PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>アカデミア・オルニエール

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『博士』
 プスケ・ピオニー・ブリューゲルは錬金術師である。
 元の世界ではマッドサイエンティストなどと蔑まれる事もあったが、彼は立派に世界の為にと身骨を砕きやってきた。
 この世界は万物を受け入れる。だが、一定の法則の許で『正される』のだ。
 世界の轍に沿うように、強欲にも、暴食にも呑み喰らう混沌という世界がプスケ・ピオニー・ブリューゲルに押し付けた法則は彼の持ち合わせぬ倫理に沿うものであった。

 『死者蘇生』『人体錬成』『不老不死』

 錬金術師ならば一度くらいは憧れたことがあるであろう?
 不老不死は即ち、『万能薬』を有してこそだ。誰をも救う全知全能。そうだ、賢者の石を手にするようなものであろう。
 その為ならば必要不可欠な犠牲を厭うてはならない。
 男は狂気的に真理を追い求め続けて居た。
 旅人としてこの場所に転移した男はラサ傭兵商会連合のとある遺跡に私塾を開いた。錬金術と世界について学ぶ場所だ。
 生徒達は皆、よい子だった。

 口は悪いが友達思いであった『ブルーベル』は盗賊の置き土産だったのだろうが、よく周りを見ていた。
 ……だからこそ、邪魔になって遠くに売り払う算段を立てたのだが、彼女が反転し妖精郷や深緑を騒がせたのは流石は我が『生徒』だ。
 落ち着き払っておりナイトのように二人を護っていた『リュシアン』は傭兵の子供だった。利口な子であった。
 ……利口であったからこそ、知りすぎたのだ。彼は私を殺しに来るだろう。それでも構わない。
 その為に『彼が犯した罪』は決して遁れられるものではない。生を謳歌せし『生徒』に喝采を送ろう
 そして――一番は、彼女だ。『ジナイーダ』
 誰にでも愛される穏やかで美しい娘。嫋やかで利発な可愛い可愛いジナイーダ。だからこそ、彼女の肉体は『壊れた』のだろう。
 キマイラになった彼女のデータを共に取った『タータリクス』もよく働いてくれた。
 教えを守り妖精郷ではアルベドを産み出すことにも貢献してくれた。ああ、それでも真理には届かなかったか。
 そのデータを利用し、ファルベリヒトの力を借り受けたが……それでも足りなかったのだ。

 仕方が無い。だが、ファルベリヒトが教えてくれた『魔種』という現象は非常に興味深い。
 狂気による伝播、死への呼び声。そう伝えるべきだろうか。
『人間は性質が反転すれば元には戻らない』らしい。当たり前の原理だが『元に戻す方法を僕が研究をしたら』?
 その為には被検体が必要だ。だからこそ、君の力が必要なのだ。

 ――麗しき月の姫君、リリスティーネ。

「血を、どうなさいますの?」
「吸血鬼(ヴァンピーア)の姫君、純血種(オルドヌング)の女王リリスティーネ。
 君を実験に使わせてくれ。大丈夫だ、粗相はしないよ。少しだけ血を分けてくれれば良い。
 タータリクスはキトリニタスにまでは行き着けたはずだ。ルベド……の完成には行かないだろうが、無駄になった石は市場に流せば良いのではないかな?」
 市場を騒がせば砂の都を蹂躙し手中に落とす手伝いにもなるだろう。
 ピオニーはせせら笑った。目の前の女の美しい笑みが全てを認めたと知って。

●ネフェルスト
 ネフェルストに姿を荒らしたのは黒い、黒い影だった。
 悍ましい程の気配。晶竜(キレスアッライル)と呼ぶべきそれは紅血晶を体内に取り込み疑似生命のように動き回っている。
 少年は天を仰ぎ唇を噛んだ。
 アレを見るだけで明らかだ。遂に、奴は自らで動き出したのだ。
(ピオニー!)
 奥歯を噛み締め、苛立ちを露わにする。
 リュシアンは色欲の魔種だ。彼の飼い主である『冠位色欲』ルクレツィアはリュシアンに交渉を持ちかけた。

 ――己の手脚になるならば、一つだけプレゼントを与えて宜しくてよ?

 それは罪の在処を示すようなものだった。少年が罪を重ねれば、彼自身の能力が飛躍的に向上する。
 カムイグラでも、深緑でも、幻想でさえもそうだ。至る所で少年は反転の災いを他者に降りかからせ、その犠牲を顧みず己の復讐のために生きてきた。
 目の前にその足掛かりがある。
 全ては初恋の人(ジナイーダ)の体をキマイラに転じさせ、家族(ブルーベル)を反転に誘った男を殺すために――

