PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<黄昏崩壊>女神の指先

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「……楽しかったなあ」
 パラスラディエという竜――人の姿ではリーティアと名乗る女性が、数冊の書籍を手に踊っている。
 書籍に収められたのは写真、漫画、動画(!?)といったものだった。
 厳密には彼女自身はベルゼーの腹の中に居り、ここ黄昏の園で踊っているのは幻影であり、書籍もまた実体ではなく魔術的な産物である。幻影は以前よりずっと薄らいでおり、力の減衰を示していた。
 そんなリーティアに、『煌魔竜』コル=オリカルカは凍てついた視線を注いでいる。
「……」
「ねえコル見て下さい。うちの子、可愛いでしょう?」
「……」
「あ、そうそう、こっちの方々とも友達になったんですよ」
「…………」
 リーティアはころころと笑い、コル=オリカルカは眉をいっそうひそめた。
「意地を張ること何て、もうやめたらいいじゃないですか」
「帝竜……何をおっしゃいます」
「何をって、この戦いです。だって馬鹿馬鹿しくないですか?」
 竜達は覇竜領域デザストルは最果ての地、この黄昏の園ヘスペリデスでイレギュラーズと闘争を繰り広げていた。それは竜達が慕うベルゼーを守る為であり、竜域へ足を踏み入れた人類を蹴散らす本能でもある。
「……御身は変わられた、あまりにも」
「どこがです?」
「初めは勇者王なる小さき者共へ肩入れした時、次には御子を産み、その御身を父祖へと捧げた時」
 コル=オリカルカの声音は微かに震えていた。
 ベルゼーは冠位魔種『暴食』ではあるが、その気質はひどく優しい。
 慈悲深く、時に優柔不断であり、また多くの竜種や亜竜種へと愛情を注いでいた。
 亜竜種達からは里おじさまと慕われ、ベルゼーを育ての親とする竜種も少なくはない。
「御身がそんなことでは、父祖はあまりに報われない」
 そう続けたコル=オリカルカもベルゼーに育てられ、父のように慕っている。
 父祖と愛されるベルゼー自身の心情は兎も角、彼の権能には欠陥があった。『暴走』である。
 辺りのあらゆるを飲み込んでしまう恐るべき権能は、実に三百年ほど前に発生しかけていた。
 それを止めたのがリーティアだった。自身の身を食わせたのである。
「私は別に何も変わっていませんよ。ただ好奇心のままに世界を楽しんでいるだけです」
 書籍を閉じて胸元に抱き寄せたリーティアが、コル=オリカルカへ向き直る。
「この感覚は、数多の生命へ爪牙を突き立て血肉を啜る喜悦と何ら変わりません」
「……」
「そもそも父祖を想うのであれば、この黄昏の地へ願われた理想を叶えるべきでは?」
「戯れであり、虚妄に過ぎない!」
「魔がいずれこの世界を滅ぼす存在であり、それがごく近いと分かっていてもですか?」
「魔風情に世界など滅ぼせるはずがない。わたくしは、わたくし達は竜です」
「冠位魔種の権能が暴走してもですか、巻き込まれるかもしれませんよ?」
「後れを取るわたくしではない」
「どうしても戦うのですか、かの勇者等と」
「無論、蹴散らすまで」
「かの者等は『本物』ですよ。勇者王達のような、あるいはそれ以上の」
「いかに不遜とはいえ、人は人に過ぎないでしょう」
「……死にますよ、あなた」
「――は?」
「我が娘アウラスカルトが勝てなかった存在に、勝てるとでも?」
「種は劣れど、わたくしのほうが歳経ている」
「この間、一目散に逃げたくせにですか? ざーこ♡ ざーこ♡ 雑魚ドラゴン♡」
「あれは――!」
 以前イレギュラーズと一戦交えたコル=オリカルカは、かすり傷一つで飛び去った。
 彼女は自称『潔癖症』であり、人や亜竜種など小さな生き物をひどく嫌っている。普段の食事においても亜竜しか口にしないという徹底ぶりは有名だった。
「私の言葉でも決意は揺らぎませんか?」
「御身が健在であれば力にて従わされたやもしれませんが、御身は既に朽ち果てておいでだ」
「昔から本当に強情ですね、では仕方がないのでしょう」
「……」
「シグロスレアはともかく、あなたであればと思ったのですが、残念です」
「…………」
「あ、あなたの弱点とか全部バラしときますね!」
 べろべろばーと手を振って姿を消したリーティアに、コル=オリカルカは吐き捨てた。
「どうぞ御勝手に、人が竜に勝てるはずなどないのだから」
 面汚し(アウラスカルト)ごと、狩ってくれる。


 数名のイレギュラーズはヘスペリデスに佇む歪んだ家に赴いていた。
 ベルゼーが人と竜との架け橋にしたいと願い、リーティアが戯れにこしらえた一軒だ。
 現在はヘスペリデスにおいて、イレギュラーズにとってのちょっとした拠点になっていた。
「そんなことがあったんですよー、でね、でね」
 リーティアは一行の前で、大仰に手を振る。
 彼女がもたらした情報は、コル=オリカルカのスペックと、予想される軍勢についてだ。

