シナリオ詳細
<禍ツ星>ひらり泳ぐは凰蝶
オープニング
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――ぬばたまの 夏の夜に出る 蛍火は 神ヶ浜にも 恋ひ渡るかな
神ヶ浜を訪れる者達が口にするその和歌(うた)は詠み人知らずと言われている。
どこぞの姫が遺したであるだとか、名こそ轟く時の人の戯れごとであるだとか。返歌も存在しているが、恋仲の戯れ言であるには変わりは無い。常如く、夫婦岩の袂を吹き抜け神が訪れると伝承(はな)される神ヶ浜の縹の色は何時の時代も変わることは無い。押し寄せる白波の穏やかさは心の汚れを洗い流すとさえ謳われた。彼は――霞帝はこの地を好んでいた。
彼はこの世界とは線を跨ぎ空間さえ別とする場所より参ったそうだ。今となれば其れが特異運命座標――神使としての召喚であることを建葉・晴明とてよく分かる。
じいじい、と茹だる夏を加速させるように鳴く蝉の声を聞きながら彼の昔話をよく聞いたものだ。彼の世界には『晴明』と言う名の陰陽師が存在し娯楽の一部としても語られているらしい。始めに挨拶した際に、少年であった晴明を「セイメイ」と呼び掛け微笑んだ彼の顔を建葉・晴明は忘れることは無い。黄泉津と無関係であるからこそ鬼人種の迫害を無くすこと、改革、様々な事を帝は考えた。その考えこそ、此からの世には必要であると信じて已まなかったというのに―――!
「建葉。そろそろ時間であろう?
何をぼんやりとしておるのだ。巫女姫様への最終報告が済んだのであればとっとと去ね」
扇越しに天香・長胤はそう言った。遙か大海の向こうより、新天地を求めて訪れた海洋王国との外交の第一報として『夏の祭事』の合同開催を計った晴明は此度の夏祭りの責任者としてその名を挙げられていた。――と言うのも、巫女姫が『相談役』との対話の上で開催に好意的であったというのだ。その時点で晴明は漠然とした不安を感じていた。
「……其れでは行って参ります。天香殿も巫女姫殿も此度の宴を――」
「ええ、とっても楽しみよ。ねぇ? 天香」
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神ヶ浜へと向かいながら晴明の耳に入ったのは様々な報告であった。各地で突如として『呪具』や『疫病』が発生しているというのだ。
怪しげな呪具はどれも祭具として使用されていた物も多い。突如出回ったというならば、巫女姫が快諾した理由がそれなのでは――と晴明は心の隅でそう感じた物だ。
そして、未知の疫病が発生しているという話も悍ましい。それは呪いが如く身を蝕み、姿形を変貌させる物も居れば、心を病んだように豹変し人を殺す者まで出たのだという。
(海洋王国との和平と交易が為の合同開催であるというのに――此の儘では、神威神楽の失態にして海洋王国との関係など取持つことができなかろう。
英雄殿達は遙か外洋を目指すが為に冠位、そして竜と戦い甚大な被害を負いながら我が国にたどり着いたと言った……その努力そして夢を潰えてなるものか……!)
至急、対応に当たれ、と晴明は自身が指示を出来る者や友人、協力を惜しまぬ姿勢を見せる貴族達へと告げたそうだ。
ローレットとしても彼から齎された凶報は無視は出来ない。
あの『大航海』を経て、辿り着いた地との友好関係の為に開催される祭りを台無しにされるわけには行かず、魔種が暗躍している事が『わかりきっている以上』其れを見過ごすわけにも行かぬのだ――
「一先ず俺は会場の警護に当たる。すまないが諸兄達の力を借りても――……」
晴明が祭り会場でそう、口を開いた刹那に叫び声が響いた。喧噪を針でぷちりと刺したように。じわじわと広がる狂気の波は止まることは知らない。
助けて――!
其れが始まりであった。呪具か、それとも疫病か。そう告げて毒吐いた特異運命座標の耳にくすくすと耳障りな笑い声が降る。まるで此方の困惑を嘲笑うように、その声は至近距離で響いた。
「滅びのアークは肉腫(ガイアキャンサー)を生み出したんだ。
あーあ……蓄積した滅びは、世界に影響を与えるのか。大変だねえ、特異運命座標?」
「誰だ」と振り向く者が居た。しかし、その場には誰も存在していないのだ。
「ちょっとしたゲームをしよう。巫女姫様と『僕らの親愛なる――様』が好きにしていいと言ったからね。
この会場には僕の――純正(オリジン)と呼ばれたこの僕の!――力を分けた複製(ベイン)が歩き回っている。それらを倒しなよ」
「それが、疫病の正体だというのか」
「クスクス。早くしなよ、中務卿と英雄殿。呪具が発動して祭りが台無しになる前にさ」
――世界を守るなら、滅びで生まれた存在を倒しきらないとね?
