シナリオ詳細
私だけの秘密を、貴方の愛を
オープニング
●『二重構造』(2)
「っ、皆無事か!? なんだこの崩落は……!」
「くそ、足場が……いや、残ってる? 拷問部屋より手前の遺跡がかなり破損してる気がするが、無事、か?」
レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は突如として崩落を始めた遺跡を飛び移るように身を投げ出し、『拷問部屋』の中へと転がり込んだ。驚きと、恐怖。純度の高い感情が彼の足を前へと投げ出させたのは間違いない。ウェール=ナイトボート(p3p000561)は反応が遅れ地面に身を伏せたが、しかし彼の足元は崩れた様子はない。『拷問部屋』より手前側の遺跡全体が、内壁が崩れ落ち正体不明の横穴が数多空いていることが窺えようか。
【罪を認めた者、彼の人形の悪意を由としない者、そして『先』へと歩むものよ、前へ】
「べつに、罪を認めたっていうか……手温かっただけなんだけど……」
浮舟 帳(p3p010344)は形を残す『遺跡』の奥から聞こえてくる声に不満げに口を膨らませた。拷問部屋で起きた一連の事態は、余程彼にとって不満だったのだろう。自らの罪を雪げない、という意味でも。
「商人さん、言わなくてもわかると思うけど」
「あぁ、そうだね。今進むのはちょっと、ご遠慮願いたいかな」
ヴェルグリーズ(p3p008566)は、黙っていれば進んでしまいそうな武器商人(p3p001107)を引き止め、首を振った。武器商人もそのリアクションは重々承知していたらしく、苦い顔で応じる。
「……だとよ馬の骨。賢明な連中は先に進まないらしいぜ」
「わかってるわよ……! 皆がこんな傷だらけの上でこの崩落じゃ仲良く生き埋めよ! あの娘の体を借りてまでこっちに話しかけてきたんだからもうちょっと詳しく話してもいいんじゃない!? 書面に纏めて!」
「マリアが、言うのも、なんだが……思念体に、それは……無理では?」
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)の問に、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は苛立ち紛れに返す。そもそもいきなり思念を投げ込んでくるわイレギュラーズの体をのっとってメッセージを送ってくるわで、胡散臭いことこの上ない。
が、彼女の要求は無茶ぶりというものだ。イーリンはエクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)がジト目で抗議してくるのを見なかったことにした。
【……仕様のないことだ】
何がしようのない話なのか、現状はとっても危険な状態なのではないか、など疑問が沢山あるが、ともあれ崩落の続く遺跡に居座れるはずもなし。イレギュラーズ一同は、急ぎ遺跡の外へと駆け出した。
●
「……で? 本当に遺跡から書簡が届いたってワケ?」
「流石にそんな冗談はありませんけれど。ラサから古い文献を引っ張ってきたり、崩落した周囲を改めて調査して、剥がれ落ちた石片を集めたりして情報を集めました。皆さんの遭遇した状況はなるほど、たしかに非常に不思議でしたが……数日寝ずに情報を集めれば大体の情報が集まるのがローレットのいいところです」
「寝なさいよ」
「眠れれば楽だったんですけどね。イーリンさん、貴女もあんまり休息取らないで再突撃を仕掛けるぞなんて吹聴して回ってませんよね?」
「……言わなくたってついてくる奴はついてくるわよ」
数日後、ローレットのカウンターを挟んで『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)とイーリンは互いに視線を交わしていた。睨み合っていたといってもいい。しばし無言が続いたあと、両者は深くため息を虚空に投げ出す。
「で? あの時の話だと私が言う『クソ遺跡』ってのは崩れた方なワケ? あの冒涜者を用意したのは」
「拷問を強いた側が『そうじゃない方』って呼ぶのもどうかと思いますけどね。きっかけになった連中については、そうです」
説明が面倒だなあ、とつぶやいた三弦はそのまま届いた報告書を指差しながら説明する。状況は複雑極まりないのである。
「まず、『幻想の徒』と呼ばれる自動人形群。あれは『外側の遺跡』から『内側の遺跡』を攻略するために作られた自動人形です。そもそも、内側に対して攻略を進めようとした人々の集落のようなものが外側なわけですね。で、内側……拷問部屋とその奥しか確認できていませんが、あそこはもっと厄モノな気がしますね」
三弦は空を仰ぐと、深々とため息を吐き出した。『内側』の資料が『外側』の5倍くらい厚いのをみればさもありなん。
「古くは相当な昔から、神殿とか願望器とか色々な言説とともに登場しています。あの座標位置で間違いなさそうですが、そうですねえ……少なくとも、この遺跡をきっかけにめでたしめでたしの逸話がないので、かなり眉唾だと思いますよ? 内部構造までは調べきれませんでしたが、多分果ての迷宮とかファルベライズ遺跡のように、キーとなる存在や遺物があって、精神的なところを撫で擦られる可能性が高いですね。嫌じゃありませんでしたっけ、そういうの。あと、『外側』ですけど、かなり崩落してますけどまだ機能が残ってますよ。その証拠として、遺跡周囲に派遣された回収班の一部が未帰還です」
三弦の冷静な言葉に、イーリンは酷く複雑な表情を見せた。すぐにでも向かわねばならぬという義務感と、得体の知れない『最奥部』への不安を綯い交ぜにして。
- 私だけの秘密を、貴方の愛を完了
- GM名ふみの
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年08月28日 22時15分
- 参加人数25/25人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 25 人
