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シナリオ詳細

<祓い屋>春花に囲まれて

完了

参加者 : 31 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 遅咲きの八重桜は薄く色づき、零れ落ちそうな花弁を咲かせていた。
 桜の向こう側に見える青い空は、薄い雲が裾に掛かるばかりで快晴といえるだろう。
 少し視線を落として燈堂家の中庭を見渡せば、春の花々が目を楽しませてくれる。
 赤い薔薇に、白いハナミズキ、藤棚から下がる紫色はこの季節にしか見られないものだ。

「やあ、よく来てくれたね」
 手を上げて微笑んだのは『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)だった。
「どうだい? 中々に壮観だろう。あの事件からこっち、ようやく中庭も美しさを取り戻したんだ」
『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の意識が攫われ、『悪性怪異』獏馬と澄原龍成が燈堂家へ攻めてきた事件から二ヶ月半。戦闘の爪痕は綺麗に無くなり、美しい花々が咲き乱れていた。
「不思議に思うだろう。掃除屋が居るんだからすぐ綺麗に出来るんじゃないかって。でも、廻や他の門下生も疲弊していたからね。この燈堂の地では『掃除の能力』を無闇に消費しないようにしているんだ。何かあったときのためにね」
 隠す必要の無い時は能力を使わない。
 掃除屋に負担を強いることが無いようにという配慮もあるのだろう。

「茶屋まで歩きながら話そうか。……といっても報告書に上がっているから知っているかも知れないけど」
 事の発端は二月のバレンタインに起きた事件だ。
 何者かに攫われてしまった廻の意識を探しに夢の中を渡ったのだ。
 廻の匂いを辿り、行き着いた先に待って居たのは『悪性怪異』獏馬と澄原龍成。
 夢の中では決して倒す事が出来ない獏馬を相手にイレギュラーズは戦い、廻を助け出す事に成功した。
 その間に燈堂家へ攻めてきた夜妖の群れを、撃退してくれた人も居るだろう。
 そして、夢から覚めるのを見計らったように獏馬と龍成は燈堂家の結界の中に現われた。

「獏馬を倒す事が出来ればよかったんだけど、それも叶わなくてね」
 イレギュラーズの力を夢の中で吸い上げた獏馬が倒されれば、燈堂の地は焦土と化す。
 燈堂家には二つの要石が置かれている。これは燈堂が代々守って来た大切なものだ。
 獏馬が倒され、一帯が焦土となれば要石もイレギュラーズも只では済まない。
「だから、皆の力を合わせて悪性怪異『獏馬』の力を無力化したんだ」
 廻に憑いている夜妖『あまね』と獏馬は元々同じ存在。別たれてしまった二人の力を等分する『双別の軛』の術式は成功した。
 ――イレギュラーズは勝利したのだ。

「そういえば、君達は忙しい時期じゃないのかい?」
 練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境Rapid Origin Online――通称『R.O.O』のエラーによる暴走のニュースは記憶に新しい。
 希望ヶ浜学園からも調査の為に生徒や職員が派遣されているという話があったと暁月は語る。
「ひよのちゃんから連絡があったけど、有柄島へ向かった人達は無事に帰ってきたみたいだね」
 澄原病院所属の澄原分家の少女、澄原・水夜子、音呂木・ひよのと共に逢坂地区の離島『有柄島』への調査に向かった人達は大凡無事に帰還したらしい。
「あと、その澄原病院の方でもまた何かあったみたいだ」
 澄原病院の院長、澄原晴陽からカフェ・ローレットへ依頼が出されたという情報は、祓い屋の燈堂家にも伝わっていた。
「晴陽ちゃん頑張り屋だからなぁ、働き過ぎてやしないか私は心配だよ。
 ……実は高校の時の後輩なんだよね晴陽ちゃん。何故か嫌われてたんだけど。
 音楽性の違いってやつかなぁ。なんちゃって。まあ、色々有ったかな。……で、その弟がうちに居候する事になるとは何だか数奇な縁を感じてしまうよね」
 二月の事件の後、獏馬と龍成は燈堂家本邸へ居候する事になったのだ。
 体調が整わない廻と同じようにあまねとしゅう(獏馬)も観察が必要なためだ。

「幻想国ではそろそろ勇者総選挙の結果が出る頃なのかな? もちろん、外国の情勢に疎いとはいえこれだけ大々的なニュースで取り上げられれば、希望ヶ浜にも伝わってくるよ。興味が無い人はとことん無関心だろうけどね」
 混沌という現実から耳を塞ぎ自分達の思い描く『日常』を享受する希望ヶ浜の住人とて、海外のニュースを流し見するぐらいはあるだろう。
「まぁ、折角此処へ来たんだ。ゆっくりしていくといい。君達を歓迎するよ」
 手を広げた暁月が指し示す方向へ視線を向ければ、広大な庭に色取り取りの花が咲き乱れていた。
 茶屋の前にはオードブルが並べられ、廻や門下生が手を振っている
「廻とあまねの快気祝いも兼ねてるんだ。盛大に祝ってやってほしい」
 ようやく体調の落ち着いてきた二人が元気な笑顔で居られるように――


