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シナリオ詳細

<フィンブルの春>グラスディルロンド

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――わたしは。
 わたしだったものは。
 そうあれかしと望んだ。
 見込み、期待し、待ち焦がれた。

 ――イミルの長に伝わるセルグヴェルグの秘術。代償は人の命とされる。

 遠い遠い昔。イミルの一族は、この一帯を支配していた豪族クラウディウス氏族と、何代にもわたる長い抗争を繰り広げていた。だが勇者アイオンによって講和が結ばれる寸前に、クラウディウスの長ルシウスはイミルの一族をだまし討ちして、両者の仲は永遠に断ち切られたのである。
 イミルの一族と、その姫フレイスは、こうして長や仲間達の多くを失った。
 だが壮絶な虐殺を逃れた姫達は、この呪われた秘術を自身等へと施した。怪物――巨人と成り果てたイミルの民は、怨念を爆発させ、かつての姫――新しき巨人の女王、『死の女神』フレイスネフィラを旗印として、クラウディウス氏族との決戦へと挑んだのだ。
 幻想に帰還した勇者アイオンは、イミルの一族と再度の説得を試みるが、人ではなくなってしまったイミルの民に、心は通じなかった。クラウディウスの一族にも講和を望んでいた派閥と、長の派閥とによって内紛が発生し、彼等は内と外とに敵を抱えることになった。
 全ては取り返しが付かなくなってしまったのである。
 内紛の末、クラウディウスの一族はルシウスを殺害し、勇者アイオンへと服従を誓った。
 アイオンは、寄る辺を失ったクラウディウスの一族を、受け入れざるを得なかった。
 そして怪物と成り果てたイミルの民を、その怨念を、打倒することを決意したのだ。
 決戦は、スラン・ロウと呼ばれる荒野で行われた。
 聖女フィナリィは巨人達を封印し、その代償に命を落としたのだった。

 ――あの命があったからこそ、わたしはここに居ることが出来る。

 幾星霜の果てに、この地も随分と様変わりしたものだ。
 豪奢な屋敷の中で頬杖をついたフレイスネフィラは――そう名乗る女は――シャンデリアを仰いだ。
 容姿こそ妖艶さの奥底に毒を湛えているが、そして些か以上に美しすぎるが、それでもあくまで造形は人の範疇に見える。伝承に伝わる巨大な『死の女神』とは、大きさも風情もほど遠い。

 幻想王国には多数の魔物が出現している。
 そうした中で、国王フォルデルマンは、大きな功績を挙げた者に『ブレイブメダリオン』を与え、勇者と讃えるという『思いつき』を発布した。
 実のところブレイブメダリオンなどというものは、既にこの国の英雄たるイレギュラーズへの、謂わば『更なるご褒美』に他ならないものだったに違いない。
 しかしそこへ思わぬ副作用が発生した。幻想の国中が、にわかな勇者ブームに沸き返ったのである。
 更には貴族達が、自身の権威を高めるため等、様々な思惑でこれを利用しつつある状況が発生した。
 大本命の勇者たるイレギュラーズの背を追う者達を、新たに勇者候補生としてバックアップを始め――更には偽のブレイブメダリオンまでも流通しはじめ、ごろつきやチンピラまでもが勇者を名乗る混乱まで巻き起こりつつある。こうして魔物退治は、三つ巴の狂騒を奏で始めたという訳だ。

「まこと、騒がしきことよな。我が盟友殿も、忙しそうで何よりだが」

 王都の狂騒もどこ吹く風と、フレイスネフィラは鷹揚そうに脚を組みかえる。

「やれ、では手伝うてやろうか。どこまで力を取り戻すことが出来たか、試す価値もあろう」


 幻想西部に位置するアルテロンド領は、僅か二年で驚くべき復興を遂げた。
 当主リシャールは、マルティの街を中心に、民を想う善き執政を布いている。

 マルティから離れたグラスディル銀山は、巨人が眠る地とされ、その一部で発掘作業が続いている。
 骨が出土したという話もあり、何やら地上絵めいた人型が描かれている一帯もあった。
 アルテロンド家の伝承によると、遠い昔に聖女に救われたか何か、縁のある一族が祖先であるらしい。
 何やら勇者王アイオンと巨人族との戦いで、多大な功績を挙げたそうだ。
 ここ最近、幻想各地に出没している魔物の群れには巨人も居り、リシャールは頭を悩ませていた。
 きっと「何かある」に違いないと、半ば直感ではあった訳だが――さて。
 そして魔物はどうやら、イレギュラーズと縁のある土地を狙うケースが多いらしい。
 リシャールの懸念は、遂に現実のものとなった。
 ここアルテロンドも例外とはいかなかったということだ。

「罠でもはろうか。案外簡単にひっかかってくれそうじゃないか?」
「いいんじゃない?」
 飄々と述べたアト・サイン(p3p001394)に、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は気のない言葉を返す。
「司書さん、巨人の群れは、やっぱりこっちに向かっているみたい」
「結構居るって報告が」
 アルテナ・フォルテ(p3n000007)とココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が戻ってきた。
 ココロはアルテナと共に、奴隷の売買で儲けてきた貴族の調査を行っていた。
 それに対して、調査協力を申し出たのがアルテロンド家だったのだ。
 アルテロンド当主リシャールの妹であるシフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)はローレットに所属しており、イレギュラーズとの関係を深めたいリシャールにとっては好都合だったのだろう。奴隷売買の問題には(様々な理由から)アルテロンド家も頭を悩ませており、両者の利害は一致している。
 だがココロやリシャール達の釣り糸に引っかかったのは、別のものだったのだ。
 突如、巨人の群れが領地の近くへと現れたのである。
 そこでイレギュラーズに討伐が依頼されたという訳だ。

 もともと事件を調査していたココロとアルテナ、突如滅んだギストールの街を調査する上で貴族との繋がりを報告したアト。それから一連の事件で多大な功績をあげたという訳で、イーリンの名もあがった。
 半ば偶然ではあるが、見知った顔が集ったことになる。