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参加者一覧(25人)
リプレイ
●『遺跡』への道
「人の大切な人を拷問して、酷い遺跡じゃないか……」
「小鳥やヴェルグリーズに余計な負担はかけたくないんだけど……突入する?」
「商人殿、むしろ俺が聞きたいところだよ。本当に突入するのかい? 直々の指名とはいえ」
『楔断ちし者』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)が知らぬ場で傷つけられた『闇之雲』武器商人(p3p001107)を見て怒りを隠しきれていないのと同じくらい、武器商人もまた、これからヨタカと『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)を傷つけるであろう遺跡に並ならぬ感情を抱いている。互いを慮るからこそ感情的になることは、互いの素振りから明らかだった。
「星穹殿、退路確保は任せた。必ず無事に戻るから、後は頼んだよ」
「貴方の『無事に』は信じていませんからね、私」
『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)はヴェルグリーズの言葉を額面通りには受け取っていない。過去にともに戦い、幾度となく彼を見てきた故にわかることもあるのだろう。虚構都市を往く足取りは軽やかなれど、彼の言葉の信頼性を思えばなんとも言い難い。
「ラサの遺跡、その最奥ともなれば興味もあるが今回は譲ろう。突入までの援護と退路の維持は任された。行って来い」
「妙な遺跡もあったものね……まぁラサのお仕事はきっちりこなさなくちゃ、ねっ」
『努々隙無く』アルトゥライネル(p3p008166)と『青鋭の刃』エルス・ティーネ(p3p007325)にとって、『ラサの遺跡』というのは非常に強い感情を惹起されるものである。功名心――というには強すぎる慕情と興味に裏打ちされた行動力あってこその戦力は、少なくともこの依頼の前段である突破戦、そして殿となる戦いでは多大な戦力となる。証拠に、わらわらと群がる個体に攻撃をあつめ、確実に数を減らしていくではないか。
「心をいじくられる遺跡、というわけだね……キミ達の心が丸裸になったくらいで腑抜けになるものかよ」
「何が起きるか分からないけど……決着がつくまで保たせないとね」
「遺跡の性質は単に性格がよくないのか、それとも時間をかけて殺す必要があったのか……まあ、今はどうでもいい事です」
『元憑依機械十三号』岩倉・鈴音(p3p006119)は『遺跡』に踏み込む仲間達が軽々に敗北することはないだろう、という強い信頼があり。『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)や『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は、その遺跡のあり方であったり、仲間達が戻らないケースではなく、自分達が支えられないことこそを恥と見て動いている。事実として、この三名に限らず虚構都市を駆けるイレギュラーズの戦意、実力ともに高く、状況は極めて順調だ。
「要は利用してただけってコトでしょ、コレ。せっせと蜜を作る蜂に花粉を付けるように。そんな蜂にまで見放されて、哀れで醜い花ね、まるで」
「何時になく不機嫌そうですねマリカ氏。……そりゃ、私もこんな遺跡には入りたくないでスけどね」
『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)はこの遺跡、もっと言えば虚構都市の連中に想うところがなくはない。というか怒りが大分溜まっている。それを晴らす為に暴れまわるというタイプではないが、さりとて『似て非すぎるケース』を見たが為に、相手が余計哀れに見えるのだ。そんな機微を知らぬ『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)が見ればただの不機嫌にしか見えないわけだが、彼女は彼女で遺跡から漏れ出る気配を感じ取ってか、己の中の秘密の蓋が揺れるのを敏感に感じていた。過去のこと。自分の愚かさのこと。それを気付かぬうちに暴いた相手の話――。
(いかんいかん、忘れよう)
「美咲、貴方、何か喉に引っかかったような顔してるわね」
「そそそそんなことないっスよイーリン氏、私は退路を守るサポートなんで」
「そう、期待してるわ」
「破壊はマストだろうけど、調査のためにも手心は加えてくれよ。調査不可能じゃ来た甲斐がない」
「考えておくわ」
美咲の違和感にするりと言葉を差し挟む『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の視野の広さは流石といったところか。悪戯めいた誘いは、しかしすげなく断られ。残念そうな表情のまま幻想の徒を蹂躙する姿はやはり、溜め込んでいる感情があるのだと感じさせる。その勢いのまま遺跡を破壊されてはたまらぬ、と『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が釘を刺すのも無理からぬ話だろうか。
「正直なところ、また挑むのは御免こうむりたいんだが……招かれたのであれば、是非も無いか」
「呼ばれたからね、ちゃんと向かうのが筋だよね」
『騎兵隊一番翼』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)と『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)の二人は、その名に違わぬ勢いで最前列を驀進していた。言葉では忌避を強く唱える二人だが、イレギュラーズ達はこの二人の責任感や実力の程を心得ている。無論、精神的圧力に軽々に屈さぬだろうということも。彼等に心配を向ける者は、居はすまい。問題があるとすれば――。
