シナリオ詳細
<ジーニアス・ゲイム>紅蓮の巨人
オープニング
●
幻想南部にあるブラウベルク領。その中でも南部に位置するその町は、南北を突っ切る大きな街道が走っていた。
街道沿いに町を作るのではなく、宿場を中心に街道を左右から押さえるように広がったためだ。
行商が行きかい、経済的な豊かさを有した町は、それはそれは風光明媚な観光地として名をはせた――というのは、数ヶ月までの話。
住民が難を逃れてブラウベルクへ避難し、その代わりに『焼葬』ベリエスらの盗賊団が入った町は、ほんの一月ほどで、そこら中にごみの広がる悪臭漂う町と化した。
「まったく、汚い町になったことだ……」
そんな町の中に、ふらり、男が一人。目の前にいるのに、視認できないかのように、盗賊たちはみな、彼を無視している。
「あぁ、腹立たしい、忌々しい」
ゆらり、ゆらりと、男は町の中を闊歩し、やがて豪奢な建築物へと足を踏み入れた。
『なぁ、そう思わないか、ベリエスよ』
建物の中、苛立ち気味に銃弾を壁へぶちまけている男――ベリエスの耳元で、男はぞわりとする色の声を発した。
「んなっ!?」
振り返りざまの砲撃、それをするりと躱して、男は飛び去ったベリエスを睨む。
「し、子爵様ぁ!?」
素っ頓狂な声を上げたベリエスに苛立ちを隠さない男――子爵は、冷徹に手をかざす。
「殺したいと、討ちたいと、そうほざいて我に跪いたよなぁ?」
ぬらり、ゆらり。
「その無様さがあの人のために使えそうだからと、手を貸し(狂気に染め)てやったよなぁ?」
静かに、そしてゆっくりと、男はベリエスへ近づいていく。一方のベリエスは、恐れて後退する。埃が線を引き、子爵の動くたびに不思議な音を鳴らす。
「手勢が欲しいからと、どこぞの賊の残党を与えてやったよなぁ?」
「ひ、ひっ」
「それでも足りんというから、今回は傭兵までくれてやった」
やがて、ベリエスは煉瓦製の壁にまで追い詰められた。ゆっくりと近寄る男は、そのままベリエスを覗き見る。
「それが――この様か!!!!!」
ゴウと、風が鳴った。みしりとベリエスがもたれかかる煉瓦にひびが入る。
「あんな小娘一匹と、その要請を受けただけのローレット風情に、何も得られず干上がるなど、道化も大概にせよ、この雑魚がッッッッ!!!!」
再びの衝撃に、ベリエスの背にあった壁が、砕けて落ちた。外にいた傭兵や盗賊兵たちが、ようやく騒ぎに気付いて動き出す気配を感じ取りながら、落ちそうになるベリエスの胸元を掴み引っ張り寄せる。
「だが、喜べ、ベリエス。その方にあのお方からのプレゼントよ」
「へぁ……?」
恐怖に表情を引きつらせていたベリエスが、間の抜けた声を出した。そして、その間の抜けた酷い声こそが、彼にとっての、生き物らしい最後の声になる。
「あ……ガアァァァ!!!!???!!」
咆哮。
冷ややかに見降ろす子爵を他所に、のたうち回るベリエスは、やがて頭を抱えるようにしてうずくまった。
「――ほう」
初めて、子爵がその声に関心を含めた。
「おぉ、おぉ、我が主。これは面白い」
虚空を仰ぎ、子爵が笑う。その直後、ベリエスの身体が、一回り大きくなった。
更に一回り、更に、更に――――。まるで、何か大きな力に引っ張られるかのように、変貌を遂げていく。
元の身体から二回りほど膨張した頃からか、ちりちりと、焦げ臭いにおいが充満し始める。
やがて、家の床が“溶けて”抜けた。火が床を、壁を、家財を、屋根を焼く。
「はははは――なんともまぁ、あの臆病者が、化けるモノだ。っとっと、このままでは私も拙いか」
言うや、子爵の姿はその場所から消える。
やがて姿を現わしたのは、ベリエスがいた家屋から少しだけ離れた家屋の屋根の上。
ベリエスがいたところを見れば、ちょうどソレが家屋から抜け出すところだった。
「まるで、羽化のようではございませんか」
家屋という繭を“溶かして”それはむくりと起き上がる。
ソレが、子爵と太陽を挟んで、大きく陰を生み出して――
『―――――――――ォォォオオオオ!!!!!!!!』
――自らの怒りの全てを吐き散らすかの如く、酷く大きく、耳触りが良く、どこまでも不愉快な産声を上げた。
皮膚のない人間のような姿をした、天にそびえるベリエスだった炎の巨人が、ゆっくりと動き出す。脚が上がり、火種をこぼしながら一歩、踏み込んだ。
皮膚から垂れた火が、じゅうと音を立てて街道の一部を灰燼に帰し、ソレの存在に気付いた多くの盗賊兵や傭兵たちが悲鳴すら上げることなく腰を砕く。
やがて、その者達もゆっくりと起き上がり、巨人を仰ぎ見て、雄たけびを上げはじめる。
その様を一人、子爵は痛快なものを見たかの如く笑っていた。
巨人が吠えるように口を広げる。ややあって、ソレの口元に魔力が収束していき、凄まじい熱量を伴った光線が、爆ぜた。
光線は曇天を貫き、太陽の陽射しを呼び起こす。
「きゃあ!?」
地響きのような物を感じて、椅子に座って仕事をしていた『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3pn000028)は、振りかえる。
曇天に向けて放たれた光が、雲を裂いた。
「……なんですか、アレ」
舞い降りる陽射しに照らされたそれを視認し、思わず声を漏らした。
理解できない。いや、したくもない。あんなモノが、ブラウベルク近郊にいるはずがないと。
「お嬢様!!」
秘書が慌てた様子で入ってくる。
「秘書さん、アレが何か分かりますか」
「いえ、分かりかねます。突然、どこからか現れました」
「急ぎ、ローレットと――それから近隣諸貴族に連絡を」
「ローレットはともかく、近隣諸貴族も頼むのですか?」
秘書に対して、テレーゼは振り返る。
「あんなもの、我々と、いくらローレットの方々でも、少数で勝てるはずがない。ここからあんなふうに人型に見えるってことは、控えめに言って10メートルはありますよ、アレ」
思うよりも冷静に声が出た。ギフトの恩恵か、或いはパニックすぎて逆に冷静になってるのか。兎にも角にも、普通に要請をするのでは話にならない。それだけは、確実に分かる。
そして、アレがどんなものであれ、あのまま突き進んできたら、やがてこの町は蹂躙される。
