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シナリオ詳細

<果ての迷宮>Lostcard――salvador

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――救いなんて、どこにもない。
 ここには、しあわせなんて、おちていないんだから。

 そんな気持ちが、おいしいんだ。


 幻想王都メフ・メフィートは勇者王と呼ばれた男の夢を中心に広がった都市である。『果ての迷宮』とその名を得た、広大なる地下迷宮を踏破するべく幻想王国を建国したとされる建国王の悲願は王家、そして幻想王侯貴族の夢のまたたき、義務だとされる。
 然して、その迷宮に挑む者は数知れず。『総隊長』ペリカ・ロジィーアン(p3n000113)を中止としたプロフェッショナル達でさえ『掘り進める』事が難しい。無数のいのちを零し続け、犠牲と言う名の『経験』の上に幻想王国は一つの可能性(チャンス)を手に入れた。
 嘗てない程の大量召喚の末、運命をその力に宿した者達はその身を駆使し英雄たり得る成果を残したという。彼らならば、建国王の悲願を叶えることが出来る。彼らであれば、果てを――何処まで続くやも知れぬ『迷宮』を攻略することが出来る。
 そうして、ギルド・ローレットへは依頼が舞い込んだ。ペリカを中心とした部隊を編成し、『掘り進めよ』――と。

 一度、進めば、地上へ戻り息を吐く。全滅と言う事態を避け、何度もトライを続ける。
 そうする事で更なる下層へと彼女たちは躍進し続ける。或る者は懇意にする貴族の名代として、或る者は恩を売るが為、或る者は自身の主が為――そうして、彼らは王侯貴族の名を掲げ、進み続けた事。土煙る穴を、闇の如き深き洞を手探りで探す様に、苦心し続けた長い長い旅の一つ、辿り着いた場所は――

 ぽつり、と。石碑が立っていた。
 古びたそれ以外には何もないただの広いフィールドには扉が二つ存在している。
「……は」と拍子抜けしたペリカはまじまじと石碑を見た。

 ――英雄か。

 こんな場所まで来て、何を問いかけるのかとペリカは口をあんぐり開けた。彼女は自身と共に新たに『掘り進んできた』特異運命座標を振り返る。その途端、眼前に存在した扉がぎい、と音を立てる。
「こんにちは」
「こんにちは」
 声も、姿も、ふんわりとしたワンピースも、汚れた革靴も、貼られた絆創膏の位置さえ同じ幼い少女が二人、扉の奥より歩み出る。
「あなたが私のヒーロー?」
「あなたが私を殺すひと?」
 それぞれが、言葉を述べる。まるで、真逆の、それでいて同一の様な、何処かちぐはぐな言葉を吐きだして。ミルキーオパールの瞳がまぁるい色をして細められる。
 ペリカは「どういうことさね」と小さく呟いた。ヒントは存在しない。眼前に存在する石碑の文字は片手の指で足りる程の文字数しか並んでいないのだから。
「この扉の先に進めば、私は救われるわ」
「この扉の先に進めば、私は殺されるわ」
 幼い少女はこてん、と首を傾いだ。顎のあたりで切りそろえられた黒髪がさらりと揺れる。白いワンピースはよくよく見れば泥に汚れ、肩から下げたポシェットも底が破れ、中には何も入ってはいない。
「選ぶのはあなたたちよ」
「選ぶのはあなたたちよ」
 少女は、声を揃えた。色彩も、姿も、聲も、遺伝子さえも同じような二人は――唯一、表情だけを変化させた。一方は微笑み、一方は哀しみ。一方は絶望し、一方は歓喜している。その違いに気付いてペリカは密やかに眉を寄せた。
「……選ぶっていうのかい?」
「ええ」
「ええ」
「……何を?」
「わたしをころすのか」
「わたしを生かすのか」
 その言葉は余りにも冴えたナイフの様に胸の隙間に寒々しい風を感じさせた。ひゅ、と息を飲んだのは気のせいではない。無垢な、何も知らぬような顔をして少女たちは言ったのだ。
 生きるか、死ぬか。
 その二択しか存在していないとでもいう様に。
「選んでほしい」
「選んでほしい」
 二人は、そう言った。そっと、少女たちの掌が石碑へと翳される。その陶器の如き指先が石碑を撫でつければ刻まれた文字は変化する。

 ――此処は、選択の間。
 貴方の目の前には『もう少しで殺される』少女が存在しています。
 見殺しにするならば、『右』へ。
 救いに行くのならば、『左』へ。
 貴方にとって、この選択は大したことではないでしょう。

 彼女は孤児です。彼女は名を持ちません。
 彼女は生きる為に人を殺しています。
 彼女は生きる為に物を盗みます。
 彼女はそれでも、生きたいと願っています。
 しかし、彼女の運はツキました。ある女を殺した場面をその亭主に見られ嬲り殺されます。
 そこで、貴方はどうしますか?

 仕事だと、人が死ぬ場面を目の当たりにした事はありませんか。
 そうしてきた貴方達にとってはきっと、簡単な問答だと思います。
 けれど、貴方の心がわたしは食べたいのです。
 さあ、選んで。進んで。そして、その心を食べさせてください――

GMコメント

 日下部あやめです。果ての迷宮と言う大役頂戴いたしました。

●成功条件
 次の階層へと辿り着く


※セーブについて
 幻想王家(現在はフォルデルマン)は『探索者の鍵』という果ての迷宮の攻略情報を『セーブ』し、現在階層までの転移を可能にするアイテムを持っています。これは初代の勇者王が『スターテクノクラート』と呼ばれる天才アーティファクトクリエイターに依頼して作成して貰った王家の秘宝であり、その技術は遺失級です。(但し前述の魔術師は今も存命なのですが)
 セーブという要素は果ての迷宮に挑戦出来る人間が王侯貴族が認めたきちんとした人間でなければならない一つの理由にもなっています。