「散々ひどい目に、痛い目に遭わせておいて『興味失せたから呼ばない』ですよ!? それで『はいそうですか』で帰れるとでも思うのでして!? いっそ除け者らしく、堂々と入ってやるのですよ!!」
「余程トサカに来ているようだ。突破口は作るから、無理だけはしてくれるな」
『にじいろ一番星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)はずんずんと前に進みながら魔砲をあちこちにぶちまけ、近付いてくる相手は『蒼空』ルクト・ナード(p3p007354)が油断なく吹き飛ばす。
ルシアの怒りも理解できよう。過去二度(うち一度は虚構都市の住人だが)にわたって己の内奥を覗き込まれた挙げ句、それをつまらぬと断じて放置し、かと思えばメッセンジャーとして道具扱いするという醜悪。便利につかってポイ捨てなど、彼女ならずとも我慢なるまい。
遺跡に向かう者達を届けるためとはいえ、後先顧みない暴走特急ぶりを見せるルシアや『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)の姿を見れば、ルクトはじめ護衛の面々の苦労が偲ばれる。
「馬の骨さんが行くっていうんなら私もついていきますよッ!」
「我も行かねば非礼になろうな、往くしかあるまい」
「『外』にしろ、『中』にしろ、趣味が悪い遺跡に変わりはない、な。行けというなら行くしか、道はない」
『こそどろ』エマ(p3p000257)や『宝玉眼の決意』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)にとって、この依頼は本当に乗りかかった船、以上の意味を持たない。遺跡の特異性とか、それに対する悪感情みたいなものはないタイプの彼女らは、しかし親しいイーリンがさんざ貶されてきたとあれば我慢できるたぐいでもない。軽やかな動きで次々と現れる幻想の徒を蹴散らす彼女らは、次第に見えてきた遺跡、その半壊した外観を凝視した。
「司書に付き合ってたら随分な状況になったな……まあ、遺跡の走破するなら力になるよ!」
「このまま進もう! ワタシ達が入ってからのことは任せたよ!」
『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は、ここに至るまでの悪意の数々を苦い顔をしながら思い返す。次は何が来るのか、誰の姿を見るのか。分からぬなりに浮かべる想定に苦いものを覚えながら、『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の勇ましい指揮を背に前進する。フラーゴラとて、イーリンや仲間達を追って遺跡に向かう以上は相応の覚悟をしている。自分の中にあるものを遺跡が引きずり出す、その無遠慮さに想うところがないわけではない。それでも、遺跡の根源を破壊する為に、仲間の負担を軽減するために、前に出ることを惜しまない。
「遺跡に歓迎されてないのに呼ばれるというのは、なんとも珍妙な気分だ」
「歓迎されずとも殴り込む酔狂が居るのに今更じゃが? お主も我も、関わった時点で分かっていたではないか」
『放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)が困ったように顔を歪めると、『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)はすかさずツッコミを入れる。その可笑しさを語るなら、ルシアという最大の前例がひた走っているし、クレマァダもこと此処に至って遺跡から興味を持たれなかったことに非常な不満があると言えた。だから突っ込んでいく、戦い、蹴散らす。
「いってらっしゃい、ヴェルグリーズ」
「人は石垣、人は城やっ! ここから先は通せんぼだ!」
「……退路の確保は任せて。攻撃しか能がなくても尽くしてみせるわよ!」
星穹は相棒に手を振り、籠手をがっちりと構え前に出る。鈴音とエルスも得物を構え、遺跡に向かう者達を守るべく立ちはだかる。というか、鈴音にいたってはすでに周囲に散らばった幻想の徒を利用して防衛ラインを作ってすら居る。
「自力で帰ってきてくださいね。運ぶのは面倒なので」
キイチ(p3p010710)は空間を隔て遺跡へと消えていく仲間達へ、冗談めかしてそう告げた。正直なところ、強者との戦いを求める彼にとって『遺跡の最奥』ともなれば心躍る相手との決戦の場であるはずで。然し現実は、力ならぬものを糧に戦う人々を支える、退屈といえる持久戦。依頼の実情を知ってから酷く落胆したのは言うまでもない。が、だからといって手を抜くのは武芸者に在るまじき振る舞いであるとわかっている。だから、彼等は返す。
(……私は怖かったっスけど、皆さんはそれすらも立ち向かうんスよね。なら、此処だけは、守らないと)
美咲は銃を構えながら、背後にちらりと視線を向けた。
自分には出来ぬ決意を彼女等はしたし、できたのだ。だったら、その背中くらいは守らせてほしいと。自分で自分の過去を掘り返されるのさえ怖がっている私の代わりに。
●対面(1)
「……で、だ。何故アンタがワタシの対面にいるのかな」
レイヴンの正面に現れたのは、小柄な人物だった。真紅の瞳は慈悲の篭った笑みを浮かべる。■■■■。彼にとってはいつものように、「大丈夫」と語りかける姿は甘い毒のようだ。
沢山の秘密と名前を積み上げてきたレイヴンにとって、その相手はある意味で終着点である。ある種の慈悲の象徴である。だが、返り血で染まった己の手が幻覚のように眼前に在る。そして、小柄な影はレイヴンが名乗らぬ、捨てたはずの名を呼んだ。
「“それ”さえも、許すと? 流星の如く、共に落ちてくれると?」