 一方でシフォリィは、浮かない表情をしていた。
 このところ、たびたび同じような夢を見るのだ。
 それは勇者王が巨人族と戦ったという、伝承の夢。なぜだかフィナリィという名の、どこか他人とは思えないハーモニアの視点から見る夢だ。クロバ・フユツキ(p3p000145)は、そのことをひどく心配している。
「どうにかするしかないさ」
「……はい」

 フィナリィが施した巨人達への封印は、極めて強力かつ多重のものだった。鍵、勇者の血、角笛、それから可能性の奇跡――組み合わせたそれは永久封印と呼んでも差し支えないほどの儀式魔術である。
 そうであったはずだった。
 だが奇跡によって燃え尽きた命は、死を喰らう女神に僅かな火種を残してしまったのではないか。
 故に封印は簡単に解かれてしまったのではないか。だから巨人が現れたのではないか。
 シフォリィには、そう思えてならないのだ。
 ともあれイレギュラーズは、ここで巨人達を迎え撃たねばならない。
 巨人の群れを率いているのは、黒衣の女という話だ。
 一体何者であるのか。
 シフォリィはひどい胸騒ぎを感じていた。

「で、だ。クロバ殿と言ったな」
 ふいにリシャールが振り返った。
 クロバを射抜く視線は、あまりに鋭い。
「妹とは、どういった関係だね?」

 あの、兄上。そんな場合じゃないのでは!

GMコメント

 pipiです。巨人狩だ!
 敵の中に、なんかやべーのがいます。

●目的
 巨人共の撃退

●ロケーション
 アルテロンド領の外れに位置する、グラスディル銀山の一角です。
 シフォリィさんの領地です。
 https://rev1.reversion.jp/territory/area/detail/454

 巨人は下の方角から攻めてきます。
 なんか銃とか剣山みたいなものがあるのですが、対巨人用の罠ってことにしときましょう。
 銃は大砲とか、なんかそういうものでしょう。リヴォルヴァーカノン。

 ごつごつした岩場です。
 広いですが、険しい地形です。
 イレギュラーズにとっては、光源も足場も問題はありません。
 巨人はガタイが大きいため、横並びでの進軍は人数(巨人数?)が限られる場所も多々ありそうです。うまいこと利用出来るかも。
 罠などを準備する場合は、事前にある程度の時間があるとします。
 漠然と言われても困るかもしれませんので、今回は地形なんかは、ある程度決め打ちして下さい。

●敵
 数十体の巨人と、黒衣の女です。

 巨人はいずれも強力です。
 多くはやや鈍重ですが、非常にタフで攻撃力も高いです。
 巨人は巨体であるためマークブロックには2人が必要です。

『ジャイアント(棍棒型)』×20程度
 5メートルほどの巨人。
 積極的に殴りかかってきます。攻撃は全て近扇で、飛を伴う場合があります。

『ジャイアント(投擲型)』×10程度
 5メートルほどの巨人。
 すごく遠くまで岩を投げてきます。散弾状の場合があり、やはり相当な威力です。

『ファイア・ジャイアント』×2
 10メートルほどの巨人。棍棒型や投擲型より強く、火炎系のBSを持ちます。

『フロスト・ジャイアント』×2
 10メートルほどの巨人。棍棒型や投擲型より強く、凍結系のBSを持ちます。

『黒衣の女』×1
 伝説の『死の女神』フレイスネフィラを名乗る女です。
 巨大な鎌と、禍々しい光の翼があります。
 能力は未知数ですが、おそらく相当強いと思われます。
 伝承通りであるとすれば、『死を喰らう』がキーとなるでしょう。

●友軍
『リシャール・リオネル・アルテロンド』
 無手の武術『サドー』の達人で、普通に頼りになります。
 クロバさんが参加した場合、何らかの個人的な課題が生じる可能性があるのでは?

『門下生』×10
 サドーは門外不出のはずではなかったのか。
 皆さんには及びませんが、中々のオテマエです。

●味方
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 皆さんの仲間。
 両面型前衛アタッカー。
 Aスキルは剣魔双撃、ヴァルキリーレイヴ、アーリーデイズ、グラスバースト(神遠範:凍結、氷結、出血、流血、反動、高命中低威力)
 非戦闘スキルは呈茶、センスフラグ。

●シフォリィさんが参加した場合
 理由はともあれ、シフォリィさんは、OP上部にある伝承を『妙に細かく知っています』。
 同じ内容を、最近『夢』で見ました。
 情報共有を行うことで、色々『なぜか知っている』という扱いで、戦闘等が有利になる可能性があります。
 共有方法や具体的な内容は、適当でOKです。知らんでしょうし……。

●フィナリィ
 シフォリィさんの関係者です。故人であり、登場はしません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
 またこのシナリオには、『GMコメントに記述されていない失敗条件』が存在します。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

  • <フィンブルの春>グラスディルロンドLv:25以上完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年04月30日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
アト・サイン(p3p001394)
観光客
シラス(p3p004421)
超える者
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司

リプレイ


「ふーん、死を食らう……ね」
 素っ気無げに応じた『双竜の猟犬』シラス(p3p004421)は、頭の後ろに腕を組み、壁に背を預けた。
 居並ぶイレギュラーズへ向けて、今丁度語り終えたのは『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)である。
 事の発端は、つい先程『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)と『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が、巡回騎士から聞いた緊急の情報に寄る。巨人の群れと黒衣の女が目撃されたと言うのだ。
 それが今から数時間前の話で、一行は急遽呼び集められた訳だ。

 このところ魔物大量出現に頭を悩ませる幻想であるが、傾向はおおよそ二種に分けられる。
 一つはウィツィロという土地を中心とした古代獣、もう一つはスラン・ロウという土地を中心とした巨人や悪霊だ。ここアルテロンド領グラスディル付近に現れた敵は、後者にあたる。
 現時点で魔物大量出現の理由には未解明な部分が多いが、『観光客』アト・サイン(p3p001394)は『一部の幻想貴族による何らかの思惑が関与している』と見抜いていた。そんなアトは一帯の地図を片手になにやら思案を重ねているが、さておき。
 一連の事件に対する他の調査内容も含め、どうやらミーミルンド家を中心とした小派閥の動向が、まるで事件と連動しているように感じられるといった推測が立っている。