- <禍ツ星>ひらり泳ぐは凰蝶完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月06日 22時36分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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神威神楽。それは海洋王国の『夢』の地――嘗て絶望と呼ばれた海域を越えた先の新天地であった。現地の民には黄泉津と呼ばれたその島には混沌大陸側では未観測であったが他の民族の営みが確かに築かれていたのだ。ならば、と海洋王国が選んだのは黄泉津側との『交易』である。絶望の青を踏破したばかり、かの戦いでの傷は大きく、そして海洋王国は鉄帝国などと比べれば国力は劣る。全力を出せぬ状態での侵略戦争など愚の骨頂であるとソルベ・ジェラート・コンテュールと女王イザベラは認識していた。それ以上に、相手側の出方を見ることの出来る夏祭りの合同開催は利点が多かったのだ。
だが――夏祭りに託けて『黄泉津では余り見られない旅人(いせかい)の魅力』をアピールしてあわよくば神威神楽の有力者との熱烈なご縁をいただければ、と考えていた『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)にとって余り顔色の良くないことが起きているのは確かだ。
「夏祭りに来たのに、いきなり妙な遊びをしようだなんて酷い子ねぇ。
ぜっったい隠れてドヤ顔しているに違いないわ。みんなでまるっと解決して、ドヤ顔を泣き顔にしちゃうわよ~」
――と、『夢色観光旅行』レスト・リゾート(p3p003959)がそう言ったように。楽しい夏祭りは突然の混乱に塗り替えられた。各地を騒がせる動乱は特異運命座標達の記憶にも刻まれる。嘗て、楽しくも賑やかなサーカスの一件の裏で狂ったかの如く凶行が頻発していたのだ。
「祭の最中に騒ぎを起こすなんて面倒な事してくれるわね」
ぴこりと耳を揺らした『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が苛立ったようにそう呟いた。戦いのことから離れた日常を楽しみたいという気持ちは誰の陰謀か砕かれた形となる。
「既に凶行が……急いで、助け出さないといけませんね」
『新たな可能性』テルル・ウェイレット(p3p008374)がやる気漲らせたその言葉にルル家はこくこくと頷いた。
「急ぎましょう! まずは一般の方をお助けせねば!
婚活にかまけて被害を招いては宇宙警察忍者の名折れというものです!」
「婚活、ですか?」
首傾いだテルルにルル家は「此方の話です!」と準備を整える。神ヶ浜はそれなりに広く、人が特に集まっている場所に当たるのだろう。夫婦岩が印象的なその空間では誰もが『凶行』など知らぬ様子で祭りを楽しんでいる。
「滅びのアークか。空繰パンドラと違い、やはり元々豊穣を認識してたのだろうか……。
この地に何かあるのか、を考える前に騒動を納めなければな」
肉腫という存在が何処で発生したのかは定かではない――『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)の言う様に『滅びのアーク』自体が先に大陸を認識していたか、はたまた、『肉腫』が神隠しで此方に転移してきていたか……。何はともあれ、その推測を立てている時間も惜しいか。
「行こう」と『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はそう声を掛けた。ラダが意識向けた『肉腫』という存在には純正と複製の二種類が存在しているらしい。
純正――オリジンと呼ばれた個体はその文字の通り、滅びのアークが作用して生まれた存在なのだろう。ならば、複製(ベイン)とは。それを医術を志すココロはまさしく病の一種であると認識していた。魔種が狂気を伝播させるように肉腫はその者の能力を伝搬させていくのだという。近頃囁かれていた神威神楽の伝染病とはこのことだろう。
「せっかくのお祭りを台無しにしようなんて、無粋な野郎だね。意地でもお祭りは守り通してやるさ……!」
