シナリオ詳細
ブルームーンに揺られて
オープニング
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「乾杯!」
「乾杯!」
新年を迎えた其の瞬間、船内はわっと湧き立った。新しい年に。新しい水平に。そして我らが悲願である、絶望の青攻略への航路に乾杯、と。
ちりん、ちりん。繊細な音が幾つも響く。そう、此処は遊興船“ブルームーン”。広い海を行く水兵たちに、様々なカクテルやつまみを提供するいわば補給船である。
勿論豪快な彼らの為にジョッキも用意してはいるが、彼らが好むのは度が高く美しいカクテルであることが多い。ジョッキにエールを注ぐなら、自分の船でも出来るというもの。どうせなら、其の船でしか味わえないものが欲しい。
「今年はどんな年になるやら」
「そうだなあ。海洋も天義もさんざっぱら騒がしくなったからな……他の国も色々あるってえいうじゃねえか。最近は……鉄帝。あちらだったか?」
「ええ。あちらもあちらで問題を抱えていらっしゃるみたいね。最も、私たちのような他国が口を出すにはデリケートな問題ですけれど」
解決すると良いですわね。
カウンターで話す海の男に返して笑うのは、美しい青いドレスを着た海種の女だ。その足は尾ひれであり、酒と客の間を優雅に泳ぐ。“典雅魚”オルシアとは一体誰が呼び始めたのか。其の経歴、年齢、プロフィールは誰も知らない。
「そうだなあ……ま、俺たちは俺たちに出来る事をするだけだな。オルシア、これもう一杯くれよ」
「あらまあ。酔い潰れても知りませんよ? 此処の休憩スペースは船底にしかありませんのに」
「なあに、船底なら寧ろ安心して眠れるってもんだ! 俺たちは海の男だからな! そうだろう!」
――おう!
男が意気揚々と声を上げると、酒を飲んでいたもの、ビリヤードに興じていたもの、様々な男たちが喝采で返す。上がる笑い声は何処までも明るく、真夜中の海に響いていた。
●
「明けましておめでとう」
グレモリー・グレモリー(p3n000074)は淡々と述べた。なぜかその顔には目の周りにマル、ほっぺにバッテン、など様々な落書きがしてある。
「……ああ、これ? ユリーカとハネツキってやつをしたんだけど、ボロボロに負けて落書きされたんだ。これはこれで味があるよね。まあいいや。今日はね、海洋にある船から招待状が来たんだよ」
これこれ。
一枚のチケットを差し出すグレモリー。青い月とカクテル、ダーツの矢を組み合わせたお洒落なエンブレムに、“Blue moon”の文字。
「遊興船ブルームーン。いつからあるかも判らない、移動式酒屋……みたいなものかな。主にお酒と、少しだけ遊び場があって、それらを船乗りに提供しているんだ。今度其処をローレットが貸し切りにするので、君たちもどうかな、と」
眠たげな眼を擦ろうとして、グレモリーは留まる。そうだった、落書きされたんだった、と小さく呟いて。
「ブルームーンには色んなものがある。バースペースは勿論、ダーツにビリヤード、カジノもだったかな……あまり大きくはないんだけどね。トランプゲーム用のトランプもあるし。余程大きくなければ大抵のものはある。僕のお勧めは断然お酒なんだけど。“典雅魚”って呼ばれてる美人がカクテルを作ってくれるんだ。」
カクテルを注文するのも良いけど、今の自分に合いそうなカクテルを注文して作って貰う事も出来るよ、とグレモリー。
「新年はやっぱりお酒を飲むのが楽しいよね。お酒に酔って見た風景を描く画家は少なくない。少なければ天啓、多ければ堕落。其の見極めが楽しい」
乗れる数には制限があるけれど、良ければどうかな。
グレモリーは落書きだらけの顔でそう誘いをかけるのだった。
- ブルームーンに揺られて完了
- GM名奇古譚
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年01月22日 22時05分
- 参加人数31/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 31 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(31人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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エリアの境目にあるポールを用いて、女が一人踊っている。始まったショウに歓声があがる。
