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シナリオ詳細

<美しき珠の枝>幽けき涅槃吹

完了

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●宵夜
「気付いておるのか」
 男の問いは、いつだって唐突だ。静かに盃を満たす酒を舐めていると思えば、鋭利な言の葉の切っ先だけを向けてくる。
「噫、何やら『騒がしい』ようだなァ」
 けれどそれがどうしたと、この場にいるもう一人の男は盃を傾けた。
 世間が――豊穣が騒がしいのは、今に始まったことではない。表が騒がしいか、裏が騒がしいか、それとも隠れて何かを企む輩が騒がしいのか――その違いがあるだけである。
「鼠が減り、猫が増えたようだが?」
 どちらかと言うと、あの類は蛇ではあるが。
「そのうち狗も増えるだろうなァ」
「游がせておくのか」
「遊ばせてやるのさ」
 喉の奥でくつくつと笑い合う、言葉遊び。
 綺羅びやかな座敷に、今宵は女の気配はなく。
 薄らと開かれた障子の隙間から差し込む月光のみを愛で。
 剣呑な気配が何処までも纏わり付く男たちは、ただ酒と肴を楽しんだ。
 禍乱という、肴を――。

●月は雲に隠れて
 暑き夜は、簾を揺らす風も生ぬるい。
 静かに一人執務室で筆を走らせる鹿紫雲・白水(p3n000229)は、その日もまた寄せられる報告書に眼鏡(がんきょう)の奥の瞳を眇めていた。
 ――隠岐奈 朝顔(p3p008750)が拐かしにあった。
 周囲に他の神使が居らず浚われた彼女であったが、定期報告の場に彼女が居ないことに澄恋(p3p009412)がすぐに気がついた。しかし、劉・雨泽(p3n000218)が刑部省へ連絡、もしくは他の神使たちに救援を要請する前に動いた者がいた。『ほおずき屋』を見張っていた刑部の手の者――月折・社(p3p010061)の従兄、月折・現である。日陰に潜む存在である彼は追跡し、潜入。そして密かに応援を呼び、意識を落としている朝顔を救出した。
 その報告は彼自身から受けているため、白水は書類に確認済みの印を入れる。
 朝顔の身柄は刑部からローレットへ引き渡され、澄恋が看病し、暫くの後に目覚めた朝顔が酷い頭痛を訴えるのみで、他に外傷は無かったようだ。頭痛の原因は、何らかの取引――売られるか、奪うか――事が済むまで眠らせる強い薬を使われた副作用であろう。
 問題は、朝顔が救出された、浚われていた場所である。
 盛り場の『犀星座』。古くからある、かなり手広くやっている芝居小屋だ。
「……――」
 白水は執務机とは別の広い机の前へと向かうと、そこに広げられた高天京の地図へと朱色の印をつける。新しく着けたのは、犀星座。そして先に印が着けられているのは――『たぶん』ここら辺ではないか、と神使から告げられた地下の賭場である。たぶんとなってしまうのは、詳しい位置を知ることが叶わなかったせいではあるが、いくつも道があるようだったとの情報も寄せられている。もしかしたら、地下で協力店や隠れ家と繋がっているのかもしれない。
 地下で繋がっているのならば、蟻の巣のように逃げ道が数多に張り巡らされているようなものだ。一網打尽とする際は、神使等の手を借りる必要が出てくることだろう。
 自国の事を自分たちのみで解決できない遣る瀬無さに、『刑部卿』を戴く男はひとり夜の帳の下で嘆息を零した。
 白水の憂いが晴れる日は、いつ訪れるのだろうか。

●雨曇り
 加減は大丈夫かと問うた雨泽に、朝顔は明るい表情で頷いてみせた。
 彼女が浚われ、それから目を覚まさずにいる間に、『ほおずき屋』には密かに刑部省の介入があった。店は「店主急病に付き休業」の張り紙がされているが、店主は捕まっている。
「刑部省から報告をみっつ預かっているよ」
 ひとつめは、朝顔が浚われていた盛り場の『犀星座』のこと。バレてしまわぬように急いで引き上げる必要があったため詳しくは探れてはいないが、当時、朝顔の他に囚われている者、怪しい点はなかったそうだ。
 ふたつめは、チック・シュテル(p3p000932)が保護をした娘のこと。彼女は『小笠原邸』で回収した角のひとつ、『珊瑚の角』の持ち主の妹であった。彼女は今、刑部省で保護されており、姉の捜索を望んでいる。――姉が生存している確率が限りなく低い点はまだ伝えられてはいない。
 みっつめは、幻夢桜・獅門(p3p009000)が掴んだ『幹二』という男のこと。刑部省は報告を受けて彼を捕縛し、取り調べに掛けた。幹二、それからほおずき屋の取り調べ。このふたつからは、『人買い』の話が出ている。ほおずき屋は身寄りの無い鬼人種を売り、幹二は組織から一時的に鬼人種を預かっていた。仲介人のような者を介しているため、両者とも直接なやり取りは知らず、それでも金になるからと悪事に加担していた。幹二やほおずき屋の話では、両者のようなことをしている者たちはもっと居るとのことで、それなのに何故自分たちだけが……と零すところに、反省している点は見られなかったそうだ。
 そんなところかなと一度言葉をきった雨泽は、巻物を取り出した。刑部卿からの密書である。
「またお願いがあるのだけれど、聞いてくれるかな?」
 それは、とあるイレギュラーズたちが掴んだ情報からなる依頼であった。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 お待たせいたしました。<美しき珠の枝>の続きとなります。
 様々な悪事を掴んできているので、そろそろドンパチ……と言ったところです。

●成功条件
 元花魁『雫石』の生存・保護

●これまでのあらすじ
 鬼人種虐待絶対許さないマンが刑部卿に就任しちゃったのであら大変★
 叩けば出る出る、豊穣に蔓延る鬼人種が被害にあっている悪事の数々!
 刑部卿「この機に洗いざらい綺麗にするから覚悟するがいい!」(意訳)
 ――という訳で、少しずつ動いていっています。
 被害者と加害者の情報を集め、小さいところから潰していき、最終的に総元締めを叩き潰したいなと刑部省が動いていきます。
 しかし、この情報が漏れる事は望ましくありません。悪人が「暫く大人しくするか……」「神使ってあのやばいやつらだろ?」と隠れてしまいます。刑部省が動いていること、そして神使であることは隠した方が良いでしょう。何も知らない一般人にも、悪事を働く者たちにも知られること無く情報を集める必要があります。

※このシナリオでは、パートごとに若干の判定差があります。

【関連シナリオ】※読む必要はありませんが、読むと詳しくなれます。
・美しき珠の枝
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7061
・<美しき珠の枝>きさらぎの風
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7309
・<美しき珠の枝>幕間 戀遊戯
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7479
・<美しき珠の枝>花信風のしらせ
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7749

●プレイングについて
 一行目:行き先【1】~【3】いずれかひとつを選択
 二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)

 一緒に行動したい同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名+人数の数字】or【名前(ID)】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。

 例)一行目:【2】
   二行目:【お掃除隊3】(※3人行動)
   三行目:仲良しトリオで行動だよ。人形芝居が得意だからいってみようかな~

 情報収集のためにNPC等に話しかける言葉は、具体的に。『セリフ』でお願いします。そのセリフが有効であった場合、良い結果が得られることでしょう。
 怪しまれる、無理を通す、先に手を出す、等といった問題が生じなければ戦闘は発生しません。(【1】以外)