※名代について
 フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル、他果ての迷宮探索が可能な有力貴族等、そういったスポンサーの誰に助力するかをプレイング内一行目に【名前】という形式で記載して下さい。
 誰の名代として参加したイレギュラーズが多かったかを果ての迷宮特設ページでカウントし続け、迷宮攻略に対しての各勢力の貢献度という形で反映予定です。展開等が変わる可能性があります。

●第18層『選択』
 この階層では『心情』を氷砂糖として可視化します。
 迷いも、決断も、それはこの階層に住まう『心を食う魔物』にとっての大好物です。
 その姿も見せぬ魔物は皆さんに二つの課題を与えました。

 一つが、『少女の命』について。
 もう一つが、『罪人の処刑』について。

 大いに迷い、考え、そして決定してください。
 そして魔物が空腹を満たされ満足した暁に――次の階層へと繋がります。

●ロケーション①
 初めは2つの扉しかありません。そして、入れば戻ることは出来ません。
 それぞれがばらばらの扉に入ることは出来ます。
 また、どうして『それを選んだのか』を記載する事で『心を食う魔物』の為の氷砂糖を得ることが出来ます。

【重要】全員、どちらかの扉に入るようにしてください。ばらばらでも大丈夫です。
(例:2人右、8人左でもOKです。鍵を受け取り次の扉を開けばまた合流できます)

 ・右の扉
 少女が殺された後の扉です。
 少女がある女を強盗の為に殺した場面です。
 昏い路地裏ではありますが目撃者は確かに存在しており彼女は殺されました。
 彼女を殺したものを『殺人罪』として戦闘不能にし、『警邏』へと引き渡してください。
 警邏は彼を受け取り次第、次へ繋がる扉の鍵を手渡してくれます。

 ・左の扉
 少女が殺される前の扉です。
 少女がある女を強盗の為に殺した場面です。
 昏い路地裏を少女は走り、それを男が追いかけています。
 彼女は此処で死ななければ、これからも何も思うことなく殺し続けるでしょう。
 この扉では少女を救えば彼女は宝物として次へ繋がる扉の鍵を手渡してくれます。

 ・『少女』
 名前はありません。生まれた時に得なかったからです。
 ワンピースを一着、拾った革靴に穴の開いたポシェットの少女。
 彼女は生きる為に人を殺します。彼女は生きる為に物を盗みます。
 それでも、彼女は――生きたいのです。

 ・被害者の女性
 何の罪もありません

 ・被害者の女性の亭主
 愛しい妻が殺された事で、激昂し少女を嬲り殺そうとします。
 殺してしまった場合は罪の意識に苛まれるでしょう。しかし、殺さなければこの思いをどうしろと言うのですか。
 normal相応の強さです。

●ロケーション②
 少女の扉を抜けた先にある次の扉です。
 此処では、貴方は『罪人の処刑』を申しつけられます。それを拒否するもしないも、あなた次第です。

 罪人は無数の人間を殺してきた大量殺人犯です。
 理由は様々(生きる為、仕事で)あれど大量殺人を行い続け、ついに警邏によって捕縛されました。
 しかし、その凶悪性から処刑が滞り、皆さんにSOSが『個人事』に届いたそうです。

【重要】
 処刑すべきは10人。殺さないと選択した場合は永遠に牢の中です。
 PC一人につき1人の人生を選んでください。

 ・処刑すべき10人
 幼い少年、穏やかな女性、老い先短い老人、幼い娘を持つ父親、歴戦の戦士
 スリ、軍人、英雄と呼ばれた男、特殊性癖にて殺す狂人、『殺したいから殺す人』

 ・特殊ルール
 誰に対する選択かを記載の上、
 プレイングに【殺人】【拒否】の何れかをご記載ください。

 勿論、殺さない選択も、殺す選択もどうしてそう思ったのかをご記載ください。
 殺害の場合はnormal相応の戦闘が発生します。戦闘プレイングをご記載ください。
 拒否の場合はnormal相応の『心情』での判定を行います。心情重視のプレイングをご記載ください。
『心情』を重視しての判定をさせていただきます。
 この選択により『心を食う魔物』の為の氷砂糖を得ることが出来ます。

●心を食う魔物
 それこそがこの階層。階層の中に存在する存在の心を氷砂糖に変化させ貪り喰らいます。
 氷砂糖は可視化しており、皆さんの胸からぽろりぽろりと落ちていきます。
 胸から落ちた角砂糖は吸い込まれ、魔物が喰らい続けるでしょう。
 空腹が満たされることで突如として眼前に次層への階段が現れます。

 然し、満たされない限りは進むことは出来ません――
 満たされず、進むことが出来なくなった場合は『失敗』です。石碑に隠されていた『かえりみち』に従ってペリカと共に撤退することになります。

●同行NPC
・ペリカ・ロジィーアン
 タフな物理系トータルファイターです。

 皆さんを守るために独自の判断で行動しますが、頼めば割と聞き入れてくれます。
 出来れば戦いに参加せず、最後尾から作戦全体を見たいと希望しています。
 戦いへの参加を要請する場合は戦力があがりますが、それ以外の危険は大きくなる恐れがあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <果ての迷宮>Lostcard――salvador完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月27日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
主人=公(p3p000578)
ハム子
シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)
死を齎す黒刃
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アト・サイン(p3p001394)
観光客
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)
魔術令嬢

サポートNPC一覧(1人)

