調整通り、なのだろう。都合のいい記憶だけを与えている可能性もある。
 矛盾を疑問に感じる事も無いのかもしれない……ジナイーダではなく、けれどジナイーダでもある存在。
 本当のジナイーダは……この少女の事を、果たしてどう思うやら)
『本当のジナイーダ』が何を考えるのかはリュシアンを見るだけで明らかだった。
「偽生命の自覚があるのなら、貴女は自分が既に亡くなった『ジナイーダ・ラティフィ』という人間の少女自身ではない、という事は解っているのですか?」
 問うたアリシスの握る槍にジナイーダの周囲から舞う勿忘草の花がぶつかった。それは宙を切り裂く刃に転じている。
 黒き聖衣を身に纏うアリシスとは対照的に色鮮やかな衣装に包まれた娘はぱちくりと瞬いた。
「うん」
 成程――記憶の抽出と器への移植。混沌法則下で成功し得た死者の再現。魔術は愚か科学でも実現可能な程度の事柄なのだ。
(……恐らく、記憶はキマイラの被験者になった時まで。
『重傷を負って被験者になったジナイーダ』と『偽生命の自分』の間に自己認識の連続性がある、という所か?
 なら、先程のブルーベルの死も、リュシアンが魔種になった事も知らなくても当たり前、か)
 ジナイーダを水晶から話す事に成功している。その内にルカはまじまじと水晶を見た。それはただの鉱物ではない。魔法陣とて簡単に崩れぬ細工がしてあるか。
「成程、色々と細工済みってんだからタチが悪ィ」
 ルカは思わず呟いた。水晶を出来るだけ壊されぬように――否、イレギュラーズの横槍がある前提で準備してきていたのか。
 武器商人は、無数の偽命身体を引き寄せながら水晶の破壊のサポートを行って居た。水晶の煌めきを受け、愛無がずんと距離と詰める。
「さて、この水晶は簡単に壊れてくれるか」
「……分かりませんが……さっさと壊しましょう。儀式を阻止するのが必要ですから。リュシアン様、よいですね」
 魔種の力を借り受けることが一番だとでも言う様にリュティスがリュシアンを見遣った。
 リュティスの握るアナトラの剱はリュシアンの握るものと対である。ジナイーダが送ったという幼馴染み達の守り刀。
「分かった。あれ、どうすれば壊れる?」
「水晶に与えたダメージが少しばかり跳ね返ってくるのは確かだ。それも見越した上でやるしかないだろうな」
 愛無は周辺の掃討をも気を配る武器商人に視線を送ってからリュシアンに「準備は良いか」と問うた。
「構わない」
 リュシアンが地を踏み締める。その視線がジナイーダに向いたことに気付いてからイズマは「遣りにくいな」と呟いた。
 調子が狂う。空っぽな振る舞いをして居る彼女は作り物だ。敵意が削がれる度に違和感だけが残される。気持が悪い、と言うのが自らの感情だ。
 イズマとヴィリスは水晶に向けて攻撃を仕掛け続ける。水晶さえ破壊できれば次は博士の撃退がオーダーだ。此処で止って等居られない。
 支えんとするリンディスを見詰めていたケルズが「執行の時間だ」とそう呟いた。
「ッ、兄さま……!」
「事を荒立たせるな。『出来損ない』」
 ケルズが酷く冷めた瞳でリンディスを見ている。
「魔種を人へと戻す実験など、お前にとっては観測するものだろう。それを、魔種から回帰して欲しかったなどと――思ってないだろうな」
「いいえ、……いいえ。魔種から戻って欲しかった、もしそうであったなら……否定は、できません。
 思ってしまうけれど。だけど、だからこそ。ここまで物語を継いできたからこそ、こんな形じゃきっとたどり着けないと思うのです」