「リュシアン」
 声を掛けられて、リュシアンは振り向いた。ニルヴァーナ・マハノフとイヴ・ファルベが立っている。
 ネフェルストを襲い始めた竜の紛い物に各地では傭兵団達が対処に追われて居るらしい。
「ニーナ、あれは」
「ああ、ピオニーが賢者の石を作ろうとしたのだろう。その失敗作であろうとも新たな命を一時凌ぎで与えたかのように見せかけられる。
 奴の狙いは『錬金術師らしい』から。死者の蘇生のためには先ずは疑似生命を与えるところから始めなくてはならないね」
 静かな声音で告げるニルヴァーナ――ニーナにイヴは渋い表情を見せた。己の母たるファルベリヒトも斯うして利用されたのだ。
「……どう、する?」
「俺はアレを倒してから、博士を追う。此処で襲われるだけじゃ意味もないだろ。
 ……邪魔するならお前等も、敵だ。どうする、ニーナ、イヴ……『イレギュラーズ』」
 リュシアンは振り向いて睨め付けた。決意ばかりが溢れたその瞳は『博士を倒すまでは止まらない』と言いたげだ。
 彼はその目的のためならばイレギュラーズとの協力も惜しまない。だが、相手は魔種だ。それも、幾人もの反転を促し大事件を起こす切っ掛けとなった相手である。
「……決断は、任せる」
 イヴはイレギュラーズを振り向いた。
 リュシアンと敵対するかは兎も角にしても、この状況を抑えなくてはならない。
 紅血晶は周辺で呼応している。全ては晶竜が現れてからだ。個体差は強いのだろうがリュシアンの目の前に居るこの個体はより強力に周辺を害しているように思える、
「リュシアン、来るぞ」
「――デカブツ!」
 牙を剥きだしリュシアンは吼える。手にしたナイフが巨大な牙にぶつかった。
 勢いで大地に転げながらも体制を整えた少年の前に勿忘草の花が見えた――見えて、目を見開いた。
「ジナ――」
「何時までも青い坊やだな。幻覚ひとつで簡単に武装解除する。
 やあ、久方振りだね。ニーナ、リュシアン。それからそっちはファルベリヒトの心臓と――イレギュラーズだったかな」
 小さな少年が笑う。牙を見せて微笑んだ彼の頬を一陣の風が引き裂いた。
 血潮の代わりに薔薇の花びらが散り落ちる。ジナイーダを『僅かにでも見せた』のか。錬金術とは意地が悪い。
 リュシアンは目の前の少年を知っていた。少年という年齢でもなかろう。その幼い容貌で見くびってはならない。
「ヌーメノン……」
「博士達の連絡役さ。今日はあの竜のお守りでもある。
 ああ、いやだな、僕の美しい花を散らさないでおくれよ。素晴らしいだろう? 『烙印』だよ。……よければ君達にも与えて上げたいけれどね」
 少年ヌーメノンの手に握られていた『鮮やかすぎる紅血晶』がどくり、と高鳴ったかのように思えた。
 呼応し、晶竜が襲い来る。
「その前に、博士の傅く『真紅の女王』が砂の都の没落をお望みなのでね。
 ほら、竜に呼応して人が『裏返る』。悪いタイミングだね、体の中にどうしてか紅血晶が入り込んでしまった。
 欠片でも、なんでも――『変化した者の血』、花弁でも。それが入り込んだ途端に肉体が変化し始める」
「……紅血晶が体に入り込む事で晶人に転じるのか」
 ニーナにヌーメノンは「その通り!」と手を叩いた。
「晶獣(まがいもの)は早期対処をすれば元にも戻せるだろうけれどね、内側から『裏返った』らどうしようもない。
 ほら、人が変わる。変わる。変わっていくぞ。
 この砂の都を崩すために!
 愛に生きる彼女が、愛を囁くこの日に大きな成果を上げるなんて――ロマンチックだとは思えないかい?」

GMコメント

夏あかねです。グラオクローネに失礼します。これも愛の話ですよね。

●勝利条件
 ・『晶竜』ファル・ペレト&ファル・エムヘルゥの撃破
 ・ヌーメノンの撤退
 リュシアンと敵対した場合はリュシアンの撤退もコレに含む

●ロケーション・ネフェルスト
 ネフェルスト外周。オアシスの緑が少なくなり砂漠地帯にも差し掛かった部分です。
 上空には『晶竜』が。地上にはヌーメノンと彼が連れた『晶人』が居ます。
 リュシアンは皆さんとモンスターの丁度中間地点。現時点ではモンスターだけを見ています。
 イレギュラーズがリュシアンを攻撃する事に決定した場合は三つ巴となります。
 周辺には晶竜が現れた途端に放った攻撃で崩れた露店の残骸が転がっている程度です。

●『晶竜』ファル・ペレト&ファル・エムヘルゥ
 博士と呼ばれた旅人が作った晶竜(キレスアッライル)。
 紅血晶が埋め込まれたとても大きなキマイラです。巨体な蒼白く透明な竜を思わせます。
 手脚や尾っぽなどは別々のモンスターの欠片が入り込んでいるのか妙にちぐはぐな印象を受けます。
 ペレトは頭が鶏、エルヘルゥは頭が獅子を模しています。自我も人語も何もかもない擬似的晴明と呼ぶべきでしょう。
 傷付ければ、血の代わりに花弁が散ります。ペレトからは薔薇がエルヘルゥからは桜が散るようです。
 両者ともに多岐に亘る攻撃を有します。ですが、その戦闘能力は未知数です。警戒を行なってください。

●ヌーメノン
 博士と呼ばれた旅人の連絡役。傷付ければ体から晶竜と同じように薔薇の花が散ります。
『烙印』とも口にしているようですが……詳細は不明です。基本的には手出しされない限りは晶竜の観察を行ない、其れ等が倒されると撤退するようです。

●晶人(キレスドゥムヤ) 15体+経過ターンで増加
 晶竜の存在に呼応して増え続ける紅血晶を持っていた者が転じた姿。その成り立ちは分かりませんが『運が悪かっただけ』だと思われていました。
 ――実際は「その欠片を体内に摂取した場合」に大きく変化するようです。人間の肉体を内側から変化させようとし、拒絶反応で身を血の膜が包んだ状態になって終ったと言うべきでしょう。
 彼等は『晶竜』ファル・ペレト&ファル・エムヘルゥのいずれかが戦場に居る限りネフェルストで紅血晶を有していた者達が変化し増え続けてしまいます。早期的な対応が必要となるでしょう。

●リュシアン
 魔種ブルーベルの幼馴染み。初恋の人で、もう一人の幼馴染み『ジナイーダ』を自身が師事していた『博士』と妖精郷を襲った魔種『タータリクス』によりキマイラへと変貌させられた事が切欠で反転。
 現在は『色欲の冠位魔種』の使いっ走りであり彼女との取引で様々な反転を引き起しています。
 イレギュラーズとの直接対決は望みませんが邪魔する者には容赦はしません。わりと直情的。近接攻撃が得意で俊敏です。