祭りを楽しみたいと願っている者達だって居たはずだ。『君が居るから』ニア・ルヴァリエ(p3p004394)はルル家とココロと共に『複製』を探すために走り出す。常に保護結界を展開してできるだけ祭り会場とその景観を守りたいと願うが――その効果が万全であるかは定かではない。
「皆が楽しみにしていたお祭りでしょうに、悪趣味ですことー。反吐がでますわー」
溜息一つ。『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)がすいすいと歩いて行くその背をラダは頷きながら後を追う。何もこの祭りの日でなくても良いではないか、と思わずにはいられない。
「お祭りを守る、敵を燃やす。両方ばっちしこなして依頼成功じゃ。気合を入れて燃やして行くぞー!!」
やる気バッチリの『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)は『ホウ・レン・ソウ』を大事にしていかねばと傍らに立って居たレストと建葉・晴明に視線を送る。班分けの中で晴明と共に行動するレストは一先ず彼への指示として「嫌な予感がしない安全な場所を探しましょうね~」と微笑んだ。
レストの指示に従い『安全地帯』――つまりは避難場所となる広場を探す晴明の背を眺め『不退転の敵に是非はなし』恋屍・愛無(p3p007296)は「晴明君と言ったか」と呟いた。
霞帝に持ち上げられる形でその立場を確立させた中務卿。若くして才気溢れる鬼人種であるからと八百万らの中に突如として位置させられた獄人。その立場は難しく、此度はと言えば合同開催のサマーフェスティバルの責任者に当たるのだろう。
「しかし……彼はまずは他者を思いやる。きっと彼は『良い人』なのだろう。
この祭り、成功させねばなるまい。彼のためにも」
英雄殿、と呼び、この国を救う『解放者』であるかのようにイレギュラーズに敬意を持つ彼。裏表無く慕っているかのようにイレギュラーズの指示を聞く彼は、愛無の言うとおり『良い人』なのだろう――さあ、喧々とした祭りの中、騒ぎと『止め』に往こうではないか。
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ラダ、アカツキ、ユゥリアリアの三人と、そしてレストと晴明は開けた場所を探す。暴動よりできる限り距離をとり『嫌な予感』を感じさせぬ場所を探す。元より土地勘のある晴明にその提案をすれば神ヶ浜の開けた場所が良いだろうと彼は告げた。
「然し……民は思い思いに動いているだろう。そう易々と此方の誘導に乗って貰えるものだろうか」
不安げな晴明の言葉にユゥリアリアは一先ず彼が指定した場所が安全であるかの索敵を行うべく薄衣のような一対の羽根をその背に魔力で編み込んでゆく。トビウオを思わせるその姿ですいすいと進み往くユゥリアリアを見上げてから、式神の『しきちゃん』を呼び寄せたアカツキは「誘導を頼むぞ」と優しく子駆ける。
「こちら側でも誘導の手は用意する。コネクションもある程度は用意している」
そう告げるラダは人手と医薬品をできる限り用意し、『方便を交えながらの誘導』で騒ぎなく広場に集めたいと考えた。
「英雄殿、確認しても良いか」
「何かしら?」
レストがこてりと首を傾げる。ラダが告げた『コネクション』に関する質問なのだろうか――とラダとレストが顔を見合わせたが晴明は真面目腐った表情で「暑さで倒れたと言うことにしよう」と提案した。
「ふ――」
小さく笑みを零したアカツキは「それがいいのう。熱中症じゃな」と掌に炎を遊ばせながら笑う。詰まる所、この真面目な男は『腐殺で倒れた者や言うこと聞かずに力尽くになった者』は熱中症で処理しようというのだ。ラダは「その通りだ」と彼の言葉を肯定する。
「確認してきましたー。周囲に嫌な予感もなさそうですわー。肉腫と呼ばれる存在も此方にはいなさそうですしー」
ユゥリアリアのその言葉に晴明は頷く。ラダがある程度の人手、そして『急病人の看護と輸送』を注文すれば中務卿の顔立てもあり了承する物も多い。式神にお願いもしたというアカツキに頷いたレストは先ずはと晴明と共に広場の中央に陣取る。
「浜辺にお花を咲かせましょう~! 会場はこちらよ~!」
長机を置いてにんまりと微笑んだレストは煌めく魔方陣からお洒落な如雨露を召喚する。何やら策があるとは聞いていたのだろうが晴明からすると予想外であったか「これが神使が得ているという異能か……」と驚いたように呟いた。
