PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<妖幻惑蒐記>淡の矮星

完了

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●Whither is fled the visionary gleam?
 宝石の街『エレディタ』。永い、永い歴史を持つ其の街は、『過去の遺産』の宝石達と寄り添い暮らす、少しばかり可笑しな所。つい最近迄、閉鎖的だった其処は次世代を担う若者達の聲に依って、幾らかの試行錯誤の上、得意運命座標――イレギュラーズを客人として持て成す程に成長と発展を遂げていた。
 此度は街の片隅の、Cafe & Bar『アルコバレーノ』が物語の舞台となる。此れは、とある長い、長い一日の定点観測の記録。

 からん、と心地良い音を立てて、マーキースの氷の欠片が飲み干したグラスを打つ。熟した石榴の実を思わせるアルマンダイン・ガーネットの曹達は、香りは華やかに。喉越しはしゅわしゅわ爽やかで、仄かな甘味のする其れは彼の方舟をも照らしたと言う輝き。憂鬱な朝を払拭してくれて、トーストやスクランブルエッグとの相性も良い。お代わりが自由なのも有難い所だろうか。気の良い店員が何時の間にやら注いでくれて居るものだから、つい長居をしてしまうと云うものだ。
 もし、其れでも気怠ければテーブルの奥に或るポットの中から、シトロンシロップを何匙かドリンクに入れるのをお勧めする。脳まで蕩ける心地な甘味の後に来る、突き抜ける様な酸味で否が応でも眼が覚めるとも。
 モーニングセットに付くデザートは、最近が旬の苺水晶がたっぷりと入ったヨーグルト。朝の採れたてがスライスされていて、ミルキークォーツの粉末を緩めに溶いたクリームを入れているから、円やかな口当たりで評判が良く、此の街の人間であれば嫌いな者は居ないと迄云われている程。
 『いってらっしゃいませ』と恭しくお辞儀をする店主の肩には何時見ても、キュンと長く黒曜石を思わせる嘴をした翡翠が留まって居て、短い尾を揺らし得意気に羽根を広げて共に客を見送ってくれる。尚、性別は雌で、彼は彼女の事を愛し『奥さん』だと豪語して止まない。
 
 昼に訪れるのなら、食べ応えのあるランチメニューをオススメする。白い食器に此れでもか、と堆く盛られたサラダは、歯応えのあるスポデューメンのライラックピンクやエメラルドグリーンで色鮮やかだし見た目も良い。ピリリと胡椒の効いた琥珀や、酸っぱくコクのある白瑪瑙のドレッシング等が選べて、たまに気紛れで出される風変わりなものが掛かっていた日は当たりだ。常連になればなる程其の頻度も上がるらしく、街長なんてどうだい、自分好みにアレンジして貰ったドレッシングで何時も食べてるって専らの噂じゃあないか。
 分厚いハムソテーの挟まったサンドイッチとグラタンのセットは男受けが良い。女性に人気なのはエッグベネディクトやカナッペ、ヘルシーなハーブローストチキンやキッシュ。紅玉髄のソースのオムライスは食べ盛りの子供達にぴったしだし、バターで炒められたゴロゴロとした具材は、老若男女問わず心を掴んで離さない一品でひっきりなしにオーダーが飛び交うものだから、此の時間だけは店員を多く雇っているそうだ。おやつ時なら、学校が終わってお小遣いを握り締めた子供達が少し背伸びをして、銀河を模した菫色のアメシストキャンディが浮く珈琲と一緒に、パフェやケーキを頼んで舌鼓を打っているから微笑ましいものだ。

 夕方の十七時からはバータイムに入って、店の印象ががらりと変わる。薄暗い照明に瞬くのは華麗なブルウに金と銀の鏤めたラピスラズリ。蒼い天鵞絨の椅子だって、明るい時間とは違った貌を見せるものだから不思議だ。年月を感じさせる少し錆び付いた蓄音器からはムーディな音楽が流れ、食事も酒の肴になる物がメイン。仕事終わりのリフレッシュに寄っても良いし、カクテルグラスを傾けて愛を嘯くって云うなら此の時間帯がぴったしだと云えよう。
 メジャーなカクテルから、オリジナルカクテル迄、様々な色彩に溢れていて、『彼女をイメージした物を』だなんて少し古臭い文句なオーダーだって受けてくれる。すいすいと飲めてしまうが度数はそこそこだから、飲み過ぎは厳禁だ。所狭しと並んだリキュールの棚が見れるバーカウンターは早い者勝ち。
 また、特筆すべきは此の時間帯だけ其々のテーブルに置かれる小さな硝子ケースに入った宝石や、夜迄たっぷり睡った鉱石達のお披露目の棚が姿を現す事だ。此の場で買い求める事も可能で、宝石の膨大な魔力――マナを借りて魔術を行使する、謂わば宝石魔術師達には欠かせない存在であり、鉱山で良い物が出たとなれば己で使う者も、子供の将来の為、将又恋人へのプレゼントとして、人の出入りがひっきりなしになるのだった。
 霊的なものを信じてなくても、煌々ときらめく宝石達は見るだけで楽しいし、お気に入りの石の有る場所を探すなり、一日の終わりに其の日のタイトルにするに相応しい石の席に座ったって良い。若し気に入って別れ難いなら、テーブルの物も同じ様に買う事が出来るので店主と応相談になる。グラスを磨いている最中に、鼻歌混じりな時はご機嫌な証拠。其の時を見計らえば少しお安くしてくれるかも知れないので話し掛けてみては如何だろう?
 しっとりと、大人びた色気のある夜を過ごしたければバーカウンターを。仲間内で程々に話に花を咲かせるならボックス席で。そうして、あっという間に夜更けになれば店仕舞い。お代を置いてぞろぞろと出ていく客を見送る店主の台詞は何時だって――『いってらっしゃいませ』。

