シナリオ詳細
<希譚・別譚>朽橋家の呪い
オープニング
●『あらすじ』
音呂木(おとろぎ)。
それは希望ヶ浜に古くから存在しているという神社の名前である。
その名の由来は神社境内に存在している神木からとされており、『神々が神木を目指してお通りなさった』という意味合いで御路木(また、神木が天の世界に繋がっているとされお通りなさるという意味で『戸路来』)と呼ばれていたらしい。
それが転じ『御途路来』となり、現在の漢字が当て嵌められたと言われている。
「――ますか?」
え? ああ、パイセンの声って結構好きだよ。
「聞いてますか?」
聞いてる聞いて――
顔を上げた茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の前では音呂木・ひよの(p3n000167)が渋い顔をして立っていた。
「ひ、ひよのパイセン」
今日は音呂木神社の秋祭りの最終準備の為の会合が行なわれている。
社務所にパイプ椅子を並べ、幾人かが呼び出されているのだが――さて、渋い顔のひよのが厳しい視線を送ったのはおサボり『後輩』こと巫女見習いとなるべくひよのに師事している秋奈だ。
そんな様子を可笑しそうに見詰めていたのは笹木 花丸(p3p008689)。臨時のお手伝いスタッフとしてひよのからaPhoneで連絡を受けた少女だ。
「R.O.O(あれ)や希望ヶ浜怪異譚の探索でもうご存じだとは思いますが音呂木は非常に強い神様です」
「その言い方が正しくって感じですよね。この世の中で『呼び名』に拘泥している時点でひよのさんが警戒しているのが分かります。
『音呂木の神様』は本来の名を呼んではならないのですよね? 神様の名をお呼びするという事は、その存在を降ろすと同義だと」
「はい。だからこそ、私は祀るお方の名を呼びませんし、あの方の加護を強く受けるこの身で必要以上は踏み込みません」
その『所為』か、希望ヶ浜怪異譚に関する調査には夜妖専門医を称する澄原病院が一枚噛んでいるのだが。
フィールドワーカーとして、そしてイレギュラーズの保護と観察を目的として同行を行なう澄原 水夜子(p3n000214)とひよのの間には微妙な空気感がある。
一方は民俗信仰をテーマとし、非常に楽しげに調査を行なう病院の調査員。
もう一方は神に仕えた巫女としての矜持と神域の保護を目的とした『夜妖』の専門家。
ひよのからすると部外者である澄原が大きく絡んでくることで『音呂木』について知られてしまう可能性が恐ろしいのだが――相手が堅物な院長出なくて良かったとさえ思えた。
「そういえば、今日は水夜子さんがお手伝いなの?」
「ええ。なじみさんは少し所用が――あー、まあ、皆さんなら言っても良いかもしれませんね。
姉さんの診察を受ける日のようです。お祭りには合流して下さいますでしょうし、声を掛けてみても良いかもしれませんね?」
水夜子が『姉さん』と呼ぶのは従姉にあたる澄原 晴陽(p3n000216)、ひよのが警戒する『院長』先生その人だ。
そして『なじみさん』とは花丸とも仲良くしている友人、綾敷・なじみ(p3n000168)のことである。
悪性怪異:夜妖<ヨル>が人間に取り憑く現象、夜妖憑きであるなじみは現在の主治医である晴陽の診察を受けているらしい。
「そういえば、晴陽くんが主治医なのだったな。なじみくんの調子にも少し頭を悩ませていたようだが」
「はい。夜妖憑きである以上はリスクがありますし、なじみさんのお母様も少し――……」
あまり話しすぎもいけませんねと首を振った水夜子に恋屍・愛無(p3p007296)は小さく頷いたのだった。
人に害を為す事が多く、それ故に悪性怪異とも称される夜妖達。
其れ等を束ね、所謂『大精霊』や『神霊』にも近しい――現代で言う所の『心霊現象』や『神様』に位置する物が希望ヶ浜には存在した。
困ったときは神頼み。信仰心。そうした物が起因して実体化した者達や成り立ちは様々であれど強き力を有する夜妖。
それらをまとめて『真性怪異』と呼ぶ。
その影響を纏め上げた希望ヶ浜怪異譚という一冊の手記。作家、エッセイストである男『葛籠 神璽』の遺した足取りを辿り、イレギュラーズは各地の真性怪異と相対した。
石神地区、逢坂地区、両槻地区、そして――破られていた頁の断片を水夜子はポケットに仕舞い込んでいる。
音呂木と殴り書きされたそれを握りしめたまま、今は穏やかな日々を大切にしていたかったからだ。
●『ホラーハウス』と怪談手帳
大学生にもなった花丸はアルバイトで小さな怪談事件の解決の仕事を受けていた。
ひよのが幼い頃に作った怪談手帳は音呂木の巫女であったが故に怪異に影響を与え実体化を促す可能性があるのだという。
その一つが古木・文(p3p001262)と水夜子が興味を持った『ホラーハウス』である。
「神社の近場にあるみたいだけど、最近は生徒達が肝試しに使っているみたいだね。
どうやら何か出るとも言われているし、肝試しに向かった生徒達が体調不良で学校を休んでいるのも気になる所だ」
「一応、簡易的診療を姉さん達にも頼んだんですけれど……うーん、どうやら何もなかったようで。人に憑いているというよりも、これは――」
社務所の休憩時間に文と水夜子が調査記録を突き合せている。
ひよのは資料を纏めた後、花丸と顔を見合わせてから「『場』ですね」と告げた。
「やっぱりそうかい? 『場』が呪われている、と」
「ええ。……その家自体が呪われている可能性は十分にありますね。
それに肝試しが行なわれているともなれば秋祭りのついでに向かう事や『向かった後に此方に来る』可能性もあります」
文は確かに、と頷いた。
ひよのは頭痛でもするのか頭を抑えて酷く嘆息する。そうなれば、音呂木の神が刺激されるのは当たり前だ。
「……調査しましょう」
ホラーハウスじゃんと秋奈が楽しげに指差したのは『バブル時代に作られた』とも考えられる豪邸であった。
広々とした敷地に立っていた屋敷は経年劣化で壁が薄汚れて雨垂の後が黒ずんで付いている。
伸び続ける雑草を踏み荒らした後が幾つも存在するのは肝試しの結果か。
「さあ、調査ですよ!」
やけにやる気十分な水夜子に「余り無理はせず」と愛無は肩を竦めた。『死にたがりな友人』が気になって仕方ないのだ。
「大丈夫ですって。無理は――」
aPhoneの通知音を一瞥してから水夜子が非常に渋い表情をした。画面に映し出されていたのは「祀兄さん」の文字である。
メッセージを開かずにポケットに仕舞い込んでから水夜子はイレギュラーズに向き直る。
「ひよのさんの怪談手帳に沿って考えられそうですね。花丸さんが書き写してくれたんですっけ?」
「うん。ひよのさんの怪談手帳――小さな頃に作った、夜妖図鑑だって。其処に乗っていたのは『朽橋家の怪異』」
朽橋家の呪い。
それは屋敷の中で一人の男が殺されたことに起因しているらしい。
その男は朽橋の跡取りであったそうだが、後妻が前妻の忘れ形見ではなく幼い我が子に家督を継がせようと毒殺したとされている。
薬で意識を奪い、宙吊りになるようにと仕掛けた身体に確実な死を齎す為に毒を与えたのだそうだ。
そうしてじっくりと殺されていった男が化けて出てる。
その噂がこの家をホラーハウスに仕立てたのだという。噂に乗じた殺人やその連鎖が『この場所』を不安定にしている。
「……げー、怖」
「よくある怪談と、其れに纏わる話しだね」
秋奈と文に水夜子は頷いた。屋敷の中に無数に存在する怪異を払い、最も『気配が濃い』その場所に存在するであろう呪いの元を壊せば良い。一先ずは其処までが作業だ。
「さっさと終えて祭りの準備に戻りましょうね。蕃茄さんも居ますし」
「早く行こう。蕃茄も何かの気配を感じる。
ここにいるのは強くないと思う、けど、蕃茄もこれが『広がる』のは凄く嫌だ」
若宮 蕃茄 (p3n000251)の言葉に水夜子は何かが気がかりだというように黙りこくった。
蕃茄の直ぐ傍では『おかあさん』こと楊枝 茄子子(p3p008356)が首を捻っている。
「何か嫌な気配がするのかい?」
「……まあ、蕃茄は『真性怪異』だったものを肉体定着させた存在だ。何か違和感を感じるのは仕方がな――」
aPhoneの通知を一瞥し國定 天川(p3p010201)は渋い顔をした。傍ではなじみの診療結果を心配する越智内 定(p3p009033)の姿も見える。
――なじみさんが『地堂 孔善』という方とお母様の接触について話しているのですがどの様な方かご存じでしょうか?