もっと言うのなら主戦力を北方に置いている幻想貴族軍の背後から、メフ・メフィートさえも蹂躙しかねない。
「町の人達には避難を。出来る限り街道沿いを離れ、アレの進路上になりうる場所から離れて逃げるようにお願いしてください」
「お嬢様はどうなさるのですか?」
「私は残ります。イレギュラーズの皆さんに状況を説明し、形式上、色々と責任を取る人間が必要です。お兄様は当主なので逃げていただくとして。権限を持てるのは私でしょう?」
なんて、貴族らしい物言いをするなと、自嘲する。
この町が好きだ。この町に住んでいる人々が好きだ。領地の全ての人々が好きだ。町を失うのであれば、それはすべてを失うに等しい。
だから結局、逃げようと逃げまいと同じなのだと。そんな本音は覆い隠す。
「それと、最後にユルゲン傭兵団長さんと、クラウス傭兵参謀をここへ。決戦の準備をお願いします」
最後にそう告げて、秘書が走り去るのを背中越しに感じ取る。事実上の当主のようになって数ヶ月、まさかこんな展開が待っているなんて、思ってもいなかった。
「生きて終わればパーティでも開きたいかも……」
ぽつりと呟く声に少女らしい物が滲んでいるのを、テレーゼ自身も自覚できなかった。
●
「伯父の軍が、国境を渡ってそのまま巨人の側面についた?」
「はい。どうやら、いよいよ隠す気をなくしたようですね」
見張りに出していた者の伝言を眼帯の男――クラウスから伝言を伝えられたテレーゼは椅子にもたれかかって、溜息をついた。
「まぁ、サーカス事件の頃から延々ちょっかい出し続けてきたわけですし、私達の領地が狙いなのは分かってましたけど……そうですか、砂蠍に付きますか」
「その他、多くの傭兵やら砂蠍の残党やらが合流して勢力を拡大しているようだ」
大柄な男――ユルゲンの言葉に静かに頷いて、少女は静かに目を閉じた。
「アレだけでも厄介なのに、より一層厄介ですね」
苛立ちさえ露わにする少女の言葉が、人の少なくなった領主邸に寂しく響いた。
- <ジーニアス・ゲイム>紅蓮の巨人完了
- GM名春野紅葉
- 種別決戦
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年12月12日 23時15分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(50人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●開戦
人の形をしたモノが、平原をゆっくりを歩いていた。肉体から焔を散らし、平原を荒野へ作り変えながら、時折、何かに向けて吠えるように不愉快な音を上げる。
ブラウベルクよりやや南、突如現れた巨人とそれに付き従う傭兵と新生砂蠍の戦端は開かれようとしていた。
始めにぶつかったのは、巨人よりもやや先を進む傭兵、新生砂蠍の軍勢と招集された傭兵と騎士の混合軍だ。
敵とぶつかり合う騎士の後ろ、サブリナは後衛に配置した傭兵達と共にいた。
騎士が雄叫びと共に敵兵を突き崩さんと前に出る。傭兵が銃撃を見舞う。その最中にも、仮面の女皇は静かにあくまで大局を見る。
「深追いは止めて、傷を負ったら無理せず交代してください」
事前にそう指示を出していた通り、敵の猛攻を受けて傷を負った最前衛が後退し、代わりに後ろにいた者が前に出る。
サブリナの――ともすれば少女と言っても間違いではない指揮官が放つ、まるで大国の主かのような堂々たる風格と冷静さは、兵士たちの気持ちを落ち着かせ、奮い立たせる。
傭兵達が撃ち抜いた敵兵に向けて、呪術を行使すると、そいつがうめき声をあげて体勢を崩す。そこを突くように前衛を進めていく。
「僕は皆さんの様に武器を手に戦うことは出来ません。でも、皆さんの援護は出来ます。だから、僕を信じてください」
そういって隼人の許へ配属された傭兵達が突貫する。敵の傭兵から伝播した狂気に対しても冷静に対処しつつ、突き崩せそうな場所へ傭兵達を誘導する。
自分には戦えない、なんて言ってみせるが、別に戦場において指揮官が一番前に出て一番多くの敵を倒さなくてはいけない、なんていう道理は無いのだ。もちろん、そういうタイプの者もいるし、それが駄目なわけでもないが。
少なくとも、前衛の兵士達に適材適所、癒すべき場所をその場で癒す隼人の活躍は、十分に指揮官と呼んで恥ずかしくないものだった。
(壊れてもかまわないスケルトンしか指揮したことはないけどいいよね☆)
騎士たちを引き連れて敵陣へ向けて攻め寄せる鈴音はそんなことを考えていた。一見すると陽気にも思える彼女だが、気合はまじぶっころ!である。
「ふっふっふ。死ぬにはよい日ですヨ☆ 極限の絶望が吹き荒れるでしょう!」
鈴音は敵陣へ向けて天気……天気?予報を告げる。
狂気に浸った敵の傭兵達に、マジックロープを仕掛ける。
縛り上げた敵傭兵に、味方の騎士たちが攻め込んでいく。
更に追撃とばかりに遠距離術式をぶち込めば、傭兵が動きを鈍らせ、騎士たちの刃に崩れ落ちていく。
「次々行くんだよ!」
軍死の采配に兵士たちが雄叫びを上げる。一塊になって突っ込んでいく兵士と同行しながら、傷を負った兵士に向けて柔らかな輝きを放つ。
「みんな、ここで食い止めるよ! 魔種なんかに幻想をめちゃくちゃにさせないよ!」
アクセルとレーゲンによるチーム【鷹海豹】は、前面に騎士と傭兵に任せ、彼らの動きが良くするためにも、攪乱役を担っていた。
「ありがとう!」
敵から打ち込まれてきた弾丸を、騎士がかばってくれる。それに礼を言いつつ、アクセルは仇討ちとばかりにマジックミサイルを敵陣に打ち込んだ。
打ち込まれた箇所に目掛けて、味方の騎士たちが突貫していく。一進一退の攻防を繰り返しながら、やがて動きが鈍くなってきた兵士を見つける。
「自分は旅人っキュ。この世界の住人じゃないっキュ。でも混沌の人達や仲間が死ぬのは嫌っキュ!」
開戦前、そう言って自分達に着いてきてくれる兵士達にお願いしたレーゲンである。未だ見つからぬ友人の涙と同じものを、この世界に住む人々に流してほしくない。
開戦と共に兵士達を熱狂の渦に巻き込んだレーゲンは、敵陣のど真ん中に向けて毒の霧を生み出した。
苦しみ、もがき、動きの鈍った敵軍に向けて、味方が突っ込んでいく。敵兵の狂奔の哄笑と悲鳴が入り混じった声が響く。