「あらあら~まぁ~そうやって喜ばれると、嬉しいわねぇ~。
それじゃあ、見ていてくれるかしら~? 浜辺にお花を咲かせましょう~!」
種の箱から取り出したのは鮮やかな桃色のバラ。如雨露で水をあげればその種はぐんぐんと花へと育つ。急成長する『花咲く旅路』を見ようと神威神楽の民達がレストのもとへと集い出す。
「お姉ちゃん、お茄子は?」
「えっ、お茄子が食べたい? お安い御用よ~」
種の箱から取り出して、見世物として花を咲かせるレストはにこりと微笑んで花を一つプレゼント。茄子の花を見た子供達の楽しげな声音を聞いていれば今現状、此処が凶行の舞台になっているなどとは思えなかった。
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晴明とレストの行う『浜辺のお花屋さん』の宣伝を声高に行いながらルル家は周囲の者を妖として認識している者や狂気に駆られている者を探すべく耳を欹てる。何らかのモンスターが存在して居ないかを索敵し続けるルル家に続き耳を澄ませるココロは暴動が起きているならば騒ぎ声や叫び声が聞こえるだろうとソレを頼りに進んだ。
ふわふわと僅かに浮きながらの索敵を行うニアはルル家とココロが「変な音がする」と指し示した方向をひょこりと見遣る。避難誘導は片手間程度でも効果はあったのだろう。刑部省ではないが『中務卿の使いである』『彼が花を見て欲しいと言っていた』と堂々と――ソレもちょっぴり語弊を交えながら――告げれば民達はそちらの方向へと向かうという者だ。
「複製肉腫……って言っても純正(オリジン)から伝染る者なら普通の存在の方が多いんだろうか」とニアはそう問いかけた。遠目に見えたのは普通の鬼人種同士の喧嘩のように思える。
「さあーどうなんでしょうね。けど、暴動なら鎮めてあげるのが優しさであります」
にい、と笑ったルル家にニアは頷いた。地面を蹴り真っ直ぐに飛び込んだニアは「何の騒ぎ?」と問いかける。血走った鬼人種の眸がぎょろりとニアを見遣ればその周囲の人間が怯えていることに気付いた。直ぐ様に避難先を指示するココロが振り返る。
「あ、あそこ!」
ココロが指さしたのは喧嘩をしていたように見えた男の足下に転がっている揚羽蝶の扇である。
「へえ、あれが呪具か――!」
ニアの呟きにルル家は頷いた。鬼人種――複製肉腫を相手取るニアの側より無数の弾丸を撃ち出したルル家八草の勢いの儘に呪具を打ち抜く。揚羽蝶の羽根を穿つように無残に破れた呪具からは嫌な気配が消え失せていく。
この調子だ、とニアが頷き飛び上がれば、ココロはそれに合わせて複製肉腫へと真白の光を放つ。その鮮烈なる輝きに目が眩むと共に、複製肉腫の動きが止まれば、ココロは周囲の人々に気遣うように「大丈夫ですか」と問いかけた。
助けられる手段があるなら、助けたい。それを諦めたくない。そう願うココロは『殺さず』を掲げての対応を行っていた。
勿論、現状派と言えば、海洋と豊穣が友好を深めていく事を目的にしている。それは『あの』海を越えてきた自身らにとっても本望だ。できる限りお互いを大事にする姿勢を見せておきたいと、倒れた『複製肉腫』の様子を伺うルル家は「熱中症で頭がぼんやりして暴れたのかも知れませんね!」とココロを仰ぎ見る。
「私は医者です。……うん、取り敢えず広場の花の催しの周囲で救護行うという話なので」
運んで貰えますか、と問いかけるココロ。その声に応えるように鬼人種達が任せてくれと名乗り出る。ニアは落ちている呪具を拾い上げながら「よろしく頼むよ」と担架を運んできた鬼人種に礼を言った。
「そうだ……他にもこうした暴動が起きてると思うんだけど知らない?」
ニアの言葉に嫌な気配を感じたんだよなと周囲の人々がどこか不思議そうに呟く。嫌な予感――と言うのが『呪具』によるものであるかは定かではないが、そうであるとすれば。
「ならば、その周囲に揚羽蝶の書かれている扇等は無かったですか?」
ルル家の問いかけにココロは悪戯めいた笑みを浮かべてルル家の言葉の続きを紡いだ。
「実は今、レクリエーションを行っているんです!
蝶々のマークが入った扇を持っている人、当たりです! ローレットから景品がもらえますよ!
