PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<月蝕アグノシア>樊籠バロックと咎の花

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――私達で成功すれば、博士喜んでくれるかな?
 ――さあ、どうだろね。ジナイーダが頑張ればいいじゃん、めんどくさい。
 ――んもう! ブルーベルは面倒くさがりなんだから。リュシアンは?

 夢だ。夢を見ていた。幼馴染の楽し気なその声を思い出してからブルーベルは「あーあ」と息を漏らす。
 錬金術師を名乗った男は『旧友』と共に『混沌で為せる範囲』を探求すべく研究を行っていた。幼い頃は、その様子をまるで魔法のようだと感じていたものだ。莫迦らしい、無知という名前の罪だ。
 動物を混ぜ合わせる。命の境目を失くす。
 植物を混ぜ合わせる。命の境目を失くす。
 人間を混ぜ合わせる――命の境目を失くす。

 幸か不幸か、ブルーベルが『そう』ならなかったのは、自身が奴隷商に捕らわれたからに過ぎない。鉄牢から辛くも逃げ出した先、ラサの『秘密基地(アカデミア)』で待って居た友人とも呼べぬ『人とけだものの合成獣』を見た時の絶望は筆舌尽くし難い。
 友人と認めらない儘に逃げ出した深き森の中で、一匹の猫と出会ったのが彼女の物語の始まりだ。

 ――ふぁーあ。

 欠伸を漏らした『主さま』。可愛い可愛いあたしの恩人。
 それじゃあ、『おつかい』に行ってきます。転寝しててくださいな。


 魔種ブルーベルは錬金術師と言う生き物は嫌いだ。だが、もっと嫌いなのは『ニコニコ笑っていれば好かれる』と思い込んで甘受されている奴らだ。その場合、ブルーベルにとっては錬金術師より妖精の方が嫌悪の対象である。錬金術師の研究対象になってる事を「ざまあみろ」とさえ思っており、それ以上の考えはない。彼女曰く、「羽虫にそれ以上の感情擁く奴いる?」という事だ。
 錬金術師タータリクスが妖精女王――彼の運命の女性らしい。運命なんてあるのかよ――を妖精の町『エウィン』にある『月夜の塔』に幽閉したそうだ。なんでも、頭を冷やして貰っているらしい。タータリクスが言うには彼女は混乱しているそうだが、ブルーベルの視点からはサイズも違う気が狂ったようなテンションで愛を叫ぶ錬金術師が飛び込んできたら誰でも嫌がる、という認識だ。
 まあ、それでもいい。
 元からタータリクス――『おっさん』とは協力関係でしかない。
 彼の部下でなければ、彼の思想に共感しているわけではない。
 魔種ブルーベルは『妖精郷アルヴィオン』に用事があった。
 曰く、彼女の『主さま』の呑気な眠りの為に必要なアイテムがあるのだという。

 咎の花の胤――
 それがどのようなものであるかは分からない。分かる必要もない。
 主さまの事だ。凪の様な時を、平穏を、そして、停滞を与えて呉れる筈なのだから。
 幼きあの日の幸福に溺れて居たかった。絶望など目にせず眠って居られたならば知らない儘の無垢な子供で居れたのに。
「エウィン、エウィンか……。
 とばりの森に、みかがみの泉……。とばりの森にあるって羽虫は言ってたっけ?」
 ぐしゃ、と妖精をその掌で潰す。魔種の握力だ、ひとたまりもない。
 光が揺らいだそれを視線で追いかけて、「まあ、綺麗ね」と白化(アルベド)は――タイプ・ヴァイスは笑った。
「そ? こんなの蒲公英の綿毛と遜色ないでしょ。あたしは探すからさ、足止めしててよ」
「足止め――と言うのは『味見』してもいいのかい? 丁度、胎が空いてしまってね。 
 ああ、けれど、最高権限(アドミニストレータ)は君を食べてはいけないって、ブルーベル」
 ぺろ、と舌を覗かせたアルベド、タイプ・マルベートは巨大な銀食器を手に蠱惑的な笑みを浮かべる。彼女の言を見るにタータリクスは一部には心優しい。自分の事を友人だとでも思っているのか、と感じた瞬間にブルーベルは「きっしょ」と呟いた。
「……味見しなよ。イレギュラーズとかいうウザい奴らが追っかけて来てんだって。
 あたしは主さまの為に胤さえ探せれば良いんだし、邪魔さえされなきゃいいんだ。
 羽虫の事もイレギュラーズの事も好きにしなよ。あ、でもウザい事はすんなよ」


