PandoraPartyProject

シナリオ詳細

青より出でアイより――シ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●なんて事のない日常
 深緑『アルティオ=エルム』の南部、傭兵こと『ラサ傭兵商会連合』との国境線のほど近くにて、2人組の幻想種が調査を行っていた。
「博士、この樹木なんですが……」
 青色の髪をした幻想種の女性が束になった資料を纏めて鞄へとしまい込みながらちらりと視線を向ける。
 声をかけた相手――博士と呼ばれた幻想種はじぃっと天高く伸びる大樹に手を添えて目を閉じていた。
「……博士?」
「……ん、なにかな?」
 幻想種が呼びかけると、博士――エルリア・ウィルバーソンは振り返ると共にふわりと花の香りが舞った。
「……いえ、こちらの樹木なんですが、なんだか調子が悪いみたいです。
 この一帯で樹木の傷みが特に激しいのがこれですから、もしかするとこれが原因なのでは?」
「本当? ちょっと見せてほしい」
 エルリアはそういうと、ひょいッと身軽に木の根を越えて青色の髪をした幻想種の隣に並んだ。
 手を樹木へと添えると、目を閉じて静かに意識を集中する。
「……確かに、なんだか弱弱しくなってるね……ちょっと詳しく見てみようか」
 掌に浮かび上がった魔方陣をそっと樹木に向けて、撫でる様に動かしていく。
 一緒にいる幻想種の女性はその様子を見ながら、じっとエルリアの様子を見守っていた。
「あぁ……もしかすると、これはあれかもしれない」
 そういうと、エルリアは肩にかけていたカバンから一本の注射器を取り出して樹木に注射した。
「さて、この辺の木はもうよさそうかな……そういえば、この先の砂漠との境界線だよね?」
「えっと……」
「ほら、新しく開発した砂地でも育つ木の……」
「あ、ええ! そうですね。たしかに、そのあたりに出ると思います。ですが……」
「なにかあるのかな?」
「いえ、もうそろそろ日が暮れる時間帯です。ここ数日は研究所にも帰ってませんし、もうそろそろ一度帰ってもいいのではないでしょうか」
「……そういえば、今日で……あれ? 10日目とかだっけ。そうだね……一回帰ろうか」
 少しだけ考えて、エルリアが頷いた。その様子を見て、幻想種はほっと安堵の息を漏らす。
「……でも、もう時間が時間だし、今日はもう一泊した方がいいと思うんだよ。ここならほら、多少は安全だろうし」
 そう言ってエルリアは周囲を見渡した。
 野外の焚火と、やや開けた空間。何よりも、少し奥にはログハウスが一つ。
 ここは、エルリア達が借り受けている出張所のような場所でもあった。
 下手な時間に動き出して真夜中に森を彷徨うよりも、今は一休みして明日の朝一で帰り始めた方が時間の心配がない。
 それも事実だった。勝手知ったる深緑の迷宮森林と言えど、敵性動物や植物を相手に真夜中の移動は危険度が高い。
「それは……確かにそうかもしれませんが……」
「大丈夫だよ。ここなら……ね?」
「はい……分かりました」
 引き続いていうエルリアに、幻想種は圧されるように頷いた。

 日差しが消えて、窓辺には月の明かりが伸びてきている。
 外からは獣や鳥類の声が聞こえ、時折、風に靡く葉の音も心地よい。
「それでは、博士。おやすみなさい」
「うん、お休み」
 ぺこりと頷いて、幻想種の女性が自分の部屋へと立ち去っていく。
 その姿を認めて、エルリアは自分も部屋の中へと戻った。
 そのまま倒れこむようにしてベッドに寝転ぶと、やがて瞼が静かに落ちてくる。
 眠気に身を任せれば、やがて少しずつ呼吸が寝息へと変わっていく――――

