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シナリオ詳細

<Gear Basilica>コンスタンツェお嬢様の花嫁衣裳を守って。

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「どうしたって、守らなくちゃならないんです」
 息せき切って駆け込んできた村娘たちはローレットの受付で叫んだという。
「コンスタンツェお嬢様の花嫁衣裳なんです!」


 なぜ、いつも料理屋の個室を確保できるのだろう。
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は、口の中にジャムを落としてお茶をあおった。
「こないだは、外縁部の一件、お疲れさまでした」
 婉曲表現という奴だ。
 スチールグラードに存在する広大なスラム街『モリブデン』には古代兵器が埋まっていた。
 その情報を突き止めた鉄帝将校ショッケンはその力を独占すべくモリブデン確保に動き出した。
・悪質かつ強引な地上げや住民拉致を引き起こすショッケン一派が親征などの間隙を縫って軍事作戦を強行。
 しかしスラム民を守るようにローレットが展開。まさかの対抗勢力にショッケン一派は攻めあぐね、モリブデンと古代兵器の確保に至らなかった。
「けど、起動しちゃったんだよ。こっちも想定してなかった方向から。こう。歩く要塞。首都の外に向かっている」
 歩く要塞?
「はい。要塞を思い浮かべてー。高い塀。頑丈な建物。物見塔」
 思い浮かべた。
「その下に鉄でできたタコの脚とか鳥の脚とかを思い浮かべてー。イカとか亀でもいいけど。後、タイヤとかキャタピラとか」
 だんだん難しくなってきた。
「それが歩く。概要図はお手元の資料にあるので確認してね。それ、起動直後の証言をもとにして描かれてるから、みんなが遭遇するときなもっとでっかくなってる。多分」
 何それ、悪夢?
「現実で喫緊の案件なので、目をそらさないでねー」
 と、メクレオは言った。
「ギアバシリカは巨大だけど、『打倒帝国』して『新体制樹立』までは持っていけないっていう自己判断機能があるんだよ。厄介なことに」
 メクレオは、もっちもっちと揚げパンをかむ。
「無数の村や周辺の古代遺跡などを『捕食』して取り込み、自らを巨大な聖堂へと作り替えながら荒野を張りし続けているの。具体的には道中の村々で略奪して物資を補給しながら、無数のモンスターや兵隊を繰り出して。略奪、補給、増殖を繰り返してるの」
 なんで要塞をわざわざ大聖堂に。軍事的にはなんの意味もないだろう。
「魔種化して動力源として取り込まれたクラースナヤ・ズヴェズダーの聖女アナスタシアの影響だろうね。思想的裏付けは大事業には不可欠」
 世界を滅ぼすのは行き過ぎた正義の結果である方がよっぽど多い。
「まず腹ごしらえしてカーボローディングしてパンブアップしてからなって感じ。自分で行けるんじゃね!? と判断したら、首都に戻ってくるんじゃないかと予想されてる」
 言いたいことはわかるが、言いようってものがもう少しあるのではないか。
「で。それなら、超遠距離から波状爆撃かましてしまえばいいんじゃないかって気もするんだけどさ。そうもいかないんだよ。随伴歩兵部隊がいるの。つうか作っちゃうの」
 お手元の資料をご覧くださーい。と、メクレオはぞんざいに言った。
「ギアバジリカに取り込まれ、魔種アナスタシアの思想に洗脳された黒衣の兵団を本作戦より「スネグラーチカ歯車兵団」と呼称します。連中、魔種の影響を受けて狂気に染まっており、略奪や虐殺に対して全く抵抗ないから。ひるんでくれたりしないから。躊躇したらだめだよ」
 それからー。と、今度は干しなつめを口にほおり込む。
「ギアバジリカに取り込まれつつも洗脳されなかった兵隊たちもいるんだよねー。協力すればワンチャン首都を破壊し政権を奪えたら甘い汁を吸えると考えて協力している者がほとんど?」
 人間って汚い。
「なかには親友がスネグラーチカになってしまったのでそれを殺されないように協力していたり――」
 ちょっとまし。
「ただ悪事を働くのが気持ち良いだけという者もいるっぽい」
 全然だめだ。
「そんな感じで、命令系統もズタズタ。海洋王国外洋遠征への護衛艦隊や幻想及び天義への国境維持部隊など大事に追われる鉄帝軍に、これを即座に迎撃するだけの大部隊をすぐに用意することは難しいの。とんぼ返りったって、物理的に日数かかるし、兵站ってものがあるからね? 返ってきて疲労困憊して戦えなかったら意味ないから」
 ギアバジリカにとっては願ってもない展開だ。弱った敵を倒す方がいい。
「それと別系統で自立型機械のごっしゃんごっしゃんした化け物も生産されてます。戦車とか装甲車みたいに運用されてるから。そっちは今後『歯車兵器』って呼称する。でかい分、建物がやばい」
 建物を崩し、中身を総ざらいにされる。三匹の子豚の狼に足りないのはショベルカーだった。
「という訳で、今回の雇い主は、鉄帝で暮らす人々です。国家オーダーじゃないの。スラム民、闘技場のファイター、村人、クラースナヤ・ズヴェズダー教団員、軍人達の現場の判断ね。謹んで依頼にを受注し、迫り来る巨大な古代兵器に立ち向かろうじゃないか」