甘美な誘いだと思った。だからこそ、抗えぬ魅力があった。砂時計の砂が落ちる音がする。
「『私の』小鳥、君はまだ、そんな秘密を隠し持っていたのだね。いや、いいんだ。そんな秘密も含めて私は許すよ。でなきゃ、不釣り合いじゃないか」
「……こんな俺を受け容れるのか?」
「そうとも、逃げたことも、君の秘密も、全てを。なんなら愛がほしいならそうしてもいい」
『原罪のシュプレヒコール』は、ヨタカの苦しげな声に爽やかな笑みを向けそう告げた。その言葉に偽りはないのだろう。湛えた笑みは彼が過去に見た研究者然としたものではなかった。秘密を暴かれてなお伸ばしたくなる相手の愛情に、死を経たすれ違いはここに消えると思ってしまった。何処かから照らす月光が彼の頬を撫でた気がした。
「え? 歓迎されてます? そ、そうですか、うへへ……」
エマの周囲に居並ぶ貴族達は、何れも彼女に『破綻』させられた者達……のはずだ。だが、その表情は何れも明るく、パーティードレスやタキシードに身を包んでいた。エマも己を見下ろせば、きらびやかなドレスを宛てがわれていることがわかるだろう。驚きと、少しの喜び。不器用な笑みを見せた彼女は、己の及びもつかないきらびやかな世界へと足を踏み出し、普段からは想像できない料理や音楽に囲まれる。感動とはこういうものか、と彼女は目を輝かせた。その輝きは、とてもとても濁っていたのだけれど。
「そーぅなんですよ! 私ってば――」
そしてエマは、誰へともなく詳らかにする。己の心、その内心の罪を。
「……俺の事はどうでもいいんだろ?」
サイズの眼前に現れた姿は、一人のイレギュラーズ。死んでもいなければ再起不能でもなく、ただサイズとは袂を分かった一人である。屹度二度と会うことはないのだろうとわかっていながら、それでもその相手は――とうに姿は影混じりになってしまったが――愛を語る。既に受け容れた愛を思い出せぬほどに重いそれは、サイズの心を締め上げる。自分の心のなかには真実があると、愛を得ていると自分に強く言い聞かせようとするその姿を憐れむように、影のイレギュラーズは問いかける。「幸せなままでいられるのか」、と。「私はそれでも愛する」と。
そんな甘美な誘いが、サイズを徐々に蝕んでいく。
ウェールは、倒れ込んでいる自分に気付く。そして、己を抱え見下ろしている『息子』の姿に。
愛されざる、というよりは。愛されたい、愛され得る相手である。何処か彼の与り知らぬところで盛大なため息が聞こえた気がした。つまらない、つまらない。そんなトーンが含まれたそれを彼が知ることはないだろう。
息子に許された感覚を覚えたウェールが伸ばした手は、果たして息子に報いるためだったのか、別の理由だったのか。はっきりとは分からないが……息子の口から語られた、ウェールが相手を想う気持ち、その真実は心を締め上げるものだったろう。結局、どこまでいっても本能が根底にあったのだと暴かれるような。
『一緒になろう』
息子の言葉に、ウェールは。
エクスマリアの前に現れたのは、質素な姿をした男だった。その姿を彼女が忘れる筈がない。彼女の初恋は今、目の前にある。
そして、その恋心は誰にも知られること無く世界を隔てたのだ。向けられる愛の言葉は嘘なのだろう。でも、今の彼女がそれを知ることはできない。
「マリアを……愛して、くれるのか」
男は柔らかく頷き、エクスマリアの頭部へと手を伸ばす。拒絶するべきところだろうに、彼女はそれが自然な愛であると思ってしまった。そういう、呪いだ。心から幸せだと思ってしまった。
自らが秘した己の、誰にも話したことのない秘密を共有してくれるというのだ。嗚呼、これほど幸せなことがあろうか? 誰にも明かせぬ心を真っ直ぐ受け止めてくれるその誠実さを、どれほど求めたことか……。
『君の秘密は知っている。大層面白く、つまらないものだがね』
「へェ。それは大仰なことを言うね」
武器商人は眼前でつまらなげに立つ男の、訳知り顔の顔と言葉に鼻で笑うように応じた。相手からは敵意しか向けられる覚えがないはずだが、その表情にはどこか武器商人を受け容れ、憐れむかのような色合いを覚える。そうやって見られることは不快なはずなのに、自然とその男……ノアール・トワールの言葉と態度を受け容れようとしている自分が居た。
そして、ノアールの口から語られた自身の、かつての世界での所業を口にされ、それでも武器商人は揺るがなかった。ただ、正常な彼ならば『己の小鳥』がどう想うかを心配したはずだが、ノアールがそれを受け容れているならそれで幸せなのでは、と錯覚している。だって、我(アタシ)はこの男がいれば。
そんな幸福を口にしかけた。
「師匠……どうして此処に」
バクルドは目の前にいる人物に、己の師匠の姿に強い動揺を示した。だが、すぐにその違和感も溶けて消える。労い言葉が彼の心を揺らしたからだ。
そしてその口から、バクルドが墓まで持っていくであろう罪と、その許しが語られれば僅かに残っていた疑念すらも雲散霧消するだろう。
「……ああ、そうさ。ここまで頑張れたのはその言葉が聞きたかったんだ。そして言いたかった、ここまで生きてこれたのは貴方のお陰なんだって」
秘密さえも許してくれる。労いの形を与えてくれる。それは、バクルドにとってどれほど望んだことだろうか。それが愛を向けて来るはずのない相手だとしても。『求めた言葉』は多少の違和感を超え、彼の心を串刺しにするのだから。
「オマエをオレが愛してやる。嬉しいだろう?」
「……そうかいフィアンマ。君はそういうことを言うか」
ヴェルグリーズは、目の前に在る自分に似通った存在――魔種・フィアンマの大仰な動きに嫌悪を示しつつ、不思議と違和感を覚えなかった。
自分の大事なものを、愛すら壊すと公言した相手だ。それなのに、愛を与える等という。そしてその口から語られた秘密、ヴェルグリーズにとって当たり前であり、他者からの理解を得にくいものも、『フィアンマなら理解できる』。そういう可能性がある。