 ベルゼーの権能の暴走が近付く今、竜達はイレギュラーズへ『立ち去れ』と警告し続けている。
 ある者は『ベルゼーに大切なものを傷つけさせたくない』と願った。
 ある者は『竜の地へ人が踏み込むことを許せない』と語った。
 またある者は『イレギュラーズを食い止め、ベルゼーの権能の矛先を他地域へ向けたい』と告げた。
 様々な思惑が交錯する中で、イレギュラーズは冠位魔種たるベルゼーを討ち取らねばならない。

「リーティアさま……」
「そんな顔をしないで下さいな」
 不安げなメイメイ・ルー(p3p004460)に、リーティアは微笑んだ。
 見たところ、リーティアの幻影は薄らいでいる。力が衰えている証拠だ。
「暴走は止められないのかな」
 ジェック・アーロン(p3p004755)は考え込んでいる。
「残念ながら、それ自体を防ぐことは出来ないでしょうね」
「リーティアは以前、策があるような事を言っていたようだが」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が問う。
「はい、ベルゼーの権能により私の身は朽ち果て、魂とて消えかかっています」
「……」
「しかし私はちょっとした魔術的な罠を仕掛けているんです」
「罠というと?」
「少々複雑な工程になりますから詳細はまたの機会に譲りますが、いずれにせよベルゼーの力をそぎ落とす役に立つはずです」
「なるほど」
「それよりも今必要な対策の話をしましょう」
 露骨に話を逸らしたなと感じるが、ともあれ作戦は速やかに詰めねばならないのも確かだ。
 コル=オリカルカは多数の亜竜を率いており、竜と共にそちらも対処する必要がある。
「アウラスカルト、あなたの力を解禁します。存分に振るい、亜竜の群れを蹴散らすのです」
「なぜだ、竜を相手取るなら我がこやつらの剣や盾となろう」
「ここであなたを消耗させる訳には行きません、それに数というものは人にとって脅威です」
「……」
「大丈夫ですよ。あなたはそのうち、この上なく強いものと戦えますから」
「……わかった」
「アウラスカルトが亜竜の群れと戦うとして、私達が竜を退けるということですか」
「ええ、それが良いと思います」
 リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の問いにリーティアが答える。
 コル=オリカルカは魔術を行使しない竜だ。尋常でない体力と破壊力があるが、やや鈍重と言える。
 絡め手で行動を可能な限り阻害しながら、打撃力で攻めることが出来れば勝てるだろう。
「そうすれば里おじの……ベルゼーの元までたどり着ける、か」
「ええ、きっと居るはずよ。大丈夫よスーちゃん、かならずチャンスを作るから」
 大きく息を吸い込んだスフェーンの背を、アーリア・スピリッツ(p3p004400)が撫でた。
 スフェーンが探している行方不明の家族は、ベルゼーと行動を共にしているらしい。
 どうにか対話をさせてやりたい所だった。
「じゃあその竜をやっつけるのは、ボク達に任せてよ」
「ええ、どうかお願いします」
 ドーナツを片手に元気よく立ち上がったセララ(p3p000273)に、リーティアが頷いた。
「ちょっと見て下さい、なんかやばくないですか?」
 窓の外を見たしにゃこ(p3p008456)が血相を変える。
 美しかった空が歪み、雷鳴が迸っているではないか。
「リーティアさん!?」
 笹木 花丸(p3p008689)が見渡すが、その姿がどこにも見えない。
「投影、ちょっともう無理みたいです。本当におばけになっちゃいましたね」
 リーティアの声だけが聞こえる。
「大丈夫です、私がかならず皆さんを導いてみせますから」
 それから――
「あ、そうそう」
 再び声がする。
「ハッピーバースデー、我が娘アウラスカルト。後で動画、見てくださいね、てへっ」

GMコメント

 pipiです。
 竜を退けましょう。

●目的
 竜を撃退し、ヘスペリデスの最奥へ進撃する。
 戦いが終わったら安全な場所でアウラスカルトに誕生祝いの動画を見せてあげる。

●フィールド
 広大で美しい園でした。
 今はベルゼーの権能によって空間が歪み始めています。
 天は荒れ狂い、何かに引き付けられるように石などが舞っています。
 雷鳴や砂埃などによる視界不良、足場の乱れが想定されます。

●敵
 亜竜の群れは、アウラスカルトが蹴散らしてくれます。
 皆さんは『煌魔竜』コル=オリカルカの撃退に注力しましょう。

『煌魔竜』コル=オリカルカ
 リーティアが能力をバラしました。
 歳経た強大な将星種『レグルス』の竜(エルダーブラスドラゴン)です。
 ずば抜けたタフネスを誇り、光線を吐く他、爪や牙、尾、翼による突風などの威力もすさまじいです。
 最初のターンに一度だけ、必ず咆哮する癖があります。3ターン麻痺に準じた45%の確率で能動行動出来ないBS状態になりますが、精神無効により防ぐことが出来ます。咆哮するのは、戦闘開始してから一回だけと思われます。
 また攻撃はいずれも特レであり、非常に広範囲です。
 無尽蔵とも思えるHP、高い防御技術、高いHP鎧、再生能力を持ちます。
 EXAも高く、スペックは脅威そのものでしょう。

 しかし反応が遅く、またBSなどの搦め手への対処に難があります。
 BS自体は高い特殊抵抗によって入りにくいのですが、無効なBSはありません。どうにか通して雁字搦めにしてやりましょう。
 その上で強力な打撃を積み重ねるのが良いでしょう。