「それじゃ、個別の案件の説明するから。えーっととある村からの依頼です。村からの略奪を阻止したい。どうしても守らなくちゃならないものがあるとのことで。それを守るのは増殖阻止につながるってことで皆さんにお願いします」
 お手元の資料をご覧くださーい。とメクレオは言う。
「ギアバジリカは移動するだけでもかなりの燃料を必要とする。実際、移動距離や時間のロス考えると直接首都中央に突っ込んだ方が燃費に関してはいいんだよ。でもそうしないのは――」
 メクレオは、古代文明の神秘と呟いた。
「燃料は『誰かが大切にしたもの』であればあるほど良く、それを炉に溶かすことでエネルギーとする。物理的燃料では補えない何かで動いてるから。結婚指輪のような貴重品。冬を越すための食料。大切な家族――誰かのエネルギーが蓄積された物理存在を特定の場で加工して、エネルギーを抽出するんだな。ギアバジリカから放たれた歯車兵団はそうしたエネルギーを確保すべく道中の村々を襲撃し、略奪の限りを尽くしてると報告が来てる。素体が人間だからギアバジリカ単体では撮り逃しそうな小さなものまで根こそぎ」
 貪欲なまでに回収する。大事なもの。
「ギアバシリカの行動規範には彼女の影響がみられるんだよね。彼女の根底思想に『国は全ての物資を全国民に分け与えるべきである』」
 きちんと機能すれば、これほど素晴らしいことなはい。
「それで、全ての物資を分け与えるってことは、いっぺん全部一か所に集めなくちゃならないってことだよね。ギアバシリカはまさにそれを実行しようとしてるんだ。彼女がもっとも忌み嫌った最悪のやり方で」
 『大いなる略奪』
 ヒトもモノもみんな燃やして、何を分配するというのか。そもそも分配されるべき民などいなくなるのではないか?
「で、依頼先の村には、「代々のお姫様達が引き継いできていた花嫁衣裳」があるそうで」
 パワーワードが満載。さぞかしいいエネルギーが絞れそう。
「この村、刺繍で有名なんだって。もうすぐ結婚するお姫様のために衣装の改造と更なる刺繍で飾ってて。これ着ないで結婚とか領民的信条からありえないから、絶対死守。今、完成に向けて猛然とお針子たちが針さしてるけど間に合わない。別の場所に移動してっていうのも考えたけど、道中で襲われたらシャレにならない。とにかく村で死守したいって」
 村も守らなきゃだめな案件だ。なんかすっごいのいっぱいありそうだ。放置したらエネルギー源をギアバジリカに献上することになる。花嫁衣装が最重要だろうけど、村に入られる前にどうにかしなきゃ。後、刺繍職人も死守だ。結局全部じゃないか。
「エネルギーがこもってる状況で炉に入れなきゃならないから。対象そのものはその場で虐殺・破壊とはならない。ただし、障害はその限りじゃない。スノグラーチカ歯車兵団に人の心はない。死守する物は教会の地下に移してもらう。ギアバジリカが村を離れるまで略奪部隊をブッコロし続けてもらう!」
 ここまで一気に行ったメクレオは、さて。と言って茶を口に含んだ。中々飲み込まない。
「この度ご結婚するというお姫様なんですが、先日の<第三次グレイス・ヌレ海戦>に参戦してた将校さんでして。俺がその人にけがさせて駆逐艦ごと撤退させる作戦の説明担当だったんだよねー!」
 あっはっは。と乾いた笑い。
「そんで花嫁衣裳を急遽改造したくちゃいけないのは、負った傷が見えたり、布がこすれて触らないようにっていうことだそうでー。この事態の遠因は俺かなーって! 個人的に恨みがある訳じゃないから、ここは全力でお詫びがてら最良の結果を上げたいわけよ――そういう訳で、籠城戦。さっきも言ったとおり、歯車兵器と歯車兵団の合わせ技だから。建物を壊されない。地下の入り口を突破されない。後、夜逃げ専用裏道から突入されない。得意不得意はあるだろうから、どこにどれだけ人員を回すかはみんなに任せる。時間は、ギアバジリカが当該の村を通り過ぎ、歯車共がギアバジリカに帰投可能タイミングのギリギリまで。具体的に? それが分かったら苦労ないって。向こうも増殖中でどれだけ成長するか全然わからないんだから」

GMコメント

田奈です。
 石造りの教会でギアバジリカが通り過ぎるまで籠城戦しよ?