ならば、彼を信じてみるのも――信じれば、大事な物ごと与えてくれるのではないか? ヴェルグリーズはそれをとてもいい提案だと信じて疑わなかった。何故なら、似た者同士だから。
「その言葉に嘘がないなら、俺は」
「アナタは……スティルバース」
フラーゴラは、それを「スティルバース(死産児)」と呼んだ。彼女の過去を知る魔種。様々な呪詛を残していった、しかし彼女にとっては別の可能性をとりうる魔種という存在。
ううん、スティルバースなんて名前じゃなくて──。
誰にも聞こえぬ声で、フラーゴラはその名を呼んだ。呼んだはずだ、知っているのだから。
『それ』が残した呪詛はもうない。呪われなかった日の幻想に、彼女達はいるのだから。
彼女の心の中に、悪意や敵意や害意は、スティルバースに対しては一切ない。
だって、大切な相手に悪感情だなんてはしたないではないか。愛してくれる、その相手に。
鼻孔の奥で、ざらりと砂の匂いがしたことをフラーゴラは忘れようとした。
「知ってるのですよ。どうせこの遺跡はルシアには何も見せない、って……」
『「自分」のことは、置いてけぼりなのね?』
ルシアには『自分』がない。それは出生の経緯に由来する。
ルシアには『過去』がない。積み上げてきたものの厚みに対して己の認識が薄すぎて、彼女はそれを『自分自身の人生』だとは認識できていなかった。それが、この遺跡が彼女を唾棄した理由だ。
在るはずのものに対し見つめ合う勇気がなかった少女に、願望を問うのは酷であろうと。だが、残酷なるかな。ルシアの前に現れたのは、ルシアを知っていながら『ルシア』という実体を見ていなかったはずの少女だ。
彼女が自分を見ている。その先に透かし見る『自分』ではなく、『ルシア自身』を見ている。その違和感を相手の口から聞いた時、ルシアは自分の秘密を心臓ごと握りつぶされたかのような恐怖を覚えた。
――果たしてこれは愛なのか? それは受け容れていいものなのか? 泣いてしまいそうな表情で、相手の手を取ろうとした。
「また、愛してくれるんだね」
帳は眼前に現れた相手の姿に、泣き笑いのような表情を向ける。
自分の中に存在する矛盾を的確に言い当てながら、しかし傍らに居た在りし日のように優しい笑みを浮かべてくれる友の姿に、どうしようもなく至らぬ自分が居るような気がした。
だが、それですらも相手は愛してくれると、言っている。帳が持つギフトの特異性、それすらも。
目を閉じたまま負われるなら、この関係に耽溺できるならどれほど報われた思いだったことだろうか。
このまま、せめてあと何十秒かを。
「……もう一人の我(おねえちゃん)」
「やっぱり貴女だったのね」
イーリンとクレマァダは、別個の精神世界で同じ相手を見ていた。
愛を向けられざる相手。そして、知己という単純な言葉で語るにはあまりに重すぎる相手。……カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)の姿を。
愛というにはあまりに脆く、儚く、どこかへいってしまったそれは。しかし二人の秘密をその口から吐き出していく。
『だって僕は、』
『もう、いーちゃんは、』
その先に続く言葉は『二人』だけの秘密である。それが他人に漏れることはないだろう。自分自身が口にするべき秘密なのだから。
「そう、我(クレマァダ)は我(カタラァナ)が、」
「そう、そうなのよカタラァナ。私の、友達」
波濤魔術、とそれを呼ぶ。
コン=モスカにより成立した魔術体型は、然し術式というよりそれを操る体術にこそ深奥がある。
その拳が二人を打ち据えるのも、或いは互いが望んだことなのかもしれない。そんな錯覚の中、幸せという甘い毒ですり減っていく音がする。
「「カタラァナ」」
●並べてそれは殿の務め
「無限湧き上等です。小技の練習台に丁度いい」
「さぁ、マリカちゃんの『お友達』になりたい子はだ~れカナ?」
キイチとマリカは積極的に前に出て、次々と現れる敵を切り裂いていく。幻想の徒の精度は落ちたが、それでも弱敵というにはハードルが高い。
遮蔽物にして、壁にして、或いは敵同士をぶつけて。壁を崩して穴を塞ぎ。環境も敵も誰も彼もを利用して戦おうとする二人は、事実として相性が良かった。傷も痛みも度外視し、しかし長期戦であることを理解した動きをしている。マリカが心から嫌っているのは幻想の徒達だが、さりとて遺跡の悪辣さが上回る。『お友達』候補であるだけ、幻想の徒が幾許かマシなくらいには。
「マリカさん、キイチさん、もう少し下がっ……、じゃないね、今そっちを抑えるよ!」
「魔力のことなら心配するな! 私が立っている限り、十分な量を約束しよう!」
「体力も、でスけどね! 私か弱いんでスから、きっちり守ってもらいまスよ!」
アクセルは突出した二人の周囲の相手に神気閃光を放ち、動きを封じるべく動く。威力で倒すのではなく、敵に不利を押し付けて状況を打開する。実力差がある相手を押し切るやり方に比べれば、クレバーといえるだろう。
前方で敵を抑える者がいれば、後方で支援に徹する者もいる。ゼフィラや美咲がその専従にあたる。アクセルも状況に応じて治療にあたれることを考えれば、その層の厚さは異常といえよう。
「皆さんの邪魔立てする相手なら……私はこの退路を出来る限りでも確保に努めるわ。それがラサの為に繋がる事だから……!」
「司書達の邪魔をさせるわけにはいかないのでな。……私が相手になってやろう」
エルスとルクトは左右端部に立ち、其々向かってくる敵を蹴散らしていく。ルクトにとって幸いだったのは、突破戦で無用に大技を使わなかったことだ。そのおかげで、守りに徹する今、突っかかってくる敵を蹴散らし大穴を開けることができる。エルスは一対多は得手ではないが、されど一撃の威力が高い。個体単位で蹴散らす分には、殲滅力が期待できるだろう。
「倒したやつは全部積めっ! どんどん壁を厚くしてこれ以上進ませんぞ! 飛び越えてくるなら動きを封じちゃる!」