「今日は良い天気ですねぇ……お花見日和です」
 缶チューハイを片手に頬を赤らめた廻が青い空を仰ぎ見る。
 景観を損なわないように敷かれた茶色い茣蓙の上にぺたんと座り込んでいた。
 病み上がりだというのに、久しぶりのお酒に気分は揚々と夢心地なのだろう。
 次の缶に手を伸ばした所で、素早くそれを奪われた。
 廻が視線を上げると眉を吊り上げた『刃魔』澄原龍成(p3n000215)が首を振っている。
「飲み過ぎだっつーの。水飲め、水」
「えー? そんなこと無い、よ。まら、飲めるもん。ねえ、龍成お酒返して、よ」
「ふざけんな。ほら、みーず!」
「むぅ」
 押しつけられた水のペットボトルに渋々口を付けてこくりこくりと飲み干す。
 アメジストの視線を中庭へ流せば、春の陽気と咲き誇る花の色。
 青い空は澄んで、はしゃぐ子供達の声が聞こえてきた。
 暁月も、龍成も、しゅうも、あまねも全員が笑っていて。
「……ふふ、幸せだなぁ」
 龍成やしゅうとは一緒に住み始めた頃はギクシャクして口論になったりしたけれど、近頃は打ち解けて来たなと廻は目を細める。
 元々、燈堂家は人が多い。廻は彼等をすんなりと受入れる事が出来た。
 意外と勉強の出来る龍成に教えて貰う事もあった。二ヶ月半掛けて少しずつ馴染んで来たように思う。
「廻、嬉しそうだね」
 最近は人間の姿を取っているあまねが廻の隣に座り込んだ。
「うん。ローレットの人も来てくれてるし。元気に動き回れるようになったし。楽しい!」
「えへへ。廻が嬉しいと僕も嬉しい。ごめんね、廻。僕がコントロール覚えるまで沢山、苦しかったでしょ? 熱も出て血もいっぱい吐いてたし、眠ったら起きられないんじゃないかって不安になったよね?」
「大丈夫。あまねがコントロールを覚えて僕も普通の生活が出来るようになったから。今日はそのお祝いなんだよ。だから、いっぱい幸せだって笑顔で過ごそう?」
「うん! いっぱい楽しむよ!」
 ぽむとぬいぐるみの姿になったあまねは廻の頭に抱きつく。
 あまねの触り心地の良いお腹は陽光を浴びてお日様の匂いがしていた。
 春麗らか。幸せの風が燈堂の地に優しく吹いていた。

GMコメント

 もみじです。祝勝会と快気祝い。

●目的
 花見を楽しむ

●ロケーション
 希望ヶ浜の燈堂家の敷地内。
 お寺や旅館といった風情のある家です。
 門下生が下宿する東棟と様々な修練場がある西棟、食堂や温泉等の生活を担う南棟、北には当主が住まう本邸があります。中庭は美しく整えられ、中央には茶室があります。
 本邸の地下には座敷牢があります。暁月の許可があれば立ち入る事が出来ます。

●できる事
【1】中庭
 戦いの爪痕も綺麗になりました。
 広大な中庭には季節の花が咲きます。
 遅咲きの八重桜、赤い薔薇に、白いハナミズキ、藤棚から下がる紫色。
 小川が流れています。風光明媚でお散歩には丁度良いです。
 各所にベンチ等がありますので、ゆっくりお話も出来るでしょう。

【2】花見
 中庭には茶屋があります。
 今日は祝勝会と快気祝いを兼ねているので宴会モード。
 春うららかな風に吹かれ、お花見をしましょう。
 簡単な家庭料理やおにぎり、サンドウィッチやオードブルなど。
 未成年にはジュース、大人はビールや缶チューハイ、カクテルなど。

【3】室内
 南棟には広い食堂や大きな温泉があります。
 特に温泉はあったまります。宴会の後にお泊まりをしてもいいですよ。
 燈堂家本邸にも立ち入ることが出来ます。

●NPC
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
 希望ヶ浜学園大学に通う穏やかな性格の青年。
 裏の顔はイレギュラーズが戦った痕跡を綺麗さっぱり掃除してくれる『掃除屋』。
 今回は廻の快気祝いを兼ねているので、ちょっぴりはしゃいでいます。
 基本的に【2】で花見をしていますが呼ばれれば何処にでも行きます。

○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
 希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
 記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
 基本的に【2】で花見をしていますが呼ばれれば何処にでも行きます。

○『刃魔』澄原龍成(p3n000215)
 獏馬の夜妖憑き。
『廻は暁月に呪いを掛けられている』と獏馬に吹き込まれ、彼を救うために暗躍していた。
 廻の意識を攫い、燈堂家に奇襲を掛けたが敗北。
 その後は獏馬共々、燈堂家本邸に居候する事になる。
 時々出かけているが、偶には実家に帰っているのかもしれない。
 基本的に【2】で花見をしていますが呼ばれれば何処にでも行きます。

○その他
 獏馬やあまね、白銀、黒曜、牡丹、門下生の湖潤・狸尾、湖潤・仁巳、煌星 夜空、剣崎・双葉なども居ます。
 恋屍・愛無(p3p007296)さん、シルキィ(p3p008115)さん、ボディ・ダクレ(p3p008384)さんの関係者を含みます。
 基本的に【2】で花見をしていますが呼ばれれば何処にでも行きます。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目は自由です。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないもの。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

●夜妖憑き
 怪異(夜妖)に取り憑かれた人や物の総称です。
 希望ヶ浜内で夜妖憑き問題が起きた際は、専門家として『祓い屋』が対応しています。
 希望ヶ浜学園では祓い屋の見習い活動も実習の一つとしており、ローレットはこの形で依頼を受けることがあります。