あと、嫌な予感がするものも此方で引き受けます! お祓いをするらしいですよ!」
景品――とそう告げるココロにニアとルル家はああ、と合点がいったように頷いた。どうせ景品代を払うのは自分じゃないし、と引換券を手渡すココロ。ローレットが景品代を受け持ってくれるかは分からないがあの人の良さそうな中務卿ならば「ぐぬぬ」と言う顔をした後に『分かった』とでも肯く事だろう。
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避難場所を中心に複製肉腫の姿を探すテルルはウェイターを思わせる愛らしいメイド服を揺らして周囲をきょろりと見回す。暑がりな彼女は汗を拭い、マイペースな自分を律するように進む。
普段は休息場所を与える役割である彼女が此度は急ぎ魔笑えばならないのだ。ひんやりと冷たい腕輪をその手首に飾り、嫌な気配を感じながらも進む。愛無とイナリが戦闘役とすれば自信は回復役だ。
「避難所はレストさんの催しもありますし、此度の凶行も余興だと認識して頂ければいいのですが」
「そうね。うん、そう思って貰えるように私たちも気を配ってみましょう」
頷くイナリは耳をぴょこりと揺らした。そのうちに必要になると言われた介入術式を手にしながら鋭く深く、イナリは周囲を探す。攻撃的な音、破壊音、そして物騒な言葉と助けを求める声を探し――周囲を見回す。自身らの会話もできる限り物騒な言葉は使わず騒ぎが大きくならぬようにと気を配る。ふわり、と風の衣裳が刻まれた護符に力を込めれば浮かび上がった自身の体は喧噪の中へと向けて進む。
騒動が起きている場所があるのかと認識した愛無は神威之狐面を使用してできる限り友好的に見えるようにと気遣いながら急行する。イナリと愛無が進む中、テルルはその咆哮から確かな嫌な予感を感じていた。
(この場所は不快だ。えも言われぬ感情が沸き立ってくる。どうしたものだろうか。いや、これが呪具だと言うことか)
愛無はは周囲を見回す。口論になっている鬼人種達こそが『複製肉腫』か――感化されそして騒ぎ立てるその声を遮るように言葉を尽くす。注意さえ自身に向けばそれでいい。一般人同士で争うよりも『特異運命座標』というその身は幾分も強靱だ。殴りつける複製肉腫の攻撃を受け止めた愛無の腕を包み込んだ粘膜はそのままに強固な甲殻類の鋏を形成する。影の如く黒きその爪を『余興の一種』が如く見せつける愛無は「さて」と口を開いた。
「祭りの余興だそうだ。実に愉快だとは思わないか。祭りに乗じて騒ぎを企てる者だ。騒がしい方が好ましいだろう。手伝うのは癪だがさっさと終わらせよう」
淡々とそう告げる愛無の言葉の背後より、三種の神器たる天叢雲剣のレプリカを振り上げたイナリは爆煙を周囲へと振りまいた。踊るように異界の神『禍津日神』の力を自身へと『降ろせば』その身には得も言われぬ衝撃が走る。無色透明な斬りがじわりじわりとと鬼人種のその身を包み込んでゆく中、巨大な鋏が大仰な音を立てた。
「呪具はどこかにあるかしら」
「……どうでしょうか。けれど、どなたかが持っているのは確かでしょうね」
嫌な胸騒ぎがするのだと、テルルはイナリへとそう告げた。イナリの聴力を頼りにここまで進んできたが、それでも今は自身の胸から嫌な気配が拭えずに居る。
(僅かでも、一手になるのならば――)
救いの手を、と『殺さず』『余興を思わせる』を心がけて戦うイナリと愛無へと癒やしを送る。支援能力ある召喚物による治癒が的となっている愛無を包み込む。
周囲を取り囲むようにその騒動を眺める人々にテルルはレストの行う余興――避難場所――への案内を穏やかな笑みで告げた。
「――ッ、あんまり暴れると刑部省が来るわよ」
静かにそう囁いたイナリはこんなこともあろうかと、と捕縛を試みた。暴れ続けられるのも中々に苦ではある。然し、騒ぎすぎると余興の一部と思われず祭りが中断されてしまうと言うのも只管に不便だ。
倒れ伏せた複製肉腫を見下ろして愛無は扇は、と小さく問いかけた。扇、と唇が動く。揚羽蝶が描かれた呪具は純正肉腫がいたずらにばら撒いたものであるはずだ。
(良い人、と認識したが立場変わればその存在は面倒な者となるか。
八百万という特権階級から見れば、鬼人種――獄人は虐げ従えるべき存在であり、決して自身らの上に立つ存在ではないのだろう)
ならばこそ、鬼人種達にとっての期待の星たる中務卿が特異運命座標と同じく世界平和の為に周囲を駆けずり回っている理由が分かる。此度も彼に対する嫌がらせなのか――はたまた。見下ろす愛無の言葉にイナリは頷き、その懐を漁る。