●Then sing, ye Birds,sing,sing a joyous song!
 押さないで、押さないで。一列に並んで! 遽に活気に満ち溢れた『境界図書館』で、『ホライゾン・シーカー』の片割れであるカストルが人員整理する傍ら、もう半分の片割れのポルックス・ジェミニが、何時か、言った売り文句を得意気に放つ。
「――ねえ、宝石って食べた事は有る?」
 あなた達を待っている人が居るの、と見せたのはひとひらの封筒。何時の間にか本に挟まって居たと云う、真珠を溶かした様な白に艶めく封蝋が押された其れには、案内状が入っていたらしく、彼女は踊る文字を読み上げる。
「先日は、此の街にお越し頂き有難う御座いました。皆様方のお陰もありまして、街も良い方向へ進んでいるかと思われます。より多くのイレギュラーズの方々にエレディタへ足を運んで頂きたく思い、当街自慢の喫茶店を一日貸し切りでご案内とお持て成しをさせて下さいませ。つきましては『銀製の何か』をお持ちの上、お一方からでも、亦はご家族、ご友人、恋人とお誘い合わせの上、御立ち寄り戴ければ幸いです。……ですって! 凄いじゃない、貸し切りなんて!」
 ふんふんと意気軒昂に捲し立てると、ポルックスは共に添えられて居た街の地図を寄越して見せる。赤い丸で囲まれた場所が、喫茶店なのだろう。
「『銀製の何か』、ねえ。スプーンとか、フォークとかそんな物でも良いんじゃないかしら?」
 以前は表紙の仕掛けに込められた銀のペンダントが通行許可証になったが、多くを案内するのであれば数が足らなくなる事だって起こり得る。だからであろうか、今回はドレスコードとして持ち寄って欲しいらしい。彼女が上げた他にも、身に付ける装飾品の類や、楽器、鏡、洋酒器、鈴、様々な物が有るだろうから、何も無理して買いに走らなくとも、身近な物で大丈夫そうだ。
「わあ、わあ! ポルックス、ちょっと手伝っておくれよう!」
「はーい、今行くわ! ごめんなさいね、慌ただしくって。呉々もマナーを守って、楽しくね! 折角紡がれた縁ですもの、街の人を悲しませる様な事はしない、其れさえ出来ればOKだし、あなた達なら心配は要らないって信じてるわ。それじゃあ、『いってらっしゃい』!」

NMコメント

 しらね葵(――・あおい)です。
 この度は当ラリーノベルのオープニングを読んで下さり、有難う御座います。
 初めてのライブノベルの次は、初めてのラリーノベル。初めて続きではありますが、皆様の長い様で短い時間をうんとフレッシュに宝石を添えて切り取って行きたいと思っております、何卒、宜しくお願い致します。

●世界観
 宝石の街『エレディタ』。
 宝石に寄り添い、宝石と共に生きる街です。
 可食性のある様々な宝石が実っていて、此処では其れが当たり前の様に振る舞われます。
 独自の魔術体系が古より基盤となっており、亦、其の余りの特異さ故に永きに渡って閉鎖的だった場所。理由は様々ですが、他の場所で其の様に宝石を齧っても、痛い思いをする上に奇人扱いを受けるだけだから……なんて事も昔の人は考えて居たのかもしれません。

●依頼内容
 Cafe & Bar『アルコバレーノ』で一日を過ごす。
 本日は一日お客様はイレギュラーズの皆さんだけの貸し切りです。

●各章のシチュエーション
 第一章……朝
 モーニングの時間です。血圧が低くて中々頭が冴えて来ない方も、朝は何時もアンニュイな方も。若しくは、早起きして日課の鍛錬を終えて汗を流したよ! と云う方も、朝ご飯を食べましょう。
 席数はそこそこにある為、うっかりお腹がいっぱいになって居眠りをしてしまったりしても大丈夫。エレディタの街でしか読めない新聞に目を通しながら、のんびりしてみる等も如何でしょうか。

 第二章……昼
 お昼時から、夕方のバータイムが始まる時間迄です。お洒落な白いプレートで出されるランチセットがオススメの一品。
 ドリンクをお代わりしながら、本を読んでみたり。話に花を咲かせてみたり。
 十五時からの二時間はデザートタイム。此の時間でしか食べれない甘味を狙うなら、うんと長く席に貼り付いてみたり。または時間を見計って入店するのもオススメです。

 第三章……夜
 十七時からはバータイムとなります。ちょっぴり大人の時間。未成年の方も入店出来ますが、提供出来るのはソフトドリンクやノンアルコールカクテルです。未成年の飲酒、ダメ、絶対。
 様々な宝石に擬えたリキュールが並んでおり、定番のものからオリジナルカクテルまで。普通のエールやウィスキー等の酒類も御座います。
 バーカウンターであれば、『あちらのお客様からです』とか『今日の私に似合うものを』なんて事も可能です。是非楽しんで下さいませ。
 また、お気に入りの石が見つかりましたら購入する事も可能です。屹度、5000G位で売れるやつ。

●備考
 オープニングに上がっている物の他にも、様々な宝石を召し上がって頂く事が可能です。
 『こんなのありそう!』と云うメニューを色々想像して楽しんでプレイングを掛けて頂けましたら幸いです。店主に『こんなのどう?』と考案を投げ掛けてみたら、次に来る頃には定番メニューに加えられていたりもするかも知れません。
 また、完全お任せでもお料理・ドリンク共に提供致します。
 『好きな宝石は此れなんだけれども……』『こんな色が好き』の様な事だけでも、プレイングに織り込んで下さいましたら、精一杯お持て成しさせて頂きますので、メニューが思い付かない! と云う方でも御気軽に。店主になった気持ちでしらねがせっせと厨房に立ちます。

