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シナリオ詳細

<蒼穹のハルモニア>ココロを■して

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ココロを殺して
 かつて、死神の役目を課された男は1軒の館を訪れていた。依頼人はもう余命いくばくもなく、ベッドの上で1日のうち長い時間を過ごしているのだと言う。
 かつて天才錬金術師と言われた男――その呼び名で無意識に父を思い浮かべ、頭を振ったクロバ・フユツキ(p3p000145)。父とは別人なのだと気持ちを切り替えたクロバは、案内された応接間で案内していた男性こそがその依頼人だと知り目を丸くする。
「体調がすぐれないと聞いていたんだが……」
「今日は調子が良くてね。君が……イレギュラーズが来てくれると思っていたからかもしれない」
 朗らかに笑った彼は、紅茶でいいかねと問うて準備をし始める。その手つきは慣れたもので、これまでも彼へ依頼してくる者たちへ同じように茶を出していたのだろうと思わせた。
 依頼人とはいえ病人に茶を出してもらうことに些か心苦しくなりながらも、あくまで客人なのでぐっとこらえる。出された紅茶をひと口含んだクロバは、依頼の内容を聞くことにした。
「別の場所に私のラボがある。そこにある『ココロ』を破壊して欲しい」
「……心?」
「ああ。ココロというのはデータ名さ」
 首をひねったクロバへ、真向かいに座った依頼人――ロビンは頷いた。そのデータにはとある人物の記憶や感情が込められているのだそうだ。それを得ても人物の自我が生じる訳ではないため、死者蘇生やクローン作製とも異なるものである。どこか覇竜領域で見られたアンティノアに近いようにも感じられた。
「依頼の本筋とは脱線するかもしれないが――本来、ココロは何に使われる予定だったんだ? 何故いまさら破壊を?」
「……そうだな、今なら話しても良いかもしれない」
 ロビンはゆるゆると瞑目して、それからクロバを見つめた。その唇から零れた、亡くした娘を蘇らせるという言葉にクロバは身を固くする。
「死者は……蘇らない。誰だってわかっていることだろう」
「それでも可能性があるのなら、賭けたいと思うのさ」
 嗚呼、これだから錬金術師ってやつは!!
 クロバは内心そう叫びながら、しかし依頼人を前にして実際に叫ぶわけにもいかず。ひとまずはその先を促した。
「君が言う通り、死者は蘇らない。それこそ非道に手を染めるなら可能性もあったかもしれないがね」
「それは――非道には手を染められないと?」
 クロバの問いにロビンは「そうでもあるし、そうでもない」とも返した。まるで謎かけのようだ。
 彼は死んだ娘を蘇らせたかった。けれどもそのために誰かを犠牲とすることも望まなかった。故に人の命を持たない器、機械人形を拵えたのだと言う。
「しかし私はあの子に愛着が湧いてしまったのだ。残り短い時間をあの子と過ごし、娘に迎えにきてもらうのも悪くないさ」
 機械人形に人の心は重過ぎる。しかも遠くない内に近しい者の――ココロの人物が父と敬い、機械人形がマスターと呼ぶ者がこの世から去るのである。
「今のあの子にココロは必要ない。必要ないんだ……」
「……その機械人形とやらが、もし自らココロを望んだら?」
 どこか言い聞かせるようなロビンの言葉に、クロバは何とも言えない面持ちで彼を見つめる。問われた彼は意表を付かれたようにクロバを見て、それから困ったように笑った。
「――それなら、あの子の意思を尊重してあげたいさ。そんなバグが起こるものならね」