●非日常からの呼び出し
 その日、深緑にあるローレットの支部へと訪れた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はある依頼を見るや、受付の方へ飛び込んだ。
「エルリアちゃんが行方不明ってほんと!?」
「炎堂焔さんですね。はい、そうなのです。直ぐに説明させていただきます。こちらへ」
 アナイス(p3n000154)がそう繋いで、一つのテーブルの方へと彼女を案内する。
 そこには他にもイレギュラーズが数人、集められていた。
「事件は4日前のことです。その日から更に10日ほど前からウィルバーソン博士は研究と診断のために、深緑の南部国境近辺に赴かれていました」
 イレギュラーズを見渡して、アナイスは説明を始めると共に資料を手渡していく。
「妖精郷の件はありますが、それを除けばザントマン事件以降、比較的深緑は平穏でした。
 そのため、研究を再開し始めていたそうです」
「この、拠点ってところは見たの?」
「はい。先に博士のお弟子さんが戻ってこないからとそちらへ向かったそうなのですが……」
 そういうと、アナイスは一枚のスケッチを見せる。
「行ってみた結果、このように拠点だったログハウスは太い蔦か幹のようなもので覆われ、とても入れない状態でした。
 数百――いえ、数千年は放っておかねばこんなことにはならないでしょう」
 そういうと、アナイスは呼吸を整え、もう一枚、絵を取り出した。
「現場にはまだ彼女達がそこにいた形跡がいくつかありました。
 なのでここで何かがあったのであろうと……ただ、この様子です。普通の探索者ではとても難しいでしょう。
 ここはイレギュラーズに任せた方がいいとお弟子さんの一人が駆け込んでまいりました」
 イレギュラーズに更なる資料を手渡しながら、最後に一つ、とアナイスが呟くように言う。
「ここ半年ぐらいでしょうか……迷宮森林のある場所に赴いてからというもの、エルリアさんのご様子は少し不自然だったと聞きます。
 何かに囚われているような……ただ研究に熱心というのとは違う、どことなく自然以外に興味がなくなったような……そんな感じだったと」
 そう言って、アナイスは君達に視線を巡らせた。
「お弟子さん達からの依頼は、ウィルバーソン博士と、お弟子さんの捜索及び発見です。
 生きていて博士がより研究の継続を願うようであれば、連れもどすことまではしなくていいとのことですが……」
 何か嫌な予感がする。そう、アナイスは締めくくった。

GMコメント

こんばんは、春野紅葉です。
こちらは炎堂 焔さんの関係者依頼となっております。
あの日からもうじき1年……遅くなりました。
申し訳ないです。それでは早速始めましょう。

●オーダー
エルリア・ウィルバーソン及び弟子の捜索、発見


●舞台
2階建てのログハウスです。1階はリビングのような場所やキッチン、応接間、浴室などがあり、2階に個室があるようです。

ログハウスの周辺はとてつもなくでかい蔦や幹に覆いつくされており、侵入自体が難しくなっています。

また、これらの蔦や幹にはなにやら自衛機能があるようで、攻撃を受けると反撃してきます。

●ユニット

<エルリア・ウィルバーソン>
捜索対象1
普通に考えれば、恐らくは割り当てた個室にいると思われますが、分かりません。
彼女の性質を思えば、もしかすると何らかのフラッシュバックが起こりえるでしょう。

<青髪の幻想種>
捜索対象2
普通に考えれば、恐らくは割り当てた個室にいると思われますが、分かりません。
エルリアさんのお弟子さんであり、普通の幻想種です。

<巨大な蔦・幹>
館に巻き付いている巨大な蔦です。
自身を鞭のようにしならせ、扇状に薙ぎ払う攻撃、日光を束ねたような一直線上を打ち抜くレーザー砲のような攻撃を行ないます。

<???>
謎です。とにかく謎ですが、どことなく異質な気配を感じます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 青より出でアイより――シ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月05日 22時01分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
すずな(p3p005307)
信ず刄

