シナリオ詳細
<至高の美味を求めて>豊穣の天覆う暗雲、祓うべし
オープニング
●豊穣グルメ祭
高天京には『八扇』と呼ばれる8つの省庁が存在する。
政治機関であり豊穣を治めるその組織は過去の騒動により、凄まじい混乱と再編の最中にある。
八扇の長のほとんどが空席になり、『代行』がつき政治を行っている。
ならば代行がいずれ卿の座につくのか?
答えは否。政治がそんなに単純明快であれば、とっくに代行たちは代行から「卿」になっているはずだ。
実際には各省で様々な政治的思惑が絡み合い、『候補』と呼ばれる者達が擁立されている。
いわば神輿であるが、それぞれ神輿にされるだけの有能さを持つ者達である。
いざ『卿』となれば自らの支持基盤を完全に土台とするべく動きかねない候補たちは、人材不足もあり各省庁から引き抜かれた者達もいる。
たとえば……宮内省の宮内卿候補である榊 黒曜である。
特異運命座標の影響からスーツと呼ばれる類の服装を纏う黒曜は、元は中務省。
しかし一度八扇から離反した経緯もあり、今は宮内省に籍を置く身となっていた。
周囲が和服を纏う中、新しき風を信条としスーツを貫くその姿から不本意にも【先触れの風】と呼ばれている黒曜だが……その異名を強化するかのような策をまた打ち出していた。
そして……それ故に、少々面倒な相手にも目をつけられていた。
今日もその「相手」は中務省から宮内省の黒曜の部屋まで出向いてきて襖をガンと開ける。
「どういうことですか榊宮内卿候補殿!」
「襖はもう少し丁寧に扱えと言ったでしょう、朝霧さん。貴方がそれを壊したら私達はそれに予算を割かねばならず、それによって大蔵省の連中に文句を言われるのは私達なのです。その時になって私に『中務省が壊した』とでも言わせる気なのですか?」
そう、彼女は朝霧 芙蓉。式部省から中務省へと移動した鬼種でもあり、文官としての高い適性を見込まれている女性でもある。争いが嫌いな性格の芙蓉ではあるが……こと霞帝に関することになると冷静さを失うことが多々あった。
まあ、それは高天京の者であれば珍しい傾向でもないのだが。
「うっ……! し、しかしですね! この豊穣グルメ祭というのは何ですか!」
「書いてある通りですが? はて……貴方は字が読めたと思いましたが」
「そうじゃありません! 優秀な品への宮内省御用達認定! この一文です!」
「優秀なものに御用達認定を与えるのが間違っているとは思えませんが。これからの未来を作るものですよ?」
「食品に御用達の名を与えるということは! それが霞帝様が召し上がるかもしれないということでしょうが!」
「場合によってはそうなるでしょうね」
「市井から募集するという事は! また何か陰謀が此処に入り込む隙を作ることになります!」
「事実、魔種がイベントに紛れ込む可能性が非常に大きいという話があります」
「はあああああ!?」
大声をあげる芙蓉に黒曜は僅かに顔をしかめさせ、しかし小さな溜息1つで気を取り直す。
「……【冥】の1人が、その情報を持つ者と接触しました。かなり確度の高い情報です」
冥。その名を聞き、芙蓉の頭にも本来の冷静さが戻っていく。
「その情報提供者は?」
「……ガストロ帝国と呼ばれる古代文明に連なる国の残り香。亡国の意思を継ぎ続ける者達……ガストロリッター、と名乗ったそうです」
「敵の名は?」
「食の簒奪者、と。正確にはその一枝。食の観点から国という大樹を支配する恐るべき連中の手先であるそうです」
「そんなものが神威神楽に? にわかには信じられませんが」
「故に、あえて敵を内に呑みこむのです。すでに【冥】の者は特異運命座標に助力を仰ぐべくローレットへ。それと……兵部省からも、人を借りました」
「兵部省から? では、この件はすでに神宮寺兵部卿殿も……?」
神宮寺 塚都守 雑賀の名を口にする芙蓉に、黒曜は頷く。
「当然です。相手が魔種ともなれば、それなりの備えも必要になります」
襖の向こうに現れた影に、黒曜は「来たようですね」と視線を向ける。
「どうぞ、お入りなさい」
「失礼します。兵部卿殿より命を受けて参りました」
「あなたは……!」
驚きの声をあげる芙蓉に黒曜は「そうです」と答える。
「ご存じでしょう。兵部省における最大戦力の1人。【黄金英雄】ガルガミシュです」
●食の簒奪者
豊穣の田舎町ヒオウでは、急ピッチで会場の整備が進められていた。
高天京から宮内省の偉い方がいらっしゃるとのことで、迎賓館ともなる最終審査会場の建築。
審査に至る前の前哨戦である屋台広場の整備。
田舎町とは思えない程の急速な発展整備。
このイベント次第では今後も色々と便宜を図ってもらえるかもしれないとあって、誰もが浮かれている。
豊穣各地の商人や腕に自信のある料理人たちも宮内省御用達の看板に惹かれてすでに偵察に来ている者、会場入りしている者もいる。
そうすれば、誰もが自然と1人の男に辿り着く。
【超天然】佐藤 太郎。天然たい焼きという手法によってたい焼きを贈答品のレベルにまで高めた男。
そして、今回のイベントの切っ掛けとなったとすら言われる男。
ヒオウでも誰もが太郎を持ち上げ、持てはやす。
優勝するのはお前だ、お前こそヒオウの、いやカムイグラの誇りだと、誰もがそう太郎を持ち上げる。
そして太郎も……勿論、そのつもりだった。
「へっへっへ……計算通りってな。予想より早く大物が釣れやがった。オレのたい焼きは完璧だ……誰にも負けるはずがねえ」
そう、負けるはずがない。
何故なら、負けそうな相手は潰してしまえばいい。
簡単なことだ……それが出来るだけの力を、太郎は持っている。
こと「力尽く」となれば、太郎に敵う相手がこの辺りにいるはずもない。
あくまで平和な……魔種らしからぬ非常に平和な手段で、太郎は信用を築いてきたのだ。
裏など何処にもないのだから、掬われる足元など存在すらしない。
まあ……1つ問題があるとすれば、ガストロリッターの連中くらいだろうか?