ペリカ・ロズィーアン(p3n000113)
総隊長

リプレイ


 その場所は、異質と呼ぶ他になかった。迷宮に慣れ親しみ、旅を続けていた『観光客』アト・サイン(p3p001394)にとってもこの場所は『迷宮』と呼んで良いのかすら定かではないような――選択の間で逢った。人生には岐路というものが存在してる。『あのときこうしていれば』『このときこうしていれば』と抱いた感情のことを後悔と呼ぶのだ。
「果ての迷宮の噂は幻想国民としては伺っていましたが……このような場所だとは」
 驚いたように。『魔術令嬢』ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)はその鳶色の瞳を瞬かせた。幻想を拠とする貴族イースデイル家の二女として生を受けた彼女にとって、貴族達が熱望し、国家の野心とリソースを注ぎ踏破を目指す『果ての迷宮』は穏やかではない様子であった。
「そうね。『今回』は何時もと違うように感じられるけれど」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はヴァージニアの疑問に答えるようにそう言った。深いアメジストの煌めきの尾を引いた髪を揺らしてから、彼女は石碑を指先でなぞり微動だにしない『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の背を眺める。ざくりと切られた栗色の髪に、天蓋を映し混んだかのような瞳は無骨な石をまじまじと眺めて居る。
 選べなかった未来。救えなかった未来。『かもしれない』の連続性。規律正しき未来の様相。
 少しでも慮っていたならば。もしも、があったならば。分裂する未来がそこに存在したならば。
「神が――」
 そう、静かに唇に乗せた声音は空音となって溶けた。意を決したように振り向いたアレクシアへとイーリンは声かける。揶揄うような、それでいて、諦観を含んだその声音は試すような響きをさせて。
「アレクシア、今回も期待してるわ」
 善性の塊。天使を目指した少女。命を擲ってでも他者を救うという自己犠牲の象徴。イーリンの言葉に、アレクシアは静かに肯いただけであった。


『破滅を滅ぼす者』R.R.(p3p000021)にとって、破滅というのは憎悪の対象であった。なれば、破滅とは何か。それは彼の中に確立した概念として存在していた。身を焦がすような焦燥は、破滅を厭い憎悪するからに過ぎない。
 此度、この迷宮に足を踏み入れた際に誰の名代であるかと問われたR.R.――ルインが「ガブリエル」だと答えたのは穏健派であることから彼の定義上、最も破滅から遠い存在だと認識されたからに過ぎない。だからこそ、彼の選択は『破滅』より遠いものだ。故に、迷うことはない。
 左右に分かれた二つの扉。

 右へ往けば少女の命は潰える。
 左へ往けば少女の命は救える。

 その選択を待ち受けるように、『命の選択を他者に委ねた』少女は特異運命座標の前へと顕現した。『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)はホログラムのように浮かび上がった瓜二つの少女をまじまじと見て息を飲む
 彼女の境遇は混沌世界へと召し喚ばれる前の自分自身に似ている気さえしたのだ。ソレは、自分自身が混沌世界へと至る前に悪魔的存在であったことに由来する。魔鎌として生を受け、自身の創造主の血を啜り命を奪った破滅的な存在である彼の境遇に比べれば少女の境遇は笑ってしまうほどに薄っぺらいものだろう。
 彼女は、人を殺した。ソレは変えようのない事実だ。生きていく上で必要不可欠であると――それ以外の選択肢が存在していないと何の罪も謂れも存在しない女の命を絶ったのだ。
 其れを識っていようとも『ハム子』主人=公(p3p000578)はエゴと呼ばれようとも救える道があるというならば、そちらへ向かいたいと決めていた。
 公の選択に耳を傾けていた『死を齎す黒刃』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)はと言えば、最初はルインが選ぶと決めた右の扉へ進もうと考えていた。選択肢が存在しようとも所詮は紛い物だという認識が逢ったからだ。迷宮は失敗すれば別の階層に入れ替わる.そうした過去があった以上、この階層とて攻略を失敗したならば別の階層に塗り変わるだけなのだ。ならば、戦う意味などあろうものか――労を担ってまで幻影の少女を助け、実像と化した男との戦闘を行う必要があるというのか。そう、考えていた。見殺しにするとは聞こえは悪いが、効率よく迷宮を抜けることだろともシュバルツは考えた――考えて、気付いた。
 元の世界で他者の命を害し生き延びてきた自分自身と彼女の境遇は一緒だったのではないか。少女はどうして罪なきおんなの命を奪ったのか。簡単な問答だ。そんなものを誰に聞かずとも皆が理解している。

 ――生きる為。生き延びる為。明日を、見る為。

 そう、識っている。幻想であろうと、妄想であろうと、想像であろうと、仮想であろうと、空想であろうとも。両肩に寄りかかる命の重さは変わらない。人殺しのシュミレーションゲームという趣味の悪い者をまざまざと見せつけられているかのように。『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は人の命を天秤に掛けなくてはならなかった。
 そうだ。生きる為に少女は人を殺したのだろう。そうする他に存在しなかったからだ。それに同情的な意識を抱くというならば人は左の扉を選ぶのだろうと焔は認識していた。
「ボクは右の扉を選ぶよ」
「……左の扉に致しますわー」
『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が出した答えは、ある意味では焔と同じであったのだろう。だが、選択は真逆だ。一方は『見殺し』にすることを選び、もう一方は『生かすこと』を選ぶ。
「単純な足し引きであれな……生き残れる人数は二人」
「うん。だけど……ここで助けても償うことも変わる事もなく殺し続ける可能性はあるよね」
 ユゥリアリアの選択に、ぽつりと冷や水のように焔はそう言葉を落とした。それは、ユゥリアリアの懸念と同じ色彩をしている。少女は生きるためにそうする選択肢しか有しなかったのだ。
「ええ。ここで彼女を見捨てた方が、この後の数は逆転するかもしれませんねー」
「うん。ボクは『一番犠牲者が少なくなる』道を選ぶよ。
 登場人物だけを並べたら未来がなければ生き残れる人数だけで言えば、きっと……二人が最大。
 けど、これは迷宮の選択肢なんだよね。迷宮の外で起こった事だったら、捕まえて償って、やり直してって機会が与えられたかもしれない――けど……」
 この選択には先はない。少女に特別なアクションを起こすことも出来なければ、男の心を救うことだって出来ない。その場限りの命の選択だけが委ねられている状況なのだから。
「私は右の扉を選びます。皆さんの仰るとおり、『少女は助けたならばこの先も同じ事を繰り返す』
 盤上の駒の数だけで比べたならば、左の扉に進んだ方がその駒を減らすことはないでしょう。けれど、彼女は炉端の蟻を潰すが如く、咲いた花を摘むが如く、容易く罪の意識など有せずに人を殺すのでしょう」
 生きるために『仕方が無かった』と自身の中に納得させて.自分自身の命を長らえるために他者を害することに罪など抱かない。それを感化することは出来ない。特に、ヴァージニア・エメリー・イースデイルは貴族だ。民草の中に存在した葛藤や諍いに無用な私情を抱くことは出来ない。あるのは公平な判断と統治者としての冷静さ――それだけだ。