 逆にいえば、それらが叶わなければどうなるか……といった敵です。

●同行NPC
・『金嶺竜』アウラスカルト(p3n000256)
 皆さんに良くなついている竜です。
 亜竜の群れを蹴散らしてくれます。

・『光暁竜』パラスラディエの幻影
 人の姿ではリーティアと名乗る竜であり、アウラスカルトの母。
 三百年ほど前にベルゼーの暴走を止めるため、その身を食わせました。
 やたらとおしゃべりしたがり、また想い出を残したがります。

 ついに姿は見えなくなりましたが、まだおしゃべりは出来るようです。

・志・思華(スフェーン)
 森に消えた友人を探しています。
 修行に明け暮れているため、なかなか強いです。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <黄昏崩壊>女神の指先Lv:50以上完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月30日 22時21分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

サポートNPC一覧(1人)

アウラスカルト(p3n000256)
金嶺竜

リプレイ


 吹き付ける風が、やけに温く感じる。
 上空と地上の大気同士が無規律に混じり合う様は、嵐の最中を思わせる。
 ちょうどハリケーンの、大雨と大雨の合間のような。
 違っているのは湿気の度合いだろう。今はずいぶん乾いているし埃っぽい。
 唇にかかった髪を払ったかと思えば、今度は後ろから来るものだから、髪は乱されっぱなしで『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は「もう」と零した。
 右からと思えば左から――それにしても乱暴な風だ。

「初めまして、アウラスカルトさん、リーティアさん、思華(スフェーン)さん」
 遠雷が響くものだから、『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)の声音は少しだけ強めだった。
「お会いしてみたかったんです」
「よろしくね、ユーフォニー。スフェーンでいいさ」
「……ユーフォニーか」
 スフェーンは快活にユーフォニーの背を叩き、アウラスカルト(p3n000256)は目線だけを向けてきた。
 前者にはどこかしら空元気を、後者からは複雑に絡まった心境を感じるが――
「リーティア?」
 辺りを見回した『魔法騎士』セララ(p3p000273)が呟くと、ふいに幻影が現われた。
「あ、また幻影出せました! ユーフォニーさんですね、よろしくお願いします! いぇーい!」
 力を維持しづらくなってきているのだろう。先程まで消えていた上に、以前より更に薄らいで見える。
「めぇ……」
 そんな様子に、ぽつりと零したのは『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)だった。
 いよいよ『その時』が近付いているのだ。
 メイメイは拳を胸に当てる。立ち止まる訳にはいかない。

 でたらめに渦を巻く風だが、総体としては一定の方向へ向いているとは感じる。
 一行は少し話しながら、そんな追い風を背に受けながら進んでいた。
 風の行く先、到るべきは果ての果て。
 権能を暴走させ始めた、冠位魔種ベルゼーの元へ。
「リーティアが身体に乗り移れたらいいのに」
 セララの呟きに、リーティアは曖昧に微笑んだ。
 竜は単純に大きい。優劣ではなく質量の問題だ。
 単純に実行すれば、器が――つまり人の魂が砕けてしまうという。
 やりよう自体はあるのかもしれないが、そうした高度な魔術は一朝一夕には編み出せない。

「まったく、キミもとんだ誕生日だね」
「……?」
 微笑みかけた『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)に、アウラスカルトはきょとんとした表情を返してきた。
「誕生日とは我が産まれ出た日のことを指すのか」
「そうだよ」
「それが、どうかしたのか?」
「――!?」
 リーティアが血相を変える。
「アウラスカルト。あなたもしかして、誕生日を祝ったことがない!?」
「えっ」
 ジェックもまた目を丸くした。
「人の世の風習にはさほど詳しくないのだから、仕方なかろうが」
「本当にこの子は……」
 そんな言葉にリーティアがひどく渋い顔をする。
「お誕生日動画も撮ったのに……」
「竜が動画撮ったんですか!?」
 驚きを隠せない様子で、『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)が尋ねる。
 なんというか、現代的で竜っぽくないというか。
「あーちゃん達にお願いしたんですが、えー、ふぉん? っていう皆さんの道具ありますよね」
「ありますね」
「あれに組み込まれた一部の術式を投影してみたんですよ」
 なんともリーティアらしいやり方と感じる。
「皆さん風に言うと、エミュってみた!」
 そんな言葉、使ったことないが。
 セララは思う。永劫を生きる竜にとって、親しい誰かと過ごせる時間は一瞬なのかもしれない。別れた後の寂しい時間のほうが、ずっとずっと長く続くのだろう。
「それでも、仲良くなるのを躊躇わないでほしい」
「……」
 眉を寄せたままのアウラスカルトが、セララを見つめた。
「きっと素敵な、宝物のような思い出になるはずだから」
 セララの言葉は、リーティアにも聞かせるかのようだった。
 リーティアには戸惑いもあり、遠慮もあると感じている。
 そういうものを、少しでも減らすことが出来たらと思わずにはいられないから。