逆に動きの鈍った兵士を見つけ、レーゲンは大号令を告げた。
「君達が負けると泣く人たちがいるっキュ! 頑張って勝つっきゅ!」
振り払うような兵士の喊声が戦場にとどろいた。
レーゲンが癒し、アクセルが道標を作り、兵士達が敵陣を抉りとる。その連携はたしかにそこにあった。
「左翼の辺りが押されてる気がするね」
「貴殿に任せて大丈夫であれば、我々は中央の牽制に行こう」
蛍はクラウスと名乗る参謀と意見を交わしていた。戦場の様子をファミリアーで視認する彼女は、頷いて見せる。
「大丈夫だよ」
蛍はそう言ってクラウスと別れると、押され気味の左翼にいる騎士たちの下へと駆け付けると、そのまま彼らが立て直す隙を無理やり作りだしていく。
そのまま騎士達が後退を始めたのを確認すると、蛍はやや落ちてきていた眼鏡を押し戻し、一つ深呼吸をする。
味方を追うべく突出してきた敵への壁を担いながら、静かに味方へメガ・ヒールをかける。
「預かった貴方達の命、必ず無事に返すから…!」
そういう彼女の下へ、他所から回ってきた部隊が合流し、そのまま敵を押し返す。
「幻想の地に溢れるこの気は怒気か、不穏か……」
一進一退の前線維持の中で、ヨタカは思案する。
とはいえやることはたった一つ、この国を、幻想を護ること。
静かに闘志を燃え上がらせる青年は共に【夜鷹と狼】を組むアベルを見つめ、ストラディバリウスを構える。
「勝つのはどちらか……さぁ、轟かそう……」
奏でるはOrageuse Epos (嵐のような英雄譚)。勇壮なる音色がアベルを祝福していく。
アベルは名乗りを上げると、向かってくる敵兵にあらん限りの力で拳を叩き込む。体勢を立て直したそいつと組みあいに終始する。
別の敵兵がそれに気づいてアベルへ突貫する。アベルは組み合いの中で本の僅かに横にずれ――そこを氷の鎖が奔る。
周囲の騎士達が、敵と押し合う中で、アベルは全力の一撃を再度叩き込む。致命的な場所を撃ち抜いた拳を受けて、そいつが倒れた。
氷の鎖が抑え込んだ敵兵に急速に接近したヨタカは、今度は火の瞬きを敵に浴びせかける。散りつく火種が敵を焼き、うめき声が上がる。
それに対して、他の敵兵が雄叫びを上げて突っ込んでいく。
「この人を傷つけてみろ…オレが許さねぇ」
アベルは静かな怒気を滾らせて、敵とヨタカの間に割り込み、その刃を受け止め、ぎろりと睨みつけ、反撃の一撃をぶち込んだ。
二人の織り成す激しく勇壮な、芸術的なパフォーマンスが戦場に花を咲かせていく。
エスラはユルゲンというらしい傭兵団長が受け持っている辺りにいた。
軍勢を率い、牽制をしながら徐々に有利に動きを進める戦友(イレギュラーズ)達とユルゲンらの支援的立ち位置だ。
集中し、自らの神秘性を引きずりだして、一つにまとまった敵陣を薙ぐように、雷光をほとばしらせる。
元々傷を負っていた前衛の数人が倒れ、それ以外にもいくらか身体が痺れたようになった者達を、味方の傭兵達が蹂躙していく。
「ひ弱に見えるかもしれないけど、大人数を相手にするのは結構得意だったりするの」
復讐の書に余韻を残してエスラは次に打ち抜く場所を見定めた。
傭兵達がやや押され気味になった頃合いで霧を生み出すと、指向性を持った霧が敵陣を包み、花のような形を形成した。
うめき声を聞きながら、やがて霧から這い出てきた敵を、味方の傭兵達が撃ちぬいていく。
ジェーリーは騎士隊長の一人と彼が率いる騎士達と共に新生砂蠍の軍勢と渡り合う場所にいる。
「死ぬのはこの歳だから怖くないけれど、まだやりたい事があるの」
そんなことを言いながらクラゲの魔女は桜海の秘宝を輝かせ、氷の鎖で敵の前衛を縛り上げた。
その敵兵を味方の騎士が斬り伏せると、次の敵へ向けて衝撃波を飛ばす。
「突撃――!!」
衝撃破に煽られた敵兵が後ろの兵士を巻き込んで倒れ込むのを見て、騎士隊長が声を上げる。敵陣できた窪みを、仲間たちが突っ込んでいく。
「ふふふ、おばあちゃん頑張っちゃうわね!」
騎士隊長から援護に対するお礼を言われ、ジェーリーはそう返答を返す。もっとも、無理だけはするつもりはない。死ぬようなことだけは極力したくない。
本陣よりは前線に近く、最前衛というわけでもない位置にあって、彩乃の活躍は存在する。
「無理はしないでね……」
そう言って傷ついた兵士に緑の法要を放てば、前線で彼が奮い立つ。
本陣にまで撤退するまでではない、軽微な傷を負った兵士や仲間たちを癒し、重傷を負う者達もある程度の応急処置を受けてから本陣に撤退していける。
「だけど、ちょっとずつ傷を負う人が増えてきてる」
戦いが始まって確実に時間が経過している。当たり前と言えば当たり前だが、長引けば長引くほど、死傷者の数は増えていく。
後方から蹄の音が鳴る。振り返れば、味方の本陣へと重傷者を運ぶ者達の姿が見えた。
下がってきた兵士へ緑の抱擁を授け、近づいてきた戦友に任せ、前線に再び視線を向けた。
「召喚早々こんな大仕事に駆り出されるとか、何の冗談なのよ。帰りたいんですけど……」
アルメリアはぶつくさと言いながら兵士へライトヒールをかけていた。
深緑の実家から遥か遠き異国に半ば強制で飛ばされたかと思えばとんだ戦場である。
そんなことを言いながらも彼女の放つヒールは兵士達をいやしていく。BSによって動きの鈍った兵士達へ緑の抱擁をもたらす。
それでもなお、膝を屈した兵士達はシロネとチシャに乗せて後方の本陣へ向けて押し込んでいく。
「ちょっと! こっち来ないでもらえるかしら!?」
迂回して後方に回ってこようとしてくる敵兵を見つけて思わず叫び、衝撃をぶちまける。アルメリアの声に反応した味方の兵士達がそちらへ回り、敵を押し返していく。
●もう一つの戦場で
前線の維持は続いていた。
しかしながら、その一方で、負傷兵というのは確実に出てきている。
本陣として用意されたその場所では、負傷した兵士達が多く連れ戻されてきている。
「伯父の容姿ですか……お教えはできますけれど、今の彼が私が知る彼と同じかは分かりませんよ? たしか、魔種って容姿すら変わるのでしょう? あれみたいに」
遼人がイオニアスの外見を問えば、テレーゼから返ってきたのはそんな声と遥かな前方に存在する紅蓮の巨人へと投げられた視線だった。