「ごきげんよう『人殺し』」
 そう、静かに。冷め切ったような柘榴の瞳は『仕事と割り切ったかのように』――はたまた、命の尺度を識ったかのような、かみさまの振りをして――イーリンは静かにそういった。ローレットへと届けられる仕事は様々だ。自身で選び取ることは出来ようとも、その中に誰も彼も、気安く殺せと、そう告げられることは儘ある事だった。
「妻の腹の中の子まで『未来』まで奪われたから。その腹いせ?」
 冷めた瞳は感情の色など無い。右の扉は、即ち死して往く少女の終を見守るだけなのだ。『運がなかった』なんて納得できるのか――出来なかったからこそ、この『右の扉の未来』があったのだろう。
「貴方は妻のことを『考えもしなかった』のよ。『想っていた』なんて言い訳が通るの?」
 ごろり。音を立てたのはイーリンが伏した血溜まりの中の少女を足蹴にしたからだ。足裏に感じたのは肉の感触だ。しかし、動くことはない。見開かれた儘の瞳が男を捕らえる。
「見なさいこれが『『末路』』よ」
 ――終わりね、アト。なんて、あっけない。
 呼ばれた気がした。そっと顔を上げてからアトは溜息を吐いた。善悪で人を判断することなど必要ないと『観光客』は観光気分で左の扉に手を掛ける。
 女のイカサマに手を貸すつもりなど無い。生きるために誰かを殺した。ならば、他のいきものに殺されるのは天理であり天命であり指名であったのかもしれない。賽は疾くの昔に投げられた。彼女が此処で命を失うこと等、当たり前でしかなく、もしもそれを捻じ曲げるとするならば骰子の目をひっくり返すようなものだ。
「お前は生きる為に殺さないのか。――殺した女の肉を喰らえ、殺した女の血をすすれ」
 それが生き物(けもの)の生き方だろうと獰猛な感情をむき出しにしたアトは拳銃を向けた。イーリンがそっと、その掌に重ねて首を振る。
「ああ、あいつは無意義の殺人を行った。
 やつの無意を有意にしようと僕はしただけなのに……救われぬ男だ」
「ええ、けれど。言ったでしょう? あっけないのよ」
 命なんてそんなもの――あっけない。
 あっけない。そんなこと、分かっていたとヴァージニアは目を伏せる。貴族というのは罪を看過せず、規範を示す者だ。
 ちら、と視線を送った焔は自身らは何も出来ないのだと。人を殺すことを生きるためだと認識する少女よりも罪に苛まれて泣き噎ぶ男の方が未来の可能性はあるのだと、そう感じていた。
(ボクは――これを、最良だと感じている……けれど、それが最善なのかは、分からない)
 焔が静かに首を振った。
「……気持ちは理解いたします。私も、あの日、姉様の命を奪ったあの者を手に掛けるだけの力があれば……きっと、そうしていたでしょう」
 骸と化した男の側でヴァージニアはそういった。理解はします、と。だが、彼とて人殺しだ。それに変わりは無い。故に、ヴァージニアは静かに言うのだ。
「貴方は然るべき処置を受けるべきです」、と。
「理由はどうあれ、あんたは少女の命を滅ぼした。
 復讐の否定はしない。だがそれは俺には関係なきことだ。更なる破滅の連鎖を食い止める為にも、あんたはここで滅ぼす」
 ルインにとってのそれは『自身の存在理由』であり確固たる意志だった。男はくそ、と呻いた.妻を殺し生き延びて下品にも笑っていた女は無為に命を奪い続けたとしても――自身は罰されるのか、と。苛立ったように立ち上がった男を『滅ぼす』べくルインは攻撃を重ねた.その命までは奪えず、完全な破滅ではない事を理解している.与えられるのはただの、社会的立場の破滅だけだった。

