PandoraPartyProject

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侵食の黒


「――どうしてなんですか」
 電話越しに聞こえる澄原晴陽(p3n000216)の声が、何時もにも増して怒りを孕んでいた。
 バンと机を叩く音が聞こえる。
 普段、冷静な晴陽がここまで苛立ちを表すのは『祓い屋』燈堂暁月(p3n000175)ぐらいのものだろう。
 落ち着きを取り戻そうと晴陽は長い溜息を吐いた。

「あなたはまた、『私から大切な人を奪う』のですか。もう、止めて下さい」

 怒りに満ちた言葉ではない。諦めと懇願と憎悪とが入り交じった声音。
 燈堂で起った事の責任は暁月が負う。
 それは医院長である晴陽が澄原病院で起った事の責を負うように。

 一方的に切られた電話がツーツーと音を漏らす。
 暁月の頭の中でその音だけが木霊していた。

 ――――
 ――

 危険。
 危殆。
 危難。
 危機。

 ……深刻で重大な瑕疵を負う。
 不可侵であり、絶対的な暗黒領域。

 死の予感。
 全身に怖気が走る。
 今すぐ逃げないと。
 死んでしまう。
 殺されてしまう。

 自我の。
 境界線が。
 不明瞭になる。
 自分が自分でなくなってしまう。

 忌避すべきだと。
 本能が、警告を上げる。
「いやアアアアアアアア!!!!!」
 ■■■■の絶叫が聞こえた。


 ――――――これは『真性怪異』の侵食だ。


 ――ピ、ピ、ピ
 規則正しい電子音が■■■■の耳に届いた。
 顔を上げればガラス越しに病室が見える。二つのベッドの片方には■■■■が。もう片方には『刃魔』澄原龍成(p3n000215)が沢山の管に繋がれていた。二人とも蒼白で今にも死にそうな顔をしている。
 心電図の音が乱れ、晴陽が龍成の名を呼び続ける声が聞こえた。
 電子音が無情に「ピーッ」と鳴り響く。龍成と■■■■の心臓が止まった事を知らせる音だった。

 これは夢の中で見た『未来』だった。
 侵食を受けた龍成達が見た有り得たかもしれない未来の道筋。

 燈堂家の本邸、和リビングに集まったイレギュラーズは、悪性怪異<夜妖>である獏馬の能力で、夢の中へと潜っていた。イレギュラーズは暁月と廻、この燈堂に関わる人々の記憶に触れ、彼らを救う手がかりを掴みたいと願っていたのだ。
 なぜ、救いたいと思ったのか。
 それは暁月が当主という立場からの重責と、失った恋人と同じ顔をした仇敵が傍にいること、そして、廻を繰切への人身御供にしなければならないという事実から、精神不安に陥っているからだ。
 暁月の精神不安は、この地に奉られた真性怪異――蛇神『繰切』の封印を綻ばせてしまう。

 久住・舞花(p3p005056)は燈堂本邸の地下に設置された封呪『無限廻廊』の様子を見に行った。
 部屋の呪符は真っ黒になって剥がれ落ち、封印がそう長く保たないことを悟る。
 ――暁月の精神はいつ崩壊してもおかしくない。
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)ヴェルグリーズ(p3p008566)星穹(p3p008330)はそう感じた。
 だからこそ、夢の中に手がかりが無いか、藁にも縋る思いで飛び込んだのだ。

 そこで得たもの。それは暁月と廻、そして繰切の過去。
 妖刀『無限廻廊』の継承の儀、当主として強くあらねばならないと自分を戒め続ける暁月が見えた。
 後輩――鹿路 心咲(p3n000251)を斬り、最愛の恋人である朝倉詩織を自らの手で殺した。
 そして、廻を斬って。その命を繋ぐ為に己の妖刀の本霊を廻に与えたのだ。
 夜妖憑きを祓う燈堂が背負う業。
 國定 天川(p3p010201)は自分の過去とそれらを重ね、彼らの為に力を貸したいと決意する。

 暁月の恋人である詩織と同じ姿を取る獏馬。
 詩織と獏馬の間にも絆があったのだと恋屍・愛無(p3p007296)は瞳を伏せた。
 ただ、残ったものは。誰も救われず。傷付け合い。捩れてしまった。
 その事実だけではあるけれど。それでも愛無は獏馬を『我が子』として抱きしめる。
 シルキィ(p3p008115)は廻の過去を知った。
 廻も知らない『神路結弦』であった頃の記憶。そして、希望ヶ浜に来てからの、廻の生き様を――
 暁月との雁字搦めの関係性も。繰切との契約も全て。

 ムサシ・セルブライト(p3p010126)は暁月のうなじに黒い印があるのに気付いた。
 それは――『呪い』のように思えてならないもの。
 同じくボディ・ダクレ(p3p008384)も龍成の背に黒印があるのを発見する。
 嫌な予感がすると、ムサシとボディは溜息を吐いた。

 ――――
 ――

「ふふ、ここが澄原病院か」

 数刻前。
 澄原病院の廊下で晴陽はパンダフードを被った奇妙な女に遭遇する。
「私は葛城春泥。練達の研究員です。あ、身分証を見ますか? 本物ですよ?」
 何処か暁月を思わせる人を食ったような物言い。
 晴陽は辟易しながら「用件はなんですか」と葛城春泥と名乗った女を見据えた。
「貴女の弟さん、燈堂家で何をしているか知っていますか?」
「龍成が何か……?」
 怪しい風体の春泥から弟の事を聞かれ、警戒心を露わにする晴陽。
「危ない事をしていますよ。真性怪異に侵食されたり『夜妖憑きにされたり』しています」
 夜妖憑きにされるとはどういうことだと晴陽は眉を寄せる。
 澄原病院は表向きは普通の病院だが、裏では夜妖憑きの研究と治療を行っている。
 燈堂とは違った形の夜妖憑きの専門家。
「夜妖憑きの証拠はうなじから背中に掛けて印があります。彼は色々なタトゥーを入れるので誰も気付いていない。動き回るあれは夜妖憑きの印。確かめた方が良いのでは? これは大問題でしょう? あの燈堂に預けた可愛い弟が、夜妖憑きにされてしまったんですよ?」
 目の前の怪しい人物からの情報。信憑性は定かでは無いが、嫌な予感がするのも感じていた。

 だから晴陽は暁月に連絡を取った。
 龍成が真性怪異から侵食を受けたのは事実だろう。それは暁月も把握していた。
 ならば、夜妖憑きにされたのは。
「それはどうかな。『そんな気配は感じられない』からね」
「何ですって?」
 晴陽の胸の内に流れ込む切迫感。あの怪しい人物が言っていた事が本当だったならば。
 焦りの色が晴陽の顔に浮かぶ。考えないようにしていた喪失感が心の底から這い上がってくる。

 電話越しにこちらを心配する声が聞こえた。
「もう、本当に……止めてください。心咲の時も、詩織先輩の時も……っ! 暁月先輩はどうしていつもそうなんですか。私から大切な人を奪っていくのは――」

 どうしてなのか。
 切られた電話の電子音と晴陽の言葉が、暁月の脳裏に木霊する。
「……どうして、か。それを知ってるかい■■■■」
 黒い虚ろが暁月の背に広がる。
 蝕まれる。
 綻んだ糸が、引き延ばされた一糸が、ぷつりと切れた――

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