●同行NPC
 ・イヴ・ファルベ
 ファルベリヒトの欠片の少女。ファルベライズ遺跡の守護者。回復などの支援を行ないます。

 ・ニーナ(ニルヴァーナ・マハノフ)
 アカデミアに出入りしていた不老種の娘。旅人であり複数の獣の因子を所有。
 イヴと同じく支援を行ないます。戦闘能力はある程度有しているようです。イヴの護衛も兼ねます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオでは『何らかの肉体への影響』を及ばす『状態変化』が付与される可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <晶惑のアル・イスラー>アカデミア・オルニエールLv:40以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)
氷の狼
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者

リプレイ


「決して、ロマンティックではありませんよ」
『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は淡々と答えた。
 人が獣に転じる。その愚かしさを彼はロマンチックだと例えたのか。『物語』(こころ)を愚弄し、踏み躙るだけの下らない自己満足ではないか。
 今宵はグラオ・クローネ。深緑の御伽噺。それは大切な者へと感謝を伝える記念日として伝えられてる。
 転じれば、恋人とささやかな一時をと、求める者も居るだろう。
 その幸福な一日を『夢の都』とまで揶揄された美しい砂漠のオアシス『ネフェルスト』で過ごす事を求めた者達だって居るはずだ。
「こんな事になるなんて――」
 何よりも家族を大切にしている『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は狼狽えた。
 大切な人達と過ごす一日が他愛もないものであれど、どれ程に尊い物であるかをウェールは知っている。
 来年も共に過ごそうと、何気ない将来の約束を交そうとした者だって居た筈だ。その有り得たかも知れない未来を潰えさせ、有るべき日常を奪う蛮行がネフェルストを襲っている。
「……俺は、赦してなんか置けない。此処じゃない世界で日常を時に奪い、奪われた者として――二児の父として止める!
 ……被害ゼロが無理でも絶対に少なく済ませる!!」
 目の前に見る晶人達がそうした者達であった事をまざまざと思い知らされる。よりにもよって、と『彼岸花の弱点』リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)は呟く。
「こんなサプライズがあるとはね……。
 随分いい趣味をしているじゃないか。結晶と化した人々に思うところが無い訳でもないが……仕事だ、被害甚大の前に早急に終わらせよう」
 肉体を転じた者達。そして、それを促すのは『晶竜』ファル・ペレト&ファル・エムヘルゥと従えた『旅人』ヌーメノンであった。
「どうにも、君達は些かナイーブなんだね。特に素知らぬ人間に有り触れた不幸が訪れただけじゃないのかい?」
 ヌーメノンは未だ、ファル・ペレトとファル・エムヘルゥに『待て』の合図を送っている。
 彼は自身と相対するのがイレギュラーズだけではないことを知っているからだ。
(リュシアンさん……)
 背後に立っているニルヴァーナ・マハノフとイヴ・ファルベの姿を確認してからリンディスはヌーメノンとリュシアンの出方を確認していた。
 彼等は同窓の者と言うべきなのだろう。嘗てはラサに存在した『アカデミア』と呼ばれた旅人の私塾で学んだ者達だ。
 特にリュシアンとの縁はそれなりに長くなってきたのだと『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は感じている。
 アレクシアがある時にファレン・アル・パレストからの依頼で殺害した1匹のキマイラが居た。それが全ての始まりだった。
 その時から、彼はずっと『博士』を追掛けている。どの様な凶行を起こそうとも、どの様な被害を撒き散らそうとも、彼は博士を殺す為だけにここまでやって来たのだ。
「リュシアン。一つ提案がある。イレギュラーズに共闘の決断を任せて僕と戦うつもりだったようだけれど。
 一つ忘れては困ることがある。僕は『女王』と『博士』の連絡役だ。
 ……坊やは博士を殺す事が目論見だろう? 『リュシアンだけ』なら居場所を教えて遣っても良い。条件はあるけどね」
「条件だと」
「……条件、ですか」
 リュシアンとリンディスの声音が重なった。ヌーメノンが何を提示するのかを『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は大凡の見当が付いていた。
 博士を殺す為の万全の力を手に入れる為に彼が数々の蛮行を決断してきたことを知っている。
 妖精郷を冬に閉ざしたタータリクスの反転も、豊穣郷を狂気に至らしめた『巫女姫』の反転も、幻想王国で王の相談役と名乗った青年の反転だってそうだ。『冠位色欲』は気紛れで、至る所にその姿を現した。そんな彼女が何か事を起こすときは彼を手脚として使っていたのだ。

「リュシアン――仲良しごっこを終えて、イレギュラーズを殺しておいで」

 ヌーメノンの囁きを受けて、リュシアンがゆっくりと振り返る。視線の先には『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が立っていた。
「リュシアン」
 奥歯を噛み締めて、ルカがその眸だけで決意を伝える。
 どいつもこいつも巫山戯た奴だ。ラサという国を『良く分かった』上で仕掛けてくるのだ。
 この国は私慾で成り立っている。人の欲求こそ留まることを知らず、商人達は品に目を眩ませることだって多かった。
 自業自得だと言われれば頷く事しか出来まい。だが、その欲の果てが誰かの益であるならば――これ以上好きになどさせて堪るモノか。
「……リュシアンさん」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はその名を呼んだ。彼女は深緑でリュシアンの幼馴染みであった『ブルーベル』と敵対していた。
「私はブルーベルさんとは敵対した、したけれど、彼女は最後まで優しさは持ち合わせて居るように思えたんだ。
 ……それから、リュシアンさんだって、大多数の魔種とは違うように思ってる。これは、私の『勘』だよ?」
「勘で魔種を信じるとは天義の聖女、いいや、ヴァークライトのお姫さまは甘ちゃんだな」
「……下調べが済んでいるのは賢いことだと思うよ。けれど、リュシアンさん。貴方から見てヌーメノンは信じられるの?」
 スティアは鋭くヌーメノンを睨め付けた。彼が2匹の晶竜に『待て』をして居るのは、リュシアンの出方を見るためなのだ。
 首輪から手を離せばあっという間にその2匹はこの場を蹂躙するとでも脅すかのような仕草でもある。
「……」
 リュシアンが黙りこくった。
『頂点捕食者』ロロン・ラプス(p3p007992)はリュシアンも、ヌーメノンも警戒するようにイヴの前に立つ。イヴはロロンにとっての友人『ファルベリヒト』の忘れ形見だ。傷付けさせるわけには行くまい。
「……ロロン、ファルベリヒトも『博士』の所為で死んだ。わたしも、あいつのところにいきたい」
「……うん。そうだね。ボクもなんだかざわざわしてる」
 淡々と自体を見詰めていたイレギュラーズを振り返ってからリュシアンは聞いた。
「……決断は、任せると言っただろ。おまえたちは、どうしたい?」


