シナリオ詳細
<月蝕アグノシア>幽寂シュガードロップス
オープニング
●
「ター君、見て。月が綺麗」
「そうだね……ファリー。月が、綺麗だ……」
夜空を見つめる魔種タータリクスが物憂げに応じた。
その手元では紙が丁寧に折り曲げられており――
「でーきた。よっしゃあ!」
突如ガッツポーズをしたタータリクスは、おもむろに片ひざを高く上げ、夜空を睨む。
それから腰を捻り、さながら野球投手のように一気に振りかぶった。
「そおーら、キミへ……届けーーッ!」
放たれた紙飛行機はゆったりとした軌跡を描きながら、すいと飛んでいく。
中には酷く一方的な愛を綴る文章がしたためられていた。
多くの人は嫌悪感を抱くか、さもなければ一笑に付す内容ではあろうが、当事者にしてみれば真剣だ。
「ター君、見て。月が綺麗」
再び。先程と一言一句、同じ声音の呼びかけが続いた。
「あー、もう、いい。それはいいんだ。これはもう少し調整が必要かな」
「あれ……間違えちゃった。わかったよ」
頭をかきながら振り返った先に佇んでいるのは、アルベド(白化)であった。
イレギュラーズの細胞から素体を作り、妖精の命を燃やして動くホムンクルスである。
この個体は便宜上、区別の為にタイプ『アリア・テリア』と名付けられていた。
高度な戦闘技能の他、声音を再現する能力を持たされて、伝令に活用されている。
今回は妖精女王ファレノプシスの声音が忠実に再現されられているようだ。
「はぁー……ファリー。反省してくれているかなあ」
ファリーというのはタータリクスが妖精郷の女王ファレノプシスにつけたあだ名である。
タータリクスはファリーの運命の人を自称し、その心身を手中に収めんとして妖精郷を蹂躙した。
身柄は確保したのだが、目下の悩みは当然ながら『心』であり、愛しのファリーはちっとも振り向いてくれないという訳だ。
本件においてタータリクスと共に行動する魔種達はそれぞれ思惑が異なるらしい。ともあれ現状で最も能動的に活動しているのはタータリクスであると思われ、彼こそが一連の事件の主犯と目されているのだった。
ともあれ、そんな時のことである。
「おっわっ!?」
部屋に飛び込んできたのは、コウモリのような翼を持つ巨大な目玉の怪物であった。
「なんだいなんだい、突然。びっくりしたなあもう」
タータリクスの声に応じて、怪物は瞳に瞬膜のようなものを降ろして映像を映し出す。
見えたのは妖精郷の門――の妖精郷側――に次々転移してくるイレギュラーズ達の姿であった
「来たかー、来ちゃったかー……」
首を振り、溜息一つ。悩みというやつは積み重なるものだ。
肝心の研究――錬金術の奥義(マグヌム・オプス)に至る研究は、未だ半ばであった。
赤化(ルベド)はおろか、黄化(キトリニタス)すらままならない。
これでは恩人に顔向け出来ないではないか。
では彼の云う恩人とは何か。
その事情をかいつまむならば、こうだ。
とある切っ掛けから錬金術の最奥を志していたタータリクスは、技術的スランプに陥っていた。
その時に出会ったのが、恩人であったのだ。
当時おとなしすぎる性格だったタータリクスにとって、明るく賑やかであけすけな恩人は苦手なタイプであったが、その考えはすぐに改められることになった。
そしてある日、交友と技術交換を繰り返し深める中で、痛烈な指摘を受けたのである。
それは彼の情熱と目的意識の欠如に関するものであった。
仔細は省くが、ともかく彼はスランプを脱出し――魔種となっていたのである。
恩人は旅人(ウォーカー)であり、『原罪の呼び声』は発しない。
何かからくりがあるのだろうが、タータリクス自身はそれを気にもとめていなかった。
今やそれは人でなくなった彼にとっては、些末な問題なのだろう。
ともかくタータリクスは己が目的をかなえるため、そして恩義に報いるために、こうして積極的に行動しているという訳なのだった。
「さてさて。さってー。さて。どうにかしなくっちゃあいけないでしょう」
タータリスクは二本の人差し指を頬の横でリズミカルに振りながら思案する。
月夜の塔に幽閉したファレノプシスには強力な護衛二名を頼んであった。
方や恩人同様に『旅人』であり、方や同じ魔種(デモニア)だ。
さらには他の面々やアルベド、無数の怪物付きであり、そうそう破られまいと踏んでいる。
護衛達はイレギュラーズの苦痛を楽しむ手合いで、積極的な交戦を望んでいるらしい。
タータリクスの計算では同じ魔種(デモニア)のよしみもあり、利害も一致している。
だからといってファレノプシスを、危険な戦場に置いておく訳にはいかない。
きっと怖い想いをさせてしまうだろうから、あまりに可哀想じゃあないか!