●ドレスコード
 銀製の何か。特別此れと形に拘りの有る方は御記載下さい。皆様一律『持って来て門番に見せたので街に入れた』扱いになりますので、無くても大丈夫です。


 以上になります。皆様のお越しをお待ちしております。
 ――……『いらっしゃいませ!』

  • <妖幻惑蒐記>淡の矮星完了
  • NM名しらね葵
  • 種別ラリー(LN)
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年04月08日 17時02分
  • 章数3章
  • 総採用数41人
  • 参加費50RC

第3章

第3章 第1節

 十七時。陽が傾き始めれば、店の照明の光度がぐっと絞られる。その代わりに、濃紺の夜空を思わせる瑠璃が天井で煌く。
 飛びっきり濃くて青い夜空を地上から臨んで居た彼等、彼女等が宇宙にも似ているのは屹度、ちらちらと舞い散る星の粉を吸い込んだからに違いない。
 其の金粉を塗した小さな小さな軀は今迄、幾人もの人の心を惑わせて来た。一面の青世界。
 差し込む月の光はさやかに、アルトサックスは人間の囁き声に似て、何処か切ないトランペットに、小さなオーケストラであるピアノ、グルーブを生み出すベース、ドラムのキレのあるハイハット、其れ等が混ざり合って心地良く脳を揺らせば、薄明かりなのも相まって自然と人と人の距離は近くなる。
 そして、此の時間になれば、人々の話し声を子守唄に微睡んで居た極上の宝石達が眼を覚まして、繻子が開け放たれれば『わたしは此処よ』と皆が競って囁いて、輝くから、其の美しさと魔力に引き寄せられる儘に手を伸ばしてしまうのも仕方が無いと云うもの。

 今日の『アルコバレーノ』の夜は、特にカウンターが盛況で、少しばかり古い樹のバーチェアに人が犇く。
 先付けはミックスナッツとガーリック風味のパスタフリット。子供だからって、ミルクで遇らったりなんてしない。
 『教えてくれませんか』とグラスを磨く店主は問う。

 ――お望みに相応しい煌めきを、あなたへ!


第3章 第2節

黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家

『もう夜なのね? まだまだいたいけどそろそろ帰らなくちゃなのだわ……』
 あっという間の一日、別れ難い、此の煌く夜空を臨んで。人形の眸は思わず指を差し伸べたくなる程、潤んでいる様にすら思えた。
「今度は部下達も連れて来よう。皆、嫁殿が大好きだからな、喜んで来てくれるだろう」
『ええ! またみんなで来ましょうね!』
 そう云えば、貌をぱあっと明るくして指切りを強請るから。『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は指を絡めて約束だと肯く。

 そんな奥様に店主が選んだのは飛びっきり大きくて輝く銀河を浮かべた月長石。
 月は、太陽に照らされて光るもの。とろりと優しいミルク色は『月に恋する石』だと古くにスキャンダルされていたものだから、此れ以上に似合いのものは無いと語る店主は其の石を黄色い布で包み乍ら、こんな事も云う。
『此れは、情熱を誘い愛を叶える媚薬です。そして、内なる自分を映し出す鏡でもあります。本物の愛であれば、其れは其れは熱く燃え盛って、悩ましく。けれどお気をつけて。偽りであれば、たちまちに冷めてしまう。ですから、此の石の前では嘘が吐けなくなるのです』
 尤も、心配はご無用でしょうけど。そう渡された包みは、ちっちゃな両手に余る程。
『まあ! まあ! 嬉しいわ鬼灯くん! こんな綺麗な宝石! ありがとう、大好きよ!』
「嗚呼、全くだ。不思議と嘘が吐けないな、困ったものだ。――俺も大好きだよ、嫁殿」

成否

成功


第3章 第3節

エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)

 アズライトの大粒が耳に光る、『熱砂への憧憬』Erstine・Winstein(p3p007325)は、『失礼しちゃうわ』と口を尖らせた。其れも其の筈。イレギュラーズには外見と年齢がそぐわないなんて日常茶飯事で、Erstineも優に1500年以上の年月を生きているのだから。

 彼女が飲むのは、鮮やかな色彩が印象的なフルーティ・カクテル。
 ウィスキーに柑橘、シュガーシロップなどをシェーク。グラスに注いでソーダを加え軽くステア。ガーネットの煌めきは真っ赤な朝焼け。恐ろしい夜を越えた時に臨む、空色だった。
 店主の真意を問えば、『お客様は先程から赤の宝石に眼が行っている様でしたから』。
 『む、無意識に赤い石を探してしまっていたわ……っ』と恥じらうも時既に遅し。
「い、石を、売っているのね? あ、赤。いえ? ええ、青とかあるかしら」
 なんて取り繕うのに忙しい恋する乙女に、にっこり笑った店主が棚から出して見せたのは、星を抱く小さな石。スタールビーとスターサファイア。
『極上の不純な恋に酔って産まれた其の石が輝いて見えるのだとしたら、不純な振舞いの影に潜む自分らしく生きる勇気や、人生の裏側迄識るセクシィな部分に惹かれていらっしゃるに違いありませんよ。――お包み致しましょうか?』
「……う、お願いするわ」
 交わる三本の線は、信頼、希望、運命。硝子の中で寄り添う二粒が妙に照れ臭くて。
「ほんと、参ってしまう」

