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シナリオ詳細

<カマルへの道程>アンゲリオンの娘

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 古宮カーマルーマへと踏み入れた青年は酷く嘆息する。
 先程まで共に歩いてきていた新入りは置いてきた。どうせ、直ぐに転移陣を使って遣ってくるだろう。
 彼に――康・有存という新入りにベルトゥルフが気を遣うのは単純な話だ。莫迦みたいな所が、妙に昔の自分に重なったからだ。
 何も疑うことも知らず、飄々としている彼は『自分と幼馴染み』だけの世界で生きていた世間知らずの己に良く似ていた。
「下らねぇ……」
 思わずぼやいたベルトゥルフは一人、宮殿へ向けて歩いていた。
 煌々とした月は欠けることもなく鮮やかな色彩で照らしてくる。足元に絡んだ砂はラサのものよりも柔らかだ。
 それが無性に腹が立った。先んじて連れ戻されたであろう晶竜も、『吸血鬼(ヴァンピーア)』と呼ばれる『くそったれた』奴らも。
 ベルトゥルフは一人では何も為し得ぬ実情を思い知らされる気がして嫌になったのだ。

「ベル」

 呼び掛けられてから青年は顔を上げた。穏やかな顔をして居るのは幼く見えた一人の少年だ。
 足元から伸び上がった影で象られた狼を連れたその少年は旅人であり、『博士』の賓客でもある。
「……ケルズ=クァドラータ」
「街は、どうだった?」
「曖昧な問いかけだな。記録(レコード)したいなら自分で行けば良いだろうが」
「……誰かがそれを防いだくせに」
 唇を吊り上げて笑った少年、ケルズは己の頸筋に咲いた薔薇を見せ付けるようにベルトゥルフを見遣った。
 吸血鬼(ヴァンピーア)が彼につけた証。烙印は美しく咲き綻びながら彼の体を蝕んでいた。
 流れる血潮は花弁に、流す涙は水晶に。最近は『侵食』が激しいのか花弁を吐くようにさえなったと言う。
「ただ、知りたいことがあっただけなのにな」
「それで『博士』に近付くのが悪い」
「そう言われたって……」
 少年は、初対面でベルトゥルフに問うた。
 妹を知らないか、と。妹は『無現図書館 規定第45条に違反しており、処分対象』なのだと。
「お前の妹に会ったよ、ケルズ」
「……本当に?」
「ああ、お揃いになっていた」
 渋い表情を見せたケルズは目を伏せる。
 宮殿に向かう足を止めて話し込んでいた二人へと近付いたのは柔らかな髪をした少女だった。
「ベル、ケルズ。こんな所でどうしたの?」
 首を傾いだ穏やかな娘。『悪趣味』な偽物――偽命体(ムーンチャイルド)が立っている。
 偽命体(ムーンチャイルド)は吸血鬼(ヴァンピーア)になることも出来たのだろう。だからこそ、ケルズに烙印を刻んだのも彼女だ。
「……ジナイーダ」
「あ、ベルがお外に行ったのね」
 慣れた様子でベルと呼ぶ。元はその呼び名は『彼女の幼馴染みのもの』だったという。
 ベルトゥルフは何食わぬ顔で永劫の別れを経た友人の呼び名を重ねる少女を眺めて唇を閉ざした。
「どうだった? リュシアンは居たかな。ふふ、早く、逢いたいなあ」
 言葉が弾んでいる。幸せそうな笑みを浮かべたジナイーダにケルズは「その時は君の物語も記録させて欲しい」と静かな声音で言った。


 古宮カーマルーマの転移陣、そしてその向こうへと居たる者を追掛けて、リンディス=クァドラータ(p3p007979)はやって来た。
 その目の前にケルズ=クァドラータが立っていたのは偶然で。
 アリシス・シーアルジア(p3p000397)の目の前に『聞いた風貌の少女』が――ジナイーダが立っていたのも偶然で。
 ベルトゥルフとルカ・ガンビーノ(p3p007268)が出会ったことだって、偶然だった。
「ベルトゥルフ……」
「ルカか」
 青年は目を逸らすことなくルカを見た。
「月の王国まで追掛けてくるとは、お前達も懲りないな」
「ベルトゥルフ、お前は――」
「俺は魔種だ、ルカ。お前みたいな恵まれた奴を羨んだクソ野郎の末路だ。
 俺はルカを好ましく思って居た。……二度とは、出会いたくは無かったがな」
 呻いたベルトゥルフの傍ではケルズが「リンディス」と神妙に呼び掛ける。兄妹の再会に水を差したのは――