 話を戻すが、巨人達と共にあるらしい黒衣の女について、先程シフォリィは仲間達に語った。
 最近『不思議な夢』を見ること。夢の内容は幻想建国期についての出来事であること。後に建国王となる勇者アイオンと、その仲間達のこと。黒衣の女はフレイスネフィラといい、とある氏族の姫であったこと。後に幻想貴族の一大勢力(主要な祖先の一つ)となるクラウディウス氏族のだまし討ちを恨み、邪法を用いて怪物つまりは巨人に成り果てたこと。勇者王一行の仲間であるハーモニアの巫女フィナリィが、命を賭して封印したこと。ひょっとしたら、巫女フィナリィは自分自身の前世であること――
 おおよそ、そのような内容であった。

 それらは些か荒唐無稽な話ではある。だが疑う者は居なかった。
 シフォリィは基本的に誠実かつ生真面目な性格であり、時折どこまでが本気なのかジョークなのか些か判断しかねる行動に出ることはあるが、少なくとも仲間に嘘をつくような人物ではない。そんな彼女が言うからには、話の信憑性は極めて高いと言えるだろう。或いはこの世界に『前世と呼ぶべきもの』が本当に存在するのか否かについては――特に幻想中央教会や、さもなくば天義あたりで――議論の余地こそ多いに残るが、さりとて、前世が云々の件を含めても、はたまた含めなかったとしても、話の肝に変化はない。
 少なくとも確実そうだと言えるのは、シフォリィは封印されていた太古の怪物『フレイスネフィラ』についての詳細を、かなりの精度で知っており、その怪物が今正に幻想の大地へ現れたということに相違ない。

「死の女神フレイスネフィラ――巨人の親玉の登場って訳か」
「シフォリィの申す事が本当であれば……」
 シラスの呟きに応え、古の怨恨に想いを馳せた『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)首をゆっくりと横に振った。
「であれど、いずれにせよ、斃されねばならぬ。
 人の世は、怨みを長らえさせておけるほど丈夫には出来ておらぬのじゃ」
 相手がいかに太古の怨念を元に行動しているといっても、今を生きる者達にとってはふりかかる災厄でしかないのだ。戦って勝利する他にない。
「処刑人に不殺がオーダーとはね」
 岩場から見える細い空を仰いだ『死夜裂く執行者』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の呟きは、一行の大まかな作戦についてであった。『死を喰らう』などという伝承が残って居る以上、少なくとも死者を出す訳にはいかない。不殺というのは一つの懸念に対してである。
 それは『巨人を殺してしまった場合』も、もしかしたら死の女神に有利な状況を作り出してしまうのではないかというものだった。詳細な能力に関する情報が完全ではない以上、警戒するに越したことはない。
「死の女神――弟子、よくもこんな場所に私を連れてきたわね?」
 真顔でおどけて見せたのは、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)である。
 めずらしく慌てた様子で破門回避の方策について頭を巡らせた弟子のココロに、イーリンは「おはぎ一つじゃ許さないわよ」などと続け。まあ、この依頼にあたってイーリンの名を口に出したのは、きっとココロなのであろうから――

 シフォリィは沈痛そうな面持ちで、アルテナに目配せする。
 近頃は手紙のやり取りを行う二人であるが、その中でアルテナは自身が――かねてより噂されていた通り――幻想貴族の出自であること、本名をリーラ・クラウディア、直筆のサインによれば家名はディストラーディと言う事を知った。十年ほど前に滅びた家系だ。クラウディアというのはよくある名前であるが、比較的古い家系では『クラウディウス氏族の女』といった意味で使われることがある。ひょっとしたらアルテロンド一族にも伝わっている名かもしれないが、そうした家系図上の些末な話は、ここではひとまず置いておこう。
 要するにシフォリィは『あなたの先祖のやらかしだ』と(系譜にはひょっとしたら自身や兄も含まれるやもしれないが、それはともかくとして)伝えねばならなかったという訳だ。余談だが、アルテナは手紙のやり取りを通して、事前にこの話を知っていたということになる。
 別段、事前に聞いていた故に――という訳でもなさそうだが。当のアルテナ本人は、意外なことにあっけらかんとした表情を崩さない。手紙のやり取りは丁度そんな辺りで途切れたまま今日を迎えていたから、シフォリィ自身は少々気を揉んでいたのだが――
「だって、この国(レガド・イルシオン)の貴族でしょ?」
 応えたアルテナは『だまし討ちで恨みを買うぐらいのことは平気でやるに違いない』と言外に含めた。
「……それはそうですね」
 否定する余地もなく、シフォリィもまた苦笑する。少し毒気を抜かれたような感覚を覚えた。
 そも長い歴史の中で家の興亡激しい幻想貴族達のこと、クラウディウスの血など誰に流れていても全く不思議なことではない。他国の田舎に住む村人が、真偽すら定かでない家系図を秘蔵し、幻想貴族の遠縁であると家族内で秘密を共有しているなども、ままよくある話だ。それすら或いは本当の事かもしれない。
 一切無関係であろう例外は異世界からやってきた旅人(ウォーカー)くらいのもので、そういった意味では今そこで耳をほじっている『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)さえ可能性としては含まれる。無論グドルフ当人は、「へ、そうかい。で、なんだっけ」などと、まるで興味なさげな表情で聞き流していた。実際のところ、気にも留めていないのだろう。

「……単なる昔話ではなく、実際にあった秘術ね」
「悪魔たる私にもこの世界の人の核たる魂について深くは存じませんが、反転を始めとした不可思議な現象もあるのです、そう言う事もあるのでしょう」
 先祖が誰か――といった、いわば『酒場で良く聞くホラ話』にも似た話題よりも、一行の気を惹いたのは、古代の邪法についてである。
 記憶か魂かは知れぬが、何ぞそうしたものを怪物へと転写するといったものらしい。
 魔術に通じるシラスは、いくらかありえそうなメカニズムについて考えてみたが、自身の顎に手を添えながら首を傾げる『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)の言葉に、ひとまず思考を中断する。
「死を喰らう女神――ね」
 眉をひそめた『死神二振』クロバ・フユツキ(p3p000145)の表情は険しい。
 場所が場所であるということもあるかもしれないが、何より。
(一体具体的にどう食らうのかがわからないが――死神を前にそんなことを許されると思うなよ)
 その思いは、自分自身が自分自身に対して『為さねばならぬ事』を突きつけている。