 紅血晶の災い。それが無数に被害を生み題してることを『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)はよく知っていた。
(これ以上、この国に被害を出す前に、止めなくてはなりませんね。
 人とは関わらぬと決めた身ではありますが……石の犠牲になる人が増えるのを見逃すわけには行きませんから)
 サルヴェナーズは一線引いたところからリュシアンとの問答を眺めていた。ラサの出身である彼女は『石』というものには縁がある。
 変質してしまった災いの化身。それが己の認識だ。本質的には何ら変化は無い筈だが、それでも清き者が災いに転じ人に対しての関わりに極端に怯えているのだ。
「大きいなあ」
 あれも『紅血晶』が体内に存在して居るのか、と『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)はまじまじと眺めた。
 自我も何もかもがない疑似生命。人を怪物に変える結晶の災厄。そして、それを持ってやって来たヌーメノン。
「……ボクは博士とやらのことはよく知らないけど、博士も連絡役の君も最高に性格と趣味が悪いことだけは理解したよ。
 美しい花ではなく疎ましいたげの怪物はここで倒すよ」
 リュシアンとの問答をわざわざ、時間を掛けてまで行なう時点で性格が捻くれているとしか言いようがあるまい。
「お褒め頂き有り難う。で、リュシアン――」
「ヌーメノンは黙っていろ」
 リュシアンは武器であるナイフを――ブルーベルと対になる勿忘草の色の宝石が嵌め込まれたものだ――握りしめヌーメノンを睨め付ける。
「敵対はしません――一緒に、戦いましょう」
 リンディスは静かに言った。これまでのリュシアンの行いが赦されるものではないと知っている。
 それでも、彼の根にある想いは純粋で真っ直ぐなものであったから。彼自身を、信じたくなったのだ。
「ブルーベルさんの最期は聞きました。目の前にいたことも――だから最後まで進む人に、道が重なっている今はせめて力添えを」
「リンディス」
 ニーナは不安そうに告げた。リンディスは穏やかに微笑んでからニーナを安心させるように魔導書を開く。
「……せめて彼らの「物語」の最後までは、一緒に行きましょう。それは私たちにしかできないことだから」
 鏡のような、そのひとと最期まで紡いだ物語をリンディスは忘れては居なかった。
「ジナイーダ君のことで、博士のことを許せない気持ちは少しはわかるつもり……私も多少は過去のことを観たからね。
 だからこそ、なおさら生命は大事にして。まだ、あなたは独りじゃないんだから」
 アレクシアが握りしめた魔法杖は鮮やかな紅色の花へと転じた。色彩を有さぬ薔薇に色が満ちる時、それは即ちアレクシアの魔力が広がり始めたと言う意味でアル。
「……リュシアン君がいい人だ、とは言わないよ。非道いこともしてきたと思ってる。
 でも、だからといって手を取らない理由にはならないもの。私はまだ手を取り合えると、話ができると思っている。
 ――だから、協力しよう。せめて『博士』を止めるまでは」
 いつかの時に、彼に止めを刺さなくてはならなくとも。幾重もの危機を乗り越えてきた自身達なら彼の役に立てるという自負がアレクシアにはある。
 そして、リュシアンとてそう認識しているのだろう。今度こそ取り逃がさぬ為にイレギュラーズと手を組むべきだとも。
「リュシアン、まだ始まったばかりですよ。漸く見せた尻尾、全てはこれからです。
 ……ブルーベルの最期には立ち合えませんでしたが。何故でしょうね。彼女なら、屹度貴方の事を頼むと言うと思いました」
「そう言われると、弱いな」
 アリシスに向かってリュシアンは悲しそうに笑った。愛おしい人達だった、と言わしめるその笑顔だけで『彼が反転していなければ』という未来を垣間見えた気がしてウェールは切なくさえなる。
「交渉は決裂、か」
 ヌーメノンの呟きと共に2匹の晶竜が飛翔した。同様に晶人達は箍が外れたようにイレギュラーズへと襲い来る。
 たったの15人、しかし、されども『元は笑い合って、過ごして、生きていた』15人。其れ等は全てを転じさせられて只の獣の様に走り寄るのだ。
「数が厄介ですね。皆さんの道を切り拓きます」
 静かに囁いたサルヴェナーズの頭上で暗い輝きの光輪が煌めいた。泥にも似た材質のそれは魔術の気配を放つ。
 汚染の鎧は苛む者の全てに災いの化身となって襲い行くだろう。沈黙の塔と呼ばれた防衛本能を身に纏うサルヴェナーズは普段は隠している魔眼により、催眠のまじないを齎した。
「私を越えて進んで下さい」
 人と距離を置いたのはただ、ただ、その人々を護りたいだけだった。サルヴェナーズの優しさを越え、ルカが前線へと飛び込む。
「ありがとよ。ラサの民を護ろうとしてくれて」
 それは誰に対しても告げた言葉だ。ラサを傷付けられたくないというルカの我儘を聞いてくれた仲間達。それから、自身のためでもある。
 これ以上の犠牲は赦さぬと『黒犬』が叫んだ。時間を掛けるほどにこの国は紅色に染まる。美しい花を散らし、『何物にもなれなかった紛い物』になる。
 危険は承知の上だ。最小の被害で最大を護る。切り捨てることもまた、一つの決心であるのだから。
「サルヴェナーズさん!」
「ええ、共に――」
 アレクシアの赤き花が炸裂した。アレクシアの花の魔力は幾人もの晶人達に敵愾心を抱かせることだろう。
「あれも普通の人だったのに……」
 スティアは苦しげに呟いて、アレクシアとサルヴェナーズの傍を走り抜けた。向かうのは晶竜ファル・エムヘルゥ。
「どうして何の罪もない人達が晶獣にされないといけないの?
 それも知的探究心を満たす為にだなんて……こんなことは見過ごせないし、許せないよ!」
「それでも、何事にも犠牲や過程が付き物だ。ヴァークライトのお姫さま」
 スティアがヌーメノンを睨め付けた。苛立ちを誘い、その標的に己を狙わせようとしていること位、透けて見えている。
 晶竜が此処に存在しているならば、何人もの晶人が増え続けるのだ。それを止めなくては勝利はない。
「医療も、学問も、兵器開発だって、何らかの犠牲や過程が必要だって分かるよ。
 けれど、それは犠牲になった誰かの同意がなくては只の蛮行でしかない。私は、そんな身勝手を許せないだけなんだ」
 叫び、放たれた意志の魔力。それはスティアという娘の強さを顕すように、天をも穿つ刃と化して――