「はい!」

 ぱちり、と手を叩いたジナイーダだった。
「どうしてそんなに暗い顔をして居るのかは分からないけれど、喧嘩は駄目だよ?
 こんにちは。わたしはジナイーダって言います。皆さんは? ベルとケルズのお友達かな?」
 にんまりと微笑んだジナイーダはふにゃりと笑みを崩してから頬を掻いた。
「あ、わたしは偽生命だから、長く仲良くは出来ないかも知れないのだけれど……。
 少しだけ、仲良くしてね? あと、博士から……仲良くなれる人には『烙印』をって言われているの。
 わたしたちと一緒に、此処でずっと暮らしていられるんだって。素敵でしょ。もう――あんなこと、いやだもんね」
 微笑んだジナイーダは立っている。
 立っているが、その背後から無数に飛び出したのは晶獣と、鮮やかな花弁であった。

GMコメント

●成功条件
 『転移陣の外』へと到達すること

●フィールド状況
 ジナイーダにより転移陣が破壊され、退路が一度防がれた状態です。
 舞い散る花びらは鋭く、イレギュラーズを傷付けることでしょう。
 後方に新たな転移陣が見えます。其処まで急ぎ退避しましょう。転移陣に触れることで1人ずつ撤退可能。
 花弁とジナイーダ、襲い来る晶獣達が追撃を仕掛けてきます。
 また、リンディスさんを殺す事を狙うケルズとこの場から退避を狙うベルトゥルフの姿も存在しています。
 紹介物などは存在せず、見晴らしが良いことが逆にデメリットです。

●『吸血鬼(ヴァンピーア)』ジナイーダ
 偽生命(ムーンチャイルド)の少女。魔種ブルーベルやリュシアンの友人の姿をしています。
 朗らかで穏やか。愛らしい笑みは緊張を解してしまいます。どうにも、嫌いになれないのは何かの特殊能力でしょうか……。
 作られた存在であるため腕がひしゃげようと、脚がもげようとも自由自在に動きます。
 その背後から無数に花弁が舞い散り、花弁が自由自在にイレギュラーズを傷付けます。
 本人に悪気はなく、攻撃の意思を問うても首を傾げるだけです。

●『魔種』ベルトゥルフ
 有存の所属する傭兵団『宵の狼』の団長。ルカさんからみれば『知らない角を持った』『姿の変わってしまった幼馴染み』です。
 ルカさんの幼馴染みである事を認め、彼と戦う事を拒否しているようですが……。

●『旅人』ケルズ=クァドラータ
 リンディスさんの兄。外見は10歳前後で止まっています。リンディスさんを殺す事を目的にして居ます。
 どうやらジナイーダによって烙印を刻まれていますが……?

●晶獣 数不明
 無数にジナイーダが引連れてきた晶獣です。
 ・サン・ルブトー
  複数体で群れを成して行動させるとよいでしょう。
  連携攻撃を来ない、主に牙やつめによる物理属性の攻撃を行います。EXAなどが高めで、手数が多い敵です。
 ・ポワン・トルテュ
  いわゆるタンク役・盾役としてふるまいます。
 『怒り』を付与する咆哮などで、イレギュラーズを引き付けてくるでしょう。
 ・リール・ランキュヌ
 強力な神秘遠距離攻撃を行ってきます。体力面では脆いため、後衛で味方に守られながらの攻撃を行います。
 『嘆き声』には、『毒』や『狂気』系列のBSを付与する効果もあります。
 
●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <カマルへの道程>アンゲリオンの娘完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年04月10日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

リプレイ


 ――こんにちは。わたしはジナイーダって言います。皆さんは?

