PandoraPartyProject

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薄れ行く

 おまえを抱き締めることが出来たならば、どれ程にしあわせだっただろうか。
 おまえの側でずっと何も知らぬ顔をして、歌を歌っていられたならば。

「亜竜種達の、同胞の活動領域を増やしたい。何時までも暗い洞の中でなど暮らせやしない。
 里おじさま、あなたが田畑を与え獣避けを教えてくれやしたが、それでも尚も、満足の行く活動域を得られたとは言えないだろう」
 珱・珠珀は真面目な顔をしてそう言った。亜竜集落フリアノンの里長として、誰もが掲げる目標が安全な活動領域の確保だ。
 竜骨フリアノンは竜種の侵略を許さず、亜竜を避ける。その周辺領域もベルゼーや彼が連れていた竜種――六竜と呼ばれた彼女達だ――によってある程度の平穏が齎されていた。
「珱の者は何時もそう言いますなあ」
「だって、オジサマが何時死んじゃうか解らないじゃない。私も、珠珀も。
 ……先に苦労を残したくないのよ。次代はあの子が担う。なら、出来るだけをしてあげたいでしょう?」
 桃色の髪を束ね、微笑んだ珱・琉維の胡桃色の瞳が甘く煌めいた。
「それが、親ですもの」

 ベルゼー・グラトニオスは思い出す。罪の日を――
 珠珀と琉維。それから、泰・花明を連れてピュニシオンの森へ踏み入れた事を。
『帰らずの森』と呼ばれたその場所に彼等を連れて入ったのはほんの気まぐれと、ただの自惚れであった。
 自らの周りには己を慕う竜種も多い。嘗ての地廻竜がそうであったように、彼等とは共存できると認識していたのだ。
「本当に大丈夫なのですか、里おじさま」
 花明は不安げであったか。あの子は、穏やかで思慮深い。だからこそ珠珀の良き友人だっただろう。
「大丈夫よ、ワイバーンなら捕まえて食べましょう」
 琉維は対照的に明るく、強かだ。何処へだって走って行ってしまうあの子の力こそが必要だったのだ。
「……此の辺りは鬱蒼と茂っているが、木々は余り倒したくないな。
 里おじさま、森を抜ける最短ルートは? その先に、新たな拠点を開くことが出来れば……」
 やはり、聡い子だった。珠珀はフリアノンを導くに相応しい男だ。
 幼い頃から見守ってきたが、それだけに彼が聡明に、そして里長の自負を有していたことが喜ばしい。
 彼ならば、愛おしいフリアノンを護ってくれる。
 珠珀と琉維の娘である琉珂も、彼等が育てれば立派な里長となり、フリアノンを守り抜く光となる。
 眩い、届きやしない愛おしい私の光達。
 はじめての冒険だと幼子のように喜ぶ三人を何時までも、見ていたかったのだ。

「ただの、『魔種』の癖に」

 瞬く間に世界が暗転した――うぬぼれていたのだ。
 何者からだって、この愛しき者達を護れると。
「オジサマ!」
 琉維が花明の体を押し退けて鋏を構えた。錆び付こうとも、その炎の美しさは変わりやしない。
 彼女の戦う姿が眼に焼き付いた。
 桃色の髪が揺らぎ、その眸に炎が宿る。
「オジサマ、逃げて!」
 ――魔種を、護ろうとする彼女の優しさも。
「里おじさま、此処は私達に任せて」
 ――何を差し置いても民を守りたいと願った彼の正しさも。
「……あの脅威が何か、見極めなくてはなりません。民を護る為に! 里おじさま!」
 ――ただ、繋ぎ止めるだけの言葉を吐出したあの子の手を振り払った己の愚かさも。