それでも知っているのと知っていないのとでは大違いだと説けば、少女は静かに語る。
「――といっても、よく考えれば、あの頃からあの人はそうでした。印象に残らないというか、いてもいなくても会話が結ぶというか」
そこにいてもいることが印象に残らない。そんな人物像。こと暗殺にかけては場合によっては完全な気配遮断よりも厄介な特徴だ。
「とりあえず僕は君の近くにいさせてもらうよ」
「それは心強いです。ありがとうございます」
恐怖と狂奔の支配する戦場で、指導者らしく振舞う少女と共に、遼人は負傷兵の一人へハイヒールをかけていく。
初陣であるからと、遥かな北方、メフ・メフィートに住まう恩人に遺書を書き置いてきたという孤月の活躍は、本陣と前線における負傷者の回収率を向上させるという点について、これ以上にないものといえた。
「まだ生きる気力はあるか、死ぬなら置いていきましょう」
狐面の向こう、冷徹なまでの声に兵士達が呻く。
震える脚で、手で、立ち上がろうとする兵士達を引きずるようにして、少女は彼らを馬に乗せて疾駆する。
「邪魔ですよ」
追いすがろうとする敵兵を見つけ銃弾を打ち込み、再び馬に飛び乗って共に駆け、本陣に辿り着くと、直ぐに彼らを引きずり下ろして、再び馬首を戦場に向ける。戦いはまだまだ続いているのだから。
「やはり、いつまでも慣れません、ね」
ぽつり独り言。こうして兵士達に召喚物による治療補助を行いながら、メイメイは戦場の空気に震えそうな気持をこらえていた。止血と共に兵士の痛みを落ち着かせる。
そんな彼女の視野は小鳥と繋がっていた。戻ってきた仲間に重傷患者になりそうな人のいる辺りを伝え、そちらへ馬を走らせてもらい、自らは運ばれてきた兵士の手を取った。
「ぐぅ……」
「大丈夫ですよ……わたし達がいますから」
震える目で、騎士がこちらを見ると、少し安心したようにほおを緩めた。
震える手と手が、重なり合う。治癒魔術を施せば、その兵士が落ち着いた様子で目を閉じる。
ほんの少しでも、この兵士のためになればと少女は目を閉じた。
「コラコラ、兵隊さんが情けないこといわな~い。メッ! ですよぉ~」
嘴はそんなことを言いながら手を切り刻まれた比較的重傷な兵士の腕を縫合し、添え木で固定している。
大概のことなら魔法で何とかなるが、いわゆる医学の範疇でしなくてならないことというのもある。嘴はそういう医療方面でこの場所にいた。
自分にはこれだけしかできないというが、逆にこの戦場でそこまで特化した医者というのは、ごく少数に限られる。
「この方は、足が裂けていますね」
そう言って嘴に新しい患者の容体を教えるのはスぺラだ。
彼女はひ弱だった。文字通り、どこの誰の攻撃であろうと殴られたらすぐに戦闘不能になってしまうほどの。
そんな彼女のある意味で常在戦場さは、傷ついた兵士の痛みの個所を見つけ出す。
「じゃあまずは止血をして~それから治療に入りましょう」
ギフトの恩恵で痛みを緩和させながら、傷ついた場所の治療を始める。その傍らでスぺラはその兵士に魔法をかけ、彼の気力が尽きないように支援していく。
次々と運ばれてくる重傷者をさばいていると、不意に一人の騎兵がこちらに走ってくるのが見える。
どうやら、次の仕事が始まろうとしているようだ。
●嗤う者たちへ
戦場の奥、前線を越えてイレギュラーズ達は巨人の側面で何かを狙うかのようにじっとしている10人と1体へ立ち塞がるように布陣していた。
「何処かの英雄王のごとく、2人で10体と行きたいところだが…2〜3体を仕留められればいい方だな」
「2人で10人は冗談キツイわよ、それに他の人達もいるんだから」
紫電が軽妙に語れば、VeMP 49――ヴェムは答える。
ヴェムの合図に呼応し、紫電が一人の子爵兵に対して突っ込む。蒼い刀身を閃かせ、更に速度を上げ、そのままにその敵とせめぎあう。
「さあて、クソ野郎共の歓迎パーティと洒落込むわよ」
高速で織り成される紫電の剣技とそれを必死に抑え込む子爵兵に向け、ヴェムはほんの一瞬を待っていた。
縫い留められたような敵兵に向け、打ち込まれた弾丸が子爵兵の鎧の隙間を縫って敵兵に沈み込む。想定した通りの狙いとはずれてしまったのか、男が憎悪の猛りをこちらに向ける。
そこへ更に紫電の剣撃が撃ち込まれていく。ヴェムの砲撃が猛りのお礼とばかりぶち込まれれば、その兵士はうめき声をあげた。
「まずは1人」
涼しい声で、紫電の刃が子爵兵の脳天から斬り下ろされた。
貫通作用のある銃弾を受けて、こちらに視線を向けてくる新しい敵兵を見て、二人はそのままそいつに狙いを定めて動き出した。
二人の狩人が織り成す狩猟が、戦場に眩いばかりの輝きを照らし出す。
「騎士ニャンジェリカ。義によって助太刀するニャ!」
猫耳猫尻尾な獣人の少女剣士が、名乗りを上げる。反応した子爵兵がこちらに向かってくるのを受け止めて、重鎧で相手を押し返すし、そのままイオ=ン=モールで打ち据える。
「イレギュラーズを舐めるニャよ!」
死線ならば、転移前に無数に飛び越えてきた。今更この程度の敵、恐れる必要なんてない。
ただ――味方を信じて戦うのみ。
「まだまだぁ! こんなものニャのか!」
再び打ち据えた敵兵を見据え、煽るように少女騎士が叫べば、その子爵兵は彼女だけが見えないかのように遮二無二突っ込んでくる。
そんな敵兵の頭部を鉄槌で横薙ぎすれば、確かな手ごたえと共に首から鳴っちゃいけない音がした。
「私は私ができる事を尽くすまでだ」
ルツは竜爪で敵とせめぎあいながら、ギロリと睨み据える。
異界の魔王は子爵兵の剣を片手で持ちながら、空いた片手の爪で子爵兵の腹部を一息に抉り取った。
撒き散らされた返り血が、口数少なき穏やかなりし魔王の風貌を赤く彩り、それが子爵兵達の感情をあおったのか、彼らの吠え声を聞いた。
「私は……私の事を受け入れてくれた友を置いて死ぬ訳にはいかないのだ。消えてもらうぞ」
両手に浮かぶは光と押さぬ深淵。ルツは至近にまで潜り込むと、その子爵兵の心臓部に爪を突き立てた。
味方からの支援射撃もあって、もう一歩、ルツは深く踏み込んだ。
「南部戦線、巨人だろうが魔種だろうがここから後ろには抜かせない」
この戦場にきて二度目、文が紡いだ静寂とバラードが味方を包み込む。