この瞬間がネイアラはとても好きだ。己の踊りで人々が高揚し、場の空気が変わる瞬間。其れがとても好きで、癖になって、だから彼女は踊り子をやっている。
勿論TPOは弁えている。体のラインはくっきり出ているが露出そのものは少ない服を用意した。彼女の踊りはただの欲望のためにあるのではないのだから。イレギュラーズの名を汚すためにあるのではないから。
褐色の肌の上を、さらりと汗が奔ってゆく。ポールの上をすべるように踊り終えたネイアラは、ふと問うた。
「アンコールがあれば、踊っても良いけど――どうする?」
●
「内装は勿論だけど、外の海も綺麗だ」
文は丸い船窓から見える外の景色に、瞳を輝かせた。この景色を見ながら酒を飲むのはとんでもない贅沢のような気がする。
「やあ、君は文」
「……ああ、グレモリー君! 一瞬誰だか判らなかったよ……あけましておめでとう」
今年もよろしくね、と、カウンターに座る情報屋に丁寧に挨拶をして。
ふわり宙を泳ぐマーメイドに、おつまみとカクテルをお任せで頼んでみた。
「どんなのが出て来るだろう」
「ふふ、あなた、くじとかお好きなタイプ?」
言いながらオルシアが出したのは、摘まんで食べられる果物がいくつかと、オレンジ色にライムが沈んだグラス。
「ジン・バックというの。どうぞ」
「ありがとう」
口にすればレモンの香りとジンジャーの風味が喉から鼻をくすぐる。爽やかな風味の酒に、文は舌鼓を打った。これはいけない。羽目を外さないように気を付けなければ。
「船にもいろいろあるんだなあ。運んだり、戦ったり――遊んだり」
マルクは周囲を見渡して、けれど真っ直ぐバースペースへ。成人してから暫くたつが、なかなかお酒を飲む機会がない。依頼、仕事、と忙しくしていたら、1年経ってしまった。
日本酒は飲んだことがあるので、お酒が駄目だとか、致命的に弱いとか、そういう訳ではない……と思いたい。
「こんにちは、お兄さん」
尾びれが綺麗な人だ、とマルクは息をのんだ。極彩色に揺らめく尾びれ。ルージュを塗った唇を吊り上げ、マーメイドはオーダーを待つ。
「えっと、飲みやすくて、強めのお酒を……お任せで。それから、お勧めのおつまみを」
お酒に慣れれば自然に飲めるようになるみたいに、人と交われる機会が増えれば良い。そんな願いに、ちょっとした好奇心をブレンドして。
出てきた二層が特徴的な酒に“楽しい関係”という意味合いが付いていると知るのは、はて、いつになるやら。
「羽目を外しすぎるなよ」
「アイアイ!」
エイヴァンは連れて来た部下にそういうと、自由時間だ、と背を向ける。海戦では彼らも共に戦った。たまには奢ってやるくらい良いだろう。
「さて、どうしたもんかね……」
酒か、賭博か。――賭博だな。
カジノへと歩き出そうとしたエイヴァンを、部下の一人が止める。今日くらいいいだろ、と片眉をあげるエイヴァンだが、見張るように言われている、と部下がいうと怒りにパイプの吸い口を噛んだ。
「何処のどいつだ! そんな阿呆みたいに真面目な少将は!」
ならば酒を、と爪先の方向を変えた彼に、『呑ませすぎるなとの命も受けております』……更に追い打ち。
結局、部下たちが楽しんでいるのを横目に、強めの酒を舐めるように飲むのだった。
「いらっしゃいませ」
「カクテルを貰おうかね。そうだな――ブルームーンを。つまみは魚介以外で頼む」
あら、風情を判ってらっしゃる方ね。“典雅魚”オルシアは縁に笑みかける。たわいもない世間話に花を咲かせながら、オルシアは流れるような動作でカクテルを作り、縁の前に差し出した。
それから、ミニトマトをあぶってリーフでくるみ、串に刺したものを。
「食べてから飲む事をお勧めしますわ。食後にぴったりのカクテルですから」
「ありがとよ。――其れにしても、典雅魚、ねえ」
縁は失礼にならない程度に、オルシアの容姿を眺める。
「似合わないかしら」
「いいや、逆さ。我らが女王陛下といい、オリヴィアといい、海洋には綺麗処が多い」
「ふふ。女王陛下と並べられると、流石に恐縮ですわ。――ねえ、お客様。ブルームーンの意味、ご存じ?」
「意味?」
――俺は、巧く笑えているだろうか。
「“その想いには応えられない”……どなたか心に決めた方がいるのではなくて?」
涙で彩られた顔。嗚咽をこらえるように震える唇。不幸に塗れた女。
「……いいや。この船の名前だったからさ」