 一行が作戦を練る中で、遠くから軽快な蹄の音が聞こえてきた。
「お待たせした。私がアルテロンド家当主リシャールだ。お見知りおき願おう」
 馬を下りたのはリシャール・リオネル・アルテロンド――シフォリィの兄である。
 降って湧いた――そしてはなから予想していた『個人的な試練』の到着に、クロバは溜息一つ。
 リシャールは妹の交友に関して、酷く厳格な人物だと噂を聞くが。さて――


 荒涼とした岩肌を吹き抜けるのは、初夏へ近付きつつある、晩春の風である。
 一行はアルテロンド領の中心都市マルティから外れた、グラスディル銀山の大地を踏んでいた。
「全員の力が必要だ、僕の指示に従ってくれ」
 アトの指示が飛ぶ中で、一行は巨人迎撃のために罠の準備を整えていた。
 仲間も、リシャールの部下(というか門下生)も、また鉱夫達までも駆り出した突貫工事である。
「向こうからは目視しにくいじゃろうな」
 辺りを伺っていたクレマァダの提案。
「それじゃあ、鉄線はそこがいいだろうね」
「おうよ、任せとけ! 勇者さん方と領主さんの頼みじゃあ、断れねえや!」
 鉱夫達が勢いよく作業に取りかかる。
「敵が来る前に終わらせますよー、なるっぱやですねー」
「ヒュー! 色っぺー!!」
 これといってアト以上のプランは思いつかなかった利香ではあるが、統率には一角の自信がある。
 彼女の言葉(隠しきれぬ色香も幸いしたであろうか)は、鉱夫達の士気を大いに高めている。
「やれやれ、勇者ねえ。奴隷だ何だの騒動の次は巨人狩りかい。
 その前に工事た、人使いが荒いったらねえぜ!」
 ぼやいたグドルフはといえば、各人が持つ因縁については、あえて触れずに居た。
「もらったカネのぶんだけ、手ェ貸してやるだけよ。つうてもこりゃ、追加料金が欲しい所だがな」
 グドルフの言葉に苦笑したクロバは、自身もまた運んでいた材木を鉱夫達に引き渡してやった。他には、加工辺りにも出来る限り手を貸そうと歩き出す。

 グラスディル銀山地表図と地下坑道地図を重ね合わせ、浅い地下坑道が通っている場所を絞り込む。
 アトはその上で、相手の進行ルートを予測し、誘導し、狭め、高所を望む狭い道を迎撃ポイントとする。
 リシャールが何を思って設置したのかは知れないが、キャノン砲などが用意されており、都合がよい。
 対巨人用の落とし穴を作るにあたって『地面をどれだけ掘ることが出来るか』という課題はあったが、とにかく人海戦術を採る他にない。
「なんとかこれを道幅を塞ぐように穴を並べてくれ、それから――」
 既に工事開始から二時間程が経過したが、どうにかこうにか、それなりの格好はつきそうに思える。
「さすがに骨が折れるね。けど、穴はこんなところかな?」
 腰に手を当てたシキが振り返る。
「いい感じ。それじゃあ、土はこっちにもらうから。水分を補給して」
「ありがとう」
 余った土は、ココロが銀山側に積んでやる。人間にとっては問題ないが、巨人の大きさであれば丁度足元の邪魔になるのではないかと考えたのだ。うっかり躓きでもしてくれれば儲けものである。

 アトはこれもまたなぜかリシャールが用意していた『巨大な剣山のようなもの』を落とし穴に仕掛けた。
 リシャールはサドーに続いてカドーにでも興味を持ったのだろうか。いや、それは置いておくとして。
「お兄様、よろしいでしょうか?」
「それだな。用意させたる」
「ありがとうございます」
 シフォリィはあえて目に見える位置にワイヤートラップとブービートラップを仕掛けた。
 あえて気付かせることで、アト達の罠にはめるという寸法だ。
 それから――これは当たるも八卦ではあるが、夢の中でみた封印の触媒、術式を構築するための準備を仕掛けた。本当に必要なものは、伝説の角笛と、勇者の血。それから通常の結界魔術の多重構築。そして封印だが――血はともかく、角笛については、どうしようもない所はある。盗まれたというレガリアなのだから。

 次にアトは網目状の有刺鉄線も施設させた。それからセメントと水を混ぜ合わせたものをドっと流し込んでやる。水の比重が大きいほうがいい。謂わば即席の沼のようなものになる。
「穴に踏み込めばまず針が足を貫く。足を抜け出そうとすれば有刺鉄線が絡みつき、身動きはセメントで取りづらい――いい落とし穴の完成だ」
「どうよ、器用なもんだろ?」
 シラスとシキはそれらの沼を砂で覆い、見事な隠蔽工作を施して行く。
「見事な手際だ」
 リシャールの視線はイレギュラーズに注がれている。ここに居るのは名高い者達ばかりだ。
 幻想は魔物の大量発生に際して、勇者選挙なるお祭り騒ぎに沸いていた。
 功績めざましい者達にブレイブメダリオンを配り、勇者として讃えるというものだ。
 そもイレギュラーズはもともとこの国の英雄であり、メダリオンは更なる補強に過ぎないのであろう。それでも催しは、国難の渦中に明るい話題を提供したには違いない。国中が沸くレースのトップをひた走るのは何を隠そうこの場に居るシラスであり、続くのもまた、この場に居るイーリンなのだ。ならばさすがのリシャールも注目しようというものであろう。