その一言に天川は奥歯を噛み締めた。
「どうかしたのかい?」
「……いや」
首を振る天川に定は「なじみさんの為にもさっさとクリアしなきゃね」と力強く言うのだった。
もうすぐ秋祭り。
折角ならば憂いなく秋祭りを楽しみたい物だから――
- <希譚・別譚>朽橋家の呪い完了
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年11月11日 22時05分
- 参加人数15/15人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 15 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC7人)参加者一覧(15人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●
希望ヶ浜怪異譚。
それはとある作家、エッセイスト、随筆家、ただの――そう、ただの『神職』が書き記し蒐集した一冊の書物。
葛籠 神璽と名乗った何者かが追掛けた真性怪異の物語。それらは口伝を書き示したものもあれば殴り書きさえある。
現存しているのはその端だけ。その中の一説を紹介しよう。
「さぁさ、お聞き頂きますは『朽橋』というお宅に纏わる怪談話。
それはとある神社の東側にぽつねんと存在しておりまして、ええ、東です。
神社というものは非常に強い力を有しておりますからね、東側でなければ――まあ、良い場所なんですわ。
地盤も安定している水害にさえ見舞われない。
ああ、これは余談ですが希望ヶ浜は旧くは水害に見舞われた場所だとされております。故に、浜。
それでも神社というものは失われず残っていますから、ええ、此の辺りは住まいに選ぶに適しております。
東側であれど境界を意識すれば問題はありません。
朽橋の家だって高い塀に囲まれた豪邸でした。ええ、問題は『あれへん』筈やったんですわ。
……せやけど、道が分からンくなったんですねェ。だからこそ、『タムケノカミ』に乞うたんですわ。
助けてくれ! 神様、あの人を返しておくれよ。
朽橋のご当主は早くに奥方を亡くされて、そりゃあそりゃあ悲しかったんですねえ。
神様に返してくれと叫ぶほどにねえ。そしたら、神様が斯う言ったんですって。
――『神頼みには代償が必要』だ。
そりゃあそうだ! ご当主は己の幸せのカタに息子の将来を売りつけたんですよ。奥方との忘れ形見のね。
すると奥方に良く似た女がまあ、やって来た。ご当主は後妻との間に『息子と良く似た』子宝にも恵まれた。
そうなりゃ、邪魔になったのは?
そう、前妻の息子です。
後妻は食事に薬を混ぜました。それからねェ、梁にロープを引っかけてじりじりと引っ張ったんだそうですよ。意識を奪っている間にね、くいっと。
何と惨たらしい! そんな死を与えられた男が恨むのは当たり前だ。
そんな『曰く付き』のその場所に……ええ、男の呪いは染み付いているそうですよ。
訪れた奴らは皆、自分から何かを奪うと信じて――呪いは伝播しながら、ねェ」
希望ヶ浜大学のサークル棟。その一室で白髪の女は関西訛りで怪談を語っている。
「うつしよ、お疲れ様」
「ああ、ありがとォ。とこよ。ほうじ茶やないの。気ィ、効きますね」
一方は『うつしよ』と呼ばれた白髪の娘。もう一方は『とこよ』と呼ばれた大学に所属する青年だ。
その話に耳を傾けていた澄原 水夜子(p3n000214)は「とこよ先輩、今日は有り難う御座いました」と朗らかな笑みを浮かべた。
澄原病院に勤務する傍ら、希望ヶ浜大学民俗学部にも在籍する彼女は『先輩』の用意した怪談座談会へ参加していたのだ。
「ああ、水夜子ちゃん。楽しんで貰えたのなら良かった」
「ほんまですねえ」
微笑んだ二人に水夜子はふと、思い出す。何処か遠くの怪談のように語られた『朽橋家』――それは『あの場所』の近くにあった、と。
●
音呂木神社の東側、希望ヶ浜学園でも最近流行する怪談の『朽橋家の呪い』は学生達の肝試しスポットであった。
ジャバーウォックが姿を見せてから、気象を司るコントロールシステムに僅かな瑕疵がある為か、セフィロトドーム内にも異常気象のような夏、秋を忘れたような冬を交互に繰り返す節がある。そんな暑さを忘れるために秋の風吹く今日この頃に学生達の肝試しが繰り返し行なわれているのだ。
肝試しを行なった生徒達に体調不良者が続出し、彼等は近場の診療所に掛かっても原因不明――遙々、澄原病院の診療を受け治療を求めたらしい。
その診療結果は音呂木神社にも伝えられている。怪異の仕業、だ。
音呂木神社の山手側、変哲のない一軒家に興味を抱いていた『結切』古木・文(p3p001262)は「やっぱり、家に憑いた怪異か」と合点が言ったように頷いた。
学生達の間でウワサになっていたその場所に興味を抱いた文に水夜子は「今は止めておきましょう」と首を振った。それも、彼女が大学で聞いた怪談話の現場そのものであったからだろう。伝言ゲームのように怪談が広がれば都市伝説として昇華され奇々怪々、妖怪をも産み出すこととなる。
「ずっと中に入ってみたかったんだ。
興味本位で足を踏み入れてはいけないと言われていたけれど、これだけの人数がいれば大体の事には対処できそうだ。
教師として肝試しの生徒を叱ろうと思っていたけれど、……結局のところ、僕も肝試しに来ている子たちの事を言えないか」
眼鏡のブリッジに指先を沿え、位置を正す文は「人を呼ぶような空気でも出ているのかな?」と呟いた。
朽橋家をぐるりと囲んだ高い塀。それは、内外を隔てる役割を有しているとされている。庭先は荒れ果て、不法投棄された粗大ゴミ等が転がっている様子が散見された。鴉がゴミ袋を啄んだ後、残された糞害なども屋敷を古びた印象に寄せていって居る。
「んぐう」
奇妙な声を漏してから『怪異のカケラ』若宮 蕃茄 (p3n000251)は唇をぎゅうと噛み締めた。瓜二つ――と云えどもその姿は『純白の矜持』楊枝 茄子子(p3p008356)の幼き日を投影したものなのだから当たり前なのだろう――の顔にあからさまな嫌悪を浮かべて『しおしお』した蕃茄は茄子子の背中にへばり付くように隠れた。
「蕃茄?」
「ナチュカ、ここやだ」
お母さん、と呼ぶようにすりすりと頭を茄子子の背中に擦り付ける蕃茄を見遣ってから茄子子は首を傾いだ。この怪異が『広がる』のが嫌だと彼女は云うのだ。
「よく分からないけどら蕃茄が嫌がってるなら、『おかあさん』頑張るよ」
「蕃茄も頑張る。これ、抑えたら、広がらないから」
元は真性怪異であったもの。それが今や荒魂(あらみたま)を分かたれ和魂(にぎみたま)のみになり神性を大部分欠如させた『怪異だったもの』が怯えることに『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は違和感を覚えた。
「元が『真性怪異』だった蕃茄さんが『嫌だ』と言うのは少し気になるわね。
呪いの元となった噂自体からは、そう特別なモノは感じられなかったけれど……」
「蕃茄は『広がる』のがやだ」
幼い子供が駄々を捏ねるような、当を得ない発言にアルテミアは「広がる」と呟いた。茄子子もアルテミアも蕃茄が何を考えているのか迄は分からない。
ただ、『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は「蕃茄にゃん的には『これって伝播(うつ)る』系?」と問うた。
「『蕃茄には』ない」
「そっか。私ちゃんたちか。蕃茄にゃんは優しいなあ。うりうり」
頭をがしがしと撫でた秋奈へと蕃茄は俯いて「蕃茄は母親が大事」と言った。彼女は茄子子を母のように慕っている。茄子子を第一に考えているのは彼女が名付け『親』であるからなのだろう。
だが、それ以外にもイレギュラーズを心配しているのは確かなのだろう。呪いの怪異が影響を及ぼす危険性が蕃茄にあるかを確かめた事には大きな意味がある。
「もう直ぐ皆が楽しみにしてる秋祭りなんだもんっ! 憂いになるものは皆でパパっと片付けちゃわないとねっ!」
装備を調えてやって来た『竜交』笹木 花丸(p3p008689)に『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)はそうだねと頷いた。
「ジョーさんはこっちでいいの?」
「え? 病院に迎えに行かなくていいのかって? 意地悪だなあ、まずはやる事やらないと怒られちゃうぜ」
『彼女』は自分のことなんかより、他の誰かを優先するようなスーパーヒーロータイプの女子なのだと定は認識している。苦しくたって笑って、走っていてしまいそうな相手に怪異を放置して会いに行けば大目玉を食らってしまう。
(それにしても……真性怪異である蕃茄ちゃんが嫌がる呪いってのは一体どういう事なのだろう)
俯き気味の蕃茄を一瞥して、定は秋奈と蕃茄の会話を思い出す。これは伝播(うつ)るものではないという。少なくとも『蕃茄』には――
「何を渋い顔してるんですか」
定を肘で小突いたのは音呂木・ひよの(p3n000167)であった。「うっ」と身を捩った定に花丸がにんまりと微笑んで駆け寄る。
「それにしてもひよのさんがここまで付いて来てくれるなんて珍しいね。
花丸ちゃんはひよのさんが楽しそうならそれはそれで嬉しいんだけど……ここが音呂木神社の近くだからなのかな?」
「私も普段から花丸さんと怪異と一緒に怪異を『えいや』出来れば嬉しいんですけどねえ。それも出来ず」
「そっか……兎も角っ!
こっちは花丸ちゃん達が何とかするからひよのさんは肝試しに来る人達の方は任せたよっ!」
「ええ。お任せしますね。私は――」
ぎろりと視線をやったのは楽しげに『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)の話しかけている秋奈であった。
「ハッ……! やべーぞサクラちゃん! 例の気配が濃い場所を外から感じる!