だが、あんな遺跡から出土しそうな過去の遺物どもが、現代で何が出来るというのか。
さほどの問題にはならないだろう。また襲ってくるのであれば、今度は念入りに潰してやろうと。
太郎は鼻歌交じりでたい焼きを焼いていた。
●ローレットにて
その男は【冥】の一員だと名乗った。
かつて豊穣の事件においてその名をイレギュラーズに知らしめたその組織の名を知らない者は居ないだろう。
今となっては再編された、その暗部組織の男は……【隷冥】小酒井・仁衛と名乗った。
「どうも、旦那方。あっしは小酒井・仁衛。まあ、ケチな旅人でござんす。その実は、今名乗った通りでござんすが」
仁衛の隣に立つのは、「騎士」とだけ呼ばれていた全身鎧の男だ。
その男の肩を軽く叩きながら、仁衛は語りだす。
「今度、豊穣の地で少しばかり大きいイベントが催される運びになりまして。その名も豊穣グルメ祭。いやあ、ハイカラな名前ですなあ! 流石皆様に入れ込む宮内卿候補殿は頭の柔らかさが違う!」
あっしには真似できないです、と笑う仁衛だが……どうにも、その豊穣グルメ祭とやらは豊穣の田舎町「ヒオウ」で開催されるものであるらしい。
高天京にもチラホラとその名前が届き始めた「天然たい焼き」なるものが、そのきっかけであったのだという。
贈答品としても知られ始めた、一尾を1つの鉄板で丁寧に焼き上げる高級感のある作り方。
その味も相まって「田舎にも中々のものがある」ということで未来の宮内卿になるかもしれない「宮内卿候補」たる【先触れの風】榊 黒曜に話が届いたのがそのきっかけであったらしい。
ならば、その田舎町に名だたる市井の味を屋台形式で集め、優秀な品に『宮内省御用達』の看板を与える事で豊穣全体の食文化の活性化を狙おうと。
ひいては高天京にも新しく清涼な風を呼び込もうと、そういう狙いのあるイベントなのだ。
「しかし……それ自体が魔種の狙いだったようでござんす」
「そこからは俺が説明しよう」
魔種という単語にざわめくイレギュラーズを前に、騎士と呼ばれていた男が前に進み出る。
「……俺はガストロリッターが1人、アヴェル。古代文明に連なり、食の守護者であったガストロ帝国の遺志を継ぐ者だ」
ガストロ帝国。
かつて鉄帝があった地にその帝都が存在した古代文明に連なる国家の1つだ。
もう歴史からも名が消える程遠い昔に存在したガストロ帝国は「食の守護者」として様々な食材の保護活動に取り組んでいた。
……しかし、食とは光と闇の二重奏のようなもの。ガストロ帝国はその内より生じた魔種の集団『食の簒奪者』により地図から消える結果となった。
それでも、ガストロ帝国の遺志は継がれてきた。
食という観点から世界を操り喰らい尽くそうとする『食の簒奪者』相手に、食の守護組織たる『ガストロリッター』を組織し戦い続けてきたのだ。
結果として『食の簒奪者』は何度も入れ替わり、それでも未だ世界のあちこちに根を張り続けている。
ガストロリッターもその痕跡を探し続け……ついに豊穣に潜む「最も新しき根」を発見したのだ。
「奴の名は【超天然】佐藤 太郎。天然たい焼きと呼ばれる手法で作られたたい焼きを豊穣で広めつつある男だ」
天然たい焼き。
一つのたい焼きを一つの鉄板で焼くという手法は丁寧かつ完成品は非常に美味。
そしてその出来は一つの贈り物としての地位を確立するほどであるという。
だが、その正体は……味覚への刺激により、裏から自分の存在を浸透させ、その魅力により人々に様々な悪影響を及ばせようとしている、暴食に連なるものである。
食による悪影響とは案外計り知れぬものであり、それをよく知っている太郎は今日も人々の無意識を支配すべく暗躍しているのだ。
「調べた結果、天然たい焼き事態に問題はございやせん。しかし、その邪悪な企みはすでに明らか」
宮内卿候補たる黒曜は、これを機に魔種たる「佐藤 太郎」を撃滅する気でいる。
もはや魔種などに好き勝手させる豊穣ではないと、そう知らしめるつもりなのだ。
「さて、そこで旦那方にお願いがございやす。旦那方にも、何らかの形で豊穣グルメ祭に参加し、魔種の撃滅にご協力いただきたい」
この豊穣グルメ祭は宮内卿候補たる黒曜が直々に出向き審査し、帝の口に入るかもしれない食べ物を扱うということで中務省からも「朝霧 芙蓉」という人物が視察にくることになっておる。
更には兵部省からも【黄金英雄】ガルガミシュという男を護衛として派遣することになっているのだという。
つまり、宮内省が旗振りをする……八扇のうちの三省による合同イベントといってもいい超重要行事なのだ。
このイベントの結果如何によっては、豊穣の未来にすら小さくない影響を及ぼすかもしれない。
それだけではない。世界に悪影響を及ぼすべく蠢く『食の簒奪者』の一枝を叩き潰す事は、世界の安寧にも繋がることだ。
未だ平穏には程遠い豊穣に、再びの闇の浸食を許すわけにはいかない。
「どうか、旦那方の力をお貸しくだせえ」
仁衛はそう言って、深々と頭を下げるのだった。
- <至高の美味を求めて>豊穣の天覆う暗雲、祓うべし完了
- GM名天野ハザマ
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月10日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
リプレイ
●屋台の攻防
豊穣グルメ祭。ただの片田舎でしかない町に、豊穣全土から自分の腕に自信のある職人たちの集まるイベントとなっていた。
しかしそれも当然だろう。
次期宮内卿とされる「候補」の1人、【先触れの風】榊 黒曜に謁見し「宮内省御用達」の看板を貰える絶好の機会なのだ。
だからこそ、この田舎町には今、豊穣各地から腕に自信のある……それも屋台グルメという形に収めることの出来る職人たちが大集合している。
自分の店を閉めてまでやってくる機会が、此処にはある。つまりはそういうことなのだ。
それは逆に言えばこのイベントを制すれば豊穣の食を制するも同然であり、恐らくはこのイベントを狙っている魔種もそういうことなのだろう。
「食関連の魔種……怖ー……実力で取りに来いよせめて……まぁ、やれる事やるっきゃねぇよな」
食材の処理をしながら『恋揺れる天華』上谷・零(p3p000277)はそんな事を言うが、零が今何をやっているのか。
それはパン屋『羽印』と書かれた屋台が示していたと言えるだろう。
フランスパンバーガー……零のギフト「Infinite bread」でで創られた丸形フランスパンを用い、野菜や肉など色々な具材をパンに挟んだ、そんな贅沢な一品だが……屋台にもピッタリな食べ歩き出来るグルメでもあった。
屋台が練達製なのも相まって目立つだろうし、物珍しさも有るはず。
其れはつまり此方を黒子が狙って来る率も上がるって事だ……と、そう考える零だが、事実客が結構来ていて追加の食材を早くも仕込み始める状況なのだ。
「食べやすさやボリューミーさ、美味しさにおいては言わずもがなさ。まぁ他の奴らのも強いだろうが、覚えて貰って損はねぇだろ?」
こうやって目立てば黒子も襲ってくるかと思ったのだが……今のところは、そういう気配もないようだ。
「奴等が悪い事せず正々堂々やりきって勝ち取るならまだ許せなくは無かったが……まぁ手を出す時点でだめだよな」
そう、結局はそういうことだ。そういうことなのだが……。
「というか『宮内省御用達』は羨ましい!絶対お偉いさん、とは言わねぇが……こっちの仕事丸く全部収まったらうちのパン売りに行きてぇ……」
思わずそう呟いてしまう零であったが、まあ当然の感情だろう。
「今更だけどギフトでフランスパン結構広まったが……これって食の簒奪者とかいう奴にあてはめられたりしない? 大丈夫? 俺そんな奴ら知らねぇし何なら旅人だからな?」
きっと大丈夫であろう。事前申請もしてるし……何より、混ざっているイレギュラーズは零だけではないのだから。
「うおおおお!この瞬間を見逃す程わしは鈍くないぞう! 依頼も達成する! そしてうどんのシェアを広める! 両方達成してこそ真の勝利であろう! という訳でリヤカー屋台麺狐亭の出張サービスじゃー!」
そんな叫びと共にうどんの屋台「麺狐亭」で参戦していた『至高の一杯』御子神・天狐(p3p009798)もその1人だ。
食べ歩きには向かず客の回転率も落ちるとはいえ、うどんは豊穣でもメジャーだ。
しかも天狐いわく「美味しさマシマシの逸品」は自然と客を集め、客の集まる状況は更なる客を呼ぶ。
かなり良い状況に天狐は笑いが止まらない。
そして、あまりにも目立つその状況は……邪悪なものをもひきつけた。
「オイオイ、なんだこの屋台は! うどん臭くてたまらねえぜ!」
おお、なんということか。
黒子としか言いようのない敵が、訳の分からないイチャモンをつけている。
まあ、イチャモンとは訳が分からないからイチャモンというのだが……今回は相手が悪かった。
リヤカーうどん屋台を武器と化している天狐は、『スーパーノヴァ』で『屋台でうっかり交通事故』を起こしたのだ。
もうそれ以上言わせんとばかりの超速度と超破壊力である。これはひどい。
「いやぁすまんのう! 前が見えんかったわ! 怪我は無いかぇ?」
怪我どころか大粉砕である。しかも、もしトドメをさせてなかったらもう1回やっておこうという確信犯である。
なお犯人は「イチャモンが吹き飛ぶ程のインパクトによって大衆の目を、意識を塗り替えてやればよい!」と宣言していた様子。