 何はともあれ、一行は竜域を歩んでいる。
 風は徐々に強くなり、雷鳴と爆ぜ焦げた大気は、いよいよ常世の終末を思わせる様相だ。
「これは……あってはならん、滅びの風だ」
 アウラスカルトが呟いた。
 石ころが、大気が、きっとベルゼーの腹へと向かっているのだと思う。
「さて……リーティアさんには何か策があるようだけど」
「ええ」
 リーティアが『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)へ頷く。
「それを成就させるためにも、ここを切り抜けないといけないわけだね」
 行く手に立ち塞がるであろう竜コル=オリカルカは、伝え聞く限り『竜らしい竜』だ。
 けれどだからこそ、人の底力というものを思い知って貰わなければならない。
「本当よ。んもう、りーちゃんってば」
「それは、そうですね。後で説明しますね!」
「お願いよお」
 アーリアは――良くない予感こそすれど――問わねばならないことがあるのを知っている。
 たとえ思いが通じていても、言葉にせねば結実しないこともあるように。

 一行が相対すると予測される竜は、アレクシアの言葉通りコル=オリカルカだ。
「……以前私達が遭遇した竜だよね?」
 振り返った『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)が念のため問う。
「そうですね! あの一目散に逃げた臆病者です!」
 リーティアは説得に赴き、決裂し、煽り倒して帰ってきたらしい。
「コル=オリカルカの言葉は分かった」
 ならば――『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は考える。
 やはり竜には力を示す他にないのだろうと。
 認めさせることが叶うなら、助力すら得られるかもしれない。
 ならばやはりアウラスカルトの手を借りてはならない。
 コル=オリカルカには、自身等『人』の力のみで打ち勝つ必要があるだろう。
「ますます負けられなくなったという所か」
 そうすることで拓ける未来があるならば――
 ベネディクトの決意を籠めた瞳に、花丸もまた拳を握りしめる。
 花丸は思う。『今私達に出来る全力でぶつかっていこう』と。
「それにしても……えへへ!」
 胸だって高鳴っている。
 これまでいろいろな冒険はしてきたけれど、遂に肩を並べて戦えるのだから。
「『煌魔竜』は確かに強い竜ですが……」
 アウラスカルトの瞳を静かに見据え、『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が言葉を続けた。
「今更彼女に屈する等、貴女の名と力を貶めるようなもの」
「そうだ。だが汝等が負けようはずもない」
 その時、遂に無数の影が空の向こうに現われた。
「来るね」
 花丸が見据える中、影はどんどん近付いてくる。
 亜竜の群れだ。
 中心に見える一際大きな身体は亜竜でなく、正真正銘の竜に違いない。
 間違いなく、コル=オリカルカだろう。
「耳栓は用意してありますよ!」
 しにゃこが勝ち気に笑う。
 正直な心境としては、竜などというものとは二度と戦いたくなんてなかった。
 けれどしにゃこも、あの頃より更に強くなっている。
 だからプライドで凝り固まった竜を、分からせてやるだけだ。

 戦い方は既に相談済みだ。
「リーティアさまは、思うままにお願いします」
「ええ、そうさせてもらいますね。ありがとうございます、メイメイさん」
「ねえりーちゃん」
「へいマイフレンドあーちゃん、なんでしょう?」
「コル=オリカルカにとって邪魔で、鬱陶しくて、戦いに集中できないような言葉なんてどう?」
「いいですね! ここぞってときに煽ってみますね!」
 初手は必ず、咆哮してくるのは分かっている。
 生命の根源を恐怖に震わせるような竜の叫びは、けれど対策が可能だった。
「それじゃ、皆でアウラさんのお誕生日を改めてお祝いできるように勝ちに行こうかっ!」
「うん、アタシからも祝わせて」
「それでは往きましょう、アウラスカルト」
 花丸に、ジェックとリースリットも同意する。
「それじゃ──背中は預けたよ」
「任せよ」
 そう言うと、アウラスカルトは巨大な金鱗の竜へと姿を変え、大空へ舞い上がった。


 無数の翼が風を切り、一行の鼓膜を激しく揺さぶっている。
 上空から落下してくる巨体は、真鍮色の鱗に覆われている。
 幾度の脱皮を経たのだろう。その姿はアウラスカルトより遙かに大きかった。

 激しい衝撃と共に大地が割れ、竜が――コル=オリカルカが降り立つ。
 ベネディクトははじけ飛ぶ石つぶてを外套で振り払い、祖国の槍を油断なく構えた。
 竜が紫電の迸る天空を見上げて大きく息を吸い込む。
 そしてマグマのように燃える瞳で一行を睨め付け――震動。
 鼓膜を引き裂かんばかりの咆哮は、あらゆる生物における命の根幹のようなものを震わせる。
 竜という最強の生き物へと抱かれる畏怖に、身じろぎ一つ出来なくなる。
 コル=オリカルカはそれを産まれながらに知っており、常にそうしてきた。
 だから今度も同じだ。
 同じであるべきだった。

「コル=オリカルカさんも初めまして」
 だが次に聞こえてきたのは、ふわりと舞い上がったユーフォニーの挨拶だった。
 だってここは『竜と人とを繋ぐ架け橋』なのだから。その思いは、願いは、譲れない。
「それじゃあ皆、いくよ!」
 地を蹴る花丸の言葉を合図に、一行は猛攻撃を開始した。
「びっくりしたぁ」
 笑い飛ばしたアーリアが紡ぐのは、蜜の罠。
 瞬き一つで黄金に輝いた魔眼、まとわりつく毒の運命からは竜さえ逃さない。
「すーちゃん、守ってね」
「もちろんだ、行くよ!」
 スフェーンがアーリアを背に槍を構え、弾ける石つぶてを打ちはらった。