 護りたかっただけだったのだ。
 馬鹿な話だが、自惚れ浮かれていたのだ。戦い方も忘れてしまう程に平和ぼけしていた。
 瞬きをするような僅かな時間であったのに。人として、己を偽り生きる事が心地良かったのである。
 なんて、愚かな。
 権能を『制御』する難しさを知っていただろう。
 290年余も経ったのだ。
 あの子を喰らうてから。
 リーティア。
 愛しい我が娘、パラスラディエ。
 ――腹の中の彼女を『消化』して、開いた『飽くなき暴食(はら)』が世界を蹂躙した。呆気もなく、小腹を満たすように大地を削る。
 湖を吸い上げ、木々を薙ぎ倒し、眼前の者が命辛々遁れた後にようやっと気付いたのだ。
「珠珀……?」
 あの子の姿がないことに。
「……琉維……?」
 あの子を喰らってしまったことに。
 花明は意識を失い『我が罪』を見て等居なかっただろう。
 フリアノンには竜の襲来により、里長とその妻を喪ったという一報だけが齎された。

 ああ、違うのだ。
 私が喰らったのだ。
 愛おしい、愛おしい、あの子達を。
 ――美味しいと、何よりも幸福であったと感じた事が己の罰だ。

「オジサマ、手を繋いで」
 まだ幼い少女だった。10にも満たない、小さな娘。
「琉珂」
 小さな手を引いて、それから抱き上げた。
「ふふ」
 なまめかしく萌える翠のように美しい瞳だった。
 揺らぐ髪は鮮やかに花開く桜のようだった。
 華やぐ春に、萌える夏に、褪せていく秋へ、眠り行く冬に。
 この子は、ただの一人で過ごすのだ。
「見て、あの花。おかあさんがくれたのよ」
 琉珂の指先を辿ってからアウラスカルトが「これか」と摘み取った。
「アウラちゃんの髪に飾っても良い?」
「やめろ」
「えへへ。あっちで、ザビーネと一緒に花冠を作ろう?」
 体を地へと降ろせば、その小さな小さな足で大地を駆けていく。
 ちょっとの歩幅、直ぐにでも追い付いてしまいそうな距離。小さく、簡単に折れてしまいそうな体。
「オジサマ、こっちこっちよ! ねえ、クレスはどこにいるのかしら」
「さあ。クワルバルツと何処かに……」
「クワルさんとクレスにもお土産を作ろう、アウラちゃん、こっちよ」
 彼女を竜とは知らず、ただの『遊び相手』として手を引き走る『里長となるべき娘』
 人の子を奇異なる目で見詰め、父祖がいうならばと唇を動かしたアウラスカルトを見送ってベルゼーは目を伏せる。

 あの子の未来を見るのは自分ではなかった筈だ。
 珠珀。琉維。
 ……パラスラディエ。
 あの二人の親を奪ったのはこの私だ。
 腹が減る。
 どうしようもなく、愛おしいと感じる度に腹が痛むように響いた。

 抱き締めてやりたかった。そのまろい掌を繋いで二度とは離しやしないと誓ってやりたかった。
 柔らかい髪を撫で、眠るまで唄を歌ってやろう。
 名前を呼べば微笑むおまえ達が、何よりも『美味しそう』だったのだから。

 求めては、ならないのだ。
 生きることが、罪ならば。
 愛することが、罰ならば。
 何を犠牲にして、生き長らえろというのか。

 それでも。
「……子ども達を愛おしいように、親のことも愛おしいのだ。
 この身は、どう足掻いたとて『七罪』。産まれながらの滅びの化身」
 御せぬ己を思うたならば、ここまで『よく保った』と褒めるべきだ。
 己の身体は滅びを求め、口を開く。滅び行く世界を喰らう為の暴食よ。
 己は立ちはだかるのだ。
 世界を蹂躙し、破壊し尽くす滅びの使徒として。
 それが最後の『親孝行』で、悪人として振る舞うことが『彼女達への手向け』だ。

「さようなら、琉珂」

 ――この世に、一番不必要だったのは愛だったのかもしれない。

 ※ヘスペリデスの最奥――ベルゼーへの道が切り開かれています。
 ※終わりの時が近付こうとしています。
 ※リーティアが『罠』を準備しています。


 ※『双竜宝冠』事件が新局面を迎えました!
 ※豊穣に『神の国』の帳が降り始めました――!
 ※練達方面で遂行者の関与が疑われる事件が発生しています――!

これまでの覇竜編シビュラの託宣(天義編)

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