まあ、今回ばかりはファインプレイであっただろう。突然の出来事に誰も何も理解できていない。
「美味しいものを素直に美味いと言わず捻くれた奴等には身体でわからせてやらねばなるまい! その一品に至るまで、どれだけの苦労と挫折があったか。どれほどの発想や閃きが注ぎ込まれているのか。そして何よりも!美味を追求した料理人の魂が込められた料理を! 嘘偽りによって陥れようとするその腐った両手で気軽に触れて良いなどと! 神が許してもわしが許さん!」
「こら、其処! 今のは何の音ですか! って……」
凄まじい音に走ってきた朝霧 芙蓉に天狐は見つかり「事情は分かりましたが、もうちょっと静かにお願いしますね」と怒られたとか。静かならいいのだろうか……いいのだろう。ともかく、作戦は順調で。
『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)のように、既存の有力な屋台を見守る作戦に出た者もいた。
存在変質で赤い鷹の姿になり神威之狐面をつけた「不思議な鳥さん」アピールをしているカイトが見守っているのは焼き鳥屋「鳥銀」の屋台だ。
言葉は出さず、ぴぃぴぃ鳴き「……俺は喰いもんじゃねーからな! むしろその焼いた鳥を狙っている猛禽だからな!」というアピールで翼をバタバタとさせるその姿に鳥銀の店主、立花・五郎兵衛が「なんだあの鳥……焼くか?」と呟いているが、それはさておこう。
まあ、そんな交流をするとカイトは一回飛び去ってから気配を消して屋台の屋根に戻る。隠密警戒しつつ、面をつけた鷹を印象付けさせる狙いがあったわけだが……。
「それにしても祭りなのに雰囲気がピリピリしてやがる。お偉いさんが来るにしては、物々しい雰囲気を感じるな? ま、だからといって俺のやることはいつもどおり、最高の焼き鳥を作り上げるってもんよ!」
そんな事を言いながら焼き鳥を作っている五郎兵衛はなんともプロだとカイトは思う。
まあ、たまに使い魔が焼かれているのが気になりはするが……今のところは平和だ。
他の屋台に黒子どもは行っているのだろうかと、そんなことをカイトが考えた矢先。
「おいおい、なんだこの焼き鳥! つまんねーもん焼きやがって!」
来た。カイルはすぐにそう察する。というか、あの黒子そのものな怪しい姿。分からないわけがない。
ピィ! と一鳴きして鳥足でゲシゲシすると、変化をその場で解く。
「!」
待ち伏せされていた。そのことに気付くと黒子は囮作戦をとるまでもなく逃げていく。
当然逃がすはずもないが、屋台から離れてくれるならいうことはない。屋台大事、食べ物は粗末にしてはいけないという精神である。
追いかけようとすると、五郎兵衛から声を掛けられる。
「おい、アンタ名前は!」
「カイトだ! ……鳥が焼かれて喰われるんだ、なら美味しく作ってくれる旦那を守るのは鳥のためだぜ……あと焼き鳥喰うのは好きだしな! 期待してるぜ!」
そう言ってカイトは黒子を追いかけて撃滅する。
そんな騒ぎとは別の場所で、『マスターファミリアー』リトル・リリー(p3p000955)と『ダメ人間に見える』佐藤 美咲(p3p009818)も見回りをしていた。
「うーん、こんな魔種も居るんだねっ……まぁ、倒すだけ、だけど。だって、屋台潰しは許さないし、こんなことするってことは正々堂々とやる気はなさそうだもんねっ……そもそも魔種の時点で……ねっ」
「どーでも良いっスけど佐藤+ありふれた名前でキャラかぶってるんスよね」
「そ、そうかな?」
リリーは美咲にそう答えながらも、空気を戻すようにグッと拳を握る。
「でも、今回は倒すだけじゃダメなんだよねっ。隠れてる相手もいるし……探さないと。その上で出来るだけ屋台の人たちにバレないようにしないといけない。食べ物勝負な面もあるから、料理してる人たちのためにも頑張らなくちゃ!」
どうにもすでに別の場所では黒子を撃退もしているようだ。
自分達も頑張らないといけないとリリーは気合を入れなおす。
では具体的にどうするか、だが……リトル・アーサーと美咲に周辺の警戒を任せ、リリー自身はファミリアーを飛ばすことで探索を実施してる。
……ついでにカイトを見つけたり美味しそうな屋台を見つけたりしているのは、断じてサボっているわけではない。
「一人より二人、二人よりも三人、だからな」
アーサー自体もそう言って手伝ってくれているし、美咲もなんだかんだで自分の役割をしっかりと果たしている。
結果として黒子を見つけるやいなやリリーのカースド・バレットが飛び、美咲の捕縛格闘が炸裂する。
「キャーッ! この人、今私の胸触りましたーッ!!」
なんと恐ろしい攻撃だろうか。男性特効の凄まじい一撃である。
そして黒子はあっという間に退治され……なんと美咲は天然たい焼きを買ってきていたりする。
「ちょうど今の騒ぎで人が引いたので天然たいやき買ってきました……アーサー氏たちも食べます?」
「あ、あはは……」
まさか噂の魔種の屋台で買ってくるとは思わなかったのか、リリーもアーサーもその豪胆っぷりにビックリしてしまう。
「まー、職人にもクズはいますし愛情は最高の薬味と言っても薬味単体で料理は成り立ちません。それはそれ、これはこれってやつでス」
「かもね……それにしても久しぶりの豊穣だし、ホントはゆっくり色々食べて楽しみたかったけど……仕方ない、ねっ」
そんな事を言うリリーの手をアーサーと美咲が引き、屋台巡りに連れていく。
そして、そんな3人を『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は見送っていた。
「ははぁ、イレギュラーズが様々なら魔種の在り方も様々ってことだな……だが魔種はそこに在るだけで滅びのアークが溜まる存在、しかも豊穣のご用達を決めるイベントを滅茶苦茶にするとあっては放っては置けないな」
人に混ざってたい焼きを売る魔種など珍しすぎて何も言えないが……つまりはそういうことだ。
祭りの準備の業者に紛れ込んだ錬は職人魂を活かして屋台の飾り立てや調理器具の整備を担っていたが、屋台の設営に黒子が絡んでくることはなく、そこは安心というところだった。
屋台の周囲には各屋台に並ぶために列整理用のポールパーティションを設置、しっかりと客側の統率が取れていれば難癖を付けるクレーマーも目立つし手を出しづらい……と、そういうわけだ。
しっかり他の屋台主への誤魔化し用の演武のスペースも空けて何かあった時はあそこで色々催し事をすると説明しておく徹底っぷりは錬から他の仲間たちへの心遣いだった。
まあ、聞いた話ではさっき天狐が黒子を轢いたらしいが……。
ともかく列整理に巡回と、やるべきことは多い。
見たところ紛れ込んでいるという魔種も真面目に屋台をやっており、そちらには今は手を出せない。
「列はしっかり守りな、割り込みなんてこの豊穣グルメ祭りで許すとは思うな!」
そんな錬のように運営側に回る者もいれば、『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)のように客として紛れ込む者もいる。
「役得役得……なんてね。皆へ持ち帰る用のも包んで貰わなきゃね」
一般豊穣民Cとしてグルメ祭を練り歩き、怪しげな相手を探ったり屋台の傍に侍って即応できる様に密かに警戒する……と言っていたカインだが、その宣言通りに行動していた。ちなみに何故AでもBでもなくCなのかは不明だ。
そしてカイン曰く「そもそも僕は豊穣の領地を預かる一人でもあるのだし、自然体、当然の面持ちでよく名を聞く屋台(ライバル屋台)を食べ歩いて回ろう。勿論ただ回っているだけではなく、ギフトで自身の戦闘者としての気配を隠しながら密かにそれらの屋台の周囲を警戒するよ」とのことであったが……確かにはたから見ている限りでは、カインの姿は食べ歩きの観光客そのものであっただろう。
カイトが見張っている鳥銀、天狐の屋台……と通り過ぎていく。
「こんなに良い店達を台無しにされるなんて豊穣の損失だからね。ディレッタを修める僕が言うんだから間違いないよ」
黒子が現れたら速攻で倒すつもりでカイトは歩いていくが……その姿を『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は視界に軽く収める。
ちなみにゴリョウの屋台が陣取っているのは「甘味処たま」の隣で、屋台をやりつつ守るという作戦だ。
「甘味処たま」の白玉あんみつは白玉に一切の手を抜かない逸品で、恐らくは水にも秘密があるだろうことをゴリョウは見抜いていた。
さて、そんなゴリョウの出す品は『昆布おはぎ』だ。
粒感のある4分づきのもち米(うちの領地の米)を5、なめらかですっと溶けて広がるような上品な甘さの漉し餡を5の割合で大福を作るように餡子を中にして丸め、とろろ昆布ときざみ昆布をまぶした変わり種だ。
「見た目こそ地味で昆布と餡子って合うの? って疑問に思うかもしれねぇが、昆布の旨味と塩気と漉し餡の甘さの組み合わせは意外と合うのさ。それにこの甘じょっぱさは甘味に麻痺した舌をリセットしてくれる。俺としちゃあ切磋琢磨する良き好敵手。互いを引き立ててこその祭りってもんだ!」
「なるほどなあ、よく考えやがる」
甘味処たまの主人が感心したようにゴリョウに頷くが……これは屋台の店主として出店している魔種に対する作戦でもあった。
(佐藤の天然たい焼きにとってもメリットのあるうちの屋台を潰すことが出来るかな?)
