シナリオ詳細
<妖幻惑蒐記>淡の矮星
完了
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オープニング
●Whither is fled the visionary gleam?
宝石の街『エレディタ』。永い、永い歴史を持つ其の街は、『過去の遺産』の宝石達と寄り添い暮らす、少しばかり可笑しな所。つい最近迄、閉鎖的だった其処は次世代を担う若者達の聲に依って、幾らかの試行錯誤の上、得意運命座標――イレギュラーズを客人として持て成す程に成長と発展を遂げていた。
此度は街の片隅の、Cafe & Bar『アルコバレーノ』が物語の舞台となる。此れは、とある長い、長い一日の定点観測の記録。
からん、と心地良い音を立てて、マーキースの氷の欠片が飲み干したグラスを打つ。熟した石榴の実を思わせるアルマンダイン・ガーネットの曹達は、香りは華やかに。喉越しはしゅわしゅわ爽やかで、仄かな甘味のする其れは彼の方舟をも照らしたと言う輝き。憂鬱な朝を払拭してくれて、トーストやスクランブルエッグとの相性も良い。お代わりが自由なのも有難い所だろうか。気の良い店員が何時の間にやら注いでくれて居るものだから、つい長居をしてしまうと云うものだ。
もし、其れでも気怠ければテーブルの奥に或るポットの中から、シトロンシロップを何匙かドリンクに入れるのをお勧めする。脳まで蕩ける心地な甘味の後に来る、突き抜ける様な酸味で否が応でも眼が覚めるとも。
モーニングセットに付くデザートは、最近が旬の苺水晶がたっぷりと入ったヨーグルト。朝の採れたてがスライスされていて、ミルキークォーツの粉末を緩めに溶いたクリームを入れているから、円やかな口当たりで評判が良く、此の街の人間であれば嫌いな者は居ないと迄云われている程。
『いってらっしゃいませ』と恭しくお辞儀をする店主の肩には何時見ても、キュンと長く黒曜石を思わせる嘴をした翡翠が留まって居て、短い尾を揺らし得意気に羽根を広げて共に客を見送ってくれる。尚、性別は雌で、彼は彼女の事を愛し『奥さん』だと豪語して止まない。
昼に訪れるのなら、食べ応えのあるランチメニューをオススメする。白い食器に此れでもか、と堆く盛られたサラダは、歯応えのあるスポデューメンのライラックピンクやエメラルドグリーンで色鮮やかだし見た目も良い。ピリリと胡椒の効いた琥珀や、酸っぱくコクのある白瑪瑙のドレッシング等が選べて、たまに気紛れで出される風変わりなものが掛かっていた日は当たりだ。常連になればなる程其の頻度も上がるらしく、街長なんてどうだい、自分好みにアレンジして貰ったドレッシングで何時も食べてるって専らの噂じゃあないか。
分厚いハムソテーの挟まったサンドイッチとグラタンのセットは男受けが良い。女性に人気なのはエッグベネディクトやカナッペ、ヘルシーなハーブローストチキンやキッシュ。紅玉髄のソースのオムライスは食べ盛りの子供達にぴったしだし、バターで炒められたゴロゴロとした具材は、老若男女問わず心を掴んで離さない一品でひっきりなしにオーダーが飛び交うものだから、此の時間だけは店員を多く雇っているそうだ。おやつ時なら、学校が終わってお小遣いを握り締めた子供達が少し背伸びをして、銀河を模した菫色のアメシストキャンディが浮く珈琲と一緒に、パフェやケーキを頼んで舌鼓を打っているから微笑ましいものだ。
夕方の十七時からはバータイムに入って、店の印象ががらりと変わる。薄暗い照明に瞬くのは華麗なブルウに金と銀の鏤めたラピスラズリ。蒼い天鵞絨の椅子だって、明るい時間とは違った貌を見せるものだから不思議だ。年月を感じさせる少し錆び付いた蓄音器からはムーディな音楽が流れ、食事も酒の肴になる物がメイン。仕事終わりのリフレッシュに寄っても良いし、カクテルグラスを傾けて愛を嘯くって云うなら此の時間帯がぴったしだと云えよう。
メジャーなカクテルから、オリジナルカクテル迄、様々な色彩に溢れていて、『彼女をイメージした物を』だなんて少し古臭い文句なオーダーだって受けてくれる。すいすいと飲めてしまうが度数はそこそこだから、飲み過ぎは厳禁だ。所狭しと並んだリキュールの棚が見れるバーカウンターは早い者勝ち。