万が一にもイレギュラーズの魔の手(!)に、浚わせてしまうなど、言語道断である。
こうなればいよいよ自身も出撃せねばならない。
いざ、運命の女性ファレノプシスの待つ場所――月夜の塔へ。
「すぐに行くよ、マイスイートハニー!」
●
妖精郷アルヴィオンに足を踏み入れたイレギュラーズは、エウィンの町を目指していた。
全体の作戦目標はエウィンの中心に赴き、『みかがみの泉』に建つ『月夜の塔』へ幽閉された妖精女王の救出である。
一連の妖精事件は、今まさに転機を迎えようとしている。
発端は、語れば長くなるだろう。
そも、深緑(アルティオ=エルム)には古くから、妖精伝承が語られていた。
ある日おとぎ話の妖精が、魔物に襲われ深緑の迷宮森林警備隊に保護される事件があった。
魔物は伝説の妖精郷アルヴィオンと深緑とを繋ぐゲートを狙っており、類似の事件が多発したためローレットのイレギュラーズに解決を依頼されることとなったのだ。
妖精達と交流しながらいくつかの事件を解決するうちに、事件の背後には魔種が居ることが判明した。
そんな折、魔種がアルヴィオンに到達し、ゲートを機能不全に陥らせてしまったのである。
事態を重く見た深緑とローレットは、妖精郷への正規ルート『大迷宮ヘイムダリオン』を踏破し、妖精郷に足を踏み入れたのである。
ヘイムダリオン踏破に起因するゲートの機能回復により、妖精達は深緑へと大脱出をはじめた。
そんな妖精の一人フロックスから語られた情報は、凄惨な物であった。
予想はしていたことではあるが、妖精郷は既に危機に瀕していたのである。
魔種による蹂躙は、ついに妖精女王を捕えてしまったのだ。
更にはイレギュラーズの細胞と妖精達の命を使った強力な怪物『アルベド』を操り、イレギュラーズを迎え撃つ構えを見せているという。
魔種達にはそれぞれの別の思惑があり一枚岩ではないが、彼等の活動が世界を破滅に導く『滅びのアーク』を蓄積させるとあらば、いずれも討伐せねばならない敵であるのは間違いない。
ともかく、こうしてイレギュラーズは妖精郷アルヴィオンへと向かったのであった。
エウィンとその周辺は多数の魔物に占拠されており、取り残された妖精の救助も行わねばならない。
こちらの依頼に参加したイレギュラーズは月夜の塔へ向かい、女王救出パーティを無事に現場へ送り届ける役目を担っていた。
「あれが月夜の塔?」
「たぶん、きっとメイビー。だけどネ」
駆けながら呼びかけた『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)に、深緑の詩人『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)が答える。
「たぶんって……」
「ごめんごめん。本当に知らないのサ。なんせ僕だって、初めて来た所だから、ネ」
クセのある性格だが深緑の重鎮とは古い知り合いらしく、かのヘイムダリオン踏破にも一役買った男だ。
今日は「君等英雄の事を歌いたい」などといって、のこのこと着いてきている。
さほどの戦闘力は期待出来ないが、多少の支援と自身の身を守ることぐらいはやってくれるだろう。
「大丈夫なの。こっちであってるの。ほんとにほんとに、ありがとうなの」
周囲を飛び回っているのは、花金のおっさ……『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)であった。
一連の事件では最初に保護された妖精であり、イレギュラーズとの交友は深い。
可憐で可愛いのだが、イレギュラーズについてまわっては酒を飲み散らかし、今ではすっかり『おっさん』等とあだ名されている。
ストレリチアも精霊種であり、一連の事件の中では下位精霊の魔力を操る成長を見せた。
危機に瀕する故郷に対して――とてもそうは見えないが――義務感は感じているらしく、同行を申し出ていた。まあ、多少の役には立ってくれるだろう。恐らく!
そんな二人を交えたイレギュラーズ一行(念のためだが、アルテナはこっちだ!)の前に、ようやく『町』が姿を現した。
「ここがエウィンなの! わたしのおうちもあるの」
蜂蜜酒(ミード)の酒樽でも転がっているのであろうが、今は楽しんでいる余裕はない。
「こっちなの!」
通りを駆け抜け、木の陰を曲がり、遭遇した魔物を蹴散らして。
一行はついに、『月夜の塔』がそびえる『みかがみの泉』にたどり着いたのだが――
――ッ!?
視線の先に現れたのは、白い影であった。
「アルベド、かな」
「こわいの」
「大丈夫だから」
アルテナの言葉に一同が視線を交わし、ストレリチアがアルテナの頭にしがみついた時。
アルベドが突如、跳ねるように立ち上がった。
「ふふん。さては百合ね!?」
――は?
アルベド『タイプ・ミラーカ・マギノ』の視線は、アルテナの頭部に注がれていた!
「あっ。あたしに構わず、続けてください」
「ちょっと……! それよりどうして私だけ水着なんですか!?」
抗議の叫びをあげたアルベド『タイプ・シフォリィ・シリア・アルテロンド』が剣を抜き放つ。
髪の長い、あの時の姿のままに――
●
拝啓
今日も、月が綺麗だね。
ファリー、六月が終わるよ。
結婚式は来年にしよう。一年は同棲だね。
もちろんファリーが不安ならいつだって籍を入れよう。
それなら聖アルミナスの日がいいな。
言わせないでよ、幸せな家庭の守護者なんだ。
魔種って籍はあるのかな、そこから調べようか。
二人の初めての共同作業だね。
いつも怒らせてごめんね、寂しかったよね、急ぎすぎたよね。
早く邪魔者を蹴散らして、研究を終わらせたら、ゆっくりと愛を育もう。
ボクは、やっと分かったんだ。
研究ばかりして、キミの気持ちをちっとも考えていなかったって。
それまで寂しい思いをさせるけど、先に謝るよ。本当にごめんね。
けど、キミも少し反省しないといけないよ。
だから早く帰ってこれるように、頑張ろうね。
愛してる。
――キミの運命の人 タータリクス・ウォーリン・アンチャイルズ
- <月蝕アグノシア>幽寂シュガードロップスLv:15以上完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年07月17日 22時20分
- 参加人数9/9人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 9 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(9人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●
柔らかな夜風が『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)の髪を浚う。
舞い上がる煌めきは、ぼうっと光る不思議な花びらであった。
「おっとと」
足元の切り株には戸がついている――妖精の住居なのであろう。
灯りは消えている。気配もない。
避難してくれているのであれば良いが、仮にそうでないとするならば――たとえば何らかの不幸が発生しているとすれば――由々しき事態であるが。
一行が踏みしめている大地は、迷宮森林に点在する不可思議なゲート『アーカンシェル』の向こう側である。人はそこを『妖精郷アルヴィオン』と呼んだ。
「……月齢から違いますか」
視界の端に浮かぶ光に『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は嘆息する。
そも、アルヴィオン(ここ)は、一体どこなのだ。
大迷宮ヘイムダリオンの向こう側にあるアルヴィオン(この地)は、アリシス達が知る世界とは、些か異なっている。たとえば季節。なんでもここは『常春』だと云うではないか。
それになにより、問題となるのは眼前の『これ』だ。
一行が相対したのは、イレギュラーズを模した怪物である。
情報屋はこれを『アルベド』と呼称していた。
(アルベドというものは複製体ですか――)
この世界(無辜なる混沌)は、文字通りの『混沌』とした世界だ。
一口に『錬金術』と呼んでも、それぞれの技術体系は大いに異なる。
(私の知るものとは違うけれど、確かにホムンクルスの一種ではある様子……)
見たところ、そして情報通りに、その生命は妖精の魂で補われている。
妖精をフェアリーシードという玉に詰め込み、燃料として可動しているらしい。
つまりアルベドの完成度は、決して高くはないということだ。
(……大いなる業――マグヌム・オプスは未だ遠く、という所でしょうか)
錬金術の最奥――アルス・マグナ、あるいはマグヌム・オプス――に至る道は一重ではない。
その『偉大なる業』は、多くの場合三段から五段に分かれる。
分解、再構築。浄化と啓発、神人合一へと至る道――。
ニグレド、アルベド、ウィリディタス、キトリニタス――ルベド。
いわゆる『お作法』次第では、その順序すらも違うらしいが、いずれの場合であってもアルベドというのは『道半ば』には違いなかろう。
さて。
ローレットの目的はこのエウィンの町と妖精女王ファレノプシスの奪還である。
イレギュラーズの面々も多くが既にいくらかの戦場を転戦しており、全体の戦況は正に佳境と言えた。
この場は、当然のことながら予測された遭遇戦の一つである。
イレギュラーズは月夜の塔攻略を目指す仲間を支援するため、現れる敵を掃討する、あるいは足止めする必要がある訳だ。
故に、どちらにとっても成すべきは単純ではあった。
「ここを突破します!」
「そうよ! やっつけてあげるわ!」
怪物達が腕を振り上げ、アルベドもまた次々に得物を抜き放つ。
一行の前に姿を見せたのはいくらかの魔物、そして『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)と、『夜天の光』ミラーカ・マギノ(p3p005124)にそっくりな怪物であったのだ。
「ならば何人たりとも通すわけにはまいりません……この場を死守してみせましょう」
流麗に構えた『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)が、まずは踏み込んだ。
白ミラーカへと肉薄した沙月の一撃に、白ミラーカの身体がぶれ、白い雫――血か――が闇夜に煌めく。
だが続く二撃目はその正中を捕え、白ミラーカの身体を古木に叩き付けた。
「なかなか、やる……じゃない!」
「ここは通さないよ!」
アリアもまた白シフォリィと対峙していた。
「ひええ! だけど本当にシフォリィさんとミラーカちゃんそっくり!」
それにしても、よく似ているものだ。眼前の『それ』は!
