シナリオ詳細
<ナグルファルの兆し>rosa pristina
オープニング
●『月色の薔薇』
美しく、気高く、誰にも穢されぬ存在であれ――
そう、あれれば良かったのに。
こんな決断を下した私は愚か者で、悪魔となった。
天使になんて、もうなれやしない。
●アーサランド鉱山
鉱毒で廃止されたその場所は鬱蒼とした気配が漂っていた。
灯りも存在しない一寸先の闇。悪役には丁度良い場所だと男は笑みを漏らす。
「……良いかしら」
男の後方で固い声音で問い掛けたのは『月』とも謳われし美貌を有するベルナール・フォン・ミーミルンドであった。
男にとっては雇い主であるベルナールの表情は浮かない。此の地を選んだのは彼だと聞いたが、此の地の選定には相当の覚悟を有したのだろう。
「アナタに任せるわ。……雇い主は私。それから――」
「ええ! それから『フレイス姫』です!」
謳う様に男の声が跳ねた。
フレイス姫――気高きイミルの民として語られる『フレイス』は遙か昔、勇者王の時代に此の地を治めていた氏族の姫君である。
その彼女と同じ血が流れているのだと男は、『呪術師』オサレスはそう言った。
彼が本当にイミル氏の縁者であるのかを確かめることは出来ないが、彼はフレイス・ネフィラの事情は全て知っていた。
知った上で、この作戦に参加を決めたのだそうだ。
フレイス姫による呪術の手解きを受けたときから男の興奮は冷め切らぬままであった。彼にとっては夢にまで見た『祖先』による教導なのだろう。
「此の地に毒と病の呪(まじな)いを放ちましょう。宜しいですね、ミーミルンド男爵」
「……ええ」
「我らは夢を見ていた。遠く長い歴史のような。
歩みを止める事無く進み続けた、その最果てが此処だったのだ!
さあ、忌むべき子らへと苦難を。運命は怖ろしく、そして虚しいものであると知らしめよ。
車輪は回り、ありさまは邪悪であれ。空っぽの救いは常に容易に溶け去り、陰に隠れ、ベールに包まれてお前達にのし掛かる!」
初夏の風に混じる湿った気配。男の指先から放たれる屍臭。天蓋へと描かれた紅色の魔法陣。
ベルナールは其れを見上げて、息を飲んだ。
鉱山の上空を覆った其れ等から感じる気味の悪い気配は死を運ぶためのものか。
「――怖いわ」
呟くベルナールは悪寒を感じていた。体の身の内に収りきらない恐怖心が肌をなぞる悍ましさ。
「男爵、お帰りを」
オサレスは囁いた。
「……どうして?」
問うたベルナールを見遣ってからオサレスはくすくすと笑う。
「繁栄の色とりどりに、花で冠と飾られていた我らが玉座に待つのは『死』という救いだけなのですから――!」
●『王宮』
勇者を称える喇叭の音色は高らかに。王都への凱旋は悪辣なる魔物のパレードを退けた英雄達を讃えるものである。
その栄光の影で蠢く者は留まることを知らず。最早、貴族の小競合いの枠を飛び越えて、幻想王国への叛逆とも成り得る行いの尾を掴んだと情報を齎したのはミーミルンド派を調査していた情報屋達からであった。
「む……いや、しかし。しかし、ミーミルンドは我ら王家の忠臣だ。古き時代から、王家の相談役であったのだぞ?」
如何したことだと頭を抱えたのはフォルデルマン三世――現・幻想国王である。
年若く柔軟な頭脳を持つ青年国王ではあるが、レイガルテ・フォン・フィッツバルディに言わせればその考え方は稚拙である。
「しかし……現に、幾人もの情報屋がその動向をキャッチしています。
此れまでの一件でもミーミルンド派の貴族の悪事であろうと陛下がお認めになられた『勇者』達からの報告もあるのです」
信じたくないと云う様に頭を抱えていたフォルデルマン三世に何処か困った顔をした近衛騎士、シャルロッテ・ド・レーヌは肩を竦める。
信じたくなかろうが事実であるならば、仕方が無い。
現に彼女もクローディス・ド・バランツ及びミーミルンド派貴族の周囲に調査の『眼』を放っておいたのだ。
「この様子ですとベルナール・フォン・ミーミルンド男爵が大元でしょう」
「ベルナールに限って! ……彼も、マルガレータ嬢も心優しい事で社交界でも話題であったではないか」
首を振って駄々っ子のように否定を繰り返すフォルデルマン三世へと「陛下」とぴしゃりと呼んだレイガルテは目を伏せる。
「『勇者』を連れて参りました。
……幼少の頃より男爵と交友があった陛下には信じられないかも知れませんが、貴族とはそう言うものだと何度も申し上げているでしょう」
冷たい声音であった。
温々と温室の花のように育てられたフォルデルマン三世は貴族社会の暗部に触れる事が無かったのだろう。だが、大公爵たるフィッツバルディ公直々のお叱りだ。フォルデルマン三世は縮こまり「分った」と哀しげに呟いた。
「――さて、よくぞ参った。『勇者』諸君。
幻想国王フォルデルマン三世陛下及び我がフィッツバルディ家から火急の用件である。
同様の依頼をアーベントロートやバルツァーレク……そして中央大教会からも齎されている頃であろう」
レイガルテは堂々とイレギュラーズを見据えてそう言った。
自身が此処に呼ばれた理由が『男爵に注目すべき』と進言したことにあった事を察知したアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は「ミーミルンド派で何かありましたか」と背筋を伸ばして問い掛けた。
「『アーサランド鉱山』――知っておるか?」
レイガルテの問いかけへとシラス(p3p004421)は「ミーミルンド領の程近い場所にある廃鉱」と呟いた。
「流石は幻想の勇者――と軽口を叩いている場合でもない。
アーサランド『廃』鉱山は鉱毒により廃止されて久しい場所だ。
だが、その傍らの川は王都を経由し、様々な領へと流れてゆく。川へと毒が流されるという情報が齎されたのだ」
「……情報源は?」
低く問い掛けたのはベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。アーサランド廃鉱山付近の川は彼が領主を代行するドゥネーブにも流れ込む。
「ミーミルンド派に所属していた貴族を一人捕縛し『強引』に口を割らせました。
強硬手段にはなりましたが致し方ありません。……その川や鉱山に巨人の集結が在る事から情報を得る為の『必要事項』です」
さらりとそう言ったシャルロッテは目を伏せる。必要に駆られての『強硬手段』だと言葉を濁した彼女は自身の行いを嫌悪するように息を吐く。
「鉱山には病を振り撒く『呪術師』が配置されるそうです。鉱山から他方に『病』を流されては幻想王国は未曾有の危機に陥るでしょう」
「……ああ、『内情』はそれ程解らないが勇者殿には急行して貰わねばならない」
ちら、とレイガルテがフォルデルマン三世を見遣る。ミーミルンド男爵に限ってそんな事と幾度も繰り返していた若き国王は苦渋の決断を下した。
「――諸君、急ぎ給え。毒など流されればどれ程の民が野垂れ死ぬか! 水は命の源だ!