また、特筆すべきは此の時間帯だけ其々のテーブルに置かれる小さな硝子ケースに入った宝石や、夜迄たっぷり睡った鉱石達のお披露目の棚が姿を現す事だ。此の場で買い求める事も可能で、宝石の膨大な魔力――マナを借りて魔術を行使する、謂わば宝石魔術師達には欠かせない存在であり、鉱山で良い物が出たとなれば己で使う者も、子供の将来の為、将又恋人へのプレゼントとして、人の出入りがひっきりなしになるのだった。
霊的なものを信じてなくても、煌々ときらめく宝石達は見るだけで楽しいし、お気に入りの石の有る場所を探すなり、一日の終わりに其の日のタイトルにするに相応しい石の席に座ったって良い。若し気に入って別れ難いなら、テーブルの物も同じ様に買う事が出来るので店主と応相談になる。グラスを磨いている最中に、鼻歌混じりな時はご機嫌な証拠。其の時を見計らえば少しお安くしてくれるかも知れないので話し掛けてみては如何だろう?
しっとりと、大人びた色気のある夜を過ごしたければバーカウンターを。仲間内で程々に話に花を咲かせるならボックス席で。そうして、あっという間に夜更けになれば店仕舞い。お代を置いてぞろぞろと出ていく客を見送る店主の台詞は何時だって――『いってらっしゃいませ』。
●Then sing, ye Birds,sing,sing a joyous song!
押さないで、押さないで。一列に並んで! 遽に活気に満ち溢れた『境界図書館』で、『ホライゾン・シーカー』の片割れであるカストルが人員整理する傍ら、もう半分の片割れのポルックス・ジェミニが、何時か、言った売り文句を得意気に放つ。
「――ねえ、宝石って食べた事は有る?」
あなた達を待っている人が居るの、と見せたのはひとひらの封筒。何時の間にか本に挟まって居たと云う、真珠を溶かした様な白に艶めく封蝋が押された其れには、案内状が入っていたらしく、彼女は踊る文字を読み上げる。
「先日は、此の街にお越し頂き有難う御座いました。皆様方のお陰もありまして、街も良い方向へ進んでいるかと思われます。より多くのイレギュラーズの方々にエレディタへ足を運んで頂きたく思い、当街自慢の喫茶店を一日貸し切りでご案内とお持て成しをさせて下さいませ。つきましては『銀製の何か』をお持ちの上、お一方からでも、亦はご家族、ご友人、恋人とお誘い合わせの上、御立ち寄り戴ければ幸いです。……ですって! 凄いじゃない、貸し切りなんて!」
ふんふんと意気軒昂に捲し立てると、ポルックスは共に添えられて居た街の地図を寄越して見せる。赤い丸で囲まれた場所が、喫茶店なのだろう。
「『銀製の何か』、ねえ。スプーンとか、フォークとかそんな物でも良いんじゃないかしら?」
以前は表紙の仕掛けに込められた銀のペンダントが通行許可証になったが、多くを案内するのであれば数が足らなくなる事だって起こり得る。だからであろうか、今回はドレスコードとして持ち寄って欲しいらしい。彼女が上げた他にも、身に付ける装飾品の類や、楽器、鏡、洋酒器、鈴、様々な物が有るだろうから、何も無理して買いに走らなくとも、身近な物で大丈夫そうだ。
「わあ、わあ! ポルックス、ちょっと手伝っておくれよう!」
「はーい、今行くわ! ごめんなさいね、慌ただしくって。呉々もマナーを守って、楽しくね! 折角紡がれた縁ですもの、街の人を悲しませる様な事はしない、其れさえ出来ればOKだし、あなた達なら心配は要らないって信じてるわ。それじゃあ、『いってらっしゃい』!」
- <妖幻惑蒐記>淡の矮星完了
- NM名しらね葵
- 種別ラリー(LN)
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年04月08日 17時02分
- 章数3章
- 総採用数41人
- 参加費50RC
第2章
第2章 第1節
昼時は最も料理の提供量が多く、忙しない時間だ。朝に訪れた客が、昼食を摂りに来る事だって何ら珍しくないのが此の街切っての喫茶店の何時もの風景である。
特異運命座標<イレギュラーズ>の貸し切りの今日だって、朝から其の場に深く根を下ろして居る者。一度は退店して亦、訪れた者。様々だが、皆んな一癖も二癖も有るとっても変わり者!