アリアの言葉は率直で、そこには何の誇張一つも、ありはしない。
本物との大きな違いは、色が全て抜け落ちてしまっているという点か。
まさにアルベド(白化)である。
「やれやれ、イレギュラーズのクローンとか嫌なもん作ってくれたもんだぜ。
しかも妖精を犠牲にたーなぁ……覚悟しろよ。神の怒りに貴様達は触れたんだ」
吐き捨てた『傍らへ共に』天之空・ミーナ(p3p005003)言の葉は、正に真を突いている。
なるほど悪趣味に過ぎる代物には違いない。
白シフォリィの剣がひらめき、アリアが舞うようにかわしきる。
「いい戦いぶりダネ。惚れちゃいそうだよ」
「見ているだけでなく、支援を願えますか? 特に、抑え役の方に」
口笛を吹いた『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)に、沙月は端的に指示を飛ばす。
「ごめんごめん、沙月チャンの可愛さに見とれてて、ナンチャッテ!
あー、そんな顔しないで。それじゃあ一肌脱いで一曲。英雄の叙事詩を」
アルペジオのコードが闇夜に響いて――
●
「『女王』の御守りも持ったし! 後は……妖精さんたちを助けるだけね。
見せてもらいましょうか、貴方達の力を。戦神、茶屋ヶ坂アキナいざ参る!」
故に、イレギュラーズの行動は迅速だった。
抜刀した『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)に続いて、一行もまた一斉に得物を抜き放つ。
激突が始まった。
「かかってこいよ、人形共。ちょっと遊んでやらぁ!」
晴れ渡る空色の刀身を突きつけたミーナに、黒化怪物と自動人形達が一斉に襲いかかる。
ドリルのような腕先を剣でいなし、黒い触手を切り裂き、ハンマーを大盾で受け止めた。
ミーナは衝撃に痺れる腕に力を籠め、踵が大地を抉り、石畳に亀裂が走り――
「それしきがなんだってんだ!」
決して砕かれぬ約束と、決して譲れぬ意地を抱いて、ミーナは再び大地を蹴りつける。
受ける打撃すべてに。剣で、盾で、反撃を見舞ってやる。
「さて――」
アリシスの指に導かれて宙を舞う銀月の宝珠が、闇の波動を敵陣に叩き付けた。
膨大なエネルギーと運命を蝕む災厄に、怪物達が飲み込まれる。
「さぁさぁ、平伏せ!」
人工精霊へと秋奈の太刀が閃き――光が走った。
高速の斬撃にコアが震え、エネルギーが弾け飛ぶ。
「格好良いぜ秋奈!」
「!?」
ミーナの叫びに白ミラーカが飛び起きるが、どこか上の空のようで。沙月の猛攻を受け続けている。
舞いのように優美な所作から繰り出される徒手空拳の一撃一撃は、さながら刃のように。
斬刃の舞姫沙月の技は速く、鋭く、重く――なによりも美しい。
「アルテナは俺に続いてくれ」
「うん、任せて!」
「そら、いくぜ!」
マクアフティルを振りかぶった『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)に並んで、『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が細剣に魔力を張り巡らせる。
唸りを上げた黒犬レプリカと共に、戦場を縦横無尽に駆けるルカの一撃に、人工精霊のコアが甲高い音を立てて炎が爆ぜ、氷がはじけ飛ぶ。
急降下する人工精霊を剣の腹で受け流したルカの腕に――灼熱。
守りなどかなぐり捨て、燃えさかるに任せた裏拳を強かに叩き付ける。
跳ね飛んだ人工精霊へアルテナが踏み込み、コアに氷撃を見舞った。が、これは浅いか。
襲い来る人工精霊をかわした『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)、その視界の片隅。
意識の端からどうしても切り離せないものは、白化シフォリィの姿であろう。
なぜか水着であるのはともかくとして、懐かしい髪が長い頃の姿をしているのは――皮肉か?
そもこのアルベドを作った敵――タータリクスは錬金術師であり、事件には”奴”つまりはクオン=フユツキが関わっていることが明らかとなっている。ならばクオンの知識がアルベドの製造に影響を与えている可能性は大いにあった。というよりも、間違いなくそうであるに違いない。
――『今回は』何もしないさ。その時ではない。けれど。
(けれど、なんだよ!)