●ココロを許して
「あなたが依頼者?」
 リア・クォーツ(p3p004937)の目の前に座った少女ははい、と無表情に頷く。
 ギルド《ローレット》の中は今日も活気があり、情報屋とイレギュラーズたちが依頼の話をしたり、今のリアのように直接依頼人から話を聞いたり、はたまた何でもない雑談をしていたりととにかくざわめきは尽きない。
「お、待たせたか?」
「みんな麦茶でよかったかな」
 サンディ・カルタ(p3p000438)とシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が4人分の麦茶をグラスに次いで持ってくる――が、少女はやはり淡々と首を横に振った。
「申し訳ございません。私は飲むことができません」
「え! それはごめんね、他のものが良かった?」
「いえ、飲食全般を不可能としています。機械で出来た身ですので、お気になさらず」
 目を丸くするシキに少女は再び首を振って。対するサンディたち3人はこの――どう見ても生身にしか見えない――少女が機械で出来ているという事に驚きを隠せない。
「機械……人形? ってところかしら」
「すげぇな、全然わからなかった」
「マスターの技術の賜物です。私のことはリリーとお呼びください」
 リリーは早速と今回の依頼内容を話し始める。なんでもマスターのお使いついでに寄っているため、長居すると怪しまれてしまうのだそうだ。
「マスターのラボに私を同行させ、データ『ココロ』を私へアップロードすること。このための障害を排除することが依頼になります」
「ちょっと待った。マスターと仲悪いのか?」
 サンディの問いかけにリリーが否定を示す。マスターは機械人形である自分にも親切にしてくれると。
「それならマスター? に頼めば済みそうだけれど……」
「マスターは私へのアップロードを拒否。ココロを厳重にゴーレムへ守らせてしまったのです」
 リリーは今頃、マスターが別のイレギュラーズへココロの破壊を依頼しているだろうと告げる。来客の予定があり、大事な事だからリリーにも任せられないと告げたのだそうだ。
「マスターの命令は絶対じゃないの?」
「マスターの命令は絶対です。しかし、今の私にはバグが発生しています」
 バグのおかげでここまで来ることができたのだとリリーは話した。これを逃せば心を持つことは許されず、バグは一生起こらないかもしれないと。
「皆様は私の依頼を受けず、マスターの依頼を受けたイレギュラーズと共にココロを破壊することも可能です」
 まだ心を持たない機械の瞳は、されど3人へ訴えかけるように視線を向ける。

 彼女の願いを押しのけ、彼女の為にココロを破壊するのか。
 彼女の願いを聞き届け、"アイ"する為のココロを得るのか。
 ロビンとリリーの行く先は、イレギュラーズに託されたと言って過言ではないのだ。

GMコメント

●成功条件
 以下いずれかの達成。
 1:ココロを破壊する
 2:リリーを同行させ、ココロを得る


●特別失敗条件
 リリーが破壊される事

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●フィールド
 ロビンのラボ。鍵はクロバさんが預かっています。
 天才錬金術師のラボということで貴重な資料が多くありますが、比較的綺麗に整頓されています。隠し扉によって続く通路の先にはデータ『ココロ』の安置された部屋へ続くフロアが存在し、そこで守護者たるゴーレムが待ち構えている状況です。隠し扉を開いた時点で侵入は感知されています。
 フロアは頑丈で、戦っても壊れる心配はありません。ただしそこまで広大な場所ではありませんので、中遠距離より戦う方はお気を付けください。
 データ『ココロ』の安置された部屋へ向かうには、全てのゴーレムを破壊する必要があります。


●エネミー
・ガーディアン(近攻)×7
 ロビンによって作られた守護者たち。彼らを全て倒さなければ最奥の扉が開かないシステムになっています。
 このガーディアンは至近~近距離攻撃に特化しており、非常に攻撃力の高いエネミーです。1人がこの敵ばかりを集めて耐え忍ぶのは、よほどの猛者でなければ得策とは言えないでしょう。
 四つ足の獣のような姿をしており、爪や牙で攻撃してきます。また突進貫通攻撃なども存在します。【痺れ系列】【乱れ系列】のBSに注意してください。

・ガーディアン(遠攻)×5
 ロビンによって作られた守護者たち。彼らを全て倒さなければ最奥の扉が開かないシステムになっています。
 このガーディアンは中~遠距離攻撃に特化しており、命中率とBSに富んだエネミーです。【スプラッシュX】の攻撃を行います。BSについては不明です。
 ドローンのように小型で【飛行】しています。ただし天井自体そこまで高くない為、常に低空飛行状態です。そこそこに回避力がありますが、防御技術はそこまででもないでしょう。