その防御策はしっかりと作用したようで、ゴリョウと隣の甘味処たまには黒子は訪れる事は無かった。
そんなゴリョウの屋台の近くを通り過ぎながら、『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は【隷冥】小酒井・仁衛と歩いていた。
まあ、歩いていたというよりは食べ歩きをしている仁衛に風牙が会った形になるのだが……。
「……ところで仁衛のおっさん。あんた【冥】だったのかよ! いや、何となく只者じゃなさそうな気配は感じてたけどさ! くそっ騙された! まあいいや。以前はともかく、今の【冥】は敵じゃない。一応、信用させてもらうからな?」
「ははは、そう言っていただけると、あっしも助かるでござんす」
では、と言い残して飄々とした態度で去っていく仁衛は、彼なりの仕事をするのだろうが……その背中を見送り、風牙は溜息をつく。
風牙は、特に有力とされる屋台の巡回を担当していた。途中で天狐の屋台を2度見したり、カイトと焼き鳥屋「鳥銀」の屋台を見て「……いや、別に、何でも」と呟いたりもしていたが……黒子も1体叩き潰し、今のところ順調であった。
「まさか、メシにまつわる魔種がいるなんてなあ……世界は広いぜ。
けど、魔種は魔種。世界にとってやべえ存在なのは変わりない。きっちり叩き潰さねえとな」
そんな事を呟きながら、風牙は歩く。
念のため、芙蓉と交渉し会場に「演舞場」を作ることで黒子を叩き潰す時の言い訳作りも出来ている。
戦闘になったとき、いきなり武器を振り回したら大騒ぎになるだろう。しかし、あらかじめ演武を行なっておけば、「イベントの一環」と思ってもらえると思う……というのが風牙のアイデアで、芙蓉も感心し早急に手配をしてくれたのだ。
まあ、そんな芙蓉も屋台で黒子を弾き砕く狐娘がいるとは思わなかっただろうが……。
その辺りの暗がりにも、影にも注意しながら風牙は歩いていく。
そうした【屋台】組の緻密な努力の結果……有力とされる屋台を全て守り切るという結果を得る事が出来たのであった。
●審査場の攻防
屋台での人気など、複数の項目を精査し幾つかの屋台が最終候補に選ばれた。
ちなみに、その中にはゴリョウや零、天狐たちも本来ならば入っていたのだが……「貴方達の出していた品の素晴らしさは私が認識していますので今回はご了承ください」という黒曜の言葉で最終審査からは外れることになった。
しかし、宮内卿候補たる黒曜に認められたという事実は大きい。豊穣で自分たちの料理が充分以上に通用するというお墨付きなのだから。
さて、そんなわけで集まったのは5つの屋台の主。
濡れ煎餅の「香ばし屋」、焼き鳥の「鳥銀」、白玉あんみつの「甘味処たま」、団子屋の「もち良」……そして天然たい焼きの「大漁丸」だ。
集まった5人の店主のうち……佐藤 太郎を除く4人を『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)はじっと見ていた。
今のところ、5人ともエネミースキャンには引っかからない。
そう、魔種である佐藤 太郎ですら……だ。まあ、これで引っかかるようならもっと前に網にかかっていたのだろうが……。
とにかく、ならばとウィズィは一番スタッフの少ない鳥銀の五郎兵衛に「恙無く審査を行うために、護衛につかせて頂きます。ま、念の為ですけどね!」と告げていた。
これは大々的なアピールであり、何処かに潜んでいるかもしれない黒子への牽制であった。
そして五郎兵衛からは「今日はなんだか守られてばっかりだぜ!」と楽しそうに承諾を受けたが……黒曜への顔合わせが終わった後、五郎兵衛はウィズィに手招きする。
「どうしました?」
「いや、なんで俺に目ェつけたんだ? 何やら怪しいのが動いてるのはこの目で見たけどよ」
それが分かっていてこうなのだから大した肝っ玉だと思いながらも、ウィズィは正直に告げる事にする。
「スタッフが少人数の屋台の方が成り代わりが難しいと思うので。ですから、まずは一軒に集中するつもりです。他にも仲間はいますしね」
「なるほどなあ」
敵は変装してスタッフに成り代わるかも……というのは、伝えてしまったら調理に支障が出るかもしれませんから伏せておくつもり、だったのだが。
「……その隅っこに居る怪しげな生き物は?」
「あてしはふぇにっくすです」
「気にすんな。使い魔兼ペット兼食材だ」
「なのです」
「そ、そうですか……」
流石にコレには成り代われまい。そう考えていたウィズィだが……部屋の隅に不自然に溜まっている影を見て、すぐに戦闘態勢に移行する。
「そこ!」
「っち!」
影から飛び出てきた黒子を睨みながら、ウィズィは叫ぶ。
「さあ、Step on it!! 逃さないぞ!」
そうしてウィズィと黒子の戦闘が始まったころ……他の店主たちもそれぞれに与えられた厨房へと移動していた。
ちなみに与えられる厨房は寸前に黒曜が割り振り、事前に何かを仕掛ける事ができないようにしてある。
しかし、それでも不測の事態は当然起こるものだ。
だからこそ『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)は審査時に謀が起きぬか徹底監視をすることにしていた。
「裏できな臭いことがなければ純粋に楽しみたい催しなのじゃが……事が起きたら祭どころではなくなっておるじゃろうしのう、残念なことじゃ」
しかし、実際に事を防ぐと言ってもどうしたものか。
アカツキは考えて、まずは情報収集がてら周りとのコミュニケーションだと気合を入れる。
だがコミュニケーションといっても誰ととったものか。
芙蓉や黒曜は如何にイレギュラーズとはいえ今からは簡単に近づけはしない。
ならば……と、手持無沙汰に審査の為の台を磨き始めていた鬼人種の少女にアカツキは声をかける。
「そこの黒髪が綺麗なお嬢さん、妾はアカツキ・アマギと申す者じゃ」
「え? ボ、ボク? えへへ、綺麗だなんて。嬉しいなあ! よろしくね、アカツキさん!」
「うむ。此度は審査のお手伝いとして呼ばれたのでよろしくのう。一応審査員の護衛も兼ねておるので、何かあれば声をかけてくれると嬉しいぞ! 妾も何か気になることがあれば声をかける故、そちらも何かあればひっそり伝えて欲しいのじゃ」
そうアカツキが言えば、鬼人種の少女は「ええー!」と声をあげる。
「じゃあ、キミも今回来てるっていう……うわわ、どうしよう。今からでもアカツキ様って呼んだ方がいい?」
「ははは、要らぬ要らぬ! しかしまあ……豊穣の食文化は独特じゃが妾の好みなので、審査に参加したいぐらいなのじゃがなあ。特にほれ、妾は餡子の類が好きでのう……お主は特に好みとかあるのかの?」
「ボク? 何でも好きだよ! あ、でもたまに甘いもの食べた時には幸せかなあ」
にへっと表情を緩ませる少女にアカツキも微笑む。
「ところで、お嬢さんのお名前はなんというのかの?」
「ボク? 名前は……その、無いんだ。色々あって……あ、ごめんね! 行かなきゃ!」
そう言って去っていく少女にアカツキは「ふむ」と呟く。
どうやら彼女にも色々と事情がありそうだが……今は、それを解決はできそうにはない。
しかし、今日繋いだ縁がアカツキと少女を再び引き合わせるような……そんな気が、していた。
「さてと、後は会場の下見ぐらいかのう。成り代わり、すり替えを始めとする後ろ暗い行為は人の死角で行われるものじゃ。暗がりや舞台の陰となる場所があるかどうか確認しておくのじゃ」
気持ちを切り替えてアカツキは会場を巡回していく。
そんな中、『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)もまた「甘味処たま」の屋台主を護衛していた。
胡桃としては豊穣グルメ祭は仕事でなくとも来たかったイベントであり、出番が来るまで屋台巡りもしていた。
その中でも気になっていた甘味処たまの主人の護衛を申し出たわけだが……。
神威神楽に領地を持っている胡桃としては、是非とも甘味処たまの味を領地に持ち帰りたいという下心もあったりした。
「わたしが推してるというのを周囲に示す意味でも屋台主さんの側にわたしがいるのはおかしくないという論法なの」
「ああ、そりゃこっちとしても願ったりな話なんだが……」
甘味処たまの主人は胡桃にそんな好意的な反応を返しつつも、頬を掻く。
「さっき出た黒子みたいなのは……なんだったんだ?」
胡桃の怒涛の攻撃で沈んだ黒子の事を言っているのだろうと当然胡桃も理解しているが……今はまだ、調理の手が鈍りそうなことは言わない方がいいだろう。
だから胡桃は「コャー」と鳴いて誤魔化すのだった。