 その意識を研ぎ澄ませる。晶竜を早期に撃破する事こそが今回のオーダーだ。帳はと言えば、仲間達の後方から出来うる限りの援護射撃を行なう為に書の一頁を引き裂いた。
 放つのは独自の術式。魔力がぐん、と伸びてファル・エムヘルゥを狙う。ファル・エムヘルゥとファル・ペレト、一方は獅子の頭をもう一方は鶏の頭を有していた。その何方もがちぐはくのキマイラそのもので見目も決して良いとは言えない。
 ヌーメノンの存在は意識の外へと追いやって帳はまずはエムヘルゥからの撃破を狙う。舞い散る花びらの下でリーディアは『彼岸花』の撃鉄を起こした。
 立ち位置は気を配らねばならない。狙撃手である以上、その身を全てさらすのは愚の骨頂。なればこそ、露店の残骸に身を隠し虎視眈眈と隙を狙うのだ。
「本当に化け物を組み合わせたナニカだな。……眼を潰すか……それとも、」
 結合部分を狙うのも有だろうか。黒手袋に包まれた細い指先が銃弾を確かめる。凍て付く氷の魔力で生成されたそれは寓話のヒロインを思わせるあの赤頭巾の遠吠えのように弾丸となり吐出された。
 アリシスとスティアがそれぞれの晶竜を相手取る。鶏頭のペレトがけたたましい叫び声を上げたときアリシスは「鳴き声も雄鶏と同じ、本当に因子を混ぜ合わせたのですね」と辟易したように呟いた。
 戦乙女の槍に漂った魔力。鎮魂と浄罪の秘蹟――その簡易詠唱が槍の穂先に宿る。
「涙の日、裁きの時。 罪深き者よ、灰の中より蘇らん。 神よ、主よ。彼の者の罪を赦し給え―― 」
 紡がれた詠唱呪文と共にペレトの肉体に突き刺さった槍は罪を暴くように不浄を焔に焼き払わんとする。
 胴体部位は竜を思わせたが良く見遣れば肉体、それそのものは別の生物の者を継ぎ接ぎして整えただけだと分かる。
 浄罪の槍(ラクリモサ)を引き抜き、アリシスが引き寄せるペレトから花弁が散る。その気配を眺めたロロンはぱちくりと瞬いた。
「あの花弁は、触媒?」
「……何、だろう、あれは」
 呟くイヴにもその実情は分からないのだろう。ロロンの『ざわざわ』とした胸中。それは怒りと呼ぶべきなのかは分からない。
「錬金術はボクもよく知っている。けど、これは違う。賢者の石に至るアプローチがボクらとは真逆だと記憶が訴えてくる。
 ……失敗したなり損ないに言えた義理ではないだろうけれど、こんなのに彼が利用されたのなら赦し難いね」
「ロロン、あの……もしかして、これは『至るアプローチ』じゃなくて」
「ああ、至ろうとして、至れなかった廃棄ブツの有効活用なら納得できるかも知れないね。
 大いなる術(アルス・マグナ)がそうした効用を得ているなら納得も出来る、けれど――『ファルベリヒト』を利用して良いことにはならない」
 ロロンにとっての初めての怒り。それは人間にある機能が自身にも芽生えたという心の気配だ。
 それを理解出来るわけではない。ペレトの叫び声に反応する晶人を押し止めていたアレクシアとサルヴェナーズに気がつき、ロロンは自身の全権能を掌握し、自身が喰らった事のある強敵を『創造』構築する。
「イヴくんは彼じゃないから、ボクは君に求めない。けれど、傷付けることは赦さないよ」
「わたしも、ロロンを護るよ。……力不足かも、しれないけど」
「イヴくん」
 忘れ形見だから、そんな理由で護ろうと考えたが――それでも、『彼女』が『ファルベリヒト』の一部だったというならば妙な愛着もあった。
 ロロンに「花弁も、ヌーメノンも嫌な気配がする」と告げるイヴは警戒するようにとそのぷるりとした身体を突いている。
 ぷるん、と揺らぐロロンが頷く。リュシアンは「嫌な予感は俺もする」と呟いた。
「嫌な予感、ですか」
「ああ、博士が実験生物を適当に増やすために態々ヌーメノンを派遣するわけがない」
 それに、とリュシアンは呟いた。風の噂によれば『先輩』が来ているというのだ。
 博士に師事していた者や、今現在リリスティーネの下で遣えている者達。その中でもある程度の技量を見込まれた者達は、実験を行なう可能性がある。
(ヌーメノンが持っているアレがコントローラー……って事は無さそうか……?)
 ウェールは首を捻った。ヌーメノンを観察しながらも、微動だにしないそれは余裕であるようにも感じられる。
 制御装置や心臓ではないのだろう。ただ、心臓と言えば『2匹の晶竜』の内部に光る紅血晶か。
「『首』だ!」
 ウェールは叫んだ。何方も首の辺りに縫い目が多く、その辺りに何らかの異物が存在しているようにも見える。
 何度も何度も、重ねて打ち続ける精密な射撃。
 カードの束から引き抜いたのは『幸運』でなくてはならないか。
 首、と呟いたリュシアンは目を伏せる。アレクシアは我武者羅に飛び込まないようにと彼に「落ち着いて」と声を掛けた。
「リュシアンさん、気をつけて下さい。
 ニーナさんはリュシアンさんと話したいことがある筈です。ですが……此処で貴方が倒れてはニーナさんも無茶をします」
「リンディスが引き留めて。ニーナはそういうやつだから」
 無茶ばかりをする『姉』なのだとリュシアンは反転の影響など感じさせないように困った様子で笑う。
 そうやって笑うからこそ、どうしようもなく憎めないのだ。
 ルカは肩を竦める。スティアの眼前で牙を剥きだしたエムヘルゥへと剣を振り下ろす。地を蹴って、身を捻る。叩きつける剣が鋭く獅子の口を引き裂いた。
 あんぐりと開かれたままになる口の端からは花弁がぼとぼとと落ち続ける。ルカの攻撃に狼狽えたエムヘルゥが有した翼に一撃を投じたリュシアンは「パーツを切り落としてやれ」と笑った。
「俺はお前を手放しに信用してる訳じゃねえが……それでも感謝するぜ」
「こっちこそ。俺も、おまえ達と戦いたいわけじゃないよ。俺は……博士さえケリがついたら、それでいいんだ」
 ルカはエムヘルゥに攻撃を放ちながら、まるで友人に語りかけるかのような声音で少年の名を呼んだ。
「お前があちこちに反転者を出して、大勢を傷つけた事は許しちゃいねえ。
 だが好きなやつを実験動物にして変質させた……その仇を何が何でもぶっ殺すって気持ちはわかる」
 ファルベライズの時の怒りはルカも良く覚えて居た。
 今になればそれだけではないのだろう。深緑でアリシスやリンディスは確かに見た。
 魔種ブルーベル、リュシアンにとっての『幼馴染み』で『家族』。そんな彼女が反転にいたる原因も博士が絡んでいたのだ。
 ――リュシアンとブルーベルにとって大切だったたった一人。愛おしく、誰からも愛されたジナイーダ。
 ラサの商家の出身であった彼女の生家は幅広く孤児達を保護し、その才能を育てていたという。リュシアンとブルーベルもその中の一人だった。
 年が近かった三人は何時だって共に在ったという。だが、リュシアンが用事でアカデミアに向かえなかったとき、ブルーベルとジナイーダは奴隷商人に拐かされそうになった。
 その時、博士は。