「見つけたわ……本当に、嫌な気配。持つだけで胸騒ぎが止まらないもの」
溜息を吐いたイナリ。何だ、何だとざわめく周囲に向けてテルルは「危険な者で、回収を義務づけられているんです」と柔らかに告げた。
ばきり、と折られた扇を見下ろして――同じく『揚羽蝶』を見つけたとなれば声を掛けて欲しいと告げた三人は他の暴動や索敵に回る。
肉腫、破滅(ほろび)の存在によって世界に生み出された病。伝染する大地の癌。謎の胸騒ぎは残ったままだが、一先ずは祭りの続行が先決だろうか。
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「ふーむ、呪具」
そうアカツキは呟いた。苦しんでいたり、明らかに様子がおかしかったり。そうした存在が会場内に存在するというならば折角の祭りも台無しだ。悩ましげに周囲を確認するアカツキの傍らで訥々と零すように旋律を連ならせるユゥリアリア。未来を切り拓くべく進む者が為の祝歌を口遊み、氷水晶の槍の穂先に旗を括り付ける。ゆらり、ゆらりと槍を揺らし進むユゥリアリアの旗の揺れる音を聞きながらラダは上空からの探索を確認していた。幾分か音が落ち着いたのは他方で行動する班による鎮圧の成果か。忙しなく動くことになるが、それも悪くはないかと簡易的に飛行し上空からの視界を確保したラダは喧噪の最中、諍いが起っているかの如く暴動の気配を感じ取る。
「む――様子がおかしそうじゃのう」
アカツキの言葉にユゥリアリアは微笑んだ――微笑んだ、と言ってもその笑顔の裏には苛立ちが存在している。海洋王国の淑女はそのような素振りは覗かせず穏やかに微笑みを返すのみだ。淑女たるもの、簡単に感情を悟られてはならぬと言うことだろうか。
「何でしょうねー、行ってみましょうかー」
わざとらしく、そう告げるその声に「最短ルートで行こう」とラダはそう言った。ぐん、と距離を詰めるように進むラダ。その視界には殴り合い、周囲を輪の如く囲いにした女達が存在した。ぎゃいぎゃいと声を荒げ叫び、髪を掴み合う様子は異様そのものだ。
「悪鬼じゃな」とアカツキが冗談めかしたその声にユゥリアリアは「まあまあ、演技が真に迫ってますねー」ところころと微笑む。
「演技?」と首を傾げる群衆に「此れも一種のお芝居なのですよー。神使が対処をして見せましょう-」と笑みを深くする。
掌より炎を沸き立たせ、アカツキは周囲を見回した。先ずはどこにあるか――呪具の一つは複製が持っているとして、それから……とその視界の端には『人が持ち歩いていない』可能性も含まれる。どうやら他方では『揚羽蝶の扇』――それこそ呪具だ。イベント用に無数に配布されたと認識されているらしい――をローレットの神使(イレギュラーズ)に手渡したならば報酬が貰えるという話になっているそうだ。
「さぁさぁ本会場は広場だ! 今なら始まったばかり、見逃さない内に是非!」
柔らかにそう告げた声音はサーカス団の客引きが如く。身の丈サイズの欠陥ライフルを真っ直ぐに構えたラダは民を庇えるようにと位置取りながらじっくりと照準を定める。
「うむうむ、そうじゃったの――っと……」
アカツキの視線が一点に定まった。彼女は後ろ手に指をくい、と動かす。此方へ来いと言う合図を見せた彼女にラダとユゥリアリアは彼女が『複製肉腫ではないなにか』を発見したことを悟る。おかしな存在と言う者は何処で見ているかは分からない。こうして群衆に紛れて此方の出方をうかがっているのだろう。
「まあ、良いのじゃ。広場でもこの様な催しを楽しんで貰えるからのう」
にんまりと微笑んで、命を奪わぬようにと三人は心がける。怒りで引きつけるように悪鬼が如く苛立った女二人を引きつけたラダはその形相に思わず息を飲む。狂気に駆られた一般人の悪意をダイレクトに見遣れば驚くという者だ。
「禍根は余り遺したくないな」
「そうですわねー。淑女たる者この様な姿で命が閉ざされるのも悲しいですしー」
ユゥリアリアは的となったラダへの癒やしを担当した。複製肉腫への対処は直ぐに終了し、『焼却処分』と称して呪具を燃やすアカツキに視線を送った後、ユゥリアリアはその姿をしかと両眼で移せなかったことを悔やむ。
「呪具も……何だか嫌な気配しか感じられませんわねー」
「巧妙な細工でも施しているのだろうか」
見下ろすラダにユゥリアリアは溜息を吐いた。どうにも、純正肉腫とは突如として現れる存在のようだ。それにしても――覗き見ていたと言うことは、とラダは溜息を吐く。