リプレイ

●其は人を拒み栄う最果て――〔routeA〕〔routeB〕
「確かに、ただの植物ではないようですね
……何かの要素を与えられて急激な成長が促進……或いは、更に加えて変質があった、と、言う所でしょうか」
 現場に到着した『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は遠巻きにログハウスを眺めながら考えを纏めて呟いた。
 青々とした木々は陽光のきらめきに合わせて微かに黄緑色の光を放って辺りを包んでいた。
 周囲には小鳥たちの囀りも鳴り、一見すると殆ど不自然なところはない。
 ただ、そうただ、綺麗に組み上げられたログハウスに纏わりついた巨大な蔦だけが異質であるといえよう。
 ずんぐりとしたその巨大な蔦の始点は明確に分かりにくいが――どうにも、ログハウスの後ろから生えているようにも見えた。
「何かの実験に失敗でもしたのかな?」
 同じように現場を見上げる『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)も首を傾げる。
「研究成果……そう、ただの研究で起こった事故か何かなら、まだ良いんだが。どうもきな臭い予感がするな」
 スティアの言葉に『神威の星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)がそう返す。
 日差しを帽子で遮り、じっと静かにログハウスに纏わりつくそれらを観察する。
「一体この森には、何があるんだろうね」
 マルク・シリング(p3p001309)もその様子にただならぬ物を感じながら、ファミリアーの小鳥の頭部を撫でる。
「炎堂さんのお友達の救助だって? おう、手伝う手伝う!
 一度でも肩を並べて戦ったなら戦友。その戦友の友達の危機ってーなら助けなきゃーな!」
 現場を見る前にそう言っていた『翡翠に輝く』新道 風牙(p3p005012)も状況を見て、ログハウスを下から上に流すように見れば、そっと振り返る。
「……何やらかしたんだ? あんたの友達……」
「分からない……でも……」
(これが話にあった蔦? たった数日でこんな風になるなんて……
 ログハウスの中は大丈夫なのかな、お願いエルリアちゃん無事でいてっ!)
 現場を見た『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はカグツチ天火を静かに構え。
「正直嫌な予感しかしませんね、変な気配もぴりぴりしてますし……!」
 尻尾と耳が反応してビリビリしている『三者三刃』すずな(p3p005307)も竜胆を構えた頃だった。
「とりあえず中に入るためにあの蔦や幹をどうにかしないと!」
「うん、何が起こっているのかはわからないけど、何かがあるのは間違いなさそうだね……手遅れになる前に急ごう!」
 スティアの言葉に頷いた『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は両手のブレスレットを起動する。
 イレギュラーズ達の動きに反応するように、蔦が動き出す。
 それよりもはるかに速く、風牙が飛び出した。
 瞬時の超加速と共に雷の如き高速で駆け抜けた風牙の槍が、くぱっと口を開きつつある蔦に一撃を叩き込む。
 炸裂の後の刹那――蔦が裂ける音が響いた。
 蔦が風牙の方へと向いていく。
 アレクシアはそれを見上げながら、魔力を練り上げた。
「《アキリエ・ミレフォリウム》――――」
 アレクシアの正面に紅花を模した魔法障壁が浮かび上がる。
 どんなこんなにも折れることなき障壁だが、これの真骨頂はそこではない。
 その本質は術者への強化魔術だ。
 完全に口を開いた蔦の中身に、急速に光が収束していく。
 それが放たれる一瞬前――束ねられた光を遮るように、蔦に花が咲いた。
 もちろん自生の花であるものか。花は一瞬にして爆ぜ、花弁となって蔦を穿つ。
 ひらひらと残滓が舞い散り、地面へと落ちていく。
 蔦はその反応に反射するようにしてアレクシアの方へとくっぱりと口開いた部分を曝け出し――直後、まばゆく輝く極太の熱線が放たれた。
 高められた魔力障壁を超えた微かな一撃が僅かにアレクシアの身体を焼いた。
「何があったらこんな事になるの……?
 普通のログハウスだった場所がレーザーを出す蔦に覆われるなんて……普通じゃなさすぎる!」
 アレクシアを撃ち抜いたレーザーを見た『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)が思わず声を上げた。
 ウィリアムは魔導書を紐解けば真っすぐに蔦に向けて魔術を放つ。
 星の輝きが蔦を囲い、激しく瞬いた。それは花の如く咲き散る。
「どうにも不可解なことが多く、疑うべき点はいろいろ多そうだけども……一度色んな先入観を無しにして捜索に当たってみるべきかな」
 異様な蔦を見上げた『ただひたすらに前へ』クロバ・フユツキ(p3p000145)は二振りの愛刀を抜き放ち、大地を蹴り飛ばすように駆け抜けた。
 思い描くは邪剣の極意。蔦を削るように鋭く走った紅と黒に彩られた太刀が斬傷と共に爆発し、微かな傷口を作る。
 雷鳴の如き轟音と共にもう片方のガンエッジが重く裂けた部分に突き立ち、火を噴いた。
 双刀に秘められたソウルイーターが蔦に宿る膨大な力の一部を吸収する。
 しゅるしゅると伸びてきた比較的細めの蔦が鞭のようにしなってクロバを払う。
 アリシスの周囲を揺蕩っていた宝珠が、彼女の手に収まった。
 詠唱と共に宝珠から月光を集めたような光を放つ。
 その光は鮮やかな輝きに反して呪いを押し付ける魔術だ。
 炸裂した蔦に染みわたるようにして溶けた矢が、内側から数多の概念を押し付ける。
「この蔦みたいなの、エルリアちゃんがまた変な新種の植物でも作ったのかと思ったけど……
 こんな危ないのは聞いてた研究のテーマとは全然違うよね……」
 彼女から聞いていた研究テーマは人と植物の共栄共存。
 そういう観点から見れば、人を追い払おうとするかのようなこの植物の在り方は全然違うどころか正反対にも等しい。
(半年くらい前から様子がおかしかったっていうのも気になるけど……
 それより今は早く見つけて助け出してあげなきゃ!)
 手に握るカグツチの光が焔の感情を感じ取るように燃え上がる。
 蔦へと一気に近づいた焔はカグツチをより一層燃え上がらせると、殴りつけるように連続した突きを叩き込む。
 爆発的な火炎性質が蔦の表面に炎を宿す。幸か不幸か、蔦自体が大きすぎることもあって森やログハウスへと燃え移ることはない。
 すずなは仲間たちの連撃を受ける蔦に間合いを整え、竜胆を閃かせた。
 霊妖併せ持つ不思議な美しさを帯びた刀が切り傷浮かぶ蔦を切り裂き、抉り、破砕する。
 途方もない生命力を感じさせる樹木ではあるが、手数が多いわけでも、防御技術を持つわけでもない。
 一度、二度、三度と繰り返されるすずなの太刀筋はそのほとんど吸い込まれるように蔦を刻んでいた。
 サクラは蔦ではなく、幹の方へと走りぬけた。
 蔦全体が仲間達に掛かり切りなこともあってがら空きなそこは、思えば植物の本体ともいえる――そう考えての事だ。
 聖刀を抜く。じんわりと自分の体力を持っていかれているかのような感覚をねじ伏せ、サクラは踏み込んだ。
 兄譲りの凍気を帯びた刃が幹を斬り付ければ、裂傷が刻まれ、その傷口が瞬く間に凍てついていく。
 スティアはセラフィムを紐解き、魔力を高めた。
 ふわふわと天使の羽根が舞い散り、真正面からレーザーを受けていたアレクシアの方へと降り注ぐ。
 花と羽、そして羽に導かれるように降り注いだ優しい光に飾られた幻想的な景色と共に、受けた傷が瞬く間に癒えていく。
 マルクの手に握られたアムネジアワンドが大自然の魔力を吸い込み、魔力を練り上げる。
 放たれたるは祝福。大いなる天の使いの救済を思わせる高度な回復術式が、クロバの傷を癒していく。
 いつでも対応できる距離、そして互いに回復の柱となるスティアとの距離を保ちながら、再び動き出した仲間たちの様子を見るのを忘れない。

