シナリオ詳細
<Scheinen Nacht2021>華は透き通り、天を仰ぎ
オープニング
●
――しゃららららら……
涼やかな音が鳴る。
風が吹き抜ける度、透き通った葉が、花が触れ合って、小さくきん、と音を鳴らす。
無数のそれらが重なり合い、しゃららら、とまるでツリーチャイムのように合唱する。
其れは解けぬ冰の花。僅かに曲がる茎は折れそうに細く、けれど強靭にまるい花を支える。
其れはいつ咲いたのか。いつ枯れるのか。
誰も知らない。
気付けば其処に咲いていた。きっと春が来て人々が天を見上げた一瞬のうちに、消えて去るのだろう。
此処は幻想の外れ、山岳地帯の麓。
寒風が吹きすさび、硝子の花がさざめく。
其の花を手折るなら気を付けて。割れた破片で手が傷付いてしまうだけかもしれない。
もし花を手に入れる事が出来たなら――大事にしてね、と花が煌めくだろう。
其の花が最も美しいのは夜。月と星の灯りを一身に受けて、彼らは硬質な花弁を優雅に輝かせる。
●
「輝かんばかりのこの夜に!」
リリィリィ・レギオン(p3n000234)は桃色の瞳を細めて、ローレットのカウンターに肘をついてひらひらと手を振る。そうして黒いマントをひらりとはためかせると、彼の使い魔が一匹其の黒から現れて、白く細い指先に留まった。愛でるように彼を眺めた後、イレギュラーズにリリィリィは視線を戻す。
「確か、この夜には有名な御伽噺があるんだよね。懐かしいなあ、何度も聞いたっけ。何度聞いても素敵な話だなあって思うよ。其れでね、シャイネンナハトの気配につられたのかしら、グラス・ブーケが今年も現れたんだけど――」
……?
不思議そうな雰囲気に、リリィリィが逆に不思議そうに一同を見回す。そうして、首を傾げた。
「あれ、知らない? あのね、色んな国を渡り歩く花畑の事。――そうかぁ。短命の君たちは追う余裕なんてきっとないのね。其の花畑はね、硝子で出来てるの。だから、“硝子の花束(グラス・ブーケ)”って呼ぶのよ」
今年は此処! と、リリィリィはピンクのペンで幻想山岳地帯に大きなハートを付ける。
「結構広範囲に咲いてるけど、麓だからそんなに厳しい立地ではないよ。見付けてくれたのはこの子。偉いでしょう」
そこでリリィリィは、指に止まっていた蝙蝠の影を示す。自慢げに羽撃くと、蝙蝠の影はマントの中に消えていく。
「多分冬の間は其処で過ごすつもりだろうから、見に行ってあげてよ。花は見られてこそだし、何よりとても綺麗だから、君たちの心を癒してくれるよ」
●
「で? 君もいくの?」
「行くよ」
リリィリィが振り返ると、スケッチブックに視線を落としていたグレモリー・グレモリー(p3n000074)が視線を動かさぬまま言った。
「硝子の花。興味深い。硝子を描くのは技術がいるから、腕を磨くのに丁度いいね」
「君は本当に絵の事しか考えないねえ。ま、別にいいけど。僕も久し振りにグラス・ブーケを見に行くつもりだし」
前に摘んだ奴、割れちゃったから。
リリィリィはそう言うと横に置いていたワイングラスを取って、中身のトマトジュースを煽った。
- <Scheinen Nacht2021>華は透き通り、天を仰ぎ完了
- GM名奇古譚
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年01月12日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
エクスマリア。髪に飾る花をお探しかい。
此処にある花は、手折ると傷付いてしまうよ。香りのない、色もない花だよ。