・ガーディアン(守)×3
 ロビンによって作られた守護者たち。彼らを全て倒さなければ最奥の扉が開かないシステムになっています。
 このガーディアンは守りに特化しており、【再生XXX】および【棘】を持っています。
 ぬりかべのような姿をしていますが、移動が可能です。2体までマークorブロック、かばうの全般を可能としています。また一定時間ごとに強力な神秘範囲攻撃を放ちますが、それ以外の攻撃はありません。


●データ『ココロ』
 ロビンの亡き娘が宿していた記憶や感情を封じ込めてあるデータです。ラボの奥、キューブ状のメモリ内に存在しています。
 破壊する場合は物理的に叩き壊してください。キューブは非常に繊細なので、床へ叩きつけるだけであっという間に粉々です。
 リリーへアップロードさせる場合は、リリー自身がそのすべを知っています。アップロードおよび、完了後の再起動には時間がかかります。再起動中はリリーの意識が切れている状況のため、その場で待つか連れ帰る必要があるでしょう。

●NPC
・ロビン
 幻想に住まう天才錬金術師。しかしその身は病魔に蝕まれ、余命いくばくもない状態です。彼の血筋は病気になりやすいようで、娘も病死しています。他に家族もおらず、世話係としてリリーが共に屋敷で暮らしています。
 彼は亡き娘の蘇生を試みるため、娘の生存中にデータ『ココロ』を取得し、本来であればリリーにそのデータを適用させて娘の蘇生を試みる予定でした。
 しかし完全な蘇生にはいたらないこと、またなによりリリーに愛着が湧いてしまったため、娘の蘇生を諦め、余生を過ごすつもりでいるようです。自身が亡くなった後、リリーを預ける先まで既に用意しています。
 ラボへリリーが同行することを知りませんが、その日にリリーが居ないとなればある程度は察するでしょう。

・リリー
 ロビンに作られ、彼の世話をする機械人形。非常に精巧で、人間と大差ない外見を持ちます。中身は機械のため重いです。"アイ"を知り、誰かを"アイ"せる心を得たいと言うバグを抱えています。
 マスターと呼ぶのはロビンのことで、彼とはそこそこに長い付き合いと言うべきでしょう。
 彼の書斎を片付けている間に、自分が世話係ではなく死者蘇生の器であったことを知りました。そして心を得る術も同時に知り、イレギュラーズへ護衛を求めています。戦えません。

 彼女の護衛依頼は拒否することができますが、その場合成功条件2は達成されないことになります。また心を得たのち、来たるロビンとの死別に耐えられるか定かではありません。


●ご挨拶
 リクエストありがとうございます。愁です。
 物語の結末はイレギュラーズにゆだねられました。よくよくご相談の上、『皆さんで1つの成功条件を選ぶ』ようにしてください。多少のブレであれば多数決します。
 また、今回は正常条件が満たされなかった場合以外にも失敗条件が存在しています。上記へ記載した通りですので、同行させる場合はご留意ください。
 以上、よろしくお願い致します。

  • <蒼穹のハルモニア>ココロを■して完了
  • GM名
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年09月06日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
※参加確定済み※
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
※参加確定済み※
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
※参加確定済み※
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
※参加確定済み※
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者