 唇を噛み締めた。頭に過ったのはブルーベル、それから、ミロワール。
 沢山の誰かがリンディスの脳裏に過る。
「『ずっと一緒』は、とっても難しくて……いつか、別れはくるもので。
 でも、だからこその人の輝きが奇跡を呼んで、紡ぐもので、苦しみから生み出されるものは、きっと違う先に辿り着く。
 私は、……私は失格なのかもしれません。"処分"してもらったほうが、きっと正しい。
 ……ですが兄さまはこの世界を見て、心が動かされたことはありませんでしたか?」
 リンディスは己の言葉に賭けていた。ケルズの邪魔が入ればリンディスは戦い続けることは出来ない。
「心を動かされることは、失格でしかない! 出来損ないである証拠だ!」
「それでもッ! 私はたくさんの人に出会って、物語を知って、そして――語り継ぐと約束したのです。
 ……どうか、話を。お願いします、どうか。狂って、おかしくなりそうな烙印が進んでいく前にどうか。
 無現図書館ではない世界だからこそ見つけられるものもあるはずなのです……!」
 リンディスは涙ながらに訴え掛けた。
 その様子にもオオカミは襲い来る。リュシアンが「くそ」と呻いてからオオカミとの間にその身を挟んだ。
「そこの青い奴!」
「え!?」
「あっちの『黒いぬめぬめ』と一緒に水晶を割れ!」
「けったいな言い方だな、間違いではないけれど」
 黒いヌメヌメ、こと愛無が肩を竦めればイズマは頷く。ヴィリスは「私は?」と揶揄うようにリュシアンへと声を掛けた。
「俺、プリマの踊りは好きだよ」
「あら、演者の名前を覚えて帰ってくれるかしら。ヴィリスよ」
「ヴィリス、水晶を割って魔法陣の上で踊るの、見せてよ」
 了解と言う様にプリマドンナが空を舞う。叩き割った水晶に『博士』の酷く落胆した顔だけが映り込んでいた。


 スティアが唇を噛み締めた。敵が横槍を入れないように。身を挺し続けた彼女に魔剣は「女の子はヤワな方が可愛いぜぇ!」と軽口を叩いている。
 傷だらけだ。「大丈夫ですか」と静かに声を掛けたリュティスに頷いてからスティアはベルトゥルフを見た。
 好戦的なベルトゥルフに一人で立ち回るだけの備えがあったスティアは「横槍入れたいなら私を倒してからだよ」と笑った。
 傷だらけだ。叔母に叱られて仕舞うかも知れない。血を拭ってから笑う。スティアを見ていたベルトゥルフが舌を打つ。
「女をいたぶる趣味はねェ」
「だろうな、……待たせたな、ベル」
 ルカは青ざめた表情の儘で男を見ていた。時間稼ぎのお陰だ。水晶を破壊できたのだからルカが向かう先は彼だ。
 畜生。唇がそう音を出した。何故こうなったのか、問うたって彼は答えてくれやしないか。
「なんで魔種になんかなった! なんで俺に会いたくなかった! 俺との約束を忘れちまったのか!」
「……」
「なんで何も言ってくれねえんだよ!!」
 二人で最強を目指そうと決めた。ラサで一番になる。ルカとベルトゥルフは子供の頃にそう決めたのだ。
 ベルと呼び掛ければ、リュシアンが僅かに目を見開いた。『ベル』という名前の幼馴染みを喪うことになるのは二人とも、同じだ。
「……」
「ヒャヒャヒャ! ベルちゃん、ベルちゃん!」
 楽しげに笑う魔剣にルカの指先がびくりと揺れ動いた。
「テメェがベルを狂わせたってんならテメェからぶっ壊す!」
「ウワッ、なんか突然恨まれたんだが? どう思うよベルちゃんよォ!」
 楽しげに話続けるブリードへと向けてルカは踏み込んだ。ベルトゥルフが握る魔剣。それを離せば――