【1】雫石花魁を追う
 『白鴇屋』の花魁『雫石』は身請けされました。元花魁になりました。
 とあるイレギュラーズたちの働きにより、彼女の身請け先は割れています。
 身請け先は呉服屋『正丸屋』。現当主である正丸・惣之助(しょうまる・そうのすけ)という40代の男が惚れこんで側妻に――というのが外向きの理由。正丸は先代から親子揃って鬼人種の角の価値を知っています。
 正丸屋は大通りに店を持つ老舗の大店で、一般的な商家であるため店と奥(生活の場)に分かれています。母屋には大まかに……店舗となっている土間、本妻を始めとした家族が棲まう部屋々、主の部屋、厨、使用人の休憩部屋、針子部屋。庭に蔵や米倉、茶室、離れがあり、離れに雫石が居ます。屋敷の店舗部分は大通りに面して居ますが、その他の部分は塀に覆われています。大通りを表として、屋敷の裏には勝手口があります。昼間は内側に見張りが一人居ます。
 日中の店舗部分は、客以外の動きは一週間も観察していれば流れが見えてくるでしょう。廻船問屋から運ばれてきた反物を届ける者や、朝早くから通ってくる長屋住まいの番頭。内職の仮縫いの納品に、お抱えの絵師、刺繍職人、縫製士……沢山の使用人の出入りがありますが、基本的なスケジュールは曜日ごとに決まっています。朝から開店し、夕方に店じまいです。
 夜間は、店に入る物盗りを警戒し、施錠はしっかり。夜廻りも交代制で行われ、勝手口は中と外に一人ずつ松明を持った用心棒が居ます。用心棒は夜の晩が暇なので、背中越しにひそひそと世間話をよくしています。
 いずれの時間にしても、店の人以外が土間より奥へ行くのは見咎められますし、家族以外の人が家の中に入るのも怪しまれます。家のことは正丸家の妻と娘、朝から昼にかけて女性のお手伝いさんが二名通い、四名で行っております。
 店の人として入り混む場合は、勤めている店の人からの紹介が必要となります。例えば『刺繍職人の○○が腕に怪我をして暫く来れないので代りに――と、紹介状を書いてもらった』等です。番頭、丁稚、手代等の店の表に出ている人や絵師以外でしたら可能です。
 救出方法――潜入方法、タイミング(時間帯)、人数等の話し合いが必要になるかと思います。
 展開によっては、雫石は口封じに殺される恐れがあります。その際、成功条件と外れるため、失敗となります。

 上手く行った場合に限り、撤退時屋敷から出た路に『新城弦一郎』が現れます。
 その際、場合によっては戦闘が発生する可能性がありますが、皆さんの目的は元花魁の保護であることをお忘れなく。

【2】芝居小屋
 盛り場にいくつもある芝居小屋や見世物小屋(朝顔さんが連れて行かれた小屋以外)へ一芸を携えて潜入調査に入ります。浚われていた朝顔さんは顔(や特徴)が割れているので近寄らないほうが良いでしょう。
 基本的には仄暗いこともなく、善良です。が、『何も知らないということはない』でしょう。狭い界隈。知りたくなくとも噂は流れてきて、知らないふりをしている人、言ったら何があるかわからないから言えない人、等がいることでしょう。

【3】その他
 他にやりたいことがある人向け。何かを行えます。
 引き続き郊外の村落、高天京内の調査も可能です。
 個別あとがきで特殊な場所への案内が出ており、上記数字の場所には向かわない場合も此方を選択しておいてください。
 
・『白鴇屋』
 許可が出ている人は引き続き働くことが可能ですし、花魁を追う日に合わせてお休みを貰って【1】に行っても良いです。
 嘉六さんは労働への意識が高まっていたら労働しても大丈夫です。
 聖霊さんと清舟さんは、何だかんだお店の人と仲良くやれているようです。ですが、花魁は身請けをされ、既にいません。
 刑部省は『身請証文』(写し)を多く欲していますが、その在り処には常に楼主か花車が居り、入手は極めて困難です。ですので、身請けされた遊女たちがどの家に行ったか、等を知れると調査に入れます。
 もし楼主が悪事に加担している証拠が見つかった場合、刑部が取り潰すので借金を抱えている人たちは借金がチャラになります。(身請証文自体は別段悪いことではありません)

※某さんから:口止め希望
 すれ違いざまに、もしくはファミリアーによって爪よりも小さく織り込まれた手紙が渡されました。見えない場所での手紙等のやり取りはしていただいても大丈夫です。
(長編プレイングは公開されません。もしコンタクト等あった際はその旨記してください)

・『鬼人種の隠れ里』
 たどり着いた三名のみ活動可能です。
 ローレットへ情報は伝わっていないので、刑部省も知りません。
 訪れる度にファミリアー等に着けられたり誰かに見られいているかの厳重注意が必要ですが、三名は何度か訪れて里の人とは顔見知り程度にはなっているようです。
 上手く立ち回れば、どこで、なにを、どうして等の『様々な経緯』を知ることが叶うでしょう。けれどそれは、心の傷に触れることでもあることをお忘れなく。

●鬼閃党
 強きを良しとする集団で、ローレットとは違い善悪に関わらず、力を請われ、己が武が必要とされた際に依頼を受けたりしています。
 豊穣と天義において度々目撃情報が上がっており、天義では危険集団としてマークされているようですが……。
 前回、『賭場』と『とある場所』で『新城弦一郎』の姿が確認されました。もし党員と出会ってしまった際は、荒事は避けた方が良いでしょう。例え自身が相当な手練であろうとも。

●プレイング
 長編プレイングは公開されません。
 調べたいことを自由に、あなたらしく記してください。

●EXプレイング
 開いています。必要に応じてご利用ください。

●同行
 弊NPC、劉・雨泽(p3n000218)が同行しています。
 刑部省に伝えたいこと、もしくは彼に話したいこと等ありましたら掴まえてください。基本的には高天京をウロウロしています。
 ※種族を知られることを嫌うので、種族特徴を明かすような行動を弊著SS以外で行う事はありません。


 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <美しき珠の枝>幽けき涅槃吹完了
  • GM名壱花
  • 種別長編
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年08月30日 22時05分
  • 参加人数25/25人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(25人)

チック・シュテル(p3p000932)
燈囀の鳥
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
月香るウィスタリア
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
黒き葬牙
松元 聖霊(p3p008208)
医神の傲慢
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
蓮杖 綾姫(p3p008658)
厄斬奉演
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
隠岐奈 朝顔(p3p008750)
真意の選択
白ノ雪 此花(p3p008758)
特異運命座標
日向寺 三毒(p3p008777)
瞑目の墓守
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ルーキス・ファウン(p3p008870)
散華閃刀
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
澄恋(p3p009412)
花嫁キャノン
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
月折・社(p3p010061)
紅椿
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼
猪市 きゐこ(p3p010262)
炎熱百計
嶺 繧花(p3p010437)
嶺上開花!