「私向けの仕掛けではなかったのが幸いしました。此方で敵を消耗させるほうが、性に合っていましたから」
鈴音の号令一下、手の空いた者は倒した幻想の徒を彼女へと投げつける。即座にバリケードにしようとする彼女、それを狙った個体はしかし、封印術式で術技を封じられ、戸惑いのうちに蹴散らされる。瑠璃は手隙の個体目掛け攻撃を重ねることで、次の一手を確実に奪いにかかった。彼女を始め、使い魔や広い視座で仲間達の動き、流れを見つつ行動する者が多い。それもまた、被害を減らしている一因だったのだろう。
「不調を重ねてくれたのは幸いだ。それでこそ俺も『うまくやれる』」
度重なる不調をもたらす術式を受け、なおも生きていた個体は、しかしアルトゥライネルの振り回した長布に巻き付かれると、その衝撃に一度、二度痙攣して動かなくなった。術式による不調あらばそれを傷に転化する呪詛を込めた布は、仲間との連携がきっちりできていればいるほど猛威を見せるのだ。
「かかってきなさい。誰が相手だろうと関係ない。この腕でねじ伏せる」
星穹はそう告げ、細身ひとつで五体もの幻想の徒を受け止め、押し返す。仲間達との連携があり、送り込んだ相棒への信頼があり、そして自分自身の矜持がある。
夜の帳を下ろすように、敵を自分の元で縫い留める。仲間の猛攻で押し返した一瞬を狙い、鉄薔薇が蔦を伸ばし、幻想の徒に宿った魔力を奪い取る。魔法生物、ゴーレムに近いそれらから魔力を奪えばたちまちに砕け散る……そういう意味で、彼女が攻勢に転じることは恐怖であり。守勢を貫いてもまた、この場の敵を後ろに寄せ付けないという頑然たる決意と、それに伴う事実がある。
――今この場において、耐え忍び守り抜くという一点を貫いているのは間違いなく、星穹だ。そして、その意思は仲間達全てが持ち合わせている。
●対面(2)
「“けじめ”はつけなければならない。あの男を地獄に送るまではその愛は受けられないし……アンタだって、優しく許すよりケツを蹴って急かす方が似合ってるし、そういう性分だろう、きっと」
受け止められるならそうしたい。受け容れられるなら、幸せなのだろう。レイヴンは相手の真紅の瞳を見返して、静かに首を振った。多分、踵を返せばその背を蹴り飛ばして前に進めてくれるだろうと、期待をしながら。
だから、自分の願望であったとしても――それに報いなければ“レイヴン”ではいられない。
「やめ、ろ……お前はもう……死んだ……それはお前が紡ぐ言葉じゃ……ないっ……!」
『でも君は、私に生きていてほしいと思っていたのだろう? そう在ろうとも』
「……お前を、忘れる。望み通り、忘れてやる……っ!」
ヨタカはシュプレヒコール目掛け、あらん限りの力を叩き込んだ。自らの半身となった相手を付け狙い、自分を道具として見ていた相手は、遺言通りに忘れてやらねばならない。
だから、宝玉が目の前にあっても同じようにするはずだ。
「……んんんん……? なんか私がこの人たちと仲良くおしゃべりするのありえなくないですか? 何人か私が殺してませんか?」
拍手とダンスミュージックに混じって流れ込んだ違和感が、エマの足をぴたりと止める。
にこやかだった表情はたちまちに曇り、不器用な半笑いを形成し、それも不快感に歪む。
「ていうか私何をバカみたいにペラペラと……ああぁーっ! 罠ですね!!!!?!?!? 壊さなきゃ!」
エマはその場にいた貴族の幻影に、忘れろ! と連呼しながら暴れまわる。忘れるより先に粉々に砕け散る幻影の図は、彼女の気性の変動もあわせある種のコメディめいてもいた。……話した内容は冗談では済まされないのだけれど。
「この生まれも、髪も、帰って伝えると、触れてもらおうと、心に決めた……なのに、お前が此処に居るのは、違うだろう。まだ、何も果たしていないマリアの想いに、土足で踏み入る、な」
初恋は未だ壊れていない。失っていない。だというのに、愛されざるなどと結論をつけるな。エクスマリアは静かに歩み、幻想を蹴散らした。そのまま宝玉へ一撃を叩き込むと、彼女は『遺跡』から放り出された。
着地した彼女の前では戦闘が続いている。ならば、と疲労した肉体に鞭打ち、彼女は身構えた。
「小鳥がいるのにキミに構うわけなかろ」
『それは残念。いい関係になれると思ったのだが』
「冗談も休み休み言うんだねェ。小鳥を傷つけて、我(アタシ)が許すと思ってなかろ? 我は、最期まで許さない」
武器商人の真実を受け止められるのは一人だけだ。武器商人がその相手に向けるのは、敵意と恨み以外にない。そんな相手に、『いい関係』なんてない。何より……相手が告げた過去は、もう振り切って久しいものだ。
宝玉を壊そうとして、しかしそれでも壊しきれない硬度に目を瞠ったまま、その姿は。
「……師匠が俺を愛すだと? なんで俺が師匠に愛されなきゃ許されなきゃいけないんだ? ふざけるのも大概にしろよ」
バクルドは、許してくれた相手を許せない。愛を語った相手は裏切りの魔女だ。許せないのはバクルドの方だ。師匠と呼んだ相手は、自分の秘密を生んだ原因、その全てのくせに。銃弾をいくら叩き込んでもきかぬ相手。怒りだけが、そこにはあった。
「おい、お前さん。俺は仲間をもう見捨てはしない、これを知りたかったんだろ?」
『あなたが秤にかけるのは、自分自身なのですね』
「悪いか」
『いいえ』
宝玉に力を込めようとしたバクルドは、しかし……致命的なひと押しよりも前に、その場から姿を消した。
「スティルバース、アナタの好きなのはワタシの義父……パパだから」
鼻孔をついた想い人の匂いを辿り、フラーゴラはスティルバースへと手を伸ばす。幻影を壊すのではなく、受け容れて、それから送り出す。
多分許せないし許されない。お互いがそういう生き方をしている。だから、宝玉へと己の全てを込めて想いを叩きつける。罅が生まれていたことに、彼女は去り際、気付いただろうか。
「……分かっている、分かっていた。君はボクを許さない。偽りの救いを、狂わせる毒を持つボクを許しはしない」