  • <祓い屋>春花に囲まれて完了
  • GM名もみじ
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2021年05月18日 22時20分
  • 参加人数31/30人
  • 相談7日
  • 参加費50RC

参加者 : 31 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(31人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
ナイン(p3p002239)
特異運命座標
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
メイ=ルゥ(p3p007582)
シティガール
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
眞田(p3p008414)
輝く赤き星
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
浅蔵 竜真(p3p008541)
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
アンジェリカ(p3p009116)
緋い月の
雑賀 才蔵(p3p009175)
アサルトサラリーマン
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
時尾 鈴(p3p009655)
いつまでも傍に
山本 雄斗(p3p009723)
命を抱いて

リプレイ


 舞い散る桜の薄付きは空色のキャンバスを優雅に流れて行く。
 ナインは廻を中庭の小道へと連れ出した。
「何か大変だったみだいですね。怪我もしたとか?」
 ついどうなったか気になって見に来てしまったとそっぽを向くナインに廻はくすりと微笑む。
「それで、怪我は治ったんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ふーん、そうですか。なら、ちょっとそこのベンチに座りなさい。そして顔を貸しなさい。いいから言う事を聞くのです」
 慌てる廻をベンチに座らせ割と強引に頭部を太ももの上に乗せるナイン。
「えっと……」
「ふふーん、美少女の膝枕です。これから色んな人と立ち回るんでしょう?
 体調がよくなったとは言え、少し休んでいきなさいな」
 調子に乗って酔った廻を休ませる為にナインは連れ出したのだろう。
 大人しく膝枕に身を委ねる廻の頭に少女の手が流れて行く。
「……よく頑張ったね。えらかったよ」
 いつもつれない言葉が多いナインから労いが出てくるなんて思ってもみなかった廻は僅かに戸惑い彼女の名前を呼んだ。
「は? 私は庭を眺めてただけで何も言ってませんよ。気のせいじゃないですか」
 ナインの不器用な優しさに廻は目を細めた。

「あら、きれいな花ね。ちょっともらっていきましょう」
 メリーは薔薇の花を一つ摘まんで笑みを零す。
「ローレットのお仕事でお花見? うーん、まぁいいか! 親睦会と思って思いっきり楽しもう!」
 雄斗はニコニコと笑顔でオレンジジュース片手に茣蓙の上に並んだオードブルを取り皿に乗せていく。
「よーし! 食べ比べだー!」
「祝勝会と快気祝いなのでパーーーッと盛大に飲むのですよ!!」
 ラクリマがコップに入ったグラスを持ち上げる。
「この2か月半、本当に色々とありましたが、終わり良ければ総て良し! 一仕事終えたあとの酒は最高なのです!!」
 フラフラと龍成の前に来たラクリマは酒瓶を差し出した。
「龍成さんも、お酒大丈夫なら一緒に飲むのですよ!」
 酒の席は無礼講。廻でも自分でも構わないから、酔いに任せて言いたい事を言ってしまえばいいのだとラクリマは笑う。
「俺は慈悲深い男なので何を言われても怒らないのです……たぶん、きっと。
 もしかしたら、手は出るかもしれないですけど、たぶん大丈夫。大人だから」
「お前ら似てねぇか? その酒グセと、以外と手が出てくる所。しかも俺限定だろそれ! ラクリマ、お前も水飲め水!」
「大丈夫ですよねぇ~?」
「ね~?」
 ラクリマにぺたりとくっついた廻が乾杯とコップを合わせる。
「ほら、ハンスさんも一緒に~!」
 廻はハンスをぐいと引っ張った。ラクリマも合わせて三人で団子状態でわちゃわちゃになる。
 とりあえず、龍成はその尊い光景を素早く写真に収めた。

「ふむ、あの時には眺める余裕も然程無かったが……いや、素晴らしいな燈堂の家の庭は。花が咲き誇り花見のやり甲斐もある」
 色々な記憶が才蔵の脳裏に過る。されど、今日は宴の席。難しい話はまた今度、だ。
「今日は険しい顔では無く楽しそうな顔を見に来た」
「やあ、才蔵。お疲れ様」
「お疲れ様だ。ミスタ・暁……友人殿」
 表向きは笑顔を見せる友人に、才蔵は祝杯の酒を掲げる。
「乾杯! 今日は飲んでもらうぞ?」
「ああ、乾杯」
 こんな時だからこそ楽しく過ごして欲しいのだと才蔵は口の端を上げた。

「やっほー、龍成くん。すっかり元気そうだね! しゅうくんも元気?」
 団子になっている三人に手を上げるのはサクラだ。手には沢山の袋を抱えている。
「今日は龍成くんのリクエストに応えてお肉料理を作ってきたよ! 私の友達のスティアちゃんって言う子がお料理が上手でね!」
 バーンと広げられた――スティアスペシャル。
「おおー!」
「美味しいんだけど量が異常過ぎてみんなを破滅に追い込むんだけど……
 今日はこれだけ人がいるから大丈夫だよね! みんなで食べようね! 牛一頭分だよ!」
「牛一頭分!?」
 サクラが持って来た牛一頭分の肉料理も追加され、宴会は始まる――