ある時代の日本なる国で代書屋を営んでいた優男は、落ち着いて子爵軍の様子を見ている。
ルツやニャンジェリカへの支援砲撃を打ち込み、傷ついた味方に向けて魔術を行使する。
どこかまずくて、どこがいいのか、それを見抜いて的確に支援の一撃を放つ彼の存在は、子爵兵を相手にする者達全体にとっても一番の好機を呼び起こす。
決して侮ってはいけない、魔種へ辿り着く道が、いつの間にか出来上がっていた。
●炎にまかれたモノたちへ
『ォォォォォオオ!!!!』
戦場を巨人の咆哮が貫く。
これはただの叫びじゃない。どちらかといえば、太鼓などのように音と共にはっきりとした衝撃が心臓辺りを直撃するタイプだ。
(戦場に安全な場所など存在しません。なればもっと奥、渦中へと……)
明日は己が胸の内でそう思案する。狙うは大将。けれど今は――そこへの道を作り出す。
一足飛びに至近したのは炎蛇。シュルシュルと音を立てる蛇の首へ音速の一撃を叩きこむ。
ぐにゃりと曲がった蛇の頭に近い胴部。怒り狂ったように蛇がこちらへと反応し、締め付けてくる。軋む身体に喝を入れて、少女は次の一太刀を、今度は頭部めがけて振り下ろした。
本来なら十分の一撃に、しかし炎に塗れた蛇はシュルシュルと音を立て、威嚇するように口を開ける。
「そうでなくては。それでは私めの剣技、是非に堪能してくださいまし」
緩やかに答えた少女の右目、二重の瞳がぎらりと輝く。三尺八寸の大太刀を振るう我流の剣が、蛇を瞬く間に切り刻んでいく。
リヴィエラは目を閉じていた。
思い出すのはテレーゼと過ごした収穫祭。美味しいごはん、それにたくさんの笑顔。
素敵な、大切な思い出の詰まったこの土地を、燃やさせるわけにはいかない。
普段は穏やかな鉱龍は、深みのある青色の双眸に静かな決意を燃やす。
聖戦の加護をその身に背負い、紫水晶の色をした魔力をほとばしらせる。
炎狼がその身を貫かれながら遠吠え。たんっと跳ぶようにこちらへ近づいてくる。
食らいつかれた肩に痛みを感じて少しだけ端正な顔をゆがめながら、反撃のために自らを強化し――外骨格の上から思いっきり殴りつけた。
きゃいんと鳴いて後退した狼へ、間合いを開けて再び魔力を打ち込めば、その一匹の動きは停止する。
「うっひゃー、すごく大きい巨人だね……」
近くで見れば仰ぎ見なければ顔を見られない巨躯に、ミルキィは思わずぽかんとしながらつぶやき。
「これをほっといたら大変なことになっちゃう!」
ホワイトハープに指を添えて、ミルキィは奏で始める。
やがて、空に影が出来た。
影に気付いた魔物たちが空を見上げ、各々の鳴き声を上げる。
降ってきたのは巨大なジェラート。良く冷え、硬質化したそれらは、魔物の多くを巻き込みながら振っていく。
「ふふ、冷えてるから痛いよ。味はミルク、チョコ、メープルどれだろうね」
笑いながら告げたその魔法はメテオと呼ぶにふさわしき強烈なもの。
不思議な光景ではあるが、その威力は折り紙付きだ。
牛王が握る剣に力が入る。
炎は、怖い。今となっては人ではあるが、過去を振り返れば彼が根源的にそう思うのも仕方のないことだ。
「けど、民と友もがいる。絶対、打ち勝たねば」
迫りくる炎牛に対して向かい合い、己に強化魔術を仕掛けると、突撃に合わせるように敢えて前に出た。
ずんと重い衝撃を受け、小さくうめく。それに対するように、牛王は雄叫びと共に抵抗力を力に変えた渾身の一撃を見舞う。
「モォォォ」
かぶりを振るう牛の角をぐっとつかんで、燃え移ってくる炎を無視して、再び強烈な一撃を見舞う。
牛の喉元を掻き切れば、それは震え、ふらふらと地上に伏せた。
落ち着くように深呼吸をして、牛王は次の敵へと武器を構えた。
トゥヨウは水をロバに乗せていた。取り巻き達と戦う戦友達の後ろに控えた彼女は、水を火に包まれる味方へと消火活動を続けていた。
火炎耐性を有する者が多いとはいえ、燃え盛る火が肉体を傷つけないだけで、燃えていることには変わりない。
ロバを使い潰すつもりで、水樽を以って移動する痩身の少女は、味方を支援するべく奮闘していく。
「私は液体ですから炎は効きませんよ~?」
ライムはそう言うと、距離を開けて炎蛇に目掛けて遠距離術式をぶちこんでいく。
起き上がりこちらを向かってくるそれに、もう一度、遠距離術式をぶちこんだ。
●ベリエス・ムスペルヘイム
これが首都に行ったら、全てが灰になる。運よく生き残ろうと、独りぼっち。
ウェールはそんな悲劇を量産させるわけにはいかなかった。
「平和な日常を燃やすのは一児のパパとして――許さん」
最前衛へ飛び込んだウェールはぎろりとオッドアイの瞳で今は足しか見えない巨人を睨みつけた。
「止まれ!!」
海洋製の大盾で足を抑え込み、渾身の爆砕花を叩き込む。
余りの重量に圧されそうになりつつも、ギフトの恩恵で思い起こされる息子の姿が、背中を押した。
「うぉぉぉ!!」
一度失敗したからなんだというのだ。巨人から落ちてくる火種の熱を無視して、もう一度、爆砕花をぶちこんだ。煙と共に、少しだけ、巨人の皮膚がほどけた。
「おーっ、デカイ! 熱い! 危ない!」
リナリナは巨人へと至近すると、その巨大な足の指へ向けて頭突きをかます。
持ち上がった巨人の足から逃れるように、もう片方の足の方へ走る最中、衝撃と共に大地が揺れた。
「わわわっ!」
バランスを崩したところを、味方の支援を受けると、再び巨人の方へ向かっていく。痛みからか巨人が吠える中で、リナリナは頷きを見せる。
「よし、リナリナたぶん頑張った! 撤収! 撤収!」
声だけは元気に、反撃を受けて傷だらけの身体を跳ぶように走らせて本陣へと下がっていく。
白馬も巨人の対処をすべく前衛に出ている。
兄を探して異世界に現れた半龍半人は、愛剣を閃かせた。
「どんな巨人でも、私の心は折れないわ!」
ざわめき散らすような巨人の咆哮に啖呵を切って、再び剣を入れた。
降ってきた火種は味方の支援に任せ、巨人の動きを止めんと切り刻む。
「火遁を修めた忍びに火攻めなど無駄なことにござる」
レンはベリエスの足の関節部分にとりつく。太すぎて足をさらうこと自体はできなくとも、組みついたことで巨人の動きを僅かとはいえ緩めた。