脳裏を駆け巡り続けるクオンの言葉を聞いたのは、つい先程の事。
クオンは取り逃がしたが、塔の最上階にもまたイレギュラーズの仲間達が向かっている筈だ。
当面の目的すら底知れない以上、胸騒ぎは抑えられない。
そうこうしてひとまずの補給を終えたは良いが、ここで連戦となってしまった。
「クロバさん、念のため――ですが。気を取られないで下さいね」
「ああ、ここで終わりにさせてもらうさ!」
本物のシフォリィと目配せしたクロバは、共にルカとアルテナが傷つけた人工精霊へとその剣を振るう。
まずは数を減らすこと。イレギュラーズの判断は的確だった。
十字に構えた銃剣が閃き、爆音と共に加速する。
思考を高速並列化させたシフォリィもまた、銀刃の軌跡が真一文字を描いて――
甲高い音を立ててひび割れたコアを、クロバの一撃が粉々に打ち砕いた。
「これ以上、やらせはしないわ!」
白化ミラーカが胸を張る。
「ふふん、客観的に見たあたしもなかなかに可愛いわね」
同じく胸を張った本物の感想は実に正しいが「けれどその中に妖精の命を宿してるのは頂けないわ」と続いたのは、これも致し方のないことであろう。
アルベドは今この時も、妖精の命を燃やし続けているのだから。
「というわけでさぁアルテナとストレリチア! スキンシップとか甘い言葉とか囁いてなさい」
「えっ」「どういうことなの?」
アルテナと『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)が戸惑うのは無理のない話だが――
ミラーカの言葉を聞いた白ミラーカは、癒やしの術式を紡ごうとする手を止めた。
「そこ、詳しく!」
「教えてあげるわ! さっき頭に乗ってたでしょ?」
「ふふん……。そんなの、しかと目に焼き付けたわ!」
「そう! その続きよ! だからはやく!」
「え、え、まって、よく分からない。ような」
アルテナが慌てている。
「……くっ、改めて勢い頼み直してもダメかしら?! 営業で生まれる百合もあるのよ!?」
それ割と最新めのやつじゃん。
「営業!?」「営業なの!?」
「ファンドですか!」
なぜか白シフォリィが叫んだ言葉は、ちょっと違う。
まあ、実際に見せられたら過剰供給にミラーカ自身も保たない可能性があり、一長一短かもしれないが。
「あたしにはわかる、貴女達のスキンシップで……アル×ストで世界が救われるのよ!」
ミラーカは力説する。
たとえばこうだ。
――アルベドこわいの……。
――大丈夫だから。ね、私に捕まって、ストレリチアちゃん。
――はいなの! アルテナさんの髪の毛、いいにおいなの……。
胸の中がふわってくすぐったくなって、あったかくなるの――
「……ァッ……尊……ッ!!」
白ミラーカはパチンと両掌を合わせて、祈るようにぎゅっと目を閉じた。
本物ならば、さすがにこうまでチョロくはないはずだ(!?)。
まさか。尊みに耐性がないのか。生まれたばかりだから。
この『ナチュラルボーン・百合』は!
もしも敵でなかったのなら、百合を語り合う仲間となった可能性もワンチャンあったというか、間違いなくそうなっていたに違いない。が。
だが、そうはならなかった。そうはならなかったのだ。アルベドは――敵なのである。
それでも希望がない訳ではない。
アルベドは妖精をコアとする怪物だが、その妖精は絶対女の子に違いないのだ。
そして帰りを待つ女の子妖精が居る。絶対にそうに違いない!
トゥンク……
気合いを入れるミラーカの呟きを耳にして、白ミラーカが呼吸を荒げる。
「あたしの中に眠る妖精の女の子……
待ってる女の子に……返して、あげなきゃ……でもどうやって……」
「ふふん、キマったわね」
深刻そうな表情で首を振る偽物を尻目に、ミラーカが闇夜を駆ける。
言ってて少し気恥ずかしくなってきたというのも、ない訳ではないが。さておき。
瞳が輝き――血の覚醒。握りしめた小さなタクトを巨大な深紅の刃に変えて、一閃。
かわそうとした人工精霊の逃げ道は、しかし『不運』にも古木に塞がれていて――
二体目の人工精霊が、その仮初の命を焼き尽くした。
●
戦いは続いている。
「さすがに強いですね、イレギュラーズ!」
「なんかちょっと変な感じだね」
――仲間そっくりの相手と対峙し続けるのは。
アリアの呟きは無理もない。
交戦開始から二十秒ほどの時間の中で、戦況には大きな変化がおきつつあった。
「さっすがあたしのアルベド! って、言ってもいられないわね!」
ミラーカが放つ癒やしの術式が、ミーナを中心に一行を包み込む。
「助かるぜ! 私が食い止めてる間に、さっさと片付けてくれよな!」
雷撃でオートマタの一体を斬り捨てたミーナは、再び敵を引き付けるように叫んだ。
僅かな間に人工精霊は全て撃破され、他の怪物も数体が沈んでいる。
一行の矛先は、アルベド・タイプミラーカに移っていた。
「残念だけど、『旅人のクローンの相手』は経験があるんで! 容赦なくいくよ!」
「そらよ! 逃がしゃしねえぜ!」
秋奈の斬撃に続いて、ルカがアルベドを”空間ごと”殴り飛ばす。
「ストレリチアさんは、フォローを」
「はいなの!」
指示を飛ばしながら白ミラーカを追撃する沙月が、流れるような武技を次々にたたき込んだ。
「こっちは抑えきれてるから、お願い」
「もちろんです!」
「ああ、終わらせよう」
アリアの言葉に、シフォリィ、クロバ、アリシス、アルテナが立て続けに攻撃を仕掛けた。
過剰な百合を供給され茫然自失の様相で逃げ回る白ミラーカを、しかし一行は中々倒しきることが出来ないでいた。能力は傾向として近いが、身体スペックそのものは怪物らしい怪物ではあるらしい。
たとえば白ミラーカは驚くほどタフであり、白シフォリィは恐るべき俊敏さを誇っている。
そしてアルベドの行動は比較的効率的で、命令には忠実そうだと感じられた。
だがどうにも、そればかりではないらしい。
時折、驚くほど拙い行動を取ることがあるのだ。
それはアルベド自身の自我の片鱗なのか。
「――あるいは核となっている妖精の意思でしょうか」
アリシスの読みでは、そのどちらか、あるいは両方があるように思えた。
或いは、故にであろうか。
こうした中で、皮肉でコミカルな悲喜劇は唐突な場面転換を余儀なくされることとなる。
「もう、無理よ!」
息を切らせた白ミラーカが突然、大声で叫んだのだ。
「どうにかするのよ! あたしは、これを!」
油断なく得物を構え、隙をうかがうイレギュラーズに白ミラーカは尚も叫び、突如背を向けたのである。
「――!?」
白ミラーカが逃げる先は、月夜の塔ではなかった。
「追いますか?」
沙月の問いに、アリアが首を横に振る。
「深追いして、他のが塔に行ったら、元も子もないからね」
「……そうでしょうね」
「とにかく数を減らして、塔の入り口を制圧出来たなら」
アリシスの言葉に全員が頷いた。
ここは防衛線。そこまで出来れば勝利は揺るがない。
ならばまずは、この一帯を綺麗さっぱりに掃除しなければならないだろう。
戦闘は続いている。
オートクレール・ブランシュの一撃を凌ぎきったアリアは、その手のひらをついに白シフォリィに当て。
指輪が増幅する封魔の術式が白シフォリィの身を包み込んだ。
「ちょっと! どうして私の抵抗が低いんですか!? もっと本物に寄せて下さいよ!」
アリアが封じたのは、その『技』の全てだ。
「むしろ私なら別の服を選んでもらうぐらいしてくださいよ!」
「あー……ったく」
クロバが眉をひそめ、シフォリィが抗議の声を上げる中で、それはやって来た。
「あー! キミとキミぃ!
