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シナリオ詳細

<帰らずの森>黄昏を辿る

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「美しい場所ですね」
 穏やかに笑った青年にベルゼー・グラトニオスは「そうでしょうとも」と返した。
「竜であろうとも、営みはあるべきだ。
 人の文化を真似ただけですが……いやはや、『働き者』には叶いませんなあ。
 ただ、花を植えた。それが芽吹くときが来ることを楽しみにして居ますからな」
 ベルゼーに青年は問う。
「この地にはなんと名を?」
「そうですなあ……。長命なる我らに刻を教えて呉れるこの場所は……。■■■■■■の園なんてのは如何でしょうかな?」
 其れは素晴らしいと青年は微笑んだ。
 遠巻きに花籠を手にしたアウラスカルトの姿がある。その傍ではザビアボロスが佇み、些か不愉快そうな顔をしたフェザークレスの姿も見える。
「天帝種の皆さんを雑用に使うとは、お人が悪い」
「頼んだだけだ、人聞きの悪い。クワルバルツはくだらないと何処かに行ってしまいましたがもう暫くすれば来るでしょうなあ。
 花が咲いたら包んで欲しいのですよ。お前さんは、花の世話が上手だから屹度素晴らしいものが出来る」
「……何方へ?」
「竜骨の今代の主へ」

 何時の日の話しだったか。その様な会話も遠い昔のように感じられる。
 人間の10年余りは長い物ではあるが、ベルゼーや竜にとっては瞬きの様なものだった。
「どうなさいましたか」
 問い掛ける白堊の傍には穏やかな笑みを浮かべた青年がいた。
「いいや、何も」
 ちょっとした思い出と干渉だ。
 あの時、この場所のことを『珠珀』に漏したが、彼はその地を夢見る者が居てはならないからと『フォス』に頼んでピュニシオンの泉付近に詳細を記した書物を沈めていた記憶がある。
 ならば、知ろうと思わなければ此処について認識すら出来ないだろう。
 それでも――ベルゼーは胸騒ぎがした。
(嫌ですなあ……)
 何となく、思ってしまうのだ。
 珠珀は冷静で、穏やかな男であったが、その妻の『琉維』は破天荒なことをしでかす娘だった。
 その血を継いだ琉珂もまた、破天荒で思いも寄らぬ事をしでかす娘だから――屹度。

 此処の事を知ってしまうのだろう。ベルゼーが今どこに居るか、何をしているか、そんなささやかな秘密を暴いてから。


「其処征くお前さんや」
 ちょこりと座っていた幼い娘は蜜色の瞳に空色に染まる黒髪を有していた。
 白い尾を揺らし、如何にも迷子と言った風情で佇んでいた娘は手当たり次第のイレギュラーズに声を掛けていたのだろう。
「可愛いドラネコさんや」
 少女に誘われて近寄ったのはユーフォニー(p3p010323)の連れていたドラネコのクローディアであった。
「あ、えっと……?」
 きょとんとしたユーフォニーに蓮花は「迷子じゃよ!」と元気いっぱいに叫ぶ。
「迷子さん?」
「取りあえず保護者を探すべきかしら?」
 ぱちくりと瞬いたユウェル・ベルク(p3p010361)と朱華(p3p010458)に「うんうん」と少女は頷いた。
「鈴花『お姉ちゃん』の所に連れて言って欲しいのじゃ。アタシ、お腹が空いてのう~」
 腹を撫で下ろした少女は蓮花(りぇんふぁ)と名乗った。
「鈴花ね。知ってるわ。探しましょうか」と朱華が目線を合わせ声を掛け、「りぇんりぇんだねー」と手を繋ぐユウェルを発見し――
「ばっちゃぁっ!!!!!」
 勢い良く秦・鈴花(p3p010358)が指差したのは仕方が無い話であった。
「ばれたか……。もうちょっと幼子の振りさせてくれてもよいではないか。
 アタシの名は秦・蓮花(しん・りぇんふぁ)。そこの鈴花の親戚のとっても偉いおばあちゃまじゃ。
 イレギュラーズにちょっと頼みたいことがあったのう。鈴花も居たなら丁度良い。征くぞ!」
 幼子にしか見えないが立派にフリアノンに古くから存在する秦家の長老である蓮花はぐんぐんとフリアノンの中を歩いて行く。
「何処行くの?」
「さあ?」
 滅多に立ち入ることのない集会所を越え、更にその奥に辿り着いた時――