さて……その頃、アカツキと分担して会場を見回っていたのは『未来を願う』小金井・正純(p3p008000)だ。
なんちゃら太郎、名前はよく覚えてませんがこの豊穣で騒ぎを起こすというのなら捨て置けません。
万が一にでも天香に連なる方々のお口に入るようなことがあれば困りますし、相手が魔種であろうとここでその企みを絶ってしまいましょう、と。そんな気合満々の正純であったが……使える限りのスキルを使い自身を一般のスタッフに偽装していた。
審査会場に余計な人員が入れない以上、魔種の意識は特異運命座標であることに向いているはず。
ただの凡庸な現地人には意識すら向けないだろうと、そう考えていたのだ。
「黒子、前情報が確かならば隠密が得意とのこと。んー、とはいえ何かを見抜くような技能はもちあわせていません。なので、怪しいと思ったものを片っ端から目星をつけておくしかないですね」
まだ審査対象の屋台主たちは来ていないが、何が起こるか分からない。
(この仕事が終わったら、私も屋台でなにか買いましょうか。天香の屋敷と、星の社へお土産でも買ってみんなで食べましょう。食事をできることに感謝をしながら……)
食の魔種に関わる仕事をしているからだろうか、正純はそんな事を考えていた。
そして、『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)もまた会場へやってきていた。
……そろそろ、審査の為の品と屋台主たちが集まる頃だろうか。
見つけた黒子は片っ端から狩ってはいるが、安心はできない。
たとえば、先程から手持無沙汰に仕事を見つけては働いている鬼人種の少女など狙われやすいかもしれない。
「食というのは、生きる糧にも簡単に殺せる毒にもなる。それを魔種に掌握されるなんて……豊穣の者として、許しません! しかも遮那君が口にする可能性あるかもですし!」
「そうデスネ」
まあ、宮内省御用達にもなれば、そういうこともあるだろうか。
それはなんとしても防がなければいけないわけだが……。
「……ところで、ポルカさんは何故此処に……?」
斜め後ろに立っていた瓜畑 ポルカは朝顔の仕込みではなかったようで、朝顔は本気で分からない顔をしていた。
「食のお祭りなので来てましたが……色々起こってマスヨネ? でお嬢を手伝えば、解決しますよね多分!」
「概ねあってますが……」
その為に、毒見役の少女と仲良くなろうと思っていた。
しかし、どうするべきかと悩んでもいたのだ。
「そりゃ勿論、料理が1番デス! 人は自分を笑顔にさせる人を信じマス! そして料理は人を笑顔にしますカラ! という訳で料理をしたいデース!」
「まあ、持ってきたもの使っていいですけど……」
そんなこんなでポルカ特製のお菓子を少女に渡してみると、ぱあっと顔を明るくさせる。
「わあ、これをボクに? 嬉しいな!」
どうやら確かに好感触ではあったようだ。その事実にホッとすると、朝顔は言葉を選ぶ。
初対面であるからこそ、どう接するべきかと考えたのだ。
「私を信頼して欲しいけど、初対面ですしねでもキルシェ先輩……恐らく、この後に桃髪の月人が来るはずです。貴女の名前が聞きたい、と。貴女と話がしたいと言っていましたから。だから彼女や先輩方は、信じてあげて下さい」
その言葉に少女はちょっとだけ困ったように、けれど「うん、分かった」と確かに約束してくれる。
実のところ、考えていた「目の前で作る方式」については検討段階で「目の前で武器になるうるものを持たせるなどとんでもない」と芙蓉に散々反対され今の方式になったらしいので、それは出来ない……が。
すり替え防止の為に仲間たちが動いている。
だからこそ、朝顔は少女への信頼構築に努めることにした。
「所で、貴女のお名前は……? ない? 色々突っ込みたいですが…ないのは困りますよね」
「えへへ……」
「例えばですけど、水無月はどうでしょう?」
「水無月?」
「ポルカさんに昔、あのお菓子には三角は氷を意味し、夏痩せしないようにと。小豆は厄除けの意味があると聞いたんです。なので貴女の健康が長続きしますようにと。もう災難には巻き込まれぬようにと、厄除けの願いを込められたらって……」
「うん、素敵な名前だね」
少女は水無月、と繰り返すとぎゅっと拳を握る。
「水無月、水無月……か」
じゃあね、と少女はパタパタと何処かにまた走り去っていく。
その姿を朝顔は静かに見送って。
「では、審査を開始します!」
銅鑼の音が聞こえ、宮内省の役人の声が響く。
審査品を持った店主たちが会場に現れ……その様子を『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)と『瑠璃雛菊の盾』ルーキス・ファウン(p3p008870)はじっと監視していた。
「魔種、その上カムイグラと賀澄様を害する存在とあらば、誅するのに一寸の迷いもありませんね。えぇ、迷いなどありませんとも賀澄様の為ならば! ……はっ、すみませんちょっと熱が入ってしまいました。『瑠璃雛菊の盾』の名に恥じぬ様、必ずや魔種の陰謀を食い止めてみせます」
霞帝の名を呟くルーキスはやる気満々といった風だが……そんなルーキスとノリアは黒子による料理のすり替えを事前に防ぐ事、そして万が一の時に料理の再すり替えをする為に動いていた。
今のところ、黒子による攻撃は全て撃退できている。
出来ているが……万が一ということもある。
ノリア自身「普通なら、もう、再すりかえなんて無理、とおもう状況でも、お料理を、交換することが、できますの」と宣言しており……それを考えると、最後の瞬間まで気を抜くわけにはいかなかった。
「どう、ですの?」
「……事前に覚えた形や匂いと違う品はありませんね」
ノリアの問いにルーキスはそう答える。
万が一の際はルーキスが事前に購入しておいた料理をノリアに渡し、すり替える手はずは整えていたが……今のところ、その出番は無さそうだ。
慣れない演技をして太郎の注意を引きながらノリアの動く隙を作る練習までしていたのだが……まあ、喜ばしいことではある。
「ほんとうは、わたしも、いとしの、ゴリョウさんに、おいしく、料理してもらいたかったのですけれど……ゴリョウさんは、わたしを傷つけることは、なさいませんから」
なんか隣でノリアがちょっとコメントしにくい事を言っているが……気にせずルーキスはノリアと共に監視を続ける。
そして見守られる中で毒見、そして黒曜による試食が進んでいき……やがて、黒曜は頷く。
「皆の者、この度は大儀でした。呼びかけに応え、遠い地から集まってくれた者も居るとのこと……その心、そしてこの最終審査に辿り着いた品々。どれも甲乙付け難いものでした」
そう前置きし、黒曜は立ち上がる。
「では、此度の優勝者を告げます。私が選んだものは……」
●審査終了。そして
「焼き鳥『鳥銀』の塩焼き鳥です。素材の選択、焼き加減。どれも驚嘆に値します。何より、焼き物でありながら冷めても美味であること。これは特に素晴らしいと言えましょう」
今回ですら毒見役の少女を通しているが……もし宮中の人々の口に入るとなれば、冷めるのは当然になってくるだろう。
焼き物という焼いた瞬間が一番美味いものでありながら甲乙付け難い程の味を維持する、その点を黒曜は評価したのだ。
「無論、他の品が劣っているというわけではありません。この催しは定期的な開催も考えています。今回選ばれなかった者達も……」
「……認められるかってんだ、そんなもんよォ……」
黒曜の言葉を遮るように、1人の男がそう呟く。
天然たい焼き「大漁丸」の主人……佐藤 太郎。
ただの気の良いたい焼き屋にしか見えなかったその男の気配が、明らかに変化してきている。
「此処まで来てよう、オレのが選ばれない? またやり直し? あー……ったくよう。真面目にコツコツやってきたってえのに邪魔は入るしよう。たぶん今回逃したら次回はねえよな? なら、もう……やっちまうしかねえよなあ」
それがどういう意味か……考えるまでもない。【黄金英雄】ガルガミシュが芙蓉と黒曜を庇い、剣を抜く。
そして……太郎の影から、5体の黒子達が這い出てくる。
「仕方ねえよなあ! オレの邪魔するんだもんよう! 此処にいるお偉いさん全部入れ替えて、計画通りに進めるっきゃねえよなあ!」
もう遠慮する必要はない。
配置されていた全員がこの場に飛び込み太郎を囲むが……その中に『よく炙られる』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)の姿を見つけて太郎はあからさまに怒りをみせる。
「なんだあ、そのたい焼きは! オレへの嫌がらせか!」