ミーミルンド派の目論見を止めよ。今回は『尾』を掴むが為に――国家転覆を狙う叛逆者を許してはならないのだ!」
- <ナグルファルの兆し>rosa pristina完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年06月05日 22時21分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
貴女が笑ってくれることが至上の幸せだった。
早くに両親を亡くして爵位を継いだ私にとって、護らねばならない唯一無二であった貴女。
お兄様。
――呼ぶ声が、消えていく。あんなにも忘れ難かったのに。
お兄様。
――その表情さえ、消えていく。忘れてなるものかと、繕ったのに。
かんばせに白粉を塗る度に。ルージュを引く度に。気付くのだ。マルガレータはこんな顔をしていなかった。
忘れてしまう、忘れてしまう、幸せだった、平凡だった、特別なんて必要なかった、私達の日常が。
……ねえ、マルガレータ。お兄様を、置いていかないで。
●
どうして。
唇に載せた言葉は、あまりに簡素な響きであった。『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は苦しげに息を飲む。
「ベルナール男爵……どうして、こんなことまでするの……?」
その言葉に、誰も答えを出す事はできない。フォルデルマン三世を始めに、花の騎士にフィッツバルディ公まで揃い踏みでのVIP依頼。『幻想の勇者』と誉れ高くも称号を与えた先に存在して居た『仕事』が此程のものだったとは、とアレクシアは蒼褪めた儘、唇を震わせた。
「犠牲を積み上げた先にあるのは、誰のためのものなの……?」
彼女の言葉に応えてやることは出来ない。『竜剣』シラス(p3p004421)は「誰のため、か」と小さく呟いた。
「川に毒ねえ、まるで戦争だな。勿論、この状況なら『誰のため』なのか分からない。
けど、ああ、そうだ……イミルの一族から見たら、まあ幻想はそういう相手か。
これまでの話で大体は合点がいく。大人しくやられるわけにはいかないけどよ」
イミルの一族、と呟いた『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)にシラスは大きく頷いた。ベルナール・フォン・ミーミルンドの『協力者』にして、彼が此処までの事を起すに至った切っ掛け。それは幻想王国の建国以前にまで話が遡るらしい。
遠い遠い昔。イミルの一族は、この一帯を支配していた豪族クラウディウス氏族と、何代にもわたる長い抗争を繰り広げていた。だが勇者アイオンによって講和が結ばれる寸前に、クラウディウスの長ルシウスはイミルの一族をだまし討ちして、両者の仲は永遠に断ち切られたのである。
断ち切られた、と言うには余りにも恐ろしい事であったと『騎戦の勇者』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は伝え聞いている。
壮絶なる虐殺を逃れたのはイミルの一族の姫フレイス。それがルル家が口にする『死の女神』なる存在だ。
イミルの長に伝わるセルグヴェルグの秘術。それが人の命を代償とする代物であるというならば。
「……成程、領域内で大量の死人を出せば彼の女神とやらに何らかの利があるというのも理解出来ようもの」
「けど、それを男爵が起す意味なんて――!」
アレクシアが苦しげに叫んだその言葉にルル家は首を振った。「誰が得をしようとも、損をしようとも、其れだけでは罷り通らぬのでしょう」
「どうして……」
何度だって、そう問いたかった。アレクシアの傍ら、ミーミルンドを追い続けてきた『春疾風』ゼファー(p3p007625)は肩を竦める。
「やれ。追う毎にやり口がえげつなくなってくわね。噂の甘ったれの儘で居てくれたら、どんなに楽だったかしら?」
噂の甘ったれ。何人にも心優しき彼ら。奴隷達を救う為の甘ったれすぎた可能性。綺麗事ばかりを口にした『彼等』の儘で居てくれたら。
「――幻想の貴族がまさか国に毒や病を振り撒こうとするとは……最早、止まれんという事か? ミーミルンド男爵」
己が背負う領民達の事を。『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は苦しげに呟いた。
「幻想国内で毒を流そうとは、形振り構ってはいられないということですかね。あるいは、敵側が余程のバカだったか。
……まあ、どの道叩き潰すことに変わりは有りません。決死の策が瓦解した時、どういう顔をするのか見ものですね」
馬鹿野郎であれば、どれ程善かっただろうか。『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)の言葉にベネディクトは「そう、だな」と呟いた。
幻想王国の貴族達は一枚岩ではないことを彼等は知っていた。門閥貴族達が王国の実権を握っているその現状。それを打破するべく『国盗り』を行う為の行為だとするならば、余りにも杜撰で、余りにも幼稚で。余りにも――「恐ろしい」
小さく震える。幼さを残したそのかんばせに滲んだ恐怖は拭いきれない。『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はぶるぶると幾度も幾度も振るえ続けた。
(このままだとたくさんの人が死ぬ……死んじゃうんだ……それはだめ……ゆるさないんだよ……)