……かと思ったらパイセンのやべぇオーラだったわ! ぶはは! ――あ、やっべ」
花丸は余りに恐ろしい表情をしたひよのにびくっと肩を揺らした。
「私ちゃんめが責任をもって突貫してくるであります! 花丸ちゃんには負けねーぞ! シュッシュッ! 音呂木の巫女見習いなめんなー!」
「じゃあ花丸さんも巫女にしちゃいましょうか」
「パイセン!?」
楽しげなジョークを交えながらも訪れた朽橋家の門を前にしてサクラはみゃーこちゃん、と澄原 水夜子(p3n000214)を呼んだ。
「真性怪異って斬っても倒せないから苦手なんだけど……今回はちゃんと斬って倒せる相手なんだよね!?」
「多分」
「多分!? でも斬って倒せる相手なら余裕だね!」
ドヤ顔を見せるサクラに入り口に立っただけで『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)はふるふると首を振った。
よくある怪談の一説のようにも感じられるが実際に起きた事柄に残された想念は怨念と言って憚らない。刻み込まれた無念に染み付いた妄念。
其れ等を象る噂。どちらかと言えばフォーカスすべきは噂か。本来の事例に脚色して面白おかしく呪いを肥大化する。
条件だけは十分すぎた。そして実際に見た感想こそ――「これは駄目ですね。よくありません」
「え」
サクラがぎょっと目を剥いて冬佳を見詰めた。ひよのが「そうですね」と肩を竦める。水夜子も同じくである。
「え」
斬って倒せる者が多いと言えども『大元』まではそうであるとは断言できないということか。
「もっと時間をかければ外からでも気配を細かく感じ取る事も出来るかもしれませんが、それには時間が惜しい。
外の事はひよのさんにお任せして、私達で立ち入って直接調べましょう。安全ではないので……水夜子さんと若宮さん、無茶は厳禁ですよ?」
「蕃茄、良い子にする」
「じゃあみゃーこも良い子にします」
自信満々である蕃茄に続き水夜子もえっへんと胸を張った。
その様子に冬佳はよろしいと頷いて。
「なるほど、これは肝試しに向いたロケーションだな。綺麗さっぱり片付けたら、来年の夏に使ってみるか?」
「ありですねえ」
るんるん気分の水夜子に『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は「……などという話はさておいて」と朽橋家の玄関に手をかけた。
「余計な奴等は避けつつ、大元を探し出さねばならないか。これは、ちょっとしたスニーキングミッションだな。
それに内部には『肝試しに訪れた者たち』も多くいるようだし、な?」
●
『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は思い出す――
「見てくださいまし、凄く『気になる場所が』あります」と『魔女の騎士』散々・未散(p3p008200)が音呂木神社に向かう最中に口にしたのがここ、朽橋家であった。
アレクシアに言わせれば『変なものに好かれやすい友達』にして自身の騎士様である未散の不穏な発言そのものだけで彼女に「stay」と指示をした。
家でじっとしていてと今回ばかりは厳しく言いつけたアレクシアは「呪いのお屋敷かあ……」と呟く。こんな場所に連れてくることになれば彼女が何に憑かれるかさえ分かったものではないのだ。
「ふむ。『呪い』というか随分と前時代的だな。縄やら毒殺やら。何となく播州皿屋敷を思い出したが。
何にせよ物理的な排除が可能ならば楽でいい。さっさと蹴散らして。さっさと『忘れて』やろう。
――怪異にとっては、それが『死』だ。元真性怪異が警戒するような『モノ』は疾く喰い散らかすとしよう」
果たして、蕃茄が気にしている事例がそれだけで解決するのかはさておいて。
『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)はありきたりなロケーションに『わかりやすい殺害方法』を照らし合わせて、恐怖の対象にしたというならば噂は広がり易いのも頷けるかと玄関ホールを見回す。
「故郷でも覚えがある――軽々しく名を呼んではいけない、それは存在の固定化と、縁を結ぶ儀式であるから。……軽々しくですらないのは相当だ」
その『名を呼ぶ』事や『噂(声に出して、それを固定化する)』がこうした現象を生む事を『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はよく知っていた。
だが、そもそも、だ。『音呂木』の巫女が呼ぶ事にそれそのものの原因があるならば――もっと言えば、その血族が形を与える言霊を有しているとすれば?
「私は此処で肝試しに来ている方に声を掛けますね。近所の巫女が先生と見回りに来たと言えばもっともらしいでしょう」
文の隣で声を発したひよのに思考を遮られアーマデルははっと顔を上げた。「肝試しか」と呟いたのは『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)。
「怖いもの見たさというやつかな。わざわざ危険そうな場所に怖がりにいくというのだから感情というのは不思議だよね」
「そうですね。それでも、という気持ちがあるのでしょうが……」
今回の事例は『場』そのものが巨大な呪物と成り果てた可能性が高いのだろうと『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)は周囲を見回した。
悍ましい気配を感じさせる暗き洋館。重苦しい空気の中を進む足取りもやや気怠さが付き纏った。
「とはいえ、それで実害が出てからじゃ遅いからね。是非呪いの解決に協力させてもらうよ、今回もよろしくねひよの殿」
「はい。ヴェルグリーズさんもハインさんも是非宜しくお願いします」
嫋やかに腰を折ったひよのにハインは頷いた。探索を行なう際に定が提案したのは『花丸探検隊』である。花丸をリーダーに呪物をゲットすることを目指すそうだ。
「花丸探検隊、ですか。ふふっ、いいですね」
まるで遊んでいるかのようではある。だが、真剣な出来事であれど遊び心を持ち込む程度の余裕は大切だ。
しかも、場が呪物であるならばそれに『呑まれぬように』自我をハッキリさせておくことが必要不可欠なのだ。
「さ、行こっか……あれ?」
「國定さん」
花丸と定に呼びかけられて『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)は「あ、おう」と口籠もった。顔面蒼白な気配は『かっこいい大人』の印象を天川に抱いている定からすれば意外な物である。
(孔善だと……? いや、奴は俺が殺した。間違いなく。なら孔善を騙っている奴がいる?
待て待て落ち着け天川。死刑執行された筈の俺がここにいるくらいだ。何があっても驚きはすまい。
奴がこの世界に存在している可能性も考慮しておくべきだ。なじみ嬢の母と接触しているという情報も捨て置けん。
なんにせよ……今は目の前の仕事に集中しろ。奴が居るなら居るでもう一回ぶっ殺してやりゃあいい……!)
顔が怖い、と蕃茄が呼びかけた事に気付いて天川は「悪ぃ」と首を振った。
「ジョーも花丸嬢も足元に気を付けろよ。おっと蕃茄もな? 見ての通り荒れ放題だ。音で夜妖が寄ってくるかもしれん」
「そうね。肝試しに来ている子も居るかもしれないし皆で手分けしましょうね」
アルテミアは荒れ放題なだけあって『お化け屋敷』と名前が付けられればもっともらしいと呟いた。教員の姿をしているアルテミアは眼鏡のフレームに指を添えて「探してあげなくちゃならないわね」と頷いた。
「なんだかアルテミア先生はえっちですねえ」
「水夜子さん?」
一体何を言って居るのと声を上げたアルテミアに「何にも?」と揶揄い笑ってから水夜子は周囲をきょろりと見回した。
出来る限り、仲間達と離れないようにと考えていたアレクシアは夜妖との戦闘は可能な限り避け、肝試しに来ていた者達は強引にでも『教師組』に引き連れて行こうと考えていた。
(うん、そうだよね。こんな場所だもん。肝試しに来ている人を放置したら……屹度、『憑かれちゃう』)
友人もそうだが、好き好んでこの様な場所に来る人間は『憑かれる』可能性が高いのだ。玄関ホールの奥には階段が見える。どうやら二階へと上がる事が出来るらしい。左右にも廊下が繋がっている様子が見て取れる。
「……荒れてはいるけれど凄い豪邸だね。毒を盛られた挙句に宙吊りで結わえられた男性も可哀そうに」
呟いた文の上で『梁』がぎしりと音を立てた気がした。ふと見上げてから首を捻る。――何も居ない。
「怪談としてはよくある部類だけど、実際にそんなことをされたら呪いたくもなるよ。
まあ、それで悪意と呪いが混じった場が出来上がるのは、ちょっと困るけどね」
「そうね。肝試しをする子って戦利品を持ち帰ろうとするでしょう? そういうモノが有りそうな所に向かうわね」
アルテミアは梁を見上げていた文に首を捻ってから自身は書斎を目指して見回りをすると告げた。
学内でも教師として知られる文はひよのと共に肝試しを行なっている生徒へと注意をするべく玄関ホールを起点に見回りを行う事にした。
「戻ってきてから体調不良になっている子もいると聞いたけど、詳しい状態や内容は分からないんだね?