 ――博士。何時このような遺跡の事をお知りになったのでしょうか?
 ――君は聡い子だね、アリシス。

 どこからが計算であったかは定かではない。だが、その話を聞く限りでも『全てが繋がっている』と考えたって仕方が無い。
「……だから、お前が博士をぶっ殺せるよう手伝ってやる。
 そして博士をぶっ殺してお前が満足したら、その時はお前の首を俺に寄越せ」
「ルカは、俺をきちんと殺してくれる?」
 完膚なき儘に抵抗する己を叩き落として欲しい。まざまざと殺される時を待つ俎の上の魚は御免だと少年は笑った。
 振りかざしたナイフを器用に突き刺す。其の儘、身体を大きく跳ねさせた。宙にぶらんと揺らいだ脚。その足を掴んだルカが地上にリュシアンを降ろし、後退するようにエムヘルゥへと膂力を生かして剣を振り下ろす。
「勿論だ」
「その役目、乗っかっちゃおうかな?」
 くすりと笑ったスティアの回りに羽根が舞い落ちる。魔力の顕現と共に、スティアがちら、と後方を眺め遣った。
 飛び込んだのは霹靂。狼のカードを引き抜いたウェールは狙い澄ませた一撃を放つ。
「首の辺りは固いな……」
「うん、けど、もうすぐだよ!」
 スティアの言うとおりだ。綻びから見えた気配。リュシアンが「狼!」と呼んだ。
「ウェールだ」
「ウェール、合せろ――コイツをぶち殺せ!」
 まだ年若い。10代にしか見えない獣種『だった』少年。天真爛漫な子供であればどれ程良かっただろうとウェールは考えながらリュシアンの示した先へと一撃を打ち込んだ。