見上げる廃鉱山は嘗ての時代に鉱毒の影響で閉鎖された場所なのだという。陰鬱としたその空気は当時を思わせる。
近付く度にひやりと肌を刺す針のような空気が漂ってくる。歩む脚さえも重たく感じられてリュコスは一歩一歩と踏み出した。
「此れから喜んで死そうと企てる者に、道徳を問う気も、倫理を説く気も御座いませんが……」
贈る言葉なら準備は出来る。『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)はその瞳に廃鉱山の入り口を移す。此方の動きなど、まるで看過しないような呪術師達――『死さえ糧』たる彼等にとって勇者がトドメを刺しに来る時を今か今かと待つような。
「……私達に殺させて、『お前等の所為だ』と言われれば勇者の栄光も興ざめね」
「その様にならぬように、たっぷりと教えてやらなくてはなりませぬ。ええ。人を呪わば、穴ふたつ、ならば掘っても、掘っても、足りませぬね」
イーリンは未散へと小さく微笑んだ。此度に勇者は揃い踏み。揃いも揃って、幻想の栄光を背負う者。
王家に認められた勇者で有ることよりも『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は貴族に帯する鬱屈とした感情が溢れ出しては苛立って。
「やれ、これだから貴族ってのは大嫌いなんだ。
一度堕ちぶれたら何をしでかすか分かったもんじゃない、元貴族として俺は、お前らの行為を見逃す訳にいかねぇのさ」
落魄れた後は辿り着くのは何処なのか。
陥れられた存在は、藻掻くことも許されぬ。其れを是としたこの国の『未来を変える』と豪語して――民草など財と擲つ感覚で掃いては捨てる『クソ貴族』
「行こう」
ベネディクトは静かな声で宣言した。目的は呪術師の両名の『存命』状態での儀式阻止。及び、イレギュラーズ全員の生還だ。
「ならば、それを止めるのが幻想の勇者に選ばれた俺達の責務。
明日も変わぬ日々が来ると信じている者達の明日を、未来を守る為に──俺はこの企みを打ち砕こう」
変わらぬ明日を夢見るならば。変わる明日を求める者から目を逸らせ。
抱いた責務が、曇らぬ間に。
10名のイレギュラーズは廃鉱山へと飛び込んだ。
ルル家はとびきりの笑顔と声音で宣言するのだ。
さあ、進もう。変わらぬ日々を、平穏を。授ける人々のことを何と呼ぶか知っているのだから!
「ならば此度の拙者達の役割はまさに大勢の人を救うヒーローに相違ありますまい!」
にんまりと。微笑んだルル家が背負ったのは数え切れないほどの、抱えきれないほどの命。
もしも、此処で、儀式を救えなければ――それは、もう考えないようにして。
●
天には紅色の魔法陣が皎々とした輝きを宿す。異様な程の空気感。冷たく感じる空間にぶるりと身を震わせたリュコスが喉をごくりと鳴らす。
よりスピーディでよりスマートに。オーダーの多いことは分かりきっている。未散は焦ることなく「承りました」とおだやな声音で告げる。
ふわりと躍り出るように。鉱山の中を走る彼女の戦略眼は眩むことはない。先ずは、前へ。軍師とさえ称されし頭脳を活かし、先んじて前へと飛び込ませることを選ぶのは。
「ベネディクト様、あちらに」
乙女の声音に小さく頷けば、イレギュラーズを待ち受けるのは只の一人。黒を基調としたフードで己の姿を隠した人影は「来やがった」と呟いた。
「流石に姫様は嘘を吐かない。嗚呼、遂に『勇者』の訪れだ! 嘗ても、彼等は大義名分と正義を掲げてやって来たのだという!
……ひ、ひぃ……。おぉ、フレイスネフィラ。我らが愛しき姫君よ。月の如く移ろいやすいこの世界でも、唯一変わらぬものはあるのですね!」
両腕を掲げ、朗々と歌う男の元へとベネディクトが踏み込んだ。
セレネヴァーユの精鋭の証。『黒狼隊』のみが身に付ける事を許された矜持と信念、実力の証。護るべきものが為に纏うことが許された外套が大きく揺れる。
「何を悦に浸っている――!」
未散の先導を受けたベネディクトのが手にした柄の折れた短槍はリミットを超えた力で空気を裂いた。狼の遠吠えの如く、廃鉱に響いたその音は――呪術師を名乗る男ではない、彼の前に姿をぞろぞろと現した有象無象を切り裂いて。
「これは――幻想を救う戦いである」
ペリカ・ロズィーアンは何時だって『見果てぬ先』を見て居た。同類(ばかもの)に、同類(つわもの)に、同類(ゆめみるもの)が握るべし道標。
それは、幻想の危機が為に振るうもの。ちりちりとイーリンの髪に魔光が蓄積されて行く。統率を、そして道を切り開くが為に。
「悦に浸るというならば『救国の英雄』の側の仕事ではなくって?」
揶揄う声音に合わせ、乙女が叩き付けた魔力塊の切っ先に淡い燐光が奇跡として踊る。紫苑の髪に死者とも見紛う土気色の肌の中で一等美しく輝いた紅玉は光の尾を引き笑みを零して。
「救国の英雄? まるで、我らのことだ! 何を勘違いして居るのか分からないが……姫様の御心を裏切って作られた国に抱く誇りも護るべき意味もなかろうに」
「生憎だけれど、昔話にばかり溺れていられるほどお子様じゃないの。今を生きている人々を護るのが『勇者』と言うでしょう? ――なんてね」
騎戦乙女の言葉にフードの男――スィナバーが「何を!」と叫んだ。
ぞろぞろと姿を現す魔物達は何処ぞの呪いのせいか。はたまた、この儀式にも反応しているのかは分からない。
(数が多い! まあ、ダンジョンってこんなもんでありますし、ヒーローには困難は付き物!)