成否

成功


第3章 第4節

ヴァリエール・ルノルノ(p3p008038)
邪龍の加護受けし娘

 こう見えても私、立派なレディなの。
「苦いのは嫌よ、甘いのを頂戴」
 そう云う『邪龍の加護受けし娘』ヴァリエール・ルノルノ(p3p008038)に店主がお仕立てしたのは、ハーブの香りがしっかり感じられる、鮮やかな翡翠――エメラルドグリーンのアブサン。
「まぁ……私の目の色に合わせてくれたの?」
 彼女が此の街の門を潜る為に持って来た銀の匙をアブサン・スプーンに見立てた一杯。此れには『中々気が効くじゃない』とご満悦。
「生憎ホールは開いてないけど、溶かしたシロップを垂らす事くらいは出来るものね?」
 ちりちりと音を立てて燃ゆる角砂糖の火が落ち着いて来たら、ファウンテンの冷えた水を注いで、最後によくかき混ぜて出来上がり。色の変化をじっくり心行くまで堪能してから、一口。独特で強烈な苦味の中にしっとりとした甘み。複雑ながらも爽やかな味わいに虜になってしまうもので。
「『悪魔が運んで来た酒』だなんて、良く言ったものだわ」
 ほんのり、熱を帯びる軀に、とろり、と蕩ける思いの双眸。
「ついでにデザートも頼んであげる」
 濃口の酒には、負けてしまわない位甘いものが似合う。レディの仰せの儘に、出されたプリン・ア・ラ・モードは純喫茶の側面も見せるコルトンディッシュの器で、固めのカスタードプリンに口当たりの軽いホイップクリームとのバランスは絶妙だ。
「こんなの、幾らでも食べれちゃうじゃない、狡い、狡いわ。もう一杯、頂ける?」

成否

成功


第3章 第5節

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って

「あちらのお客様からです」
 ことん。
「あちらのお客様からデス」
 ことん。
「……ふふ」
「えへへ」
 其々をイメージし合ったカクテルを交換すればすっかり大人気分でご機嫌なふたり。
 『おもちゃのお医者さん』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)が贈るのは、パパラチア・サファイヤを思わせる橙とピンクの交差する桜桃を浮かべた、エキゾティックにアニスやシナモンが香るスパイシー・チェリーコーク。
 対して、『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)が贈ったのは、百の月が集まった晩の様に光るジャスパー、桃にココナッツの香り。甘い葡萄と、春の陽気に芽生えたミントの若葉を飾ったノアノア。
「ありがとう、何だか、宝物のお裾分けっこみたいだね?」
「宝物のお裾分けとはろまんちっくなことを! 飲んでしまうのが一層勿体ないケレド……あ、乾杯しますか!」
「するする、其れでさ、いっせーのせ、で飲もうよ。そうでもなきゃ、俺も勿体なくて飲めないもの。――じゃあ」
「「乾杯!」」
 グラスが割れてしまったら、楽しい気分も台無し。目を合わせ、脚の部分を持って軽く持ち上げるだけの乾杯も、『大人』の嗜みだ。
「うん、美味しい! あっという間に夜になってしまいました」
「こう、勉強の疲れが溶けてくみたいな気がするや……」
 そわそわ、何方が言い出そうか? そんな風にお互い動向を見ながらも、ついつい眼が行ってしまうのは、此の時間まで無かった煌く棚。四方の天もいちめんの星、銀河の行き着く先は、余りに心を踊らせて止まない。
「や、やっぱりイーさんも気になりますか……宝石、買えるのですよネ」
「うん、宝石の魔法は混沌では使えなくてもさ、とっておきのお守りになりそうで!」
「見に行きます?」
「行っちゃおうか、うん勿論、君も一緒だってば、オフィーリア」

「ね、あの棚、見て! あれなんて、君にすっごく似合うと思うな。ほら、あの宝石!」
 眩い金色に、藍と茶が走るパーティ・カラード・サファイアは、其の輝きに負けない位、力強くて明るい俺の友達に似合いだとイーハトーヴの談。
「あんなに格好良い石を身に付けたら、ボクは鉱石鉄騎種になれる気がするよ!」
 いやあ、参っちゃうなあ。あっちなんてどうでしょう、触ったらふわふわと柔らかそうな雲か、綿の様な白い石。――ウレキサイトは、ボクの友の腕に抱かれる兎の彼女に似合いそう! リュカシスは笑う、其れに、心優しいイーさんだもの。宝石魔法が使えそうだからと。欲張って選んだのはまろっこい緑をした、デマントイド・ガーネットの原石。
「どうしよう、あっちもこっちも気になっちゃう……! でも、」
「デモ?」
「そんな風に云われて、買わないで帰る様な男は一寸、……格好悪くない?」
「全く以て、同意ですネ。男が廃ると云うもの! じゃあ、もう一回、いっせーのせ、デス!」
「「すいませーん!」」

成否

成功


第3章 第6節

マルク・シリング(p3p001309)
軍師

「宝石のカクテルともなれば、お酒以上に多様な色を表現できる、ってことだよね。是非、実物を見たいな」
 バータイムに入っていそいそとカウンターに移動したマルク・シリング(p3p001309)の眼に映ったのは、まるで其の場其の物が宝箱の様な、見惚れる景色だった。
 思い思いに此の特別な一夜を楽しむ客達の手元にも宝石達がきらりと光って止まず、まるで彼や彼女等自身もお喋りにすうっと混ざり合って居る様な感覚。