 毒気を抜かれるような微笑みと朗らかな声音。甘えるような、少しばかり舌っ足らずは話し口調。まだ幼い少女の姿。
「こんにちは。私ちゃんはアッキーナって言います。くっ、釣られてアイサツを返しちまった! なんていい子なんだ!」
『つい』『思わず』、そんな調子で挨拶を返した『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は困惑しながら目の前の少女に向き直った。
 その髪に飾られたのは勿忘草。鮮やかな眸はきらりと輝き鮮やかな空色。一つの仕草と共に柔らかに揺らぐ髪はよく手入れがされているようにも思えた。
「ええと……ジナイーダ、さん……なのだわ?」
「はい」
 にこりと微笑んだジナイーダに『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は居心地の悪さを感じていた。
 彼女の事を知っているわけでも無いのに、警戒をしなくてはならないとも思えず、敵対の意志さえ削がれて行く。それが何を意味するか知りながらも『仲良く』という言葉に魅力を感じてしまうのだ。抗わねばならぬほどに、彼女の笑みが己を擽って仕方がないのだ。
「いきなり舞踏会に招待されるってのも悪い気分じゃねえが、友達ってのは加工して作るもんじゃねぇ。まずはお互いを知ろうぜ、ジナイーダちゃん?」
「あ、そうだよね。わたしのこともあんまり知らないもんね。ごめんね、ええっと……?」
 こてりと首を傾げたジナイーダに『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は「サンディ・カルタ」と返した。「サンディくんね」と嬉しそうに笑った彼女にサンディは肩を竦める。
(妙な心地にはなるな……。でも、目標はシンプルだ。みんなで帰ること! なら、遣ることはただ一つ――)
 ヒーラーである『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)を護る事。そう認識して後方を見遣れば、酷く青褪めたリンディスが震える声音を絞り出していた。唇が戦慄き、音を紡ぐのもやっとという調子だ。
「兄……さ……ま……?」
「リンディス」
 冷たい声音でケルズ=クァドラータは言った。
「ど、うして、この世界に兄さまが――……い、いえ。文字録保管者リンディス、此処に」
 震える声音で、リンディスが紡げば、ケルズは「文字録保管者(レコーダー)?」と失笑した。その笑みにリンディスがびくりと肩を跳ねさせる。
「ケルズ」
「……ああ、ベル。『記録(レコード)』はね、あくまでも中立でなくてはならない。『アレ』は『規定第45条に違反』している」
 ひゅ、と息を呑んだのはリンディスだけではなかった。ベルと呼ばれた男を見詰める『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は愕然と彼を眺めて居る。
「なんでだよベルトゥルフ……。なんで博士に協力する! 俺たちのラサをあんな目に合わせるやつだぞ!」
「ルカ……」
 ルカを見詰めるベルトゥルフの眸は冷め切っていた。だが、ルカは『幼馴染みの考え』を推し量るように引き攣った唇をなんとか動かした。
 博士と呼ばれる男は、魔種を人間に戻す方法を探していると言っていた。胸糞悪い存在の『胸糞悪い話』だ。信じては居ないが、それに縋るしかなかったなら――
「……戻りてえからか?」
「あ?」
 ベルトゥルフがルカをじろりと睨め付けた。
「人間に、戻りてえからなのか……ベル……」
「ルカ、違ぇよ。言ったろ――……二度とは、出会いたくは無かった」
 ルカとベルトゥルフ、リンディスとケルズ。その二人の間に漂う空気にストップを掛けたのはジナイーダであった。
「もうっ、仲良くしなくっちゃダメでしょ?」
 唇を尖らせるジナイーダは『普通の少女』のように振る舞っていた。その様子を見詰め、些か気味の悪さを感じたのは『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)。それは偽命体(ムーンチャイルド)だからか、それとも吸血鬼であるからか――ベクトルの歪さならばエルレサの方が好みだと愛無は表情を歪める。
「ジナイーダ……? 確か、ラサの……そう、リュシアン殿やブルーベル殿と同郷の、女の子の名前だったよね。
 でも、彼女は既に死亡しているはず、何故……いや、『偽命体(つくられたそんざい)』で?」
 現状への理解が些か及ばぬまま『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は呆然と呟いた。死亡している、と言う言葉に頷いたのは『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)。だが、目の前のジナイーダがリュシアンの幼馴染みである少女だという確証ばかりが募っていた。
「確かに、博士はジナイーダの構成情報を未だ保持していても不思議ではない。ホムンクルス……タータリクスのアルベドに近く、完成度はより高い。
 ホルスの子供達の件もある。この事態は想定していて然るべきでした。プレゼントの心算か、それとも嫌がらせか」
「え、ター君も知ってるの? わあ、じゃあ、じゃあ、ニーナは? あ、他の人も知ってたりするのかな」
 眸を煌めかせたジナイーダにアリシスは小さく頷いてから翌々彼女を見詰めた。烙印を有する彼女。『あの時』、本当のジナイーダは烙印の適格者だったか。そして、眼前のジナイーダに咲いている花は――