巨人の皮膚から滴り落ちてきた火種が身を焼いた。しかし、その程度でこの腕を外すわけになど行かなかった。
爛々と眼帯に隠れていない方の瞳を輝かせて、レンはより一層強く、関節をぶち抜かんと力を入れた。
組みついていない方の足が動き、強烈な地響きに一瞬身体を崩すも、立て直す。
「やはり地響きが厄介でござるな」
味方からの支援を受けてレンは再び巨人を仰ぎ、たまたま落ちてきた火種を躱してもう一度組みついていく。
「私に出来ることはこれくらいだから……」
大いなる巨人を前に、小雷はマギシュートを幾度となくぶつけていた。
自分では巨人の咆哮に耐えられない。そう感じている小雷は、それでも自分ができることをやろうと、未だ動きを止めることなく進む巨体から離れては砲撃を試みていた。
目、鼻、踵、小指の先――その他もろもろ、人体であればおおよそ急所と呼ばれる位置。
自分では無理でもここにいる仲間達なら。そう信じてやまないからこそ、少女はソレを見つけるために命がけだった。
――キュイィ。
音が一つ。振り仰ぐ。
その直後、極太の熱線が、こちらに向かって打ち込まれた。
躱しきれなかった足が、ジュっと音をたてた。
痛みに対する当てつけのように、少女は最後の砲撃を熱線の通ってきた所を遡らせるように打ち込んだ。その数秒後、ほぼ初めて、巨人が痛みからと思われる咆哮を上げた。
「そこ、か」
自分の様子を見に来た戦友へ、少女はやっと見つけたソレを伝えた。
イヴ、シェリル、リナで構成されたチーム【イヴと愉快な取り巻きたち】は巨人への攻撃を優先していた。
「ったく、取り巻きの私の方がレベル高いってどうなのよ」
ぶつくさ言いながらもリナは自らに流れる血が熱を帯びるのを感じた。
「まぁ、普通に口でやがりますか」
イヴは熱線の発生源を観察しようと望遠鏡並の超視力を行使していた。
「なら口を狙っていくんだな?」
スナイパーアイで集中力を高めるシェリルが言えば、イヴとリナが頷く。
イヴが放つ超視力を伴う寸分狂わぬ精密狙撃が、巨人の口元へと炸裂し、それに続いてリナのライトニングが頭部を、シェリルのマギシュートが目元へと打ち込まれた。
連携のとれた三人の狙撃を受けて、巨人が吠える。
口から炎を漏らす巨人が、前衛に向けて炎を伴う息吹をぶちまけた。
大地が溶け、前衛のイレギュラーズも躱しきれなかった者が膝をつきかけている。
「次いくです」
イヴの声と共に、シェリルとリナが呼応して、もう一度。
イヴの放った銃弾は巨人の膝辺りに打ち込まれ、その地点を中心に巨人の足が凍り付いた。
シェリルの一撃、リナの一撃が追従するように膝に打ち込まれれば、巨人の雄叫びが戦場に轟く。
『――――ォォォオオ!!』
開かれた巨人の口。それがまっすぐにこちらを向いていることに気づいたのは、超視力を持つイヴだった。
「拙いでやがります」
その場から飛びのくように三人は思いっきり飛びのいた。それでもその余波が、身体を焼いていく。
知性は感じない。本能のまま――攻撃を受けた方向を焼き払うだけの動物的反応だ。
けれど、その反応でぶちこまれる熱線の火力は、冗談でも真正面から受け止めなどしたくない。
「狙撃は言うほど得意ではないんじゃが……100発打てば一発ぐらいは当たるじゃろうて」
なにせ、的はでかい。取り回しという概念を捨てたかのようなこの火器であろうと、ぶち込めば必ずどこかに当たるだろう。
空賊の長は、かつて自分が見下ろした地上から、空より見下ろす災害へと銃弾をぶちまけた。
巨人の動きに対応するように、今度は更に集中し、ちょうど、片足が凍てついたのを見て、ベンはもう片方の足へ長大な射程の砲撃を放つ。
それを受けた巨人が両ひざを凍てつかせ、怒りからか咆哮を上げた。
「ここで燃え尽きるほど安い命でもあるまいよ。俺も、お前さんらも」
そういうダレンは、最前線を支えながら声に漏らす。
半ば苦しそうに聞こえる言葉は、火山への耐性を持っても焼き払われる熱線に二度も被害を受けているからだ。
それでも、男の命は燃え盛っている。まだ、倒れないと。
巨人の放つ炎に身を侵された者達へ祈りを捧げて炎の呪いを解き放つ。
最前線、戦場における最も苛烈な位置での支援役は、危険極まる役目。
だが、巨人はこちらに目もくれない。
知性がないかの巨人には、自分に直接の害をなすわけではないダレンのことなど眼中にすらないのだろう。
そしてそれは、こちらにとっての益でもあった。
「さぁ、絡みとってあげます!」
ライムは自らが扱える簡易の封印術式を起動させると、巨人の足元へ展開する。
踏み込んだ巨人がそれを作動させ、術式が軸に這いずるようにして上へ――そして、ソレの動きをつなぎ止めた。
一瞬の好機、イレギュラーズ達が走り出す。
●イオニアス・フォン・オランジュベネ
「ッ――のれ!! 羽虫共が!!!!」
魔種の激情が響く。ゴリョウ達【ブロッカーズ】の面は子爵兵達の間に出来上がった道を駆け抜けて、イオニアス本人に肉薄していた。
劇場と共に放たれた衝撃波に煽られたゴリョウは再びイオニアスの懐まで肉薄し、組み付くようにしてイオニアスへと張り付く。
「うっとうしいやつめ」
「テメェを倒せば彼の世の双剣のも鬱陶しい羽音に悩ませられずに寝れるだろうよ!」
ここに来る前、ベリエスをブラウベルク領内で孤立させる作戦に参加していたゴリョウは、その時に戦った強敵を思い出す。
「双剣……あぁ、もしやお前、あの坊主の死にざまを知ってるのか?」
子爵の苛立ちが、不意にすっと収まったように見えた。
「人間らしく散ったぜ」
「――そうか、アレは臆病者より良い魔種になると思ったがなぁ!!」
振るわれた音刃。レンジの内側で放たれたそれは、魔種にしてはあまりにも軽い。
「まだまだァ!! これなら全然、双剣の方が強かったぞ!!」
身体を浅く裂いた刃傷をものともせず、ゴリョウは更にイオニアスを押していく。
イオニアスへと到達を果たしたブロッカーズだが、敵陣を突っ切った以上、まだ残っている敵のことも考えなくてはならなかった。
ヤナギは自分達の目的であるイオニアスと依頼人のことを思う。仮にも身内と呼べる存在が敵――それも決して相容れない魔種。良く逃げずにいるのだと。
「あの小娘がよくもまぁ常々頼るからどんなものかと思えば、本当に――本当に忌々しい! これがあの方がいう神託を願う者どもか――死ね死ね死ね!!」
