PandoraPartyProject

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愛しき『ニーヴィア』

 ずるりと細い腕を掴み上げてから男は首を振った。製作者(クリエイター)とは顔を見せない方が良いことも多い。
 今回の場合は、正しくそうした案件だと『彼』から告げられて居た。
「やあ、ドクター。お加減は?」
「……ああ、魔法使い(ワーロック)の作品。良好だよ」
 引き上げた腕を培養液に再び浸けた。小指の端に傷が出来て居る。『彼女』にはなかった。
 培養液の中で草臥れた様子で折り重なった幾人ものゼロ・クールを検品しなくてはならないがそんな気にもなれやしなかった。
「良好などではないのでは?」
「ああ。ミスタ……そんなことはなかったはずなのだがね」
 肩を竦める男に不愉快そうな表情を見せたのは『骸騎将』ダルギーズであった。その整った作り物の美貌には僅かな苛立ちがくっきりと浮かび上がっていた。
 その表情を見てから男は「すまない」とだけ言って首を振る。
「私の体調は良好だが、懸念点があった。だからこそ『彼』も私には外に出ないようにと告げたのだろうが」
「はい。マスターはそうお考えでしょうね。……だから、ぼくも此処に居るのです」
「どうやら魔法使い(ワーロック)から見て我々は似たもの同士のようだ」
 表情を変えず、培養液の中で折り重なっていた女を眺めてからコアの陰りを拭う男の横顔をダルギーズは見詰めていた。
 ダルギーズ――いいや、メル・ティルはゼロ・クールだ。プリエの廻廊で制作されたゼロ・クール。その身に憑依した『四天王』が体を明け渡せと囁く毎日を送っている。
 しかし、メル・ティルの精神は強靱とまで行かずとも『安定していた』。
 目の前の男に言わせれば『魔法使い(ワーロック)』と呼ぶ制作者が余程メル・ティルを大事に大事に作り核の安定化を図ったからだろうとの事である。
(……マスターは優しい人だ。ぼくも『彼女』達も、守られている。
 だからこそ……あの人の願いに反するぼくたちの『使われ方』は受け入れられるものではないのに)
 メル・ティルは唇を噛んだ。日に日に、脳内で囁く聲は強大になって行くのだ。

 ――世界は滅ぶべきだ。
 ――ゼロ・クールはこの世界の滅びを運ぶ『渡し船』になるのだ。

 頭を抱えたメル・ティルは息を吐出した。ゼロ・クールは人ではない遺物(アーティファクト)の分類だ。
 故に、遍く世界を飲み食らい己がものとする『無辜なる混沌』は遺物を世界の残滓として飲み込み消化しようとしている。
 果ての迷宮に転がり込んだのはそうしたゼロ・クール達である。無論、混沌世界で作り上げられた者達も中に入るが此方の世界にルーツを持つ者は大半がそうして『渡った』のだ。
 例えばメル・ティルがその顔を見たK-0カ号――『クレカ』もそうだ。
 そして、眼前の男が丁寧に丁寧に作り上げているゼロ・クールとそっくりな顔をしたグリーフ・ロス(p3p008615)もその一人だろう。
 最も、グリーフが世界を渡ったことはドクターにとっては不都合であっただろうが……。
「どうかしたかね」
「いえ……ぼく達は、滅びを腹に抱えて世界を渡る『爆弾』にならなくてはならないのでしょうか」
 メル・ティルは眉を顰めて呟いた。ドクターはメル・ティルを眺める。その視線はアンティークの人形を具に検品する時と同じものだ。
「私はそこには関与しない。ただ、私はニーヴィアを作り上げる事だけを行って居る。
 魔法使い(ウォーロック)も……いいや、今はなんだったか……魔王イルドゼギアもそれを許諾した上で私をこの場所に置いているのだろう」
 男の居所は魔王城サハイェルだった。その下層に位置する研究室(ラボ)で無数のゼロ・クールを作り出していた。
 アンドロイド制作を行なう男はただ、たった一人の女の復活を求めているだけだった。

 ――『ニーヴィア』

 それが男が愛したたった一人の女だった。人造人間の核を作る技術の全ては魔法使い(ウォーロック)より与えられた。
 彼の求めるニーヴィアが完成するまで。何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し作り続ける。
 ただ、ニーヴィアに成り得なかった『紛い物』は必要は無い。それらはイルドゼギアに処分を願っている。
『自壊コード』を用意したが、その効力が発揮されにくくなったのは男の作ったゼロ・クールにも終焉獣が憑依し始めたからだ。
 それらは。
 ああ、そうだろう。
 それらはメル・ティルの言う通り肚に滅びを抱えて世界を渡る。
 そうして、世界に滅びを分配する渡し船になるのだ。生命体ではないが、世界を股に掛けることが出来、あちらの世界では『人として認められる可能性のある』秘宝種だからこそできるのだろう。
 ――最も、その『道』は果ての迷宮と呼ばれた場所以外にもあるらしい。
「ミスタ、彼……『管理人』とやらは?」
「更に地下へ」
「……『裏口』だったか。そこからお前達を送りつければ、嗚呼、確かに、世界の綻びにもなるだろうな」
 男は酷く疲れた様子で言った。『失敗作』を早々と引き上げられてしまったが、愛しい人と同じ姿をした存在の死を悼む心はまだ残っていたらしい。
「ドクターは、どうしますか?」
「イルドゼギアが戻って来たら考えよう」
 メルティルは外方を向いた男に小さく頷いてから濁ったコアを見詰める彼を双眸へと映した。
 きっと、叶わぬ夢を見て居る。こんな場所にまで流れ着いて。彼はまだ『愛しい人の復活』ばかりに囚われている。
(……ぼくも、人間であったならばマスターの悲しみを取り除いてやれただろうか)
 ぼくらは何時だって叶わぬ夢を見て居る。
 知っているけれど、此処で足を止められない。
 あの人に張付いた滅びは、容易に剥ぎ取れるものではない。……だから、あの人を守らなくては。
「ぼくはもう行きます」
「ああ」
「……ドクター・ロス」
 呼び掛けてから、メル・ティルはぎこちなく微笑んだ。
「どうぞ、貴方は後悔をなさいませんように」

 ※プーレルジールで滅びの気配が増しています……!
 ※天義において、遂行者陣営との戦いが続いています――。


 双竜宝冠事件が一定の結末を迎えたようです!
 クリスマスピンナップ2023の募集が始まりました!


 ※プーレルジールで合流したマナセとアイオンの前に魔王イルドゼギアが現れました――!


 ※プーレルジールで奇跡の可能性を引き上げるためのクエストが発生しました!

これまでの天義編プーレルジール(境界編)終焉の兆し(??編)

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