伽藍の瞳を烏天狗で蓋をして。その魔的な力が溢れ出す。『真珠』の名を付けた力が彼女に力を与えてくれる。
――遮那くん……あなたが強い心で豊穣を護ったように。拙者もこの国の民を救う! さあ、いざ参る!
魔物の姿が吹き飛んだ。だが、それでも壁が姿を見せ付け行く手を阻むか。スィナバーが後退して行くその背中にルル家は唇を吊り上げた。
「さあさ! 勇者様ご一行のお通りですよ!」
その声が反響する。坑道の『構造』を知る為のわざとの大声に。大きく一本道が繋がっていることを知る。そして、無数に散る道はモンスターを供給する穴となっているか。奥まったその場所から彼女の声に反応したように無数のモンスターが現われた。
「おやおや。鉱毒で閉鎖された鉱山だと聞いていましたが住民の皆さんは元気そうですね。
其れとも、貴方方も遊びにいらっしゃったんでしょうか。ああ……残念ですね。この様な場所にまで来なければもう少し長生きできたでしょうに」
溜息を吐いたウィルドはスィナバーを見失わぬようにと全身全霊から吐き出した大喝でモンスターを物理的に破壊し続ける。
多少前線に立とうとも堅牢たる青年は途惑う事はない。『高貴なる者の責務』を果たしに来ただけだ。その何処に途惑う必要がある者か。
「命が失われることが可哀想だというならば、貴殿等がこのモンスターへと今、この瞬間に叩き付ける剣は悲哀の対象ではないのかね」
「民を傷付ける獣にまで情愛を注がねばならない博愛主義者ではありませんよ。
人間は生きる為に牛も豚も殺し食すではありませんか。全てに対して満遍なく愛を注ぐ愚か者などではありません」
ウィルドは淡々と告げながら前進し続けた。坑道内に響いた獣の息遣いが生暖かく肌を撫でた。
「そうやって、彼女たちだって淘汰された。なんと虚しいことか」
ああ、何時まで経っても『御伽噺』にばかり溺れるか。イーリンは囁いた。冒険家は昔話に夢を見る――少なくともこの夢見は最悪だが。
「さぁて、今日はこっからノンストップよ。愉しくやろうじゃない」
少し古びた、ひとふりの槍。背丈の程あるそれは新品であった頃には碌に握ることも出来なかったような代物で。それでも今はよく手に馴染む。
ゼファーはそれを手に走った。乙女の強欲が、喩え最期の一滴を飲み干そうとも止らない。
そう、彼女は強欲なのだ。『救える者を救わずに居るより、救ってしまえば良い』なんて。物語の英雄のような大義名分を掲げるのではない。あるなら求めれば良いと。長い髪が軌跡を描く。
「さっさと行きましょうか」
奥へ。道をこじ開けんと追跡者(ハンター)は真紅の絨毯の上で踊る。
「雑魚に構ってる暇は無い。押し通らせてもらう」
呟き、己の中で滾る本能が危機を囁いた。横面目掛けて飛び込んできたモンスターの腕を掴みアルヴァは出鱈目に無数の弾丸を放つ。
撥条の様に伸びた腕を離すことは無い。風の如く靱やかにその腕を受け止めて、身体を捻り上げる。魔導狙撃銃BH壱式より放たれた機動の感性が全てを断ちきる刃に変化して。
「そうやって弱き者を虐げるのは変わりませんね、勇者!」
「言ってろ。今から川に毒を流して無辜の民を犠牲にしたがるクズが何を言おうとも響かない」
アルヴァの苛立ちにスィナバーはくつくつと楽しげであった。
「Wa――」
孤狼の遠吠えが、響いた。心の叫びを影に変えて理不尽を切り裂くためにリュコスは唯、前へと進む。
きらきらと輝く一等星。そうなりたかった姿。手当たり次第にずたずたに殴りつける事に戸惑いはなかった。耳を活かして、音を聞く。
無数のモンスターが近寄ってくる尾とを聞き肩を跳ねさせる。多い。多くて、足が竦みそうになる。
(駄目……早く行かなきゃ……)
ぶるぶると、爪先から何から何までが震え始める。邪魔にはならないモンスターなど放置すれば良い。横穴から此方を見ているもの全てに割いているリソースはない。
未散は「アレクシアさま、彼は『悲しんで』『楽しんで』いるようです」と囁いた。スィナバーは高潔なる信仰者の如くイミルの民を信じている。彼の言葉の一つ一つから滲み出す全てがフレイスネフィラの過去を悼み、愚弄された凄惨なる虐殺を憎むものばかり。
(悲しんで……楽しんでいる……? 焦ることも、怒ることもなく、私達を誘い込んでくる――)
アレクシアは前を行く黒きローブの男をまじまじと見遣った。少なくとも、自身らが進んできているのだ。それに対して焦ることや怒ることがあるのではないか。そう考えていたが彼等の『原動力』はまた他にあるのか。
淡い光を湛えていたシラスはアレクシアが途惑っているその横顔をちら、と見遣る。
「アレクシア、奴等は俺達を誘い込んでるんだ。そもそも、奴等の目的は『儀式』まで時間を稼ぐこと。
それから、俺達に『自分たちを殺させる』事だ。勇者が国家転落に力を貸したとでもしたいんだろう」
「……そうか、だから私達をあんなに楽しそうに誘って行く道をモンスターで固めてるんだ。
勇者が来る事を見越して、道を簡単に抜けられないようにして時間を稼ぐ。最後は勢い余って私たちに――」
アレクシアは苦しげに息を飲んだ。なんて、なんて悍ましい計画か。
――あの儀式を完成させたのは王国の認めた『次世代の勇者』である! イミルの民の悲願を叶えると彼等は決めたのだ!