此の時間に為ると、パートの従業員もやって来るし、料理人志望の青年が厨房に入ってくれるから店主は仕事が奪われてしまったりもするのだけれど。『そこそこの歳なのだから』『少しは休んで下さいな』と言われようと、将来現役を傍の翡翠――ルーシーに誓っている。
其れに、店の隅々迄眼を配って、サービスに不足して居る部分は無いか、お客様が求めんとして居る事。些細な動作から読み取って、率先して動けるのは、熟練たる彼をおいて右に出る者は居ないだろう。
そんなエレディタの街屈指の気遣い屋さんの元には、朝の盛況を受けて今日の記念にと増刷した新聞や、子供用の入門書から小難しい大人向けまで、様々な本を人々が持ち寄って来て、普段は幼児向けの絵本位しか無い棚がぎっちぎちな程。
急拵えで作った大きな『FREE』のプレートを本棚に置いて、其れから外に置くボードをランチメニューを描かれたものと置き換えて。そんな事をしている間に、青年が作ってくれた軽食をバックヤードで素早く美味しく頂けば、ランチタイムの始まり、始まり。
第2章 第2節
『大いなりし乙女』ミィ・アンミニィ(p3p008009)が此の街を訪れるのは二度目の事だ。
暖かな日差しが心地良いテラス席でメニューとじっくり、睨めっこ。ああでも無い、こうでも無い。思わず頭を抱えてしまう程に。宝石達は余りに美味しそうで、そう吟味して居る間にもお腹は空いて行く一方だ。
「……いっそ、我慢しなくても、良いのかも知れませんね?」
そうして、メニュー表をぱたりと閉じた彼女のオーダーに、店内は遽に騒然とする。
ランチメニューを此処から彼処まで、全部。巨躯を持つ彼女には、普通の『お腹一杯』では物足りぬ。『お腹がはち切れそう』でも、五分目或るか、無いかと云うライン!
冷めてしまっては美味しく無い、と云う信条の元に、せっせと給仕されるパン、ピザ、パスタ、サラダにハンバーガー。様々なスープにハヤシライス、決め手は卵を十個も使ったとろとろふわふわ大きな特製オムライス。
此れには、胃袋も大満足で、デザートはラージブランデーサイズのグラスで飲む苺水晶とキウイのヨーグルトフラッペ。ひんやりしゃくしゃく、食事と春の日差しで火照った軀を程好くクールダウンさせてくれた。
「あー! 苺狩りの時に居たねーちゃんだ!」
声のする方へ振り返れば、街の子供達が口々に『例のフルーツサンド』の感想を話すものだから、考案した彼女も鼻高々。
「良かったです、嗚呼、そうでした。後はパフェとタルト。何れも頂かないと!」
成否
成功
第2章 第3節
首から掛けた聖十字に一切の曇り無く。当主の証たる其れは、父から受け継いだ燦然たる輝き。『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は一時の憩いを求めて此の街へ。
日頃の喧騒からかけ離れた此処では、肩の荷も降りると云うもの。
まん丸ピザにはサードニクスのソースにピンクコーラル、葉物を此れでもかと云う程盛って。切り分ければ、とろり、と今にも落ちそうにチーズが糸を引く。冷めない内に折りたたんで口に入れると、ほんのり香る潮の香り。此の街は海には面して居なかった筈だが、鮮やかなピンクは『海の宝石』とすら呼ばれる桜海老の味と歯応えに近く生地は耳まで香ばしい。
オーロラの様な光沢を帯びたゴールデンオーラの紅茶には、甘酸っぱい杏ジャムを落として。其の色合いは何処か、妻の眸の様で、何だか無性に、逢いたくなった。