リプレイ

●籠の鳥
 大通りの往来は毎日賑やかで、賑わいは店の閉まる夕刻まで絶えることがない。
 棒手振りや行商人、専門職の者等に客、それからそれぞれの店の前にも顔を出す丁稚に手代。たくさんの人々で大通りは溢れていた。
 呉服屋『正丸屋』もそうだ。老舗らしい立派な構えの大店は、職人や商人、客の出入りが多い。貴族や大金持ちの家には直接出向くが、町人の普段使いの着物や少し背伸びした着物は店頭に置いてあった。
 正丸屋の着物は質も良く、仕立ても良い。お抱えの絵師が描く柄も、針子たちの刺繍も好まれ、やれ新作はなんだと近くに寄った際には覗く客も多く、よく繁盛していた。
「これは……見掛けない絵柄ですね?」
「ああ、そちらは当店の絵師が引いた新しいものになります」
「だから目を引くのですね」
 賑わう店内で『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)が首を傾げれば、すぐ側にいた手代がすぐにおすすめですよと微笑む。距離は付かず離れず。邪魔にならない位置をキープし、程よい距離感で接客してくれている。
「大陸で仕入れた上物ですよ。どうです? なかなかの品でしょう」
 店舗の一角、客が出入りする土間から一段上がった小上がりの板間(見せの間)にて、商談するのは『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)。反物を店頭で見せ、もっと良いものがあると商品を広げさせてもらっていた。
「そうですね、肌触りも滑らかで」
「そうでございましょう?」
 仕立てる前の反物を手に興味深い顔をする年重の手代に、豊穣の伝統的な技術とは違う練達の最新の技術を語れば、うぅむと手代が唸る。
「他の店に持ち込もうとは思われなかったのですか?」
「実は、正丸屋さんと商売させて頂くのが憧れでして」
 反物を手に笑む手代の反応は良い。
「あちらの着物は新しいお色でしょうか?」
「ええ。うちの染師が拘った新色で」
 衣桁に掛けられた着物へと手のひらを向けると、手代の笑みが濃くなった。
 それでしたらと帯を荷物から取り出し「こちらの帯が濃い色で引き締まり似合いますかと」と伝えれば、じぃっと見た手代が着物を持ってきますねと暫し席を外す。その間にフラーゴラはこっそりと、荷物の中に潜ませていた鼠のファミリアーを店奥へと放った。中に入り込めたら良かったかもしれないが、厠事情が他国とは異なる上、人目もある。小さなファミリアーの目を通して見られるので良しとして、きりの良いところで切り上げ、フラーゴラは正丸屋を後にした。
「この時期になると練達の方でも豊穣風の服がとても人気なのよ」
 そう口にして他の手代に相手をされているのは『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)だ。豊穣が開かれる以前からも旅人たちから浴衣の文化はあるが、混沌ではやはり豊穣産のものが好まれるのだときゐこが笑う。
「実は幻想の方にも興味を持ってる方が居て、その方用に特に珍しい服や装飾があれば是非見せて欲しいのだわ。何か良い物ないかしら?」
「でしたら、お掛けになって少々お待ち下さい」
 上がり框にきゐこを座らせ、手代が何かを丁稚に指示すれば、すぐに丁稚が店奥に掛けられていた浴衣を持ってくる。
「うちは絵師を抱えておりましてね、どれもうちでしか扱っていない絵柄だと自負しております。この浴衣は半襟を付けられるようになっておりますので、幻想のお嬢様でしたら『れえす』半襟をつけてお召しなられるのはいかがでしょう?」
 浴衣は襦袢を着ないため通常は半襟がないのだが、この浴衣はつけられるようになっている。体が暑さを感じず、夏でも襟元がしっかりとするためおすすめなのだそうだ。
「へえ……そういうのもあるのね。あ、この緑色の服良いわね♪ 個人的に買っちゃおうかなぁ♪」
「流石はお客様。お目が高い。でしたら、こちらの総絞りの浴衣もお勧めですよ」
 持ち込まない限り店内に使役できる小動物はいないため、きゐこは楽しい買い物のひと時となってしまったが、手代には始終良客として扱われていたため個人的な満足度はとても高かった。

 店の出入り口は、当然のことではあるが、店内に獣が入らないように丁稚や手代たちが目を光らせている。
 店内をちらりと覗いた白猫が、二又の尾を揺らしてとててと身軽に歩いていく。店の角を曲がって路地に入り、トンと地を蹴りひらりと飛び乗るのは塀の上。見張りの男の頭上を歩いても「お、猫ちゃーん」と声を掛けられる程度で何もなく、白猫は――本性を露わにした『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、そうして正丸家邸内へと入り込んだ。
(塀は一般的な塀であるし、飛び越えるのも透過も可能だな)
 ポカポカと温かな日差しを浴びている庭の植木の中を選んで歩きながら、庭を見渡した。
 大きな蔵がいくつか――商いを営む商家には火事対策に土倉がある――と、小さな池、それから茶室らしき建物がふたつ。庭の隅にある小さな小屋が厠であろうし、救出対象が居るならば茶室らしき建物のうちのどちらかだろう。
 けれどそれを探るのは他の仲間達が行ってくれるはずだ。すれ違った鼠にそわりと本能が疼くような気がしたが、汰磨羈は家屋へと向かっていった。
「そういえば最近、物取りが頻繁にあちらこちらであると聞きましたよ。何でもその物取りは、少女なのだとか!」
 それは何とも鮮やかな手並みで、もしかしたらこの店にも……と思うと恐ろしいですね、なんて。ちっとも恐ろしくなさそうに針子部屋で話す噂好きの少女――『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)。開店前に店表から針子部屋と向かう際も同じことを手代に言ったが、そういう話は親分さん(岡っ引)からは聞いていないなぁと首を傾げられた。大店には管轄の岡っ引きが何か気をつけることがある時は教えてくれる。手代はまあ一応心に留めておくよとどうせ噂でしょという態度であったが、針子部屋の女性たちは「えー、こわい」と噂話に楽しげにキャラキャラと笑っていた。
「所で旦那様が惚れ込んだという新しい側妻さ――……」
「しっ」
「こら、あんた。なんてことをお言いだいっ」
 妾問題は醜聞だ。公表なんてしないし、内々の者がそれとなく気付いたとしても、こんなお膝元で話すわけもない。刺繍職人たちはそろりと部屋から顔を出し、他の人が居ないことにホッと息を吐いた。もし女将の耳にでも入っていたら職を失っていたことだろう。
 そんな事どこで知ったのかと、朝顔は詰め寄られた。とあるイレギュラーズたちの働きによって得ることが叶った情報であり、店に勤めている従業員では隠されている元花魁のことなぞ知らぬ話なのだ。噂で聞いただけだと半笑いでやりすごし、ちくり、ちくり。ひと針ずつ丁寧に、質の良い帯に針を刺した。
 ――数日前から用意して貰った紹介状を手に刺繍職人として入っている朝顔とは別で、『悲嘆の呪いを知りし者』蓮杖 綾姫(p3p008658)も数日前から店の周囲で観察や張り込みをしている。近場の茶屋で団子を頂きながら聞いても、良い評判ばかり。側妻を迎えたことさえ噂には上っていなかった。
(……難しいものですね)
 色々と案を頭の中で練っては雨泽と話し合ってみるが、どれも掛かれば御の字と行ったところだろうか。歩幅で正丸邸の大きさを何度も測り、綾姫は情報共有のために何処かでファミリアーに意識を集中させているであろうフラーゴラの元へと向かった。

 ――ぱたぱた、ちゅちゅん。小さな雀が、竹柵の嵌った窓で鳴いている。
 小さな顔は右に左に動いて、それからじぃっと『私』を見た。
 此処に居てはいけないわ。
 私は口を開くが――声は、出ない。
 追い払おうと手を伸ばすも――手も、届かない。
 郭の中とは違う結い方で美しく髪を結い、美しい着物を纏う。
 男が来れば微笑みを浮かべ、ただあるがまま言われた通りに居るだけの人形。
 此処と郭の、どこが違うのだろう。ただ、籠が変わっただけ。
 ……いいえ、いいえ。考えるまでもないことだ。此処のほうが地獄に近い。
 私の命が遅かれ早かれ奪われることを、私は知っているのだから。
 ちゅんと鳴いた雀が、嘴から何かを落とす。
 何処かの神社から持ってきてしまったのかしら。悪い子。
 久方ぶりに湧いた感情らしい感情は笑みを伴い、だからだろうか、『動かぬ足』で私は畳の上を這うように手を伸ばした。
 大吉と書かれていたら、きっと声無き笑いを発していただろう。こんな状況で、何が大吉なのだろうか、と。
 けれど、そこには――。
『大きな不安を抱えてるかもな貴方!
 夜に金髪の騎士達が助けてくれるかも? 手を取ってみて』
 騎士様? 異国の方?
 まあ、なんて、夢想的(ろまんちっく)。
 おひいさんなんてものにはなれない穢れた私だけれど、どうせ終える命。最期に少女のような夢を見てみても良いのかもしれない。
 なんて。夜を厭うて生きてきた私が、初めて夜を恋しく思ったのだった。