「紅花(くれない)、それは難しい話しでしょう」
「でもね、里長。ピュニシオンでの調査は進んでる。里長も今後の方針を決め打たなくちゃならないわ」
「紅花、里長一人に決定権を背負わせるのは酷よ。何せ……こんな手紙まで見つかってしまったのですから」
「だからではないの、お母様。珠珀様も人が悪いわ。琉珂には酷じゃないの」
 奥の書庫から聞こえてきたのは聞き慣れた珱・琉珂 (p3n000246)と誰かの話し声であった。
 次にぱちくりと瞬いたのは朱華である。「お母さん、ねーね」と飛び込んだ彼女は慌てて『お姉さん』と呼び掛けた。
「あら、朱華ちゃん。蓮花長老に連れてこられたのね」
 亜竜集落フリアノンに存在する武闘派一族『煉家』が一人、戦士団に所属している煉・紅花は『妹』を見てから穏やかに微笑む。
「うむ。琉珂だけではちと重荷になると思うてな」
 胸を張る蓮花に「長老有り難う」と紅花が微笑んだ。
「改めて、煉・紅花(れん・くれない)よ。フリアノンの戦士団に所属しているわ」
『焔花』の名を頂く美しい彼女は『やられたらやり返す』を流儀に素晴らしい戦いを見せるらしい。
「わたくしは煉・真朱(れん・まあや)。
 同じく戦士団と活動していたのだけれど……活動時期は丁度、琉珂のお父様の珠珀が存命の頃だから皆さんは知らないかしら」
 微笑む真朱は一寸置いてから、息を吐く。琉珂が頷く居たのを確認してから彼女は口火を切った。
「書庫で、前里長の手記が見つかったの。
 それによればピュニシオンの森を抜けた先に何かがあると記してあるの」
「あ、前里長って私のお父さんね。……お父さんはオジサマから何かを教えて貰ったらしいの。
 でもね、『良く分からない場所』でも、何かがあるなら誰かが未知を既知にするために冒険に出てしまうわ」
 自覚がありますと琉珂は項垂れる。己はそう言う気質だからだ。
「だから、その場所についての詳細を隠したというの。森の中にある泉の畔に。
 お母さんは、悪戯が好きだったから『本当に知りたいなら』って泉の場所のヒントをくれたわ」
 琉珂は深い森の中でも関所からどの方面に進めばそれがあるのかを大体、理解しているという。
「けど、危険なことには違いないから……物を手に入れたら早々に引く事を意識しなくちゃならない」
「泉には竜が住んでるからね。念のために私が着いていこうと思う。
 蓮花長老とお母さんは此処に居てね。朱華ちゃんも――」
 睨め付ける朱華に紅花は肩を竦めてから「危険なのよ」と乾いた声音で言った。
「里長もそう。
 何れだけ危険でも、何があるか分からない儘では対策が打てないからと無理をするなら……仕方ないと思うわ。
 フリアノンの前里長とは『珱・珠珀』。つまりは琉珂の父親に当たる。
 彼が生前残していた手記にはフリアノンを越えた先についての記述が存在していたそうだが――
「詳細については『勝手に知った者がそれを目指しかねない』という理由で森に隠したと書いてあるの。
 けれど……その向こう側に何かがあるのは確かで、私達が『目指す場所』になる可能性だってあるわ」
 琉珂は言う。覇竜領域を護る為に必要な事ならば自らが行ないたいのだと。
「無茶は承知なのだけれど、ご一緒してくれるかしら……オジサマについて、何か、知れるかも知れないから」

GMコメント

●成功条件
 珠珀の『残した手記』を手に入れること

●フィールド情報
 ピュニシオンの森。関所より更に奥まった場所に存在する泉(名称不明)に到達し、その周辺に珠珀が埋めた箱を手に入れることが目的です。
 箱の中身は手記です。箱自体は埋められていますが、琉珂が持っている『鋏』と共鳴して微かな『音(金属音にも似ている)』を出すようです。頼りにして下さい。
 周囲は鬱蒼としており、木々が茂り方向感覚をも狂わせます。
 上空にはワイバーンの影が見えますが、それらは森に人が入り込んだことにより狩場を森だけではなくフリアノン近郊にまで変化させているのか飛行での危険性は少し低減されたようです。ですが、飛行時は空から不意を衝かれる可能性があるので注意して下さい。
 泉は水音がするほか、何らかの巨大生物の気配を感じさせます。
 周辺の敵勢反応に注意して進んで下さい。何かあった際は煉・紅花が囮になります。

●敵勢対象
 ・『水棲竜』ヒュドラードラゴン
 R.O.Oではハイドラとして観測されていた巨大な竜種です。泉やその周辺の沼地を点々と渡り歩いています。
 一定周期で場所を移動しているようですが、今は泉付近で居眠り中です。竜種である以上強大な存在です。注意して下さい。
 戦闘方法は『現実側』では初めての接敵ですので不明です。

 ・ワイバーンなど亜竜
 道中に存在する亜竜達です。皆さんの事は餌と認識しています。戦闘能力も様々です。
 出来る限りの戦闘を避けて進むことを気をつけて下さい。

●同行NPC
・『珱・琉珂 (p3n000246)』
 竜覇(火)、覇竜領域出身、フリアノン里長。まだ年若いために代行を幾人か立てて世界を回っています。
 オジサマが冠位暴食であった事への心の傷はかなり深め。とても信頼していましたし、珠珀の死後は父代りでした。
 其れなりに戦えます。近接攻撃が中心です。

・『焔花』煉・紅花(れん・くれない)
 朱華(p3p010458)さんの姉。フリアノンの戦士団の団長。煉家の流儀は『やられたらやり返す』。
 焔の剣術を駆使します。非常に優美な女性ではありますが、戦闘に至ると途轍もなく苛烈に戦います。
 何かがあった際は母・真朱より「イレギュラーズと里長を生きて返せ」と言われているため真っ先に囮になります。

●参考:冠位暴食『ベルゼー』
 覇竜領域の世話役でもあった冠位魔種です。七罪(オールド・セブン)の一人。
 非常に穏やかな気質をしており、覇竜領域を自身が侵略したくはないと深緑にも姿を現していました。