そんな風に思わせてくれる宝石との出逢いを提供するのは、屹度とても楽しいものなのだろう。翡翠が寄り添う店主の忙しそうな後ろ姿に羨望の眼差しを送り、戦とは無縁の癒しの空間を紡ぐ仕事と云うのも中々良い、俺だったらどんな店にするだろうか、なんて夢の地図を描いてみたりもして。
――其れでも、未だ、俺は。此れからも戦い続けるのだろうけれど。
退店がてら『亦、此処で鋭気を養わせて下さい』と頼めば店主は『喜んで。いってらっしゃいませ』と微笑み頭を下げた。
「美味しかったです、ご馳走様でした!」
成否
成功
第2章 第4節
甘い、甘い、朝の後。
街をうろうろ、そこら中にある宝石はきらきらしていて。何処までが『本物』で、何処からが『食べれる』のか、ちっとも判らない不思議な街の姿をスケッチして歩いていれば、お腹の虫はくうくうと鳴いて、ランチな頃合い。
「……結局、戻って来てしまいました」
店先から、余りに良い香りがするから、此れは不可抗力なのだとドアを潜って、アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)が注文したのは噂のオムライス。
たっぷり掛かった紅玉髄のソースは真っ赤に煌めいて、ふわふわ卵との黄色のコントラスト堪らずごくり、と喉が鳴った。
何処の世界だって、オムライスは子供心を擽って止まない。
「……う。其処迄、子供と云う訳では」
一つ、不満を述べるなら、天辺に立てられた旗だろうか。善意とは云え、御年十四の彼女には何とも複雑な気持ち。
こんな昼食には、スチーム豆乳のアイスカプチーノ等のヘルシーな飲み物がお似合いだ。『FREE』とプレートの着いた本棚から宝石言葉の本を拝借して、お土産話のネタを探しながらの昼下がり、とでも洒落込みたいのだけれど――。
お腹が膨れたのと春の陽気が相まって、今にも夢の中へと旅立ってしまいそうな心地良い微睡への誘い。
くっつきそうな上下の瞼を擦って店内へ眼を凝らせば、皆が思い思いに過ごす穏やかな時間が其処に有った。
「此の時間が、もっと続けば良いのに、と思いました……と」
成否
成功
第2章 第5節
内背表紙に貼られた古い貸し出しカード。子供の字から、達筆な大人の字迄が連なった其れは図書館の、ひいては街の歴史を感じさせてくれる。そして一番下に自分の名が続くのは、何だかスッと此の空気に溶け込めた様で心地が良い。
図書館でじっくり本と向き合う一日も悪くは無かったが、自然と足は来た道を辿ってしまって。マルク・シリング(p3p001309)もすっかり、『アルコバレーノ』の常連気分だ。
紅茶な気分の午後は、イエローカルサイトとアールグレイのセパレートアイスティー。比重の差を利用して見事に二層に分かれた其れは、地に埋まった原石を彷彿とさせる様だった。
茶葉の違いを宝石に喩え出してしまえば、キリが無い程。口に含めば、苦味と酸味はグレープフルーツだとマルクの頭の中で当て嵌まる。
全部を食べるのは無理な分、全部を読んで記憶に残して帰ろうと決めた。然し、そうと為ると中々に忙しない一日。
街の食文化から、レシピ集迄、隅から隅まで眼を通して行く。平時自分が身を置く混沌では再現する事は不可能でも、想像の中で味わえると云う寸法だ。何せ、境界を越えれば宝石を齧ったところで味もしないし堅いだけだもの!