 イレギュラーズの戦いは非常に順調に進んでいった。
 圧倒的なサイズ感に違わぬ生命力はすさまじいものがあったが、順調に削り落としつつある。
 意思を持つというよりも刺激を受けて反射行動をしているような動きのため、対応に難しいところがないというのが大きかった。
 その分、顕毒の秋花によるひきつけを担うアレクシアの傷は深いものがあったが、スティア、マルクと高度な治癒魔術を使う者が2人いることもあって、アレクシアを打ち倒せるほどではない。
 風牙はまっすぐに駆け抜けると数多の傷を受けた蔦の傷口へと高速の刃を叩き込む。
 青き彗星の如き刺突が深く蔦を削り取り、大きくたわませた。
 ウィリアムは魔術を構築し、その手に一本の青く輝く剣を形成させると、それを握り締め走り抜けた。
 その剣にやがて帯びた疑似神性を用いて薙ぎ払う。
 神性を帯びた星の剣によって裂傷を受けた蔦が呻くようにぶるりと動く。
 クロバは揺らめく蔦へと駆け抜ける。
 己が鬼気を爆発的に高め、より一層と刀身の焔を高め、叩き込むは変幻の刃。
 まるですり抜けるような独特の動きに惑わされ、傷口から外そうと試みた蔦がかえって樹皮を曝け出す。
 曝け出された傷口めがけ、焔はカグツチを叩き込む。
 刺突と同時に神炎が剥き出しの樹皮の中で爆炎を放つ。
 熱い風に煽られて髪が舞う。
 アリシスの手に収まった宝珠が輝きを放つ。
 自身の意志を月光の矢に載せて傷を負った蔦の一部へと叩き込む。
 風を切り、燐光を伴うそれが露となった樹皮の内側を強かに穿つ。
 アレクシアは深呼吸と共に魔力を籠め上げる。
 敵の傷を見るに、恐らくは最後になるであろう花が蔦に蕾のように形成されて咲き誇り、その花弁で切り刻む。
 プルプルと震える蔦の動きは確かに鈍っていた。
 邪剣の極意をその身に宿したサクラは凍気帯びた一撃が幹の露出した部分を断ち割る。
 ほぼ同時に、すずなの竜胆が蔦の露出した部分を幾度となく切り刻む。
 その巨大な蔦が、幹が、ざっくりと斬り開かれた部分を中心にぽっきりと折れて落ちた。
「中に入る前に傷を癒そう」
 マルクは微動だにしなくなった蔦の様子を確かめると、傷を負ったアレクシアに大天使の祝福をもたらした。
 その一方で、スティアはセラフィムを展開すると、仲間達を近くに呼び寄せて聖域を構築。
 空へと浮かび上がった魔方陣から天使の羽根が舞い降り、羽が触れた仲間達に気力を取り戻させていく。
 天使の羽根が降り注ぐ中で、焔の足元にいつの間にかリスが姿を現していた。
 一通りの休息が終わると、マルクは鳥を空へ放つ。
「……これは」
 アリシスの方は、どこから植物が生えてきているのかを見に周囲を回っていた。
 そして、見つけたその根元は――ログハウスの二階、そこにある窓を突き破るようにして生えていた。
 アレクシアは近隣の植物に会話を試みていた。
「この前の夜、突然生えてきた?」
 詳しく聞けば、ローレットに依頼を持ってきた幻想種たちがこのログハウスを訪れる前の晩のようだった。
 ということは、ただの一日であれほどの物が生えてきたことになる。
 外からわかることをあらかた調べおえた10人はログハウスの入口へと足を進めた。