 参考:(珱・珠珀&珱・琉維)
 琉珂の両親です。ベルゼーとも親交のあった二人ですが、不慮の事故で死亡したそうです。
 琉珂の持っている巨大な鋏は母の琉維の形見です。琉珂はとても母に似ており母も猪突猛進系ガールでした。
 琉珂の父である珠珀は落ち着き払った青年でした。彼もベルゼーを心から信頼していたようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <帰らずの森>黄昏を辿るLv:40以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年04月05日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者
月瑠(p3p010361)
未来を背負う者
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者
ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)
指切りげんまん

サポートNPC一覧(1人)

珱・琉珂(p3n000246)
里長

リプレイ


 私が生きてきた17年。
 それは、きっと、アナタ達にとっては瞬きをしているだけのちっぽけな時間だった。
 それでも私は大切な宝物だったらと願わずには居られない。
 それが、……私のエゴで、私の罪だ。

「リューカ」
 鼻をぎゅ、と摘まんだ『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)に「びゃ」と声を上げた。ぼんやりとして居た珱・琉珂 (p3n000246)は慌てた様に顔を上げる。
「鈴花」
「何ぼーっとしてるの? そろそろ出立しないと」
「うむ、うむ」
 鈴花の傍では楽しげに『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)に強請って作って貰ったのであろう『肉まん』を食べて居る秦・蓮花の姿が見えた。
「ごめんなさい。ちょっと、考え事」
「腹が減ったのなら、分けて遣っても構わぬが?」
 ほれ、ほれ、と差し出す蓮花に琉珂は「頂きます」と手を差し伸べる。可愛らしく笑ってみせる『りぇんりぇん』は何処からどう見ても、幼い少女だ。よく見れば角や尾の形状が鈴花にも似ているため血族である事は分かるが――
「りぇんりぇんがりんりんのばっちゃだったなんて……」
『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)は恐れ戦いた。『おかーさん』もそんな感じだったと呟くユウェルは義母が「美魔女って言いな」と嘗て、何処かで言っていた事を思い出す。屹度、そう言うものなのだろう――多分。
「前里長様の手記を探す……なるほど。よほどのことが書かれているのか、随分用心して隠されているのですね〜?」
 蓮花に肉まんを手渡されていた『竜は視た』ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)は書庫での会話を思い出し頷く。入り口までは蓮花と煉・真朱がイレギュラーズを見送ってくれるらしい。最後まで警戒を怠らないのは彼女達も『ピュニシオンの森』が何れだけ危険であるかを知っているからなのだろう。
「まさかねーね……んんっ、姉様が朱華達と一緒に来るなんて……それだけ今回目指す泉が危険だって事なのよね」
『ねーね』と呼ばれた事に心底嬉しそうに微笑んだのは煉・紅花。『煉獄の剣』朱華(p3p010458)の実姉である。
「そう。それだけ危険だから朱華ちゃんにはお留守番をして欲しかったのだけれど」
「だ、と、しても! 朱華はいつまでも姉様達に守ってもらうだけじゃない。例え何があったとしても皆で帰るんだから。絶対に!」
 唇を尖らせた朱華に「そういう所も好きよ」と姉は妹の成長を感じ取り、子供扱いをするように頭を撫でた。
「それにしても朱華がねーね、だなんて――んふ、聞かなかったことにしといてあげるわ」
「ちょ――」
 楽しげな鈴花と朱華を見ながら『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は「手記は難しい場所にあるのだったか?」と問う。
「確か……あの時の『妹』の記憶だと……。
 あーーーーハイドラかぁ。こいつもROOだと倒すのは大変だったんだよね。
 同じくらいの強さだとしたら、この人数で戦いたい相手じゃ無いんだけど」
 思わず頭を抱えた『赤い頭巾の魔砲狼』Я・E・D(p3p009532)は「でも、気にはなるよね」と琉珂の捜し物の情報を思い返す。
 それは『何かがあるなら誰かが未知を既知にするために冒険に出てしまう』と言い切れてしまうような情報が記されているらしい。
「うーん。知ったら目指したくなる場所かぁ。よっぽど珍しい物があるとか、ようは普通では無い場所って事だよね」
「どのような場所なのか。……ふふっ、未知の憧れはよく分かるとも。私も冒険を心から愛しているのでね。
 ま、そういうわけで私としても全力でこの依頼に協力させてもらうよ。一体なにが待ち受けているのか、楽しみで仕方がないね」
 危険だからと尻込みしていれば『冒険』も楽しめまい。『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が手をひらりと振れば琉珂は「有り難う、ゼフィラさん」と明るい微笑みを返した。
「琉珂さん紅花さん、今日はよろしくお願いしますね。
 ひとつひとつ、ベルゼーさんまでの手がかりを辿りましょう。みんなで臨めばきっと絶対大丈夫です」
『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)の傍には沢山のどら猫たちも居た。特に先行することになるファミリアーの『リーちゃん』は危険を顧みず前を進んでくれる事となる。
「ユーフォニーさんも、リーちゃんもよろしくね。私、ドラネコマスターのユーフォニーさんと冒険するのとっても楽しみにして居たのよ!」
 にんまりと微笑んだ琉珂は里長という立場もあってドラネコ達とは余り関わったこともなかったのだろう。『リディア』の小さな手を楽しげににぎにぎちとして居る。
「目指したくなる場所の書かれた手記……単純に考えると危険な場所だから隠されてるってことだけど何を知らないままでいる方が辛いこともある!
 それに家族との繋がりの1つってことなら諦める理由はないよね。どんな内容であっても読んでみたいって思うのが人情ってものだし!」
 揶揄うように笑ったスティアに琉珂は「ええ、オジサマへのヒントかも知れないし!」と大きく頷いた。
 知的好奇心に溢れた二人の眸はきらり、と光を帯びる。
「ふふ、いいわね、未来の誰かへの遺産。受け取りに行きましょうか! その想いも一緒に!」
 力強く告げ、『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)はにっこりと微笑んだ。何があったって、協力し合えば上手く行く。
 小さな小さな仲間達を守り抜くことを誓ってガイアドニスは白い外套をふわりと揺らした。
「ってことで早速出発だー!」
「おー!」
 スティアの号令と共に意気揚々と歩き出す背中を追掛けて、ふとヴィルメイズは呟いた。
「しかし……父親代わりだった相手が冠位魔種だったなんて。里長様の悲しみは計り知れないものでしょう。
 愛する者が世界を脅かす存在。私がもし同じ立場だったらきっと……」
「ヴィルメイズさん?」
「……いえ、何でもありません。里長様はお強い方でございますね」
 にこりと微笑んだヴィルメイズに琉珂は小さく首を振った。『里長』という立場でもない、ただのちっぽけな琉珂だったら。
「ヴィルメイズさん、これは、秘密よ。……私も、きっと、皆がいなければ――……」
「里長様」
 にこりと笑った琉珂は「鈴花、ユウェル、朱華、待って!」と前線へと向けて走り出した。