あとあとそれから、そっちのキミ!
作った作ったあ! 本物じゃあないですか! 奇遇だねえ。やっほー!」
両手を振ってはしゃぐ男が、魔物を引き連れている。
その容姿は、ローレットから提供された資料の中で覚えがあった。
「んー……けどこっちは劣勢だねぇ、困ったなあ。やっぱり強いなぁ、オリジナルってやつは」
「増援――ですか、それも……」
「……あれ? 私だ」
タータリクスの後ろに付き従っているアルベドのフードを、風が払った。
そう言えばアリアも、髪を一本奪われた気がする。
しかしよりによってこんな奴と行動を共にしているとは。
ならばあの男が。
魔種タータリクス――妖精郷アルヴィオンを蹂躙する元凶か。
一秒。また一秒。
背が灼くような、じりじりとした時間が流れている。
だがアリシスには、どうしても問うておかねばならないことがあった。
「ブルーベルの言っていた錬金術師。貴方がタータリクスですね」
「大正解! ボクがター君ですよ。どうしたの、急に?」
それは以前の依頼――ラサでの一件のことだ。
アカデミアと呼ばれる遺構で、錬金術によって怪物と成り果てたものを倒した。
生命創造、生物合成、ありふれた研究対象ではあるが、話が繋がりすぎて感じられるのだ。
「ラサで流通していた合成獣の製作者、『博士』と呼ばれた旅人の錬金術師。貴方は彼を知っていますか」
だから問うた。
「知ってるもなにも博士はボクの師匠だよ。とっくの昔に亡くなったんだけどね。
懐かしいなあ、アカデミア。今どうなってるのかな。
ていうか。え、え、キミ。何、ボクのファン? ストーカーじゃないよね。
でも駄目だよ、ボクにはファリーという運命の人が居てね」
「――いえ、結構です」
なるほど。先程のブルーベルの言葉と合わせれば、横の繋がりが読み解けたではないか。
「変態の大将がおいでなすったな」
ルカが吐き捨てる。
「こんな一途な男に、変態はないでしょう。ちょっとひどいんじゃないかなあ……まあいいや、やろうか」
デモニアの瘴気が膨れ上がる。
「……ここからが正念場だね」
アリアが再び封印の術式を編み上げ――
●
――激闘は続いていた。
雷光を纏う切っ先が轟音と共に紫電の軌跡を描き、木偶人形の一体を両断する。
「つぎはどいつだ。私がまとめてぶった斬ってやるぜ」
一陣を壊滅させたミーナはターゲットを白アリアに切り替えた。
ニグレドの愚直な突撃を盾でいなし、翼をはためかせて高く跳ぶ。
大上段から振り下ろされた剣を避け、しかし姿勢を崩した白アリアは呪詛の調を放つ。
蝕むエネルギーの中で、しかし大盾を構えたミーナはそのまま更に踏み込み、一閃。
強固な防御を盾に繰り出される無双の剣が白アリアを斬り裂き、白いエネルギーが夜空に舞った。
「さすがは魔物といった所ですが」
アリシスの放つダークムーンは一行の着実な打撃力となり、敵陣全体を追い詰めつつある。
またイレギュラーズの多くが意識する、打撃を受ける度に斬り返す戦法もまた功を奏した。
雑魚共は多くが潰れ、立っている個体も体力など殆ど残ってはいるまい。
対する敵増援は、正に苛烈であった。
その数は刻一刻と、少しずつではあるが徐々に増えつつある。これでは潰してもきりがない。
どうにかアルベドを始末しなければ。そして次は――願わくばデモニアを。
タータリクスはと言えば、余裕綽々と後衛に陣取り炎の魔術を操っている。
「ははははははは! 火薬の力ってやつを教えてやるからなあ!」
爆発の威力は凄まじく、また増援は数自体も多い。
激戦の中でイレギュラーズ数名が可能性の箱をこじ開けていた。
「負けてられないわ!」
「押し切るの!」
ミラーカと、服にしがみついたストレリチアが声援と癒やしを続けている。
体力と魔力、継続戦闘能力への支援は、イレギュラーズが立て続けに大技を放つことを許していた。
だがタータリクスの真正面に立ったシフォリィは、いよいよ後がない所まで追い込まれつつある。
むしろ魔種を相手して、ここまで持ちこたえられた事をこそ賞賛されるべきであろう。
「これで終わりっと! ミーナちゃん、大丈夫?」
「ああ、助かったぜ!」
ミーナに引き付けられていた最後の自動人形を斬り捨てた秋奈が、ニグレドに狙いを定めた。
一行はミーナがアリアと怪物共を抑えている間に、雑魚を蹴散らし白シフォリィを撃破せねばならない。
「クロバ、さん……」
白シフォリィが呻く。
「その顔で、その声で。俺を――呼ぶな……!」
アルベドを活動不能にするには、おそらくコアであるフェアリーシードを切り離す必要がある。
(どこを狙えばいい。髪か、それとも)
そこを貫けば勝利は揺るがないが――妖精の命も喪われる。
どうにか探して、上手くやらなければ。
(ああ、畜生。良い再現度だよ!)