*敵
 歯車兵器『テナガザル』
 体高3メートル。バンザイしたら4・5メートル。
 生体部分はありません、機械でできています。呼称は見た目から。腕が異様に長い類人猿に似ています。
 敏捷性と膂力に優れ、重要そうな建物を判断し、壊すことに特化しています。
 常に蒸気を吐いていますので、居場所の特定は容易でしょう。
 全方位に高温圧縮蒸気を噴出し、敵を火傷させたり、窓ガラスを割ったりします。
 射程は長くはありませんが、回避するのは難しく、当たったらかなりのダメージです。打つ前に独特の機動音がします。

 歯車兵団『テナガザル随伴兵』
 黒づくめの兵団。人の心はありません。説得や回心を促すのは時間の無駄です。「想いがこもったモノ」を持ち帰るのが第一義ですが、妨害するものを破壊するのに躊躇はありません。

場所・村の教会
 村で最も堅牢な建物です。
 大きさは、バスケットコート一面くらい。天井は五メートル。廻回廊があります。入り口は一つですが、二方向がステンドグラスです。お持ち帰りする気満々なので、ぎりぎりまで壊されることはないでしょう。割られたら、敵の離脱タイミングは近いと思ってください。
 地下には、こんなこともあろうかと村人全員が籠城できるだけのスペースがあります。村人は貴重品をもってすでに集合しています。人形を忘れて戻る子供はいません。
 地下室への出入口は、教会の祭壇下からの正規ルートと、村の外縁部に繋がった夜逃げ用ルートがあります。
 夜逃げ用ルートは地下に直結しているので、外縁部から万が一侵入された場合、村の大事なもの全部お持ち帰りの可能性もあります。
 夜逃げ用ルートと地下室は大きな鉄扉で区切ってある上、地下室側から施錠しているので開けるのにそれなりの時間がかかります。

 村の大切なもの
 *「お姫様の婚礼衣装」――恐ろしくかさばります。運び出すのに職人三人以上必要です。布が上等で重く、大変格調高く、引きずるのが前提。一人で着られるわけもなく、着付けに数時間かかるタイプの服です。介添え人がいないと歩けない、壮絶な重量感。
 *刺繍職人――村の女性たちです。お姫様の傷を隠したり負担を減らすために、作戦中も作業中です。移動を開始するのにそれなりの時間がかかります。

 参考として。
 ネームド『怒涛を御する』コンスタンツェ
 鉄帝国軍人。
 妙齢で高貴な身分の女性です。色々思惑がこんがらがった結婚を控えているので公私共に今死ぬと人が数十人以上死ぬレベルでごたつきますので絶対死ねない立場です。本人も自覚しています。
 小回りの利く双剣を使います。手数を稼いで相手を自滅させるタイプです。
 見た目のたおやかさに反し、非常に頑健です。状態異常はほぼ無効化します。
 <第三次グレイス・ヌレ海戦>酔う岩礁に登場しました。
 海戦で受けた傷はいえましたが、傷は残りました。親征が終わり次第、婚儀が待っています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Gear Basilica>コンスタンツェお嬢様の花嫁衣裳を守って。名声:鉄帝0以上完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年03月01日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
彼岸会 空観(p3p007169)
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者

リプレイ


 遠くで、大きなものがきしむ音がする。
 ギアバジリカが接近しているのだ。

 ご婦人方への対応は紳士にしてもらうに限る。
「では、そろそろ時間ですので。何かあったら我々の指示に従っていただきます」
『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は、祭壇から地下室に降りるための入り口を閉めるところだ。
 苔と石と湿気とカンテラのにおいがする。隙間風を感じるということはどこかに通風孔があるのだろう。一酸化中毒で全員お陀仏ということはなさそうだ。
 刺さったら大男だって息の根が止まるだろうと思える太い棒――刺繍針だと職人は主張している――に、ピンと張ったらシカの首くらいは落ちるんじゃないかと思える金属線――装飾用の鉱糸だと以下同文――を通したものを布に突き立て、金属製のガントレット――指貫きだと以下同文――で武装した拳での正拳突きで――単なる押し込みだと以下同文――で貫通させて引き抜く。
 数十本の針によるド、ズコ、シャアアアアアアッ! という音が永久に止まらないビートを刻み、地下室に反響している。
 糸の太さが概念を破壊し、布の限界に挑戦するほど縫い込められる糸。地の布の色がすでにわからない。
「よそのことは知りませんけどね。この辺りは布をより丈夫に分厚くするために刺繍するんですよ。花嫁さんならなおさらだ。ちょっとやそっとじゃ破けないようにしないとね」
 そこらの軽武装が裸足で逃げ出す重厚さ。どこかの世界の精霊の類は裸足で逃げ出す金属量だ。
 村人全員収容して余りある聖堂の地下にはそれ以上の空間があり、そこに広げられた花嫁衣装に数十人の女が取り付いて針を滑らせている。
 長く長く大聖堂の緋毛氈の上に曳かれるのだろうトレーンには、代々の花嫁の個人の紋。
 オーバースカートには先祖代々の功績が刺繍されている。鎧武者や獣とか竜とかやたらと勇ましい。
「これは、代々のお嬢様方の功績ですよ。コンスタンツェ様のは特別多くていらっしゃるから新たに一枚増やしたんです。あたしたちの力作ですよ」
 誇らかに女の一人は言った。
「ほんとだったら、もう少し日にちがあったんだけどね」
「なあに、お嬢様のためなら朝飯前さ。三代前のテニリーシャ様の時は横で男どもが銃をぶっ放しながら縫ったんだ。今回は他に戦ってくれる人がいるだけ楽なもんさね」
 なかなか波乱万丈なご家系らしい。
「化け物に持っていかれる訳にはいかないんだよ。お嬢様の婚礼にはこれを着ていただくのがあたしたちの誇りなんだ」
 それまで生地から一瞬たりとも目を離さなかった女たちがイレギュラーズをひたと見た。
「あんたたち、すまないがよろしく頼むよ。この村はコンスタンツェお嬢様の直轄領だからね。お嬢様が来るなら一番最後さ。来れなくたって不思議じゃない」
 まずは他の村の救援に向かうと村の女は言う。自分のことは後回しだからね。と、誇らしげだ。
「あたし達のことはいいんだよ。でも、このドレスだけはお届けしたいのさ」
 ジョージは大きく頷いた。
「受け継いできた物の重みは、形も重みも違えど、分かっているつもりだ。何より、乙女の一世一代の晴れ舞台。それを飾るドレスを奪おうというのは戦うに十分な理由だろう」
 海戦での一件を抜きにしても。ジョージも自分の国のため、コンスタンツェに拳を向けている。
「職人が一生懸命になって作っている花嫁衣裳を奪わせるわけにはいかないですね。色々な人の想いも籠っているはずですし……」
  リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は、地下からの熱気に、ほう。と、息を漏らした。メイドとしてお仕えしているリュティスの仕事にも通じるところがあった。
「女性なら誰もが憧れる大事な衣装なのですから、それを奪おうとする輩は万死に値しますね」
 今は、この場を守るため。蹂躙されていいものなどないのだ。
 剝がしたカーペットを丁寧に敷き直し、踵を返す。
 教会の外で仲間が待っている。