其れでもいいとエクスマリアは花を折る。花を摘んで遊ぶなど、どれほどぶりだろう。花冠を作るには、どれほどの花を摘めば良いだろう。
崩れても、崩れても、挑戦するんだね、エクスマリア。そうして出来た花冠は、絡めるというより茎同士を引っ掛けたような形のものだけれど。
頭に載せたら、ちくちくするけど。割れた破片で作った鏡に映せばほら、君は今夜だけお姫様。
どんな王様も持っていない、世界に一つだけの冠を頭に載せたお姫様だよ。
夢心地は散策をしている。散策は殿の趣味である。
蝋梅、水仙、其れに山茶花。冬に咲く花々は可憐でありながらも何処か力強さを感じる。雪を割って育つだけの強さを持つからだろうか。
「硝子の花とはこれまた奇異なものだと思うておったが、いやはや」
用意していた熱い茶を一口啜りながら、花を目で愛でる。これらもまた同じ。厳寒の時期に尚、己が美しさを誇ろうとするその気概よ。うむ、実に天晴じゃ。
殿はほう、と息を吐く。息は白く濁って、天へと昇りやがて消える。硝子の花弁は曇る事なく、皓々とした光を受けて輝いている。
「これは……アレ、アレじゃ。いるみねーしょんのようじゃの」
うむ、と殿は頷く。この時期にしか味わえぬ、静かな夜の美しき風景。酒で曇らせるには勿体無い。持ってきたのが茶で良かった、と、殿は頷くのであった。
「硝子で作ったお花じゃなくて、硝子で出来たお花なのね……!」
キルシェは緑色のまあるい瞳を瞬かせて、花畑を見下ろしました。お花はきらきらと月と星の光を受けて輝きながら揺れています。北風にしゃらしゃらと鳴る音は、まるでウィンドチャイムのようです。
ねぇお花さん、暫くお花さん達の事見ても良いかしら?
勿論だよ、と花は揺れます。
ねぇお花さん、ルシェのお家に来てくれる子がいたら、一緒に連れて帰っても良い?
ルシェのお家に行ってみたいな、と花は揺れます。
でも、キルシェは彼らの中から選ばなければなりません。そうしなければ、キルシェのお家は花でいっぱいになってしまうでしょう。
摘んだら枯れちゃうのかしら? キルシェは不安になって、リリィリィに聞いてみる事にしました。見た目だけはキルシェより幼い“お兄さん”は、キルシェに笑って言いました。
「この子たちは摘んでも、枯れる事はないよ。でも、いつかぱっと嘘のように消えてしまう事はあるかもしれない」
彼らは旅行好きだからね。リリィリィは笑って言います。
花の活け方は一緒だよ、と言われれば、キルシェはほんのり安心して、お花を幾つか摘みました。
お花さん、今日から宜しくね! 何処か行くときは、ルシェに挨拶してくれると嬉しいな。
画家同士、考えている事は同じであった。
ベルナルドは珍しくペンを止め止め硝子の花を画くグレモリーを見た。
「よう」
「あ、ベルナルド」
「そうだよな、こんな綺麗な題材が目の前にあるとくりゃ描かずにはいられないよな」
「そうだね。其れに、――硝子は、難しい」
どうやって小さな花の中に透明感を描くか。硝子である事を表現するか。如何に難しいのかについて饒舌になるグレモリーに、ベルナルドは頷く。
「けど、……こうやって表現したいものを迷う時間って、俺は凄く好きなんだよな」
飲むか、とスキットルを揺らした。グレモリーは其の中身が酒でない事を知っている。飲む、と頷いた彼の頬は、寒さのせいで僅かに赤くなっていた。
「開ききってない花に注いだら、コップみたいに使えたりしねぇかなぁ」
「それ、面白いね」
やってみよう、と立ち上がるグレモリーに、其れは俺のなんだぞ、とベルナルドは苦笑した。