すべてを忘れてしまいたい。縁は串をそのままに、カクテルを一息に飲み干した。
「いらっしゃいませ」
極彩色の人魚が出迎える中、豪奢な雰囲気に物怖じせずチェアに座ったキドー。
「普段カクテルなんて飲まないからな……俺に合いそうなやつを作ってくれや」
「ええ。……少し驚いたわ。貴方はこういうところ嫌いかと思ってた」
ステアの準備を始めるオルシアは、まるで昔年の友人のように言う。
「普段なら通わないな。でも今日はローレットの貸し切りなんだろ? なら、普段の酒場とそう面子は変わらねえ訳だ」
「そうね……どうぞ」
幾つかのリキュールを混ぜ、丸みを帯びたグラスにカクテルを注ぐ。黄金色をした其のカクテルをキドーは見つめ、これは? と問うようにオルシアを見た。
「ミスティ。――少し甘いけど其れ以上に辛いので、飲みやすいと思います。……ふふ。意味はね、“率直な人”」
尾ひれをふわり揺らして、からかうような少女の笑みを、典雅魚は浮かべた。
「海洋は、なんかごたごたしてたっていうから危ないかなぁと思ったけど……」
船の上でお酒は、気持ちよさそうだよねぇ。ラズワルドはきょろきょろと周囲を見回しながら。
取り敢えず強いお酒ちょうだい。オルシアはそんな言葉にもしっかり答えてくれる。出された酒はバラライカ。
しかし悲しいかな、ラズワルドは酒の味に興味がない。彼の舌はかなり頓珍漢なので、味の感想はあてにならない。
――酷いのは其れからだった。あっという間に酔ってしまったラズワルドは、甘えたがり脱ぎたがりになってしまったのである。
「オルシアさんー、オイラに会いそうな……わっ!?」
こちら、巻き込まれたアクセルさん。
「ふふー♪ こんばんはっ!ねーねー、占いとか興味ない? あ、あとねーさっきのお酒美味しかったよ! なんだっけ? バンバラバ?」
「ば、バンバラバってなんだよー!? 占いには興味あるけど、ちゃんと出来るのか?」
「出来るよ~。クラスとかエスプリとか其の辺のあれそれで~! ね、ね、何占う? あっちょっと待って、僕、なんだか暑くなってきちゃった……」
「わー! 脱いじゃ駄目だって! 待って! 待って! ほら占って! 明日の天気なーんだ!? ね!? あとバンバラバって何!?」
酔っ払いに絡まれる。其れもまた、遊興船の名物である。
心地の良い音と共に、色とりどりのボールがホールへと吸い込まれていく。
「ふっふーん。これくらいは妾もならしたものなのじゃー」
デイジーは胸を張る。一しきり腕が衰えていない事を確かめると、ドリンクエリアへ。
「オルシアー! 妾の高貴で可愛くて美しいイメージのドリンクが欲しいのじゃ!」
「あらあら。ノンアルコールでお作りしますね」
ふふん、とチェアに座って大人の気分を味わうデイジーに、隅っこから声がかかる。
「やあ、君はデイジー」
「おお、グレモリー! 今年もよろしくじゃの」
「そうだね、こちらこそ宜しく。さっきのビリヤード、凄かったね」
「そうかの? アレくらいは簡単なのじゃ! 何なら教えてやってもよいぞ!」
「教えて……うん、そうだね。是非教わりたい。絵の参考になるかもしれないから」
「ほんとにお主は何事も絵のためじゃのー」
「全くですわ。はい、お待たせしました」
ことん、置かれた黄色いカクテル。名前はシンデレラ――深海の姫君に、乾杯。
「レーさんは海洋の依頼をいっぱい頑張ったっきゅ。なのでお酒を飲むっきゅ」
レーゲンはグリュックの膝に乗り、オルシアに手を振った。意図は其れだけで伝わったようで、オルシアは新たな酒瓶をバーの奥から取り出していく。
「お任せでいいかしら」
「オッケーっきゅ! 保護者さんは何かのむっきゅ?」
「いや、俺は余り酒は飲まない方でな……」
だが、こんな時だからな。ありがたく頂くよ。そう笑うウェール。
「うーん、じゃあオルシア、飲まない人でも飲めるカクテルを頼むっきゅ!」
「ええ、賜りましてよ」
「おつまみは燻製イカとかお勧めっきゅ。あとはナッツ系とか……」
「ナッツか……あのカリカリ感はドライのドッグフードや猫のカリカリを思い出すな……」
「……食べてたっきゅ?」
「いやいや! いつも食ってた訳じゃなくてな! 一人暮らしだった時にしょうがなく食ってただけだから! 息子には食わせた事ないぞ!?」
「でも食べてたっきゅね……次飲みに行くときはレーさんが奢るっきゅ。美味しいおつまみをいっぱい食べて、おしゃれじゃなくても美味しいお酒をいっぱい飲むっきゅよ」