 考える上で、それがエゴだと言われる事は分かっていると公は言った。そもそもに置いて、『選択』は自分の考えの上であり、自分の都合に他ならないのだ。我儘、癇癪、子供の気まぐれ、そう言われてしまえば公は「そうだ」と口にするだろう。だが、それが譲れぬ信念であるのも確かであった。
「この扉の先に進めば、私は救われるわ」
「この扉の先に進めば、私は殺されるわ」
 そう告げられたときに、公は誰かが殺される事を黙ってみていられないと、そう言ったのだ。
 罪の無き女。妻の命を奪われた男。そのシチュエーションを見ただけならば、男は少女に復讐しなくては気が済まないかもしれない。それでも、自分のその手で人を殺めるような真似を為て欲しくない。
 どんな事情があったって。アレクシアとて分かっていた。目の前で今、その命を失わんとする少女を犠牲にすれば、誰かが死ぬ未来を避けることが出来るかもしれない。大を選ぶが為に小を捨てると言うその行いを恐れるように掌は宙を彷徨い、『少しでも可能性を残す扉』を選びたいと唇は震えた。
「私は……どんな人であっても生命が失われて欲しくはない。
 未来は、きっと明るくて……可能性は、多岐にあって……救いの手は、伸ばせるはずだから」
 信じたい.信じると言うことはこれほどに恐ろしいものなのだろうか。悍ましくも背筋を這いずる気配を飲み込んでアレクシアは踏み出した。
 少女を救うが為に、対峙することとなった男は「どうして」とシュバルツへとそう言った。お前達が守る女は俺の愛しい妻を殺したのだと、そう誹る。その言葉に唇を噛みしめることしか、シュバルツには出来なかった。
 自身は少女と同じ境遇だった。生きる為だと人を殺したことはある。だからこそ、他殺というものを恐れる訳ではなかった。
「悪いな旦那、恨むなら俺を恨んでくれ」
 ――少女が死んだ後には何も残っていない。だから、生かしたかった。
「確かに奥さんを殺された男性は復讐しなくては気が済まないのかもしれない。
 でもだからと言って自分のその手で人を殺めるようなことをしてほしくはない……貴方までが人殺しの罪を犯すことは無いんです」
 奥さんは、望まないと公が告げた言葉に男はがくりと膝をつく.もはや彼は脅威ではないだろう。
「盗みだけじゃ才能がなきゃ長生きできない……」
 サイズのその言葉に少女は噛みついた。『この街』が彼女の生きる世界だと言う様に、その冷たい視線が小さな妖精の肢体へと注ぐ。狩りの仕方を、野草の見分け方を、そうして『生きるため』の術を与えようとした彼に少女は言った。
「それを私に言って意味があるの?」と。この空間も少女も迷宮が見せたまやかしであれど、己のエゴが満たされるならばと知識を与えようと手を差し伸べたその手を、少女は払った。
「五月蠅い」
「な――」
「お前はそうやって生きてこれたかもしれない。獣を狩ることも出来たかもしれない野草を見分けられたかもしれない。けど、私は誰の庇護下にもないんだ。獣を狩れる力量があるかも分からぬ人間に簡単に知識を与えるな。それは手放しに識らないところで死ねと言ってると同義だ。人殺し、人殺し、人殺し――!」
 突如としてプログラムが暴走したように。立ち上がった少女は懐に潜めていたナイフをサイズへと突き立てる。突然の事に慌て、アレクシアが癒やしの手段を選ぶ。
 罵る少女のその声を聞きながらアトは目を伏せた。勝手なものだ、と言う様に。遣る瀬ないとでも言う様に。『人を殺しておいて』殺され掛ければそうやって罵るのだから人間とは何と汚い生き物なのかと其れをまざまざと見せつけるように。
「……この先どうするかはお前次第だ。何とも思ってねぇのかもしれないが、一つだけ言っておく。
 屍の上に生きるというのなら、簡単にくたばるんじゃねぇぞ。お前が殺した奴の分までな。生きて、生き延びろ。良いな?」
 シュバルツはそれ以上は言わなかった.少女の掌はサイズの血で赤く染まる。苛立つ少女のナイフがシュバルツに向けどそれを彼は容易く止めてしまう。
「死に急ぐな」
 低い、その声に少女は震えた。ひく、と喉が引きつった音を立てたのは気のせいではなかった――気のせいにしたかった。
 アレクシアは識っている。どんな事情があったって誰かの生命を奪う人を放ってはおけないと。誰かの生命を脅かし奪う人間を放置してはおけなかった。それ故に――
「私も、あなたの手を汚すことなく生きる術を探して欲しいと願ったよ。きっと、その可能性はあるでしょう……?」
「ボク達の我儘だって分かってる。突然、此れからの案を提案して手放しに生きる道を示してごめん。
 ……罪を償うための手伝いがしたかったんだ。将来、選ぶ未来が少なければ此の儘じゃ死ぬだけだ。だから――」
 公とアレクシアの言葉に少女はナイフをその掌から滑り落とし、泣いた。
「これからも続けるようでしたら、きっと次は貴女の命を奪いに来ると思いますので。そのつもりで」
 ユゥリアリアの冷めたその声に男は膝をついた。頭を抱え「なんで」と唸る。彼女が更生するかなど、分からない。ならば――ならば、殺しておけば。
 報われない末路が二つ。そう感じながらもユゥリアリアは「顔向け出来なくなることは、やめましょう」と静かに声を震わせた.それだけだった。

 ――この選択は『この分岐点だけ』。関われるのは、彼女が死に瀕したその刹那の偶然。
 ならば、と。焔は『生き延びた少女』と対話をした特異運命座標を見てから目を細める。最良とは、何だったのか。彼女を殺して罪を負った男は警邏に連行され、そして罪を償い乍ら日々を過ごすのだろう。元には戻らぬパズルを掻き集めるように二度とは訪れぬ幸福の中に溺れているのだろう。


「お楽しみいただけましたか」
「お楽しみいただけましたか」
 そこに現れたのは穏やかな女と、老い先短い老人であった。
 次の選択なのだろう、その背後から、小さな少年や幼い娘にひらりと手を振って歩いてくる男が姿を現した。気付けば、にんまりと笑ったそれらの前には石碑が置かれており、そこに乗せられた二つの硝子皿にはいくつもの氷砂糖が並んでいた。
「それは……『この階層』クリアのための氷砂糖ですー?」
 ぱちりと紅玉の瞳を瞬かせたユゥリアリアに小さな少年が肯いた。彼の背後より一歩、歩み出した老人は「説明が遅れて申し訳ありません」と微笑む。
「先程の選択では素晴らしい葛藤を見せて貰いました。……突然の問答で申し訳ありませんでしたね。
 私は――いいえ、私たちは『心を食う魔物』。便宜上、この回想の主と名乗りましょうか」
「主? それじゃ、聞きたいのだけれど。まず、その二つの硝子皿は『右』と『左』で生まれた氷砂糖という事かしら」
 イーリンの言葉に軍人の男は肯いた。選択の扉に入るまでは『選択される存在』の口を借りて魔物は言葉を発しているのだろう。軍人の男が頷いたと思いきやぎょろりと血走った目をした男が「選択の結果です」と告げた。
「結果? 選ぶことを強要されたと思えば結果発表だなんて実に不親切な経営だな」
 アトの毒吐く言葉に『総隊長』ペリカ・ロジィーアン(p3n000113)は小さく笑った。彼女は此度、選択を行わずに『撤退路』の確保のために動いていたのだろう。観覧席と思わしき場所に座らされ、ひらりと手を振っている。だが――危険が及んだならば、その身を挺してもイレギュラーズを助けてくれるであろうという信頼が確かにある。
「その氷砂糖はどんな結果発表なんだい? 些か、片方の皿の砂糖が少ないみたいだ」
 アトの指摘にシュバルツは確かに、と小さく頷いた。而して、常の通りに口を開こうと思えども、先程見た豹変した少女のかんばせがどうしても忘れられなかった。

 ――人殺し!