「硝子の花束……ふふ、いい音です、ね……」
シロとクロを連れて、閠は硝子の花畑に隠れたあの人を探す。閠は視界を布で遮っているから見られないけれど、音だけでも美しいのだと判る。
歩いていると、其の内さらさらという音が混じって聞こえてくる。ペンをキャンバスに滑らせる音。ああ、見付けた。
「……グレモリーさん」
「ああ、君か、閠」
「はい。今日は、お花畑を描いて、いらっしゃるのでしょうか?」
「そうだね。でもやっぱり、透明なものは難しいよ」
聞いていると、成る程確かにペンの音が時折途切れている。描くのに苦心しているのだろう。
「……ボクはきっと、此処で聞いた全てを、忘れません、けれど」
ぷちり、ぱきん。
硝子の花は摘まれた仕返しというかのように、閠の指をいたずらに傷付ける。
「何度でも思い出せるように……完成したら、また、見せて下さい、ね」
「うん。……君のような人が見てくれるから、僕も描く甲斐があるんだ」
「硝子の、お花……」
「珍しい?」
メイメイが呟いて振り向くと、其処には黒く夜に溶けそうな吸血鬼が立っておりました。絵本に出て来る貴族様のような立ち振る舞い。御伽噺のような存在。メイメイは“これはまるで夢なのかしら”と思わず己の頬をつねってみます。痛い。つまり、夢ではない。あらあら、とリリィリィは笑います。
「可愛いお顔が痛んでしまうわ。夢ではないよ」
「……本当に、夢みたいで。リリィリィ様のお陰です、ね。この景色とのご縁を、ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。君がそんなに感動してくれるだけで、僕もお誘いした甲斐があるというものだわ」
白い膚に紅い唇。御伽噺のような容貌の彼がわらう。メイメイはどきりとして、其れを隠すかのように硝子の花へ視線を落として。一輪をちらり、と撫でてみるけれど、摘むだけの勇気は持っていないのでした。
割ってしまうのは勿体無い。壊れてしまうのが、壊してしまうのが、こわいのかもしれません。だから、――心の中に留めておきたい。風に吹かれて鳴る音を、月光を跳ね返すきらめきを。
――しゃららら……
吹き抜けていく風に、縁と蜻蛉は共に口を噤んだ。
まるで潮騒のようだ、と縁は思う。閉じた目をふと開いて隣を見れば、目を閉じて同じく音を楽しむ月華の姿。
「……旅する花畑とは、なかなか風情があっていいねぇ」
「せやねぇ。此処に来る前は、どんな場所を巡ってきたのやろ」
花が歌っている。聞き逃すまいとしている蜻蛉と対照的に、縁は彼女の人間の形をした耳に視線が釘付けだった。
冬風が吹いて、いたずらに蜻蛉の髪を遊ばせ、耳を隠す。そうしてくれるな、と縁はそっと蜻蛉の髪に手をやり、耳に髪をかけてやった。
蜻蛉は肩を揺らすのをかろうじて堪えて、どしたん、と視線を向けた。
「お人のお耳が珍しいの?」
「珍しいというか……まぁ、俺にはねぇモンなんでな」
凸凹を指でなぞる。輪郭を確かめる。
不思議そうに其れを繰り返す縁に、蜻蛉の顔は段々と赤くなって。
「っと……すまん、嫌だったか」
いつもと違う様子の相手に、慌てて手を離す縁。
「何でもあらしまへん」
ほんまに鈍感なんやから。今度はうちも、そのヒレ耳触らせて貰うよって。
――そんな事を思われているとは知らず、縁は体が冷えたか? と紅い頬に見当違いな心配をした。
「わあ」
シキは眼前に広がる沢山のとうめいに、歓喜の声を上げた。
「氷じゃなくて硝子の花なんだ? 綺麗だね!」
「……」
生きた造花? 造られた生花?