「高みの見物をしているのか?」
「趣味が悪いですねー」
苛立ったように、僅かに感情滲ませたユゥリアリアラダは頷いた。探索もそろそろ終了間際か、三班による索敵と捜索、そして、広場でのレストと晴明の催し物で『凶行』から目を逸らすことにある程度成功したかと息を吐いたとき――広場の方からざわりと何かが沸き立った。
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嫌な予感がする。レストは小道具を化してくれるかしら、とそっと幼い少年が握りしめていた扇を手にとった。
「晴明ちゃん、持ち物検査のお時間よ~!」
嫌な予感がする呪具を持ち上げて種を仕込む。如雨露で水を掛けている間に普通の物とすり替える――が、ぽろ、と零せば、濡れて使い物にならなくなった扇がぼとりと落ちる。
「……」
少年がソレを呆然と見詰めている。
「……」
それは晴明も同じであった。レストは二人の視線を受けてからにんまりと微笑む。
「テヘッ」
それは、誤魔化す笑顔だった。ぺろ、と舌を見せたレストは「ごめんなさいね。扇は弁償させて貰うわ。この晴明ちゃんが、ね?」と傍らに立った一応は神威神楽の有力者、中務卿である晴明をこつりと小突く。その立場を知るものがざわめいたがレストは気にする素振り無く――晴明は緩く頷いた。
「所で、レスト殿」
「ええ、分かっているわ~」
微笑んだ彼女は旅行鞄を持ち上げる。日傘ステッキを手に微笑んだ彼女は魔法のランタンをゆらりと揺らめかして『魔法仕掛けの旅行者』を演じてみせる。
「あら、わる~い子がお花見を邪魔しに来たみたい。みんな~応援してね~」
そう微笑んだレストに晴明は剣を構える。民を傷つけられぬようにとレストが彼に誘導を指示すれば緊張したように頷いた。ざわめく――レストの目の前に現れた『複製肉腫』は今にも彼女に襲いかからんとしているからだ。
「おおっと! ここで宇宙忍者見参!」
飛び込んだルル家に続き、旗を振るユゥリアリアが「さあさ、ご覧あれ~」と楽しげに凱旋する。
風斬るように飛び込んだニアがナイフの切っ先を煌めかせ、その煌めきに炎を揺らすアカツキが「行くのじゃ」と合図すれば、真っ直ぐに飛び込んだのは愛無とラダ。
イナリの作り出した無色透明な霧に意識を失った暴動の主の容態を確認したココロは「大丈夫」と静かに笑った。
「ココロ殿、其方の鬼人は熱中症か?」
「……そう!」
――何でも熱中症で片付けようとする神使と中務卿。
愉快な彼らの様子を眺めて居た男は小さく笑った。ぱちぱちと手を叩き「素晴らしい」と褒め称える。
歩み寄ってくるソレは普通の男のように見えた。しかし、晴明はその存在を知らない。
「さて、楽しいショーだったよ。まさか、広場で催し物をして総てをそのショーの一部にするだなんてね」
「傑作だっただろう」
ラダが問いかける。経過し居たように民の様子を伺うテルル。皆、その存在と戦うことが得策出ないことを知っていた。
「『大地の癌』――ガイアキャンサー。僕たちはそう呼ばれている。
どうしたことか、巫女姫様と『僕らの親愛なる――様』が好きにして良いと言ったからね」
「……何がいいたいのでしょうか」
ユゥリアリアがその男を睨め付ける。見遣れば、彼は仕立ての良い衣に身を包んでいた。誰、と言ったのかは名を聞き取ることは出来ない。
「これはね、始まりに過ぎないって事さ」
そう笑った純正肉腫は笑いながら去って行く。その衣に泳ぐように描かれた揚羽蝶だけが印象的であった――
――始まりに過ぎない。
その言葉を何度も繰り返す。
巫女姫、八百万、天香長胤。
ガイアキャンサー、肉腫、純正と複製。
神威神楽に渦巻く陰謀はまだ闇深く、都に立ちこめる暗雲のように感じられた。
●
夏祭りは成功と言えるだろう。
海洋王国には是非、そのように報告為て欲しいと晴明は言った。
出来る事なれば彼らと直接話をしたい物だが、肉腫という存在が暗躍している今、この土地に招くことは難しく晴明も離れる事は厳しいだろう。
「――総てが落ち着かなければ、課題はこなすことが出来ない。
……どうか、力を貸しては呉れないか。英雄(イレギュラーズ)の皆」
晴明は頭を垂れた。そして、その後見遣ったのは――祭りを楽しんでいるはずの貴族達の住まう高天京であった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。イレギュラーズ!