 風に氷の粒が混じる。空気が冷え切っているのにどこかから機械油のにおいがする気がする。
 教会が村の小高い丘にあるのはもしもの時に籠城するためである。だから、村に侵入してくる黒い一団はよく見えた。
「今のところは、夜逃げルート出口付近にテナガザル随伴歩兵はいないようでござるよ」
『とってんぱらりの斬九郎』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は、使い魔の鼠の視界から、そう断じた。辺りに雪や草を踏み乱した跡はない。
 つまり眼下の連中に集中すればいいということ。
「人の大切なモン食ってパワーアップたぁ趣味が悪ぃな」
 遊撃班に名を連ねる『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が、ガツンと結論付けた。
「それが噂に聞く聖女サマから出てきたってんだから救いがねえ」
 まったくもってだ。悪意ある曲解とはまさにこのこと。傭兵団の若き長は押さえるべき所はきちんと押さえている。
 先の戦いで傷が治りきっていない『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は、ひとしきり手足の関節を回した。今のところ動きに違和感はない。
「向こうから攻めてきたとはいえ、婚姻前の御令嬢を傷物にして帰って頂いたのですからせめて花嫁衣裳ぐらいは守りませんとあんまりですよね」
 ここに、メクレオがいたら心臓の辺りを押さえて倒れ込んだに違いない。
「かの婦人の嫁入り衣装ですか」
 彼岸会 無量(p3p007169)は他人事のように言ったが、件の令嬢であるコンスタンツェの手に傷を入れたのは無量本人である。手段として煽ったら丁寧な口調で煽り返された。現在大改修をしている部分の数%くらいは無量に起因している。傷一つで駆逐艦一隻小破しないで済んだのだから安いものだ。
「ふふ、帰還された時に誰が守ったか聞かれた時の顔を思い浮かべるだけで愉快ですね」
 無量の微笑は形ばかりで意味はない。が、その時ばかりは何らかの感情が乗っていた。
「ま、聖女サマが正気に戻った時に悲しまなくてすむよう頑張るとしますか」
 ルカは、魔剣のレプリカを抜いた。
「そうですね。まず確りと仕事を成しましょう」
 無上の手の中で錫杖がリンと鳴る。
 仕事をすることで誰かの心が軽くなるならいいことだ。
 夜逃げルートの出口、村の反対側の谷を視界の隅において、遊撃班は歯車兵団の側面に回った。