「ええっと……たまたま神威神楽に来ていただけなのになぜこんなことに……そもそも、僕は鯛であってたい焼きではないんですが……え? 本当に関係ないんですけど……いえ、まぁ、そうですね。魔種は倒すべき存在ですから。ええ、手は当然貸しますとも……なので、その。いつも以上に複雑そうな眼で見るのやめません?」
ギフト「甘く熟れた海の幸」のせいで見た目がたい焼きになっているベークを見て太郎が怒っているが……ベークとしては「勘弁してください」といった感じである。
この状況だと太郎がああやって怒っていなければ、下手すると太郎の手先だ。
「よくわかりませんが……『暴食』の魔種、貴方の相手は僕が承りましょう」
「よく分かんねーのはお前だろうが!」
何人かが「その通りだなあ」という目を向けてくるが、ベークは負けない。慣れてるから。
「そういう切り口から攻めてくる魔種もいるんスねぇ。生きるうえで食事は切っても切れないものですし、ただの暴動よりよっぽど厄介かも? でも遮那さんのおわすこの豊穣に、どんなかたちであろうと乱あるを許さないッス!」
『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)が白妙刀【忍冬】を向ければ、太郎はニヤリと笑う。
「許さなきゃなんだってんだ。おお?」
「……気に入らねえな」
そんな太郎の様子を見て、『酒豪』トキノエ(p3p009181)は独りごちる。
「祭りを台無しにすんのも、食い物で悪事を働こうとしてんのも、全部まとめて気に入らねえ! これ以上てめえに好き勝手させてたまるかってんだ!」
「ああ。此度の元凶たる貴様を祓う……つまりは、そういうことだ」
ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)も皮を脱ぎ捨て、戦闘態勢に移行する。
「太郎さん、君はそうやって……他の屋台の邪魔、しようとしてたんだね」
『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は、そう太郎へと問いかける。
豊穣の皆を騙して邪魔して利用しようとした事も。
止めようとしたガストロリッター達の信頼を損ねた事も。
おいしい天然たい焼きを利用し価値を損ねた事も……許せない。
祝音は……太郎にとっても怒っていた。
「神使として、皆に聞いてほしい。彼……太郎さんから何を言われても、了承しないで。否定して……お願い、だよ」
純種の人は反転する可能性が。
旅人でも狂気に陥る可能性がある。
呼び声に応えたら、純種の人は戻れなくなる。
だからこそ、祝音はそう呼びかけて。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の合図でガストロリッターたちが審査会場に飛び込んでくる。
「この祭りで起きたトラブルは騎士の仕業か? 違うだろう、そこの黒子だ。佐藤太郎の側にいる黒子だ!」
そしてガストロリッターへの反応を抑えるため、イズマ、そしてトキノエはそう叫ぶ。
「アヴェルさんとは付き合いがあるから誓って言うが、ガストロリッターは『食』の味方だ! 豊穣グルメ祭を荒らして『食』を奪おうとする魔種から皆さんを守るためにここにいる! 信じろ!」
「そいつらは味方だ、あいつの正体見たんなら分かんだろ?!」
その叫びに太郎から逃げるように離れていた屋台主たちも頷き……兜の下で、ガストロリッターたちが薄く笑う。
「祝音、イズマ、それとトキノエ。貴様等からの借りは忘れはしない。此度の戦い、全て貴様等の作戦通りに動こう」
「チッ……骨董品どもまで引っ張り出してきやがって。こうなりゃ、しょうがねえよなあ! おらあ、出てこい養殖ども!」
太郎の姿が……ずらりと11人に増える。
なんということか、見た目でも気配でも全く区別がつかない。
「味しいご飯は幸せなのに、いけないことに使うのはめっ! なのよ! 美味しいたい焼き焼く素敵なおじさんって聞いてたのに、凄くがっかりよ!」
「知ったこっちゃねえなあ! オレの作戦壊すお前等がいかんのよ!」
『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)に太郎が嘲笑し、一気に別方向へと走り出す。
どれが本物かはもう誰にも分からない。分からないが……やるしかない!
「まずは周りの人の安全確保ね! 保護結界で会場守って、偉い人の事はガルガミシュお兄さんが守ってくれるみたいだから、毒見役のお姉さんとか他の屋台の店主さんたち守らなきゃ!」
キルシェは素早く状況判断をすると、店主たちを集めて避難の準備をしていた少女へと声を走り寄る。
「初めまして! ルシェはキルシェです! お姉さんたちのお名前教えてください!」
「え!? ボク!? ボクは……えっと、水無月……かな」
「あのね、ルシェたち魔種を倒して、お姉さんたち守りに来たのよ! 騎士のお兄さんたちはルシェたちの仲間です! 絶対お姉さんたちに怪我させないし、もし怪我しちゃったらルシェすぐに治すから信じてください! ルシェも店主さんたちの美味しい料理食べたいの。だから今は守らせて?」
少女は……水無月は、先程別の少女……朝顔から聞いた言葉を思い出す。
「うん、分かった! お願い!」
そして、ガストロリッターたちがキルシェの下へ走ってくる。
「待たせた。作戦は聞いている」
「うん、お願い!」
ガストロリッターに後を任せると、キルシェは走り出す。
「美味しいご飯をいけないことに使ったり、みんなが楽しみにしてたお祭り台無しにしたことはルシェも怒ってるのよ!」
そう、誰もが怒っている。この豊穣に、悪意を持ち込んでいることに。
「回りくどいとか色々言いたい事はありますけど。魔種ならとりあえずやっつけましょうか! いきますよクーア、とっとと終わらせて謝礼のご馳走をいただきましょう! 美味しいたい焼きは正直一度食べたかったですけど! ホントは!」
「実にふざけた魔種なのです。これまでに出会った中では、たぶん一番……自らの腕一つで、純粋な鯛焼き作りで成り上がるつもりでしたら、きっと救いようはあったでしょうに。姑息な妨害に頼る時点で、貴方に王座を簒奪する資格なし。その身も命脈も名声も。今ここで黒焦げにして差し上げるのです!」
『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)と『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)が、太郎へと向かっていく。
どれが本物かは分からないが、流石に自分と全く同じ力を持つモノを10体など生み出せないはず。
なら、全部倒していけば本物に辿りつく。
「周囲40Mが私の領域……ってね!」
「黒雷にして紫炎の閃光、逆さまに咲いて天まで昇るのです!」
利香のチャームが周囲に広がっていき、クーアの逆さ雷桜【一重咲】が太郎のうちの1体に命中する。
基本戦法はヒットアンドウェイ。
「利香が集めて、私が蹴散らす。利香が受けて、私が攻める。すなわち、いつもどおりの紫炎の攻勢。たとえ格上とて易々と破れはしないのです!」
そして、『竜剣』シラス(p3p004421)も拳を握り猪鹿蝶で黒子を撃破する。
「魔種の考えることはロクなもんじゃねえな」
複数対複数の戦いは初動が肝心だ。なるべく散らばられる前に倒しておきたかったのだが……こればかりは仕方がない。
(あくまで目的は佐藤太郎の打倒ではなく被害を出さないことだ。奴は逃がしても構わない)
それを忘れないようにしながら、シラスは次の黒子へと向かっていく。
すでに屋台主や少女もガストロリッターたちがガードし、黒曜や芙蓉もガルガミシュがガードしている。
ならば、その護りを抜かれないように暴れまわるのがシラスの仕事になるだろう。
「実力行使には実力行使だ。まずはアンタ等の数を減らさせてもらう……!」
そして……『甘い筋肉』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)も怒りに満ちていた。
食(プリン)を悪用するだと!?
自分は、プリンが大好きだ。
食べ物の中で何よりも好いているし、だからこそ食というものに関しては敏感なつもりである。
故に……その食を悪用する者がいると聞いてなお!
「黙ッテイラレルカ!!」
叫び、マッチョは戦う。
「たい焼き……実にプリンが合いそうな食べ物だ。たい焼きとかあるに違いない。ないならば新たに作るべきだ。兎にも角にも素晴らしい食には違いない。
だというのに、それを陰謀に使おうなど……何と嘆かわしい!
このままでは、この食物に良からぬイメージがついてしまう!