 とばりの森、巨大なキノコの群生するその土地は不思議そのものだ。茸の胞子が空より降り注ぎ、茫と光る草木が何とも幻想的な雰囲気を思わせる。
「こっち、です。こっち! ……ブーゲンビリアが翼の魔種に連れられてったそうなのです。ともだちを……みんなを助けて欲しいのです……!」
『本来の女王』の許に、そして『タータリクス』の許にも隊は派遣されている。しかし、存在が認識しながらも個人行動をする翼の魔種――ブルーベルが妖精とアルベドと共にどこかに行ったという情報をエウィンの街で得た時、妖精の少女、フロックスは大人しく落ち着いては居られなかった。
「翼の魔種は『咎の花の胤』を探してるのです。妖精郷の宝物の一つなのです……!
 咎の花は咲くと時間を止めるという伝承があるのです。わたしも、詳しくはしらないです。けど、けど、女王様がとっても大切って言ってたです!」
 慌てるフロックスは前へ、前へと進み往く。
 進みすぎちゃいけないと慌てたようにフロックスへと声を掛けた『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)は「ああ、もう」と小さく呻いた。
「……留守をイルスに頼んだ時に、フロックスを野放しにするなって言われてたのに。これじゃ、私がどやされるじゃないの……!」
 アンテローゼ大聖堂の留守を任されるイルス・フォル・リエーネも頭を抱えたい自体がそこにはあった。
「きゃん」と小さな声を上げたフロックスはその蝶の翅を人間の手に捕まれている。まるで汚らしいものを触るかのような手つきで掴まれ、じたばたとするフロックスは「たすけてです。たすけてです」と何度も繰り返す。
「あたしがなんて?」
 むず、と前を飛ぶフロックスの翼を掴んだブルーベルはイレギュラーズを見てからため息を吐く。
「お互いの事だけどさ、会いたくなかったよね。ほんと。
 あたしのことなんて放置しててくれりゃ、戦う必要もなかったのに。
 ――ま、おっさんから『おもちゃ』借りたし。遊んでいきなよ。……んじゃ。羽虫、お前は道案内な」
 フロックスを手に背を向けるブルーベル。
 追い縋ろうとすれば、そこに立ったのは二体のアルベドと、水精であった。

GMコメント

 夏あかねです。お留守番イルス師匠に怒られる前に帰らないと……。

●成功条件
 ・ブルーベルから『フロックス』を奪還する
 ・アルベド及び水精の無力化

●『アルベド』タイプ・ヴァイス
 ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921) のアルベド。その体の首部位にフェアリーシード(後述)が埋まっています。
 にこにこと可憐に微笑みます。元となった妖精の名は『ダンデ』。優しい微笑の似合う少女だそうです。美しい花が好きなのです。拙い自我はどこか悲し気です。傷つけあうのですもの。

 ・通常攻撃に【呪殺】
 ・短刃での二刀流攻撃を主流にします。
 ・どちらかと言えば持久戦タイプ。『当てます』

●アルベド『タイプ・マルベート』
 マルベート・トゥールーズ(p3p000736)のアルベド。その体の右側腹にフェアリーシード(後述)が埋まっています。
 核となった妖精はイビセラ。マルベートさんと『似た性質』であり貪欲に食事を求めます。それが愛情であるのかもしれません。彼女はその『性質が同化』している故に楽し気に戦います。

 ・近接型
 ・バッドステータスを主軸に戦います
 ・【棘】

●水精『アハ・イシュケ』
 みかがみの泉より引き連れられてきた馬の水精。邪妖精(アンシーリーコート)。
 ブルーベルに操られています。濁流での攻撃や、遠距離での回復を中心に行います。
 その力も非常に強力です。自我は僅かに有している様で、イレギュラーズを森と泉を荒らすものと認識しています。

●魔種ブルーベル
 タータリクスの協力者の魔種。『主さま』の為に動いているそうです。
 咎の花を探し回っているようです。
 彼女は非常に強力な魔種です。愛らしい外見をしていますが侮る勿れ。
 しかし『怠惰』であるために、面倒事や命の危険があれば直ぐ様に逃亡します。

●救出対象:妖精『フロックス』
 皆さんに妖精郷のピンチを伝えた勇気ある小さな少女。
 友人想いで猪突猛進。只真っ直ぐな彼女は、ブルーベルにむんずと捕まれ道案内をさせられています。
 彼女自身も『咎の花の胤』の場所は知らないために、適当に「あっちです」「こっちです」と指して時間稼ぎをしているようですが――その時間稼ぎがバレた場合は『ぐしゃりとさようなら』です。

●同行NPC:フランツェル・ロア・ヘクセンハウス
 深緑の魔女(人間種)。なんだかんだで器用貧乏魔法使いです。
 基本は周辺警戒及び魔法でのブルーベルの追跡を担います。(精度は周辺警戒を兼ねる為、まちまちです)
 そちらにリソースを割いて居ますが指示があれば、別の行動も行います。

●フェアリーシード
 アルベドの『動力源』。いわゆる心臓部位。その位置はまちまちですが……。
 フェアリーシードを破壊すれば、アルベドは完全に機能停止します。
 フェアリーシードの原料は妖精のようです。フェアリーシードを『破壊』した場合、材料になった妖精は死亡します。
 ブルーベルは面倒なので『妖精の自我が強くても良いから、イレギュラーズの相手をしてくれる盾』を欲したようです。
 タイプ・ヴァイス/タイプ・マルベート共に元の妖精の自我が色濃く反映されており、説得も可能でしょうが……難易度が高く感じられます。

●ロケーション
 エウィンの街近辺にある森、『とばりの森』の内部
 巨大なキノコが群生し、光る花や草木に囲まれた不思議な空間です。美しい風景の中のどこかにあるという『咎の花の胤』を探しています。
 妖精伝承に基づいて探しているようですが……。
 その場所をフロックスは知りません。女王なら知っているかもしれませんね。
 ブルーベルは『イレギュラーズの相手を水精/アルベド』に任せて森の奥地へと向かっています。フロックスが役に立つ間は彼女を殺すことはしないでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 それでは。妖精ちゃんを助けて!