「んもう、ばっちゃってば悪戯好きなんだから!
 ……でーも、頼みたいことにアタシも指名してくれてよかったわ。リュカってば、ちゃんと見てないと何しでかすか解らないもの!」
 言ってきますと『ばっちゃ』を入り口に置き去りにしてから鈴花は傍の琉珂の頬を突いた。
「そんなことないわ。最近は落ち着いてきたもの。でも、本当に、危険な宝探しなのよ?」
「んー、お片付けはニガテだけど捜し物は得意だから頑張るよー! まかせて!
 それに朱華のおねーさんも一緒みたいだし心強い! でもでも、ぜーったい囮にはしないから、ね!」
 ぐるんと振り返ったユウェルに呼ばれ、朱華にべったりだった紅花はぱちくりと瞬く。
「皆でちゃんと帰ってくるまでが依頼!」
「そうよ。姉様」
 睨め付けるような視線を送る朱華に紅花がくすくすと笑った。気高きフリアノンの戦士団の一人、『焔花』の通り名を有する炎の使い手である紅花は『やられたらやりかえす』をモットーにした苛烈な女だ。そんな彼女を護ると、言うのだから愛らしい。
「ええ、ええ、美しい女性を囮にするというは正直良い気分ではありませんので〜不用意な戦闘は避けていきましょう!
 私も負けず劣らず美しいので傷付くのは嫌ですし」
 本音は後半だった。ヴィルメイズがばっちりとそんなことを言えば琉珂は「私も美しいから避けて起きたいと思うわ!」と乗っかってくる。
「ふふ、遠足みたいだけれど、そろそろ頑張って『捜索』しなくちゃね?」
 にんまりと微笑んだガイアドニスは耳を欹てる。周辺のモンスターを始め、亜竜だけではなく竜種という上位存在にも気を配らねばならない。
 感覚を研ぎ澄ませたユーフォニーはガイアドニスとは別方向を確認しながらもその方向感覚を活かし、紙に進んで来た経路を書き記していた。
「この森は踏み入る度に思いますが……やはり、暗くて閉塞感がありますね」
「うん。泉を向かうのも慎重になるよね。木々が生い茂っているし、方位磁石も使ってみると狂い始めたことが分かるもん」
 スティアはユーフォニーと位置を示し合わせながら未開の土地を進むならば念には念を入れるとマッピングを続けて居る。紅花はその手伝いも申し入れてくれたが、一番に彼女が行なうのは索敵なのだろう。
「梟を先行させているけれど、何もかもが恐ろしく思えるね」
 ワイバーンや脅威になりそうな生物を見付ければ、直ぐに迂回ルートを勘案しなくてはならない。人が通った痕跡などが点在しているのはピュニシオンの探索の功績なのだろう。イレギュラーズの残した痕跡であれば、その周辺までのある程度の地理や位置関係はリアキモできる。
 ゼフィラが新しい痕跡なのだと看破すればアーマデルの傍で酒蔵の聖女は「嗚呼恐ろしい」と言いたげな顔をして居る。
「……恐ろしいではなく何か見付けたら……え? 出来高払いが嫌だ? そんなことを言われてもサボるだろう……」
 渋い表情をしたアーマデルは先に動物の痕跡があればその地は危険生物が居ない証左にもなろうと考えた。逆に、静かすぎれば危険生物が居るか、つい最近通過したばかりだろうとも考えられる。
 ――フリアノンの先か…確かに気になるし、知れば目指しもしただろう。それがヒトというものだからな。
 そんなことを告げて居たイシュミルの事は危険だからと知識だけをある程度授けられ真朱と蓮花に立ち入ることは止められてしまった。
「アーマデルが行くのに?」とイシュミルが渋っていたが「余分に人が増えれば死人が増える」と長老である蓮花が言うのだから仕方がない。植生などのある程度の知識だけを叩き込まれ、森歩きに対する心構えを有してアーマデルは此処までやってきた。
「イシュミルが悔しそうにして居たよ」
「イシュミルさんにはお土産で草をお渡ししましょう」