「おや、廻様はもう酔っていられましたか」
 Mの果実酒を手にしたボディは顔を真っ赤にした廻を見遣り嬉しそうな表情を映し出す。
 双葉の前には小山になった料理が並べられた。
「どうぞ、剣崎様」
「ぶはっ、多くない? 笑うじゃん」
「育ち盛りは沢山食べませんと。おら、龍成。廻様はもうべろべろですけど、貴方はご機嫌如何ですか」
 ボディは酒を手に龍成の隣にやってくる。
「一緒に食べませんか? 色々ありましたけど、それぐらい良いでしょう?
 だって私達、友達じゃないですか」
「身体は問題ねーよ。つか、別に一々友達友達言わなくても一緒に食やいいじゃねぇか」
 照れくさそうにそっぽを向く龍成のコップに酒を注いで、ボディは祝杯を掲げる。
「よーし。では、乾杯」
「乾杯」

「お花見なのですよ!」
 メイはじゅるりと花から料理へと視線を移す。
 あれもこれもと摘まんでは口に入れていく姿は頬を膨らませたハムスターのようだった。
 サクラの持って来た料理を前に目を輝かせるメイ。
「あ、でもピーマンはいらないのですよ。苦いのはやーなのですよ。それよりお肉さんがいっぱい欲しいのですよ! メイはいっぱい食べて大きくならないといけないので!」
「沢山ありますから、どうぞ。軽食は足りてますか? お客様のために門下生みんなで作った家庭料理がありますよ。味は……美味しいはずです、うん」
 メイのお皿に肉をのせるのは鈴だ。彼は燈堂の門下生なので今日は迎え入れる側ということなのだ。
「お花見日和で気持ちいいですね。廻さんの体調も落ち着いて、みなさん揃って楽しめそうです」
 鈴ははしゃいでる廻の様子に良かったと胸を撫で下ろす。
 この二ヶ月半の間、燈堂家を一番近くで見ていたのは鈴だからだ。『お客様』の前で気丈に振る舞う廻が影で血を吐いて倒れた事も、龍成と暁月が口論した事も、しゅうとあまねの動向も知っている。
 気になる事も増えた。暁月の様子がおかしいのだ。
 本邸の書斎。見えぬ所で吐かれる、どこか張り詰めたような溜息が心配になった。
「暁月先生……」
「どうしたんだい? 鈴」
「いえ……暁月先生、飲み物は足りていますか? お好きなほうじ茶を淹れますよ!」
「おや、ありがとう。鈴は気が利く子だね」
 不安は拭えぬとも信じていると、鈴は暁月を見つめた。

「廻くん、龍成くんとお話した?」
 料理を摘まんでいる廻にサクラが問いかける。
「龍成くんは暴走しちゃってたけど根はいい子だから仲良くしてあげてね!」
「はい。この二ヶ月半の間、色々お話をして、まぁ口喧嘩もしましたけど。体調が悪かった時も看てくれたりしましたから」
「うん。少しずつでいいから、仲良くしてあげてね」
「龍成氏と廻氏、遊びに来たよ」
 声のする方に龍成が視線をあげれば昼顔とエルが手を振っていた。
 龍成が自分達の事をどう思っているかは分からない。けれど、昼顔もエルも龍成に対して友人なのだと認識している。
「……二人とも、元気そうだし仲良さそうで良かった」
「エルは、お花見に、サンドイッチを、持って来ました!」
 料理の本を読みながらカフェ風のサンドイッチを作ったのだと微笑むエル。肉野菜のバランスが良い、分厚い具沢山のサンドイッチに龍成と廻は目を瞠る。
 龍成は廻の事が好きらしい。
 それがLikeなのかLoveなのか分かりかねるがと昼顔はちらりと二人を見遣る。
「エル氏達、サンドイッチやお弁当を作ってくれて有難う。美味しく頂くね」
「龍成さん、星影さん、ご一緒に、食べましょう。では、いただきます」
 くちいっぱいに頬張るエルと廻の顔。具を挟みすぎたサンドイッチは横から野菜がはみだしていた。
「次に、皆さんに、サンドイッチを作る時は、気を付けたいって、エルは考えました」
「おら二人ともティッシュで拭け」
「あい」
 綺麗な花と活気のある声。眩しいぐらいに騒いでいる光景に昼顔は目を細めた。
 望んだ風景。掴んだ未来。
「龍成氏、生きててくれて有難う。こうやって、皆で過ごせるのが凄く嬉しいから」
「そうかよ。そりゃ、まあ良かった」
 以前より優しくなったアメジストの瞳に昼顔もつられて笑った。

 カイトはこのあっという間に過ぎた二ヶ月半前の事を懐かしく思っていた。
 燈堂家防衛戦。獏馬の襲来。知り合いの怪我の知らせに心配したものだ。されど、今目の前に広がる陽気な彼等の笑顔を見れば問題無いのだと覗える。まあ、病み上がりで酒を飲みまくっている廻には教師として一応注意を払うとして。
「花見邪魔にしに来た訳じゃねぇんだけどもな、変な悪ノリなきゃいいんだ」
 羽目を外し過ぎないように、緩やかに見守る姿勢を取るカイト。
 中庭の要石に視線を上げる。されど、問題はまだ残っているのだろうと小さく溜息を吐いた。
「よう、せっかくの席だし酒が苦手じゃなかったらどうかな」
「お? お前はあん時居たよな。良いぜ」
 クロバと龍成は酒の缶をお互い打ち鳴らす。
 簡単な料理をクロバが広げ、それに龍成が目を瞠った。
「すげぇな。料理出来んのか」
「まぁな」
 当たり障りの無い会話。こんな席だからこそ、その場のノリで言葉を交す事が出来るけれど。お互いそんなに会話が上手くない部類だ。素直になれない性格もあって龍成に親近感を覚えていた。
「廻を救ってやりたいと思って動いていたお前が気になった――なあ、お互い、ちょっと仲良くなれそうじゃないか?」
「まあ、悪くねぇ提案だ」
 酒を飲み交わし、語る言葉は少ないけれど。それでも。