  • <月蝕アグノシア>樊籠バロックと咎の花Lv:10以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年07月17日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
スー・リソライト(p3p006924)
猫のワルツ
夜式・十七号(p3p008363)
蒼き燕
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司

サポートNPC一覧(1人)

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教

リプレイ


 ニコニコ笑って、花のドレスを着て踊る。
 くるくるステップ、こんにちは私の王子様。
 そんな幻想みたいな風景に溺れることさえ出来ない。

 今日もあたしは『魔種』だと認識する。
 指先から滴った血を見て喜ぶ変態に「キモい」と適当な言葉を吐き捨てて。
 今日もあたしは『魔種』だと安堵する。
 弱いからその命を弄ばれるんだ。あたしは、強いのだという再確認と一緒に。

 あるじさま、あるじさま。大いなる怠惰の冠位魔種。
 待っていて――もう少しだけ。
 あたしは良い子にお使いをしてあなたと一緒にのんびりと眠るのだから。


 妖精郷アルヴィオン――常春の都は小さな妖精達の過ごす小さな小さな王国。ファンタジーをぎゅうと詰め込んだような御伽噺のおもちゃ箱。大きなきのこが並び、豊かに胞子が光を受けて煌いた。大迷宮を通り抜け、虹の架け橋を渡った先に広がったエウィンの街は常ならぬ喧騒に包まれる。
「くそ……!」
 ブルーベルめ、と魔種の名を口にして『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は毒吐いた。ブルーベル――それは錬金術師タータリクスと協力体制を取っている魔種の少女である。現在、妖精郷が危機に瀕しているのはタータリクスが妖精女王へと只ならぬ思いを擁いたからだと言われている。ブルーベルとてこの場所に何らかの用事があったのだろう。
「こういう、生命を弄くり回す行為ってのは大嫌いなんだよな、私。
 まあ死神としての立場ってもんがあるからだけど……許さねぇよ」
 呟いた『傍らへ共に』天之空・ミーナ(p3p005003)は妖精郷の中に『無数に出現した白化(アルベド)』の事を思い苛立ちを募らせる。色彩を全て失わせたその存在は錬金術の大いなる業(アルスマグナ)の段階の一つである。タータリクスの作り出した結晶化は核に妖精の命を宛がう事でその体を動かしているのだという。
「よくも妖精をこんな目に」とサイズは吐き捨てた。その思いが向くのは――錬金術、妖精という分野には極めて関係がない、協力体制を取っている――ブルーベルだ。彼女の思惑は底知れず、ざっくばらんな彼女は自身を『Bちゃんと呼んで』と親しい友人のように声をかけ続ける。しかし、今回は――『咎の花』と呼ばれしものを捜し求めているのだという。『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は熟考する。
「咲くと時間を止める咎の花……永劫の檻に捕らえ、無力化……有り得なくもないか」
「其れをどうやって使うのかは分からない、けれど、タータリクスのように妖精を攫ったり、ブルーベルのように大事な物を奪おうとしたり……これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかない。絶対に助けてみせるんだから!」
 そう、自身らが向くべき方向はすでに決まっていた。『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は白化の動力源として使用される妖精達を何とか救い出したいと、そう願っていた。練達ではよく見る事のできる電池という概念がある。物質自身が持つ化学的なエネルギーを化学反応によって直流の電力に変換するという機能、それを『命』に当て嵌めたかのように簡単に等価交換という基礎をクリアしているのだ。
「――命を何だと」
『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は、大いなる海に祈りを捧ぐ心配性は、大切な片(いのち)を失ったばかりの娘は憂いた。白化さえ、特異運命座標の紛い物だというのだから頭を抱える。何もかもが嘘で塗り固められているこの状況を、果たしてどのように受け止められるというのか。
「命。ああ、そうだね。命だ。だから、ここに来た。
 基本魔種相手に理屈は不要。良いも悪いも無く前提が交わらない。
 相も代わらず、彼奴等はして欲しくない事を喜んでする。寧ろ、喜びのベクトルが逆なんだろう。
 嬉しい前例あったばっかだけど、今回は全然その段階じゃない」
『今日も良い日だ』コラバポス 夏子(p3p000808)の脳裏に過ぎったのは黒を身に纏った鏡の少女だった。約束をしてほしい、共に手を取り合って危機を乗り越えてほしい。そんな奇跡が並ぶ事など、早々ないとは知っている。それでも――
「一つでも多く出来る事を、幾つもの事を達成出来る程。格好良く出来ちゃいないけど。
 手の届く範囲くらい……守る、助ける、取り返す! それが出来る事だ」
 夏子の言葉に、『倶利伽羅剣』夜式・十七号(p3p008363)は頷いた。要請と呼ばれる精霊種たちとは面識はない。それでもそんな事を気にしている場合でもないのだ。
「救おう」
 ――そう思うのは傲慢なのか強欲なのか。
 十七号は小さく笑う。お人好しでも、何でもない。助けられるものと助けたい者、そもそも、そうはしたくない者を選別し続ける薄情者だ。人間というのは否が応でも命を区別し続ける。
 いつから、そうなったのかも分からぬが其れを考えるのも詮無きことなのかもしれない。
「……ああ、悩んでいても仕方が無い。さあ、妖精達を返してもらうぞ――!」