どんな影響を受けたのか、ヒントがあれば良いのだけれど。
……今日のところは音呂木の神様をむやみに刺激するのも、この家の夜妖も刺激するのも、避けたいところだし」
「そうですねえ。一般的な怪異に出会った事による幻覚症状のような……『うちの神様』を、ですか」
文の言葉にひよのはぴたりと足を止めた。ああ、そうだ――朽橋家はそもそも『音呂木神社』のテリトリーにあるのだ。
「……そうですね、うちの神様も、避けては通れぬ路ですね」
「ひよのさんの所の神様も……」
アルテミアは柳眉を顰め、ひよのをまじまじと見詰める。書斎の周辺で子供達が居れば『生徒指導』を脅しの材料にするつもりであった彼女はどうにもひよのの様子が気になったのだ。
「そういえば、ひよのさんって、『非夜乃』って書くのね。生徒指導名簿で偶然見てしまったのだけれど」
「はい。よるに非ず――です」
よる。夜。寄る。ひらがなに『開いた』言葉は様々な意味を持ちやすい。アルテミアは「何だか、意味のある名前ね」と頷いて、それ以上は問うことはなかった。
『ヨル』といえば夜妖もこの中を闊歩しているのだ。其れ等を避けながら呪いの元を絶つのが今回のお仕事なのだから。
(……せっかくの秋祭りだからね。
色々考える事もあるけど、彼女たちには楽しい思い出を作って欲しいな。どうか今日が平穏に終わりますように)
文の視線を受け止めながらひよのは嘆息する。どうしたって――『秘密ばかりの自分』を晒さなくてはならない未来は待ち受けている。
「はあー、いくぞい! それはそれとしてパイセン! 帰り遅くなるから先に食べといて!」
「待ってますから頑張ってきて下さい」
らじゃあと手を振った秋奈は勢いよく走って行く。
●
余計な戦闘を避けて、大元を探すとなればそれはスニーキングミッションだ。
何かを引き摺る音を耳にしてアレクシアはふと首を捻った。魂の欠片を覗き込むように過去の記憶を手繰ったアレクシアは唇を噛んだ。
――母さん、母さん死なないでッ!
体を蝕む痛みは他者の記憶を無理やし己の中へと取り入れたからだ。
見た断片的な記憶は前妻が亡くなったときか。そろそろと歩くアレクシアはぎりと奥歯を噛み締めた。
――ああ、アイツの呪いだわ! どうして!
後妻は頭をかきむしった。人を呪わば穴二つ。よく言ったものだ。男を殺害した後妻の息子は事故で亡くなり、結局は朽橋の主人と後妻は離縁したらしい。
その記憶の断片が連なるようにして流れ込む。
何故? そんなの、簡単だ。後妻も憂いよりこの地で命を絶ったからだ。
「さあ、征きましょう。しゃきしゃきと」
歩き出そうとした水夜子にサクラは「今回もみゃーこちゃん来るんだね。今回はドンパチあるみたいだから気をつけてね?」と声を掛けた。
「ええ。護って下さいね?」
「うーん、うん」
サクラは頬を掻く。水夜子は晴陽の指示に従って動いている。晴陽は「信用しています」「仕事です」とさらりと言ってのけて危険な場所にイレギュラーズを放り込む事を厭わない。例えば、それが弟の龍成ならば別なのだろうが――ふと、サクラは思う。
「そういえば晴陽ちゃんって龍成くんにか過保護だけど、みゃーこちゃんにはそうじゃないんだね?」
「ああ。私は所詮手駒ですからね。遣い潰してこそ。でも、頼りにしてて下さいね?」
「勿論。こういう案件だとみゃーこちゃんの知識は大切だから頼りにさせて貰うよ。
晴陽ちゃんは私の事を妹みたいに思ってるから、つまりみゃーこちゃんは私の妹みたいなものだからね! お姉ちゃんと思って頼りにしてね!」
水夜子の言葉に引っかかりを感じながらもサクラはにんまりと微笑んで胸を張った。「お姉ちゃん」と呼びかけて笑う水夜子と手を繋いで。
「手……」
「大丈夫だよみゃーこちゃん。おばけなんていないから。いるのは真性怪異だから。怖い? 怖いよね。手を握って上げるね!」
水夜子が怖がっている(主観)。
サクラは怖くないからね、大丈夫だからねと自分に言い聞かせるようにして水夜子に微笑んだ。
(……水夜子さんは大して怖がって無さそうですね)
そんな様子を見詰めている冬佳。「しい」と唇に指先を当てて秘密を共有するように笑った水夜子に頷いた。
気配も、音も。感覚を研ぎ澄ませば全てを感じ取ることが出来る。
「しかし何を引きずっているのだろうな。素直に考えれば縄だろうが。水夜子君はどう思うね」
愛無の言葉で「あ、確かに」と定はきょろりと周囲を見回した。定は花丸の背中にぴったりとひっついている状態だ。
「ジョーさん動きづらいよ」
「花丸ちゃんの背中は……僕が護る! 怖いだけとかじゃないぜ、多分。
で、ほら、呪いの元は音を辿れって言うけれど……するね、音。聞こえるだろ?
あ、ほら、また! するする、聞きたくないけど、ずるずる引き摺る音が、何を引き摺ってるの? 知りたくないけどさ」
定が饒舌だった理由はサクラと同じなのだろうか。ぎゅっと水夜子の手を握るサクラと花丸の背中にべったりと引っ付いている定。
「あーそうですね、『死体』とか」
「え」
「は?」
サクラがぎょっと息を呑んだ。定が花丸の肩を掴む。「ぎゃ」と叫んだ花丸にハインがくすりと笑った。
成程、と愛無は頷く。有り得なくはない。
そもそも、呪いの形状や呪いの元から何がモチーフになっているかは予測が付くかどうか、その判断から行なうべきだろう。
花丸は梁からぎいぎいと鳴る音に何かを引き摺る音を耳にしながら其方を追掛けた。
「死体を引き摺ったのは毒を盛って、その体を移動させる必要があったからだよね?」
「ああ。そうだろうな」
天川の渋い表情にハインは「しっかりと止めを刺すために、でしたか」と呟く。
「それにしても薄気味わりぃとこだな。まぁ斬れる相手しか出ないのは僥倖だが……」
「それでも、此程の怪異が多いと驚かずには居られませんね」
ハインはそう呟いた。呪いに関する情報を得ようと耳を澄ませ、周囲を確認するが『覗き込むこと』は入り口で蕃茄が止めた。
曰く――「ハイン、帰れなくなる」との事だ。元々が怪異であった少女が言うのだから今回は従っておくべきだろうか。
気配や音に気取られないように感情を封印していたハインのアクアマリンの眸がゆるやかに奥まったろうかを見詰めた。
「何か居ます」
囁かれたその言葉に天川は頷いた。夜妖だ。此方の行く手を塞いでいるのだろう。
「――仕事の邪魔するんなら容赦しねぇぜ? どけ」
道を塞ぐように歩き回っていた夜妖に天川は鋭い声を発した。
●
「怪異の類の中には集団を厭うものもいる……ならばそういうモノを担当する、適材適所だ。
怪談に真実が紛れているならば……薬で意識を奪い、宙吊り……寝室か、吹き抜けか……?」
周辺の霊魂に関しても『確認』を行なっておくべきだろう。
「酒蔵の聖女、ヒトならぬ身には気になる事は何かあるか? いや、酒の気配じゃなくてな?」
『……?』
どうして酒の気配を求めてはならないのかと言いたげな聖女にアーマデルは首を振った。
ぎいぎいと鳴った梁を眺めてから「そうか」と呟いた。吊らされた男は、隠し事をしていたのだろう。
隠しているからこそ、呪いとは『残り続ける』とでもいうように。
「音を頼りに……成程。怪異はヒトの五感を欺瞞するからな。
例えば、視界の端には映るのに、まっすぐに見据えると見えない……みたいなやつだ」
「音、と言えば『ひよの殿の名字にも音』の字は入るんだな」
ヴェルグリーズの言葉にアーマデルは「成程」と呟いた。確かに其れは重要なパーツだ。
「かなと漢字、難解で複雑で……まるで運命の糸を紡ぐ紬ぎ車のようだ。
ええと、つまりな、『はな』と呼ばれるものがいたとする。まだぼんやりとして定かではないそれが、漢字を当てられる。
『花』『華』『鼻』『端』……別の側面を得、時には分裂する。
そしてまるで違う個体にもなり得る……ヒトの認識が神霊を創り変えてしまえるんだ」
「御路木、戸路来、音呂木……」
その変化を辿れば、3つの意味合いを感じ取ることが出来る。
神木。道。そして――『音』という時を当て嵌められた意味合い、だ。
「音は五感の一つ。そして、それを駆使するならば噂も音の一つだ。言葉は発されることで音に変化する。
言葉。それが意味を持つならば……言霊。誰かが噂にして其れが『広まる』事で怪異が強くなっているならば」
「……間違った話しであれど、真実を捻じ曲げ、怪異を強化できるんだね」
ヴェルグリーズは梁を見上げてから「ぎいぎい鳴っている」と呟いた。アーマデルはちら、と聖女を一瞥する。
「吊られた話しまでは関係ない可能性はあるのだろうか」
アーマデルは呟いた。例えば――『神様へのお礼を怠った』とか。
「私ちゃんは道なき道を征く!