オルシアから2人へ届いたのはブラッディメアリー。トマトの風味豊かなカクテルは、酒を飲みなれないウェールの舌に合うだろうか。
「乾杯!」
「乾杯なのじゃ♪」
ころん、と2つのカクテルグラスが音を立てる。
「今夜はいつまでも付き合うから、覚悟して」
ホワイト・レディを注文したレイリーが言う。
「クク、構わぬよ。今宵は飲み明かそう」
対してニルはジン・トニック。其処まで強くないこのカクテルを飲みやすいと感じるのは、弱くなったからだろうか。
酒が進むと話も進む。冒険、日常――様々な話をするうちに、レイリーは気付いた。ニルは人間の――親しい者に関する話が多いのだ。一緒に遊んだだとか、こんなことを話しただとか。其れはきっと、此処での生活を愛しく思う証左。
――妾は弱くなった。ニルは思う。お酒の強さだけじゃない。もっと、何か、大事なところにまで、その弱さは根を伸ばしてきている気がするのだ。じわりじわりと、染み入るように――
「……っ」
「っと、魔王殿」
ふらついたニルを、レイリーが支える。
「大丈夫か? 無理はするな、一緒に返ろう」
支えてあげるから。其の言葉に、何故だか泣きそうになる。強くなりたい。もっともっと、強くなりたい。
きっとこれも酒の所為。そう思いながらニルは静かに頷き、レイリーに寄り掛かった。
「はてさて、カノエは船に乗るのもお酒を頂くのもあまり慣れませぬ」
なれば、待っているのは船酔いか? 其れとも悪酔いでしょうか?
「さて、どっちだろう。酔わないという選択肢もあるけれど」
「そうでございますね。失礼ながらグレモリー様は興が乗ると寝食を忘れるほどに没頭する性質であると思っておりました」
「うん、間違いはない」
グレモリーは酒を舐めるように飲む。ふむ、とカノエは首を傾げ。
「こういった分野にも造詣が深くいらっしゃる? いえいえ。文化人だからこそ、何事につけ区別なく己が糧とせん貪欲さは素晴らしゅうございます!」
「単にお酒が美味しいだけ、と言ったら君を失望させてしまうかもしれない。でも、そうだね。お酒に天啓を頼る事も割とよくある」
「酔いで突飛な発想が出て来る事も。成程成程。ではカノエにも天啓は降りて来るでしょうか。オルシア様、何ぞ一杯頂ければと」
――アルコールを一口飲んで、カノエは確信した。
普通のジュースの方が美味しい。やっぱりカノエには、酒を嗜む大人は早かったのだと。
「グレモリー様」
「やあ、君はシャラ」
「あ、ジュースを下さい! グレモリー様、お隣いいですか?」
「いいよ、どうぞ」
男の隣に座ればアルコールの香りがする。大人の香りだ、とシャラは思う。
「グレモリー様はお酒、お強いのですね……顔色が全然変わらないのです」
「いや、僕は弱い。一杯をちびちび飲んでいるだけ」
「そうなのですか?」
「うん。あ、でももうなくなってしまったね。オルシア、同じのをもう一杯」
しれっという彼に、やはり強いのではないだろうか、とシャラは首を傾げる。
「……パパとママは、お酒を飲まない人でした。でも、大人が皆お酒を飲むなら……隠れて飲んでいたのかもしれないです」
「大人でも飲まない人はいるよ。飲まない人は嫌い?」
「いいえ! パパとママが飲んでても飲んでなくても、大好きなのです!」
同じ色のグラスが2人の前に出される。片方はアルコール入り、片方はジュース。
飲みながら、船の話をする。どうやって浮いているのか、沈んだりしないのか。外の世界はやはり、不思議で溢れている。
パパとママにも会いたいけれど、もっと世界を見てみたい。
そう呟いたシャラに、うん、とグレモリーは頷いて、軽く彼女の頭を撫でた。
●
「大きな船……」
瑠璃は高鳴る鼓動を抑えるように胸元に手をやり、周囲を見回した。お酒……はまだ飲めないし、喉が渇いている訳でもない。
なら、ちょっと遊んでみよう。プレイエリアへと歩み、周囲を見回す。
磨かれた船内が眩しい。ほろ酔いの客たちが、ようこそ! と軽く彼女の背中を叩く。ひゃっ、と飛び上がる瑠璃。
ダーツでもどうだい、と誘われるがままにダーツ台の前。
「やった事はあるかい? この矢をあの的に投げて当てるんだ」
「こんな小さな羽を……? や、やってみます!」
集中、集中。えいっ、と投げたダーツは、中央から大きく外れた場所にだけれど、確かに刺さった。これは先が楽しみだぞ、と笑う船乗りたちに、瑠璃は恥ずかしくて縮こまるばかり。
でも、楽しい。次はビリヤードをやってみよう。良い人ばかりだし、教わりながらやればきっと楽しめる……はず!