リプレイ

●ココロを欲して
 しばし人の出入りがなかったそこへ、カツンと靴の音が響く。鍵を懐へしまった『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)は、話に聞いていた隠し扉の方へと向かった。
「なあ、リリー」
 その背中に続きながら『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はついてきた機械人形――リリーへと声をかける。
「どうしてアイを知り、心を得たいんだ?」
 バグの発生。それ自体は別におかしなことではないだろう。人間が不調を起こすように、機械だってバグや故障を起こすものだ。
 けれど、アイを知りたい、心を得たいという意志はバグによって突然芽生えたのだろうか。そこに何かのきっかけがあったからこそ生じえた想いなのではないだろうか。
「分からないなら見つけとけよ。大事なことだ」
(……ま、心なんて自分じゃなかなかわからねえものだわな)
 考え込むリリーを横目に、ニコラスは難儀なものだと小さく嘆息した。ヒトだって心を理解しきれてはいないだろうに。
(私だって理解しきれていない癖に、リリーさんに心を説くのか。とんだお笑い草だな)
 『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)もまた、自嘲するように小さく笑う。
 ブレンダの元いた世界では、人形も人間も扱いに差など存在しない。故に、この世界では違うのかもしれないが、ブレンダにとってリリーは自分と変わらないものだ。
 だからだろうか――心の存在しない人形ではなく、心を知らない人間を相手しているような気持ちになるのは。
「リリーさん。ロビン殿の良い所を、好きな所を聞かせてはもらえないだろうか」
「マスターの?」
 彼女の言葉にリリーは顔をあげ、それからしばし黙考のあと、口を開く。
「……マスターは、沢山のことを教えて下さいます。言語データをインプットし、この研究室にある本を読ませてもらい、時には実物へ触る機会も与えて頂きました」
 研究室の書架を眺めながら、リリーの目が細まる。それが懐かしいものを見る時の人間を模しているのか、それとも無意識にリリーが浮かべたのか――ブレンダには、判断がつかなかった。
(班の方針としては『処遇は彼女自身に任せる』だったな)
 イレギュラーズができるのは、処遇を決めるまでの手助けだ。どんな道を選ぼうとも見捨てることはなく、手を差し伸べる役目。
 だって、彼らだけで決めたとて、それは押しつけになってしまうだろうから。
「辿り着くまでに話はしておきたいもんだ。なぁモルダー」
 呟いた『ゴミ山の英雄』サンディ・カルタ(p3p000438)は、カチリと何かがはまる音をサンディは耳にして。それから、クロバの前にあった本棚が動き出す様をみて、皆が一様にそちらを向いた。「……行こう」
 仕掛けが動き終わったことを察したクロバは、肩越しに仲間たちを促す。諸々の話は、ここを抜けた先でもできるだろう。
(手の届かないものを取り戻したくて、か)
 依頼を受けた、あの一瞬。父と男が重なって見えたのは、おそらく似ているからだ。
 一度で良い、一目でも良いから、会いたい人に会いたいと。望み、手を伸ばした姿は――錬金術師だから、なのだろうか。

 練達で見られるような無機質な通路。あまりにも静かなそこは、侵入者を待っているようにも、逆に拒絶しているようにも感じられた。
 そこへ躊躇いなく足を踏み入れた一同は、程なくして宙に浮く小型機械の姿を目視、そして。
「皆、伏せてッ!」
 鋭い『芽吹きの心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の言葉で反射的に体勢を比較すれば、頭上を細いビームが通過していく。しかしそれの当たった壁は傷ひとつついていないことに、サンディはあんぐりと口を開いた。
「この隠し通路にどんだけ手をかけてんだ……!?」
 見える範囲で隠し通路の材質が変わっている様子はない。天才錬金術師ともなれば収入もかなりのものだろうが、そこからどれだけの資金が『ココロ』のために投資されたのか。そして――それだけ金と想いをかけたココロを壊す可能性に、なんとも言えない気持ちが湧き上がる。
(っと、乗り遅れちゃいられねえな)
 名乗りあげながら敵陣へ突っ込むシキに続き、突風が通路に吹く。ブレンダの飛ばした小剣がドローン型ガーディアンを壁へ縫い止めようと迫った。
 仲間たちが引き付けたそこへ、他のイレギュラーズたちが畳みかけていく。確実に、速やかに。
 ニコラスが仲間に続いて大剣を振るえば、『玲瓏の旋律』リア・クォーツ(p3p004937)のケイオスタイドがガーディアンたちを暗く呑み込まんとする。それらを浴びながらも潜り抜けたガーディアンたちは、しかし立ちはだかるイレギュラーズにそれ以上は踏み込めない。
「命令を受けた守護者ならば、言葉は届かないでしょうか」
 出来れば周囲へ被害を与えたくないところだけれども。『愛知らば』グリーフ・ロス(p3p008615)は保護結界を張った周囲を気にしながらも、仲間たちを鼓舞する。
 彼らを倒すことがゴールじゃない。その先へ手が届かなければいけないのだ。
 クロバの剣閃が、そして『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が素早い連撃と縦横無尽なる切り崩しで守護者たちを圧倒していく。獣のなりをした守護者が力尽きるのは時間の問題で、クロバはその剣先を浮遊する守護者へと向けた。
「サンディ、まだいける?」
「ああ、粘ってみせるさ……!」
 リアはリリーの傍らから離れない様にと気をつけながら、サンディへ福音を起こす。ブレンダの鋭い剣筋が確実に守護者の数を減らしていた。
「いいぞ、この調子だ!」
 汰磨羈の攻勢は止むことなく、しかして守護者を押さえる面々の消耗は同じだけ目に見えている。長期戦は望ましくない――そう眉を寄せた瞬間、追撃するようにニコラスの得物が守護者を真っ二つにした。
(考えている暇もないか)
 敵が全て動かなくなるまで屠ることが、今回の役割だ。守りは仲間に託すしかない。
 グリーフのクェーサーアナライズを受けたシキがにっと笑って、瑞刀を翻す。絶対にリリーを傷付けさせるものか!
「喰らいつくしてやれ!」
 黒の斬撃が大きく顎を開く。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、そうなれば残るのはぬりかべのような守護者のみだ。
「支えるわ、気にせず行って!」
 リアの幻想福音が皆へ活力をもたらす。クロバとニコラスは反射ダメージに臆することなく、全力で攻撃を叩きつけた。
「――攻撃がくるぞ!」
 ブレンダは咄嗟にリリーを守りにかかる。周囲を震わせるような波動がイレギュラーズへ叩き込まれる――が。
「まだまだ……っ!」
 シキの瑞兆を示す一閃が真っ先に翻る。グリーフは簡易修復しながらも、最後まで皆を支援する手を止めない。
「悪いが、仕舞いにさせてもらう!」
 あともう一押し。汰磨羈は渾身の力を込めて、赫刃を叩きこんだ。