肝試しでみんなでウェイウェイしてるようなとこは呪いの元がありそーにないし?」
生徒達のことはアルテミアに任せたと秋奈はにんまりと微笑んだ。「で、てみてみ」と振り向いた彼女は早速、弱々しい夜妖を見付けて叫び声を挙げていた生徒を掴んだ。
「名前は?」
「叶海。もう一人奥にいるから」
ぐずぐずと泣いている叶海の首根っこを掴んで秋奈は「下がってなー!」と笑う。秋奈に頷いたアルテミアは『もう一人』を探しに向かった。
書斎近くで見付けた『悪ガキ』を玄関ホールへと連れて出たアルテミアは厳しく生徒達に言う。
「今回は不問とするから早く帰りなさい? それとも、生活指導でお説教がされたいかしら?」
「ごめんなさい、で、でもお」
「フィルティス先生の個人指導ですか?!」
泣きべそをかいている叶海の傍では彼女のクラスメイトの少年、達樹が喜ぶように手を挙げている。
やれやれ、此れでは言うことも聞かないか。ちら、と文を一瞥したアルテミアに達樹は「古木先生?」と怯えたような顔をして見せたのだった。
ずる――
音が聞こえたことに気づき、二人をひよのに任せアルテミアは其方へと向かう。呪いの元は家督相続の証である印鑑か何かであろうと推測していた。
「それにしても、それだけでここまで夜妖を呼び寄せるほどの呪いが成立するかしら?
噂の呪い以外に、何か人為的に細工がされている可能性も……? 何かが刻まれていたり、中に入っていたりするかもしれないけれど……」
其れも確認しなくちゃならないと呟いたアルテミアに同感だと汰磨羈が頷いた。
「しかし此れは……以前に遊んだ、音を題材としたホラーゲームを思い出すな。帰ったら貸してやろうか?」
「面白そうね」
微笑んだアルテミアに汰磨羈は「そうだろう」と頷いた。そろそろと屋敷の中を進むだけならば只の肝試しだ。
汰磨羈は周囲を見回す。聞こえる音が毒を盛られた男の体を引きずるものだとすれば『その時点で死んでいた』ならば死骸を引き摺り回した悍ましい事件そのものだ。
(そうした『恐ろしさ』が怪異に転じるのだからどのような事象でも油断ならないな)
ひよのがここまで着いて来ている時点で怪異的な影響は抑えられていると考えられる。
一通り屋敷の内部の確認を行なおうとヴェルグリーズが見て回り、見付けた生徒達をひよのの元へと連れて行く。
「有り難うございます」
「……ひよの殿はやっぱり今日はどこか楽しそうだね。
音呂木の神様は強力なだけに制約も多そうで、そう便利に使っていいものでもないはずだ。
そんな神様の巫女であるひよの殿にも色んな役割を期待してしまっているけれど、それに加えていつも我慢と心配をさせてしまっているようで『後輩』として不甲斐ないね」
「うふふ。『先輩』も偶にはご一緒したいのですよ」
「そうだね。こうしてたまには一緒に行動できると俺としてもうれしいかな」
いつだって『ただいま』と告げる路の役割だった。音呂木の役目は『道』だとヴェルグリーズは認識している。
音呂木神社は強力な神様だ。故に、ひよのにも便利な役割を期待してしまっているが何もない普通の少年少女のように遊び回ることが出来ればどれ程喜ばしいか。
「あっち」
「待って。蕃茄、会長の傍から離れないでね。……絶対にだよ」
会長が怖いからね、と笑った茄子子に蕃茄は首を傾いだ。
「手、繋いでいいよ」
「だいじょうぶ」
「……怖いので繋いでいいですか?」
頷いた蕃茄は呪いの察知が可能だ。夜妖を避けて呪いの元に辿り着くことを目指すのだ。
彼女ならば迷うことは亡いと茄子子も理解している。それ故に「人が立ち入ってはならない場所に行く場合がある」と認識しておくべきだろう。
つまり――抑止力である。
「ナチュカ、神様はきちんとお世話したり、お礼しないとだめだね」
「? そうだね」
だから蕃茄を世話しているんだと茄子子は揶揄うように蕃茄を覗き込む。
「蕃茄」
「ナチュカ、あっち」
偉いね、と頭を撫でた茄子子に蕃茄はぱちくりと瞬いてから本当に嬉しそうに微笑んだ。
●
「こちらです」
花丸探検隊の中でも、呪いの根を断ちましょうかと我先にと動いていた冬佳は呪いに関して違和感を覚えていた。
ハインは「2階には何もありませんでした。けれど、1階のこの部屋は間取りが少しばかりおかしい」と唸った。
「この先にある……のは確かですが、水夜子さん。『この呪いの発生が仕組まれた物である』可能性はあると思いますか?
自然に見えますが、正直に言って自然過ぎて出来過ぎとすら感じます。そんな簡単に呪いに転じるなら、人の社会は呪いだらけになっています」
「そうですね。私も同意見です。
『この呪いは元から自然発生していたもの』を面白おかしく変異させたようにしか感じられません」
水夜子と冬佳の意見は同じだった。呪いの元とは何であるか。蕃茄が「いやだ」と何度も繰り返す。
「蕃茄、どう?ㅤなんか変な感じする?」
声を掛けた茄子子に蕃茄はふるふると首を振る。それだけ地下に向かいたくないのだろう。書斎の奥に隠されていた地下室への階段を彼女は拒絶し続ける。
「どうして?」
「だって、こんなの『蕃茄が感じてたものと違う』」
「……どういうこと?」
蕃茄は、其れに違和感を覚えた。茄子子に辿々しく伝えたのは『外で感じていたものと呪いが違う』という話しだ。
「他に何か居るって事?」
ぎゅうと手を握った茄子子は蒼白な表情をしたまま「どういうこと」ともう一度繰り返した。それ以上、蕃茄は何も云わない。
「どういうこと……」
手を握ったままの二人に確認を取ってからハインは「下りましょうか」と問うた。
「行こう」
花丸はゆっくりと地下の階段を下る。電気が通っていないため足元が暗く覚束ない。
地下室へと入り込んだ汰磨羈は「地下に書斎とは随分と湿っぽい場所だな。埃っぽい」と鼻先をすん、と鳴らす。
「しかし、地下の隠し部屋か。何かを隠すには向いているな」
「『勝手に神の領域を掘った』のかな」
文の呟きに汰磨羈とアルテミアは顔を見合わせた。
「此処が正解、だろうね。それから、えっと……呪いの元を見つけたら顕現させて倒すんだよね。
一応水夜子君にコツというか……気をつける事を教わっておきたいんだけど、どうかな?」
「あら、アレクシアさんが呪いを触るんですか?」
「これでも魔女だからね! 呪いの1つや2つくらいは何とかしてみせないと!」
微笑んだアレクシアの隣で花丸は「やる気はあるよ。えいえい、むんっ!」と拳を振り上げた。
「触れるのは花丸達に任せよう。みゃーこは下がっていろよ? 平然と無理をするからな、御主」
「あら、怪異に触れるのもフィールドワーカーの醍醐味ですよ?」
にんまりと笑う水夜子に汰磨羈は「怪我をされては叱られるだろう」と肩を竦めた。
「水夜子君は座標が呪いと関わることが嫌いかも知れないが、僕は君が呪いに触ることの方が気に掛かる。その点、僕なら特に問題はないだろう?」
「あら、私だって愛無さんが呪いに取り殺される方が気になりますよ」
「そうか」
「ええ、勿論」
穏やかに笑った水夜子の笑顔にやはり違和感を感じずには居られなかった。
ゆっくりと指先を触れさせたのは、地下室に存在した『家系図』であった。途切れ、燃やされているのか中途半端になった其れ。
朽橋の家系図の最後の名前は――ああ、それが彼の名前だったのか。
花丸は「貴方の無念を晴らします」と呟いた。その背後から毀れ落ちた紙には「タムケヨ」と乱雑な走り書きが存在している。
吊られた男は『吊られたこと』に意味があったわけではないのだろう。
呪いの元が此れだというならば――「血か」
天川は呟いた。拳を固めた花丸と共にサクラが顕現した呪いの元を睨め付ける。
「呪いって言っても殴れるなら怖さも半減! ……気のせいさ!」
さっさと倒して帰らないとと不安げに叫んだ定にハインが「そうしましょう、夜妖が集まってくる可能性があります」と囁いた。
「ここまでくりゃあ俺の領分だ。夜妖よ…もう休め」
任せてくれと刃を引き抜いた天川に、アレクシアは頷いた。それでも、目の前に顕現した魂がどうしようもなく語りかけてくるから。
「あなたは最初に亡くなった人? それとも数多の想いの果てなの?
大丈夫、受け止めてあげるから。もう、ここで嘆き、苦しみ続ける必要はないんだよ」
魂の欠片を受け止めることは、不完全な奇跡を手繰り寄せた『今の』アレクシアには非常に苦しく痛みを感じさせるモノであった。
人の記憶を受け入れながらも、自身の記憶が欠落していく感覚は得も言い難いものである。
それでも、魔女は『呪いの一つや二つ』を解けてこそだ。
強く、強く、確りと逃さぬ様に握り込む。場を形成するほどの強い呪いを、その身に受け止めながら。
「ちーす、巫女じゃい!」
夜妖に『ちょっかいをかけていた』子供を救出し遅れて飛び出た秋奈はにやりと笑う。
「フッフッフ、どうやらここは私ちゃんの出番のようだな? 音呂木の巫女見習い秋奈ちゃんがな!