「こんにちわ龍成君。ここでの暮らしにも随分と慣れてきたみたいね」
「おお」
 二ヶ月半前の剣幕からは想像も付かないほど角が取れた表情に舞花は目を細める。
「暁月さんも廻君も、色々とあって今の関係のようね。詳しい事情は聞いていないけれど。……まだ受け入れ難い所はあるのかしら?」
「暁月とはあんままだ話してねぇからさ。どうも、あいつ。そういう話しになると、はぐらかしやがる」
 だが、否定ではなく一応理解しようとしているのだと舞花は安堵する。
「最近、実家に帰っているそうだけど。澄原先生とはちゃんと話を……」
 晴陽の話を出した途端視線を逸らした龍成に舞花は眉を下げた。
「出来ていなさそうね、その様子だと」
「うっせ」
「貴方は姉にどう対応すればいいのか判らないのだろうけど、きっと彼女も同じ事を思ってるのではないかしら」
 舞花は確信している。この澄原姉弟は似たもの同士なのだと。
「私が解るのは、彼女は多分感情表現や振る舞いが苦手で下手なだけで貴方を愛して心配してる、という事です。貴方も、尊敬してるというその気持ちを一度本人に伝えてみたらどうかしら」
 不器用すぎる姉弟を心配する舞花の瞳に龍成はばつの悪そうな表情で視線を落とす。
「……だって、今更だろ」
「それって、逃げてるだけよね。それとも恥ずかしいのかしら」
「ちげーし……」
 酒のせいか照れているのか顔を赤くした龍成が眉を寄せてそっぽを向いた。

「もうほんと、心配させるんだから!」
 アーリアは頬を膨らませならが廻としゅうの頭をぐりぐりと撫でつける。
「ご心配をお掛けしてすみません」
 グラオ・クローネからの数日が本当にあっという間だった。
「でも、こうして元気にお酒を飲めるようになったなら何よりねぇ」
 廻としゅうを解放してアーリアは暁月の隣に座る。
「ほらほら、今日は敷地内だし廻くんが潰れても平気! だーかーら、暁月さんも保護者の顔を捨ててとことん飲みに付き合ってもらうわよぉ?」
 日本酒をカップに継ぎながらアーリアは『澄原晴陽』との学生時代の思い出話をせがむ。
「晴陽ちゃんは実際可愛い後輩だし、好意的な感情を抱かれていた様な気もしたんだけど、なんか途中からすんごい嫌われたんだよね。……女の子の気持ちは分かんないなぁ」
 軽口を叩く暁月の様子にアーリアは視線を落とす。『あの時』暁月が零した言葉が頭の中を巡る。
 けれど、彼は簡単に自分の内側を見せないだろうから。一つ年上なだけなのに、嫌になる程大人な男。
 だから今日はと酒を注ぐ。
「あ、生徒から聞いたけど、お誕生日だったんでしょう? そういうのもっとアピールしなさいよぉ」
 プレゼントは用意出来なかったけれど、その代わりにとアーリアは言葉を紡ぐ。
「一つだけお願いでも、話でも聞きましょ!」
「えー、そうだな。君が元気で居てくれれば、私は幸せだよ。冒険者なんてものは命張ってなんぼのものかもしれないけど。生きて居て欲しいかな」
「ふふ、勿論よ。私にはお家で待ってくれてる人が居るもの」
 アーリアの言葉に暁月は目を細めた。

「あの戦いが終わってから落ち着くまで本当に大変でしたね……ですが、こうしてまた廻さんや暁月さん、それに加えて今では龍成さんともお酒を飲めるようになって良かったです」
 アンジェリカがしみじみと赤い瞳を揺らす。
 手には缶チューハイが握られ目の前の龍成と廻のやり取りを微笑ましく見つめていた。
「 廻さんはこんな感じに飲兵衛ですが、龍成さんはお酒はどうなんですか?
 たぶん……いえ、確実に廻さんと関わっているとお酒に触れる機会が増えていくと思うのですが」
「あー、まあ。廻よりは飲める」
「なるほど。それはよかった。では改めて乾杯しましょうか! 廻さんの快気祝いに改めて、乾杯!」
「お、おう! 乾杯!」
 アンジェリカ(見た目は可愛い少女)の勢いに乗せられて龍成もカップを上げる。
 それはそれとしてとアンジェリカは暁月に視線を移した。
 あの一件以降見た目は何の変化も無いはずなのに、何処か張り詰めたような違和感を感じる。
 宴会の席で気にすることでは無いけれど、他にも暁月に近しい者は気付いて居るだろう。自分だけではないはずなのだ。だから、もし何かあったとしても、此処に居る人達で乗り越えられる。
 アンジェリカは決意を込めて缶チューハイを飲み干した。