出会った当時を思い出し、見惚れるほどに。
だが今の姿の方が良いとも、心の内に叫んで。
それに――
「その姿は……あいつが決別した姿だ!」
脳裏を焦がす想いを振り切るようにクロバが吠える。
――アヴァランチ・ロンド。
決意の斬撃が白シフォリィを捉え、爆炎と共に加速する。
アルベドを構成するエネルギーが剥離し、残滓が煌めいた。
イレギュラーズの猛攻はとまらない。
舞うように踏み込み、沙月の手のひらが白シフォリィの肌に触れた――刹那。
沙月がアルベドの視線を奪い去った、その瞬間。
ルカの足は、その一撃と全く同時に石畳を砕いた。
ルカには見えていた。今が千載一遇のチャンスであると。
いまここに全てを賭して――
「悪ぃが……一撃で消す!」
全身の筋肉を、膂力の全てを一点に収束させる。
あたかも限界まで引き絞られた弓の如く――"本気の本気"の全力で。
一瞬の隙を突く沙月の無月が、吸い込まれるようにアルベドシフォリィを打った直後。
直死の一撃がアルベドシフォリィの腹部を背まで貫いた。
白く輝く大量のエネルギー全てを背から吹き出し、アルベドシフォリィが崩れ落ちる。
それは無尽蔵とも思えた力の全てを根こそぎに浚う、まごう事なき致命傷だった。
「くろば、さん……くろば、さん……」
「使えないなあ! このアルベド!」
「それ以上言うんじゃねえ、どうにかなりそうだ」
クロバの視線がタータリクスを突き刺している。
「ねえねえ、どうしても駄目? ボクぁファリーに会いにいかなきゃならないんだ。
ほら、絶対寂しがってるし、怖い思いをしているからさあ」
「ここは絶対に通しませんから!」
失血に震える足を叱咤して、シフォリィは気丈に剣を構え続ける。
脳裏の自動演算は、己が身体が壊れきるまで、あと何度耐えられるかを克明に伝えている。
「困ったなあ、それどころじゃないんだけどなあ」
タータリクスの言葉に、シフォリィは不思議な既視感の正体を掴んだ。
かつて自身に執着していた――そして自身が振り切り、己が今の姿を形作った魔種だ。
「ていうか。あれ? 髪切った? わかるよ、人生色々あるよねえ。
けど不思議だなあ。そのままコピーしたと思うんだけど。
それだと短くなるよねえ。だってボクぁキミのこと、なんにも知らないしね」
一秒、また一秒。
緊迫を孕んだ時間がじわりと流れて行く。
油断は出来ない。何より妖精郷の未来が掛かっている。
それに自分の『写し』に負ける訳にはいかない。
「あれ? あれあれ? キミ! あれ!?」
「だろうな。それにご丁寧にも作ってくれやがったアルベドともやりあったさ」
「やっぱり! キミがオリジナルのクロバ君かあ! 本当にそっくりだよねえ」
「ああ、そうだよ。どうも敵の親玉殿。ちゃんとお前の敵さ」
「いやあびっくり、あれもこれも奇遇だねえ!
フユツキさんはボクの恩人だからねえ。リュシアン君の件でって、それはいいか。
どう、クロバ君。フユツキさんと……お父さんと上手くやってる? 家族は大切にしなくっちゃあね!」
「――貴様ァァアアア!」
「クロバさん!」
激発したクロバは、だがその怒気を辛うじて押さえ込む。
「えっへへ! 封印まではできないでしょ?」
遂に白アリアのスキルを封印したアリアが、肩で息をしながら、けれどいたずらげに微笑んだ。
(だって、『私』だもん! 自分の戦術ならお見通しだよ。
それに、その戦い方は過去の私。『今』の私とは少し違うんだから!)
「マスター、ごめんなさい。魔力が、つかえないの」
「あーー! そういうの困るんだよなあ! こっちも! 忙しいってのに!」
タータリクスが頭を掻き毟る。
「あ、もしもし?」
「はいもしもーし。どうしたの、キミ?」
「わたしわたし。そう、美少女JK」
「JK(女子高生)が刀振り回したら駄目でしょう、JK(常識的に考えて)」
「いやこれは新しい映えるダイエットだし。何と言おうとわたしJKだし絶賛恋愛中だし♡」
「ボクは忙しいって言ったでしょう! ファリーが待ってる訳!」
「そのファリーの件ですが、当社では対応致しかねます、ご期待に沿えず申し訳ございません」
秋奈の挑発だ。
こうしてでも、たとえ一分一秒でも、タータリクスを戦場に縛り付けねばならない。
焦燥に包まれた戦闘は未だ継続し、さらに幾ばくかの時間が流れた頃だった。
戦場に、黒い影が降ってきたのは――
●
誰もが視線を向けたほど、大きな音だった。
それは硬い地面を二度ほど跳ねて――けれど硬くうずくまっている。
「え……まさか!?」
「ポーちゃん!?」
白い髪の小さな女性――『差し伸べる翼』ノースポール(p3p004381)であった。
彼女は月夜の塔の最上階で、女王奪還作戦を行っている筈ではないか。
「なんだなんだぁ?」
タータリクスは、ノースポールを足先でつつき顔を覗き込む。
「うわっ、血じゃない!? なんだこいつぅ! こんなのついちゃったらファリーが怖がるでしょうが!」
その身体からはおびただしい血が流れており、タータリクスは赤く染まった靴先を石畳にこすりつけた。
タータリクスはノースポールの背を強かに蹴りつけ、鼻を鳴らす。
ノースポールは身を震わせ、けれどぎゅっとうずくまったまま微動だにしない。
「まあいいや。ボクは、それどころじゃあないからね」
タータリクスは天を仰ぎ、再び爆炎の術式を編み上げる刹那。
――任務完了!
遠く、声がした。
――任務完了! 俺達の! 勝ちだぁー!!
声の主はどこか。
月夜の塔の頂上か。
高らかに剣を掲げる影は。
あれは『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)ではないか。
「っしゃああ!!」
ルカが吠えた。
僅かに遅れて、辺り一帯に勝鬨が上がる。
「駄目、駄目だよ、それは! ファリー!」
タータリクスが叫ぶ。
「女王様のエスコートは手前じゃ不足だっつってんだよイカれストーカー野郎!」
イレギュラーズの猛攻がタータリクスに殺到する。
「誰が行かせるかよ!」
届かぬ攻撃ではない。
これは強力な魔種だ。
だが、冠位とは余りにほど遠い!