たまきちとかてみてみたちもがんばってんだし、私ちゃんも頑張らねばっ」
二刀を引き抜いて、秋奈は秋祭りの準備運動だと顕現した呪いを睨め付けた。
黒い靄がヒトガタを作っているように思える。何とも奇怪な姿だ。
「わははは! やはり分かり合えないのか! 正直正体不明だしわからん!とりまいつも通り殴る!
呪いだか知らないが、かかってこいよおらー! こちとらこの程度の呪いにゃ慣れた乙女じゃーい! ダメじゃねーか! がはは!」
「慣れたらダメだと蕃茄も思う」
冷静な蕃茄の声を聞きながら物理的に倒すべくイレギュラーズが陣を構築した。
その様子を水夜子が後方から見ている。ただの夜妖を相手にするかの如き簡単すぎる仕事。
「なんでこんなに夜妖が集まっていたんだろうね」
定の問いにハインは「『場』がそうしているのでしょうか。ある意味、巨大な呪物となっている『場』にたった一人の存在が大きく影響し――噂が『そうあるべき』だと肯定した」のかもしれません。
あくまでも噂がそうさせたのだろうとハインは周囲を見回した。地下室のみが『犠牲者にとっての唯一の憩い』であったのだろう。
テーブルの上のマグにはこびり付いたコーヒーの汚れ。蟲の這いずり回った跡が残されるテーブルを眺め遣ってからハインは息を吐く。
呪いの根源の家系図は、続いていくはずであった。
人の血筋は縄のように。何処かで解れてしまえば簡単に斬れてしまう。それでも、束ねられた血を『神』は覚えているのだろう。
テーブルに転がっていた注連縄を眺めてから視線を逸らして。
「みゃーこ、何か気づいた事があれば教えてくれ」
問い掛けた汰磨羈に水夜子は「拍子抜けしました」と呟いた。蕃茄が恐れるほどの怪異――であった筈なのに。
「拍子抜け……?」
汰磨羈の問い掛けに、水夜子は「だって、こんな『簡単に倒してしまえる怪異』だなんて」とぼやく。
それでも、恐怖は死に密接している。
恐怖やあり得ざる事象への困惑が死へ至るまでの坂道を転がり落ちる道なのだ。
まるで簡単な呪いが何らかの理由で強大なる存在になったような――「ただいま」
ヴェルグリーズの言葉に、ひよのは「おかえりなさい」と穏やかに微笑んで。
「さ、皆お疲れ様だな。明日もある。ゆっくり休むと良い」
天川の言葉に「たはー、本当だなー!」と笑った秋奈の肩をひよのが掴んでいたのだった。
●『記録』
しん‐い【神異】
神の示す霊威。 人間業でない不思議なこと。
――諱、忌み名。古代では死者を本来の名で呼ぶのを避けたらしい。
それは実名を敬避する事となった。名とは鎖だ。霊的人格を支配するが為にその『真名』が必要となる。
故に、R.O.Oのヒイズルに顕現したその神様は『名を呼ばれて』現実にその存在を固定していた。
言葉には魂が宿る。
ゆめゆめ気をつけ給え。
●
「なじみの事が気にかかるが……あちらは、定に任すのが妥当だろうな」
視線を送った汰磨羈はあちらこちらと見回している水夜子に気づき「みゃーこ」とその名を呼んだ。
「妙にぎこちないが、どうかしたのか?
いやなに、先日にデートした時とは違う様子が見えるのでね……困った事があるのなら、相談に乗るぞ」
「あ、は、は……そんな変ですか?」
「変だな」
「変だ」
汰磨羈だけではなく愛無にまでそう言われてしまえば水夜子の苦い笑みを浮かべることしか出来ない。
「皆が心配してくれてヒロイン気分ですよ、全くもう!」
うふふ、とわざとらしく笑う水夜子は『ごまかし気味』だ。手を繋ぐかと提案する汰磨羈は今度は自身がエスコートしようと笑う。
「ああ、すぐに言えない事であるなら、無理には聞かぬさ。だが、折角の祭だ。そんな様子のままでいるのは見過ごせぬからな」
笑う汰磨羈の傍で水夜子は石ころを蹴り飛ばした。
愛無は前日の連絡の際に見た、そつのない水夜子が見せた露骨な拒絶。それがaPhoneの通知によるものだと理解している。
人間の好悪には愛無は頓着しない。しないが。
「君の小さな変化に気付く程度には、君のことを好きだと思っているよ」
「告白みたいですね」
水夜子はくすりと笑った。
「すみません。姉さん達とは別の従兄から連絡があって。すこし、折り合いが悪いモノですから」
「そうか。家族は色々あるだろうからな」
「なら、気晴らしをしようか。何かおごるよ。折角のお祭りだ。林檎飴かな。たこ焼きは歩きながらは食べにくそうだ」
ゆっくりと、歩いて行く。愛無は前を征き屋台を眺めた水夜子の背を見詰めて息を吐出した。
(何にせよ。「それ」が彼女の敵なら僕が喰っちまえばいいだけだしな)
「晴陽ちゃんどうかした?」
なじみの事を見て気も漫ろになっているみたいだけれど、とサクラは首を捻った。
林檎飴を片手に、汰磨羈と愛無の側でぎこちなく笑う水夜子の様子にもなんとも違和感ばかりを覚える。
「お疲れ様です。……難しい顔をされていますね」
思えば、夜妖憑きの専門医師など晴陽くらいなものだったかと冬佳は明るい顔で境内に姿を見せたなじみを視線で追掛けながら考えていた。
「……ああ、いえ、お二人とも。今回についてはどう思いましたか?」
「え、お化けの話し?」
びくっと肩を跳ねさせたサクラに晴陽は「まあ、オバケの話しですね。怖いですか?」と問い掛ける。
頭を撫でる掌の優しさに『弟にそうやって触れてやりたかった』のだという感情が透けて感じた気がしてサクラはぱちりと瞬く。
「そう、ですね。水夜子さんにも問うたのですが『此の呪いの発生は仕組まれたモノ』ではないでしょうか。
あまりにも出来杉戸すら感じています。いえ……或いは、始まりの出来事自体は偶然かもしれません。
その後、誰かが目を付けて呪いを育てようとしている……?
推論に推論を重ねても仕方ありませんが、朽橋家の事については調べてみる価値があるかもしれない」
「私も同じ意見です。屹度其れは音呂木さんの専門。いえ、ひょっとすれば――」
音呂木という家が関わっている可能性さえあると呟いてから晴陽はまたも黙りこくった。
そっと晴陽の手を両手で包んでからサクラは「晴陽ちゃん」と呼びかけた。妹のように可愛がってくれる、この人は余り不器用だ。
「友達って言ってくれたよね。だから全部を言えって訳じゃないけど、私も晴陽ちゃんの力になりたいんだよ」
「……少し懸念点が。それでも、確証を得られてからお話してもいいですか?」
「……うん、待ってるね」
笑ったサクラに晴陽は頷いてから、困り顔の水夜子の話も聞いてやって欲しいとサクラに提案したのだった。
「先生、いた」
指差した蕃茄に『精霊教師』ロト(p3p008480)は「大丈夫だったかい?」と問い掛ける。
出発前の蕃茄を見付け、ロトは心配そうに彼女に声を掛けたのだ。
───朽橋家へ行く? そっか……僕は朽橋家の事は噂で知っているくらいだけど……
噂はこの街では最も警戒に値するもの、嘘と真の境界が薄い此処ではね。
……僕は依頼メンバーじゃないから手助けは出来ない。だから、アドバイスを1つ。
蕃茄ちゃん、イレギュラーズの皆を頼るんだよ。気づいた事も、気になる事も怖い事もちゃんと話すんだ。大丈夫、彼らは君を無碍にはしないから。
「ちゃんと、お話しできたかい?」
「あんまり」
しょんぼりと俯いた蕃茄に「そうか」とロトは優しく声を掛けた。彼女も彼女なりに心配なことがあるのだろう。
ロト自身は晴陽の事も気にはなるが『生徒』のケアはしてやるべきだろう。
「でも、蕃茄は頑張れそう」
「どうして?」
「……蕃茄は、おかあさんをまもりたいから」
呟かれたその言葉にロトは不思議そうに瞬いた。
●
良くも悪くも便利なセンサーになった未散の身に何も起きていないこの状況をアレクシアは静かに喜んでいた。
「恙無く終わった様で何よりで御座います」
「どうにか無事に終わったねえ。たぶん……」
たぶん、と呟くアレクシアに未散はくすくすと笑った。
「其れにしても騎士を連れて歩かないなど、我が魔女は些か勇敢過ぎる」
「魔女は自由に気ままなものだからね!それに、騎士さんにはたまにはお休みいただきませんと!」
「騎士に休暇制度が有ったとは……」
負けず劣らずどちらも『無茶をする』生き物なのだ。とはいえ、アレクシアが未散を置いていったのは事実である。
分かり易い程にむくれた未散にアレクシアはくすりと笑ってから「……何か、お望みのことがあれば」と問い掛ける。
「ふーむ。そうですねぇ、では、今日は露店で食べたい物をシェアと云う事で、ひとつ」
「しょうがない!」
それでは、満足行くまで回りましょうと微笑んだアレクシアに未散はそっと手を差し伸べた。