●ココロを――
 音もなく開かれていく扉の先は、大した大きさもない部屋だった。真ん中にひとつだけショーケースが在り、中には不可思議な淡い光を放つキューブが安置されている。
「……データ『ココロ』を確認。アップデートを開始します」
 淡々とした言葉がこれからを告げる。ショーケースに伸ばされた手は、しかし「待ちな」という言葉で止まった。
「いい人ってのが、誰に対しても、いつをとっても、いい人とは限らない。だから同じ人の考えだって、今と昔じゃ食い違うのさ」
 壁に寄りかかって傷を抑えるサンディは、ロビンも同じさとリリーへ視線を向けた。
「……データを破壊しますか?」
「個人的にゃ壊しとけ、とは思うぜ。今のご主人はそう思ってんだろ」
 昔はリリーにアップロードするつもりで、それを望んでいたのだろう。けれどそれは今のロビンの願いではない。
「リリーが別の"考え"を持っているなら、アップロードもアリかもな」
 考え、とリリーは呟く。ニコラスは後を引き継ぐように口を開いた。
「道中で聞いたこと、覚えてるか?」
「どうしてアイを知り、心を得たいのか、です」
「そうだ。その答えがお前の心だと思うぜ。そして、アイはそこにあるとも。気づいてないだけでな」
 心がわからないだけで、本当はそこに在るのだろうとニコラスは言う。何故なら、自分も同じだったから。
 幼い頃にはわからなかったアイも心も、与えてくれて人がいた。気づくことが遅くて、喪失を悲しむことはできなかったけれど、だからこそ同じ後悔をしてほしくないとも思うのだ。
「マスターとの過去振り返ってみろよ。彼からどんな会話をして何を感じて何を得た? 命令されたから、本当にそれだけか?」
 それは、とリリーが小さく呟いた。
 迷っている。
 戸惑っている。
 それこそが心ではないのか。リリーの心と言うべきものは、そこにあるのではないだろうか。
「……ココロはあくまで他者のデータだ。それを得た君は、今の君とは別人になってしまうかもしれないけれど……それでも、アップデートしたいのかい?」
 シキがまっすぐリリーを見つめる。感情のない視界の瞳はガラス玉のように映ったものを反射する――それだけ、だろうか?
「その『ココロ』とやら、書き換え領域の確認は出来ないか? 出来るのなら、そこから推測できる影響を把握した上で、よく考えてほしい」
 とある可能性へ思い至っている汰磨羈は、リリーからココロへと視線を滑らせた。本当はあのデータがなくても、リリーが自我を得られる――否、得ているのではないかと。
 高度に発達したAIが、修復と修正を繰り返した果ての到達点。それにより自我を得ることは、彼女の元いた世界で時折起こり得る現象だった。混沌が同じとは限らないが、あるいは。
「とはいえ……最後の決断は御主が下すものだ。ロビンは御主が望むなら、その意志を尊重すると言っていたらしい」
「マスターが、そのように」
「ああ」
 だろう、と汰磨羈は視線をクロバへやった。彼は頷くこともないが、否定することもなく、そっと視線を逸らす。
「……俺個人としては、君の記憶を塗り替えることには否定的だ。君が望まないなら、彼の依頼通りに破壊する」
 ロビンと父が重なったように、リリーと自分も重なって見えた。ある目的があって作り出された、仮初の存在。自分自身を必要とされたわけではなかったモノ。
 けれどロビンはここへココロを仕舞い込み、破壊することを決めた。それは彼が見ている先が亡くした娘ではなく、リリー自身を見たからなのだと思う。そしてその推測は、恐らく正しい。
「娘を喪ってからのロビンを知っているのは”君”だけなんだ。もう一人の娘、リリー。だから記憶を上書きすることなく、自分自身のココロを信じてほしい」
「自分自身の、ココロ?」
「ああ。不思議に思うなら、それは俺達がお前に贈る"ココロ"ってやつだ」
 クロバの言葉にリリーは感情を浮かべず、ただ小首を傾げる。
「これは……バグです。いつ消えるともわからない、異物です」
「本当に? 私はね、それが心なんじゃないかと思ってるよ」
 シキが目の前に立った。アクアマリンの瞳が空虚なそれを見つめ返す。
 機械は夢を見ない。機械は心を生じない。そんなこと、誰が決めたのだろう?