「ねえ、僕とポーカーで勝負しない?」
とある男に声をかけた忍。慣れた様子でテーブルに座り、どうかな、と誘う。
其れに応じない者は、この遊興船にはいないだろう。配られるカード、まずはツーペア。此処からどう育てていくかを考えていた忍は、相手の視線に気が付く。……カードで己の顔を隠すように、上目遣い。女装した今の忍は、敢えて“其れらしく”振る舞えば振る舞う程、性別を隠匿する事が出来る。
「あんまりじろじろ見ないで欲しいな……恥ずかしい」
すまない、と謝る相手に他意はなさそうだった。
――ちょろいな。
カードを取り換え、チップを積みながら……忍は心の内で舌を出したのだった。
「ねえ、勝負しましょ!」
メリーは強気な瞳で、大人たちに勝負を挑む。種目はビリヤード。賭け金は出来るだけ大きく。
幼い子どもだと舐めてかかったら痛い目に合うわよ、と心中で舌なめずりしながら、ボールを確実にポケットに落としていく。手玉を的玉に当てる事だけを考えれば簡単だ。――まあ、当たらなくても別に? アポートで引き寄せて落とせばこっちのものよね?
「馬鹿な、あの角度で当てるだと……!?」
「ふふっ! あなたの番よ? さぁどうぞ」
でもね、簡単には勝たせてあげないし、ポケットに玉も入れさせないわ。海鳥たちがガアガアうるさくて、集中なんて出来ないでしょ?
「あっははは! 私の勝ちね? じゃあ賭け金は……
「……お嬢さん」
「?」
「“遊び”は此処までですよ。悪い子にはおいたが必要だ」
「ええ? 何よ、私別に何も……は、離しなさいってば! こらっ! 乙女を担ぎ上げるなん……ちょっとーー!!」
メリー・フローラ・アベル! 黒服SPによりボッシュート!