●慈しむべき我らの故郷――〔routeA〕〔routeB〕
 扉を徐々に開き、中に入る。
 ログハウスに巻き付いていた蔦のせいもあって、光のほとんど通っていないログハウスの中はかなり薄暗かった。
 焔がギフトで光を放ち、マルクも集中して指先に蝋燭程度の光を灯すが、それだけでは部屋全体までの輝きはない。
「光は……これですか」
 暗視を持っていたアリシスが近くにあった物に魔力を通せば、やがて部屋全体を明かりが包み込んだ。
 ログハウスの中は綺麗な物だった。
 「なんだ、この匂い?」
 きょろきょろと周囲を見渡してみたクロバは、不思議そうに首を傾げた。
 ほんのりと香る、何か、どこか甘ったるいような物。
 キッチンにデザートでも放置されているのかとも思ったがどうにもそうではなさそうだ。
「まずは二手に分かれて個室から調べよう」
 マルクの言葉に頷きあって、メンバーを半分に分けていく。
 クロバ、アレクシア、マルク、アリシス、風牙の5人でA班として助手が割り当てられたという部屋へ。
 エルリアの事を知っている焔、それにスティア、ウィリアム、サクラ、すずなでエルリアの割り当てられたという部屋へ。
 二つの班ではあるが、二階に行くまでは同じ。
 警戒しながら、一歩一歩、二階へと昇っていく。
 廊下にはなにも変わったところはない。
 まずは手前の助手の部屋にA班がたどり着き、次に奥のエルリアの部屋にB班がたどり着く。
 頷きあい、2班はそれぞれ扉に手をかけた。

●総てが眠り落ちた時に想う――〔routeA〕
 かちゃりと、扉を開く。
 室内に光はなかった。
 ちく、ちくと時計の音がする。
「明かりを灯しておきましょう」
 アリシスが近くにあった明かりに同じように手を伸ばした時だった。
 どさりと、音がした。
「どうかしたのです――か」
 振り返る。その目の前で、風牙が倒れていた。
 同じように倒れたのはクロバとマルク。
 アレクシアが一瞬ぼんやりとしたようで、ハッと我に返って口と鼻を抑える。
 明かりをつけたアリシスが一番近くにいた風牙に近づく。
 意識はない、呼吸は落ち着いている。
 この症状は――
(……眠ってる?)
 ちらりとクロバたちの方へ駆け寄ったアレクシアを見れば、彼女も頷いて見せる。恐らくは同じなのだ。
「アレクシアさんは大丈夫ですか?」
 こくりとアレクシアが頷く。
 自分達と他の3人の違いがあるとしたら――抵抗力か。
「アレクシアさんはそのままじっとしていてください」
 彼女にも一瞬通用していた。
 ならば、慎重に動いてもらうしかない。
 アリシスは視線を動かして、これがなぜなのか探していく。