 ルビーのベルモット・ロッソに、エメラルドのシャルトリューズ・ヴェール。ダイヤモンドのジン、全てを宝石に擬えたプースカフェ・スタイルのビジューは見目麗しく、ステアすれば魔法に掛かった様に甘過ぎない優しい味の、微睡む琥珀が顔を覗かせる。『宝石』の名を冠しているだけあって、『アルコバレーノ』では良く飲まれているカクテルだ。
「比重を利用しているのかあ、最初に此れを発明した人は屹度、名高い魔法使いなのだろうね」
 余り酒には強くない事を自負しているからこその特別な一杯を、時間を掛けて味わい尽くした彼に店主が贈ったのは、空想力を高める力を持つと云われている幻想的な澄んだ紫の夜の石――タンザナイト。
 正面から見れば青紫に、他の二方向から見れば薄紫と赤紫に。多色さが少年心を擽ぐる様で、空に翳せば童心に返った心地。
「有難う、とても良い思い出になったや、また何時か機会があったら、此の子を連れて訪ねさせて貰うね」

成否

成功


第3章 第7節

アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
ラピス・ディアグレイス(p3p007373)
瑠璃の光

 何時か、大人に為る迄は、アルコールはお預けだけれど。
 少し軋むカウンターチェアにふたり、並んで腰掛けて大人のフリをする。
 世にも美しい天上のブルー。飛びっきり美しいラピスラズリに触れた事がある『君に幸あれ』アイラ(p3p006523)は夜空を見上げて息を飲む。まるで、彼に抱かれている様で――其れだけで、酔った様に軀が、熱い。
 彼女の愛おしい宝石――ラピス(p3p007373)は、其の横で店主とこそこそと内緒話。不慣れな少年のお願いに微笑んで、『其れではうんと素敵なものを御用意いたしますね』だなんて彼に耳打ちをした。
「ら、ラピス、何をしているの? ボクに内緒でなにかするんですか?」
「何かって? 出て来るまでのお楽しみさ」
 とウインクして見せる彼。こんな少し拙い愛の駆け引きだって、大人への予行練習。より一層気持ちを盛り立ててくれるから。嗚呼、今日は本当、心臓が幾つあっても足りない気分だ。
「でも、キミがそういうなら我慢してみせます、キミはボクが嫌がることはしないもの。そうでしょう?」
「その通り。僕はいつだって君の笑顔が見たいんだから」

『お待たせしました』
「わあ……!」
 金の蝶を引き連れた、群青と水色。
 甘くて苦いブルーキュラソーシロップの香りにライムが絶妙にマッチして、少し刺激的な味がする、ラピス。
 優しく柔らかい口当たりでクセのないクリーンな味わいに、フレッシュレモンジュース、オレンジ、レモン、レッド・チェリーを浮かべた甘酸っぱくて可愛らしいアイラ。
 キンと冷えた瑠璃と燐葉石の氷は泪の形のペア・シェイプ。
「僕達二人をイメージしたものを頼んでみたんだ」
「……こんなの、狡いです」
 ただえさえ、好きで、好きで仕方ないのに、こんな事をされてしまっては。繊細で緩やかなジャズから調子は外れて、ハイテンポで鼓動が高鳴る一方で。
「ますますキミのこと、大好きになっちゃいます」
「ふふ、僕も大好きだよ、アイラ」
「折角なら、交換しましょう」
 ボクを、キミが。キミを、ボクが。
「……其れで、今日の日に乾杯をしませんか?」
「成る程ね、じゃあ交換だ。……うん、今日という、素敵な宝石の一日に乾杯」
 カクテルグラスとフルート・シャンパングラスの淵を軽く合わせれば、二羽の蝶々はシャイなふたりの代わりに熱いくちづけを。尤も、熱に浮かされた男女がそんな事をしたって誰も咎めはしない――気分はほろ酔い、アイラが彼の肩に寄り掛かれば、ラピスは柔い黒の髪を撫でてキスを落とす。
 其の真意は、触れたいだとか、構って欲しいだとか。もっと云えば、独占欲と我慢と、愛おしいと思う気持ちで溢れて居て、けれどそんな事、云われなくても判っている。だから、『ボクもですよ、ラピス』なんてちらりと覗く女の貌。
「おっと、じゃあ記念に宝石を買って、お暇しようか?」
「……うん、そうですね。折角ですから、さっきの石を探して、帰りましょうか」

成否

成功


第3章 第8節

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神

 美しい酒神バッカスは、時として女の姿を取る事もある――。『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)に連れ立ってやって来たのは世にもあえかな菫色、アメシストの髪をした女性『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)だった。
 美しい店に傍らには美しい女性、そして手元には美味い酒。
「卿のお蔭で素晴らしい夜になる、そう確信しているよ。アーリア」
 朝からキープして居た席の眺めの絢爛たるや、高い天上の中でも最も星が近くに感じられ、背中からは宝石達の囁き声や歌声が聴こえて来るかの心地。
 一人静かに飲む酒も亦良いものではあるが、隣に其れの嗜み方をこよなく熟知した女性が居る時間の其れとは比べるまでもないだろう。そう、真面目な貌で溢すベルフラウに、アーリアは濡れた紅い脣でくすりと笑って。
「ベルフラウちゃんったら、そんな事言われても何も出ないわよぉ?」
 女性だろうと其の凛とした佇まいでエスコートされると、私どきどきしちゃうわ! と、輝く白磁の肌には朱が差す。
「さて、次は何を頼もうか……卿の事を知りたい。どのような物を好む?」
 喉を灼く様な蒸留酒か。
 其れとも甘く舌に絡む天鵞絨の様な果実酒か。
 将又、卿の御髪の様な、滴る葡萄酒か。
「そうねぇ、好きなのは重過ぎない赤ワインと…… 一人ならウィスキーをロックで、が好きかしらねぇ。嗚呼、でも」
「ふむ?」
「折角だから宝石に擬えたリキュールで私達らしいカクテルを作って頂きましょ?」
「臆、朝も私の髪に擬えてくれたのか、コーヒーにそっと金を添えてくれてね。此処の店主の腕はお墨付きさ」
「其れなら尚更楽しみだわ、私達がどう見えているのかしら、なんてね?」