つい、本に夢中になって居る内にデザートタイムに入ったのだろう、脳が程よく疲れて甘いものを欲し出してたから丁度良い。後半戦は甘味を頂きながらで洒落込もうと手を上げた。
「あの、本日のお勧めと、紅茶のお代わりを!」
成否
成功
第2章 第6節
「ねえねえラピス。ボク、パフェが食べたいな?」
小さく首を傾げての愛しい恋人のおねだりに応えずしては男が廃る。『そっか、食べたいのかい、食べたいなら仕方無いね』と云うが否やの『君に幸あれ』ラピス(p3p007373)の美しい挙手っぷりと来たら。
然し、アイラ(p3p006523)だって唯の食い意地だけでお願いした訳では無い。優しい彼なら直ぐに注文してくれるであろう事は織込み済み。心地の良い喫茶店、向かい合う男女、一つのパフェとスプーン。此れ等が齎す最適解は――。
「そ、その。……あーん!」
ボクがまた緊張しちゃうなんて、お、思わないことですね! と勇んだ乙女は悲しい哉、緊張の余り吃った。積み上げた計画の中に『恥じらい』を勘定に入れて居なかった事に気付いたが後の祭り、しくじったか、と上目に彼を見れば、然して。
「あ、あ、其の。流石に一寸、照れるよ、僕だって」
かあ、と熱く為る頬。様子を伺う様に此方を視ている上に明らかはらはらしているのが分かる程、揺らぐアイスブルー。スタンバイ中の僕の可愛い可愛い彼女、溢れない様にちょんと添えられた手。なんて尊い。思わず天をも仰がんばかりの彼。
よもや、そんなふたりを店中の人々が固唾を呑んで見守って居る事なんて、気付く由も無い程に削がれた普段の余裕!
「じゃあ、頂きます。あーん……あむ」
きらきら、輝く宝石パフェ。下からシャンパン・ジュレ、コンポート、マスカルポーネクリーム、ジェラートに至るまで全てに今が旬の苺水晶が使われており、様々な味わいが楽しめる一品だ。赤が深い程、至極と云われている其れも、沸騰寸前まで茹だった恋人達の頬の色には負けてしまうと云うものだけれど。
「此れはいけません、きゅ、休戦協定を結びましょう、ラピス!」
「ええ? 僕の『あーん』は?」
「そんな事されたらボク、幸せすぎて溶けちゃいそうですし!」
「一寸残念だけど、アイラが溶けちゃったら大変だ」
クールダウンと、居住まいを正して互いにストローに口を着けて啜るドリンクは、甘酸っぱいベリーとダージリンの香りがしゅわしゅわの炭酸の泡と一緒に口の中で弾けて広がるベリーベリー・ティースカッシュ。此れも、お二方にお似合いだと店主直々に淹れてくれたものだ。
「あのね、知っていましたか? 美味しそうに食べるキミを見ると、ボクも幸せになれちゃうんです」
「……ふふ、君に食べさせて貰ったからかな、夢みたいな美味しさで、僕、とっても幸せだよ。――……ところで、」
「はい?」
「アイラが幸せなら、とても嬉しいけれど。僕の『あーん』は本当に要らない?」
「へうっ」
ボクは自分で食べたいなぁ、なんてまごつくも、彼女は観念した様に身を乗り出して。
「溶けちゃっても知りませんからね、本当に! でも、一口、一口だけして欲しいかもです……」
「一口かあ、貴重な一瞬だね? 眼に焼き付けないと。はい、あーん」
「……あーん。」
成否
成功
第2章 第7節
「美味いか、ジーク。ふむ」
店主が白い胸毛が汚れない様にと着けてくれたナプキンをご機嫌に揺らし、食べ易く切り分けてやった一口、一口を舌鼓を打って幸せそうなもこもこの綿飴――元い、ふわふわ羊のジークの可愛らしい姿に満足気に肯く『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)の前には、見事な迄に輝く宝石スウィーツの数々が並んでいた。
デザートタイムを未だか未だかと待ち侘びて、狙い澄まして訪れた彼の胃袋も心もすっかり甘いものモード。
苺ソルベのモナカ、まるで本物の宝石の様にキラキラの箱に入ったラウンド・ブリリアントカットのダイヤモンドチョコレート。どれ一つして同じものは無い個性的なフレーバーのエクレアに煌くは輝石、まん丸で彩り豊かなゼリー食感の砂糖菓子。
勿論、宝石パフェだって忘れてはいない。ショートケーキを思わせる赤と白のコントラストの美しさと来たら。
消化の促進を促すクローブ&シトリンティーはスパイスの薫り豊かに、口の中をさっぱりとさせてくれて心ゆく迄甘味を食べたいこんな時間のお供に一役買っている。
『全部頼みたい』と、そう伝えた時には眼を丸くされたけれど、ちゃんとに味わう事も忘れては居なかったし、お代わりだって視野に入れ出す程の美味で、男ふたりで食す甘々な宝石は二時間じゃ足りない程!