 さらに一時間半ほどが経過した頃、落とし穴は予想進軍経路にいくつも設置されていた。
 リシャールの門下生達が両手を打ち合い、師の咳払いを聞いて俄に神妙さを取り戻す。
 だが咳払いの理由は、別の所にあった。
「いくら実力者とはいえ、前線に出てくる必要もないでしょう。ご理解頂けませんか?」
 クロバとリシャールは遠く敵の進撃予測された方向を見つめながら、言葉を交わしていたのだ。
「高貴は義務を強制する。社会の規範たれ、血を流せと。他の誰が忘れようとも、私はそれを為す」
「成程、貴族の義務を止める気まではありませんが、あなた共々門下生を散らせるわけにはいかない」
 どちらの言も尤もであり、致し方のないことでもある。
 ともあれどちらかといえば友軍――つまりは門下生達の指揮に徹してしてほしいのも事実であり、最終的にはリシャールが半ば折れる形で、そういうことになった。
 それ以上の個人的な課題については、クロバとしては巨人達の撃退を以て応える心算だ。相手に有無を言わせるつもりもなく、またリシャールもそれ以上は触れてこなかった。

 ぴりぴりとした緊張感の中で、風に揺れた髪先がシフォリィの頬をくすぐった。
 よりによって敵が現れるのが、ここグラスディルとは。
「……アルテロンド領の民の皆を守る為にも、ここで止めなくてはいけません。どうか皆さんの力を貸してほしいです」
 振り返った彼女に、一同が力強く頷いた。
「これから来るのは生命を喰らう者、それだけわかれば十分です」
 利香が続ける。せっかくたすけた縁。どうか目の前で連れ去られなどしてくれるなと、心中で加え。
 ――ほどなくして、地響き胸の中心へ伝わってきた。

「まぁ良いわ。かくなる上は、各自の為すべきを為しましょう」
 ダンスマカブルには慣れている。
 イーリンは書を開き、術式を紡ぐ。
 現れたのは血のように紅い瞳と、白雪のような鬣を持つ、漆黒の牝馬――ラムレイだ。

 ――見せて貰うわ。

「神がそれを望まれる」

 飛び乗ったイーリンの言葉が風に溶け――


 地響きの中を、駿馬が駆け抜ける。
 振り上げた巨人の拳が地を抉り、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
 右へ左へステップを刻み、イーリンは我が身を餌として巨人達を誘導していた。件の黒衣の女、フレイスネフィラは予想通り後方に居るようだ。ならばとにかく巨人の攻撃を回避しきれれば良い。
 巨人達は唸り声を上げながら、逃げるイーリンを追っている。少しむきになってきているようだ。
「……っ」
 風を切る轟音と共に、顔の真横を岩が駆け抜けていく。
 さすがに肝が冷えはした。だが。
(まだ。まだよ)
 もう一度ぎりぎりまで引き付け、棍棒の一撃を避け、手綱でラムレイに発破をかけてやる。
 更なる一撃をかわすため、大きく跳躍させ――だが猛り狂う巨人はその隙を見逃さず一気に踏み込んだ。
 イーリンはワイヤーを放ち、宙空へと身を躍らせる。
 崖を蹴りつけるが、馬を手放した以上、もう逃げ場はない。
 猛り狂った巨人が、崖に張り付くイーリンへと棍棒を振り上げ――だが見据えるイーリンは、口の端を微かに釣り上げた。
 その瞬間、更に一歩、強く踏み込もうとした巨人の身体が大きく傾ぐ。
 その後ろから猛追していた別の巨人が、もんどりうって倒れる。
 玉突きを起こした巨人達が、凄まじいばかりの絶叫と共に、もがき回る。
 一行が作った落とし穴だ。仕掛けた刃物に、足を貫かれているに違いない。

「――砲撃開始、ファイア!」

 腕を振り上げたココロの号令と共に、キャノン砲の轟音が大気を引き裂く。
「次はあれの肩を狙って」
「了解!」
 傷一つ無い師匠(イーリン)の帰還に胸をなで下ろす暇もなく、次弾の準備を急がせる。何せこんなもの、海洋王国大号令の折りに、飽きるほど見続けたのだから。
 立て続けに打ち込まれる砲撃を浴びた巨人達の様相は、正に阿鼻叫喚と言うほかない。宙づりのまま手と腕とで耳を塞いでいたイーリンはもう一度崖を蹴りつけると、姿を現した仲間達の元へ降り立つ。
「上手くやったと思わない?」
 休む間もなく剣を構えるイーリンの言葉に、幻覚魔法を解除したシラスは口笛一つ。
「漏れた奴らは任せな」
「これ以上はなさそうだ。ああ、みんな。三秒後に目を閉じてくれ。ひとつ」
 飄々と応えたアトは閃光のスクロール(?)の紐を解き、一秒数えて投げつけた。
「ふたつ、みっつ」
 迸る閃光が、落とし穴に藻掻く巨人達の目を灼いた。
 巨大な背を踏みつけて、更なる巨人が姿を見せる。

「来やがったな──揃いも揃ってウドの大木みてえなツラしやがって。とっととお引き取り願おうかい!」
 見上げる程の巨体に臆することもなく、グドルフが吠える。
 棍棒――というより木の幹を振り上げようとする巨人の懐へ飛び込み、その背が仰け反りきった瞬間を狙って渾身の蹴りを見舞った。物の見事に姿勢を崩した巨人が後方へと転げる。
「へっ、でけえ図体しやがって、そんなもんかよ」
「さあデカ物ども! リカちゃんがまとめて相手してやりますよ!」
 かの妄執さえ力へ変えて、ウィンク一つ。名付けてハイパーチャームのお見舞いだ。
「……さて、私を踏みつぶそうとした巨人はどうなりましたでしょうか?」
 答えは自明。我を忘れた巨人は、そのまま落とし穴に突っ込むのだ。
「さ、仕事の時間といこう」
 巨大な剣を構えたシキが火炎を纏う巨人へ向け、一気に駆ける。
「巨人の首は初めてだ。大人しく落とさせて貰おうか――と言いたいところだけどね」
 間近に感じる熱は、しかしシキには何の影響も及ぼすことはない。
「ま、いいさ。それじゃあ、暴れるよ」
 薙いだ直死の一撃が脚部を抉り、巨人が絶叫をあげる。このまま一体ずつ昏倒させて行くのだ。