 人々の寝静まる、夜半。
「もし。すみません……この辺りに診療所はありませんでしょうか?」
 胸を押さえた綾姫はよろめきながら勝手口の見張りに声を掛けた。
 苦しげな表情や態度よりも、幾つもの不審な点から見張りの男は警戒する。
「待て、近寄るな」
「何だ、どうした?」
 内と外での男の声。
 けれどそれでも綾姫は構わない。警戒する男に素早く距離を詰めると当て身を食らわせ昏倒させると、頭上に影が落ちた。塀を飛び越えた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)もまた、内側の男が警笛を鳴らす前に意識を刈り取っていく。
「ではルーキスさん、鼠を追ってね」
「はい、いって参ります」
 勝手口の鍵を内側から開けたルーキスはすぐにフラーゴラの鼠を追い庭の暗がりに身を消した。綾姫とフラーゴラは見張りの男を縛り上げて装備を奪うと見張りの振りをしてその場に残り、退却路の確保に回る。
 別の場所では、ひらりと沙月と白猫――汰磨羈が塀を飛び越え、『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)と『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が塀を透過して敷地内へと侵入を果たしていた。
 先導を務めるのは真白き猫。ベネディクトたちよりも先を歩み、夜廻りの動きを見て尾で知らせてくれる。
 殿は沙月。庭の中は木々や草、砂利等と――わざと音の鳴る物を正丸家が置いているのだろう――どうしたって音の出るもので溢れている。気をつけて進んでは居るが、気付かれた際は目的地の反対へと走り、引きつける役を勝手出た。
 雫石の居場所は、フラーゴラと朝顔から情報を得ている。茶室ではない離れの方だ。静かにゆっくりと、けれど確実に向かう最中、汰磨羈が突然足を止めた。
(――見つかったか?)
 極力戦闘は避けたいところだが、避けて通れぬのならば仕方がない。
 ベネディクトが攻撃に移ろうとした――ところで、汰磨羈が尾を揺らす。『大丈夫』の合図だ。
 汰磨羈の前に鼠が現れ、その後ろにルーキスが姿を見せる。無事に合流できた事へ頷きだけで意思を伝え合い、静かに速やかに、一行は夜の庭を進んだ。
 月に雲のかかる、静かな夜だった。

 夜風がざあざと木の葉を揺らす。
 その音に紛れるように木から木へと移動し、またひそりと忍び込み――月折・現は鹿紫雲・白水(p3n000229)からの密書を神使等へ渡した頃より動いていた。上司からは神使等を佐けるよう言い付かっており、そしてこの数日は『紅椿』――従弟に当たる『紅椿』月折・社(p3p010061)からの要請で動いていた。
 屋敷内の夜廻りの順回路、そしてその頻度。
 社からの要請が無かろうとも動くつもりで居た現は静かに社の前に木々から降り立つと、言葉少なに告げた。
「ありがとうございます、兄様」
 現は、彼の実兄よりも社との接点は少ない。けれど彼が情報を告げてすぐに居なくなるのはそれだけ職務に忠実なのだろうと、性格の全く違う彼の兄の姿を思い出しながら薄く笑みを佩いた。
 角を曝し、面を曝し、ひとつ大きく息を吐くと、社は朝顔に告げた。
「僕たちも、行こう」
 仲間たちも別の場所から動いているはずだ。
 社はワイズキーで店の玄関を解錠し、数日前から刺繍職人として潜入し、そしてファミリアーの雀を用いて内部構造を把握している朝顔の案内で店へと侵入する。
 夜廻りの順路、そして頻度は従兄の情報通り。
 少しだけ寄り道をして正丸家の者等の様子を見てきたが、寝室で横になっているのは夫人のみ。主人である惣之助はまだ寝付いていないようだった。
 鉢合わせにならぬことを願い、朝顔とともに仲間たちも向かっているであろう離れへと急ぐ。

 辿り着いた離れは、茶室よりも少し大きい。しかしずっと閉じ込められては、矢張り窮屈さを覚えることだろう。
 竹柵の嵌った窓から覗き込めば、誰かが大人しく座している気配。
「雫石さん……ですね。助けに参りました」
 冬佳の静かな声に、空気が震えた。室内の人物が息を呑んだのだろう。
 返事がないのは、緊張しているか不安に思っているからだろうか。疑問に思いながらも冬佳たちは窓から離れ、ひとつきりの扉へと向かう。
 引き戸には矢張りと言うべきか、厳重に鍵が『外から』掛けられている。
「我々は刑部卿より派遣された神使。貴女の身柄を保護しに参りました。身の安全は保障致しますので、どうかご安心を」
 鍵周りに罠はないかとベネディクトが確認したが、厳重そうな見た目以外に特になく。自分がと申し出たルーキスがワイズキーで瞬時に解錠して中に声を掛け、開けますねと戸に手をかけた――その時だった。

 ――がらん、がらん、がらん、がらん!

 引き戸を動かした際に鳴る罠が、引き戸にしかけられていたのだ。
 けたたましく鳴り響く音に、即座に上がる敵方の警戒の声。
 ぽつぽつ、ぽつ。闇夜に灯りが浮かび上がる。
 すぐさま、離へと近付けさせぬように駆けていく沙月。
 案内を終えた汰磨羈は退路を確保している綾姫等の元へ身を翻す。
「敵は此方で引き受けます。その間に彼女を連れて逃げて下さい!」
 すぐにルーキスも沙月の後を追い、家屋方向から合流した社と身構える。
「雫石殿は――」
「ベネディクトさんたちに任せました!」
「私は雫石さんの元に向かいますね!」
 朝顔がそのまま離れへと走り去ると、提灯を手にした正丸・惣之助等が駆けてきた。
「何者だ!」
「悪しき者に名乗る名などない」
 面も角も隠さずに、社は静かに言い放つ。
 月折の名に恥じぬ行いを。
(僕とて月折の家に生まれた鬼人種だ)
 ――護り抜いてみせる、何をしたって。
 同胞と味方のために、夜闇の戦いに身を投じた。

 離れの中は、暗かった。
 その暗がりの中に、女ひとりが静かに座っている。
「大丈夫ですよ、雫石さん。頼りになる仲間たちがあなたを引き渡したりはしません」
 さあ、早くこちらに。
 冬佳が言葉を紡ぐが、雫石は身じろぐのみで言葉を発しない。
 ――否、『喋れない』のだ。
(……助けを呼べないように)
 くぐもったうめき声のみを発し、それだけでも雫石はひどく咳き込んだ。
 劇薬で、喉を潰されたであろうことを察し、冬佳はもう一度大丈夫だと口にして彼女の手を優しく取った。
 そうして立たせようとして――彼女が『立てない』ことも知ってしまう。逃げられぬように、腱を切られているのだ。
 花魁は、見世で一等秀でた存在である。美しい声で唄い詠み、滑らかな足捌きで舞い――禿として入る幼い頃より芸事を完璧に納め、教養も身につけ、そうして『作られた』高嶺の花は咲き誇る。そこにあるのは並々ならぬ努力であろう。
 ……嗚呼。
 思わず溢れる冬佳の溜息を拾い上げるようにベネディクトが手を伸ばし、ふたりを支えた。
「抱えても、良いだろうか」
 ベネディクトの言葉に返るのは、微かに怯える気配。幼い頃から遊郭に放り込まれ、散々ひどい目ばかりにあってきた彼女は、本当は男性が恐ろしいのだろう。彼女の意思は汲みたい。けれど今は、そうは言っても居られない状況だ。
「私ではどうでしょう?」
 戸から、離れに辿り着いた朝顔が顔を覗かせる。大きな朝顔では屈まないと離れには入れなくて、嫌いだと思っていた大きな体躯。けれど今はその大きさが役立つことに、朝顔は少しだけ胸を張りたい気持ちになれた。
「急ごう」
 ベネディクトが先導し、雫石を抱えた朝顔の後には冬佳がついて、敵と対峙してくれている仲間たちの背に向かって「無事に確保しました!」と声を掛けて駆けていく。
 邪魔な木々の枝をベネディクトが斬り伏せ、真っ直ぐに最短距離で勝手口へ向かう。鳴子の音で勝手口にも敵が来たようだが、既に汰磨羈と綾姫とフラーゴラが制圧済みのようで、縛り上げて転がしたところでベネディクトに気付いて大きく手を振っていた。
「このまま参りましょう」
 勝手口を抜け出て、狭い路地を駆けていく。背後は振り返らない。仲間たちは雫石さえ無事ならば良いタイミングで離脱してくれるはずだと信じているから。
「――待て」
 静かに。けれども鋭く、ベネディクトが仲間たちに警告する。
 進路の先に、一人の男が現れていた。
「さて、出会ったのは鬼か――或いは」