「そぉーれ!」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の命に鳥は飛び立つ。
 上昇気流にのり、空に輪をかいている。あの高度なら、テナガザルの射程外だろう。
「積極的に壊してくる分は防げないけれど――」
 流れ弾ならぬ流れ瓦礫で建物に被害が出るという事態をさせるのには有効だ。周囲への被害に大技を臆した一瞬で勝負がつくこともないわけではない。展開される保護結界。これで、意図的な破壊以外から教会の建物とその付随施設は守られる。大体いい感じの距離分。大きな声では言えないが、夜逃げルートの出口まですっぽり入る分。
 駆け下りていく遊撃隊の背を見送って、テナガザルとの距離を目で測る。
 全身から蒸気を吹き上げているテナガザルはすぐ視認できた。四方に随伴したハグルマ兵団。
 前傾した姿勢。極端に肥大した上半身。ばねが効いているだろう下肢に胴ほどもある上腕が地につけられている。
 前方に腕を前方につき、体は後からついていく。
「向こう傷は鉄帝軍人の誉れでありましょう? それで蹴られる婚儀などこちらかのしをつけて返してしまえば良い」
『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の矜持は高い。軍の艦船を守っての名誉の負傷。本人は誇り、先方もそれを貴ばずして何が帝国貴族かという姿勢を示さなくてはならない。
「……それは蛮人の考え方だと言う奴はあとでデコピンの刑であります」
 大丈夫だ。鉄帝精神は国の隅々にまでいきわたっている。エッダが割るべき額など存在しない。
 いうなれば、職人魂だ。負った傷が痛んで晴れやかな席でお嬢様の表情が曇ることのないよう、最善を尽くしたい。婚礼の席は社交という名の戦である。傷は誇れど、弱みを見せることは許されない。更に、うちのお嬢様を最大限飾るという使命に燃えているのだ。
「ぶはははっ」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は、コンスタンツェお嬢様とは縁がある。と、笑った。コンスタンツェの部下をぼこぼこにしたのはゴリョウである。捧げ剣する兵士たちの顔が腫れていたら数割の確率でゴリョウのせいだ。速やかな治癒を祈りたい。
「あの時は互いに仕事だったから貸しも借りもねぇし謝罪する気もねぇが、帰ってきたら婚礼衣装もねぇとかは流石にムゴ過ぎるってもんだ」
 これでゴリョウはなかなか情が深い。
「良い殴り合いさせてもらったモンとして、そんくらいは守らせてもらわぁ!」
 使い魔にした猫を教会の屋根の上に登らせた マルク・シリング(p3p001309)が振り返った。
 教会に敵が近づいた時、この猫がアラームになる。
「……『大切なもの』を根こそぎ吸収しようとしているみたいだ」
 「世界の流れ」に根こそぎ吸収されて廃村になった故郷。
(させない。守る。命も、建物も、ドレスも。人々の暮らしも)
 マルクは、細く長く息をはいた。
「まずは打って出よう。テナガザルがこちらに近づくまでに、出来るだけ打撃を与えて遅滞させる」


 夜逃げ用ルートは村からは死角となった外縁部の崖の端に穿たれている。
 今は雪の吹き溜まりで隠されていて、そこと目星をつけて掘らなければわからないが、歯車兵器が一発吹っ飛ばせ場人口の通路がバレバレだ。
(出来れば一手で駆けつけられる位置)
 しかし、近づきすぎるのもあからさま。幸い、村の備蓄倉庫を守る体で戦うことはできる。
「ここからが踏ん張りどころよ! 闇に生きる紅牙のしぶとさ、しかとその目に焼き付けるが良い!」
 籠城しているように聞こえれば儲けもの。咲耶の声が朗々と響く。
 黒衣に赤いマフラー。ハグルマ兵団が咲耶に向けて発砲した。
 途切れることなく続く銃の咆哮。
「遊撃班を敵の撤退まで存続させるのが私の御仕事」
 ヘイゼルは、調律した自分の状態と咲耶の状態を共感させ、自分に呼応させる形で咲耶の傷を癒した。
「攻勢部隊ゆえ一人で支えますので多忙になりそうですね」
 そういう合間にも、随伴兵が家の中に入り込まないか目を光らせている。大事な物は持ち出したと言っても、断腸の思いで置いていった物の方が多いだろう。それを持ち帰ろうとするのを逃がす気などなかった。
「見えていますよ」
 乱射する随伴兵の背後に無量が忍び寄っていた。なぞるように滑らせる鬼切の妖し刀。人心を捨て魔に下るのが鬼と呼ばれるモノならば、切られるも道理。
「花嫁の衣装持ち去ろうなんざ趣味が悪いぜテメェら!」
 何処からの恩恵か定かではないが、ルカの味方を鼓舞し、敵をひるませる力は本物だ。
(ガラクタになっちまった奴らにどの程度効果があるのかはわからねえがな!)
 ガラクタだからこそ、心を投げ捨ててしまったからこそ、戦闘の意志、今からお前らを蹂躙するというアルデバランの雄叫びは十分たたらを踏ませるに足る。
(ついでに声を上げて敵を引き付ける意味もあるけどな)
 然り。まさにルカを障害と認定し、銃を撃ちながら突進してくる。だが、ヒト、それを戦場の華と呼ぶ。
「俺の間合いに入るんじゃねえぜ!?」
 いい感じに片手にそれっぽい何かをため込んで、この変化と思えるところに勘任せで打ち付ける。そうするとイイ感じに敵は転げるという寸法だ。
 