「ああ、助けて下さい。助けて下さい神様――なんて、言っていると思いましたか?」
 神様に祈れば冒涜的な己が救われるのか。それは否だ。サルヴェナーズはアレクシアの周辺に集まり続ける晶人を振り払う。
 そして、向き直ったのはペレト。けたたましい鳴き声を上げるそれは耳を劈き翼をばたばたと動かし続ける。
「……なんて悍ましい姿なのでしょうね」
 悍ましい。それが錬金術に縒ることなのだろうか。疎ましいそれを眺める帳は地を蹴った。
 ペレトに近付き零距離ではなった魔力を跳ね返すように響き渡るのは叫越だ。ちぐはぐな肉体から落ちた縫い糸がぼろりとその肉体を零す。
「パッチワーク、ってその通りだね」
 笑いながらも己の身体に激しい負荷が掛かっていることに帳はよく気付いて居た。
 サポート役であるリンディスとて苛烈に走り回り、力の限りを尽くすルカをサポートすることに尽力している。
(……アレクシアさんは、大丈夫でしょうか)
 視線を送れば、アレクシアは鮮やかな魔力を纏い、継戦に意識を裂いていた。
「こんな姿にされてしまって……すぐ助けるからね!」
 苦戦していない、とは言えない。だが、様々な攻撃を無効化し、手番を重ねるごとに交戦範囲を広げ出来うる限りを受け止めている。
 バッファーとして回るサルヴェナーズの姿もあるが、晶竜が『倒れるまで』がアレクシアという戦場の要なのだ。
「……私は大丈夫だよ。次の晶竜を」
 眩い花のように咲き誇る。
 清廉な魔力に尊い決心を胸に寄せる。ただ、己が目指す未来の為にアレクシアという『魔女』は進むのみ。
 幾人もの命を奪うこの行いを。赦してなど、置けるものか。
 だが、アレクシアという娘は『時に犠牲が存在する』事を受け入れるだけの強さも持っていた。
「生物を掛け合わせて新たな生命を造る。天におわす主だって思いつかないだろう冒涜的な所業だ、理解に苦しむね」
 リーディアは呻いた。その結果が生きていたはずの生命が散る、のだ。
(……私だって人殺しだ。生命を奪うことについて強くは言えない、言えないが。
 だが罪のない市民を大勢巻き込み、残虐な方法で生命を散らせたならばここで仕留めるべき標的なのは違いない)
 何が、大いなる成果には必要不可欠な犠牲だ。それは只自分の行いを正当化しているだけではないか。
 リーディアは睨め付ける。嗽までは出来ないが体内に入った花は出来うる限り除外し、相手を倒す事だけを考えた。
 弟子の好んでいるクッキーを囓れば、己の戦う意味がより強くなる。
「氷の狼の遠吠えを聞くがいい」
 叩き込んだ弾丸を追掛けて、サルヴェナーズの指先が求めたのは穢れ。傷口から溢れた泥が、蠢いた。
 花弁をも覆い尽くす穢れの気配。贖いの贄達が嘲笑うようにサルヴェナーズを護る。咎はその責務を果たすが如く。
 スティアはヌーメノンを睨め付けた。事前に「私達は彼を狙わないけどリュシアンさんが狙いたいときは私の分まで一発殴って」などと告げて居た彼女にリュシアンは愉快だと感じた事だろう。
「リュシアン」
 呼ぶウェールに魔種の少年は頷いた。
 相手は魔種だ。敵だ。その相手と共闘しているとは何とも不可思議な状況だ。
 だが――
「魔種なのに、自分を殺す奴らの手を取るのかい? リュシアン」
 揶揄うヌーメノンの言葉にアリシスが重ねる。
「何れにしても変わらない事はあります。即ち、貴方と戦う事にはお互い何の益も意味すら無いという事です。
 ……ああ、いえ。博士の益にはなりますか? それは業腹というものでしょう、リュシアン」
 神話の光よ。宿り木よ。魔槍は引き裂く力を示したのだ。
 アリシスがペレトの頸筋を断つ。
「此処だ――!」
 首。それが狙い目だというならば。
 リーディアが引き金を引く。
 弾丸が飛ぶ。その軌道に合せてルカは飛び込んだ。
「くたばりやがれええええ!!」
 叫んだ。ラサの仲間の誰一人とて傷付けさせやしない。
 女の子(アレクシア)があれだけ身体を張ったのだ。仲間(サルヴェナーズ)だって人のためだと頑張っている。
 なのに自分が『おねんね』してる場合か。
「――もう、手遅れになるのは御免なんだ!」
 ペレトの身体が傾いでいく。ぱち、ぱちと乾いた拍手が聞こえルカは血を拭ってから眼前の少年を見た。
 ヌーメノンは笑っている。まるで、良き物を見た、とでも言いたげに。