 こうして、イレギュラーズの猛攻が始まった。
 影のように巨体の足元を駆けるシラスの強烈な一撃に、巨人がもんどり打って落とし穴に突っ込んだ。
 容赦なく切り裂かれる腱は、勝ちに徹する怜悧な戦術だ。
 斬撃を放ち飛び退いたアルテナに呼応し、風に哭くクロバの二振りが縦横に駆け巡る。無形の斬撃が幾重にも血花を彩った。雹雨の如きシフォリィの剣撃がそれを縫い止め、雷光が如く劈く。
 一行による立て続けの連撃に、巨人達は怒り狂いながらも態勢を立て直そうと試みている。
「そうさせてもやれんのでな」
 踏み越えてきた巨人の一体をイーリンの戦旗で知らされた後方は慌てたが、ココロの土嚢によろめき足止めされた所で頭を掻き毟り始めた。
 クレマァダの歌が、それを許さなかったのである。
 後方へ突出した巨人はそのまま幾度かの砲撃を受け、リシャールのオテマエを味わい――最後はシキの峰打ちに沈む。
「――神威、限定再演」
 間髪いれず黄金に煌めく瞳と共に、クレマァダは秘められた全威力を一気に解放した。
 うねるような体捌きと共に、敵陣を蹂躙する乱打は、かの滅海竜さえも彷彿とさせる程に荒れ狂う。
 クレマァダと背を合わせたイーリンの髪が紫苑に煌めき――
 紅玉の瞳が描く軌跡と共に、光が戦場を撃ち貫いた。

 幾度かの攻防、交戦開始から僅か数十秒の末、巨人達には大きな被害が見え始めている。
 イレギュラーズも幾分か傷ついたが、ココロが放つ強力な癒やしの術式によって、倒れた者はいない。
 戦況は順調な推移を見せていた。
 口元を引き結んでいたシラスが呼吸を整えて、仲間へと伝える。
「ようやく、来る気らしい」
 一行に緊張が走った。

「なるほど、今世の勇者共も一筋縄ではいかんらしい」
「おっと、敵の親玉がお出ましか」
 アトの言葉に、一同が戦場の奥を見定める。
 巨人達の間から現れたのは黒衣の女、フレイスネフィラであった。


「我は太古の魔人、イミルの怨念、女王が残滓――そのなれの果てよ。
 かつて死の女神フレイスネフィラなどと、大層な名で呼ばれておったわ」
 シフォリィは息をのんだ。
 フレイスネフィラの姿は、夢に見たものと完全に一致している。
(……本当にフィナリィさんは私の……?)

 油断なく構えるイレギュラーズの前へ、数歩進んだフレイスネフィラは、今にも激発しそうな巨人達へ片手を広げて制した。
(うわあ、話に聞いていた通りのケバケバしー奴!)
 利香が眉をひそめる。警戒は怠らない。何せ相手は未知なのだ。
 シフォリィの話では、最終決戦の最には巨人であったと言うが、死者の数で力を増すのではないかという予測が立っている。今現在の姿はおそらく『人だった頃』に極めて近しいが、だとするならば、おそらくネクロマンサーに近しい能力を持っていると推測されている。
 ならば大鎌を携えているが、本業は術士である公算が高いと言えた。
 とはいえこちらはシフォリィも『直接見た』訳ではなく、どちらかといえば『聞いた』話のほうが多い。
 それにシフォリィとて、全てを完全に思い出せた訳でもないのだ。

(さあ、どう出てくる?)
 シラスが下唇を噛んだ。この場で仕留められる程に甘い相手とは考えていない。
 だが挑んでみなければ、謎は謎のままだ。
「お前たちの目的は何だ? 脅威には違いないが今さら幻想一国を相手取れるつもりか?」
 まずは訪ねてみる。
「――無理、であろうな。少なくとも、今は」
 今は。
 シラスは脳裏に言葉を繰り返す。
 スラン・ロウから現れてから、現代というものを学習しているということか。
 これが纏う気配は間違いなく人ではない怪物だが、今のところ、かなりの理性は感じる。
「元より可能性の大小を問う話でもあるまいが、我もこの現状を些か持て余しておる」
「……」
「憎きに尽きるかの子々孫々共が、これほど栄えているとも、また澱んでいるとも考えてはおらなんだ」
「……何が言いたい?」
 どういう意味だ。
「詮無きこと故、気にされることもない。ともあれ流れる水も大河となれば止めるに能わず」
「止めてみせるさ」
「言葉までアイオンのようとは、変わらぬものもあるのだな。さて――」
 言葉を切ったフレイスネフィラが、携えた大鎌で地を打った。
 一同が姿勢を低く構える。
「――そう急くでないが、正解よ。此度は戯れに参上したのだから」
「遊びじゃ済まないかもよ」
 シラスの言葉に喉の奥で嗤ったフレイスネフィラが、大鎌を構えた。
「それでは参る」
「ああ、死の女神とやらの力を見せてもらうぜ」
 ほとんど直感的だけを頼りに、シラスは地を蹴った。
 真正面に捕えていたはずのフレイスネフィラの姿は、見えない。
 シラスの立っていた場所を深々と引き裂いた亀裂が視界の片隅に映る。
 飛び退くか、それとも。
 いや、居る場所は分かっている。消えた訳ではない。単に『速い』だけだ。
 考えるより先に、零域――極限の集中を纏うシラスは一気に踏み込む。
 空を斬る鎌の懐へ、艶めかしい脚が視界に飛び込むより速く、予測した場所へと掌底を繰り出した。
 手応えは浅いが、当てることは出来た。
「――ッ!」
 シラスは尚も踏み込み、もう一撃を見舞う。
 今度は深い。更に一撃。魔力の乗りは再び浅い。
 鋭い呼気を吐き出したフレイスネフィラがシラスの間合いから飛び退いた。
 格上であろうと、戦うのは慣れている。やってやれないことはない相手だ。

「運任せと言いたいが、そうではないな。勇者よ、名を聞こう」
「そりゃ光栄だね。シラスだ」
 短い間に分かったことはある。ラド・バウに足繁く通うシラスは、こうした肌をさらしたスピードファイターと戦う機会も多いが、それを打つ時の感触とはまるで違っていた。これまで戦ってきた魔種とも違う。
 けれど似ているものはあった。つまるところフレイスネフィラは、半霊体のような存在と見て良いだろう。間違いなく魔物の類いだということだ。