 さらりと言ってのける紅花を見詰めていてユウェルは「おねーさんっていたらどんなかんじなの?」と朱華に問い掛ける。
「ねーね、ううん、姉様は……まあ、なんだから、困っちゃう」
 聞こえぬように呟いてから朱華は己の内部にある複雑な感情を吐露するように目を伏せた。
 家族というものは何とも言い難い存在だ。切っても切り離せぬ空こそ複雑な感情を抱きやすい。
 ヴィルメイズはそんな穏やかな少女達を見詰めながら、『家族』という縁が作り出す心の疵は、どの様にして埋まるのだろうかと気丈に振る舞う里長の笑みに眉を顰めた。
「上から見え難い、見えても襲い難い、木々の枝葉の厚いところを伝えば空からの襲撃を防ぎ易そうだが……。
 都合よくそのようなところばかり通れるとも限らない、か。むしろ歩き易さを気にした方がいいかもしれない」
 アーマデルが言う様に、足場はお世辞に良いとは言えない。整備された道と比べれば、森の中は自然そのものだ。
 足元を気にするように踏み締めてから、ゼフィラはワイバーン等の脅威が上空から来ないだけでも安心できるものだと呟いた。
 五感を駆使して、スティアと共に先行していたЯ・E・Dはすんと鼻を鳴らした。琉珂の鋏が鈍い音を立てているのは湖の位置を示しているのだろう。
「共鳴している音は、ちょっと不快だね」
「そう?」
「……場所を教えてくれているのだろうけれど、寝ている最中に聞けば……」
 嫌な予感がするなあとЯ・E・Dは思わずぼやいた。湖の周辺に来て微弱な『共鳴』を見せている鋏の音が、卓越した聴力の上ではこんなにも不快に感じるのだ。それを竜種が聞いたら――?
(……余り考えたくないことだね、何せ相手が――)
 相手が、R.O.Oで苦戦した相手だったのだから。
「……し」
 スティアは人差し指を一本立て、唇に当てた。幼子に静かにするようにと告げる仕草に思わず身を固くしたユーフォニーが頷く。
 仲間達よりも先行していたスティアは静まり返った草木や、怯えの気配を感じ取ったのだ。その先には湖が存在している。
「使い魔に『とってこい』はできなさそうだね……」
 仕方がないかとゼフィラは湖を覗き込んだ。アーマデルは「さて、湖には水草があり、内部が見えづらいようだが」と呟く。
「最悪は誰かに離れた方向で音を立てて貰って、ハイドラがそっちに移動した隙に掘り事になりそうだけど」
 Я・E・Dにユーフォニーはごくりと息を呑んだ。
「危険なのですよね……」
「ちょっと厳しいけど上手くいけば戦わずに何とか、たぶん、きっと」
 Я・E・Dはもしくは、と呟く。もしくは――『少しだけ戦って直ぐに離脱する』かだ。
「其方の方が現実的だろうか。確かに、ヒュドラードラゴンの傍にでも有った場合は引き離さねばならないだろうからな」
 アーマデルはどっしりとその身が存在しているには理由があるだろうと考えた。
「ヒュドラーくんを起こしたくはないのだわ! どうしましょうね、そうそう迷わないように地図は皆で作ったけれど……」
 こてりと可愛らしく首を傾いで見せたガイアドニスに鈴花は「起こさなくっちゃならないときは覚悟しなくちゃね」と息を吐く。
 目の前を進む紅花を囮にしないためにも皆で尽力しなくてはならないのだから。
 一先ずは全員が何千の状態になるようにとこそっと上空から偵察確認をした鈴花は『おやつ』を食べてから一息吐く。
「うん、甘いものを食べると安心するわね」
「そうですねぇ~……いやはや、この先が危険なのは確かですが……」
 がさがさと草木を揺らしながら進むイレギュラーズ一行の中でヴィルメイズはううんと首を捻った。
「なかなかの危険が待ち受けていそうで、嫌な予感がしますね」
「あー、奇遇だよね」
 ユウェルはへらりと笑ってから湖が揺らいだことに気付き「ビンゴだ」とゆっくりと顔を背けた。