 とばりの森の中を進む特異運命座標の前で、水をその身に纏った馬――水精『アハ・イシュケ』が立っていた。その背後では妖精フロックスをむんずと掴んだブルーベルが立っている。
「お互いの事だけどさ、会いたくなかったよね。ほんと。
 あたしのことなんて放置しててくれりゃ、戦う必要もなかったのに。
 ――ま、おっさんから『おもちゃ』借りたし。遊んでいきなよ。……んじゃ。羽虫、お前は道案内な」
「おもちゃ、って言うのはアルベドのことかい?」
 会いたくない、とブルーベルが口にした理由は自身の目的に特異運命座標との戦いが含まれて居なかったからであろう。夏子の言う通り、破滅を望む魔種と未来を求める特異運命座標ではそもそもの目的が乖離している以上、敵対せざるを得ないのだろうが。『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は「会いたかったよ?」と冗談めかす。
「あたしに、じゃないでしょ。『おもちゃ』でしょ。
 あー……うん、あんたと、そっちの白い子と同じ顔してんじゃん。ふうん? オッサンに細胞レベルでぐちゃぐちゃにされた訳?」
「されたくはないけれど、けれど、いろいろ違って見えるのは核のせいかしら?」
『儚花姫』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は「Bちゃん」と彼女を呼んだ。ダウナーな雰囲気を見せるブルーベルは「そう、Bちゃんって呼んでよ」とにんまりと笑みを浮かべている。
「貴女にいいたいことはたくさんあるのだけど――どうやら、アルベドと水精を退けないとお話しする機会も頂けないみたいね」
「ま、そうだね。あたしが用事があるのはこの羽虫だし、オッサンのおもちゃはあんたらに用事があるみたいだし?
 追いついてきたら少しくらいなら話してもいいよ。ま、人質とるほどでもないけどこの羽虫はもらっていくわ」
「は、羽虫じゃないのです! フロックスは女王陛下にお使えする侍女ぶへっ」
 ぱん、と音がする。きゅうと目を回したフロックスの前でブルーベルが技とらしく自身の攻撃技を使用して威嚇を行ったのだろう。目を回してへたるフロックスにブルーベルは「あー」と小さく呟いた。
「じゃ、目が覚めてこいつが『あたしの目的』のもの、知らなかったときがタイムリミットって事で」
「Bちゃん……! 会いたくなかった!?
 私は会いたかったよ! あ、いや、戦いたくはもちろん無いんだけどっ!
 ね、こんな事やめようよっ。私で手伝える事なら、手伝うからさっ? ……だめ? 戦うしか、ないの……かなっ?」
 懇願するように、『猫のワルツ』スー・リソライト(p3p006924)はそう言った。
 以前、彼女を相対したときに彼女は直接的に人を害する事を目的にしていないと、スーは認識していた。ブルーベルは妖精のことを『笑っていれば誰かに庇護される存在』として毛嫌いしている様だったがだからと言って根絶やしにしようとは考えては居なかった。寧ろ、魔種らしく命を奪う事に目的を持っているが――それ以上の目的は。
「咲くと時間を止める咎の花……永劫の檻に捕らえ、無力化……有り得なくもないか」
 アリシスの呟きに、ブルーベルは「女王をそうしたい訳じゃないよ」とそう言った。
「あたしが其れを手にしたら永劫の檻に捕らわれてる奴が力を取り戻す、それだけかもね。
 ……手伝ってくれるならそうしてよ。但し、妖精達はあたしの知らない所で壊滅してしまうかもしれないけどね」
 スーは息を呑む。直接的か、間接的かの差が其処にあるのだろう。そんな事許してたまるか、と叫んだサイズの前へと白化したマルベートが飛び込んだ。
「遊んでくれるかい?」
「――ブルーベル!」
 叫ぶサイズの声に、ブルーベルは「あたし、そう呼ばれるの嫌いなんだけど」と苛立ったように振り返った。
「妖精とかどうでもいいんだよ。あたしは。
 けど、あたしをブルーベルって呼ぶ奴と主さまのジャマする奴は許せない。
 仲良くしたいって気持ちは嬉しいけどさ、そうじゃない奴はさらに興味ないし許せない。そゆ訳で、そこで死んでろ」
 低く、そう言ったブルーベルの声に反応するようにアルベドヴァイスが攻撃を繰り出した。戦わずには居られないのかとスーが臨戦態勢を取り、すぐ様に夏子がその体を滑り込ませる。
 アハ・イシュケが低く唸り特異運命座標達を倒すべき森の侵略者として認識したかのように濁流を生み出した。とばりの森の中、ふわりふわりと舞う茸の胞子をも流し往く其れの中で水を厭わぬとクレマァダは自身がこの森を、その湖を害する存在ではない事を気づいて欲しいと願いを込める。
 夢見る如く。深淵に眠待つ神を言祝ぐ歌は響く。人ならざるは片割れの如く。唯の一つ、クレマァダが受け継ぐ事のできなかったコン=モスカのその歌を、後世へ残すがために響かせる。