 その言葉に、この選択が正しかったのかと惑いが未だに後ろ髪を引く。シュバルツ=リッケンハルトは何時までも迷っていた。少女は生かした所で、彼女がこの先も殺し続ける可能性は確かに存在した。アレクシアが、公が与えた方『新たな未来の希望』は寄り添えぬ儘、手放し担ってしまう『選択の刻』だけではどうしようにも与えられぬものであったのかもしれない。サイズの提案を振り払い、罵った彼女の声を思い出し、重苦しい想いが胸を占めたが――す、と軽くなる。

 からん、と。皿の上に砂糖が乗った。

「増えた……?」
 そう呆然と呟いたヴァージニアに穏やかな女は頷き返した。誰かの心の葛藤が、惑いが、砂糖菓子を増やしたのだとそう言う様に。その心の揺れ動きを氷砂糖をして可視化して測っているのだろう。
「さあ、次の扉に進んで下さい。この次の選択は簡単です。
 皆さんが向かうのは極刑を命じられ死刑を待つ者達なのです。
 皆さんが殺害を選ばなければ永遠に牢の中に。皆さんが殺すならば刑が執行されます」
「皆さんは『今』長らえ娯楽も何もない永遠の牢で命が潰える様子を見続けますか?
 それとも、『今』それらの刑を執行して総ての終わりを与えることで償いを与えますか?」
 扉がある.その先は――牢に繋がっていると、そういった。
 心を喰らう魔物は只、笑った。

「皆さんの選択です。何が、救いというのでしょう」


 彼にとっての殺人とは、仕事だったのだろう。歴戦の戦士として、様々な戦場を駆け回った。敵対した者を殺さねば殺されているような場所だ。人命になど構っては居られなかった。
 それ故に、殺した。殺した。そして、殺し続けてから、彼に与えられたのは罪人の烙印だったというのだから皮肉なものだ。ルインにとってはそれは『相手の過去』だ。自身が掲げる破滅に何ら影響を与える者ではない。
「あんたは、多くの生命を滅ぼしてきた。そこには道理があるのだろう。
 戦いとはそういうものだ。それを責めるつもりはない。
 だが、俺は破滅をもたらすものを滅ぼす存在。それゆえに俺は、あんたを滅ぼす」
「ああ……そうかい」
 男は静かにそういった。立ち上がる。『抵抗しても良い』と男は言われていたのだろう。死に物狂いで戦いを挑んでくる。それは、ルインに勝てば『此処から抜け出せる』とでも信じているかのようだった。破滅の気配が濃い。内包した破滅をオーラとして発しながらルインは戦士と戦い続けた。頬に掠めた戦士の剣が赤い血を纏う。
 破滅の色だ。
(――そして俺も、いつの日か滅ぶべき存在。
 破滅を滅ぼすなどという道理も、所詮は俺のエゴでしかない。
 あぁ、分かっているとも。それでも己の破滅の日までは我を貫く他に無い)
 だから、ルイン・ルイナは殺した。己を貫かねば、どうして自我を保っていられるというのか。

「殺したいから殺すか……自分の心を抑制できなきゃただの獣だよ。……人を殺めてるならただの危険な害獣だな……」
 サイズはそう溜息を吐いた。じゃらり、と音を立てたのは『自身』とかりそめの肉体を繋ぐ青い鎖。妖精の血が滲み込んだ美しい刃の先に妖精の加護が絡みつく。
「害獣? けど、よく考えろ。人を殺す事を果たして否定できるか?」
「さあ……けど……殺す気ならば逆に殺される覚悟は勿論出来ているんだよな?
 俺が殺される覚悟? ないな……。
 だって俺金属がコアだから死ぬという表現は適切じゃないと思うし……まあ、壊れる可能性があるが…完全破損じゃなければなおせばいいだけの話だ」
 サイズの言葉に男はからからと笑った。人を殺すことを日常の食事と同義のようにルーティンで行っていた男はサイズの言葉に腹を抱えた。頃好きならば殺される覚悟が出来ているんだよな、と彼は問うた。だが、自身は出来ていないと、そう言うのだ。
「俺も殺される覚悟はないよ。何でって、お前が出来てないからだ」
 そう告げて、男が至近距離へと詰める。紅の色が舞う。魔術と格闘を織り交ぜた攻撃を行いながらサイズは静かに呻いた。

「穏やかな顔してようが、何人も殺してるのは紛れもねぇ事実なんだろ」
 その女は聖女のように微笑んでいた。栗色の瞳は柔らかに細められ、緩やかに巻かれた亜麻色の髪は、休日のアフタヌーンティーを楽しむかのように朗らかだ。彼女が幾ら穏やかに微笑んでいようとも、殺人犯であり、投獄されていることには変わりが無いことをシュバルツは識っていた。識っていたからこそ、そう問いかけた。
「ええ、そうね。……だから、殺すの?」
「……罪人として捕まった時点でアンタは終わっちまったんだ。せめて、楽に死なせてやる」
 其れがせめてもの救いであろうとシュバルツはそう言った。ゆっくりと立ち上がった女のフレアワンピースが緩やかに揺れる。愛らしく微笑んで、首を傾いだ彼女は何も罪など知らぬような顔をして「貴方だって、人殺しなのに」と嘯いた。
 そうだよ、とシュバルツは呟く。至近距離、夜色が煌めいた。闇を裂くように、振るわれた対は世界法則を計算式に置換する。切り裂くが為、命の終わりを求めるように。
 残像が揺れ動く。二度切った。三度切った。何度も切った。命が潰えるそのときまで。
(――……何が正解かなんて分かんねぇよ。ただ、後悔しない選択をするだけだ)