「朱華達は、捜し物をして居るだけ。騒がしくしてごめんなさいね」
 話しが通じる相手ならば良い。そうでないならば離脱を目的にしなくてはならないと朱華はその様子を伺う。
『……』
 ぎょろりとエメラルドグリーンの眸が鋭さを宿した。眠たげであった竜種は瞼をゆっくりと持ち上げただけではあったが、確かな苛立ちを滲ませている。
「びっくりさせてごめんなさい、探し物をしに来ただけで、大人しく帰るわ」
 そろそろと後退しながら鈴花は『水棲竜』ヒュドラードラゴンを見詰めた。Я・E・Dが『記憶』していたハイドラと比べれば一回り程度小さいのはまだ年若い個体だからだろうか。
(……太刀打ちできるかで言えば、R.O.Oのハイドラは厳しかったけれど、ヒュドラードラゴンはなんとかなりそうな気もしてしまうのが厄介だね)
 ユーフォニーはどの様なときでも、戦う前に意思の疎通は図りたかった。この場所にまで踏み込んだのは人間側の都合だ。
 人と竜は違う。それは幾度となく告げられてきた言葉だ。人が竜に抱く憧憬の対象に存在するのは『竜は人など歯牙にも掛けない』事だ。
「勝手に立ち入ってごめんなさい、危害を加えるつもりは一切無いです。
 大切な探し物をしているだけ、すぐ立ち去ります……だから今だけ見逃して貰えませんか」
『捜し物……』
 言葉だけは耳にしてくれたのだろう。縹色の水面の中に佇んでいたヒュドラードラゴンが長い首をずるりと引き上げた。
 見上げるように首を持ち上げてユーフォニーは「探したら……立ち去りますから」ともう一度告げるが――
『羽虫如きが、下らぬ理由でわたしの眠りを妨げたというの』
 羽虫、と呼ばれた事にガイアドニスは「小さくて愛らしいものをそんな風に言ってはダメよ」と首を振った。
「ヒュドラーくんったら」
 困った顔をしたガイアドニスが後ろ手にユーフォニーに合図をした。
 先程の作戦通り、『最悪の場合』は役割を分担するしかあるまい。鈴花は琉珂とユウェルに全幅の信頼を置いている。
「ゆえ、この一分で見付けなさいよ」
「うん、りんりん。『待ってて』ね」
 にこりと笑ってユウェルはユーフォニーと共に『共鳴音』を探す。のろのろと身を起こしたヒュドラードラゴンに「ああ」とヴィルメイズは思わず声を漏した。
「完全に、起き上がってしまいましたか。しかも、お怒りで……」
 渋い表情を見せたヴィルメイズにЯ・E・Dは小さく頷く。幾人かがヒュドラードラゴンを引き寄せている内に琉珂と共に捜し物を完了するべきだ。
「朱華ちゃん、下がりなさい」
 鋭い声音で、紅花はそう言った。手にしたのは焔を纏った細剣だ。
 此度の戦いでは如何に、コンパクトな動きを出来るかを重視しているのだろう。腹を空かせた動物は獲物が動き回るほどに、目を奪われやすい。
 その特性を利用しようとしていた紅花の手をぎゅ、と握ってから朱華は「姉様」と鋭く言い放つ。
「言ったでしょ、皆で帰るってっ! 今回ばかりは姉様達のいう事でも聞けないわ。
 例え相手が竜種だったとしても今此処で勝てなくたって、皆で力を合わせれば逃げるぐらいなんとえもなる筈よ!」
「危険なのよ」
「だから! ――だから、それは姉様だってそう!」
 声を荒げれば、それは姉妹喧嘩のような響きだった。まだ幼くも感じられた朱華の鋭く芯の通った一声。
 雷にでも打ち付けられたように紅花は身を固くして『可愛い妹』を見詰める。
「朱華ちゃ――」
 過保護で、まるで壊れ物のように扱ってくる姉。誰よりも強く美しかった母。姉は、母の背を追って、同じだけの技量を習得したのだろう。
 未だ、其処に至れなかったからこそ『妹』は守護の対象だったと知っている。
 それでも、イレギュラーズとなって、『煉』という名を捨て、朱華は『ただの朱華』として戦ってきた。
「……だから姉様、その力を朱華達に貸してっ!」
 それは、たった一つの我儘のためだ。朱華が思ったように、誰かの命を守り、戦うため。
「……分かったわ。朱華ちゃん。行くわよ」
 鮮やかな焔が灯った。その気配が、重なり合う。
 最初に地を蹴ったのは紅花だった。赤き焔の一閃と共に、無数の炎弾がヒュドラードラゴンへと襲い征く。
 先手必勝だと言わんばかりの紅花に続き、朱華は大地を踏み締める。出来る限りヒュドラードラゴンから逃れ、探し出すまでの時間を稼ぐのがオーダーだ。
「起きちゃったわねえ」
 庇い手となったガイアドニスとそのサポートに当たるゼフィラは「全く聞き耳もなかったな」と肩を竦める。
 ――一方で、「今日のわたしは捜索のエキスパート!」と胸を張るユウェルは鈴花の『援護』を受けて琉珂と共に手記を探していた。
 ユーフォニーと、聞き耳を立てていたガイアドニスの意見を聞きながらЯ・E・Dがぴくりと体を揺らす。
「ヒュドラードラゴンの後ろ側に祠があるよね」
「お誂え向きにその周辺には土だ」
 顔を見合わせるスティアとアーマデルは頷いた。どうやらヒュドラードラゴンを引き離す必要があるらしい。
「……それじゃ、やるよ!」
 スティアは地を蹴った。紅花と朱華に続き、ヒュドラードラゴンを引き寄せることが目的だ。
「見つけるまでは時間稼ぎだー! 敵が竜であろうと少しの時間くらいは持ち堪えてみせるよ! 任せてね!」