「「かんぱーいっ!」」
 イーハトーヴと廻はカップをコツンと打ち鳴らす。
「こうやって廻と一緒に過ごせるの、嬉しいな。元気になって、本当に良かった」
「はい。皆さんのおかげです」
「……えへへ、ちょっとしみじみしちゃった! こういう時は! お酒で! テンションを上げる!」
 イーハトーヴの耳に心配そうなオフィーリアの声が聞こえてくる。
「オフィーリアは俺のことよく見てくれ……え? ほっこりするところじゃないの?」
 小言を聞きつつ、イーハトーヴは龍成にカップを向けた。
「ねえ、龍成も一緒に飲もーよ! 乾杯しよ、かんぱい! しゅうと約束してたお菓子も、皆で食べられるように沢山買ってきたんだよ」
「わーい! ありがと、イーハトーヴ!」
「龍成の好きなものも気が向いたら教えてね。俺、君達のこともっと知りたいなって思ってるんだ。だって、仲良くなりたいから!」
「俺の好きなもん? 廻?」
「うん。それは知ってる。食べ物かな」
「肉は好きだな」
「わお、流石ワイルドだね。分かったよ。お肉ね」
 育ち盛り(?)の男の子らしいチョイスにイーハトーヴはくすりと微笑んだ。

 シルキィは目の前の幸せな光景に顔を綻ばせる。
「ここまで色々あったけれど、こうやって集まれてホントに良かった。
 祝勝会に快気祝い、今日はめいっぱい楽しもうねぇ!」
「はいっ!」
 隣に座る廻は顔を真っ赤にしている。
「廻君は……大分お酒飲んじゃってるみたいだねぇ。龍成君も言ってたけど、ちゃんとお水も飲まなきゃダメだよぉ? おつまみも食べて、胃腸を守ってあげないと。悪酔いしちゃうかもだし、セーブしながらの方が長くお酒を楽しめるよぉ~」
「でも、本当に久々で……」
 シルキィが差し出した水を素直に受け取る廻。
「ほらほら、夜空ちゃんからも言ってあげて……なんてねぇ、えへへ」
「お酒の事になると廻さんは言うこと聞かないんだもの」
 首を横に振る夜空にシルキィはころころと笑う。
「……夜空ちゃんも、ホントにお疲れ様。門下の皆には凄く助けられちゃったねぇ。
お陰でこうして皆で一緒にいられるよぉ、ありがとう」
 シルキィは向かいに座る龍成を見遣る。
「そうだ、龍成君にしゅう君。 最近はどう? 燈堂のお家での生活には慣れたのかなぁ?」
「ん? まぁな」
 シルキィの問いにニっと口の端を上げる龍成。
「わたしね、キミたちの思いが分かった時から思ってたんだ。いつかはこんな風に、皆で仲良く出来ないかなってねぇ」
 だから、こうして皆で花見をするころが出来て嬉しいのだとシルキィは紡ぐ。
「……ね、二人とも。改めて言わせてもらうねぇ。わたしと、仲良くしてくれないかなぁ?」
 しゅうがシルキィの手を取り、龍成が照れくさそうに視線を逸らした。

「どうなるかと思ったけどみんな無事でお花見できるようになってよかった!」
 リュコスは廻の体調や龍成の動向が気になり様子を見に来たのだが。
「あっ、ぼくもごちそう食べていいの? 食べるー!」
 食い気には勝てなかった。その様子に龍成がくつくつと笑う。
 最初の印象とは全然違う龍成を見つめるリュコス。嫌な感情は取れて丸くなった。
「でも、やったことを許したとは違うからもうやっちゃだめだよ! むん!」
「あー、お前にも迷惑掛けたな。悪かったな」
 怖そうな見た目。でも不器用なだけなのかもとリュコスは興味を引かれる。
「好きとか大切ならすなおに話してそうしたらいいのに周り道するから話がたいへんになっちゃうんだよ。
 そう簡単じゃないの?」
 純粋なリュコスにばつが悪そうに頭を掻いた龍成。
「ふふ、廻さまも、あまねさまも、すっかり元気になりました、ね」
 メイメイはおつまみにどうぞと塩味の小粒なクッキーが詰まったボックスを差し出す。
「わぁ!」
 彼女の差し入れに目を輝かせ覗き込む廻とあまね。
 メイメイはジュースを手に流れるわいわいとした空気に顔を綻ばせた。
「全てまるく、収まったようで、本当に……良かった。
 龍成さまも、笑うとかわいらしいお方です、ね。安心、しました」
 そういえばとメイメイは廻に向き直る。
「廻さまは、再び祓い屋のお仕事に戻られる感じなのです、か?」
「はい。体調が回復したので、暁月さんのお手伝いをしますよ」
 それが二人の間に交わされた約束だから。