 眼下では光の柱が乱立している。怒号と悲鳴と数種類の煽り文句が切れ切れに聞こえてくる。
 派手にひきつけてくれているらしい。
「来たみてぇだな。さぁって……遊ぼうぜ猿ども!」
 ゴリョウがゴキリと首を鳴らし、トップにギアを入れて突進した。ショウ、シャン、カシャン。と、小気味よい装着音と共にオークが自律型鎧『牡丹』に飲み込まれていく。全力で疾走するその姿、獲物を補足し自らを砲弾とする猪突猛進。付随する盾が『牡丹鍋』である時点でどう見えるのかを完全にわかってやっている。歴戦の傭兵がよくやる手口だが、ゴリョウは聖職者に分類される。
「それでは、手分けして」
「おう。教会行きたかったらまずはこの豚を倒すこったなぁ!」
 末端神経回路をバチバチ言わせる戦闘薬によって、エッダの視界に映る歯車の軍勢はスローモーションに映る。
 ゴリョウの名乗りを背で聞きながら、エッダは前のめりに突っ込んでいく。
「騎士だと申し上げました。ご理解いただけないようですが、負傷によって脳髄に何らかのダメージを負っておられますか?」
 手甲に歪んで映る、テナガザル随伴歩兵のうつろな顔。
「当方には物理手段によって是正を図る用意があります」と、意訳可能な速やかな訂正と物理手段による認識是正を放ちつつ、ヘイトコントロールに気を配る。
 テナガザルの進行を妨げるような随伴歩兵の立ち位置。
 うふふ。と、柔らかい女の笑い声がした。
「大人しく待って耐えるより、積極的に攻めたいタイプなの、なぁんて」
 アーリアが両手から繰り出す腐食結界。アーリアの心身も無事では済まない悪意の茨。
 ああ、まさしく。人生はバラ色だ。大勢のバラ色を燃やして動くのがギアバジリカで、アーリアのバラ色を食わせて張り巡らされるのが腐食結界だ。
「誰かが大切にしたものであればあるほど良い、って悪趣味すぎよぉ。お酒が不味くなるじゃない! 泥沼に足止、不吉もついた欲張りセットよぉ」
 魔女がつける装身具は単なるおしゃれでは済まない。魔導書の背表紙を飾る石、携帯用のワインボトルのラベルに描かれたアライグマさえ呪術の一部に組み込まれるのだ。
 イレギュラーズは抜かりなくテナガザルを見ている。
 うろこ状の装甲の隙間から絶え間なく漏れる蒸気で居場所は遊撃班にも容易に知れるだろう。実際、遊撃班はかなりの人数を連れていってくれたようだ。
 ガガガガと耳障りな駆動音と時々跳ね上がる独特な起動タイミング。振り上げられた腕の巨大さで、機動甲冑を付けたゴリョウがやせて見える。
 その脇を、リュティスの手から放たれた黒い蝶がすり抜け、テナガザルの鼻先に止まり、たっぷり美しい羽根を見せつけて四散した。
「あーあー、望遠にしてたのにオートフォーカスで至近にされて消失で目標ロストか。歯車でやってる機械には酷な話だな、おい」 
 機械文明から来たゴリョウは愉快と肩を揺ら死ながら随伴兵を盾で殴る。
「そういうものですか。具体的にはどんな感じで?」
 カオスシードのエッダにはピンとこない。尋ねながら引き金に添えた指をねじって銃をもぎ取りついでに投げ飛ばす。
「おう。要するにあれだ。今が殴り時ってことだな!」
「それならわかります。では、そちらの奴らの足止めお任せします」
 後衛をフリーにするべく随伴歩兵の前に陣取る。小柄な女性から立ち上る陽炎。腕部からの放熱は臨戦態勢の証だ。
「迎え撃つこと、城砦の如し。難攻不落という言葉を骨の髄に刻み込んでやろう」
 鉄拳を以て。
「そのまま固めていてくれるかな。随伴兵ごと行くよ!」
 前衛に中衛から声が飛ぶ。
 マルクは攻撃に集中した。この後はきっと回復に専念することになる。攻撃だけに力を注げるタイミングはこれが最後かもしれない。
 ギアバジリカの凶行を憂いておられる神よ、憐れみたまえ。威光を示したまえ。この神罰は善き者を避け、悪しき者のみ焼く光。死ぬことは許されない。自らの無力に悶え啼きながら神に赦しを乞うがいい。
 自らの有り様を持ち崩し、ギアバジリカの走狗と化したハグルマ兵の動きが鈍る。
 ジョージがそれに確実に葬るため、怒涛の攻めを繰り出す。拳に、脚に、嵐の予兆。何発か受けたとき初めて気が付くのだ。体内でそれが嵐となって中から体を無防備にすると。
 青白い軌跡を引くガントレットが随伴兵を地に這わせる。
「数が減ったところからが本番よ~」
 畳みかけるほろ酔いの魔女が恋心をたっぷり湛えた燃える唇に左の手指を触れさせる。甘く臓腑を焼く火酒のように脳髄をとろけさせ、身を滅ぼさせる。寓意と狂気と泥沼を練り込んだメリーメリーバッドエンド。
 魔術を駆使するほど使い手が蝕まれていく。それが酔いしれる魔女の魔法。
 テナガザルの背面装甲がボロボロと崩れて落ちた。限界を超える熱膨張。イレギュラーズの本能やら勝負勘といったものが警告を発する。ゾワリと総毛立つ。 吹き出し続けていた蒸気が止まり、テナガザルは両腕を大きく振り上げ、胸の前で交差させる運動を繰り返す。ふいごが炉に風を送っているような動き――。
「下がれ! 高圧圧縮蒸気が来るぞ!」
 ジョージが叫んだ。露出部分を腕でかばいながら背後に飛び退る。。
 テナガザルを中心にぽっかりと空白地帯ができた。
「~~~~~~~~~~っ!!」
 猩々が吠えること、火吹き山のごとく。
 テナガザルの姿が見えなくなるほどの高圧蒸気が噴出する。高圧蒸気の直撃を浴びた随伴兵はもはや助かるまい。
 そして。高圧蒸気を吐きながら走り出した。
 むき出しの眼球が熱くて痛くて染みる。狙撃対象を見据えるように数注していたゴリョウはぎりぎりその動きを追った。装甲内に入ってくる空気が燃えるように熱い。
 どうっと、何かを蹴る音がした。
 魔法使いの視界に割り込んでくる使い魔の知らせ。
 鳥は見た。自分のすぐ下まで飛びあがる機械仕掛けのけだものの姿を。
 猫は見た。自分のいる建物めがけて飛んでくる機械仕掛けのけだものの姿を。
 邪魔者の頭上を飛び越え、教会めがけて頭から突っ込んでいこうとするテナガザルは、インプットされた行動に移れるはずだった。
 屋根に上り、天井を突き崩し、あるいは軒をつかんで壁にドロップキックでもいい。
 建物を破壊し、キラキラしたものをには触らず、小さいのに運ばせる。
 機械仕掛けの化け物にもできる簡単な仕事。
 しかし、世界を股にかけて切った張ったで生きているイレギュラーズを出し抜くにはプログラムの精度が足りない。
「「ぶはははっ! この程度じゃあ蒸し豚にゃできねぇぜ。出直してきな!」
 自己治癒しながらゴリョウが叫んだが、機内の温度は耐えられたもんじゃない。低温火傷だ。豚しゃぶにはなっている。
 ジョージが下がれと言ったので、素直にイレギュラーズは防衛線を下げたのだ。教会の中にぎりぎり飛び込める許容範囲ギリギリのところまで。
「教会までは行かせない」
 ローブの裾が肌を焦がす熱風に揺れる。自分の者後足りと記憶の扉に働きかける杖を携えた魔法使いが、最大限の力を発揮する。
(ここで教会が壊れたら)
 マルクの脳裏に現実と未来がオーバーラップして現れる。
 村人は全力で守る。だが、村としての機能が失われたら、ここでは暮らせない。村人は散り散りになるだろう。マルクの故郷。寂れて、なくなってしまった村。
 何も壊させない。それが、マルクの記憶から導かれたこの場を救うための呪文だ。
「絶対に、ここから先には行かせないっ!」
 真上への眩い神罰。いびつにゆがんだ理想の元に作られた化け物にどうして負けることがあろうか。