 手記を手に入れるまでの僅かな時間だ。スティアは万全な状態を保つためにも自らの状態にも気を配っていた。
 誰かを犠牲にして逃げ帰るのは嫌だ。皆が無事に帰るまでがお仕事なのだと何度も口を酸っぱくして言い続けるスティアにゼフィラは小さく頷いた。
 回復手として動くゼフィラは全のリソースをスティアに注いでいたが流れ弾もある。自らの腕を切り裂く一撃に苦々しい表情を浮かべずには居られない。
「流石は、竜……!」
 思わず呻いたゼフィラに「だからこそ、危険なのだろう」とアーマデルは小さく頷いた。
 片っ端から行動を阻害すべく叩き込んだのは、出来うる限りの時間稼ぎのためだ。アーマデルが夏野は『一翼の蛇』へ奉納された神酒――詰まりは彼と共に行動する霊魂にとってのご褒美だ。
 猛毒の朱はまじないと鳴り、ヒュドラードラゴンの喉を焼く。水棲爬虫類の生態を知っておきたいとイシュミルに告げたアーマデルは、出来る限りの知識の確認をして置いた。R.O.Oの『ハイドラ』がまだ成熟していないだけならば、十分あの戦いは活かす事が出来る。
 水飛沫を上げて立ち上がったハイドラがゆっくりと立ち上がれば、湖が波打った。
「流石に巨体だな」
 足元がふらつくような波濤が荒れ、足元全てを掬われたかのような感覚が襲ったがゼフィラは何とかその地に構えた。
 それはスティアも同じか。傷付くことも厭わぬスティアの背後からは、足止めのための朱華と紅花がアタッカーとして全戦で戦い続けている。
 Я・E・Dは「行って」と声を掛けた。走るユウェルが琉珂の手を引く。ユーフォニーは水に足を絡め取られながらも祠に手を掛けた。
 尾が勢い良く揺れ動く。鋭い振り上げに鈴花は「ほんっと、竜ってやつは!」と思わず叫んだ。拳でなんとかなる空いてでは無いのは分かって居る。鱗の一枚ぐらい収奪して帰りたい気分だが、ヒュドラードラゴン相手に『やらかし』たら危険だ。
「鈴花、あとで、私の鱗を上げるから!」
「どうしてリュカの鱗を収奪するのよ!」
 軽口を交すのは心の余裕のようなものだった。一枚くらい頂いて帰りたいが、それも難しいならば――出来るだけ、時間を稼ぐ!
 祠に辿り着いた琉珂が「ここだー!」と叫べば、直ぐさまにユーフォニーが掘り起こし、箱を奪取する。リディアの支援を受けて、何とか湖の端へと離脱する二人を支援しユウェルは「りんりん!」とその名を呼んだ。
 手許の箱を掲げる琉珂にヴィルメイズはほっと胸を撫で下ろす。しかし、安心している場合ではないか。
「里長様!」
 呼ぶヴィルメイズに琉珂は頷いた。朱華と紅花が一歩後退し、ヒュドラードラゴンの放った一撃を剣でなんとか凌ぐ。
「て、撤収ー!」
 叫ぶ琉珂にし難い、殿を務める煉姉妹の支援を行なっていたゼフィラは止血するように己の腕に布を巻き付けて走り出す。
 アーマデルが「役に立て!」と『乙女』に声を掛ければ、満足行く酒を得た霊魂は行く先の安全を確認したように揺らいだ。
 この地を縄張としているヒュドラードラゴンがイレギュラーズに攻撃を仕掛けたのは安眠妨害に対しての不満だ。
 此の儘戦い続けても被害が拡大するだけだ。Я・E・Dは敢て草陰に身を隠し、ヒュドラードラゴンに向けて石を投げる。イレギュラーズから視線を逸らしたヒュドラードラゴン。今のうちだと僅かな合図が送られ、ガイアドニスは煉姉妹をささっと草陰へと隠した。
「無理をしちゃだめよ。ヒュドラーくんを相手に無理をしたら、小さなあなた達は大変な目に遭っちゃうのだから!」
 ドンパチしたくないものね、と言い付けるように唇を尖らせたガイアドニスはその大きな体を縮こまらせる。
 ヒュドラードラゴンと言えば、相変わらず『何処かから』投げられる石に憤り身を揺さ振り続けて居るだけだ。
「リーちゃん!」
 リディアがこっちこっちと手招きユーフォニーとアーマデルが行く先を指し示す。その先には安全地帯として事前確認していた洞がある筈だ。
 湖から離れればヒュドラードラゴンはそれ以上は追撃してこないだろう。油断大敵だと最後まで気を抜かぬガイアドニスは「皆無事かしら?」と問うた。念のために行なった隠蔽工作で足跡や痕跡は残さずに来ている。
「し、死ぬかと思いましたが?」
 美しすぎる自分が傷付いてしまうところだったと高鳴る胸を押さえて呻いたヴィルメイズに「全員無事だね」とスティアが声を掛ける。
 長い銀髪を揺らす天義の聖女は頬に付いた泥を拭ってから手記の入った箱を抱き締める琉珂の元へと近付いた。
「取りあえず……その箱で間違いなさそう?」
「ええ。皆が確保してくれたこの洞の中で中身を少しだけ確認しましょうか」
 洞の内部には小さなモンスター達が潜んでいたがイレギュラーズの接近を感じ取り何処かに身を隠したらしい。
 大型のモンスターは入り込む事は出来ず、ファミリアー達を駆使してある程度の危機予測を行なう事が出来ているこの場所は一つの拠点として利用できそうだ。
「応急手当もしましょう。朱華ちゃん、それからゼフィラさんも傷口を見せて」
 自身の怪我など知らぬ顔をして、紅花は応急処置を手慣れた様子で続けて行く。
 この場所ならば人の気配もない。影響を一番に受けるであろう琉珂の様子を伺いながらユーフォニーは「読みましょうか」と手記を開くように琉珂に促した。