「騒ぐぞ! あ? 桜見ながら静かに飲みてぇ? うるせぇ! 騒ぐっつたら騒ぐんだよ!」
 ニコラスはビール瓶を片手にすくっと立ち上がった。
「1番! ニコラス! 歌います! ボエーーー!」
 ニコラスの声が中庭に響き渡る。そして、凄い勢いで龍成の前に立ちはだかった。
「じゃ次は龍成さんな。……あ? つべこべ言わず歌うんだよ! 宴会だろ! なら歌えよ! お前に拒否権はない! ミュージック! スタァァアトッ!」
 ヤケクソ気味に歌い出した龍成にニコラスは「かはは」と笑う。
「楽しいもんだろ? 大人数で騒いで笑って馬鹿なことしまくるってのもよ」
 茄子子は風呂上がりの浴衣を着て花見会場へ姿を見せた。
「湯上り会長だよ! コーヒー牛乳がうまい!」
 こうして温泉に入ることが出来てよかったと頷く茄子子。
「あ、廻くん体調どう? もう平気なの? いやこれみんなに言われてるか! じゃあいいや! とにかく、悪いとこあったら隠さないで会長に言うんだよ! 会長と廻くんはマブダチなんだからね! これ口に出すとなんか胡散臭いね! あ、ついでに入信してくれると尚よし!」
「茄子子さん。ありがとうございます~」
「じゃ、会長ご飯食べるから!」
 一気に廻への労いを捲し立てた茄子子は照れた様にそそくさと立ち去る。
 男物のシャツとズボンの上に白衣を纏ったレイチェルが龍成の前に現われる。
 じっと見下ろしてくるレイチェルに「何だよ」と悪態を吐く龍成。
「よぉ、龍成。元気そうで何よりだ。レイチェルせんせーが、健康チェックに来てやったぞ」
 背中を軽く突かれながら龍成は隣に座ったレイチェルにカップを渡す。
「ったく、子供扱いすんじゃねーよ。ほら、飲むだろ? 烏龍茶? 酒?」
「へえ、少しは気が利くようになったじゃないか?」
「うっせ。ほら、烏龍茶!」
 元気な声と照れた様に薄らと染まる頬に、体調は大丈夫そうだとレイチェルは笑う。
 姉という生き物は弟分を見ると揶揄わずには居られないのだ。

「ずっと心配だったけど治ってよかったよ。熱とかない? もうほんとに大丈夫?」
 眞田は廻の額に手を当てて熱を測る。自分と変わらぬ体温に安心して微笑む眞田。
「よし、大丈夫なら久々に飲もう!」
「えへへ。眞田さん~! 嬉しいです~!」
 嬉しさを表すように左右に上半身を振る廻に眞田も楽しそうだと目を細めた。
 廻が楽しそうなら一緒に楽しむのが一番だろう。
「また前みたいに遊べてマジで嬉しい。すっかり寒さも辛さも全部どっか行ったな……」
「はい! えへへ」
「それと澄原君も飲もう? まぁ出会い最悪だったし、まだ俺と話すのは気まずいかな。まあ、細かいことは良いから飲もう」
「そーだそーだ!」
 たぷたぷと継がれるカップに龍成は眉を寄せる。
「そういえば燈堂君は酔ったら面白いことになるけど、澄原君はどうなんだろ? ちょっと気になるな!」
「俺は、結構強いからな、廻みたいに酔わねーよ」
 言いながら、酔っ払いの赤ら顔をする龍成に眞田は優しい視線を送った。

「廻殿が元気になって良かった。おかえり」
「ただいまです」
 廻の頭をぐりぐりと撫でるアーマデル。その隣にはイシュミルも心配そうな顔で廻とを見つめている。
「しばらく呑んでなかったのなら急に飲むと身体がびっくりするんじゃないか? 空腹だと酒が回りやすいと聞いた……つまり、食事をとろう」
 アーマデルは廻の向かいに座る龍成に視線を向けた。
「龍成殿は……信じやすいというか、素直な御仁なのだな。ああ、そうだ、これ。身体に良いぞ」
「ああ。すまねぇな」
「一気に飲むのがコツだぞ」
 グイッと一気にイシュミル謹製の液体を飲み干す龍成。
「……ぶっ!? な、なんだこれ!?」
「嘘は言ってないぞ。身体には間違いなくいい。まあ、振り回された軽い意趣返しみたいなものだ、これで全部チャラという訳だな。改めて、宜しくな」
 手を差し出すアーマデルに口を苦そうにした龍成が応える。
「そうそう、こいつは酒蔵の聖女……いやあんたなんでついてきて……まて、ステイ、ハウス! ……仕方がない、少し酒を分けて貰ってもいいか?」
「はい~どうぞ!」
 頬を真っ赤に染めた酔っ払いの廻が上機嫌にアーマデルへ酒瓶を渡した。

「並んでみると、本当に瓜二つだな。分かれたっていうのも納得できる」
 竜真はあまねとしゅうを見つめて頷く。
「二人とも、廻や澄原と能力代償の共存はうまく行っているみたいで何よりだ。
 負担は増えているみたいだが、もし危なくなったら言ってくれ。俺の生命力ならすぐに出そう。
 ……まあ廻はともかく、澄原は嫌がるか」
「うん~、ありがと、竜真」
 あまねがこてりと首を傾げながらにこにこと頷いた。
「そういえば、君たちには兄弟だとかそういうものはあるのか? 元々一つの存在だったんだから、それはまた別かもしれないけど、気になってな」
「僕達に兄弟は居ないよ」
「そうか……きっと、暁月さんは獏馬、ああいや、今はしゅうだったか。君に複雑な思いがあるだろう。
 だけど、心配するな。言っただろ。完膚なきまでに救ってやる、って。これからも、ずっとな」
 竜真は二人の頭をぽんぽんと撫でてみせる。優しい温もりに二人はお互いを見つめ合った。