――でも、とても綺麗だと、ハンスも頷く。
ふとシキが膝を追ると、一本の花に触れた。慎重に、力を入れすぎないように、ぱきり。手折る。折れた茎は鋭く尖ってシキを傷付けたけれど、流れる血を気にも留めず、シキはハンスに花を差し出した。
「……指。まあ、良いけどさ」
ハンスはシキの指に刻まれた傷口をそっとなぞると、硝子の花を受け取る。
「光を受けて」
反射して、一生懸命輝いて。……そういうとこがさ、ハンスに似てるかなと思ってさ。
なんて、君は笑う。
姿を映して、真似事をして、透明なように見せ抜いて。其れが似ているというのなら、きっとそうなんだろう。
「そんなハンスが、ずっとずっと眩しくて仕方ないよ」
「……」
ハンスは何を返そうかと少し考えた末に、ありがとう、の五音を返した。
彼女にはこれで良い。この僕を眩しいというのなら、其れに応えてあげるのも悪くないと思ったから。
硝子の花は、やがて二人の思い出になる。其の果てに何があるのかは、まだ見えない。
「まるで地上の星、みたいだね」
触れれば壊れてしまいそうな硝子の花。澄み渡った天から見下ろすのは無数の星々。
マルクとリンディスは二人、しゃららと花が触れ合って奏でる音を聞いていた。この花はいつか――花が決めた時がくれば、消えてしまうのだろう。そうしてまた、違う地で芽吹き花を咲かせるのだろう。美しくて、だけれど、力加減を間違えたら美しい光の屑になってしまう儚い花。
マルクは膝を折って、花に触れる。ちりん、と爪が触れて硝子が鳴る。
「儚いからこそ、愛おしい、護りたい、って思うんだろうね」
この世界がそうであるように。そんな隠された言葉を読み取ったのか、リンディスの柳眉が寄る。
どんなに強くとも奪われる。あのROOでの事件を思い出して、リンディスの舌は勝手に言葉を紡いでいた。
「マルクさん」
――でも、其の先は言葉にならなかった。絶対に守りますって言いたいのに、絶対なんてないって、大地に揺れる花が言うから。
……だから、今は。
「――輝かんばかりの、この夜に」
花弁に降り注ぐ、月と星の光の祝福が……貴方にありますように。
そう微笑むリンディスに、マルクも微笑み返した。この花のように目の前の女性が消えてしまうのではないかという恐怖をそっと抱えて。
「……今年も一年、ありがとう。リンディスさん」
もう、失うものか。
「ウォリアさん! 見て下さいっすよこの花畑!」
この前のオーロラも凄かったっすけど、こっちの花畑もすっごいっすよー!
はしゃぐリサに、ウォリアはそっと目を細める。この身体は頑強な鎧、そして血は燃え滾る炎。故に己は傷付く事はないが――だからだろうか。力加減は少し苦手だ。
「月明かりに反射して、めっちゃ綺麗で幻想的っす……」
「そうだな」
「そーいえば、少しくらい貰ってもいいんでしたっけ?」
言いながら、丁度同じタイミングで二人は硝子の花を手に取る。ウォリアは背の高い、摘みやすいものを。リサは小さな、ナズナのような花を。ぱきり、と折って、少しウォリアの花は茎が砕けてしまったが――
「どうせっすし交換っす! お互いに似合いそうっすね!」
「――そうか?」
こんな小さな花が己に似合うのだろうか。しげしげと花を見詰めるウォリアがおかしくて、リサはからからと笑う。
「……輝かんばかりのこの夜に……だったか。相変わらず馴染みはないが、悪くない文言だ」
「あ、そうだったっす! 輝かんばかりのこの夜にっすね! ほんとに…お花も月も、ウォリアさんの火も、全部綺麗に輝いてるっす!」
一番輝いているのは、お前と共にいるこの時間だ。……なんて、其れは流石にウォリアには言えなかった。
アルテミアとウィリアムは、しゃらりと花を足でかき分けて歩む。摘めば傷付ける花も、触れて押しのけるだけならば鋭く尖る事はない。
「ウィリアムさん、一緒にこの景色を見られてとても嬉しいわ」
アルテミアが笑む。でも、こうして一緒に過ごす事が出来るのはどれだけだろう。徐々に砂時計の砂は減っていく。アルテミアの胸の奥が、しく、と痛んだ。