振り返り、こちらへ攻撃する気配を見せる敵兵と相対していたら、そんな怒りに満ちた声を聴いた。
その直後、キィィンと音が鳴る。それに気を取られて、敵兵の剣を読み間違えた。ざっくりと斬り下ろされた敵へと舌打ちし、逆に思いっきり鉄槌を叩きつける。
味方からの魔法を浴びて正気を取り戻し、一つ呼吸する。
「ったく、うっとうしいのはどっちだよ」
振り返り、ヤナギは静かにイオニアスを見据えた。
ステラもまた、取り巻きの子爵兵の一人へランスを突き立てると、そのまま体内の気功を循環、伝達させ、爆弾としてぶち込んだ。
文字通り爆発と共に花を彩り、その子爵兵が戦場を濡らす。そのまま、ランスを取り直すと、イオニアスを見る。
ゴリョウが抑え込むイオニアスへ接近すると、ステラは槍を大地に突き立て、ポールのようにして身体を回し、イオニアスに蹴撃を叩きこむ。
目を見張るイオニアスは、そのまま至近距離で音刃を打ち込んでくるが、そんなものは怖くなかった。急所を外して敢えて当て、そのままの勢いでイオニアスへ突撃する。
珠緒の存在はイオニアス戦において非常に重要になりつつあった。
特に、イオニアスを煽るようにしてその動きを抑え込むゴリョウに向けて彼自身のタフさ含めて回復という役割は必要不可欠なものだ。
「結局のところ、倒さねば勝ちは得られないのですが、それはあちらにとってもそう違いはしないでしょう」
そう言って彼女が示す支援は、まさに勝つための最善を選ぶ物だ。
新たにイオニアスの足止めに動くステラ、ヤナギへの支援も含め、仕事は増えているが、それでも魔術を振るう手は休めない。
「――ちっ。これ以上は益はありませんか」
いくばくかの時間を経た時、不意の舌打ちと共に、イオニアスが心底から腹立たしそうにイレギュラーズを見る。
「さて――失礼しましょう」
ほんの一瞬の隙を突くようにして、イオニアスが後退していく。
「っと、待てよ」
アルクはその時を待っていた。いつか、どこかの段階で必ず何の動きをする。その時に対応できるようにイオニアスだけを見つめ続けていたのだ。
「ぐっ!?」
背後から打ち据えたアルクの一撃にイオニアスが呻き動きを止めた。
「お前の存在は無視できねぇんだよ」
幻魔を構え、次はイオニアスに食らいつかんと隙を伺う中で、不意に衝撃波に煽られた。
「今回は私の負けにしてやろう。私はまだ死ねぬ。滅びは良くとも死ねぬのだ」
ぎらつく瞳でこちらを睨む子爵が、そのままこちらに背を向けて遮二無二走り出す。方向は遥か西方、戦場から遠く離れるように。
振り返れば、子爵軍との戦いをしていた戦友たちが全員揃い、その後ろには子爵兵の屍が草原に沈んでいた。
●もう一つの戦場にてⅡ
戦闘が長引くにつれて、後方の本陣での仕事は、山積みに二ありつつあった。
総責任者であるはずのテレーゼも動員してうめき声をあげる――あるいはそれさえ上げられないほどの重賞の者達を――治療するだけでもその仕事は多い。
シャルシェレットはそんな状況にあって、或いはそんな状況であるからこそ冷静に事に対処していた。
「よし、腕は動くかな」
止血処置を施して縫合まで行ったシャルシェレットが汗をぬぐいながら問いかければ、戦友が頷いた。
「とりあえず、もう一度行くにしても少し落ち着いてからの方がいいと思う」
シャルシェレットが腕の調子を確かめてもらうのを見つつ、詩音はライトヒールをその者にかけた。
「徐々にだけど、イレギュラーズでも傷を負って戻ってくる人が増えてきた。ふふ、これは本気で頑張らなきゃ」
軽く頬を叩いて少しだけ休み、蓄積してきている疲労を回復させる。
ある程度の回復を待った後、シャルシェレットは立ち上がり、別の場所、別の患者の下へ歩みを進めた。
軽度の、魔法でどうにかなりそうな部分をいやして、そのまま本格的な治療を進めていく。
カティアは前線での応急処置を経て軽傷程度で済んでいる人々の治療を中心にしていた。
外科医量の必要なレベルのことは専門家に任せられることで、自分のやるべきことが一つへ集約しつつあった。
「さぁ、これを飲んで」
SPDを手渡し、ボロボロな兵士へそれを含ませる。
徐々に回復の兆しを見せるその兵士をみて、ほうと一つ息を吐く。その後も治療を続けては、ほんの少しできた休憩の時間は瞑想に費やす。
きっと、ライトヒールの一つだって、生死を分ける時が来るだろうから。
蹄の音を聞き、次の仕事かと目を開ける。しかし、向かってくるその騎士は誰も連れている様子がない。
カティアに近づいてきた。
「テレーゼ様はどこでしょうか?」
「今はどこかで治療を行っているだろうけど、何があったんだい?」
「はい、オランジュベネ子爵軍を壊滅させたとイレギュラーズから報告を伝えてほしいと。残念ながらイオニアス本人は取り逃がしてしまいましたが」
「そう。それは良かった。やっとの吉報だね」
ふぅと息を吐く。早く知らせるように騎士を見送った。
サンは集中する。万が一を極力排して成功を掴むためだった。
「……そこは多分、範囲から出てるからもっと近くに着てもらえますか。そう――大丈夫、みんな生かしてここから帰しますから」
暖かい光を施して周囲にいる軽傷の兵士達をいやし、それではまだ足りない物にはSPDを差し出して飲ませる。
BSに一定の耐性を持つ者もいるイレギュラーズはともかく、狂乱する兵士を取り押さえるのにも、酷いやけどや毒を浴びた兵士を回復させるのには時間があまりない。
より多くを、出来る限り救う方法は限られている。だからこそ、出来ることは一つだって無駄にできなかった。
●ベリエス・ムスペル
紅蓮の巨人の力は苛烈だった。
熱線は直撃を避けても、その余波で大幅に体力をごっそりと削り取っていく。体力が低い者は数度受けてしまえば倒れかねないほどに。
やや弱めの息吹でも、脅威であるということは変わらない。前衛では多くの者が可能性の箱をこじ開け、後衛は熱線の射程に組み込まれないように移動を続けていた。
巨人の行動が巨体ゆえに非常に緩慢なのもあるが、弱点の発見と足止め、集中的に攻撃する場所を絞れたことで、効率化が進んでいた。
「紅蓮の巨人、良い響きなのです」
――あなたの焔は、私を満たしてくれますか?