 ドライ・ジンに、モルガナイトの様な桜のリキュール。黄桃の円やかな甘さとフレッシュな香りのするピーチとレモンジュースをシェイク。上質なオレンジジュースを沈め、カクテルピンに刺したグリーンチェリーは洗練されたエメラルドの輝き。
 スプリング・オペラは彼女達ふたりの出逢いの春を彩るにも相応しい一品。
 最初に交わす盃に見合う美しいカクテル、かけがえのない一瞬。
「じゃあ、乾杯しましょ、素敵な運命と、巡り合いに感謝を――乾杯!」
「私達の夜に、乾杯」

 バッカスの髪が複雑な色合いに染まって行き、宴も酣。ベルフラウが差し出したのは小さな小包。中には、花弁を吐息で凍らせた様な、酔わせる大人のピンク・トパーズのネックレス。
「今日と言う日を忘れぬ守りだ、貰ってくれ」
「そんな、忘れられる訳がないわよぉ」
 此処迄は、騎士の段取り通り。けれど、こっそりと宝石を買ったのは気付かれていて――、此の様な場で相手に気取られない振る舞いは彼女の方が上手なもの。返礼用の真っ赤な宝石。渡したらどう云う反応をするだろう、と思うと、アーリアは楽しみで仕方が無かった。
「……ふふ」
「どうした?」
「何でもなぁい」

成否

成功


第3章 第9節

チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
ミシャ・コレシピ・ミライ(p3p005053)
マッドドクター

 宝石を喰べる、世界。其れは、何て。
「幻想な世界だよね…… 御伽噺のお姫様か、はたまた力を求める大魔導師か」
「随分とロマンチックな事を云うのね、チャロロ?」
「だって、ハカセ、オイラそんなの見た事も無いよ。実に興味深いね、しっかりメモを取らなければ」
 こんな時でも小さなメモ帳を広げ、ペンを構える可愛らしい弟子――『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)に、『ハカセ』と呼ばれた白衣姿の女性――『マッドドクター』ミシャ・コレシピ・ミライ(p3p005053)は、余裕たっぷりで、そして少しだけ悪い笑み。
「じゃあそんな坊やに大人ってものを教えてあげなきゃねえ?」
 
 バーカウンターに着いた彼女のオーダーはこうだ。
「此方の可愛いチャロロを想って、ファイアオパールと、彼の眸にお似合いのアイオライトを添えて下さる?」
「ふむふむ、こちらのかわいいちゃろろをおもって……ええ!」
 貌に火がぼぼぼっと灯そうで、漸くの思いでカウンターチェアによじ登った少年は、夜のバーなんて初めてなものだから、そんな愛の嘯きなんて当然聞いた事も無い響きだ。
「ちょ、ハカセ!? そんなストレートな注文しちゃっていいの!?」
「しぃっ。余り騒がないの。こんな素敵な夜ですもの、自分に正直にならなきゃ損ってものよ――其れで、あなたのお返しは?」
「……ええっと、此方のハカセの金の瞳をイメージしたシトリンやルチルクォーツのドリンクを、ノンアルコールで、お願いします?」
「ふふふ、良く出来ました!」

 ラムとグレープフルーツジュースを同量で、砂糖とグレナデンシロップを少しずつ。シェイクして、氷を入れたワイン・グラスへ。トロピカル風味な中に、グレープフルーツジュースのほろ苦さが加わればさっぱりとした呑み易さ。
 ファイアオパールに良く似た橙のイスラ・デ・ピノスに、濡れたブルーの様な、悪戯な多色性を秘めた菫青石の花開くカクテルピンを。
 甘酸っぱいアップルとシナモンの香りに、ほんのりパイのバターテイストを感じられるアップルパイ・シロップに、カルヴァドス、アップルジュースを全て注いで、ステア。シトリンの砂糖漬けを縁に添えた、黄金の輝き、トリプル・アップル。
「本当に出てくるんだ…… ってハカセ、どうしたの?」
「彼処に、ね」
「わあ、まるで本当に燃えているみたいな赤いファイアオパールだ、買うの?」
「ええ丁度良いわ、御免ください、あの子を頂戴な」
 ファセット加工の施された輝く姿の何と美しい事か。クリアで大胆、『鮮明な赤は上質の証拠ですよ』と店主も鼻高々で、チャロロが好奇心で覗き込めば、其の石が秘めた魔力にだろうか。
「見てると何だか引き込まれそう…… 頭が、くらっとして。酔っているみたいだ」
「此れであなたを強くして…… って、あらあら、女より先に酔うなんて。でもまあ、今日の所は素敵な出逢いに免じて許してあげるわ」