「コル=オリカルカさま、今度はお逃げにならないで下さい、ね?」
 メイメイの声は、竜の頭の中へと直接語りかけている。
 かなりの緊張に心臓が早鐘を打つが、けれど思い切ってやってみた。
 竜は数瞬の間、メイメイの言葉が理解出来なかった。それに現在の状況も。
 以前にも同じようなことがあった。それも同じ相手に。
 自身の咆哮に怯えぬなど、帝竜(バシレウス)ぐらいのものであろう。
 なのにも関わらず、一度ならず二度までも。一体全体、どういう事なのか。

 ユーフォニーの身体を美しい光りが覆い――無数の色彩が燦然と煌めく。
 それは世界。彼女だけの世界。
 竜息さえ思わせる膨大な魔力の奔流がコル=オリカルカを撃つ。
 ほぼ同時に、神聖を纏った花丸の拳が真鍮色の竜鱗を砕いた。
 猛攻撃は止まる所を知らない。
 ジェックとしにゃこが構え、二重のライフル弾が両翼の付け根に吸い込まれる。
 ほんの小さな、細い、針のような。けれど竜鱗の合間を縫い、関節へ侵入する鋭い傷み。
 赤が弾け、大地を濡らし、竜の膨大なエネルギーに焼かれて煙を吹き出す。
 続いて竜があげたのは二度目の咆哮ではなく、ただの絶叫だった。
「このまましばらく、深緑の『魔女』のお相手をしていただきましょうか!」
 魔方陣に彩られるは、濃紫の釣鐘の花。
 花びらが舞い、風に吹かれるように竜へ突き刺さる。
 竜は術の主を睨み付けた。
 これでいい。アレクシアが愛らしい唇を引き結ぶ。
 搦め手を通す下準備だ。
(私が、このまま時間を稼ぐ!)

 ――侮らないでよね!

「コル=オリカルカ。ボク達が勝ったら、ボク達の事を対等な存在と認めて欲しい」
「ありえない仮定は無意味だと知りなさい」
 竜は否定するが、それでもセララは舞い上がり――
「フェンリル、インストール!」
 可愛らしい狼耳を顕現させたセララが一閃。
 絶対零度の魔力がほとばしり、巨体を純白に覆い尽くした。
「もう一度、セラフ!」
「人風情がちょこまかと。無駄と知れ」
 大きく首を振る竜の隙をベネディクトは逃さない。
「悪いが、その認識を改めさせて貰う」
 圧倒的な膂力をもって、裂帛の踏み込みが大地を割り割く。
 その一撃は竜にも比肩しよう。
 竜鱗が爆ぜ、膨大な赤が雨のように降り注ぐ。

 極限の集中力に、誰しも状況がスローに見えている。
 僅か十秒。されど猛攻。
 コル=オリカルカは何一つ出来ていない。
 そして、今度もまた自信たっぷりに、コル=オリカルカの口元が輝き始めた。
 微かに零れ始めた光りが雷撃のように大気を焼き、青臭いオゾンの臭いがする。
 全てを溶断せしめる灼熱の光条が、あと数秒で放たれる。
 あらゆる生物も物体も、瞬く間の内に蒸発しきってしまうに違いない。

 ――だがイレギュラーズの次手は、そんなものよりもずっと早かった。


 だいぶ前のことになる。
 アウラスカルトはイレギュラーズに言った。
 自信の――つまり竜の身に、人はうさぎのような生き物に見えると。
 大地に小さな住居を構え、歩くだけで踏み潰してしまいそうになるのだと。

 以前リーティアもまた述べていた。
 爪や牙を振るう殺戮は、竜の愉悦であると。

 コル=オリカルカの見解も、全く同様だった。
 しかし小さな生き物を誤って踏み潰した挙げ句、勝手に死なれるのは、怖気が走るのだ。
 だから彼女は人も獣も大嫌いだった。身じろぎ一つで死んでいく、儚すぎる命のことが。
 獣を食うにしても、どこが肉でどこが臓腑でどこが骨なのかもよくわからない。
 気色が悪いのだ。だから彼女は亜竜しか口にしない。
 大きいから。どこが肉なのか、味の違いだってはっきりと分かるからだ。
 取るに足らない獣か人か、とにかくそんな生き物が、眼前で群れていた。
 以前にも見た、そして思い出した。
「逃げる? わたくしが?」
 僅か十秒ほど前に、メイメイから伝えられた言葉をようやくかみ砕く。
 メイメイが何を言っているのかなんて、まるで分かっていなかった。
 単純に「事実と違う」と思えた。混乱し、怒りだってこみ上げてくる。
 そんな風に思われたのだとしたら、何かの間違いだ。
 だから、この間と全く同じことをした。
 竜の吐息で、焼き尽くしてやるために。