「それでは、こほん――お手を、どうぞ」
秋祭りの始まりを魔女は楽しむように歩き出す。
「朽橋家の見張りが必要なら変わるよ。折角だしゆっくりとお祭りを楽しんで欲しいんだ」
微笑んだ文にひよのは「悪いですよ、文さ――古木先生」と首を振った。どうやら傍に居る希望ヶ浜の生徒達に配慮したらしい。
「ううん。呪いの元凶はなんとかなったけど、子供達が肝試しに来て仕舞うかも知れないからね。数日くらいは注意した方が良い。
肝試しをすると怒られるって事が分かれば次第に肝試しに来る子も居るだろうし。異常があったら連絡するよ」
「あら、でも文さんって『危ない橋はダッシュする』タイプじゃないんですか? 私と似ていそう」
なんて、微笑んだ水夜子に文は肩を竦めたのだった。――確かに、誰かの命が危なかった場合は、そうしてしまう可能性はある。
「水夜子様が死んでしまうのは困るのですが」
近くで澄原 晴陽 (p3n000216)と落ち合ったのだという『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が肩を竦める。
リュティスは『心咲』から晴陽の様子を見ていて欲しいと頼まれた事から何かと気にかけていた。
勿論、普段から無理をしがちな水夜子のことも気を配っておかねば何が起るか分からない――というのがリュティスの感想だ。
「まずは出店を回っていきましょう。軽くお腹を満たして少し遊べればいいかなと思っています。
射的でしたっけ? ……ぶさかわいい人形が景品になっていそうですしね。せっかくなので取ってみせたい所です」
「リュティスさん。弓は駄目です」
「え」
「駄目ですよ」
「そうですか……。それで、お二人とも特にお変わりないですか?」
にんまりとした水夜子は「ええ、勿論」と頷いてから『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)の姿に気づき「あら、こっちですよ」と手を振っている。
対する晴陽は何処か、心配事があるのだろうか目を伏せてから「先生」と天川に呼ばれたことに気づき顔を上げた。
「実は、色々と心配事がありまして。天川さんも何かご存じだったので……」
「はい。また私にも聞かせて下さい」
晴陽が天川と秋祭りの約束をしていた事に気付いてからリュティスは「いってらっしゃいませ」と背を押した。
屹度、彼女の親友は「はるちゃんが男の人と約束!?」と飛び跳ねて喜ぶのだろう。今度晴陽と共に墓前に行った際にでも告げ口してやれば良い。
「こんにちは祝音さん」
「こんにちは、みゃーこさん。お祭りたのしめてるかな、みゃー」
「ええ。今、リュティスさんの超絶テクニックでぬいぐるみを取っていた大体たのですよ。祝音さんはどうですか?」
ひよのの神楽舞を見にやって来たのだという祝音は綿飴とたこ焼きを手にしていた。
お祭りを満喫中である彼の傍には猫が寄り添っている。水夜子は「そのねこちゃんは『しろちゃん』と言うのですよ」と指差した。
「しろちゃん?」
「はい。ひよのさんがそう呼んでました」
祝音が「こんにちは」と猫に声を掛ければ「にゃあ」と可愛らしい鳴き声で応じてくれる。
ふらふらと猫が向かったのはカステラの屋台だ。その前に立っていたのは『おなべがたべたい』ニル(p3p009185)である。
「ニルはお祭りって好きです。屋台がいっぱいあって、人がいっぱいいて、みんなみんなとってもとっても楽しそうな場所!
ソースのにおい、カステラのにおい。
本当はナヴァン様も誘ってきたかったのですが、忙しそうなので……屋台のごはん、持って帰ったら、喜んでもらえるでしょうか」
ナヴァンは忙しそうにはしているが、祭りに出向けば楽しんでくれることだろう。
今度は彼と来ても良いかもしれないと屋台の『おいしい』を楽しみながらニルは「神楽舞はもう少しですか?」と屋台の店主へと声を掛けた。
「そうだね、もう少しだよ。あ、もしカステラが気に入ったら、またお出で」
希望ヶ浜にカステラの店を出店しているのだという店主は陽向と名乗った。微笑んだ陽向にニルは「はい」と頷く。
「音呂木神社の秋祭りか。秋といえば秋奈……ハッ、秋奈のための秋祭り……!?
……何くだらないこと考えているんだオレは。まあそんなことはさておきだ」
秋祭りの前には一仕事会ったのだという秋奈にみたらし団子を持ってきた『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)(※毎日、秋祭りの可能性がある)は見込み倣いの仕事をサボっていないかの様子伺いに訪れた。
「おや、紫電ちゃんじゃーん」
手を振った秋奈に「サボったら駄目だろう」とぐりぐりとする紫電。弟子を頼みました、と言われた以上はおサボりにも厳しい注意を行なうべきだ。
「ひよのの神楽舞までは時間があるし、出店をチェックしに行こうか。
……あれ、射的の景品に秋奈のグッズがある……!? いつの間にそんな知名度が……!?
よっしゃこれは恋人としてぜひ取らなければ。ちょっと反則だがこっそりダニッシュ・ギャンビットで命中上げて狙うぞ!」
「あー、パイセンが遊びで作ったのかも」
からからと笑った秋奈に任せろと紫電は銃を構えたのであった。
「貴様――其処の屋台の貴様だ。唐揚げにはホイップクリームを添えろと告げた筈だが?
……宜しい。ハギスの真似事は結構だが咀嚼し易くし給え」
ホイップクリーム唐揚げを手にした『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は晴陽の姿を見付け声を掛ける。
神楽舞をするひよのを眺めながら晴陽の傍へと立つ。悩み事が在るならば『共有』せねば成らない。一応『美術の先生』なのだというオラボナに晴陽は「オラボナ先生ですか」と頷いた。
「夜妖の類は『好き』なのだがな、奴等、私を『人間として』認識して『くれる』のだよ。
憑き物の前に疲れてはいないか。もしも栄養価が気になるならば唐揚げを食み給え。
ホイップクリームの糖度が貴様の脳を活性化させ、フワフワと導いてくれる」
「私も貴方を『人間』として認識してしまいましたが……唐揚げとホイップクリームの食べ合わせは初めてですね」
不思議そうに眺めた晴陽と共にひよのの舞を眺め遣る。しゃん、と神楽鈴が鳴るその音色ひとつでも心洗われるかの如く。
「素晴らしい。悦ぶのが人でも神でも『この踊り』は素晴らしいのだ。貌を晒して良かったとも――」
●
「ホントはジョーさんも誘いたかったけど何かあるみたいだし……これもなじみさんの悩み事に関係ある事なのかな?」
なじみとの待ち合わせを行って居た花丸はぼやいた。彼女はその後、定の元に向かうのだという。
「んー、そうかも。なじみさんも結構罪深い女だぜ」
「そうだね。花丸ちゃんはジョーさんみたいになじみさんの詳しい事情まではわかんないけどさ。
友達だもん。困ったことがあれば頼ってね?
どんな事があっても花丸ちゃん達がえいやっ! って解決してみせるんだからっ!」
「ありがとう」
そう笑って手を取ったなじみはひよのの神楽舞が始まってしまうからと花丸を『特等席』まで案内した。
「花丸ちゃん、これお土産だぜ。今日、楽しかったから」
ぎゅっと手を握るときに渡されたのは小さなマスコット。少し震えていたのは屹度、気のせいでは無い筈だ。
(なじみさんだけじゃない。
ひよのさんの事も気になる…けど、私はいつもの皆との日々を守るために頑張るだけだよね)
「先生、むぎのプレゼントがメインだとは思うが、お誘いありがとうよ。
……おぉ。秋服も良く似合ってるぜ。綺麗だ。折角の祭りだ。一緒にグルっと回ってみるか?」
「有り難うございます。むぎちゃんは今日は……」
紙袋を手渡す晴陽はケープとどんぐりのブローチの『むぎ』――天川が飼育している豚である――を期待しているかのような眼差しを向けていた。
「今回はむぎを連れて来られなかったが、その内連れて来よう。
あとケープとどんぐりブローチを着けた写真はちゃんと送ってやるから安心してくれ。事務所にだって遊び来ていいからな」
「是非」
頷いて喜ばしそうな彼女は天川に齎した情報の影など感じさせない。なじみのカウンセリングに関して気になることも多い。
それに――『天川が殺したはずの相手が居るという事は危険性がある』という意味合いである筈だ。
「さ、俺も何か礼をしなきゃな。先生、ここでしたいことや欲しい物はないか?