「ウオオオオ! コノ国ノ、(プリンたい焼きの)未来ハ……絶対ニ守ッテミセル!」
なんだか色々間違っている気もするが、タンク兼回復役をかって出たマッチョの実力は本物だ。
「知ッテイルカ! 食べ物ハチャント管理シナケレバ……食中毒ノ元ニナル!」
……まあ、微妙に色々と間違ってる気もするのだが大筋では間違ってないので問題なしだ。
「なにこいつら!?」
そして『雷虎』ソア(p3p007025)は、養殖太郎の数の多さに腰が引けそうになりつつも勇敢に戦っていた。
「こんなの無理ー! と思ったけれど、意外といける……?」
弱くはない。弱くはないが……「魔種」と比べれば圧倒的に劣化版だ。
本物の太郎よりもずっと弱いであろうことがよく分かる。
「どうやらそっくりだけれども自分より弱い分身をいっぱい作れるみたいね! でも見た目に紛らわしくてとても厄介ね! 決めた、ボクはこいつらを先ずなんとかするから!」
そう叫びながらソアは養殖太郎へと襲い掛かる。
「分身がこのボクより速いことはないよね?」
本物の佐藤太郎にハードヒットを狙うのは大変そうだけれども分身が相手ならやれる自信がソアにはある。
「余計なことされちゃう前にどんどんやっつけていかなくちゃ!」
そう叫び、ソアは神気閃光を放っていく。
「うじゃうじゃ同じ顔が増えやがって! 面倒くせえことすんな!」
トキノエもそれに加勢してくれているが、どうにも太郎の顔が増えたことにキレ気味だ。
まあ、仕方ない部分はある。
「さっさとこいつ等減らすぞ!」
「おっけー!」
そうしてソアとトキノエは連携して養殖太郎たちを狙っていく。
「生み出すことに制限がなく、吸収することで体力を回復する、そしてまた生み出す。下手をしたら永久機関となりそうッスからね! これをどうにかしないとこちらがジリ貧になってしまうッス! だからとにかくこの数を減らしていくッス!」
そこに鹿ノ子まで加われば、養殖太郎相手の布陣は完璧に近い。
「うーん……凄いたい焼きだね。天然物は焼き型を引っ繰り返すのに技術も体力も居るから、こんなに美味しいたい焼きはわたしも食べた事がなかったよ。だからこそ惜しいなぁ、貴方を倒してもうこれが食べられなくなるのは」
『赤い頭巾の悪食狼』Я・E・D(p3p009532)が太郎の屋台で買った天然たい焼きをもぐもぐと食べながら、そんな感想を漏らす。殺すとしても料理人相手に感想は大事、きっと食の古文書にもそう書いてある……らしい。
戦いながらЯ・E・Dは、恐らく本物であろう太郎と戦いながらそう言い放つ。
「というか本当にこれどうやって作ってるの? 教えられる範囲で良いから、味の秘密とか教えて欲しいな。作り置きがまだあるなら買うよ?」
「ハッ、そんなもん技に決まってんだろが!」
戦いながら太郎と会話していく。
それに意味があるかは不明だが、たとえ魔種相手でも料理が本物なら真摯に語れる自信がЯ・E・Dにはあった。
無視されても強引に会話を続けるつもりだったのだ。
破式魔砲を射程外から連打しようとするЯ・E・Dだが、太郎はすさまじい勢いで距離を詰めてくる。
逃げきれない。そんな直感じみたことを感じていた。
そして同時に話にのってくること、この強さ……これが「本物」だ、とも。
なんとなくだが養殖のほうは話にのってこないような、そんな気がしていたのだ。
「クリームたい焼きとか興味は無い? あんこ以外の中身は認めない派? 白いもちもちした生地のたい焼きとか、その腕で焼いたのを食べてみたいんだよね」
「自分で焼きな! あの世でな!」
そしてそれは「こいつこそが本物だ」と周囲に示すЯ・E・Dの作戦でもあった。
あまり長くはもたない。Я・E・Dほどの実力をもってしても、魔種とはそれほどの力の差があるのだ。
「僕はこの手の技能に秀でるとは口が裂けても言えません。ですが今回の相手は『暴食』に連なる存在、その上たい焼きに関しては最上位ともいえるほどの造詣の持ち主。きっと僕を無視することは難しいでしょう。大変遺憾ではありますが!!」
「またお前かたい焼きイイイイ!」
「うわキレた!? ええい、火とか! 鉄板とか!! 慣れてるんですよ!!! 友人たちのせいで!!!!」
「知るかボケ鉄板焼きファイヤー!」
「うわちゃー!?」
慣れていたって熱いものは熱い。ベークがギャグじみた本気の戦いをやっている間にも黒子は全て撃破し、全員の攻撃が本物の太郎へと向いていた。
だがそれでも太郎は強い。強すぎた。
だというのに、太郎の表情には焦りが見えていた。
「くそっ、役に立たねえ手下どもだぜ!」
「佐藤太郎、貴様のように小細工を弄して勝とうなんてせず純粋なぶつかり合い、これこそ戦いだな!」
「はあ!? 戦いってのは策よ! 今回は部下どもが無能なせいで失敗したけどよ!」
肉体の傷等などお構いなしで一本の槍と成り暴れるロックを吹き飛ばしながら、太郎は叫ぶ。
「負けを認められねーなんて往生際が悪いやつだぜ。魔種であれ美味しいものが認められたんならまだしも、祭りまでめちゃくちゃにして暴れるなんて許せねーな!」
インヴィディア・デライヴを構え、『天穿つ』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)は太郎へとそう言い放つ。
「本当に完璧なたい焼きなら真っ向勝負で勝てるはずだろ。負けたってことはそのたい焼きはマズかったってことだ! 対抗勢力は潰せばいいなんていう慢心と、お前の邪悪な欲望がたい焼きをマズくしたんだ! それだけの腕があればお前が心を込めて美味しいたい焼きを焼けば優勝だって難しくなかっただろうに……だからこそお前は負けたんだ佐藤太郎!」
言いながらミヅハは響唱ドッペルグリフを放つ。
強い。太郎は強い。だがそれ以上に弱いと、ミヅハはそう感じていた。
真っ向勝負から逃げた。それこそが太郎が魔種たる所以なのかもしれないが……。
「これ以上の横暴は許さねぇよ! 誰であれ俺の矢からは逃れられないんだぜ!」
「ううううううううるせええええええええええええええええええ!」
叫び、太郎は身を翻す。
「今日のところはこのくらいにしてやらあ! だがなあ、次会った時ぁ、お前等全員海の底に沈めてやるよ!」
そう叫ぶと、太郎は凄まじい勢いで跳んで逃げていく。
誰も追う事が出来ない、凄まじい速度だ。追ったところでまかれるのがオチだろう。
「ウマい。日本人の俺が認められるほど美味いたい焼きなのに、どうしてこんなことにしか使えないんだ……!」
ミヅハは、太郎のたい焼きを齧りながらそう呟く。
まともにやれば充分に天下をとれるはずだし、これまでもそうしてきたはずなのにと。
ミヅハはそんなことを考えてしまうが……仕方のない事なのだろう。
「おいしい食べ物は……皆を癒す。悪い事に使う物じゃ、ないんだよ」
「それが『食の簒奪者』どもだ。この国に限らず、連中は何処にでも潜んでいる」
祝音にガストロリッターが、そう告げる。
「……天然たい焼きの魅力自体はきっと本物なんだろうな。ただ、その使い方がマズかった。『食』を悪用する者を放っておいたら、美味が奪い尽くされて失われてしまいかねない、ということか」
「そういうことだ」
「……なかなか根が深いようだ。また何かあったら協力するよ。よろしく」
「ああ、貴様もなイズマ。その怪我……無茶できるものでもないだろう」
イズマの肩を叩くガストロリッターだが……確かにイズマの怪我は重傷と言っても良い部類だ。
というか、あちこち死屍累々である。キルシェが癒す為にあちこち忙しく動き回っているのが見える。
そして、そんな中……利香とクーアも、ようやくといった風に一息ついていた。
「ふふ、やっぱりどうって事無かったです。帰りに焼き鳥でも行きましょうか」
そんな時に……いや、そんな時だからこそ、利香はその男に……ガルガミシュに気付いてしまった。
一度殺し合い相打ちになった、それだけだが互いにとって大きな縁。
利香からしてみれば、初対面のはずの男。
それなのに……利香は彼を見ると得体の知れぬ恐怖に襲われ、初対面のはずの彼の名前を思い出す。
首と頭に強烈な痛みと眩暈が走る。
「がるが、ミシュ……?」
待って、私は誰の名前を言ってるの。知らないそんな人、やめて、こっちを見ないで。何で体が動かないの。助けて、クーア。
声に出ない想いを抱え、クーアはそんな利香の声なきメッセージを確かに受け取る。
じっと、利香を見ているガルガミシュを見つめる。
クーアは利香の眷属にして恋人。
仮に彼女の身に危機が迫れば、その解決に全力を注ぐだろう。
そして、クーアは悪党である。
焔色の末路こそが人を救うという信条もあるが、それはそれとして純粋な放火趣味の悪党であり、その自認もある。
他人の善性や正義に対しては概ね肯定的かつ好意的であるため、よほどのことがなければ表だって軋轢を生むような真似はしない。
ただし利香の危機は「よほどのこと」に含まれる。
だからこそ、利香は動きかけるが……ガルガミシュは利香とクーアの2人に交互に視線を向け、そのまま背を向ける。
言う事はない、と。そう語るかのように。
ガルガミシュにとって、今の利香は「違う」のだろう。だからこそ、因縁の糸を手放した。
利香は、そう思わせるだけの姿を彼に見せていた。
それは、きっと過去を断ち切り新しい未来へ向かうための何かで。
重圧が少しだけ消えた利香とクーアは、互いに抱きしめあう。そこに、他の誰かが入る余地などない。
だが、そんな3人の光景に気付く者はなく。
ロックは、静かに身を翻す。
「我はまた【赤ずきん】探しに戻らせて貰う。これだけの人が居れば何か情報を得られるやもしれん」
それを追うものは無く。
事態が解決した……完璧に解決したわけではないが、とにかく収まったと判断した黒曜が進み出る。
「皆様、今回は有難うございました。魔種の企みを叩き潰せた事は、皆様の力なくしては不可能だったでしょう。私に出来る範囲であれば、皆様のご要望を伺いたいと考えています」
そんな黒曜の言葉に、キルシェが進み出る。
「出来ればお祭り再開して欲しいわ! 怖い思い出じゃなくて、楽しい思い出のほうが素敵だもの! 後ルシェも美味しいの食べたいです!」
「ああ、それはいいな。屋台の食い物を俺も頂こう。やっとゆっくり味わえるぜ」
シラスもそう同意して。
「いいッスね! 是非そうしてほしいッス!」
「だね!」
ソアも鹿ノ子も大賛成だという風に笑う。
「……ま、それでいいだろ」
トキノエも、ソレに関しては反対する理由もない。
だからこそ、黒曜も笑う。
「では、そのように。皆様も、此処はもう大丈夫です。豊穣グルメ祭……たっぷりと楽しんでください」
「ああ。豊穣の『食』で未来が明るくなることに期待するよ!」
「ようやくお祭りを楽しめますねぇ。ふう、今日もまた生き残れましたねぇ」
イズマとベークも、笑う。
豊穣の天覆う暗雲は、まだ完全に祓われたわけではない。
しかし、今は……この大作戦が成功した事を、祝うべき時だろう。
豊穣の天に広がる蒼空は、この結果を祝福するかのようだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
コングラチュレーション!