 ずっと一緒に暮らしていよう。言葉や口調は優しいが、決して許すことの出来ぬ傲慢な振る舞いを少女は見せている。
 吸血鬼(ヴァンピーア)の娘の背後から飛び出した晶獣達はイレギュラーズをこの場に留めジナイーダの『同類』似する事が目的なのだろう。
「どうして逃げるの? せんせいが言っていたんだよ。皆なら、とっても素晴らしい結果を齎すことが出来るって」
「承服致しかねるからだよ」
 渋い表情を見せたヴェルグリーズ。全員揃って転移陣まで撤退せねばならない。後退する順はアイコンタクトだけで決定できた。先ずは――
「ルカくん」
 秋奈は静かに呼んだ。
「ベルくんはさ、巻込みたくないぜ……ルカくんにとってのさあ……」
 ――と、言ってはみたが本音は『面倒だから』だ。ケルズ自身もリンディスを見ている。秋奈はジナイーダに『かまちょ』をし、積極的に迎え撃ちながら迎撃、そして脱出する事を念頭に置く。
 呼ばれたルカが巻き起こした砂嵐。振り下ろした剣の鋭さが鈍ったのは眼前のベルトゥルフがルカを見詰めていたからだ。
「生憎烙印ってやつはもう間に合ってるぜ! こんなもんは一つで沢山だ!」
「じゃあ、こっちに来たら良いのに。屹度、楽しいよ?」
 朗らかに告げるジナイーダを見ればルカは思わず「リュシアンがいなくて良かったぜ」とぼやかずには居られなかった。もしもリュシアンが同行していたならば、動揺し、博士に対して怒り狂うことだろう。手も着けられない程の事態が起る可能性だってある。
「リュシアンの事を知ってるんだ? わー、わたしね、リュシアンと会いたくって」
 うっとりと微笑んだジナイーダにアリシスは向かってくる晶獣達へと浄罪と神罰の秘蹟を込めた魔力を放ちながら声を掛けた。
「では、しばしお話をしましょうか。ジナイーダ。リュシアンに会いたいのですか。彼の事は……博士にどう聞いたのですか?」
「え? ええっと……ベルと逸れちゃった時に、リュシアンは用事で居なくって、その後、ベルを探しに行ってくれたんでしょう?
 あっ、ベルって、此処に居るおにいさんじゃなくって、ブルーベルって言うの。わたしの家族で、大親友なんだよ!」
 その微笑みに、リュシアンが此処に居なかったことは幸いと言うべきだろうかとアリシスは改めて考えた。ブルーベルにとってもどうしようもなく苦しい事態になった筈だろう。
(人格が本人に似ているのは、アルベドと同様に情報元の影響を大きく受けているのかも知れない。ああ、まさに――あの実験も『博士』の掌の上、でしょうから)
 もしくは、だ。
 アルベド達のように違う道を見出しているのだろうか。全ては可能性の範疇であり、烙印の吸血鬼化が彼女にどの様な影響を齎しているのかも分からない。まじまじと眺めるアリシスに「じっと見られると恥ずかしいなあ」とジナイーダは頬を掌で覆って見せた。
「ぶははっ! 友達の作り方なってない。なってないなー。こうやってなー、ぐいぐいっと行くんだよ。
 そしたらなー、マジぴえんパーティプロジェクトしたんだぜー。ってダメじゃねーか! ぶははははは! ……あ、自分で言ってわらっちゃった」
 揶揄うように笑いながら、秋奈は転移陣まであと少しだと後方を確認した。見晴らしが良いからこそ、秋奈やルカは出来うる限り暴れるのが既知だと己の残リソースには余り頓着せず走り回る。
「私ちゃんは誰とでもズッ友になりてぇとは思っているが……今日はそんな気分じゃあないぜ! また次回!」
 笑う秋奈に「ええー」とジナイーダが声を跳ねさせた。リンディスを護り、華蓮が愛無を庇うように動いている。サンディは護りは過剰なほどで良いとも考えて居た。
「ジナイーダちゃんには悪ぃけどさ、少し時間をおいて考えてからにしようぜ。やっぱりさ、距離感って大事だし」
「大丈夫だよ。烙印はね、じわじわと作り替えてくれるから。100日も、あるんだよ?」
 ダメかなあと丸い瞳がサンディを見詰めている。甘えるような、それでいて強制力の働く声音。
 彼女の事も、知りたいと考えていた。リンディスにとって、ブルーベルやリュシアン、ジナイーダは自らが見てきた『物語』だったからだ。
 だが。
「リンディス」
 リンディスは引きつった表情を見せた。
 ――規定第45条に違反している。
 つまりは。
「君は落ち毀れだ。だから、ダメなんだ。感情とは制御すべき保管者には必要の無いモノだよ。
 感情を有すれば、物語が紡がれてしまう。リンディス=クァドラータ。その行いは、世界を滅ぼすということだ。――処分する」
 リンディスはたじろいだ。彼女を庇うサンディが引きつった表情を見せた。兄妹だというのに、言葉は何と冷ややかか。
 リンディスは何時か『戻された』日が来たならばこの世界の数多のことを話そうと思っていた。
 物語の中、本の中ではたった一行で『XX名の』『みんな』とだけで終わってしまいかねない人々にだって、数多の物語があったのだと。
 その一つ一つのきらめきが、輝いて見えたのだと。友達、共になりたかった人々、そして――いろんな人たちと出会った、たくさんの思い出を。世界の「記録」――を――
「ケルズ、仲良くしないと。お揃いでしょう?」
 兄の体に刻まれていた、烙印は。
「……え?」
 己に告げられた処分という言葉は。
 兄で、長で、素晴らしいその人は、こうなるべき規範だった。道だった。そんな『兄さま』が今、なんと――?
「兄さま、話を――」
「リンディスちゃん!」
 サンディが手を伸ばす。その肩をえぐったのはケルズの傍にいたオオカミの爪か。
 従うべきか。したがって死ねばいいのか。いや、違う、違う――今は、『仲間』を撤退させなくては。
「兄、さま」
「リンディスちゃん!」
 サンディの声に引き戻され、リンディスは懸命に仲間たちを送り返す。冷ややかな視線から逃れるように目を伏せった。