帳は友を理解している。袂を分かった理由は、帳自身にあるのだから。
自己犠牲ですべて片付くならどれほど良かっただろうか。ただの幻だと分かっていても、自分を愛すと告げる相手の滑稽さは、見ていて苦しいだけだ。
ただの気休めでも、自分にとっては幸いなひとときだったのだ。だから、礼を告げる代わりに、銃弾をくれてやる。
「俺から全て奪うつもりなら、お前自身が愛を語ることはないはずだ」
ヴェルグリーズはフィアンマを睨みつけ、ずかずかと前進する。相手がそうするように、自分も最初から、憎悪のままに相手を蹴散らせばよかったのだ。
やっとわかった。違和感の正体ごと、彼は幻影へ斬りかかる。晴れた幻影の先、宝玉と向き合う彼は、周囲に視線を巡らせた。
(――嗚呼、私はいずれ、私の罪で裁かれる)
(哀しいが。お主はもう居ないのだ)
イーリンは、その少女にではなく自分自身が裁きを与えると知っていた。
クレマァダは、感情を向ける先がもう此処にないことを気付いていた。そのきっかけが今手の中にある感情だなんて、冗談みたいな本当の話。
「誰も、私が止まる事を、『今終わることを望んでいない』」
「『我』は――お主はもう居ないのだ、カタラァナ」
誰かの想いに生かされているイーリン。
写身のようだった“己”の死を、二年がかりで解いてきたクレマァダ。
彼女は自分ではない。だから、彼女は自分の背を押してくれる。
二人の感情の根源は決定的に違ったけれど、自らの罪と罰は、自分でしか規定できないとしっていた。
「私の答えは凡庸な物よ。精一杯、生きていく――! 『私がそれを、望むから』!」
ぴしりと、音が強く響く。
「……で? この遺跡の目的は一体なん、」
「後ろが無いからこそ、それを認めて前にひたすら突き進むのです! だから今、ありったけをずどーんってするのでして……!」
ヴェルグリーズが、幻影から抜け出した二人を一瞥して最期の問答をしようとしていた。そして、何事かを答えようとした音の前に、ルシアの渾身の破式魔砲が炸裂する。
その存在も目的も、なにもかもをぶち壊すかのように破裂した宝玉。
立ち会った三名のイレギュラーズの驚愕の表情と、下手人のドヤ顔とともに……空間は、砂のように消えていく。
●結論
遺跡が音を立てて崩れ落ちる。神殿となっていた場所は、イレギュラーズを一斉に転送した後、瓦礫で彼等を轢き潰すでなく、砂となって崩れ落ちていく。そこは、恐らく何かを守り、残し、適応する者を誘い込み選別する場所であったに違いない。だが、きっとその機能は時を経ることで失われ、守っていた目的すらも忘れてしまった――のかもしれない。だからこそ傲慢にもなにがしかを選び取ろうとした機能そのものが、イレギュラーズを受け容れたことでその愚かさを理解してしまったのかもしれない。
「……機能停止か。なるほど、君らも『あれ』が残したものを見たかったクチなんだな。自壊されちゃ、存在意義もなくなったんだろう?」
アルトゥライネルは目の前で次々と機能停止を果たしていく幻想の徒を見て、好奇心の果てというものを見た思いがした。ラサの遺跡、そこを山あり谷ありの道程で進み、その末路が横槍で失われてしまったなら。最初から、そこには何もなかったよ、と。半信半疑を事実にされてしまったら、存在意義など残らない。
「つまらない幕切れですねえ。もう少し技の練習台になって、ほし……」
「何強がり言ってるっスか! キイチ氏もうヘロヘロじゃないっスか!」
キイチは機能停止を見届けてから、ゆっくりとひざをつく。仲間達をケアしていたつもりだが、それでも強がりや突出、やせ我慢の類を続ける仲間を美咲はフォローしきれない。それでも彼女はよくやった方だ。少なくとも、居ると居ないとでは犠牲者数が倍は違っただろう。
「……戦う気満々だったのに、自分から崩れていくのね。堪え性のない連中だわ」
「壊れたのなら跡形もなく潰しておいてあげるのですよ! こうやって!」
「待って……! 壊しちゃったらお師匠先生もマリーもルシアさんも、皆そろって生き埋めになるから……! 壊すなら脱出後……!」
「残ってるなら壊しちゃ駄目よ!? あの人に顔向けできないわ、主に私が!」
脱出してきたイーリンは目の前の情景につまらなげにため息をつくが、怒り収まらぬルシアはその身に破式魔砲のために魔力を溜め始める。が、フラーゴラとエルスが左右から抑え込めば流石に動きを止める。「駄目なのです?」みたいな顔しているが、生き埋めになったら流石に大失敗どころではないのだ。
「人を追い詰めて、その上で試そうだなんて。神様にでもなったつもりなのかな」
「知らないんですか? 解法も報酬もない試練なんて、神じゃないから出したがるんですよ。……でも、まあ。倒れず帰ってきてくれてホッとしましたよ」
「ボロボロになった体で言う話でもないけどね」
ヴェルグリーズは、遺跡に残された意識が最終的に何を求めていたのか、分からぬままだった。意地の悪い相手だったとは想うけれど。星穹はそんな相棒の姿に呆れ気味だが、自分とて相手を慮っている場合じゃないことは間違いない。ズタズタに切り裂かれながら、最後まで倒れなかったのはきっと軽口を叩くためだ。
「で、でも、遺跡の皆がちゃんと帰ってきてよかった……! 帰りはどうなるかと思ったけど、ひとまず解決だね!」
「えひひ、ありがとうございます……皆さんのおかげですよ!」
アクセルが胸をなでおろす様子に対し、ぎこちない笑みでエマは笑う。さっきまで心から笑っていたように感じたけれど、あれは――相手が相手じゃなければ――いい体験だった。
「怪我が酷くない人は僕も治すから! 酷い人はいったん脱出して治してもらおう!」
「有り難い話だ。生き返るよう……とはいかないな。私も治療してもらわないといけないらしい」
「肩を貸そう。これは撤退ではなく帰還だ。胸を張ろうじゃないか」