 ――新城・弦一郎。

 細い路地、眼前に眼光鋭き剣士。
 後方からは屋敷の警備の者等と切り結んでいた仲間たちの駆けてくる気配と「追え! 追え!」と叫ぶ男の声。
 薄ら笑みを浮かべているように見える剣士の視線がベネディクトたちよりも奥へと向かう――その刹那、白猫の姿を解いた汰磨羈と綾姫が挟撃する!
 ごう、と。弦一郎を中心に生ぬるい風が起こった。
 いつの間に抜いたのやら、抜身の二本の刀でそれを受け、火花散らし弾き返す。目にも留まらぬ早さで刀が振るわれ、咄嗟に上半身を仰け反らせた汰磨羈の数ミリ眼前を切っ先が滑り、前髪をスパリと奪い去っていく。
「行こう」
 フラーゴラが雫石を抱えた朝顔に声を掛け、ふたりは細い道へと逸れていく。
 すぐにその背を守るように、ベネディクトと綾姫が移動した。
「鬼閃党の新城弦一郎。貴方の狙いは……雫石さんではなく、私達そのものですか?」
 冬佳の声を、弦一郎の回答を、遮るようにピィィィィィ! と甲高い警笛が鳴り、あちらこちらの家々の奥で点けられる蝋燭の明かり。
(肯定も否定もないのは『どちらも』なのか、或いは――)
 弦一郎自身は雫石自身には興味がないのだろう。興味があるのは神使等と――屹度彼を雇った者の方に。そうでなければ、彼は雇われない。切っ先と言う名の興味の天秤がどちらに傾くか、それを見極めんとしている。
 剣に手をかけて弦一郎への警戒を緩めず、後方に去っていく朝顔たちの足音からも意識を離さない。
 ルーキスを始めとした仲間たちが追いつき、残る者と雫石を守るために駆けていく者、瞬時の判断で別れた。
 その向こうにも追う者等の気配と、「物取りだ!」と岡っ引きを呼ぶ声。
「――行け」
 男が刀を鞘に収める。今はまだその時ではないとでも言うように。
 ベネディクトがジリと踵を下げれば、仲間たちもそれに倣う。
「『庭師』の先生、彼奴等を――!」
 怒れる惣之助の声を背に、イレギュラーズたちはその場を後にした。

●かくれ鬼
 ざわざわと人の声溢れる盛り場。そこはきっと、何かを隠すには丁度いい。――事実、その地下には秘密の賭博場もあることを、これまでに数名のイレギュラーズたちが掴んでいた。
 盛り場にはいくつもの違う形態の店がある。屋台もあれば棒手振りもあり、見世に店と盛りあがらぬ日はないと言わんばかりの大盛りあがり。
 そんな盛り場の活気ある声を耳にすれば、金槌を手にした『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)の口端も自然と上がる。神使の特例とは言え、豊穣に領地を持つ身。この国が賑わって栄えているのを肌に感じるのは素直に嬉しい。
「錬さん、ちょっといいかい?」
「なんだ、小道具か?」
 艷(あで)な化粧の姐さんがちょいとと袖を振り錬を呼んで、こういうものは作れないかと尋ねてくる。使い道や使うタイミング等、より具体的に話を擦り合わせれば材料と道具を手元に引き寄せた。
「ちゃちゃっと作っちまうか。急ぎの稽古が無ければ姐さん、少し話に付き合ってくれると嬉しいぜ」
 手元は忙しくても口は暇なのだと笑えば、あらまと女が咲った。
 錬が小道具を拵えながら舞台役者の女から話を聞いている頃、『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は同じ芝居小屋で稽古をつけてもらっていた。殺陣の心得はあると実演し、稽古で怪我をして出られなくなってしまったやられ役の代役として雇われたのだ。
「下手(しもて)から入り、切り結び、上手(かみて)へ抜ける、でありますね」
 芝居小屋の看板役者を引き立てる動きは、ヒーローのものとは違う。派手すぎず、そして看板役者が見栄を切っている間にささっと静かに退場。これも中々コツがいった。
「ムサシは飲み込みが早いな。殺陣も演りやすいし、何処かの小屋にいたのか?」
「いえ、自分は特撮……殺陣見るのが大好きでありまして」
「なるほどな、見て覚えたってわけか」
 明るく笑う役者の男を見て、ムサシはそういえばと口を開く。
「大きな怪我をするのは、稽古中によくあることなのでありますか?」
 代役にムサシが入るのだから、暫く立ち回れないような怪我なのだろう。
 ムサシの言葉に、男はひらりと手を振る。
「うちはそうないな、皆気をつけてるし。けどアイツは外で怪我しちまったんだと」
「他の小屋も、でありますか? いえ、これから先お世話になるとしたら安全なところが良いなと思いまして」
「ああ。他もうちと変わらんだろうよ。……でもな」
 ――もし『犀星座』に行こうと考えているのならやめた方がいいぜ。あそこは何故だか怪我をする役者が多いんだ。稽古がきついのかもしれないな。入ってすぐ辞めてく奴らが多いよ。
 ――錬さんは腕がいいから職に困らないかも知れないけれど、犀星座にいくくらいならアタシが他所を紹介してあげるからね。うちの座長だって犀星座の話を聞くと眉を顰めるんだから。
 芝居小屋に勤める者たちからは、みな同じような言葉が上がる。
 悪いことは言わねぇ、犀星座はやめておきな。こないだだって小さな鬼人種の子が夜中に脱走しようとして捕まったって話だろ? そんなに稽古がきついのかね。――その子はどうなった? さあ。他所の小屋の事だから解らないけどねぇ……売られてきた子じゃなければ親元に返されたのだろうよ。

「今日一日だけ……だけど、お願い……するね」
「おう、よろしくな」
 歌声を披露し日雇いで招き入れられた芝居小屋で、『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は知っている顔にパチリと目を瞬いたけれど、そっと目を伏せて先輩に当たる――少し前から潜り込んでいる『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)に丁寧に頭を下げた。
「オカリナと龍笛、どちらが良いとか好みはあるか?」
「……ん。オカリナの方が、合う……するかも」
 今日の舞台で、二人はペアを組むことになっている。豊穣では珍しいチックの見た目に美しい声を喜ぶ人も多いだろうと座長は大変機嫌がよく、アカペラも良いかも知れないが細く長い笛の音があった方が本物の鳥のようではないかと話が出たのだった。
「他に不安なことはないか?」
「大丈夫。慣れる、してるから」
 召喚前のチックは稀に歌で旅銀を稼いだこともあるから、歌を生業にしている人らしく他の人に聞かれても大丈夫なように答えた。
 獅門も先達としてこの小屋で気をつける点等を説明する振りをしながら、出番がない時は力仕事もしている事や見聞きしたことを伝えていく。
「人身売買をしてた所が捕まったっていうおっかねえ話があったじゃねえか。けどここはそんな事もねえみてえだし、安心しな」
 芝居小屋の人たちに世間話のていで話題を出してみたが、返ってくるのは「そんな話あったか?」と首を傾げるばかり。それもそのはず。一般に出回っている情報ではないからだ。もし反応する者がいれば幹二と同じ穴の貉かと話題に出してみたのであったが、空振りに終わった。
「困ってそうな人、いない。……良いところ、だね」
 チックの人助けセンサーに、助けを求める人の声も聞こえない。この芝居小屋は白と見ても良いだろう。ああ良いところだと獅門は頷き、ふたりは舞台へと向かった。
 幕が上がり、ふたりの順番がやってきた。明かりを落とした観客席でも解る特徴的な笠が他の人の視界を邪魔しないように最後列にあるのを確認し、チックはすうと肺を舞台特有の少し冷えた空気で満たした。
 優しいオカリナの旋律に載せるのは、無垢なる花々の紡ぐ音無き言葉のうた。
 一本の線が張られたようにシンと静まり返った中に響く旋律は、人々の一時の安らぎを願うもの。
 ワッと上がる拍手と歓声にふたりは頭を垂れ、視線を合わせてから舞台を後にした。
 座長から報酬を受け取った時、チックは少しだけ違和感を覚える。外で待っている雨泽の元へ向かう前、お疲れさんと軽い挨拶をしてすれ違う獅門に言付けた。
「座長さん、少し悩む……してる、かも」
「わかった。聞き出せそうだったら聞き出しておく」