(……駄目だ、頭が回らない……)
 呼吸を止めれば何とかなるが、呼吸を始めれば一瞬にして持っていかれそうになる。
 眠っている仲間達を起こしても、一瞬意識を取り戻しては再び寝入ってしまう。
 原因の何かをどうにかしなくては意味がないのだろう。
 アレクシアは部屋の中を見渡した。
 ふとその時、頭に響いたのは、植物の声。
「アリシス君! あの植物を窓の外へ捨てて!」
 声を張り上げて叫ぶ。思いっきり吸い込んでしまった香りに、意識が失せかかる。
 指さした観葉植物を、アリシスが窓の外へと放り捨てる。
 甘い香りが消えていく。同時に、ぼんやりとした意識が元に戻り始めた。
 深呼吸をする。残り香が微かにあるが、それでもさっきまでよりは遥かに良い。
「んんん――あれ? オレ、なんで眠って……」
 アレクシアは一番近くにいた風牙を揺り起こす。
「おはよう」
「……しまった」
 顔を上げたマルクが顔を軽く叩いていた。
「弟子は?」
「そこにいますよ」
 起き上がったクロバの問いに、アリシスが指をさす。
 そこでは、ベッドの上に眠る一人の女性がいた。
『下がって――!!』
 鋭く響く、サクラの声が向こうから聞こえたのはその時だった。

●此の地に原初の繁栄を――〔routeB〕
 かちゃりと、扉を開ける。
 部屋の中の様子は見えない。
 ギフトを使った焔は、目を見開いた。
 ぼんやりと浮かぶ部屋は、うっそうと茂る植物に覆いつくされていた。
 ウィリアムが焔の光を頼りに明かりをつけても、ほとんど変わらない。
「エルリアちゃん、どこ!?」
「あそこです!」
 すずなの指さす先、ベッドの上で絡めとられるようになったエルリアが植物の下にいた。
 焔が爆ぜるように駆け抜け、エルリアの下へ駆け寄った。
 蔦を叩き落として引き剥がす。
「エルリアちゃん!」
 揺り動かす焔に対して、他の面々はエルリアを抑えつけていた蔦を警戒する。
 エルリアを抱えるようにして戻ってくる焔と入れ替わるようにすずなとサクラが前へ出ていく。
 焔は、後退すると、エルリアの身体に耳を寄せた。
 呼吸を見れば、安定している。良かった、死んでいるわけではないようだ。
 ほっと安堵の息を漏らす。熱もなさそうだった。

 自衛するようにうねうねと動き始めた小さな蔦が口を開く。
 レーザーが放たれるよりも前にサクラは火花散る神速の居合で斬りはらう。
 ウィリアムは保護結界を張り巡らせると、瞬く星の輝きを蔦めがけて叩き込む。
 その輝きが口を開いた複数の蔦を纏めて叩き伏せた。
 すずなが神速の横薙ぎから連撃に走れば、幹部分が大きく軋んだ。
 蔦がそれを真似るかのように横薙ぎに払い、煽られた二人はひとまず後退する。
 サクラはふと足元に視線をやった。
 そこにあるのは、小さな鞄。
 そしてそのかばんからあふれ出るような、幹。
 ここにある鞄ならば恐らくはエルリアの物だ。
 ハッとして、サクラは振り返った。
 それは、焔からは死角。
 手に握られるは、小さな植物の根っこ――
「下がって――!!」
 思わず叫ぶ。
「えっ?」
 焔が声を上げたその時――エルリアの振るったそれが、彼女の腹部を貫いた。
「あれ……」
 じんわりと、痛みが走る。
 ぐらりと、身体が倒れていく。
「焔ちゃん!」
 スティアが声を上げて、すぐさま月天の輝きを焔へと注ぐ。
 その倒れた焔と対照的に、ゆらりとエルリアが立ち上がる。
「ワタシはエルリアじゃないわ」
 真紅の瞳が焔を見下ろしていた。