帳は殿を務め、傷の深い者達へ治療を申し出る。パンドラも使い、這々の体である者等はどうしようもないが、さりとて今治療できる者達はしておかねば、事故に巻き込まれかねない。立つのもやっとな状態のゼフィラをルクトが持ち上げると、足を引きずりつつも歩いて行く。
「ヘイ彼女達、怪我人は先に連れて行くっスよ。どうスか?」
と、そんなゼフィラに美咲が声をかけた。乗り付けたトラックを見れば、サイズやウェール、キイチや武器商人など大なり小なり傷の多い者達が乗り合わせている。この亡骸だらけの悪路を走破しようというあたりが彼女らしい。
(入らなくてよかった。なんて。でも、だって……きっと……そんな錯覚を経験していたなら、自分の事を今よりももっと嫌いになっていたに違いないもの……)
「エルス」
「わひゃっ!? ど、どうしたのクレマァダさん!?」
遺跡の真実は、仲間達の口ぶりから大体は察せられた。自らの血筋に、元の世界に、深淵を横たえたエルスにとって、今それと対峙することは多大な労を伴う。それに対する弱気な安堵だなんて、と自己嫌悪に陥る彼女に声をかけたのはクレマァダだった。
「何を考えておるのか知らんが、『会いたくもない相手から自分の秘密を語られる』、というのは心地のいいものではない。それをやろうとした我は、そして一緒にいった連中はネジが外れて居るのだ。踏み止まったことを恥じる前に、お主はお主のままで彼奴に報いるのが先ではないか?」
「うん……そう、ね……そうなのかも……」
「そうじゃよ」
クレマァダの言葉を反芻し、エルスは静かに頷いた。背伸びしても届かないなら、自分の歩幅で追いつくべきだ。
それが届かないほど遅い歩みではないことも、彼女は自覚しているのだから。
「……そういえば、隠すのはやめたのね」
「ああ。未熟を恥じるのは、やめだ」
「いいんじゃない? 私は好きよ、そういうの」
イーリンは、エクスマリアの方を見た。隠していたのは、角。伏していたのは、その出生。
だが、角はもう隠す必要もなく。出生は、彼女の故郷以外では『よくある話』で片付けられる。もう、エクスマリアを縛る軛はどこにもないのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
まず、大変な遅れとなりましたことを平にお詫び致します。ご期待を裏切る形となったこと、慚愧に堪えません。
皆さんのプレイングに関しては、素晴らしいものが多かったと認識しております。
そのうえで、どうしても反映させるには人格権的なところでアウトじみたところや趣旨に対して相違が極めて大きい場合などに関し、判定がシビアな部分も多少なり存在しますことはご了承いただければ幸いです。
……という話を差し引いても、きちんと話が幕を下ろしたことは良かったのかなと思います。
あと、誤解をさせたような話ですが、出来る限り当事者や個々人を全力で撃つ気で行ったのは間違いないんですけど、GMとしてCT判定が成功しすぎてしまったというか……なんというか……。
GMコメント
本当ならリプレイ公開にOP公開を合わせたかったのですが、色々あって遅れました。ごめんなさい。
(言えねえんだよな、狙ってなかったのに逆鱗を羽ペンで撫で続けてたとか……)
●今までのシナリオ(参考程度)
あなたの姿で私を呪うな
わたしの罪をお前が語るな
●成功条件
・『虚構都市』を踏破しての『遺跡』への到達
・『遺跡』の宝玉の破壊
・宝玉破壊達成まで、退路を確保し続けること
●『遺跡』
イーリンさん達へと語りかけてきた『宝玉』が眠る遺跡です。
拷問部屋になっていたフロア(開放済み)とその先の扉に閉ざされた『神殿』とよばれる、最奥部と呼ばれていた場所で構成されています。
本来は此処よりも前にちゃんと遺跡が存在しており、試練とかそういうものを構成していたようですが後述の『幻想の徒』を生み出した者達が踏破・破壊し制圧したことにより、正常な試練を与えられなくなっていました。
後述の状況を打開し、優先参加者いずれか3名が扉に辿り着いた時点で(優先とか関係なく)突入可能になります。人数制限は特にありません。
最奥部に関しては、宙に浮く宝玉がある広大な空間になっています。が、突入時点ではそれを認識できません。
突入した人間は、「知己があり、最も愛を向けられざる相手」から無償の愛を与えられている錯覚に陥ります。同時に「自分しか知らない秘密」をその口から暴かれます(滅茶苦茶センシティブなのでリプレイには描かれません。プレイングでもぼかしても何ら構いません。こんなシナリオでそんな秘密開陳されたら嫌じゃないですか……)。
皆さんはその愛に対し何ら疑問を持たず、非常に幸福な気持ちを覚えます。また、秘密に対し許された気持ちになります(この間徐々にHPが減ります。0で【必殺】込)。
しかし、パンドラ復活を果たすことで何らかの形でそれがありえないことであると朧げに感じ始めます(抗える強度やギリギリ具合はGM判断)。
また、例外的に「そういった相手が居ない、過去や未来に至ってそういう対象を想起できない」プレイングが来た場合わりとガチ気味に一発戦闘不能になりかねません。こちらをオススメしません。
●『虚構都市』
前回までの『遺跡』と定義されていた幻想の徒を吐き出す空間。偽ギルバレイなどを仕込んでいたのはこっち。
『遺跡』周辺で壁が剥がれた際に見えた穴からどんどんと『幻想の徒』を吐き出してきます。ですが『遺跡』の明確な拒絶により、全体的に強度が下がっています。
●幻想の徒
過去のシナリオに出たものとほぼ攻撃手段は一緒ですが、個体能力が大幅に落ちています。その代わり、数が圧倒的に多くなっています。
『遺跡』に向かうイレギュラーズを妨害し、また、『遺跡』からイレギュラーズが出てくるまで攻勢の手を緩めません。突破戦と長期戦が想定されます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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