「ベル!!」
 呼び掛けられたベルトゥルフがルカを見詰める。酷く、胡乱に。酷く、苛立って。酷く――苦々しげに。
 その眸がルカには会いたくなかったと告げて居る。それでも、だ。ルカ・ガンビーノは彼に。
「必ずまた会いに来る。俺は今でもお前の事を一番のダチだと思ってるんだからな!
 魔種であるなんて関係ねえ! お前が何になったんだとしても、俺の友情は何も変わらねえ――忘れるなよ、忘れてくれるなよ!」
 吼えるように男は、立場も何もかもをかなぐり捨てるように叫んだ。
 ベルトゥルフは面食らったように目を見開く。「素敵なお友達じゃない!」と嬉しそうに笑うジナイーダに『烙印の付与より時間が経過していたルカ』は眺めた月の王宮へと『焦がれる』感情の揺さ振りに喉を押さえる。
「ルカさんっていうんだね、ベルのお友達。えへへ、『わたし』達に近くなってきたから、会いたくなってきたでしょ?
 わたしたちの女王様に。もうすぐつ太陽が嫌になるわ。頭も居たくなるかもしれない。綺麗な花が咲いたなら、屹度幸せになれるからね」
 にこりと微笑んだジナイーダにルカは「何を云ってる」と奥歯を噛み締める。背後には転移陣。それ以上の問答は出来ないか。
「ルカさん!」
 呼び掛ける秋奈にルカが頷いた。迎撃を続ける仲間達は背で語る。行けと。先ずはルカが転移陣へと飛び込んだ。
「あ!」
 ジナイーダが手を伸ばすが、その手を押し止めるように剣を振り下ろしたのはヴェルグリーズ。次は秋奈を逃がさなくてはならない。
 秋奈はタイミングを見て、飛び込む。「次だよ!」と声を掛けられたヴェルグリーズと変わり愛無がジナイーダに声を掛けた。
「しかし、吸血鬼化は元々、魔種化の治療のための実験。博士はどれだけそれに近づいているのか。
 ジナイーダ、君と『近くなった』ならば女王に会いたいというのは? 聞かせて貰っても良いだろうか」
「だって、紅血晶も、烙印を刻むためのお作法も、女王様の――リリスティーネさまの血を使ってるらしいよ?
 博士とリリスティーネさんが、そう言うお約束で、あ、言っちゃダメだったっけ!? ど、どうしよう、ケルズ」
「……知らないよ」
 首を振ったケルズは我関せずを徹底しているかのようだった。
 リリスティーネ、紅の女王と呼ばれ『ディルク・レイス・エッフェンベルグ』を連れ去った存在の血を使用して烙印や紅血晶を作っている。
 ならば、博士はまだ魔種化の治療の為の実験はそれ程進んでは居ないと考えるべきか。
「どうして? 何故私達を攻撃するのだわ……?」
 華蓮は問わずには居られなかった。彼女は心優しい。悪意がないからこそ、簡単に情報を口にしてしまう。
 ジナイーダが言うとおりならば、烙印は徐々に肉体に変化を及ぼしているのだろう。強い吸血の欲求、そして、女王への信心。
 それが『王国』への帰属意識だというなら――
「攻撃してるんじゃないよ。でもね、こうしないと皆言う事を聞いてくれないから……」
 烙印さえ在れば彼女の行いを是とできるとでも、言うのか。華蓮は奥歯を噛み締める。
 ルカが、秋奈が、ヴェルグリーズが撤退した。次はアリシスだ。「行って!」と声をかける華蓮の表情にも焦りが滲む。
「どうして行っちゃうの?」