「こちらこそ。一緒にこの景色を見られて良かった」
ウィリアムが笑みを返す。そして、君が無事に戻れて良かったよ、と安堵したように呟いた。ROOでのログアウト不可はアルテミアにも其の魔手を伸ばしていた。其れを知った時、本当に怖かった。
――砂時計の砂は落ちていく。お見合いの事が、二人の頭から離れない。気が付いたらもう会えない、そんな未来が待っているのだろうか。其れは嫌だ、とウィリアムは思う。ずっと、こんな風に美しい景色の中を歩いていたいのに。
「ねえ、ウィリアムさん」
アルテミアが提案したのは、鉢植えに植え替えた硝子の花を贈り合う事。植え替えた花ならば、きっと長く生きてくれる。この今という時間を、心に残してくれる。
ウィリアムは頷いた。そうして交わされる、青みを帯びた透明と、仄かに黄色い透明。
君と過ごす時間が、いつまでも輝いてくれますように。
「不定期に移動する硝子の花畑か……」
ルーキスは混沌は面白いねぇ、と呟く。何でも出て来るんだから。そう言うと、ルナールも頷いて。
「まあ硝子の花も綺麗だが、ルーキスの方が綺麗だぞ。うちの奥さんは月夜がよく似合う」
なんて普段なら言わないかも知れない台詞も、この景色を前にすればするりと滑り落ちてしまう。
ルーキスは其れを耳に留め、微笑みながら屈みこむ。硝子の花は透き通った花弁に月光を受けて綺麗だ。群生するそれらのうち一輪を採取すると、布で注意深く包む。
「よーし、思い出確保」
次にいつ見れるか判らないからね。そう言って笑うルーキスは本当に綺麗だ。ルナールは眩し気に目を細めて思う。
自分も一輪摘もうか迷ったけれど、ルーキスが既に持っているなら其れで良いか、と思いとどまる。
しゃらり、しゃらり。硝子の花畑の中を、二人は腕を組んで歩く。
「……観光も勿論楽しいけどさ」
ルーキスがルナールを見上げる。
「愛しの旦那様と一緒に見る景色が一番好きだぞ」
「俺もだ。二人で見るものなら何でも綺麗に見える。……事実だし何度だって言うが、ルーキスが一番綺麗だけどな」
さらり。愛しい奥方の銀髪を撫でて、二人は見晴らしのいい場所を探す。けれど多分、どちらからともなく「此処で良いんじゃない?」って言うんだ。だって君と見る景色はどこでだって等しく美しいのだから。
ミディーセラはまんまる。
比喩ではない。彼は寒いのが大嫌い。アーリアに手伝って貰って、カーディガンにベスト、コートにマフラー、手袋と思い付く限りの防寒装備をして、硝子の花畑の中へ。
其れがアーリアは嬉しかった。嬉しい、なんて言葉は陳腐かもしれない。幸せで、特別。でも、教えてあげない。
「みでぃーくんはこれ、何処かで見た事あるの?」
アーリアは何でもない顔をして問う。アーリアは勿論、初めてだ。でも彼はそうでないかもしれない。そんな彼の前で子どもみたいに“初めて”にはしゃぐのはちょっと恥ずかしいのだ。アーリアはだって、普段はおねーさんだから。
「まあ、まあ……どうでしたっけ。きっと初めて見たに違いありませんこと」
寒さに鼻を赤らめてミディーセラは記憶を掘り返すけれど、硝子の花畑に思い当たらなかった。忘れているのか、記憶に残らなかったのか。どちらかは判らないけれど、大事なのは“今、二人で硝子の花を見ている”という事実。
北風が吹いて、しゃらり、と硝子の花を鳴らしていく。二人は自然と口を噤んだ。こうして積み重なっていく「ふたりのはじめて」。
ミディーセラがまんまるの体を屈めて、花をぱきり、と摘む。何処に飾りましょうか、と呟く其の顔にはうっすらと笑みが乗っていて、アーリアも嬉しくなる。
ふたりの家に飾りましょ。これから出来る、ふたりの家に。
「これは……名前の通り、本当に硝子の花なんですね」
シャルティエは不思議そうに花畑を見渡しながら言う。
「世界を渡り歩く、硝子の花……不思議です」
ネーヴェは彼と一緒に屈んで、ちりん、と花をつついて鳴らす。鈴のような音を立てる花は小さくて愛らしくて、でも知っているどの花とも違っていた。