そう声高に叫べばベルナール・フォン・ミーミルンドの『協力者』であるフレイスネフィラは満足するだろう。
彼女にとっては戦争だ。裏切者でしかない『勇者』一行――幻想建国の主たる勇者王の末裔がのうのうと暮らしているこの国を壊しに来た。
「……坊ちゃんは利用されてるんでしょうね。耳障りの良い言葉ばかりを聞かされて、担ぎ上げられて神輿を降りれやしないのよ」
ゼファーの囁きにシラスは「とんだ大馬鹿だよ」と小さく呟いた。
●
耳を欹てずとも聞こえてくる。
――イミルの民を嘆く、傷をご覧なさい。私は彼女からの贈物を決して無碍にはしません。
ルル家の『聴力』を強化するシラスは「どうだ、よく聞こえるだろ。呪術陣の主の詠唱を拾えるか?」と問い掛けた。
「ええ、獣の息遣いも凄いですが、ばっちりと」
囁いた彼女は反響し続ける音全てを拾い集めていた。前線へ飛び込むようにシラスはその四肢を鋭利なる凶器とする。切り裂くモンスター共の生暖かさ。生きているのに、と囁くスィナバーに「言ってろ」と小さく返す。
(フレイスネフィラの話を聞くに、糧となるのは人間の死だ。モンスターは元から関係ない。こいつらは時間稼ぎ。……なら遠慮は要らない)
シラスがルル家に詠唱を聴くように乞うたのは自身らの進むスピードがそれなりである事が分かっているからだ。
幻想王国が誇る次世代の勇者の揃い踏み。そうともなれば、スィナバーのみを追っているだけでは不安が募る。彼がわざと別方向に誘導する可能性もあるのだ。坑道は廃止されて時間が経過している。内部地図も存在しない。頼るのは『耳』だけだ。
「シラス君、ルル家君、リュコス君、スィナバーが曲がった!」
「OK、アレクシア。頼りになる」
唇を吊り上げて笑う。アレクシアは『感情』を感じていた。彼は横道に逸れたのだろう。モンスターの群れで視界を覆って前へ前へとだけ進軍させる時間稼ぎ。男が黒いローブに身を包み狭苦しくも視界の狭まる坑道に立っていたのは目眩ましの為であろう。
シラスは行く手を遮るモンスターのもとへと走る。彼に合わせ、前進するベネディクトはその身体をぐるりと反転させ、周囲全てを切り裂いた。
「乙女を翻弄するなんて狡い男だと思わない?」
「ああ。叱ってやれば良い。特異運命座標(えいゆう)の乙女を馬鹿にして、とでも」
ベネディクトの言葉にイーリンはくすりと小さく笑う。
随分と進んだが、未散とアレクシアは仲間を支え続けたが疲弊の色も見える。後少しか。
ならばとイーリンはスィナバーにの元へとその身を飛び込ませ、肉薄した。
視線が交錯する。フードの男の胡桃色の瞳が紅玉の光を湛えた騎戦乙女と交錯し合う。
「お待ちなさいな時計うさぎ。時間がないのはわかるけど、貴方が居ないとどうしてオサレスが困るの?
妨害なら私達に手下を使えばいいだけなのに、ねぇ? ――どうしてかしら」
「志を共にしているのですよ、レディ。貴女こそ、勇者というならば一人で来ても良かったろうに」
揶揄う声は互いに。
イーリンの問い掛けを聞きながら、未散はその心を読み取るようにスィナバーを凝視した。
(我らは夢を見ていた。遠く長い歴史のような。
歩みを止める事無く進み続けた、その最果てが此処だったのだ!
さあ、忌むべき子らへと苦難を。運命は怖ろしく、そして虚しいものであると知らしめよ。
車輪は回り、ありさまは邪悪であれ。空っぽの救いは常に容易に溶け去り、陰に隠れ、ベールに包まれてお前達にのし掛かる!
ああ、ああ、フレイスネフィラ様。我らは貴女と共に。我らはイミルに連なる者。
決してこの心は曇りませぬ。オサレス様のまじないを成功させましょう。
こやつ等を引き寄せ、こやつ等に無残に殺されて見せましょう――!)