「苺水晶の味はどうだ? ジークにも食べさせてやりたかったものでな、そうか。美味いか」
成否
成功
第2章 第8節
「わ、このお店、紅茶も美味しい!」
甘いバニラに香ばしいペトリファイドウッドの食感が楽しいバニラナッツ・ミルクティーに、思わず聲を上げる『おもちゃのお医者さん』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)の手元にはスケッチブック。
穏やかな昼下がり、美しい宝石達から着想を得たらしき手は止まらない。全ては愛し兎の彼女の為に、鉛筆を走らせる。
「イーさんにはオフィーリアチャンの衣装を考えてるのデスカ」
「うん、そうなんだ。こんなのとかどうかな? 本物の宝石とはいかないけど」
『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)に見せたのは、胸元にパールを遇らった夜空を想起させる濃紺の生地に黒のレースのクラシックワンピース。其れから、エレガントで大人っぽいピンクのチュチュドレスはウェストにきらり光るビジューを留めたパープルのベルト。
「其れからね、って……う、うん。リュカシスの宿題の邪魔しちゃいけないよね。もう、分かってるよオフィーリア」
「はっ、そうなのでした! 此のレポートの提出期限がギリギリで! 気を抜くとのんびりゆっくりしちゃって此処は……魔性……」
「ね。時間がゆっくり流れてる気がするっていうか、俺、此の雰囲気好きだなあ」
「ドリンクも唯のお代わりじゃなくて、味が全部違うんデス」
リュカシスが今口を着けているのはインカローズの無花果ジンジャーエール。先程迄呑んでいたのはスパイシーなジンジャーコーディアル。そんな風に、味に変化をつけて出されるものだから『無限に呑めますね……』とは彼の談。
真っ新に近かったレポート用紙に何とか向かい合って書くのは、ギルド『ローレット』の仕事で学校を休んだ時の己の働きだ。
「……リュカシス、何だか忙しそうだね、学校って行った事無いけど、どんな事を書いてるの?」
「えぇっと、戦闘に自分がどう貢献出来たかとか、敵の事とか……結構、纏めるのが中々難しくて……」
レポートを提出すれば、実地訓練と云う扱いで細々としたものが免除になる。其れ故に、背に腹は代えられないのだが。『本当、難しくて』とがっくり項垂れる友人に何か出来ないかと思案した結果。
「あ、其れは名案だねオフィーリア! ね、俺のケーキ、頑張り屋さんの君に半分あげる!」
ゼラチンを使い、グレーズで表面をコーディングする事で艶々のコケティッシュなピンク・トルマリンの様に仕上げたあまじょっぱい桜のシフォンケーキ。
しっとり焼き上げた其れは、口の中ですっと溶けるけど。ひとりぶんにしては、大胆な位大きなカットでも、ふたりで分け合うなら丁度良い。
「え! ケーキ、もらって良いのですか! ありがとうございます!」
「俺にも、戦い方や情勢の事、教えてよ。講師料はちゃあんと払うからさ。君みたいに頑張らなくっちゃ」
「こんな美味しい報酬なら何時でも喜んで! よーし、頑張って仕上げるぞ!」
成否
成功
第2章 第9節
『ねっ!この砂糖漬けはなんの宝石かしら!』
ことん、ことん。机の上のポットを開けて宝探しをする奥様は、いたく此の店が気に入った様子。そんな、今日も愛らしい彼女の様子を眼を細めて優しく見つめていた『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)の掌には、先ほどから差し出された砂糖漬けがたくさん。
「うむ、此れは……成る程。美味いな」
深いパープルフローライトは可憐な菫。モルガナイトのピーチカラーは華やかな薔薇。金平糖の様なカリッとした舌触りに、仄かな花の香。
そんな男が頼んでおいたのは、朝と同じく奥様に因んだもの。
蒲公英の様な眩いシトリン、コクのあるシェリーカラー・トパーズ。白い可憐な花を閉じ込めた琥珀。微妙に色味のニュアンスも味も違う金色をうんと集めて甘いシロップの中へ落としたゼリーポンチは、まるで。
『お日様のお色ね!素敵ね!』
そう、サファイアブルーの眸を輝かせて無邪気に燥ぐ彼女は、彼の意図を知ってか、知らずか。