成否

成功


第3章 第10節

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛

「いい匂い。調味料の合わせ方が上手いんだろうね、この店。味のほうも楽しみだよ」
「僕はしーちゃんの手料理のほうがいいな……」
「カンちゃん、まーたわがまま言って。宝石が食べられるなんて珍しいじゃないか」
「でも、こうして一緒にお出掛け出来るのは良いね、何だかデートみたいでうきうきするの。――……って、ええー明ら様に厭そうな貌しないでよ」
 『じゃあ僕もこの店入らなーい』と其の場にしゃがみ込んで不貞腐れる『今は休ませて』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)を、何とか取り成して入店する迄が、『炒飯作った!』秋宮・史之(p3p002233)の今日の一難、第一波。
「……あ! しーちゃん指輪、着けてない!」
「……うげ」
 ほら、一息吐く迄も無く第二波がやって来た。今日は殆、災難な一日である。尤も、此の幼馴染は昔から自分にだけは我儘放題だったけれど。
「あげたのに! せっかく選んであげたのに! 僕の言うこと聞かないってどういうこと!?」
「まあ指輪だし、着けろって云うのは百歩譲って判るとして…… こっぱずかしいんだよ、なんで左の薬指限定なのさ……」
「やーだー、もう帰る!」
 今にも床に転がってじたばたと駄々を捏ね出しそうな程の姿を前にしたら、どんなに気が重くても――否、気どころか実際に重たくて、もう、メリケンサックでも着けてるのかな? って心地になるとしたって、致し方ない。だってほら、見られてるもの、店中の人が、此の傍若無人な振る舞いをする睦月と困り果てた自分を遠目に見ているんだもの。
「ほら、着けたって、此れで良いだろ。ね、カンちゃん、甘いものでも食べようか?」
「……食べる」

 仕切りのついた箱の儘差し出されたのは、鉱石に見立てカラフルな色味を再現した、キラキラ輝く食べる宝石、琥珀糖。外はシャリシャリ、中はゼリーの様にトロッと不思議な食感。此れには和菓子好きの睦月も幾らか気分が上向いた様で、夢中で食べているからお世話係もほっと胸を撫で下ろす。
 そんな彼には、グリーンミント・シロップにミルク、アイスクリーム、氷をブレンダーで滑らかになる迄混ぜ合わせカクテルグラスに注いで、オリーヴを添えたグラスホッパーシェイク。ペリドットを昼は無邪気で陽気なティンカー・ベルに喩えるなら、夜は女王が戴くに相応しい、ボトルグリーンの妖しい煌めき。
 ぽっちりと野の花の様に赤い冷凍苺と、クランベリージュース、グレープフルーツジュースをコリンズグラスに入れて優しくステア。ガーネットを思わせるランド・ブリーズを啜って、僕の眸の色だとご機嫌の睦月は『こんな風に、赤い石が嵌った指輪も良いな』なんて、云うのだから、史之は戦々恐々だ。
「まさか亦、ペアリングとか云わないよな」
「カンちゃんは、指輪とか好きそうなのに?」
「其れは、くれる人に依るよ」
「ふうん、じゃあ僕があげるって云ったら?」
「……そうなると、其の指輪に依ってだな」

成否

成功


第3章 第11節

アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
ヘーゼル・ナッツ・チョコレート(p3p008080)
指し手

 幻想の街の本屋さんは、今日は一寸だけ早く店仕舞い。
 くいくいと袖を引いて、少女は身近な宝石――ひとはけの妖しい光の横切る猫目石を引き連れて。
 とっぷり陽が落ちて、お月様がひょっこりと貌を出せば。軈て店内も、客のオーダーだって、多色性を宿した宝石の様に、もう一つの側面を見せる。

「じじとばばへのお土産話は出来たのかい、娘さん。何れ、見せてご覧」
 彼女にはまだちょっぴり高いカウンターチェアは、文字通り、地に足のつかない心地、足をぷらぷら、そわそわ、きょろきょろ。
「娘さん? おーい」
 右横に座る猫目石――ヘーゼル・ナッツ・チョコレート(p3p008080)が落ち着かないアッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)の貌前で手を振って、其れで漸くはっとした様にアッシュは居住まいを正すと、羊皮紙の切れ端の束を隠す様に手で囲う。
「おみやげ話、沢山です。でも、あんまり読んじゃだめです……」
「読んじゃ駄目なのかい」
 がっくし。そんな風に項垂れる女だが、其れ自体にはさして気に留める様子も無く、『まあ、まあ。宝石を食べたなんて言ったら、じじもばばも、其れだけで驚きでひっくり返ってしまうだろうけどね』と薄ら笑った。

 冷凍バナナにクラシックシロップ、レモンジュースとオレンジ風味のモナンシロップをミキサーに掛けて、ソーサー型シャンパングラスに注ぎ、バナナのスライスを添えた、フローズン・バナナ・ダイキリ風のカクテルは、水で磨いただけのまろっこいイエローサファイアに似ている。
「……あの。わたし、まだお酒は」
「安心おし。其れはさっきへなちょこさんが頼んだノンアルコールだから」
「そう、ですか。いただきます」
 ストロースプーンで掬って、舌に乗せれば其れはひんやり甘くて、とろーり食感。
「……!」
「美味しいかい、何処かのんびりしてる娘さんだもの。ゆっくり舌で楽しめた方が良いだろう?」
「……ヘーゼルさんの、其れは。コーヒーの匂いが、しますね」
 何時の間にやら、彼女の手元にはホイップの浮かぶ、まるでテクタイトの様な黒――アイリッシュ・コーヒーが。温かな湯気と共に立ち昇ると共に、穀物の豊かで甘い香りが広がって、其れは大人しか呑めない『宝石コーヒー』なのに違いない、と思うと、アッシュは少しだけ『狡い』なんて気分になるのだ。
「嗚呼、眠気覚ましだ。こんな素敵なデートのお誘い、寝ていられないよ……ふぁ、」
「ヘーゼルさんも、食べてみますか? 甘くって、シャッキリします、よ?」
「んん? じゃあはい、あーんってして、あーん」
「自分で、食べて、ください」
「こりゃ、手厳しい。でもさ、娘さん、もし君が立派な大人になって、酒が呑める様になって、寄り掛かりたい人が居たら。私みたいに此れをお頼みよ」
「……何か、意味がある、のですか?」
「カクテル言葉ってのが有ってねえ。今度本を貸そうか。其れで、此れは――」