 ――♪

 其れを耳にして苦しむがいい。それでも、水に生きるものはその神の存在を知るというならばその親和性に耳を傾けんと願いを込めて。
 しかし、その声は敵も味方も区別はしない。歌とはそういうものだ。耳朶をなでたら不吉の香り。夏子が感じた悍ましさを拭うようにその声を張り上げ堅牢なる守りを身にまとう。眼前では人形めいた美貌に微笑を貼り付けたアルベド・ヴァイスが立っている。
「大丈夫。君を助けに来た」
「助けなど、必要ないでしょう?」
 二体のアルベドは流石は特異運命座標の『細胞』から作られたか。しかし、それは結晶化。それならば――とサイズは後方に立つ水精へと距離つめる。
『自身そのもの』を武器として、小さな妖精の体で妖精は鍛冶技術で鍛え上げた『鎌』に魔力を宿す。その鋭き斬撃と共に放たれた魔力に水精が怒るように嘶いた。
 ずん、とその足が一撃落とされる。立つ波濤に浚われぬようにとしかと、水精を見据えたサイズはアハ・イシュケが邪妖精と呼ばれようとも其れの命を奪う事はしたくはないと『タイプ:妖精』の分類に対しての慈悲を覗かせる。
(厄介な相手であるのは確かですね……)
 アリシスは『黒の聖典』が一つの業、概念を押し付ける呪いを告げるがために告死天使は『魂に刻み込まれた業』を行使する。その力によってその身に代えるのろいは大きくとも、眼前のアハ・イシュケに油断を見せるわけには行かないのだ。
「ふふっ、これは興奮せずにはいられないね!
 創られた命とはいえ、同質の生物と互いの身を喰い合う機会があろうとは!」
 ぺろ、と舌を除かせたマルベートはディナーフォークとナイフを手に『自分』へと向き直った。水精を相手取る仲間たちの中、マルベートは自分自身の抑え役を買って出た。喜ばしいのはアルベドの核となった妖精が『自分と似た性質』だというのだ!
「全力で行こうか。今回はその価値がある相手だ――!」
 相手が、戦う事に全力になるというならば。半ば押さえ込みであり、そして、『劣化した自分』などではない同一で別固体を貪りあえる機会に楽しみを見出せる機会だ。
 独自の術式で捉えるのは『どちらも同じ』であろうか。赤き血潮がべたりと漏れ出ても其れを気にすることはない。其れさえ、楽しみであるのだから。
 アルベド・マルベートとマルベート。
 そして、アルベド・ヴァイスには「傷つけたく無いんだ 出来るならさ」と夏子がその行方を塞ぐ。
 そのどちらもが、アルベドよりも水精の撃破に重きを置いての行動であった。
「気になることはあるけれど、もっとやらなきゃいけないことがあるわね。……Bちゃんのことを追わないと」
 自身の模造品というものが其処に存在するのは奇妙な気持ちではあるが、それはそれ。
 今はフロックスを手に走り去ったブルーベルを追うのが先決だ。その行く手を塞ぐ水精へと薔薇を思わせる美貌に柔らかな笑みを載せる。その身寄り発生した茨はずるりと這いずり冷たい毒に苛立つようにアハ・イシュケがその身を揺らす。
 その手を包み込むのは伝説の盾匠レファイウスによる破邪。そして手にしたは共に戦線を走るコン=モスカの祭司長の厳格さを表す祈りを込めた書物。
 十七号は地面を踏みしめる。後の先から、先を打つは『はずしさんこう』。邪険を己のものとして、その命を穿つが如く一撃放放った彼女は水精が僅かな自我を有し、イレギュラーズを邪険に扱っている事に気づく。
 夏子の張った保護結界とクレマァダが水を受け入れ、水に親和する様子を持っても尚も、この常春を害するものとしての認識は改められる事はない。
「だめみたい、だね。倒さないと進ませてもらえない、かな?」
 スーはそう呟いた。幽霊のケープを揺らし、激しい舞踏で作り出される精神的効用は刹那の間に極限の境地へと足を踏み入れさせる。頂は高く遠いが、それでも尚、彼女はダンスを続けた。
 描く銀閃。銀の月は死を呼び込むように美しい。「さあ――月に狂って踊りましょ?」
 唇乗せたその笑みに、水精との戦線を出来る限り短期的に且つ『倒さなくても済む』用にと彼らは願う。
「恐れ慄け、そして喰われろ。その闇は貴様自身の抱える闇だ!」
 叫ぶ。ミーナの声と共に闇が広がる。しかし、その闇は水精とアルベドだけではない。接敵するイレギュラーズをも飲み込んだ。癒し手たるスティアが展開した聖域に不浄なる気をも浄化する。
「騙されんな、私達はお前達を助けに来たんだ。本当の敵はあのブルーベルって奴だ!」
 ミーナのその言葉に水精は再度濁流を作りイレギュラーズを押し流した。

 ――小さな妖精を捕らえるだけでうろつくあの娘と、我を攻撃する主らそのどちらが敵だ?

 その言葉に、クレマァダはぐ、と息を呑んだ。確かに仲間への傷も厭わず範囲攻撃を用いて攻撃する様を見れば『白いイレギュラーズの人形をつれてきて、妖精を一人捕らえて歩き回っているだけ』のブルーベルとならば、どちらが敵かと問われても水精は判別をつけることが出来ないのだろう。
「おっと! ――好きな花は何? 俺は君の笑顔みたいな花」
「あなたの血の色、みたいな花かしら?」
 白きヴァイスのその言葉に夏子は「情熱的~」とからりと笑った。水精との戦いはまだまだ落ち着く様子を見せない。
 対の黒きマルベート――勿論、その体は白だ――はマルベート自身が相手の弱点と強みをよくよく知っていた。堅牢なるその強さを崩さんと考えるのはそのどちらもが同じだ。貪り食い、戦いに魅了されるが如く。
「だって『私達』が愉しむ事の方が肝要だ。そうだろう?
 さあ、運命の友よ! 存分に喰い合おう! 存分に愛し合おう!」
 ぺろ、と舌を覗かせ、心の奥底からの思いを伝えるようにその攻撃を絶やす事はない。
「力の限りを出し尽くし、可能性を燃やし、死すべき定めに抗い、本能のままに愉しもう!
 ――この夢のような時間を、一片も無駄にしないように」
『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)がレーダーとなりブルーベルとフロックスを捕捉し続けた。追跡魔術に全魔力を集中させ『フロックス』を追う事のみを担当する彼女を安全圏へと建たせた夏子は「可愛い君がどヤされない様 頑張るからさ」とウインクを一つ。
 アハ・イシュケにはかなりの苦戦を強いられた――それも、水精自体が強力な存在であり、其れを底上げするように二体のアルベドが戦線を混乱させ続けてた事が大きく問題であったのだろう。
 かなりの時間を費やした。それでも、フロックスの無事を確認できたのは特異運命座標がフランツェルをレーダー役としたが理由であろう。そして、ブルーベルとの対話の中で、彼女と敵対したくないと口にしたスーの言葉を僅か、ブルーベルが気にするそぶりを見せたから、かのかもしれない。
 水精との戦いの中、ミーナは死神としてのその力を振りかざした。黒い髪を揺らし、懸命に水精との戦いを続ける。命を刈り取る事を仕事にし、出逢いと別れを重ねてきた彼女は、諦めたくはなかった――カラビ・ナ・ヤナルを齧り、それでもと戦い続ける。
 癒し手がいる。その上で、強力な固体である水精はミーナを、そしてサイズをその水で押し返さんとしてくるのだ。