クーアは今どきのメイドの嗜みとばかりに、火を放つ。
数度浴びた熱線も、息吹も、何度か浴びた。
けれど、それでも火はクーアを焼いてはくれない。
少しばかりの落胆を得ながら、紅蓮に魅入られた猫は巨人へと歩む。
きっと、これは自分と違って、火に魅入られてないのだろう。だって、だってこんなにも――醜くやわな火しかくれないのだから。
チャロロはイオニアスを追い詰めていたイレギュラーズが、各地にいたイレギュラーズがこちらへと駆け付けてきているのを見た。
チャロロはそれを見ながら、前へ出た。
咆哮。今までは耳を塞いでいたが、今のこの一瞬、折角の好機を台無しにするつもりはなかった。
長い時を経て、完全に足を砕かれた巨人の身体が落ちてくる。
下半身から折れるようにして巨人の顔を、チャロロは間近で初めて見た。
「やっと当てられる!」
巨人の腕を駆け抜けて、チャロロはいい加減に鬱陶しかった声を出すそこへと、曲刀を打ち込んだ。
一瞬、怯んだように動きを止めた巨人を見て、駄目押しとばかりにもう一撃。喉笛を狩り落とす。
痛みからか開いた口からは、もう不快な音は聞こえなかった。
「上等――!!」
最後になるであろう封印術式が、巨人の身体を包み込んでいく。
リオネルは動きを止めた巨人を見上げ、走る。腕を駆けあがり、肩を抜けて、跳ぶ。
「終わりだ!!」
身体をねじりながら跳んだリオネルはパイルバンカーと化した己をそのままに、だらしなく開く顎を貫き、ぽっかりと開いた口腔内へ――そのまま、巨人の頭部から上を、首から捻じりおとす。
重力に従い落ちるリオネルは、はっ、と小さく笑った。地上へ落ちるより前に仲間に回収され、着地して、一息を吐く。
背後の巨人は、もう動かなかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
こんばんは、春野紅葉です。
お疲れ様でした。
ハチャメチャに長くなってしまいましたね。
MVPは巨人の弱点を見つけた貴女へ。
弱点がわからなければ巨人討伐にもっと時間をかけることになったでしょう。
GMコメント
こんばんは、春野紅葉です。さて、今回、レイドシナリオの一つをお預かりします。
こちらは50人の人数制限があります。ご注意くださいませ。
それでは詳細をば。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
他『<ジーニアス・ゲイム>あの蠍座のように』『<ジーニアス・ゲイム>Prison=Hugin』『<ジーニアス・ゲイム>イーグルハート』『<ジーニアス・ゲイム>Defend orders the Luxion』『<ジーニアス・ゲイム>南方海域解放戦線』『<ジーニアス・ゲイム>紅蓮の巨人』にはどれか一つしか参加できません。ご注意ください。
●依頼達成条件
ベリエスの討伐
その他の敵は討ち取れなくとも、彼だけは絶対にとめなくてはなりません。
●状況
魔種へ反転し、知性なき巨人と化したベリエスは、文字通り全てを焼き葬りながら、北上を進めています。
これに狂気が伝播した傭兵や新生・砂蠍の一部が合流し、その集団は日に日に巨大化しています。
現状、貴族軍の主力部隊は北方で鉄帝国との本格開戦を控えており、主戦力は回せません。
しかし、この火の巨人をこのまま放置すれば、全てを焼きながら、メフ・メフィート目掛けて進むでしょう。今ここで打たねば、その被害は計り知れません。
残存する貴族軍と連携を取り、平原部にて迎撃戦を行ないましょう!
●味方
・『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)
今作戦の総責任者です。戦場には出ませんが、本陣で状況を聞いています。
戦術面では皆さんにお任せする態度を取っています。
下級の回復魔法程度であれば扱えます。
・『傭兵団長』ユルゲン、『傭兵参謀』クラウス他2名
それぞれ50人ずつの兵士を連れて戦っています。
指揮官クラス。
・兵士
傭兵100、騎士100の200人ほど。
士気も高く、指揮官が居れば相応に優秀な友軍です。
軍である以上、指揮官がいなくなると脆いのでお気を付けください。
出自が傭兵であれば〔ウォードッグ、防衛者〕、騎士であれば〔クロスイージス、支援前衛〕相当の能力を有します。
実力は皆さんと同等かやや格下です。
魔種以外の敵ならば任せても問題はないでしょう。
●敵
主な敵と戦力は以下です。
【1】
<『焼葬』ベリエス及び取り巻き討伐>
《ベリエス》
全長20メートルの火の巨人です。反応がかなり低く、回避は事実上存在しませんが、非常に高いHPと神秘攻撃力、耐久性能、やや高めBSへの抵抗力を有します。また、その巨体ゆえ、ブロック、マークも一人では難しいでしょう。
かなりの強敵ですが、人体の構造的弱点やいわゆる大型モンスター特有の弱点は一通り持っていると思われます。
今シナリオ中、最も危険な戦場になります。
熱線:神超貫 威力特大 【業炎】【万能】
巨人の伊吹:神近列 威力特大 【業炎】
地響き:神近範 無し 【停滞】【乱れ】【崩れ】 ベリエスが移動できる状況である限り、移動後に毎回BS判定が入ります。
滴る焔:神近域 威力大【炎獄】
不快な咆哮:神中扇 感情を揺さぶり、対象を動揺させる咆哮です。対策を取らない場合、BS【狂気】に対する抵抗が少し下がります。
<取り巻き>
《炎蛇》
3体。機動力高め
締め付け:物至単【火炎】
《炎牛》
3体。HP高め
突進:物至単【火炎】
頭を振り回す:物至列【火炎】
《炎狼》
4体。回避がやや高め
牙爪:物至単【火炎】
【2】<イオニアス・フォン・オランジュベネおよび麾下子爵軍の討伐>
《イオニアス》
ベリエスを魔種にした中継とも言えるキャリアーです。テレーゼにとっては継母の兄にあたります。これまでのテレーゼ関連シナリオで暗躍していました。
魔種です。この状況下で平然と敵軍に着き、追従できていることが魔種側である証左と言えるでしょう。
ベリエスとは逆に、自身は高い回避能力と機動性を有す代わり、一撃は魔種にしてはそれほど重くないです(それでも弱いわけではありませんが)。
また、感知、探査系の非戦スキルをある程度ごまかす特殊能力を有している模様です。
もしテレーゼが本陣にいることがばれれば、十中八九そちらに向かって動きます。
ベリエス討伐に比べればいくらかマシではありますが、敵が魔手である以上、危険であることは変わりません。
衝撃波:神中扇 威力小 【ブレイク】【飛】
音刃:神中単 威力中 【苦鳴】
音響:神中範 威力小 【狂気】【不運】
《子爵軍》
10人程度。剣や銃などの武器を持ちます。高い戦闘能力を有します。
狂気伝播能力を有します。
【3】前線支援
前線に出て、味方の貴族、傭兵連合軍を支援します。
また、PCの皆さんに統制、統率など集団指示系のスキルを持つ方がおられる場合、申し出れば兵士を借り受けることができます。
魔種のいる上記2つの戦場に比べるといくらかは安全ですが、重傷を負う可能性はぬぐい切れません。
《敵傭兵軍》
100人程度。各々が剣や銃などの武器を有した〔傭兵、アタックスタンス〕相当の敵です。
皆さんと同等からやや格下の実力です。
狂気伝播能力を持ちます。
《新生砂蠍軍》
100人程度。各々が剣や銃などを有した〔ウォードッグ、殲滅者〕相当の敵です。
皆さんと同等から格下の実力です。
【4】後方支援
本陣にて兵士やイレギュラーズの治療などを行なえます。
前線が崩壊するか、テレーゼの存在がばれてイオニアスの強襲を受けない限りは安全と言えます。
●プレイング書式
以下のプレイング書式でお願いします。
一行目、選択する戦場【1】~【4】
二行目、同行者(ID)、或いは【】などでくくったチーム名
パンドラ使用の有無
四行目以降は本文
例
【4】
テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)
味方をサポートします
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
特に白紙、極短文のプレイング、意味をなさないプレイングにご注意下さい。
極めて重篤な事態を招く可能性が非常に高くなります。
以上を予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●備考
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
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