 ――――
 ――

 夜の帳が降りた頃。夜道を歩む座長が向かうのは、住まいたる長屋。
 引き戸の取っ手に手をかける前に辺りを見渡して確認したところで、暗闇に光る何か小さく息を飲んだ。
「……なんだ、猫か」
 すぐに安堵の吐息を零し、僅かな隙間を開けて身を滑り込ませる屋内。
 そこに、怪我をしている男と角が生えた少女の姿があった。
 尋ねてみても口を割らなかった座長を一定の距離を開けて尾行し、長屋の傍に潜んでいた獅門は猫の瞳を通してそれを見ると、すぐに爪先を座長の住まいへと向ける。
「夜分遅くにすまないな。俺はきっと――いや、俺たちは、あんた等の力になれると思うぜ」
 獅門の足元で、黒猫がニャーと鳴いていた。

「豊穣の地には私達のように角を持った方々がお住いのようですね」
 笛を手に壇上に現れた『嶺上開花!』嶺 繧花(p3p010437)の姿に、見世物小屋の客たちの間に小波が立った。この国に住まう者からすれば角が生えていることそれ即ち鬼人種となるのだが――眼前の少女の言い草ではどうやら彼女は『違う』ようだ。
 よくよく見れば、尻からは赤い尾が垂れている。帯か飾りではないのかとの声が聞こえたのだろう。尾の先を軽く持ち上げて見せれば、おお……と静かなどよめきがあった。
 奇異の視線は、言い換えれば好奇心だ。それは決して悪いものではない。何故なら閉鎖的な覇竜大陸では、この場とは反対の事が起きているわけだから。
 閉じられた地、覇竜の隠れ里から一族伝来の音楽を伝えに、遥々やってきた――そんな謳い文句と共に現れた旅の音楽家の姿に、知人を呼んでこようとする者すらいる。
 等と繧花に視線が集まっているが、実は繧花は一人ではない。笛を手にしていない腕には『人形』が大人しく座っており、繧花はその人形を中央に置かれた台の上に置いた。
 すると――。
「初めまして、皆さん! リリーも遠いところからやってきたんだよっ」
 突然、人形だと思っていた存在――『自在の名手』リリー・シャルラハ(p3p000955)が動き出したではないか。繧花が生じさせた静かなどよめきは大きくなり、これは珍かな物を見たという声がリリーの耳に飛び込んできたものだから、リリーは待って待ってと手を振った。リリーの見世物は、自分ではない。
「リリーはね、こう見えて動物使いなんだよ」
 笛の音に合わせて動物を操って見せるからっ。
 小さなリリーがグッと手を握って口にしおいでと下手から動物を呼べば、外で見掛けてきた野良猫は笛の音に合わせてステップを踏むようにリリーに近付き、小屋の外の地面をつついていた野鳩はリリーの頭上をクルクル飛んだ。
 猫は小さなリリーを獲物扱いすること無く、リリーの指示通り犬みたいにお手やおかわりをして。野鳩も指示通り自在に飛び、猫も鳩も音楽に合わせて芸を披露した。
 動物たちの芸よりもリリーの方に関心が来ているような気がして、あれ? と思いはするものの気にしないようにして耳に意識を向け、繧花も巧みに珍かな笛の音を奏でながらそうしていた。
 見世物小屋は楽しげな雰囲気が外まで漏れていると途中で客が増していくものだ。珍かな種族の者が居ると聞いてか、何度も幕が捲られ、人が入ってきていた。
 その中で――。
『――……角が……………………だろうか……』
『――……「薬屋」に…………犀星……』
 聞き捨てのならない単語をふたりは拾う。
 人のざわめきが多すぎてその単語を拾うのがやっとであったが、確かに誰かが繧花に反応を示していた。
 その者等はすぐにその場を後にしたのだろう。ふたりの演目中にそれ以上の言葉を拾う事は叶わなかったが、確かに角に反応する何者かがこの界隈に潜んでいるようだ。
 件の犀星座だけではなく、この界隈に、だ――。

 路銀や日銭のために、見世物となる者も世にはいる。
 それが珍かであればあるほど、危険であればあるほど、人々は非日常というスパイスに興奮し、客足が増えるのだ。
「家も金もなく困っておったのじゃ。ここで拾ってもらえて助かったわ」
 自身を流れ者と称し、路銀を稼ぐために暫くの間置いてほしいとその門戸を叩いた『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)はカラカラと笑った。
 身体中に墨を移動させる見世物が出来ると披露した折に、瑞鬼は鬼紋も見せている。そのため「出来れば同胞の傍に居りたいのじゃが」と申し出れば、旅の途中で種族的な何かがあったのかもしれないと、鬼人種たちが集う楽屋兼休憩部屋のような部屋へと案内された。
「あーあ、わたしもお芝居上手だったなら、歴史ある『犀星座』の花形になれていたでしょうか。一度で良いから、ちやほやされる売れっ子になってみたいものです」
「おや」
 聞き慣れた声に、思わず声が溢れてしまった。菫色の瞳を向けてきた花嫁姿の鬼人種――『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)と目を合わせ、暫し固まった。
「知り合いか?」
「以前、旅の途中で、な」
 見世物をしていれば、同業の者ならば顔を合わせる機会も自然と多くなることだろう。案内をした演者でもある小屋の者は気にした様子も見せず、「見せる芸があるだけいいじゃないか」と小さく笑って去っていった。
 室内にいるのは、澄恋と瑞鬼を含め、鬼人種が5名。瑞鬼が身の上話をすれば、あるあると笑みを浮かべ、口を開いてくれる。
「すかうともあるのでしょうか?」
「すかうと?」
「引き抜きのことじゃな」
「ここら辺だと結構あるそうよ」
 会話をしている間に瑞鬼の出番が来て、そうして卒なく終えると、次は澄恋の番。
 花嫁装束(見世物の衣装で通した)で壇上に上がった年頃の娘が突然己の腕に噛み付けば、滴る赤に観客たちがざわめいた。けれども彼女が意味深な笑みを浮かべたまま「タネも仕掛けもございません」と口にして手巾で傷を拭えば――その傷は消えている。
 血は手巾で拭き取られ、残るは白い装束に散った血と、傷ひとつ無い白い肌。
「綺麗な肌に血を纏う、紅白とおめでたい鬼です!」
 会場の熱が高まる。
(……ちと、危ういのう)
 壇上の澄恋を見て、瑞鬼は出来る限り彼女の傍から離れない事に決めた。