「あああ! 痛いじゃない! 邪魔なやつらだなあ!
おまえのオリジナルはシフォリィって言うんだろ? ボクをかばえよ『シロ』フォリィ!」
アルベド・タイプ・シフォリィは地面に手のひらを付き身を起こそうとする。
「くろ、ば、さん……」
だがその腕は粘土のようにねじ曲がり、再び突っ伏し、ついに全く動かなくなった。
偽物のシフォリィは、今にも事切れそうなか細い声音でクロバの名を呼び続けている。
「タータリクス、てめえ!!」
「クロバさん!」
激発は、けれど本物の愛しい声に引き戻された。
「タータリクス。上手いこと言えなんて、私いいました?」
笑ってみせる。
方便なんてなんでもいい。この十秒で、一秒で、敵を張り付けにしろ。
本能が危険を叫び続ける中で、シフォリィは妙に冷静な自分を感じていた。
「ファリーが寂しがってるんだ。行かなきゃ、愛を届けなきゃ」
クロバの名を呼んだシフォリィは、あらためてタータリクスに切っ先を向ける。
「愛情の押し売りはただただ気持ち悪いだけですよ、タータリクス!
時には身ごと引くことも重要だと心に刻んで下さい!」
「うるさいなあ、もう、うるさいなあ! 本っ当に邪魔だよなあ、キミ達ってやつはさあ!」
あと一歩だ。
作戦成功まで、あと一歩なのだ。
女王の救出と脱出が確認出来れば良いが――だが。
(いや、あいつが――リゲルが何の勝算もなく、デモニアを挑発するか?)
クロバは、そしてイレギュラーズ達は気付いた。
ひょっとしたら奪還と移送は『もう完了している』のだ。
タータリクスは、もう間に合う筈のない状況が構築されているに違いない。
或いは仮に『そうでなかった』としても『何らかの明確な意図の元に行動した』はずなのだ。
それはあちらの戦場で戦っている仲間達の、現場の『総意』でもあるはずなのだ。
リゲルが不確かな独断で、あんな行動をするだろうか。否、ありえない。
ならば信じよう――リゲルを、そして仲間達を!
誰もが決断した。
「ああああ! ファリー、ファリー、ファリー!」
タータリクスはクラウチングし、猛烈な勢いで走り出した。
「全軍転進! 月夜の塔に行こうねえ!」
タータリクスを追い、魔物達が、そして満身創痍のアルベド達もまた走り出す。
イレギュラーズは追う『ふり』をして、猛攻を仕掛けた。
タータリクス一党は、まんまと逃亡――転戦に成功したつもりに違いない。
「ノースポールさん、大丈夫!? ミラーカさん、ストレリチアちゃん、お願い」
アルテナがノースポールに駆け寄る。
「まっかせなさい!」
「まかせるの!」
「あり……がとう。さすがに、怖かったかな」
ノースポールは蒼白な面持ちのまま微笑んだ。
命に別状はなさそうだが、ひどい怪我だ。
ミラーカとストレリチアの術式がノースポールの傷を癒やして行く。
「これがフェアリーシードですか」
崩れた白い塊から、アリシスが宝珠を取り出した。
先程ルカの一撃で、活動エネルギーを全て霧散させた白シフォリィの残骸だ。
(綺麗な髪だったよ……)
クロバはぐずぐずに崩れたアルベド、恋人の姿を真似ていたモノへ追悼の視線を送った。
白い泥は、徐々に徐々に、ただひとすくいの砂に変わって行く。
(必ず、貴様等は必ず殺す……タータリクス。そしてクオン=フユツキ!!!!)
そんな時だ。
ポンと軽い音と共にアリシスの腕の中に現れたのは、ぐったりとした妖精の少女であった。
「コットンヒースちゃん!」
「……ストレリチア」
(良かったわ、本当に!)
抱き合ってすすり泣く妖精達を、ミラーカは決して邪魔せぬよう、ただ瞳に焼き付けて。
「取り込み中悪いが、あっちはどうする? 一応、追うか?」
――その必要はありません。
ルカに答えた声は、ノースポールのほうから聞こえてきた。
「ん?」
抱きしめられたまま、空っぽのバッグから顔を覗かせたのは一人の妖精であった。
「これほどの傷を……
本当に……あなた方には千の感謝と万の謝罪を。
お初にお目に掛かります。私はファレノプシス。この妖精郷アルヴィオンの女王です」
「女王さまっ!!」
ストレリチアが女王に抱きつく。
「おやめなさい、はしたないですよ」
「だって、だって……
もう今夜は飲み明かすしかないの!