「お前が簡単に呼び声なんぞに負ける訳がねえ! 博士やその剣に無理やりそうさせられたんだろ……なぁ!」
 応えやしないベルトゥルフの肉体が異様な動きを見せた。魔剣が意志を持ち青年の体を自在に動かしている。
 ぐりん、と体を動かしてからブリードが「応えて遣りなよォ」と甘えたような声を響かせる。
「お前はもっと強いやつだっただろ! なあ、そうだよな!? 剣がお前を勝手に――」
「違う」
 ルカが立ち止まって眼前の男を見た。幼馴染みはこんな顔をして居ただろうか、彼の気持を分かって居なかったのは己だったのだろうか。
「……ルカ、俺は、心底お前が羨ましかったよ。
 クラブ・ガンビーノに産まれて、ロウ団長の跡継ぎになって……果てはテメェの母ちゃんが角がある『普通じゃねェ女』だって聞いた。
 恵まれた立場だよな。傭兵団の跡継ぎで、父ちゃんは強くて、母ちゃんは亜竜種ってやつでよ……話題性もあるビッグスター」
「何、言ってんだ……?」
「羨ましかったよ、俺は何持たなかった」
 ブリードの笑い声だけが響いている。
 俯いたベルトゥルフの瞳が見開かれた。角を有していたのは『亜竜種を母に持った幼馴染み』の事が頭の片隅から離れなかったからなのだろうか。
 そうなっても尚も、魔剣に心が負けなかったのはそれだけルカを恨んでいたからなのだろうか。
「俺は! 何も持ってねェんだ! 宵の狼だって、俺たちゃ、泥船に乗っただけ。
 誰がボスかって話だけで殺し合って毒を盛って、恨み合うだけの空間だろ。有存みてェな鈍間を護ってやんなきゃなんねェ位に荒れた場所だ」
 声を荒げたベルトゥルフが歯列を剥き出しにしルカを睨め付けた。
「テメェはイレギュラーズに選ばれた!
 俺は選ばれちゃいねェ! あのまま燻って、赤犬が女作った噂だ、犬ッコロに娘が居るだのくだらねぇゴシップと過ごすだけなんだ!」
 ルカが目を見開いた。言い切ったベルトゥルフがずるずると座り込む。
 ブリードを支えにし座り込んだ男にスティアもルカも手出しはしない。
「……は、はは……。言っちまった。……ルカ……」
「ベ、ル……」
 思わず一歩、男は退いた。
 幼馴染み。ずっと、幼い頃から一緒に歩んで来たはずだった。
 いつから彼との道が別たれて仕舞ったのかも分からない。驚愕に目を見開いて居たルカにベルトゥルフは縋るような目を向けた。
「俺、こんな風になってまで生きてちゃいたくねェよ……」
 ただ、ルカは動けなかった。
 ブリードに無理矢理動かされるように戦線を離脱していく男の背中を見据えてからルカは「ベル」と呟くのがやっとか。

 一方で博士を前にして居たイズマはカーマルーマへと声を掛けていた。出来ればカーマルーマの力を逃がし博士を無力化させたかった。
 自らの烙印が進行しても構わないとは感じていた、だが、届かない――が、『水晶が割れてからこの空間が不安定になった』のは確かだ。
 夜の祭祀は即ちカーマルーマの力を安定させることに繋がっていたのだろう。
(……つまり、月の王国を維持する為のカーマルーマの力が不安定になった、のか……)
 イズマはまじまじと博士を見てから静かに問うた。
「他の吸血鬼が『自分に紅血晶は作れない』と言ってたが。紅血晶を作ったのは博士か? あれは一体何なんだ。……何の血だ?」
「リリスティーネ・ヴィンシュタイン。彼女の血だよ。それに色々と交ぜては居るけれどね」
「リリスティーネ……?」
「イレギュラーズにエルス・ティーネというお嬢さんが居るだろう。あの娘の親戚……義妹にあたったかな?