「……良く知る硝子の筈なのに。まるで別物のように感じるな……」
「そうですね……どんな硝子細工とも、違います……」
ちりん、ちりん。
二人で鳴らして、少し笑って。摘んでみましょうかと言ったのは果たしてどちらだっただろうか。
美しく透き通った花の茎を文字通りシャルティエは“手折る”。ネーヴェの分も摘んで、どうぞ、と差し出した。其の手は震えていやしないだろうか。受け取る時に触れあった指先から、熱が移ったりしないだろうか。
「色んな場所にこの花畑が現れるなら……別の季節、別の場所にあるこの花畑も、また見てみたいですね」
「ええ、いつか……見付けられたら、行きたいです」
春。夏。秋。これからの季節も、貴方と一緒なら。
其の思いは間違いなく、二人同じだった。
「付き合わせてしまってすまないな、アーマデル」
弾正は呟く。其の耳には、硝子の音がさらさらと流れ込む。そうして、硝子の音を邪魔しないように言う。音の精霊種の俺としては、どうしてもグラス・ブーケの音を味わってみたかったんだ、と。
アーマデルは頷く。彼の味わいを邪魔しないように。
「そういえば、音が聲として聞こえる者がいるそうだな」
アーマデルは『一翼の蛇』の使徒だ。其の司るところは毒と病。
そして彼の故郷には『五翼の蛇』の使徒がいるのだという。司るところは記憶と妄想。彼らは音や味、香り……あらゆるものを“文字”として受け取るのだと。
俺には理解出来ない感覚だ、と頭を振るアーマデルの声を、そっと弾正は咀嚼した。俺は文字として理解する訳ではないが、と前置く。
「子どものころは人工の音ばかり好んでいたが、大人になって趣向も丸くなったのか、天然の音の良さも好きなんだ。俺は音を味わう事も出来るから。ちなみにアーマデルの声は甘くて、……いや」
こんな事を話されても困ってしまうか、と弾正は苦笑する。判らない感覚だろう、と。けれど、アーマデルは其れでも構わなかった。同じものが見えないから共に歩けない、そんな事はない筈だ。理解しようとすることは出来る。歩み寄る事は出来る。
「……俺には音の良しあしは判らないが、……弾正の声には消えない熾火のような熱を感じる」
そう語るアーマデルの声は、甘くてよい香りがして、――恋の味がした。
硝子同士がさらさらと触れあって身を鳴らしている。天からの祝福を一身に受けるかのように、月光を受けて輝いている。
ヴィクトールと未散は二人、迷子のように立ち竦んでいた。
――持ってかえりとう御座いますね
――枯れはしなくても、砕けてしまいそうで少し怖くはありますね
――サボテンしか育てられない寝坊助さんでも、硝子の花でしたら枯らす事はないでしょう? まあ、確かに武骨な其の手で抱き留められたら儚い花は脆くも崩れてしまいそうですが。
未散は肩を竦める。
そうしてふと、問うた。花言葉を付けるとしたら如何しますか。
ふむ。ヴィクトールは唸る。
――生憎オリジナリティといったものがないので、似た花のものを付けましょうか。そうですね。“親愛の情”とかそういうのは如何でしょう。
――成る程。良いではありませんか。ぼくだったら……そうですね。“おだやかさをのぞみます”かな。
――成る程。チル様らしいですね。ええ。
――ところで
――なんでしょう
――ぼくは抱き留めても壊れてしまったりしませんよ
――……。僕の両腕は冷たいですから、もし冷えるようなら胴体のあたりでもどうぞ? 其れか、外套の中。きっとそちらのほうが暖かいかと。
駆け引きは続く。
遙か彼方に輝く星々、其の光を受けて煌々と輝く硝子の花。
まるで星の光を其の花弁に留めているように思えて、アッシュは駆け回る。星の光がころんと落ちて、輝いたりしないかしらと。
其れをこら、と留めるのはヘーゼル。傷でも出来てしまったらどうするんだい。
アッシュは不服そうに答える。今更、指先にひとつ増えたところで些事ではないですか。其れは子ども扱いされたくないという反発心の表れか。
――“魂の再生”。其れは硝子の石言葉なのだそうだ。