すとん。ダーツの的のど真ん中に、鋭い一矢が突き立つ。
すとん。また一つ、ダーツの的から少しずれた場所に一矢が突き立つ。
「……確実に、落ち着いて、迅速に」
言うのは簡単だ。ただ、成すのはとても難しい。それを史之はよく知っている。
「……しーちゃん?」
其処でふと、呼ばれた名前に瞬きをした。其れはとても懐かしい呼び名だ。
一方の少女――少年といっても良いのだが、此処は敢えて“少女”としよう――は、赤い瞳を不安げに瞬かせ、史之を見ていた。懐かしいものを見るように。
「へ? カンちゃん?」
「しーちゃん……! しーちゃんだよね!?」
「そ、そうだよ。そうだけど……カンちゃんもこっちに来てたの?」
「来てたというか、その、自体が余りにも目まぐるしくて、何処から説明したらいいのか……」
睦月が思っているより、史之はのほほんとしている。みんな心配しているし、留年しちゃうよ、というと、使命には犠牲が付きものなんだ、と言われた。使命。自分が神殿の巫女に言われて放り出されたこの事象と関係があるのだろうか。
それでも元気で良かった、と、幼馴染2人は再会の喜びを分かち合う。
「うわー、すごい!」
「さすが、遊興船なんて名乗るだけあるじゃない」
ヒィロと美咲はお酒ではなく、遊びに興味津々だ。
「どれから遊ぶか迷っちゃうね! やり方教えてね、美咲さん!」
「うん、いいよ。じゃあまずは……あの辺、やってみない?」
美咲が指さしたのは、ダーツやビリヤードといった体を動かす遊び。一も二もなくヒィロは頷く。
「……うぅ」
――それからしばし。少しだけ落ち込んだヒィロが其処にいた。
「教えてもらった通りにやってるけど、なかなかうまくいかないよ~」
「知っている事と巧いかどうかは別だから。私も人の事は言えないけど……大丈夫、ヒィロは下手じゃないよ。」
「ほんと? ん~、実際に手取り足取り教えてくれたら、体で覚えられるかも!」
美咲さんの香りに包まれながらなら、もっと頑張れる! なんていうヒィロに、調子に乗らないの、と美咲。
しかし「そうだ」と其の後に続けた。
「次の勝負、負けた方が飲み物取って来るってのはどう?」
「飲み物? うんっ、良いよ! よーし、まっけないぞー!」
とは言いつつも、2人とも勝敗は二の次なのだ。相手がどれだけ楽しんでいるか。重要なのは其処。
「……これくらいで勘弁してあげるわ……」
そっとテーブルから離れた蛍を、グラスを2つもった珠緒が出迎える。
「お疲れ様なのです」
「ありがとう……ぼ、ボクはディーラーさんに負けた訳じゃないから。ちょっと不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちゃっただけだから」
「そうなのですか」
「そうなの」
気持ちを切り替えよう、と蛍はドリンクで喉を潤す。爽やかな果実のジュースだ。
「珠緒さんもそろそろやってみる? ブラックジャック」
「見学してルール等は何となく把握しましたが……」
蛍が珠緒をカジノテーブルへ誘ったのは、戦略性の高いゲームに挑戦してみたかったからだ。単に遊びたかった訳ではない。いや、ちょっとはあるけど。
ボクは戦略的撤退の重要さを学べたかな、と強がる蛍に、ふむふむと珠緒は頷いて。
「此処まで来て挑戦しないのも勿体ないのです。……止まらなくなりそうに見えたら、言ってくださいね?」
「勿論! ちゃんと後ろで応援してるから、安心して頑張ってね、珠緒さん!」
「カードの再利用はないようなので、使用済を覚えておけば……」
呟く珠緒に、彼女は本気だ、と心中で汗をかく蛍なのだった。
夜と惑はダーツで勝負する事にした。賭けるのは今日の夜ご飯。
「夜はやけにカクテル似合うなぁ」
「ふふ、ノンアルですけどね。カクテルとは美味なものです」
「あと2年の我慢やなぁ……あ、わての番? よし、負けへんでぇ」
意気込む惑。ダーツの矢を手に構え、真ん中に当てるイメージを――
「――2年待たずとも、貴方が私を酔わせてくれても良いのですよ?」
「へぁ」
ぽこん。
放ったダーツは綺麗な放物線を描いて、床に落ちた。
「……ちょ」
「ふ、ははは!」
「今のはずるいわぁ! 全部わかってて言うたやろ!」
夜の顔はまさに、悪戯が成功した“子ども”のようで。顔が熱くなるのを感じながら、惑は唇を尖らせるのだった。
「ちょっと話しかけただけじゃないですか」
「内容が……もー。しゃあない、好きなもん奢ったるよ。無理のない範囲で頼むな、先生」
「ええ、私の助手さん」
●
カイトは鳥の姿で、帆のてっぺんに居座っていた。汐風の香りが心地よいと思うのは、海洋生まれ海洋育ちである故か。
――今日も良い航海になりそうだ。
安堵したように嘴で羽を繕う。
カイトはまだ酒が飲めない。下の喧騒がちょっぴり羨ましいけど、こればかりは仕方ない。昔から“ひな鳥にはまだ早い”って言われたっけなぁ。
絶望の青の果てでも、こんな賑やかな海が続いたら良いな。
遥か遠くに水平線を見ながら、カイトは眩し気に目を細めるのだった。