 夜になり、日払いで貰える賃金を手に、ふたりは食事に出た。
 その帰り道。月も微笑まぬ暗がりで、前方と後方を塞ぐ男達。
 荒事が起きた際は手を出さぬと決めているから、状況が読めない一般人の振りをして、ただ怯えて見せた。
 ――刹那。
「…………ぁ、」
 唐突に、澄恋の足に熱が走った。
 突然体が傾ぎ、防御姿勢も取れぬまま白い衣を纏う体は地へとまろび――自身が流した血に塗れた。腱を切られたのだと理解したのは、その後であった。
「――澄恋ッ!」
「……っ、ぅ……」
 悲痛な声に意識を切り替える。汗に濡れるかんばせが痛みをこらえて歪み、それでも澄恋は笑んで瑞鬼に指をひとつ立てた。
 ――わたしは汚れるのも穢れるのも慣れておりますから。この程度、大丈夫です。
 声という器を持たない言葉を仕草に篭めれば、手を伸ばして澄恋を守ろうとした瑞鬼が動きを止める。
 両者とも、自身が傷付くのならば厭わない。けれど眼前で親しい者が斬られ、我慢するのは耐え難い。肩を蹴られて小さな悲鳴を上げて仰向けにされる澄恋を救いたいと思う衝動は握りしめた拳と奥歯で殺し、数名の男達の前では敵わない獄人を演じて瑞鬼は縛り上げられる。
「すぐに治るのでは無かったのか?」
「傷が深いと遅いのかもしれないな。まあ、足ならば治らなくとも好都合だ」
「逃げられなくなるか。それならもう一本……」
「やめておけ、失血で死ぬかもしれない」
「こいつはどうす――……」
「……ていけ――……」
 高い位置から話す男達の声が次第に遠のいていく。
(ごめんなさい)
 きっと直ぐ傍らでは、瑞鬼も耐えてくれていることだろう。瑞鬼のことを思えば少しだけ胸が痛むが、澄恋は計画を変える気はない。
 見世物小屋に向かう前、澄恋は情報屋の男に接触してある。戻らねば、きっと彼が――神使等が動くことだろう。どれだけ傷を負おうとも、自らは獅子身中の虫になろうと決死の覚悟で決めていた。
 痛みで意識が落ちる手前、澄恋はまなうらに蒼太を思い描いた。
 この国は、もっと豊かにならねばならない。
 鬼人種の不幸を断ち切らねばならない。
 子どもたちが飢えも無く、身を売ることもなく、笑顔で駆け回れる幸せな国に。
 ――例え我が身が朽ちようとも。

●隠れ住まう鬼人たち
 その隠れ里は、山中にあった。
 空を得意としたファミリアーを使役したとしても見つかりにくいよう上手く木々を利用して隠蔽し、人通りがあると思われないように山中はいくつもの獣道を装い――時折ブラフを掛けるように異なる場所へと向かわせて。
 幾度か通えばその道にも慣れるが、その分危険を招く確率も上がる。常に人目や生物の目への警戒を怠らず、鳥の羽音ひとつにも敏感に身を隠す必要があった。幾度も潜んで警戒し、また山へと入る際も違うルートを選び、極力何者の目にも入らぬようにして――そうしてイレギュラーズたちは今日もまた隠れ里へと足を運んでいた。
「クソ弟子。頼んだものは持ってきたかい?」
「ええ、ええ。ハァイ、ちゃんと持ってきているわよ」
 里やその近郊で手に入れられるものは限られている。そのためレディ・グレイは時折里を下りていた訳だが、今や其れ等は弟子である『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)に任せていた。パシられている感覚に近いが、ジルーシャにとっては師匠からの扱いは慣れたもの。香料の材料となる薬草等を荷物から取り出して師匠へと渡せば、質をチェックしている間に読みなと手帳がポンと投げて寄越される。名前と特徴、それから何を欲しているかが記されているそれは、この里に住む人々のカルテと言っても良い。
「わ、流石師匠ね……」
「ふん。アタシを誰だと思っているんだい、クソ弟子」
 仔細に記されたそれは、見事なものだ。問題ないねと師匠のお墨付きを貰った薬草を使用し、ジルーシャは手帳を元に必要な香りの調合を始めた。
「アタシら香術師の禁忌を覚えてるかい、クソ弟子」
 ふいに師匠が口を挟む。ひとつだけの紫眼で見上げたそこにある視線は険しい。
『その右眼、うっかり“使ったり”してないだろうね?』
 師匠の瞳は、常にそう、問うてくる。
 香術は、あくまで相手の心に寄り添って勇気を与えるための力である。感情を操ること、無理矢理暴くこと――それから、心を作り変えてしまう香りの創造は最大の禁忌。
 スラスラと答えれば、師匠は満足そうに頷いていた。
「こんにちは、お手伝い出来ることはありませんか?」
「ああ、アンタか」
 隻眼、隻腕、隻角の里人は、最近『特異運命座標』白ノ雪 此花(p3p008758)が里に顔を出す度に極力話しかけるようにしている男だ。欠けている部位の多い男ではやり辛いことも多かろうと、彼の失われた腕の代りを勤めている。今では此花の顔を見れば僅かに顔を綻ばせる程になってはいるが――彼は里の中でも警戒心が強かった。それも当然だ。彼の欠けている部分は全て『奪われた』のだから。
 けれどもそんな彼も、左の三編みに隠した生まれつき小さく髪と同じ色の角を見せ、身の上話を語り、手を貸す内に男は心を開いてくれた。
 此花が男に極力手を貸しているのは、彼の部位が欠けていためだけではない。
(矢張りあの角は――)
 夜色の髪に、暁色の折れた角。
 その特徴に覚えがあった。
「あの……もし間違えていたら申し訳ないのですが」
「なんだ?」
「妹さんか娘さんはいらっしゃいます、――!?」
「あの子に、会ったのか!?」
 此花の声が、痛みに消える。男が突如形相を変え、掴みかかってきたのだ。
 震える声に必死な形相。……縁者なのだと知れた。
「何処で!? 生きているんだな! あの子は何処に――!」
 男の目が血走っている。興奮が眼球の表面に薄い膜を張っているのが解る。
 けれども、嗚呼。
 此花には『男が望む』いらえをあげられない。無事だったと、元気で居たと言って欲しいことが、男の目から、肩に食い込む手から、感じられるのに。
 唇をグッと噛み、苦しさを飲み込んで告げた。川で遭遇した少女霊のことを――。
「ああ、あ、ああああ――……」
 掴みかかっていた手からは力が抜け、男の体がぐらりと傾ぐ。
 此花は男に寄り添い支え、その慟哭をただ聞くことしかできなかった。

「オマエさん程のやり手なら、何かオレを招き入れた意図があるんじゃねェのか?」
「ん?」
 里内で軽作業を手伝いながら『瞑目の墓守』日向寺 三毒(p3p008777)を招いた男――満春に話しかければ、物資を選り分けていた男が顔を上げた。
「いやさ、疑うワケじゃあねェが、完全に白と言い切るにゃまだお互いを知らんだろ」
「ああ、そのことか」
 先に招いたあの人の存在も大きいけれどとジルーシャの師匠へと顎先を向けてから、「兄さんには必死さがあったんだよ」と吐息で笑みを零した。商人として人と接することの多い青年には、何となく相手の人となりが解る。三毒に対して抱いた印象は、『人と接する、もしくは会話が得意とは思えない』だった。悪人であれば得手としている相手が行うだろうことであるから、と。己の見る目が無ければ、己の責任。刺し違えてでも止めるつもりであったと満春は笑った。
「この里は俺の親友が興したものなんだが……」
 遠くを見る目で口を開いた満春は一度口を閉ざし、話題を変える。
「どうしたって人手が足りない。けれど大っぴらに募ることも出来ない。兄さんが悪人で無くて良かったよ」
「オマエさんの目は確かだったってことか」
 暫くは作業に没頭し、「なァ」と三毒が口を開く。「ん」と返る身近ないらえは、きっと待っていたのだろう。男が言い辞めた言葉を三毒が聞いてくるのを。
「場所を移そう」
 そうして三毒は、男とともに彼の親友――この里の纏め役の家へと向かった。