 針の弾丸が駆け、けれどその衝撃が喉を穿つ。
「どうかな、金嶺竜にさえ届いた戦法だよ」
 ジェックは寸分違わず、狙いを外さない。
「最初に絶対吠えて、次はビームとか、さすがにワンパすぎですよ」
 しにゃこも続く。
 そしてセララが斬り付け――竜が吐き出そうとした光りは、ただ喉の奥で爆ぜた。
 リースリットの放つ雷光の剣を受けた竜へ、アーリアもまた微笑む。
「私ね……、ちょーっとばかりいやらしい女なの」

 そこからはあまりにも――アーリアにとって――可哀想とも思える光景だった。
 銀の翅も、投げキスも、氷の花びらも、淡い緑の酩酊さえも。
 アーリアの放つ全てが、竜の身を縛り上げている。
 メイメイもまた、更なる災厄を重ねている。
 ベネディクトにセララ、そしてユーフォニーと花丸やリースリットの一撃一撃が竜鱗を打ち砕き、黄昏の園を真っ赤に染めている。
 ジェックとしにゃこが放つ弾丸の嵐、竜の翼を何度も傷つけ、迫りくる爪も牙も撥ね除けている。
 それはあたかも檻のようだった。
 けれどほんの時折幸運にも、抜け出せることがないわけでもない。
「誰も傷つけさせやしないんだ!」
 だが渾身の一撃は、そう決意したアレクシアの身さえ、何一つ傷つけることが出来なかった。

 ベネディクトは思う。
 互いに死力を尽くし、この力を照覧せしめるのだと。
 戯れや妄想とすら謳われた未来をつかみ取るためなのだと。
 だが覚悟していた死力すら振るう間もなく、コル=オリカルカは敗北しつつあった。
 作戦はあまりに完璧に、完全過ぎるほどに機能していたのだ。

 あまりの集中に、背は熱いのか寒いのかもわからない。
 メイメイもまた必死で術式を紡ぐ。
 油断して良い相手ではない。
 いつ誰が大きな傷を負っても、動けなくなっても、場合によっては命さえ失ってもおかしくはないのだ。
 僅か一手のミスでもあったなら、たちまちに檻を瓦解させてしまう。
 ジェックが視線を僅かな間だけ移した。
 遠くの空では羽虫が集うように、わらわらとした球体が出来ている。
 時折、光条や魔法陣が見える度に、黒い花びらのようなものがはらはらと舞い落ちていた。
 球体は徐々に小さく、密度も低下している。アウラスカルトが戦っているのだ。

 万一があってもジェックの前には花丸が居る。
 失敗があってもアレクシアが居る。
 周囲の亜竜はああしてアウラスカルトがなんとかしてくれている。

(だからアタシは、引き金に集中出来る。安心感しかないね)
 無尽蔵の体力とて――アーリアは術式を紡ぐ――再生能力を封じてしまった今では、底が見えている。
「人が竜に勝てるはずなどない、そんな驕り打ち砕いてあげる」

 ――人は一人なら弱くて、足りないものだらけだけど――補い合えばどこまでも強くなれるのよ!

 様相は完全にタコ殴りだ。
 檻は完璧だった。

「人が、人風情が!」
 あまりの怒りに、竜が呻く。
 その時だ。リーティアの幻影がコル=オリカルカの眼前に転移したのは。
「どうですか、本物の勇者は」
「何がです」
「悠久の時を生きた身を、勇者達の手によって終える気分は」
「……」
 押し黙る。
 そして初めて自覚した。
 自身の生命に終があるということに。
「馬鹿な、あまりに馬鹿げている。そんなことが、あろうはずが」
「まだまだ時間はかかるでしょう。哀れなものです。けれど確実に訪れますよ」
「……」
「竜の身からすれば、いえ、人からみても、あまりに短い時間で。きっとあっけなく」
「……ッ!」
 きっとせいぜい、どんなに長くとも十分か二十分かそこらだ。
 それでおしまいになる。
 その頃にはイレギュラーズとて、精魂尽き果てているかもしれない。
 細かな岩などにいくらかの傷を負っているかもしれない。
 あまりの疲労に倒れ伏すかもしれない。
 けれど誰もが理解している。コル=オリカルカ自身にも分かってしまった。
 どんなルートを辿ろうとも、既に結末は揺るがない。
 逃げるか死ぬか。いずれにせよ――

 ――コル=オリカルカは敗北する。
   力の天秤は、もう二度と動かない。

「けれど私が――この光暁竜パラスラディエが、あなたに情けをかけましょう」
 リーティアの背後に、幾重もの魔方陣が輝いた。
 その間すら、イレギュラーズの猛攻は止まず。
 コル=オリカルカは必滅の檻から抜け出せないままでいた。
「情け、だと」
「だって痛いでしょう。苦しいでしょう」
 リーティアが両手を差し伸べた。
「それが絶望というものです。すぐに取り払ってあげますね」
 そう言って微笑んだ
「あなたを、今すぐに滅ぼします。消し飛びなさい」

 ――そして光りが爆ぜた。


 金鱗の竜が悠々と舞い降り、少女の姿を形取る。
 亜竜の群れを蹴散らしたアウラスカルトが戻ってきたのだ。
「終わったぞ、汝等、なにをしている?」
「ありがとう、お疲れ様」
 ジェックが振り返る。