●深緑ノ木々ヨドウカ永遠ニ――〔routeA〕〔routeB〕
 サクラの声を聞いたA班がエルリアの部屋へと駆けこむと、焔がカグツチを杖に起き上がった所だった。
「ワタシはウェンディ。エルリアの姉。お初にお目にかかるかしら?」
 薔薇のような蔦を身体に絡めた女――ウェンディは爛々と目を輝かしていた。
 花吹雪に包まれたウェンディの衣装が、それまでのエルリアのそれから、黒いロングワンピースにも似た何かに変質する。
 どこからか花の香りが漂ってきた。
「エルリアちゃんのお姉さん……? なら、どうしてこんなことを?」
 じくじくと痛む腹部を抑えながら、焔は女を見た。
 完全な奇襲に動きが取れなかったことで、受けた傷口から入り込んだ猛毒が身を蝕んでいるのだ。
「なぜって……前にこの子が事件に巻き込まれたでしょう?
 あの時のようなことがもう二度と起こらないようにしなくちゃ……それっておかしいことかしら?」
「あの時って――ザントマンの?」
「そんな名前だったかしら? どうでもいいけど、この子の安全を思うのなら、人間なんて全て殺してしまう方がいい。
 そして、無限の木々の中でこの子と一緒に二人で暮らすの」
 凄絶な笑みを浮かべ、いとおしげにウェンディは心臓辺りを撫でる。
「なにそれ……エルリアちゃんは、植物と人が共存できるようにって!
 人を全て排除するなんて、そんなことおかしいよ!」
 駆け付けたマルクの大天使の祝福を受けて、猛毒さえ浄化した焔は叫ぶ。
「――うるさい! アナタ達がこの子をちゃんと守っていたらこんなことをしなくて済んだの!」
 取り付く島もないといったところか。交渉をとても受け付ける様子ではなかった。
 異質な気配を纏う彼女が幻想種のようには思えなかった。
 風牙は烙地彗天を構えた。
 魔種であれば、容赦はしない。ここで殺す。そのつもりだった。
 踏み込みと共に、跳ぶ。まっすぐに、雷霆の如く駆け抜ける。
 しかしその攻撃は奥から伸びてきた大きな蔦に邪魔されてウェンディには届かない。
「邪魔をするしないでほしいわ」
 そういうや、ウェンディが懐から花を取り出した。
「アレは――みんな息を止めて!」
 ついさっき見た。アレクシアは声を上げた。
 ふぅと、ウェンディが息を吐き、花を揺らす。それを受けて、花から甘い香りが漂った。
 眠りに落ちる者、耐え切る者がいる中で、ウェンディは蔦に巻き込まれるようにしてその姿を消した。




 弟子を助け出したイレギュラーズはまだログハウスの中にいた。
 エルリア改めウェンディは殆どの研究結果やその他の情報を置いて立ち去った。
 彼女の情報を集めるのであれば、この場で探すのが一番だと判断しての事だ。
「あれを作ったのがエルリアちゃんだとしたら、どうしてこんなことを?」
 レーザーを放出する機能を持つ植物を研究する必要――
「あの蔦に目的があるとしたら、エルリアさんとお弟子さんを隔離することのはず……」
 サクラは研究成果の一つであろうレポートに目を通していた。
「これじゃないかな?」
 見つけたのはとある植物のページ。
「果実がとっても美味しいらしくて、外敵が多いから種の生存のために防衛手段を増やす進化をした植物、みたいだね」
 ページにスケッチと共に記された植物の特徴は似通っていた。
「これをどうにかしてもっと大きく、もっと攻撃的にすればあれになりそうだよ」
 『もっと攻撃的に』という成長要素を生みだしたのは、恐らくはエルリアではなくウェンディなのだろう。
「焔さん、これ……」
 すずなが持ってきたのは、一冊の日記だった。
「透視で見つけました。鞄の下が二重底になっていました」
 エルリア・ウィルバーソン、そう名前の記された日記帳。
 それによればあの頃からの彼女の苦悩が記されていた。
「最後の方、見てください」
 言われた通り最後の方に進めていく。
 やがて目に留まったのはある日の日記だ。
『今日は迷宮森林の奥に来た。
 なんでも、異臭のする花があるらしいんだけど……』
『何だったんだろう、あれ。見たこともない花だった。
 嫌な感じがして、近寄りたくなかったけど……』
『病気とかじゃなさそうだった……あれは、あれは――――』
 最後の方はぐちゃぐちゃに消されていた。
「なにこれ……」
「分かりません。でも、これも何か関係してるのかも?」
「さっきの花の匂いはこれかな」
 マルクは資料を検索しているうちに一枚のレポートを見つけ出した。
「眠り花……本来なら花粉に微量の睡眠作用があるぐらいみたいだけど……」
 微量どころではなかったのは手を加えたからなのだろう。
「おいこれ!」
 クロバが叫ぶ。それは一枚のレポート。
 ただ、他の物とは明らかに違っていた。
 他の物は明らかに研究の結果や調査の結果を学術的に纏めているに過ぎないものだった。
「人の精神に作用する種子の開発?」
 実験は芳しくない。何よりも、どことなく苦悩している様子さ感じ取れた。
『彼女はこの子を守るために努力をしていた。それを買って見逃すべきなの?
 いいえ、研究を進めなくては。この子のために』
「これはウェンディって奴の方の研究じゃないか?」
 理性的な苦悩を記すその文面の端々から必ずしも邪悪な者ではないように感じ取れる。
「何より特徴的なのがこの辺りからだな」
 示した辺りから、徐々に研究への傾向が苛烈になっていっている。
 まるで暴走しているかのようだ。
「駄目で元々、占ってみよう」
 スティアは占いを始める。
 その結果は、『諦めるべからず、機会はまだある』と言ったあたりだ。
 それだけではよくわからないが、何かありそうな気がした。
「おっ、お目覚めか?」
 弟子を見ていた風牙は身じろぎする弟子の様子が少し変わったのを見て、声を出した。
 その声を聞いたイレギュラーズの視線が、弟子に向く。
「あれ……私は……」
「痛いところとかねぇか?」
「貴方は……あれ? ……イレギュラーズの方々?」
 視線が焔にいったところで、幻想種が首を傾げた。
 寝ぼけてはいるが、問題は無さそうだった。