「誰かを想って願うこと。それを心と呼ぶんだと、私は知ったんだ。……でも、」
 含まれた逡巡。そしてシキはそっとリリーを抱きしめた。その肩口に顔を埋めて、続きの言葉を唇からこぼす。
 心を得ることが目的なら、きっとココロのアップデートは必要ない。けれどその目的が『ロビンを最期に娘と会わせること』であれば、アップデートしないと叶わない。
 ――だから、君自身に託そう。
「前者でも、後者でも。私に君の背中を押させてほしい。君の答えと道行きに、寄り添うことを許してほしいんだ」
「私に対する権限は持ち合わせておりません。マスターへ許可を得る必要があります」
「いいや。君自身に許される必要があるんだ」
 わからない。わからない。理解不能だとシステムが警鐘を鳴らして、リリーは固まる。そんな彼女にブレンダは苦笑いを浮かべた。
「ここにいる誰もが……少なくとも私が。ココロをアップデートすることで、今のリリーさんを喪う可能性には賭けたくないんだ。臆病なのかもしれない」
 根拠なんてないけれど、『ココロ』がなくても心を知ることはできる。できるようにしてみせるから、どうか、消えないでほしい。
「『ココロ』を使うかどうかはリリーさんに任せよう。けれど、もし使ってリリーさんがリリーさんでなくなるのなら、私はココロの破壊も辞さない」
「……破壊する前のデータを閲覧し、メモリーとして保存できないでしょうか。あるいは、別に保管することは」
 ここまで沈黙を貫いていたグリーフが、そっと告げる。ここで破壊しても別の機会でアップデートできるようであれば――しかしリリーは否と首を振った。
「ココロと同等のメモリーを容易に準備することはできません。それに適う器が、私です」
 閲覧は可能で、先ほど問われた書き換え領域の確認もできると言う。けれどその後は破壊するか、リリーへアップデートするかの二択しかない。
「私は……同じ造られた存在として。自然に心を宿し、育むヒトとは違う身として。
 ――きっと。いつか。そんな言葉で納得できない自分がいるのです」
 いつ生まれて、消えるとも知らないモノ。それがバグだ。果たしてそこから消える事無き心が生まれると、誰が保障してくれるのか。
 所詮はヒトと異なる存在なのだ。ヒトの造形、行動原理、そういった既存の何かを模倣して造られたモノだから、そうした疑念が生まれてくる。
 嗚呼、これが心を知らない機械ならば。疑念というものでさえいずれは消えてしまうのでは?
「彼女がマスターを失った後、日々をただプログラムのままに駆動することが、この場にいる皆さんの……マスターさんの、願いなのでしょうか」
 沈黙。返される言葉はない。当然と言えば当然だろう――グリーフの言う通り、ヒトとして生きてきた者ばかりで。レガシーゼロたるグリーフだからこその視点であり、否定などできようもない意見であったから。
「……ここで私達がなんと言おうと、最後に決めるのはリリーだ。どちらを選んだとしても私達が責任を持ってサポートしよう」
「ええ。私も責任を刻むつもりでいます」
 汰磨羈の言葉にグリーフが、そして皆が頷く。決断したリリーを1人にすることはないのだと、誰しもの視線が彼女へ集まった。
「心を持つ者として、貴女が決断を口にする前に……捧げたい祈りがあります」
 リアはそっと近寄って、彼女の両手を取った。そして抱きしめるように優しく手で包み込む。
 彼女に芽生えた意思は、きっとバグなんかじゃない。美しい旋律を耳にしながらリアはそう思う。けれどそう思うだけではダメなのだとも知っている。
 心の中に沢山の後悔が渦巻いている。手を差し伸べて、手を取って――ただ、それだけ。その怠惰が滅ぼした心があったことを、覚えている。
 かみさま(パンドラ)は反応を示さなくとも、温かい何かに包み込まれたような気がした。この祈りを口にするために、背中を押してもらったような。
「これから先も『リリーとして』沢山の旋律に包まれますように。沢山のアイを見付けられますように。
 ……あたしは、貴女と友達になりたいわ」
「ともだち……」
 ええ、とリアは頷いた。心を持ち、アイを持った彼女と沢山の時を過ごせたら――そう願ってやまないのだ。