無量は一人、甲板で夜風を浴びていた。
「船の上というのは、不思議ですが良い場所ですね……」
地についているようでついていない感覚。まるで其れは、この世とあの世の境目のようで。
――無量が此処にいるのは偶然の産物で、一つ間違えたら、此処にいたのは違う誰かだったのかも知れない。
……其れは、勝者の至福、だろうか。こうして此処にいる事が、誇らしくすら思えた。
「三途の川、渡るべきか去るべきか……」
きっと自分は、同じことを繰り返すのだろう。斬り捨てて、勝ち残る。そういう道を選んだのだから。
「うえっぷ」
アーリアは酔っていた。顔が青いのは、即ち……船酔い。お酒の酔いならどれほど良かったか。
ミディ―セラに支えられ、甲板に上がって汐風に当たる。
「でも、美味しかったし楽しかったですね」
ミディ―セラは笑う。事実、一緒に飲んだカクテルも、一緒に遊んだダーツも楽しかった。
だから、アーリアの珍しい姿にまた微笑んでしまうのだ。座れるところを、と見回すと、幸い木箱があったので、其処へとアーリアを誘う。
「折角の楽しい夜が……みでぃーくん、」
「ごめんなさい、は無しですよ。時間はまだありますから、休んで様子をみましょう」
――そういえば、前も船でダウンしたことがあったっけ。
アーリアは其の時、彼に膝枕されたことを思い出す。ほんの少し、血の気が頬に戻ってきた。
「あら? 顔色が良くなりましたね」
「いいいや別に! 前の事を思い出したりなんてしてないわぁ!」
華麗に自爆。
もうやだ、と顔を覆ったアーリアの頭を、優しくミディ―セラは己の膝へ誘う。
「こうすれば治りますか? かわいいひと」
「治る……治りすぎて駄目……」
「いやあ、あんなのを見せつけられたらお酒に口を付けなくても酔っぱらってしまいそうだね」
甲板からちょっと離れ、陰になった場所にて。クリスティアンは愛らしい逢瀬を思い出し、ふふ、と微笑んだ。
自分にも、いつか大切な人が出来るのだろうか。例えば船酔いしても、安心して身を任せられるような人。――いや、まだ想像が付かないな。僕はまだまだ、そういう色事とは無縁そうだ。
折角持ってきたカクテルを飲まないのも勿体ない。月に翳して、ほう、と息を吐いた。
「とても綺麗だ。月を溶かして酒を飲む、とは、余りにもお洒落だね」
乾杯をしよう。新たな年と、新たな冒険に。それらが素晴らしいものになりますように。
海風が緩く吹いて、クリスティアンの金糸を遊ばせた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
遊興船での一幕、いかがでしたでしょうか。
書いてる側はエモさに突っ伏したりしておりました。カクテル言葉っていいですよね。
遊興船ブルームーンは、またいつか、皆様のご来訪をお待ちしております。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。明けましておめでとうございます。
新年一発目はイベントシナリオです。
海に出る船は戦うためのものばかりではありません。
●目的
明けまして、遊興だ!
●立地
遊興船“ブルームーン”です。かなり大きな船で、帆は青地に水色の月が描かれています。
遊興、の名に違わず、OPで描写したドリンクエリアだけではなく、ビリヤードやダーツ場があります。まさに「遊ぶための船」です。多くの船乗りの癒しになっています。
場を仕切るのは“典雅魚”オルシア。尾ひれは極彩色、年齢不詳の美しい海種です。
船は一日だけローレット貸し切りになっています。
●出来ること
1.ドリンクエリア
お酒が飲めます。
おつまみも出ます。オルシア特製です。
また、お任せでカクテルを注文する事も出来ます。
(年齢が未成年の方にはノンアルコールアレンジのお飲み物が提供されます)
2.プレイエリア
ビリヤードやダーツ、小さいですがルーレットなどのカジノエリアがあります。
(金品の賭けは個人的な範囲にとどめましょう)
ドリンクエリアで購入した飲み物を持ち込んでもOKです。
3.その他
甲板に出て汐風を浴びながら一杯、など色々な楽しみ方があります。
ただし破壊・窃盗行為はNGです。何処からともなく現れた黒服SPに海へと落とされますのでご注意下さい。
●NPC
身綺麗にしたグレモリーがカウンター端でひっそりと酒を飲んでいます。
酔っている様子は余りありません。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように合言葉などを添えて下さい。
また、やりたいことは一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってお花見を楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
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