MVPは余興として最初から最後まで要となったあなたへ。
総ては取り敢えず中務卿支払いって事で!
GMコメント
夏あかねです。よろしくおねがいします。
●成功条件
・【複製】肉腫の撃破
・呪具の破壊及び神ヶ浜の被害軽減
●神ヶ浜
サマーフェスティバルの会場となっているカムイグラの浜辺です。夏祭りで賑わい、人々が楽しそうに闊歩しています。
夫婦岩が並んだ風光明媚な風景が特徴的です。また、八百万、鬼人種のどちらもの姿が見られます。
祭りの最中に起こった『凶行』であるためにできる限り早期に解決しなくては祭りそのものに打撃が入ります。
現在の『複製』による凶行はレクリエーション程度に認識されているようですが……
サマーフェスティバルの失敗は海洋王国との和平の取り持ちが出来なかった、と言うことに繋がるために新天地との交易のためにも鎮圧は必須でしょう。
●【複製】肉腫 *10
肉腫(ガイアキャンサー)。滅びのアークが蓄積されたことにより発生したkの世で生まれたこの世の異物。それは病や魔物であると例えられることが多くあります。
イレギュラーズの接触により精霊種や秘宝種に特異な運命が生じた様に滅びのアークがあったが故に特異に生まれた存在です。その生まれ故に、『パンドラ』を持たない存在にのみ感染します。
――その複製。純正(オリジン)と呼ばれる者らより感染した複製(ベイン)個体。
晴明達曰く『周辺で発生している疫病』の正体であり、元は無害な善良なる『鬼人種』の村人であったそうです。
彼らは正気を失い暴れ回っています。しかし、複製であるために、『不殺』などで救うことは可能です。
放置することは出来ません。此の儘では人の命が脅かされる可能性もあります――
●呪具『凰蝶』 *10
元は舞踊のために使用される扇。複製肉腫及び『何も知らぬ者』達が所有しているほか、会場内の至る所に設置してあります。
それらの周囲に存在する者達は『周囲の者を妖として視認する』ことや『凶器に駆られる』などの悪しき影響を受けやすいようです。
凰蝶(あげはちょう)が大きく描かれている事が特徴である以外は、振るうことで黒き鱗粉を放つ事しか特徴がありません。
パンドラを所有する者(PCや晴明)が近寄ると嫌な予感がする可能性もあります。
●【純正】肉腫 ????
祭り会場のどこかに居ますが複製肉腫が過半数以上討伐及び呪具が破壊された時点で撤退します。
この【????】がフィールドに存在していると10Tに1度、1人の複製を作り出すことが出来るようです。
その理由は呪具による補佐が大きいようですが……
●NPC:建葉・晴明
特異運命座標であり、神威神楽にて中務卿を務める鬼人種。
現在は霞帝が眠りについた事で表だった政からは離反。外つ大陸と黄泉津の和平を取り持つ事、鬼人種の迫害を緩和することを目標とした帝の意思を継ぎ行動しています。
名うての剣士であるそうですが立場が邪魔をし思ったようには動けなさそうです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
それでは、よろしくおねがいします。
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