 一行は巨大な竜を囲んでいた。
 竜は目を見開いたまま顔を背けるように硬直し、全く動かない。
「いや……リーティアがな」
「……りーちゃん」
 ベネディクトとアーリアは溜息一つ。
「えー、何もそこまでびびることあります?」
 リーティアが首を傾げた。
「ピカーってさせただけです。おばけですよ、私。何も出来るわけないじゃないですか?」
「……それはそうだが」
「ていうか動かなくなりましたけど」
 しにゃこも困惑していた。
「たぶん、気絶してるんじゃないかな……」
 花丸が指先でつつくと、地響きと共に巨体が倒れ、土煙がたちのぼる。
「……あわ」
「……ええと」
 予想もしなかった事態に、メイメイとアレクシアが視線を合わせた。
 リーティアは確かに光っただけだ。
 それがこんなことになったのは、イレギュラーズによる『竜殺しの檻』が、驚くべき精度で成立していたからに他ならない。僅かでも綻びがあれば、リーティアとて精々煽る程度の言葉しかなかったろう。

 しばらくの後、一行はユーフォニーがドラネコのリーちゃんと共に見つけた岩陰に待避していた。
 ここなら安全そうだ。
 ほどなく、そんな一行の前に現われたコル=オリカルカの表情はやつれていた。
 起きた後「話しづらいから」という理由で人の身に化けさせられ、こうして眺めている。
 妙齢の貴婦人然とした容姿は、柔和そうなリーティアと違い、凜と映るが。
 そんな彼女の視線の先では、イレギュラーズがアウラスカルトと談笑していた。
「……まさか人風情が」
「あのですね、この際だから言っておきます」
 その言葉に、振り返ったしにゃこがつかつかと歩み寄り、眉をつりあげる。
「しにゃ達は別に竜を軽んじてるからずかずか入り込んでる訳じゃないです」
「……」
「こうして、竜とお友達になりたいからお手伝いに来てるんです!」
「信じられない」
「竜と人の違いを楽しんで、お互いを尊重し合えばなんでもできるのに……」
 しにゃこが続ける。
「まだ竜がどうとか、人風情とか、上とか下とか思ってるんですか!?」
「……我が身は人の災厄。殺せたはずだ」
 コル=オリカルカが、掠れた喉振り絞るように言った。
「別にそんなことをしに来たわけじゃないんだよ」
「……」
「それに人間だって、そこそこやるものでしょう!」
「そこは……ええ、認めましょう」
 アレクシアに返したコル=オリカルカの声音には、諦念めいたものを感じる。
「ねえ、コル=オリカルカ」
「……」
「今でもまだ『竜なら魔に打ち勝てる』なんて言える?」
「はい。わたし達、ひとりひとりは取るに足りないかもしれません」
 メイメイも切々と訴える。
「けれど、力を合わせれば、竜にだって勝てる。……勝ち、ました」
「……」
「本当に、今でも、絶対に負けない、と言い切れます、か?」
「……竜ならば、勝ちはするだろう」
「確かに、そうかもしれません。竜の力なら冠位も、或いは原罪さえ滅ぼせるのかもしれない」
 リースリットが見据え、言葉を続けた。
「……けれど、違う。違います」
「どのように違うと」
「現に竜は未だ冠位も原罪も滅ぼしていない。故に貴方達には防げない」
「……」
「ベルゼーは滅びを否定しなかったのでしょう?」
「…………」
「それは、竜だけでは滅びに抗えないと確信している証明です」
「詭弁でしょう。わたくしはまだ力を振るった訳ではない」
「いいえ、現に『振るおうと考えていない』のでは」
「……」
「私達は、世界の滅びを認めない。理解しなさい『煌魔竜』」
「口が回るものだ。人が、脆弱で矮小な存在が」
「ええ、けれどこれこそが、貴女達が脆弱で矮小と侮る人の言葉、力、意思です」
「敗北した身、なおも抗おうとは思いません。少なくともあなた方には」
 そして言った。
「わたくしを殺しなさい」

「やだよ」
 セララは憤慨していた。
「あ、コル=オリカルカだから、コルちゃんって呼ぶね」
「きっと必ず復讐しますよ」
「しないと思うよ」
「……」
「えっとねボク達はベルゼーを止めたい。リーティアも助けてあげたい」
「父祖が止まるものか、それに砕けた命が舞い戻るはずもなし」
「でもコルちゃんだって同じ気持ちなんじゃないかな」
「……」
「だから仲間になってよ」
「私からもお願いだよ」
「ああ。俺達だけではダメなのです」
 花丸とベネディクトも続ける。
「仲間!? このわたくしが? 馬鹿も休み休みになさい」
「人間の仲間が嫌なら、アウラちゃんの仲間ってことでどうかな?」
「この恥さらしの……いえ、今はわたくしも同類なのでしょう」
 罵倒されたアウラスカルトだが、気にする素振りもない。
「これを恥と呼ぶのなら、我は恥さらしで構わん」
 そんな言葉に、コル=オリカルカは完全に黙り込んだ。
「魔にもまた、奇蹟を起こすパンドラのように世界を滅ぼす仕掛けがあるのでしょう」
 恐らくは、滅びのアーク。
「冠位も……或いは原罪さえも、きっとその為の走狗に過ぎない」
「人の為で無くてもいい、です……竜の、為に……!」
 リースリットに続けたメイメイを、コル=オリカルカが見据える。
「まだ信じ切る事が出来ないのなら、せめて共に居て見定めて欲しい」
 ベネディクトもまた続ける。
「共にかはともかく。それならば、考えておきましょう」