●ある情報屋の見出した答えについて
 エルリア――いや、ウェンディ・ウィルバーソンがその姿を消してしまってから数日が経った。
 エルリアの捜索に出たイレギュラーズ達は再び集合していた。
 カウンターの向こう側に立つアナイスは一同の姿を見渡して、一つ咳払いする。
「ウェンディ・ウィルバーソンの話をしましょうか。
 彼女は――彼女とエルリアは元は同一の人物でした。
 彼女の幼少期の体験から分裂したこの二つの性格は、保護されてから数年のうちに片方――つまりエルリアさんだけが残ったようです。
 しかし、一年ほど前に起きた事件でウェンディは目覚めたみたいですね。
 そして、彼女の言っていた通り、恐らくは皆さんではエルリアを守れぬ――だから自分が守ると、そういうつもりのようです」
「で、でも……! ウェンディ、ちゃん? は人間(げんそうしゅ)だとは思えなかったよ?」
 焔は身を乗り出して心配そうに声を上げる。
 それに対して、アナイスはふるふると軽く首を振って否定を示す。
「――いえ、恐らくは、まだ彼女は幻想種です。
 魔種に近く、魔種ではない者。これと我々はカムイグラで出会ったはず――つまり、ガイアキャンサー。
 これが彼女を……彼女達を苦しめている病だというのが私の結論です」
 ガイアキャンサー――カムイグラでは肉腫と呼ばれる者。
 滅びのアークの高まりにより生じた、アーク側の精霊種とでも呼ぶべき存在。
 魔種が現在の呼び声で魔種を増やすように、純正(オリジン)と呼ばれる個体が複製(ペイン)と呼ばれる個体を生みだし続ける。
 ペインと化した者達は一様に凶暴化して手が付けられなくなった。
 本格的に姿を現したのはカムイグラでの夏祭り――呪具がらみの事件にまぎれた形で増えた案件だ。
「でも、エルリアさんは幻想種のはずだよ?」
「えぇ、ですから、彼女は純正(オリジン)ではなく、感染者(ペイン)なのでしょう。
 恐らくはですが、彼女の力は魔種としての物ではない。魔種であればもっと厄介なことをしてきておかしくはないはずです。
 言うならば凶暴化したことで『普通だったら理性や知性、良心から超えてはならない、越えようとは思わないところ』を踏み越えてしまったのです」
 だから、そう言ってアナイスはイレギュラーズに微笑んだ。
「魔種ではない彼女には、まだ救える道があるはず……幻想種として戻ってくることができるはずです。
 傷を癒し、準備を整え、その時に備えましょう。来るべき日はそう遠くはないはずですから」
 「そっか……」
 焔が頷いて腰を下ろす。深呼吸と共に、目を閉じる。
 思い出される真紅の瞳。綺麗なエルリアの深い青の瞳とは正反対の、でも別の美しさを見せた真紅の瞳が、脳裏に浮かび上がった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

炎堂 焔(p3p004727)[重傷]
炎の御子

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。

傷を癒し、準備を整えておきましょう。

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