「どうも――”死神”クロバ・フユツキ、推参」
 眉を寄せ、クロバが僅かに腰を落とす。
「死神とな」
「伝承に聞いたのと違うんだけどスケールを間違えてるんじゃないか?」
 当然の疑問だ。伝承では巨体であったというのに、人の格好に見える。
 そんなクロバの軽口に、フレイスネフィラが嗤った。
「ずいぶんなご挨拶よな。太古を知る者よ、我はたしかに哀れな彼奴等めと同じく怪物と成り果てておる」
「――お前は一体何者だ。巨人族の復讐でも企てているのか?」
「話が早いではないか。左様、積年の怨を晴らすことこそ本懐よ」
「なるほどね」
 なんとなく分かってきたことがある。
 こいつ(フレイスネフィラ)は恐らく、力を取り戻すことが出来ていないのだ。
 その力の源は、おそらく『死』であろう。
 魂なりのエネルギーを取り込み、己が糧とするに違いない。
 今がどの程度かを、試しに来たといった所か。
 アトもまた同様に直感した。ほどほどにやって、退散願うのが吉というものだろう。
 あわよくば倒せれば良いが、はてさて。

「では続けようか。多勢に無勢も興が乗らんのでな」
 フレイスネフィラの呼びかけに応じて、巨人達が再び雄叫びをあげる。
 誰かの溜息は、この不毛な戦闘の継続に観念したものだったろうか。

 幾度かの激突が続いた。
 ココロがすかさず付与した戦況を変える一手を紡ぐ術式は、クロバの背を包み込み、踏み込んだクロバの斬撃がフレイスネフィラを捉える。
 垣間見えたのは、かすかな戦慄き。
「長物の内側の間合いは、無手の俺の距離だぜ」
 シラスと共に、追い込み、追い立て、追い詰めようと懸命に戦い続ける。
 フレイスネフィラの背に生じた禍々しい純白の翼は、アトの奇襲を受けて尚健在だ。
「ならこれは、恒常的な力ってことかな」
 一行は交戦を続けながらも、敵の能力を分析し、共有を怠らない。
 予測通り、巨人の参戦から以後、フレイスネフィラは攻撃的な魔術を行使することが増えてきた。
 威力は大きく、フレイスネフィラ自身の述べた通り『本調子ではない』とすれば、そら恐ろしいものだ。
「アト! 逃げ道も作ってあるんでしょうね!?」
 巨人共へ光の斬撃を放ちながら、イーリンが鋭く問う。
「どうだったかな」
 返答の言葉尻自体は大変心許ないものではあったが、この物言いであれば安心感もある。こいつはそういう奴なのだ。
「よお、随分ド派手に暴れまわってくれたな。あいつら全員おめえさんのペットかい?」
「可愛かろう」
 鉈で巨人を一撃の元に打ち払い、凄んでみせるグドルフに、フレイスネフィラが応えた。
「躾がなっちゃいないねェ──美人のネエチャンなら何しても許されるってワケじゃねえぜ!」
「ご忠告痛み入る。命があれば、よくよく躾けておこう」
 懸命に癒やし続けるココロだが、力の天秤が大きく振れるタイミングもある。
 致し方のない話として、幾人かは既に可能性の箱を燃やしていた。
 吹きすさぶ火炎がシキの身体を飲み込み――
 だが爆炎の中から突進したシキは、渾身の大ぶりで巨人をなぎ払う。
 振り抜いたシキは返す刃で、炎の中に蒸発する巨人の赤い液体を払うと、巨大な鉄塊――されど巨人の身体と比較すれば棒きれとさえ見えそうな――処刑剣へ渾身の魔力を流し込んだ。
 爆ぜるほどの強烈な閃光と共に、巨人の身を包む守護の炎が霧散する。
「厄介な話ではあるよね、こういうのは。たしかにさ」
 たしかに、いつもの彼女の戦い方ではない。それでもシキはついに剣の腹でよろめく巨人の顎を強かに打ち付け、一体を遂に昏倒させた。
 イレギュラーズは各々が巨人に対して、命を奪わぬようにある種の『手加減』をしており、戦いは中々難しい状態だった。フレイスネフィラ自身が、巨人の死に頓着していなさそうな所も、依然として気がかりだ。
 ――氏族が滅びて尚歩まねばならぬとは。
(壮絶、なれど敬服する)
 クレマァダの立ち回りは、依然として的確に敵陣を乱し、打撃を与えていた。
 苦しい局面とはいえ、イレギュラーズの連携は、各々の得手を行かし、効率的に戦うことが出来ている。
 巨人達の体力は極めて旺盛ではあったは、それも一体、また一体と沈んでいる。

「……やれ、致し方あるまい」
「気をつけなさい!」
 クロバとシラスを相手に交戦を続けていたフレイスネフィラの言葉に、イーリンは仲間に警告を送った。
 全員が瞬時に態勢を整える中で、白く禍々しい光が戦場を駆ける。
「……なんてこと」
「おいおい、お仲間じゃないのかい」
 その一撃はイレギュラーズを傷つけ、またイレギュラーズがとどめをささぬよう昏倒させていた巨人の命をも奪っていた。
「元よりいずれも太古に死せる身、その残滓。僅かの糧として共にあろうとして何が悪い」
 置き去りにするよりも、殺すことを選んだということか。
「共に往くぞ、ビャルネ、ランヒルド、イェオリ、ウルリク――」
 フレイスネフィラが誰かの名を呼んだ、その意味に、、クレマァダは歯を強く噛みしめた。
 辺りを包み込む気配から、フレイスネフィラの力が向上したのが分かる。
 だが肌が泡立つほどの警戒の中で、イレギュラーズの予想と懸念に反して、フレイスネフィラの力が極端に増すといった事象は発生しなかった。かなりそぎ落としたものを、いくらか補った程度と思える。
「――潮時か。いっそここで果てるのも悪くはないとも思えたが」
「それならそうと、早めに言ってくれりゃ、手早く叶えてやったってのによ」
 チャリオットのような突進。踏み込んだグドルフの、裂帛のなぎ払いがフレイスネフィラを捉え、身体を構成するエネルギーの幾ばくかを霧散させる。
「――さすがに、盟友殿への申し訳が立たぬのでな。願わくば一人でも殺めておきたかった」
「フレイスさん!」
 巨人を打ち払った剣を真っ直ぐに向け、シフォリィが凛と声を張った。