「お疲れさん、暁月。お互い生き残れて良かったなァ、今日はゆっくりするとしようぜ」
 友人の来訪に暁月の顔がほころぶ。
「幻介様、そして暁月様。此度の一件本当にお疲れ様でした。一時はどうなることかと思いましたがご無事で何よりですよ」
 白無垢のゼノポルタ澄恋が深々と頭を下げる。
「其方の方々は?」
「そういや、紹介が遅れたな? コイツは俺んちの家政婦の澄恋、あと居候のウルズだ」
「申し遅れました、咲々宮家に仕える家政婦の澄恋です。本日のために自慢の腕を振るい、たっくさん美味しいご飯作ってきました!」
「澄恋には弁当を作ってこさせたんだが、皆で食うとしようぜ。コイツの飯は美味いからな……謎肉さえ入ってなけりゃだが、入れてねえよな?」
 振り向いた幻介に澄恋はこくりと頷く。
「おにぎりに手巻き寿司、出汁巻き玉子にきんぴらごぼう。わたしは飲めないのですがお酒もこちらに。
 あ、一応謎肉も別の容器に入れて持ってきていますので! さあさあ好きなだけ食べてくださいね!」
「持って来てんじゃねーか!」
「ご要望にはお答えせねばと思いまして」
 幻介の隣には楚々としたウルズが立っている。
「あたしは幻介先輩の妻ウルズっす! よろしくお願いするっす!」
 ぺこりと挨拶をするウルズに暁月は微笑みを浮かべる。
「ウルズは勝手についてきたんだが……言う事は冗談半分に受け取っとけば問題ねえよ、俺の嫁とかな
俺は独身だし、嫁を取る気も無え」
「ウルズ様は幻介様にぞっこんなのですよね。よく一緒にいるところをお見かけしますし、幻介様ももう二十八……そろそろ身を固めても良いのでは?」
「あれ、奥さんじゃないの?」
「……それが、その。恥ずかしいから外では言うなって言われてるっす」
「言ってる傍から記憶をねじ曲げてんじゃねえよ!?」
 声を張り上げてウルズにツッコミを入れる幻介。
「ったく……ところで暁月、また何かあったのか? 少し疲れが見えてんぜ、隠してるみてえだが……あんまり心配掛けんじゃねえぞ?」
 暁月は見上げてくる怪訝な幻介の視線に肩を竦める。
「ありがと。大丈夫……まあ『大人』は『子供』を簡単に追い出したりしないから安心してよ」
「ちげぇよ。お前の心配をしてんだよ」
 幻介と暁月のやり取りを澄恋の弁当を摘まみながらウルズは聞いていた。
「……成程」
 幻介が暁月に構うのは似た者同士だからなのだろう。
 自分と幻介が似ているように。暁月と幻介も似ているのだと。
 同類を見つけて放っておけなくなったのだと得心して視線をお弁当に戻すウルズ。

「……あぁ、そうだ。皆さん、最後にaPhoneで記念写真を撮りませんか?」
 ボディの声に集まった皆がにっこりと微笑む。
「写りたい方だけで構いませんから。あ、龍成は必ず写ってくださいね」
「んで、俺だけ名指しなんだよ」

 ――はい、チーズ。とシャッターを切って。

 映し出された画像を覗き込むボディ。
 皆笑い幸せが溢れた光景。
 こういった日が続けば良いと、ボディは儚く散る桜を受け止めながら想った。

「……それで、友人殿は今度は何を背負った?」
 才蔵は静けさを取り戻した庭で暁月に声を掛ける。
「あの一件以降何か雰囲気や様子がいつもと違う。それに気が付かないとでも思ったか?」
「才蔵……」
「暁月、君との付き合いは長くはないがそれでも何も知らない間柄では無いとは思っている」
 だからこそ、才蔵は暁月に言葉を紡ぐのだ。
「今何を思い考えてるかは今は問わないが……一人で全てを背負い込まない様に……何かあれば呼んでくれ、すぐに駆け付ける」
「ありがとう。……儘ならない現状に、いっそ心なんて、感情なんて無ければ良かったのにと。この私でも思うことがあるのだよ。進むべき道は分かっているのに、ね」
 暁月が吐露した言葉は同じ傷を負う者として才蔵にも痛い程に覚えのあるものだった。

「思えば様々な事があった。再現性東京など、僕には縁の無い街だと思っていたが。ここまで関わる事になるとは。先の事が解らぬのは人も化物も変わらぬらしい」
 暗闇の中、廻の部屋で愛無は呟いた。
 愛無の隣にはしゅうと廻。川の字になって布団に転がっている。
「それも皆のお陰。本当に世話になった。アーリア君。エル君。シルキィ君。湖潤君達や燈堂家の皆。目をつぶれば今までの事が昨日の事のように思い出される。僕に目は無いのだが」
「ふふ、沢山、ありましたね」
 こてりと廻が愛無の肩に頭を寄せる。それを撫でて愛無は思い出を紡ぐ。
「飲みに行ったこと。小さくなった事もあった。楽しい事だけではなく、大変なこともあった。廻君が倒れたり、あまつさえ夢の世界に浚われたり。思えば最初は暁月君も怪しい言動ばかりだった。これだからイケメンは」
 傍らのしゅうも愛無の手を握り眠りに落ちている。『我が子』というものは可愛く愛おしい。ルウナもこんな気分だったのだろうか。まあ、結構酷い目ばかりに合わされていた気もするが。

「それも、これも皆、廻君のおかげだ。だから君には一番感謝しているんだよ。
 ――本当にありがとう。それは伝えておきたくてね」
「僕も愛無さんに感謝しています。出会えて良かった」
 廻はそっと愛無の手に指を絡ませる。
 肩に寄せた頭を愛無に向ければ、吐息が聞こえる程近くに、アメジストの瞳があった。
 その色を失いたくないと伝う声は夜の帳に消えて――


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 春の陽気に誘われて。幸せな時間をお楽しみ頂けましたら幸いです。

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