 ――我を害するか!

「そのつもりなんかない。連れてる『白い化け物』が止まって、フロックスを救えりゃそれでいいんだーー!」
 叫んだ。そして、その力のままに水精へと一撃を放つ。もはや、体力は残り少なかった。
 スティアの癒しによって戦線を立て直すにも限りはある。なんとかしなくてはならない、と頭の中で最善策を考えるサイズとて不安を募らせた。
(ブルーベル……!)


 水精を倒した。しかし、残る白き二人の娘による攻撃は苛烈そのものだ。その一撃は厳しく、マルベートと夏子を襲う。癒しを送ったスティアはそれでも、フロックスのためにいかねばならないと走り出した。
「アリシスさん!」
 行こう、と。スティアが叫んだ。その声に反応を返したアリシスが頷き追跡魔法を駆使するフランツェルからその情報を聞く。耳を澄ませるヴァイスはフロックスの声とブルーベルの声がするとフランツェルの情報から辿る様に足を向けた。
 向かうは王城側であるという。森の地形など気にする事もなく最短ルートを走り続ける。ブルーベルは『探し物』をしているだけだ。ならば――フロックスもまだ安全であるはずなのだ。
「Bちゃん!」
 出来る限りの時間稼ぎに――彼女が厭う呼び名など、適さぬとスティアは彼女の望んだあだ名を叫んだ。
「スティアさん! アリシスさん!」
 ぴい、と叫んだフロックスがヴァイスをまじまじと見遣る。
「……本物?」
「いや、羽虫ちゃんさ? あいつらがアルベドと仲良く歩いてきたらどう思うよ。
 やべーって思わない? あたしなら思うわ。安心しなよ。本物の、なんだっけーえーとヴァイス? だよ」
 何とも気の抜ける会話を繰り出している魔種と妖精である。普通の友人のように会話を行っているようにも見える違和感を拭いヴァイスは「本物よ」とフロックスを安心させるように微笑んだ。
「『Bちゃん』……と呼称されるのが貴女の御所望でしたね、確か」
 そう、アリシスは彼女へと問いかけた。出逢い頭にブルーベルと呼んだサイズにあからさまな殺意と敵意が飛んだ事から、ここでは『Bちゃん』と呼ぶのが一番だという認識だったのだろう。勿論、魔種である以上どのような凶行に及ぶかは分かったものではないが彼女は対話や会話を好んでいるようにさえ伺える。ならば――アリシスは手札のように『ブルーベルが無視できない話題』を切り出した。
「『アカデミア』の『ジナイーダ』――この名に覚えがありませんか?」
「……それを、どこで?」
 その空の色の瞳が見開かれる。ヴァイスは、スティアは、ブルーベルに奔ったわずかな動揺を感じ取っていた。
 ジナイーダ。それはラサのファレン・アル・パレストが藍微塵――勿忘草――のアクセサリーを身につけた商家の娘『であった物』を倒してほしいと依頼してきた時に知った名前だ。『アカデミア』と呼ばれたラサの遺跡に開かれた旅人の教室に参加していたという商家の娘は友人を二人、呼んだ。
『ブルーベル』と『リュシアン』――少年少女の、幼馴染の姿。
「ある依頼で。『アカデミア』に参りました。
 彼女だったものは眠りました。……もう、壊れたまま一人泣き続ける事は無いでしょう」
「―――」
 アリシスの言葉にブルーベルは息を呑んだ。彼女がどのように反応するかは計り知れない。それでも、それでも伝えたいと願っていたからだ。
「そ……特異運命座標(あんたたち)がジナイーダを倒したのか。
 ……あたしは、怠惰だ。身を焦がすような憤怒も恐れるような絶望さえ、もう全て忘れて命に胡坐をかいてる。だから、どうすることもないけどさ、リュシアンには気をつけなよ」
 リュシアン、とヴァイスは呟いた。妖精郷に訪れる魔種の中にはリュシアンと呼ばれたものは存在しない。
 アリシスは、どこかぎこちない笑みを浮かべた。そうした話口調から分かる。彼女は、他の属性よりも『穏やか』で『こちらに興味を持っていない』のだ。
「ジナイーダの情報を最初に齎した誰か。――それは、貴女ですか?」
 推測と共に。アカデミアで寂しいと泣いていた一人きりキマイラの情報に付き纏った謎に。
 アリシスはゆっくりと問いかけた。其れを問う事に意味があるわけではない、ただの興味本位であったのかもしれない。それでも、ブルーベルは『自分をそうするような善性のある人間』であるとアリシスに認識されたと感じたのか小さく笑った。
「あんた、お人よしだね。もしそうでも、魔種にいい事をしたと思えるなんてさ」
「いい事ばかり、ではないでしょう?
 久しぶりね、Bちゃん。少し聞きたいことがあるの……いいわね?」
 ヴァイスはゆっくりと問いかけた。その言葉にちり、と身を焦がすような苛立ちを感じさせる。ブルーベルはため息を混じらせて――掌をぱ、と開いた。