 ただ、リリスティーネは純血種(オルドヌング)と言ってね、貴種ではあるけれど一般的な吸血鬼(ヴァンピーア)だ。
 一方で君達の仲間は始祖種(アンファング)といって吸血鬼の始まりであった特別の存在なのだそうだよ」
 どちらかと言えば始祖の血が気になるなあと笑った『博士』にイズマはどうした者かとも考えた。
 烙印が血と精霊の狂気の産物ならば総士多要素で対抗できやしないか――だが、『色々と混ぜた』というのならば、全てを読み解くには圧倒的に時間が足りないか。
「ごめんなさいね。私、学がないからあなたがどんな凄いことをしているかわからないわ」
 地を蹴ってからヴィリスは微笑んだ。
 博士がやっていることは『不幸を増やす事』だということだけは分かって居る。
「申し訳ないのだけれど、一流の悲劇よりも三流の喜劇が好きなんだもの。止めさせて貰うわね。
 そのためにできることは何だってするわ! ええ、倒れるまで踊り続けてあげようじゃないの!」
 からからと笑みを浮かべたヴィリスの踊りに博士は「ずっと見ていられるなあ」と揶揄うように笑った。
 遣えるものは全て使うつもりではあったが、博士に肉薄して直ぐに理解する。彼は強く、そして本気を出していない。
 辛うじての防衛対応を行なうが、肉弾戦も得意にして居るのは確かだろう。動きの一つからでもヴィリスは良く分かる。
(この人、錬金術師だというならば『魔法』やそうした類いの方が本気――と言う事かしら……)
 大地を蹴って、勢い良く叩きつけた。博士の細腕が『獣』のものに変化する。
「なッ――」
「素晴らしい腕だろう。これはラサの砂漠で拾った獣のものだ。それから」
 博士が勢い良く体を振った。尾がずるりと伸びる。魚を思わすそれがヴィリスの肉体へとぶつかった。
「ッ――」
「これは海洋王国で拾った」
「……くっ……」
 ヴィリスは呻きながらもゆっくりと立ち上がった。目の前の錬金術師は『当たり前の様に他者のパーツを奪い』続けて居るのか。


「あーーー!」
 ジナイーダが声を上げる。『痛覚』と呼ぶべきものが存在して居ない娘を前にして居たのは武器商人も同じだ。
 アリシスのサポートに入り、立て直しの時間稼ぎを行って居た武器商人はぱちくりと瞬く。
「ラティフィ……の方と呼んでも?」
「ジナイーダでいいよ。あなたは? 武器商人さんって言うの? ふふ、素敵なお名前ね、ラサでは大切なお仕事を表してる」
 微笑むジナイーダを前にして居た武器商人はいまいち遣りづらい相手なのだとも感じていた。
 武器商人は愛情深い存在だ。所有欲が産まれたならば独り占めだってしたくもなるというもの。故に、心の隙間にするりと入ってくる勿忘草の花を飾った偽命体の特異な力とは相性が良い。
 絆されたわけではない。しかし、苦行であるのは確かだった。彼女が動かないのならば、此方も動かずにアリシスと共に抑えるだけだ。
「ベルが勝手に帰っちゃったわ。武器商人さんはどう思う?」
「さあ、どうだろうね」
「ねえ、わたしと『取引』しましょうよ。『博士(せんせい)』と一緒に帰らせてくれない?
 勿論、この取引は今だけよ。其方のメリットはね、ええっと……誰もこれ以上傷付かないこと。博士が本気を出さない事よ」
「本気?」
 ぴくりと肩を揺らしたのは傷だらけのサイズだった。無数の勿忘草の花片を受けていたサイズに「妖精鎌、大丈夫かい」と武器商人が声を掛ける。
「本気が何かは分からないけど、一発は殴らせろ、博士(せんせい)!」
 リュシアンは地を踏み締めた。ジナイーダの注意が武器商人に逸れている間に、今すぐに。
「リュシアン様! あの娘の代りは私が務めます」
 それはブルーベルのことを指していると良く分かった。
(……また「莫迦だなあ」と言われるでしょうか?
 それでも私はこの激情に身を任せていたいと思ってしまいます――これ以上、貴方達のような犠牲者を増やさない為にも!)