 ――夕刻。
 とある小屋裏へと三人は集まった。人の目、それから生物の目がないかを互いに確認しあい、報告と情報交換、それから誰も欠けていないことを確認し合う。
「アタシは師匠と一緒に家々を回ってきたわ」
 里の人々は、十名と少し程。家屋は見つかるのを避けて極力少なくし、みな身を寄せ合い暮らしている。
 師匠の指示は的確で、調香した香りはどれも大層喜ばれた。
「オレは里の纏め役に話を聞いてきた」
 纏め役は里へ案内した男の親友であり、そして妹を喪った鬼人種であった。
 仲の良い兄妹で、奉公先から手紙を送ると言っていたのにどれだけ待っても報せが来ないことから兄は動いたが――その時には既に後の祭りであった。可怪しいと気付いて逃げ出した妹は追っ手に殺され、そのような事を少しでも減らせればと里は拓かれた。
「私は娘さんを喪った方にお会いしました」
 話はまた後日にした方が良いだろうと、一人にしてくれと願う男の言葉に倣った。
「もうひとつ、気になる点が」
 此花が声を潜める。
 再度周囲を確認してから、此花は告げた。
 ――間者が紛れているようです。

●悪友との再会は白鴇屋で
「よぉ」
「……」
 何とも朗らかな笑顔で片手を上げた『のんべんだらり』嘉六(p3p010174)に対し、ぽかんと口を開けた『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)は一度言葉が何処かへ吹き飛んで――。
「嘉六ーー! おんしゃぁ今までどこいっとったんじゃぁ!?!!」
 突然の怒号にうるせぇと思いつつも、嘉六はへらと笑むのみで何も言わない。……ひょんな時(胸の大きな未亡人風の色っぽいお姉さんを口説いていた時)に白鴇屋の男衆に見つかっただなんて、とても言えない。
「いや~賭博で一発当てて返そうと思ったんだがな。ということでまあ、今日から俺も働くことになったからよ」
 よろしくな、先輩。
 先輩と言われると、何だかちょっぴし悪い気はしない。「お、おう」と受け入れた清舟を見て、この悪友が女の園で確りと働けて行けているのかと嘉六は不安を覚えた。
 白鴇屋は先日、看板である花魁『雫石』の身請けがあった。大盤振る舞いの花魁道中や宴席が設けられ、男衆たちにもご馳走が振る舞われた。
 そんな賑やかな行事を終えた後だからだろうか、少しだけ遊郭の中の雰囲気は暗いように思われた。破格な花魁で無くとも身請けには大枚叩かねばならぬため、そう滅多にあるものではない。遊女の数は雫石が減っただけ――しかしそれ以上に後進育成のために禿(かむろ)は入ってきているから、寧ろ増えていると言っても良いだろう。
 食が細くなったと案じていた遊女の検診に来ていた『医神の傲慢』松元 聖霊(p3p008208)は、白い手首から脈を測っていた指を離し、大事無いと告げた。彼女の食が細くなっている原因は、優しくて大好きな姐さんが居なくなってしまったせいだろう。同じ症状の娘たちにも同じことを告げれば、禿も遊女もほうと小さく息を吐いた。
「姐さん、元気にしてらっしゃるかしら」
「雫石花魁は随分と慕われていたんだな」
「そりゃそうよぉ」
「花魁はわっちらに優しくて」
「よう菓子を分けてくださんした」
 一度ピシャリと雫石から締め出された事もあったが、聖霊はその後も彼女たちに向き合い続けていた。どの手の会話を嫌がるのか、体の不調はないか――身体を売る彼女たちにとっての商売道具でもある身体のためにも、少しでも気になることがあれば言って欲しい、と言葉も時間も惜しまずに。遊女だからと無意識に下に見られる彼女たちにとって聖霊はほろりとほどける砂糖菓子のようだった。職業に貴賤なしと、精一杯生きて笑顔で武装している彼女たちを確りと『人間扱い』をしてくれる。確りと寄り添い続けたため、固く閉ざされた蕾が花開いていくように彼女たちの心も聖霊に綻んだ。
「そういや雫石で思い出したんだが……ここって他の見世よりも遊女達の身請けがされてるよな?」
 他の見世の診察で聞いたと口にすれば、遊女たちは顔を見合わせてそうなのかしらと首を傾げる。
「ほら、俺が此処に来るようになってすぐにも一人いたよな?」
 そうだったかしらと遊女らは首を傾げる。籠の鳥の彼女たちには外の時間の流れは曖昧なのだろう、健康的な生活を送れているか気になっていると告げれば幾つかの家名が上がった。
「せんせ、ごめんなさんし」
 不確かかもと眉を下げる遊女に、構わねぇよと聖霊は笑った。
 ちりんと鈴を鳴らし、艷やかな黒い毛並みの猫が遊女の腕から飛び降りていく。襖の前に座って遊女を見上げれば、お散歩したいのねと白魚の如き手が小さく襖を開けてくれる。するりと抜け出した猫は尾を揺らし、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)の横を擦り抜けてのんびりと廊下を歩み――そうして嘉六は意識を切り替える。
「これは向こうに持っていってくれ」
 華やかな女たちの園とは違う、男だらけの職場。ファミリアーの猫を通じて見聞きしていた世界とは違う、裏方の場だ。
 想像よりも重い葛籠を衣装部屋へと運び、肩を回しながら同じ仕事をしている男衆へ先程聞いたばかりの家名を尋ねてみた。
「浅井家に身請けされた遊女?」
「ああ……浅井ってのは嘘だな」
 良いところに身請けされるのだと遊女が同僚相手に見栄を張ったのかもしれないし、男が苦労はさせないと嘘を吐いたのかも知れない。その程度の事はよくある事らしく、証文にさえ嘘偽りなければ楼主を始めとした見世の者等は気にしない。
「そういや、俺等が遊んだ日にいた子も見ねえな」
 気に入ってたんだがなと嘉六が顎を撫でれば、ええっと傍らで清舟が声を上げる。
「おんしが気に入った……って、あの蝶のかんざしの娘か! あの娘居なくなってしもうたんか!?」
 気を失いまくっていたから直接話しかけたことは無いけれど密かに自分も気に入っていたのだ。清舟が衝撃を受けた顔をすると、男衆たちが声を立てて笑った。
「器量良しで角も綺麗な娘は、年季が明ける前に身請けされる事が多いからなぁ」
「うちは他の見世よりも客の羽振りがいいみたいなんだ」
「へえ、どんな客が来とるんじゃ?」
「他所では言うなよ?」
 通常身請けはそうないけれど、白鴇屋では不幸が起きない限り鬼人種の娘は年季明けまでに居なくなるのだそうだ。幾つか上げた家名の旦那たちのところで幸せに暮らしているといいなと、何も知らない男衆は肩を叩きながら次の荷物を取りに向かう。
 此処は嘘と欲に塗れた、女の牢獄。
 一夜の愛を女が嘯くように、男もまた偽る者も多い。
 言の葉での情報は、一握りでも真があればそれでいい。少しでも多くの断片をかき集めて真をひとつでも多く拾い上げれば、後は人海戦術で刑部が動くことだろう。

成否

成功

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

澄恋(p3p009412)[重傷]
花嫁キャノン

あとがき

無事……と言って良いのかは解りませんが、生きた状態で雫石が保護されました。
彼女は喉を潰され、足の腱を切られているため、暫く休むことになります。

大店とは言え一介の町人の家に侵入するには、多すぎてはよくありません。
そこに配慮をしてくださっていた汰磨羈さんにMVPを。

何事も無ければあと二回で終わる予定ですので、最後までお付き合いくださいますと幸いです。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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