「きゃっ」

 羽根を掴まれていたフロックスは突然の支えを失って地へと向かって落ちていく。その刹那にその身を滑り込ませたスティアが「フロックスちゃん!」と手を伸ばせば、落ちかけたのをもう一度掴んだブルーベルがスティアの掌の上にぽん、と妖精をおいた。
「次はあの魔女ばばあに、妖精(ペット)の世話しとけって伝えときなよ。
 あんたが必死にこの子を返して欲しいって顔するから、飽きちゃったわ。やるよ、こんな羽虫。
 どーせ、あんた、知らないでしょ。あたしの目的なんて。知ってるなら女王位だろしね」
 ぱちくり、と瞬きを返すフロックスとスティア。羽虫の事は殺そうと思ってたけど、とブルーベルは続けた。
「興が冷めた。で、いーよ。ヴァイス。聞きたいのって?」
「カメリアちゃんを唆したのは貴方でしょう? ……ここに呼びそうな人、あなたしか思い浮かばないもの」
 カメリア。カメリア・フォスター。ヴァイスにとっては友人である、魔種。そして、命を狙い続けられる相手である。
「オトモダチではないけれど、それでも彼女は私の友人なの。彼女が何処にいるのとか、どう知り合ったのとか、聞きたいことは多いわ。彼女、怠惰ではないでしょう?」
「偶然、『仕事先』で会っただけ。何処に居るかは知らないね。でも、あんたがここに居るなら追って来るんじゃね?
 オトモダチ第一候補だろ。まあ、カメリアのお友達って死だけどさ!」
 怠惰であろうが、怠惰でなかろうが。属性が違おうが、彼女ら魔種は惹かれ合う存在だとでも言うように――滅びのアークを集めるという意味合いでは違わないとでも言うかのように。
「あと、彼女にあまり変なことはしないで頂戴ね? ……許せなくなりそうだわ」
「怖い怖い。しないよ。あいつが『主さま』に――あたしのだいすきで大切なあの人に手出ししなければ」
 ひらひらと手を振ったブルーベルの元から後退し続けるブルーベルは背後から『仲間が追って来ない』事に気づく。アハ・イシュケにかなりのリソースを裂いていたのは確かだ。
(こっちは、フロックスちゃんは奪還できた……けど!)
 アルベドとの戦いで時間がかかりすぎている、と感じたのは気のせいではなかったのだろう。
「ね、戻れば? あたしに構って仲間が倒れるよかマシだよ。
 けど、あたしも一緒に行く。それから、アルベドは貰って行くよ」
「それって……?」
 スティアの問いかけにブルーベルはくすくすと笑った。
「あんたらの負けだよ。水精も、アルベドも――それに、あたしだって。強いんだ」
「……最後に一つ。オラクル――冠位の命で動いてた怠惰の魔種。
 ――貴女の主は、どうやら……彼と同じようですね」
 アリシスのその言葉に、ブルーベルは笑った。げんなりとした表情しか見せない、魔種はどこか嬉しそうな笑みは、曇る事はない。