呪術師オサレスはイミルの民に連なる者であると自称しているらしい。そして、信奉者であるスィナバーは彼をも信仰の対象にしているか。
歪な昔話、幻想建国前の勇者王アイオンが携わったという御伽噺。豪族クラウディウス氏族によるイミルの大虐殺。
それを、彼等は是としない。イミルの民の怨念を心より悲しみ、此の地の本来の女王となるべき『死の怪物』が為に文字通り『死にに来た』
「……あなた、己を糧にする事ばかりを考えているのね。幼い子供でももっとましなことを考えるわ?」
「理解出来ますまい。我らは彼女の糧となりたい。あの美しき乙女の食物となり、全てに溶け合って一つになる。
誰ぞが死にゆくその様さえも彼女にとっては甘美な食卓。豪勢なフルコースを食べる彼女を見られぬのは悲しいですが、それは『盟友殿』が見届けてくれるでしょう」
イーリンの身体を押し返すように紅色の魔術が肌を灼く。ちりちりと身体に走った痛みにイーリンが眉を顰め、一度後退する。
「盟友殿? ミーミルンド男爵のことでありますか。彼は特段、イミルの民には興味があるとは思えませんが!」
「だが、姫の秘術には興味がある」
ルル家は眉を寄せる。オサレスまで後少し。のんびりと語らっている時間もない。聞こえる声が近くなる。
――王は頂点に座している。ああ、だが、注意するがいい、破滅を! その時を! その栄光は誰が為か!
「そんな馬鹿らしい栄光、必要あるかよ!」
アルヴァは吼える。見えた。紅色の淡い光。彼等が『イミルの秘術』と呼ぶ呪法は戦闘にも使えるか。イーリンの腹を、肉を灼いた傷みに彼女は小さく呻く。
「ええ、そうよ、後少し――行くわ」
「全く……イミルの民だか何だか知らないけれど、呪いなんて良い事はないのよ?」
躍る様に飛び出した。紅色の絨毯は、獣らから毀れ落ちた赤き血潮。ゼファーの槍がスィナバーへと迫る。ばちり、と音を立てた魔法陣が紅の濁流を生み出した。
「あら、痺れるじゃない。結構、使いこなせるのね」
「我らはフレイスネフィラ様のために研鑽を積んできた。彼女の栄光にも、興味を持たぬ愚か者め!」
後退。しかし、それに合わせて飛び込んだアルヴァは「どっちが愚か者だ!」と叫んだ。
視界が開ける。リュコスは「ウィルド」と小さく呼んだ。その耳にクリアに聞こえた声音は――
「案内ご苦労さん。随分面白い事してるそうじゃないか」
地を蹴ったアルヴァが空を駆け、強引にオサレスの下へと飛び込む。不意を突かれたスィナバーのその体を押し退けたシラスは「行くぞ!」と叫んだ。
「ふん、温まってきたぜ」
揶揄うシラスの声音に頷いたアレクシアは彼等に癒しを与える。もう少し、戦わねばならぬからだ。
――反逆者さながら、我らの元から持ち去られた冠は、悪戯な女神が全てもの者に与えた僅かなる慈悲。
其れ等全て取り上げられるのも女神の一存なのだ。おお、我らが女神よ。我が親愛なる王へと微笑み給え――
「ああ、貴方が呪術師オサレスですか。待ちかねましたよ。お会いしたいと願っていたのですから」
男は微笑みを浮かべ、スィナバーへと肉薄する。彼を逃すことはない。声を張り上げ「愚か者は何方でしょう」と話術に秘めた挑発を覗かせて。
「オサレス様!」
「ああ……スィナバー。お客人には丁重に。我らの姫とイミルの繁栄が為に――」
綺麗な言葉ばかりを並べ立てる。彼等を真っ直ぐに見据えて居るリュコスの震えは止っていた。
脚に力を込めて、狼は叫ぶ。仲間を救うための戦いだ。怖れるものなど、何もない。
纏う速度は唯只管にオサレスの元に。必要のない舞台役者たるスィナバーを見据えてからウィルドは穏やかな笑顔を浮かべた。
「さて、時間稼ぎと行かせてもらいましょうか。あなたゆっくりしたらどうです?」
スィナバーを惹きつける事はウィルドへ任し、ベネディクトはオサレスの下へと飛び込む。嗚呼、だが、モンスターが行く手を阻むか。
「……貴様らの真の目的は何だ。この儀式にしろ、何かの呼び水に過ぎないのではないのか?」
ベネディクトの問い掛けにオサレスは「愚問だな!」と叫んだ。
「零れたミルクはもう戻らないものだってのに、どいつもこいつも、余程断ち切れない過去があるのかしら、ねえ」
呟いたゼファーは真っ直ぐに彼に向き直った。槍を握り、オサレスの盾たるモンスターを惹きつける。
声色は、冷静そのものだ。馬鹿らしいともいえない。過去とは人間を作り出す重要な要素なのだ。それを否定することは出来ない、否定は出来ないが、肯定も出来ないのが現状だ。
「お坊ちゃんに危ない玩具を与えた、アンタ達の親玉。人を沢山ぶっ殺した後で何を企んでるのかしら?」
「栄光を戴くのです。我らがフレイスネフィラ。イミルの姫。彼女こそ此の地の王に相応しい」
正しく国盗り。馬鹿らしい戦争だ。ゼファーは朗々と語る男に「そう」と小さく呟いた。
「悪いがアンタらの企みはここまでだ。観念……するわけもないか」
溜息と共に、アルヴァはオサレスへと真っ直ぐに攻撃を放った。紅色の魔法陣が浮かび上がる。流石は呪術師一筋縄では行かぬか。
「詠唱を唱える暇なんて、与える訳がないだろう」
シラスが気にしていたのは『鉱毒』の事であった。流されると厄介な者は呪術以外にもある可能性がある。
目立つ呪術陣で目を引いて、本命が他であっても可笑しくはない。そも、此の地はミーミルンドが所有しているのだ。
「良くもこんな場所を選んだな。……まあ、もう後戻りできないという意思か」
シラスの呟きにオサレスは意味ありげな笑みだけを浮かべて、何も返す事はない。
「拙者も手品は得意な方でしてね!」
小さく微笑んだルル家は異能により無数の可能性を放つ。相手を斬った。結果は其れだけだ。理より外れたものは術とは呼ぶことは出来ない。故に、手品。
その戦略眼を活かして仲間達の傷の具合を確認し続ける。一挙一動足、何一つ取り零す事なき平常心を抱き未散は支え続けた。
(支えきらねばならない。背負った命の多さに、惑うこともありましょう。ですが――)
(だけど、私達がここで諦めたら、多くの人が死ぬ。そんなのは――!)