 ――ああ、満ち足りない。
 生きることを欲すがゆえに誰かを殺すものはいないのか。
 この牢獄で最も生きることに執着するものはいないのか。

 アトの中に燻る獰猛な感情に名前をつけることが出来たならば。それはどう言い表されるものであったか。事情があったかは識らない。だが――目の前に存在する男は愛おしい娘の事を思い生きているらしい。
「……ああ、お前か。今死ぬ訳にはいかないという強い意志を感じる。
 来い、お前を殺し、道理を通す――今度こそだ」
 アトのその言葉に男は叫んだ。うおお、と喉の底から獰猛な感情を溢れさせて。それはアトを殺すことで生き残る可能性をちらつかされた事での行動だったのだろう。足に力を込めて飛び込んだ。そんな、子供のような太刀筋で殺せるものか、とアトはそう思った。ホルスターに収めていた二丁拳銃を投げやる。
「今から僕はお前を殺す。拒否権はない――故に、だ」
 死ぬ気で生き残ろうと。生き残って外に出たいというならば。生にしがみつけ、意志を見せろとアトは言った。それでいい。殺すつもりでかかってくると言うならば――お前を選んだ甲斐がある。

「また、選ばないといけないんだね」
 焔は、そういった。明るい笑みは今はそこには存在していない。ぱたり、と牢の扉を閉じてから――ゆっくりと目を伏せる。
「ボクは前の扉で償うことも変わることもないならって彼女を見殺しにすることを選んだ。
 それなら、償いきれない大量殺人をして来た人を助けることを選ぶわけにはいかないんだ」
「そうか」
 椅子に姿勢良く腰掛けた老人は穏やかな笑みで焔の紡ぐ言葉を聞き続けるだけだ。禿げ上がった頭に清潔そうな衣服に身を包んだ死刑囚は今から訪れる最後に微笑みを浮かべ若人の選択を待つだけなのだろう。
「それに拒否したとしても、結局死ぬまでずっと牢に囚われていることになるなら……。
 どちらの選択でも死に繋がっているなら、この人を選んだボクがその死を背負っていかなきゃいけないと思うから」
「お嬢さんが、背負うのかい? 君の方には沢山の荷物乗って居るんだね
 それほど、沢山背負い込んで、此れからどうするんだい? 二度とは下ろせない命(にもつ)は何時か君を潰してしまうさ」
 老人の微笑みに焔はぐ、と息を飲んだ。手に馴染んだ武器を握りしめ、赤々と焔を漂わせて、唇を噛む。
「せめて死後に迷わないように、ボクの炎で道を照らしてあげられるように――さようなら」


「ご機嫌ようー」
 にこやかに、ユゥリアリアはそう言った。魔術の神髄を識った美しい娘は常と同じように懐中時計の針の音を聞きながら微笑むだけだ。
 選び抜いた死刑囚は特殊性癖――それは決して彼が悪かったわけではないのだろう。偶然、それを好んでしまっただけであるのかもしれない――の男だ。にこりと微笑んだ彼はへらへらと笑って「ご機嫌よう」と毛明日。
「私は貴方の死刑を執行しに来たのです。まず、貴方にお聞きしたいことがあるのです」
「はは、君みたいな美しい子に聞いてもらえるなんてうれしいなあ」
 にたにたと笑った男にユゥリアリアは目を細める。ああ、きっと、選択肢などこの場合は存在していないのかもしれない.そう思いながらもユゥリアリアはにこりと微笑む。
「こうして囚われて人を殺せぬ事を貴方はどう思っているのでしょう?
 満足しまして? それとも、まだまだ殺したいと死ぬことを厭うているのでしょうか」
 ユゥリアリアに死刑囚の男は椅子から立ち上がって「そりゃあねえ」と彼女を値踏みするように足先から髪の一本まで逃さぬようにじろりと見やった。睨め付ける事も無く、ユゥリアリアは『死刑を担った者』として微笑むだけだ。
「ボクはね、内臓の美しさに魅せられたんだ。美しい臓器が脈動をし、失われるまでのその刹那。
 血が引いていくその瞬間まで。その甘美さが僕を捉えて放さない.其れを見れないのはねえ、酷く、残念なんだあ」
「模型などでは?」
「満足できないさ! リアリティ、そう。リアリティだよ。わかるかなぁ」
 にたりと笑った男にユゥリアリアは武器を下ろして微笑んだ。その美しい瞳は感情を悟られぬように笑みと言う名前の仮面が被さり続けている、
「殺しませんわ」
「ぁえ?」
「其れでは、ご機嫌よう」
 そっと背を向けた。ユゥリアリアは狂った男が一番嫌がる選択肢をとりたかったとそういった.其れこそが彼にとっての死であると。苦しめ、苦しめ、殺した者達のせめてもの供養だ。何が、臓器が美しいだ、とユゥリアリアは扉を閉めてから深く息を吐く。
 永遠に牢の中で『二度とは見れぬ美し臓器』を想像して嘆き悲しんでいれば良い――!

 処置を行えとそう『一任された』以上ヴァージニアは悩むことなど無かった。当然のことだ。殺人を行うほかにない。軍人と言うことは自身と同じように命令に従っていたのだろうとヴァージニアは背筋を伸ばし正座をした男の前へと立った。
「こうして拘束されているからには何か事情があるのでしょう? 何らかの罪があるから故……」
「はい。私は上官の指示を受けて民の虐殺を行いました。進軍の最中、生き延びなければ任務の遂行に支障を来すが故に近隣の村を賊の振りを為て遅い、物資を入手しました」
 ぴくり、とヴァージニアの掌が震えた。迚も不幸せな絵本を握りしめたその指先から血の気が引いていく。
「それで……?」
「任務遂行後、その村で生き延びた者が軍部による略奪であったと証言しました。その際に上官は私の単独行動であったとそう言ったのです」
「……そう、そうですか。ならば、国が罪であると――」
 軍人は肯いた.ゆっくりと立ち上がった彼の前で魔笛な力を純粋な破壊力として放出したヴァージニアは「裁かねばなりません」と低く呟く。
 そうだ。罰さねばならず、裁くべき存在だ。王命であるというならば従することこそが貴族としての責務なのだ。罪なき民草を殺戮したこの軍人の命を――奪わねばならない。
 だと、言うのに自身の心の中に渦巻く気持ちが恐れのように沸き立った。悍ましい.そんな感情識らなかったというのに!
 ヴァージニアは、躊躇ってはいけないと、その双眸に男の亡骸を映す。自身の魔力が、人を殺したのだと、実感が一気に沸き立って背を通り抜けた。