「血を流す代わりに美しい花弁が散るだなんてロマンチックじゃないか。相手が君達の様な敵でなければだけれどね」
「ならば、貴方も如何か」
 囁く声、そしてヌーメノンが至近距離に立っていたことに気付く。リーディアはその照準を合わせて警戒を露わにするが、此処で彼を攻撃するべきか否か。
「どう言う――」
 呟いた青年にヌーメノンは幼い少年を思わせる風貌には似合わぬ大人びた笑みを浮かべた。
「『烙印』を差し上げようかと」
 ヌーメノンの指先がリーディアの左肩に突き刺さった。柔い肩を貫通し、つぷりと音を立てたそこには大輪の薔薇の花が咲き誇る。
「リーディアさん!」
 振り向くリンディスがヌーメノンを睨め付ける。癒やし手たるリンディスが戦場の要であるとヌーメノンは分かって居た。
「ヌーメノン! お前、何をした!」
 叫んだのはリュシアンであった。リーディアとヌーメノンの間にその身を滑り込ませたリュシアンが勢い良く蹴撃を放つ。
 受け止めるヌーメノンは蹴られた事を良いことにその体の方向を転換しリンディスへと迫った。
「まさか、ヌーメノンさん。貴方は――!」
 烙印。それが人を『堕とす』事を意味するのか。それとも。
 リンディスは掠めた爪先に抉られた腕を押さえた。その腕に出来た傷口から『花弁が舞い落ちる』
 驚愕に目を見開く少女とヌーメノンを引き剥がすべくルカが武器を振り下ろす。晶竜の撃破を終えた最後の置き土産か。
 仕掛けられたことにウェールとスティアが直ぐに反応を見せたが、ヌーメノン自体はそれ以上戦う気は無いと両手を挙げた。
「気にしていたようだからね」
「……ああ、意味ありげに言っていたからな。それで? 俺達に何をした」
 ルカ自身も自身に何らかの影響が及んでいることには気付いて居た。ヌーメノンが、否、『吸血鬼』の小細工がイレギュラーズの身体に何らかの印を刻みつけたのだ。
 ヌーメノンは『アカデミア』に出入りしていた錬金術師だ。その幼いなりは元の世界では吸血鬼であった事に由来しているらしい。
「僕は吸血衝動を抑えるために博士に指示をしていたのだけれどね、まあ、それ中々生命維持のためで難しい。
 ……その時であった『吸血鬼』の娘がこれはまた、利用価値があったわけだ。
 逸脱者のお嬢さん、君はさっき、博士にスポンサーがいたと言ったね? 彼等は対等、寧ろ、博士の側がスポンサーと言えるだろう」
「……成程。そもそもです。博士が個人で事を為し得たとは思っては居ません。
 冠位色欲がリュシアンに此程の力を与えていることだって疑問です。ひょっとして、博士のスポンサーとは――」
 皆まで言うなと笑ったヌーメノンにアリシスは目を伏せた。気紛れで享楽的な彼女だ。そうした事も忘れているだろう。
 ただ、単純に力を貸しただけ。彼女が管理できる程度の子犬なら好き吼えさせておけば良い。『家族喧嘩』なら好き勝手させておけば勝手に自滅をし、高みの見物が出来る。何時もの『あの女』らしい。
「ええ、やっと分かりました。『烙印』と呼びましたか。
 晶竜も同じ……そして、そう。ジナイーダを思い出します。彼女は瞳や口から勿忘草を零していた」
 アリシスの言葉にリュシアンとリンディスが驚いたように振り向いた。どくり、と鼓動が強く高まりリーディアが膝を付く。喉が酷く渇いたのだ。
「な――」
「そして、ヌーメノン、貴方は吸血種のようですが……『真紅の女王』の側ではない。
 彼女の側の人間が名乗る『吸血鬼』と種が違うならば、一つの結論に行き着くことが出来る」
 真逆、とサルヴェナーズの唇が乾いたように動かされた。

「紅血晶による『晶人』化――それは、『吸血鬼』になり損なった者の末路で有り、耐えうる力が合った者は烙印の開花と共に吸血鬼に転ずる」

 違いますか、と問うたアリシスにヌーメノンはご明察だと手を叩いた。
 リーディアの喉が渇く。吸血衝動か。親しい者の血ほど甘美に感じられるのだ。己の身体に流れる血潮は花弁に転ずる。息苦しさに漏れた涙は水晶へと変化した。
「耐えうるだけの身体だから、反発が起っているのだろうね。
 ……『君達が僕たちと同じになるまで』はどうやら時間が掛かるようだ。けれど、タイムリミットがあった方が熱くなるんじゃないかな?」
 ヌーメノンはくつくつと笑ったがアレクシアは「ゲームじゃないんだよ」と声を震わせた。
「……即効性がないのは未完成って事でしょう? 何を作ろうとしているの?」
「ああ、よく見れば君は深緑で『魔種を人に戻そうとした』魔女だね。君のしようとしていることと同じだよ。博士が為したいのは」
 ぴたり、とアレクシアが動きを止める。スティアはアレクシアを庇うように立ち、ヌーメノンを睨め付けた。
 ロロンはイヴを庇う。『博士』との直接対決はファルベライズでのことだった。あの時、彼は何と云っていたか。
「貴方方はどうやら『魔種を人間に戻そう』と考えて居るのだろう。
 我らが師は、死者蘇生に不老不死、錬金術師なら誰もが求めたその真理にもう一つ付け加えたのだよ。
 それこそが『反転』。この混沌世界にある不可逆。どうやらイレギュラーズはそれを元に戻したいらしいから……博士も皆に協力したいのだとさ」
「協力……って……?」
 ロロンの背後でイヴが震えた声音で聞いた。あの人――『ファルベリヒト』はその言葉を鵜呑みしていた。
「良かったね、魔女! 『博士』は反転を戻す為の実験に、沢山の魔種を人工的に作ろうとしている! それがその『烙印』だ!」
「テメェ――!」
 ルカが力任せに振り下ろした刃を避けてヌーメノンは「耐えられる実験体は有用だな」と呟いた。
「ヒントを上げよう、ルカ・ガンビーノ。『僕達は月の下で遊んでいる』のさ」
 ヌーメノンが投げ寄越したのは紅血晶にも似た紅色の石の紛い物であった。
 アリシスが「ティンクトゥラの紛い物」と呟いたとき、目の前からその姿は掻き消えていた。

 ――嗚呼、成程。魔種か。魔種。次は魔種を捕えて実験しよう。
   此の世界の人間は魔種から許に戻る事ができないか考えているのだろう? なら、僕が戻す実験をすれば文句は言わないだろう。
   どうせ、魔種は世界を破滅させるだとかで淘汰される存在だ。
   人体実験を行ったところで誰も文句は言わないだろう。
   野良の魔種を捕まえるのは難しい。ならば、幾人も『作っておけば』問題は無い。

   ……ああ、君達に感謝されるだなんて、とても嬉しいよ、イレギュラーズ!

成否

成功

MVP

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊

状態異常

アリシス・シーアルジア(p3p000397)[重傷]
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
大樹の精霊
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き
浮舟 帳(p3p010344)[重傷]
今を写す撮影者

あとがき

 お疲れ様でした。
 次に向かう先は、ヌーメノンを追掛けて、月の下でしょうか。

※ルカ・ガンビーノ(p3p007268)さん、リンディス=クァドラータ(p3p007979)さん、リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
 時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
 現時点で判明しているのは、
 ・傷口から溢れる血は花弁に変化している
 ・涙は水晶に変化する
 ・吸血衝動を有する
 ・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
 またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています。

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