未散とアレクシアのサポートは広範囲へと広がった。前線でやり合うアルヴァの前に飛び込んでくる有象無象は盾の如く。
其れ等全てを引き寄せるゼファーは「手品がお好きね」と揶揄う。だが、道中よりも狙いが定まる分、楽とも感じられていた。
「我らの邪魔をする事が、どれ程の得になるというのか。所詮、ローレットも勇者も此の地など興味がないだろうに。
ただ、与えられたリソースを与えられたように搾取する。冒険者とはそう言うものであろうに!」
オサレスの言葉に「ですが、此の地には民が生きている。民を護る事こそが高貴な者の役目でしょう」とウィルドは呟いた。
彼と、そしてリュコスが引き寄せるスィナバーはオサレスの元へと行きたいのだろう。そうはさせないとリュコスは何度も攻撃を放つ。
「ここで、逃したら、みんながしぬんだ……!」
それだけは、リュコスはいやだった。幼い身の上。小さな身体を活かした速度。其の儘に、飛び込ませて。
「皆がしぬのは、いやなんだ!」
叫んだ。喉が張り裂けそうな程に。狼は求める。
リュコスの声に応えるようにアルヴァは走った。モンスターを打ち破る。オサレスへと接敵し、その横面を張り倒す。
地へと叩き付けられた彼を支えるように現われるモンスターを受け止めるゼファーが僅かに呻く。
「ゼファー! 頼んだ!」
「ええ、ええ、勇者は前に進みなさいな」
ウィンク一つ。頷いたベネディクトがオサレスへと近寄っていく。ああ、それでもまだ紅色の魔法陣の下にどろりと生み出された毒の魔物は無数に増える。
「鉱毒を活かしてモンスターを呼び寄せてるってんなら、呪術師を辞めて手品師にでもなれよ!」
シラスの言葉にベネディクトは「違いない」と小さく笑った。
●
「だーから、言ったでしょう? オサレスがそんなに大事? ねぇウィルド」
煽る声音はイーリンらしからぬ『駄々っ子』の気配だった。その言葉にスィナバーの視線が揺れ動く。
――私を見ろ、累積10秒でも良い。今の私達には必要だから!
スィナバーの視線が逸れた刹那に叩き込んだのは不殺の術。決して殺さずと決めたイレギュラーズのその一撃に男の身体が倒れ行く。
それは苛烈なる男の攻撃を留めておくための決死の一撃。オサレスから視線を逸らし、自身の元に。己への負担など顧みない。
そここそが突破口――『彼』を引き留めた紫苑の乙女。
もう、許してはおけない。これ以上の凶行など。
ベネディクトがオサレスへと振るい上げた槍が、その腕から離れる。宙を舞って後方へ突き刺さるが、それでも構いやしない。折れた栄光であれども、多少の役には立つ。
半端な槍を握りしめ、男が走り寄れば、オサレスは何かを察知したように、至近に立っていたアルヴァを引き寄せた。
「ッ――く!」
ベネディクトが咄嗟に足を止める。ベネディクトと擦れ違うようにシラスは叫んだ。
「アレクシア!」
「OK!」
それだけ伝わる。アレクシアの癒しがアルヴァとベネディクトを支える。そして――シラスもを。
「お前は此処で終わりなんだよ!」
勇者だから? ――いいや、そんな英雄譚に夢見るほどに子供じゃない。
成上がってやると決めた。打算的な気持ちだ。フィッツバルディに取り入って己が高みへ立ちたい下心。
だから、如何したって言うんだ。それが勇者だろう。
「『勇者』ってんだから、英雄譚くらい語らせろ!」
地へと伏せたオサレスの赤い魔法陣がシラスとぶつかり合った。
ばちり、ばちりと音がする。赤い、目が眩む。シラスと呼ぶベネディクトの声に呻く。
スィナバーを抑えたウィルドは弾き飛ばされたシラスの身体を受け止め――
「貴方に死なれると少々面倒です!」
叫んだルル家がオサレスの下へと飛び込む。宇宙力(うちゅうちから)で描いた夜空は煌びやかに廃鉱の中で煌めいた。
「嗚呼――嗚呼!