 ――夢を頼りとした術式が作れていたならば。
 それが不完全であっても、あるいは可能性の奇跡ならば――
「フレイスさん、貴女が今ここにいるのは『私』の責任……」
 魔方陣が淡い光を放ち始める。
「何? ……まさか、なぜ。それを」
「あの夢が本当ならば、不完全でも起動の真似くらいは!」
 フィナリィが命を賭したと言われる封印の術式だ。
 死ぬつもりはないが、発動に賭けてみる。
 万が一がないとは限らない。だから手法はアルテナに預けたつもりだ。
 幻想貴族の――クラウディウスの宿命と共に。
「あのときのあれって、そういう意味――!? だめ! シフォリィさん!」
 アルテナが叫んだ。

 そもそも結局のところ、フィナリィがシフォリィの前世であるのか否かは、誰にも分からない。
 例えば前世でないとしたらどうか。フレイスネフィラは『記憶の投射』を行う怪物であるが、フィナリィの記憶を後世に残す理由など、ありはしない。ではフィナリィにそうした何らかのギフトなりが備わっていた可能性を考慮しても、あるいは彼女が行使したであろう『可能性の奇跡』を思い出しても、転生という事象には繋がらない。ただ一つ言えるのは、そうしたなんらかの希有な事象――『ふしぎなこと』が、シフォリィの身に生じているのは、紛れもない事実だということだった。
 現象をどのように感じ、いかように信じるのかは、あくまで各人の自由ではあるのだが――
 それでも、分かったことがある。
 フレイスネフィラが糧とする命には、重みに違いがあるということを。
 怪物の、巨人の死はきっと重くはない。重要なのは人の死だ。
 中でも貴重なのは、とびきり大きな可能性を秘めた、イレギュラーズの死に違いあるまい。
 つまりフィナリィの死そのものが、フレイスネフィラの封印を弱めてしまった原因だったということになる。シフォリィは『絶対に死なずに』あれに勝たなければならないことになった。
 それに巨人と言えど、最初から殺しすぎていれば、より強力な状態の敵と相対することになったであろう。
 もしもそうなっていた場合、さすがのシラスやクロバと言えど、こうまで上手くやれたかは分からない。
 だから結果として、きっとこれでよかったのだ。

 光は霧散した。
 祈りは、届かなかった。
 願いが叶ったならば、フレイスネフィラはこれで再び眠りに就いたのだろう。
 不完全ではあろうが、長い年月をかければ対策も打てたはずだ。
 だが万が一、命を落としていれば――フィナリィと同じ失敗を繰り返したことになるのだから。

「――今のは些か、肝を冷やしたぞ。巫女殿――いや、違うのか?
 貴様は何者だ。まあ良い。いずれ再びまみえる事になるだろう。また会う日を楽しみにしておる」

 生き残った巨人達が撤退をはじめる。
 一行はあえて、それを追わなかった。
 フレイスネフィラは翼を広げ、溶けるように掻き消え。
「盟友って言ってたね」
 シキがぽつりと零した。
 情報が、その点と点が、ようやく繋がり始めていた。

 あたりには、その気配だけが、渦巻き続ける怨念だけが残って居る。

 信じ。
 裏切られ。
 燃えた心は巨人にも似た憎しみの濁流。
 行く先々は、如何許。
 痛いほどわかるその退廃。

 イーリンが死者達に、太古の怨念へ言葉を紡ぐ。

 ひとの こころは こぼれるままに。
 すべて もやして ながれていくの。
 ながれて すすんで とおったあとは。
 まっくろ こげて なにもない。
 なにも のこらぬ むくろの やまを。
 いきた あかしと ひとはいう ♪

 クレマァダが、御しきれぬ歌を紡ぐ。

<――貴方に捧ぐ歌が、かつて無かったと言うなれば。今ここで歌いましょう。
 貴女を讃えぬ。貴女を哀れまぬ。貴女の道程を歌いましょう――>

<――女神に捧ぐ歌というには、之はささやかすぎれども。誇り高き一族の、もろもろのまがとつみけがれ。 御身の痛みの慰めを、今望む者もここにおり。
 故に御霊慎んで奉る。猛り昂る死の女神よ。死とは即ち新生であるが故に――>

<――今一度、御顔を上げて頂きたくと。かしこみかしこみもまをす。
 これを以て、御身の道程の終着とならんと。畏み畏みも申す――>

 ただの残穢だったのかも知れない。
 けれど現在(いま)の願いが。せめて、幾ばくかでも届くよう、祈りながら。

 気付けば憎悪の気配は、感じとることが出来なくなっていた。
「馬車を手配している。休んでいきなさい」
 長い沈黙を破るように、リシャールがそう述べる。犠牲者は、一人として居なかった。
 一行にリシャール手ずからブレイブメダリオンが渡されたのは、そんな日の夕方のことだ。
「ああ、だったら。ミーミルンド家は内戦をドンパチやらかす気なのかもしれないね」
 いつもの調子で、ふとそんな言葉をこぼしたのは、アトだ。

成否

成功

MVP

シラス(p3p004421)
超える者

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)[重傷]
白銀の戦乙女
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
優しき咆哮
グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]
シラス(p3p004421)[重傷]
超える者

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 情報が少ない状況に対して、良い感じに撃退出来たかと思います。
 今回『記述されていない失敗条件』は、『フィレイスネフィラの前で、人が死ぬこと』でした。対象には友軍も含まれるものです。
 MVPは最も危険な役割(いくつもありましたが、とりわけ)を担った方へ。
 また今回、敵の能力を含む、多くの情報を明らかにすることが出来ました。

 それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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