 友人は、優しい人だった。リュティスの常識をも大きく揺らがせる様な相手だった。
「リュシアン様!」
 魔種との連携など、嘗てのリュティスが聞いたら呆れて笑うだろうか。
 博士の瞳がぎらりと光る。ジナイーダが「せんせー!」と声を上げた。
「ッ、リュシアン様!」
「メイド、下がれ!」
 声を張り上げるリュシアンが咄嗟に身構えリュティスの身体を押す。腕を前に、顔を護るような姿勢になったリュシアンは身を屈めた博士がフラスコを宙に投げ、魔力による爆発が起ったことだけを認識していた。
「ッぅ――!」
 肌を焼く。リュティスがその射程外に飛び出したことは安心だ。思えば博士は余り動いていない。本気、というのは彼が戦う気が無かったと言うことか。
「リュシアン、悪い子だね」
 博士がけらけらと笑う。ジナイーダはゆっくりとその傍へと寄り微笑んだ。
「博士、大丈夫? 『そろそろ』?」
「ああ、そうだね。直ぐに準備をしようか。……王宮の防衛魔法も解かれてしまった。
 これならそろそろお終いにした方が良い。ジナイーダのバランスも崩れてしまったね。カーマルーマも出て来てしまう前だ」
 儀式に失敗したからだと腹を撫でてから博士はゆっくりと背を向けた。
「ねえ、ケルズも帰りましょうよ。妹さんを殺すのは次で良いでしょ」
「……」
「ケルズ?」
「……今、迷った。悔しい。失格だ。……処分、しないと……」
「あーもう、引き摺って帰っちゃおう」
 ジナイーダがケルズの手を握り締めてからリンディスを振り返る。
「お兄ちゃん、殺したくないなら迎えに来てね。ばいばい」
「よしよし、ばいばい次に会うときが最後だろうね、リュシアン。それからイレギュラーズ。
 君達を解剖できないことが残念で仕方が無いよ。良ければ一度死んでから腹の中身でも見せてくれれば有り難かったのだけれど」
 博士が長ったらしい腕をぶんぶんと振っている。
「……時に博士。なんぞぱんだの恥ずかしエピソードとかあったら教えてくれたまえ。あと偽命体の延命手段があれば、そっちも教えてくれたまえ」
「あはは、勝手に教えたら叱られるさ! 後者は?」
 まるで旧友であるかのように博士は愛無に問うた。愛無はまじまじと彼を見詰める。
「偽命体の命は短いのだろう?
 ……エルレサ君が僕に喰われる前に寿命で死ぬ等というのは我慢ならんのでね。正直、君に延命を頼むと碌な事にならなそうだし。
 僕は素材も楽しみたいタイプなんだ。下手に手をかけない方が美味い料理もあるからね。対価が欲しいなら、僕の細胞とかあげるよ。美味しいよ」
「それは魅力的だけれどね、勝手に手出しすると『春泥』が怒りそうだとは思わないかい?」
 愛無は『ぱんだが』と呟いた。さて、葛城・春泥がどの様に動くかは定かではないが――博士は彼女と関わり深い存在であるが故に『彼女の所有物』には手出ししたくはないのだろう。
「大丈夫さ、エルレサは『君と戦うくらい』の余力はあるよ。しかし、愛されて嬉しいものだな。死んだら体をあげよう。
 練達で写真でも撮って遺影を飾って線香を供えてやると良い。彼女は案外花が好きだったね、うん、もう20年以上前に本物は死んでしまったけれど」
「……本物は?」
「何処で拾ったかな、幻想だったろうか。忘れたよ、死んでしまったし」
 上手く作れた『偽命体』ではあったのだけれどと博士はからからと笑った。
「求めているものは視えてきましたか、博士」
 完全生命の『失敗作』、そうと呼ぶしか無い偽命体(ムーンチャイルド)。
 月の子供とは、即ち『原材料』がリリスティーネ・ヴィンシュタインという旅人の血液、及び大精霊カーマルーマの権威とその他諸々の骨や肉。そしてタータリクスの研究史続けたアルベド等の研究成果によるものだ。
 疑似反転は確かに新たなアプローチであった。烙印に耐えうるだけの生命体を『生み出せた』事も紅血晶を利用した実験のお陰であったか。
 全て辻褄が合っているとアリシスは眼前の『旅人』を見た。
 烙印に耐えうるイレギュラーズが果たして完璧に疑似反転に陥るのか、もしくは『烙印が実を結んだ』時、イレギュラーズのパンドラが反発し、死に至るのかは定かではない。
 その結果を見るために夜の祭祀でカーマルーマの力を利用し『一気に烙印』を押し進めようとしたのならば――その結果はなにもにも変えがたいものだろう。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

アリシス・シーアルジア(p3p000397)[重傷]
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女

あとがき

 お疲れ様でした。
『烙印』の進行状況も確認出来て博士も満足そうでした。

 MVPはあなたへ。根負けしました。魔剣の方が。

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