高揚は、そして失意は――我らに隷属を求める。フレイスネフィラ、死の女王。我らが姫に栄光を――!」
ルル家は「あ」と叫んだ。男が掲げた切っ先。それは赤い魔法陣によって作られたナイフか。
「手品師かよ!」
呻いたシラスに頷いて、未散は走った。人間なんて、本当にその気になれば舌を噛みきって死ぬ事だってできる。
呆気なく死ぬのが人間だ。莫迦なことを、と彼女は言わなかった。赤い光の元に飛び込んで「いけない」と叫ぶ。
それに気付いたのはアレクシアも同じであったか。
至近距離に付いていたリュコスが直ぐさまに手を伸ばす。オサレスを押さえ込み叫ぶ。
「死なせない……だれも死なせるものか!」
彼等が死したとて、それが糧となる。
「誰も死なせやしない!」
アレクシアは叫んだ。ここで誰かが死ぬ事は、許されない。アレクシアはオサレスを打ち倒す。
身体を、張って飛び込んで。彼ごと値へと倒れて行く。
「此処に死す事、許さじ! ――勇者よ、其れでこそ天晴れ、君らしし!」
●
「さて、どうするのだ? 我が盟友殿。奇策とやらも見事に今世の勇者共によって食い止められたが」
整った女のかんばせが向ける冷めた視線の意味をベルナールは理解していた。己が甘く夢見た可能性などとうに潰えたのだ。
クローディス・ド・バランツはじめ、数名の貴族達に向ける言葉も浮かばぬままにベルナールは項垂れる。
そも、この女との『取引』から始まったのだ。
彼女のセルグヴェルグの秘術を活かし、死者の蘇生を行う。
貴族達の『下らぬ野心』によって暗殺にまで至らしめられた愛しき妹マルガレータを救い、平穏な生を過させてやるのだと。
その際には己達は表舞台から退き、爵位を誰かにくれて遣っても良い。……いや、フレイスネフィラの野望が叶えばそれさえ無為か。
どうせ、この国ごとなくなるのだから。
たった一人の家族、マルガレータさえ居れば其れで良かった。
父も母も、早くに失った自分たちには残された唯一だけだった。それだけだったのに。
この国をフレイスネフィラが壊したならば、マルガレータと何処か遠く、平穏な地で小さな家を買って二人で平民として暮らしたかった。
そんな、ちっぽけな幸福を求めて、幻想王国を敵へと回した愚かな己に戻る道など残されては居ない。
そんな、ちっぽけな幸福を求めて、幻想王国に楯突いた己を愚かだと罵る者達に返す言葉も存在しない。
「フレイスネフィラ、もう無理よ。もう、後は戦争をするしかないわ。
それもとびきり莫迦みたいな、子供騙しのものよ。勝敗なんて知らない。
それでも、奪う事はできるわ。叶えることも出来る。貴女の望みを。貴女の復讐を。貴女の栄光を。
もう、それに賭けるしか無いの。それに賭けて……どちらが勝つかを競う合うしかない。本当に勝てるかなんて聞かないで頂戴ね」
男は、白粉で美しく塗り固めたかんばせから血の色を失っていた。
それでも、どうしても聞かずには居られなかった。
「私って、臆病なのよ。甘ったれで、夢見がち。だから、聞かせて頂戴。アナタは『私の望みを叶えてくれる』のでしょう?」
ベルナールの問い掛けに。
豪奢な椅子に腰掛けて居た女は素っ恍けて「はて」とだけ返した。
もう、どんな返答が帰ってきたって。
あなたが『マルガレータ・フォン・ミーミルンド』を生き返らすことも出来ないと応えたって。
あなたが私を利用しただけだと気付いてしまっても。
もう――戻れやしない。
残された道は、ただ一つだけだと分かっていても。
未だに彼女に縋るのは、とんだ臆病者で甘ったれで夢見がちなままだから。
――quem di diligunt juvenis moritur.
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
もう、二度とは戻れない昨日に手を振って。
GMコメント
夏あかねです。
●成功条件
・『儀式成立』阻止
・イレギュラーズから死亡者を出さない。
●シナリオ情報
国王フォルデルマン三世及びフィッツバルディ公より緊急の依頼が齎されました。
動向を見張っていたミーミルンド派の動きが観測されたそうです。『拷問』により口を割った貴族の一人により詳細が語られました。
「廃鉱山アーサランドを中心に周囲の河川、地下道及び市外に巨人を送る事になるらしい。
アーサランドにはイミルの呪術師が配置されて病(のろい)のまじないを放つ事になる。それを各地に流し、民草を死に至らしめる」
アーサランド廃鉱山の呪術師による『儀式』の成立阻止を行いに往きましょう。
●アーサランド廃鉱山
ミーミルンド領の端、周囲には様々な河川が存在し、王都や周辺地域へと流れ込みます。
周辺に存在する泉は『ミーミルンドの叡智』と呼ばれ勇者王に助言を授けた場所として語られていたそうです。
廃鉱山の上空には真っ赤な色彩の魔法陣が展開されています。
その最奥にて呪術師が儀式を行っている様子が確認できます。
アーサランド廃鉱山は『廃止』されて長い年月が経っているために内部構造までは把握は不可能です。
最奥までの道中には巨人及び『スラン・ロウ』や『ウィツィロ』のモンスターが配置されている事が推測されています。
●儀式陣『Midvinterblot』
鉱山上空に展開されている真っ赤な魔法陣。
鉱山内に存在する術式を破壊することで儀式陣の力は弱まります。また、呪術師の呪文に呼応して陣が構築されていくようです。
儀式の成立は『呪文を唱え終え、周辺に死の気配を感じたとき』です。
……つまり、オサレスは呪文を唱え終えたら自害をし、自身の死を以て儀式を成立させようとしています。
この陣内では『誰も死んではなりません』。死者が出ることが力になるからです。
●呪術師『オサレス』
イミル氏族の血筋だと自称する呪術師です。イミルの姫君フレイスから直接手解きを受けたという呪術陣を展開しています。
呪文を唱えることに注力しています。攻撃を受けると呪文を中断し応戦しますが、モンスターが盾となった場合は詠唱を続けます。
●呪術師『スィナバー』
オサレスの補佐の呪術師です。オサレスを護る為に戦闘を担当します。モンスターを操り、イレギュラーズの行く手を遮る役目を担っているようです。
イレギュラーズ到着時から鉱山入り口付近に布陣し、モンスターを放ちながらオサレスの元へと急ぎます。
●モンスター
『神翼庭園ウィツィロ』や『古廟スラン・ロウ』のモンスター達。一体一体は弱いですが、この先には進ませないために大量に投下されています。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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