見事に魔種の太郎を撃退しました!
GMコメント
本シナリオには幾つかのパートが存在します。
参加したいパートを選択し、参加してください。
●パートタグ
【屋台】【審査】【戦闘】ののうちからタグを一つだけ選択し、プレイング冒頭に記載してください。
以下は各パートの説明になります。
【屋台】
他の有力な屋台を潰そうとする魔種の太郎の企みを潰します。
太郎は直接は手を出しません。平和な屋台主の皮を被っています。
また、天然たい焼きにも怪しい箇所はありません。
ただし、太郎の配下たるモンスター【黒子】たちが難癖をつけてライバル屋台主を襲うでしょう。
このパートでは中務省の「朝霧 芙蓉」が視察という名目で見回っています。
イベントに帝の名前が出ている以上、必ず成功させるという強い意思があるようです。
何かあった際、彼女を通してある程度の事を手配可能でしょう。
ただし、あまり良い手段ではないので最終手段です。
・成功条件:モンスター【黒子】をすべて撃破し、ライバル屋台の被害を可能な限り抑える。
ライバル屋台と目されるのは濡れ煎餅の「香ばし屋」、焼き鳥の「鳥銀」、白玉あんみつの「甘味処たま」、団子屋の「もち良」です。
このうちの1つでも防衛に成功すれば「成功」となります。
なお、混乱を避ける為屋台には話が通っていません。
彼等は何も知らない為、防衛方法はちょっと考える必要があるでしょう。
モンスター【黒子】(総数不明)
文字通り黒子のような恰好をした人型モンスター。隠密技能に非常に長けています。
外見では区別がつきませんが、戦闘時には影を操り武器の形に変化させてきます。
1度襲撃に失敗した屋台は襲ってきません。太郎に疑いを向け、結果的に邪魔になるからです。
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【審査】
会場で特に人気だった品を集め、審査が行われます。
【屋台】で防衛に成功した屋台の品と、太郎の天然たい焼きが出場します。
毒見を名前のない下働きの少女「名無し」が行い、黒曜が試食します。
ただし、太郎は妨害を諦めていません。
【黒子】を使い屋台主への成り代わり、そしてすり替えなどを企んでいます。
直接黒曜に話を通すのは非常に難しいですが、「名無し」の少女の信用を得る事で何らかの防衛策を取ることが可能になるでしょう。
・成功条件
審査に進んだ屋台主の身を守り切る事。そして審査品のすり替えを防ぐ事。
一店でも防衛に成功すれば「成功」となります。
【名無しの少女】
鬼人種の13歳の少女。
八扇の宮内省にて色々な雑用をこなす下働きの少女。
明るく元気な働き者で、周囲から好かれる人柄。
捨て子だった為、自身の歳と名前が分からず、付けてくれるような大人にも巡り合えなかった。
物心ついた時から近所の寺子屋(兼孤児院)で最低限の教えを受け、数えで10になった年に働きが良い労働力として引き取られて行った。
同年代の少年少女と比べ、明らかに強健な肉体を持ち、戦闘技能こそないものの病気知らずの健康体。
本人ははっきりと認識していないが、悪運の星の元に生まれたような妙な巡り合わせを持つ。
見なくてもいいもの、知らなくていいことを偶然目撃してしまうことが多く、そのせいで危ない目に会うことも何度かあったようだ。
余り人に何かを誇るようなタイプではないが、自身の艶やかで長い黒髪は密かな自慢で、大事に手入れしている。
今回はたまたま黒曜の目に留まり毒見役として連れて来られています。
(なお、黒曜は彼女に名前がないことを知らないです)
モンスター【黒子】(総数不明)
文字通り黒子のような恰好をした人型モンスター。隠密技能に非常に長けています。
外見では区別がつきませんが、戦闘時には影を操り武器の形に変化させてきます。
今回は候補となる屋台主やその関係者に化けたりするでしょう。
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【戦闘】
上記2つを成功させた場合、最終審査にて太郎は敗北します。
しかし、ここまできて策の失敗を太郎は容認できません。
魔種としての正体を露わにして要人達と自分の配下を成り代わらせるべく動きだします。
黒曜、そして芙蓉は兵部省から派遣された【黄金英雄】ガルガミシュが徹底的にガードしています。
ただしガルガミシュが全員を完全に守り切るのは不可能の為、優勝候補だった屋台主たちや「名無しの少女」に被害が出るかもしれません。
なお、要望があればガストロリッターが応援として駆けつけてきます。
ただし彼等はこの町でファーストコンタクトに失敗しているので、多少の騒ぎになることは避けられないかもしれません。
・成功条件
魔種の【超天然】佐藤 太郎の撃退。
太郎は分が悪いと悟ると撤退しますので、それが勝利条件になります。
・敗北条件
宮内卿候補である【先触れの風】榊 黒曜の死亡
中務省の朝霧 芙蓉の死亡
この何れかが達成されてしまった場合。
【超天然】佐藤 太郎
魔種としての正体を現した太郎。
周囲に炎をまき散らす【鉄板焼きファイヤー】、たい焼き用の鉄板で相手をぶん殴る【鉄板クラッシュ】、分身である【養殖太郎】を10体生み出す技、【養殖太郎】を吸収することで体力を回復する技を使用します。
恐ろしく強く、10人がかりで決死の覚悟で襲い掛かって、ようやく互角くらいの実力です。
【養殖太郎】
太郎にそっくりな分身たち。太郎とそっくりな技を使いますが【養殖太郎】を生み出す力は持っていません。
太郎に格段に劣る程度の実力しかありませんが、そっくりなので視覚的に非常に邪魔です。
モンスター【黒子】(5体)
文字通り黒子のような恰好をした人型モンスター。隠密技能に非常に長けています。
外見では区別がつきませんが、戦闘時には影を操り武器の形に変化させてきます。
太郎を撃退すると、後を追うように逃亡していきます。
【黄金英雄】ガルガミシュ
豊穣の『兵部省』にて主にあやかし『など』魔たるものの討伐を専門とする名高き兵士。
かつて『大規模召喚』で呼ばれた旅人であるが、彼がローレットに辿り着く前に何かの不具合で神隠しに巻き込まれ、豊穣の地に召喚されてしまったのだという。
召喚前から愛用する聖剣と金色の鎧を豊穣様式の呪符で強化し、無数の魔を討ち滅ぼしてきた。
【ガストロリッター】×7
古代文明に連なるガストロ帝国の騎士達……の後継者。
アヴェルを中心に今回は7人が来ています。
近接攻撃の【スラッシュ】、遠距離攻撃の【ソニックインパクト】、単体回復【ヒールライト】を使用します。
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●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
【最後に】
本シリーズに今後登場する関係者などを絶賛募集中です。
よろしくお願いいたします!
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