 そう言って背を向けた竜に、ユーフォニーが語りかける。
「ベルゼーさんの願いのあるこの地で戦うの……正直嫌です、悲しい」
 コル=オリカルカが、僅か一瞬だけ歩みを止める。
「コル=オリカルカさんとも手を取りたいです」
 だって、
「覇竜の地が、そこにいるみなさんが大好きだから」
 この想いは決して揺るがないから。
「ベルゼーさんも助けたいです」
 可不可の話ではないから。
「手立てもなく口だけと言われても仕方ないんですけど……やっぱり本心で!」
 コル=オリカルカが振り返る。
「……竜帝様」
「なんでしょう?」
「あなたの始まりは、どうだったのですか」
「ちょうど、こんな感じでしたよ」
 それを聞いたコル=オリカルカは、空気を吐き捨てるように「はっ」と笑った。
「ならば見定めましょう」
 竜は飛び去った。


「リーティアさま、まだ大丈夫です、か?」
 メイメイが尋ねる。
「はい、そろそろまた幻影が微妙かもしれませんが」
「声だけになってしまって、も、急に消えたりしないで下さい、ね」
「ええ、大丈夫ですよ。信じて下さい」

 ――それにきっと、もうすぐちゃんと会えますから。

「そう言えば、リーティアさんの罠とは、どういったものなんでしょうか?」
 ユーフォニーが問う。
 導いて下さったのだから、応えねばと思う。絶対。絶対にだ。
「そうですね……異界の伝承に『トロイアの木馬』というものがあるのをご存じでしょうか?」
「聞いたことは。神の怒りを鎮めんがための巨大な木馬像を、敵陣へ運び込ませるというものですか」
 リースリットが応える。
「はい。人々が寝静まった跡、木馬像に隠れていた英雄達が、たちどころに敵を滅ぼしたと」
「……」
「私が仕掛けているのは、そういった類いの魔術です」
「それはつまり」
「私が木馬と英雄で、はらわたからの内から引き裂いてやるー。なーんて!」
 なるほど。確かに冠位魔種を人の手で打ち破るのは困難極まる。
 これまで同様に、何らかの強大な力が必要不可欠だ。
 だが竜が仕掛けたトラップであれば、それをなし得るかもしれない。
「問題は、道筋ではないか?」
「ええ、そうですね」
 ベネディクトの問いにリーティアが頷く。
 恐らく冠位の権能は『腹の中』に鍵がある。
 だが食われてしまえば、それで終わりだ。リーティアだって抜け出せない。
「強い光が見えるんです」
 リーティアが空を見上げた。
「ちょっとした星読みですけど、たぶん道は切り開かれますよ」
 それが何かは、まだ分からないが。
 何はともあれベルゼーの権能に打撃を与える仕掛けはすでに為されているという訳だ。

「じゃあ、そろそろ動画見ましょうか!」
「そうですね! これこれ」
 リーティアの手に、丸みを帯びた長方形の幻影が顕現する。
 どうやって再生するのだろうかと、しにゃこがすかすかさせるが。
「この丸いところを指で押すと、あ、認証失敗ですね。そうしたら数字をえらんで」
「aPhoneじゃないですか!」
「あ、そんな名前の魔道具ですね! それでこの三角形っぽいのをさわるとですね」
 この前アーリア達と撮影したものを、魔術で模倣したらしい。
「難しくて、術式をそのままコピーするしかなかったんですよね」
 なんだかすごい話だ。
「本物はあーちゃん達がもってると思うんで、転送してもらってください」
「もちろんよ! 欲しい人にはあげちゃうわ」
 そうこうしてから、動画が再生されはじめた。
 誕生日を祝う歌だ。
(……動画には『映って』らっしゃる……?)
 メイメイが胸をなで下ろす。どうやら幻影も映るらしい。
(……ふふ、リーティアさまの愛、ですね)
「しにゃからもハッピーバースデーアウラちゃん!」
「アウラスカルトさん、お誕生日おめでとうございます」
「お誕生日おめでとう、アウラスカルトちゃん」
「アウラさま、お誕生日おめでとうござい、ます!」
「な、なんだ。囲むな」
 一行が次々にアウラスカルトを祝う。
「はい、誕生日プレゼント!」
 セララも今日の戦いを描いた漫画を手渡した。
「また一歩大人に近づきましたね! 来年もまた祝ってあげます!」
「我は老竜ぞ」
「ちなみにしにゃの誕生日は2月22日です!」
「覚えてなどおれん」
「覚えなくてもいいですよ! 直近になったらまた言うんで」

「えっへへ、よかったー。眼福ですね」
 リーティアがにこにこと笑う。
 そしてなんだか胡乱なことを呟き、天を仰いだ。
「予想が外れるのは悔しいのに、結果よかったみたいなことってありますよね」

(――ほんとは幻影、戦いが終わるころには完全に消えちゃうと思ってたんですよね)

成否

成功

MVP

ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 MVPは結果までの道のりを大きく短縮した方へ。
 もう少しぐらつくんじゃないかとは思っていたのですが、全然そんなことになりませんでした。
 その結果の、交戦時間の大幅時短によるフラグクラッシュでした。

 それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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