「『暖めて』だ」

成否

成功


第3章 第12節

ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲

 至高のデザートタイムを終えて、されど欲しいのは更なる甘さ。
 『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は、甘いものとふわもこが――貌が思わず蕩けそうになる位に弱くて、愛していた。

 こんな日は、何処までも甘い夢に溺れていたい。そんな自分に似合いのものを。そうオーダーすれば、琥珀を溶かした限りなく白に近い色。ホワイトチョコレート・クリーム・リキュールを使ったホワイト・アレキサンダー。御行儀良くカウンターチェアにしっかりと座るジークだって大切なお客様。彼には、ピーチ・スカッシュジュースとウーロン茶、スライスしたレモンとしゅわしゅわの炭酸でお洒落なモクテル――レゲェパンチを。
 プレイ・オブ・カラーが遊ぶ虹色のオパールチョコレートを肴に、天井を見上げれば満天の星空。
『オパールは、見る人の心に依って、無邪気な光の精にも、恐ろしい死神の様にも見えるのだそうですよ』
 だなんて、『貴方には何に見えますか』と続けた気に店主が云うから、自分よりもずっと老いているのに、とっておきの秘密を吐露する少年の様に悪戯心が煌く彼の眸を見遣れば、『唯拾っただけの美しい石を、本物の宝石だと思って。大切に抱いて睡る少年時代の真昼時の夢だろうか』と、こんな台詞だってすいすいと出て来るものである。
「穏やかな時間も偶には良いものだ、なあジーク。……何、睡いか。ならば帰るとしよう。馳走になった、良い夢を」

成否

成功


第3章 第13節

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子

「大変、興味深い場所でした」
 学舎、街役所、畑に鉱山。勿論、図書館だって忘れていない――寧ろ、離れ難い程に居座って、街に滞在出来る時間も後少し。百余りを生きる己をしても、触れた事の無い世界。
 欲を云えばまだまだ此の地に睡る叡智に触れていたいけれど、お腹だって空く。そうして、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)が『アルコバレーノ』を訪れたのは、客の足取りが緩やかになった夜の事だった。

「一杯、美味しいお酒を頂けますか?」
 彼女の望みの煌めきは、タンザナイトの様な青色。甘くて、辛い、そんな一杯。
「度数の強いお酒でも構いませんよ、……あら? そんなお酒強そうに見えませんか?」
 少女の姿の中に或る妖艶な『女』が挑発をする。其れは極限まで洗練された狂気的な宝石の輝きにも似て。
 グラスに塩を纏わせた、ウォッカベースのコズミック・コーラルはグレナデンシロップを加えて深みのある青に。

『屹度此の青は、清かに流れる小川のせせらぎでは無く、疵だらけの、絶望を通り抜けた男の静かな強さなのでしょう』
「……ええ。そう、ですね」
 早々に酔い潰れる事の無いドラマも、其の時ばかりは、酔いしれる様に。嗚呼、唯一、孤高のタンザナイトと男に違いが有るとしたら――多分、インクルージョンの量だ。『私』だって、すっかり内包されてしまって居るのだから。
「ふふ、嗚呼、いえ。如何しようもない事を。チェイサーを下さいな」

成否

成功


第3章 第14節

古木・文(p3p001262)
文具屋

 こんな夜空の群青は、水に溶ける事の無い古典ブルーブラックに似ている。
 『想心インク』古木・文(p3p001262)は、普段より少しだけきちんとした装い。
 綺麗で沢山の宝石は、貧乏性な彼の眼にいっそ毒な程に圧倒されてしまうから。座ったのはバーカウンターの隅っこ。

「マスター。この店をイメージしたカクテルを作って頂く事は、出来ますか?」
 折角だから、頼むなら何か記念になる様なものを。そんなオーダーに、店主は鳩に豆鉄砲、目をまん丸に見開いて『喜んで』と応えた。
 ウォッカに、濃く煮出したバタフライピーティー。其処にラベンダーレモネードを垂らして。宇宙を注ぎ入れたかの様な夜色に、ちらちらと舞うのは星屑に見立てた金箔。
 丁度、こんなラピスラズリの天上の様な。長い事、晴れの日も、雨の日も。此処に在り続けて、人が足繁く通って共に臨み続けた星空こそが、此の店其の物の名も無き一杯なのだろう。
 一杯を通じて、街に触れ、空気に溶け込めた様な心地になった文は、ふと、胸に挿した万年筆で。空に、描かれている無数の人々の名に連ねる様に――自分の名前を、何だか無性に書きたくなった。

『長い事やっていてね、其の様な御注文を頂いた事は無かったのですよ』
「でも、直ぐに出て来たって事は……」
『ええ、勿論。来るべき日に備えて、練習済み』
「あはは、尚更、飲み干してしまうのが惜しくなりますね」
『幾らでも、お代わりをお作りしますよ』

成否

成功


第3章 第15節

 本日は、皆々様、お越し頂き有難う御座います。
 如何でしたでしょうか? お望みに見合う宝石を、見つける事は叶いましたか。
 其れならば、恐悦至極に存じます。
 
 名残惜しいですが、そろそろ店仕舞いのお時間となってしまいました。
 お休みなさい、良い夢を。
 そして、『行ってらっしゃいませ』。またのお越しを、お待ちしております。
(三十三頁/『アルコバレーノ』店主マーサの独白)

 ――『CLOSED』……

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