 沢山のココロが寄せられた。
 沢山のおもいが寄せられた。
 けれど最後を託された機械人形は――ひとつの答えを選び取る。

 それが彼女の決めた答えであるのだと、理解したサンディはその時を待つように瞼を閉じた。
 グリーフは奇跡を願って両手を胸の前で握りしめた。あまりにも重なる存在である彼女が、混沌に肯定されますようにと。
「……どうだ」
「書き込み領域の確認、完了しました。個体『リリー』に関する削除事項はありません」
 汰磨羈はその言葉に少なからず安堵した。決定的な欠落はない。あとは――齎される記憶と感情が、彼女にどのような変化を起こすのか。
(機械人形が、夢を見るのか――久々にその手の話を思い出したよ)


 記憶領域に新しいデータが記録されていく。それは今までと同様にリリーから見て一人称で、けれどいつもより視点が低い。
 泡沫の様に浮かぶそこには、若い男性が映っていた。今だってそこまで更けているわけではないと思うけれど、その面影には覚えがある。
「マスター」
 呟く。聞こえなどしないのに。彼は自分ではない自分へ笑いかけているだけだ。
「マスター……」
 記憶に付随したものが、酷くメモリを圧迫する。まるで激流のようだ。
 これが感情だと言うならば。これが心なのだと言うならば。本当にあのバグは小さなもので――あそこから理解することなど、出来ただろうか。
(この奔流から理解することだって、難しい)
 だから、わかってしまった。私はマスターの望んだ"あの子"になれやしない。
 私は私のままで、これから先にたくさんの迷いと戸惑いを得ていくのだろう。

 ――アイはまだ、わからない。掴みどころがなくて、難しい。
 ――どうか、どうか。貴方のアイに返せる日まで、遠くへ行かないでください、マスター。

成否

成功

MVP

グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者

状態異常

サンディ・カルタ(p3p000438)[重傷]
金庫破り

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 リリーへ最後を託したことにより、このような結果となりました。
 この先がどうなるかはわかりません。それが未来というものですから。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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