勝利の美酒を飲み散らかして、ぱぁーっと優勝していくの!」
「お前もう助けなくていいか?」
「それは、こまるの」
「……女王さま」
「コットンヒース、無事なのですね。良かった。皆様には感謝してもしきれません」
「はっ、これは……更なる供給!」
立ち上がったミラーカの瞳が輝いている。
「怪我は大丈夫?」
アリアが慌てる。女王はドレスが血に染まっているではないか。
「傷一つありませんよ」
「あ、ごめんなさい。汚しちゃって……」
「ノースポール。これは汚れではありません。誇るべき温かな献身の証です」
「そう、言われると……すこし、照れる……かな」
女王救出はあちらチームの大手柄でもあるが、それはこちらが十分に持ちこたえたが故でもある。
そして持ちこたえられたのは、各人の努力の成果だ。
またエウィンで戦ったイレギュラーズ達が可能な限りを尽くした事も、一つの勝因となろう。
だから敵の増援があの程度で済んだとも言える。
つまりエウィン奪還を試みたイレギュラーズ全員が、つかみ取った成果なのだ。
「……マジモンの女王様た、笑えてくるぜ。いや、悪い意味じゃねえが」
極度の疲労に全身の筋肉を震わせたまま、ルカが古木に背を預ける。
「は、は、は。女王様って、そう来たかよ」
ミーナが剣を支えにうな垂れる。
ここまで戦場に立ち続け、仲間を守り抜いた膝が、今になって笑っていた。
ともあれ辺りを警戒しながら、一行は女王へ手短な挨拶を終えた。
戦局の行方はどうか。
塔の方に向かったタータリクスはともあれ、エウィンの町はイレギュラーズに制圧されつつある。
いくらか流れてきた情報によると、魔種やアルベド達は町から次々に撤退しているようだ。
いずれにせよ、戦闘の収束は後は時間の問題であろう。
「一件落着、カナ?」
ライエルがメジャースケールをかき鳴らして。
月の光だけが、ただ静かに湖を揺蕩っていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
今回<月蝕アグノシア>蜂蜜金の欠片との連動依頼ということで、状況上PCさんがお二方登場しています。
また、夏あかねSDの『<月蝕アグノシア>樊籠バロックと咎の花』と、もみじSDの『<月蝕アグノシア>蜂蜜金の欠片』に、敵方のその後がちらっと描かれていたりします。
MVPは、なんかすげえすごかった方へ。
なんやねんその威力……。
魔種タータリクス、アルベドミラーカ、アルベドアリアは逃走しました。
アルベドシフォリィを撃破し、妖精の少女コットンヒースの救出に成功しました。
アルヴィオンの女王ファレノプシスの救出に成功しました(!?)。
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
妖精郷アルヴィオンへようこそ。
いきなり全体依頼です。
●目的
魔種タータリクスを『月夜の塔』に到達させない。
本シナリオは、もみじSDの『<月蝕アグノシア>蜂蜜金の欠片』と連動しています。
もみじSDのシナリオで女王を救出するまで、足止めしましょう。
どちらかの失敗は、もう片方に強い影響を与えます。
ただし『成否そのもの』は連動していません。
このシナリオなりに成果を出せればOKです。
例えば向こうの救出が成功してしまえば、そこまで戦えればOKです。
もちろんそれ以上の成果を得ても構いません。
●諸注意
本シナリオと『<月蝕アグノシア>蜂蜜金の欠片』は、どちらか片方しか参加出来ません。
あらかじめご了承くださいませ。
●ロケーション
湖の畔にある原っぱです。
草原とか木とか花とかあります。
こちらの戦場での時刻は夜。
比較的明るく、足場や視界に問題はありません。
●初戦
以下の相手が待ち構えています。
『アルベド』タイプ・ミラーカ・マギノ
ミラーカ・マギノ(p3p005124)さんを模した怪物です。
仲間のHPやAPの回復を行う他、瞬間的に能力を増大させ、至近攻撃を行ってきます。
怪物なりに、ご本人とステータス自体は違います。
何とは申せませんが、とてつもなく大きな弱点があります。
『アルベド』タイプ・シフォリィ・シリア・アルテロンド
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)さんを模した怪物です。
バランス良く高い能力を、更に瞬間的に増大させ、恍惚、ブレイク、弱点、必殺等の攻撃的なBSを持ちます。
怪物なりに、ご本人とステータス自体は違います。
『ニグレド』×4
黒いどろどろのひとがたのモンスターです。
うすのろですが、中々にタフです。攻撃そのものは素早いようです。
中距離まで粘液の触手を槍のように伸ばして攻撃してきます。
『ルクスリアン・オートマタ』×4
手足が刃物になっている自動人形の怪物です。
意外とタフで素早いです。
物理至~近距離主体で攻撃。列攻撃あり。
出血系のBSを保有しています。
・人工精霊『炎』×2
燃えさかるトカゲのような炎の魔物です。
攻撃力が高く、HPとAPが少ないです。
神秘遠近両用。範囲攻撃あり。
炎系のBSを保有しています。
・人工精霊『氷』×2
透き通った少女のような氷の魔物です。
攻撃力が高く、HPとAPが少ないです。
神秘中距離主体の攻撃。範囲攻撃あり。
氷系のBSを保有しています。
●増援1
いくらかの時間が経過すると、以下の相手が現れます。
『アルベド』タイプ・アリア・テリア
アリア・テリア(p3p007129)さんを模した怪物です。
強力かつ攻撃的な神秘スキルを操ります。
特に石化、恍惚、不運、呪い、AP攻撃、失血、炎獄、狂気、呪縛等、凶悪なBS攻撃を誇ります。
ステータスは特に、HP、AP、命中、回避に優れています。
怪物なりに、ご本人とステータス自体は違います。
『魔種』タータリクス
ボクは見ての通り色欲の魔種だ。
もちろん恍惚に魅了に、何だって出来る。当たり前だろ。
けどな、そればっかりは絶対に使わないぜ。
甘く見ないでくれよ。ボクぁマイハニー『ファリー』一筋だ。
もちろんハニーにもそんなことはするもんか。
当然だろ、こういうのは心が重要なんだ。
さあかかってこいよ、イレギュラーズ!
見ろよ、これが火薬ってやつだ!
消し炭にしてやるよ!
愛の力ってやつを、教えてやるからなあ!
『ニグレド』×?
黒いどろどろのひとがたのモンスターです。
うすのろですが、中々にタフです。攻撃そのものは素早いようです。
中距離まで粘液の触手を槍のように伸ばして攻撃してきます。
数は不明です。
『ルクスリア・ワーム』×?
ミミズのような胴体に獣のような足。
コウモリのような、けれど飛べない羽をもつ醜悪な魔物です。
激しい接近攻撃を行ってきます。
数は不明です。
『メルクリウス・ウーズ』×?
銀色のスライムです。
うねうね動きますが非常に硬質という不思議なヤツです。
身体の一部を鞭や槍のように伸ばして中距離攻撃してきます。毒を持ちます。
数は不明です。
●増援2
更に長く時間が経過すると、徐々に徐々に多くの魔物が現れ続けます。
状況は加速度的に不利になっていく可能性があります。
●アルベド
タータリクスが創り出した魔物です。
イレギュラーズの一部を元に素体が作られ、妖精の命で動いています。
魔種に従っているようですが、多少の自我があるようにも見えます。
身体にはフェアリーシード(妖精をぎゅっとした宝珠)が埋め込まれています。
フェアリーシードに押し込められた妖精は生きていますが、これを破壊すると共々死にます。
うまーくやれば、妖精は助けられるかもしれません。
●同行NPC
皆さんに混ざって無難に行動します。
具体的な指示を与えても構いません。
絡んで頂いた程度にしか描写はされません。
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
皆さんの仲間。
両面型前衛アタッカー。
Aスキルは格闘、飛翔斬、ディスピリオド、剣魔双撃。
非戦闘スキルはジャミング、物質透過。
『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)
神秘後衛タイプ。
Aスキルはブラックドッグ、エメスドライブ、ミリアドハーモニクス、マジックフラワー。
非戦闘スキルは異形朋友、精霊疎通、精霊操作。
『虹の精霊』ライエル・クライサー
歌により、いくらかの支援能力を持ちます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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