 爆発音。
 教会に向かう坂の中腹が白い靄に覆われるのが見えた。と、ほぼ同時に靄からテナガザルが恐るべき跳躍を果たし、靄の向こうから飛んできた光に飲まれた。
 向こうもなかなか切迫した状況らしい。
「心失った者共には一片たりとも譲りはせぬよ」
 麻のようにあっけなく首が飛んだ。二つ名を共有する愛用の妖刀は妙にしっくり咲耶の手になじんだ。
「束になってかかってきやがれ! 人様の大切なモン壊そうなんてヤツぁなぁ! この俺が全員ぶちのめしてやる!」
 ルカの足元にごろごろと随伴兵が転がっている。
 随伴兵がじりじりと下がりだした。
「四方や此の私が武蔵坊弁慶の真似事とは、愉快」
 無量の額の目がでらりと重たく光る。人間性を炉にくべた随伴兵の考えなど。大太刀を片手に下げた女。形ばかりの笑み。見透かされ、嘲笑されていると確信させる不快感。
「我がまなこ、活として開く内は何人も此処を通る事能わず。いざ、いざ参られよ」
 銃弾に手足をえぐられながら、一本、二本と随伴兵の命の糸を切っていく。
 腕落ちらば怨敵の首締め上げ、首落ちらば怨敵の首食いちぎらん。
 殺して殺されるのは息をするにも等しい。その傷をヘイゼルがふさいだ。戦場で正気を保ち、戦闘可能の状態を維持するのは大事なことだ。脱落していく仲間は手数や連携の減少だけでなく、士気の減退。個人のパフォーマンス効率も落とす。
 かといって、常に万全を維持するのはコストの面で現実的ではないし、癒し手のプレッシャーが上がる。ワンオフの時はなおのことだ。
 七割の体力を維持すれば、戦線は保たれる。
 地形については頭に叩きこんである。自分の戦闘不能がそのまま戦線の維持に直結している以上、倒れることは許されない。
 最優先は自分の安全。それが癒し手の冷徹な天秤だ。情に流されれば、結局みんな死んでいく。
 自分の身をさらし、引き付け、叩き伏せる三人とその傷を癒す一人。
 幸い、夜逃げルートの出口を見張らせている咲耶の放った鼠は沈黙を保ったままだった。
「魔種に心を喰われた木偶共よ、希望を奪い人道を踏み外した者にもはや逝ける地獄は無い物と思え!」
 咲耶が吠えた。