 ジナイーダが声をかければアリシスは首を振った。晶獣を退けてきたが、それでも迫りくるジナイーダの花弁は緩むことはない。
 ベルトゥルフはルカが姿を消して立ち竦んだがケルズは攻勢に徹している。サンディはリンディスの支えを得ながらも彼を相手取っていた。
「先に行くのだわ!」
「オーケー……!」
 サンディが頷けばジナイーダが唇を尖らせた。「ベルのお友達も、秋奈ちゃんも帰っちゃったし、あの、剣のお兄さんもいなくなっちゃったわ!」と寂しがるようなしぐさを見せる。
(……傷つけるのも恐ろしくなるのはなんでだろうな。妙な空気だぜ、ジナイーダちゃんは……!)
 サンディが渋い表情を見せ、リンディスに「次!」と声をかけた。頷くリンディスが転移陣へと手を伸ばし――
「リンディス!」
 びくりと肩を揺らがせたリンディスにケルズは冷ややかな目を向けた。
「状況が『そう』あれというならば、『そう』すべきだ。だからこそ『この烙印は流れのままに付与された』ものだ。
 これに対して何も考えてはならない。何か、物思いを一つでも抱いたならば――記録者(レコーダー)失格だ」
 リンディスの表情がこわばる。愛無は「しかし、兄というのは押しつけがましいな」と呟いて。
 傭兵である自らは最後までたっていた。己を庇う華蓮も、回復手であるリンディスも引いた。
「ジナイーダ君と言ったか」
「うん。なあに?」
「エルレサ君によろしく伝えてくれ。再会を楽しみにしていると」
 さわやかに告げる愛無にきょとんとしたジナイーダは満面の笑みを浮かべて「うん!」と頷いた。
 アリシスが言っていたが『本人の性質を色濃く受け継いで』いるのだろう。
 悪辣さのかけらもなく、敵意すらない。全人類が友人だと信じ込んでいるような無垢で、明るい娘。
『誰もの愛情を受け入れて』『誰もに愛された』少女だということが分かる優しい娘はひらひらと手を振った。

 ――またね。わたしたちと一緒になるのが楽しみだね。

 烙印はその体に変化をもたらした。
 その肉体には花の烙印が浮かび上がった。血は花弁に、涙は水晶に。渇きは吸血の衝動だった。
 それは徐々に変化する。ジナイーダは『悪意』はない。だからこそ、当たり前の様に教えてくれるのだ。

 ――からだの一部分が、水晶に変化しちゃうかも。あ、それとね女王様をいとおしく思うようになるよ。
 わたしも、大好きだもん。女王様。『親』なのかなあ。
 きっと、太陽にも不快感を覚え始める。頭をかき混ぜる恐ろしい声も聞こえ始めちゃう。
 でもね、大丈夫だよ。……姿が『反転したあと』に変わったって、あなたは、あなただもん、ね?

 その言葉の真意は――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

サンディ・カルタ(p3p000438)[重傷]
金庫破り
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)[重傷]
ココロの大好きな人

あとがき

 お疲れ様でした。
 そろそろ、何か起りそうですね……?

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