気にするな。返礼だ。っと人が増えてきたな。エスコートしよう」
「有り難うございます。……実は待ち合わせの前に見かけたお守りがありまして」
良ければ持っていて下さいと告げる晴陽に天川は目を丸くした。
「気になるのでしょう? なじみさんが言って居た名前。……ですから、お守りです」
エスコートをするはずが上手を取られたと天川は笑ってから周囲を見回す晴陽に聞こえないように呟いた。
――「先生、貴女は死んでも守ってみせる」と。そう、小さく決意するように。
「秋祭りに関しては是非ひよの殿の神楽舞を見に行きたいな。希望ヶ浜の神様は舞が好きだよね、桜の時もやっていたよね」
「そうですね。是非、見ていって下さいね」
そろそろ準備があるのだとひよのがヴェルグリーズに挨拶のみを残して歩いて行く。
その背中を眺めながら周囲を見回した。ヴェルグリーズにとって音呂木神社に訪れるのは二回目だ。
(俺には物珍しいものばかりだけれど……前回はお守りを買ったらすぐに戻ってしまったからね。
境内の中をゆっくり見て回るには少しにぎやかだけれど……それでも何か目に留まるものがあったらじっくり見てみたいな)
神社境内の中には神木が存在していた。どっしりとした幹と、注連縄が巻かれていることから其れがそうだと認識できる。
市街地にあるために鎮守の森などは存在していないのだろうか。立て看板には嘗ては此の辺りは丘となっており、鎮守の森が存在したとされていた。
神籬である神木に注連縄を巻いているのは結界の役割であるそうだ。僅かにその縄が解れて見えたのは――気のせいではないだろうか。
「あら、アルテミアさん。先生は見回りも大変ですね」
「揶揄わないでって」
アルテミアが唇を尖らせればひよのはくすくすと笑った。
「これから神楽舞ですか?」
「ええ。ハインさんも是非見ていって下さいね」
音呂木の神様は欲張りだからこそ、巫女の舞を特等席で見るのだという。神木から本殿までの間に敷かれた石畳には踏み入るべからずと注連縄で囲われている。
「此の道が『神様のお通り道』ですか?」
「はい。此処を通って神は私の元に来て下さるのですよ」
巫女は神楽舞を踊りながら、神託を受けるのだとひよのはハインとアルテミアへと微笑んだ。
「なじみさん」
「定くん」
呼びかければ、彼女は何時も通りに笑った。「何か食べるかい? なじみさん」と声を掛ければ佇んでいた彼女はむくれている。
「どうしたんだい?」
「手」
「……ああ」
逸れないように手を繋ごうと言う提案を忘れていたと肩を竦める。写真映えを気にしてなのか可愛らしい屋台の商品が多いことに感動しながら定はなじみと共に出店を回った。
「来月のなじみさんの誕生日の予定もそろそろ立てなきゃなあ。そう言えば来年はなじみさんも大学生か……時間が経つのは早いね」
「誕生日は、海に行くんだぜ?」
「そうだね。自転車だ」
約束を違えたけれど、と笑ってから定は「なじみさん、今日は何だか悩んでるみたいだね」と声を掛けた。
「……ん、んー。そうかも」
俯いたなじみを見詰めながら定はaPhoneで天川から「先生のカウンセリングの結果、今度聞けることになったがいつが良い?」と連絡が来たことに気付いた。
(澄原先生にもカウンセリング結果の話を聞きたい。けど、……結果の話はなじみさんが居ない所で聞いた方が良いんだろうなあ。
なじみさんは、僕に隠し事をしてる。綾敷なじみが、綾敷なじみで居るために。
……今までは踏み込んで嫌われるのが怖くて、何も聞けなかったけれど今はそうじゃない。
嫌われるかも知れないけれど、それよりも彼女の力になりたい方が強いんだ)
――なんてそんな事、素直には言えないけどね。
「定くん」
「ああ、こっちいこう。屹度見やすいよ」
今は、日常を一緒に過ごしていよう。彼女が悪戯心で買った一寸不細工な『おみやげ』を握りこみながら。
「出店回ろうか。蕃茄は何が好きかな。会長はかき氷とか胡瓜の一本漬けとか好きなんだけど……もう無いか。
まぁ秋だもんね。わたあめとか食べる?ㅤ甘くて美味しいよ」
「蕃茄も胡瓜の一本漬け食べたい。はるちゃんに頼んだら用意してくれるかも」
「そうだね、今度頼もうか」
手を繋いで、蕃茄に茄子子は頷いた。構い過ぎだろうか。それでも『子』は可愛いのだ。
「ナチュカにお土産、買ってあげる」
ぎゅっと手を繋いで綿飴を食べようと誘う蕃茄。まるで本当に幼い少女のようで。「可愛いねぇよしよし」と頭を撫でれば心地良さそうに目を細める。
「ナチュカ」
「んー?」
「蕃茄が『神様に戻ろうとしたら』止めてね」
「……うん。そうだね」
手を繋いだまま茄子子はぎこちなく笑った。折角だからこそ、ひよのの神楽舞を見に行こう。
「ねえ、蕃茄。……あれ会長にも踊れないかな」
瞬間的に記憶して、真似を出来れば嬉しいと囁く茄子子に「蕃茄(かみさま)の為に踊ってね」と蕃茄は笑った。
そんな、何事もない日常が続いていくと信じていた。
屋台で買ったお土産が『日常』の象徴のようで。
決して無くさないで居て――
しゃん。
鈴鳴る音と舞う巫女。
音呂木 非夜乃は『耳にした』
神様の神託に眉を寄せて苦しげな息を吐出して。
道を迷わぬように。
決して。
ええ――『人生』とは路のようなものでございましょう?
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
楽しい秋祭りでしたね!
GMコメント
夏あかねです。
希譚のサイドストーリー的な位置づけ。ある意味おさらい編、それから次へ繋がる間のお話。
●サポート参加
秋祭りにご参加いただけます。イベントシナリオとしてお気軽にご参加下さい。
●希譚とは?
それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書です。
実在しているのかさえも『都市伝説』であるこの書には様々な物語が綴られています。
例えば、『石神地区に住まう神様の話』。例えば、『逢坂地区の離島の伝承』。
そうした一連の『都市伝説』を集約したシリーズとなります。
前後を知らなくともお楽しみ頂けますが、もしも気になるなあと言った場合は、各種報告書(リプレイ)や特設ページをごご覧下さいませ。雰囲気を更に感じて頂けるかと思います。
[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]
●目的
『朽橋家の呪い』を撃破すること
●朽橋家
音呂木神社の近くに存在する曰く付きの廃館。人は長らく住んで居らず、荒れ放題です。
最近はお化けが出るという噂で肝試しに訪れる者が多く居るようです。もしかすると今日も来ているかも知れませんね。
怪談についてはOPを参照して下さい。
三階建て。非常に広々とした大豪邸です。呪いが一番強い『気配が濃い場所』は音を頼りにすると良いようです。
何かを引き摺るような音が聞こえてきませんか?
邸内には無数に夜妖が存在しています。撃破も出来ますが、市街地でもあるためあまり騒ぎに為ず、やり過ごした方が今回は良さそうです。
『朽橋家の呪い』の撃破方法は『呪いの元』を壊すことです。
壊す際には1~2名程度がそれに触れ、呪いを顕現させる必要性があります。顕現した呪いに関しては物理的解決(攻撃)を行なって下さい。
誰も触れない場合は水夜子が取りあえずぎゅっと握っておきます。
……蕃茄が何かを気にしていますが、さて――
●秋祭り(サポート参加可能)
朽橋家の解決翌日に行なわれる音呂木神社の秋祭りです。出店なども建ち並び、神楽舞も行なわれます。
ひよのが神楽舞を行ないますので避ければ見に来てあげて下さいね。
秋祭りには希望ヶ浜の住民達が訪れており、普段から親しまれていることが良く分かります。
イベントシナリオと同様に、お祭りを楽しんでいただければ幸いです。
●NPC
・音呂木ひよの
朽橋家に珍しく同行する音呂木の巫女。神様の加護を持っていますのである意味安全域です。
入り口付近に立っている他、『肝試し』に来ていた者達を保護し「先生が探していましたよ」と適当な事を言って外に出す役割を担います。
珍しくとても楽しそうです。みなさんと、一緒に活動できるなんて珍しいですし……。
・澄原水夜子
澄原病院のフィールドワーカー。とっても明るく死を恐れない前のめり系民俗学専攻ガール。
何時も笑顔ですが『祀兄さん』と呼んだ存在からの連絡に少し戸惑っているようにも思われます。
ひよのや皆さんに何か隠し事をしているのか少しぎこちない様子です。
・若宮 蕃茄
<両槻>編にて撃破された『ハヤマ分霊・若宮』と呼ばれたまだ若い神様です。
その神性を失い、現在は楊枝 茄子子(p3p008356)さんに与えて貰った形で活動中。
水夜子と一緒に社会勉強をしていますが、怪異の気配には敏感であり『呪いの元』には音が聞こえずとも感知可能。
夜妖などの気配にも非常に鋭く反応します。
※【秋祭り】にのみお呼びいただけます。
・綾敷なじみ
夜妖憑きの少女。『猫鬼』と呼ばれる怪異が付いています。澄原病院で診察を受けてきた翌日なので元気いっぱいです。
しかし、何やら悩み事がある様子です。
その悩みに関して澄原晴陽が調査を行なってくれているようです。
・澄原晴陽
現在のなじみの主治医。澄原病院の院長先生。
なじみのカウンセリングをしやや気になることがあるようですが……。
●情報精度
このシナリオの情報精度は???です。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
何故ならば、怪異は人知の及ぶ物ではないですから……。
●Danger!
当シナリオには『そうそう無いはずですが』朽橋邸内でパンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
其れではお気を付けて。いってらっしゃいませ。
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