 ――この手記を手にした者へ。

 そんな書き出しから始まったのは珱・珠珀が敢てピュニシオンの中に残したという手記であった。
 フリアノンの元里長が態々残した手記の中にはベルゼーと過ごした日々のことが描かれている。
 幼少期の琉珂の事、そして、彼がベルゼーに聞いたという『ピュニシオンの森』の向こう側の話。
「……此処から先が、『知れば行きたくなるかも知れない場所』」
 そう呟くЯ・E・Dに琉珂は頷いてからゆっくりと頁を捲った。

 彼は竜種達が、何にも苛まれず過ごす事の出来る安寧の地を作ろうとしたらしい。
 その地で、我々との共存ができればと願ったのだろう。
 その地の名はヘスペリデス。
 ――屹度、何かあれば彼はその場所に行く事だろう。……竜は強い。彼に何かが起っても屹度、耐えられるはずだ。

「もしかして、珠珀さんは、知っていたのかしら」
 ガイアドニスの呟きに琉珂は困惑をその表情に貼り付けた。
「うそ」
 全ては憶測でしかないが、もしかすると、珠珀は――琉珂の父は、ベルゼーの正体を知っていたのだろうか。
 ゼフィラは「それならば『何かが起っても』という言葉には合点がいく」と頷いた。
 そして、ベルゼーに『何か』が起るなら、屹度それは――男の望まぬ形で『権能が暴走する』という可能性だけだ。
「リュカ?」
「琉珂」
 鈴花と朱華の呼び掛けに琉珂は震えた声音で「あのね」と紡いだ。
「あの、……オジサマは『暴食』だった。いつかね、里に一緒に来た人が言っていたの。
 ニュクスさんっていって、金髪の、穏やかに笑う人だった。その人が『ベルゼー様は腹が空くと暴走するから』って」
 それは権能の暴走を意味しているのではないか。琉珂がそう捉えたように、スティアも同じ意味合いとして認識した。

 ラドンの罪域を超えねばならないという。ラドンとは、ベルゼーの友であった竜種の一人なのだそうだ。
 だからこそ、彼はその危険性を教えてくれた。狂黒竜ラドン……いや、正確な名を『ラドネスチタ』。
 ベルゼーの着けたニックネームを気に入り彼はそう名乗っているらしい。
 そのラドンは森を侵す者を許さない。故に、その地を越えんとする者を見定めるのだそうだ。
 それを聞いてから私はこの話しを他言せぬように決めた。だが、何時か森を越えようとした者が出た時のために記す。
 ヘスペリデスに向かわんとするならば、竜種を倒さねばならない。将星種は危険だ。
 だからこそ、その地に向かおうとした者よ、どうか――思い留まって……

 書かれた文字を見詰め、それ以上は琉珂は読まなかった。傍らのスティアは小さく頷く。
「……ラドネスチタ、とても、危険なんだね」
「もちろん、手記に書かれていた場所は目指すよね。本当、ベルゼーさんに会いにいくだけでも大冒険だよ」
 危険を承知の上で、その判断は揺るがないかとЯ・E・Dは問うた。知的好奇心が滲むようにも見えたその眸はこの地を大いに愉しんだ『妹』にも良く似ている。
「……彼が『暴走』したときに、全てを飲み込んでしまうなら、とっても辛い事でしょう。
 あの人は遠く離れることで護ろうとした、のですよね。なら、止めてあげなくては」
 ユーフォニーが微笑めば、琉珂は「オジサマって本当に自分勝手」と呟いた。
「……私も、そう、思うわ。里を護るなら、オジサマが『暴走』してしまう可能性の芽を摘みたい。
 それ以上に……あの人の優しさを知っているから、私は、あの人の気持も守りたいと願って仕舞った」
 琉珂の唇が震える。ユウェルと鈴花は、続く言葉を待ちながら唇を引き結んだ。
 ――里長らしくない。エゴに塗れた、等身大の17歳だ。
「オジサマを、ベルゼー・グラトニオスを、その地に留め……。
 私は、里を、あの人の心を、護る為に、あの人を『冠位暴食』を倒したいわ」
「当たり前よ。里を好きにさせるもんですか。思いっきりぶん殴ってやりましょうよ! ね、ゆえ」
「うんうんっ、さとちょーがそうしたいなら、そうしよう。それじゃ、今は」
 くるりと振り返ったユウェルに朱華はにんまりと微笑んで。
「全員無事に、家に帰るわ!」
 勿論、『姉様』もと掴んだ掌の温もりは幼い日々を思い出す。
 この平穏を求め、愛した人が『世界にとって許されざる存在』だったならば。
 アーマデルはそれはどれ程の痛みであろうかと考えて嘆息した。ベルゼーは、身を引き裂かれるような思いで、ヘスペリデスへと向かったのだろうか。
(ああ、屹度……屹度……悲しみは計り知れないのでしょう。
 何もかもが儘ならないからこそ、物語は美しいとも言いますが……少しでも救いがあれば良いのに)
 ヴィルメイズはそう呟いてから目を伏せた。深き森の奥地に存在する黒き影は『試練の時』を待っている――

成否

成功

MVP

Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)[重傷]
夜明け前の風
Я・E・D(p3p009532)[重傷]
赤い頭巾の魔砲狼
秦・鈴花(p3p010358)[重傷]
未来を背負う者
煉・朱華(p3p010458)[重傷]
未来を背負う者

あとがき

 お疲れ様でした。
 ヘスペリデスに向かう前に――待っているのは……。

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