唯の硝子に石言葉があるなんて意外かい、とヘーゼルは笑う。でもね、この世に咲く花に名前のない雑草が存在しないように、そこら辺の石ころ一つとて意味のないものはありゃしないのさ。
見慣れて当たり前だった、傍らにあるものたち。捨て石のように生きたあの子、その子、そしてわたし。――其の生に意味はあったのでしょうか。アッシュは思わずにはいられなかった。
もちろんそうさ、とも、そうではないさ、とも、ヘーゼルは言えなかった。何も言わず、立ち止まって考えるアッシュを見詰める。そうして、ただ一言いった。
「少なくとも、この花を抱く娘さんは綺麗だって思うよ」
いつの間に手折ったのか、硝子の花を其の小さな手に慎重に握らせる。傷の一つも増やさないように。
アッシュはそっと見上げて、此処に抱き留めていてくれますかと問う。花と一緒に攫われてしまわないように。
勿論だとも。ヘーゼルは頷く。荊棘だらけの身でも抱き締めてみせようさ。
「わあ……なんてキラキラで素敵な景色! 小羽さん、こっち来て下さい!」
呼ぶのは大好きな人の名前。手を振って、此方が綺麗だと冰星は手招く。
歌う花畑の中、小羽は愛しい番に呼ばれて駆ける。
「まあ。焦らないでも、我もこの子たちも何処にも行かないわ」
「判りませんよ、瞬きしたら花畑は消えてしまうかも」
「そうなったら、きっと彼が教えてくれるわ」
「そうでしょうか」
「そうよ」
冰星はそっと硝子の花を覗き込む。透けた色合いの中に虹色に反射する光があって、眩しくて綺麗だった。透明で、儚くて、でも力強い其の花はきっと彼女に似合うと思って、根元に指を添えてそっとぱきり、手折る。
「いっ!」
「!」
いとも簡単に硝子は皮膚と肉を裂く。小さく声を上げた冰星に小羽は吃驚して。
「えへへ、傷付いたのが小羽さんじゃなくてよかった」
「……我の手なら義手だから、傷付く事はないのに」
白い手が、次々と花を手折っていく。痛くないの? 痛くないですよ。巧く心配できないし、巧く強がる事も出来ない。そんな二人。
そうして冰星は最後に己の赤いリボンをするり解くと、花を括る。小さな硝子の花束を、愛しい小羽へ差し出した。これからも一緒にいてください。ずっと。
「貴方、我の事大好きすぎるでしょう」
「えへへ」
「……帰ったら、其れ消毒ね。きっと冷たい冬の空気よりも滲みて痛いわ?」
言いながらも、小羽は其の花束をそっと受け取るのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
硝子の花は普通の花と一緒に扱って大丈夫ですが、嘘のようにぱっと消えてしまうかもしれません。
旅する花ですから。きっとまた会えますので、其の時を待ちましょう。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
輝かんばかりのこの夜に!
こんにちは、奇古譚です。この度は硝子の花が咲きました。
●目的
硝子の花畑(グラス・ブーケ)に行ってみよう
●立地・出来る事
幻想の山岳地帯の麓です。
混沌各地を渡り歩き咲き誇るというグラス・ブーケが、冬の間は此処に留まる事になりました。
耳をすませば硝子の花弁や葉が触れ合う、しゃららら、という音が聞こえるでしょう。
また、誰のものでもないので摘む事も出来ます。ただ、怪我には気を付けて、
●NPC
頼めば来てくれるかもしれません。
リリィリィは懐かしいなあと花畑を見て回り、グレモリーは其の透明感に苦心しながらもスケッチしています。
また、各国の偉い人も頼めば来てくれるかもしれません。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように合言葉などを添えて下さい。
また、やりたいことは一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってお花見を楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
Tweet