太陽の光に似た石は『希望』の象徴。そして、長い年月を経て輝き続ける宝石は、時代の美しい証人。
暦と、沢山の部下を纏め上げる忍集団の頭領であった自分。残忍な任務も難なく熟す、恐ろしい『黒影鬼灯』だった者に、一人の女を愛する事を教えてくれた。一人の男としての意味をくれた、其の色へ。
恭しく、掬い上げ、そうっと布越しのくちづけを。
「嗚呼、俺にとっての『お日様』の色だよ、嫁殿」
成否
成功
NMコメント
しらね葵(――・あおい)です。
この度は当ラリーノベルのオープニングを読んで下さり、有難う御座います。
初めてのライブノベルの次は、初めてのラリーノベル。初めて続きではありますが、皆様の長い様で短い時間をうんとフレッシュに宝石を添えて切り取って行きたいと思っております、何卒、宜しくお願い致します。
●世界観
宝石の街『エレディタ』。
宝石に寄り添い、宝石と共に生きる街です。
可食性のある様々な宝石が実っていて、此処では其れが当たり前の様に振る舞われます。
独自の魔術体系が古より基盤となっており、亦、其の余りの特異さ故に永きに渡って閉鎖的だった場所。理由は様々ですが、他の場所で其の様に宝石を齧っても、痛い思いをする上に奇人扱いを受けるだけだから……なんて事も昔の人は考えて居たのかもしれません。
●依頼内容
Cafe & Bar『アルコバレーノ』で一日を過ごす。
本日は一日お客様はイレギュラーズの皆さんだけの貸し切りです。
●各章のシチュエーション
第一章……朝
モーニングの時間です。血圧が低くて中々頭が冴えて来ない方も、朝は何時もアンニュイな方も。若しくは、早起きして日課の鍛錬を終えて汗を流したよ! と云う方も、朝ご飯を食べましょう。
席数はそこそこにある為、うっかりお腹がいっぱいになって居眠りをしてしまったりしても大丈夫。エレディタの街でしか読めない新聞に目を通しながら、のんびりしてみる等も如何でしょうか。
第二章……昼
お昼時から、夕方のバータイムが始まる時間迄です。お洒落な白いプレートで出されるランチセットがオススメの一品。
ドリンクをお代わりしながら、本を読んでみたり。話に花を咲かせてみたり。
十五時からの二時間はデザートタイム。此の時間でしか食べれない甘味を狙うなら、うんと長く席に貼り付いてみたり。または時間を見計って入店するのもオススメです。
第三章……夜
十七時からはバータイムとなります。ちょっぴり大人の時間。未成年の方も入店出来ますが、提供出来るのはソフトドリンクやノンアルコールカクテルです。未成年の飲酒、ダメ、絶対。
様々な宝石に擬えたリキュールが並んでおり、定番のものからオリジナルカクテルまで。普通のエールやウィスキー等の酒類も御座います。
バーカウンターであれば、『あちらのお客様からです』とか『今日の私に似合うものを』なんて事も可能です。是非楽しんで下さいませ。
また、お気に入りの石が見つかりましたら購入する事も可能です。屹度、5000G位で売れるやつ。
●備考
オープニングに上がっている物の他にも、様々な宝石を召し上がって頂く事が可能です。
『こんなのありそう!』と云うメニューを色々想像して楽しんでプレイングを掛けて頂けましたら幸いです。店主に『こんなのどう?』と考案を投げ掛けてみたら、次に来る頃には定番メニューに加えられていたりもするかも知れません。
また、完全お任せでもお料理・ドリンク共に提供致します。
『好きな宝石は此れなんだけれども……』『こんな色が好き』の様な事だけでも、プレイングに織り込んで下さいましたら、精一杯お持て成しさせて頂きますので、メニューが思い付かない! と云う方でも御気軽に。店主になった気持ちでしらねがせっせと厨房に立ちます。
●ドレスコード
銀製の何か。特別此れと形に拘りの有る方は御記載下さい。皆様一律『持って来て門番に見せたので街に入れた』扱いになりますので、無くても大丈夫です。
●
以上になります。皆様のお越しをお待ちしております。
――……『いらっしゃいませ!』
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