 幼い少年。彼が人を殺したというのだから公は救いがないと感じていた。生きるために、あるいは、殺したいから。それは蟻を潰すような幼い頃の残酷さなのかもしれないとそう感じる。どちらにせよ、それは『そう言う生き方しか識らなかった』事に付随する行動なのだろうとさえ、そう感じていた。
「ボクは、それ以外の生き方をキミに教えてあげたいと思ってる。
 人は人を殺さなくても生きていけるんだ。人が死ぬと言うことはその人の未来――将来行ったかもしれない『可能性』まで失われるんだ。総てが失われるって事なんだよ」
「けど、どうして生きていないといけないの?」
 少年の言葉に公はぐ、と息を飲んだ。少年の純粋無垢な残酷性は霞まない。どうして倫理というものを学ぶことが出来るのだろうか。公は感じる。結局は人を殺してはいけませんという当たり前のように存在した倫理という『好み』を押しつけているだけなのかもしれない、と。
「失われるかもしれない命を黙ってみていられない。そう感じる人が居ることは分かる?」
「分かる」
「そっか……ふふ、それならいいんだ。ボクは自分が憧れた『主人公の生き方』を求めてるから――ボクは、キミを殺さない」
 話をしよう、と手を伸ばす。残忍な少年は丸い瞳で「どうして」と問いかけるだけだ。

「こそどろさん、何故殺したの?」
 イーリンはまるで友人に語りかけるようにそう聞いた。柔らかな桃紫の髪でも、銀月の瞳でもない。暗い闇の色を幾重にも重ねたかのような少女は「生きるためだ」とそう言った。
 ああ、親友の『こそどろ』さんもこう言うのだろうか。ああ、いや、彼女はこんなへまはしないかとまで考えてからイーリンはくすりと笑う。
「奪っても満足できないから殺した。言ってみる?『私から奪ったものを返せ』って」
 嘲る。刃を受け止めたその身に傷が刻み込まれた。それは自身の贖罪のように幾重にも刻まれる。嗚呼、こんな様子を『見た』ならばやめなよ、と手を引いてくれる人が居ることを識っていても――イーリン・ジョーンズは総てを受け止め続けた。
「――言ってよ『また殺すんですか『彼女』の時みたいに』って」
 ぴた、とスリの動きが止まる.何を言っているんだと伺うように、イーリンを見上げたその瞳は怯えを孕んでいた。
 痛みは私を満たさない。優しいあの子は言葉にも出さない、だから。
 イーリンはにこりと微笑んだ。今から人を殺すという顔もせずに。氷砂糖のような甘やかな笑みを蕩けさせて。
「私は、結末を見届ける権利と義務がある――ありがとう」
 倒れ伏した女を覗き込む。射干玉のその色に映る未来を見る私は、嗚呼、『こんな色』を為ていたのね。

「……一方から見れば死神のような存在でも、もう一方から見れば英雄だ……あなたは、そんな人だったのかな」
 アレクシアはそっと、小窓から差し込む光を見上げてそう告げた。椅子に深くもたれかかった男は「そうさな」と窶れた様子でそう呟いた。彼に戦う意志は――無いのだろうか。アレクシアも武器を手にしては居ない。ただ、伽藍堂の部屋の中を見回すだけだ。
「私は、あなたの処刑を頼まれた。だから、あなたを殺すべきなんだろう。
 そしたら、きっと色んな人が喜んでくれるだろう……何より、あなたがこれ以上手を汚すこともなくなる」
 そっと、唇を震わせた。アレクシア・アトリー・アバークロンビーは『英雄』たる男のことを考えた。彼は人を救うために命を奪ったのだろう。しかし、英雄と称えられた。視点を変えれば彼は英雄で、人殺しで、そして、今はちっぽけ蒼と子だった。
「…………でも、それは同時に、あなたが誰かを救うことはなくなる。
 いつか牢獄から出て、また英雄と呼ばれることもなくなる。
 私は……その未来を潰えさせたくはない……だから、殺さないよ……」
「君は私が永劫の澱から出られると思っているのかい?」
 そう、問われたときアレクシアの脳裏に過ったのは永遠の牢とそう告げた『選択』の言葉であった。ずきり、と胸が痛む気がする。惑いが生まれる.砂糖がぽろりぽろりと増えていく感覚がどうしえてか感じられた。
(……これでいいのかな……兄さん……。
 私はヒーローに……あの御伽噺の『天使』になりたいと願ったのに……)
 こんな、こんな選択。他者に任せるだけのあるかも分からぬ未来に縋っている。
 これは――どちらの『選択』も、ただ、自分の手が汚れることを怖がっているだけなんじゃないかと、そう疑問が首を擡げた儘だった。


「いやぁ、手ひどくやられたわ」
 クスクスと笑ったイーリンにアトは「驚いた」と淡々と返す。
 静まりかえった空間にペリカはとことこと歩いてきた。周囲を見回して「何もないのかねい」と眼前の扉を見やる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
 そう口を開いたのは血塗れになった少女と、まだ生きている少女だった。
「ご満足いただけましたか?」
「ご満足いただけたようです」
 一方は、イレギュラーズを、もう一方は虚空を見上げてそういった。
 彼女たちが繋いでいた手をぱ、と離す。背後に存在した重苦しい扉に引っかけられていた錠前が音を立てて落ちた。その様子を振り返ったルインは破滅の気配などとうに去ったこの回想が暗闇だけの空間だったと気付く。
 踏み出せば、暗闇の中で何かの瞳が笑っている。――ぺろ、と舌が覗いた。暗闇に並んだ牙が石碑ご食事を為ている。

 ごちそうさま――

成否

成功

MVP

ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫

状態異常

ツリー・ロド(p3p000319)[重傷]
ロストプライド
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
アト・サイン(p3p001394)[重傷]
観光客

あとがき

 このたびはご参加有り難うございました。
 沢山の選択、とても素敵でした。MVPは『最も悩んだ』貴方へと。

 それではまた、お会い致しましょう。

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