 遠くに悪意の塊の機械仕掛けの大聖堂が見える。
 随伴兵の増援はない。遊撃班が食い留めてくれているようだ。撃ち落とされたテナガザルは孤立した。
「本当は徐々に後退したかったのですけれど、回避のためなら仕方がないですね……でも、その分待機できましたし……」
 リュティスの指先に災いを運ぶ黒い蝶。飛行ルートは時間をかけた分きっちり検証済みだ。
「入れば楽になりますから」
 蝶の呪いが入れば、イレギュラーズは楽に攻略できるし、テナガザルも無駄にあがかなくて済む。
 マルクとリュティスの牽制の間に防衛線は速やかに構築される。
「幸いにも、最悪の想定位置につかなくてもよさそうです。その線からこちらに来させません」
 全力で取って返して回り込んだエッダの爪先がテナガザルの鼻先の地面を半円状にえぐって線を引く。この先一歩分もテナガザルの領域はない。
「こういうのを何と言うのでありましたか――不退転?」
 蒸気の量は明らかに少ない。テナガザルの足元が黒くなっている。液漏れだ。体内の冷却液が漏れている。何たる不運。蒸気の素がない。それどころか、稼働し続けるほど熱がたまり続け、工藤効率が落ちていく。待っているのは機構のショート。生物で言うなら突然死だ。
「さて、ここからは泥沼の防衛戦であります。華々しくもなく、美しくもなく、故に最高だ――お覚悟なさいませ。自分は、この婚儀を護る者であります。そして、貴様を鉄くずにする皆様方だ。おとなしく磨り潰されろ」
 テナガザルの攻撃優先度を判断する回路に異常発生。どうしても、装甲をまとった豚を回収したい。巨大な盾を回収したい。
「おうおう。豚はモテモテだな。いーぜ、いーぜ。ガツンと来いや。こっちもガツンと行くからよ!」
 テナガザルのが真横からゴリョウを薙いだ。膂力にスピードが乗る。盾を構えて踏ん張っていたゴリョウの片足が浮いた。
 その隙に、全員で畳みかけるように攻撃する。
 装甲を叩き割り、関節をばらし、骨格を砕き、機構を停止させる。
 生きていようが死んでいようが駆動機構の停止のさせ方に差はない。
 停止させないと殺される。
 燃える鉄と化したテナガザルのそばに行くだけで皮膚は焦げ、割れた装甲で傷がついたが、マルクが治療に当たった。
 まさしく泥仕合だ。自分たちの背の倍もある機械人形に取りつき貪り食うように壊していく。
 徐々にたまる疲労に遠退きかけた意識は運命を前借りして無理やり引きずり戻す。気力が尽きようとも体に染みついた型や動きが助けてくれる。
 前衛はボロボロだ。ゴリョウが回復に努めている間はエッダがひきつける。エッダの上半身より大きな拳をいなして捩じ上げる背中にかかとが刺さる。
そのくるぶしをジョージが蹴りで粉砕する。鉤爪が付いた足パーツが教会のすぐ脇に落ちた。保護結界様様だ。
「俺にとって大切なものは、形がないものだ。積み上げた歴史が、名が、俺にとっての唯一無二」
 守るために命を張った。
「教会も、婚礼衣装も、それと同じだろう。何にも代え難い」
 自分を蹂躙しようとしたから、差し伸べることができる手を差し伸べないのはジョージの信条に反した。あの時はあの時。今は今だ。
「ソレを奪うと言うなら、貴様ら自身でその代価を贖うが良い! 貴様らでは糸の一本の価値すら無いだろうが、俺が貴様の全てを奪う!」
 ジョージが叩き込む一連の流れであらわになる脇腹。装甲は薄く、重要機関の拍動が近い。
 敵の状態を判断する技術に長けたマルクは確信した。えぐるなら今ここだ。だが、マルクは回復詠唱を止められない。治さないと次の一撃で戦線が崩壊する危険がある。。
「わき腹が弱点だ!」
 だから、せめて情報を。
「わかりました。全力で行きます。全部、つぎ込みます」
 リュティスがありったけの魔力を攻撃に転用する。本来なら超遠距離で使う技だ。クールでまじめなメイドは有言実行。魔力の砲弾をテナガザルに発射した。
 世界から音が消えた。
 脇腹はなくなっていた。きれいな円状にえぐられた半身。支えを失い零れ落ちるたくさんの歯車。支えきれずに頭部が地面に崩れ落ちた。
 ぐしゃっと音がして、それきり、何もかも静かになった。
 静かに。
 いつの間にか、遠くからの忌まわしいきしむ音もしなくなっていた。
 近づいてくる複数の蹄の音に、イレギュラーズは痛む体に鞭打って村の入り口で合流した。
 目深にどろどろのケープをかぶった一団だ。ひどく泥に汚れている。道も選ばず馬を駆ってきたのだろう。
「何者だ!」
 一団の中から鋭い声が飛んできた。
「――お待ちなさい」
 それを制止する声がした。何人かは聞いたことがある柔らかな声だ。
「知っているお顔がおられます。ローレットの傭兵の方ですね。此度はご尽力お礼を申します」
 聞いたことがある声が一団の中からした。例にもれずケープはドロドロだ。だが、この場にいる幾人かは知っている。ケープの下は金髪だということを。
「領主息女としてまいりましたコンスタンツェです。あなた方が生きているということは、私の民は無事ですね?」
 無量の口の笑みが深くなった。
「ええ。自分の目で見るといいでしょう」
あなたの民と、彼らがが守り切ったあなたのための花嫁衣裳を。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。コンスタンツェの花嫁衣装と領民は守られました。
ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。

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