「あたしの、だいすきでたいせつな――カロンさま」


 時は少し遡る――

 アハ・イシュケを打倒したイレギュラーズはアルベドとの戦いに移った。その内、追跡に当たっているヴァイス、スティア、アリシス、そしてフランツェルを抜いた7名での戦闘が継続される事となる。
 回復手のスティアがアハ・イシュケに向かった段階で、夏子はマルベートのことも気を配っていた。
「どうだろ! 俺の子供産んでみない!?」
 そう叫び、マルベートを庇うように夏子はヴァイスとマルベート、その双方のアルベドの前へと飛び込んだ。その言葉に小さく笑ったように見えたのは『核』がそうしたのだろうか。
「君は何処に居る。大丈夫だ……還ってこい!」
 出来れば妖精を救いたい、というのは誰もが同じ気持ちだったのだろう。享楽的であるマルベートとアルベドは互いに貪りあい貪欲に微笑んでいた。しかし、其れも時間の経過で『人工的に作られた』アルベドのほうが幾分かユニットとして強力である事が伺えた。それは劣化コピーではなく、れっきとしたその細胞から作られた錬金術モンスターなのだろう。
(中々、アルベドというものも扱いに困るものだ……)
 クレマァダは心の中でそう願った。もはや、歌う事などここでは出来ない乱戦状態だ。
 妖精へと声を届ける事は初対面の自分ではどうしようもないだろう、とサイズは半ばあきらめを擁いていた。勿論、ブルーベルのことも織り込み済みではあるが、アルベドを倒さなくてはどうしようもないのがこの状況だ。
「フェアリーシードを奪取する」
 クレマァダの言葉に「できるのか」とサイズは静かに問いかけた。何処の誰とも知れぬ自分たちだ。水精の信頼得れなかったかのように――それを信じさせるだけの言葉があるのか、と。
「出来なければ出来ない。じゃが、遣らぬというのも萎れた昆布のほうがマシじゃろう。
 それに、相手は作り物。こういうものは衝動には抗えないのが相場! 分かるか――!?」
 波濤の魔術など、もはやない。其れも分かっている。しかし、クレマァダは白きマルベートの前へとその身を躍らせたのだ。
「アルベド何するものぞ。命を、返してもらうっ!!」
 胸を抉るが如く。決死の勢いで飛び込んだ。しかし、しかし――一筋縄でいかぬがコン=モスカの娘か。
 わざとの隙を狙い済ましたアルベドマルベートにクレマァダの唇が釣りあがる。背後より、その身を躍らせたは昇り竜の如く。アルベドヴァイスの動き留める夏子の傍らより姿を顕現させた十七号がヴァイスへと邪剣を放つ。その様子に、アルベドは、白きマルベートは視線を逸らした。
 だが、そこで留まりはしなかった。アハ・イシュケとの戦いでの傷が尾を引くように。
 まずはマルベートが地に伏せた。スーはブルーベルとは戦いたくはない、けれど覚悟は出来ていると、森を見遣りながらアルベドとの戦いを続けている。
 なんとかしなくてはならないと、そう願ったサイズに、命を弄び、愚弄する事は許せないとミーナも吼える。くそ、と毒吐けども戦いはまだ、長引くばかりだ。
「思えば奴らも、哀れなものじゃ。生まれながらに生きることを否定されるなぞ……
 もし大人しくお主の命を我に預けてくれるなら、死後に祈りを捧げることを約束しよう。
 お主らを殺すことでしかことを解決できない、我の未熟を許してくれ」
 クレマァダはそう、呟いてくらりと意識を失った。遠く、フロックスの声がする。
 救えたか、と認識したイレギュラーズ達はそれでも、一手及ばない。
 水精を説得できなかった事か、それとも、殺意がなきことがその刃を曇らせたのかは分からない。だが、戦闘に重きを置かねばならない状況であったのは確かだ。
 未だ、アルベドは継戦状態を保っていた。これ以上はもう無理だ、というその言葉に誰もが否定することなく一時、撤退を行う。フロックスを『手渡した』というブルーベルの事もある。これ以上ここに残って戦う事は命の危機ともいえるではないか。
 そして、スティアの背後、アルベドを迎えに来たというブルーベルはイレギュラーズに一瞥くれることなく姿を消した。命までは奪わないけれどね、とブルーベルはスティアへと笑う。

 ――この儘、嬲り殺されるくらいだったらその前に引きなよ。ここは、本命じゃないんだからさ。


 ―――――――

 ――――

 ――

 男が、泣き叫んでいた。そのちっぽけな背中をブルーベルはよくよく知っていた。
 彼女がこの場に居る理由は簡単だ。『特異運命座標』が女王奪還を成功させた事、そして――『女王の侍女』を捕らえたはいい物の何も得る物がなかったからだ。
 錬金術師、タータリクスだ。ぐしゃりと握り潰した手紙を見て子供の様に駄々を捏ねては泣いている。
「きっも」
 ブルーベルはその背へと静かに声をかけた。決して友人かける物ではない心の篭っていない、心からの言葉だった。
 ブルーベルにとってタータリクスという男は認識してはいけない存在であった。
 彼女は、彼の過去を知っている。
 彼女は、彼のことを知っている。
 彼女は――彼のことを、恨んでいる。

「女王様は逃げたんだって。あっちにさ」
 空を翔る少女の姿をブルーベルはしかとその双眸に映していた。
 しかし、ブルーベルは真逆の方向を指差した。特異運命座標を庇い立てた訳でも妖精女王を救いたかった訳でもなく、タータリクスが目的を果たす事が気に入らなかっただけだ。そんな少女には良くある気まぐれの事など気にする素振りもなくタータリクスは泣き崩れている。
「……ま、次があるっしょ。目的、果たせなかったんなら、あたしらはまだ『仲間』でいれる。
 喜びなよ。オッサン。あと少しの間、友達ごっこをしてやれるんだからさ」
 ブルーベルのその声音は彼へと降り注ぐ。冷たく響いたそれを飲み込むようにみかがみの泉にはやさしげな波紋が立った。

 危険など知らぬ常春の世界が嫌いだ。
 平和ボケしたような、あの妖精が嫌いだ。
 何も知らないで、あたしのことを友達って呼ぶこの男の事だって嫌いだった。

 けど――何もかもが面倒でブルーベルは言葉を飲み込んだ。
 それ以上も、それ以下も、何もかもない。あるのは、怠惰だけだった。

成否

失敗

MVP

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン

状態異常

ツリー・ロド(p3p000319)[重傷]
ロストプライド
マルベート・トゥールーズ(p3p000736)[重傷]
饗宴の悪魔
コラバポス 夏子(p3p000808)[重傷]
八百屋の息子

あとがき

 お疲れ様でした。ブルーベルは『妖精を害する』以外の目的を持って動いている魔種であり、皆さんの予測どおり冠位魔種の為にと動いています。
 MVPは時間稼ぎに貢献しておりました貴女へ。

 pipiSDの『<月蝕アグノシア>幽寂シュガードロップス』の敵方の続きが書かれております。
 またもみじSDの『<月蝕アグノシア>蜂蜜金の欠片』には、別視点からのお話がちらっと描かれていたりします。

 それでは、またお会いしましょう!

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